説明

炭素繊維束およびその製造方法

【課題】優れた機械特性を有し、特に航空機用途、産業用途といった高品質、高性能な繊維強化樹脂を得るための炭素繊維束を提供する。
【解決手段】単繊維の表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造を有し、単繊維の表面の最高部と最低部の高低差(Rp−v)が15〜50nm、平均凹凸度Raが2〜6nm、単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が1.015〜1.10である炭素繊維の単繊維からなり、ストランド強度が5700MPa以上、ASTM法で測定されるストランド弾性率が245〜280GPa、結節強さが700N/mm以上である炭素繊維束。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた機械特性を有し、特に航空機用途の高靭性、耐熱性樹脂をマトリックスとした繊維強化樹脂を得るための炭素繊維束に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂系成型品の機械特性を向上させる目的で、繊維を強化材として樹脂と複合化することが一般的に行われている。特に、比強度、比弾性に優れた炭素繊維を高性能樹脂と複合化した成形材料は、非常に優れた機械特性を発現することから、航空機、高速移動体などの構造材料として、使用することが積極的に進められている。さらに、より高強度化、高剛性化の要請、更には比強度、比剛性に優れた材料の要請もあり、炭素繊維の性能もより高強度、高弾性率化の実現が求められている。
たとえば、炭素繊維用前駆体アクリル繊維束を乾湿式紡糸法により得る際、溶剤を含有したままの凝固糸を、溶剤含有延伸浴中で延伸することで構造と配向ともに均一性を向上させる方法(特許文献1)が提案されている。凝固糸を溶剤を含有する浴槽で延伸させることは溶剤延伸技術として一般に知られた方法であり、溶剤可塑化により、安定な延伸処理を可能とさせる手法である。したがって、構造と配向ともに均一性の高いものを得る手法としては非常に優れたものと考えられる。しかしながら、溶剤を含有する繊維束を延伸させることにより、フィラメント内部に存在する溶剤が延伸とともに急激にフィラメント内部から絞り出されることが生じ、疎な構造を形成し易く、目的とする緻密な構造を有するものとすることができない。
【0003】
さらに、特許文献2に記載されているように、凝固糸の細孔分布に着目し、高い緻密化構造を有する凝固糸を乾燥緻密化することにより、強度発現性に優れた前駆体繊維を得る技術が提案されている。水銀圧入法により得られる細孔分布は、フィラメントの表層から内部を含むバルクの性状を反映しているものであり、繊維の全体的な構造の緻密性を評価するのには非常に優れた手法である。全体的な緻密性があるレベル以上にある前駆体繊維束からは、欠陥点形成が抑制された炭素繊維が得られ、その結果高い強度を有するものとすることができる。しかしながら、炭素繊維の破断状態を観察すると、表層付近を破断開始とするものが非常に高い割合で存在し、これが意味するところは、表層近傍に欠陥点が存在するというところである。したがって、表層近傍の緻密性と言った観点で前駆体繊維束を製造するには十分な技術となっていない。
【0004】
特許文献3には、繊維全体として緻密性が高いことともに表層部の緻密性が極めて高いアクリル系前駆体繊維束を製造する方法、特許文献4には、油剤が繊維表層部に浸入して緻密化を阻害することから、表層部のミクロ空隙に注目し、油剤の浸透を抑制する技術に関するものが提案されている。しかしながら、油剤浸入を抑制する技術、欠陥点形成を抑制する技術とも大変複雑な工程が必要であり、その表層部への油剤浸入を安定に抑制させる効果が不十分であり、炭素繊維の高強度化効果もまだ十分なレベルとはいえない状況であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−5224号公報
【特許文献2】特開平4−91230号公報
【特許文献3】特公平6−15722号公報
【特許文献4】特開平11−124744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、高い機械的特性を有する繊維強化樹脂を得るための炭素繊維束を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の要旨は、単繊維の表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造があり、単繊維の円周長さ600nm×繊維軸方向長さ600nmの範囲で最高部と最低部の高低差が15〜50nmの範囲であり、平均凹凸度Raが3〜6nmであり、かつ単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が1.03〜1.10である炭素繊維の単繊維からなり、単繊維の単位長さ当たりの質量が0.035〜0.055mg/mの範囲にあり、ストランド強度が5700MPa以上、ASTM法で測定されるストランド弾性率が245〜280GPaであり、炭素繊維束を結節したものの引張破断応力を繊維束の断面積(単位長さ当たりの質量と密度)で除した結節強さが700N以上の炭素繊維束である。
【0008】
また、第2の要旨は、96質量%以上のアクリロニトリルとアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸から選ばれるアクリル酸および/あるいはアクリルアミドを共重合成分として共重合させたアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミド溶解して固形分濃度20質量%以上の紡糸原液を調整し、調温した有機溶剤と水の混合溶液を満たした凝固液中に60μm以下の孔径を有する吐出孔が多数配置された紡糸口金を浸漬させ、
調製した紡糸原液をこの紡糸口金から凝固液中に吐出し凝固させ、前記凝固糸を引き取り、凝固糸を空気中にて1.0〜1.15倍の延伸処理を施した後、
50℃から100℃の範囲の温度とした4〜7段からなる洗浄・延伸槽にて1.5〜3.8倍の倍率範囲で延伸・洗浄を行い、さらに熱水中で0.97倍から1.1倍の延伸を行う炭素繊維束の製造方法にある。
【発明の効果】
【0009】
本発明の炭素繊維束は、単繊維の表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造があり、単繊維の円周長さ600nm×繊維軸方向長さ600nmの範囲で最高部と最低部の高低差(Rp−v)が15〜50nmの範囲であり、平均凹凸度Raが2〜6nmであり、かつ単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が1.03〜1.10である炭素繊維の単繊維からなり、ストランド強度が5700MPa以上、ASTM法で測定されるストランド弾性率が245〜280GPaであり、炭素繊維束を結節したものの引張破断応力を繊維束の断面積(単位長さ当たりの質量と密度)で除した結節強さが700N/mm以上とする炭素繊維束であり、これにより優れた機械的性能を発現する炭素繊維複合材料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(単繊維の表面に繊維の長手方向に延びる表面凹凸構造)
炭素繊維の表面に存在する繊維の長手方向に一定以上延びる表面凹凸構造や表面に付着させたサイジング剤は、炭素繊維を強化材とする繊維強化樹脂材料の機械特性発現に非常に重要な役割を果たすものである。これは、炭素繊維と樹脂の界面相形成とその特性に直接係わるものであり、繊維強化樹脂材料を構成する3つの要素である繊維、マトリックス樹脂および界面相の一つを特徴づけるものであるからである。
【0011】
単繊維の長手方向に一定以上延びる表面凹凸構造とは、ほぼ繊維軸方向に一定以上の長さを有する凹凸の形態を指すものである。ここで一定以上とは、2μm以上である。またその方向には特に限定はなく、繊維軸方向におおよそ平行であれば良く、多少繊維軸に対して角度を有するものでもよい。炭素繊維束の一般的な製造方法から、通常の炭素繊維表面にはこのような繊維軸方向にほぼ平行な凹凸構造が存在する。2μm未満の場合、表面平滑性が高く、紡糸工程、焼成工程において、フィラメント同士の接着が頻繁に生じ、安定生産に不都合が生じるばかりか、得られる炭素繊維束の外観品質や性能安定性が低下することになる。
【0012】
炭素繊維の単繊維表面に存在する表面凹凸構造の深さは、円周長さ600nm×繊維軸方向長さ600nmの範囲での最高部と最低部の高低差(Rp−v)および、平均凹凸度Raによって規定される。この高低差およびRaは、走査型原子間力顕微鏡(AFM)を用いて単繊維の表面を走査して得られる。
【0013】
本発明では、炭素繊維を構成する各単繊維は表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造があり、単繊維の円周長さ600nm×繊維軸方向長さ600nmの範囲で最高部と最低部の高低差(Rp−v)が15〜50nmの範囲であり、平均凹凸度Raが2〜6nmである。これは、界面相においては、表面凹凸構造は応力集中部となり、さらにこの組織は機械的な破壊靭性が低いこともあり、材料への負荷が小さな場合においても、界面破壊の起点となると考えられ、比較的平滑な表面を有することが界面破壊を防止する上で重要だからである。
したがって、高低差(Rp−v)が50nmを超えるか、平均凹凸度Raが6nmを超える場合は、複合材料としての強度発現性が低下する。一方、高低差(Rp−v)が15nm未満か、平均凹凸度Raが2nmを下回る場合は、表面平滑性が高く、製造安定性、品質安定性が低下し、さらに樹脂との界面接着性が小さくなることから複合材料としての強度発現性が低下する。
【0014】
(単繊維の繊維断面)
単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が1.03〜1.10、好ましくは1.03から1.07であるように、真円に近い断面を有する単繊維であることが必要である。真円に近いことにより、繊維表面近傍の構造均一性が優れているために、応力集中を低減させることができるかである。さらに、同様な理由から、単繊維の単位長さ当たりの質量範囲は、0.035〜0.056mg/mであることがより望ましい。繊維単位長さ当たりの質量が小さいのは、繊維径が小さいことを意味し、炭素繊維の焼成工程で生じる断面方向の構造不均一性を低減できるからである。
【0015】
(炭素繊維束)
本発明において、優れた機械物性を有する繊維強化樹脂複合材料を得るには、炭素繊維束のストランド強度は5700MPa以上であることが必要である。炭素繊維束のストランド強度は、好ましくは5800MPa以上、より好ましくは5900MPa以上である。
また、本発明において、優れた機械物性を有する繊維強化樹脂複合材料を得るには、炭素繊維束のストランド弾性率はASTM法で測定される数値で245〜280GPa、好ましくは250〜280GPaであることが必要である。弾性率が245GPa未満では、炭素繊維束としての弾性率が不足し、十分な機械物性を発現させることができず、一方、弾性率が280GPaを超える場合、焼成温度を長くするか、焼成温度をより高温にする必要があり、製造コストが高くなるだけではなく、炭素繊維の表面及び内部の黒鉛結晶サイズが大きくなり、それに伴い繊維断面方向強度および繊維軸方向の圧縮強度が低下し、複合材料としての引張と圧縮の性能バランスがうまく付かず、その結果として、優れた複合材料を得ることができなくなる。さらに、表面の黒鉛結晶サイズの拡大により不活性化が進み、マトリックス樹脂との接着性が低下することになり、界面性能としても複合材料としての機械的性能の低下が顕著に現れる。
【0016】
更に、本発明において炭素繊維束を結節したものの引張破断応力を繊維束の断面積(単位長さ当たりの質量と密度)で除した結節強さが700N/mm以上のであることが重要である。より好ましくは750N以上、更に好ましくは800N以上であることが望ましい。結節強さは、繊維軸方向以外の繊維束の機械的な性能を反映させる指標となりうるものであり、特に繊維軸に垂直な方向の性能を簡易的に見ることができる。複合材料においては、擬似等方積層により材料を形成することが多く、複雑な応力場を形成する。その際、繊維軸方向の引張、圧縮応力の他に、繊維軸方向の応力も発生している。さらに、衝撃試験のような比較的高速なひずみを付与した場合、材料内部の発生応力状態はかなり複雑であり、繊維軸方向と異なる方向の強度が重要となる。したがって、結節強さが700N/mm未満では、擬似等方材料において十分な機械的性能が発現しない。
また、本発明において、単繊維表面にレーザーにて所定範囲の大きさを有する半球状欠陥を形成し、前記繊維を引張試験により前記半球状欠陥部位で破断させ、前記繊維の破断強度と半球状欠陥の大きさからグリフィス式(式1)より求められる破断表面生成エネルギーが、28N/m以上であることが重要である。
σ=√(2E/πC)×√(破壊表面生成エネルギー) 式(1)
ここで、σは破断強度、Eは炭素繊維束の超音波弾性率、cは半球状欠陥の大きさである。
より好ましくは、29N/m以上、さらに好ましくは30N/m以上である。ここで、破断生成エネルギーは炭素繊維の気質的な壊れ難さを表している。炭素繊維は、脆性的な破壊を示す材料であり、その引張強度は欠陥点の支配を受けている。この気質的な強度が高いものは、同じ欠陥点を有する場合は、破壊強度は高くなる。また、高性能複合材料用のマトリックス樹脂は、炭素繊維と接着性が高い物が多く、その結果応力伝達の指標となる臨界繊維長が短くなる。その結果、複合材料強度は、より短い長さでの強度が反映されることとなり、気質的な強度が重要な指標となると考えられる。
【0017】
本発明において、電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により求められるipa値が0.05〜0.25μA/cm2であることが重要である。このipa値は、炭素繊維の酸素含有官能基数量と電気二重層形成に関与する表面凹凸度と微細構造の影響を受ける。特に表層のエッチングを大きく受けた炭素繊維やアニオンイオンが黒鉛結晶に層間に入り込んだ層間化合物を形成している場合、大きな値となる。優れた機械的性能を発現する複合材料において、炭素繊維と樹脂との界面は重要であり、特に適当な酸素含有官能基の存在と、小さな電気二重層を形成するような表面を有する炭素繊維が最適な界面を形成することがわかった。
【0018】
ipa値が0.05μA/cm未満の場合、基本的に酸素含有官能基の数量は少なく、十分な界面接着性を有しないものとなる。一方、ipa値が0.25μA/cmを超える場合、表面のエッチングが過剰に生じているか、あるいは層間化合物が形成されている。このような表面は、表面脆弱層に移行し易く、その結果樹脂との十分な界面接着性を有するものとすることができない。より好ましくは、0.07〜0.20μA/cm、さらに好ましくは0.1〜0.18μA/cmである。
さらに、本発明において、X線光電子分光法により求められる炭素繊維表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)が0.05〜0.15の範囲にある炭素繊維であることが望ましい。適度なマトリックス樹脂との界面接着性を有することが重要だからである。
【0019】
(前駆体繊維束およびその製造方法)
本発明の炭素繊維束を得る出発原料としては特に制限はないが、機械的性能発現の観点で、アクリロニトリル系前駆体繊維をより得られるものが好ましい。
本発明に用いるアクリロニトリル系重合体は96質量%以上のアクリロニトリルと数種の共重合可能なモノマーより得られるものである。アクリロニトリル以外の共重合成分としては例えばアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、アクリル酸メチル、メタクリル酸メチル等のアクリル酸誘導体、アクリルアミド、メタクリルアミド、N−メチロ−ルアクリルアミド、N、N−ジメチルアクリルアミド等のアクリルアミド誘導体、酢酸ビニルなどが適する。これらは単独でも組合せでも良い。好ましい共重合体は、一つ以上のカルボキシル基有するモノマーを必須成分として共重合させたアクリロニトリル系重合体である。
【0020】
モノマーの混合物を共重合する適当な方法は、例えば水溶液におけるレドックス重合または不均一系における懸濁重合および分散剤を使用した乳化重合、その他どのような重合方法であってもよく、これら重合方法の相違によって本発明が制約されるものではない。
本発明のアクリル系前駆体繊維は、上述のアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤に溶解して紡糸原液を調整するのが好ましい。これら有機溶剤は、金属成分を含まないため、得られる炭素繊維束の金属成分の含有量を下げることができる。紡糸原液の固形分濃度は、20%以上が好ましく、より好ましくは21%以上である。固形分濃度が高い方が、緻密な構造を有する凝固糸を作製することができるからである。紡糸方法は、湿式紡糸、乾湿紡糸いずれでもよいが、より生産性の高い紡糸方法としては、湿式紡糸である。また湿式紡糸は、乾湿式紡糸に比べ緻密な構造を有する凝固糸を形成し難い方式であるが、凝固液条件や凝固束の延伸条件を調整することにより、高い緻密性を有する繊維束とすることが可能である。湿式紡糸は、調温した有機溶剤と水の混合溶液を満たした凝固液中に吐出孔が多数配置された紡糸口金を浸漬させ、調製した紡糸原液をこの紡糸口金から凝固液中に吐出し凝固させ、その凝固糸を引き取るものである。
【0021】
次いで引き取られた凝固糸は、洗浄・延伸に供される。洗浄方法は脱溶剤出来ればいかなる方法でもよい。また、延伸は、洗浄の前でも後でもどちらでも良く、両者を組み合わせること、あるいは同時に行うこともできる。たとえば、50℃から100℃の範囲の温度に設定された多段洗浄・延伸槽にて、洗浄延伸を行う。ここで、洗浄・延伸槽の段数は特に制限はないが、3〜10段程度が適当である。延伸倍率は、1.5倍から3.8倍の範囲が好ましい。1.5倍未満では延伸不足であり、所望のフィブリル配向度を確保できない。一方、5倍を超える延伸を行うと、フィブリル構造自体の破断が生じ、非常に疎な構造形態よりなる前駆体繊維束となってしまう。より好ましい延伸倍率は2.0〜3.8倍である。
【0022】
また、溶剤を含んだ凝固糸を空気中にて延伸処理を実施することもできる。さらに、引き取った凝固糸を洗浄する前に、凝固液よりも溶剤濃度が低く、温度の高い前延伸槽にて、延伸をすることにより、緻密なフィブリル構造を形成させることができる。
空気中での延伸は、1.0倍から1.3倍の範囲が緻密な構造形成をするためには好ましい。1.3倍を超える場合は、延伸過多となり、延伸によるボイド形成が顕著となり、最終的に得られる前駆体繊維束の緻密性を低下させる原因となる。より好ましい範囲は1.0倍から1.2倍である。
【0023】
前記延伸槽にて凝固糸を延伸する際、前記延伸槽の温度は40〜80℃の範囲が好ましい。温度が40℃未満では、延伸性が確保できず無理な延伸となり、均一なフィブリル構造形成ができない。一方、80℃を超えると熱による可塑化作用が大きくなりすぎること、糸条表面での脱溶剤が急速に進み延伸が不均一なものとなることなどから、前駆体繊維束として品質が悪くなる。より好ましい温度は、50〜75℃である。また、延伸槽の濃度は30〜60質量%が好ましい。これは30質量%未満では安定な延伸性が確保できず、60質量%を超えると可塑化効果が大きくなりすぎ安定な延伸性が損なわれる。より好適な濃度は、35〜55%である。この延伸槽での延伸倍率は1.5〜3.8倍が好ましい。1.5倍未満では延伸不足であり、所望のフィブリル構造を形成させることができない。一方、3.8倍を超える延伸を行うと、フィブリル構造自体の破断が生じ、非常に疎な構造形態よりなる前駆体繊維束となってしまう。より好ましい延伸倍率は2.0〜3.6倍である。
【0024】
また、洗浄後、溶剤分の無い膨潤状態にある工程繊維束を熱水中で延伸することで繊維の配向を更に高めることも可能であり、若干の緩和を入れることで前工程での延伸の歪みを取ることも可能である。好ましくは、熱水中で、0.97倍から1.6倍の延伸を行う。1.6倍を超える場合は無理な延伸による構造破壊が生じ、焼成工程での欠陥点形成の原因となる。好ましい延伸範囲は、0.97から1.3倍である。より好ましくは、0.97から1.15倍である。
【0025】
次に、シリコーン系化合物を主成分とする油剤を0.8〜1.6質量%となるよう付着処理を行い、乾燥緻密化する。乾燥緻密化は公知の乾燥法により乾燥、緻密化させれば良く、特に制限はない。好ましくは、複数の加熱ロールを通過させる方法であり。
乾燥緻密化後のアクリル繊維束は、必要に応じて130〜200℃の加圧スチームや乾熱熱媒中、あるいは加熱ロール間や加熱板上で1.8〜7.0倍延伸して、更なる配向の向上と緻密化を行った後に巻き取ってアクリル前駆体繊維束を得る。加圧スチームを用いる場合、スチームによる可塑化により、安定な延伸を付与することができることからより好適な延伸方法である。
【0026】
凝固糸は、最終的にトータルで9から16倍の延伸処理を施される。トータル延伸倍率が9倍未満の場合、延伸不足であり、繊維軸方向に配向された構造が十分発達しておらず、高い機械的性能を発現する炭素繊維束が得られない。トータル延伸倍率が16倍を超える場合、フィブリル構造の破壊が生じてしまうために、高い機械的性能を発現する炭素繊維束が得られない。
【0027】
さらに上記アクリル前駆体繊維束から本発明の炭素繊維は次のようにして製造することができる。アクリル前駆体繊維束を220〜260℃の熱風循環型の耐炎化炉に30〜100分間通過せしめて耐炎化糸密度1.335〜1.350g/cm3の耐炎化糸を得た。ここで−6.0〜2%の伸長操作を施す。耐炎化反応には、熱による環化反応と酸素による酸化反応があり、この2つの反応をバランスさせること重要である。この2つの反応をバランスさせるためには、耐炎化処理時間は30〜100分が好適である。30分未満の場合、酸化反応が十分に生じていない部分が単繊維の内側に存在し、単繊維の断面方向で大きな構造斑が生じる。その結果、得られる炭素繊維は不均一な構造を有するものとなってしまい、高い機械的性能は発現しない。一方、100分を超える場合は、単繊維の表面に近い部分により多くの酸素が存在するようになり、その後の高温での熱処理により過剰の酸素が消失する反応が生じ、欠陥点を形成するために高強度が得られない。より好ましい耐炎化処理時間は、40〜80分である。
【0028】
耐炎化糸密度が1.335g/cm3未満の場合、耐炎化が不十分となり、その後の高温での熱処理により分解反応が生じ、欠陥点を形成するために高強度が得られない。耐炎化糸密度が1.350g/cmを超える場合、繊維の酸素含有量が増えるために、その後の高温での熱処理により過剰の酸素が消失する反応が生じ、欠陥点を形成するために高強度が得られない。より好ましい耐炎化糸密度の範囲は、1.340〜1.345g/cm3である。耐炎化炉での適度の伸張は、繊維を形成しているフィブリル構造の配向を維持・向上させるために必要である。−6.0%未満の伸張では、フィブリル構造の配向が維持できず、炭素繊維の構造形成における繊維軸での配向が十分でなく、優れた機械的性能発現ができない。一方、2.0%を超える伸張では、フィブリル構造自体の破断が生じ、その後の炭素繊維の構造形成を損ない、また破断点が欠陥点となり、高強度の炭素繊維を得ることができない。より好ましい伸張率は、−5.0%〜0%である。
【0029】
次に耐炎化繊維を窒素などの不活性雰囲気中300〜800℃の温度勾配を有する第一炭素化炉にて2〜7%の伸長を加えながら通過させる。好適な処理温度は300から800℃で、直線的な勾配で処理する。耐炎化工程の温度を考えると開始温度は300℃以上が好ましい。最高温度が800℃を超えると、工程糸が非常に脆くなり、次の工程への移行がし難くなる。より好適な温度範囲は、300〜750℃である。温度勾配については特に制限はないが、直線的な勾配を設定するのが好ましい。2%未満の伸張では、フィブリル構造の配向が維持できず、炭素繊維の構造形成における繊維軸での配向が十分でなく、優れた機械的性能発現ができない。一方、7%を超える伸張では、フィブリル構造自体の破断が生じ、その後の炭素繊維の構造形成を損ない、また破断点が欠陥点となり、高強度の炭素繊維を得ることができない。より好ましい伸張率は3〜5%である。好適な処理時間は0.7〜3.0分である。0.7分未満の処理では、急激な温度上昇に伴う激しい分解反応が生じ、高強度の炭素繊維を得ることができない。3.0分を超えると、工程前期の可塑化の影響が発生し、結晶の配向度が低下する傾向が生じ、その結果得られる炭素繊維の機械的性能が損なわれる。より好適な処理時間は、0.9〜2.0分である。
更に窒素などの不活性雰囲気中1000〜1600℃の温度勾配を有する第二炭素化炉にて緊張下で熱処理を行って炭素繊維とする。
【0030】
温度の設定は、炭素繊維の所望弾性率により設定する。高機械性能を有する炭素繊維を得るためには、炭素化処理の最高温度は低いほうがよく、また処理時間を長くすることにより弾性率を高くすることができるため、その結果最高温度を下げることができる。更に、処理時間を長くすることにより、温度勾配を緩やかに設定することが可能となり、欠陥点形成を抑制するのに効果がある。第二炭素化炉は、第一炭素化炉の温度設定にもよるが1000℃以上であればよい。好ましくは1050℃以上である。温度勾配については特に制限はないが、直線的な勾配を設定するのが好ましい。処理時間は、0.7分から3.0分が好適である。より好ましくは、0.9から2.0分である。本熱処理において、工程繊維は大きな収縮を伴うために、緊張下で熱処理をすることが重要である。伸張は、−6.0%から0.0%が好適である。−6.0%未満では結晶の繊維軸方向での配向が悪く、十分な性能が得られない。一方、0.0%を超える場合では、これまで形成されてきた構造そのものの破壊が生じ、欠陥点形成が顕著となり、強度の大幅な低下が生じる。より好適な伸張は、−5.0%から−1.0%の範囲である。
【0031】
(表面処理)
次に炭素繊維束は、表面酸化処理に供される。表面処理方法としては、公知の方法、即ち、電解酸化、薬剤酸化及び空気酸化などによる酸化処理が挙げられいずれでも良いが、工業的に広く実施されている電解酸化において、安定な表面酸化処理が可能でありより好適である。また、本発明で好適な表面処理状態を表すipaを既述範囲に制御するためには、電解酸化処理を用いて、電気量を変えて行うのが最も簡便な方法である。この場合、同一電気量であっても、用いる電解質及びその濃度によってipaは大きく異なってくるが、本発明においては、 pHが7より大きいのアルカリ性水溶液中で炭素繊維を陽極として10〜200クーロン/gの電気量を流して酸化処理を行うことが好ましい。そして、その酸化処理によりipaを0.05〜0.25μA/cmとすることができる。電解質としては、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを用いるのが好適である。
次に本発明の炭素繊維束はサイジング処理に供される。サイジング剤は、有機溶剤に溶解させたものや、乳化剤などで水に分散させたエマルジョン液を、ローラー浸漬法、ローラー接触法等によって炭素繊維束に付与し、これを乾燥することによって行うことができる。なお、炭素繊維の表面へのサイジング剤の付着量の調節は、サイジング剤液の濃度調整や絞り量調整によって行なうことができる。又乾燥は、熱風、熱板、加熱ローラー、各種赤外線ヒーターなどを利用して行なうことができる。
【0032】
(サイジング剤組成物)
本発明の炭素繊維の表面に付与されるサイジング剤組成物として最適なものは、(a)ヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂(b)ポリヒドロキシ化合物(c)芳香環を含むジイソシアネ−トで構成されるポリウレタンと(a)エポキシ樹脂との混合物またはおよびそれらの反応生成物を含んでなるウレタン変性エポキシ樹脂を含むものである。エポキシ基は、炭素繊維表面の酸素含有官能基との相互作用が非常に強く、サイジング剤成分の炭素繊維表面に強固に接着させることができる。また、ポリヒドロキシ化合物と芳香環を含むジイソシアネ−トからなるウレタン結合ユニットを有することにより、柔軟性の付与とウレタン結合と芳香環の有する極性による炭素繊維表面との強い相互作用の付与が可能となる。したがって、分子中にエポキシ基と上記ウレタン結合ユニットを有するウレタン変性エポキシ樹脂は、炭素繊維表面に強く付着した柔軟性を有する化合物であり、マトリックス樹脂を含浸・硬化させる複合化工程において、炭素繊維表面に強固に接着した柔軟な界面層を形成することになり、その結果複合材料としての機械的性能に優れたものとすることができる。
【0033】
ここで、(a)ヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂は特に制限はなく、たとえばグリシドール、メチルグリシドール、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、オキシカルボン酸グリシジルエステルエポキシ樹脂などを用いることができる。特に好ましいヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂は、ビスフェノール型エポキシ樹脂である。これらは、芳香環を有することから、炭素繊維表面との相互作用が強く、また複合材料に用いられるマトリックス樹脂が、耐熱性、剛直性の観点から、芳香環を有するエポキシ樹脂を用いる場合が多く、これらマトリックス樹脂との相溶性に優れることによる。
【0034】
また、(b)ヒドロキシ化合物が、ビスフエノ−ルAのアルキレンオキサイド付加物、脂肪族ポリヒドロキシ化合物、ポリヒドロキシモノカルボキシ化合物のいずれか、あるいはこれら混合物より構成されるものであるとより好ましい。これらの化合物は、ウレタン変性エポキシ樹脂を柔軟にすることができるからである。
また、(c)芳香環を含むジイソシアネ−トには特に制限はない。特に好ましいのは、トルエンジイソシアネートあるいはキシレンジイソシアネートである。
また、(d)エポキシ樹脂は特に制限はなく、また(a)ヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂と同じものを用いてもよい。好ましくは、分子中に2つ以上のエポキシ基を有するものがよい。これは、炭素繊維の表面とエポキシ基の相互作用が強く、これら化合物が表面に強固に付着するからである。エポキシ基の種類には特に制限はなく、グリシジルタイプ、脂環エポキシ基などを採用することができる。好ましいエポキシ樹脂としては、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、 ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂(エピクロン HP−7200シリーズ:大日本インキ化学工業株式会社)、トリスヒドロキシンフェニルメタン型エポキシ樹脂(エピコート1032H60、1032S50: ジャパンエポキシレジン株式会社)、DPPノボラック型エポキシ樹脂(エピコート157S65、157S70:ジャパンエポキシレジン株式会社)、ビスフェノールAアルキレンオキサイド付加エポキシ樹脂などを用いることができる。
【0035】
(a)ヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂(b)ポリヒドロキシ化合物(c)芳香環を含むジイソシアネ−トで構成されるポリウレタンと(d)エポキシ樹脂の混合物あるい反応物は、ポリウレタン樹脂を合成する際に、(a)−(d)を同時に混入してもよく、あるいはポリウレタン樹脂を合成したのち、ジイソシアネート化合物と(d)を追加で添加し、最終生成物として得ることもできる。
このような化合物からなる水分散液としては、ハイドランN320(DIC株式会社製)などがあげられる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本実施例における炭素繊維束の性能の測定、評価は、以下の方法によって行った。
「単繊維表面の表面凹凸構造の測定」
前駆体繊維束の単繊維の両端を、走査型プローブ顕微鏡付属のSPA400用金属製試料台(20mm径)「エポリードサービス社製、品番:K−Y10200167」)上にカーボンペーストで固定し、以下条件で測定を行った。
(走査型プローブ顕微鏡測定条件)
装置:「SPI4000プローブステーション、SPA400(ユニット)」
エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、
走査モード:ダイナミックフォースモード(DFM)(形状像測定)、
探針:エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、「SI−DF−20」、
走査範囲:2μm×2μmおよび600nm×600nm
Rotation:90°(繊維軸方向に対して垂直方向にスキャン)
走査速度:1.0Hz、
ピクセル数:512×512、
測定環境:室温、大気中
単繊維1本に対して、上記条件にて1画像を得、得られた画像を走査型プローブ顕微鏡付属の画像解析ソフト(SPIWin)を用い、以下の条件にて画像解析を行った。
【0037】
(画像解析条件)
得られた形状像を「フラット処理」、「メディアン8処理」、「三次傾き補正」を行い、曲面を平面にフィッティング補正した画像を得た。平面補正した画像の表面粗さ解析より平均面粗さ(Ra)と面内の最大高低差(P−V)を求めた。ここで、表面粗さ解析より平均面粗さ(Ra)と面内の最大高低差(P−V)は、円周長さ600nm×繊維軸方向長さ600nmの走査範囲のデータを用いた。Raは下記式で算出されるものである。

Ra={1/(Lx×Ly)}∫LyLX|f(x,y)|dxdy

中央面: 実表面との高さの偏差が最小となる平面に平行で、 かつ実表面を等しい体積
で2分割する平面
f(x,y): 実表面と中央面との高低差
Lx、Ly: XY平面の大きさ
測定は1サンプルについて単糸10本を走査型プローブ顕微鏡で形状測定し、各測定画像について、平均面粗さ(Ra)、最大高低差(P−V)を求め、その平均値をサンプルの平均面粗さ(Ra)、最大高低差(P−V)とした。
単繊維の表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる表面凹凸構造の有無については、AFMモードにて単繊維の円周方向に2.0μmの範囲を繊維軸方向長さ2.0μmに渡り、少しずつ、ずらしながら繰り返し走査し、得られた測定画像から有無を判断した。
【0038】
(フラット処理)
リフト、振動、スキャナのクリープ等によってイメージデータに現れたZ軸方向の歪み・うねりを除去する処理のことで、SPM測定上の装置因によるデータのひずみを除去する処理。
(メディアン8処理)
処理するデータ点Sを中心とする3×3の窓(マトリクス)においてSおよびD1〜D8の間で演算を行い、SのZデータを置き換えることで、スムージングやノイズ除去といったフィルタの効果を得るもの。
メディアン8処理は SおよびD1〜D8の9点のZデータの中央値を求めて、Sを置き換える。
(三次傾き補正)
傾き補正は、処理対象イメージの全データから最小二乗近似によって曲面を求めてフィッティングし、傾きを補正します。(1次)(2次)(3次)はフィッティングする曲面の次数を示し、3次では3次曲面をフィッティングします。三次傾き補正処理によって、データの繊維の曲率をなくしフラットな像とする。
【0039】
「単繊維の断面形状の評価」
炭素繊維束を構成する単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)は、以下のようにして決定した。
内径1mmの塩化ビニル樹脂製のチューブ内に測定用の炭素繊維束を通した後、これをナイフで輪切りにして試料を準備する。ついで、前記試料を繊維断面が上を向くようにしてSEM試料台に接着し、さらにAuを約10nmの厚さにスパッタリングしてから、フィリップス社製XL20走査型電子顕微鏡により、加速電圧7.00kV、作動距離31mmの条件で繊維断面を観察し、単繊維の繊維断面の長径及び短径を測定し、長径/短径での比率を評価した。
【0040】
「炭素繊維束のストランド物性評価」
樹脂含浸炭素繊維束のストランド試験体の調製および強度の測定は、JIS R7601に準拠し測定し評価した。ただし、弾性率の算出はASTMに準じたひずみ範囲を用いて実施した。
【0041】
「炭素繊維束の結節強さの測定」
結節強さの測定は以下のように実施した。
150mm長の炭素繊維束の両端に長さ25mmの掴み部を取り付け試験体とする。試験体の作製の際、0.1×10−3N/デニールの荷重を掛けて炭素繊維束の引き揃えを行う。この試験体に結び目を1つほぼ中央部に形成し、引張時のクロスヘッド速度は100mm/minで実施する。試験数は12本で実施し、最小と最大値を取り除き、10本の平均値で測定値とした。
【0042】
「炭素繊維束の破断表面生成エネルギーの測定」
炭素繊維の単繊維を20cmに切断し、この単繊維の中央部をJIS R7606に示される試料長10mm用の単繊維引張試験の台紙に貼り付け固定し、台紙からはみ出た余分な部分を切断して取り除いたサンプルを作製した。
【0043】
次いで、台紙に固定したこれらのサンプルに対し、レーザーを照射することで半球状欠陥を形成した。レーザー・インターフェース・システムには、フォトニックインストゥルメンツ社製のマイクロポイント(パルスエネルギー300uJ)を使用した。レーザーの集光に必要な光学顕微鏡には、ニコン社製のECLIPSE LV100を使用した。光学顕微鏡の開口絞りは最小に、対物レンズは100倍に設定した。この条件で、サンプルの繊維軸方向の中央部で、かつ、繊維軸に垂直方向の中央部に対して、アッテネータでレーザー強度を10%減衰させた波長435nmのレーザーを1パルス照射して、半球状欠陥を形成したサンプルを得た。
【0044】
サンプルである炭素繊維が収縮破壊を起こさないように、台紙に貼り付けた状態のサンプルをさらにフィルムで挟み、フィルム内を粘性液体で満たして引張試験を行った。具体的には、幅約5mm、長さ約15mmのフィルムを用意して、サンプルの台紙の両面の上部に前記フィルムを接着材で貼り付け、サンプルを覆うように台紙ごと前記フィルムで挟み込んだ。このフィルム間をグリセリン水溶液(グリセリン1に対して水2の割合)で満たした上で、引張速度0.5mm/minで引張試験を行い、破断荷重を測定した。
【0045】
次いで、引張試験で2つに分割されたサンプル対を台紙から取り出し、水で慎重に洗浄した後、自然乾燥させた。次いで、サンプルの破断面が上になるように、SEM試料台にカーボンペーストで固定してSEM観察サンプルを作製した。得られたSEM観察サンプルを、日本電子社製のJSM6060(加速電圧10〜15kV、倍率10000〜15000)にて破断面をSEM観察した。
【0046】
得られたSEM画像をパソコンに取り込み、画像解析ソフトにより画像解析して、半球状欠陥の大きさと繊維断面積を測定した。
【0047】
次に、破断荷重/繊維断面積=破断強度(σ)と半球状欠陥の大きさ(C)をプロットし、そのデータの傾きを算出した。
σ=√(2E/πC)×√(破壊表面生成エネルギー) 式(1)
式(1)より、算出した傾きと炭素繊維束の超音波弾性率(E)により破壊表面生成エネルギーを求めた。
【0048】
「炭素繊維束のipaの測定」
ipa値は次の方法により測定した。
用いる電解液は5%りん酸水溶液でpH3とし、窒素をバブリングさせ溶存酸素の影響を除く。試料である炭素繊維を一方の電極として電解液に浸漬し、対極として充分な表面積を有する白金電極を参照電極としてAg/AgCl電極を用いる。試料形態は長さ50mmの12000フイラメントトウとした。炭素繊維電極と白金電極の間にかける電位の走査範囲は−0.2Vから+0.8Vとし、走査速度は2.0mV/secとした。X−Yレコーダーにより電流−電圧曲線を描き、3回以上掃引させ曲線が安定した段階で、Ag/AgCl標準電極に対して+0.4Vでの電位を基準電位として電流値iを読み取り、次式に従ってipaを算出した。

ipa =1(μA)/試料長(cm)×(4π×目付(g/cm)×フィラメント数/密度(g/cm3))1/2

試料長とJIS R7601に記載されている方法によって求められた試料密度と目付から見掛けの表面積を算出し、電流値iを除してipaとした。本測定はサイクリック・ボルタ・メトリー・アナライザー(柳本製作所製、製品名:P−1100型)を用いて行った。
【0049】
(実施例1〜7、比較例1〜4)
(炭素繊維束の調製)
組成がアクリロニトリル97質量%、メタクリル酸1質量%、アクリルアミド2質量%のアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミドに溶解し21.0質量%の原液を調製した。
前駆体繊維(1)
調製した紡糸原液は径50μm、数24000の吐出孔を配置した紡糸口金から、38℃に調温した67質量%ジメチルアセトアミドを含有する水溶液を満たした凝固液中に吐出し凝固させ、凝固糸を引取った。次いで空気中で1.05倍の延伸後、55℃に調温した35質量%ジメチルアセトアミドを含有する水溶液を満たした延伸槽にて1.7倍延伸した。引き続き、60℃から98℃の範囲で5段の延伸・洗浄槽を通して、2.0倍の延伸と洗浄を同時に行い、次に、95℃の熱水中で0.98倍の緩和を行った。引き続き、繊維束にアミノ変性シリコーンを主成分とする油剤を1.1質量%となるよう付与し乾燥緻密化した。乾燥緻密化後の繊維束を、約150℃程度のスチームによる可塑化延伸により3.0倍延伸を行った後に巻き取ってアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。アクリロニトリル系前駆体繊維フィラメントの繊度は、0.77dtexであった。
ここで、アミノ変性シリコーンオイルを主成分とする水系繊維油剤は以下のものを使用した。
【0050】
アミノ変性シリコーン; KF−865(信越化学工業(株)製) 85質量%
(1級側鎖タイプ、粘度110cSt(25℃)、アミノ当量5,000g/mol)
乳化剤;NIKKOL BL−9EX(日光ケミカルズ株式会社製) 15質量%
(POE(9)ラウリルエーテル)
前駆体繊維(2)
水洗浄処理前の延伸倍率を1.5倍、洗浄後の熱水中の延伸倍率を2.0倍、スチームによる可塑化延伸を3.5倍にした以外は、前駆体繊維束(1)と同じ条件でアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
【0051】
前駆体繊維(3)
ジメチルアセトアミドを含有する水溶液を満たした延伸槽を通さずに、50℃から98℃の範囲で5段の延伸・洗浄槽を通して、3.0倍の延伸と洗浄を同時に行いたこと、スチームによる可塑化延伸を3.5倍にした以外は、前駆体繊維束(2)と同じ条件でアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
【0052】
前駆体繊維(4)
アクリロニトリル系前駆体繊維フィラメントの繊度を0.70dtexとした以外は、前駆体繊維束(3)と同じ条件でアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
前駆体繊維(5)
アクリロニトリル系前駆体繊維フィラメントの繊度を1.0dtexとした以外は、前駆体繊維束(3)と同じ条件でアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
前駆体繊維(6)
アクリロニトリル系前駆体繊維フィラメントの繊度を1.2dtexとした以外は、前駆体繊維束(3)と同じ条件でアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
【0053】
次いで、複数の前駆体繊維束を平行に揃えた状態で耐炎化炉に導入し、220〜280℃に加熱された空気を前駆体繊維束に吹き付けることによって、前駆体繊維束を耐炎化して密度1.345g/cmの耐炎繊維束を得た。伸張率は−4.0%とし、耐炎化処理時間は70分とした。
【0054】
次に耐炎化繊維束を窒素中300〜700℃の温度勾配を有する第一炭素化炉にて4.5%の伸長を加えながら通過させた。温度勾配は直線的になるように設定した。処理時間は1.3分とした。
更に窒素雰囲気中で1000〜1600℃の温度勾配の設定可能な第二炭素化炉を用いて所定の温度にて熱処理を行い炭素繊維束を得た。伸張率は、−4.5%、処理時間は1.3分とした。
引き続いて、重炭酸アンモニウム10質量%水溶液中を走行せしめ炭素繊維束を陽極として、被処理炭素繊維1g当たり30クーロンの電気量となる様に対極との間で通電処理を行い、温水50℃で洗浄した後乾燥した。
次に、ハイドランN320を0.8質量%付着させ、ボビンに巻きとり、炭素繊維束を得た。
【0055】
(一方向プリプレグの製作)
Bステージ化したエポキシ樹脂#410(180℃硬化タイプ)を塗布した離型紙上にボビンから巻き出した炭素繊維束の156本を引き揃えて配置して、加熱圧着ローラーを通して、エポキシ樹脂を含浸した。その上に保護フィルムを積層して、樹脂含有量約33質量%、炭素繊維目付125g/cm、幅500mmの一方向引揃えプリプレグ(以下、UDプリプレグ)を作製した。
【0056】
(積層板の成型および機械的性能評価)
前記UDプリプレグを使用して積層板を成形し、積層板の0°引張強度をASTM D3039に準拠した評価法により測定した。
実施例1〜8について、評価結果を表1にまとめた。また、これらの炭素繊維を構成する単繊維は表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造があることを確認した。
【0057】
【表1】

(実施例9〜11、比較例1〜4)
実施例3と同様にして、紡糸工程の条件を一部変更して、フィラメントの繊度0.77dtexであるアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。引き続き、同じ焼成条件で炭素繊維束を製造した。
表2に紡糸工程の条件、表3に炭素繊維繊維束の評価結果をまとめて示した。また、比較例4以外の炭素繊維を構成する単繊維は表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造があることを確認した。
ここで、比較例4においては、焼成工程での第1炭素化処理以降、毛羽や部分切れが頻発し、工程安定性が著しく低下した。
【0058】
【表2】

【0059】
【表3】

【0060】
(実施例12〜16)
実施例3の製造条件を基準に、表面処理条件およびサイジング剤種を変更して得た炭素繊維束の評価結果を表4にまとめた。
ここで、サイジング剤2および3は以下のように調製した。
【0061】
(サイジング剤2)
主剤として、ジャパンエポキシレジン(株)製「エピコート828」を80質量部、乳化剤として旭電化(株)製「プルロニックF88」 20質量部を混合し、転相乳化により水分散液を調製した。実施例3と同様にして、サイジング剤2を付着させた。また付着量は0.8質量%とした。
【0062】
(サイジング剤3)
フラスコにビスフェノールAのプロピレンオキサイド8モル付加物1.8モル、トリメチロールプロパン0.8モル、ジメチロールプロピオン酸0.6モルよりなるポリオール3.2モルを投入し、さらに、反応禁止剤として2,6−ジ(t−ブチル)4−メチルフェノール(BHT)を0.5g、反応触媒としてジブチルスズジラウレート0.2gを添加しこれら混合物が均一になるまで撹拌する。ここで、必要に応じて粘度調整剤としてメチルエチルケトンを加える。均一に溶解した混合物にメタキシレンジイソシアネート3.4モルを滴下して加え、攪拌をしながら反応温度50℃、反応時間2時間でウレタンプレポリマーの重合を実施した。次にエピコート834(JER(株)製)を0.25モル加え、ウレタンプレポリマーの末端にあるイソシアネート基を反応させることによりエポキシ変性ウレタン樹脂を得た。
このエポキシ変性ウレタン樹脂90重量部と乳化剤として旭電化(株)製「プルロニックF88」 10質量部を混合し、水分散液を調製した。
実施例3と同様にして、サイジング剤3を付着させた。また付着量は0.4質量%とした。
【0063】
(サイジング剤4)
フラスコにポリエチレングリコール400を2.5モル、エピコート834(JER(株)製)0.7モルを投入し、さらに、反応禁止剤として2,6−ジ(t−ブチル)4−メチルフェノール(BHT)を0.25g、反応触媒としてジブチルスズジラウレート0.1gを添加しこれら混合物が均一になるまで撹拌する。ここで、必要に応じて粘度調整剤としてメチルエチルケトンを加える。均一に溶解した混合物にメタキシレンジイソシアネート2.7モルを滴下して加え、攪拌をしながら反応温度40℃、反応時間2時間でエポキシ変性ウレタン樹脂を得た。
このエポキシ変性ウレタン樹脂80重量部と乳化剤として旭電化(株)製「プルロニックF88」 20質量部を混合し、水分散液を調製した。
実施例3と同様にして、サイジング剤3を付着させた。また付着量は0.4質量%とした。
【0064】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
単繊維の表面に繊維の長手方向に2μm以上延びる数本の表面凹凸構造を有し、
単繊維の表面の最高部と最低部の高低差(Rp−v)が15〜50nm、
平均凹凸度Raが2〜6nm、
単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が1.015〜1.10である炭素繊維の単繊維からなり、
ストランド強度が5700MPa以上、
ASTM法で測定されるストランド弾性率が245〜280GPa
結節強さが700N/mm以上である炭素繊維束。
なお、結節強さは、炭素繊維束を結節したものの引張破断応力を繊維束の断面積(単位長さ当たりの質量と密度)で除して求めた。
【請求項2】
単繊維表面にレーザーにて所定範囲の大きさを有する半球状欠陥を形成し、前期繊維を引張試験により前記半球状欠陥部位で破断させ、前記繊維の破断強度と半球状欠陥の大きさからグリフィス式(式1)より求められる破断表面生成エネルギーが、28N/m以上である請求項1記載の炭素繊維束。
σ=√(2E/πC)×√(破壊表面生成エネルギー) 式(1)
ここで、σは破断強度、Eは炭素繊維束の超音波弾性率、cは半球状欠陥の大きさである。
【請求項3】
電気化学的測定法(サイクリック・ボルタ・メトリー)により求められるipa値が0.05〜0.25μA/cmであり、X線光電子分光法により求められる炭素繊維表面の酸素含有官能基量(O1S/C1S)が0.05〜0.15の範囲にある炭素繊維にサイジング剤を施した請求項1および2記載の炭素繊維束。
【請求項4】
(a)ヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂、(b)ポリヒドロキシ化合物、および(c)芳香環を含むジイソシアネ−トで構成されるポリウレタンと(d)エポキシ樹脂との混合物またはおよびそれらの反応生成物を含んでなるウレタン変性エポキシ樹脂でサイジングされた請求項1から3記載の炭素繊維束。
【請求項5】
サイジング剤のヒドロキシ基を有するエポキシ樹脂が、ビスフェノール型エポキシ樹脂である請求項4記載の炭素繊維束。
【請求項6】
サイジング剤のポリヒドロキシ化合物が、ビスフエノ−ルAのアルキレンオキサイド付加物、脂肪族ポリヒドロキシ化合物、ポリヒドロキシモノカルボキシ化合物のいずれか、あるいはこれら混合物より構成されるウレタン変性エポキシ樹脂である請求項4および5記載炭素繊維束。
【請求項7】
サイジング剤の芳香環を含むジイソシアネ−トが、トルエンジイソシアネートあるいはキシレンジイソシアネートである請求項4から6記載の炭素繊維束。
【請求項8】
96質量%以上のアクリロニトリルとアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸から選ばれるアクリル酸および/あるいはアクリルアミドを共重合成分として共重合させたアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミド溶解して固形分濃度20質量%以上の紡糸原液を調整し、調温した有機溶剤と水の混合溶液を満たした凝固液中に60μm以下の孔径を有する吐出孔が多数配置された紡糸口金を浸漬させ、
調製した紡糸原液をこの紡糸口金から凝固液中に吐出し凝固させ、前記凝固糸を引き取り、凝固糸を空気中にて1.0〜1.15倍の延伸処理を施した後、
50℃から100℃の範囲の温度とした4〜7段からなる洗浄・延伸槽にて1.5〜3.8倍の倍率範囲で延伸・洗浄を行い、さらに熱水中で0.97倍から1.1倍の延伸を行う。
次に、シリコーン系化合物を主成分とする油剤を0.8〜1.2質量%となるよう付着処理し、複数の加熱ロールを通過させ乾燥緻密化し、引き続き130〜160℃の加圧スチーム下で3.0〜7.0倍延伸し、トータル延伸倍率を9から16倍とするアクリル前駆体繊維束の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載の製造方法により得た炭素繊維前駆体繊維束を焼成する請求項1から7記載の炭素繊維束の製造方法。

【公開番号】特開2010−285710(P2010−285710A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139335(P2009−139335)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】