説明

溶接構造用材料、溶接構造用部材およびその製造方法、溶接構造体およびその製造方法、歯車用リムならびに歯車およびその製造方法

【課題】 良好な溶接性を保持したまま高い機械的強度および靭性を有し、大型船舶の減速装置の歯車用等に用いられる溶接構造用部材を提供する。
【解決手段】 溶接構造用材料が、重量比でC:0.17〜0.21%、Si:0.1〜0.4%、Mn:0.4〜1%、Ni:1.5〜4.5%、Cr:0.5〜3.5%、Mo:0.5〜3%、V:0.06〜0.15%を含有し、残部が不可避的不純物およびFeからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体に用いられる鋼材であって、溶接性に優れた溶接構造用部材となる溶接構造用材料、これを用いた溶接構造用部材およびその製造方法ならびに溶接構造体およびその製造方法に関するものである。特に本発明は、大型船舶における大出力用主機タービン減速装置の大型歯車等に用いられる、高強度および高靱性の歯車用リムならびに歯車およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶において、例えば、蒸気タービンやディーゼルエンジン等の原動機から回転運動として出力された動力は、原動機に取り付けた減速装置によって回転速度を低下させてから、プロペラに伝達されて、プロペラを回す。減速装置は、複数の歯車を組み合わせることにより、入力側の回転速度を減速して出力する装置である。大型の船舶では、原動機の出力トルクが大きくなるので、減速装置の歯車を大きくする必要がある。しかし、製造工場の建屋の制限等により、歯車の大きさは制約されている。このため、歯車を大きくする代わりに歯車の材料強度を高めることにより、原動機の大出力に対処する必要がある。また、船舶が大型であれば、伝達される動力も大きくなるので、この点からも減速装置の歯車の強度を増すことが必要となる。
【0003】
図1および図2は、舶用主機タービン減速装置の歯車の一例を示す図である。図1は、歯車の概略分解斜視図であり、図2は概略斜視図である。
図1および図2に示すように、この舶用主機タービン減速装置の歯車1は、円柱状のシャフト2と、短い円筒状のリム3と、リム3の内周と略同じ大きさの円形の外周を有し、中央にシャフト2の外周と略同じ大きさの円形の穴を有する円盤を、中心軸が共通になるように平行に配置して連結したスポーク4とから構成されている。シャフト2、スポーク4、リム3の中心軸がすべて共通となるように、スポーク4の中央の穴にはシャフト2が挿入され、スポーク4はリム3の内側に挿入されることにより、前記シャフト2およびリム3がスポーク4によって連結され、歯車1が形成されている。シャフト2とスポーク4、およびリム3とスポーク4とは、溶接部5において溶接により接合されている。なお、歯車の歯は、リム3の外側を切削することにより形成される。
【0004】
ここで、歯車1のリム3は、動力を伝達する際に他の歯車の歯と噛み合い、大きな力が加わるため、高い硬度が必要となる。また、リム3はスポーク4と溶接により接合されているので、良好な溶接性も兼ね備えている必要がある。
【0005】
リム3の材料としては、例えば、特許文献1から特許文献4に記載されている鋼材が用いられる。
【特許文献1】特開平5−59528号公報
【特許文献2】特開平7−138696号公報
【特許文献3】特開平8−92634号公報
【特許文献4】特開2003−328078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の鋼材では、このような大型・大出力用の減速装置の歯車等に要求される強度が満足されない場合があった。
また、従来の鋼材は、十分な強度を有するものであっても、溶接を行うと溶接割れを生じる等、溶接性が十分でないものがあった。また、溶接性を確保するためには、200℃以上の高温で予熱を行わなければならず、予熱の工数が増し、また高温に加熱した部材に近づいて溶接作業を行う必要があるために溶接作業者の負担となる場合があった。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、良好な溶接性を保持したまま高い機械的強度と靱性を有する溶接構造用部材となる溶接構造用材料を提供することを目的としている。
また本発明は、前記溶接構造用材料を用いて高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を有する溶接構造用部材を製造する方法および溶接構造用部材を提供することを目的とする。
また本発明は、前記溶接構造用部材を用いて高い機械的強度と靱性を有し、溶接割れの発生が抑えられている溶接構造体を製造する方法および溶接構造体を提供することを目的とする。
また本発明は、前記溶接構造用材料を用いて高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を有し、大型船舶の減速装置の歯車用リム等に好適に用いられる歯車用部材を製造する方法および歯車用部材を提供することを目的とする。
また本発明は、前記歯車用部材を用いて高い機械的強度と靱性を有し、溶接割れの発生が抑えられ、大型船舶の減速装置の歯車等に好適に用いられる歯車を製造する方法および歯車を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明にかかる溶接構造用材料は、重量比でC:0.17〜0.21%、Si:0.1〜0.4%、Mn:0.4〜1%、Ni:1.5〜4.5%、Cr:0.5〜3.5%、Mo:0.5〜3%、V:0.06〜0.15%を含有し、残部が不可避的不純物およびFeからなる。
上記成分組成とした溶接構造用材料は、高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を兼ね備えた溶接構造用部材となる。
【0009】
上記本発明の溶接構造用材料において、重量比でPの含有量が0.015%以下、Sの含有量が0.01%以下であることが好ましい。不純物であるPを前記範囲に抑えることにより、焼もどし脆性を抑制できる。また、不純物であるSを前記範囲に抑えることにより、破壊の起点となるMnS介在物が低減され、靭性が向上する。
【0010】
また本発明は、前記溶接構造用材料を、850℃以上950℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持した後、100℃以下の温度まで冷却する焼入れ処理を行い、次いで590℃以上640℃以下の温度で焼戻し処理を行う溶接構造用部材の製造方法を提供する。
前記条件で焼入れ処理および焼戻し処理を行うことにより、歯車部材の表層から中心部まで均一な高強度および高靭性を得ることができる。
【0011】
また本発明は、前記製造方法により製造された溶接構造用部材を提供する。
この溶接構造用部材は、高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を兼ね備えている。
【0012】
また本発明は、前記溶接構造用部材と、鋼材からなる他の部材とを、溶接により接合する工程を有する溶接構造体の製造方法を提供する。
この製造方法によれば、溶接により、例えば150℃前後の予熱温度で、溶接割れを起こさずに高い機械的強度と靱性を有する溶接構造体を製造することができる。
【0013】
本発明の溶接構造体の製造方法において、前記溶接の後に、600℃以上630℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持する焼戻し焼鈍処理を行うことが好ましい。
この焼戻し焼鈍処理を行うことにより、溶接部周囲の残留応力を軽減することができ、溶接割れをさらに抑えて溶接構造体を製造することができる。
【0014】
また本発明は、前記製造方法により製造された溶接構造体を提供する。
この溶接構造体は、高い機械的強度と靱性を有し、溶接部における溶接割れの発生が抑えられている。
【0015】
また本発明は、前記溶接構造用部材の製造方法により製造された歯車用部材を提供する。
この歯車用部材は高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を兼ね備えているので、大型船舶の減速装置の歯車等の部材、なかでも歯車用リムとして好適に用いられる。
【0016】
また本発明は、前記歯車用部材と、鋼材からなる他の部材とを、溶接により接合する工程を有する歯車の製造方法を提供する。特に本発明は、前記歯車用リムと鋼材からなるスポークとを、溶接により接合する歯車の製造方法を提供する。
この製造方法によれば、溶接により、例えば150℃前後の予熱温度で、溶接割れを起こさずに、高い機械的強度と靱性を有し大型船舶の減速装置等に好適な歯車を製造することができる。
【0017】
前記歯車の製造方法において、前記溶接の後に、600℃以上630℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持する焼戻し焼鈍処理を行うことが好ましい。
この焼戻し焼鈍処理を行うことにより、溶接部周囲の残留応力を軽減することができ、溶接割れをさらに抑えて歯車を製造することができる。
【0018】
また本発明は、前記歯車の製造方法により製造された歯車を提供する。
この歯車は、高い機械的強度と靱性を有し、溶接部における溶接割れの発生が抑えられているので、大型船舶の減速装置等の歯車として好適である。
【0019】
各元素の組成限定理由については、[発明を実施するための最良な形態]の欄において詳細に説明する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、良好な溶接性を保持したままで高い機械的強度と靱性を有する溶接構造用部材となる溶接構造用材料が得られる。
また本発明によれば、高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を有する溶接構造用部材が得られる。
また本発明によれば、高い機械的強度と靱性を有し、溶接割れの発生が抑えられている溶接構造体が得られる。
また本発明によれば、高い機械的強度と靱性および良好な溶接性を有し、大型船舶の減速装置の歯車用リム等に好適に用いられる歯車用部材が得られる。
また本発明によれば、高い機械的強度と靱性を有し、溶接割れの発生が抑えられ、大型船舶の減速装置の歯車等に好適に用いられる歯車がえられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。なお、以下において、「%」は重量%を意味し、本発明の溶接構造用材料に対する含有量を表す。
【0022】
本発明の溶接構造用材料は、C:0.17〜0.21%、Si:0.1〜0.4%、Mn:0.4〜1%、Ni:1.5〜4.5%、Cr:0.5〜3.5%、Mo:0.5〜3%、V:0.06〜0.15%を含有し、残部が不可避的不純物およびFeから構成されている。また、本発明の溶接構造用材料において、Pの含有量が0.015%以下、Sの含有量が0.01%以下であることが好ましい。これら成分元素の含有量の限定理由について、以下に述べる。
【0023】
C(炭素): Cは機械的強度を確保する上で有用な元素である。この添加量が少ないと、十分な強度を得ることはできない。Cが0.17%未満であると十分な強度は得られない。一方、Cは焼入れ硬さを高める作用がある。本発明の溶接構造用材料は溶接組立を行う必要があり、溶接性は重要な要件である。Cが多いと焼入れ硬さが硬くなり、溶接後に割れやすい。従って、必要最小限度の添加が必要となる。Cが0.21%を超えると予熱温度を現用材(約150℃)よりも高くしなければならず、溶接施工性が悪くなる。よって、Cの含有量は0.17%以上0.21%以下とする。Cの好ましい含有量は0.18%以上0.20%以下であり、特に好ましい含有量は0.18%以上0.20%以下である。
【0024】
Si(ケイ素): Siは脱酸剤として有用な元素である。また、一般に、鋼は焼戻しをすると軟らかくなるが、合金元素を入れると軟らかくなりにくくなる。この合金元素の性質を「焼戻し軟化抵抗」という。Siは、焼戻し軟化抵抗があり、焼入れ処理および焼戻し処理を施して使用する本発明材においては、十分な強度確保を行う上でSiも重要な役割を果たす。しかし、Siを多量に添加すると、靭性低下の原因となる。このため、Siの含有量は0.1%以上0.4%以下とする。Siの好ましい含有量は0.1%以上0.3%以下であり、特に好ましい含有量は0.2%以上0.3%以下である。
【0025】
Mn(マンガン): Mnは焼入れ性の確保において最も有用な元素である。また、脱酸剤としても有用である。0.4%の添加があれば焼入れ性及び脱酸剤として問題ない。1%を超える添加を行うと、焼戻し時に軟化をもたらすため十分な機械的強度を確保する上で好ましくない。従って、Mnの含有量は0.4%以上1%以下とする。Mnの好ましい含有量は0.5%以上0.9%以下であり、特に好ましい含有量は0.6%以上0.8%以下である。
【0026】
Ni(ニッケル): Niは焼入れ性を増す元素である。大型素材で十分な強度を得るためには、厚肉部中心でも十分に焼きを入れることが必要であり、Niの添加は不可欠となる。しかし、多量に添加しても増やした効果は少ない。また、Niは高価な元素であり、最小限度の添加が望ましい。Niの含有量が1.5%未満であると厚肉中心まで十分な焼入れ性は得られない。またNiを4.5%以上添加しても多く添加する効果は得られない。従って、Niの含有量は1.5%以上4.5%以下とする。Niの好ましい含有量は1.8%以上3.5%以下であり、特に好ましい含有量は2%以上3%以下である。
【0027】
Cr(クロム): Crは焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗に有効な元素である。焼戻し軟化抵抗は、同一元素を多量に添加するよりも多種の元素を複合添加した方が有効である。CrはMoやSi、Vとともに焼戻し軟化抵抗に有効な元素である。Crの含有量が0.5%であっても、他元素の添加量の関係から十分な強度が得られる。一方、Crを多量に添加しても、その添加量に見合った効果は得られにくい。元素を複合添加することでより効果的な焼戻し軟化抵抗を得ることとなるため、必要以上に多くの添加は好ましくない。そのためにCrの含有量は3.5%以下に限定する。Crの好ましい含有量は0.6%以上2.5%以下であり、特に好ましい含有量は0.8%以上2%以下である。なお、Crは、Niと同様に、焼入れ深さに有用であるが、これと比べると焼戻し軟化抵抗の効果は大きくない。むしろ、多く添加していると回復を促進させることで機械的強度の低下をもたらす。従って、焼入れ深さが確保できるのであればCrは少ない方が良い。
【0028】
Mo(モリブデン): Moは添加元素の中で焼戻し軟化抵抗に対して最も有効な元素である。他の元素の添加量と兼ね合いもあるが、Moの0.5%以上の添加は十分に高い強度を得るためには不可欠である。一方、Moを多量に添加すると溶接性が劣化する。また、Moは高価な元素である。特に近年Moの需要は高く、以前よりも価格が高騰している。従って、Moの添加は必要最小限に留める必要がある。このため、Moの含有量は3%以下に限定する。Moの好ましい含有量は0.8%以上3%以下であり、特に好ましい含有量は0.8%以上2.5%以下である。
【0029】
V(バナジウム): Vも機械的強度向上に有効な元素である。Vの微量添加は、機械的強度の確保の上で有効である。しかし、Vは微細な炭化物を構成して硬く脆くする。このため、多量に添加するとCとともに溶接性を劣化させる。(なお、溶接性を考えないならば、Vを限定範囲以上に添加することも可能であり、他の高価な元素を添加するよりも微量で強度確保に有効に働く。)Vの含有量が0.06%未満であると十分な強度は期待できない。また、0.15%を超える量を添加すると、溶接割れを引き起こす。このため、Vの含有量は0.06%以上0.15%以下の狭い範囲に限定する。Vの好ましい含有量は0.09%以上0.15%以下であり、特に好ましい含有量は0.09%以上0.13%以下である。
【0030】
P(リン): Pは不純物であり、0.015%を超えると耐焼もどし脆性を劣化させる。Pの含有量は好ましくは0.01%以下であり、より好ましくは0.007%以下である。
【0031】
S(硫黄): Sは不純物であり、0.01%を超えると破壊の起点となるMnS介在物が増加し靭性が劣化する。Sの含有量は好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。
【0032】
次に、本発明の溶接構造用材料を用いた溶接構造体の製造方法について説明する。
まず、上記の成分組成を有する溶接構造用材料に、焼入れ処理および焼戻し処理を施して、溶接構造用部材を製造する。焼入れ処理は、上記溶接構造用材料を、850℃以上950℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持した後に、水冷または油冷等の方法で100℃以下の温度まで冷却することにより行われる。焼入れ温度が850℃未満では焼入性が低下し、目的の強度が得られず、950℃を越えると結晶粒が粗大化し、靭性低下をもたらす。また、焼入れ時間が5時間未満では肉厚中心まで十分な焼入効果が得られず、20時間を越えると結晶粒が粗大化し、靭性低下の要因となる。冷却温度が100℃を越えると、十分な焼入れ効果が得られない。
【0033】
本発明の溶接構造体は、上述の方法で得られた溶接構造用部材を、鋼材からなる他の部材と溶接により接合することにより得られる。
前記他の部材は特に限定されず、溶接構造体の用途に応じて選択すればよい。例えば、前記他の部材は本発明の溶接構造用材料からなるものであってもよく、また、軟鋼等の他の材料からなるものであってもよい。
本発明の溶接構造体の製造方法における溶接方法は特に限定されないが、被覆アーク溶接法およびザマージアーク溶接法等を採用することができる。また、溶接材料も特に限定されないが、AWS A5.1 E7016該当およびAWS A5.17 F7A2−EH14該当等を好適に用いることができる。
【0034】
なお、溶接を行う前には、溶接後の残留応力を軽減するために、予熱が行われる。本発明においては、溶接構造用材料のMoにより強度を確保することにより、材料を脆化し溶接性を劣化させるCおよびVが削減されている。従って、予熱温度を150℃以下としても、溶接後の割れ等の不良を生じず、良好な溶接を施工することができる。予熱は100℃以上150℃以下の温度範囲で行うことが好ましい。予熱温度が100℃未満では、残留応力を軽減する効果が少なく、溶接後に割れ等の不良を生じる場合があるので好ましくない。また、予熱温度が150℃を超えると、予熱の工数が増し、また高温に加熱した部材に近づいて溶接作業を行う必要があるために溶接作業者の負担となり好ましくない。
【0035】
溶接後は、残留応力を除去するために、焼戻し焼鈍処理(以下、「SR処理」という)を行うことが好ましい。SR処理は600℃以上630℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持することにより行うことができる。SR処理の温度が600℃未満では残留応力を低減する効果が少なく、630℃を超えると歯車部材の目的とする強度が低下する。また、SR処理の時間が5時間未満では、残留応力を低減する効果が少なく、20時間を超えると歯車部材の目的とする強度が低下する。
【0036】
上記の製造方法により製造された溶接構造体は、十分な機械的強度と靱性を有し、また溶接部における溶接割れの発生が抑えられている。
【0037】
前記溶接構造体は、例えば、図1および図2に示すような、舶用主機タービン減速装置の歯車1に適用することができる。
【0038】
すなわち、リム3は前述の溶接構造用材料を用いて形成され、前述の焼入れ処理および焼戻し処理が施される。次いで、軟鋼等からなるスポーク4がリム3の内側の所定の位置に配置される。前述の予熱を行った後、リム3の内周とスポーク4の外周とが溶接により接合され、溶接部5が形成される。溶接後は、前述のSR処理が施される。なお、シャフト2は、スポーク4の中央の穴に挿入され、溶接等の方法により接合される。
【0039】
こうして製造された歯車1は、リム3が高い機械的強度と靱性を有し、またリム3とスポーク4を接合する溶接部5での溶接割れの発生が抑えられているので、大型船舶等に用いられる大型・大出力用の減速装置の歯車等、大型で高い強度が要求される歯車として好適である。
【0040】
(実施例)
以下、本発明の溶接構造用材料、溶接構造用部材および溶接構造体の具体的な実施例をあげ、本発明の効果を明らかにする。表1に供試材の化学成分を示す。表1中、試験例1から試験例5および試験例15から試験例17は本発明の溶接構造用材料の成分組成を満足する供試材であり、試験例6から試験例14、試験例18および試験例19は比較例となる供試材である。また、比較例の一つである試験例6の供試材は、現在実際に船舶用歯車材料として用いられている材料である。
【0041】
【表1】

【0042】
これらの試験例1から試験例19の供試材に対して、図3(a)から図3(c)に示す熱処理を順次施した。図3(a)は焼入れ処理、図3(b)は焼戻し処理、図3(c)はSR処理を示すチャート図である。なお、ここに示す熱処理のうち、図3(c)のSR処理は通常は溶接後に行うものであるが、この試験では溶接を行わずに、図3(b)の焼戻し処理の後すぐに図3(c)のSR処理を施した。
【0043】
図3(a)から図3(c)の熱処理の後、試験例1から試験例19の供試材について、常温引張試験を行った。各供試材について0.2%耐力、引張り強さ、伸び、絞りおよびシャルピー衝撃試験値(2mm Vノッチ)を測定した。引張り強さ、伸び、絞りおよびシャルピー衝撃試験値については、表2に示した基準値と比較して判定を行った。この常温引張試験結果およびシャルピー衝撃試験結果を表2に示す。なお、判定の○はすべての基準値を満たしたことを意味し、×はいずれかの基準値を満たさなかったことを意味する。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示した結果から、本発明の溶接構造用部材に相当する試験例1から試験例5および試験例15から試験例17の供試材は、十分に必要な機械的強度および靭性を満たしていることがわかる。また、比較例である試験例13および14の供試材も、機械的強度および靭性を満足している。
【0046】
次いで、上記常温引張試験で機械的強度を満足した材料について、溶接割れ試験を実施した。この試験はいわゆる遅れ割れ試験と称するものであり、JIS Z3158「y型溶接割れ試験方法」に従って試験を行った。
まず、図4(a)から図4(c)に示す加工を施した供試材からなる試験板を用意した。なお、図中lは試験板の厚さを表し、gはルート間隔を表す。全長200mmの開先部のうち、両側各60mmの部分はあらかじめ拘束溶接を行い、残りの中央部80mmの開先部について試験溶接を行った。
【0047】
試験溶接は、以下の条件で、図5に示す溶接方法で行った。
溶接電流: 160±10A
溶接電圧: 24±1V
溶接速度: 150±10mm/min
溶接方法: 被覆アーク溶接
溶接材料: (株)神戸製鋼所製溶接棒LB−26 (AWS A5.1 E7016該当)
【0048】
また、試験溶接の前に、100℃、125℃、150℃、175℃または200℃の温度で予熱を行った。
【0049】
上記の方法で溶接施工を行い、その後48時間放置した後に断面を5つの調査断面位置について光学顕微鏡観察を行い、断面割れ率を求めた。断面割れ率Cs(%)は、図6に示すように、試験ビードの最小肉厚をH(mm)、ルート割れの高さをHc(mm)とすると、
Cs=(Hc/H)×100
の式で求められる。
【0050】
なお、5つの調査断面の位置は、図7に示すように、開先と平行に置かれたビードの両端の位置およびその間を4等分した位置とした。
各供試材の予熱温度毎の溶接割れ試験の結果を表3に示す。なお、判定の○は、溶接性が良好であったことを示し、具体的には150℃またはそれ以下の予熱温度で断面割れ率が0%であった供試材を示している。それ以外の供試材は、溶接性が良好でないと判定し、表3中×で表す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に示した結果から、本発明の溶接構造体に相当する試験例1から試験例5および試験例15から試験例17の供試材はいずれも150℃以下の予熱温度でも断面割れ率が0%であり、溶接性が良好であったのに対し、比較例である試験例13および14の供試材は、断面割れ率を0%とするには200℃以上の予熱温度が必要であり、溶接性は良好ではなかった。以上の結果から、本発明の溶接構造体は高い機械的強度および靭性を有し、かつ溶接割れの発生が抑えられていることがわかる。
【0053】
なお、上記試験において、溶接割れ性は遅れ割れ試験により評価しているが、これについて以下説明する。
【0054】
溶接割れとしては、1)遅れ割れ、2)SR割れ、3)高温割れなどが挙げられる。
1)の遅れ割れは、上記実施例で示した試験方法で試験を行うものであり、その説明は後述する。
2)のSR割れは、SR処理後に割れが発生するものである。溶接される鋼材中にVが多いと、SR処理時に微細な炭化物を析出して材料強度を高めて硬くなるが、同時に脆くなるため、変形が拘束されていると割れやすくなる。しかし、本発明の場合にはVを低く抑えているため、SR割れについては考慮しなくてもよい。
3)の高温割れは、合金元素が多いと溶接金属の融点が下がって、凝固時に凝固収縮のために発生する応力に耐えられず割れてしまうものである。本発明の対象となる溶接構造用材料は低合金鋼であり、合金元素が少ないので、高温割れも考慮しなくてよい。
【0055】
1)の遅れ割れの試験は、溶接した部分をそのまま放置していると割れてしまうことを再現する試験であり、その試験方法は、前述の実施例で述べたとおり、JIS Z3158「y型溶接割れ試験方法」にも規定されている。この試験では、拘束度の大きい試験片を用いて溶接を行い、その後48時間放置し、割れが発生する度合を調べるものである。
遅れ割れの原因としては、a)水素、b)材料の脆さ、c)応力の3要素があり、これら3要素が重なったときに割れを生じる。
【0056】
a)の水素は、材料中に必ず存在するものであり、そのレベルが割れの発生しやすさに影響する。上記実施例の溶接は被覆アーク溶接(いわゆる手棒)で行う溶接であるため、溶接棒を十分に乾燥させてもフラックス中に結晶水が存在することから、水素のある程度の混入は避けられない。上記実施例においては、水素について、本発明の試験例も比較例となる試験例も同条件である。
b)の材料の脆さは、焼入れ硬さに比例する。焼入れ硬さはC量が多いほど大きくなる。このために、本発明の溶接構造用材料ではC量を比較的低く抑えている。
c)の応力に関しては、溶接により熱を局所的に与えるため、溶接部の周囲に存在する熱膨張・収縮に伴う残留応力が問題となる。予熱を行うと溶接部の周辺部も加熱されることになるので、局部的な熱応力が軽減される。このために、残留応力も低減できることになる。予熱温度が高ければ、周囲との温度差も小さくなるので、発生する残留応力も小さくなる。しかし、予熱温度を高くすると、予熱の工数が増し、また高温に加熱した部材に溶接作業者が近づかなければならないことになるため作業性が悪く、長時間の施工作業は困難となる。従って、予熱温度はできるだけ低い方がよいことになる。その点から上記実施例の溶接性の評価においては、予熱温度の高低を考慮した。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】舶用主機タービン減速装置の歯車の一例を示す概略分解斜視図である。
【図2】舶用主機タービン減速装置の歯車の一例を示す概略斜視図である。
【図3】実施例における熱処理を表すチャート図であり、(a)は焼入れ処理、(b)は焼戻し処理、(c)はSR処理を示すチャート図である。
【図4】実施例における溶接割れ試験の試験板を示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)のA−A’断面における断面図、(c)は(a)のB−B’断面における断面図を表す。
【図5】実施例における溶接割れ試験の溶接方法を説明する図である。
【図6】実施例における溶接割れ試験の測定要領を説明する図である。
【図7】実施例における溶接割れ試験の測定位置を説明する図である。
【符号の説明】
【0058】
1 歯車
2 シャフト
3 リム
4 スポーク
5 溶接部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量比でC:0.17〜0.21%、Si:0.1〜0.4%、Mn:0.4〜1%、Ni:0.5〜4.5%、Cr:0.5〜3.5%、Mo:0.5〜3%、V:0.06〜0.15%を含有し、残部が不可避的不純物およびFeからなる溶接構造用材料。
【請求項2】
重量比でPの含有量が0.015%以下、Sの含有量が0.01%以下である請求項1に記載の溶接構造用材料。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の溶接構造用材料を、850℃以上950℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持した後、100℃以下の温度まで冷却する焼入れ処理を行い、次いで590℃以上640℃以下の温度で焼戻し処理を行う溶接構造用部材の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の製造方法により製造された溶接構造用部材。
【請求項5】
請求項4に記載の溶接構造用部材と、鋼材からなる他の部材とを、溶接により接合する工程を有する溶接構造体の製造方法。
【請求項6】
前記溶接の後に、600℃以上630℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持する焼戻し焼鈍処理を行う請求項5に記載の溶接構造体の製造方法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の製造方法により製造された溶接構造体。
【請求項8】
請求項3に記載の製造方法により製造された歯車用部材。
【請求項9】
請求項8に記載の歯車用部材と、鋼材からなる他の部材とを、溶接により接合する工程を有する歯車の製造方法。
【請求項10】
請求項3に記載の製造方法により製造された歯車用リム。
【請求項11】
請求項10に記載の歯車用リムと、鋼材からなるスポークとを、溶接により接合する工程を有する歯車の製造方法。
【請求項12】
前記溶接の後に、600℃以上630℃以下の温度で5時間以上20時間以下の時間保持する焼戻し焼鈍処理を行う請求項9または請求項11に記載の歯車の製造方法。
【請求項13】
請求項9、請求項11および請求項12のいずれかに記載の製造方法により製造された歯車。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−336098(P2006−336098A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−165690(P2005−165690)
【出願日】平成17年6月6日(2005.6.6)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【出願人】(590005715)日本鋳鍛鋼株式会社 (4)
【Fターム(参考)】