説明

硬質皮膜被覆切削工具

【課題】2層構造を有する硬質皮膜層1、2において、硬質皮膜層1は残留圧縮応力により亀裂の伝播抑制を図り、硬質皮膜層2は残留圧縮応力の低減化により厚膜化を可能とし、基材との密着強度を改善して硬質皮膜被覆切削工具の長寿命化を図る。
【解決手段】超硬合金を基材とする切削工具に硬質皮膜を被覆した硬質皮膜被覆切削工具において、表面側に硬質皮膜層1、基材側に硬質皮膜層2が被覆され、硬質皮膜層1は(AlCr1−a)N、但し、0.5≦a≦0.75、0.9≦x≦1.1であり、硬質皮膜層2は(TiAl1−b)N、但し、0.4≦b≦0.6、0.9≦y≦1.1であり、X線回折における硬質皮膜層1の(111)面の格子定数をa1(nm)、硬質皮膜層2の(200)面の格子定数をa2(nm)としたとき、0.990≦a1/a2≦0.999であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属部品や金型等の加工に用いられ、耐摩耗性や耐欠損性の向上が要求される硬質皮膜被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、(TiAl)N膜と(AlCr)N膜とから構成される多層膜が開示されている(表1中試料番号2等を参照)。
【0003】
特許文献2には、所定組成の(AlCr)N系硬質皮膜であって、(111)面又は(200)面のいずれかのX線回折ピークの2θの半価幅が0.5〜2度であること(請求項1、表1等参照)、及び(200)面と(111)面とのX線回折強度比I(200)/(111)が、0.3<I(200)/(111)<12であること(請求項3、表1を参照)が開示されている。
【0004】
特許文献3には、基材の上に、結晶の配向性が異なる第1被覆層と第2被覆層とを積層被覆されており、両層はチタンとアルミニウムとの窒化物、炭窒化物、窒酸化物、炭酸化物、炭窒酸化物のうちの1種又は2種以上の多層からなり、第1被覆層はX線回折ピーク強度が(200)面に最大高さを有し、第2被覆層はX線回折ピーク強度が(111)面に最大高さを有する旨が開示されている(請求項1を参照)。
【0005】
特許文献4には、基体上に、0.05〜0.5μmの平均層厚を有する所定組成の(TiAl)N層であって、(111)面にX線回折の最高ピークが現われ、かつ前記最高ピークの半価幅が2θで0.8度以下であるものと、2〜10μmの平均層厚を有する所定組成の(TiAl)N層であって、(111)面にX線回折の最高ピークが現われ、かつ前記最高ピークの半価幅が2θで0.8度以下であるものを、物理蒸着してなる、表面被覆超硬合金製切削工具が開示されている(請求項1、表3等を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−93760号公報
【特許文献2】特開2005−126736号公報
【特許文献3】特開平10−330914号公報
【特許文献4】特開2003−117705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1〜4のいずれにも、物理蒸着法により、超硬合金基材上に、特定の適正範囲に調整された組成、X線回折パターン及び格子定数を有する(TiAl)N皮膜層と(AlCr)N皮膜層とを総膜厚で5μm以上に積層することにより、従来に比べて格段に高性能の硬質皮膜被覆切削工具が得られることについて何ら記載及び示唆がされていない。
【0008】
本発明は、物理的蒸着によって成膜して5μm以上に厚膜化した硬質皮膜を有する硬質皮膜被覆切削工具において、前記硬質皮膜が新規高性能な硬質皮膜層1及び2から構成される2層構造を有することにより、硬質皮膜層1では残留圧縮応力により切削時に発生する亀裂の伝播抑制を図り、また硬質皮膜層2では残留圧縮応力の低減化により厚膜化を可能とし、更に基材との密着強度を改善することによって、従来の硬質皮膜被覆切削工具に比べて長寿命化を実現できる新規高性能な硬質皮膜被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の硬質皮膜被覆切削工具は、超硬合金を基材とする切削工具に硬質皮膜を被覆した硬質皮膜被覆切削工具において、該硬質皮膜は物理的蒸着によって成膜された2層構造を有し、該2層構造は表面側に被覆された硬質皮膜層1及び基材側に被覆された硬質皮膜層2を有して構成され、該硬質皮膜層1の組成は(AlCr1−a1−x(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、0.5≦a≦0.75、及び0.45≦x≦0.55である。)で表され、該硬質皮膜層1のX線回折における(111)面の半価幅をW(度)としたとき、0.7≦W≦1.1であり、(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強度Is、及び(220)面のピーク強度Itとしたとき、0.3≦Is/Ir<1、及び0.3≦It/Ir<1であり、該硬質皮膜層2の組成は、(TiAl1−b1−y(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、0.4≦b≦0.6、及び0.45≦y≦0.55である。)で表され、該硬質皮膜層2のX線回折における(200)面の半価幅をW(度)としたとき、0.4≦W≦0.6であり、(111)面のピーク強度Iu、(200)面のピーク強度Iv、及び(220)面のピーク強度Iwとしたとき、5≦Iv/Iu≦15、及び2≦Iw/Iu≦4であり、X線回折における該硬質皮膜層1の(111)面の格子定数をa1(nm)および該硬質皮膜層2の(111)面の格子定数をa2(nm)としたとき、0.990≦a1/a2≦0.999であり、該硬質皮膜層1の膜厚をT1(μm)、および該硬質皮膜層2の膜厚をT2(μm)としたとき、5≦T1+T2≦12、T1<T2、であることを特徴とする。
前記本発明によって、物理的蒸着によって成膜して5μm以上に厚膜化した硬質皮膜における硬質皮膜層1の亀裂の伝播抑制と、硬質皮膜層2の厚膜化及び基材との密着強度の改善を図ることができる。前記2層構造を有する硬質皮膜層1、2の特徴を反映し、従来に比べて硬質皮膜被覆切削工具の長寿命化を図ることができる。
【0010】
前記本発明の硬質皮膜被覆切削工具において、実用性の観点から、該硬質皮膜が高い密着性を有するように、膜厚方向が長手方向となる柱状結晶粒を有し、該硬質皮膜層2と該硬質皮膜層1との界面において、該硬質皮膜層2と該硬質皮膜層1とを横断する柱状結晶粒を有していることが好ましい。
【0011】
前記本発明の硬質皮膜被覆切削工具において、実用性の観点から、該硬質皮膜層1のAl及びCrのうちの少なくとも1種の元素について、夫々10原子%以下の範囲でSi、B、V、Nb及びWのうちから選択される少なくとも1種の元素で置換することが好ましい。
また、前記本発明の硬質皮膜被覆切削工具において、実用性の観点から、該硬質皮膜層2のTi及びAlのうちの少なくとも1種の元素について、夫々10原子%以下の範囲でSi、B、V、Nb及びWのうちから選択される少なくとも1種の元素で置換することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、物理的蒸着によって成膜して5μm以上に厚膜化した新規で高性能な2層構造を有する硬質皮膜において、上層側の硬質皮膜層1における亀裂の伝播抑制と、下層側の硬質皮膜層2における厚膜化および基材との密着強度の改善を図ることができる。前記2層構造を有する硬質皮膜層1、2により、従来に比べて硬質皮膜被覆切削工具の長寿命化を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の硬質皮膜被覆切削工具を模式的に説明する図である。
【図2】本発明例1の被膜の破断面写真を示す。
【図3】図2のA部の拡大写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
硬質皮膜被覆切削工具において硬質皮膜の耐摩耗性は重要な要素であり、更なる向上が望まれている。硬質皮膜の耐摩耗性を向上させる手段として、概略2通りの手段が考えられ、1つは硬質皮膜の厚膜化、他の1つは硬質皮膜の高硬度化である。
硬質皮膜の厚膜化により構成元素に関わらず耐摩耗性を向上することが可能であるが、厚膜化した際に発生する残留応力を緩和する必要がある。硬質皮膜の高硬度化は硬質皮膜の構成元素や成膜条件に大きく依存する。
本発明は、物理的蒸着(以下、PVDと記す場合がある。)法による硬質皮膜を被覆した硬質皮膜被覆切削工具において、基材と接する下層側の硬質皮膜層2において厚膜化を図り、また上層側の硬質皮膜層1において高硬度化と亀裂の伝播抑制を実現した。硬質皮膜は残留圧縮応力が2GPaを超えると硬質皮膜の自己破壊を発生し易くなることから、硬質皮膜層2を厚膜化した際の残留圧縮応力を2GPa以下に低減化した。さらに、2層構造を有する硬質皮膜層間の密着性の改善についても実現した。
【0015】
本発明が採用する硬質皮膜を構成する硬質皮膜層1は、AlとCrを金属成分とする窒化物皮膜であり、潤滑性に優れ、溶着に起因する脱落やチッピングを抑制する効果を発揮する。
そこで硬質皮膜層1を高硬度に維持するために組成(AlCr1−a1−xを次のように規定した。Alの含有量はa>0.75である場合、六方最密構造(以下、hcp構造と記す。)のAlNが生成しやすくなり、密着強度が劣化するだけでなく硬度低下が生じる。また、Al含有量よりCr含有量が多い場合も、残留圧縮応力が増大して密着強度が低下する傾向にある。以上より、0.5≦a≦0.75と規定した。より好ましくは、0.6≦a≦0.7である。
【0016】
次に、硬質皮膜層1の金属成分と非金属成分の組成比に関しては、0.45≦x≦0.55の範囲に制御することにより、残留圧縮応力を1GPaから2GPaの範囲に制御することができる。一方、x<0.45の場合は、結晶格子中において(AlCr1−a)元素同士が結合する割合が増加し結晶格子の歪が大きくなる。したがって、硬質皮膜層1の断面組織が微細化して粒界欠陥が増大し、残留圧縮応力が増大して基材と硬質皮膜間の密着性が劣化してしまう。例えば、切削工具用の硬質皮膜では、粒界欠陥が密度低下や被加工物を構成する元素の内向拡散を生じ機械的特性、硬度や耐欠損性を低下させる。従って、粒界欠陥の低減のためにx値を0.45以上に制御しなければならない。他方、x>0.55の場合、硬質皮膜層1の結晶組織形態は柱状組織を有するが、粒界部に不純物が取り込まれやすくなる。この不純物は成膜処理装置の内部残留物に由来する。その結果、結晶粒界における接合強度が劣化し、外部衝撃によって容易に硬質皮膜層1が破壊されてしまう。x値は、成膜時のガス圧力に大きく依存する。x値の最適制御に関して、成膜装置のガス圧力を1〜7Paに調節した場合、硬質皮膜の残留圧縮応力を1〜2GPaに制御することが可能となる。
【0017】
硬質皮膜層1のW値が、0.7≦W≦1.1の範囲において、結晶組織は微細な粒状を形成する。一般に、ホールペッチの法則から、結晶粒径が小さいほど硬度が高くなる傾向にある。よって、W値が上記範囲内にある硬質皮膜層1では、高硬度を有する硬質皮膜が得られる。W<0.7の場合、結晶組織は柱状結晶を形成し、切削加工時に発生した亀裂が粒界を伝播することにより、亀裂が基材へ到達しやすくなり、切削工具の欠損を生じる可能性が高い。また、W>1.1の場合、皮膜組織が非晶質化しやすく皮膜硬度の低下に繋がる。W値の制御には、成膜温度を最適化する必要があり、バイアス電圧印加条件、反応ガス圧力条件に加え、300〜550℃の範囲で成膜する必要がある。300℃未満では、W値が1.1を超え、550℃を超えると0.7未満となる。
【0018】
硬質皮膜層1の耐摩耗性を改善するためには、皮膜を高硬度化するのが好ましい。ここで、面心立方構造では(111)面が原子の最密面であるため、硬質皮膜のX線回折における最強ピークが(111)面である場合に高密度化し、高硬度化しやすい。この硬質皮膜の高硬度化によって切削加工時に発生する亀裂の伝播抑制を実現した。0.3≦Is/Ir<1、及び0.3≦It/Ir<1とすることで、X線回折により測定した硬質皮膜層1の最強ピークが(111)面にあり、高硬度化するため耐摩耗性と亀裂の伝播抑制に優れる。
一方、Is/Ir<0.3、及びIt/Ir<0.3である場合、結晶粒界が増大し残留圧縮応力が増大しすぎるため、硬質皮膜の自己破壊に繋がってしまう。さらに、Is/Ir≧1、及びIt/Ir≧1である場合、太い柱状の結晶組織が形成され、亀裂が粒界を伝播して基材へ到達しやすく、切削工具のチッピングや欠損に至りやすい。Is/Ir値、及びIt/Ir値の制御には、成膜時の反応ガス圧力を1.5Pa以上、3.5Pa以下に設定すれば実現できる。1.5Pa未満では結晶配向を制御することが困難となる。また、3.5Paを超えると皮膜硬度が低下する。
【0019】
本発明が採用する硬質皮膜を構成する硬質皮膜層2は、TiとAlを金属成分とする窒化物皮膜であり、耐摩耗性や密着強度に優れ、切削工具としての寿命向上に効果を発揮する。一般に、皮膜硬度が高いほど耐摩耗性は大きい。そこで硬質皮膜層2を高硬度に維持するために組成(TiAl1−b1−yについて、Tiの含有量は、0.4≦b≦0.6に規定した。b>0.6の場合、十分な耐摩耗性や耐酸化性が得られない。b<0.4である場合、結晶構造が面心立方晶の(TiAl)Nにhcp構造のAlNが含まれるようになり皮膜硬度が低下し耐摩耗性が劣化する。より好ましくは、0.45≦b≦0.55である。
【0020】
次に、硬質皮膜層2の金属成分と非金属成分の組成比に関しては、0.45≦y≦0.55の範囲に制御することにより、残留圧縮応力を0.5〜2GPaの範囲に制御することができる。数値範囲の規定理由は硬質皮膜層1の場合と同様である。y値を0.45≦y≦0.55の範囲に制御するには、成膜時の反応ガス圧力を2.5Pa以上、7Pa以下に設定すれば実現できる。2.5Pa未満では、y値は0.45未満となり、7Paを超えると0.55を超える。
【0021】
硬質皮膜層2のW値は、0.4≦W≦0.6の範囲に規定した。これにより、硬質皮膜層2は結晶粒界における結合強度と靭性が確保され、切削時の耐摩耗性が発揮されるからである。W<0.4の場合、結晶組織は柱状結晶の結晶性が高まるが、硬度が低下してしまう。また、W>0.6の場合、結晶組織は微細化組織を形成して高硬度化する一方、皮膜靭性が不足して切削時のチッピングを誘発する。また、残留圧縮応力が増大するため、密着強度が劣化する。W値の制御には、成膜温度を最適化する必要があり、バイアス電圧印加条件、反応ガス圧力条件に加え、400〜650℃の範囲で成膜する必要がある。400℃未満では、W値が0.6を超え、650℃を超えると0.4未満となる。
【0022】
硬質皮膜層2の残留圧縮応力は、Iv/Iu値、Iw/Iu値と相関性があるので、残留圧縮応力値を低減化するためには、Iv/Iu値、Iw/Iu値を制御すれば可能である。最強ピーク面は(200)面であるのが好ましく、(111)面への配向が強くなると残留圧縮応力が増大し密着性が低下する傾向にある。そこで、5≦Iv/Iu≦15、2≦Iw/Iu≦4に規定することにより、残留圧縮応力が最適範囲に制御され、高い密着強度を有する厚膜の硬質皮膜が実現できる。一方、Iv/Iu<5の場合、Iw/Iu<2の場合は、原子密度の高い(111)面への配向が強い状態であるため、残留圧縮応力が高くなる。また硬質皮膜層2の断面組織が微細化し、結晶粒界が多くなり欠陥が多く含まれる状態となって残留圧縮応力が増大する。また、Iv/Iu>15の場合、Iw/Iu>4の場合は、残留圧縮応力は低減するが、皮膜硬度が減少し、耐摩耗性を阻害する。断面組織における粒界の密着強度が低下し、外部衝撃に対して硬質皮膜表面が容易に破壊したり、剥離したりする。Iv/Iu値、Iw/Iu値の制御には、成膜時の反応ガス圧力を2Pa以上、7Pa以下に設定すれば実現できる。2Pa未満、7Paを超えると結晶配向を制御することが困難となる。
【0023】
本発明において、硬質皮膜層1および硬質皮膜層2の皮膜界面からの皮膜破壊を抑制し、切削工具としての優れた耐摩耗性を発揮させるため、界面の密着強度改善を実現した。硬質皮膜層1および2は共に面心立方構造を有しており、切削工具としての耐摩耗性を改善するために、硬質皮膜層1は、高硬度化が可能な(111)面に強く配向する成膜条件を選定した。一方、硬質皮膜層2は、残留圧縮応力の低減化が可能な(200)面に強く配向する成膜条件を選定した。
さらに、硬質皮膜層1および硬質皮膜層2の界面における密着強度を確保するため、各々の格子定数を整合させる検討を行った。つまり、硬質皮膜層1、2の格子定数を近似させることで、硬質皮膜層1、2の界面における結晶成長に連続性を持たせることができる。ただし、本発明においては硬質皮膜層1、2の組成が異なるため、両者の格子定数を整合させることは困難である。この理由は、硬質皮膜層1がCrを含み、硬質皮膜層2がTiを含む硬質皮膜であり、夫々のイオン半径が異なることによる。例えば、本発明例の硬質皮膜層1、2が含有するAlを、何れも70原子%を超えて多くすれば、両者の格子定数を完全に整合させることは可能である。しかし、Al含有量が70原子%を超えると、hcp構造のAlN結晶が含まれるため、硬度低下をもたらし、耐摩耗性が極度に劣化する。
また、本発明においては硬質皮膜層1、2の配向が異なるため、硬質皮膜層界面でエピタキシャル成長させることは困難である。そこで、硬質皮膜層界面での密着性を確保するため、硬質皮膜層1、2の(111)面から算出した格子定数を近似させる検討を行った。上述のように、硬質皮膜層1、2の組成の違いから、(111)面から算出した格子定数は全般にa1<a2であった。そこで、硬質皮膜層1に対しては、格子定数が大きくなるような成膜条件として、バイアス電圧値を高めた。バイアス電圧を高めることで、プラズマ中でイオン化された元素が基材に到達する際の運動エネルギーが高まり、硬質皮膜に歪を与えながら成膜されるため、格子定数が大きくなる。また、硬質皮膜層2に対しては、バイアス電圧を低めに設定し、格子定数がなるべく大きくならない条件を選定した。
【0024】
なお、硬質皮膜層1、2の成膜にあたっては、バイアス電圧をパルス化(間欠化)させて印加した。ここで、バイアス電圧のパルス化について説明する。一般的に、バイアス電圧は負の直流電圧として基材に印加される。この場合、膜厚の増大に伴って残留圧縮応力が増大する。とくに本願発明に規定するような膜厚範囲(5≦T1+T2≦12)おいては、残留圧縮応力が過大となって、硬質皮膜の自己破壊を招く。そこで、バイアス電圧をパルス化させることで、バイアス電圧が低い瞬間に、格子歪が生成されにくくなり、残留圧縮応力の低減化につながる。
【0025】
また、バイアス電圧をパルス化する際の周波数が、残留圧縮応力の制御に重要である。本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、パルス周波数5〜30kHzのときに、硬質皮膜層1では(220)面と(111)面のピーク強度比が0.30≦It/Ir≦1.0、および硬質皮膜層2では(220)面と(111)面のピーク強度比が2.0≦Iw/Iu≦4.0となり、硬質皮膜の残留圧縮応力を0.50〜2.0GPaの最適な範囲に制御できることを見出した。パルス周波数が5kHzより低くなるとIt/Irは1.0を超え、Iw/Iu値は4.0を超える。このとき、柱状組織からなる低圧縮応力の硬質皮膜が得られるが、柱状組織間の密着強度が低く、耐欠損性が高まらない。また、パルス周波数が30kHzを超えると、成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーが低減できず、It/Irは0.3未満となり、Iw/Iuは2.0未満となる。その結果、残留圧縮応力が2.0GPaを超えてしまう。
【0026】
さらに、バイアス電圧のパルス化方法について説明する。パルス化方式は、ユニポーラー方式とバイポーラー方式に大別される。ユニポーラー方式は、負もしくはゼロの範囲でバイアス電圧をパルス化させて印加する方法である。このとき、上述のように、バイアス電圧が低い瞬間に、格子歪が生成されにくくなり、残留圧縮応力の低減化につながる。一方、バイポーラー方式は、正の範囲でバイアス電圧をパルス化させて印加する方法である。このとき、正のバイアス電圧が印加された瞬間に、格子歪の一部が緩和されるため、さらなる残留圧縮応力の低減化を図ることが可能となる。
【0027】
以上より、硬質皮膜層1、2の界面における密着性を改善するために、硬質皮膜層1ではバイアス電圧値を高く設定し、バイポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧を印加して成膜を行った。また、硬質皮膜層2ではバイアス電圧値を低く設定し、ユニポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧を印加して成膜を行った。すなわち、0.990≦a1/a2≦0.999に制御することで、硬質皮膜層1および硬質皮膜層2の密着強度を高めた。硬質皮膜層1および硬質皮膜層2の格子定数は、成膜条件によって近似させることが可能である。
【0028】
T1<T2とする理由について説明する。構成元素の観点から、硬質皮膜層1の残留圧縮応力は硬質皮膜層2より高い傾向にある。T1値が2μmを超えて厚い場合は、工具の刃先稜線部において皮膜の自己破壊が起こりやすくなる。また、硬質皮膜層1の潤滑性を得るには、0.1μm以上であることが好ましい。より好ましくは0.3μm≦T1≦2μmである。また、硬質皮膜層2は耐摩耗性に優れるが、T2<4μmの場合、耐摩耗性が発揮されない。T2値の増加に伴って残留圧縮応力は徐々に上昇する傾向にあり、T2>10μmの場合、残留圧縮応力が過大となり、基材と硬質皮膜界面での密着強度が低下し、硬質皮膜がはく離しやすくなる。より好ましくは、5μm≦T2≦8μmである。したがって、本発明における硬質皮膜層1の潤滑性や耐欠損性と、硬質皮膜層2の耐摩耗性を両立するためには、T1<T2として、硬質皮膜層全体の残留圧縮応力を抑制することが必要である。
【0029】
該硬質皮膜は少なくとも該硬質皮膜層1と該硬質皮膜層2とを横断する結晶粒を有し、この場合、同一結晶粒内での硬質皮膜層1、2界面における密着強度が改善される。よって、本発明の硬質皮膜は切削加工時の層間はく離の抑制に効果を発揮する。
【0030】
硬質皮膜層1のAl及びCr、硬質皮膜層2のTi及びAlにおいて、それらの夫々の金属成分の少なくとも1種の元素を10原子%以下の範囲で置換を行うことによって硬質皮膜の機能を十分に発揮させることに有効である。Si、B、V、Nb及びWのうちから選択される少なくとも1種の元素の添加によって、結晶組織内に元素置換による格子歪みが生じ皮膜の高硬度化が図られる。しかしながら、前記元素の添加に伴い、残留圧縮応力は増大する傾向にあるため、その置換比率は10原子%以下にすることが好ましい。Siを添加した場合には、皮膜の高硬度化、耐酸化性の改善に効果がある。同様に、Nb又はWの添加も耐熱性向上に効果的である。更にV又はBの添加は、皮膜の潤滑性向上に有効であり好ましい。高速、高送りといった過酷な切削条件に耐えることが可能となる。
【0031】
<成膜条件>
本発明は、成膜時のバイアス電圧、反応圧力及び成膜温度を最適化させることによって、硬質皮膜層1、2の結晶構造を前記の範囲に制御でき、厚膜化された硬質皮膜は最適な残留圧縮応力が内在し、かつ高硬度を維持できる。
例えば、バイアス電圧値が大きい程残留圧縮応力は増大傾向にある。ここで、1μm/時間以下の比較的遅い成膜速度で、皮膜を結晶成長させることが重要である。このとき、最適化された残留圧縮応力値の範囲は0.5〜2GPaである。残留圧縮応力値が0.5GPa未満であると耐摩耗性は確保できるものの耐欠損性が不十分であり、2GPaを超えて大きいと硬質皮膜のチッピングを生じやすくなる。
【0032】
また、硬質皮膜層1の成膜時のバイアス電圧を負の値で30〜200Vに制御することにより、Is/Ir値を0.3以上に制御でき、硬質皮膜層2の成膜時のバイアス電圧を30〜100Vに制御することにより、Iv/Iu値を5以上に制御できる。バイアス電圧が200V以下の範囲で低いほどIs/Ir値は大きくなり、バイアス電圧が100V以下の範囲で低いほどIv/Iu値は大きくなるが、30Vよりも低い電圧では、残留圧縮応力は低減され密着性は高まるが、皮膜硬度は低下し耐摩耗性が劣化する。面心立方構造を有する硬質皮膜層1においては、原子の最密面である(111)面に配向したほうが、より皮膜密度が高くなり高硬度化する。さらに、硬質皮膜層1に残留する圧縮応力が高まり、切削加工時の亀裂伝播抑制に効果を発揮する。そのため、成膜時のバイアス電圧を上記範囲内に制御することが重要である。
更に、成膜時のバイアス電圧をパルス化して印加する方法により、It/Ir値を制御することができる。このとき、硬質皮膜層を厚膜化した際に顕著となる残留圧縮応力の増大を抑制し、硬質皮膜層の厚膜化による耐摩耗性の改善が実現できる。
【0033】
バイアス電圧の印加方法を、バイポーラー方式またはユニポーラー方式のパルス波とすることにより、直流のバイアス電圧で成膜した場合と比較して、特に(220)面のピーク強度が変化する。これは、成膜時にプラズマ中でイオン化された元素が被処理物に到達する際に、運動する余地があるため、結晶構造が変化するものと思われる。
さらに、本発明において、硬質皮膜層1、2の耐摩耗性改善のために厚膜化した際に生じる残留圧縮応力を制御するには、バイアス電圧をパルス化しパルス周波数を制御する必要がある。本発明ではパルス周波数を25kHzに設定した。これにより、0.3≦It/Ir<1、及び2≦Iw/Iu≦4となり、残留圧縮応力値を0.5〜2GPaの最適な範囲に制御できる。パルス周波数が5kHz未満の場合は、Iw/Iu値は4を超える。このときの皮膜断面組織は、低残留圧縮応力を有する柱状組織が得られるが、柱状組織内における粒界間の密着強度が低く、切削加工時に発生した亀裂が容易に粒界を通って伝播するため、工具の欠損が生じてしまう。一方、30kHzを超えて大きい場合は、イオンが被処理物に到達する際の運動エネルギーが低減できないためIw/Iu値は2未満となる。Iv/Iu値が15を超えて大きい場合であっても、硬質皮膜層2の残留圧縮応力が2GPaを超える様になり密着性が著しく低下する。より好ましくは、15〜30kHzである。
【0034】
バイアス電圧が高いほど、成膜時に基材に到達するイオンのエネルギーが高まり(111)配向しやすくなるとともに、格子間に歪が発生しながら成膜されることから、格子定数が大きくなる。すなわち、バイアス電圧を調整することで、硬質皮膜層の格子定数を制御することができる。そこで本発明では、硬質皮膜層1と硬質皮膜層2の格子定数差を整合させる検討を行った。本発明に規定される硬質皮膜層1と硬質皮膜層2の格子定数を測定すると、全般にa1<a2であった。これは、硬質皮膜層を構成する金属原子の中で相対的に小さな原子であるAlの含有量の差によると思われる。そこで、硬質皮膜層1に対しては、格子定数が大きくなるような成膜条件として、バイアス電圧値を高めた。また、バイアス電圧を高めたことで残留圧縮応力が過大となるのを抑制するため、バイポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧として基材に印加した。一方、硬質皮膜層2に対しては、ユニポーラー方式のパルス波でバイアス電圧を印加し、厚膜化した際の残留圧縮応力が過大となるのを抑制した。
以下、本発明を下記の実施例により詳細に説明するが、下記の実施例により本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
[1] 成膜装置
物理蒸着法の成膜装置として、アークイオンプレーティング(AIP)装置、フィルター方式アークイオンプレーティング装置又はスパッタリング装置等が好適である。これより、本発明例1に用いる硬質皮膜の作製方法について以下に説明する。
被覆に使用した装置は、AIP装置であり、AIP装置内には基材装着用回転治具(プラネタリー方式)と、下層形成用のアークカソード2及びそのシャッターと、上層形成用のアークカソード1及びそのシャッターと、反応ガス供給口と、基材にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源と、減圧容器とを具備する。アークカソード1は、組成が原子%で、Al:60%、Cr:40%のターゲットを、アークカソード2は、Ti:50%、Al:50%のターゲットを装着した。基材装着用回転治具には、切削評価用として超硬合金製インサート工具を装着した。
【0036】
[2] 製造方法
(A) 基体のクリーニング
まずAIP装置内を2Pa以下の減圧状態に保ちながら、基材を600℃まで加熱した。続いてArガス流量を100sccmで導入し、AIP装置内を2.5Pa程度の真空に保ちながら、基材に負の電圧で200Vのバイアス電圧を印加しながら、Arイオンによる基材表面のエッチング処理を行った。
【0037】
(B) 硬質皮膜層2の形成
(1)硬質皮膜層2の成膜温度
本発明例1における硬質皮膜層2の成膜温度は、600℃に設定した。W値の制御には、成膜温度を最適化する必要があり、400〜650℃の範囲で成膜する必要がある。400℃未満では、W値が0.6を超え、650℃を超えると0.4未満となるからである。
【0038】
(2)硬質皮膜層2の成膜雰囲気の圧力
本発明例1における硬質皮膜層2は、窒素ガスを導入して圧力を3Paとした。このとき、窒素ガス流量は750sccmに設定し、一定に保ちながら、真空排気系のメインバルブの開口率により減圧容器内の圧力制御を行った。硬質皮膜層2のy値を0.45≦y≦0.55の範囲に制御するには、成膜時の反応ガス圧力を2.5Pa以上、7Pa以下に設定すれば実現できる。2.5Pa未満では、y値は0.45未満となり、7Paを超えると0.55を超えてしまう。Iv/Iu値、Iw/Iu値の制御には、成膜時の反応ガス圧力を2Pa以上、7Pa以下に設定すれば実現できる。一方、2Pa未満、7Paを超えると結晶配向を制御することが困難となる。好ましい窒素ガス圧力は、3Pa以上、4Pa以下である。
【0039】
(3)硬質皮膜層2のバイアス電圧
本発明例1における硬質皮膜層2のバイアス電圧は、負の電圧で50Vに設定した。硬質皮膜層2はバイアス電圧値を低く設定し、ユニポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧を印加して成膜を行った。これは、バイアス電圧を低めに設定して格子定数がなるべく大きくならないようにするためである。成膜時のバイアス電圧を30〜100Vに制御することにより、Iv/Iu値を5以上に制御できる。バイアス電圧が100V以下の範囲で低いほどIv/Iu値は大きくなるが、30Vよりも低い電圧では、残留圧縮応力は低減され密着性は高まるが、皮膜硬度は低下し耐摩耗性が劣化してしまう。
【0040】
(4)硬質皮膜層2のパルス周波数
本発明例1における硬質皮膜層2の成膜にあたっては、バイアス電圧をパルス化(間欠化)させて印加した。硬質皮膜層2におけるバイアス電圧は、負の電圧50Vと0Vの間で周期的に振幅させて基材に印加させた。このユニポーラー方式のパルス波でバイアス電圧を印加し、パルス周波数を25kHzに設定した。これにより、2≦Iw/Iu≦4となり、残留圧縮応力値を0.5〜2GPaの最適な範囲に制御できるから、厚膜化した際の残留圧縮応力が過大となるのを抑制できる。パルス周波数が30kHzを超えると、成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーが低減できず、Iw/Iuは2.0未満となる。その結果、残留圧縮応力が2.0GPaを超えてしまう。パルス周波数が5kHz未満の場合は、Iw/Iu値は4を超える。より好ましくは、パルス周波数は15〜30kHzである。
【0041】
(5) 硬質皮膜層2のアーク電流
本発明例1における硬質皮膜層2の成膜にあたっては、アークカソード2に150Aの電流を流してアーク放電を発生させ、T2値が5.8μmとなるまで成膜した。
【0042】
(C)硬質皮膜層1の形成
(1)硬質皮膜層1の成膜温度
硬質皮膜層2の成膜終了時から硬質皮膜層1の成膜開始時への移行期は、両層界面における格子定数の比を規定の数値範囲内に制御し、また連続した柱状結晶を成長させるために、緻密な制御が必要となる。そこで、成膜温度の制御に当たっては、硬質皮膜層2の成膜終了と同時に設定温度を600℃から500℃へ変更した。実際の温度下降は、ヒーター制御により2分以内に設定温度の500℃となるようにした。
硬質皮膜層1の成膜における定常期も、500℃に設定した。硬質皮膜層1の成膜温度は、300〜550℃の範囲で成膜する必要がある。300℃未満では、W値が1.1を超え、550℃を超えると0.7未満となるからである。
【0043】
(2)硬質皮膜層1の成膜雰囲気の圧力
硬質皮膜層2の成膜終了時から、硬質皮膜層1の成膜開始時への移行期は、硬質皮膜層2の成膜終了と同時に窒素ガスの設定流量を750sccmから800sccmへと変更したが、真空排気系メインバルブの開口率制御により、圧力は3Paに調整した。
硬質皮膜層1の成膜の定常期も、800sccmに設定し、圧力は3Paを維持した。硬質皮膜層1のx値の最適制御に関して、成膜装置のガス圧力を1〜7Paに調節した場合、硬質皮膜の残留圧縮応力を1〜2GPaに制御することが可能となる。また、Is/Ir値、及びIt/Ir値の制御には、成膜時の反応ガス圧力を1.5Pa以上、3.5Pa以下に設定すれば実現できる。1.5Pa未満では結晶配向を制御することが困難となる。また、3.5Paを超えると皮膜硬度が低下する。
【0044】
(3)硬質皮膜層1のバイアス電圧
硬質皮膜層2の成膜終了時から、硬質皮膜層1の成膜開始時への移行期は、硬質皮膜層1、2の界面における密着性を改善するために、硬質皮膜層2の条件よりも硬質皮膜層1の負のバイアス電圧値を高く設定し、バイポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧を印加して成膜を行った。ここで、負のバイアス電圧値を高くするとは、電圧値の絶対値が大きいことである。しかし、バイアス電圧値が高い程、残留圧縮応力は増大傾向にある。これは、バイアス電圧値が高いほど、成膜時に基材に到達するイオンのエネルギーが高まり(111)配向しやすくなるとともに、格子間に歪が発生しながら成膜されるためである。また、格子定数が大きくなるといった効果もある。そこで、本発明例1は、バイポーラー方式でパルス化させたバイアス電圧を印加した。このときの設定は、負の電圧を150V、正の電圧を10Vとし、周期的に振幅させて基材に印加させた。
硬質皮膜層1の成膜の定常期も、バイアス電圧をパルス化させて印加した。成膜時の負のバイアス電圧を30〜200Vに制御することにより、Is/Ir値を0.3以上に制御でき、バイアス電圧が200V以下の範囲で低いほど、Is/Ir値は大きくなり、30Vよりも低い電圧では、残留圧縮応力は低減され密着性は高まるが、皮膜硬度は低下し耐摩耗性が劣化する。
【0045】
(4)硬質皮膜層1のパルス周波数
硬質皮膜層2の成膜終了時から、硬質皮膜層1の成膜開始時への移行期は、短時間のうちに、ユニポーラー方式からバイポーラー方式へと切り替え操作を行った。
本発明例1における硬質皮膜層1の成膜では、パルス周波数を25kHzに設定した。これにより、0.3≦It/Ir<1、となり、残留圧縮応力値を0.5〜2GPaの最適な範囲に制御できる。
パルス周波数5〜30kHzのときに、硬質皮膜層1の(220)面と(111)面のピーク強度比が0.30≦It/Ir<1.0、となりパルス周波数が5kHzより低くなるとIt/Irは1.0を超える。パルス周波数が30kHzを超えると、成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーが低減できず、It/Irは0.3未満となり、その結果、残留圧縮応力が2.0GPaを超えてしまう。
【0046】
(5) 硬質皮膜層1のアーク電流
硬質皮膜層2の成膜終了時から、硬質皮膜層1の成膜開始時への移行期は、両層界面における格子定数の比を規定の数値範囲内に制御し、また連続した柱状結晶を成長させるために、緻密な制御が必要となるが、特に成膜速度の制御が重要である。そこで、硬質皮膜層2の成膜終了するために、アークカソード2のシャッター操作により閉状態とする30秒前からアークカソード1も稼働させ、シャッターは閉状態を維持したままで150Aの電流を流し始めた。アークカソード2のシャッター操作により閉状態とするのと同時に、アークカソード1はシャッター操作により開状態とした。これら一連の操作は、5秒以内に完了させることが好ましい。その後、アークカソード2の電流を止めるとよい。
ここで、アークカソード1、2の電流値を150Aとした理由は、1(μm/時間)程度の最適な成膜速度を得ることによって、両層の皮膜の柱状結晶を成長させることが重要だからである。このとき、硬質皮膜層2と硬質皮膜層1との界面では、硬質皮膜層2の(200)面の配向から硬質皮膜層の(111)面の配向への連続した柱状結晶の成長が可能となる。また、残留圧縮応力値も最適化され、その範囲は0.5〜2GPaとなる。しかし、120A以下では、成膜速度が遅いため、成膜時間が長くなり、非効率となる。一方、180A以上では、成膜速度が速くなると伴に、アークスポットにより局所的に高いエネルギーがターゲット表面に供給されるため、硬質皮膜層2と硬質皮膜層1との界面において、巨大粒子(ドロップレット)の存在比率が高まってしまう。その影響により、(200)面の配向から(111)面への配向へ連続した柱状結晶の成長が困難となる。
硬質皮膜層1の成膜の定常期は、バイポーラー方式のパルスバイアス電圧を印加しながらアークカソード1に150Aの電流を流してT1値が1.6μmとなるまで成膜した。
上記の被覆プロセスによって、本発明例1を作製した。
【0047】
また、本発明例2から10、比較例11から20では、各アークカソード1、2のターゲット組成、各バイアス電圧値、各バイアス電圧印加方式の設定以外の条件は、本発明例1の被覆プロセスに準拠した。成膜条件を表1に示す。
【0048】
【表1】

















【0049】
表1(続き)

















【0050】
表1(続き)

















【0051】
表1(続き)

















【0052】
得られた硬質皮膜の硬質皮膜層1および硬質皮膜層2の組成、X線回折ピーク強度比、(200)面、(111)面での格子定数、皮膜硬度、及び残留圧縮応力値を測定した。以下に測定方法を述べる。
硬質皮膜の組成測定は、各試料の切削用テストピースの膜断面を平面に研削・研磨し、その研磨部をEPMA(例えば日本電子(株)製JXA−8500R型)を用いて、加速電圧10kV、試料電流1μAで分析した。膜厚は、各試料の切削用テストピースを垂直方向に破断して、電解放射走査型電子顕微鏡(例えば日立製作所製S−4200型)で観察し、測定した。硬質皮膜のX線回折ピーク強度比、(200)面、(111)面の格子定数の測定は、X線回折装置(理学電気(株)製RU−200BH型)を用いて、薄膜測定法では角度を1度に固定した薄膜設定(θ=5度を標準とし、必要に応じてθ=1度でも測定を行った)により2θを30〜70度の範囲で測定した。X線源にはλが0.1541nmのCuKα線を用い、バックグランドノイズは装置に内蔵されたソフトにより除去した。
本発明例1から36の硬質皮膜層1における(111)面から算出した格子定数の測定結果において、a1値は、0.410≦a1≦0.413であり、硬質皮膜層2における(111)面から算出した格子定数の測定結果において、a2値は、0.413≦a2≦0.416の範囲内であった。硬質皮膜の残留圧縮応力の測定は、曲率測定法により行い、残留応力測定用のテストピースを用いた。これは、縦10mm、横25mm、厚さ1mmの微粒超硬合金製の基材上下面を鏡面研磨することにより作製し、鏡面部の反り量(δ)を測定した。このテストピースの片面にのみ硬質皮膜が被覆されるように、成膜装置に装着し成膜した。成膜後、同様に反り量(δ)を測定し、テストピース厚さ(D)、破断面膜厚(d)を測定した。これらの数値から、(数1)によって残留応力値を算出した。(数1)において、Es値は基板のヤング率として518GPa、νs値は基板のポアッソン比として0.238、l値は最大たわみ量までの基板長さを12.5mmとした。測定結果を表2に示す。
【0053】
【数1】




【0054】
本発明例1〜36は、走査型電子顕微鏡(以下、SEMと記す。)による倍率50k倍の硬質皮膜の断面観察の結果、硬質皮膜層1と硬質皮膜層2とを横断する柱状結晶粒が存在していることを確認した。この柱状結晶粒は、膜厚方向が長手方向となる形状をしていた。例えば、図2に本発明例1の被膜の破断面写真を示し、また、図3には、図2のA部の拡大写真を示した。図3では、硬質皮膜層1と2との界面を横断する2つの柱状結晶粒の輪郭を点線で示した。また、観察により、柱状結晶粒内に硬質皮膜層1と2との界面が存在していることを確認した。
【0055】
【表2】

















【0056】
表2(続き)

















【0057】
表2(続き)

















【0058】
表2(続き)

















【0059】
次に、得られた硬質皮膜被覆インサートの切削性能を、下記の試験条件を用い評価した。工具寿命の評価方法は、切削加工時に欠損が発生しやすい断続環境において、インサート逃げ面における最大摩耗幅が0.3mmに達するまでの加工時間とした。切削評価において発生する損傷も確認した。注目すべき損傷を摩耗量(幅)、硬質皮膜剥離、硬質皮膜破壊、チッピングとした。
(試験条件)
切削方法: 断続加工
被削材: SKD11、50mm×250mmの板材を2本(加工方向に対し平行に並べた)
切削速度: 200m/min
一刃送り量:0.35mm/刃
切り込み量:1.0mm
切削油:なし、乾式切削
【0060】
本発明例1および比較例37、38では残留圧縮応力が切削性能に及ぼす影響を調査した。比較例37では、残留圧縮応力が4.2GPaであり、比較例38では、残留圧縮応力が3.4GPaであった。これらは、いずれも加工初期(5分)で刃先稜線部でのチッピングが確認され、工具寿命も短かった。一方、本発明例1では残留圧縮応力は1.7GPaに低減された。そのため、切削加工時に適度な残留圧縮応力が付与され、皮膜の亀裂伝播やチッピングが抑制されたため、工具寿命は長くなった。さらに、切削途中(10分)の刃先表面をEPMAにより元素マッピングした結果、例えば従来例73のような(TiAl)N膜が硬質皮膜層表面に存在する場合と比較して、Fe元素の検出量が少なかった。すなわち、硬質皮膜層1の組成から、被削材の溶着が抑制され、硬質皮膜層の溶着に伴うチッピングを防いだものと思われる。
【0061】
本発明例2、3および比較例39、40では硬質皮膜層1の組成比が切削性能に及ぼす影響を確認した。比較例39では、相対的にAl含有量が多く、部分的にhcp構造のAlNの存在が確認された。hcp構造のAlNは、皮膜硬度が低く、切削加工時の逃げ面摩耗が大幅に進行し、短寿命であった。また、比較例40では相対的にCr含有量が多く、残留圧縮応力が高くなったため硬質皮膜層2との密着性が劣化した。したがって、切削加工時の逃げ面摩耗が進行し、工具寿命は短くなった。
一方、本発明例2ではhcp構造のAlNは確認されず、硬質皮膜層1として充分な高硬度を維持した。また本発明例3では、残留圧縮応力が適切な範囲に制御されていた。したがって、これらの工具寿命は比較例より長くなった。
【0062】
本発明例4、5および比較例41、42では硬質皮膜層1の成膜に対するガス(窒素)圧力の検討を行った。比較例41ではガス圧力を7Paに設定した。このとき、x値が0.59であったため、硬質皮膜層1が軟化してしまい、耐摩耗性が低下した。また、比較例42ではガス圧力を1Paに設定した。このとき、x値が0.42であり、硬質皮膜層1は高硬度化したものの残留圧縮応力が増大しすぎたために、切削初期からのチッピングが多く、短寿命であった。
一方、本発明例4ではガス圧力を3.5Paに設定した。また、本発明例5ではガス圧力を1.5GPaに設定した。いずれの場合も硬質皮膜層1の残留圧縮応力が適切に制御され、工具寿命は長くなった。
【0063】
本発明例6、7および比較例43では、硬質皮膜層1の膜厚と切削性能の関係を調査した。比較例43は、硬質皮膜層1が5.9μm、硬質皮膜層2が5.6μmであり、残留圧縮応力が2.7GPaであった。構成元素の観点から、硬質皮膜層2と比較して硬質皮膜層1の残留圧縮応力が高くなった。したがって、切削初期からのチッピングが目立ち、工具寿命は短かった。
本発明例6では硬質皮膜層1の膜厚が本発明例1と比較して厚かったが、残留圧縮応力は1.9GPaに低減され、亀裂伝播抑制の効果から、工具寿命も長くなった。一方、本発明例7は硬質皮膜層1の膜厚は0.3μmであり、本発明例1と比較して薄かったが、硬質皮膜層1としての潤滑性は充分に機能した。
したがって、硬質皮膜層1の潤滑性や耐欠損性と、後述する硬質皮膜層2の耐摩耗性を両立するためには、残留圧縮応力のバランスが重要であり、本発明では相対的に残留圧縮応力が高い硬質皮膜層1の膜厚を、硬質皮膜層2よりも薄く設定する、すなわちT1<T2であることが必要であることが分かった。
【0064】
本発明例8、9および比較例44、45では、硬質皮膜層1で印加したバイアス電圧の大きさが切削性能に及ぼす影響を調査した。比較例44では、バイアス電圧が高すぎたために、バイポーラー方式でバイアス電圧をパルス化したものの、残留圧縮応力を2GPa以下に低減することができず、切削加工時のチッピングが多くなり、工具寿命は短かった。また、比較例45では、バイアス電圧が低く、残留圧縮応力が低減され密着性が高まったものの、皮膜硬度が低下し、耐摩耗性が劣化した。そのため、工具寿命は短かった。
一方、本発明例8、9では残留圧縮応力が適切な範囲に制御され、工具寿命は長くなった。とくに、本発明例8では成膜条件の点で、格子定数比a1/a2が0.999で本発明例の中でも最も近接し、硬質皮膜層1、2の界面における密着性が高まっていたと考えられ、工具寿命も長かった。
【0065】
本発明例10、11および比較例46、47では、硬質皮膜層1にバイアス電圧を印加した際のパルス波印加方式およびパルス部分での電圧設定値が切削性能に及ぼす影響を調査した。比較例46では、残留圧縮応力が0.8GPaに低減されたものの、バイポーラー方式で正の電圧(+40V)にパルス化したことにより、硬質皮膜層1の結晶性が失われ、皮膜硬度の低下につながった。また、比較例47ではユニポーラー方式で負の電圧(−50V)にパルス化したことにより、残留圧縮応力が低減されず、切削加工時のチッピングが発生し、短寿命であった。
一方、本発明例10、11では残留圧縮応力が適切な範囲に制御され、硬質皮膜層1がもつ、優れた耐欠損性が発揮され、長寿命化した。
【0066】
本発明例12、13および比較例48、49ではバイアス電圧をパルス化した際の周波数の影響を調査した。比較例48では、パルス波の周波数を50kHzと高く設定したため、成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーが極度に減じてしまい、硬質皮膜の軟質化につながった。また、比較例49ではパルス波の周波数を5kHzと低く設定したため、成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーを低減することができず、残留圧縮応力が増大し、硬質皮膜層1、2界面での密着性が劣化し、工具寿命は短かった。
一方、本発明例12、13では成膜物質が基材に到達する際の運動エネルギーが適切に制御され、残留圧縮応力が2GPa以下に低減されたため、硬質皮膜層1のチッピングが抑制され、工具寿命は長くなった。
また、本発明例12、13におけるIt/Ir値は、いずれも0.3≦It/Ir≦1.0を満たしたが、比較例48ではIt/Ir<0.3、比較例49ではIt/Ir>1であった。したがって、パルス波をバイアス電圧に印加する際には、It/Ir値の制御が重要であることが分かった。
【0067】
本発明例15〜19および比較例50〜54では、硬質皮膜層1に対する添加元素の影響を調査した。本発明例15〜19では、添加元素量がいずれも10原子%以下であり、硬質皮膜層1を構成する(AlCr)N結晶格子内に、添加元素が進入あるいは置換することで、適度な歪みが発生し、皮膜の高硬度化が促進され、耐摩耗性が高まり、工具寿命も長くなったと推察される。また、B、V、Si元素を硬質皮膜層に添加することで、切削加工時に切刃に生成する被削材の溶着成分が減少していることが確認され、耐溶着性の改善に効果的であった。さらに、NbやWの添加で硬質皮膜層の耐酸化性が改善され、工具寿命の改善に効果的であった。
しかしながら、比較例50〜54のように添加元素量が10原子%を超えると、工具寿命は低下した。これは、(AlCr)Nもしくは(TiAl)N皮膜結晶構造内に、添加元素が進入型あるいは置換型で取り込まれるが、添加元素量が多いために(AlCr)Nもしくは(TiAl)N皮膜の結晶構造が崩れ、皮膜の低硬度化につながるためと思われる。また、比較例50のようにSi元素が多い場合には、皮膜組織がアモルファス化しやすくなり、同時に皮膜が軟質化した。
【0068】
本発明例20、21および比較例55、56では硬質皮膜層2の組成比が切削性能に及ぼす影響を確認した。比較例55では、相対的にAl含有量が多く、部分的にhcp構造のAlNの存在が確認された。hcp構造のAlNは、皮膜硬度が低く、切削加工時の逃げ面摩耗が大幅に進行し、短寿命であった。また、比較例56では相対的にTi含有量が多く、残留圧縮応力が低減されたものの、基材から硬質皮膜層1の膜厚方向へ柱状晶が成長したが、柱状晶の粒界強度が弱く、チッピングが多く確認され、工具寿命は短くなった。
一方、本発明例20ではhcp構造のAlNは確認されず、硬質皮膜層1として充分な高硬度を維持した。また本発明例21では、残留圧縮応力が適切な範囲に制御され、基材との密着性が高まったため、工具寿命は長くなった。
【0069】
本発明例22、23および比較例57、58では硬質皮膜層2の成膜に対するガス(窒素)圧力の検討を行った。これらは硬質皮膜層1の場合と同様の傾向であった。
【0070】
本発明例24、25および比較例59、60では、硬質皮膜層2の膜厚と切削性能の関係を調査した。比較例59では硬質皮膜層2を12.2μmと厚くした。このとき、硬質皮膜層2の残留圧縮応力が(TiAl)N組成では比較的低くなるものの、厚膜化しすぎると無効化されてしまうことが示された。また、比較例60では硬質皮膜層2を1.3μmとし薄くした。これは、硬質皮膜層1の1.6μmより薄かった。この場合、残留圧縮応力が低減され、基材との密着性は高まったものの、逃げ面摩耗が急速に進行し短寿命であった。
一方、本発明例24では硬質皮膜層2の膜厚が10.1μmであった。このとき、残留圧縮応力は2GPa以下には低減されたものの、本発明例1と比較して大幅な耐摩耗性の改善には至らなかった。これは、硬質皮膜層2の膜厚が厚いほど、残留圧縮応力が増大し、基材との密着性を阻害したと考えられる。工業上の生産性を考慮すると、切削工具としての用途に適した硬質皮膜層の膜厚範囲に制御することが肝要である。また、本発明例25の硬質皮膜層2の膜厚は3.5μmであり、これは本発明例1の硬質皮膜層2の膜厚5.8μmよりも薄かった。このとき、残留圧縮応力は1.2GPaに低減され、基材との密着性が改善されたものの、本発明例1と比較して耐摩耗性が低下した。したがって、残留圧縮応力を適切な範囲に制御したうえで厚膜化を行うことで、工具寿命の改善につながることが示唆された。
【0071】
本発明例26、27および比較例61、62では、硬質皮膜層2で印加したバイアス電圧の大きさが切削性能に及ぼす影響を調査した。これらは硬質皮膜層1の場合と同様の傾向であった。
【0072】
本発明例28、29および比較例63、64では、硬質皮膜層2にバイアス電圧を印加した際のパルス波印加方式およびパルス部分での電圧設定値が切削性能に及ぼす影響を調査した。これらは硬質皮膜層1の場合と同様の傾向であった。
【0073】
本発明例30、31および比較例65、66ではバイアス電圧をパルス化した際の周波数の影響を調査した。これらは硬質皮膜層1の場合と同様の傾向であった。
【0074】
本発明例32〜36および比較例67〜71では、硬質皮膜層1に対する添加元素の影響を調査した。これらは硬質皮膜層1の場合と同様であった。
【0075】
従来例72、73は何れも直流バイアス電圧条件下にて成膜を行い、膜厚が3μm程度であったため、工具寿命は短かった。膜厚は工具寿命に大きな影響を及ぼすが、硬質皮膜の物性を適正な範囲に制御できなければ、産業上の優位点は得られないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の硬質皮膜被覆切削工具は、例えば、金属部品や金型等の加工などの用途に好適であり、特に高送り切削加工や高送りの高速切削加工等の非常に厳しい耐摩耗性や耐欠損性が要求される用途に使用することができる。
【符号の説明】
【0077】
1 硬質皮膜層1
2 硬質皮膜層2
3 基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金を基材とする切削工具に硬質皮膜を被覆した硬質皮膜被覆切削工具において、該硬質皮膜は物理的蒸着によって成膜された2層構造を有し、該2層構造は表面側に被覆された硬質皮膜層1、及び基材側に被覆された硬質皮膜層2を有して構成され、該硬質皮膜層1の組成は(AlCr1−a1−x(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、0.5≦a≦0.75、及び0.45≦x≦0.55である。)で表され、該硬質皮膜層1のX線回折における(111)面の半価幅をW(度)としたとき、0.7≦W≦1.1であり、(111)面のピーク強度Ir、(200)面のピーク強度Is、及び(220)面のピーク強度Itとしたとき、0.3≦Is/Ir<1、及び0.3≦It/Ir<1であり、該硬質皮膜層2の組成は、(TiAl1−b1−y(但し、夫々の元素の含有量は原子比であり、0.4≦b≦0.6、及び0.45≦y≦0.55である。)で表され、該硬質皮膜層2のX線回折における(200)面の半価幅をW(度)としたとき、0.4≦W≦0.6であり、(111)面のピーク強度Iu、(200)面のピーク強度Iv、及び(220)面のピーク強度Iwとしたとき、5≦Iv/Iu≦15、及び2≦Iw/Iu≦4であり、X線回折における該硬質皮膜層1の(111)面の格子定数をa1(nm)及び該硬質皮膜層2の(111)面の格子定数をa2(nm)としたとき、0.990≦a1/a2≦0.999であり、該硬質皮膜層1の膜厚をT1(μm)、および該硬質皮膜層2の膜厚をT2(μm)としたとき、5≦T1+T2≦12、T1<T2、であることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項2】
請求項1に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、該硬質皮膜は膜厚方向が長手方向となる柱状結晶粒を有し、該硬質皮膜層2と該硬質皮膜層1との界面において、該硬質皮膜層2と該硬質皮膜層1とを横断する柱状結晶粒を有していることを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項3】
請求項1に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、該硬質皮膜層1のAl及びCrのうちの少なくとも1種の元素について、夫々10原子%以下の範囲でSi、B、V、Nb、及びWのうちから選択される少なくとも1種の元素で置換したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項4】
請求項1に記載の硬質皮膜被覆切削工具において、該硬質皮膜層2のTi及びAlのうちの少なくとも1種の元素について、夫々10原子%以下の範囲でSi、B、V、Nb、及びWのうちから選択される少なくとも1種の元素で置換したことを特徴とする硬質皮膜被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−167838(P2011−167838A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7432(P2011−7432)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】