説明

溶融Alめっき鋼線製造装置

【課題】細径の鋼線の表面に厚い溶融Alめっき層を有する溶融Alめっき鋼線を工業的に大量生産するのに適した溶融Alめっき装置を提供する。
【解決手段】鋼線3を長手方向に連続的に搬送してAlめっき浴1中に浸漬させた後、めっき浴面から気相空間に引き上げる溶融Alめっき鋼線製造装置において、気相空間側からめっき浴面の一部領域に気体を吹き付けてめっき浴面に局所的な窪みを形成させる気体吐出ノズルAを備え、前記窪み部分での浴面低下によって浴面から引き上げられる鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じるようにノズルAの気体吹き出し方向が調整されている溶融Alめっき鋼線製造装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線の表面をAlで被覆する装置であって、特に細径の鋼芯線に厚いAlめっき層を形成するのに適した溶融Alめっき鋼線製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のワイヤーハーネス用素線をはじめとする各種導線には、従来、銅素線が使用されている。しかし、鉄スクラップとともにリサイクルする上で、銅材の混入は好ましくない。このためリサイクル性の観点からは、鉄スクラップとともに溶解可能で且つ導電性が比較的良好なアルミニウム線の適用が有利となる。
【0003】
また、ワイヤーハーネスを構成する各導線は「かしめ加工」によって端子に締結されることが多く、かしめ部で容易に破断することがないように、個々の素線にはある程度の強度が要求され、また、かしめ締結部での引抜強度が要求される。現状の信号用ワイヤーハーネス素線には、銅素線の場合は直径約0.2mm以上、アルミニウム素線の場合には直径1mm以上の線径を確保することが必要とされる。
【0004】
一方、高強度・高耐食性が要求される用途において、鋼線を芯線とするAlめっき鋼線が知られている(特許文献1、2)。特許文献1には漁網ロープ用、送電線の補強用、海底光ファイバーケーブル補強用等のワイヤーに使用するAlめっき鋼線が記載されている。特許文献1の実施例に開示されている鋼線は線径2〜13mmと太いものであり、Alめっきの目的は耐食性改善である。特許文献2のAlめっき線材は高強度ボルト用であり、その図2には7mm径のものが示されている。
【0005】
Alめっき鋼線は、芯材である「鋼」に高強度を負担させることができる。しかし、直流電流や、一般的な商用周波数あるいはそれより高い周波数の交流電流を伝送する導線としては、良好な導電性を確保するために電気抵抗の小さいAlめっき層の厚さを鋼芯線に対して十分に厚くする必要がある。例えば直径0.1〜1.0mm、特に好ましくは直径0.1〜0.6mmといった細径の鋼線の表面に平均厚さ50μm以上のAlめっき層を有するAlめっき鋼線を製造することができれば、そのAlめっき鋼線を必要に応じて伸線加工することにより、ワイヤーハーネス素線等に適した強度および導電性を有する細径の導線を得ることが可能となる。本出願人はこれまでにそのようなAlめっき鋼線を試作し、特許文献3、4に開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3−219025号公報
【特許文献2】特開2004−360022号公報
【特許文献3】特開2009−179865号公報
【特許文献4】特開2009−187912号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献3、4に開示したとおり、細径であり且つめっき付着量の多い溶融Alめっき鋼線を作製すること自体は可能である。しかし、これを工業的に安定して製造することは容易でなかった。例えば溶融Alめっき直前にガス還元を行う工程を採用する場合、鋼芯線の径が細いと還元工程の高温加熱で鋼芯線が破断しやすい。このため、還元温度をできるだけ低くしたり還元時間をできるだけ短くしたりする措置が必要となり、十分に活性化された理想的な表面性状を持たない鋼芯線を溶融Alめっき浴に送給せざるを得ない状況が生じやすい。この場合、めっき付着量を十分に確保することが難しくなる。また、特許文献3に示されるようにZnめっき鋼線を素材に用い、溶融Alめっき層中に断片状のFe−Al合金層を分散させる手法は、製造条件範囲に制約が大きい。
【0008】
本発明はこのような現状に鑑み、細径の鋼線の表面に厚い溶融Alめっき層を有する溶融Alめっき鋼線を工業的に大量生産するのに適した溶融Alめっき装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは詳細な研究の結果、溶融Alめっき浴に浸漬した鋼線を気相空間に連続的に引き上げる方法で鋼線表面に溶融Alめっきを施すにあたり、浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある平面内で、鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じる状態を作り、その状態を維持しながら鋼線を引き上げることにより、細径の鋼線の表面に厚い溶融Alめっき層を形成させることが可能になることを見出した。
【0010】
より詳細には、上記のように鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じる状態を維持しながら鋼線を引き上げることによって、引き上げられる鋼線に随伴して形成される溶融Alのメニスカスを浴面高さが高い側で発達させ、その発達したメニスカスからのAl供給を利用して、前記浴面高さに差がない場合と比べ、Alめっき付着量を顕著に増大させることができるのである。本発明の溶融Alめっき鋼線製造装置は、上記の浴面高さの差を生じさせるために気相空間側からめっき浴面の一部領域に窒素ガスなどの気体を吹き付けて浴面に窪みを形成させる手法を採用するものである。
【0011】
すなわち本発明では、鋼線を長手方向に連続的に搬送してAlめっき浴中に浸漬させた後、めっき浴面から気相空間に引き上げる溶融Alめっき鋼線製造装置において、気相空間側からめっき浴面の一部領域に気体を吹き付けてめっき浴面に局所的な窪みを形成させる気体吐出ノズルAを備え、前記窪み部分での浴面低下によって、気相空間に引き上げられる鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じるようにノズルAの気体吹き出し方向が調整されている溶融Alめっき鋼線製造装置が提供される。前記ノズルAは例えば窒素ガス供給装置に接続されている。
【0012】
また、上記のノズルAに加えてさらに、気相空間に引き上げられた鋼線のAlめっき層が未凝固である高さ位置に一定方向から気体を吹き付けるためのノズルであって、その吹き付け方向が、引き上げられる鋼線を挟んで浴面の高い側の気相空間位置から浴面の低い側の気相空間位置に向かう方向に調整されている気体吐出ノズルBを備える溶融Alめっき鋼線製造装置が提供される。
【0013】
本発明の溶融Alめっき鋼線製造装置は連続的にめっき浴に送給し、めっき浴中を通過させ、気相空間に引き上げ、巻き取るための鋼線搬送機構を有するが、特に直径0.1〜1.0mmの鋼線に対応した鋼線搬送機構を有するものが好適な対象となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、めっき付着量の多い細径の溶融Alめっき鋼線を効率的に生産することが可能となった。この装置によって得られる溶融Alめっき鋼線は、単に鋼材の表面処理として薄いアルミニウム被覆を施したものではなく、アルミニウム導線の断面内部に鋼芯線を配置したような断面構造を有する「アルミニウム/鋼複合線材」である。これは「鋼強化アルミニウム線材」と呼ぶこともできる。この線材はアルミニウムの断面比率が高いので導電性が良く、鋼芯線を内部に有するので「かしめ加工部」での耐破断性に優れ、銅材を使用しないので鉄スクラップとしてのリサイクルが可能である。したがって、本発明はワイヤーハーネス素線に好適な「アルミニウム/鋼複合線材」の工業的普及に寄与しうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の溶融Alめっき鋼線製造装置の構成を模式的に例示した図。
【図2】従来の溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含む断面内の浴面形態を模式的に示した図。
【図3】本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある断面内の浴面形態を模式的に示した図。
【図4】本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線、ノズルA、ノズルBおよび浴面窪みの鉛直方向から見た位置関係を模式的に示した図。
【図5】本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線、ノズルAおよび浴面窪みの図4X方向から見た位置関係を模式的に示した図。
【図6】本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある断面内の浴面形態の他の例を模式的に示した図。
【図7】浴面窪みの位置が鋼線から遠すぎる場合における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線および浴面窪みの中心部を含む断面内の浴面形態を模式的に示した図。
【図8】本発明の装置を用いてノズルBからの気体吹き付けを行わずに製造した溶融Alめっき鋼線の長手方向に垂直な断面の光学顕微鏡写真の一例。
【図9】本発明の装置を用いてノズルBからの気体吹き付けを行って製造した溶融Alめっき鋼線の長手方向に垂直な断面の光学顕微鏡写真の一例。
【図10】Alめっき層の平均厚さに及ぼすライン速度の影響を例示したグラフ。
【図11】Alめっき層の平均厚さに及ぼす浴面への気体吹き付け流量の影響を例示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1に、本発明の溶融Alめっき鋼線製造装置の構成を模式的に例示する。めっき浴槽50の中に溶融Alめっき浴1が収容されている。送出装置51から送り出された鋼線3は矢印方向に連続的に搬送されて、溶融Alめっき浴1の中を通過した後、浴面10から気相空間2へと引き上げられ、その引き上げ過程でめっき層が凝固して溶融Alめっき鋼線となり、巻取装置52によって巻き取られる。
【0017】
鋼線3が浴面10から気相空間2へと出て行く位置の近傍には気体吐出ノズルAが設置され、そのノズルAによって気相空間2側から浴面10の一部領域に気体が吹き付けられ、浴面10には局所的な浴面窪み4が形成されるようになっている。浴面窪み4は、浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある平面内で、鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じる状態を得るために形成される。このように周囲の浴面に高さの差がある状態で鋼線3を気相空間2に引き上げることによって、鋼線3に随伴して持ち上げられる溶融Alの量を飛躍的に増大させることができるのである。したがって、ノズルAの気体吹き出し方向は、窪み4の部分での浴面低下によって浴面から引き上げられる鋼線3の水平方向両側における浴面高さに差が生じるように調整されている。なお、図1において、浴面窪み4、ノズルAおよび後述のノズルBは大きさを誇張して描いてある。
【0018】
ノズルAはガス供給管54を介してガス供給装置55に接続されている。ガス供給装置55は、所定の種類のガスを、所定の流量で送り出すための装置である。最も簡単な構成としてはガスボンベ、減圧弁、流量調整弁からなる構成を挙げることができるが、工業的には鋼線搬送速度(ライン速度)、鋼線の線径、目標めっき付着量に応じて流量を自動制御する機構を備えたものを採用することが好ましい。吐出ガスとして例えば窒素等の不活性ガスを用いると、より安定してめっき付着量の増大効果を得ることができる。その場合、ガス供給装置55として例えば窒素ガス供給装置が採用される。ノズルAの形状は局所的な浴面窪み4が安定して形成される限り特に限定されるものではなく、例えば一定の内径を有する金属パイプを用いることが可能である。
【0019】
ノズルAに加え、浴面10から気相空間2へ引き上げられた直後の鋼線3に側方から一定方向に気体を吹き付けるための気体吐出ノズルBを設けることができる。ノズルBは気相空間2に引き上げられた鋼線3のAlめっき層がまだ溶融状態にある(未凝固である)高さ位置に気体を吹き付けるものである。これにより鋼線3の表面に付着するAlの片寄りを軽減することができ、めっき層の厚さが鋼芯線周囲において均一化される。ノズルBから吹き付ける気体としては空気や不活性ガスなどが採用される。ノズルBはガス供給管56を介してガス供給装置57に接続されている。ノズルBは、その吹き付け方向が、引き上げられる鋼線3を挟んで浴面の高い側の気相空間位置から浴面の低い側の気相空間位置に向かう方向に調整されていることが重要である。
【0020】
気相空間2に引き上げられた鋼線3は、引き上げられる過程で冷却され、めっき層が凝固する。引き上げ過程には必要に応じて冷却装置53が設置され、ガスや液体ミストの吹き付けなどにより強制冷却することができる。また、送出装置51とめっき浴1の間に熱処理装置を挿入することができる。熱処理雰囲気としては例えば還元性ガス雰囲気(H2−N2混合ガスなど)が採用できる。熱処理装置からめっき浴1に浸漬されるまでの区間を大気から遮蔽するためのスナウトを設ける場合もある。さらに、前工程でプレめっきや伸線などを行う場合には、それら前工程の装置と本発明装置を直列に配置して連続ラインを構築することができる。気相空間2は大気雰囲気とすることもできるし、気相空間2の酸素濃度をコントロールする場合には、ノズルAの吐出口あるいはさらにノズルBの吐出口を含む気相空間2および浴面10が大気から遮蔽されるように覆いを設けてもよい。
【0021】
溶融Alめっき浴1は、Si含有量を0〜12質量%とすることができる。すなわち、Si含有量が0〜1質量%のいわゆる純Alめっき浴を適用することができる他、Si含有量が12質量%以下のAlめっき浴を適用することもできる。Siを添加することにより脆いFe−Al系合金層の成長を抑制することができ、伸線加工性の向上に有効となる。またSi添加により融点が低下するので、製造が容易となる。ただし、Si含有量が増加するとAlめっき層自体の加工性が低下する。また導電性低下にも繋がる。したがって、Alめっき浴1にSiを含有させる場合は12質量%以下の範囲で行うこと望ましい。なお、浴中の不純物として、Fe:4質量%以下、Zn:1質量%以下が含まれていて構わない。
【0022】
めっきに供する鋼線3として直径0.1mmの細径のものまで対応できる鋼線搬送機構を有していることが望ましい。従来、直径0.1〜1.0mmといった細径の鋼線に対して厚いAlめっき層を形成させることは極めて難しいとされていた。浴面窪み4を形成させる手法によればそれが可能となる。ワイヤーハーネス素線などに適した細径の線材を得るためには、直径が0.1〜0.6mmである鋼線3を溶融Alめっきに供することがより好ましい。鋼線搬送機構は、鋼線3を連続的にめっき浴1に送給し、めっき浴1中を通過させ、気相空間2に引き上げ、巻取装置52で巻き取るための各種リール58を有しており、鋼線3の搬送速度(ライン速度)が制御されるようになっている。必要に応じて各部を通過する鋼線3の張力を制御する機構を備える。
【0023】
Alめっき付着量は主として、ノズルAによって浴面10に吹き付ける気体の流量、および鋼線の搬送速度(ライン速度)によって制御することができる。本発明の装置によれば、めっき浴に供給される鋼線3の直径が0.1〜1.0mmである場合において、Alめっき層の長手方向平均厚さが例えば50μm以上という厚目付の溶融Alめっきを施すことが可能である。100μm以上の平均厚さを確保することもできる。Alめっき層の平均厚さδ(μm)は、溶融Alめっき鋼線の平均直径をDa(μm)、鋼芯線(Fe−Al系合金層の部分を含む)の平均直径をDs(μm)とするとき、δ=(Da−Ds)/2で表される。ただし、DaおよびDsは平均円相当径が採用される。ここで、線材の長手方向に垂直な断面の面積をS(μm2)、円周率をπとするとき、S=πD2/4によって定まるD(μm)をその線材の円相当径という。
【0024】
図2に、従来の溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含む平面内の浴面形態を模式的に示す。図中、線径およびめっき層厚さは誇張して描いてある(後述の図3〜7において同じ)。溶融Alめっき浴1に浸漬された鋼線3は連続的に気相空間2へ矢印の方向に引き上げられ、溶融Alめっき層7で被覆された溶融Alめっき鋼線30が得られる。この場合、浴面10の平均高さは、引き上げられる鋼線3の周囲においてほぼ一定である。引き上げられる鋼線3に随伴して溶融Alのメニスカス20が形成され、このメニスカス20を構成する溶融Alの一部が鋼線3の表面に付着して持ち上げられ、これが溶融Alめっき層7となる。鋼線3の径が例えば0.6mm程度以下と小さい場合は、鋼板や太径の鋼線に溶融Alめっきを施す場合とは異なり、ライン速度を大きくしても鋼線3の表面に付着して立ち登る溶融Alの量(めっき厚さ)を増大させることは難しい。つまり、メニスカス20を構成する溶融Alは溶融Alめっき浴1の中へ流れ落ちやすい。このため、細径の鋼線に厚い溶融Alめっき層を形成させることは容易でない。なお、本明細書では溶融Alめっき鋼線30における鋼線3の部分を特に「鋼芯線」と呼んでいる。
【0025】
図3に、本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある平面内の浴面形態の一例を模式的に示す。溶融Alめっき浴1から気相空間2へ連続的に引き上げられる鋼線3の周囲の一部領域に、鋼線3の表面通過位置に沿って浴面窪み4が形成されている。図示された平面内において、鋼線3に沿う浴面は、浴面窪み4の部分とその反対側の部分とで高さに差が生じている。すなわち浴面窪み4の部分における浴面11の平均高さをh1、反対側の浴面12の平均高さをh2とするとき、浴面から引き上げられる鋼線3の中心線を含むある平面内で、鋼線3の水平方向両側における浴面平均高さにΔh=h2−h1の差が生じている。このような浴面状態を維持しながら鋼線3を引き上げると、浴面が低い側に形成されるメニスカス21に比べ、浴面が高い側に形成されるメニスカス22を著しく発達させることができることがわかった。
【0026】
このように、引き上げられる鋼線3の周囲の一部に巨大化したメニスカスが形成されているとき、その巨大メニスカスからのAl供給を利用して、溶融Alめっき層7の平均厚さ(めっき付着量)を顕著に増大させることができるのである。その理由については現時点で必ずしも明確ではないが、浴面近傍に形成される小さいメニスカスと比べ、浴面からの高さが高い位置まで発達した巨大メニスカスでは、メニスカス上部付近の温度低下が大きくなってメニスカスを構成する溶融Alの粘性が増大し、これが一因となって鋼線3に付着して立ち登る溶融Alの量が著しく増加するのではないかと考えられる。
【0027】
本発明の溶融Alめっき鋼線製造装置では、浴面窪み4を形成させる手法として、気相空間2からめっき浴面の一部領域に気体を吹き付けるためのノズルA(図3中には図示されない)を配置し、引き上げられる鋼線3の周囲のめっき浴面の一部領域に気相空間2の側から局所的に気体を吹き付ける手法を採用する。ただし、このような手法によれば、溶融Alめっき鋼線30の長手方向に垂直な断面内において、溶融Alめっき層7の厚さに片寄りが生じやすい。この片寄りを是正したい場合には、気相空間2に気体吐出ノズルBを設置し、鋼線3に随伴して立ち登る未凝固の溶融めっき層7に気体6を一定方向から吹き付けることが効果的である。具体的には、巨大メニスカス22の側から気体6を適度に衝突させることにより、片寄って立ち登った溶融Alが反対側に回り込み、鋼芯線の周囲におけるめっき層厚さを均一化することができる。ここで、気相空間2へ引き上げられる鋼線3の中心線を含む平面のうち、特に鋼線3を挟んで両側の浴面高さの差が最も大きくなる平面を平面P0と呼ぶ。図3は平面P0内の状態を表したものである。
【0028】
図4に、本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線、ノズルA、ノズルBおよび浴面窪みの鉛直方向から見た位置関係を模式的に示す。前述図3は、図4のY方向から水平に見たものである。気相空間2にノズルAが配置され、引き上げられる鋼線3に沿う浴面の一部領域に局所的に気体5を吹き付けることにより浴面窪み4が形成される。ノズルAは吐出気流の中心軸51が鋼線3の中心軸31と交わらないように設置することが好ましい。気体5が鋼線3に直接当たると引き上げられる鋼線に振動が生じやすくなり、安定した操業ができない場合がある。
【0029】
図4中には前述の平面P0の位置を示してある。ノズルBの吐出口中心位置62は必ずしも平面P0上に位置する必要はないが、引き上げられる鋼線3の中心軸31を中心とする角度において、平面P0からの角度θが±45°となる範囲にノズルBの吐出口中心位置62を配置することが望ましく、±30°となる範囲に配置することがより好ましい。
【0030】
図5に、図4のX方向から水平に見た場合の、鋼線、ノズルAおよび浴面窪みの位置関係を模式的に示す。気相空間2に設置するノズルAは浴面10に対して斜め上方から気体5を吹き付けるように配置することが望ましい。
【0031】
図6に、本発明の装置を用いた溶融Alめっき鋼線の製造方法における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線を含むある平面内の浴面形態の他の例を模式的に示す。ノズルAの配置の仕方によっては、このように鋼線3を挟んだ水平方向両側の浴面11、12がともに定常部分の浴面10よりも低い位置になることがある。このような場合でも両側の浴面平均高さの差Δh=h2−h1が生じていれば、浴面が低い側に形成されるメニスカス21に比べ、浴面が高い側に形成されるメニスカス22を発達させることができ、前述のようにその発達したメニスカスからのAl供給を利用して、Alめっき付着量を増大させることができる。
【0032】
図7に、浴面窪みの位置が鋼線から遠すぎる場合における、めっき浴面から引き上げられる鋼線の中心線および浴面窪みの中心部を含む平面内の浴面形態を模式的に示す。この場合は、鋼線3に沿う周囲の浴面状態において、浴面窪み4が形成されている側の浴面11と、その反対側の浴面12の平均高さの差Δh=h2−h1は実質的にゼロであり、浴面窪み4の反対側に形成されるメニスカス22は発達しない。その結果、図2の場合と同様、溶融Alめっきの付着量増大効果は得られない。
【0033】
上記の浴面平均高さの差Δhは、目視観測可能な程度(概ね1mm)以上の大きさであれば、それが定常的に生じている限り、溶融Alめっきの付着量増大効果を得ることができる。Δhは3mm以上であることがより効果的であり、5mm以上とすることもできる。ただし、あまり過大な浴面窪みを形成させると浴面の波立ちが荒くなり、引き上げ途上の鋼線が振動するなどして、安定した操業が難しくなる。種々検討の結果、Δhは25mm以下の範囲で十分であり、15mm以下となるように管理しても構わない。ノズルAの位置、ノズルAの形状、吹き付ける気体の流量などによってΔhを調整することができる。Δhが1mm未満の場合、メニスカス22が発達せず、溶融Alめっきの付着量増大効果は得られない。また、Δhが25mmを超えてもメニスカス22は発達し、付着量増大効果は得られるが、浴面の波立ちが荒くなることや、ガス流量を増大する必要があることなどの問題が生じ、コスト的に不利となる。なお、後述の実施例で浴面窪みを形成するために気体を吹き付けたものは、図11の*印を付した例を除き、いずれもΔhが3〜25mmの範囲内にある。
【0034】
溶融Alめっき付着量を制御する手法としては、ノズルAから吐出させる気体の流量(すなわち浴面窪み4の大きさ)を調整する方法の他、鋼線3のライン速度を調整する方法が挙げられる。ライン速度を大きくしていくと、鋼線3に随伴して立ち登る溶融Alの量が増大することによってAlめっき付着量は急激に増大する。そして、ライン速度がある程度大きくなるとAlめっき付着量の変化は少なくなる。しかし、ライン速度が過大になると逆にAlめっき付着量が減少するようになる。これはライン速度が大きくなりすぎるとメニスカス近傍での浴表面温度が低下しにくくなること、あるいは溶融Alめっき浴中の浸漬時間が短くなることにより鋼線表面と溶融Alの界面において、溶融Alの付着張力が十分に得られないことなどが原因ではないかと推察される。
【0035】
図8に、本発明の装置を用いてノズルBによる気体吹きつけを行わずに製造した溶融Alめっき鋼線の長手方向に垂直な断面の光学顕微鏡写真の一例を示す。ノズルAによる浴面窪みの形成は行っている。グレーに見える部分が鋼芯線、その周囲の白っぽく見える部分が溶融Alめっき層である。鋼芯線の径が0.2mm程度と細いにもかかわらず、非常に多量のAlめっき付着量が確保されている。溶融Alめっき層は断面内で片寄っているが、アルミニウム/鋼複合線材として優れた導電性を示すことから種々の導線用途において適用が可能である。
【0036】
図9に、本発明の装置を用いてノズルBによる気体吹きつけを行って製造した溶融Alめっき鋼線の長手方向に垂直な断面の光学顕微鏡写真の一例を示す。ノズルAによる浴面窪みの形成も行っている。この場合、非常に多量のAlめっき付着量が確保されるとともに、断面内での溶融Alめっき層の片寄りが大幅に軽減されている。このような線材を素線として束ねた導線は、例えば端子とのかしめ加工部で密着性が向上するなどの利点を有する。
【実施例1】
【0037】
前述の気体吐出ノズルAおよびBを備える本発明の溶融めっき鋼線製造装置を用いて、鋼線を長手方向に連続的に搬送し、溶融Alめっき浴中に浸漬したのち鉛直方向にめっき浴から気相空間に引き上げる手法にて、種々のライン速度にて溶融Alめっき鋼線を製造した。ノズルAは図4、図5に示したように浴面に対して斜め上方から気体が吹き付けられるように配置され、吐出気流の中心軸61が鋼線3の中心軸31と交わらないようになっている。そして、ノズルAから窒素ガスを浴面に吹き付けることにより、図3に示したような形態の浴面窪み4が鋼線3に沿う位置に形成され、浴面から引き上げられる鋼線3の中心線を含むある平面内で、鋼線3の水平方向両側における浴面高さに差が生じる状態が実現できるようになっている。また、ノズルBは図3、図4に示したように平面P0内に配置され、溶融めっき層7が未凝固である高さ位置から水平方向に空気を吹き付けるようになっている。その高さ位置はライン速度に応じて定常浴面位置に対し15〜45mmの高さに調整した。
【0038】
溶融Alめっきに供する鋼線として、直径0.2mmのZnめっき鋼線を使用した。このZnめっき鋼線は、直径1.0mmの溶融Znめっき硬鋼線(JIS素材規格;27A)をドローイングにより伸線加工して直径0.2mmとしたものであり、その表面には平均厚さ4μmのZnめっき層を有している。芯材である鋼の組成は、質量%でC:0.24〜0.31%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.3〜0.6%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、残部Feおよび不可避的不純物の範囲内にある。
【0039】
溶融Alめっきは、上記Znめっき鋼線を、還元処理することなく直接溶融Alめっき浴に送給する方法で行った。ノズルAおよびBによる気体吹きつけを行う実験(本発明例)と、ノズルA、Bいずれからも気体吹きつけを行わない実験(比較例)を実施した。めっき条件は、以下のとおりである。
・めっき浴組成(質量%); Fe:1.5〜2.5%、Zn:0.1〜0.2%、残部Al
・めっき浴温; 685℃±5℃
・ライン速度: 5〜150m/min
・めっき浴中の線材浸漬長さ; 800mm
・気相空間; 空気
・ノズルAから浴面への吐出気体; 窒素ガス(本発明例)、吹き付けなし(比較例)
・ノズルBから鋼線への吐出気体; 空気(本発明例)、吹き付けなし(比較例)
・ノズルAからの浴面への気体吹き付け流量; 20L/min(本発明例)、0L/min(比較例)
・ノズルBの吹き付け流量; 10L/min(本発明例)、0L/min(比較例)
【0040】
結果を図10に示す。図10からわかるように、浴面に気体を吹き付けることによって鋼線に沿う位置に浴面窪みを形成させた場合には、適切なライン速度に設定することによって、平均厚さ50μm以上、あるいはさらに平均厚さ100μm以上という厚目付のAlめっき層を有する溶融Alめっき鋼線を得ることができた。これに対し、浴面に気体を吹き付けることなく、図2に示したような状態を維持した場合には、ライン速度を変化させても、めっき付着量の顕著な増大効果は見られなかった。
【実施例2】
【0041】
ライン速度を35m/mimと一定にし、ノズルAから浴面へ吹きつける気体(窒素ガス)の流量を種々変化させたことを除き、実施例1における本発明例と同様の条件で溶融Alめっき鋼線を製造した。
【0042】
結果を図11に示す。図11からわかるように、浴面に吹き付ける気体の流量がゼロから増大していくと、それに伴って溶融Alめっき層の平均厚さも増大していく。これは、浴面窪み側の平均浴面高さh1と、その反対側の浴面平均高さh2の差Δh=h2−h1が大きくなるに伴って、浴面高さが高い側に形成されるメニスカスが大きく発達することに起因する。吹き付け気体流量がある程度以上になると(この例では20L/min程度以上になると)Alめっき層の平均厚さは定常的になる。これは前記メニスカスの発達が頭打ちになるためだと考えられる。さらに吹き付け気体流量が増大すると(この例では40L/min程度以上になると)Alめっき層の厚さは不安定となり、長手方向での変動が大きくなる。これは、浴面の波立ちが大きくなり、引き上げ途上の鋼線が振動することに起因する。
【符号の説明】
【0043】
A、B 気体吐出ノズル
1 溶融Alめっき浴
2 気相空間
3 鋼線
4 浴面窪み
5、6 気体
7 溶融Alめっき層
10、11、12 浴面
20、21、22 メニスカス
30 溶融Alめっき鋼線
31 鋼線の中心軸
50 めっき浴槽
51 送出装置
52 巻取装置
53 冷却装置
54、56 ガス供給管
55、57 ガス供給装置
58 リール
61 ノズルAの吐出気流の中心軸
62 ノズルBの吐出口中心位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼線を長手方向に連続的に搬送してAlめっき浴中に浸漬させた後、めっき浴面から気相空間に引き上げる溶融Alめっき鋼線製造装置において、気相空間側からめっき浴面の一部領域に気体を吹き付けてめっき浴面に局所的な窪みを形成させる気体吐出ノズルAを備え、前記窪み部分での浴面低下によって、気相空間に引き上げられる鋼線の水平方向両側における浴面高さに差が生じるようにノズルAの気体吹き出し方向が調整されている溶融Alめっき鋼線製造装置。
【請求項2】
前記ノズルAが窒素ガス供給装置に接続されている請求項1に記載の溶融Alめっき鋼線製造装置。
【請求項3】
気相空間に引き上げられた鋼線のAlめっき層が未凝固である高さ位置に一定方向から気体を吹き付けるためのノズルであって、その吹き付け方向が、引き上げられる鋼線を挟んで浴面の高い側の気相空間位置から浴面の低い側の気相空間位置に向かう方向に調整されている気体吐出ノズルBを備える請求項1または2に記載の溶融Alめっき鋼線製造装置。
【請求項4】
直径0.1〜1.0mmの鋼線を連続的にめっき浴に送給し、めっき浴中を通過させ、気相空間に引き上げ、巻き取るための鋼線搬送機構を有する請求項1〜3のいずれかに記載の溶融Alめっき鋼線製造装置。

【図1】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−174158(P2011−174158A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−40847(P2010−40847)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】