説明

玉軸受

【課題】自動車のエンジンルーム内において高温環境下で使用されても寸法変化が生じにくく長寿命な玉軸受を提供する。
【解決手段】アイドリングストップシステムに組み込まれた玉軸受1は、内輪2,外輪3,2列の玉4,及び冠形保持器5を備える大径,幅狭,且つ薄肉の軸受である。内輪2,外輪3,及び玉4は日本工業規格JISに規定されたSUJ2で構成されているとともに、焼入れが施された後に210℃以上290℃以下で焼戻しが施されている。これにより、内輪2,外輪3,及び玉4の硬さはいずれもHRC57以上となっており、内輪2,外輪3,及び玉4の平均残留オーステナイト量の合計値は25体積%以下となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の近傍に配された転がり軸受は、高温環境下で使用されることとなる。例えば、自動車のエンジンルーム内でエンジンの近傍に配された転がり軸受は、常時130℃程度の高温環境下で使用される。
例えば特許文献1には、クランク軸に固定され、エンジンルーム内で使用される複列の転がり軸受が開示されている。クランク軸の端部にはボルトが固定されているため、転がり軸受は断続的に不均一な荷重を受ける場合が多い。
【特許文献1】特開2007−32492号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このような過酷な条件で使用される転がり軸受は、高温により組織変化を伴う寸法変化が生じやすいため軸受隙間が小さくなり、早期剥離や焼付き等が生じやすく、寿命低下等の軸受性能の低下が生じるおそれがあった。
そこで、本発明は前述のような従来技術が有する問題点を解決し、自動車のエンジンルーム内において高温環境下で使用されても寸法変化が生じにくく長寿命な玉軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の玉軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、自動車のエンジンルーム内で使用される玉軸受において、前記内輪及び前記転動体の少なくとも一方は、焼入れが施された後に210℃以上290℃以下で焼戻しが施されていて、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の平均残留オーステナイト量の合計が25体積%以下であることを特徴とする。
【0005】
また、本発明に係る請求項2の玉軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、自動車のエンジンルーム内で使用される玉軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体のうち少なくとも前記内輪は、焼入れが施された後に210℃以上290℃以下で焼戻しが施されていて、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の平均残留オーステナイト量の合計が25体積%以下であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項3の玉軸受は、請求項1又は請求項2に記載の玉軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の硬さがそれぞれHRC57以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の玉軸受は、自動車のエンジンルーム内において高温環境下で使用されても寸法変化が生じにくく長寿命である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明に係る玉軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、玉軸受を備えるアイドリングストップシステムの構造を示す縦断面図である。
自動車の走行中には信号待ち等の理由により一時的に停車する場合があるが、停車中はエンジンをアイドリングさせていることが多い。しかしながら、燃料消費の節約や二酸化炭素を含む排気ガスの削減などを考えると、停車中はエンジンを停止させることが好ましい。このような事情から、走行中における一時的な停車時にはエンジンの運転を自動的に停止させ、発進時には運転者の始動要求に応じてエンジンの運転を再開させる、いわゆるアイドリングストップシステムを備える自動車が提案されている。
【0008】
このようなアイドリングストップシステムにおいては、スタータモータとクランク軸との間に一方向クラッチ(逆方向入力遮断クラッチ)を設けることにより、スタータモータ側のギヤとエンジン側(クランク軸側)のリングギヤとを常時噛み合わせたものがある(特許文献1を参照)。
また、アイドリングストップシステムはエンジンルーム内のエンジン近傍に配されているため、アイドリングストップシステムに組み込まれている転がり軸受は、常時130℃程度の高温環境下で使用される。よって、アイドリングストップシステムに組み込まれる転がり軸受は、高温により寸法変化が生じやすく、寿命低下を起こしやすいので、この点を考慮した構成とする必要があった。
【0009】
本発明者らは、エンジンの近傍において高温環境下で使用されても寸法変化が生じにくく長寿命なアイドリングストップシステム用玉軸受について鋭意検討した結果、内輪,外輪,及び転動体の平均残留オーステナイト量の合計量を制御することによって上記目的が達成されることを見出した。
以下に、一方向クラッチとリングギヤと転がり玉軸受とを備えるアイドリングストップシステムの構造について、図1を参照しながら詳細に説明する。
【0010】
図示しないエンジンのオイルパン31の後端の上方には、ラダービーム32を介してシリンダブロック側に回転可能に支持されたクランク軸11の後端が配されている。このクランク軸11の後端には、フライホイール33,アウターレース支持部材34,及びリングギヤ12が取り付けられており、これらのうちアウターレース支持部材34はフライホイール33とともにクランク軸11の後端にボルト締結にて固定されていて、クランク軸11とともに回転するようになっている。
【0011】
また、リングギヤ12は、一方向クラッチ13のインナーレース13a及び玉軸受1を介して、クランク軸11の後端の外周部に取り付けられている。このため、一方向クラッチ13が解放状態にある場合には、リングギヤ12はクランク軸11の回転とは独立して回転可能である。そして、リングギヤ12の外周縁部には歯部12aが形成されており、この歯部12aは図示しないスタータモータのピニオンギヤ14に常時噛み合わされている。そのため、スタータモータから回転力が入力されることにより、リングギヤ12が回転される。
【0012】
なお、この玉軸受1は、インナーレース13aの内周面側に取り付けられている。そして、玉軸受1と一方向クラッチ13のインナーレース13aとが2つの止め輪6,6によって固定されており、これによってリングギヤ12の軸方向の動きが規制されている。止め輪6の断面形状(軸方向に平行な平面で破断した断面の形状)は、矩形でもよいが、内径側から外径側に向かって徐々に幅広となるような台形状でもよい。すなわち、止め輪6としてテーパースナップリングを用いてもよい。テーパースナップリングを用いれば、玉軸受1とインナーレース13aとを、ガタツキなく固定することができる。
【0013】
さらに、アウターレース支持部材34の外周部には、リングギヤ12の内周部に取り付けられたインナーレース13aに対向するように、一方向クラッチ13のアウターレース13bが取り付けられている。このことにより、リングギヤ12とアウターレース支持部材34との間に、一方向の回転のみを伝達し逆方向の回転の入力を遮断する一方向クラッチ13が構成されている。
【0014】
この一方向クラッチ13は、エンジン始動時にスタータモータがピニオンギヤ14を介してリングギヤ12を回転させる際、すなわちリングギヤ12側からトルクが伝達される際には、アウターレース支持部材34とリングギヤ12とを係合状態とする。このことにより、スタータモータはクランク軸11を回転させることができる。
エンジンが運転を開始することで、その出力によって、クランク軸11に連動するアウターレース支持部材34の回転がリングギヤ12の回転よりも速くなると、一方向クラッチ13は解放状態となる。このことにより、ピニオンギヤ14とリングギヤ12の歯部12aとが常時噛み合った状態でも、クランク軸11の回転はスタータモータ側に伝達されないので、エンジン始動後のスタータモータの過回転を防止することができる。なお、玉軸受1及び一方向クラッチ13には潤滑のためにエンジンオイルが供給される。
【0015】
このようなアイドリングストップシステムに組み込まれた玉軸受1は、内輪2,外輪3,2列の玉4,及び樹脂材料製の冠形保持器5を備える大径,幅狭,且つ薄肉の軸受である(玉軸受1の断面図を図2に示し、冠形保持器5の断面図を図3に示す)。
ここで、大径とは、玉軸受1のPCDと玉4の直径dとの比(PCD/玉4の直径d)が17以上24以下であり、且つ、玉軸受1のPCDと2列の玉4の中心間距離aとの比(PCD/2列の玉4の中心間距離a)が12以上24以下であることを意味する。また、幅狭とは、軸受幅bと玉4の直径dとの比(軸受幅b/玉4の直径d)が2.8以上3.2以下であることを意味する。さらに、薄肉とは、玉軸受1のPCDと内外輪2,3の径方向の幅(厚さ)ti ,to との比(PCD/内外輪2,3の径方向の幅ti ,to )が25以上35以下であることを意味する。
【0016】
なお、玉4の直径dは3.5〜4.8mm程度で、玉軸受1のPCDは80〜120mm程度である。また、冠形保持器5のポケットのPCDと径方向の幅tとの比(PCD/径方向の幅t)は、36以上60以下が好ましく、40以上50以下がより好ましい。
そして、この玉軸受1においては、内輪2,外輪3,及び玉4はSUJ2等の鋼で構成されているが、内輪2,外輪3,及び玉4の平均残留オーステナイト量の合計は25体積%以下とされている。
【0017】
高温下においては残留オーステナイトの分解に起因する寸法変化(膨張)が生じるが、内輪2,外輪3,及び玉4の平均残留オーステナイト量の合計が25体積%以下であれば、寸法変化が生じにくい。なお、平均残留オーステナイト量とは、その部材全体における残留オーステナイト量の平均値を意味する。例えば、表面から中心部までの残留オーステナイト量の分布を測定し、その平均値を算出することにより得ることができる。
【0018】
平均残留オーステナイト量を低減して、内輪2,外輪3,及び玉4の平均残留オーステナイト量の合計を25体積%以下とするには、ズブ焼入れの後に210℃以上290℃以下での焼戻しを行う熱処理(以降においては、寸法安定化処理と記すこともある)を施すことが好ましい。内輪2及び玉4の少なくとも一方の部材に寸法安定化処理を施せばよいが、それに加えて外輪3にも寸法安定化処理を施してもよく、三つ全ての部材に施すことがさらに好ましい。なお、内輪2及び玉4の少なくとも一方の部材に寸法安定化処理を施せばよいが、内輪2がクランク軸11に嵌合されている点と、前記ボルトが周方向複数箇所に取り付けられていることから内輪2の方が変形しやすい点とを考慮すると、少なくとも内輪2には寸法安定化処理を施すことが最も好ましい。
【0019】
また、内輪2,外輪3,及び玉4の硬さは、いずれもHRC57以上であることが好ましい。硬さがHRC57未満であると、その部材に早期剥離が生じやすくなる。
さらに、冠形保持器5の素材は特に限定されるものではないが、樹脂材料が好ましい。冠形保持器5の素材を樹脂材料とすれば、玉軸受1がエンジンの近傍に配され130℃程度の高温環境下で常時使用されても、安定した軸受性能を長期間にわたって維持することが可能である。また、玉軸受1は断続的に不均一な荷重を受けるが、冠形保持器5が金属と比べて柔軟性の高い樹脂材料で構成されているので、前記荷重を受けても問題なく使用することが可能である。なお、保持器の種類は冠形に限定されるものではないが、冠形保持器が最も好ましい。
【0020】
樹脂材料の種類は特に限定されるものではないが、ポリフェニレンサルファイド(PPS),ポリエーテルエーテルケトン(PEEK),ポリスルホン(PSU),ポリエーテルスルホン(PES),ポリアリレート(PAR),ポリアミドイミド(PAI),ポリエーテルイミド(PEI),ポリイミド(PI),液晶ポリマー(LCP),フッ素樹脂(FR)等のスーパーエンジニアリングプラスチックが好ましい。これらのスーパーエンジニアリングプラスチックの中でも、耐熱性や生産性を考慮すると、PPS,PEEKが特に好ましい。
【0021】
また、ポリアミド(PA),ポリアセタール(POM),ポリカーボネート(PC),変性ポリフェニレンエーテル(PPE),ポリブチレンテレフタレート(PBT),ポリエチレンテレフタレート(PET),超高分子量ポリエチレン(UHPE)等の汎用エンジニアリングプラスチックでもよい。ポリアミドとしては、ポリアミド46やポリアミド66があげられる。
汎用エンジニアリングプラスチックの場合は、ガラス繊維で強化した樹脂組成物とすることが好ましい。そうすれば、耐熱性及び寸法安定性が向上する。その場合には、ガラス繊維の含有量は樹脂組成物全体の25質量%以上とすることが好ましい。なお、ガラス繊維とともに、炭素繊維や各種ウィスカーを用いても差し支えない。
【0022】
前述したように、アイドリングストップシステムはエンジンルーム内のエンジン近傍に配されているため、玉軸受1はエンジンオイルによって潤滑されている。また、アイドリングストップシステムには、クランク軸11が高速回転になった際にクランク軸11とリングギヤ12との結合を分離するために、一方向クラッチ13が組み込まれているが、この一方向クラッチ13も玉軸受1と同様にエンジンオイルによって潤滑されるので、玉軸受1の潤滑に使用されたエンジンオイルが一方向クラッチ13に供給されやすいような構造を玉軸受1が有していることが好ましい。
【0023】
本実施形態の玉軸受1においては、冠形保持器5の外径面と外輪3の内周面との間の隙間、及び、冠形保持器5の内径面と内輪2の外周面との間の隙間(以降は隙間と記す)を通ってエンジンオイルが玉軸受1の内部を軸方向に通過することができるので、玉軸受1の潤滑のために供給されたエンジンオイルが一方向クラッチ13に供給されやすくなっており、一方向クラッチ13の潤滑性がより確保されやすいという効果が得られる。
【0024】
ここで、冠形保持器5を構成する樹脂材料をPPS又はPEEKとすると、冠形保持器5の真円度が良好となるとともに、軸受使用時の冠形保持器5の変形が抑制されるため、前記隙間を確保しやすい。特に、複数のゲートを有する金型又はディスクゲートを有する金型を用いて射出成形により製造することで、冠形保持器5の初期の真円度を0.30mm以下とすることができる。複数のゲートを有する金型においては、3箇所以上のゲートを円周方向等間隔に配置することが好ましい。
【0025】
なお、冠形保持器5は樹脂材料で構成されているが、樹脂材料の種類によっては冠形保持器5が変形しにくいために、ポケット5a内に玉4を組み込みにくい場合がある。例えばスーパーエンジニアリングプラスチック(特にPPS,PEEK)は耐熱性に優れているが、機械的強度が高いため冠形保持器5のツノ5bが変形しにくく(図4を参照)、ポケット5a内に玉4を組み込みにくい。その結果、軌道面上に円周方向等配に配された玉4を保持器5に組み込む際に、玉4が軌道溝の肩に乗り上げて傷付くおそれがある。この玉の傷付きを防止するため、転動体が複列の場合には、軌道面のみならず2つの軌道面に挟まれた部分を含む内外輪2,3の全周面(図5において点線で示された部分)に研磨を施すことが好ましく、肩の角部を滑らかな断面曲線状(断面円弧状)とすることが好ましい(図5において「R」と示された部分)。
【0026】
そこで、ポケット5a内に玉4を組み込みにくい場合には、ポケット5aの直径とツノ5b,5bの先端の間隔Y(ポケット5aの入口の内径)との比を調節して、玉4を組み込みやすくするとよい。一旦組み込んでしまえば、保持器5が変形しにくいため、玉軸受1の使用時に玉4がポケット5aから抜け出ることはほとんどない。玉4を組み込みやすくするためには、前記比を0.85以上0.95以下とすることが好ましい。なお、ポケット5aの入口の内径Yは玉4の直径dよりも小さく、ポケット5aの入口の外径Xは玉4の直径dよりも大きく設定されている(図4を参照)。
【0027】
また、ポケット5a内に玉4を組み込みにくい場合には、ポケット5aの個数を玉4の個数よりも多くする手段を採用してもよい。これにより、玉4を保持していないポケット5aの部分において変形しやすくなるので、保持器5全体として変形しやすくなり、ポケット5a内に玉4を組み込みやすくなる。
しかも、ポケット5aの個数を玉4の個数よりも多くすると、玉4が組み込まれていないポケット5aを通ってエンジンオイルが玉軸受1の内部を軸方向に通過することができるので、玉軸受1の潤滑のために供給されたエンジンオイルが一方向クラッチ13に供給されやすくなり、一方向クラッチ13の潤滑性がより確保されやすいという効果が併せて得られることとなる。玉軸受1の内部を通過するエンジンオイルの量を十分に確保するためには、例えばポケット1つおきに玉4を組み込む等、ポケット5aの個数を玉4の個数の2倍以上とすることが好ましい。この場合には、所定のポケット5aに玉4が組み込まれているかを、チェッカーを用いて確認するとよい。
【0028】
さらに、ポケット5a内に玉4を組み込みにくい場合には、保持器5のリム部(ポケット5aとポケット5aとの間の部分)の軸方向長さを通常の保持器よりも小さくする手段を採用してもよい(図4を参照)。図4において点線で示したリム部が、通常の保持器の軸方向長さである。これにより、ツノ5bの長さが長くなるとともに保持器5が変形しやすくなるので、ポケット5a内に玉4を組み込みやすくなる。
【0029】
玉4を組み込みやすくするためには、リム部の軸方向長さを下記のように設定することが好ましい。すなわち、玉4の中心の軸方向位置とツノ5bの先端の軸方向位置とが同位置にある時に保持器5の変形が最大となるので、この時の玉4の端部(軸方向ポケット5a側の端部)の軸方向位置よりも、リム部の軸方向両端面のうち玉4の側を向く端面の軸方向位置が、ポケット5aの底部寄りにあることが好ましい。言い換えれば、リム部の軸方向両端面のうち玉4の側を向く端面に沿う線に、玉4の中心の軸方向位置とツノ5bの先端の軸方向位置とが同位置にある時の玉4が接することがないように、リム部の軸方向長さを設定することが好ましい。なお、リム部の軸方向両端面のうち玉4の側を向く端面の軸方向位置は、ポケット5a内に収容されている時の玉4の中心の軸方向位置よりも、ポケット5aの底部寄りにあることが好ましい。
【0030】
しかも、リム部の軸方向長さを小さくすると、玉軸受1の内部をエンジンオイルが通過しやすくなるので、前述と同様に一方向クラッチ13の潤滑性がより確保されやすいという効果が併せて得られることとなる。
さらに、本実施形態の玉軸受1は、冠形保持器5の径方向の幅に対して冠形保持器5の直径が大きいので、冠形保持器5の強度を十分に確保するためには、冠形保持器5の径方向の幅はできるだけ大きくする必要がある。しかしながら、この径方向の幅を大きくすると、前記隙間が小さくなってエンジンオイルの通過量が不十分となるおそれがあるとともに、冠形保持器5と内外輪2,3とが干渉しやすくなるおそれがある。よって、これらの問題が生じないようにしつつ径方向の幅をできるだけ大きくするためには、冠形保持器5の真円度を高くすることが好ましい。そのためには、冠形保持器5の真円度を0.30mm以下とすることが好ましく、0.20mm以下とすることがより好ましい。
【0031】
そして、このような真円度の高い樹脂材料製の冠形保持器5を射出成形により製造するためには、複数のゲートを有する金型又はディスクゲートを有する金型を用いることが好ましい。複数のゲートは、保持器の内径面側又は外径面側に設けるとよく、冠形保持器5の径方向の幅(厚さ)の大きさに関係なく成形可能である。真円度は、得られた保持器の内径面の直径(又は外径面の直径)の最大値と最小値との差によって管理する。
【0032】
この時、前記隙間をより確実に確保するために、内輪2の外周面の軸方向端部及び外輪3の内周面の軸方向端部に旋削,研削等の機械加工を施してもよい。その際に、内輪2の外周面や外輪3の内周面の形状に沿った形状の砥石(図6を参照)を用いた研削加工とすれば、軌道面の研削や軌道面に挟まれた部分の研削も同時に行うことができる。軌道面以外の部分の研削を行うことにより、熱処理により生成した酸化膜が取り除かれるため、この酸化膜由来の異物がエンジンオイルに混入することが防止される。
さらに、本実施形態の玉軸受1においては、組み込む玉4の数を通常の軸受よりも少なくすることが好ましい。例えば15個が好ましい。玉4の数を通常の軸受よりも少なくすることにより、玉軸受1の低トルク化が可能であるとともに、玉軸受1の空転時の摩擦抵抗が低くなる。さらに、保持器5の設計が容易となる。
【0033】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、玉軸受として複列のアンギュラ玉軸受を例示して説明したが、本発明の玉軸受は、他の種類の様々な玉軸受に対して適用することができる。例えば、深溝玉軸受,自動調心玉軸受である。
また、内輪2,外輪3,玉4の材質は特に限定されるものではなく、SUJ2の他、種々の鋼材を使用することが可能である。
さらに、本実施形態においては転動体は2列であったが、単列でもよいし3列以上でもよい。さらに、この玉軸受1は、3点接触軸受でもよいし、4点接触軸受でもよい。
【0034】
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。呼び番号6206の深溝玉軸受を、以下のようにして製造した。まず、SUJ2製の素材を所定の形状に成形し、840〜860℃で0.5〜1時間保持した後に急冷することにより焼入れを施し、さらに160〜320℃のいずれかの温度で1〜2時間焼戻しを行って、内輪,外輪,及び転動体を得た。焼戻し温度を種々変更することにより、平均残留オーステナイト量が異なる内輪,外輪,及び転動体を製造した。
【0035】
これらの内輪,外輪,及び転動体を組み立てて深溝玉軸受とし、内部に潤滑剤を供給しながら下記のような条件で回転させ、寿命を測定した。
荷重 :P/C(P:動等価荷重、C:基本動定格荷重) =0.46
回転速度 :3000min-1
潤滑剤 :ISO粘度グレードがISO VG68であるオイル
雰囲気温度:110℃
内輪,外輪,及び転動体のそれぞれについて、焼戻し温度,硬さHRC,及び平均残留オーステナイト量を表1に示す。また、内輪,外輪,及び転動体の平均残留オーステナイト量の合計値及び軸受の寿命を、表1及び図7のグラフに併せて示す。なお、表1及び図7のグラフにおける寿命の数値は、比較例1の軸受の寿命を1とした場合の相対値で示してある。
【0036】
【表1】

【0037】
図7のグラフから、内輪,外輪,及び転動体の平均残留オーステナイト量の合計値が25体積%以下であると、高温環境下においても軸受が長寿命であることが分かる。高温環境下においては残留オーステナイトの分解に起因する寸法変化(膨張)が生じるが、内輪,外輪,及び転動体の平均残留オーステナイト量の合計値が適正値であるため、寸法変化が生じにくく長寿命となったと考えられる。
【0038】
また、内輪及び転動体のいずれか一方の部材に前述の寸法安定化処理を施せば、平均残留オーステナイト量の合計値が25体積%以下となり、軸受が長寿命となるが、内輪,外輪,及び転動体のうちいずれか二つの部材に前述の寸法安定化処理を施すと平均残留オーステナイト量の合計値がより小さくなり、三つ全ての部材に前述の寸法安定化処理を施すと平均残留オーステナイト量の合計値がさらに小さくなるので、軸受がより長寿命となることが分かる。
【0039】
なお、比較例3,4の軸受は、平均残留オーステナイト量の合計値は25体積%以下であるが、内輪の硬さが低いために、内輪に早期剥離が生じて短寿命となった。また、比較例5の軸受は、外輪のみに前述の寸法安定化処理が施されたものであるが、そうすると、高温環境下において内輪及び転動体は膨張するのに対して外輪は膨張しないため、軸受の隙間が小さくなり好ましくない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】アイドリングストップシステムの構造を示す縦断面図である。
【図2】図1のアイドリングストップシステムに組み込まれた玉軸受の縦断面図である。
【図3】図2の玉軸受に組み込まれた冠形保持器の断面図である。
【図4】図2の玉軸受に組み込まれた冠形保持器の部分側面図である。
【図5】内周面に研磨が施された外輪の断面図である。
【図6】砥石の形状を説明する図である。
【図7】内輪,外輪,及び転動体の平均残留オーステナイト量の合計値と軸受の寿命との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0041】
1 玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 冠形保持器
5a ポケット
5b ツノ
6 止め輪
11 クランク軸
12 リングギヤ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、自動車のエンジンルーム内で使用される玉軸受において、前記内輪及び前記転動体の少なくとも一方は、焼入れが施された後に210℃以上290℃以下で焼戻しが施されていて、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の平均残留オーステナイト量の合計が25体積%以下であることを特徴とする玉軸受。
【請求項2】
内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備え、自動車のエンジンルーム内で使用される玉軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体のうち少なくとも前記内輪は、焼入れが施された後に210℃以上290℃以下で焼戻しが施されていて、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の平均残留オーステナイト量の合計が25体積%以下であることを特徴とする玉軸受。
【請求項3】
前記内輪,前記外輪,及び前記転動体の硬さがそれぞれHRC57以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の玉軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−47273(P2009−47273A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−215714(P2007−215714)
【出願日】平成19年8月22日(2007.8.22)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】