説明

白癬治療剤

【課題】 少量の有効成分で優れた効力を有する白癬治療剤を提供すること。
【解決手段】 茶カテキン類とカフェインを有効成分として組み合わせてなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少量の有効成分で優れた効力を有する白癬治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の表皮は、外側から角質層、顆粒層、有棘層、基底層という構造になっている。これらのうち角質層は死細胞からできており、ケラチンが主要構成成分である。また、毛髪や爪も角質層と同じくケラチンからできている。これらの部位には血管などが無いため、白血球などの遊走細胞や血清中の殺菌物質の影響が及ばない。白癬菌は好ケラチン性真菌であり、表皮角質層、毛髪、爪などの部位に感染しやすい。角質層ではヒトの免疫機構の影響を受けにくいが、それよりも内側の顆粒層や有棘層などでは白血球などの直接的攻撃に曝露されるため、白癬菌は通常は角質層中のみに繁殖がとどまる。しかし、白癬菌により産生される酵素や代謝産物によって顆粒層よりも内側の細胞が刺激されることで人体の防御機構が働き、その結果として痒みなどの白癬症状が現出する(非特許文献1)。
白癬菌は培地上では栄養菌糸の伸長による他に、小分生子、大分生子、分節胞子(球状の厚壁胞子に移行)を形成するが、角質層中では栄養菌糸と、分節・肥厚による厚膜胞子形成による繁殖を行う。厚膜胞子は耐久細胞であり、白血球や血清中の殺菌物質の曝露に対して、栄養菌糸に比べはるかに高い生残性を有している。また、厚膜胞子の耐久性に加え、角質層は外部および内部からの薬剤浸透性が悪いことから、白癬の治療には外用剤、内服剤いずれを用いる場合でも長期間を要する。今日、外用剤としてベンジルアミン系抗真菌剤(一般名:塩酸ブテナフィン)が、外用剤および内服剤としてアリルアミン系抗真菌剤(一般名:塩酸テルビナフィン)が頻用されるが、これらは真菌の細胞膜の構成成分であるエルゴステロール合成経路のスクアレンエポキシダーゼを選択的に阻害し、スクアレンの蓄積およびエルゴステロール含量の低下により抗真菌活性をあらわす。しかし、同時にヒトのスクアレンエポキシダーゼに対しても弱い阻害性を有しているため、これらの薬剤については、接触皮膚炎や刺激感などの副作用が報告されている(非特許文献2・非特許文献3)。また、外用剤および内服剤としてアゾール系抗真菌剤(一般名:イトラコナゾール(トリアゾール系)、ミコナゾール(イミダゾール系)など)も利用されているが、これらアゾール系に共通の作用機序はエルゴステロール合成経路のチトクロームP450(ラノステロール14α-デメチラーゼ)を選択的に阻害することであるため、この種の薬剤はヒト肝臓の主要代謝酵素であるP450に対しても弱い阻害活性を有している。そのため、副作用として肝臓障害の報告例や併用薬剤の制限などがある(非特許文献4・非特許文献5)。
従って、人体への安全面から真菌に対して選択的に作用する抗真菌剤の開発が求められている。また、現在のところ抗真菌剤に耐性を獲得した白癬菌の報告はないが(非特許文献6)、今後、薬剤を安易に広範囲で用いることによる耐性菌の出現も否定できない。このような背景のもと、現在では人体への安全面などを考慮して、化学合成品だけではなく植物抽出液や天然化合物の抗真菌作用に着目した研究が行われており、これまでに、ユーカリ属植物葉(特許文献1)、生姜の抽出物(特許文献2)、アミノ酸のポリマー(特許文献3)、多糖類の混合物(特許文献4)などに白癬菌に対する抗菌作用があることが報告されている。
【0003】
また、特許文献5では茶カテキン類に白癬菌に対する抗菌作用があることが報告されており、特許文献6ではカフェインに白癬菌に対する抗菌作用があることが報告されている。しかし、いずれの特許文献にもこれらの有効成分を併用した場合の効果については記載されておらず、また、特許文献6におけるカフェインの含有濃度は1%(10000ppm)以上と非常に高濃度である。
【特許文献1】特開平11-80012号公報
【特許文献2】特開2002-47195号公報
【特許文献3】特開平5-246883号公報
【特許文献4】特開平8-333214号公報
【特許文献5】特開平3-255033号公報
【特許文献6】特開昭58-15919号公報
【非特許文献1】「人に棲みつくカビの話」、宮治誠、草思社、1995年
【非特許文献2】科研製薬株式会社、2005年、「メンタックスクリーム/メンタックス液/メンタックススプレー」
【非特許文献3】ノバルティスファーマ株式会社、2005年、「ラシミール液」
【非特許文献4】厚生省薬務局、1997年、医薬品副作用情報、No. 143
【非特許文献5】厚生省薬務局、1995年、医薬品副作用情報、No. 131
【非特許文献6】「白癬の免疫」古賀哲也、日本医真菌学会雑誌44巻4号、平成15年、日本医真菌学会
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、少量の有効成分で優れた効力を有する白癬治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、茶カテキン類とカフェインを有効成分として組み合わせて用いることで、白癬菌に対する優れた抗菌作用が得られることを見出した。
【0006】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、本発明の白癬治療剤は、請求項1記載の通り、茶カテキン類とカフェインを有効成分として組み合わせてなることを特徴とする。
また、請求項2記載の白癬治療剤は、請求項1記載の白癬治療剤において、茶カテキン類が少なくともエピガロカテキンガレートを含んでなることを特徴とする。
また、請求項3記載の白癬治療剤は、請求項1または2記載の白癬治療剤において、カフェインの含有濃度が5000ppm未満の液状剤であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、少量の有効成分で優れた効力を有する白癬治療剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の白癬治療剤は、茶カテキン類とカフェインを有効成分として組み合わせてなることを特徴とするものである。治療の対象となる白癬菌としては、例えば、トリコフィトン トンスランス(Trichophyton tonsurans)、トリコフィトン バイオラセウム(Trichophyton violaceum)、トリコフィトン ルブラム(Trichophyton rubrum)、トリコフィトン メンタグロフィテス(Trichophyton mentagrophytes)などが挙げられる。
【0009】
本発明の白癬治療剤の有効成分として機能する茶カテキン類は、茶の成分として含まれるカテキン(C)、ガロカテキン(GC)、カテキンガレート(Cg)、ガロカテキンガレート(GCg)、エピカテキン(EC)、エピガロカテキン(EGC)、エピカテキンガレート(ECg)、エピガロカテキンガレート(EGCg)などのカテキンを意味する。これらのカテキンは(+)体であっても(-)体であってもよい。また、これらのカテキンは単独で用いてもよいし、複数種類を混合して用いてもよい。茶カテキン類は、主にツバキ科ツバキ属に属するチャ(Camellia sinensis)から得られる葉、茎、木部、樹皮、根、実、種子のいずれかあるいはこれらの2種類以上の混合物もしくはそれらの粉砕物から水、熱水、有機溶媒、含水有機溶媒あるいはこれらの混合物などにより抽出することで得ることができる。茶カテキン類は、茶生葉あるいはその乾燥物から水、熱水、有機溶媒、含水有機溶媒あるいはこれらの混合物などを用いて得られる抽出物自体やこれを必要に応じて精製して得られる精製物であってもよい。茶カテキン類の精製物は、特公平1-44234号公報、特公平2-12474号公報、特公平2-22755号公報、特開平4-20589号公報、特開平5-260907号公報、特開平8-109178号公報などに記載された方法により得ることができ、例えば、茶葉を上記のような溶媒で抽出して得られた抽出物を、有機溶媒分画や吸着樹脂などを用いることで所望の程度に精製できる。茶カテキン類は市販されているものもあり、例えば、三井農林(株)製「ポリフェノン」を好適に用いることができる他、太陽化学(株)製「サンフェノン」や(株)伊藤園製「テアフラン」などを用いることもできる。茶カテキン類には少なくともエピガロカテキンガレートが含まれていることが望ましい。
【0010】
本発明の白癬治療剤の有効成分として機能するカフェインは、茶やコーヒー豆などに含まれるプリン誘導体であることは周知の通りである。カフェインは天然から単離・精製されたものであってもよいし、化学合成品であってもよい。
【0011】
茶カテキン類とカフェインの好適な混合比率や混合濃度は、白癬菌の菌種により異なるが、本発明の白癬治療剤を外用剤としてローション剤などの液状剤とした場合、カフェインの含有濃度を5000ppm未満という特許文献6に記載されているカフェインの含有濃度の1/2未満としても、茶カテキン類とカフェインの白癬菌に対する相乗効果による優れた抗菌作用が得られる混合比率や混合濃度を見出すことができる。なお、本発明の白癬治療剤の剤型は液状剤に限定されるわけではなく、軟膏剤やクリーム剤などの形態であってもよい。また、必要に応じて界面活性剤や保湿剤などの当業者が通常用いる成分を配合してもよい。その用法容量は、患者の年齢、性別、体重、体調、症状などによって適宜設定することができる。
【実施例】
【0012】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0013】
実施例A:
(実験方法)
1.実験に用いた白癬菌の菌株
Trichophyton tonsurans(NBRC5971)
Trichophyton violaceum(NBRC31064)
いずれも培養はPDA培地を用いて行い、培養温度は25℃とした。
【0014】
2.実験に用いた有効成分
茶カテキン類として三井農林(株)製のエピガロカテキンガレート(EGCg)を用いた。カフェインはナカライテスク(株)より購入した。EGCgおよびカフェインは、培地中の終濃度が31.25,62.5,125,250,500,750,1000,1500および2000ppmとなるように調整して実験を行った。
【0015】
3.In vitroの抗白癬菌活性の評価
抗白癬菌活性の評価は、個々の有効成分を所定の濃度で含むPDA平板培地を作製し、その中央に白癬菌を接種した直径8mmのペーパーディスクを載置して25℃で7日間培養した後、生育抑止率を以下の数式により求めることで行った。
生育阻止率(%)=[(C−8)−(T−8)]×100÷(C−8)
C:有効成分を添加しない寒天上に生育したコロニー直径(コントロール)
T:有効成分を添加した寒天上に生育したコロニー直径
【0016】
4.相乗効果の判別法
相乗効果の有無を解析するため、Calcusyn programのChou-Talalayの組み合わせ指標(CI)式に従って処理した((1) Chou, J. and Chou, T-C. Dose-effect analysis with microcomuputers: Quantitation of ED50, LD50, synergism, antagonism low-dose risk, receptor-ligand binding and enzyme kinetics. Manual and Software, Biosoft, Cambidge, U.K., 1987.、(2) Chou, J. Quantitation of synergism and antagonism of two or more drugs by computerized analysis. In Synergism and Antagonism in Chemotherapy (Chou, T-C. and Rideout, D. C., eds) pp223-244, Academic Press, San Diego, 1991)。CI値の算出にはEGCgとカフェインをそれぞれ単独で用いた場合の濃度と生育阻止率の関係を求める必要があり、その計算式としてCalcusyn programの以下の数式を用いた。
fa/fu=(D/Dm)m
D:有効成分(EGCgまたはカフェイン)の量
Dm:50%の生育阻止効果を示す物質量
fa:生育阻止率
fu:100−fa
m:量曲線の湾曲具合を示す指数
上記の式においてEGCgとカフェインが白癬菌に対して抗菌作用を示した場合、以下の数式に従ってCI値を算出した。
CI=[(D)1/(Dx)1]+[(D)2/(Dx)2]
(D)1,(D)2:X%阻害するときのEGCgとカフェインの濃度の組み合わせ
(Dx)1,(Dx)2:X%阻害するときのEGCgとカフェインの単独での濃度
上記の数式では一般にCI<1は相乗効果、CI=1は相加効果、CI>1は対立効果として定義される。
【0017】
(実験結果)
Trichophyton tonsuransに対する抗菌作用を表1に、Trichophyton violaceumに対する抗菌作用を表2にそれぞれ示す。表1と表2から明らかなように、EGCgとカフェインの濃度の組み合わせによって相乗効果に強弱はあるものの、両者を有効成分として組み合わせることによる相乗効果を見出すことができた(点線による囲み部分)。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【0020】
実施例B:
白癬菌の菌株としてTrichophyton rubrum(NBRC32409)とTrichophyton mentagrophytes(NBRC32410)を用いたこと以外は実施例Aと同様にして実験を行った。Trichophyton rubrumに対する抗菌作用を表3に、Trichophyton mentagrophytesに対する抗菌作用を表4にそれぞれ示す。表3と表4から明らかなように、EGCgとカフェインの濃度の組み合わせによって相乗効果に強弱はあるものの、両者を有効成分として組み合わせることによる相乗効果を見出すことができた(点線による囲み部分)。
【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
製剤例1:クリーム剤(その1)
以下の配合にて、定法によりクリーム剤を作製した。
茶カテキン類 0.25%
カフェイン 0.1%
ワセリン 72%
ラノリン 15%
流動パラフィン 8%
精製水 残余
【0024】
製剤例2:クリーム剤(その2)
以下の配合にて、定法によりクリーム剤を作製した。
エピガロカテキンガレート 0.05%
カフェイン 0.05%
ワセリン 76%
ラノリン 15%
流動パラフィン 8%
精製水 残余
【0025】
製剤例3:ローション剤
以下の配合にて、定法によりローション剤を作製した。
流動パラフィン 15%
オリーブ油 8%
オクチルドデカノール 7%
サンスクリーン剤 3.5%
モノステアリン酸ソルビン 4%
モノオレイン酸モリオキシエチレン(20)ソルビタン 6%
プロピレングリコール 5%
香料 適量
茶カテキン類 0.25%
カフェイン 0.1%
精製水 残余
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、少量の有効成分で優れた効力を有する白癬治療剤を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
茶カテキン類とカフェインを有効成分として組み合わせてなることを特徴とする白癬治療剤。
【請求項2】
茶カテキン類が少なくともエピガロカテキンガレートを含んでなることを特徴とする請求項1記載の白癬治療剤。
【請求項3】
カフェインの含有濃度が5000ppm未満の液状剤であることを特徴とする請求項1または2記載の白癬治療剤。

【公開番号】特開2007−176884(P2007−176884A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−379492(P2005−379492)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(303044712)三井農林株式会社 (72)
【Fターム(参考)】