説明

溶接装置及び溶接方法

【課題】入熱量の偏りに起因する溶接対象物の溶接変形量を最小限に抑える。
【解決手段】溶接対象物を回転させながら溶接用ビームを照射することで前記溶接対象物を溶接する溶接装置であって、一次溶接に供する一次溶接パターンと、二次溶接に供する二次溶接パターンとを含む溶接パターンに基づいて前記溶接用ビームの出力及び前記溶接対象物の回転状態を制御する制御部を備え、前記一次溶接パターンは、前記二次溶接パターンに基づいて前記溶接対象物の溶接を行った場合に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接装置及び溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、軸物回転部品や自動車の燃料噴射弁等、高精度な加工技術を必要とする軸物部品の溶接法の1つとして、レーザ溶接が注目されている。このような軸物部品に対してレーザ溶接を行う場合、(1)一定のレーザ出力で1周(0°〜360°)溶接し、(2)同じレーザ出力で360°の位置から所定位置(例えば396°)まで溶接することでビードの一部を重ね合わせ(ビードラップ)、さらに、(3)上記所定位置から溶接終了位置(例えば576°)までレーザ出力を徐々に下げながら溶接を行う(スロープダウン)、という3つのプロセスを連続的に実施することが一般的である。
【0003】
実際のレーザ溶接装置では、一定速度で軸物部品を回転させた場合に、回転角が0°(溶接開始位置)から396°(ビードラップ終了位置)までの範囲ではレーザ出力が一定となるように、回転角が396°から576°(溶接終了位置)までの範囲ではレーザ出力が徐々に低下するように、レーザ出力と溶接時間(言い換えれば軸物部品の回転時間)との対応関係を示す溶接パターンを設定しておき、溶接時にはこの溶接パターンに基づいてレーザ出力の制御及び軸物部品の回転制御を行っている。
【0004】
上記のような3つのプロセスの内、ビードラップは確実に軸物部品の周全体を溶接するために必要であり、スロープダウンは欠陥防止(急激にレーザ出力を下げると溶接終了位置にて欠陥が生じる)のために必要であるが、これらビードラップ及びスロープダウンに起因して2周目、つまり360°から576°の範囲で入熱量が増大し、周方向において入熱量の偏りが発生する。このような入熱量の偏りは軸物部品の変形(入熱量の大きい位置に収縮応力が発生し、その入熱量の大きい方向に曲がる)を招くことになる。
【0005】
例えば、下記特許文献1には、入熱量の偏りに起因する溶接対象物の変形に対して、1周目の溶接部に重なるように、連続して2周目、3周目と複数回に亘ってレーザ溶接を行うことにより、溶接対象物の周方向における入熱量の均一化を図り、以って溶接対象物の変形を防止する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−169653号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような入熱量の偏りに起因する溶接対象物の変形に対しては、後工程での製品組み立て時にバランス修正を行うという方法もあるが、この方法ではバランス修正作業が大きな負担となり、また、変形量が大きいとバランス修正できず歩留まり悪化につながる。例えば、軸物回転部品は、バランス修正の加工代が小さい設計となっており、溶接変形量を最小限に抑えることが可能な非常に高精度な溶接法が必要不可欠である。
【0008】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであり、入熱量の偏りに起因する溶接対象物の溶接変形量を最小限に抑えることが可能な溶接装置及び溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係る溶接装置は、溶接対象物を回転させながら溶接用ビームを照射することで前記溶接対象物を溶接する溶接装置であって、一次溶接に供する一次溶接パターンと、二次溶接に供する二次溶接パターンとを含む溶接パターンに基づいて前記溶接用ビームの出力及び前記溶接対象物の回転状態を制御する制御部を備え、前記一次溶接パターンは、前記二次溶接パターンに基づいて前記溶接対象物の溶接を行った場合に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように設定されていることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る溶接装置において、前記二次溶接パターンは、一定速度で前記溶接対象物を回転させた場合に、回転角が0°からビードラップ終了位置までの範囲では前記溶接用ビームの出力が一定となるように、回転角がビードラップ終了位置から溶接終了位置までの範囲では前記溶接用ビームの出力が徐々に低下するように設定されており、前記一次溶接パターンは、前記二次溶接パターンに基づいて前記溶接対象物の溶接を行った場合に生じる入熱量の偏りと対向する側に別の入熱量の偏りが生じるように、所定範囲で前記溶接用ビームの出力が一定となるよう設定されていることを特徴とする。
また、本発明に係る溶接装置において、前記溶接用ビームは、レーザ光または電子ビームであることに加えて、プラズマ等、十分に制御されたものであることを特徴とする。具体的には、例えば、溶け込みの幅/深さ比が1/1以上(幅より深さ値が大きい)となるように制御された溶接用ビームを使用することが望ましい。また、溶接用ビームの熱源としては、出力変動が小さい熱源であること、入力した溶接パターンと熱源の追従精度が良い(ON/OFF、スロープダウン等)熱源であることが望ましい。
【0011】
一方、本発明に係る溶接方法は、溶接対象物を回転させながら溶接用ビームを照射することで前記溶接対象物を溶接する溶接方法であって、一次溶接と二次溶接とを連続的に行う際に、前記二次溶接によって前記溶接対象物に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように前記一次溶接を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、一次溶接と二次溶接とを連続的に行う際に、二次溶接によって溶接対象物に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように一次溶接を行うことにより、二次溶接によって変形が生じたとしても、元々、一次溶接によってその逆方向に変形が生じているため、両方の変形は互いに相殺され、その結果、入熱量の偏りに起因する溶接対象物の溶接変形量を最小限に抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係るレーザ溶接装置1の構成概略図である。
【図2】レーザ溶接装置1で使用される溶接パターン64aの一例を示す図である。
【図3】レーザ溶接装置1の制御部65が溶接動作時に実行する処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】実験で使用したワークWの構成及び溶接条件を示す図である。
【図5】実験で使用した溶接パターンの第1ケースである。
【図6】実験で使用した溶接パターンの第2ケースである。
【図7】実験結果を示す第1図である。
【図8】溶接パターンの作成方法の手順を示すフローチャートである。
【図9】溶接パターンの作成方法に関する補足説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態について説明する。なお、以下では、本発明に係る溶接装置として、レーザ光を溶接用ビームとして使用するレーザ溶接装置を例示して説明する。
【0015】
図1は、本実施形態におけるレーザ溶接装置1の構成概略図である。この図1に示すように、レーザ溶接装置1は、ワークW(溶接対象物)を回転させながらレーザ光Lを照射することでワークWの溶接を行うものであり、XYステージ10、回転ポジショナ20、センタ押し台30、レーザヘッド40、レーザ発振器50及び制御盤60から構成されている。
【0016】
XYステージ10は、不図示の駆動機構により図中のXY平面(水平面)内を移動可能な平板ステージである。このXYステージ10の位置(XY座標)は、後述の制御盤60(詳細には制御部65)によって制御される。XYステージ10の近傍には、レーザヘッド40を固定するためのレーザヘッド固定治具11が図中のZ軸方向(鉛直方向)に沿って移動可能に取り付けられたZ軸位置決めアーム12が設置されている。
【0017】
回転ポジショナ20は、XYステージ10上に設置された回転駆動機構であり、X軸を回転軸として回転するワーク取付チャック21を備えている。ワークWは、X軸と平行になるようにワーク取付チャック21に取り付けられており、ワーク取付チャック21の回転に伴って自身も回転することになる。
【0018】
また、上記の回転ポジショナ20は、信号ケーブル22を介して制御盤60と接続されており、制御盤60(詳細には制御部65)から信号ケーブル22を介して送信される回転制御信号によってワーク取付チャック21の回転状態(つまりワークWの回転状態)が制御される。なお、図1では図示を省略しているが、この回転ポジショナ20には、ワーク取付チャック21を回転させるモータと、制御盤60から送信される上記の回転制御信号に応じてモータに供給すべき駆動信号を生成する駆動回路とが内蔵されている。
【0019】
センタ押し台30は、XYステージ10上において回転ポジショナ20と対向する側に、X軸方向に移動可能に設置されている。図1に示すように、このセンタ押し台30の先端部がワーク取付チャック21に取り付けられたワークWの回転中心に当接するように、センタ押し台30の位置調整を行うことにより、ワークWのセンター押しを行う。
【0020】
レーザヘッド40は、先端部に設けられたレーザノズルが鉛直下向きになるように、レーザヘッド固定治具11によって固定されていると共に、光ファイバ41を介してレーザ発振器50と接続されており、レーザ発振器50から光ファイバ41を介して受光したレーザ光Lを集光してレーザノズルから照射するものである。また、このレーザヘッド40は、レーザ光Lの照射時において、不図示のシールドガス供給装置から供給されるシールドガスをレーザノズルから噴射する機構も備えている。また、溶接部の側面からノズルを伸ばし、シールドガスを別途当てる機構も備えている(サイドシールド)。
【0021】
レーザヘッド40のZ軸上の位置(高さ)は、レーザヘッド固定治具11をZ軸位置決めアーム12上で移動させることで調整可能である。つまり、レーザヘッド40のZ軸上の位置を調整することで適切な高さ(適切な溶け込み深さを実現できる高さ)からレーザ光LをワークWに照射することが可能となる。なお、当然、XYステージ10のXY座標は、レーザ光LがワークW上の溶接箇所に照射されるように調整される。
【0022】
レーザ発振器50は、信号ケーブル51を介して制御盤60と接続されており、制御盤60(詳細には制御部65)から信号ケーブル51を介して送信されるレーザ出力制御信号に応じて所定出力のレーザ光Lを生成し、当該生成したレーザ光Lを光ファイバ41を介してレーザヘッド40に出力するものである。このレーザ発振器50としては、例えばYb−ファイバレーザ発振器を用いることができる。なお、本実施形態では、レーザ発振器50の内部においてレーザ光Lの光路に設けられたシャッタの開度を調整することで、レーザ光Lの出力(以下、レーザ出力と略す)を制御するものとする。
【0023】
制御盤60は、作業者による操作に応じてレーザ溶接装置1の溶接動作を制御するものであり、操作部61、表示部62、I/F63、記憶部64及び制御部65から構成されている。操作部61は、電源キーや数値入力キー、溶接パターン選択キー、溶接スタートキー、非常停止キー等の各種操作キーから構成されており、作業者による操作入力に応じた操作信号を制御部65に出力する。表示部62は、例えば液晶パネルであり、制御部65から入力される画像データに応じた画像(例えば選択中の溶接パターンやワークWの回転速度等の設定情報)を表示する。
【0024】
I/F63は、信号ケーブル22を介して回転ポジショナ20と接続されていると共に、信号ケーブル51を介してレーザ発振器50と接続されており、制御部65と回転ポジショナ20との間の通信、制御部65とレーザ発振器50との間の通信を中継するインタフェースである。記憶部64は、例えばフラッシュメモリ等の書き換え可能な不揮発性メモリであり、レーザ出力と溶接時間(言い換えればワークWの回転時間)との対応関係を示す溶接パターン64aやワークWの回転速度等の設定情報を記憶している。
【0025】
図2(a)は、本実施形態で使用する溶接パターン64aの一例を示す図である。なお、図2(a)の溶接パターン64aは、ワークWの回転速度を300rpmと設定した場合、つまりワークWが200msecで1回転する場合を想定して設定されたものである。この図2(a)に示すように、本実施形態における溶接パターン64aは、一次溶接に供する一次溶接パターン(0〜200msecの範囲のパターン)と、二次溶接に供する二次溶接パターン(200〜520msecの範囲のパターン)とを含んでいる。
【0026】
ワークWの回転角0°を溶接開始位置とし、これに対応する溶接時間0を溶接開始時刻とすると、一次溶接パターンは、回転角189°に対応する105msecから回転角297°に対応する165msecまでの範囲において、レーザ出力が1.4kW一定となるように設定されている。この一次溶接パターンは、後述の二次溶接パターンに基づいてワークWの溶接を行った場合に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように設定されているものである。なお、一例としてレーザ出力が1.4kWに設定されている場合を示したが、希望の溶け込み深さによってこの数値は変動するものである。つまり、溶け込み深さはワークWの径に依存するため、ワークWの径に応じてレーザ出力を適宜設定すれば良い。
【0027】
二次溶接パターンは、2周目の回転角0°に対応する200msecから360°(0°)に対応する400msecまでの範囲において、レーザ出力が1.4kW一定となるように設定され、回転角360°(0°:3周目)に対応する400msecから396°(36°)に対応する420msecまでの範囲において、同じくレーザ出力が1.4kW一定となるように設定され(ビードラップ)、さらに、回転角396°(36°)に対応する420msecから576°(216°)に対応する520msecまでの範囲において、レーザ出力が徐々に低下するように設定されている(スロープダウン)。
【0028】
上述した溶接パターン64aにおいて、二次溶接パターンは、従来のレーザ溶接で一般的に用いられる溶接パターンと同様である。つまり、二次溶接パターン単独では、ワークWの周方向において入熱量の偏りが生じてしまい、その結果、ワークWの変形が生じる。そこで、本実施形態では、二次溶接パターンの前に、二次溶接パターンに基づいてワークWの溶接を行った場合に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように設定された一次溶接パターンを加えることで、入熱量の偏りに起因するワークWの溶接変形量を最小限に抑えることを可能としている。
【0029】
図1に戻り、制御部65は、例えばマイクロコンピュータであり、操作部61から入力される操作信号と、記憶部64に記憶されている溶接パターン64aに基づいてレーザ溶接装置1の溶接動作を統括制御するものである。具体的には、この制御部65は、作業者による操作部61の操作によって選択された溶接パターン64aを記憶部64から読み出し、その溶接パターン64aに基づいてレーザ出力制御信号をレーザ発振器50へ送信すると共に回転制御信号を回転ポジショナ20へ送信することで、レーザ出力及びワークWの回転状態を制御する。
【0030】
次に、上記のように構成されたレーザ溶接装置1の溶接動作について詳細に説明する。
図3は、溶接動作時において制御部65が実行する処理の流れを示すフローチャートである。この図3に示すように、制御部65は、まず、作業者による操作部61の操作によってワークWの溶接に使用すべき溶接パターン64aが選択されると、その選択された溶接パターン64aを記憶部64から読み出す(ステップS1)。
そして、制御部65は、溶接時間のタイマカウントをスタートさせると同時に、回転制御信号を回転ポジショナ20へ送信することで、ワーク取付チャック21(つまりワークW)を300rpmの回転速度で回転させる(ステップS2)。
【0031】
続いて、制御部65は、溶接パターン64aに基づき、溶接時間のタイマカウントが105msecに達したか否か、つまりワークWの回転角が189°に達したか否かを判定し(ステップS3)、「Yes」の場合には、レーザ出力制御信号をレーザ発振器50に送信してシャッタ全開を指示する(ステップS4)。つまり、シャッタ全開時には、1.4kWのレーザ出力を有するレーザ光Lがレーザ発振器50からレーザヘッド40へ出力され、レーザヘッド40からワークWに向けて1.4kW一定のレーザ光Lが照射される。
【0032】
続いて、制御部65は、溶接パターン64aに基づき、溶接時間のタイマカウントが165msecに達したか否か、つまりワークWの回転角が297°に達したか否かを判定し(ステップS5)、「Yes」の場合には、レーザ出力制御信号をレーザ発振器50に送信してシャッタ全閉を指示する(ステップS6)。つまり、シャッタ全閉時には、レーザ光Lがレーザ発振器50からレーザヘッド40へ出力されず(つまりレーザ出力0)、ワークWに対するレーザ照射が停止される。
以上のステップS2〜S6までの処理によって、溶接パターン64aの一次溶接パターンに基づく一次溶接が実施されることになる。
【0033】
続いて、制御部65は、溶接パターン64aに基づき、溶接時間のタイマカウントが200msecに達したか否か、つまりワークWの回転角が2周目の0°に達したか否かを判定し(ステップS7)、「Yes」の場合には、レーザ出力制御信号をレーザ発振器50に送信してシャッタ全開を指示する(ステップS8)。これにより、再び、レーザヘッド40からワークWに向けて1.4kW一定のレーザ光Lが照射される。
【0034】
続いて、制御部65は、溶接パターン64aに基づき、溶接時間のタイマカウントが420msecに達したか否か、つまりワークWの回転角が396°(ビードラップ終了位置)に達したか否かを判定し(ステップS9)、「Yes」の場合には、レーザ出力制御信号をレーザ発振器50に送信して、溶接時間の経過に伴いレーザ出力が徐々に低下するようにシャッタ開度を制御する(ステップS10)。これにより、ワークWに照射されるレーザ光Lのレーザ出力は、溶接時間の経過に伴い、1.4kWから0kWに向けて徐々に低下することになる。
【0035】
続いて、制御部65は、溶接パターン64aに基づき、溶接時間のタイマカウントが520msecに達したか否か、つまりワークWの回転角が576°(溶接終了位置)に達したか否かを判定し(ステップS11)、「Yes」の場合には、レーザ出力制御信号をレーザ発振器50に送信してシャッタ全閉を指示する(ステップS12)。これにより、ワークWに対するレーザ照射が停止される。
以上のステップS7〜S12の処理によって、溶接パターン64aの二次溶接パターンに基づく二次溶接が実施されることになる。
上記のように二次溶接が終了すると、制御部65は、溶接時間のタイマカウントを停止すると共に回転ポジショナ20に回転停止を指示して溶接動作を終了する(ステップS13)。
【0036】
図2(c)は、上述したステップS2〜S6までの処理によって実施される一次溶接に供する一次溶接パターンを示し、図2(d)は、その一次溶接においてワークWの周方向に照射されたレーザ光Lの総出力分布を示した図である。この図2(d)に示すように、一次溶接パターンを用いた一次溶接では、ワークWの189°から297°の範囲でレーザ出力は1.4kW一定となっていることがわかる。
【0037】
図2(e)は、上述したステップS7〜S12までの処理によって実施される二次溶接に供する二次溶接パターンを示し、図2(f)は、その二次溶接においてワークWの周方向に照射されたレーザ光Lの総出力分布を示した図である。この図2(f)に示すように、二次溶接パターンを用いた二次溶接では、ビードラップ及びスロープダウンが行われた360°(0°)から576°(216°)の範囲でレーザ出力が増加していることがわかる。つまり、二次溶接単独では、ワークWの周方向において入熱量の偏りが生じていることがわかる。詳細は後述するが、本願発明者が実験を行った結果、上記のような二次溶接単独では、入熱量の偏りに起因して大きな変形(振れ角度0.37°)が生じることが確認されている。
【0038】
図2(a)は、上記の一次溶接パターンと二次溶接パターンとを加えた溶接パターン64aを示し、図2(b)は、溶接パターン64aに基づいて一次溶接と二次溶接とを連続して行った場合(つまり、上記ステップS2〜12を連続して行った場合)において、ワークWの周方向に照射されたレーザ光Lの総出力分布を示した図である。この図2(b)に示すように、二次溶接においてビードラップ及びスロープダウンが行われた360°(0°)から576°(216°)の範囲だけでなく、一次溶接が行われた189°から297°の範囲でもレーザ出力が増加していることがわかる。つまり、一次溶接パターンと二次溶接パターンとを加えた溶接パターン64aを用いた場合、二次溶接で生じる入熱量の偏りと対向する側に一次溶接による入熱量の偏りが生じることになる。
【0039】
このような一次溶接による入熱量の偏りは、二次溶接による変形とは逆方向の変形を生じさせる。そのため、二次溶接によって変形が生じたとしても、元々、一次溶接によってその逆方向に変形が生じているため、両方の変形は互いに相殺され、その結果、入熱量の偏りに起因するワークWの溶接変形量を最小限に抑えることが可能となる。
本願発明者が実験を行った結果、図2(a)に示す溶接パターン64aを用いてレーザ溶接を行った場合、入熱量の偏りに起因する変形量(振れ角度)を0.01°から0.02°程度まで抑えることが可能であることが確認された。
【0040】
〔実験結果〕
以下では、本願発明者が行った実験とその結果について詳細に説明する。
図4(a)は、本実験で使用したワークWの構成図である。この図に示すように、本実験では、軸物回転部品をワークWとして採用し、第1試験片100と第2試験片200とをインローで組み合わせた構成としている。上記の第2試験片200をチャッキング後、初期の振れ角度が極小となるようにダイヤルゲージを用いて調整し、第1試験片100のセンター穴にてセンター押しを行って固定した。
【0041】
そして、図4(b)に示す溶接条件において、一次溶接の溶接範囲を162°から324°の範囲内で複数選択し、各溶接範囲の一次溶接と二次溶接との組み合わせによってワークWの溶接を行い、溶接後における第1試験片100の振れ角度を計測・記録した。なお、二次溶接は、一般的な溶接パターン、つまり、図2(a)に示した溶接パターン64aにおいて回転角0°を溶接開始位置とする二次溶接パターンと同様なパターンを使用した。
【0042】
図5は、一次溶接を行わず、二次溶接のみを行った場合における、ワークWに照射されたレーザ光の総出力分布及び溶接パターンを示している。この時使用したワークWの試験片番号をTP(1−1)とする。図5のケースは従来の溶接方法と同様であり、一次溶接を行った場合と比較するために実施したものである。
【0043】
図6は、一次溶接として、1.4kW一定のレーザ光を189°から297°の範囲に照射した場合におけるレーザ光の総出力分布及び溶接パターンを示している(つまり、上記実施形態で使用した溶接パターン64aに相当)。この時使用したワークWの試験片番号をTP(7−1、7−2、8−1)とする。同様に、一次溶接として、252°から324°の範囲を溶接したものをTP(2−2)、180°から288°の範囲を溶接したものをTP(3−1、3−2、8−3)、216°から252°の範囲を溶接したものをTP(3−5)、162°から270°の範囲を溶接したものをTP(5−2)とする。
【0044】
図7は、上記試験片番号の各々についての、溶接前と溶接後の振れ角度(変形量)の計測結果である。この実験結果である図7からわかるように、一次溶接を導入した場合は導入しないケースと比べて、入熱量の偏りに起因する振れ角度を軽減できることがわかる。
【0045】
本願発明者は、以上のような実験結果から、一次溶接と二次溶接とを連続的に行う際に、二次溶接によってワークWに生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように一次溶接を行うことにより、二次溶接によって変形が生じたとしても、元々、一次溶接によってその逆方向に変形が生じているため、両方の変形は互いに相殺され、その結果、入熱量の偏りに起因するワークWの溶接変形量を最小限に抑えることが可能であることを見出し、本願発明を出願するに至った。
【0046】
〔溶接パターンの作成方法〕
次に、一次溶接に供する一次溶接パターンと、二次溶接に供する二次溶接パターンとを含む溶接パターンの作成方法について説明する。
図8は、溶接パターンの作成方法の順序を示すフローチャートである。この図8に示すように、まず、ノーマルの溶接パターン、つまり二次溶接パターンの周方向−出力チャート(図9(a)参照)を作成する(ステップS21)。
【0047】
続いて、二次溶接パターンに従ってワークWの溶接を行い(ステップS22)、溶接終了後にワークWの振れ量及び振れ方向を特定(計測)する(ステップS23)。続いて、図9(b)に示すように、溶接終了後のワークWにおける入熱量の偏り方向及び量と、振れ量及び振れ方向とから総合的に判断して、予め溶接する範囲とレーザ出力を決定する(ステップS24)。ステップS24の決定結果から一次溶接パターンを作成し、この一次溶接パターンと二次溶接パターンを含む溶接パターンを作成する(ステップS25)。
【0048】
そして、上記ステップS25で作成した溶接パターンに従って再度ワークWの溶接を行い(ステップS26)、溶接終了後にワークWの振れ量及び振れ方向を特定(計測)する(ステップS27)。そして、振れ量が目標値まで減少したか否かを判断し(ステップS28)、「No」の場合にはステップS24に戻り、「Yes」の場合には最終的に使用する溶接パターンが完成する(ステップS25)。
なお、図9(c)及び(d)は、入熱量の偏りの見積もりが妥当でない場合を示しており、それぞれの振れ量は154μm、146μmとノーマルの溶接パターンよりは振れ量が減少するものの大きな効果は期待できない。そのため、上記ステップ28において、振れ量が目標値に達していない場合にはステップS24に戻ることにより、最適な一次溶接パターンを探し出すことができる。
【0049】
〔変形例〕
本発明は上記実施形態に限定されず、以下のような変形例が挙げられる。
(1)上記実施形態では、溶接用ビームとしてレーザ光を使用するレーザ溶接装置1を例示して説明したが、溶接用ビームとして電子ビームを使用する電子ビーム溶接装置であっても本発明を適用することができる。また、レーザ光や電子ビームの他、プラズマ等の十分に制御された高エネルギー密度の溶接用ビームを使用する溶接装置であれば本発明を適用することができる。具体的には、例えば、溶け込みの幅/深さ比が1/1以上(幅より深さ値が大きい)となるように制御された溶接用ビームを使用することが望ましい。また、溶接用ビームの熱源としては、出力変動が小さい熱源であること、入力した溶接パターンと熱源の追従精度が良い(ON/OFF、スロープダウン等)熱源であることが望ましい。
【0050】
(2)上記実施形態では、図2(a)に示すような溶接パターン64aを使用する場合を想定して説明したが、この溶接パターン64aはあくまで一例であり、二次溶接パターンやワークWの材質、寸法などによって最適な一次溶接パターンは変わるため、上述した溶接パターンの作成方法を用いて最適な一次溶接パターンを探し出し、最終的に使用する溶接パターンを作成すれば良い。
【0051】
(3)上記実施形態では、溶接対象物であるワークWとして軸物回転部品を想定して説明したが、自動車の燃料噴射弁等、その他の軸物部品が溶接対象物であっても本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1…レーザ溶接装置、10…XYステージ、20…回転ポジショナ、30…センタ押し台、40…レーザヘッド、50…レーザ発振器、60…制御盤、61…操作部、62…表示部、63…I/F、64…記憶部、64a…溶接パターン、65…制御部、L…レーザ光、W…ワーク(溶接対象物)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接対象物を回転させながら溶接用ビームを照射することで前記溶接対象物を溶接する溶接装置であって、
一次溶接に供する一次溶接パターンと、二次溶接に供する二次溶接パターンとを含む溶接パターンに基づいて前記溶接用ビームの出力及び前記溶接対象物の回転状態を制御する制御部を備え、
前記一次溶接パターンは、前記二次溶接パターンに基づいて前記溶接対象物の溶接を行った場合に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように設定されていることを特徴とする溶接装置。
【請求項2】
前記二次溶接パターンは、一定速度で前記溶接対象物を回転させた場合に、回転角が0°からビードラップ終了位置までの範囲では前記溶接用ビームの出力が一定となるように、回転角がビードラップ終了位置から溶接終了位置までの範囲では前記溶接用ビームの出力が徐々に低下するように設定されており、
前記一次溶接パターンは、前記二次溶接パターンに基づいて前記溶接対象物の溶接を行った場合に生じる入熱量の偏りと対向する側に別の入熱量の偏りが生じるように、所定範囲で前記溶接用ビームの出力が一定となるよう設定されていることを特徴とする請求項1記載の溶接装置。
【請求項3】
前記溶接用ビームは、レーザ光または電子ビームであることを特徴とする請求項1または2に記載の溶接装置。
【請求項4】
溶接対象物を回転させながら溶接用ビームを照射することで前記溶接対象物を溶接する溶接方法であって、
一次溶接と二次溶接とを連続的に行う際に、前記二次溶接によって前記溶接対象物に生じる変形を相殺する方向に変形を生じさせるように前記一次溶接を行うことを特徴とする溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−156584(P2011−156584A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22229(P2010−22229)
【出願日】平成22年2月3日(2010.2.3)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】