炭化珪素ウェハの製造方法、炭化珪素ウェハ及び炭化珪素半導体素子並びに電力変換装置
【課題】製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつ基底面転位(BPD)をより確実に貫通刃状転位(TED)に転換できる炭化珪素ウェハの製造方法を提供する。
【解決手段】炭化珪素基板1の一方面にSiイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、炭化珪素基板1をアニール処理する第2工程と、炭化珪素基板1の一方面側をエピタキシャル成長させてエピタキシャル膜3を得を形成する第3工程とを備える。前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種である。
【解決手段】炭化珪素基板1の一方面にSiイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、炭化珪素基板1をアニール処理する第2工程と、炭化珪素基板1の一方面側をエピタキシャル成長させてエピタキシャル膜3を得を形成する第3工程とを備える。前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化珪素ウェハの製造方法、炭化珪素ウェハ及び炭化珪素半導体素子並びに電力変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)は、シリコンと比べてバンドギャップが約3倍、飽和ドリフト速度が約2倍、絶縁破壊電界強度が約10倍と優れた物性値を有し、大きな熱伝導率を有する半導体であることから、現在用いられているシリコン単結晶半導体の性能を大きく凌駕する次世代の高電圧・低損失半導体素子を実現する材料として期待されている。炭化珪素の単結晶を製造する方法としては、昇華法やCVD法が用いられている。
【0003】
炭化珪素は、通常の圧力では液相を持たず、また、昇華温度が極めて高いこと等から、従来の昇華法やCVD法により、転位や積層欠陥等の結晶欠陥を含まないような高品質の結晶成長を行うことが困難である。
【0004】
現在市販されている炭化珪素基板には、102cm−2〜103cm−2程度のc軸方向に伝播する貫通らせん転位、102cm−2〜104cm−2程度のc軸方向に伝播する貫通刃状転位、102cm−2〜104cm−2程度のc軸と垂直方向に伝播する転位(基底面転位)が存在している。これらの転位密度は、その基板の品質によって大きく異なる。
【0005】
炭化珪素基板に内在しているこれらの転位は、基板上にエピタキシャル膜を成長させる際に、このエピタキシャル膜中に伝播する。このとき、一部の転位は、エピタキシャル膜中に伝播する際にその伸張方向(伝播方向)を変える場合もあることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
例えば、基底面転位(以下、BPD)は、基板の表面にその一端若しくは両端が現れている。その基板にエピタキシャル膜を結晶成長させると、基板内のBPDの多くは基板とエピタキシャル膜との界面近傍で貫通刃状転位(以下、TED)に転換され、BPDの一部はBPDのままエピタキシャル膜中に伝播する。
【0007】
したがって、エピタキシャル膜中には、基板よりそのまま伝播したBPDに加えて、エピタキシャル成長時に導入されたTEDが含まれていることになる。これらの転位は、そのエピタキシャル膜を用いて形成した半導体素子の耐電圧や信頼性を低下させる。特に、エピタキシャル膜に含まれるBPDは、半導体素子の信頼性や性能を低下させる。一方、エピタキシャル膜に含まれるTEDは、半導体素子の信頼性や性能に与える悪影響は小さいとされている(例えば、非特許文献2参照)。
【0008】
そこで、炭化珪素基板に含まれるBPDをTEDに転換し、TEDの割合を高める方法が検討されている。
【0009】
(1)溶融KOHを用いて基板表面をエッチングする。このエッチングにより、基板表面におけるBPDの先端部が選択的に深くエッチングされ、エッチピットが生じる。その後、基板にエピタキシャル成長を行う。基板表面におけるBPDの先端部のエッチピットの存在により、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献1、非特許文献3及び非特許文献4参照)。
【0010】
(2)リアクティブイオンエッチング(RIE)を用いて基板表面に六角形若しくはストライプ状の溝を形成し、その後、基板にエピタキシャル成長を行う。基板表面における角形若しくはストライプ状の溝の存在により、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献2、特許文献3及び非特許文献3参照)。
【0011】
(3)基板表面に、化学機械研磨(CMP)と水素エッチングを行う。これにより基板表面におけるダメージ層が除去され、基板表面が平坦化される。その後に、基板表面に対してエピタキシャル成長を行う。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献4及び非特許文献5参照)。
【0012】
(4)エピタキシャル成長を行う基板の主面を(000−1)C面とする。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献5及び非特許文献5参照)。
【0013】
(5)エピタキシャル成長を行う基板の{0001}面からのオフ角度を8°から4°に低減する。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、非特許文献5及び非特許文献6参照)。
【0014】
(6)基板表面にエピタキシャル成長を行う途中で、SiH4やC3H8等の原料ガスの供給を停止し、水素気流中でその温度を維持した状態にすることで、エピタキシャル成長を停止させる。一定時間経過後、二回目のエピタキシャル成長を行う。このとき、一回目のエピタキシャル成長時にエピタキシャル膜中に伝播したBPDの一部が、二回目のエピタキシャル成長時にTEDに転換される。このようなエピタキシャル成長の途中中断、再開を行うこと、又は途中中断と再開とを繰り返すことで、BPD密度の小さいエピタキシャル膜が得られる(例えば、非特許文献7参照)。
【0015】
上述した(1)〜(3)の方法は、エピタキシャル成長を行う前に、基板表面にエッチングを必要とするものであり、製造工程が煩雑となる。(6)の方法は、エピタキシャル成長の途中中断と再開という工程を要するため、同様に、製造工程が煩雑となる。
【0016】
(4)の方法では、(0001)Si面を利用することができない。(5)の方法は、8°のオフ角の基板を用いることができず、エピタキシャル成長の速度が制限されてしまう。
【0017】
このように、従来技術では、製造工程が煩雑となるのでBPDが低減した炭化珪素単結晶の形成に時間や手間が掛かってしまう。また、エピタキシャル成長を行う基板表面やオフ角が制約されてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】米国特許第7279115号明細書
【特許文献2】米国特許第7226805号明細書
【特許文献3】米国特許第7109521号明細書
【特許文献4】特開2005−311348号公報
【特許文献5】特開2005−167035号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】S. Ha, P. Mieszkowski, M. Skowronski, and L. B. Rowland: J.Cryst. Growth 244(2002)257.
【非特許文献2】H.Lendenmann, F. Dahlquist, N. Johansson, R. Soderholm, P. A. Nilsson, J. P. Bergman, and P. Skytt: Mater. Sci. Forum 353-356(2001)727.
【非特許文献3】J. J. Sumakeris, J. P. Bergman, M. K. Das, C. Hallin, B. A. Hull, E. Janzen, H. Lendenmann, M.J. O’Loughlin, M.J. Paisley, S. Ha, M. Skowronski, J.W. Palmour, and C.H. Carter, Jr.: Mater. Sci. Forum 527-529(2006)141.
【非特許文献4】Z. Zhang and T.S. Sudarshan: Appl. Phys. Lett. 87(2005)151913.
【非特許文献5】H. Tsuchida, T. Miyanagi, I. Kamata, T. Nakamura, K. Izumi, K. Nakayama, R. Ishii, K. Asano, and Y. Sugawara: Mater. Sci. Forum 483-485(2005)97.
【非特許文献6】H. Tsuchida, M. Ito, I. Kamata, and M. Nagano: Phys. Status Solidi B 246(2009)1553
【非特許文献7】R. E. Stahlbush, B. L. VanMil, R. L. Myers-Ward, K-K. Lew, D. K. Gaskill, and C. R. Eddy, Jr.: Appl. Phys. Lett. 94(2009)041916.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は上記状況に鑑みてなされたもので、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDをより確実にTEDに転換できる炭化珪素ウェハの製造方法を提供することを目的とする。
【0021】
また、本発明は、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハ及びこれを用いた炭化珪素半導体素子を提供することを目的とする。
【0022】
さらに、本発明は、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハを用いた炭化珪素半導体素子から製造された電力変換装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、炭化珪素基板の一方面にイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、当該炭化珪素基板をアニール処理する第2工程と、当該炭化珪素基板の一方面側をエピタキシャル成長させる第3工程とを備えることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0024】
かかる第1の態様では、基底面転位が低減された炭化珪素ウェハを得ることができる。
【0025】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0026】
かかる第2の態様では、炭化珪素基板にこれらのイオンが注入されることで該基板の表面付近にダメージを与え、その後のアニール処理で結晶品質が回復する際に、基底面転位が貫通刃状転位に転換される。
【0027】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に注入されるイオンの注入量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であり、イオン注入後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0028】
かかる第3の態様では、炭化珪素ウェハに欠陥が生じることを抑制し、BPDがTEDに転換された炭化珪素ウェハが得られる。
【0029】
本発明の第4の態様は、第1又は第2の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に照射される電子線のエネルギーが100keV以上で、電子線照射後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0030】
かかる第4の態様では、炭化珪素ウェハに欠陥が生じることを抑制し、BPDがTEDに転換された炭化珪素ウェハが得られる。
【0031】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記第1工程〜前記第3工程を複数回繰り返すことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0032】
かかる第5の態様では、より確実に、基底面転位が低減された炭化珪素ウェハを得ることができる。
【0033】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記第3工程を複数回繰り返すことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0034】
かかる第6の態様では、所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハを形成することができる。
【0035】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記エピタキシャル膜を残し、前記炭化珪素基板を除去することを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0036】
かかる第7の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成される炭化珪素ウェハを提供することができる。
【0037】
本発明の第8の態様は、第7の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板を除去することで現れたエピタキシャル膜を、さらにエピタキシャル成長させることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0038】
かかる第8の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去した後にエピタキシャル成長するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成され、かつ所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハを提供することができる。
【0039】
本発明の第9の態様は、バルク状の炭化珪素基板に、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、さらに該イオン注入層又は該電子線照射層上にエピタキシャル膜が形成され、前記炭化珪素基板の表面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位のうちの20%以上が貫通刃状転位に転換されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0040】
かかる第9の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0041】
本発明の第10の態様は、バルク状の炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、前記第1のエピタキシャル膜内で20%以上の基底面転位が貫通刃状転位に転換され、前記第1のエピタキシャル膜の厚さ方向2μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の60%以上が行われていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0042】
かかる第10の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0043】
本発明の第11の態様は、第10の態様に記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記第1のエピタキシャル膜において、前記第2のエピタキシャル膜との界面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の80%以上が行われていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0044】
かかる第11の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0045】
本発明の第12の態様は、炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、前記第1のエピタキシャル膜内で基底面転位が貫通刃状転位に転換され、第2のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度が、第1のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度の80%以下であることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0046】
かかる第12の態様では、より基底面転位の密度が低減した第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハが得られる。
【0047】
本発明の第13の態様は、第9〜第12の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記炭化珪素基板が除去されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0048】
かかる第13の態様では、基底面転位密度が高い基板が除去され、基底面転位が低減された結晶のみで構成される炭化珪素ウェハが得られる。
【0049】
本発明の第14の態様は、第13の態様に記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記炭化珪素基板が除去された側の表面にエピタキシャル膜が形成されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0050】
かかる第14の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去した後にエピタキシャル成長するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成され、かつ所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハが得られる。
【0051】
本発明の第15の態様は、第9〜第14の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハを用いて作製された炭化珪素半導体素子にある。
【0052】
かかる第15の態様では、基底面転位が低減した炭化珪素ウェハより作製されているので、信頼性や性能の低下が防止され、炭化珪素の優れた特性を活かした高性能な半導体素子が提供される。
【0053】
本発明の第16の態様は、第15の態様に記載する炭化珪素半導体素子を用いて作製された電力変換装置にある。
【0054】
かかる第16の態様では、電力変換装置は、炭化珪素の優れた特性により、高電圧に適用でき、低損失で電力変換を行うことができる。
【発明の効果】
【0055】
本発明によれば、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDをより確実にTEDに転換できる炭化珪素ウェハの製造方法が提供される。
【0056】
また、本発明によれば、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハ及びこれを用いた炭化珪素半導体素子が提供される。
【0057】
さらに、本発明によれば、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハを用いた炭化珪素半導体素子から製造された電力変換装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図2】実施形態1に係る炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【図3】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図4】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図5】実施形態2に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図6】実施形態2に係る炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【図7】実施形態3に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を説明する概略図である。
【図8】比較例及び実施例に係る炭化珪素ウェハのトポグラフィー像である。
【発明を実施するための形態】
【0059】
〈実施形態1〉
以下、本実施形態に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、炭化珪素ウェハの概略断面図であり、図2は、炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【0060】
図1に示すように、炭化珪素ウェハ(以下、ウェハ)10は、炭化珪素基板(以下、基板)1に、イオン注入層2を形成し、このイオン注入層2上にエピタキシャル膜3を形成することで構成されている。
【0061】
請求項に記載した炭化珪素基板とは、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板又は該基板をエピタキシャル成長させたものをいう。
【0062】
本実施形態では、基板1(炭化珪素基板)は、炭化珪素からなる円柱形のバルク状の炭化珪素単結晶を300μm〜400μm程度の厚さにスライスして得られたものである。バルク状の炭化珪素単結晶は、昇華法やHTCVD法などにより作製されたものである。
【0063】
基板1は、主表面が(0001)面に略平行であり、結晶多形(ポリタイプ)が4H−SiCである。しかし、本発明においては、このような主表面、ポリタイプに限定されない。例えば、(0001)面、(11−20)面、(1−100)面、(03−38)面に略平行な面を有する基板を用いてもよい。また、基板1のポリタイプは、任意の種類を用いることができる。ポリタイプが比較的安定であり、大面積の基板を作製可能であるという観点から、4H−SiC、6H−SiC、15R−SiC、3C−SiCの何れかを用いることが好ましい。また、基板1は、基底面(0001)より0°〜10°の傾斜角(オフ角)を有する結晶成長面を有する。
【0064】
基板1には、複数の基底面転位(以下、BPD)20が存在する。同図には5つのBPD20が例示されている。基底面転位とは、c軸と垂直な結晶面(基底面)を伝播する転位であり、バーガーズベクトルがa/3<11−20>であるものをいう。なお、基板1には、貫通刃状転位や貫通らせん転位などc軸とほぼ平行に伝播する転位も存在するが、同図には表示を省略してある。
【0065】
イオン注入層2は、基板1にイオンが注入されて形成された層である。イオン注入層2は、詳細は後述するが、基板1にイオンが注入されて結晶にダメージが与えられ、さらに、アニール処理により、結晶性が回復することで形成されている。
【0066】
イオンは、特に限定されないが、例えば、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン、Nイオンである。基板1が炭化珪素からなるものであれば、イオンとしては炭化珪素内で中性に働くSiイオンやCイオン、Hイオン、Heイオンであることが好ましい。基板1がn型半導体であるならば、n型半導体を形成するPイオンやNイオンを用い、基板1がp型半導体であるならば、p型半導体を形成するAlイオンやBイオンを用いることが好ましい。すなわち、炭化珪素内で中性に働くイオン、もしくはイオンが注入される基板1の極性に合わせてイオンを選ぶことが好ましい。
【0067】
エピタキシャル膜3は、イオン注入層2が形成された基板1に炭化珪素のエピタキシャル成長を行うことで形成された炭化珪素からなる薄膜である。
【0068】
図1には、例として5つのBPD20が基板1に存在している。基板1に存在する5つのBPD20のうち2つは、そのままイオン注入層2及びエピタキシャル膜3に伝播しているが、残り3つは、基板1内(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)で、TED30に転換されている。
【0069】
基板1のうち、エピタキシャル膜3との界面から0.1ミクロン以上、20ミクロン以内の部分を領域Rとする。基板1に含まれるBPD20のうち20%以上が、領域RでTED30に転換されている。図示した例では、5つのBPD20のうち3つがTEDに転換されているので、全BPD20のうち60%がTED30に転換されている。
【0070】
上述したように、ウェハ10では、基板1内(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)でBPD20がTED30に転換されている。
【0071】
非特許文献1や非特許文献7などの従来技術では、BPD20からTED30への転換は、基板1上に設けたエピタキシャル膜が成長する際に行われる。
【0072】
一方、本実施形態に係るウェハ10でも、エピタキシャル膜3の成長の際にBPD20がTED30に転換される。さらに、それに加えて、基板1の領域Rで、全BPD20のうち20%以上がTED30に転換される。したがって、本実施形態に係るウェハ10は、BPD20がより一層低減したものとなる。
【0073】
このように、BPD20が低減されているので、本実施形態に係るウェハ10は、高い耐電圧性が求められる半導体素子や、高い信頼性が求められる半導体素子の材料として好適なものとなる。さらに、BPD20からTED30への転換が、半導体素子の不活性領域となる基板1の内部(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)で行われるため、高い信頼性の半導体素子を得るための材料として一層好適である。
【0074】
また、ウェハ10は、基板1のオフ角度や結晶面(Si面、C面)に限定はない。したがって、半導体素子の製造に適したオフ角度や結晶面を有するウェハ10を提供することができる。
【0075】
図2を用いてウェハ10の製造方法について説明する。まず、図2(a)に示すように、基板1を用意する。基板1には、複数のBPD20が存在している。
【0076】
次に、図2(b)に示すように、基板1にイオンを注入する(第1工程)。このイオンは、特に限定されないが、例えば、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン、Nイオンを用いることができる。本実施形態では、炭化珪素基板1にSiイオンを注入した。
【0077】
炭化珪素基板1にイオンを注入する方法としては、公知のイオン注入装置を用いる方法が挙げられる。イオン注入装置は、注入する元素をイオン化し、イオンビームとして引き出し、高電圧の電場で加速し、この加速されたイオンを試料(炭化珪素基板1)に衝突させる装置である。この装置により、イオンが炭化珪素基板1に注入される。
【0078】
炭化珪素基板1に注入させるイオンの量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であることが好ましい。このような注入量であれば、後述するように、炭化珪素基板1のBPD20をTEDに転換し、BPD20が低減した炭化珪素単結晶を製造することができる。なお、上述のイオン注入量よりも多くのイオンを注入すると、炭化珪素基板1に欠陥が大量に生じてしまう。
【0079】
Siイオンを注入することで、炭化珪素基板1の表面近傍では、注入されたSiイオンで結晶欠陥が生じたダメージ層2aが形成される。ダメージ層2aは、結晶欠陥が導入された炭化珪素の層である。これにより、ダメージ層2aに、BPD20の先端部周辺が存在することになる。
【0080】
次に、図2(c)に示すように、イオンを注入した炭化珪素基板1をアニール処理する(第2工程)。加熱温度は特に限定されないが1500〜2200℃、より好ましくは1600〜2000℃で1〜120分程度行うことが好ましい。また、加熱は不活性ガス雰囲気または真空下で行うことが好ましい。加熱後、常温下で放置して冷却する。
【0081】
このアニール処理によって、ダメージ層2aの結晶性が回復しイオン注入層2となる。このイオン注入層2が形成されるときに、BPD20がTED30に転換される。最終的な転換の位置は、アニール処理の温度や時間にもよるが、イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内(領域R(図1参照))となる。この転換の理論的なメカニズムはまだ明らかにされていないが、アニール処理により、ダメージ層2aの結晶性が回復する際にBPD20がTED30に転換したと推測される。
【0082】
そして、図2(d)に示すように、アニール処理により結晶性が回復したイオン注入層2の表面をエピタキシャル成長させる(第3工程)。これにより、エピタキシャル膜3が形成される。エピタキシャル膜3の結晶成長方法は、特に限定はないが、例えば、CVD法により行うことが好ましい。以後、所定の膜厚と積層を有するウェハ10を製造することができる。
【0083】
エピタキシャル膜3の結晶成長の際、エピタキシャル膜3には、BPD20から転換されたTED30が基板1及びイオン注入層2からそのまま伝播する。なお、特に図示しないが、基板1内に存在しているTED30は、エピタキシャル膜3にそのままTED30として伝播している。
【0084】
上述したように、イオンを注入して、ダメージ層2aを形成し、アニール処理を行うことにより、基板1のBPD20がTED30に転換される。したがって、エピタキシャル膜3には、基板1に存在していたBPD20が伝播せず、TED30に転換されて伝播している。すなわち、本発明に係る製造方法によれば、BPD20が低減されたウェハ10を得ることができる。
【0085】
特に、本実施形態では、イオンとしてSiイオン、すなわち、製造目的であるエピタキシャル膜3を構成する元素と同じものを用いた。このSiイオンを用いることで、基板1中の不純物若しくはドーパントに影響されないエピタキシャル膜3を製造することができる。この効果は、CイオンやHイオン、Heイオンを用いる場合についても同様である。
【0086】
なお、イオン注入を行ってダメージ層2aを形成する代わりに、電子線を照射してダメージ層2aを形成しても同様な効果が得られる。この場合、基板1の表面層に十分な欠陥を形成するために、100keV以上のエネルギーを有する電子線を照射する必要がある。100keV以下のエネルギーでは、SiC単結晶中のSi原子とC原子の両方を電子線で格子間位置から外すことができないが、約100keV以上のエネルギーではC原子、約200keV以上のエネルギーではSi原子を電子線で格子間位置から外すことが可能となり、イオン注入の場合と同様なダメージ層2aを形成することができる。
【0087】
以降、ダメージ層2aは、イオン注入によるものに限らず、電子線照射によるものも含む。また、以降の説明では、イオン注入層2について言及するが、電子線照射層と読み替えても同様の効果を得ることができる。電子線照射層とは、電子線を照射して形成したダメージ層2aをアニール処理することにより得られるものである。
【0088】
また、従来技術では、BPDをTEDに変換するために、基板に溶融KOH、RIEなどのエッチング処理を行っていた。通常、エッチング処理を行うと、半導体素子を作製する際に表面を研磨して平坦化する処理が必要となる。しかしながら、本製造方法は、このようなエッチング処理が不要であるので、基板1の表面を平坦に保つことができる。なお、イオン注入や電子線照射は、エッチング処理ほど基板1の表面を粗くすることがなく、平坦化処理が不要である。このように、エッチング処理及びこれに伴う平坦化処理が不要となり、製造工程を簡略化できる。
【0089】
なお、図3に示すように、上述したイオン注入〜アニール処理〜エピタキシャル成長を任意の回数行ってもよい。すなわち、基板1上に、イオン注入層2とエピタキシャル膜3との組を複数形成してウェハ10を形成してもよい。例えば、一度のイオン注入〜アニール処理ではBPD20がTED30に転換されなかったとする。この場合、同図に示すように、基板1側に近い方の一層目のエピタキシャル膜3に基板1のBPD20がそのまま伝播することになる。しかし、イオン注入〜アニール処理を複数回繰り返すことで、BPD20はTED30に転換される確率が高くなる。例えば、2層目のイオン注入層2を形成することでBPD20はTED30に転換され、2層目のエピタキシャル膜3には、TED30が伝播する。結局、複数のウェハ10全体では、BPD20のほとんどをTED30に転換することができる。
【0090】
さらに、図4に示すように、エピタキシャル膜3は、一層に限らず、複数層形成してもよい。これにより、所望の厚みと積層を有するウェハ10を形成することができる。
【0091】
また、エピタキシャル膜3の膜厚は、特に限定されない。所望するエピタキシャル膜3の膜厚や該エピタキシャル膜3を用いて製造する半導体素子構造に応じて適宜設定すればよい。
【0092】
上述した炭化珪素ウェハ10を用いて、種々の炭化珪素半導体素子を製造することができる。例えば、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)、JFET(Junction Field Effect Transistor)、BJT(Bipolar junction transistor)、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、GTO(Gate Turn-Off thyristor)、GCTサイリスタ(Gate Commutated Turn-off Thyristor)、サイリスタ、ショットキーダイオード、JBS(Junction Barrier Schottky)ダイオード、MPD(Merged pn ダイオード)、pnダイオードなどである。
【0093】
本発明に係る製造方法により得られた炭化珪素単結晶又はこれを用いたウェハは、BPD20が低減しているので、当該ウェハを用いて製造された半導体素子の信頼性や性能の低下が防止され、炭化珪素の優れた特性を活かした高性能な半導体素子が得られる。
【0094】
また、該炭化珪素半導体素子から、インバータやコンバータなどの電力変換装置を製造することができる。この電力変換装置は、炭化珪素の優れた特性により、高電圧に適用でき、低損失で電力変換を行うことができる。
【0095】
〈実施形態2〉
実施形態1では、基板1は、炭化珪素からなる円柱形のバルク状の単結晶をスライスして得られたウェハを用いたが、本発明は、炭化珪素からなる基板にエピタキシャル膜が形成されたものを基板として用いることもできる。本実施形態では、エピタキシャル膜が形成された基板1を用いて作製されたウェハ10及びその製造方法について説明する。
【0096】
図5は、炭化珪素ウェハの概略断面図であり、図6は、炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。なお、実施形態1と同一のものには同一の符号を付し重複する説明は省略する。
【0097】
図5(a)に示すように、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板5上に、エピタキシャル成長により形成されたエピタキシャル膜3Aが設けられている。このエピタキシャル膜3Aが形成された基板5全体を基板1とする。
【0098】
本実施形態に係るウェハ10は、基板1と、基板1のエピタキシャル膜3Aに設けられたイオン注入層2と、イオン注入層2上に設けられたエピタキシャル膜3Bとから構成されている。エピタキシャル膜3A、3Bは何れも、CVD法などで作製された炭化珪素からなる薄膜である。なお、エピタキシャル膜3Aは、請求項10の第1のエピタキシャル膜に対応し、エピタキシャル膜3Bは請求項10の第2のエピタキシャル膜に対応する。
【0099】
イオン注入層2は、基板1のエピタキシャル膜3Aにイオンが注入されて形成された層である。イオン注入層2は、詳細は後述するが、基板1のエピタキシャル膜3Aにイオンが注入されてダメージが加わり、さらに、アニール処理により、結晶性が回復することで形成されている。
【0100】
基板1には、複数のBPD20が存在する。同図には5つのBPD20が例示されている。エピタキシャル膜3Aには、基板5から4つのBPD20がそのまま伝播している。また、1つのBPD20は、基板1とエピタキシャル膜3Aの界面付近でTED30に転換されている。
【0101】
そして、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)においては、そのうち3つのBPD20がTED30に転換されている。BPD20からTED30への転換は、詳細は後述するが、基板1にイオン注入し、アニール処理を行うことにより行われている。
【0102】
エピタキシャル膜3Bには、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)で転換した3つのTED30がそのまま伝播し、イオン注入層2で転換されなかった1つのBPD20がそのまま伝播している。
【0103】
エピタキシャル膜3Aで行われるBPD20からTED30への転換の位置や割合は次の通りである。
【0104】
エピタキシャル膜3Aでは、基板1から伝播したBPDの20%以上がTEDに転換されている。図示した例では、イオン注入層2で4つのBPD20のうち3つのBPD20がTED30に転換されているので、イオン注入層2中の全BPD20のうち75%がTED30に転換されている。
【0105】
エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)のうち、厚さ方向に2μmの厚さを持つ部分を領域Rとする。エピタキシャル膜3Aで行われたBPD20からTED30への転換のうち60%以上が領域Rで行われている。図示した例では、エピタキシャル膜3A中の3つのBPD20がTED30に転換されているが、そのうち、領域Rで2つのBPD20がTED30に転換されている。すなわち、エピタキシャル膜3A中で行われるBPD20からTED30への転換のうち67%(2/3=0.666・・・)が領域Rで行われている。
【0106】
厚さ2μm以内の領域Rで集中的にBPD20がTED30に転換されるのは、エピタキシャル膜3Aに、後述するような一連の処理によりイオン注入層2を形成してアニール処理を行ったからである。すなわち、実施形態1で述べたように、エピタキシャル膜3Aに対して注入するイオンの量(密度)とアニール処理の温度や時間を適宜調整することで、BPD20からTED30に転換される位置の深さを調整できるからである。
【0107】
また、領域Rの位置は、イオン注入層2とエピタキシャル膜3Bとの界面から深さDに位置する。深さDは特に限定はないが、例えば、界面から0.1μm〜20μmである。この深さDは、エピタキシャル膜3Aに注入するイオンの量(密度)とアニール処理の温度や時間により制御できる。注入するイオンの量(照射する電子線の量)が多いほど、またアニール時間が長いほど、さらにアニール温度が高いほど、深さDが大きくなる傾向がある。
【0108】
ここで、図5(b)に、エピタキシャル膜3Aにイオン注入層2を形成したウェハ10の別態様を例示する。
【0109】
図示するように、エピタキシャル膜3が設けられた基板5を基板1とし、その上に任意の数(同図では1層)のエピタキシャル膜3を形成し、その上に、エピタキシャル膜3Aを形成し、当該エピタキシャル膜3Aにイオン注入層2を形成し、さらにエピタキシャル膜3Bを形成してウェハ10としてもよい。
【0110】
この場合、請求項10の第1のエピタキシャル膜はエピタキシャル膜3Aであり、請求項10の第2のエピタキシャル膜は最上面のエピタキシャル膜3Bである。すなわち、第1のエピタキシャル膜3Aと基板1との間に、他のエピタキシャル膜が介在していてもよい。
【0111】
このようなウェハ10であっても、エピタキシャル膜3A(第1のエピタキシャル膜)に伝播したBPDの20%以上が、イオン注入層2においてTEDに転換され、かつ領域RでBPDからTEDへの転換の60%以上が行われている。また、領域Rの位置は、イオン注入層2とエピタキシャル膜3Bとの界面から深さDに位置する。
【0112】
さらに、ウェハ10のエピタキシャル膜3A及びエピタキシャル膜3Bに存在するBPD20には、次のような関係がある。
【0113】
すなわち、エピタキシャル膜3Bに含まれるBPD20の密度は、エピタキシャル膜3Aに含まれるBPD20の密度の80%以下である。エピタキシャル膜3AのBPD20の密度とは、エピタキシャル膜3Aに含まれるBPDの単位面積あたりの数である。エピタキシャル膜3BのBPD20の密度についても同様である。
【0114】
図5(a)に示す例では、エピタキシャル膜3Aには4つのBPD20(うち3つはTED30に転換されている)が含まれ、エピタキシャル膜3Bには1つのBPD20が含まれている。したがって、エピタキシャル膜3AのBPD20の密度(1個/単位面積)は、エピタキシャル膜3BのBPD20の密度(4個/単位面積)の80%以下である。
【0115】
以上に説明したように、ウェハ10は、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)でBPD20がTED30に転換されている。従来技術では、エピタキシャル膜内では、成長に伴いごく一部のBPD20がTED30に転換される。このようなBPD20からTED30への転換は、エピタキシャル膜の深さ方向において不特定の場所で生じる。
【0116】
一方、本実施形態に係るウェハ10では、従来技術同様に、エピタキシャル膜3Aでごく一部のBPD20がTEDに転換される。さらに、それに加えて、ウェハ10では、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)の深さDに位置する領域Rで集中的にBPD20の20%以上がTED30に転換されている。したがって、本実施形態に係るウェハ10は、BPD20がより一層低減したものとなる。
【0117】
このように、BPD20が低減されているので、本実施形態に係るウェハ10は、高い耐電圧性が求められる半導体素子や、高い信頼性が求められる半導体素子の材料として好適なものとなる。また、ウェハ10は、基板1のオフ角度や結晶面(Si面、C面)に限定はない。したがって、半導体素子の製造に適したオフ角度や結晶面を有するウェハ10が提供される。
【0118】
図6を用いてウェハ10の製造方法について説明する。まず、図6(a)に示すように、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板5上をエピタキシャル成長させてエピタキシャル膜3Aを形成する。このエピタキシャル膜3Aが形成された基板5全体を基板1とする。
【0119】
基板5には、複数のBPD20が存在する。同図には3つのBPD20が例示されている。この基板5をエピタキシャル成長させると、いくつかのBPD20(図では2つのBPD20)は、基板5及びエピタキシャル膜3Aの界面でTED30に転換し、TED30としてエピタキシャル膜3Aに伝播する。一方、基板5中のBPD20がそのままエピタキシャル膜3Aに伝播するものもある(図では一つのBPD20がそのまま伝播している)。
【0120】
次に、図6(b)に示すように、このような基板1にイオンを注入する。本実施形態では、炭化珪素基板1にSiイオンを注入した。イオンの種別や注入量、注入方法は実施形態1と同様である。
【0121】
Siイオンを注入することで、エピタキシャル膜3A(炭化珪素基板1)の表面近傍では、注入されたSiイオンで結晶欠陥が生じたダメージ層2aが形成される。実施形態1と同様に、ダメージ層2aに、BPD20の先端部周辺が存在することになる。
【0122】
次に、図6(c)に示すように、イオンを注入した基板1をアニール処理する。このアニール処理によって、ダメージ層2aの結晶性が回復してイオン注入層2となる。このイオン注入層2が形成されるときに、BPD20がTED30に転換される。なお、加熱条件は、実施形態1と同様である。加熱後、常温下で放置して冷却する。
【0123】
そして、図6(d)に示すように、アニール処理により結晶性が回復したイオン注入層2の表面をエピタキシャル成長させる。これにより、エピタキシャル膜3Bが形成される。エピタキシャル膜3Bの結晶成長方法は、特に限定はないが、例えば、CVD法により行うことが好ましい。
【0124】
エピタキシャル膜3Bの結晶成長の際、エピタキシャル膜3Bには、BPD20から転換されたTED30がイオン注入層2からそのまま伝播する。
【0125】
以上に説明したように、基板5にエピタキシャル膜3Aを形成する際にTED30に転換されなかったBPD20を、イオン注入〜アニール処理〜エピタキシャル成長を行うことで、TED30に転換することができる。このときのBPD20からTED30への転換率、転換位置は図5に示したものと同様である。このように、本発明に係る製造方法は、BPD20が低減されたウェハ10を製造することができる。
【0126】
もちろん、特に図示しないが、基板1に任意の数のエピタキシャル膜3を形成したのち、イオン注入層2を形成し、さらにエピタキシャル膜3を形成することで、図5(b)に示したようなウェハ10を製造することができる。また、エピタキシャル膜3を形成した後に、エピタキシャル膜3の上に任意の膜厚や層構造を有するエピタキシャル膜を形成してもよい。
【0127】
〈実施形態3〉
実施形態1及び実施形態2で説明したウェハ10には、基板1が含まれていたが、基板1を除去してもよい。
【0128】
図7は、本実施形態に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を説明する概略図である。なお、実施形態1及び実施形態2と同一のものには同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0129】
図7(a)に記載したウェハ10は、図1に示したウェハ10と同じものである。図7(b)に示すように、ウェハ10の基板1を全て除去する。除去方法は、例えば、イオン注入層2が無くなるまで、機械研磨や化学処理、イオンエッチングなど適切な方法で行えばよい。
【0130】
基板1には、BPD20が高密度で存在していたが、その基板1が除去されるので、BPD密度が小さいウェハ11が得られる。
【0131】
さらに、図7(c)に示すように、上述したウェハ11を得た上で、基板1が存在していた側の表面上に、さらに炭化珪素のエピタキシャル成長を1回又は複数回行い、エピタキシャル膜3を形成してもよい。エピタキシャル膜3の膜厚やエピタキシャル成長を行う回数は特に限定されない。所望するウェハの全体膜厚や素子構造に応じて適宜設定すればよい。これにより、BPD密度が小さく、基板1が存在していた側にもエピタキシャル膜3を有するウェハ12を得ることができる。
【0132】
なお、特に図示しないが、基板1を除去する際にイオン注入層2を残してもよい。この場合においても、BPD密度が小さいウェハを得ることができる。さらに、実施形態2に示したウェハについて、基板1を除去してもよいし、基板1を除去した後、エピタキシャル膜を形成してウェハとしてもよい。
【実施例】
【0133】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明する。
【0134】
[比較例]
〈11−20〉方向に8°のオフ角を有する4H−SiC基板上に、CVD法により結晶成長を行い、膜厚が約20μmの第1のエピタキシャル膜を形成することで、比較例に係わる基板を製作した。
【0135】
[実施例]
比較例に係る基板について、後述の試験例に示す測定を行った後、Siイオンをエピタキシャル膜表面から深さ250nmの領域で1×1019cm-3の平均濃度となるようにイオン注入を行った。イオン注入時の基板温度は600℃とした。イオン注入に引き続いて、加熱処理を行った。この加熱処理は、基板をグラファイト製の坩堝の中に入れ、高周波誘導加熱が行われるグラファイト円筒(ホットウォール)内に坩堝を配置した。坩堝内にアルゴンガスを供給し、1670℃で3分間加熱した。昇温速度は40℃/minとした。加熱処理後に、CVD法により結晶成長を行い、膜厚が約20μmの第2のエピタキシャル膜を形成して実施例に係わる基板を得た。その後に、後述の試験例に示す測定を再度行った。
【0136】
[試験例1]
比較例、実施例に係る基板のそれぞれについて、放射光反射トポグラフィー測定(SPring-8放射光施設)を行い、トポグラフィー像を得ることで、エピタキシャル膜内の各種転位の分布を測定した。
【0137】
具体的には、比較例、実施例に係る基板のそれぞれに対して、放射光を単色化したX線(波長1.54Å)を約20°の入射角度で照射し、回折ベクトルg=11−28の条件を満たす反射光を原子核乾板に結像させてトポグラフィー像を得た。
【0138】
図8(a)は、比較例のトポグラフィー像であり、図8(b)は、イオン注入、加熱処理ならびに第2のエピタキシャル膜の形成後に得られた実施例のトポグラフィー像である。比較例に係る基板上に現れた線状の暗いコントラストはBPDであり、比較的小さな断片状(ドット状)のコントラストはTEDであり、比較的大きな円形のコントラストはTSD(貫通らせん転位)である。これらのトポグラフィー像は基板の同一領域を示しており、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によって、転位がどのように変化したかを確認した。
【0139】
図8(a)中の○印に示すように、比較例に係る基板には、基板からエピタキシャル膜に伝播したBPDが18個現れていることが確認された。
【0140】
一方、図8(b)では、比較例ではBPDが観察されていた位置と、ほぼ同じ配置で(白い矢印で示す位置)に、TEDが観察されている。つまり、比較例ではBPDとしてエピタキシャル膜の表面に現れていたものが、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成後には、TEDとしてエピタキシャル膜に現れていることを示している。このことは、比較例では、線状のコントラストで現れていたものが、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成後には、小さな断片上(ドット状)のコントラストに変化していることから判断される。
【0141】
トポグラフィー像の観察結果より、比較例に示した基板の一領域には、合計18個のBPDがエピタキシャル膜表面に現れていたが、このうちの17個のBPD(図8(b)中で、白い矢印で示すBPD)がイオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によってTEDに転換され、残りの1個のBPD(図8(b)中で、黒い矢印で示すBPD)は転換されずにBPDとして残存していたことが分かる。
【0142】
[試験例2]
比較例、実施例に関して、より広い領域で転位の分布を測定した。
【0143】
より広い領域で比較例のBPDを計測したところ、エピタキシャル膜表面には56個のBPDが現れていた。一方、同一領域について実施例のBPDを計測したところ、56個のBPDのうち約91%に相当する51個がTEDに転換していた。
【0144】
[試験例3]
実施例に関して、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成により生じたBPDからTEDへの転換が、エピタキシャル膜内において膜表面からどの深さ方向で行われたものかを調べた。
【0145】
測定は、比較例と実施例において取得した放射光反射トポグラフィーを比較検査することで、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によってBPDからTEDへ転換したものの放射光トポグラフィー像において、基板のオフ傾斜と平行な方向におけるエピタキシャル膜内でのBPDの長さを調べることで、転換が起きたエピタキシャル膜表面からの距離を求めた。これにより、BPDからTEDへの転換について、エピタキシャル膜表面からの距離に対する度数を明らかにした。その結果、第1のエピタキシャル膜と第2のエピタキシャル膜の界面から、第1のエピタキシャル膜側に5.5μm±1μmの領域(5.5μmが図5(a)のDに相当し、±1μm(2μm)が図5(a)のRに相当する)でBPDからTEDへの転換の65%以上が起きていることが確認された。
【0146】
[試験例4]
イオン注入後の高温熱処理温度として1500〜2200℃、熱処理時間として5〜240分の範囲で変化させて、同様な実験、分析を行った結果、1500℃ではBPDからTEDへの転換がほとんど確認されなかったが、1600℃以上においてはBPDからTEDへの転換が確認された。このBPDからTEDへの転換の確率は温度が高くなるにつれて増大したが、2000℃を超える温度領域ではSiC単結晶表面の昇華が加速され初め、2200℃以上では熱処理温度としては不適切であった。また熱処理時間が長くなるにつれて、BPDからTEDへの転換の確率が増大するものの、120分以上ではほぼ飽和した。なお、熱処理によるBPDからTEDへの転換が起きた位置は、高温熱処理の温度、もしくは時間の増加につれて、エピタキシャル膜表面付近(表面から0.1μm程度)から深い方向(表面から最大20μm程度)に移動したが、いずれの場合においても、ある深さより±1μmの範囲内でBPDからTEDへの転換の60%以上が行われていた。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明は、炭化珪素半導体素子を利用する産業分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0148】
1 炭化珪素基板
2 イオン注入層
2a ダメージ層
3、3A、3B エピタキシャル膜
5 基板
20 BPD(基底面転位)
30 TED(貫通刃状転位)
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化珪素ウェハの製造方法、炭化珪素ウェハ及び炭化珪素半導体素子並びに電力変換装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)は、シリコンと比べてバンドギャップが約3倍、飽和ドリフト速度が約2倍、絶縁破壊電界強度が約10倍と優れた物性値を有し、大きな熱伝導率を有する半導体であることから、現在用いられているシリコン単結晶半導体の性能を大きく凌駕する次世代の高電圧・低損失半導体素子を実現する材料として期待されている。炭化珪素の単結晶を製造する方法としては、昇華法やCVD法が用いられている。
【0003】
炭化珪素は、通常の圧力では液相を持たず、また、昇華温度が極めて高いこと等から、従来の昇華法やCVD法により、転位や積層欠陥等の結晶欠陥を含まないような高品質の結晶成長を行うことが困難である。
【0004】
現在市販されている炭化珪素基板には、102cm−2〜103cm−2程度のc軸方向に伝播する貫通らせん転位、102cm−2〜104cm−2程度のc軸方向に伝播する貫通刃状転位、102cm−2〜104cm−2程度のc軸と垂直方向に伝播する転位(基底面転位)が存在している。これらの転位密度は、その基板の品質によって大きく異なる。
【0005】
炭化珪素基板に内在しているこれらの転位は、基板上にエピタキシャル膜を成長させる際に、このエピタキシャル膜中に伝播する。このとき、一部の転位は、エピタキシャル膜中に伝播する際にその伸張方向(伝播方向)を変える場合もあることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
例えば、基底面転位(以下、BPD)は、基板の表面にその一端若しくは両端が現れている。その基板にエピタキシャル膜を結晶成長させると、基板内のBPDの多くは基板とエピタキシャル膜との界面近傍で貫通刃状転位(以下、TED)に転換され、BPDの一部はBPDのままエピタキシャル膜中に伝播する。
【0007】
したがって、エピタキシャル膜中には、基板よりそのまま伝播したBPDに加えて、エピタキシャル成長時に導入されたTEDが含まれていることになる。これらの転位は、そのエピタキシャル膜を用いて形成した半導体素子の耐電圧や信頼性を低下させる。特に、エピタキシャル膜に含まれるBPDは、半導体素子の信頼性や性能を低下させる。一方、エピタキシャル膜に含まれるTEDは、半導体素子の信頼性や性能に与える悪影響は小さいとされている(例えば、非特許文献2参照)。
【0008】
そこで、炭化珪素基板に含まれるBPDをTEDに転換し、TEDの割合を高める方法が検討されている。
【0009】
(1)溶融KOHを用いて基板表面をエッチングする。このエッチングにより、基板表面におけるBPDの先端部が選択的に深くエッチングされ、エッチピットが生じる。その後、基板にエピタキシャル成長を行う。基板表面におけるBPDの先端部のエッチピットの存在により、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献1、非特許文献3及び非特許文献4参照)。
【0010】
(2)リアクティブイオンエッチング(RIE)を用いて基板表面に六角形若しくはストライプ状の溝を形成し、その後、基板にエピタキシャル成長を行う。基板表面における角形若しくはストライプ状の溝の存在により、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献2、特許文献3及び非特許文献3参照)。
【0011】
(3)基板表面に、化学機械研磨(CMP)と水素エッチングを行う。これにより基板表面におけるダメージ層が除去され、基板表面が平坦化される。その後に、基板表面に対してエピタキシャル成長を行う。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献4及び非特許文献5参照)。
【0012】
(4)エピタキシャル成長を行う基板の主面を(000−1)C面とする。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、特許文献5及び非特許文献5参照)。
【0013】
(5)エピタキシャル成長を行う基板の{0001}面からのオフ角度を8°から4°に低減する。これにより、基板内のBPDがTEDに転換される割合が高まる(例えば、非特許文献5及び非特許文献6参照)。
【0014】
(6)基板表面にエピタキシャル成長を行う途中で、SiH4やC3H8等の原料ガスの供給を停止し、水素気流中でその温度を維持した状態にすることで、エピタキシャル成長を停止させる。一定時間経過後、二回目のエピタキシャル成長を行う。このとき、一回目のエピタキシャル成長時にエピタキシャル膜中に伝播したBPDの一部が、二回目のエピタキシャル成長時にTEDに転換される。このようなエピタキシャル成長の途中中断、再開を行うこと、又は途中中断と再開とを繰り返すことで、BPD密度の小さいエピタキシャル膜が得られる(例えば、非特許文献7参照)。
【0015】
上述した(1)〜(3)の方法は、エピタキシャル成長を行う前に、基板表面にエッチングを必要とするものであり、製造工程が煩雑となる。(6)の方法は、エピタキシャル成長の途中中断と再開という工程を要するため、同様に、製造工程が煩雑となる。
【0016】
(4)の方法では、(0001)Si面を利用することができない。(5)の方法は、8°のオフ角の基板を用いることができず、エピタキシャル成長の速度が制限されてしまう。
【0017】
このように、従来技術では、製造工程が煩雑となるのでBPDが低減した炭化珪素単結晶の形成に時間や手間が掛かってしまう。また、エピタキシャル成長を行う基板表面やオフ角が制約されてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】米国特許第7279115号明細書
【特許文献2】米国特許第7226805号明細書
【特許文献3】米国特許第7109521号明細書
【特許文献4】特開2005−311348号公報
【特許文献5】特開2005−167035号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】S. Ha, P. Mieszkowski, M. Skowronski, and L. B. Rowland: J.Cryst. Growth 244(2002)257.
【非特許文献2】H.Lendenmann, F. Dahlquist, N. Johansson, R. Soderholm, P. A. Nilsson, J. P. Bergman, and P. Skytt: Mater. Sci. Forum 353-356(2001)727.
【非特許文献3】J. J. Sumakeris, J. P. Bergman, M. K. Das, C. Hallin, B. A. Hull, E. Janzen, H. Lendenmann, M.J. O’Loughlin, M.J. Paisley, S. Ha, M. Skowronski, J.W. Palmour, and C.H. Carter, Jr.: Mater. Sci. Forum 527-529(2006)141.
【非特許文献4】Z. Zhang and T.S. Sudarshan: Appl. Phys. Lett. 87(2005)151913.
【非特許文献5】H. Tsuchida, T. Miyanagi, I. Kamata, T. Nakamura, K. Izumi, K. Nakayama, R. Ishii, K. Asano, and Y. Sugawara: Mater. Sci. Forum 483-485(2005)97.
【非特許文献6】H. Tsuchida, M. Ito, I. Kamata, and M. Nagano: Phys. Status Solidi B 246(2009)1553
【非特許文献7】R. E. Stahlbush, B. L. VanMil, R. L. Myers-Ward, K-K. Lew, D. K. Gaskill, and C. R. Eddy, Jr.: Appl. Phys. Lett. 94(2009)041916.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は上記状況に鑑みてなされたもので、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDをより確実にTEDに転換できる炭化珪素ウェハの製造方法を提供することを目的とする。
【0021】
また、本発明は、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハ及びこれを用いた炭化珪素半導体素子を提供することを目的とする。
【0022】
さらに、本発明は、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハを用いた炭化珪素半導体素子から製造された電力変換装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、炭化珪素基板の一方面にイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、当該炭化珪素基板をアニール処理する第2工程と、当該炭化珪素基板の一方面側をエピタキシャル成長させる第3工程とを備えることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0024】
かかる第1の態様では、基底面転位が低減された炭化珪素ウェハを得ることができる。
【0025】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0026】
かかる第2の態様では、炭化珪素基板にこれらのイオンが注入されることで該基板の表面付近にダメージを与え、その後のアニール処理で結晶品質が回復する際に、基底面転位が貫通刃状転位に転換される。
【0027】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に注入されるイオンの注入量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であり、イオン注入後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0028】
かかる第3の態様では、炭化珪素ウェハに欠陥が生じることを抑制し、BPDがTEDに転換された炭化珪素ウェハが得られる。
【0029】
本発明の第4の態様は、第1又は第2の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板に照射される電子線のエネルギーが100keV以上で、電子線照射後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0030】
かかる第4の態様では、炭化珪素ウェハに欠陥が生じることを抑制し、BPDがTEDに転換された炭化珪素ウェハが得られる。
【0031】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記第1工程〜前記第3工程を複数回繰り返すことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0032】
かかる第5の態様では、より確実に、基底面転位が低減された炭化珪素ウェハを得ることができる。
【0033】
本発明の第6の態様は、第1〜第5の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記第3工程を複数回繰り返すことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0034】
かかる第6の態様では、所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハを形成することができる。
【0035】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記エピタキシャル膜を残し、前記炭化珪素基板を除去することを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0036】
かかる第7の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成される炭化珪素ウェハを提供することができる。
【0037】
本発明の第8の態様は、第7の態様に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、前記炭化珪素基板を除去することで現れたエピタキシャル膜を、さらにエピタキシャル成長させることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法にある。
【0038】
かかる第8の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去した後にエピタキシャル成長するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成され、かつ所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハを提供することができる。
【0039】
本発明の第9の態様は、バルク状の炭化珪素基板に、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、さらに該イオン注入層又は該電子線照射層上にエピタキシャル膜が形成され、前記炭化珪素基板の表面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位のうちの20%以上が貫通刃状転位に転換されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0040】
かかる第9の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0041】
本発明の第10の態様は、バルク状の炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、前記第1のエピタキシャル膜内で20%以上の基底面転位が貫通刃状転位に転換され、前記第1のエピタキシャル膜の厚さ方向2μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の60%以上が行われていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0042】
かかる第10の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0043】
本発明の第11の態様は、第10の態様に記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記第1のエピタキシャル膜において、前記第2のエピタキシャル膜との界面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の80%以上が行われていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0044】
かかる第11の態様では、上述の領域で集中的に基底面転位が貫通刃状転位に転換した炭化珪素ウェハが得られる。
【0045】
本発明の第12の態様は、炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、前記第1のエピタキシャル膜内で基底面転位が貫通刃状転位に転換され、第2のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度が、第1のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度の80%以下であることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0046】
かかる第12の態様では、より基底面転位の密度が低減した第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハが得られる。
【0047】
本発明の第13の態様は、第9〜第12の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記炭化珪素基板が除去されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0048】
かかる第13の態様では、基底面転位密度が高い基板が除去され、基底面転位が低減された結晶のみで構成される炭化珪素ウェハが得られる。
【0049】
本発明の第14の態様は、第13の態様に記載する炭化珪素ウェハにおいて、前記炭化珪素基板が除去された側の表面にエピタキシャル膜が形成されていることを特徴とする炭化珪素ウェハにある。
【0050】
かかる第14の態様では、基底面転位密度が高い基板を除去した後にエピタキシャル成長するので、基底面転位が低減された結晶のみで構成され、かつ所望の厚みと積層を有する炭化珪素ウェハが得られる。
【0051】
本発明の第15の態様は、第9〜第14の態様の何れか一つに記載する炭化珪素ウェハを用いて作製された炭化珪素半導体素子にある。
【0052】
かかる第15の態様では、基底面転位が低減した炭化珪素ウェハより作製されているので、信頼性や性能の低下が防止され、炭化珪素の優れた特性を活かした高性能な半導体素子が提供される。
【0053】
本発明の第16の態様は、第15の態様に記載する炭化珪素半導体素子を用いて作製された電力変換装置にある。
【0054】
かかる第16の態様では、電力変換装置は、炭化珪素の優れた特性により、高電圧に適用でき、低損失で電力変換を行うことができる。
【発明の効果】
【0055】
本発明によれば、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDをより確実にTEDに転換できる炭化珪素ウェハの製造方法が提供される。
【0056】
また、本発明によれば、製造工程の複雑化を防止し、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハ及びこれを用いた炭化珪素半導体素子が提供される。
【0057】
さらに、本発明によれば、炭化珪素基板の制約がなく、かつBPDがTEDに転換された炭化珪素単結晶ウェハを用いた炭化珪素半導体素子から製造された電力変換装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図2】実施形態1に係る炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【図3】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図4】実施形態1に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図5】実施形態2に係る炭化珪素ウェハを説明する概略断面図である。
【図6】実施形態2に係る炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【図7】実施形態3に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を説明する概略図である。
【図8】比較例及び実施例に係る炭化珪素ウェハのトポグラフィー像である。
【発明を実施するための形態】
【0059】
〈実施形態1〉
以下、本実施形態に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、炭化珪素ウェハの概略断面図であり、図2は、炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。
【0060】
図1に示すように、炭化珪素ウェハ(以下、ウェハ)10は、炭化珪素基板(以下、基板)1に、イオン注入層2を形成し、このイオン注入層2上にエピタキシャル膜3を形成することで構成されている。
【0061】
請求項に記載した炭化珪素基板とは、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板又は該基板をエピタキシャル成長させたものをいう。
【0062】
本実施形態では、基板1(炭化珪素基板)は、炭化珪素からなる円柱形のバルク状の炭化珪素単結晶を300μm〜400μm程度の厚さにスライスして得られたものである。バルク状の炭化珪素単結晶は、昇華法やHTCVD法などにより作製されたものである。
【0063】
基板1は、主表面が(0001)面に略平行であり、結晶多形(ポリタイプ)が4H−SiCである。しかし、本発明においては、このような主表面、ポリタイプに限定されない。例えば、(0001)面、(11−20)面、(1−100)面、(03−38)面に略平行な面を有する基板を用いてもよい。また、基板1のポリタイプは、任意の種類を用いることができる。ポリタイプが比較的安定であり、大面積の基板を作製可能であるという観点から、4H−SiC、6H−SiC、15R−SiC、3C−SiCの何れかを用いることが好ましい。また、基板1は、基底面(0001)より0°〜10°の傾斜角(オフ角)を有する結晶成長面を有する。
【0064】
基板1には、複数の基底面転位(以下、BPD)20が存在する。同図には5つのBPD20が例示されている。基底面転位とは、c軸と垂直な結晶面(基底面)を伝播する転位であり、バーガーズベクトルがa/3<11−20>であるものをいう。なお、基板1には、貫通刃状転位や貫通らせん転位などc軸とほぼ平行に伝播する転位も存在するが、同図には表示を省略してある。
【0065】
イオン注入層2は、基板1にイオンが注入されて形成された層である。イオン注入層2は、詳細は後述するが、基板1にイオンが注入されて結晶にダメージが与えられ、さらに、アニール処理により、結晶性が回復することで形成されている。
【0066】
イオンは、特に限定されないが、例えば、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン、Nイオンである。基板1が炭化珪素からなるものであれば、イオンとしては炭化珪素内で中性に働くSiイオンやCイオン、Hイオン、Heイオンであることが好ましい。基板1がn型半導体であるならば、n型半導体を形成するPイオンやNイオンを用い、基板1がp型半導体であるならば、p型半導体を形成するAlイオンやBイオンを用いることが好ましい。すなわち、炭化珪素内で中性に働くイオン、もしくはイオンが注入される基板1の極性に合わせてイオンを選ぶことが好ましい。
【0067】
エピタキシャル膜3は、イオン注入層2が形成された基板1に炭化珪素のエピタキシャル成長を行うことで形成された炭化珪素からなる薄膜である。
【0068】
図1には、例として5つのBPD20が基板1に存在している。基板1に存在する5つのBPD20のうち2つは、そのままイオン注入層2及びエピタキシャル膜3に伝播しているが、残り3つは、基板1内(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)で、TED30に転換されている。
【0069】
基板1のうち、エピタキシャル膜3との界面から0.1ミクロン以上、20ミクロン以内の部分を領域Rとする。基板1に含まれるBPD20のうち20%以上が、領域RでTED30に転換されている。図示した例では、5つのBPD20のうち3つがTEDに転換されているので、全BPD20のうち60%がTED30に転換されている。
【0070】
上述したように、ウェハ10では、基板1内(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)でBPD20がTED30に転換されている。
【0071】
非特許文献1や非特許文献7などの従来技術では、BPD20からTED30への転換は、基板1上に設けたエピタキシャル膜が成長する際に行われる。
【0072】
一方、本実施形態に係るウェハ10でも、エピタキシャル膜3の成長の際にBPD20がTED30に転換される。さらに、それに加えて、基板1の領域Rで、全BPD20のうち20%以上がTED30に転換される。したがって、本実施形態に係るウェハ10は、BPD20がより一層低減したものとなる。
【0073】
このように、BPD20が低減されているので、本実施形態に係るウェハ10は、高い耐電圧性が求められる半導体素子や、高い信頼性が求められる半導体素子の材料として好適なものとなる。さらに、BPD20からTED30への転換が、半導体素子の不活性領域となる基板1の内部(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内)で行われるため、高い信頼性の半導体素子を得るための材料として一層好適である。
【0074】
また、ウェハ10は、基板1のオフ角度や結晶面(Si面、C面)に限定はない。したがって、半導体素子の製造に適したオフ角度や結晶面を有するウェハ10を提供することができる。
【0075】
図2を用いてウェハ10の製造方法について説明する。まず、図2(a)に示すように、基板1を用意する。基板1には、複数のBPD20が存在している。
【0076】
次に、図2(b)に示すように、基板1にイオンを注入する(第1工程)。このイオンは、特に限定されないが、例えば、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン、Nイオンを用いることができる。本実施形態では、炭化珪素基板1にSiイオンを注入した。
【0077】
炭化珪素基板1にイオンを注入する方法としては、公知のイオン注入装置を用いる方法が挙げられる。イオン注入装置は、注入する元素をイオン化し、イオンビームとして引き出し、高電圧の電場で加速し、この加速されたイオンを試料(炭化珪素基板1)に衝突させる装置である。この装置により、イオンが炭化珪素基板1に注入される。
【0078】
炭化珪素基板1に注入させるイオンの量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であることが好ましい。このような注入量であれば、後述するように、炭化珪素基板1のBPD20をTEDに転換し、BPD20が低減した炭化珪素単結晶を製造することができる。なお、上述のイオン注入量よりも多くのイオンを注入すると、炭化珪素基板1に欠陥が大量に生じてしまう。
【0079】
Siイオンを注入することで、炭化珪素基板1の表面近傍では、注入されたSiイオンで結晶欠陥が生じたダメージ層2aが形成される。ダメージ層2aは、結晶欠陥が導入された炭化珪素の層である。これにより、ダメージ層2aに、BPD20の先端部周辺が存在することになる。
【0080】
次に、図2(c)に示すように、イオンを注入した炭化珪素基板1をアニール処理する(第2工程)。加熱温度は特に限定されないが1500〜2200℃、より好ましくは1600〜2000℃で1〜120分程度行うことが好ましい。また、加熱は不活性ガス雰囲気または真空下で行うことが好ましい。加熱後、常温下で放置して冷却する。
【0081】
このアニール処理によって、ダメージ層2aの結晶性が回復しイオン注入層2となる。このイオン注入層2が形成されるときに、BPD20がTED30に転換される。最終的な転換の位置は、アニール処理の温度や時間にもよるが、イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方の基板1内(領域R(図1参照))となる。この転換の理論的なメカニズムはまだ明らかにされていないが、アニール処理により、ダメージ層2aの結晶性が回復する際にBPD20がTED30に転換したと推測される。
【0082】
そして、図2(d)に示すように、アニール処理により結晶性が回復したイオン注入層2の表面をエピタキシャル成長させる(第3工程)。これにより、エピタキシャル膜3が形成される。エピタキシャル膜3の結晶成長方法は、特に限定はないが、例えば、CVD法により行うことが好ましい。以後、所定の膜厚と積層を有するウェハ10を製造することができる。
【0083】
エピタキシャル膜3の結晶成長の際、エピタキシャル膜3には、BPD20から転換されたTED30が基板1及びイオン注入層2からそのまま伝播する。なお、特に図示しないが、基板1内に存在しているTED30は、エピタキシャル膜3にそのままTED30として伝播している。
【0084】
上述したように、イオンを注入して、ダメージ層2aを形成し、アニール処理を行うことにより、基板1のBPD20がTED30に転換される。したがって、エピタキシャル膜3には、基板1に存在していたBPD20が伝播せず、TED30に転換されて伝播している。すなわち、本発明に係る製造方法によれば、BPD20が低減されたウェハ10を得ることができる。
【0085】
特に、本実施形態では、イオンとしてSiイオン、すなわち、製造目的であるエピタキシャル膜3を構成する元素と同じものを用いた。このSiイオンを用いることで、基板1中の不純物若しくはドーパントに影響されないエピタキシャル膜3を製造することができる。この効果は、CイオンやHイオン、Heイオンを用いる場合についても同様である。
【0086】
なお、イオン注入を行ってダメージ層2aを形成する代わりに、電子線を照射してダメージ層2aを形成しても同様な効果が得られる。この場合、基板1の表面層に十分な欠陥を形成するために、100keV以上のエネルギーを有する電子線を照射する必要がある。100keV以下のエネルギーでは、SiC単結晶中のSi原子とC原子の両方を電子線で格子間位置から外すことができないが、約100keV以上のエネルギーではC原子、約200keV以上のエネルギーではSi原子を電子線で格子間位置から外すことが可能となり、イオン注入の場合と同様なダメージ層2aを形成することができる。
【0087】
以降、ダメージ層2aは、イオン注入によるものに限らず、電子線照射によるものも含む。また、以降の説明では、イオン注入層2について言及するが、電子線照射層と読み替えても同様の効果を得ることができる。電子線照射層とは、電子線を照射して形成したダメージ層2aをアニール処理することにより得られるものである。
【0088】
また、従来技術では、BPDをTEDに変換するために、基板に溶融KOH、RIEなどのエッチング処理を行っていた。通常、エッチング処理を行うと、半導体素子を作製する際に表面を研磨して平坦化する処理が必要となる。しかしながら、本製造方法は、このようなエッチング処理が不要であるので、基板1の表面を平坦に保つことができる。なお、イオン注入や電子線照射は、エッチング処理ほど基板1の表面を粗くすることがなく、平坦化処理が不要である。このように、エッチング処理及びこれに伴う平坦化処理が不要となり、製造工程を簡略化できる。
【0089】
なお、図3に示すように、上述したイオン注入〜アニール処理〜エピタキシャル成長を任意の回数行ってもよい。すなわち、基板1上に、イオン注入層2とエピタキシャル膜3との組を複数形成してウェハ10を形成してもよい。例えば、一度のイオン注入〜アニール処理ではBPD20がTED30に転換されなかったとする。この場合、同図に示すように、基板1側に近い方の一層目のエピタキシャル膜3に基板1のBPD20がそのまま伝播することになる。しかし、イオン注入〜アニール処理を複数回繰り返すことで、BPD20はTED30に転換される確率が高くなる。例えば、2層目のイオン注入層2を形成することでBPD20はTED30に転換され、2層目のエピタキシャル膜3には、TED30が伝播する。結局、複数のウェハ10全体では、BPD20のほとんどをTED30に転換することができる。
【0090】
さらに、図4に示すように、エピタキシャル膜3は、一層に限らず、複数層形成してもよい。これにより、所望の厚みと積層を有するウェハ10を形成することができる。
【0091】
また、エピタキシャル膜3の膜厚は、特に限定されない。所望するエピタキシャル膜3の膜厚や該エピタキシャル膜3を用いて製造する半導体素子構造に応じて適宜設定すればよい。
【0092】
上述した炭化珪素ウェハ10を用いて、種々の炭化珪素半導体素子を製造することができる。例えば、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)、JFET(Junction Field Effect Transistor)、BJT(Bipolar junction transistor)、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、GTO(Gate Turn-Off thyristor)、GCTサイリスタ(Gate Commutated Turn-off Thyristor)、サイリスタ、ショットキーダイオード、JBS(Junction Barrier Schottky)ダイオード、MPD(Merged pn ダイオード)、pnダイオードなどである。
【0093】
本発明に係る製造方法により得られた炭化珪素単結晶又はこれを用いたウェハは、BPD20が低減しているので、当該ウェハを用いて製造された半導体素子の信頼性や性能の低下が防止され、炭化珪素の優れた特性を活かした高性能な半導体素子が得られる。
【0094】
また、該炭化珪素半導体素子から、インバータやコンバータなどの電力変換装置を製造することができる。この電力変換装置は、炭化珪素の優れた特性により、高電圧に適用でき、低損失で電力変換を行うことができる。
【0095】
〈実施形態2〉
実施形態1では、基板1は、炭化珪素からなる円柱形のバルク状の単結晶をスライスして得られたウェハを用いたが、本発明は、炭化珪素からなる基板にエピタキシャル膜が形成されたものを基板として用いることもできる。本実施形態では、エピタキシャル膜が形成された基板1を用いて作製されたウェハ10及びその製造方法について説明する。
【0096】
図5は、炭化珪素ウェハの概略断面図であり、図6は、炭化珪素ウェハの製造方法を説明する概略断面図である。なお、実施形態1と同一のものには同一の符号を付し重複する説明は省略する。
【0097】
図5(a)に示すように、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板5上に、エピタキシャル成長により形成されたエピタキシャル膜3Aが設けられている。このエピタキシャル膜3Aが形成された基板5全体を基板1とする。
【0098】
本実施形態に係るウェハ10は、基板1と、基板1のエピタキシャル膜3Aに設けられたイオン注入層2と、イオン注入層2上に設けられたエピタキシャル膜3Bとから構成されている。エピタキシャル膜3A、3Bは何れも、CVD法などで作製された炭化珪素からなる薄膜である。なお、エピタキシャル膜3Aは、請求項10の第1のエピタキシャル膜に対応し、エピタキシャル膜3Bは請求項10の第2のエピタキシャル膜に対応する。
【0099】
イオン注入層2は、基板1のエピタキシャル膜3Aにイオンが注入されて形成された層である。イオン注入層2は、詳細は後述するが、基板1のエピタキシャル膜3Aにイオンが注入されてダメージが加わり、さらに、アニール処理により、結晶性が回復することで形成されている。
【0100】
基板1には、複数のBPD20が存在する。同図には5つのBPD20が例示されている。エピタキシャル膜3Aには、基板5から4つのBPD20がそのまま伝播している。また、1つのBPD20は、基板1とエピタキシャル膜3Aの界面付近でTED30に転換されている。
【0101】
そして、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)においては、そのうち3つのBPD20がTED30に転換されている。BPD20からTED30への転換は、詳細は後述するが、基板1にイオン注入し、アニール処理を行うことにより行われている。
【0102】
エピタキシャル膜3Bには、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)で転換した3つのTED30がそのまま伝播し、イオン注入層2で転換されなかった1つのBPD20がそのまま伝播している。
【0103】
エピタキシャル膜3Aで行われるBPD20からTED30への転換の位置や割合は次の通りである。
【0104】
エピタキシャル膜3Aでは、基板1から伝播したBPDの20%以上がTEDに転換されている。図示した例では、イオン注入層2で4つのBPD20のうち3つのBPD20がTED30に転換されているので、イオン注入層2中の全BPD20のうち75%がTED30に転換されている。
【0105】
エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)のうち、厚さ方向に2μmの厚さを持つ部分を領域Rとする。エピタキシャル膜3Aで行われたBPD20からTED30への転換のうち60%以上が領域Rで行われている。図示した例では、エピタキシャル膜3A中の3つのBPD20がTED30に転換されているが、そのうち、領域Rで2つのBPD20がTED30に転換されている。すなわち、エピタキシャル膜3A中で行われるBPD20からTED30への転換のうち67%(2/3=0.666・・・)が領域Rで行われている。
【0106】
厚さ2μm以内の領域Rで集中的にBPD20がTED30に転換されるのは、エピタキシャル膜3Aに、後述するような一連の処理によりイオン注入層2を形成してアニール処理を行ったからである。すなわち、実施形態1で述べたように、エピタキシャル膜3Aに対して注入するイオンの量(密度)とアニール処理の温度や時間を適宜調整することで、BPD20からTED30に転換される位置の深さを調整できるからである。
【0107】
また、領域Rの位置は、イオン注入層2とエピタキシャル膜3Bとの界面から深さDに位置する。深さDは特に限定はないが、例えば、界面から0.1μm〜20μmである。この深さDは、エピタキシャル膜3Aに注入するイオンの量(密度)とアニール処理の温度や時間により制御できる。注入するイオンの量(照射する電子線の量)が多いほど、またアニール時間が長いほど、さらにアニール温度が高いほど、深さDが大きくなる傾向がある。
【0108】
ここで、図5(b)に、エピタキシャル膜3Aにイオン注入層2を形成したウェハ10の別態様を例示する。
【0109】
図示するように、エピタキシャル膜3が設けられた基板5を基板1とし、その上に任意の数(同図では1層)のエピタキシャル膜3を形成し、その上に、エピタキシャル膜3Aを形成し、当該エピタキシャル膜3Aにイオン注入層2を形成し、さらにエピタキシャル膜3Bを形成してウェハ10としてもよい。
【0110】
この場合、請求項10の第1のエピタキシャル膜はエピタキシャル膜3Aであり、請求項10の第2のエピタキシャル膜は最上面のエピタキシャル膜3Bである。すなわち、第1のエピタキシャル膜3Aと基板1との間に、他のエピタキシャル膜が介在していてもよい。
【0111】
このようなウェハ10であっても、エピタキシャル膜3A(第1のエピタキシャル膜)に伝播したBPDの20%以上が、イオン注入層2においてTEDに転換され、かつ領域RでBPDからTEDへの転換の60%以上が行われている。また、領域Rの位置は、イオン注入層2とエピタキシャル膜3Bとの界面から深さDに位置する。
【0112】
さらに、ウェハ10のエピタキシャル膜3A及びエピタキシャル膜3Bに存在するBPD20には、次のような関係がある。
【0113】
すなわち、エピタキシャル膜3Bに含まれるBPD20の密度は、エピタキシャル膜3Aに含まれるBPD20の密度の80%以下である。エピタキシャル膜3AのBPD20の密度とは、エピタキシャル膜3Aに含まれるBPDの単位面積あたりの数である。エピタキシャル膜3BのBPD20の密度についても同様である。
【0114】
図5(a)に示す例では、エピタキシャル膜3Aには4つのBPD20(うち3つはTED30に転換されている)が含まれ、エピタキシャル膜3Bには1つのBPD20が含まれている。したがって、エピタキシャル膜3AのBPD20の密度(1個/単位面積)は、エピタキシャル膜3BのBPD20の密度(4個/単位面積)の80%以下である。
【0115】
以上に説明したように、ウェハ10は、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)でBPD20がTED30に転換されている。従来技術では、エピタキシャル膜内では、成長に伴いごく一部のBPD20がTED30に転換される。このようなBPD20からTED30への転換は、エピタキシャル膜の深さ方向において不特定の場所で生じる。
【0116】
一方、本実施形態に係るウェハ10では、従来技術同様に、エピタキシャル膜3Aでごく一部のBPD20がTEDに転換される。さらに、それに加えて、ウェハ10では、エピタキシャル膜3A(イオン注入層2内もしくはイオン注入層2よりも下方のエピタキシャル膜3A内)の深さDに位置する領域Rで集中的にBPD20の20%以上がTED30に転換されている。したがって、本実施形態に係るウェハ10は、BPD20がより一層低減したものとなる。
【0117】
このように、BPD20が低減されているので、本実施形態に係るウェハ10は、高い耐電圧性が求められる半導体素子や、高い信頼性が求められる半導体素子の材料として好適なものとなる。また、ウェハ10は、基板1のオフ角度や結晶面(Si面、C面)に限定はない。したがって、半導体素子の製造に適したオフ角度や結晶面を有するウェハ10が提供される。
【0118】
図6を用いてウェハ10の製造方法について説明する。まず、図6(a)に示すように、炭化珪素からなるバルク状の単結晶をスライスして得られた基板5上をエピタキシャル成長させてエピタキシャル膜3Aを形成する。このエピタキシャル膜3Aが形成された基板5全体を基板1とする。
【0119】
基板5には、複数のBPD20が存在する。同図には3つのBPD20が例示されている。この基板5をエピタキシャル成長させると、いくつかのBPD20(図では2つのBPD20)は、基板5及びエピタキシャル膜3Aの界面でTED30に転換し、TED30としてエピタキシャル膜3Aに伝播する。一方、基板5中のBPD20がそのままエピタキシャル膜3Aに伝播するものもある(図では一つのBPD20がそのまま伝播している)。
【0120】
次に、図6(b)に示すように、このような基板1にイオンを注入する。本実施形態では、炭化珪素基板1にSiイオンを注入した。イオンの種別や注入量、注入方法は実施形態1と同様である。
【0121】
Siイオンを注入することで、エピタキシャル膜3A(炭化珪素基板1)の表面近傍では、注入されたSiイオンで結晶欠陥が生じたダメージ層2aが形成される。実施形態1と同様に、ダメージ層2aに、BPD20の先端部周辺が存在することになる。
【0122】
次に、図6(c)に示すように、イオンを注入した基板1をアニール処理する。このアニール処理によって、ダメージ層2aの結晶性が回復してイオン注入層2となる。このイオン注入層2が形成されるときに、BPD20がTED30に転換される。なお、加熱条件は、実施形態1と同様である。加熱後、常温下で放置して冷却する。
【0123】
そして、図6(d)に示すように、アニール処理により結晶性が回復したイオン注入層2の表面をエピタキシャル成長させる。これにより、エピタキシャル膜3Bが形成される。エピタキシャル膜3Bの結晶成長方法は、特に限定はないが、例えば、CVD法により行うことが好ましい。
【0124】
エピタキシャル膜3Bの結晶成長の際、エピタキシャル膜3Bには、BPD20から転換されたTED30がイオン注入層2からそのまま伝播する。
【0125】
以上に説明したように、基板5にエピタキシャル膜3Aを形成する際にTED30に転換されなかったBPD20を、イオン注入〜アニール処理〜エピタキシャル成長を行うことで、TED30に転換することができる。このときのBPD20からTED30への転換率、転換位置は図5に示したものと同様である。このように、本発明に係る製造方法は、BPD20が低減されたウェハ10を製造することができる。
【0126】
もちろん、特に図示しないが、基板1に任意の数のエピタキシャル膜3を形成したのち、イオン注入層2を形成し、さらにエピタキシャル膜3を形成することで、図5(b)に示したようなウェハ10を製造することができる。また、エピタキシャル膜3を形成した後に、エピタキシャル膜3の上に任意の膜厚や層構造を有するエピタキシャル膜を形成してもよい。
【0127】
〈実施形態3〉
実施形態1及び実施形態2で説明したウェハ10には、基板1が含まれていたが、基板1を除去してもよい。
【0128】
図7は、本実施形態に係る炭化珪素ウェハ及びその製造方法を説明する概略図である。なお、実施形態1及び実施形態2と同一のものには同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0129】
図7(a)に記載したウェハ10は、図1に示したウェハ10と同じものである。図7(b)に示すように、ウェハ10の基板1を全て除去する。除去方法は、例えば、イオン注入層2が無くなるまで、機械研磨や化学処理、イオンエッチングなど適切な方法で行えばよい。
【0130】
基板1には、BPD20が高密度で存在していたが、その基板1が除去されるので、BPD密度が小さいウェハ11が得られる。
【0131】
さらに、図7(c)に示すように、上述したウェハ11を得た上で、基板1が存在していた側の表面上に、さらに炭化珪素のエピタキシャル成長を1回又は複数回行い、エピタキシャル膜3を形成してもよい。エピタキシャル膜3の膜厚やエピタキシャル成長を行う回数は特に限定されない。所望するウェハの全体膜厚や素子構造に応じて適宜設定すればよい。これにより、BPD密度が小さく、基板1が存在していた側にもエピタキシャル膜3を有するウェハ12を得ることができる。
【0132】
なお、特に図示しないが、基板1を除去する際にイオン注入層2を残してもよい。この場合においても、BPD密度が小さいウェハを得ることができる。さらに、実施形態2に示したウェハについて、基板1を除去してもよいし、基板1を除去した後、エピタキシャル膜を形成してウェハとしてもよい。
【実施例】
【0133】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明する。
【0134】
[比較例]
〈11−20〉方向に8°のオフ角を有する4H−SiC基板上に、CVD法により結晶成長を行い、膜厚が約20μmの第1のエピタキシャル膜を形成することで、比較例に係わる基板を製作した。
【0135】
[実施例]
比較例に係る基板について、後述の試験例に示す測定を行った後、Siイオンをエピタキシャル膜表面から深さ250nmの領域で1×1019cm-3の平均濃度となるようにイオン注入を行った。イオン注入時の基板温度は600℃とした。イオン注入に引き続いて、加熱処理を行った。この加熱処理は、基板をグラファイト製の坩堝の中に入れ、高周波誘導加熱が行われるグラファイト円筒(ホットウォール)内に坩堝を配置した。坩堝内にアルゴンガスを供給し、1670℃で3分間加熱した。昇温速度は40℃/minとした。加熱処理後に、CVD法により結晶成長を行い、膜厚が約20μmの第2のエピタキシャル膜を形成して実施例に係わる基板を得た。その後に、後述の試験例に示す測定を再度行った。
【0136】
[試験例1]
比較例、実施例に係る基板のそれぞれについて、放射光反射トポグラフィー測定(SPring-8放射光施設)を行い、トポグラフィー像を得ることで、エピタキシャル膜内の各種転位の分布を測定した。
【0137】
具体的には、比較例、実施例に係る基板のそれぞれに対して、放射光を単色化したX線(波長1.54Å)を約20°の入射角度で照射し、回折ベクトルg=11−28の条件を満たす反射光を原子核乾板に結像させてトポグラフィー像を得た。
【0138】
図8(a)は、比較例のトポグラフィー像であり、図8(b)は、イオン注入、加熱処理ならびに第2のエピタキシャル膜の形成後に得られた実施例のトポグラフィー像である。比較例に係る基板上に現れた線状の暗いコントラストはBPDであり、比較的小さな断片状(ドット状)のコントラストはTEDであり、比較的大きな円形のコントラストはTSD(貫通らせん転位)である。これらのトポグラフィー像は基板の同一領域を示しており、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によって、転位がどのように変化したかを確認した。
【0139】
図8(a)中の○印に示すように、比較例に係る基板には、基板からエピタキシャル膜に伝播したBPDが18個現れていることが確認された。
【0140】
一方、図8(b)では、比較例ではBPDが観察されていた位置と、ほぼ同じ配置で(白い矢印で示す位置)に、TEDが観察されている。つまり、比較例ではBPDとしてエピタキシャル膜の表面に現れていたものが、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成後には、TEDとしてエピタキシャル膜に現れていることを示している。このことは、比較例では、線状のコントラストで現れていたものが、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成後には、小さな断片上(ドット状)のコントラストに変化していることから判断される。
【0141】
トポグラフィー像の観察結果より、比較例に示した基板の一領域には、合計18個のBPDがエピタキシャル膜表面に現れていたが、このうちの17個のBPD(図8(b)中で、白い矢印で示すBPD)がイオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によってTEDに転換され、残りの1個のBPD(図8(b)中で、黒い矢印で示すBPD)は転換されずにBPDとして残存していたことが分かる。
【0142】
[試験例2]
比較例、実施例に関して、より広い領域で転位の分布を測定した。
【0143】
より広い領域で比較例のBPDを計測したところ、エピタキシャル膜表面には56個のBPDが現れていた。一方、同一領域について実施例のBPDを計測したところ、56個のBPDのうち約91%に相当する51個がTEDに転換していた。
【0144】
[試験例3]
実施例に関して、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成により生じたBPDからTEDへの転換が、エピタキシャル膜内において膜表面からどの深さ方向で行われたものかを調べた。
【0145】
測定は、比較例と実施例において取得した放射光反射トポグラフィーを比較検査することで、イオン注入→加熱処理→第2のエピタキシャル膜形成によってBPDからTEDへ転換したものの放射光トポグラフィー像において、基板のオフ傾斜と平行な方向におけるエピタキシャル膜内でのBPDの長さを調べることで、転換が起きたエピタキシャル膜表面からの距離を求めた。これにより、BPDからTEDへの転換について、エピタキシャル膜表面からの距離に対する度数を明らかにした。その結果、第1のエピタキシャル膜と第2のエピタキシャル膜の界面から、第1のエピタキシャル膜側に5.5μm±1μmの領域(5.5μmが図5(a)のDに相当し、±1μm(2μm)が図5(a)のRに相当する)でBPDからTEDへの転換の65%以上が起きていることが確認された。
【0146】
[試験例4]
イオン注入後の高温熱処理温度として1500〜2200℃、熱処理時間として5〜240分の範囲で変化させて、同様な実験、分析を行った結果、1500℃ではBPDからTEDへの転換がほとんど確認されなかったが、1600℃以上においてはBPDからTEDへの転換が確認された。このBPDからTEDへの転換の確率は温度が高くなるにつれて増大したが、2000℃を超える温度領域ではSiC単結晶表面の昇華が加速され初め、2200℃以上では熱処理温度としては不適切であった。また熱処理時間が長くなるにつれて、BPDからTEDへの転換の確率が増大するものの、120分以上ではほぼ飽和した。なお、熱処理によるBPDからTEDへの転換が起きた位置は、高温熱処理の温度、もしくは時間の増加につれて、エピタキシャル膜表面付近(表面から0.1μm程度)から深い方向(表面から最大20μm程度)に移動したが、いずれの場合においても、ある深さより±1μmの範囲内でBPDからTEDへの転換の60%以上が行われていた。
【産業上の利用可能性】
【0147】
本発明は、炭化珪素半導体素子を利用する産業分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0148】
1 炭化珪素基板
2 イオン注入層
2a ダメージ層
3、3A、3B エピタキシャル膜
5 基板
20 BPD(基底面転位)
30 TED(貫通刃状転位)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化珪素基板の一方面にイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、
当該炭化珪素基板をアニール処理する第2工程と、
当該炭化珪素基板の一方面側にエピタキシャル膜を形成する第3工程とを備える
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種である
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に注入されるイオンの注入量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であり、イオン注入後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に照射される電子線のエネルギーが100keV以上で、電子線照射後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記第1工程〜前記第3工程を複数回繰り返す
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記第3工程を複数回繰り返す
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜請求項6の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記エピタキシャル膜を残し、前記炭化珪素基板を除去する
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板を除去することで現れたエピタキシャル膜を、さらにエピタキシャル成長させる
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項9】
バルク状の炭化珪素基板に、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、さらに該イオン注入層又は該電子線照射層上にエピタキシャル膜が形成され、
前記炭化珪素基板の表面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位のうちの20%以上が貫通刃状転位に転換されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項10】
バルク状の炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、
当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、
前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、
前記第1のエピタキシャル膜内で20%以上の基底面転位が貫通刃状転位に転換され、
前記第1のエピタキシャル膜の厚さ方向2μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の60%以上が行われている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項11】
請求項10に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記第1のエピタキシャル膜において、前記第2のエピタキシャル膜との界面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の80%以上が行われている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項12】
炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、
当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、
前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、
前記第1のエピタキシャル膜で基底面転位が貫通刃状転位に転換され、
第2のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度が、第1のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度の80%以下である
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項13】
請求項9〜請求項12の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記炭化珪素基板が除去されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項14】
請求項13に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記炭化珪素基板が除去された側の表面にエピタキシャル膜が形成されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項15】
請求項9〜請求項14の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハを用いて作製された炭化珪素半導体素子。
【請求項16】
請求項15に記載する炭化珪素半導体素子を用いて作製された電力変換装置。
【請求項1】
炭化珪素基板の一方面にイオンを注入し、又は電子線照射する第1工程と、
当該炭化珪素基板をアニール処理する第2工程と、
当該炭化珪素基板の一方面側にエピタキシャル膜を形成する第3工程とを備える
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に注入されるイオンは、Siイオン、Cイオン、Hイオン、Heイオン、Pイオン、Alイオン、Bイオン及びNイオンからなる群から選択される少なくとも一種である
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に注入されるイオンの注入量は、1.0×1018(/cm2)以上1.0×1021(/cm2)以下であり、イオン注入後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板に照射される電子線のエネルギーが100keV以上で、電子線照射後の熱処理の温度が1500〜2200℃であり、当該熱処理の時間が1〜120分であることを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記第1工程〜前記第3工程を複数回繰り返す
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記第3工程を複数回繰り返す
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜請求項6の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記エピタキシャル膜を残し、前記炭化珪素基板を除去する
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載する炭化珪素ウェハの製造方法において、
前記炭化珪素基板を除去することで現れたエピタキシャル膜を、さらにエピタキシャル成長させる
ことを特徴とする炭化珪素ウェハの製造方法。
【請求項9】
バルク状の炭化珪素基板に、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、さらに該イオン注入層又は該電子線照射層上にエピタキシャル膜が形成され、
前記炭化珪素基板の表面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位のうちの20%以上が貫通刃状転位に転換されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項10】
バルク状の炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、
当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、
前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、
前記第1のエピタキシャル膜内で20%以上の基底面転位が貫通刃状転位に転換され、
前記第1のエピタキシャル膜の厚さ方向2μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の60%以上が行われている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項11】
請求項10に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記第1のエピタキシャル膜において、前記第2のエピタキシャル膜との界面から0.1μm以上、20μm以内の領域で、基底面転位から貫通刃状転位への転換の80%以上が行われている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項12】
炭化珪素基板上に複数のエピタキシャル膜が形成され、
当該複数のエピタキシャル膜のうちの隣接する2つのエピタキシャル膜であって、炭化珪素基板に近い側の第1のエピタキシャル膜及び遠い側の第2のエピタキシャル膜を有する炭化珪素ウェハであって、
前記第1のエピタキシャル膜には、イオンが注入されたイオン注入層又は電子線が照射された電子線照射層が形成され、
前記第1のエピタキシャル膜で基底面転位が貫通刃状転位に転換され、
第2のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度が、第1のエピタキシャル膜に含まれる基底面転位の密度の80%以下である
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項13】
請求項9〜請求項12の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記炭化珪素基板が除去されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項14】
請求項13に記載する炭化珪素ウェハにおいて、
前記炭化珪素基板が除去された側の表面にエピタキシャル膜が形成されている
ことを特徴とする炭化珪素ウェハ。
【請求項15】
請求項9〜請求項14の何れか一項に記載する炭化珪素ウェハを用いて作製された炭化珪素半導体素子。
【請求項16】
請求項15に記載する炭化珪素半導体素子を用いて作製された電力変換装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2013−107788(P2013−107788A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253283(P2011−253283)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】
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