説明

燃料電池セパレータ用耐食皮膜および燃料電池セパレータ

【課題】燃料電池のセパレータの表面を被覆して、低い接触抵抗を長期間維持する効果を付与し、かつ低コストで生産性に優れた耐食皮膜、およびこれを用いたセパレータを提供する。
【解決手段】本発明に係るセパレータ10は、Ti,Al,SUS等の金属材料からなる基材1の表面に、耐食層21とAu,Ptから選択される1種以上の貴金属元素からなる導電層22とを積層した耐食皮膜2を備える。耐食層21は、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、前記非貴金属元素の含有量を50〜90原子%とすることにより非晶質合金となって、通常のスパッタリング法等で薄膜に成膜してもピンホールを形成し難く、基材1が露出しない。このような耐食層21を下地に備えることにより、セパレータ10は、表面の導電層22を薄膜としてコストを抑えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に使用される燃料電池セパレータの表面を被覆して耐食性を付与する皮膜およびそれを用いた燃料電池セパレータに関する。
【背景技術】
【0002】
水素等の燃料と酸素等の酸化剤を供給し続けることで継続的に電力を取り出すことができる燃料電池は、乾電池等の一次電池や鉛蓄電池等の二次電池とは異なり、発電効率が高くシステム規模の大小にあまり影響されず、騒音や振動も少ないため、多様な用途・規模をカバーするエネルギー源として期待されている。燃料電池は、具体的には、固体高分子型燃料電池(PEFC)、アルカリ電解質型燃料電池(AFC)、リン酸型燃料電池(PAFC)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC)、固体酸化物型燃料電池(SOFC)、バイオ燃料電池等として開発されている。中でも、燃料電池自動車や、家庭用コジェネレーションシステム、携帯電話やパソコン向けとして、固体高分子型燃料電池の開発が進められている。
【0003】
固体高分子型燃料電池(以下、燃料電池という)は、固体高分子電解質膜をアノード電極とカソード電極とで挟んだものを単セルとし、ガス(水素、酸素等)の流路となる溝が形成されたセパレータ(バイポーラプレートとも呼ばれる)を介して前記単セルを複数個重ね合わせて構成される。
【0004】
セパレータは、燃料電池の薄型化・軽量化のため、薄肉化を可能とするための高強度および加工性が要求されている。また、セパレータは、燃料電池において発生した電流を外部へ取り出すための部品でもあるので、その材料には、接触抵抗(電極とセパレータ表面との間で、界面現象のために電圧降下が生じることをいう。)が低く、それがセパレータとしての使用中に長期間維持されるという特性が要求される。さらに、燃料電池の内部はpH2〜4程度の酸性雰囲気であるため、セパレータは高耐食性も要求される。これらの要求を満足するため、従来から、低抵抗で、かつ加工性および強度に優れたアルミニウム、チタン、ニッケル、それらを基とする合金、あるいはステンレス鋼等の金属材料を基材とし、これに金(Au)等の貴金属を被覆して耐食性および導電性を付与したセパレータが検討されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、ステンレス鋼からなる基材の表面に厚さ10〜60nmの金めっきを施したセパレータが記載されている。また、特許文献2には、ステンレス鋼やチタン材を基材として用い、その表面にAu等の貴金属または貴金属合金を厚さ5nm以上で付着させた、あるいは前記基材表面の酸化皮膜を除去した後に、貴金属または貴金属合金を付着させたセパレータが記載されている。また、貴金属の使用量を抑えるために、特許文献3には、ステンレス鋼からなる基材の表面の酸化皮膜を除去した後に、Ta,Zr,Nb等の非貴金属からなる耐酸性皮膜を形成し、その上にAu,Pt,Pdから選択される貴金属からなる厚さ0.1μm以下の導電性皮膜を形成したセパレータが記載されている。一方、特許文献4には、ステンレス鋼やアルミニウム等の金属からなる基材に、当該基材の酸化皮膜を残したまま、Ti,Zr,Hf,Nb,Ta等から選択される元素からなる中間層と炭素からなる導電性薄膜とを積層したセパレータが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開2001−6713号公報
【特許文献3】特開2001−93538号公報
【特許文献4】特開2004−185998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1,2に記載されたセパレータは、強酸性、高温、高圧といった燃料電池内部の厳しい酸性雰囲気中に曝された場合、表面のAu膜が凝集・剥離する場合がある。その結果、基材が露出して、その基材表面に形成される酸化皮膜等により導電性が著しく劣化することになる。したがって、これらのセパレータは燃料電池に使用された場合、使用当初の接触抵抗を低くすることは可能であるが、これを長期間維持することができず、経時的に接触抵抗が上昇して電流損失を生じ、燃料電池の性能が低下する虞がある。また、基材が腐食して、溶出した金属イオンによって固体高分子電解質膜を劣化させる虞がある。
【0008】
また、特許文献3,4に記載されたセパレータは、基材にTa,Zr,Nb等の金属膜を形成する方法としてスパッタリング法を挙げているが、これらの高融点金属を通常のスパッタリング法で成膜するとピンホールを有する金属膜となって、露出した基材が腐食する虞がある。
【0009】
本発明は前記問題点に鑑みてなされたものであり、低い接触抵抗を長期間維持して使用でき、かつコストを抑え、生産性に優れた燃料電池セパレータ、およびこのような燃料電池セパレータとするための皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
優れた導電性および耐食性を有するAu,Ptのような貴金属で基材を被覆すれば、導電性を酸性雰囲気中でも維持できるセパレータとすることができるが、基材を露出させないためには十分な厚さが必要であり、コスト高となる。特に、純Auからなる膜は、厚さ10nm以下に薄くすると、基材上で凝集して基材を露出させる。一方、耐食性に優れたTa等の非貴金属は、高融点金属であるため、スパッタリング法等で成膜するとピンホールが形成され易い。厚膜化したり、成膜時に基材に対して加熱したりバイアス印加することでピンホール形成を抑制することも可能ではあるが、いずれも生産性に劣る。また、この成膜方法の場合は、高温強度の低いアルミニウムやアルミニウム合金からなる基材は、熱で変形するため適用できない。
【0011】
本発明者らは、Au,Ptから選択される貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される非貴金属元素とを、所定比で合金化すると、結晶構造が非晶質化し、この非晶質合金はそれぞれの金属元素と同様に優れた耐食性を有する上、例えば厚さ10nm以下の薄膜に成膜されてもピンホールが形成されず、かつ貴金属元素が凝集しないため、皮膜とすると基材を露出させないことを見出した。ただし、非貴金属元素の酸化皮膜により導電性が低下するため、前記非晶質合金は耐食性を付与するための下地層として基材表面に備え、その上にAu,Ptから選択される貴金属を導電層として積層したセパレータとすることに至った。このようなセパレータにおいては、表面の導電層においてAu,Ptが凝集しても、耐食性を有する下地層があるため、基材の露出には至らない。
【0012】
すなわち、前記課題を解決した本発明に係る燃料電池セパレータ用耐食皮膜は、燃料電池セパレータにおいて表面を被覆する皮膜であって、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、前記非貴金属元素の含有量が50〜90原子%である耐食層と、この耐食層上に積層され、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素からなる導電層と、を備えることを特徴とする。
【0013】
このような割合での貴金属元素と非貴金属元素の合金を耐食層とすることで、非晶質合金となって、燃料電池内部の厳しい酸性雰囲気に適応できる優れた耐食性を有する上、ピンホールがなく、また凝集しないため、基材を露出させることがない。そして、その上に貴金属で導電層を形成することで、燃料電池セパレータとして必要な導電性を備えることができ、また耐食層により基材の露出は防止されるため、導電層は厚膜化する必要がない。
【0014】
本発明に係る燃料電池セパレータ用耐食皮膜においては、前記導電層が、前記貴金属元素にさらにNb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素を65原子%以下含有する合金であってもよい。導電性を損ねない範囲で、下地層である耐食層と同様に非貴金属元素を含有する合金とすることで、耐食層への密着性を高くすることができる。
【0015】
本発明に係る燃料電池セパレータは、チタン、チタン合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ステンレス鋼から選択される1種からなる基材に、前記の燃料電池セパレータ用耐食皮膜を被覆してなる。これらの金属材料からなる基材は、加工性および強度に優れ、燃料電池セパレータ用基材として好適である。そして、前記の燃料電池セパレータ用耐食皮膜の形成においては、例えば高温強度の低いアルミニウムのような材料を基材としても、熱変形することなく容易に製造できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る燃料電池セパレータ用耐食皮膜によれば、基材の材料を特定せず、通常のスパッタリング法で、低い接触抵抗を長時間維持することができる燃料電池セパレータを製造することができる。そして、本発明に係る燃料電池セパレータによれば、セパレータに好適な加工性および強度を有する金属からなる基材に前記燃料電池セパレータ用耐食皮膜を形成することにより、低い接触抵抗を長時間維持することができる燃料電池セパレータを低コストで製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る燃料電池セパレータの構成を模式的に示す断面図である。
【図2】接触抵抗の測定方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る燃料電池セパレータ用耐食皮膜および燃料電池セパレータについて詳細に説明する。図1に示すように、本発明に係る燃料電池セパレータ用耐食皮膜(以下、耐食皮膜という)2は、基材1を被覆して、本発明に係る燃料電池セパレータ(以下、適宜セパレータという)10を構成する。さらに、耐食皮膜2は、基材1の表面に形成された耐食層21と、その上に形成された導電層22と、の積層膜で構成される。以下、各要素について詳細に説明する。
【0019】
〔耐食皮膜〕
(耐食層)
耐食層21は、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、非貴金属元素の含有量は50〜90原子%である。Nb,Ta,Zr,Hfは、不働態皮膜を形成することで耐食性を有し、これらの非貴金属元素を基とする合金からなる膜を被覆することで、セパレータ10に優れた耐食性を付与する。一方、Nb,Ta,Zr,Hfは、いずれも高融点金属であり、これらの金属は成膜時に原子が表面拡散し難いため、金属膜中にピンホールを形成し易い。ピンホールの形成は厚膜化することで防ぐことができるが、膜の生産性が低下する。しかし、貴金属元素Au,Ptとの合金として、これらの非貴金属元素の含有量を90原子%以下に制限することで、合金の結晶構造が非晶質化し、膜厚3nm以下の薄膜としてもピンホールが形成されない。非貴金属元素の含有量が90原子%を超えると、合金は当該非貴金属元素Nb,Ta,Zr,Hfの結晶構造となる。非貴金属元素の含有量が85原子%以下であれば、耐食層21の多くを非晶質合金とすることができて好ましい。
【0020】
Au,Ptは互いに類似する性質を有する貴金属元素であり、遷移金属であるので導電性に優れ、また不働態皮膜を形成しなくとも耐酸性に優れているため、酸性雰囲気中でも導電性を維持できる。そのため、これらの貴金属元素は後記する導電層22に含有されており、耐食層21にも含有されることで、導電層22との密着性を高くする作用も有する。さらに、貴金属元素の含有量が35原子%以上になると、耐食層21は導電性を有するようになるが、一方で、Au,Ptの固溶体が分離する傾向を示すようになり、非晶質相との相界面が形成されて、耐食層21が膜厚5nm以下の薄膜の場合にピンホールを形成する場合がある。さらに、貴金属元素の含有量が50原子%を超えると、すなわち非貴金属元素の含有量が50原子%未満になると、セパレータ10の耐食皮膜2において、特に耐食層21が膜厚10nm以下の場合は、長期間使用されるとこれらの貴金属元素が凝集して基材1が露出し、腐食を防ぐことができなくなる。したがって、耐食層21において、非貴金属元素の含有量は50〜90原子%とし、好ましくは65原子%を超え90原子%以下、さらに好ましくは65原子%を超え85原子%以下である。また、耐食層21の厚さは特に限定されるものではないが、セパレータ10に十分な耐食性を付与するためには、2nm以上が好ましく、一方、厚すぎても効果が飽和して生産性が低下するため、50nm以下が好ましい。
【0021】
(導電層)
導電層22は、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素からなる。前記した通り、貴金属元素Au,Ptは、酸性雰囲気中でも導電性を維持できる。したがって、これらの貴金属Au,PtまたはAu−Pt合金で形成されることにより、導電層22は、燃料電池内部の厳しい酸性雰囲気中においても導電性を維持できる。なお、セパレータ10の耐食皮膜2において、特に導電層22が膜厚10nm以下の場合は、長期間使用されると貴金属元素が凝集する場合があるが、下地に耐食層21が形成されているため、基材1が露出することはなく、腐食を防止できる。
【0022】
導電層22は、前記貴金属元素に、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素を65原子%以下添加した合金で形成されてもよい。これらの非貴金属元素は前記した耐食層21に含まれるため、導電層22にも添加することで耐食層21への密着性をさらに高くする作用を有する。この効果を十分なものとするため、非貴金属元素の含有量は5原子%以上が好ましく、多く添加するほど密着性が高くなる。一方、非貴金属元素の含有量が増大するにしたがい、これらの非貴金属元素の不働態皮膜により導電性が低下するため、非貴金属元素の含有量は65原子%以下とし、好ましくは60原子%以下である。また、導電層22の厚さは特に限定されるものではないが、セパレータ10に十分な導電性を付与するためには、2nm以上が好ましく、一方、厚すぎても効果が飽和してコスト高となるため、50nm以下が好ましい。
【0023】
耐食層21、導電層22にそれぞれ含まれる貴金属元素は同一の元素であっても異なる元素(例えば、耐食層21がAu、導電層22がPt)であってもよい。同様に、導電層22に非貴金属元素を添加する場合は、耐食層21に含まれる非貴金属元素と同一の元素でなくてもよい。しかし、基材1に耐食皮膜2を形成する際、好ましくは後記するようにPVD法で耐食層21、導電層22を連続して形成する。このとき、耐食層21、導電層22を構成する貴金属元素および非貴金属元素をそれぞれ共通とすれば、PVD装置に備え付ける膜材料(スパッタリングターゲット等)を最少で貴金属元素、非貴金属元素の各1種類すなわち合計2種類とすることができるため、生産性および装置の簡潔性の点で好ましい。
【0024】
基材1への耐食皮膜2の形成は、常温でも形成できるPVD法により行うことが、基材1へのダメージ(反りや強度低下等)を少なくできる上、耐食層21、導電層22を連続して形成でき、また比較的広い面積に成膜することができて生産性が向上するので好ましい。PVD法としては、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法等が挙げられ、特にスパッタリング法によれば耐食層21、導電層22のそれぞれの組成および厚さを制御し易く好適である。スパッタリング法を用いる方法の一例として、貴金属ターゲットと非貴金属ターゲットとを、スパッタリング装置の別々の電極に取り付け、それぞれのターゲット(電極)の出力を変化させてスパッタリングを行うことで、組成の異なる耐食層21、導電層22を連続して成膜することができる。別の方法としては、耐食層21、導電層22を構成する合金(および貴金属)にそれぞれ合わせて調整した合金ターゲット(および貴金属ターゲット)を、別々の電極に取り付け、出力する電極を切り換えてスパッタリングを行ってもよい。
【0025】
〔セパレータ〕
(基材)
本発明に係るセパレータ10の基材1は、チタンあるいはチタン合金のような耐食性に優れた材料も、アルミニウムあるいはアルミニウム合金、またはSUS304,SUS316等のステンレス鋼のような燃料電池内部の厳しい酸性雰囲気中における耐食性が不十分な材料も適用できる。コストの面では、アルミニウムやステンレス鋼が好ましい。なお、基材1は、表面の酸化皮膜(不働態皮膜)を除去せずに、耐食皮膜2(耐食層21)を形成することができる。さらに、基材1は、耐食皮膜2を形成する前に酸洗処理を行うと、表面に安定して不動態皮膜を形成することができて、より好ましい。特に、ステンレス鋼等のFeを含有する材料からなる基材1においては、耐食皮膜2の形成後に後記の熱処理を施した場合、酸化皮膜がないと、基材1のFeが耐食皮膜2(耐食層21、導電層22)中、さらに表面にまでに拡散する虞がある。燃料電池内部で、このセパレータ10の表面からFeが溶出することにより、固体高分子電解質膜を劣化させてしまう。
【0026】
基材1の厚さは特に限定されるものではないが、例えばステンレス鋼を用いた場合、燃料電池用のセパレータ10の基材としては、0.05〜0.5mmにすることが好ましい。基材1の厚さをこのような範囲とすれば、セパレータ10の軽量化・薄型化の要求を満足し、かつ、かかる厚さに加工することが比較的容易であり、板材としての強度やハンドリング性を備えることができる。基材1は公知の方法で製造され、熱間・冷間圧延等で前記の所望の板厚とした後、必要に応じて焼鈍等で調質して、プレス加工等で所望の形状とし、またガス流路となる溝を形成することにより製造することができる。
【0027】
〔セパレータの製造方法〕
本発明に係るセパレータ10は、前記したように基材1を製造し、この基材1の表面(少なくとも片面)に耐食皮膜2(耐食層21、導電層22)を形成して製造され、さらにその後、200〜800℃で熱処理を施すことが好ましい。このような温度範囲で熱処理を施すことにより、基材1(または基材1の酸化皮膜)と耐食層21、耐食層21と導電層22で、それぞれ元素が相互に拡散して、互いの密着性が向上すると共に導電性が向上する。
【0028】
熱処理において温度が低いと、前記元素の相互拡散が十分に行われず、前記効果が十分に得られない。したがって、熱処理温度は200℃以上とし、好ましくは300℃以上である。一方、熱処理温度が高すぎると、前記元素の相互拡散が速すぎて過剰に相互拡散し、セパレータ10の最表面すなわち導電層22の表面において、貴金属元素が減少して非貴金属元素の不働態皮膜の面積割合が増え、接触抵抗が高くなる。また、ステンレス鋼等を基材1に用いた場合、その表面の酸化皮膜が消失して、基材1のFeがセパレータ10の最表面まで拡散する虞がある。したがって、熱処理温度は800℃以下とし、好ましくは650℃以下、さらに好ましくは600℃以下である。また、このような温度範囲であっても長時間熱処理を施すと、前記元素の相互拡散が過剰になるため、熱処理の時間を熱処理の温度に対して適宜調整することが好ましい。例えば、熱処理温度が500℃程度の場合、熱処理時間は1〜5分が好ましい。
【0029】
また、熱処理において酸素分圧を低くすると、耐食層21、あるいはさらに導電層22にも含有される非貴金属元素がこの熱処理で酸化され難くなるため、これらの層の導電性が低下せず、耐食皮膜2が剥離し難く、耐酸性および導電性に優れ、低い接触抵抗を長期間維持する燃料電池用のセパレータ10を製造できる。具体的には、0.01Pa以下で熱処理を行うことが好ましい。したがって、熱処理は、少なくとも200〜800℃の熱処理温度で熱処理を行うことができ、好ましくは雰囲気調整ができる熱処理炉であれば、電気炉、ガス炉等、どのような熱処理炉でも用いることができる。
【0030】
以上、本発明に係る燃料電池セパレータおよびその耐食皮膜について、本発明を実施するための形態について説明したが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と比較して説明する。なお、本発明はこの実施例および前記形態に限定されるものではなく、これらの記載に基づいて種々変更、改変等したものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【実施例】
【0031】
(基材の作製)
燃料電池セパレータの試験材は、次のようにして作製した。まず、SUS316Lの冷間圧延板(板厚0.1mm)を20mm×50mmに切断し、アセトンで超音波洗浄を施し、さらにフッ酸と硝酸の混合溶液で酸洗して基材とした。
【0032】
(耐食皮膜の形成)
得られた基材を用いて、燃料電池セパレータの試験材を作製した。耐食層および導電層を形成する金属または合金の成分として、貴金属元素にAu、非貴金属元素にTaを、共に適用した。AuターゲットとTaターゲットとを、マグネトロンスパッタリング装置の別々の電極に取り付け、チャンバー内の両ターゲットの法線が交わる高さ位置に基材を載置した後、チャンバー内を0.0013Pa以下の真空に排気した。次に、Arガスをチャンバー内に導入してチャンバー内の圧力が0.27Paとなるように調整した。その後、AuターゲットとTaターゲットに直流電源にてそれぞれの所定出力を印加してArプラズマを発生させることによってスパッタリングを行い、基材の表面(片面)に所望の組成で厚さ5nmの耐食層を成膜し、そして引き続いて、組成を変化させて厚さ5nmの導電層を成膜して、耐食皮膜を形成した。ただし、試験材No.1,2,4,16については、耐食層と導電層を同じ組成とし、1回のスパッタリングにて厚さ10nmの膜(耐食皮膜)を成膜した。次に、チャンバーを一旦開放して基材を裏返し、裏面にも表面と同様に、耐食層および導電層をそれぞれ表面と同じ組成および厚さとなるように成膜して、耐食皮膜を形成した。なお、この一連のスパッタリングにおいて、基材への加熱やバイアス印加を行っていない。耐食層および導電層は、AuターゲットとTaターゲットのそれぞれの出力(スパッタ速度)を変えることで組成(含有比)を制御し、成膜時間を変えて膜厚を制御した。また、耐食層および導電層の組成は下記の方法で測定し、Ta含有量を表1に示す。
【0033】
(熱処理)
両面に耐食皮膜を形成した基材を、0.00665Paの真空雰囲気で、500℃で5分間、熱処理を施して燃料電池セパレータの試験材No.1〜16を得た。また、後記の耐食皮膜の密着性の評価用に、試験材No.3,5〜15について、基材の両面に耐食層のみ形成した試験材(耐食層評価用試験材)を作製して、同様に熱処理を施した。得られた試験材について、耐食皮膜の密着性、導電性、および耐食性の評価を行った。
【0034】
(耐食層および導電層の組成の測定)
それぞれの試験材の耐食層および導電層の組成は、耐食層、導電層の一方のみを同じ成膜条件(AuターゲットとTaターゲットのそれぞれの出力)でポリカーボネート(PC)基板の片面に成膜したサンプルを用いて測定した。このサンプルを塩酸3ml+硝酸1ml+フッ酸0.1mlの比で混合した酸溶液に浸漬して80℃に加熱し、PC基板上の耐食層または導電層を溶解させた。得られた溶解液を常温まで冷却した後、溶解液中のAuとTaの各濃度をICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法で測定した。Au濃度とTa濃度の和に対するTa濃度の百分率をTa含有量(原子%)として算出した。
【0035】
(導電性の評価)
試験材の接触抵抗を、図2に示す接触抵抗測定装置を用いて測定した。
図2に示すように、試験材を両面から2枚のカーボンクロスで挟み、さらにその外側を接触面積1cm2の銅電極で荷重98N(10kgf)に加圧し、直流電流電源を用いて7.4mAの電流を通電し、両カーボンクロス間に印加される電圧を電圧計で測定して抵抗値を算出した。得られた抵抗値を初期特性の接触抵抗として表1に示す。なお、導電性の合格基準は、後記の耐食性の評価における硫酸水溶液に試験材を100時間浸漬した後の接触抵抗が10mΩ・cm2以下とした。
【0036】
(密着性の評価)
試験材の耐食皮膜の密着性を、接触抵抗の測定に用いた接触抵抗測定装置(図2参照)を用いて評価した。
まず、耐食層評価用試験材および試験材のそれぞれの表面(耐食層表面、導電層表面)について、全自動走行型X線光電子分光分析装置(Physical Electronics社製Quantera SXM)を用いてX線光電子分光分析を行い、最表面から2nmにおけるAu(結合エネルギー:85eV近傍)濃度を測定した。X線光電子分光分析の測定条件は、X線源:単色化Al−Kα、X線出力:44.8W、X線ビーム径:200μm、光電子取出し角:45°、Ar+スパッタ速度:SiO2換算で約4.6nm/分である。また、3視野を同様に測定して、その平均のAu濃度を得た。次に、これらの試験材を、前記接触抵抗の測定と同様に、両面から2枚のカーボンクロスで挟み、さらにその外側を接触面積1cm2の銅電極で荷重98N(10kgf)に加圧し、両面から加圧された状態を保持したまま、面内方向に引き抜いた(引抜き試験)。そして、引抜き試験前と同様に表面(引抜き後耐食層表面、引抜き後導電層表面)のAu濃度を測定した。
【0037】
得られたAu濃度から、耐食層−基材間の密着性として耐食層残存率を、導電層−耐食層間の密着性として導電層残存率を、それぞれ算出した。詳しくは、引抜き後耐食層表面のAu濃度を、耐食層表面を100%として、耐食層残存率に換算した。また、引抜き後導電層表面のAu濃度を、耐食層表面を0%、導電層表面を100%として、導電層残存率に換算した。結果を表1に示す。密着性の合格基準は、耐食層、導電層の残存率が共に60%以上とした。なお、試験材No.1,2,4,16については、試験材の表面を耐食層表面として、耐食層残存率のみ算出した。また、試験材No.3は、耐食層残存率が合格基準を満足しなかったため、導電層残存率は測定しなかった。
【0038】
(耐食性の評価)
試験材を、耐食皮膜の形成されていない端面をマスキングした後、80℃に加熱したpH2の硫酸水溶液に100時間浸漬した。このとき、比液量を20ml/cm2とした。硫酸水溶液に浸漬した後の試験材について、前記の浸漬前の試験材と同じ方法で接触抵抗を測定し、表1に示す。また、この試験材を浸漬した後の硫酸水溶液について、ICP発光分析法でFe濃度を測定し、試験面積あたりのFeが溶出した溶出量に換算して表1に示す。耐食性の合格基準は、硫酸水溶液に試験材を100時間浸漬した後の接触抵抗が10mΩ・cm2以下、かつFe溶出量が5mg/m2以下であるものとした。
【0039】
【表1】

【0040】
表1に示すように、試験材No.1〜5は、耐食層における非貴金属元素(Ta)の含有量が50原子%未満に不足した比較例であり、また、上層の導電層も非貴金属元素の含有量が50原子%未満であるため、両層において貴金属元素(Au)が凝集した結果、基材が露出してFeが溶出した。反対に、試験材No.10,11は、耐食層における非貴金属元素の含有量が過剰な(貴金属元素なし)比較例であるため、耐食層が高融点金属のTaの結晶構造となり、ピンホールが形成されて基材が露出した。これらに対して、試験材No.6〜9,12〜15は、耐食層における非貴金属元素の含有量が本発明の範囲の実施例であるので、耐食層がピンホールの形成され難い非晶質合金となって、かつ合金中のAuも凝集せず、基材をほとんど露出させなかった。特に、No.7〜9,12〜15は、耐食層が65原子%を超える非貴金属元素を含有することにより、厚さ5nmの薄膜でも基材を露出させず、基材のFe溶出量が測定限界値未満であった。
【0041】
また、実施例である前記試験材No.6〜9,12〜15は、上層の導電層が十分な量の貴金属元素を含んでいるため、硫酸浸漬後も良好な導電性を示した。一方、試験材No.16は、耐食層の組成は本発明の範囲であるため基材を露出させなかったが、導電層における非貴金属元素(Ta)の含有量が過剰な比較例であり、貴金属元素が不足したため、導電性が初期において既に劣り、硫酸に浸漬した後は過剰なTaが酸化皮膜をさらに形成して、導電性がいっそう劣化した。
【0042】
試験材No.6〜9,12〜15は、耐食層が非貴金属元素(Ta)を含むことで、熱処理による相互拡散で基材表面の酸化皮膜との密着性が向上した。また、耐食層と導電層の両層に貴金属元素(Au)を含み、さらに耐食皮膜の形成後に熱処理を施したことで互いの密着性が良好なものとなった。特に、試験材No.6〜9,13〜15は、耐食層と導電層の両層が共に貴金属元素(Au)と非貴金属元素(Ta)の合金で形成されているため、導電層の残存率が90%以上の密着性に優れた耐食皮膜が得られた。これに対して、試験材No.1,3は、耐食層として貴金属元素のみの膜を基材表面に形成したため、密着性に劣った。また、試験材No.11は、下層の耐食層がTa、上層の導電層がAuと、2種類の金属膜の積層膜を耐食皮膜としたため密着性に劣り、引抜き試験で上層の導電層が剥離した。
【符号の説明】
【0043】
10 セパレータ(燃料電池セパレータ)
1 基材
2 耐食皮膜(燃料電池セパレータ用耐食皮膜)
21 耐食層
22 導電層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池セパレータにおいて表面を被覆する燃料電池セパレータ用耐食皮膜であって、
Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、前記非貴金属元素の含有量が50〜90原子%である耐食層と、
前記耐食層上に積層され、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素からなる導電層と、を備えることを特徴とする燃料電池セパレータ用耐食皮膜。
【請求項2】
燃料電池セパレータにおいて表面を被覆する燃料電池セパレータ用耐食皮膜であって、
Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、前記非貴金属元素の含有量が50〜90原子%である耐食層と、
前記耐食層上に積層され、Au,Ptから選択される1種以上の貴金属元素と、Nb,Ta,Zr,Hfから選択される1種以上の非貴金属元素との合金からなり、前記非貴金属元素の含有量が65原子%以下である導電層と、を備えることを特徴とする燃料電池セパレータ用耐食皮膜。
【請求項3】
チタン、チタン合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ステンレス鋼から選択される1種からなる基材に、請求項1または請求項2に記載の燃料電池セパレータ用耐食皮膜を被覆してなる燃料電池セパレータ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−182593(P2010−182593A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−26749(P2009−26749)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)日本MRSから平成20年12月9日に発行された「国際MRS連合 アジア国際会議2008講演予稿集」において発表 (2)平成20年12月9日に日本MRSの主催による「国際MRS連合 アジア国際会議2008」において発表
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】