説明

炭素繊維製造用前駆体繊維及びその製造方法

【課題】炭素繊維製造工程において特に耐炎化処理工程において、単糸同士の接着防止・単糸切れ防止などが少なく工程安定性が良好な炭素繊維製造用前駆体繊維を提供する。
【解決手段】シリコーン系油剤を付与してなる炭素繊維製造用アクリル系前駆体繊維であって、前記前駆体繊維中の油剤付着量が0.01〜0.25質量%であり、前記前駆体繊維を25℃から20℃/分で昇温して100℃になるまでの間に発生する最大収縮応力が5.0mN/30dtex以下であり、且つ単糸切れ数が1.5ヶ/m未満である炭素繊維製造用前駆体繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、50〜100℃に加熱したときの収縮応力が小さく且つ単糸切れ数が少ない炭素繊維製造用前駆体繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維製造用の前駆体繊維を原料として用い、これに耐炎化処理を施して耐炎化繊維を得ること、更にこの耐炎化繊維に炭素化処理を施して高性能炭素繊維を得ることは広く知られている。また、この方法は工業的にも実施されている。
【0003】
一般に、炭素繊維製造用の前駆体繊維は、ポリアクリロニトリル(PAN)系共重合体を紡糸してPAN系の原料繊維を得、このPAN系原料繊維を水洗、乾燥後、スチーム延伸して製造される。この前駆体繊維は200〜300℃の酸化性雰囲気下で延伸又は収縮を行いながら耐炎化処理された後、300℃以上、通常1000℃以上の不活性ガス雰囲気中で炭素化されて炭素繊維が製造される。
【0004】
上記前駆体繊維のうちでも、PAN系の原料繊維を製造する際の紡糸工程における溶剤として塩化亜鉛水溶液を用い、この塩化亜鉛系溶剤中で溶液重合し、この重合体を塩化亜鉛系溶剤中で湿式紡糸して得られるものが、分子量分布がシャープであることや、重合用溶媒と紡糸用溶媒が共通である等の利点があり広く用いられている。このようにして得られた炭素繊維は、高い強度、弾性率など良好な物性を有している。
【0005】
PAN系炭素繊維の製造においては、PAN系共重合体を紡糸、水洗、乾燥、スチーム延伸して炭素繊維用前駆体繊維を製造する速度と、炭素繊維用前駆体繊維を焼成(耐炎化処理、炭素化処理)して炭素繊維を製造する速度とが著しく異なる。その為、炭素繊維を製造する上で、2つの工程(前工程と後工程)に分割し、前工程で得られた中間繊維は炭素繊維用前駆体繊維として一時的に保存する事が一般的である。
【0006】
しかし、この保存中に炭素繊維用前駆体繊維は、繊維内部の分子の配向緩和が生じやすい。その為、前工程の最後に熱固定工程(熱セット工程)を設けて、その後の工程を安定化させて繊維内部の分子の配向緩和が起こらない様にする事もある(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
特許文献1に記載の発明は、その目的が分子の配向緩和が起こらない様にして高強度炭素繊維を提供するところにある。この目的を達成するために、PANを主成分とする共重合体を紡糸、スチーム延伸した後、表面温度150〜220℃の熱ロールにより3〜10%の弛緩を与えながら乾燥処理して炭素繊維用前駆体繊維を得、得られた前駆体繊維を炭素化することによって炭素繊維を製造する方法が提案されている。
【0008】
炭素繊維製造の効率を高めるためには、耐炎化処理工程において、単糸同士の接着防止・単糸切れ防止などの工程安定化を図ることが必要とされている。この工程安定化のため、紡糸してから耐炎化処理するまでの工程において、油剤、特にシリコーン系油剤を、紡糸、水洗、乾燥又はスチーム延伸後の繊維に付与することが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
特許文献2に記載されているように、シリコーン系油剤が過剰に付与される場合は、油剤コストが上がるばかりでなく、乾燥工程においてPAN系原料繊維から脱落して熱ロールに付着した油剤が熱ロール上でゲル化(ガムアップ)して熱ロールに原料繊維が巻付いて工程安定性も低下する。また、炭素繊維製造工程で用いる炉において特に耐炎化炉において、シリコーン系油剤の熱分解で生成するシリカパウダーが発生して炉を汚染する。
【0010】
更には、紡糸、水洗後の水膨潤状態にあるストランド形態のPAN系原料繊維に油剤を過剰に付与する場合、油剤成分がストランドの繊維間や繊維内部に過剰に残留し、炭素繊維の品質劣下の原因となる。その為、工程安定化、炭素繊維品質及び油剤コストの面から、油剤付着量を少なくすることが必要となる。
【0011】
しかし、油剤付着量を少なくしても、スチーム延伸後の熱セット工程、耐炎化工程での接触加熱時に摩擦により単糸切れなどの繊維損傷が発生して品位が悪くなり、更にはローラーへの巻付きが多くなるなど工程安定性に欠ける。例えば、特許文献1に記載の前駆体繊維は、熱ローラーによる熱セット処理を施して得られるため、油剤付着量を少なくすると、熱セット処理、耐炎化処理において上記の繊維品位悪化、工程安定性欠如などの不具合が起こる。
【0012】
なお、繊維に付着する油剤量を低減する具体的な方法としては、例えば特許文献3に記載されているように、水洗、油剤付与し乾燥した後に前駆体繊維に付着した油剤成分を界面活性剤による洗浄工程を通過させ、余分な油剤を除去する方法がある。しかし、洗浄及び回収した油剤を処理する工程を付け加える事となり、コスト高、及び工程が煩雑となるため好ましくない。また、この特許文献3に記載の方法では、繊維に付着する油剤量を低減しても、熱セット処理、耐炎化処理における繊維品位悪化、工程安定性欠如などの不具合は起こる。
【0013】
これに対し、特許文献4に記載されているように、乾熱ローラー等の熱ローラーによる熱セット処理を施さない場合は、前駆体繊維に残留する応力により繊維が収縮するため長期的に安定した前駆体繊維の品質を保持できない。
【0014】
更に、熱セット工程を経ずにスチーム延伸したままの前駆体繊維をボビンに巻取り、このボビンから前駆体繊維を耐炎化炉へ投入する場合は、前駆体繊維内部の分子に経時的に配向緩和が生じて繊維が収縮しボビンを損傷する。
【特許文献1】特開昭63−159526号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2005−89884号公報 (特許請求の範囲、段落番号[0005])
【特許文献3】特開2007−113141号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2004−60126号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者は、上記問題を解決するため検討を重ねた結果、以下のように考えるに到った。即ち、アクリロニトリルを所定量以上含有する単量体を重合した共重合体を湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維に、シリコーン系油剤を付与した後、乾燥、スチーム延伸処理して得られるスチーム処理繊維は、収縮応力が残留している。
【0016】
この収縮応力は、温度上昇に対する収縮応力の上昇割合が、図1に示すように60℃付近から急激に増加し、70〜80℃でピークを迎える。
【0017】
このことから、熱ローラーによる熱セット工程においてスチーム処理繊維を加熱する場合、繊維温度が60〜80℃に達すると繊維には急激な張力がかかり、熱ローラーと繊維との接圧が高くなり、延いては熱ローラーと繊維との間に大きな摩擦力が発生する。
【0018】
摩擦力は繊維損傷にも繋がる為、この繊維温度が60〜80℃に達する時点において適切な弛緩率で弛緩処理を開始することにより、弛緩処理される繊維を昇温する際に発生する収縮応力が軽減されることを見出した。そのため、この弛緩処理を施すことにより、スチーム処理繊維の油剤付着量が少ない場合でも、スチーム延伸処理後の熱セット工程、耐炎化工程におけるローラーと繊維との間の摩擦が軽減され、単糸切れなどの繊維損傷の発生が少なくなって、得られる前駆体繊維、耐炎化繊維の品位が良くなり、更にはローラーへの巻付きが少なくなるなどスチーム延伸後の工程の安定性が向上することを見出し、本発明を完成するに到った。
【0019】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した前駆体繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0021】
〔1〕 シリコーン系油剤を付与してなる炭素繊維製造用アクリル系前駆体繊維であって、前記前駆体繊維中の油剤付着量が0.01〜0.25質量%であり、前記前駆体繊維を25℃から20℃/分で昇温して100℃になるまでの間に発生する最大収縮応力が5.0mN/30dtex以下であり、且つ単糸切れ数が1.5ヶ/m未満である炭素繊維製造用前駆体繊維。
【0022】
〔2〕 水蒸気を用いたガス吸着量測定装置によって測定される湿度90%での水蒸気吸着量が15cm3/g以下である〔1〕に記載の炭素繊維製造用前駆体繊維。
【0023】
〔3〕 アクリロニトリルを90重量%以上含有する共重合体からなり、且つ繊維表面に襞を有する〔1〕又は〔2〕に記載の炭素繊維前駆体繊維。
【0024】
〔4〕 アクリロニトリルを90質量%以上含有する単量体を重合した共重合体を湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維に、シリコーン系油剤を付与した後、乾燥、スチーム延伸処理し、次いで、前記スチーム処理繊維を、温度を50〜240℃に設定した熱ローラーに接触させてスチーム処理繊維を加熱し、スチーム処理繊維の温度が60〜80℃に達した時点で弛緩処理を開始し、繊維の温度が120〜150℃に達するまで弛緩処理を行うことを特徴とする〔1〕乃至〔3〕の何れかに記載の炭素繊維製造用前駆体繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明の炭素繊維製造用前駆体繊維は、アクリル系繊維からなり、シリコーン系油剤が付与されてなる炭素繊維製造用前駆体繊維であって、繊維昇温時に発生する収縮応力が所定の低い範囲に制御されてなるので、繊維中の油剤付着量が少ないにも拘らず、耐炎化工程、炭素化工程におけるローラーと繊維との間の摩擦が軽減され、単糸切れなどの繊維損傷の発生が少なくなって、得られる耐炎化繊維、炭素繊維の品位が良くなり、更にはローラーへの巻付きが少なくなるなど耐炎化工程、炭素化工程の安定性が向上する。
【0026】
本発明の製造方法によれば、アクリロニトリルを所定量以上含有する単量体を重合した共重合体を湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維に、シリコーン系油剤を付与した後、乾燥、スチーム延伸処理し、次いで、得られるスチーム処理繊維と熱ローラーとの接触長、熱ローラー温度を、所定範囲に設定してスチーム処理繊維を加熱し、スチーム処理繊維が所定温度に達した時点で弛緩処理を開始しているので、上記耐炎化繊維、炭素繊維を製造するのに適した前駆体繊維を容易に安定して製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
本発明の炭素繊維製造用前駆体繊維は、アクリル系繊維からなり、シリコーン系油剤を付与してなる前駆体繊維である。また、本発明の炭素繊維製造用前駆体繊維は、繊維中の油剤付着量が0.01〜0.25質量%、好ましくは0.03〜0.10質量%と少ない。
【0029】
繊維中の油剤付着量が少ないにも拘らず、繊維を25℃から20℃/分で昇温して100℃になるまでの間に発生する収縮応力は5.0mN/30dtex以下と低い範囲に制御されてなり、且つ単糸切れ数は1.5ヶ/m未満、好ましくは1.0ヶ/m未満である。
【0030】
そのため、繊維中の油剤付着量が少ないにも拘らず、この前駆体繊維を処理する耐炎化工程、炭素化工程において、ローラーと繊維との間の摩擦が軽減され、単糸切れなどの繊維損傷の発生が少なくなって、得られる耐炎化繊維、炭素繊維の品位が良くなり、更にはローラーへの巻付きが少なくなるなど耐炎化工程、炭素化工程の安定性が向上する。
【0031】
本発明の炭素繊維製造用前駆体繊維は、水蒸気を用いたガス吸着量測定装置によって測定される湿度90%での水蒸気吸着量が好ましくは15cm3/g以下、より好ましくは11〜13.5cm3/gである。
【0032】
本発明の炭素繊維製造用前駆体繊維の製造方法、更には耐炎化繊維の製造方法、炭素繊維の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0033】
<紡糸原液>
本例の炭素繊維製造用前駆体繊維の製造方法に用いる出発原料の粗アクリル系繊維の紡糸原液は、アクリル系炭素繊維製造用の紡糸原液であれば従来公知のものが何ら制限なく使用できる。具体的には、アクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは94質量%以上含有する単量体を重合した共重合体からなる紡糸原液が挙げられる。アクリロニトリルと共重合する単量体としては、イタコン酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸等の公知の単量体が挙げられる。
【0034】
上記単量体の重合方法としては、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等を用いることができるが、そのまま紡糸できることから、溶液重合が好ましく、重合溶媒として塩化亜鉛溶媒を用いることが最も好ましい。
【0035】
紡糸する際の液(紡糸原液)は、塩化亜鉛水溶液を溶媒として用い、上記単量体を重合させた重合体溶液を、紡糸原液とすることが好ましい。
【0036】
紡糸原液の濃度は、炭素繊維前駆体繊維の比重に影響を与えるので、溶媒として塩化亜鉛水溶液を用いた場合、10〜40質量%が好ましく、20〜30質量%が更に好ましい。紡糸原液の濃度が低すぎる場合は、得られる炭素繊維前駆体繊維の比重が低くなり、低比重の炭素繊維が得られなくなる。一方、濃度が高すぎる場合は、ポリマーの溶媒に対する溶解度には限界があるため、紡糸原液が不均一な溶液になり好ましくない。
【0037】
<紡糸>
1つの紡糸口金に好ましくは1000〜30000の紡糸孔を有する紡糸口金から紡糸原液を紡出し、凝固させることにより炭素繊維製造用原料繊維の粗アクリル系繊維とする。この紡糸に際しては、低温に冷却した凝固液(紡糸する際の溶媒−水混合液)を入れた凝固浴中に紡出する方法、湿式紡糸方法又は乾湿式紡糸方法等を用いることができるが、直接凝固液に紡出する湿式紡糸方法が好ましい。乾湿式紡糸方法は、空気中にまず吐出させた後、3〜5mm程度の空間を有して凝固浴に投入し凝固させる方法である。最終的に得られた炭素繊維が表面に襞を形成し、樹脂との接着性が期待できるので、湿式紡糸方法がより好ましい。
【0038】
<紡糸工程油剤付与処理>
凝固して得られる上記粗アクリル系繊維は、水洗・紡糸工程油剤付与・乾燥・スチーム延伸処理し、延伸処理後の炭素繊維製造用の粗アクリル系繊維とする。
【0039】
水洗後の粗アクリル系原料繊維は、その後、紡糸工程油剤の付与処理を施す。この紡糸工程油剤の付与は、乾燥・スチーム延伸・耐炎化工程での膠着防止及び開繊性を向上させる目的で行われる。紡糸工程油剤の付着量は、紡糸工程油剤付与後の繊維質量に対し0.01〜0.25質量%、好ましくは0.03〜0.10質量%である。
【0040】
紡糸工程油剤としてはシリコーン系油剤を用い、このシリコーン系油剤と親水基を持つ浸透性油剤とを組み合わせて用いることが好ましい。
【0041】
浸透性油剤は官能基として、スルフィン酸、スルホン酸、燐酸、カルボン酸やそのアルカリ金属塩、アンモニウム塩、その誘導体を有するものが好ましい。これらの浸透性油剤のうちでも、浸透しやすい燐酸アンモニウム若しくはその誘導体を用いるのが特に好ましい。
【0042】
シリコーン系油剤は、未変性あるいは変性されたものの何れでもよいが、変性シリコーンがより好ましい。変性シリコーンの中でもエポキシ変性シリコーン、エチレンオキサイド変性シリコーン、ポリシロキサン、アミノ変性シリコーンが好ましく、特に好ましくはアミノ変性シリコーンである。
【0043】
<乾燥処理>
乾燥工程においては、熱風乾燥機で乾燥することが好ましい。乾燥温度については、70〜150℃に適宜調節することが好ましく、80〜140℃に適宜調節することが更に好ましい。乾燥時間については、1〜10分間が好ましい。
【0044】
<スチーム延伸処理>
スチーム延伸条件において、温度は100〜150℃、飽和スチーム圧力は0.1〜5.0MPa(絶対圧)とすることが好ましい。延伸倍率は、水洗・乾燥・スチーム延伸処理を通してのトータル延伸倍率で10〜15倍とすることが好ましい。
【0045】
<弛緩処理>
上記スチーム延伸処理後の繊維は、温度を50〜240℃、好ましくは100〜200℃に設定した熱ローラーに繊維を接触させて加熱し、繊維の温度が60〜80℃に達した時点で弛緩処理を開始し、繊維の温度が120〜150℃に達するまで弛緩処理を行い、アクリル系繊維からなる炭素繊維製造用前駆体繊維を得る。
【0046】
この弛緩処理は、例えば熱処理室を有し、熱処理室内に段数5〜25段の熱ローラーを有する弛緩処理装置であって、熱ローラーの設定温度は、スチーム処理繊維が供給される上流から処理された繊維が搬出される下流にかけて徐々に上げ、最下流の熱ローラーの温度を130〜250℃、好ましくは150〜180℃に設定する。そして、繊維の温度が60〜80℃に達した時点の熱ローラーから繊維の温度が120〜150℃に達した時点の熱ローラーまでのローラー速度を低速にする弛緩条件で弛緩処理することにより行うことができる。
【0047】
更に具体的には、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて最下流の熱ローラー温度が180℃に設定された段数10段の熱ローラー全部を粗アクリル系繊維が通過する時間が5秒の場合、粗アクリル系繊維の温度が60〜80℃に達するには、0.2〜3秒かかる。
【0048】
なお、弛緩処理における繊維の弛緩率[Rr(%)]は、延伸倍率をRdとすると次式
r = ( 1 − Rd ) × 100
で算出される。弛緩処理とは、弛緩率が0%を超えることであり、0.5〜5%とすることがより好ましい。
【0049】
<耐炎化工程油剤付与処理>
上記弛緩処理後のアクリル系繊維からなる炭素繊維製造用前駆体繊維は、耐炎化工程での工程安定化のため、必要に応じて耐炎化工程油剤付与処理を施す。この耐炎化工程油剤の付与は、耐炎化工程での膠着防止及び開繊性を向上させる目的で、炭素繊維の高強度化、高伸度化に有効である。耐炎化工程油剤の付着量は、前駆体繊維質量に対し0.01〜0.20質量%である。
【0050】
耐炎化工程油剤としては、前述の紡糸工程油剤と同じシリコーン系油剤を用いる。このシリコーン系油剤と親水基を持つ浸透性油剤とを組み合わせて用いることが好ましい。浸透性油剤は前記と同様である。
【0051】
<耐炎化処理>
前駆体繊維は、引き続き加熱空気中230〜260℃で30〜100分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、アクリル系繊維からなる前駆体繊維において、アクリル系繊維の環化反応を生じさせ、酸素結合量を増加させて不融化させて耐炎化繊維を得る。
【0052】
この耐炎化処理は、一般的に、延伸倍率1.00〜1.20の範囲で延伸されることが好ましい。この耐炎化処理により、繊維密度1.33〜1.36g/cm3の耐炎化繊維が得られる。耐炎化時の張力は上記延伸倍率の範囲を超えない限り特に限定されない。
【0053】
<第一炭素化処理>
上記耐炎化繊維は、従来の公知の方法を採用して炭素化することができる。例えば、窒素雰囲気下300〜800℃で焼成炉(第一炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の炭素化(第一炭素化)をする。
【0054】
<第二炭素化処理>
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下で昇温し、焼成炉(第二炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、第一炭素化繊維の張力を制御して弛緩条件で焼成する。
【0055】
焼成温度については、第二炭素化炉で温度勾配をかけていき、最高温度領域で、好ましくは800℃から2500℃、より好ましくは1200℃から2100℃がよい。
【0056】
炉内の高温部での滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られることになるので好ましくない。
【0057】
<表面酸化処理>
上記第二炭素化処理繊維は、引き続き表面酸化処理を施す。表面酸化処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、液相処理が好ましい。液相処理のうちでも、液の安全性・安定性の面から、電解液を用いる電解処理が好ましい。電解酸化処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機水酸化物、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類などが挙げられる。
【0058】
<サイジング処理>
上記表面酸化処理後の繊維は、必要に応じ、引き続いてサイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における処理条件、並びに、スチーム延伸処理後の粗アクリル系繊維、前駆体繊維、耐炎化繊維及び炭素繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0060】
[シリコーン系油剤の付着量]
JIS L 1013に規定された方法により、油剤付与後の繊維のシリコーン系油剤付着量を測定した。
【0061】
[水蒸気吸着量]
スチーム延伸処理後の粗アクリル系繊維の水蒸気吸着量は、粗アクリル系繊維を長さ100cm程度(0.3g程度)に切り出したものを、Quantachrome社製全自動ガス吸着量装置「AUTOSORB−1」を使用し、下記条件
吸着ガス:H2
死容積:He
吸着温度:293K
測定範囲:相対圧(P/Po) = 0〜1.0
P:測定圧、Po:H2Oの飽和蒸気圧
により測定した。湿度90%での水蒸気吸着量の値は、相対圧(P/Po)が0.9となる箇所で得た値である。
【0062】
[収縮応力]
Bruker AXS社製の熱機械分析装置TMA 4000Sを用い、以下
1.前駆体繊維を採取し、フィラメント30本を束ね、測定有効長1.0cmとして繊維測定用の治具に固定する。
2.定長モードに設定し、50〜100℃の間で昇温速度20℃/分の条件で、この間の荷重を測定する。
3.測定された50〜100℃における最大荷重を、下式
収縮応力=50〜100℃測定荷重(mN)/前駆体繊維試料の繊度(30dtex)
により繊度当たりに換算し、50〜100℃最大収縮応力とする。
の手法により測定した。
【0063】
[弛緩処理工程安定性の評価]
弛緩処理工程安定性の評価は、以下
◎ … 巻付き回数(回/1日) ≦ 0.5
○ … 0.5 < 巻付き回数(回/1日) ≦ 1
△ … 1 < 巻付き回数(回/1日) ≦ 5
× … 巻付き回数(回/1日) > 5
の四段階で評価した。
【0064】
[単糸切れの評価]
炭素繊維前駆体繊維は油剤が付着している為に、単糸切れがあったとしても外観では確認し難い。その為、単糸切れの測定は、以下
1.前駆体繊維に付着する油剤をアセトンで洗浄する。
2.前駆体繊維を2時間風乾する。
3.前駆体繊維を1m切り出して広げ、目視にて単糸切れ数をカウントする。
の手法で行い、前駆体繊維の単糸切れ発生状態を、以下
◎ … 1ヶ/m未満
〇 … 1〜1.5ヶ/m
△ … 1.5〜2ヶ/m
× … 2ヶ/m以上
の四段階で評価した。
【0065】
[実施例1]
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を、1つの紡糸口金に3000の孔を有する紡糸口金を通して、6℃の25質量%塩化亜鉛水溶液中に吐出して凝固させ、原料繊維の粗アクリル系繊維を得た。
【0066】
この粗アクリル系繊維を水洗後、紡糸工程油剤処理浴に導き、紡糸工程油剤としてアミノ変性シリコーン油剤を表1に示す量を付与し、紡糸工程油剤付与粗アクリル系繊維を得た。
【0067】
この紡糸工程油剤付与粗アクリル系繊維を140℃で乾燥させた。その後、温度120℃で延伸倍率が6倍になるようにスチーム延伸を行い、フィラメント数3000のスチーム処理繊維を得た。
【0068】
このスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、3番目の熱ローラー温度が105℃、最下流の熱ローラー温度が180℃に設定された段数10段の熱ローラーを有する熱処理室内を4秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから3番目の熱ローラーで65℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで140℃に達し、最下流の熱ローラーで170℃に達した。上記3番目の熱ローラーから8番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、3番目の熱ローラーから8番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。熱処理室内通過による繊維弛緩率は2.0%であった。最上流の熱ローラーから3番目の熱ローラーまで繊維が通過するのにかかった時間(繊維予熱時間)は0.5秒であった。
【0069】
得られた前駆体繊維は、油剤付着量が0.05質量%、水蒸気を用いたガス吸着量測定装置によって測定される湿度90%での水蒸気吸着量が13.1cm3/g、単糸切れの評価が○、弛緩処理工程安定性の評価が○、繊維を熱機械測定装置に置き25℃から20℃/分で昇温して100℃になるまでの間に発生する最大収縮応力が4.1mN/30dtexと良好なものであった。
【0070】
[実施例2〜4]
実施例1で得られたスチーム処理繊維に、表1に示す熱処理室における弛緩率の条件で弛緩処理を施した以外は、実施例1と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0071】
[比較例1]
実施例1で得られたスチーム処理繊維が、最上流の熱ローラーから最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーまでの熱ローラー間において弛緩処理を施した以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0072】
[実施例5]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、8番目の熱ローラー温度が120℃、最下流の熱ローラー温度が180℃に設定された段数17段の熱ローラーを有する熱処理室内を6.8秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで80℃に達し、最上流の熱ローラーから14番目の熱ローラーで140℃に達し、最下流の熱ローラーで170℃に達した。上記8番目の熱ローラーから14番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、8番目の熱ローラーから14番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0073】
[比較例2]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、10番目の熱ローラー温度が130℃、最下流の熱ローラー温度が180℃に設定された段数20段の熱ローラーを有する熱処理室内を8秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから10番目の熱ローラーで95℃に達し、最上流の熱ローラーから16番目の熱ローラーで140℃に達し、最下流の熱ローラーで170℃に達した。上記10番目の熱ローラーから16番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、10番目の熱ローラーから16番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0074】
[比較例3]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、8番目の熱ローラー温度が170℃、最下流の熱ローラー温度が180℃に設定された段数17段の熱ローラーを有する熱処理室内を6.8秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで150℃に達し、最上流の熱ローラーから14番目の熱ローラーで165℃に達し、最下流の熱ローラーで170℃に達した。上記8番目の熱ローラーから14番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、8番目の熱ローラーから14番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0075】
[比較例4]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、3番目の熱ローラー温度が105℃、最下流の熱ローラー温度が150℃に設定された段数10段の熱ローラーを有する熱処理室内を4秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから3番目の熱ローラーで65℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで110℃に達し、最下流の熱ローラーで140℃に達した。上記3番目の熱ローラーから8番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、3番目の熱ローラーから8番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0076】
[実施例6]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、3番目の熱ローラー温度が105℃、最下流の熱ローラー温度が170℃に設定された段数10段の熱ローラーを有する熱処理室内を4秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから3番目の熱ローラーで65℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで130℃に達し、最下流の熱ローラーで160℃に達した。上記3番目の熱ローラーから8番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、3番目の熱ローラーから8番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0077】
[比較例5]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を、最上流の熱ローラー温度が100℃、順次温度を上げて、3番目の熱ローラー温度が105℃、最下流の熱ローラー温度が200℃に設定された段数10段の熱ローラーを有する熱処理室内を4秒で通過させて弛緩処理を施し、炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。繊維温度は、最上流の熱ローラーで50℃に達し、最上流の熱ローラーから3番目の熱ローラーで65℃に達し、最上流の熱ローラーから8番目の熱ローラーで160℃に達し、最下流の熱ローラーで190℃に達した。上記3番目の熱ローラーから8番目までの熱ローラー間を低速で運転することにより、3番目の熱ローラーから8番目の熱ローラーまでの間を弛緩条件にした。これらの条件以外は、実施例3と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0078】
[比較例6]
実施例1で得られたスチーム処理繊維を弛緩処理せずに、そのまま炭素繊維製造用前駆体繊維にしたものであり、その物性を表1に示す。
【0079】
[比較例7]
実施例1で得られた原料繊維の粗アクリル系繊維に油剤を付与せずにスチーム処理繊維を得、このスチーム処理繊維に弛緩処理を施した以外は、実施例2と同様に処理を行った。しかし、工程の途中で糸切れが発生し、目的の繊維を得ることはできなかった。
【0080】
[実施例7〜10、比較例8]
実施例1で得られた原料繊維の粗アクリル系繊維に、表1に示す油剤付着量でアミノ変性シリコーン油剤を付与してスチーム処理繊維を得、このスチーム処理繊維に弛緩処理を施した以外は、実施例2と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0081】
[比較例9〜10]
実施例1で得られた原料繊維の粗アクリル系繊維に、表1に示す油剤付着量でアミノ変性シリコーン油剤を付与してスチーム処理繊維を得、このスチーム処理繊維に弛緩処理を施さずに(繊維弛緩率0%で)熱セット処理を行った以外は、実施例2又は9と同様に処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0082】
[比較例11]
実施例1で得られた原料繊維の粗アクリル系繊維に、表1に示す油剤付着量でアミノ変性シリコーン油剤を付与してスチーム処理繊維を得た以外は、比較例9と同様に弛緩処理を施さずに(繊維弛緩率0%で)熱セット処理を行い、表1に示す物性の炭素繊維製造用前駆体繊維を得た。
【0083】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】スチーム処理繊維における温度上昇に対する収縮応力の上昇を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコーン系油剤を付与してなる炭素繊維製造用アクリル系前駆体繊維であって、前記前駆体繊維中の油剤付着量が0.01〜0.25質量%であり、前記前駆体繊維を25℃から20℃/分で昇温して100℃になるまでの間に発生する最大収縮応力が5.0mN/30dtex以下であり、且つ単糸切れ数が1.5ヶ/m未満である炭素繊維製造用前駆体繊維。
【請求項2】
水蒸気を用いたガス吸着量測定装置によって測定される湿度90%での水蒸気吸着量が15cm3/g以下である請求項1に記載の炭素繊維製造用前駆体繊維。
【請求項3】
アクリロニトリルを90重量%以上含有する共重合体からなり、且つ繊維表面に襞を有する請求項1又は2に記載の炭素繊維前駆体繊維。
【請求項4】
アクリロニトリルを90質量%以上含有する単量体を重合した共重合体を湿式紡糸して得られる粗アクリル系繊維に、シリコーン系油剤を付与した後、乾燥、スチーム延伸処理し、次いで、前記スチーム処理繊維を、温度を50〜240℃に設定した熱ローラーに接触させてスチーム処理繊維を加熱し、スチーム処理繊維の温度が60〜80℃に達した時点で弛緩処理を開始し、繊維の温度が120〜150℃に達するまで弛緩処理を行うことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の炭素繊維製造用前駆体繊維の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−77578(P2010−77578A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250807(P2008−250807)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】