説明

潤滑性非晶質炭素系被膜がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆超硬合金製超硬ブローチ

【課題】潤滑性非晶質炭素系被膜がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆超硬合金製ブローチを提供する。
【解決手段】炭化タングステン基超硬合金で構成されたブローチ本体の表面に、(a)下部層として、組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.65)を満足するTiとAlの複合窒化物からなると共に、1〜3μmの平均層厚を有する硬質被覆層、(b)上部層として、オージェ分光分析装置で測定して、W:5〜20原子%、Ti:0.5〜4原子%、窒素:10〜30原子%、を含有し、残りが炭素と不可避不純物からなる組成を有すると共に、透過型電子顕微鏡による観察で、炭素系非晶質体の素地に、結晶質炭窒化チタン系化合物の微粒が分散分布した組織を示し、かつ1〜3μmの平均層厚を有する潤滑性非晶質炭素系被膜を蒸着形成してなる表面被覆超硬合金製ブローチ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、特に各種のTi合金やAl合金、さらにCu合金などの工作物の引き抜き穴加工などで、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金で構成されたブローチ本体(以下、超硬ブローチ本体という)の表面に、上部層として蒸着形成された潤滑性非晶質炭素系被膜がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆超硬合金製ブローチ(以下、被覆超硬ブローチという)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、図4に概略正面図で例示されるブローチと呼ばれる総形工具を用い、前記ブローチを各種のTi合金やAl合金、さらにCu合金などからなる工作物の下穴に挿入して下方向に引き抜くことにより断面形状の複雑な穴などを一度に仕上げるブローチ工法が知られている。
上記のブローチ工法は、図4に示される通りブローチの中央部に形成された、下方の荒刃から上方の仕上げ刃へ順次変化する切刃部が、ブローチの下方動作により工作物を少しづつ切削して所定寸法に仕上げるものである。
【0003】
また、上記のブローチとして、超硬ブローチ本体の表面に、図3に概略説明図で示される通常のアークイオンプレーティング装置にて、カソード電極(蒸発源)としてTi−Al合金ターゲットを用い、窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気で成膜され、かつ、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.65)、
を満足するTiとAlの複合窒化物[以下、(Ti,Al)Nで示す]からなると共に、1〜3μmの平均層厚を有する硬質被覆層、
を蒸着形成してなる被覆超硬ブローチが知られている。
【特許文献1】特開2002−137118号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年のブローチ加工装置の高性能化および高出力化はめざましく、一方でブローチ加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求も強く、これに伴い、ブローチ加工は一段と高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆超硬ブローチにおいては、これを高速加工条件で用いた場合、加工時に発生する高熱と潤滑性不足が原因で、摩耗が急速に進行するようになることから、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、特に上記の従来被覆超硬ブローチに着目し、これの高速ブローチ加工での耐摩耗性向上を図るべく、研究を行った結果、
(1)(a)図2(a)および(b)にそれぞれ概略平面図および概略正面図で示される蒸着装置、すなわち装置中央部に設けた回転テーブルを挟んで、一方側にカソード電極(蒸発源)としてTiターゲットを設けたスパッタリング装置、他方側にカソード電極(蒸発源)としてWCターゲットを設けたスパッタリング装置を備え、かつ前記スパッタリング装置のそれぞれに、電磁コイルを設けてマグネトロンスパッタリング装置とし、さらに前記両マグネトロンスパッタリング装置から前記回転テーブルを中心にして90度ずれた位置に、カソード電極(蒸発源)としてTi−Al合金ターゲットを設けたアークイオンプレーティング装置を配置した蒸着装置を用い、
(b)上記蒸着装置内の回転テーブル上に、これの中心軸から半径方向に所定距離離れた位置にリング状に超硬ブローチ本体を装着し、前記回転テーブルを回転させると共に、蒸着形成される被膜の層厚均一化を図る目的で前記超硬ブローチ本体も自転させながら、まず、前記蒸着装置の対向配置の両マグネトロンスパッタリング装置の電磁コイルに印加して、前記超硬ブローチ本体の装着部における磁束密度を100〜300G(ガウス)とした磁場を形成すると共に、前記蒸着装置内の加熱温度を300〜500℃とした状態で、反応ガスとして窒素とArの混合ガスを導入し、前記超硬ブローチ本体にはバイアス電圧を印加して、前記Ti−Al合金ターゲットのカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間にアーク放電を発生させることにより、前記超硬ブローチ本体の表面に、硬質被覆層としての(Ti,Al)N層を形成するに際して、カソード電極(蒸発源)であるTi−Al合金ターゲットの組成を調整して、前記(Ti,Al)N層が、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.65)、
を満足する組成をもつものとすると、この結果形成された(Ti,Al)N層は、磁場成膜により超硬ブローチ本体表面に対する密着性が一段と向上するようになり、高速ブローチ加工での耐チッピング性が著しく向上するようになること。
【0006】
(2)(a)ついで、同じく上記の図2の蒸着装置を用い、電磁コイルによる装置中央部の超硬ブローチ本体装着部における磁束密度を100〜300G(ガウス)、前記装置内の加熱温度を300〜500℃にそれぞれ維持した状態で、かつ装置内に反応ガスとして、例えばCなどの炭化水素と窒素とArを、望ましくはC流量:25〜100sccm、窒素流量:200〜300sccm、Ar流量:150〜250sccmの割合で導入して、反応雰囲気を、例えば1PaのCの分解ガスと窒素とArの混合ガスとすると共に、前記両マグネトロンスパッタリング装置のWCターゲットのカソード電極(蒸発源)には、例えば出力:1〜3kW(周波数:40kHz)のスパッタ電力、同Tiターゲットには、例えば出力:3〜8kW(周波数:40kHz)のスパッタ電力を同時に印加した条件で、前記超硬ブローチ本体の表面に形成した硬質被覆層としての(Ti,Al)N層の上に非晶質炭素系被膜を上部層として形成すると、この結果形成された非晶質炭素系被膜は、これの透過型電子顕微鏡による組織観察結果(倍率:250万倍)が図1(実施例の本発明被覆超硬ブローチ3の非晶質炭素系被膜を示す)に模式図で例示される通り、炭素系非晶質体の素地に、最大径で10nm(ナノメーター)以下の結晶質炭窒化チタン系化合物の微粒[以下、「結晶質Ti(C,N)系化合物微粒」で示す]が分散分布した組織をもつようになること。
【0007】
(b)上記(a)の非晶質炭素系被膜を形成するに際して、蒸着装置内に導入される反応ガスとしての炭化水素と窒素とArのそれぞれの流量と、マグネトロンスパッタリング装置のWCターゲットとTiターゲットに印加されるスパッタ電力を調整して、前記非晶質炭素系被膜が、オージェ分光分析装置で測定して、
W:5〜20原子%、
Ti:0.5〜4原子%、
窒素:10〜30原子%、
を含有し、残りが炭素と不可避不純物からなる組成を有するようにすると、この結果形成された非晶質炭素系被膜においては、素地を構成するW成分含有の炭素系非晶質体がすぐれた潤滑性とW成分による高強度を具備し、かつ前記炭素系非晶質体からなる素地における高硬度を有する結晶質Ti(C,N)系微粒の分散分布効果、および前記電磁コイルによる磁場成膜に際しての細粒化効果で、きわめて高い高温硬さを有するようになり、さらに前記下部層としての(Ti,Al)N層との密着接合性にもすぐれていることから、この非晶質炭素系被膜(以下、潤滑性非晶質炭素系被膜という)を上部層として形成してなる被覆超硬ブローチは、高速加工でも切刃部にチッピング(微少欠け)の発生なく、一段とすぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するようになること。
以上(1)および(2)に示される研究結果を得たのである。
【0008】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、超硬ブローチ本体の表面に、
(a)下部層として、アークイオンプレーティング装置にて、カソード電極(蒸発源)としてTi−Al合金ターゲットを用い、窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気で磁場中成膜され、かつ、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.65)、
を満足する(Ti,Al)Nからなると共に、1〜3μmの平均層厚を有する硬質被覆層、
(b)上部層として、マグネトロンスパッタリング装置にて、カソード電極(蒸発源)として、WCターゲットとTiターゲットを用い、炭化水素の分解ガスと窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気で磁場中成膜され、オージェ分光分析装置で測定して、
W:5〜20原子%、
Ti:0.5〜4原子%、
窒素:10〜30原子%、
を含有し、残りが炭素と不可避不純物からなる組成を有すると共に、透過型電子顕微鏡による観察で、炭素系非晶質体の素地に、結晶質Ti(C,N)系化合物微粒が分散分布した組織を示し、かつ1〜3μmの平均層厚を有する潤滑性非晶質炭素系被膜、
を蒸着形成してなる、特に高速ブローチ加工で潤滑性非晶質炭素系被膜がすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆超硬ブローチに特徴を有するものである。
【0009】
つぎに、この発明の被覆超硬ブローチにおいて、これを構成する硬質被覆層および潤滑性非晶質炭素系被膜を上記の通りに数値限定した理由を説明する。
(a)硬質被覆層の組成および平均層厚
硬質被覆層を構成する(Ti,Al)NにおけるTi成分は、高温強度を向上させ、同Al成分は高温硬さを向上させる作用があり、したがってAlの含有割合を示すX値がTiとの合量に占める割合(原子比)で0.40未満では所望のすぐれた高温硬さを確保することができず、一方X値が0.65を越えるとTi成分によってもたらされる高温強度が急激に低下するようになることから、X値を0.40〜0.65と定めた。
また、上記の(Ti,Al)N層は、上記の通りすぐれた高温硬さおよび高温強度を有するほか、超硬ブローチ本体と潤滑性非晶質炭素系被膜の間にあって、これら両者と強固に密着接合し、さらにこれの密着接合性は磁場中成膜によって一層向上したものになるが、その平均層厚が1μm未満では、所望のすぐれた耐摩耗性を確保することができず、一方その平均層厚が3μmを越えると、特に高速ブローチ加工でチッピング発生の原因となることから、その平均層厚を1〜3μmと定めた。
【0010】
(b)潤滑性非晶質炭素系被膜のW含有量
W成分は、上記の潤滑性非晶質炭素系被膜の素地を形成して、被膜の強度を向上させる作用があるが、その含有量が5原子%未満では所望の高強度を確保することができず、これが摩耗促進の原因となり、一方その含有量が20原子%を越えると潤滑性が急激に低下し、切刃部にチッピングが発生し易くなることから、その含有量を5〜20原子%と定めた。
【0011】
(c)潤滑性非晶質炭素系被膜のTiおよびN含有量
Ti成分とN成分、さらにC(炭素)成分は磁場成膜下で結合して、被膜中に最大径で10nm以下の結晶質Ti(C,N)系化合物微粒として存在し、被膜の硬さを著しく向上させ、耐摩耗性を向上させる作用があるが、その含有量がTi成分が0.5原子%未満、およびN成分が10原子%未満になると、被膜中にTi(C,N)系微粒として存在する割合が少なくなり過ぎて、所望の高硬度を確保することができず、一方その含有量がTi成分が4原子%、およびN成分が30原子%を越えると強度および潤滑性が急激に低下し、切刃部にチッピングが発生するようになることから、その含有量をそれぞれTi:0.5〜4原子%、N:10〜30原子%と定めた。
【0012】
(d)潤滑性非晶質炭素系被膜の平均層厚
その平均層厚が1μm未満では、所望の潤滑性および耐摩耗性効果を確保することができず、一方その平均層厚が3μmを越えると、切刃部にチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1〜3μmと定めた。
【発明の効果】
【0013】
この発明の被覆超硬ブローチは、これを構成する硬質被覆層が磁場成膜による超硬ブローチ本体表面に対する密着性にすぐれ、さら潤滑性非晶質炭素系被膜の硬さが、これの炭素系非晶質体の素地に、磁場成膜により超微細となった状態で分散分布する結晶質Ti(C,N)系化合物微粒によって著しく向上したものになると共に、前記炭素系非晶質体の素地がすぐれた潤滑性を具備した状態でW成分の作用で高強度を具備するようになることから、特に各種のTi合金やAl合金、さらにCu合金などの工作物の高熱発生を伴なう高速ブローチ加工で、チッピングの発生なく、すぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
つぎに、この発明の被覆超硬ブローチを実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0015】
原料粉末として、いずれも0.8〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3 2 粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で72時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、直径:50mm×長さ:1000mmの超硬ブローチ本体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部最大径:40mm×切刃部長さ:600mm×全長:800mmの寸法および図2に示される形状を有し、かつ前記切刃部における荒刃:25刃、仕上げ刃:25刃の超硬ブローチ本体A−1〜A−10を製造した。
【0016】
(a)図2に示される蒸着装置、すなわち中央部の回転テーブルを挟んで、一方側にカソード電極(蒸発源)として、純度:99.9質量%のTiターゲットを設けたマグネトロンスパッタリング装置、他方側にカソード電極(蒸発源)として、純度:99.6質量%のWCターゲットを設けたマグネトロンスパッタリング装置を対向配置し、さらに、前記両マグネトロンスパッタリング装置から前記回転テーブルを中心にして90度ずれた位置に、カソード電極(蒸発源)として硬質被覆層の組成に対応した組成を有するTi−Al合金ターゲットを設けたアークイオンプレーティング装置を配置した蒸着装置を用い、
(b)上記蒸着装置内の回転テーブル上に、上記の超硬ブローチ本体A−1〜A−10のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、中心軸から半径方向に所定距離離れた位置にリング状に装着し、
(c)まず、装置内を真空排気して0.01Paの真空に保持しながら、ヒーターで装置内を400℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する前記超硬ブローチ本体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつアークイオンプレーティング装置のカソード電極であるTi−Al合金ターゲットとアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記超硬ブローチ本体表面を20分間ボンバード洗浄し、
(d)ついで、前記蒸着装置の対向配置の両マグネトロンスパッタリング装置の電磁コイルに、いずれも電圧:50V、電流:10Aの条件で印加して、前記超硬ブローチ本体の装着部における磁束密度を140G(ガウス)とした磁場を形成すると共に、前記蒸着装置内の加熱温度を400℃とした状態で、反応ガスとして窒素とArを、窒素流量:300sccm、Ar流量:200sccmの割合で導入して、1Paの窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気とし、前記超硬ブローチ本体には−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ前記Ti−Al合金ターゲットのカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記超硬ブローチ本体の表面に、表3,4に示される目標層厚および目標層厚の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成し、
(c)さらに、前記電磁コイルに印加する条件を、電圧:50〜100V、電流:10〜20Aの範囲内の所定の値として、上記超硬ブローチ本体の装着部における磁束密度を100〜300G(ガウス)の範囲内の所定の値とし、前記蒸着装置内の加熱温度は400℃、上記超硬ブローチ本体のバイアス電圧は−100Vとしたままで、前記蒸着装置内に反応ガスとして、C(炭化水素)と窒素とArを、C流量:25〜100sccm、窒素流量:200〜300sccm、Ar流量:150〜250sccmの範囲内の所定の流量で導入して、反応雰囲気を、1PaのCの分解ガスと窒素とArの混合ガスとすると共に、前記両マグネトロンスパッタリング装置のWCターゲットのカソード電極(蒸発源)には、例えば出力:0.5〜3.5kW(周波数:40kHz)の範囲内の所定のスパッタ電力、同Tiターゲットには、出力:2.5〜8.5kW(周波数:40kHz)の範囲内の所定のスパッタ電力を同時に印加した条件で、同じく表2,3に示される目標組成および目標層厚の潤滑性非晶質炭素系被膜を、上記(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層の上に上部層として蒸着形成することにより、本発明被覆超硬ブローチ1〜10をそれぞれ製造した。
【0017】
また、比較の目的で、上記の超硬ブローチ本体A−1〜A−10のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図3に概略説明図で示される通常のアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)として硬質被覆層の組成に対応した組成をもったTi−Al合金を装着し、まず、装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を400℃に加熱した後、前記超硬ブローチ本体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極の前記Ti−Al合金とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって前記超硬ブローチ本体表面をボンバード洗浄し、ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記超硬ブローチ本体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、前記カソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記超硬ブローチ本体A−1〜A−10のそれぞれの表面に、表3に示される目標組成および目標層厚を有する(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を蒸着することにより、従来被覆超硬ブローチ1〜10をそれぞれ製造した。
【0018】
つぎに、上記本発明被覆超硬ブローチ1〜10および従来被覆超硬ブローチ1〜10を用い、いずれも外径:80mm×中心部の貫通孔(中心孔)の穴径:40mm×全長:40mmの寸法をもった工作物について、
(a)工作物の材質:質量%で、Ti−5.89%Al−4.13%Vの組成を有するTi合金(JIS・TAP6400)、
引き抜き速度:30m/min.
加工数:4500個
の条件(引き抜き条件Aという)での工作物中心孔の高速穴加工(通常の引き抜き速度は20m/min.)、
(b)工作物の材質:質量%で、Al−4.21%Cu−0.63%Mn−1.59%Mgの組成を有するAl合金(JIS・A2024)、
引き抜き速度:70m/min.
加工数:13000個、
の条件(引き抜き条件Bという)での工作物中心孔の高速穴加工(通常の引き抜き速度は60m/min.)、
を行い、加工後の荒刃および仕上げ刃における最大逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表2,3に示した。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
この結果得られた本発明被覆超硬ブローチ1〜10の下部層である(Ti,Al)N層および上部層である潤滑性非晶質炭素系被膜、さらに従来被覆超硬ブローチ1〜10の硬質被覆層である(Ti,Al)N層について、その組成をオージェ分光分析装置、その層厚を走査型電子顕微鏡を用いて測定したところ、いずれも目標組成および目標層厚と実質的に同じ組成および平均層厚(断面5箇所の平均値)を示し、また、本発明被覆超硬ブローチ1〜10の潤滑性非晶質炭素系被膜の組織を透過型電子顕微鏡を用いて観察(倍率:250万倍)したところ、炭素系非晶質体の素地に、最大径で10nm以下の結晶質Ti(C,N)系化合物微粒が分散分布した組織を示した。
【0023】
表2,3に示される結果から、すぐれた潤滑性と高強度を有する炭素系非晶質体の素地に、高硬度を有する結晶質Ti(C,N)系化合物微粒が分散分布した組織を有する潤滑性非晶質炭素系被膜の作用で本発明被覆超硬ブローチ1〜10は、いずれもブローチ加工を、高速条件で行なった場合にも、すぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、潤滑性非晶質炭素系被膜の形成がない従来被覆超硬ブローチ1〜10においては、高熱発生を伴なう高速ブローチ加工では、摩耗進行がきわめて速く、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
上述のように、この発明の被覆超硬ブローチは、通常の条件でのブローチ加工は勿論のこと、特に各種の工作物のブローチ加工を、高速条件で行なった場合にも、すぐれた耐摩耗性を発揮するものであるから、ブローチ加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明被覆超硬ブローチ3の潤滑性非晶質炭素系被膜を透過型電子顕微鏡を用いて組織観察した結果(倍率:250万倍)を示す模式図である。
【図2】本発明被覆超硬ブローチ1〜10の硬質被覆層である(Ti,Al)N層および潤滑性非晶質炭素系被膜を形成するのに用いた蒸着装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【図3】従来被覆超硬ブローチ1〜10の硬質被覆層である(Ti,Al)N層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。
【図4】ブローチを例示する概略正面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金で構成されたブローチ本体の表面に、
(a)下部層として、アークイオンプレーティング装置にて、カソード電極(蒸発源)としてTi−Al合金ターゲットを用い、窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気で磁場中成膜され、かつ、
組成式:(Ti1−XAl)N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.65)、
を満足するTiとAlの複合窒化物からなると共に、1〜3μmの平均層厚を有する硬質被覆層、
(b)上部層として、マグネトロンスパッタリング装置にて、カソード電極(蒸発源)として、炭化タングステンターゲットとTiターゲットを用い、炭化水素の分解ガスと窒素とArの混合ガスからなる反応雰囲気で磁場中成膜され、オージェ分光分析装置で測定して、
W:5〜20原子%、
Ti:0.5〜4原子%、
窒素:10〜30原子%、
を含有し、残りが炭素と不可避不純物からなる組成を有すると共に、透過型電子顕微鏡による観察で、炭素系非晶質体の素地に、結晶質炭窒化チタン系化合物の微粒が分散分布した組織を示し、かつ1〜3μmの平均層厚を有する潤滑性非晶質炭素系被膜、
を蒸着形成してなる、潤滑性非晶質炭素系被膜がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆超硬合金製ブローチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−116642(P2006−116642A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−306351(P2004−306351)
【出願日】平成16年10月21日(2004.10.21)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(596091392)三菱マテリアル神戸ツールズ株式会社 (203)
【Fターム(参考)】