説明

生体システム群内の疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分合成産物混合物の影響を決定する方法、および新規組み合わせ介入の開発

本発明は、以下の工程を含む、疾患の生物学的プロファイルに対する化学的複数成分混合物の影響を決定するための方法を提供する:(a)多変量解析を用いて、疾患の症状を有する生体システム群の生物学的プロファイルを参照(または健常)生体システム群の生物学的プロファイルと比較することにより、疾患の生物学的プロファイルを決定する工程;(b)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する1つまたは複数の合成組成物の一連のサンプルの影響を決定する工程であって、これらサンプル中、1つまたは複数の合成組成物の濃度が異なる、工程;(c)工程(b)で得られた情報に基づいて、疾患の生物学的プロファイルに対して所望の影響を示すことが期待される複数成分合成産物混合物のセットを調製する工程;および(d)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する工程(c)で調製された複数成分混合物セットの影響を決定する工程。本発明はまた、医薬物を調製するための方法、および合成産物ベースの医薬物を調製するための、工程(c)で調製されるような複数成分合成産物混合物の使用を提供する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生命科学分野および保健衛生・疾患領域、特に疾患の予防、処置、または治癒のためのストラテジーおよび合成産物の開発に関する。
【0002】
本発明は、新しい医薬物を開発するために製薬産業によってこれまで応用されてきたような還元主義的(reductionistic)アプローチとは対照的に、生命体に対する全体論的アプローチとそれに続く複数成分介入ストラテジーに基づく。
【背景技術】
【0003】
生命体に対する全体論的アプローチは、例えば古代文化において特に薬草由来産物を用いて医療の基礎とされてきた。例えば生薬に基づくアプローチにおける重要な起点は、全ての健康な生物はバランスの取れた状態にあるということである。バランスは体と心の間の複雑な相互作用と考えられ、身体の生化学的成分の観点からエネルギーシステム制御に渡るすべてのレベルに反映される。体内バランスの崩れは様々な要因から生じることがあり、短期の障害から慢性疾患プロセスの多岐に渡る状態を引き起こしうる。また、各個人の独自性が認識され、複数成分処置に基づいて最適な結果を得るために個別化された薬物療法を開発する必要性が生じている。
【0004】
近代の西洋科学医療アプローチは、一見これとは非常に異なるように思われるかもしれない。しかし過去10年間に生命科学分野に起こったゲノム科学における革命により、診断および処置に対するさらに全体論的な観点への多大なサポートが提供されている。さらに個別化医療は現在、とりわけ薬理ゲノム科学における新たな洞察によって多大な注目を集めている。一世紀を越えて、恒常性の原理が西洋生理学の基盤となっているが、生物学的システムは非常に複雑なため、健康と疾患との間の違いを生じる唯一の標的を同定して、それに影響を与えようとする方向に薬学研究が進められることが多かった。実際このアプローチによって多くの強力な薬物が産み出されたが、大きな欠点も明らかになった。実は、複雑な経路の一部であり、かつ反応カスケードおよびフィードバックループに関わることが多い単一タンパク質と相互作用させることによって、システムに影響を与えようとしているのである。ほとんどの疾患は複数の要因が絡む、つまり標的単独の処置は部分的な処置(症状の軽減)を提供するのみであって、症例のほとんどは全く治癒しない、というのが実情である。この認識は新しいものではないが、上に述べたシステムの複雑さをもたらしている代替ルートを見出すことはこれまで不可能であった。
【発明の開示】
【0005】
しかし、非常に詳細なプロファイリングと、それに続くインビトロ(細胞培養など)およびインビボシステム(動物モデル、ヒトなど)などの生物学的システムにおける複数成分によって誘導された変化(生物学的効果)の測定を可能にする方法がここで開発された。本方法において、生物統計学やバイオインフォマティクスなどの技術が適用される特定の工程セットを用いて、生体システムとの複数成分の相互作用を非常に効果的に測定することができる。このような測定により、疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分混合物の影響を有利に決定できる。さらに、このような測定は、効果的で安全な成分を複数成分混合物内で選択することができ、疾患の生物学的プロファイルに対する影響を有するために必要な各成分の濃度を同定することができる。本発明は、細胞レベルでの生物学的結果の測定には関せず、ほぼすべての複数要因疾患において決定的なシステムレベルでの測定を提供するものであるため、疾患処置の応用のための複数成分混合物の設計に関するUS 2003/0096309 A1(Borisy et al.)やWO 97/20076(Schmidt et al.)に記載のようなこれまでの概念とは異なる。例えば、疾患の開始初期は、システム中の異なる組織化構造間のバランスのシフトによって特徴付けられることが多く、生化学的連絡および制御シグナルは典型的には単一細胞型レベルではなくシステムレベルで見られる。明らかにシステムの複雑さのレベルが増加して、新たな特性が生じるのである。この連絡・制御エレメントはとりわけ、システム中に存在する血液、CSF、または尿中のそれらの反映物(reflection)などの体液に見出される。本発明は、システム記述子、より低いおよびより高いレベルの組織化および制御を表すバイオマーカーの発見を可能とし、この情報を用いて、異なる経路および異なるシステムレベルにおける調節不全に対処するように混合物を最適化する。
【0006】
このように、本発明は、以下の工程を含む疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分合成産物混合物の影響を決定する方法に関する:
(a)多変量解析を用いて、疾患の症状を有する生体システム群の生物学的プロファイルを参照(または健常)生体システム群の生物学的プロファイルと比較することにより、疾患の生物学的プロファイルを決定する工程;
(b)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する1つまたは複数の合成組成物の一連のサンプルの影響を決定する工程であって、これらサンプル中、1つまたは複数の組成物の濃度が異なる、工程;
(c)工程(b)で得られた情報に基づいて、疾患の生物学的プロファイルに対して所望の影響を示すことが期待される複数成分合成産物混合物のセットを調製する工程;および
(d)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する工程(c)で調製された複数成分混合物のセットの影響を決定する工程。
【0007】
本発明の好ましい態様において、工程(d)の後、疾患の生物学的プロファイルに対して所望の影響を示す該セットの1つまたは複数の混合物を選択する工程(e)を行う。
【0008】
本発明の文脈において、複数成分合成産物混合物は、天然のプロセスではなく化学的合成によって製造された合成組成物の混合物と定義される。
【0009】
生体システムには、ヒトおよび全ての種類の動物が含まれる。動物を用いる場合、生体システムの群は1つのタイプの動物から適切に選択される。
【0010】
本発明の方法は、独自のアプローチで、複数標的介入の効果の測定およびそのような介入を最適に行うための産物の開発を可能とし、有効成分の生物学的プロファイルを明らかにする。この独自のアプローチは多次元薬理(multidimensional pharmacology, MDP)と称し、代謝データならびに遺伝および/またはプロテオミクスデータなどの他のプロファイルデータを測定し統合することによる生物学的システムを研究するシステム生物学(Systems Biology)アプローチを利用する。
【0011】
本発明による生物学的効果、特に相乗的な複数成分効果の決定は、介入ストラテジーにおける合成産物によって例示される。このような効果の決定は、哺乳動物システムにおける生物学的相乗効果に限定されず、同じ生命の範囲に由来する複雑な混合物を伴う生体システムの全ての可能な形態に対応することができる。
【0012】
本発明は特定のタイプの疾患に限定されず、生物学的プロファイルを決定しうる任意の疾患を含む。また、予防ストラテジーに用いることもできる。
【0013】
本発明の大きな利点は、被験複数成分混合物の薬効および安全性の科学的基礎を提供し、組み合わせアプローチの開発ストラテジーのためのツールを提供することにある。
【0014】
本発明の方法の非常に重要な局面は、相加および相乗効果を含むすべての生物学的効果の測定を可能にすることである。
【0015】
保健衛生・疾患研究において、例えば対照群(参照群)および患者群(生物学的プロファイルを有する疾患症状を有する群)からの血漿サンプルの体液プロファイルを使用して、可能な限りの多くの成分を測定することができ、根底にある生物学的機構に関するさらなる洞察を得るため、新規バイオマーカー/代用マーカーを検出するため、毒物学または薬理学的応答を予測するため、または新規介入経路を開発するために、両群間の成分の個別成分またはパターンの違いに関して評価する。本出願の文脈において、バイオマーカーは、正常な生物学的プロセス、発症プロセス、または治療的介入に対する薬理学的応答の指標として客観的に測定および評価される特徴であると定義される。バイオマーカーは、遺伝子、転写物、タンパク質、代謝物、(微量)元素、またはこれら成分の任意の組み合わせでありうる。
【0016】
非線形または線形多次元圧縮後または直接的に動力学的モデリングのパターンを用いるという本発明の概念は、成分パターンに基づくシステム記述を用いて動力学的プロセスを研究するという独自のルートを開拓するものである。このような研究において、例えば薬物介入ルートを経由するような介入処置は、多次元方式でモニターして評価することができ、時間系列解析、タイムワーピング(time warping)、および非線形動力学的技術などの方法を適用できる。本発明の方法によって作成されたデータの評価において、医学的診断および臨床化学を記録した患者の臨床的書類からの情報、または行動、認知、心理的、社会的などのレベルに関する疾患研究データのような他の供給源から他のデータおよび情報を追加することも重要でありうる。これらデータは、本発明の方法により作成されたデータセットに含めて、またはリンクさせて、患者を分類する、または下位分類もしくは他の関連する所見を見出すことができる。特に新しい組み合わせ介入の設計において、生物学的活性、例えば代謝症候群(肥満症、II型糖尿病、高血圧症、および他のCV関連疾患)の研究においてインスリン抵抗性を測定するために動物モデルが好ましいことが多い。新しい合成組成物が混合物内にある場合、このモデルにおける混合物の組成および生物学的応答プロファイルとこのようなデータの直接的相関は本発明の好ましい態様である(前臨床的アプローチ)。ヒトに既に用いられているまたは用いることが認められている合成組成物を含む混合物に関しては、ヒトまたは動物からの体液を用いる直接的プロファイリングが好ましい(臨床的アプローチ)。
【0017】
本発明の応用は、生物医療(biomedicine)または薬物開発、臨床的評価を含む開発、診断応用、および商品化後の調査の全体的プロセスを促進するために、体液のメタボロミクス、プロテオミクス、トランスクリプトミクス、および/または他の成分プロファイルを用いる際の広範な種類の新規アプローチを提供する。作成されたプロファイルはまず、根底にある生物学的プロセス、中でも毒物学評価(予測的毒物学)、バイオマーカー/代用マーカーまたはバイオマーカー/代用マーカーパターン発見、タンパク質標的有効性確認、動物モデルの比較およびそれらをヒト研究に関連づけること、代謝物レベルでの表現型決定、応答性/非応答性評価、トランスジェニックモデルなどの動物モデルの有効性確認におけるさらなる洞察を得るために用いることができ、代謝物レベルデータを、遺伝子、mRNA、RNAi、およびタンパク質データなどのシステム生物学における他のレベルと関連づけることができる。
【0018】
本発明の方法によって成分パターンを作成し、多変量解析によって所与の状況または調査のために関連成分のパターンを作成する。これは、近代生物学、ならびに関連する栄養学、薬学、および生物工学産業において、科学的研究および産業的発見・開発プロセスを進めるための非常に重要な新規パラダイムである。基本的な理解は、全体として生物学、特に疾患プロセスはもともと複数の要因が絡んでいるため、このようなプロセスの理解には、多くの成分に基づく説明または理解が必要とされるということである。システム生物学を用いた最近の研究(Clish et al. Integrative biological analysis of the APOE*3 Leiden transgenic mouse, OMICS 2004, 1:3-13)から、システム成分の相互接続性および相互依存性が明らかになり、複雑さのレベルの増加が研究されるにつれて、システムの新しい特性が明らかにされている。開発プロセスはほとんどの場合、例えば薬効に関してまたは対照群を患者群から区別することに関して1つのバイオマーカーで評価された1つの標的に基づく。しかし本発明は、組み合わせ治療におけるもののような複数要因インプット変数に対する複数要因パターンおよび複数要因応答によって複数要因疾患を説明する能力という点で大きな進展を可能とする方法を提供する。
【0019】
本発明に従って、好ましくは、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を工程(a)で用いて、疾患のプロファイルを決定する。より好ましくは、2つ以上の分光測定技術を用いる。しかし、分離技術(例えば(ナノ)-HPLC、電気的移動に基づく方法)と組み合わせたレーザー誘導蛍光および電気化学的検出などの特別な検出技術も含まれる。最も好ましくは、工程(a)で疾患のプロファイルを決定するために、少なくとも核磁気共鳴技術および質量分析技術を用いる。
【0020】
工程(a)で決定される生物学的プロファイルには、好ましくは1つまたは複数の代謝プロファイル、遺伝プロファイル、および/またはプロテオミクスプロファイルが含まれる。これらプロファイルの任意の組み合わせを用いることができる。このような組み合わせには、好ましくは1つまたは複数の代謝プロファイルが含まれる。より好ましくは、生物学的プロファイルには、代謝プロファイル、遺伝プロファイル、およびプロテオミクスプロファイルが含まれる。
【0021】
工程(a)において、好ましくは、少なくとも1つのタイプの体液、または少なくとも1つのタイプの組織もしくは細胞株の生物学的プロファイルを決定する。より好ましくは、工程(a)において、少なくとも2つの異なるタイプの体液の生物学的プロファイルを決定する。
【0022】
生物学的プロファイルは、工程(a)において1つまたは複数の以下のバイオマーカーを用いて決定される:遺伝子、転写物、タンパク質、代謝物、および(微量)元素。
【0023】
工程(b)において、好ましくは、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分混合物の一連のサンプルの影響を決定する。より好ましくは2つ以上の分光測定技術を用いるが、最も好ましくは少なくとも核磁気共鳴技術および/または質量分析技術を用いる。タンパク質プロファイリングの場合、ゲルベースの電気泳動技術などの他の技術も含まれる。
【0024】
工程(d)において、好ましくは、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分混合物セットの影響を決定する。工程(c)および(d)において、所与の介入に望まれる薬効および安全性プロファイルの両方を合致させるように複数成分混合物の設計および最適化が確立される。
【0025】
本発明に従って用いられる複数成分混合物は、疾患の生物学的プロファイルに対する影響を有する(可能性のある)任意の複数成分混合物であってよい。
【0026】
各工程(a)、(b)、および(d)において、好ましくは、少なくとも1つの分光測定技術を用いる。適切には、核磁気共鳴技術(「NMR」)または質量分析技術(「MS」)を用いることができ、後者の技術は限られた数の低分子化合物を対象とするものである。しかし、これら技術はともに限界がある。NMRアプローチは、典型的には高濃度で存在する化合物にのみ信頼できる情報を提供するという点で限界がある。一方、対象の限られた質量分析技術は高濃度を必要とはしないが、生物学的プロファイルの限られた一部の情報を提供できるにすぎない。本明細書で用いられる用語「低分子」および「代謝物」は相互に交換可能に使用される。低分子および代謝物としては、脂質、ステロイド、アミノ酸、有機酸、胆汁酸、エイコサノイド、ペプチド、炭水化物、および微量元素が挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
このように、各工程(a)、(b)、および(d)において、好ましくは、少なくとも核磁気共鳴技術および/または質量分析技術を用いる。
【0028】
NMR用のサンプル調製は、凍結乾燥とD2Oでの再構成とを用い、より高い濃度成分、すなわち典型的濃度>100ナノグラム/mLを目的としているため、全体的に非常に単純明快でありうる。MSには、固相抽出および液体/液体抽出から、より特異的な方法、例えば親和性に基づく方法またはGC-MSおよびLC-MSのための誘導体化手順を用いるものにわたる、様々なサンプル調製アプローチを用いることができる。
【0029】
各工程(a)、(b)、および(d)において、MS、NMR、液体クロマトグラフィー(「LC」)、ガスクロマトグラフィー(「GC」)、高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」)、キャピラリー電気泳動(「CE」)、およびLC-MS、GC-MS、CE-MS、LC-UV、MS-MS、MSnなどの低または高分解モードの任意の公知の形態のハイフン付きで示される質量分析を含むがこれらに限定されない、1つまたは複数のプラットフォームから得られた分光測定データを用いることができる。典型的なプロファイルデータは、レーザー誘導蛍光および電気化学的検出などの、より成分に特異的な検出器を用いて得ることもできる。
【0030】
本明細書で用いられる用語「分光測定データ」には、任意の分光測定またはクロマトグラフィー技術からのデータが含まれる。分光測定技術としては、共鳴分析、質量分析、および光学分析が挙げられるが、これらに限定されない。クロマトグラフィー技術としては、液相クロマトグラフィー、気相クロマトグラフィー、および電気泳動が挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
標準的な分光学的方法を用いて得たようなスペクトルプロファイルが得られたら、まず必要な工程は、強度の面と、スペクトルまたはクロマトグラフィーの面との両方において、スペクトル中の小さなシフトを調整することである。シフトは、機器要因、環境条件、または成分の濃度変化(尿解析の場合によくある)によって起こりうる。例としては、NMR化学的シフトにおいて変化が起こることが多く、解明される必要があるが、単一プロファイルの強度(またはピーク面積)(定量的次元)の再現性および標準化は典型的には非常に満足のいくものである。これは、プロファイルに存在する各成分に対する較正物質を欠くためにピーク強度(イオンの豊富さ)の面を注意深く調整または標準化する必要があるMSとは対照的である。ハイフン付きで示される技術においてもまた、分離方法(GC、LC、またはキャピラリー電気泳動(CE)などの電気的移動によって駆動される技術)の再現性を注意深く評価する必要がある。この点において、近赤外スペクトルプロファイルは驚くべきことに、どの面についても補正する必要性はほとんどない。
【0032】
一般的に、スペクトル(可変)面における小さな機器要因のシフトは、データプロファイルのコレクションをパターン認識解析に供する場合、誤って異なる成分を示すと解釈される。この問題に対処するための単純明快な方法は、解析間の小さなスペクトルシフトに関わらず所与のピークがそのビン(bin)に留まるのに十分な程度にスペクトルの分解能を減少させるビニング(binning)技術を用いることである。例えばNMRにおいて、化学シフト軸は分割して(descretized)粗くビン化(binned)してよく、MSにおいては、スペクトル精度は端数処理して、整数で原子質量単位の値にしうる。しかし、NMRには部分線形適合(partial linear fit)、またはMSには他の整列手順などの、より繊細な手順が好ましい。
【0033】
初期データ予備加工の後、スペクトルプロファイルをパターン認識(多変量解析)のために設定する。
【0034】
体液プロファイルを与えるために異なる技術を用いる能力は多重(multiway)多変量解析によって最適に用いられ、同じシステムの異なる体液(血漿および尿、または血漿およびCSFなど)を測定して、システム生物学の新しい洞察、例えば血漿および尿のプロファイルを比較したときの血液脳関門の効果を明らかにすることができる。このように、工程(a)〜(c)のそれぞれにおいて、好ましくは多重多変量解析を用いる。
【0035】
本発明は、階層的手順(工程(a)、(b)、および(d))においてデータを加工するために多変量解析の複数の工程を利用する、分光測定データプロセッシングの方法を提供する。各工程(a)、(b)、および(c)において、第1の多変量解析を、1つまたは複数のセットの違いおよび/またはそれらの間の類似性を識別するために複数のデータセットに用いることができ、その後、第2の多変量解析を、これらセットの違い(または類似性)の少なくとも1つと、複数のデータセットの1つまたは複数との間の相関(および/または反相関、すなわち負の相関)を決定するために用いることができる。工程(a)において、疾患の生物学的プロファイルの決定もこの相関に基づきうる。
【0036】
本明細書で用いられる用語「データセット」とは、1つまたは複数の分光測定値を伴う分光測定データを指す。例えば、分光測定技術がNMRである場合、データセットは1つまたは複数のNMRスペクトルを含みうる。分光測定技術がUV分光法である場合、データセットは1つまたは複数のUV発光または吸光スペクトルを含みうる。同様に、分光測定技術がMSである場合、データセットは1つまたは複数の質量スペクトルを含みうる。分光測定技術がクロマトグラフィー-MS技術(例えば、LC-MS、GC-MSなど)である場合、データセットは1つまたは複数の質量クロマトグラムを含みうる。あるいは、クロマトグラムまたは再構築TICクロマトグラムのデータセットでありうる。なお、用語「データセット」には、そのままの分光測定データ、および前もって加工されたデータ(例えばノイズ、ベースラインを除くため、ピークを検出するためなど)の両方が含まれる。
【0037】
また、本明細書で用いられる用語「データセット」は、実質的にすべてまたは1つもしくは複数の分光測定値を伴う分光測定データのサブセットを指すこともある。例えば、異なるサンプル源(疾患症状を有する群のサンプル(実験群サンプル)と、参照または健常群サンプル(対照群サンプル))の分光測定値を伴うデータとは、異なるデータセットに類別化されうる。その結果、第1のデータセットは実験群サンプル測定値を指し、第2のデータセットは対照群サンプル測定値を指すであろう。またデータセットは、関連すると考えられる任意の他の分類に基づいて分類されたデータを指しうる。
【0038】
本発明はまた、2以上の階層的相関レベルでデータを加工するために多変量解析を利用する、分光測定データプロセッシングの方法を提供する。各工程(a)、(b)、および(d)において、第1の相関レベルでデータセット間の相関(および/または反相関)を識別するために、複数のデータセットに対して多変量解析を用いることができ、その後、第2の相関レベルでデータセット間の相関(および/または反相関)を識別するために多変量解析を用いることができる。工程(a)において、生物学的システムの生物学的プロファイルの決定はまた、1つまたは複数の相関レベルで識別された相関に基づきうる。
【0039】
本発明に従うと、各工程(a)、(b)、および(d)における分光測定データプロセッシングは、階層的手順でデータセットを加工するために複数工程の多変量解析を利用して行うことができ、1つまたは複数の多変量解析工程はさらに2以上の階層的相関レベルでデータを加工すること含む。例えば、各工程(a)、(b)、および(d)において、1つまたは複数のセットの違いおよび/またはそれらの間の類似性を識別するために、複数のデータセットに対して第1の多変量解析を用いることができ、第1のセットの違い(または類似性)と1つまたは複数のデータセットとの間の第1の相関(および/または反相関)レベルを決定するために第2の多変量解析を用いることができ、この第2の多変量解析は、第1のセットの違い(または類似性)と1つまたは複数のデータセットとの間の第2の相関(および/または反相関)レベルを決定するために用いることができる。工程(a)において、疾患の生物学的プロファイルの決定は、1つまたは複数の相関レベルで識別された相関に基づきうる。
【0040】
多変量解析の適した形態としては、例えば、主要成分解析(「PCA」)、判別解析(「DA」)、PCA-DA、因子解析、正準相関(「CC」)、部分最小二乗(「PLS」)、予測的線形判別解析(「PLDA」)、神経ネットワーク、マルチレベル/多重/マルチブロック解析、反復標的解析、一般的プロクラスタス(general procrustus)解析、サポートベクターマシン(「SVM」)、平行因子解析(parafac)、およびパターン認識技術が挙げられる。
【0041】
プロファイリングのみのための上記多変量解析技術の使用は当技術分野において公知である。より詳細な説明については、例えば、係属中の米国特許仮出願第60/312,145号(Method and System for Profiling Biological Systems)を参照することができ、これはその全体の内容が本明細書に参照により組みこまれる。
【0042】
データから最大値を抽出するため、上に概説した多変量解析ツールをさらなる統計学的および情報学的ストラテジーとともに用いることができる。サンプル群中で、例えば代謝物の豊富さについて統計学的に有意な違いが決定され、定量されれば、結果の根底にある生物学的理由および結果の前後関係を理解することが目的となる。第1の工程は、データスペクトル中に観察され、多変量解析によりサンプル間で有意に異なることが明らかにされた代謝成分を同定することである。このような同定には典型的には、公知の代謝物成分スペクトルおよび構造の様々なデータベースを照会(query)することが含まれる。次の工程は、公的および商業的データベースを検索して、分子相互作用についての既存の知識を探査(mine)することである。これはメタボロミクスプロファイル結果に見られる関係および挙動を何とか説明しうる。しかし、ほとんどの代謝、ゲノミック、プロテオミクス、および相互作用データベースは静止状態の生化学的事象を表すものであるため、バラバラな生物学的手がかりを、例えば病理学的プロセスを説明するのにより適した動力学的モデルに統合するためには、進歩的に洗練された解析的および数学的ツールが必要である。
【0043】
実際、線形および非線形多変量解析はともに、既存のデータベースまたは文献の探査では説明されない生体分子成分間の統計学的に有意な関係を明らかにしうる。
【0044】
本発明の方法の好ましい態様は、以下の工程を含む:
1. 関連するサンプル、例えば体液(血漿、尿、CSF、唾液、皮脂、滑液など)を選択する。
2. 生物学的プロファイリングの幅を選択する;転写物、タンパク質、代謝物など。
3. 生物学的プロファイルを決定するために用いる分光測定技術(例えば、GCMS、LCMS、CEMS、MS/MS組み合わせ、および様々なNMR法、ゲルベースの電気泳動技術など)に基づいてサンプルを調製する。
4. 好ましくはペプチドを含む、脂質、ステロイド、胆汁酸、エイコサノイド、(神経)ペプチド、ビタミン、有機酸、神経伝達物質、アミノ酸、炭水化物、イオン性有機物、ヌクレオシド、無機物、生体異物などをカバーするメタボロミクスの場合、分光測定技術、ゲルベースの技術、NMRプロファイル、および好ましいMSアプローチを用いてプロファイルを決定する。また、NMRプロファイルに加えて、システムのバランス/恒常性に関する良好な指標であることが多い、主要な高濃度成分を1つの実験で説明するための全体的MSプロファイルも含みうる。
5. 好ましくはオランダ特許出願第1016034号に記載の技術を、PCA-DA、線形および非線形技術に基づくマルチブロック/多重多変量解析、ならびに部分線形適合アルゴリズムと組み合わせて用いて、得られたデータを予備加工する。
6. 4の結果を、動物モデルに基づく生物学的データ、病歴、臨床化学的経歴、臨床的エンドポイント、バイオマーカー、代用マーカー、医学的記述、および行動的、社会的、心理学的データなどの他の関連データ源と組み合わせる。
7. プロファイリング成分の1つまたはプロファイリング成分の任意の組み合わせ、好ましくは非線形圧縮および動力学的モデリング技術の組み合わせを用いて、力学的疾患の(非線形または線形)動力学を研究する。
【0045】
本発明の概念は適切には以下の局面に基づく:ハイフン付きで示される質量分析技術(GC-、LC-、-CE-MS/MS、ICPMS)から選択されたものとNMRの組み合わせによる体液などの複合混合物のプロファイリング、マルチブロック/多重多変量解析の前のデータ予備加工/スケーリング(scaling)による組み合わせの評価、他の関連データセットで作成された手段データセットの組み合わせ、1つのシステムに由来するが、異なる体液プロファイルを通じたサンプルから生じたデータセットの関連づけ、およびすべての形態の非線形動力学を研究する能力。
【0046】
本発明に従って、合成産物ベースの医薬物を設計することができる。
【0047】
こうして本発明は、合成産物ベースの医薬物を調製するための、工程(c)で調製されるような複数成分混合物の使用にも関する。本発明はまた、合成産物ベースの医薬物を調製するための、工程(e)で選択されるような複数成分混合物の使用に関する。
【0048】
本発明はさらに、工程(c)で調製されるような複数成分混合物を含む医薬物に関する。本発明はまた、工程(e)で選択されるような複数成分混合物を含む医薬物にも関する。
【0049】
実施例
本発明の方法を図1に模式的に示す。本発明による典型的な実験は、システム生物学アプローチによって作成されるようなフィンガープリントに基づく。典型的な実験は、以下の工程に基づく:
1. NMRまたは質量分析などのプロファイリング技術によって、複数の個別成分または異なる混合物のセット、好ましくは組成にかなりのバリエーションのあるものを測定する(フィンガープリントする);図1の左側部分にバッチ(batch)1-nとして示す。
2. 動物モデルへの投与後またはヒト試験におけるこれらのバッチ、および処置されていない(疾患動物および野生型または健常対象/患者の両方を含む)または他の処置をするよう選択された参照群の効果のプロファイルを測定する。
3. 参照群により疾患のバイオマーカープロファイルを提供し、他の実験により疾患パターンに対する混合物の影響を提供し、他の効果も明らかにする。また、ヒト試験における臨床的エンドポイントまたは細胞モデルおよび/もしくは動物モデルで測定された典型的生物学的効果を複数成分混合物の評価に用いることができる。これにより、特定の疾患群に対する効果の証拠が得られる。対照群が利用できない場合は、比較解析を用いて、臨床的エンドポイントまたは仮説に対して最適な生物学的効果を明らかにすることができる。
4. 臨床的エンドポイントまたは他のモデル(細胞ベースまたは動物モデル)における任意の生物学的効果などのすべての他の情報も含む、効果プロファイルとの混合物成分のパターンの(非)線形多変量相関により、生物学的効果を生じる成分のパターンを検出することができる。
5. 新しい組み合わせ介入の設計において個別の成分の影響を研究し、疾患プロファイルに対する影響を生物学的効果における変化という観点から、または同定されない場合は疾患プロファイルの特定部分に対する影響として決定できる。このようなアプローチの一例を図2に示し、このとき動物モデルにおけるアテローム性動脈硬化症の発症に対する異なる薬物の影響をシステムに基づく応答によって評価する。両薬物は明らかに異なる薬物応答を示し、これは2次元表示では部分的にしか見えない。詳細に解析すると、疾患プロファイルの影響の違いを相関ネットワークによって見出すことができ(例えば図3を参照されたい)、生化学レベルで説明でき、そして混合物ストラテジーの設計に役立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の方法を模式的に示す。
【図2】アテローム性動脈硬化症の動物モデルにおける薬物のシステム薬物応答プロファイルを示す。
【図3】システム生物学実験で測定された疾患バイオマーカー相関ネットワークを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、生体システム群内の疾患の生物学的プロファイルに対する複数成分合成産物混合物の影響を決定するための方法:
(a)多変量解析を用いて、疾患の症状を有する生体システム群の生物学的プロファイルを参照(または健常)生体システム群の生物学的プロファイルと比較することにより、疾患の生物学的プロファイルを決定する工程;
(b)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する1つまたは複数の合成組成物の一連のサンプルの影響を決定する工程であって、これらサンプル中、1つまたは複数の合成組成物の濃度が異なる、工程;
(c)工程(b)で得られた情報に基づいて、疾患の生物学的プロファイルに対して所望の影響を示すことが期待される複数成分合成産物混合物のセットを調製する工程;および
(d)多変量解析を用いて、疾患の生物学的プロファイルに対する工程(c)で調製された複数成分混合物のセットの影響を決定する工程。
【請求項2】
工程(d)の後に工程(e)として、工程(c)で調製された複数成分合成産物混合物のセットから、疾患の生物学的プロファイルに対する所望の影響を示す1つまたは複数の混合物を選択する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
工程(a)において、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を用いて疾患のプロファイルを決定する、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
工程(b)において、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を用いて、疾患サンプルの生物学的プロファイルに対する複数成分混合物の一連のサンプルの影響を決定する、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
工程(d)において、少なくとも1つの分光測定技術、少なくとも1つの電気的移動に基づく技術、または少なくとも1つのクロマトグラフィー技術を用いてサンプルの組成を決定する、請求項2〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
2つ以上の分光測定技術または電気的移動に基づく技術を用いる、請求項2〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
少なくとも核磁気共鳴技術および質量分析技術または電気的移動に基づく技術を用いる、請求項6記載の方法。
【請求項8】
生物学的プロファイルが、1つまたは複数の代謝プロファイル、遺伝プロファイル、および/またはプロテオミクスプロファイルを含む、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
生物学的プロファイルが、代謝プロファイル、遺伝プロファイル、およびプロテオミクスプロファイルを含む、請求項8記載の方法。
【請求項10】
複数成分混合物が化学的産物を含む、請求項1〜9のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
工程(a)において、少なくとも1つのタイプの体液の生物学的プロファイルが決定される、請求項1〜10のいずれか一項記載の方法。
【請求項12】
工程(a)において、少なくとも1つのタイプの組織の生物学的プロファイルが決定される、請求項1〜11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
工程(a)において、少なくとも2つの異なるタイプの体液の生物学的プロファイルが決定される、請求項12記載の方法。
【請求項14】
工程(a)において、1つまたは複数の以下のバイオマーカー:遺伝子、転写物、タンパク質、代謝物、および(微量)元素、を用いて生物学的プロファイルを決定する、請求項1〜1のいずれか一項記載の方法。
【請求項15】
工程(b)におけるサンプルの数が少なくとも2である、請求項1〜1のいずれか一項記載の方法。
【請求項16】
工程(c)におけるサンプルの数が5〜100の範囲である、請求項15記載の方法。
【請求項17】
合成産物ベースの医薬物を調製するための、請求項1〜16のいずれか一項記載の工程(c)で調製された複数成分合成産物混合物の使用。
【請求項18】
合成産物ベースの医薬物を調製するための、請求項2〜16のいずれか一項記載の工程(e)で選択された複数成分合成産物混合物の使用。
【請求項19】
請求項1〜16のいずれか一項記載の工程(c)で調製された、または請求項2〜16のいずれか一項記載の工程(e)で選択された複数成分合成産物混合物を含む医薬物。
【請求項20】
請求項2〜16のいずれか一項記載の工程(e)で選択された複数成分混合物の組成を制御する方法であって、混合物に含まれる1つまたは複数の組成物が疾患の生物学的プロファイルに対して影響を有するように、混合物に含まれる1つまたは複数の組成物の濃度を調整する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−508603(P2007−508603A)
【公表日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−525292(P2006−525292)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【国際出願番号】PCT/NL2004/000617
【国際公開番号】WO2005/024421
【国際公開日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【出願人】(506076558)
【Fターム(参考)】