説明

真核微生物の感染阻害剤

【課題】真核微生物の感染阻害剤、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物をスクリーニングする方法、また薬剤による真核微生物の病害を予防・防除する方法およびキットを提供する。
【解決手段】MSTU1遺伝子産物がいもち病菌の代謝(グリセロール生合成)を制御しており、いもち病菌の感染に必要な器官(付着器)への機能付与を行っていることが初めて明らかとなった。またMSTU1遺伝子産物の発現によって、いもち病菌の侵入菌糸形成が抑制されることが明らかとなった。このMSTU1遺伝子産物の発現もしくは機能を、薬剤等を用いて調節(阻害あるいは促進)することにより病害防除ができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核微生物の感染阻害剤、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物をスクリーニングする方法、および本発明の薬剤による真核微生物の病害を予防および/または防除する方法あるいはキットに関する。
【背景技術】
【0002】
APSESタンパクはbasic Helix-Loop-Helix (bHLH) 領域の相同性により定義される真核微生物の転写因子であり、形態形成の制御に関与している。例えば、麹菌(Aspergillus nidulans)のAPSESタンパクであるStuAは分生子柄の分化や子嚢形成を制御しており、赤パンカビ(Neurospora crassa)のAsm-1は胞子形成・菌糸形成等に関与することが知られている。
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
【0003】
【非特許文献1】Aramayo R, Peleg Y, Addison R, Metzenberg R. 「Asm-1+, a Neurospora crassa gene related to transcriptional regulators of fungal development. 」、Genetics.、1996年、Vol.144、No.3、p.991-1003.
【非特許文献2】Dutton JR, Johns S, Miller BL. 「StuAp is a sequence-specific transcription factor that regulates developmental complexity in Aspergillus nidulans. 」、EMBO J.、1997年、Vol.16、No.18、p.5710-21
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、真核微生物の感染阻害剤、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物をスクリーニングする方法、また本発明の薬剤による真核微生物の病害を予防および/または防除する方法およびキットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った。イネいもち病菌(M. grisea)においては、ゲノムデータベース上ではAPSESタンパクをコードすると予想される遺伝子(MSTU1)が1つ存在している。
【0006】
そこで本発明者らは、ゲノム中に1コピー存在するMSTU1遺伝子破壊株を作製し、M. griseaにおけるAPSESタンパク質の機能を解析した。相同組み換えによりMSTU1遺伝子が欠損した株を2株作出し、野生株とその形質を比較したところ、欠損株のmstu1では胞子の形態に変化は見られなかったが、分生子柄形成数や分生子形成数の減少、菌糸伸長速度の遅延が見られた。
【0007】
いもち病菌は、付着器内に高濃度に蓄積されたグリセロールにより形成された膨圧を利用してイネへ侵入するが、グリセロールは胞子内のグリコーゲンや脂質から生合成される(図5)。付着器形成誘導24時間後、胞子・付着器内グリコーゲンをヨードカリウム液、脂質をナイルブルーで染色し観察したところ、野生型株と比べMSTU1遺伝子欠損株では胞子内グリコーゲン・脂質の付着器への移動率と分解率が著しく低下していた(図6)。これらの結果は、MSTU1遺伝子産物が付着器内の膨圧形成といった機能的成熟を制御していることを表す。
【0008】
また、欠損株mstu1において、付着器誘導条件下(疎水表面上)での付着器形成は開始がやや遅延するものの、24時間後の付着器形成率に野生株との差違は見られなかった。しかし、欠損株mstu1の植物への侵入率は減少しており、イネへの病原性が低下していた。また、欠損株mstu1を交配に用いた場合、雌性を欠損していた。これらの結果から、イネいもち病菌においてMstu1タンパク質が環境に対応した形態変化に重要な役割を持っていることが推測された。
【0009】
いもち病菌では、胞子/分生子柄形成、付着器形成、侵入菌糸形成がcAMPシグナルの制御を受けていることが知られているが、Mstu1欠損株のいずれの欠損形質についてもcAMP添加により著しい回復は見られなかった。Mstu1欠損株胞子を無傷のイネへ噴霧接種した場合には病斑がほとんど見られないが、傷をつけたイネに接種した場合にはイネに侵入し病斑を形成した。
【0010】
即ち、MSTU1遺伝子産物がいもち病菌の代謝(グリセロール生合成)を制御しており、いもち病菌の感染に必要な器官(付着器)への機能付与を行っていることが初めて明らかとなった。
【0011】
また他の糸状菌(カビ)ではMSTU1遺伝子のホモログは胞子形成、菌糸形成を制御するが、代謝には関与していることが知られていなかった。ところがいもち病菌では他の糸状菌で知られている機能に加えて、代謝を制御していることが明らかとなった。
【0012】
付着器機能の成熟の遅延は、イネへのいもち病菌の感染プロセスの中で致命的であり、いもち病菌のイネへの侵入率を大きく引き下げる。このMSTU1遺伝子産物の発現もしくは機能を、薬剤等を用いて阻害することにより病害防除ができると考えられる。
【0013】
即ち本発明は、真核微生物の感染阻害剤、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物をスクリーニングする方法、また本発明の薬剤による真核微生物の病害を予防および/または防除する方法、およびキットに関し、詳しくは、
〔1〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質を有効成分として含有する、真核微生物の感染阻害剤、
〔2〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質が、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質である、〔1〕に記載の真核微生物の感染阻害剤、
〔3〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の多糖あるいは脂質の細胞内移行抑制剤、
〔4〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の多糖あるいは脂質の分解抑制剤、
〔5〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の付着器における膨圧形成抑制剤。
〔6〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の付着器の機能阻害剤、
〔7〕 Mstu1タンパク質の機能を阻害する物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物を含む、〔2〕〜〔6〕のいずれかに記載の薬剤、
(a)Mstu1タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するMstu1タンパク質変異体
(b)Mstu1タンパク質に結合する抗体
(c)Mstu1タンパク質に結合する低分子化合物
〔8〕 Mstu1タンパク質の発現を阻害する物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物を含む、〔2〕〜〔6〕のいずれかに記載の薬剤、
(a)MSTU1遺伝子の転写産物、またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)MSTU1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)MSTU1遺伝子の発現を、RNAi効果による阻害作用を有する核酸
〔9〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質が、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質である、〔1〕に記載の真核微生物の感染阻害剤、
〔10〕 Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質が、サイクリックアデノシン3’,5’-1リン酸(cAMP)およびそのアナログである、〔9〕に記載の真核微生物の感染阻害剤、
〔11〕 〔9〕または〔10〕に記載の薬剤を有効成分とする、真核微生物の侵入菌糸形成抑制剤、
〔12〕 真核微生物の感染が、植物あるいは動物への感染である、〔1〕〜〔11〕のいずれかに記載の薬剤、
〔13〕 植物がイネ科植物である、〔12〕に記載の薬剤、
〔14〕 真核微生物がいもち病菌である、〔1〕〜〔13〕のいずれかに記載の薬剤、
〔15〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法、
(a)Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる工程
(b)前記Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する工程
(c)Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物を選択する工程
〔16〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法、
(a)MSTU1遺伝子を発現する細胞に、被検化合物を接触させる工程
(b)該MSTU1遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物を接触させない場合と比較して、該発現レベルを変化させる化合物を選択する工程
〔17〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法、
(a)MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを変化させる化合物を選択する工程
〔18〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法、
(a)MSTU1遺伝子を発現する細胞へ被検化合物を接触させる工程
(b)該細胞におけるMstu1タンパク質の発現量または活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、Mstu1タンパク質の発現量または活性を変化させる化合物を選択する工程
〔19〕 真核微生物がいもち病菌である、〔15〕〜〔18〕のいずれかに記載のスクリーニング方法、
〔20〕 〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の薬剤を植物または動物に対し散布あるいは塗布する工程を含む、真核微生物による病害を予防および/または防除する方法、
〔21〕 〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の薬剤を、植物または非ヒト動物に導入する工程を含む、真核微生物による病害を予防および/または防除する方法、
〔22〕 〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の薬剤を、植物または動物に対し散布あるいは塗布する工程を含む、真核微生物に対する感染抵抗性を有する植物または動物を製造する方法、
〔23〕 真核微生物がいもち病菌である、〔20〕〜〔22〕のいずれかに記載の方法、
〔24〕 植物がイネ科植物である、〔20〕〜〔22〕のいずれかに記載の方法、
〔25〕 〔1〕〜〔14〕のいずれかに記載の薬剤を含む、〔20〕〜〔24〕のいずれかに記載の方法に用いるためのキット、に関する。
【発明の効果】
【0014】
従来、真核微生物、特にイネいもち病菌による病害を防除するために、例えばいもち病抵抗性品種の利用、農薬利用による化学的防除等が行われている。しかし、いもち病抵抗性品種の利用はいもち病菌の新しい菌系(レース)を生み出す場合もあり、農薬の使用についても薬剤耐性菌を生み出す場合もあり、多量に使用すると環境に悪影響を与えることが懸念される。即ち農薬低投入且つ高精度のいもち病菌防除技術の確立が求められていた。本発明によって、真核微生物による病害、特にイネいもち病菌による植物に対する病害を効率的に予防あるいは防除することができるようになる。また本発明によって提供される薬剤を利用することによって、真核微生物特異的に病害防除を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者らによって、イネいもち病菌のAPSES転写因子であるMSTU1遺伝子産物が、いもち病菌の機能を調節していることが初めて明らかとなった。例えば本発明において、MSTU1遺伝子破壊株を作製しその形質を野生株と比較したところ、分生子柄形成数や分生子形成数の減少、菌糸伸長速度の遅延、胞子内のグリコーゲン・脂質の付着器への移動率および分解率の著しい低下が確認され、MSTU1遺伝子産物によって付着器等における機能的成熟が制御されていることが明らかとなった。さらにMSTU1遺伝子欠損株では植物への侵入率が減少し、病原性が低下していることが明らかとなった。また、MSTU1遺伝子破壊株ではcAMPの添加によって侵入菌糸形成が誘導されたが、野生株ではcAMPの有無に関わらず侵入菌糸形成が誘導されず、Mstu1タンパク質の発現によっていもち病菌の侵入菌糸形成が抑制されていることが明らかとなった。
【0016】
つまり、MSTU1遺伝子産物であるMstu1タンパク質の発現および/または機能を調節(阻害あるいは促進)することによって、いもち病菌の感染を阻害することが可能であることが見出された。
MSTU1遺伝子のホモログは、いもち病菌の属する属とは離れた属に属する菌でも見つかっている。そのため、MSTU1遺伝子のホモログは上記いもち病菌だけでなく、いもち病菌が含まれる真核微生物は全て有している可能性が高い。真核微生物としてはいもち病菌の他にも、例えば、コウジ菌(Aspergillus nidulans)、アカパンカビ(Neurospora crassa)、コウボ(Saccharomyces cerevisiae)、真菌症を引き起こすカンジダ菌(Candida albicans)、Penicillium marneffeii、植物病原菌であるFusarium oxysporum等を挙げることができるが、勿論これらに制限されない。これら真核微生物もMSTU1遺伝子のホモログを有していると考えられる以上、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質は、これら真核微生物の感染も阻害することができると期待される。
【0017】
即ち本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質を有効成分として含有する真核微生物の感染阻害剤を提供する。
【0018】
なお、本発明において、「MSTU1」とは遺伝子名、「Mstu1」はタンパク質名、「mstu1」は変異株(遺伝子欠損株も含む)名を表す。MSTU1遺伝子は、DNAデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL)において、アクセッション番号AB218802 でアクセスし取得することが可能である。このMSTU1遺伝子の塩基配列を配列番号:1に、当該塩基配列によってコードされるアミノ酸配列を配列番号:2に記載する。
本発明における「Mstu1タンパク質」は、天然のタンパク質の他、遺伝子組み換え技術を利用した組換えタンパク質として調製することができる。天然のタンパク質は、例えばMstu1タンパク質が発現していると考えられる細胞外マトリックス等の組織の抽出液に対し、Mstu1タンパク質に対する抗体を用いたアフィニティークロマトグラフィーを用いる方法により調製することが可能である。一方、組換えタンパク質は、Mstu1タンパク質をコードするDNAで形質転換した細胞を培養することにより調製することが可能である。
【0019】
本発明のMstu1タンパク質は、その由来する生物に特に制限は無いが、真核微生物由来であることが好ましく、より好ましくはAPSES転写因子を有する真核微生物由来であり、例えば、いもち病菌、炭疽病菌、カンジダ菌が由来する生物として挙げられる。本発明における真核微生物として、好ましくはいもち病菌が挙げられる。なお本発明におけるいもち病菌は、どの生育段階にあっても構わない。例えば付着器が成熟した状態以外の状態であっても構わない。
【0020】
本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質が、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質である、真核微生物の感染阻害剤を提供する。
【0021】
さらに本発明は、Mstu1タンパク質の機能阻害物質を有効成分として含有する薬剤を提供する。
【0022】
本発明者らによって、イネいもち病菌のAPSES転写因子であるMSTU1遺伝子産物が、いもち病菌の多糖あるいは脂質由来の代謝産物、例えばグリセロールの生合成を制御しており、いもち病菌の感染に必要な器官(付着器)への機能付与を行っていることが初めて明らかとなった。下記実施例に記載のように、MSTU1遺伝子を欠損させた変異体では、グリコーゲン・脂質の付着器への輸送や分解が非常に遅れる事が判明した。即ち、MSTU1遺伝子は胞子から付着器へのグリコーゲン・脂質の輸送と分解を制御していることが明らかとなった。従って、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害することにより、この多糖あるいは脂質の細胞内移行や、多糖あるいは脂質の分解を抑制することができれば、いもち病菌を含む真核微生物における多糖あるいは脂質由来の代謝産物(例えばグリセロール)の生合成が抑制されるものと考えられる。
【0023】
即ち本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能阻害物質を有効成分として含有する、真核微生物の多糖あるいは脂質の細胞内移行抑制剤あるいは分解抑制剤を提供する。このような多糖、脂質の細胞内移行抑制剤あるいは分解抑制剤は、真核微生物の生存や感染に必要なエネルギー代謝を抑制する。
【0024】
いもち病菌は、付着器(感染特異的器官)内に高濃度に蓄積されたグリセロールにより形成される膨圧を利用してイネへ侵入する。従って、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害することにより、このグリセロール生合成を抑制させることができれば、いもち病菌を含む真核微生物における付着器の膨圧形成が抑制されると考えられる。即ち本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能阻害物質を有効成分として含有する、真核微生物の付着器における膨圧形成抑制剤を提供する。
【0025】
また上述のように付着器の膨圧形成が抑制されれば、結果として付着器の機能は低下することになる。即ち本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能阻害物質を有効成分として含有する、真核微生物の付着器の機能阻害剤を提供する。このように、感染に必要な付着器の機能が阻害されれば(機能が低下すれば)、真核微生物の感染能は低下することになる。
【0026】
上記本発明のMstu1タンパク質の機能阻害物質は、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物が含まれる。
(a)Mstu1タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するMstu1タンパク質変異体
(b)Mstu1タンパク質に結合する抗体
(c)Mstu1タンパク質に結合する低分子化合物
【0027】
「Mstu1タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するMstu1タンパク質変異体」とは、該タンパク質をコードする遺伝子を発現させることによって、内在性の野生型タンパク質の活性を消失もしくは低下させる機能を有するタンパク質を指す。
【0028】
Mstu1タンパク質に結合する抗体(抗Mstu1抗体)は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして得ることができる。天然のMstu1タンパク質、あるいはGSTとの融合タンパク質として大腸菌等の微生物において発現させたリコンビナントMstu1タンパク質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、Mstu1タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、Mstu1タンパク質若しくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等の試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、Mstu1タンパク質に結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、Mstu1タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。
【0029】
本発明の抗体の形態には、特に制限はなく、本発明のMstu1タンパク質に結合する限り、上記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のほかに、その抗体断片や抗体修飾物も含まれる。
抗体取得の感作抗原として使用される本発明のMstu1タンパク質は、その由来となる生物種に制限されない。
【0030】
本発明において、感作抗原として使用されるタンパク質は、完全なタンパク質あるいはタンパク質の部分ペプチドであってもよい。タンパク質の部分ペプチドとしては、例えば、タンパク質のアミノ基(N)末端断片やカルボキシ(C)末端断片が挙げられる。本明細書における「抗体」とはタンパク質の全長又は断片に反応する抗体を意味する。
【0031】
さらに、本発明は、Mstu1タンパク質の機能阻害物質として、Mstu1タンパク質に結合する低分子化合物(低分子量物質)も含有する。本発明のMstu1タンパク質に結合する低分子量物質は、天然または人工の化合物であってもよい。通常、当業者に公知の方法を用いることによって製造または取得可能な化合物である。また本発明の化合物は、後述のスクリーニング方法によって、取得することが可能である。
即ち本発明の薬剤には、上記(a)〜(c)からなる群より選択される化合物が含まれる。
【0032】
また本発明の薬剤には、Mstu1タンパク質の発現を阻害する物質を有効成分として含有する薬剤が含まれる。Mstu1タンパク質の発現阻害物質は、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物が含まれる。
(a)MSTU1遺伝子の転写産物、またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)MSTU1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)MSTU1遺伝子の発現を、RNAi効果による阻害作用を有する核酸
【0033】
本発明における「核酸」とはRNAまたはDNAを意味する。特定の内在性遺伝子の発現を阻害する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者によく知られている。アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を阻害する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエキソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を阻害する(平島および井上, 新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現, 日本生化学会編, 東京化学同人, 1993, 319-347.)。
【0034】
本発明で用いられるアンチセンス核酸は、上記のいずれの作用によりMSTU1遺伝子の発現を阻害してもよい。一つの態様としては、MSTU1遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、MSTU1遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明で利用されるアンチセンス核酸に含まれる。使用されるアンチセンス核酸は、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製された核酸は、公知の方法を用いることで、所望の動物へ形質転換できる。アンチセンス核酸の配列は、形質転換される動物が持つ内在性遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。
【0035】
また、MSTU1遺伝子の発現の阻害は、リボザイム、またはリボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子を指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.)。
【0036】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 228, 228.)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 239, 285.、小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.、Koizumi, M. et al., Nucl Acids Res, 1989, 17, 7059.)。
【0037】
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, JM., Nature, 1986, 323, 349.)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi, Y. & Sasaki, N., Nucl Acids Res, 1991, 19, 6751.、菊池洋, 化学と生物, 1992, 30, 112.)。このように、リボザイムを用いて本発明におけるMSTU1遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を阻害することができる。
【0038】
内在性遺伝子の発現の阻害は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA干渉(RNA interferance;RNAi)によっても行うことができる。RNAiとは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNAを細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも阻害される現象のことを指す。RNAiの機構の詳細は明らかではないが、最初に導入した二本鎖RNAが小片に分解され、何らかの形で標的遺伝子の指標となることにより、標的遺伝子が分解されると考えられている。RNAiに用いるRNAは、MSTU1遺伝子もしくは該遺伝子の部分領域と完全に同一である必要はないが、完全な相同性を有することが好ましい。
【0039】
ところで、いもち病菌の付着器からの侵入菌糸の形成にはcAMPシグナルの活性化が必要であることが知られている(Xu.et al., 1996., Molecular Plant-Microbe Interactions 10:187-194.)。本発明者らによって、Mstu1がcAMPによるいもち病菌の侵入菌糸形成の誘導を抑制していることが見出された。即ち、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を恒常的に活性化あるいは促進する物質は、真核微生物による感染を阻害することができると期待される。即ち本発明は、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質を有効成分とする、真核微生物の感染阻害剤を提供する。
【0040】
上記「タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進」には、遺伝子の過剰発現、遺伝子からの転写の促進、および該転写産物からの翻訳の促進、等が含まれる。本発明のMstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質は、当業者においては、例えばレポーターアッセイ、またはMSTU1遺伝子の有する活性を指標とする方法により、適宜取得することが可能である。本発明における、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質としては、サイクリックアデノシン3’,5’-1リン酸(cAMP)およびそのアナログを例示することができる。
【0041】
また本発明は、上記真核微生物の感染阻害剤を有効成分とする、真核微生物の侵入菌糸形成抑制剤を提供する。
【0042】
なお本発明における真核微生物は、植物だけでなく、ヒトを含む動物にも感染することができる。即ち本発明の薬剤は、植物や動物への感染阻害剤である。本発明の薬剤は、好ましくは植物への感染阻害剤である。
【0043】
本発明における植物としては、例えばイネ科植物、ナス科植物、マメ科植物、バラ科植物、ウリ科植物、アブラナ科植物、ユリ科植物を挙げることができ、好ましくはイネ科植物が挙げられる。イネ科植物としては例えば、イネ(米)、コムギ、オオムギ、ライムギ、カラスムギ、ハトムギ、キビ、アワ、ヒエ、シコクビエ、トウモロコシ、モロコシ、コウリャン、ソルガム、サトウキビ、タケ、ササ、マコモ、ススキ、ヨシ、シバ、ショウガ等が挙げられ、好ましくは、イネ(米)、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、シバである。
【0044】
なお、イネ科植物を用いる場合、イネの生育ステージには何ら制限はなく、例えば種子、未成熟な状態、登熟状態、あるいはわらであっても良い。
【0045】
本発明の薬剤を動物医薬として用いる場合、生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、医薬組成物として経口、あるいは非経口的に投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤、カプセル剤、溶剤、乳剤、あるいは懸濁剤等の剤型とすることができる。非経口剤としては、注射剤、点滴剤、外用薬剤、あるいは座剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を示すことができる。外用薬剤には、経鼻投与剤、あるいは軟膏剤等を示すことができる。主成分である本発明の薬剤を含むように、上記の剤型とする製剤技術は公知のものを使用することができる。
【0046】
例えば、経口投与用の錠剤は、本発明の薬剤に賦形剤、崩壊剤、結合剤、および滑沢剤等を加えて混合し、圧縮整形することにより製造することができる。賦形剤には、乳糖、デンプン、あるいはマンニトール等が一般に用いられる。崩壊剤としては、炭酸カルシウムやカルボキシメチルセルロースカルシウム等が一般に用いられる。結合剤には、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、あるいはポリビニルピロリドンが用いられる。滑沢剤としては、タルクやステアリン酸マグネシウム等が公知である。
【0047】
本発明の薬剤を含む錠剤は、マスキングや、腸溶性製剤とするために、公知のコーティングを施すことができる。コーティング剤には、エチルセルロースやポリオキシエチレングリコール等を用いることができる。
【0048】
また注射剤は、主成分である本発明の薬剤を適当な分散剤とともに溶解、分散媒に溶解、あるいは分散させることにより得ることができる。分散媒の選択により、水性溶剤と油性溶剤のいずれの剤型とすることもできる。水性溶剤とするには、蒸留水、生理食塩水、あるいはリンゲル液等を分散媒とする。油性溶剤では、各種植物油やプロピレングリコール等を分散媒に利用する。このとき、必要に応じてパラベン等の保存剤を添加することもできる。また注射剤中には、塩化ナトリウムやブドウ糖等の公知の等張化剤を加えることができる。更に、塩化ベンザルコニウムや塩酸プロカインのような無痛化剤を添加することができる。
【0049】
また、本発明の薬剤を固形、液状、あるいは半固形状の組成物とすることにより外用剤とすることができる。固形、あるいは液状の組成物については、先に述べたものと同様の組成物とすることで外用剤とすることができる。半固形状の組成物は、適当な溶剤に必要に応じて増粘剤を加えて調製することができる。溶剤には、水、エチルアルコール、あるいはポリエチレングリコール等を用いることができる。増粘剤には、一般にベントナイト、ポリビニルアルコール、アクリル酸、メタクリル酸、あるいはポリビニルピロリドン等が用いられる。この組成物には、塩化ベンザルコニウム等の保存剤を加えることができる。また、担体としてカカオ脂のような油性基材、あるいはセルロース誘導体のような水性ゲル基材を組み合わせることにより、座剤とすることもできる。
【0050】
本発明の薬剤を遺伝子治療剤として使用する場合は、本発明の薬剤を注射により直接投与する方法のほか、核酸が組込まれたベクターを投与する方法が挙げられる。上記ベクターとしては、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター等が挙げられ、これらのウイルスベクターを用いることにより効率よく投与することができる。
【0051】
また、本発明の薬剤をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。siRNAやshRNAを保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入する。そして、得られる細胞を例えば静脈内、動脈内等に全身投与する。
【0052】
本発明の薬剤を動物医薬として用いる場合、薬剤の投与量は、剤型の種類、投与方法、患者の年齢や体重、患者の症状等を考慮して、最終的には医師または獣医師の判断により適宜決定することができる。
【0053】
本発明の薬剤を植物に適用する場合、薬剤の種類は、使用目的によって例えば、散布用、種子消毒用、土壌消毒用等に分類される。薬剤の剤型の種類としては、例えば液剤、乳剤、水和剤、水溶剤、油剤、粉剤、粒剤、粉粒剤、エアゾール、くん煙剤、くん蒸剤等が挙げられる。
【0054】
薬剤の使用法としては、散布、散粉、浸漬、粉衣、塗布、くん蒸、くん煙、灌注等が挙げられる。本発明の薬剤はいずれの使用法を用いても構わない。散布剤としては液剤と粉剤とがあり、液剤には溶剤、乳剤、懸濁液がある。液剤を散布あるいは塗布する際は、場合によっては水で希釈し、効果を増進させるために展着剤を加用してもよい。粉剤はそのまま散粉されてもよい。浸漬と粉衣は、種子伝染する病気の防除に適用させる種子消毒法で、種子を薬剤(薬液)に浸漬するか、または粉剤をまぶし種子表面に着生する病原菌を防除することができる。塗布とは、薬剤を塗り処置することをいう。くん蒸とは、温室、ビニールハウスあるいは土壌に生息する病原体を防除するためにガス剤を用いて処理することをいう。くん煙とは、施設栽培の作物に発生する地上部の病気の防除に適用され、密閉した室内に薬剤を煙状に漂わせ処理することができる。灌注とは、土壌伝染性の病気を防除するために薬剤を注ぐことをいう。
【0055】
本発明においては、本発明の薬剤を育苗中に適用する形態が好ましい。例えば、本発明の薬剤を箱処理剤(箱粒剤)として、苗箱で育苗中の植物に対して適用する形態が挙げられる。また、本発明の薬剤は真核微生物が既に感染している植物から未感染の植物への二次感染を防止するための利用も含まれる。
【0056】
本発明の薬剤は、他の除草剤、殺菌剤、殺虫剤等の農薬や、肥料、土壌改良剤等と混合して利用することも可能である。本発明の薬剤を植物に適用する場合、薬剤の投与量は、剤型の種類、使用方法、植物の生育段階、植物の病状、薬害、あるいは環境への負荷等を考慮して適宜決定することができる。
【0057】
また本発明は、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物をスクリーニングする方法を提供する。
その一つの態様は、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合を指標とする方法である。通常、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物は、Mstu1タンパク質の機能を阻害する効果、即ち真核微生物の感染阻害効果を有することが期待される。本発明の上記方法においては、まず、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる。Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドは、被検化合物との結合を検出するための指標に応じて、例えば、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドの精製された形態、細胞内または細胞外に発現した形態、あるいはアフィニティーカラムに結合した形態であり得る。この方法に用いる被検化合物は必要に応じて適宜標識して用いることができる。標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識等を挙げることができる。
【0058】
本方法においては、次いで、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合を検出する。Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合は、例えば、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドに結合した被検化合物に付された標識によって検出することができる。また、細胞内または細胞外に発現しているMstu1タンパク質またはその部分ペプチドへの被検化合物の結合により生じるMstu1タンパク質の活性の変化を指標として検出することもできる。
【0059】
本方法においては、次いで、Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと結合する被検化合物を選択する。
【0060】
本方法により単離される化合物は、真核微生物の感染阻害効果を有することが期待され、例えば、真核微生物の感染阻害剤の候補化合物として有用である。
【0061】
本発明のスクリーニング方法の他の態様は、MSTU1遺伝子の発現を指標とする方法である。MSTU1遺伝子の発現レベルを変化させるような化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となることが期待される。
【0062】
本方法においては、まず、MSTU1遺伝子を発現する細胞に、被検化合物を接触させる。用いられる「細胞」の由来としては、真核微生物に由来する細胞等が挙げられるが、これら由来に制限されない。「MSTU1遺伝子を発現する細胞」としては、内因性のMSTU1遺伝子を発現している細胞、または外因性のMSTU1遺伝子が導入され、該遺伝子が発現している細胞を利用することができる。外因性のMSTU1遺伝子が発現した細胞は、通常、MSTU1遺伝子が挿入された発現ベクターを宿主細胞へ導入することにより作製することができる。該発現ベクターは、一般的な遺伝子工学技術によって作製することができる。
【0063】
本方法に用いる被検化合物としては、特に制限はない。例えば、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチドなどの単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0064】
MSTU1遺伝子を発現する細胞への被検化合物の「接触」は、通常、MSTU1遺伝子を発現する細胞の培養液に被検化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、「接触」を行うことができる。
【0065】
本方法においては、次いで、該MSTU1遺伝子の発現レベルを測定する。ここで「遺伝子の発現」には、転写および翻訳の双方が含まれる。遺伝子の発現レベルの測定は、当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、MSTU1遺伝子を発現する細胞からmRNAを定法に従って抽出し、このmRNAを鋳型としたノーザンハイブリダイゼーション法またはRT-PCR法を実施することによって該遺伝子の転写レベルの測定を行うことができる。また、MSTU1遺伝子を発現する細胞からタンパク質画分を回収し、MSTU1タンパク質の発現をSDS-PAGE等の電気泳動法で検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うこともできる。さらに、MSTU1タンパク質に対する抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法を実施することにより該タンパク質の発現を検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うことも可能である。MSTU1タンパク質の検出に用いる抗体としては、検出可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばモノクローナル抗体、またはポリクローナル抗体の両方を利用することができる。
【0066】
本方法においては、次いで、被検化合物を接触させない場合(対照)と比較して、該発現レベルを変化させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となる。
【0067】
本発明のスクリーニング方法の他の態様は、MSTU1遺伝子の発現レベルを変化させるような化合物を、レポーター遺伝子を利用して同定する方法に関する。
【0068】
本方法においては、まず、MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる。ここで「機能的に結合した」とは、MSTU1遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することにより、レポーター遺伝子の発現が誘導されるように、MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが結合していることをいう。従って、レポーター遺伝子が他の遺伝子と結合しており、他の遺伝子産物との融合タンパク質を形成する場合であっても、MSTU1遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することによって、該融合タンパク質の発現が誘導されるものであれば、上記「機能的に結合した」の意に含まれる。MSTU1遺伝子のcDNA塩基配列に基づいて、当業者においては、ゲノム中に存在するMSTU1遺伝子の転写調節領域を周知の方法により取得することが可能である。
【0069】
本方法に用いるレポーター遺伝子としては、その発現が検出可能であれば特に制限はなく、例えば、CAT遺伝子、lacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、およびGFP遺伝子等が挙げられる。「MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」として、例えば、このような構造が挿入されたベクターを導入した細胞が挙げられる。このようなベクターは、当業者に周知の方法により作製することができる。ベクターの細胞への導入は、一般的な方法、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法、リポフェタミン法、マイクロインジェクション法等によって実施することができる。「MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」には、染色体に該構造が挿入された細胞も含まれる。染色体へのDNA構造の挿入は、当業者に一般的に用いられる方法、例えば、相同組み換えを利用した遺伝子導入法により行うことができる。
【0070】
「MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞抽出液」とは、例えば、市販の試験管内転写翻訳キットに含まれる細胞抽出液に、MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを添加したものを挙げることができる。
【0071】
本方法における「接触」は、「MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」の培養液に被検化合物を添加する、または該DNAを含む上記の市販された細胞抽出液に被検化合物を添加することにより行うことができる。被検化合物がタンパク質の場合には、例えば、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより行うことも可能である。
【0072】
本方法においては、次いで、該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する。レポーター遺伝子の発現レベルは、該レポーター遺伝子の種類に応じて、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、レポーター遺伝子がCAT遺伝子である場合には、該遺伝子産物によるクロラムフェニコールのアセチル化を検出することによって、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。レポーター遺伝子がlacZ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による色素化合物の発色を検出することにより、また、ルシフェラーゼ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による蛍光化合物の蛍光を検出することにより、さらに、GFP遺伝子である場合には、GFPタンパク質による蛍光を検出することにより、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。
【0073】
本方法においては、次いで、測定したレポーター遺伝子の発現レベルを、被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、変化させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となる。
【0074】
本発明のスクリーニング方法のその他の態様においては、Mstu1タンパク質の発現量もしくは活性を指標とする方法である。まずMSTU1遺伝子を発現する細胞へ被検化合物を接触させる。次いで該細胞におけるMstu1タンパク質の発現量または活性を測定する。さらに被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、Mstu1タンパク質の発現量または活性を変化させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となる。
【0075】
なお上述のスクリーニング方法において「変化」とは、減少を示す変化でも良いし、上昇を示す変化でも構わない。例えば減少を示す変化の場合、このようにして選択された化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となるのは勿論のこと、例えば、真核微生物の多糖あるいは脂質の細胞内移行抑制剤、真核微生物の多糖あるいは脂質の分解抑制剤、真核微生物の付着器における膨圧形成抑制剤、または真核微生物の付着器における機能阻害剤のための候補化合物として利用することもできる。また上昇を示す変化の場合、このようにして選択された化合物は、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物となるのは勿論のこと、例えば真核微生物の侵入菌糸形成抑制剤のための候補化合物として利用することもできる。
【0076】
なお上述のスクリーニング方法における真核微生物は、好ましくはいもち病菌である。
【0077】
さらに本発明は、本発明の上記薬剤による真核微生物による病害を予防および/または防除する方法を提供する。本発明の真核微生物による病害を予防および/または防除する方法の一態様においては、真核微生物が感染の標的(対象)とする、あるいは既に真核微生物に感染した植物あるいは動物に対し、本発明の薬剤を散布あるいは塗布する工程を含む方法である。
【0078】
真核微生物に植物または動物が未感染の場合、本発明の薬剤による予防および/または防除効果を望むには、薬剤に残存性があることが好ましい。例えば、本発明の薬剤に展着剤を加え残存性を高めた薬剤を利用したり、あるいは薬剤の残存性が高い箱剤(苗箱で育種する植物苗に対して処理する薬剤)を利用することが考えられる。植物または動物が真核微生物に既に感染している場合であっても、本発明の薬剤を散布あるいは塗布することによって、当該微生物のさらなる胞子形成や侵入を妨害することが可能であり、二次感染を防ぐことが可能となる。勿論本方法においては、本発明の薬剤による予防および/または防除効果が期待される限り、散布あるいは塗布する手法に制限されることはない。
【0079】
また本発明は、上記本発明の薬剤を植物または動物に対して散布あるいは塗布する工程を含む、真核微生物に対する感染抵抗性を有する植物または動物を製造する方法を提供する。本発明において「真核微生物に対する感染抵抗性」とは、真核微生物の付着器形成による感染、および侵入菌糸による感染に対して、抵抗性を示すことをいう。勿論本方法においては、真核微生物に対する感染抵抗性を有する植物または動物を製造し得る限り、上記本発明の薬剤を散布あるいは塗布する手法に制限されることはない。
【0080】
さらに本発明の真核微生物による病害を予防および/または防除する方法の一態様においては、本発明の薬剤を植物または非ヒト動物に導入する工程を含む方法である。本発明の薬剤が、植物または非動物細胞で発現し、さらに真核微生物の細胞壁や膜を透過する場合は、特に有効である。
核酸を植物細胞へ導入する場合、公知の方法によって行うことが可能である。例えばポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入する方法、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入する方法、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入する方法、アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入する方法などを挙げることができる。
【0081】
なお上記方法における真核微生物は、好ましくはいもち病菌である。また上記方法における植物は好ましくはイネ科植物である。
【0082】
また本発明は、上述の真核微生物による病害を予防および/または防除する方法に用いるためのキットを提供する。当該キットには、上述の本発明の薬剤が含まれる。キットには、例えば農業用資材や農業用器具(機具)等が含まれる。農業用資材としては例えば、種子発芽箱、機械移植用育苗箱、苗箱、プランター、ポット、トレイ、苗箱のカバー、苗床用シート、ビニールハウスカバー(シート)等を挙げることができるがこれらに制限されない。また、農業用器具(機具)としては、例えば、育苗中の水散布器具等を挙げることができるがこれらに制限されない。
本発明のキットには、上記薬剤の他に、MSTU1や他のマーカー遺伝子の転写産物の発現を検出するための試薬、緩衝液等を、適宜含めることができる。更にはキットの使用方法を記載した指示書等をパッケージしておくこともできる。
【実施例】
【0083】
以下本発明を実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により制限されるものではない。
【0084】
〔実施例1〕いもち病菌の培養
胞子形成培地(オートミール3 %、グルコース0.5 %、アガー 1.6 %)上、光照射下で培養したイネいもち病菌から胞子を回収し、実験に用いた。DNAの抽出には、5YEG培地(グルコース2 %、イーストイクストラクト0.5 %)中で液体培養した菌体から抽出した。
【0085】
〔実施例2〕DNAの抽出
DNAはCTAB法を用いて抽出した。液体培養した菌体を回収後、液体窒素で凍結し、粉末化した。菌体粉末にCTAB溶液(CTAB 2 %, Trisma base 100 mM, EDTA 10 mM, NaCl 0.7 M)を加え、65℃で30分静置し、菌体を溶解した。この菌体液にCTAB溶液と同量のCIA溶液(クロロホルム/イソアミルアルコールを24:1で混合)を混合し、上清画分にイソプロパノールを加えて遠心した。得られたペレットを蒸留水に溶解し、ゲノムDNAサンプルとして用いた。
【0086】
〔実施例3〕変異株の作成
いもち病菌の公開ゲノムデータベース(www.braod.mit.edu)から、コウジ菌(Aspergillus nidulans)の転写因子StuAにホモロジーのある遺伝子産物をコードする遺伝子予想領域をスクリーニングした。この遺伝子予想領域に相当するcDNAをcDNAライブラリーからスクリーニングし、塩基配列を決定後、遺伝子名をMstu1とし、その遺伝子配列をDDBJに登録した(アクセッション番号:AB218802)。得られた遺伝子配列情報に基づき、遺伝子予想領域の上流、下流それぞれ約1.2kbを増幅するプライマーを設計した(5’上流:mstu1-F01Bg (gaagatcttctacctgcctcctccttctca/配列番号:3) とmstu1-R02Bm (cgggatcccgtgaattcgcagattgtcctg/配列番号:4)、3’下流:mstu1-F03Bm (cgggatcccgatcaaccccttttcgaacc/配列番号:5) と mstu1-R04Bm (cgggatcccggaatgacctcccaatgtcgt/配列番号:6))。増幅されたDNA断片とハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子を結合し、遺伝子置換カセットとした(図1、pKOMS1)。この遺伝子置換カセットをいもち病菌に形質転換して、相同組み換えが起こった株を取得した。相同組み換えは、MSTU1遺伝子の一部をプローブに用いて、サザンハイブリダイゼーションにより確認した。即ち制限酵素sca1で消化したゲノムDNAをアガロースゲル電気泳動後、ナイロン膜にトランスファーしたものに対しサザンハイブリダイゼーションを行った。結果、検出プローブにMSTU1遺伝子5’上流領域(図1、プローブ1)を用いた場合、野生型株ではMSTU1遺伝子由来の1.7kbのバンドが検出されたが(図2写真左WT)、相同組み換えが起こった株では1.7kbのバンドか消えて、代わりにpKOMS1由来の2.8kbのバンドのみが検出された(図2写真左mstu1(fa1, fa48))。ランダムにpKOMS1が挿入された株では1.7kb、2.8kbの両方のバンドが検出された(図2写真左ectopic mutant)。
【0087】
同じ膜を用いて、ハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子(図1、hph)を検出プローブ(図1、プローブ2)とした場合、相同組み換えが起こった株ならびにランダムにpKOMS1が挿入された株ではpKOMS1由来の2.8kbのバンドのみが検出されたが(図2写真右mstu1、ectopic mutant)、ハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼを持たない野生型株ではバンドが検出されなかった。
以上の結果から、mstu1(fa1,fa48)変異株ではMSTU1遺伝子がpKOMS1と置換された遺伝子欠損株であることがわかった。
【0088】
〔実施例4〕付着器形成
胞子懸濁液(1 x 104 胞子/滅菌水 1 ml)30マイクロリットルをプラスチック製カバーガラス又はシリコンコートしたガラス製カバーガラス上におき、25℃で培養し顕微鏡下で付着器形成を観察した。結果、培養開始24時間以降での野生型株、MSTU1遺伝子欠損株(mstu1)の付着器形成率に差は見られなかった。以下の表1に、MSTU1欠損株における付着器形成率(%)を示す。
【0089】
【表1】

【0090】
上記表1に示すように、mstu1株では、野生株、ectopic株と同様に付着器を形成した。
【0091】
〔実施例5〕侵入菌糸形成
胞子懸濁液(1 x 104 胞子/滅菌水 1 ml)30マイクロリットルを玉ネギ上皮細胞上におき、25℃で培養し、顕微鏡下で侵入菌糸の形成を観察した。結果、培養開始24時間以降での野生型株(WT)の場合と比較し、MSTU1遺伝子欠損株(mstu1)では侵入菌糸形成率が大きく低下した(表2、図3)。
【0092】
【表2】

【0093】
〔実施例6〕病原性の確認
いもち病菌は、無傷のイネに侵入するときは感染期特異的器官(付着器)を形成し、付着器を介してイネに侵入する。一方、植物に傷から侵入する場合は付着器形成を必要としない。
まず、スプレー接種の場合について検討した。即ち、水(control)、野生型株、MSTU1遺伝子欠損株(mstu1)のそれぞれの胞子をイネにスプレー接種した。第4葉目のイネに対し、イネ1本あたり胞子懸濁液(1 x 104 胞子/滅菌水 1ml)を1.5mlスプレーし、25℃の湿室で16時間培養後、イネを5日間温室で培養し病斑形成を観察した。結果、野生型株以外は病原性を示さなかった(図4左)。
【0094】
次いで有傷接種の場合について検討した。イネ葉にパンチャーで傷をつけ、傷上に約200個の胞子をアガロース片につけのせた。25℃の湿室で16時間培養後、イネを5日間温室で培養し病斑形成を観察した。結果、mstu1、野生型株ともにイネ上に病斑を形成した(図4右)。
【0095】
この結果は、MSTU1遺伝子欠損株(mstu1)では付着器を経由した感染能がほとんど失われていることを示唆する。この結果はタマネギ上皮細胞を用いた実験結果(図3)と一致する。
【0096】
〔実施例7〕グリコーゲン染色および脂質染色
いもち病菌の付着器形成時には、胞子中の貯蔵物質(グリコーゲン、脂質等)が胞子から付着器に輸送され、貯蔵物質から生合成されたグリセロールが付着器内に蓄積され、膨圧が形成される。いもち病菌は付着器内膨圧を利用して、イネに侵入する。
【0097】
上記実施例4に記載の方法で付着器を形成させたいもち病菌胞子および付着器にヨード/ヨウ化カリウム溶液(I2 1g, KI 5g / 100 ml 滅菌水)で染色を行った。明視野の顕微鏡下でグリコーゲンを含む細胞は赤色に着色する。赤色を呈した胞子、付着器の割合を4時間ごとに計測した。
【0098】
また上記実施例4に記載の方法で付着器を形成させたいもち病菌胞子および付着器にナイルブルー染色液(ナイルブルー硫酸塩7% 水溶液)を添加後、65℃で20分加熱し、水洗後、室温で1分、8%酢酸溶液に浸したあと、水洗し蛍光顕微鏡下で観察した。脂質を含む細胞は蛍光を発する。蛍光を発した胞子、付着器の割合を4時間ごとに計測した。
【0099】
結果、図5に示すように、野生株では胞子内のグリコーゲン・脂質の付着器への移動、付着器内でのグリコーゲン・脂質の分解が明らかとなった。また野生型株に比較し、MSTU1遺伝子欠損株(mstu1)ではグリコーゲン・脂質の付着器への輸送およびグリコーゲン・脂質の分解が非常に遅れることが明らかとなった(図6)。
【0100】
以上の結果を総合し、MSTU1遺伝子は胞子から付着器へのグリコーゲンや脂質の輸送と分解を制御していることが明らかになった(図7)。MSTU1遺伝子欠損株では侵入に必要な付着器内膨圧が十分に形成されず、感染能力をほとんど失ったことが示唆される。
【0101】
〔実施例8〕cAMP添加による侵入菌糸形成誘導
いもち病菌の侵入菌糸は、付着器の植物との接触面から形成される。付着器からの侵入菌糸形成にはcAMPシグナルの活性化が必要であることが知られている。(Xu et al., 1996. Molecular Plant-Microbe Interactions 10:187-194.)。
【0102】
cAMP 10 mMを添加した胞子懸濁液(1 x 104 胞子/滅菌水 1 ml)30マイクロリットルをプラスチック製カバーガラス又はシリコンコートしたガラス製カバーガラス上におき、25℃で培養し顕微鏡下で付着器形成を観察した。対象区実験にはcAMP無添加胞子懸濁液を用いた。カバーガラス上では野生型株はcAMP添加の有無にかかわらず付着器からの菌糸形成は見られなかった(図8左上、右上)。また、cAMPが添加されていないmstu1でも付着器からの菌糸形成が見られなかった(図8左下)。しかし、cAMPを添加したmstu1では培養開始12時間後からカバーガラス上で付着器の側面からの侵入菌糸様の菌糸形成が観察され、24時間には約16%の付着器で侵入菌糸様菌糸の形成が観察された(図8、右下)。またカバーガラス上での侵入菌糸形成率を以下の表3に示す。
【0103】
【表3】

【0104】
この結果は、Mstu1がcAMPによる侵入菌糸形成の誘導を抑制していることを示すものである。このMstu1による侵入菌糸形成抑制は、未成熟付着器からの侵入菌糸形成の抑制、すなわち菌の植物への侵入率上昇に役立っていると予想された。Mstu1を恒常的に活性化した菌株では侵入菌糸形成が抑制され、感染能が低下することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】図1は、MSTU1遺伝子置換株の作成の模式図である。
【図2】図2は、サザンハイブリダイゼーションによる遺伝子欠損株の確認結果を示す写真である。プローブ1および2は図1を参照。
【図3】図3は、タマネギ上皮細胞における侵入菌糸形成を示す写真である。
【図4】図4は、いもち病菌をイネの葉に対し、スプレー接種(左)および有傷接種(右)を行い、病原性について試験した結果を示す写真である。
【図5】図5は、いもち病菌の胞子内グリコーゲンおよび脂質の分布を示す写真である。グリコーゲンはヨードヨウ化カリウム染色(左)、脂質はナイルブルー染色(右)により検出した。
【図6】図6は、付着器形成中の胞子内グリコーゲン(左)および脂質(右)の減少を示すグラフである。
【図7】図7は、いもち病菌の感染過程を示した図である。
【図8】図8は、Mstu1においてcAMPによる侵入菌糸形成の誘導が抑制されたことを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質を有効成分として含有する、真核微生物の感染阻害剤。
【請求項2】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質が、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質である、請求項1に記載の真核微生物の感染阻害剤。
【請求項3】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の多糖あるいは脂質の細胞内移行抑制剤。
【請求項4】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の多糖あるいは脂質の分解抑制剤。
【請求項5】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の付着器における膨圧形成抑制剤。
【請求項6】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を阻害する物質を有効成分とする、真核微生物の付着器の機能阻害剤。
【請求項7】
Mstu1タンパク質の機能を阻害する物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物を含む、請求項2〜6のいずれかに記載の薬剤。
(a)Mstu1タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するMstu1タンパク質変異体
(b)Mstu1タンパク質に結合する抗体
(c)Mstu1タンパク質に結合する低分子化合物
【請求項8】
Mstu1タンパク質の発現を阻害する物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物を含む、請求項2〜6のいずれかに記載の薬剤。
(a)MSTU1遺伝子の転写産物、またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)MSTU1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)MSTU1遺伝子の発現を、RNAi効果による阻害作用を有する核酸
【請求項9】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を調節する物質が、Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質である、請求項1に記載の真核微生物の感染阻害剤。
【請求項10】
Mstu1タンパク質の発現および/または機能を活性化あるいは促進する物質が、サイクリックアデノシン3’,5’-1リン酸(cAMP)およびそのアナログである、請求項9に記載の真核微生物の感染阻害剤。
【請求項11】
請求項9または10に記載の薬剤を有効成分とする、真核微生物の侵入菌糸形成抑制剤。
【請求項12】
真核微生物の感染が、植物あるいは動物への感染である、請求項1〜11のいずれかに記載の薬剤。
【請求項13】
植物がイネ科植物である、請求項12に記載の薬剤。
【請求項14】
真核微生物がいもち病菌である、請求項1〜13のいずれかに記載の薬剤。
【請求項15】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法。
(a)Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる工程
(b)前記Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する工程
(c)Mstu1タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物を選択する工程
【請求項16】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法。
(a)MSTU1遺伝子を発現する細胞に、被検化合物を接触させる工程
(b)該MSTU1遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物を接触させない場合と比較して、該発現レベルを変化させる化合物を選択する工程
【請求項17】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法。
(a)MSTU1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを変化させる化合物を選択する工程
【請求項18】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、真核微生物の感染阻害剤のための候補化合物のスクリーニング方法。
(a)MSTU1遺伝子を発現する細胞へ被検化合物を接触させる工程
(b)該細胞におけるMstu1タンパク質の発現量または活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、Mstu1タンパク質の発現量または活性を変化させる化合物を選択する工程
【請求項19】
真核微生物がいもち病菌である、請求項15〜18のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【請求項20】
請求項1〜14のいずれかに記載の薬剤を植物または動物に対し散布あるいは塗布する工程を含む、真核微生物による病害を予防および/または防除する方法。
【請求項21】
請求項1〜14のいずれかに記載の薬剤を、植物または非ヒト動物に導入する工程を含む、真核微生物による病害を予防および/または防除する方法。
【請求項22】
請求項1〜14のいずれかに記載の薬剤を、植物または動物に対し散布あるいは塗布する工程を含む、真核微生物に対する感染抵抗性を有する植物または動物を製造する方法。
【請求項23】
真核微生物がいもち病菌である、請求項20〜22のいずれかに記載の方法。
【請求項24】
植物がイネ科植物である、請求項20〜22のいずれかに記載の方法。
【請求項25】
請求項1〜14のいずれかに記載の薬剤を含む、請求項20〜24のいずれかに記載の方法に用いるためのキット。

【図1】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−277186(P2007−277186A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−106954(P2006−106954)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月14日 糸状菌分子生物学研究会発行の「第5回糸状菌分子生物学コンファレンス要旨集」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度生物系特定産業技術研究支援センター「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】