説明

硬質皮膜形成部材

【課題】耐摩耗性に優れると共に、部材を再生使用するときに、損傷した硬質皮膜を容易に除去できるような除膜性に優れた硬質皮膜形成部材を提供する。
【解決手段】基材1上に硬質皮膜4を備えた硬質皮膜形成部材10aであって、硬質皮膜4は、組成がTi1−v(C)(ただし、Mは所定の元素、v、x、y、zは所定量の原子比)を満足するA層2と、組成がTiCr1−v−w(C)(ただし、Mは所定の元素、v、w、x、y、zは所定量の原子比)を満足するB層3とを含み、A層2とB層3がこの順に交互に積層され、1層のA層2と、その上部の1層のB層3の積層構造を1単位としたときに、2単位以上の積層構造を有し、A層2の1層の厚みに対するB層3の1層の厚みの比率が2以上、A層2の1層の厚みが0.1〜3μm、B層3の1層の厚みが1〜10μm、B層3の厚みの合計が5μm以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具、摺動部材、および成型用金型等の表面に硬質皮膜を被覆した硬質皮膜形成部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金、サーメット、高速度工具鋼等を基材とするチップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、プレス、鍛造金型、打ち抜きパンチ等の治工具における耐摩耗性を向上させることを目的に、TiN、TiC、TiCN、TiAlN、TiAlCrN等の硬質皮膜をコーティングすることが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、(Ti1−a−b−c−d,Al,Cr,Si,B)(C1−e)からなる硬質皮膜であって、0.5≦a≦0.8、0.06≦b、0≦c≦0.1、0≦d≦0.1、0.01≦c+d≦0.1、a+b+c+d<1、0.5≦e≦1(a,b,c,dは、それぞれAl,Cr,Si,Bの原子比を示し、eはNの原子比を示す。以下同じ)であることを特徴とする切削工具用硬質皮膜が開示されている。
【特許文献1】特開2003−071611号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記した従来の硬質皮膜には、以下に示す問題がある。
前記のような切削工具や治工具等の部材を用いた成形加工においては、生産性向上のために、より高速、かつ高面圧下での加工が行なわれており、しかも環境問題の観点からより少ない潤滑剤を使用して加工される傾向にある。特に、近年における鋼板の高強度化に伴い、硬質皮膜の摩耗が著しいものとなっている。
【0005】
そこで、前記した切削工具や治工具等の部材では、硬質皮膜がある程度摩耗した際に、皮膜を形成し直すため、電気化学的方法により皮膜だけを選択的に溶解・除去し、再度コーティングを施すことによって、再生使用することが行なわれている。しかしながら、前記のように比較的厚い皮膜が形成されている場合には、除膜に時間がかかることになり問題となっている。特に、部材に摺動耐摩耗性を付与するために形成されるCrN系膜では、耐食性が良好であることから、除膜が困難であり、部材を再生使用するときの障害となっている。
【0006】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、耐摩耗性に優れると共に、部材を再生使用するときに、損傷した硬質皮膜を容易に除去できるような除膜性に優れた硬質皮膜形成部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る硬質皮膜形成部材は、基材上に硬質皮膜を備えた硬質皮膜形成部材であって、前記硬質皮膜は、組成がTi1−v(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti除く)の元素であり、前記v、x、y、zが原子比であるときに、0.6≦v≦1、0≦z≦0.1、x+y+z=1を満足するA層と、組成がTiCr1−v−w(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti、Cr除く)の元素であり、前記v、w、x、y、zが原子比であるときに、0≦v<0.6、0.05≦w、v+w≦1、0≦x≦0.5、0≦z≦0.1、x+y+z=1を満足するB層とを含み、前記A層と前記B層がこの順に交互に積層され、1層のA層と、その上部の1層のB層の積層構造を1単位としたときに、2単位以上の積層構造を有し、前記A層の1層の厚みに対する前記B層の1層の厚みの比率が2以上であり、前記A層の1層の厚みが0.1〜3μm、前記B層の1層の厚みが1〜10μm、前記B層の厚みの合計が5μm以上であることを特徴とする。
【0008】
このような構成によれば、硬質皮膜を、所定の元素を所定量含有するA層と、所定の元素を所定量含有するB層との積層構造とし、A層とB層の各々の厚みや、厚みの比率等を所定に規定することで、耐摩耗性が向上すると共に、除膜性が向上する。なお、ここでの除膜性とは、電気化学反応を利用した除膜液による硬質皮膜の除去のしやすさをいう。
【0009】
また、本発明に係る硬質皮膜形成部材は、前記A層は、組成がTiNであり、前記B層は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記a、b、c、d、e、x、yが原子比であるときに、0.05≦a≦0.3、0.1≦b≦0.4、0.4≦c≦0.75、0≦d≦0.15、0≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1、0.5≦y≦1、x+y=1を満足するか、または、前記A層は、組成がTiNであり、前記B層は、組成が(NbCrAlSi)(C)からなり、前記f、g、h、i、j、x、yが原子比であるときに、0.05≦f≦0.3、0.1≦g≦0.4、0.4≦h≦0.7、0≦i≦0.15、0≦j≦0.1、f+g+h+i+j=1、0.5≦y≦1、x+y=1を満足することが好ましい。
【0010】
このような構成によれば、A層とB層の成分組成をさらに所定に規定することで、耐摩耗性が向上する。
【0011】
さらに、本発明に係る硬質皮膜形成部材は、前記基材と、前記硬質皮膜の間に、CrNからなる0.5μm以上の保護膜が形成されていることが好ましい。
【0012】
このような構成によれば、基材と、硬質皮膜の間に、所定の保護膜を設けることで、硬質皮膜を除去する際の除膜液による基材の溶解、損傷が抑制される。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る硬質皮膜形成部材は、所定の構造を有する硬質皮膜を備えているため、耐摩耗性に優れると共に、除膜性を向上させることができ、損傷した皮膜を容易に除去することができる。また、基材と硬質皮膜の間に保護膜を設けることで、硬質皮膜を除去する際に、除膜液により基材が溶解、損傷することを抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、図面を参照して本発明に係る硬質皮膜形成部材について詳細に説明する。なお、参照する図面において、図1(a)、(b)は、本発明に係る硬質皮膜形成部材を示す断面図、図2は、成膜を行うための複合成膜装置の概略図である。
【0015】
図1(a)に示すように、本発明に係る硬質皮膜形成部材10aは、基材1上に硬質皮膜(以下、適宜、皮膜という)4を備えたものである。この皮膜4は、所定の元素を所定量含有するA層2と、所定の元素を所定量含有するB層3とを含み、A層2とB層3がこの順に交互に積層され、1層のA層2と、その上部の1層のB層3の積層構造を1単位としたときに、2単位以上の積層構造を有し、A層2の1層の厚みに対するB層3の1層の厚みの比率(以下、適宜、A層2に対するB層3の厚みの比率という)が2以上であり、A層2の1層の厚み、B層3の1層の厚み、B層3の厚みの合計を所定に規定して構成したものである。また、図1(b)に示すように、基材1と、硬質皮膜4の間に、CrNからなる0.5μm以上の保護膜5を形成した硬質皮膜形成部材10bとしてもよい。
なお、図1(a)、(b)では、積層構造を2単位とした場合について図示している。
以下、具体的に説明する。
【0016】
≪基材≫
基材1としては、超硬合金、金属炭化物を有する鉄基合金、サーメット、高速度工具鋼等が挙げられる。しかし、基材1としては、これらに限定されるものではなく、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、プレス、鍛造金型、成型用金型、打ち抜きパンチ等の治工具等の部材に適用できるものであれば、どのようなものでもよい。
【0017】
≪A層≫
A層2は、組成がTi1−v(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti除く)の元素であり、前記v、x、y、zが原子比であるときに、「0.6≦v≦1」(金属元素中、以下同じ)、「0≦z≦0.1」、「x+y+z=1」を満足する層である。
【0018】
<Ti:v(0.6≦v≦1)>
Tiは、A層2の除膜性を向上させるために添加する。
Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭化物あるいは酸炭窒化物からなる膜においては、Tiを原子比で0.6以上含有する場合、電気化学反応を利用した除膜液にて漬浸法で除膜を行う際の除膜液に対する耐食性が低く、除膜が容易である。これに対して、Tiの原子比が0.6未満では、除膜液に対する耐食性が高く、除膜に長時間かかり、除膜性が低下する。したがって、Tiの原子比は、0.6以上1以下とする。
【0019】
<M:1−v(0≦1−v≦0.4)>
前記したTiに加えて、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti除く)の元素であるMをA層2中に添加することで、添加する元素に応じて皮膜4の耐酸化性、耐摩耗性、除膜性の向上等を図ることができる。特に、AlやWを添加すると、除膜性が向上するため、Al、Wを添加することが推奨される。なお、Tiが原子比で0.6以上含有されていれば、除膜性に優れるため、Mを添加する場合は、原子比で0.4以下とする。
【0020】
<C:x、N:y、O:z(0≦z≦0.1、x+y+z=1)>
皮膜4のA層2は、窒化物、炭化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭化物あるいは酸炭窒化物の形態を含むものである。
C、Nは、高硬度の化合物を形成する成分である。なお、Oが所定量含まれていてもよいが、原子比で0.1を超えて含有すると、A層2に導電性がなくなり、除膜性が低下する。したがって、Oの原子比は、0以上0.1以下とする。
【0021】
前記のとおり、Tiは必須の成分であり、M、C、N、Oは任意の成分であり、C、Nは、いずれか一つ以上含まれていればよいことから、A層2の組成に関する組み合わせは、TiM(CNO)、TiM(CN)、TiM(NO)、TiM(CO)、TiMC、TiMN、Ti(CNO)、Ti(CN)、Ti(NO)、Ti(CO)、TiC、TiN等が挙げられる。
【0022】
具体的には、TiN、(Ti0.8Al0.2)N、(Ti0.8Cr0.2)N、Ti(C0.5N0.5)、(Ti0.9Si0.1)N、(Ti0.95B0.05)N、(Ti0.8W0.2)N、(Ti0.8V0.2)N等である。
【0023】
≪B層≫
B層3は、組成がTiCr1−v−w(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti、Cr除く)の元素であり、前記v、w、x、y、zが原子比であるときに、「0≦v<0.6」、「0.05≦w」、「v+w≦1」、「0≦x≦0.5」、「0≦z≦0.1」、「x+y+z=1」を満足する層である。
【0024】
<Ti:v(0≦v<0.6、v+w≦1)>
B層3は、耐摩耗性を付与する目的のために形成させる層であるが、Tiの原子比が0.6以上では、耐摩耗性が低下する。したがって、Tiの原子比は、0以上0.6未満とする。
【0025】
<Cr:w(0.05≦w、v+w≦1)>
Crは、耐摩耗性を向上させる元素である。Crの原子比が0.05未満では、耐摩耗性が低下する。したがって、Crの原子比は、0.05以上とする。なお、より効果的なのは、Crを0.1以上含有する場合である。
【0026】
<M:1−v−w(v+w≦1)>
前記したTi、Crに加えて、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti、Cr除く)の元素であるMをB層3中に添加することで、添加する元素に応じて皮膜4の耐酸化性、耐摩耗性、除膜性の向上等を図ることができる。特に、Siを添加することで、耐摩耗性の向上を図ることができる。なお、Siを原子比で0.01以上含有する場合、除膜液中でSi水酸化物を形成して、B層3自体の除膜性が低下する傾向にある。しかしながら、A層2と、B層3の積層構造とすることによって、皮膜4全体としては除膜性低下の問題を解消することができる。
【0027】
<C:x、N:y、O:z(0≦x≦0.5、0≦z≦0.1、x+y+z=1)>
皮膜4のB層3は、窒化物、炭化物、炭窒化物、酸窒化物、酸炭化物あるいは酸炭窒化物の形態を含むものである。
C、Nは、高硬度の化合物を形成する成分であり、Oが所定量含まれていてもよい。
なお、B層3については、C、N、Oの原子比は、耐摩耗性との兼ね合いで決まる。Cの原子比が、0.5を超えると、B層3の硬度が低下する。したがって、Cの原子比は、0以上0.5以下とする。Oの原子比は、耐摩耗性との兼ね合いから、0以上0.1以下とする。
【0028】
前記のとおり、Crは必須の成分であり、Ti、M、C、N、Oは任意の成分であり、C、Nは、いずれか一つ以上含まれていればよいことから、B層3の組成に関する組み合わせは、TiCrM(CNO)、TiCrM(CN)、TiCrM(NO)、TiCrM(CO)、TiCrMC、TiCrMN、CrM(CNO)、CrM(CN)、CrM(NO)、CrM(CO)、CrMC、CrMN、Cr(CNO)、Cr(CN)、Cr(NO)、Cr(CO)、CrC、CrN等が挙げられる。
【0029】
具体的には、CrN、(Ti0.1Cr0.2Al0.7)N、(Cr0.4Al0.6)N、(Ti0.2Cr0.2Al0.55Si0.05)N、(Nb0.2Cr0.2Al0.6)N、(Nb0.2Cr0.15Al0.6Si0.05)N等である。
【0030】
≪積層構造≫
<A層とB層の積層構造:2単位以上>
本発明では、A層2と、B層3を交互に積層することにより、電気化学反応を利用した除膜液にて漬浸法で除膜を行う除膜過程において、B層3中に存在するポア等のB層3を貫通する欠陥を透過した除膜液によりA層2がB層3の下部で溶解除去されると共に、B層3も同時に除去される構造としている。これにより、皮膜4全体の除膜性が向上する。本発明ではこの構造が2単位以上繰り返されることを特徴とするので、最上層のA層2の除去後は、その下層のB層3の欠陥を通じて、このB層3の下層のA層2が溶解除去される。この工程が繰り返されることで、皮膜4が除去される。なお、B層3の除膜性が悪い場合でも、積層構造により、A層2がB層3の間に形成されているため、皮膜4全体としては、除膜性を改善できる。また、積層構造が2単位未満では、除膜性の向上効果が十分に得られないため、積層構造は、2単位以上とする。
【0031】
<A層に対するB層の厚みの比率:2以上>
B層3は、耐摩耗性を具備する層であるため、B層3の1層の厚みがA層2の1層の厚みに対して、所定の比率より低くなると、皮膜4の耐摩耗性が低下する。具体的には、A層2に対するB層3の厚みの比率が2未満では、皮膜4中に占めるA層2の割合が多くなり、皮膜4の耐摩耗性が低下する。したがって、A層2に対するB層3の厚みの比率は、2以上とする。なお、好ましくは、5以上である。
【0032】
<A層の1層の厚み:0.1〜3μm>
A層2の1層の厚みが0.1μm未満では、A層2の上下に位置するB層3が、A層2により十分に被覆されず、積層構造が不十分になることから、除膜性が低下する。一方、3μmを超えると、除膜時間が長くかかり、除膜性が低下する。したがって、A層2の厚みは、0.1〜3μmとする。なお、好ましくは、0.5〜2μmである。
【0033】
<B層の1層の厚み:1〜10μm>
B層3は、耐摩耗性を付与する目的のために形成させる層であることから、1μm以上の厚みは必要である。しかし、10μmを超えると、下層にA層2を形成しても、除膜速度の向上効果が低くなり、除膜性が低下する。したがって、B層3の1層の厚みは、1〜10μmとする。なお、好ましくは、1〜5μm、より好ましくは、1〜3μmである。
【0034】
<B層の厚みの合計:5μm以上>
前記した皮膜4の除去方法は、B層3を合計で厚く設ける場合に有効であり、B層3の厚みが合計で5μm以上の場合に特に有効である。B層の厚みの合計が5μm未満では、耐摩耗性が低下する。したがって、B層3の厚みの合計は、5μm以上とする。なお、好ましくは、8μm以上である。
【0035】
なお、皮膜4全体の厚みは、加工精度を低下させない観点から、上限を25μmとするのが好ましく、20μmとするのがより好ましい。
【0036】
本発明の皮膜4は、前記したとおりであるが、特に、A層2およびB層3が以下の組成で構成されていることが好ましい。これにより、さらに耐摩耗性の向上を図ることができる。
【0037】
≪A層≫
A層2は、組成がTiNである。TiNとすることで、Tiの含有量が多いことから、除膜性が十分に向上する。また、A層2として、添加元素Mを含まないTiNを使用すれば、ターゲットとして安価なTiを多く使用することができるため、工業的に有利である。
【0038】
≪B層≫
B層3は、後記するTiCrAl系皮膜、または、NbCrAl系皮膜である。以下、TiCrAl系皮膜およびNbCrAl系皮膜について具体的に説明する。
【0039】
(TiCrAl系皮膜)
TiCrAl系皮膜の場合、B層3は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記a、b、c、d、e、x、yが原子比であるときに、「0.05≦a≦0.3」、「0.1≦b≦0.4」、「0.4≦c≦0.75」、「0≦d≦0.15」、「0≦e≦0.1」、「a+b+c+d+e=1」、「0.5≦y≦1」、「x+y=1」を満足する層である。
【0040】
<Ti:a(0.05≦a≦0.3、a+b+c+d+e=1)>
Tiは、B層3の酸化摩耗を抑制し、耐摩耗性を向上させるための元素である。Tiを添加する場合、耐摩耗性を向上させるため、原子比で、0.05以上添加する。ただし、Tiを過度に添加すると、相対的にAl量が減少して耐摩耗性が低下しやすいことから、Tiの添加量は、0.3以下とする。
【0041】
<Cr:b(0.1≦b≦0.4、a+b+c+d+e=1)>
B層3は、Al単独ではB層3の結晶構造が軟質な六方晶になるため、Crを原子比で、0.1以上添加してB層3を高硬度化し、摺動摩耗を抑制する必要がある。ただし、Crを過度に添加すると、Al量が相対的に減少して、酸化摩耗が抑制されないため、耐摩耗性が低下しやすいことから、Cr添加量は、0.4以下とする。
する。
【0042】
<Al:c(0.4≦c≦0.75、a+b+c+d+e=1)>
Alは、B層3に耐摩耗性を付与する元素である。Alの原子比が0.4未満では、B層3の酸化摩耗が抑制されず、耐摩耗性が不十分となりやすい。一方、Al量が多くなると、B層3が軟質化して摺動摩耗が抑制されず、耐摩耗性が低下しやすいことから、Alの添加量は、0.75以下とする。
【0043】
<Si:d(0≦d≦0.15、a+b+c+d+e=1)>
Siを添加することで、耐摩耗性の向上を図ることができる。ただし、前記したように、Siを含有する場合、除膜液中でSi水酸化物を形成して、B層3の除膜性が低下する傾向にある。しかしながら、A層2と、B層3の積層構造とすることによって、皮膜4全体としては除膜性低下の問題を解消することができる。なお、Siを過度に添加すると、硬度が低下しやすいことから、Siの添加量は、0.15以下とする。また、Siは添加しなくてもよいが、添加する場合、効果を発揮させるためには、原子比で0.01以上添加する必要がある。
【0044】
<B:e(0≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1)>
Bの添加により、B層3が高硬度化する。ただし、添加量が、原子比で0.1を超えると、B層3の高硬度化が不十分となりやすいことから、Bの添加量は、0.1以下とする。なお、Bは添加しなくてもよいが、添加する場合、効果を発揮させるためには、原子比で0.01以上添加する必要がある。
【0045】
<C:x、N:y(0.5≦y≦1、x+y=1)>
C、Nは、高硬度の化合物を形成する成分である。Nの原子比が0.5未満では、B層3の高硬度化が不十分となりやすいことから、Nの添加量は、0.5以上とする。
【0046】
(NbCrAl系皮膜)
NbCrAl系皮膜の場合、B層3は、組成が(NbCrAlSi)(C)からなり、前記f、g、h、i、j、x、yが原子比であるときに、「0.05≦f≦0.3」、「0.1≦g≦0.4」、「0.4≦h≦0.7」、「0≦i≦0.15」、「0≦j≦0.1」、「f+g+h+i+j=1」、「0.5≦y≦1」、「x+y=1」を満足する層である。
【0047】
<Nb:f(0.05≦f≦0.3、f+g+h+i+j=1)>
Nbは、B層3の酸化摩耗を抑制し、耐摩耗性を向上させるための元素である。Nbの原子比が0.05未満では、相対的にAl量が増加し、B層3が軟質化して摺動摩耗が抑制されないため、耐摩耗性が低下しやすい。一方、0.3を超えると、相対的にAl量が減少し、酸化摩耗が抑制されないため、耐摩耗性が低下することから、Nbの添加量は、0.3以下とする。
【0048】
Cr、Al、Si、B、C、Nの元素の添加理由および添加量の限定理由については、前記TiCrAl系皮膜の場合と同様であるので、ここでは説明を省略する。
【0049】
B層3をこれらの組成とすることで、耐摩耗性の向上を図ることができる。これらのB層3は、いずれも摺動摩耗時の耐摩耗性に優れているが、いずれもCrの含有量が原子比で0.05以上か、あるいはTiの含有量が原子比で0.6未満であるため、耐摩耗性に優れるものである。
【0050】
≪保護膜≫
図2(b)に示すように、硬質皮膜形成部材10bは、基材1と、硬質皮膜4の間に、CrNからなる0.5μm以上の保護膜5を備える。
基材1として、超硬合金基材あるいは金属炭化物を有する鉄基合金基材を用いた場合、この基材1上の皮膜4を電気化学的手法により除去すると、超硬合金基材ではWCそのものが、金属炭化物を有する鉄基合金基材では金属炭化物が除膜の際に皮膜4と同時に溶解、除去されてしまい、基材1の表面が荒れる等の問題が生じる。したがって、基材1と皮膜4の間に耐食性に優れる保護膜(CrN膜)5を形成し、除膜プロセスでは保護膜5より上の皮膜4だけを除去することで、除膜液による基材1の溶解、損傷を抑制することができる。なお、保護膜5を形成した場合の基材1の保護性は、保護膜5の膜厚に依存することから、保護膜5の厚みとしては、0.5μm以上は必須であり、より好ましくは2μm以上、さらに好ましくは5μm以上である。なお、膜厚が厚いほうが耐食性、すなわち基材1の保護性に優れるが、10μm以上では耐食性の向上効果が飽和することから、上限の目安を10μmとする。
【0051】
次に、基材への成膜方法の一例として、複合成膜装置を使用した場合について、図2を参照して説明するが、成膜方法としては、これに限定されるものではない。
図2に示すように、複合成膜装置100は、真空排気する排気口11と、成膜ガスおよび希ガスを供給するガス供給口12とを有するチャンバー13と、アーク式蒸発源14に接続されたアーク電源15と、スパッタ蒸発源16に接続されたスパッタ電源17と、成膜対象である被処理体(図示省略)を支持する基材ステージ18上の支持台19と、この支持台19と前記チャンバー13との間で支持台19を通して被処理体に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源20とを備えている。また、その他、ヒータ21、放電用直流電源22、フィラメント加熱用交流電源23等を備えている。
なお、アーク式蒸発源14を用いることにより、アークイオンプレーティング蒸発(AIP)、スパッタ蒸発源16を用いることにより、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング蒸発(UBM)を行うことができる。
【0052】
まず、複合成膜装置100のカソード(図示省略)に、各種合金、あるいは金属のターゲット(図示省略)を取り付け、さらに、回転する基材ステージ18上の支持台19上に被処理体(図示省略)として基材を取り付け、チャンバー13内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)し、真空状態にする。その後、チャンバー13内にあるヒータ21で被処理体の温度を約400℃に加熱し、スパッタ蒸発源16により、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施し、A層を形成する。その後、アーク式蒸発源14により、φ100mmのターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN雰囲気、炭素を含有する場合にはCH雰囲気、あるいはこれらの混合ガス雰囲気、酸素を含有する場合には酸素ガスを加えた雰囲気中にて、アークイオンプレーティングを実施し、B層を形成する。また、保護膜を設ける場合も、Crターゲットを取り付け、N雰囲気を用い、スパッタクリーニングまたはアークイオンプレーティングにて保護膜を形成する。
【0053】
なお、積層膜を形成するには、複数の蒸発源に異なる組成のターゲットを取り付け、回転する支持台19上に被処理体を載せて、成膜中に回転させることによって積層膜を形成することができる。支持台11上の被処理体は基材ステージ18の回転に伴い、異なる組成のターゲットを取り付けた蒸発源の前を交互に通過するが、そのときに各々の蒸発源のターゲット組成に対応した皮膜が交互形成されることで、積層膜を形成することが可能である。また、A層、B層の各々の厚み、積層構造の単位は、各蒸発源への投入電力(蒸発量)あるいは支持台19の回転数(速い方が1層あたりの厚みは薄くなる)にて制御する。
【0054】
以上説明したような耐摩耗性、除膜性に優れる硬質皮膜を備えた硬質皮膜形成部材としては、一例として、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、プレス、鍛造金型、成型用金型、打ち抜きパンチ等の治工具が挙げられる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0056】
本実施例においては、図2に示す複合成膜装置を用いて、皮膜を形成した。
[第1実施例]
複合成膜装置のカソードに、各種合金、あるいは金属のターゲットを取り付け、さらに、基材ステージ上の支持台上に鏡面研磨したJIS−SKD11基材を取り付け、チャンバー内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)し、真空状態にした。その後、ヒータで被処理体の温度を約400℃に加熱し、スパッタ蒸発源により、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施し、A層を形成した。その後、アーク式蒸発源により、φ100mmのターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN雰囲気、炭素を含有する場合にはCH雰囲気、あるいはこれらの混合ガス雰囲気、酸素を含有する場合には酸素ガスを加えた雰囲気中にて、アークイオンプレーティングを実施し、B層を形成した。
【0057】
なお、この成膜に際しては、まず、A層の組成を有するターゲットを使用して基材上にA層を形成した後、基材ステージを回転させ、蒸発源を切り替えてB層の組成を有するターゲットにより、B層をA層上に形成した。これを繰り返すことでA層とB層の積層構造を有する皮膜を基材上に形成した。A層、B層の各々の厚み、積層構造の単位は、各蒸発源への投入電力(蒸発量)あるいは支持台の回転数にて制御した。
【0058】
成膜終了後、皮膜中の金属成分組成を調べると共に、耐摩耗性、除膜性について評価を行った。
<皮膜組成>
A層およびB層中の金属元素の成分組成を、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により測定した。
【0059】
<耐摩耗性>
耐摩耗性の評価は、以下の条件で高温摺動試験を行い、摩耗深さを測定することにより行った。摩耗深さが5μm未満のものを耐摩耗性が良好、5μm以上ものを耐摩耗性が不良とした。
【0060】
[高温摺動試験条件]
装置:ベーンオンディスク型摺動試験装置
ベーン:SKD61鋼(HRC50)
ディスク:SKD11鋼(HRC60)に皮膜形成したもの
摺動速度:0.2m/秒
荷重:500N
摺動距離:2000m
試験温度:400℃
【0061】
<除膜性>
10mol%の水酸化ナトリウムを含む水溶液(温度50℃)にサンプルを漬浸し、皮膜が全面除去される時間を算出した。なお、このサンプルと同一膜厚で、A層がないもの(対照部材)を準備し、同様に除膜時間を算出した。
そして、「サンプルの除膜時間÷対照部材の除膜時間」により、除膜性の向上効果を評価した。この数値が小さいほど、本願発明による除膜速度の向上効果が高いといえる。数値が0.7未満のものを除膜性の向上効果が良好、0.7以上ものを除膜性の向上効果が不良とした。
これらの結果を表1、2に示す。なお、表中、本発明の範囲を満たさないものは、数値等に下線を引いて示す。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
表1、2に示すように、No.2〜4、9〜15、17〜19、22〜43、45、46は、皮膜(A層およびB層)の組成が本発明の範囲を満足しているため、耐摩耗性、除膜性の向上効果が良好であった。
なお、No.2〜4の結果から、除膜性の向上効果の観点からは、A層の厚みは、0.5〜2μmが好ましいことが示された。また、No.11〜15の結果から、B層の厚みは、5μm以下が好ましく、3μm以下がより好ましいことが示された。さらに、No.28〜37の結果から、B層がSiを含む場合に、除膜性の向上効果が顕著なことが示された。
【0065】
また、No.38〜43、45、46は、本発明の範囲を満足するものであるが、B層の組成が好ましい範囲を満足しないものであるため、好ましい範囲を満足するものに比べ、耐摩耗性がやや劣る傾向にあった。
【0066】
一方、No.1、5〜8、16、20、21、44、47、48は、本発明の範囲を満足していないため、耐摩耗性や除膜性の向上効果が不良であった。
No.1は、A層の厚みが下限値未満のため、除膜性の向上効果に劣った。No.5は、A層の厚みが上限値を超えるため、また、A層に対するB層の厚みの比率が下限値未満のため、耐摩耗性、除膜性の向上効果に劣った。No.6は、B層の厚みが下限値未満のため、また、A層に対するB層の厚みの比率が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。
【0067】
No.7は、B層の厚みの合計が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。なお、もとの厚みが薄いため、除膜性の向上効果が出なかった。No.8は、B層の厚みの合計が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.16は、B層の厚みが上限値を超えるため、除膜性の向上効果に劣った。No.20、21は、A層のTi含有量が下限値未満のため、除膜性の向上効果に劣った。No.44は、B層がCrを含有していないため、耐摩耗性に劣った。なお、除膜性はもともと悪くないため、除膜性の向上効果はあまりなかった。No.47、48は、B層のTi含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。なお、除膜速度はもともと悪くないため、除膜性の向上効果はあまりなかった。
【0068】
[第2実施例]
第2実施例では、保護膜を設けた場合の影響について調べた。
第1実施例と同様の方法で、基材上に皮膜を形成した。基材としては、鏡面研磨したJIS−SKD11基材(表中、SKD11と記載)、または、超硬合金基材(表中、超硬と記載)を使用した。また、一部については、基材と皮膜の間に、所定厚さの保護膜(CrN膜)を設けた。なお、保護膜は、Crターゲットを取り付け、N雰囲気を用い、アークイオンプレーティングにて形成した。
【0069】
成膜終了後、皮膜中の金属成分組成を調べると共に、基材の保護性について評価を行った。
<皮膜組成>
A層およびB層中の金属元素の成分組成を、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により測定した。
【0070】
<保護性>
除膜前と除膜後の基材の表面粗度を、表面粗度計で計測した。
計測条件は、走査長:1mm、走査時間:15秒、測定粗さ:平均粗さ(Ra)とした。評価基準としては、除膜前後における表面粗度の変化がRaで±0.02μm以下を合格とした。
これらの結果を表3に示す。
【0071】
【表3】

【0072】
表3に示すように、No.51〜53、56〜58、61〜63は、厚さ0.5μm以上の保護膜を設けているため、基材の保護性に優れていた。一方、No.50、55、60は、保護膜を設けているものの、厚さが0.5μm未満のため、厚さ0.5μm以上の保護膜を設けたものに比べ、基材の保護性に劣った。また、No.49、54、59は、保護膜を設けていないため、厚さ0.5μm以上の保護膜を設けたものに比べ、基材の保護性に劣った。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】(a)、(b)は、本発明に係る硬質皮膜形成部材を示す断面図である。
【図2】成膜を行うための複合成膜装置の概略図である。
【符号の説明】
【0074】
1 基材
2 A層
3 B層
4 硬質皮膜
5 保護膜
10a、10b 硬質皮膜形成部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に硬質皮膜を備えた硬質皮膜形成部材であって、
前記硬質皮膜は、組成がTi1−v(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti除く)の元素であり、前記v、x、y、zが原子比であるときに、
0.6≦v≦1
0≦z≦0.1
x+y+z=1
を満足するA層と、
組成がTiCr1−v−w(C)からなり、前記Mは、4族、5族、6族、Si、Al、BおよびYから選ばれる少なくとも1種以上(ただし、Ti、Cr除く)の元素であり、前記v、w、x、y、zが原子比であるときに、
0≦v<0.6
0.05≦w
v+w≦1
0≦x≦0.5
0≦z≦0.1
x+y+z=1
を満足するB層とを含み、
前記A層と前記B層がこの順に交互に積層され、1層のA層と、その上部の1層のB層の積層構造を1単位としたときに、2単位以上の積層構造を有し、
前記A層の1層の厚みに対する前記B層の1層の厚みの比率が2以上であり、
前記A層の1層の厚みが0.1〜3μm、前記B層の1層の厚みが1〜10μm、前記B層の厚みの合計が5μm以上であることを特徴とする硬質皮膜形成部材。
【請求項2】
前記A層は、組成がTiNであり、
前記B層は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記a、b、c、d、e、x、yが原子比であるときに、
0.05≦a≦0.3
0.1≦b≦0.4
0.4≦c≦0.75
0≦d≦0.15
0≦e≦0.1
a+b+c+d+e=1
0.5≦y≦1
x+y=1
を満足するか、または、
前記A層は、組成がTiNであり、
前記B層は、組成が(NbCrAlSi)(C)からなり、前記f、g、h、i、j、x、yが原子比であるときに、
0.05≦f≦0.3
0.1≦g≦0.4
0.4≦h≦0.7
0≦i≦0.15
0≦j≦0.1
f+g+h+i+j=1
0.5≦y≦1
x+y=1
を満足することを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜形成部材。
【請求項3】
前記基材と、前記硬質皮膜の間に、CrNからなる0.5μm以上の保護膜が形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の硬質皮膜形成部材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−47797(P2010−47797A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−212116(P2008−212116)
【出願日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】