説明

磁気検出素子

【課題】 特に、固定磁性層を構成する複数の薄膜層の磁歪を全体的に増強でき、前記固定磁性層を強固に固定できる磁気検出素子を提供することを目的としている。
【解決手段】 固定磁性層23を構成する複数の薄膜層のうち、GMR効果に直接寄与しない第1薄膜層23aに第1磁歪増強層22を接合させ、前記第1薄膜層23aの磁歪定数を外部から増強させるとともに、前記第2薄膜層23cの内部に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入することで前記第2薄膜層23cの磁歪定数を内部から増強させ、これによってGMR効果を良好に維持しながら前記固定磁性層23全体の磁歪定数を大きくでき、また保磁力をも増強でき、前記固定磁性層23を適切に磁化固定できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化を強固に固定できる磁気検出素子に関する。
【背景技術】
【0002】
フリー磁性層、非磁性材料層、及び固定磁性層が積層された多層体を有して成る磁気検出素子には、前記多層体に対する電流方向の違いにより、CIP(current in the plane)型と、CPP(current perpendicular to the plane)型の2種類が存在する。
【0003】
CIP型磁気検出素子では、前記多層体に対して膜面と平行な方向に電流が流され、一方、CPP型磁気検出素子では、前記多層体の各層の膜面に対し垂直方向に電流がながされる。
【0004】
CPP型磁気検出素子は、CIP型磁気検出素子に比べて素子サイズの狭小化によって再生出力を大きく出来るといった利点があると考えられ、現在、主流のCIP型磁気検出素子に代わってCPP型磁気検出素子が今後の更なる高記録密度化に対応できる構造と期待されている。
【0005】
下記特許文献1は、CPP型磁気検出素子に関する発明であり、特にこの文献には、フリー磁性層あるいは固定磁性層を、複数の薄膜11と非磁性層2とを交互に積層した構造にすることで、伝導電子のスピン依存性散乱を高めることができ感度を向上させることができるとしている。
【0006】
また下記の特許文献2は、固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化を固定する方式を示す公知文献である。
【特許文献1】特開2002−150512号公報
【特許文献2】特開平8−7235号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、従来の磁気検出素子では膜厚の非常に厚い反強磁性層の存在のために例えばGMR効果が低下するといった問題があった。GMR効果の低下の問題に関しCPP型磁気検出素子を用いて以下に説明する。
【0008】
図13は従来のCPP型磁気検出素子の構造を模式化したもので、具体的には、フリー磁性層1の上下に非磁性材料層2,2を介して固定磁性層3,3、及び反強磁性層4,4が設けられた多層体を有し、その多層体の上下に電極5,6が設けられている。
【0009】
図13に示す構造では、前記固定磁性層3,3は2層の磁性層3a、3cの間に非磁性中間層3bが介在した3層の積層構造である。前記磁性層3a,3cの磁化は互いに反平行であり、このような積層構造を人工フェリ構造と呼んでいる。
【0010】
例えば、フリー磁性層1はNiFe系合金で、非磁性材料層2はCuで、固定磁性層3を構成する磁性層3a,3cはCoFe系合金で、非磁性中間層3bはRuで、反強磁性層4はPtMn合金で形成される。
【0011】
図13の構造では、反強磁性層4,4の比抵抗が高く、具体的には200μΩ・cm程度(あるいはそれ以上)の比抵抗を持つため、電極5,6間に電流を流したときに、前記反強磁性層4,4が発熱源となり、ジュール熱を生じる。そのジュール熱の発生に伴い、隣接する固定磁性層3、非磁性材料層2、フリー磁性層1における伝導電子の格子振動によるフォノン散乱やエレクトロマイグレーションが激しくなる。
【0012】
ところでCPP型磁気検出素子の単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)は、スピン依存バルク散乱効果と密接な関係があると考えられている。抵抗変化(ΔR)に寄与する層は、図13の構造では、フリー磁性層1と固定磁性層3のうち非磁性材料層2と接する磁性層3cであるから、特に磁性層3cのスピン依存バルク散乱係数(β値)を正の値にして、アップスピンの伝導電子を前記磁性層3c内で流れやすくし、一方、ダウンスピンの伝導電子を前記磁性層3c内で散乱されやくし、前記アップスピンの伝導電子のスピン拡散長と、ダウンスピンの伝導電子のスピン拡散長との差を大きくすることにより、前記単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)の増大を図ることが必要である。
【0013】
しかし、上記した伝導電子の格子振動によるフォノン散乱は、伝導電子のスピンに依存しない散乱を生じさせることになり、その結果、CPP型磁気検出素子において前記単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に代表されるGMR効果を適切に向上させることが出来ないことがわかった。
【0014】
また、図13に示す構造では、膜厚の厚い反強磁性層4,4の存在により電極5,6間のギャップ長が広くなり、記録媒体との高記録密度化に適切に対応できない構造となっていた。
【0015】
このような問題点は、反強磁性層を基本膜構成としている上記特許文献1においても同様に起こる問題である。
【0016】
このためGMR効果の向上を適切に図るには、前記反強磁性層4,4を多層体の層構造から無くせばよいが、かかる場合、前記反強磁性層4が無くても前記固定磁性層の磁化を適切に固定できる構造が必要になる。
【0017】
そこで上記した特許文献2を参照すると、この公知文献には、反強磁性層を無くし、固定磁性層の磁化を固定磁性層自体の一軸異方性で固定する方式について開示されている。
【0018】
しかし特許文献2では、タンタルからなるバッファ層62を下地として、その上にピン止め強磁性層70(固定磁性層)を積層しているが、タンタルはアモルファスになりやすいため比抵抗が高い。このため特許文献2の構造をCPP型磁気検出素子とした場合に、前記バッファ層62が、従来の反強磁性層と同様の発熱源になり伝導電子のスピンに依存しない散乱が生じることによりGMR効果を適切に向上させることができないと予測されること、及び、この特許文献2では、そもそも、タンタルからなるバッファ層62を用いると、どのような原理によって前記ピン止め強磁性層70の磁化を強固に固定できるのか、明確な開示がない。
【0019】
また、特許文献2では、バッファ層62から距離的に離れた強磁性フィルム74を「自動ピン止め」する工夫はなされておらず、特許文献2の構成では、強磁性フィルム72と74とが互いに反平行の磁化を保ちながら外部磁界に対し変動しやすい構成となっている。
【0020】
また特許文献2において、前記強磁性フィルム74の固定磁化を強めるために、前記強磁性フィルム74と銅スペーサ層63との間の界面構造を、現行から変更することは、GMR効果の低下を余儀なくされるため、出来る限り避けたい。
【0021】
そこで本発明は上記従来の課題を解決するためのものであり、特に、固定磁性層を構成する複数の薄膜層の磁歪を全体的に増強でき、前記固定磁性層を強固に固定できる磁気検出素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、
固定磁性層と、非磁性材料層と、フリー磁性層とが積層されている多層体を有して成る磁気検出素子において、
前記固定磁性層は、複数の磁性を有する薄膜層が非磁性中間層を介して積層されたものであり、
前記複数の薄膜層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成されている第1薄膜層の、前記非磁性材料層側と反対側の面には、非磁性金属製の第1磁歪増強層が前記第1薄膜層に接して設けられ、
少なくとも、前記複数の薄膜層のうち1つの薄膜層は、複数の磁性層と、前記磁性層間に介在する非磁性金属製の第2磁歪増強層との積層構造で構成され、
前記複数の磁性層は全て同じ方向で且つ、前記非磁性中間層を介して隣接する薄膜層と反平行に磁化されており、
前記第1磁歪増強層内と前記第1薄膜層内との少なくとも一部の結晶、及び第2磁歪増強層内と前記磁性層内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態であり、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されていることを特徴とするものである。
【0023】
上記発明は、CIP(current in the plane)型、CPP(current perpendicular to the plane)型のどちらの磁気検出素子にも適用可能である。
【0024】
本発明は、固定磁性層自体の一軸異方性によって固定磁性層の磁化が固定される、いわゆる自己固定式の磁気検出素子である。
【0025】
強磁性体膜の磁気異方性磁界を決める要素には、結晶磁気異方性、誘導磁気異方性、及び磁気弾性効果がある。本発明では、このうち固定磁性層の磁化を固定する一軸異方性を決める磁気弾性効果に着目してなされたものである。
【0026】
磁気弾性効果は、磁気弾性エネルギーに支配される。磁気弾性エネルギーは、固定磁性層にかかる応力と固定磁性層の磁歪定数λsによって規定される。
【0027】
本発明では、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されているので、応力の対称性がくずれて、前記固定磁性層には、素子高さ方向(ハイト方向;前記対向面に対する法線方向)に引張り応力が働く。本発明では、固定磁性層の磁歪定数λsを大きくすることによって磁気弾性エネルギーを大きくし、これによって、固定磁性層の一軸異方性を大きくするものである。固定磁性層の一軸異方性が大きくなると、固定磁性層の磁化は一定の方向に強固に固定され、磁気検出素子の出力が大きくなりかつ出力の安定性や対称性も向上する。
【0028】
本発明では、前記固定磁性層は、複数の磁性層を有する薄膜層が非磁性中間層を介して積層された人工フェリ構造である。ここで「薄膜層」は、磁性層の単体構造であってもよいし、複数の磁性層が直接、あるいは間接的に積層された構造であってもよい。
【0029】
前記複数の薄膜層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成された第1薄膜層の、前記非磁性材料層側と反対側の面に、非磁性金属製の第1磁歪増強層を前記第1薄膜層に接して設ける。前記第1薄膜層と前記第1磁歪増強層とは、エピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態で接合され、これによって、前記第1薄膜層の結晶構造に歪みを生じさせて前記第1薄膜層の磁歪定数λsを大きくさせている。これにより前記第1薄膜層の磁歪定数λsを大きく出来る。
【0030】
本発明では、前記複数の薄膜層のうち1つの薄膜層は、複数の磁性層と、前記磁性層間に介在する非磁性金属製の第2磁歪増強層との積層構造で構成されている。
【0031】
前記磁性層と前記第2磁歪増強層とは、エピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態で接合され、これによって、各磁性層の結晶構造に歪みを生じさせて前記薄膜層全体の磁歪定数λsを大きくさせている。
【0032】
このように本発明では、第1磁歪増強層を用いて外側から第1薄膜層の磁歪定数を大きくするとともに、前記固定磁性層を構成する少なくとも一つの薄膜層の内部に、第2磁歪増強層を設けることで、前記薄膜層の内部から磁歪定数を大きくすることができ、前記固定磁性層全体の磁歪定数を適切に増強することが可能になる。特に本発明では、前記第2磁歪増強層を、前記薄膜層の内部に挿入しているため、前記非磁性材料層と固定磁性層との界面構造は従来のままであり、GMR効果の低下を抑制しながら、適切に前記固定磁性層を強固に磁化固定することが可能になる。
【0033】
また上記のように前記薄膜層内に第2磁歪増強層を挿入することで、界面異方性や界面での相互拡散の効果によって前記薄膜層の保磁力をも大きく出来る。
【0034】
この結果、より効果的に前記固定磁性層の磁化をハイト方向に固定でき、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、メカニカルストレス等による固定磁性層の反転を起きにくくすることも出来るとともに、応力変化があっても、安定した固定磁性層の磁化状態を保持でき、信頼性の高い磁気検出素子を提供できる。
【0035】
また本発明では、前記複数の薄膜層のうち前記非磁性材料層に最も近い位置に形成されている第2薄膜層が、前記複数の磁性層と、前記磁性層間に介在する第2磁歪増強層との積層構造で形成されていることが好ましい。
【0036】
前記複数の薄膜層のうち前記第2薄膜層は、前記第1磁歪増強層から最も離れた位置にある。このため前記第2薄膜層に対する前記第1磁歪増強層の磁歪増強効果は非常に弱く、前記第2薄膜層自体を適切に磁化固定するためには、前記第2薄膜層の内部に第2磁歪増強層を挿入することが好ましい。
【0037】
またCPP型の磁気検出素子において、第2薄膜層を複数の磁性層に分断し各磁性層間に第2磁歪増強層を挿入した構成とすることで、アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子とのスピン拡散長の差を大きくでき、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)をより効果的に向上させることが出来る。
【0038】
本発明では、前記多層体の各層の膜面と垂直方向に電流が流されることが好ましい。すなわち本発明における磁気検出素子はCPP型であることが好ましい。
【0039】
CIP型に比べてCPP型の方が、薄膜層を複数の磁性層に分断し各磁性層間に第2磁歪増強層を挿入しても、GMR特性の劣化を小さく出来る。
【0040】
また、前記第2磁歪増強層と前記磁性層との界面のスピン依存界面散乱係数(γ値)は正の値であることが、GMR効果の低下を抑制できて好ましい。
【0041】
かかる場合、前記第2磁歪増強層は、Pt,Pd,Ag,Ir,あるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択されることが好ましい。
【0042】
またCPP型磁気検出素子において、第2薄膜層を構成する磁性層は、正のスピン依存バルク散乱係数(β値)を有する磁性材料で形成されることが好ましい。
【0043】
具体的には、前記磁性層は、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成されるか、あるいはCo,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)からなる磁性材料で形成されることが好ましい。
【0044】
また本発明では、前記第2磁歪増強層は、1Å〜5Åの範囲内の膜厚で形成されることが好ましい。前記第2磁歪増強層は、非常に薄い膜厚で形成される必要がある。それは前記薄膜層を構成する磁性層間を強磁性結合して全ての磁性層を同じ方向に磁化固定するためである。
【0045】
なお本発明では、前記第1磁歪増強層は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されることが好ましい。
【0046】
また本発明では、前記第1磁歪増強層は、前記第1薄膜層側の界面付近あるいは全領域において、及び前記第2磁歪増強層は、前記磁性層との界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0047】
また本発明では、前記第1薄膜層は、前記第1磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層は、前記第2磁歪増強層との界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0048】
上記のように、本発明における前記第1磁歪増強層及び第2磁歪増強層は、fcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している形態を一形態として提供することが出来る。
【0049】
従って、前記第1薄膜層及び/または磁性層が、fcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであると、前記第1薄膜層及び/または磁性層を構成する原子と前記磁歪増強層を構成する原子が互いに重なりあいやすくなる。
【0050】
また本発明では、前記第1薄膜層は、前記第1磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層は、前記第2磁歪増強層との界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向している構成であってもよい。
【0051】
前記第1薄膜層及び/または磁性層が、bcc構造をとり前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであっても、前記第1薄膜層及び/または磁性層を構成する原子と前記磁歪増強層を構成する原子が互いに重なりあいやすくなる。
【発明の効果】
【0052】
本発明では、固定磁性層を構成する第1薄膜層を第1磁歪増強層と接して設けることで、前記第1薄膜層の磁歪定数を増強するのみならず、固定磁性層を構成する薄膜層のうち、少なくとも一つの薄膜層の内部に第2磁歪増強層を挿入することで前記薄膜層の磁歪定数を内部から増強でき、これによって前記固定磁性層の磁歪定数を全体的に大きく出来る構造となっている。
【0053】
また上記のように前記薄膜層内に第2磁歪増強層を挿入することで、界面異方性や界面での相互拡散の効果によって前記薄膜層の保磁力をも大きく出来る。
【0054】
この結果、より効果的に前記固定磁性層の磁化をハイト方向に固定でき、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、メカニカルストレス等による固定磁性層の反転を起きにくくすることも出来るとともに、応力変化があっても、安定した固定磁性層の磁化状態を保持でき、信頼性の高い磁気検出素子を提供できる。
【0055】
特に本発明では、CPP型磁気検出素子で、且つ固定磁性層を構成する複数の薄膜層のうち非磁性材料層に最も近い第2薄膜層の内部に第2磁歪増強層を挿入することが、前記固定磁性層全体の磁化固定力を適切に強めることができ、しかも良好なGMR特性を維持することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0056】
図1は、本発明の第1の実施の形態の磁気検出素子を記録媒体との対向面側から見た断面図、図4は図1に示す磁気検出素子の部分模式図である。
【0057】
図1、図4に示される磁気検出素子では、磁性材料製の下部シールド層20上に多層体T1が形成されている。
【0058】
図1、図4に示す実施形態では、多層体T1は、下からシードレイヤ21、第1磁歪増強層22、固定磁性層23、非磁性材料層24、フリー磁性層25及び保護層26の順に積層されたものである。
【0059】
前記シードレイヤ21は、NiFe合金、NiFeCr合金あるいはCr、Taなどで形成されている。シードレイヤ21は、例えば(Ni0.8Fe0.260at%Cr40at%の膜厚35Å〜60Åで形成される。
【0060】
シードレイヤ21があると、非磁性金属製の磁歪増強層22の{111}配向が良好になる。
第1磁歪増強層22については、後述する。
【0061】
固定磁性層23は、第1薄膜層23aと第2薄膜層23cがRu等の非磁性中間層23bを介して積層された人工フェリ構造を有している。さらに前記第2薄膜層23cは、3つの磁性層23c1,23c3,23c5と、各磁性層間に介在する第2磁歪増強層23c2,23c4との5層構造で形成される。前記固定磁性層23は、固定磁性層23自体の一軸異方性によって磁化が、ハイト方向(図示Y方向)に固定される。
【0062】
非磁性材料層24は、固定磁性層23とフリー磁性層25との磁気的な結合を防止する層であり、Cu,Cr,Au,Agなど導電性を有する非磁性材料により形成されることが好ましい。特にCuによって形成されることが好ましい。非磁性材料層の膜厚は17Å〜50Åである。
【0063】
フリー磁性層25は、NiFe合金やCoFe合金等の磁性材料で形成される。図1に示す実施形態では特にフリー磁性層25がNiFe合金で形成されるとき、フリー磁性層25と非磁性材料層24との間にCoやCoFeなどからなる拡散防止層(図示しない)が形成されていることが好ましい。フリー磁性層25の膜厚は20Å〜100Åである。また、フリー磁性層25は、複数の薄膜層が非磁性中間層を介して積層された人工フェリ構造であってもよい。
【0064】
保護層26はTaやRuなどからなり、多層体T1の酸化の進行を抑える。保護層26の膜厚は10Å〜50Åである。
【0065】
図1に示す実施形態では、シードレイヤ層21から保護層26までの多層体T1の両側には絶縁層27、ハードバイアス層28及び絶縁層29が積層されている。ハードバイアス層28からの縦バイアス磁界によってフリー磁性層25の磁化はトラック幅方向(図示X方向)に揃えられる。
【0066】
前記絶縁層27と前記ハードバイアス層28間にバイアス下地層(図示しない)が形成されていてもよい。前記バイアス下地層は例えばCr、W、W−Ti合金、Fe−Cr合金などで形成される。
【0067】
前記絶縁層27,29はAlやSiO等の絶縁材料で形成されたものであり、前記多層体T1内を各層の界面と垂直方向に流れる電流が、前記多層体T1のトラック幅方向の両側に分流するのを抑制すべく前記ハードバイアス層28の上下を絶縁するものである。
【0068】
なお前記ハードバイアス層28,28は例えばCo−Pt(コバルト−白金)合金やCo−Cr−Pt(コバルト−クロム−白金)合金などで形成される。
【0069】
絶縁層29及び保護層26上には、磁性材料からなる上部シールド層30が形成される。図1,図4に示す磁気検出素子の構造はCPP(current perpendicular to the plane)型であり、下部シールド層20及び上部シールド層30が電極として機能し、前記多層体T1を構成する各層の界面に対し垂直方向に電流を流す電流源となっている。
【0070】
フリー磁性層25の磁化は、ハードバイアス層28,28からの縦バイアス磁界によってトラック幅方向(図示X方向)に揃えられる。そして記録媒体からの信号磁界(外部磁界)に対し、フリー磁性層25の磁化が感度良く変動する。一方、固定磁性層23の磁化は、ハイト方向(図示Y方向)に固定されている。
【0071】
フリー磁性層25の磁化方向の変動と、固定磁性層23の固定磁化方向(特に第2薄膜層23cの固定磁化方向)との関係で電気抵抗が変化し、この電気抵抗値の変化に基づく電圧変化または電流変化により、記録媒体からの洩れ磁界が検出される。
【0072】
本実施の形態の特徴部分について述べる。
図1に示す第1の実施形態では、固定磁性層23の磁化を固定する一軸異方性を決める磁気弾性効果を主に利用している。
【0073】
磁気弾性効果は、磁気弾性エネルギーに支配される。磁気弾性エネルギーは、固定磁性層23にかかる応力σと固定磁性層23の磁歪定数λsによって規定される。
【0074】
図2は、図1に示された磁気検出素子を図示上側(図示Z方向と反対方向)からみた平面図である。磁気検出素子の多層体T1は一対の絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28及び絶縁層29,29の間に形成されている。なお、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28は、絶縁層29,29の下に設けられているので、図2には図示されていない。多層体T1と、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28及び絶縁層29,29の周囲は、斜線で示される絶縁層31によって埋められている。
【0075】
また、多層体T1、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28、及び絶縁層29,29の記録媒体との対向面側の端面Fは露出しているか、またはダイヤモンドライクカーボン(DLC)などからなる膜厚20Å〜50Å程度の薄い保護層で覆われているだけであり、開放端となっている。
【0076】
従って、もともと2次元的に等方的であった下部シールド層20及び上部シールド層30からの応力が端面Fで開放された結果、対称性がくずれて、多層体T1には、ハイト方向(図示Y方向)に平行な方向に、引っ張り応力が加えられている。また、絶縁層27,27、ハードバイアス層28,28、及び絶縁層29,29の積層膜が圧縮性の内部応力を有している場合には、絶縁層などが面内方向に延びようとするため、多層体T1には、トラック幅方向(図示X方向)に平行な方向及び反平行な方向に圧縮応力を加えられている。
【0077】
すなわち、記録媒体との対向面側の端面Fが開放されている固定磁性層23には、ハイト方向(図示Y方向)の引張り応力とトラック幅方向(図示X方向)の圧縮応力が加えられる。そして、第1薄膜層23a及び第2薄膜層23cは、磁歪定数λsが正の値である磁性層を有して形成されているので、磁気弾性効果によって、第1薄膜層23a及び第2薄膜層23cの磁化容易軸は磁気検出素子の奥側(ハイト方向;図示Y方向)に平行方向となり、第1薄膜層23a及び第2薄膜層23cの磁化方向がハイト方向と平行方向または反平行方向に固定される。第1薄膜層23aと第2薄膜層23c間には、RKKY相互作用が働き、第1薄膜層23aと第2薄膜層23cの磁化は互いに反平行状態で固定される。
【0078】
本発明の実施形態では、固定磁性層23の磁歪定数λsを大きくすることによって磁気弾性エネルギーを大きくし、これによって、固定磁性層23の一軸異方性を大きくするものである。固定磁性層23の一軸異方性が大きくなると、固定磁性層23の磁化は一定の方向に強固に固定され、磁気検出素子の出力が大きくなりかつ出力の安定性や対称性も向上する。
【0079】
以下、固定磁性層23の磁歪定数λsを大きくできる構造について説明すると、図1,図4に示される磁気検出素子の固定磁性層23を構成する第1薄膜層23aは、固定磁性層23を構成する磁性層のうちで最も前記非磁性材料層24から離れた位置に形成されており、前記第1薄膜層23aの前記非磁性材料層24側と反対側の面には非磁性金属製の第1磁歪増強層22が前記第1薄膜層23aに接して設けられている。これによって、第1薄膜層23aの結晶構造に歪みを生じさせて第1薄膜層23aの磁歪定数λsを大きくさせている。
【0080】
またRu等で形成された前記非磁性中間層23bの界面と平行な面内での最近接原子間距離は、第1薄膜層23aの界面と平行な面内での最近接原子間距離に比べて若干大きいため(後述するミスマッチ値が約8%)、第1磁歪増強層23aほどではないものの磁歪増強効果を発揮し、前記第1薄膜層23aは、その上下が第1磁歪増強層22と非磁性中間層23bとに挟まれたことにより、前記第1薄膜層23aの結晶構造を上下から歪ませることができ、前記第1薄膜層23aの磁歪定数λsを適切に大きくできる構造となっている。
【0081】
第2薄膜層23cは、その下面に非磁性中間層23bが接して形成されていることから、前記第2薄膜層23cの下面付近の結晶構造は、若干歪むが、前記非磁性中間層23bの磁歪増強効果は弱く、前記非磁性中間層23bのみで前記第2薄膜層23c全体の磁歪定数λsを適切に大きく出来ない。
【0082】
一方、前記第2薄膜層23cの上面に接して形成された非磁性材料層24は、Cu等で形成されるが、Cuで形成された非磁性材料層24は、前記第2薄膜層23cと格子定数がほぼ同じ程度であることから、前記第2薄膜層23cの結晶構造を歪ませることはできず、前記第2薄膜層23cの上面側からの磁歪増強効果はほとんどない。
【0083】
またCuで形成された非磁性材料層24と、第2薄膜層23cとの界面構造で定義されるスピン依存界面散乱係数(γ値)は、CPP−GMR素子における単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に多少は寄与するため(CIP−GMRのMR特性には大いに寄与する)、非磁性材料層24と、第2薄膜層23cとの界面構造を現行から変更することはできる限り避けたい。
【0084】
そこで本発明では、前記第2薄膜層23cの内部に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入して、前記第2薄膜層23c全体の磁歪定数λsを大きくさせる構造を提供する。
【0085】
すなわち図1及び図4に示すように、前記第2薄膜層23cを、3つの磁性層23c1,23c3,23c5と、各磁性層間に介在する第2磁歪増強層23c2,23c4との5層の積層構造にし、これによって、第2薄膜層23cを構成する各磁性層23c1,23c3,23c5の結晶構造に歪みを生じさせて第2薄膜層23a全体の磁歪定数λsを大きくさせている。
【0086】
前記第1磁歪増強層22、第2磁歪増強層23c2,23c4及び、第1薄膜層23a、磁性層23c1,23c3,23c5は、すべて面心立方格子(fcc)構造をとり、界面と平行な方向に{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが結晶性を良好にできて好ましいが、かかる場合、第1磁歪増強層22の{111}面内の最近接原子間距離と、固定磁性層23の第1薄膜層23aの{111}面内の最近接原子間距離との差を、第1薄膜層23aの{111}面内の最近接原子間距離で割った値(以下ミスマッチ値と呼ぶ)、及び第2磁歪増強層23c2,23c4の{111}面内の最近接原子間距離と、固定磁性層23の第2薄膜層23cを構成する磁性層23c1,23c3,23c5の{111}面内の最近接原子間距離との差を、前記磁性層の{111}面内の最近接原子間距離で割った値(以下ミスマッチ値と呼ぶ)を0.05以上で0.20以下にすることが好ましい。
【0087】
本実施の形態の磁気検出素子では、図3に模式的に示すように、第1磁歪増強層22を構成する原子と第1薄膜層23aの原子、及び第2磁歪増強層23c2,23c4を構成する原子と磁性層23c1,23c3,23c5の原子が互いに重なり合いつつも、界面付近で結晶構造に歪みが生じている状態になる。
【0088】
図3において符号N1は第1薄膜層23aの{111}面内の最近接原子間距離を示しており、符号N2は第1磁歪増強層22の{111}面内の最近接原子間距離を示している。また符号N3は、磁性層23c1,23c3,23c5の{111}面内の最近接原子間距離を示しており、符号N4は第2磁歪増強層23c2,23c4の{111}面内の最近接原子間距離を示している。N1、N2、N3及びN4は、第1磁歪増強層22と第1薄膜層23aの界面、及び第2磁歪増強層23c2,23c4と磁性層23c1,23c3,23c5の界面から離れた歪みの影響の少ないところで測定する。
【0089】
図3のように第1磁歪増強層22内と前記第1薄膜層23a内との少なくとも一部の結晶及び、第2磁歪増強層23c2,23c4内と前記磁性層23c1,23c3,23c5内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルな状態で結晶成長し、その結果、前記第1薄膜層23a及び磁性層23c1,23c3,23c5の結晶構造に歪みが生じ、第1薄膜層23a及び第2薄膜層23cの磁歪定数λsを大きくすることができる。
【0090】
なお、本発明では、第1薄膜層23aと第1磁歪増強層22の界面付近で、第1薄膜層23aを構成する原子と、第1磁歪増強層22を構成する原子の大部分が、及び、磁性層23c1,23c3,23c5と第2磁歪増強層23c2,23c4の界面付近で、前記磁性層23c1,23c3,23c5を構成する原子と、第2磁歪増強層23c2,23c4を構成する原子の大部分が、互いに重なり合う整合状態になっていればよい。例えば、図3に模式的に示すように、一部に、第1薄膜層23aを構成する原子と、第1磁歪増強層22を構成する原子、及び磁性層23c1,23c3,23c5を構成する原子と、第2磁歪増強層23c2,23c4を構成する原子が、重なり合わない領域があってもよい。また多結晶体を構成するうちの、一部の少数の結晶粒は、非エピタキシャルな非整合状態であってもよい。
【0091】
また上記のように前記第2薄膜層23c内に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入することで、界面異方性や界面での相互拡散の効果によって前記第2薄膜層23cの保磁力をも大きく出来る。
【0092】
この結果、より効果的に前記固定磁性層23の磁化をハイト方向に固定でき、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層23の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、メカニカルストレス等による固定磁性層23の反転を起きにくくすることも出来るとともに、応力変化があっても、安定した固定磁性層23の磁化状態を保持でき、信頼性の高い磁気検出素子を提供できる。
【0093】
ところで図1,図4に示すCPP型磁気検出素子では、GMR効果にスピン依存バルク散乱が非常に重要な役割を演じている。本発明ではGMR効果に寄与する第2薄膜層23cを構成する磁性層23c1,23c3,23c5のスピン依存バルク散乱係数(β値)は正の値であることが好ましい。
【0094】
スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値となる磁性材料には、Co,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)を選択できる。
上記した磁性材料は、固定磁性層23を構成する第1薄膜層23aに使用してもよい。
【0095】
本発明では、より好ましくは前記第2薄膜層23cを構成する磁性層23c1,23c3,23c5は、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成されることである。
【0096】
前記ホイスラー合金は、スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値であり、しかもホイスラー合金のスピン依存バルク散乱係数(β値)は比較的大きい値(具体的には0.7以上)を有する。ここでスピン依存バルク散乱係数(β値)には、ρ↓/ρ↑=(1+β)/(1−β)なる関係式が成り立っており、ρ↓は伝導電子のうちダウンスピンの伝導電子に対する比抵抗値であり、ρ↑は、伝導電子のうちアップスピンの伝導電子に対する比抵抗値である。
【0097】
前記スピン依存バルク散乱係数(β値)が正の値であると、ρ↓/ρ↑は1よりも大きくなる。すなわちρ↓>ρ↑なる関係を満たすから、強磁性層内を前記ダウンスピンの伝導電子は流れ難くあるいはシャットアウトされて前記ダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は短くなり(絶縁的な挙動を示す)、一方、アップスピンの伝導電子は流れやすくなり前記アップスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は延び(金属的な挙動を示す)、前記アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長の差は大きくなる。このような作用はスピン偏極性と呼ばれ、β値が高いホイスラー合金は、このスピン偏極性が強く働き、前記平均自由行程及びスピン拡散長の差をよりいっそう大きくすることが可能に成る。
【0098】
単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)及び抵抗変化率(ΔR/R)は、アップスピン及びダウンスピンの伝導電子の各平均自由行程及びスピン拡散長の差に対して正の相関を示すため、前記スピン依存バルク散乱係数(β値)を大きくしたことによりアップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長の差の拡大によって単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)を増大でき、高記録密度化に適切に対応可能な磁気検出素子を製造することが出来る。
【0099】
また、本発明では、前記第2薄膜層23cを構成する各磁性層23c1,23c3,23c5と第2磁歪増強層23c2,23c4との界面でのスピン依存散乱係数(スピン依存界面散乱係数(γ値))は正の値であることが必要である。
【0100】
また前記第2磁歪増強層23c2,23c4は、各磁性層23c1,23c3,23c5の結晶構造に歪みを生じさせる磁歪増強効果が適切に発揮されるように、各磁性層23c1,23c3,23c5よりも格子定数が大きい非磁性金属材料であることが必要である。
【0101】
具体的には、前記第2磁歪増強層23c2,23c4は、Pt,Pd,Ag、Ir,あるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択されることが好ましい。
【0102】
なお非磁性金属材料としてはアモルファスになるものは好ましくない。例えばTi,Zr,Ta等はアモルファス合金になりやすいが、これらの非磁性金属材料で前記第2磁歪増強層23c2,23c4を形成すると第2磁歪増強層の比抵抗が大きくなり好ましくない。
【0103】
また前記第2磁歪増強層23c2,23c4にAuを選択した場合、Auは前記磁性層23c1,23c3,23c5との間で拡散しやすいため均一に固溶し、図1や図4に示すような積層構造になりにくく、GMR効果の観点からは好ましくないと考えられる。
【0104】
前記第2薄膜層23cを構成する各磁性層23c1,23c3,23c5と第2磁歪増強層23c2,23c4との界面でのスピン依存散乱係数(スピン依存界面散乱係数(γ値))が正の値であると、アップスピンの伝導電子は拡散散乱されることなく、前記界面を通り抜けることができ、前記アップスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は延びるとともに、ダウンスピンの伝導電子は、前記界面でシャットアウトされやすく、前記ダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長は短くなり、前記アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子の平均自由行程及びスピン拡散長の差をより適切に大きくできる。
【0105】
上記した原理を模式図的に示した図5に示すように(なお図5では、各磁性層23c1,23c3,23c5の磁化は全て図示右方向を向いている)、前記第2薄膜層23c内に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入することで、第2磁歪増強層23c2,23c4と磁性層23c1,23c3,23c5との界面でダウンスピンの伝導電子は、拡散されやくなる。
【0106】
このため前記第2薄膜層23c内に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入した効果は、前記第2薄膜層23cの磁歪増強効果及び保磁力増強効果のみならず、前記アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子の平均自由行程差をより適切に大きくできる効果も生み出しGMR特性の向上をよりいっそう図ることが可能になる。
【0107】
図4や図5を見てわかるように、前記第2薄膜層23cを構成する磁性層23c1,23c3,23c5は全て同じ方向に磁化固定されると共に、第1薄膜層23aの磁化に対しては反平行に向けられている。
【0108】
前記第1薄膜層23aと第2薄膜層23cとの間にはRu等で形成された非磁性中間層23bを介したRKKY相互作用による反平行結合が作用するが、前記第2薄膜層23cの内部では、各磁性層23c1,23c3,23c5の間に強磁性結合が作用して、各磁性層23c1,23c3,23c5が全て同じ方向に磁化固定されることが必要である。
【0109】
このような各磁性層23c1,23c3,23c5の相互間に強い強磁性結合を生じさせるには、前記第2磁歪増強層23c2,23c4の膜厚を適切に制御することが重要である。
【0110】
前記第2磁歪増強層23c2,23c4の膜厚が厚くなると、前記各磁性層23c1,23c3,23c5間に作用する強磁性結合が弱まったり、あるいは反平行結合が作用し、磁化が互いに反平行になる等の問題が生じるため、前記第2磁歪増強層23c2,23c4はできる限り薄い膜厚で形成して、各磁性層23c1,23c3,23c5の相互間に強い強磁性結合を生じさせる。
【0111】
具体的には前記第2磁歪増強層23c2,23c4は1Å〜5Åの範囲内であることが好ましい。前記第2磁歪増強層23c2,23c4をこの範囲内の膜厚で形成することで、RKKY相互作用における強磁性結合を各磁性層23c1,23c3,23c5間に適切に生じさせることができる。また前記第2磁歪増強層23c2,23c4を薄い膜厚にすることで、図6に示すように(図6では、磁性層23c1と23c3、及び第2磁歪増強層23c2を図示)、前記第2磁歪増強層23c2,23c4にピンホール33が生じると、このピンホール33を介して前記磁性層23c1,23c3,23c5が直接接することで、直接的な交換相互作用が生じやすい。
【0112】
また図7のように(図7では、磁性層23c1と23c3、及び第2磁歪増強層23c2を図示)、各磁性層23c1,23c3,23c5と、第2磁歪増強層23c2,23c4との界面にうねりが生じていると、トポロジカルカップリング(Topological coupling)と呼ばれる静磁相互作用が生じて、図7のように、各磁性層23c1,23c3,23c5が互いに平行に磁化されるように作用する。特に図6のように、第2磁歪増強層23c2にピンホール33が形成されているとその上に形成された磁性層23c3の表面にうねりが生じやすくなり、前記磁性層23c3の上に第2磁歪増強層23c4を介して形成された磁性層23c5との間にトポロジカルカップリングが生じやすい。
【0113】
また第2磁歪増強層23c2,23c4の膜厚の下限値を1Åとしたのは、前記第2磁歪増強層23c2,23c4を構成する原子の直径がほぼ1Åのためである。
【0114】
一方、後述する第1磁歪増強層22は、第1薄膜層23aの磁歪定数λsを適切に大きくできる範囲内の膜厚が選択され、第2磁歪増強層23c2,23c4のように極端に薄い膜厚で形成する必要はない。このため前記第1磁歪増強層22は前記第2磁歪増強層23c2,23c4よりも厚い膜厚で形成され、逆にいえば、前記第2磁歪増強層23c2,23c4は前記第1磁歪増強層22よりも薄い膜厚で形成される。
【0115】
また、図1,図4では、2層の前記第2磁歪増強層23c2,23c4を前記第2薄膜層23c内に挿入しているが、前記第2磁歪増強層は1層のみ挿入してもよい。また磁性層を図1や図4の3層よりも、もっと増やしてもよいが、あまり磁性層の層数が多くなると、各磁性層に対する磁化固定力は弱まるため、図1や図4のように前記磁性層は3層程度であることが好ましい。
【0116】
次に第1磁歪増強層22の材質について説明する。前記第1磁歪増強層22として必要な条件は、第1薄膜層23aよりも大きい格子定数を有する非磁性金属材料である点である。上記した第2磁歪増強層23c2,23c4は単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接関与する層であるため、上記したように様々な条件が課せられ、材質の選択の余地は狭い。しかし、前記第1磁歪増強層22は単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接、寄与しない層なので、例えば前記第1磁歪増強層22と第1薄膜層23aとの界面でのスピン依存界面散乱係数(γ値)が負の値になっても、単位面積当たりの抵抗変化(ΔR・A)に直接的な影響は少ない。このため前記第1磁歪増強層22として選択できる材質の選択の余地は前記第2磁歪増強層23c2,23c4の場合に比べて広い。
【0117】
例えば前記第1磁歪増強層22には、Pt,Au,Pd,Ag,IrあるいはRh等や、あるいはスピン依存界面散乱係数(γ値)が負の値になるRu,Re,Mo,Wなどを選択してもよい。
【0118】
また前記第1磁歪増強層22は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されていてもよい。X−Mn合金は比抵抗が高いので第2磁歪増強層23c2,23c4としての材質には不向きである。
第1磁歪増強層22の膜厚は、5Å以上50Å以下程度である。
【0119】
X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)からなる第1磁歪増強層22の膜厚がこの範囲内であると、第1磁歪増強層22の結晶構造は、成膜時の状態である面心立方構造(fcc)を維持しつづける。なお、第1磁歪増強層22の膜厚が、50Åより大きくなると、250℃以上の熱が加わったときに、第1磁歪増強層22の結晶構造がCuAuI型の規則型の面心正方構造(fct)に構造変態するので好ましくない。ただし、第1磁歪増強層22の膜厚が、50Åより大きくても、250℃以上の熱が加わらなければ、第1磁歪増強層22の結晶構造は、成膜時の状態である面心立方構造(fcc)を維持しつづける。
【0120】
また第1磁歪増強層22が前記X―Mn合金から成るとき、前記X−Mn合金中のX元素の含有量は45原子%以上99原子%以下であることが好ましい。X元素の含有量がこの範囲内であると、前記第1薄膜層23aの磁歪が大きな値をとりつつ安定化する。
【0121】
また第1磁歪増強層22及び第2磁歪増強層23c2,23c4は、前記第1薄膜層23a側の界面付近あるいは全領域において、及び前記磁性層23c1,23c3,23c5との界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0122】
一方、前記第1薄膜層23aは、前記第1磁歪増強層22側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層23c1,23c3,23c5は、前記第2磁歪増強層23c2,23c4との界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0123】
上記のような結晶配向を有することで、第1薄膜層23aを構成する原子と第1磁歪増強層22を構成する原子、及び磁性層23c1,23c3,23c5を構成する原子と第2磁歪増強層23c2,23c4を構成する原子が互いに重なりあいやすくなり、磁歪増強層22,23c2,23c4内の結晶と固定磁性層23を構成する磁性層内の結晶はエピタキシャルな状態で成長しやすい。
【0124】
また本発明では、前記第1薄膜層22aは、前記第1磁歪増強層22側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層23c1,23c3,23c5は、前記第2磁歪増強層23c2,23c4との界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向しているものであってもよい。
【0125】
かかる場合、磁歪増強層22,23c2,23c4は、前記第1薄膜層23a側の界面付近あるいは全領域において、及び前記磁性層23c1,23c3,23c5との界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向していることが好ましい。
【0126】
bcc構造を有する結晶の{110}面として表される等価な結晶面の原子配列とfcc構造を有する結晶の{111}面として表される等価な結晶面の原子配列は類似しており、bcc構造を有する結晶とfcc構造を有する結晶を、各々の原子が重なり合った整合状態、いわゆるヘテロエピタキシャルな状態にすることができる。
【0127】
なお図1,図4に示す実施形態では、第2薄膜層23cが、複数の磁性層23c1,23c3,23c5と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層23c2,23c4とで構成されていたが、第1薄膜層23aも、第2薄膜層23cと同様に、複数の磁性層と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層とで構成されていてもよい。
【0128】
また固定磁性層23を構成する、非磁性中間層を介して形成された磁性層が3層以上あってもよいが、かかる場合でも、少なくとも非磁性材料層24に最も近い位置に形成された磁性層(本発明では「第2薄膜層」と称している)が、複数の磁性層と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層との積層構造で構成されていることが好ましい。
【0129】
なお固定磁性層23を構成する、非磁性中間層を介して形成された磁性層のうち、少なくとも1つの薄膜層が、複数の磁性層と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層とで構成されていればよい。すなわち最も非磁性材料層24から離れた第1薄膜層23aのみが、複数の磁性層と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層とで構成されていてもよい。
【0130】
以上のように、図1,図4のCPP型磁気検出素子では、固定磁性層23を構成する複数の薄膜層のうち、GMR効果に直接寄与しない第1薄膜層23aに第1磁歪増強層22を接合させ、前記第1薄膜層23aの磁歪定数を外部から増強させるとともに、GMR効果に寄与する前記第2薄膜層23cの内部に第2磁歪増強層23c2,23c4を挿入することで前記第2薄膜層23cの磁歪定数を内部から増強させ、これによってGMR効果を良好に維持しながら前記固定磁性層23全体の磁歪定数を大きくでき、また保磁力をも増強でき、前記固定磁性層23を適切に磁化固定できるものである。
【0131】
図8は図1に示すCPP型磁気検出素子の多層体T1の構造とは異なる多層体T2の構造を示す模式図である。図8はフリー磁性層25を中心にその上下に非磁性材料層24,32が形成され、さらに前記非磁性材料層24の下に第1薄膜層23a,非磁性中間層23b及び第2薄膜層23cの人工フェリ構造からなる固定磁性層23が、前記非磁性材料層32の上に、第2薄膜層34c,非磁性中間層34b及び第1薄膜層34aの人工フェリ構造からなる固定磁性層34が形成され、さらに前記固定磁性層23,34の上下に第1磁歪増強層22,35が形成され、下側に形成された第1磁歪増強層22の下面にはシードレイヤ21が形成され、上側に形成された第1磁歪増強層35の上面には保護層26が形成された、いわゆるデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造である。
【0132】
図8に示すように、前記第2薄膜層23cは、複数の磁性層23c1,23c3,23c5と、各磁性層間に介在する第2磁歪増強層23c2,23c4との積層構造で構成されている。また第2薄膜層34cは、複数の磁性層34c1,34c3,34c5と、各磁性層間に介在する第2磁歪増強層34c2,34c4との積層構造で構成されている。
【0133】
図9は、図1に示すCPP型磁気検出素子の多層体T1の構造とは異なる多層体T3の構造を示す模式図である。図9はシードレイヤ21上に、フリー磁性層25、非磁性材料層24、固定磁性層23(下から第2薄膜層23c、非磁性中間層23b、及び第1薄膜層23aの積層順で形成された人工フェリ構造)、第1磁歪増強層22、及び保護層26の順に積層された多層体T3の構造である。図9に示す多層体T3は、図1の多層体T1とは逆積層であり、すなわちフリー磁性層25が固定磁性層23よりも下側にある積層タイプである。
【0134】
図9の磁気検出素子でも、第2薄膜層23cは、複数の磁性層23c1,23c3,23c5と、各磁性層間に介在する第2磁歪増強層23c2,23c4との積層構造で構成されている。
【0135】
図8及び図9の磁気検出素子はいずれもCPP(current perpendicular to the plane)型であるから前記多層体T2,T3の上下には、電極を兼ね備えたシールド層20,30が形成される(図1を参照)。
なお図8、図9では、第1磁歪増強層及び第2磁歪増強層の部分を斜線で示してある。
【0136】
図8及び図9の多層体T2,T3でも、固定磁性層23(34)を構成する第1薄膜層23a(34a)を第1磁歪増強層22(35)と接して設けることで、前記第1薄膜層23a(34a)の磁歪定数を増強するのみならず、第2薄膜層23c(34c)の内部に第2磁歪増強層23c2,23c4(34c2,34c4)を挿入することで前記第2薄膜層23cの磁歪定数をも増強でき、これによって前記固定磁性層23(34)の磁歪定数を全体的に大きく出来できる構造となっている。
【0137】
また上記のように前記第2薄膜層23c(34c)内に第2磁歪増強層23c2,23c4(34c2,34c4)を挿入することで、界面異方性や界面での相互拡散の効果によって前記第2薄膜層23c(34c)の保磁力をも大きく出来る。
【0138】
この結果、より効果的に前記固定磁性層23(34)の磁化をハイト方向に固定でき、ハードバイアス層からの縦バイアス磁界による固定磁性層23(34)の磁化の乱れに起因した再生波形の歪みや非対称性の軽減や、メカニカルストレス等による固定磁性層23の反転を起きにくくすることも出来るとともに、応力変化があっても、安定した固定磁性層23の磁化状態を保持でき、信頼性の高い磁気検出素子を提供できる。
【0139】
なお第1磁歪増強層や第2磁歪増強層、及び固定磁性層の材質、さらには結晶配向性等は図1で説明した通りであるのでそちらを参照されたい。
【0140】
図10は、図1に示すCPP型磁気検出素子の多層体T1の構造とは異なる多層体T4の構造(第4実施形態の構造)を示す模式図である。
【0141】
まず図11及び図12の多層体T5,T6の構造から説明する。図11の多層体T5の構造、及び図12の多層体T6の構造は、いずれも比較例である。
【0142】
図11の多層体T5の構造では、下からシードレイヤ21、第1反強磁性層50、固定磁性層51、非磁性材料層52、フリー磁性層53、Cuで形成された非磁性材料層54、固定磁性層55、第2反強磁性層56、固定磁性層57、非磁性材料層58、フリー磁性層59、非磁性材料層60、固定磁性層61、第3反強磁性層62、及び保護層26の順に積層されている。4つある固定磁性層はいずれも人工フェリ構造である。
【0143】
図11の多層体T5の構造では、最も下に形成された第1反強磁性層50から多層体T5のほぼ中間に形成された第2反強磁性層56までの積層構造が第1のデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造(Dual 1)となっており、前記第2反強磁性層56から最も上に形成された第3反強磁性層62までの積層構造が第2のデュアルスピンバルブ型薄膜素子の構造(Dual 2)となっている。
【0144】
つまり図11の多層体T5は、デュアルスピンバルブ型薄膜素子の2階建て構造となっている。
【0145】
スピン依存バルク散乱効果を主として利用するCPP型磁気検出素子においては、図11に示した多層体T5の構造であってもGMR効果を得られるが、しかし図11の構造では、非常に膜厚が厚く比抵抗が高い反強磁性層50,56,62が3層も存在することから、発熱源となる前記反強磁性層50,56,62からのジュール熱によって格子振動やエレクトロマイグレーションが生じ、これによってGMR効果や再生出力を適切に向上させることができない。
【0146】
一方、図12に示す多層体T6の構造は、図11に示す反強磁性層50,56,62の部分を磁歪増強層63,64,65に置き換えた構造となっている。前記磁歪増強層63,64,65は例えばPtMn合金等である。図12に示す多層体T6の構造では、固定磁性層51,55,57,61を構成する磁性層のうち、Cuで形成された非磁性材料層52,54,58,60から最も離れた第1薄膜層51a,55a,57a,61aに磁歪増強層63,64,65を接して設け、逆磁歪効果を利用して前記固定磁性層23の一軸異方性を大きくし、自らの一軸異方性により前記固定磁性層23の磁化を固定するものである。
【0147】
図11の多層体T5の構造に比べて図12の多層体T6の構造のように、反強磁性層50,56,62を用いず膜厚の薄い磁歪増強層63,64,65に置き換えることで、GMR効果や再生出力の向上を図ることが出来る。
【0148】
しかし図12の構造でも、特に多層体T6のほぼ中間に位置する磁歪増強層64は、その磁歪増強層64の上下のデュアルスピンバルブ構造(Dual 1とDual 2)を磁気的に分断するためにある程度、厚い膜厚で形成されなければならない。
【0149】
また前記磁歪増強層63,64,65に、PtMn合金等の比抵抗の比較的高い材質を選択した場合には、前記磁歪増強層63,64,65が、やはり発熱源となってしまう。このとき、前記多層体T6のほぼ中心にある磁歪増強層64は、上下の電極からかなり離れた位置にあるため放熱効果が低く、前記磁歪増強層64からのジュール熱により格子振動やエレクトロマイグレーションの発生によるGMR効果及び再生出力の低下の問題を適切に解消できない。また図12の構造では、固定磁性層51,55,57,61を構成する磁性層のうち第1薄膜層51a,55a,57a,61aの磁歪定数λsしか適切に大きくならない。すなわちCuで形成された非磁性材料層52,54,58,60に接する第2薄膜層51c,55c,57c,61cの磁歪定数λsを適切に増強することは出来ない。よって固定磁性層51,55,57,61の磁歪定数λsをもっと大きく出来る構造が望まれる。
【0150】
そこで図10のような形態を提供する。図10の実施形態の多層体T4では、多層体T4の中央には9層からなる固定磁性層を設け、その上下に非磁性材料層、フリー磁性層、非磁性材料層、固定磁性層、第1磁歪増強層を設けた構成である。
【0151】
図10に示すように、シードレイヤ21上には第1磁歪増強層63、固定磁性層51、非磁性材料層52、フリー磁性層53、非磁性材料層54の順に積層される。ここまでの積層構造は図12と同じである。
【0152】
図12では、前記非磁性材料層54の上に、第1磁歪増強層64を介して磁気的に分断された2つの固定磁性層55,57が形成されるが、図10では、前記非磁性材料層64の上に、多層構造の固定磁性層66を1つだけ設ける。
【0153】
前記固定磁性層66は、3つの磁性層66a1,66a2,66a3と各磁性層間に介在した第2磁歪増強層66dとの五層構造で第1薄膜層66aが構成される。前記第2磁歪増強層66dは非常に薄い膜厚で、各磁性層間を磁気的に分断せず前記磁性層間に強磁性結合が作用する。この結果、各磁性層66a1,66a2,66a3はすべて同じ方向に磁化固定される。
【0154】
前記第1薄膜層66aの上下にはRu等の非磁性中間層66b,66bを介して第2薄膜層66c1,66c2が形成される。図10の実施形態では、全部で9層の積層構造による固定磁性層66が形成される。
【0155】
図10に示す非磁性材料層58上の膜構成は、図12と同じように、フリー磁性層59、非磁性材料層60、固定磁性層61、第1磁歪増強層65及び保護層26の順に積層されている。
【0156】
図12では多層体T6のほぼ中間に、磁気的に分断された2つの固定磁性層55,57が存在していたが、図10では、前記固定磁性層55,57を多層体T4のほぼ中間で1つの固定磁性層66として構成したものである。図10のように前記固定磁性層66を構成する第1薄膜層66aを、3つの磁性層に分断し、その間に非常に薄い膜厚の第2磁歪増強層66dを介在させることで、前記第1薄膜層66aの磁歪定数を大きく出来るとともに、図12の場合のように、磁気的分断のため比較的厚い膜厚で形成された磁歪増強層64の形成が必要ない。
【0157】
また各第2薄膜層51c,66c1,66c2,61cを、複数の磁性層と各磁性層間に介在する第2磁歪増強層との積層構造で構成することが好ましい。
【0158】
図10の構成では図12に比べて、さらに発熱源となる層を無くし、ジュール熱の発生による格子振動やエレクトロマイグレーションによるGMR効果の低下を抑制できると共に、前記固定磁性層66をより適切に磁化固定でき、GMR効果及び再生出力の向上と安定化を図ることが可能である。
【0159】
なお本発明の実施形態は全てCPP型の磁気検出素子であったが、CIP型の磁気検出素子にも適用可能である。本発明では、特に第2薄膜層と非磁性材料層との界面構造は従来と同様の状態を保っているので、スピン依存界面散乱効果が抵抗変化率(ΔR/R)の向上に最も重要なCIP型磁気検出素子に本発明を適用しても、さほど抵抗変化率を低下させることなく、前記固定磁性層を強固に磁化固定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0160】
【図1】本発明の第1実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た断面図、
【図2】図1に示された磁気検出素子の平面図、
【図3】磁歪増強層と固定磁性層が整合しつつ、歪みが生じている状態を示す模式図、
【図4】図1の部分模式図、
【図5】アップスピンの伝導電子とダウンスピンの伝導電子との平均自由行程を説明するための説明図、
【図6】固定磁性層の第2薄膜層を構成する磁性層と第2磁歪増強層との積層状態を説明するための部分拡大断面図、
【図7】固定磁性層の第2薄膜層を構成する磁性層と第2磁歪増強層との積層状態を説明するための部分拡大断面図、
【図8】本発明の第2実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図9】本発明の第3実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図10】本発明の第4実施形態の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図11】図10に対する比較例の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図12】図10に対する比較例の磁気検出素子の構造を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【図13】従来のCPP型磁気検出素子を記録媒体との対向面側から見た部分模式図、
【符号の説明】
【0161】
20 下部シールド層
21 シードレイヤ
22、35、63、65 第1磁歪増強層
23、34、51、61、66 固定磁性層
23a、34a、51a、61a、66a 第1薄膜層
23b、34b、51b、61b、66b 非磁性中間層
23c、34c、51c、61c、66c 第2薄膜層
23c1、23c3、23c5 磁性層
23c2、23c4 第2磁歪増強層
24、32、52、54、58、60 非磁性材料層
25、53、59 フリー磁性層
26 保護層
30 上部シールド層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定磁性層と、非磁性材料層と、フリー磁性層とが積層されている多層体を有して成る磁気検出素子において、
前記固定磁性層は、複数の磁性を有する薄膜層が非磁性中間層を介して積層されたものであり、
前記複数の薄膜層のうち前記非磁性材料層から最も離れた位置に形成されている第1薄膜層の、前記非磁性材料層側と反対側の面には、非磁性金属製の第1磁歪増強層が前記第1薄膜層に接して設けられ、
少なくとも、前記複数の薄膜層のうち1つの薄膜層は、複数の磁性層と、前記磁性層間に介在する非磁性金属製の第2磁歪増強層との積層構造で構成され、
前記複数の磁性層は全て同じ方向で且つ、前記非磁性中間層を介して隣接する薄膜層と反平行に磁化されており、
前記第1磁歪増強層内と前記第1薄膜層内との少なくとも一部の結晶、及び第2磁歪増強層内と前記磁性層内との少なくとも一部の結晶はエピタキシャルまたはヘテロエピタキシャルな状態であり、前記固定磁性層の記録媒体との対向面側の端面が開放されていることを特徴とする磁気検出素子。
【請求項2】
前記複数の薄膜層のうち前記非磁性材料層に最も近い位置に形成されている第2薄膜層が、前記複数の磁性層と、前記磁性層間に介在する第2磁歪増強層との積層構造で形成されている請求項1記載の磁気検出素子。
【請求項3】
前記多層体の各層の膜面と垂直方向に電流が流される請求項1または2に記載の磁気検出素子。
【請求項4】
前記第2磁歪増強層と前記磁性層との界面のスピン依存界面散乱係数(γ値)は正の値である請求項3記載の磁気検出素子。
【請求項5】
前記第2磁歪増強層は、Pt,Pd,Ag,Ir,あるいはRhのうち1種または2種以上の材質が選択される請求項4記載の磁気検出素子。
【請求項6】
前記第2薄膜層を構成する磁性層は、正のスピン依存バルク散乱係数(β値)を有する磁性材料で形成される請求項3ないし5のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項7】
前記第2薄膜層を構成する磁性層の少なくとも一部は、組成式がCoMnY(ただしYは、Al,Si,Ga,Ge,Snのうちから選択された1種または2種以上の元素)からなるホイスラー合金で形成される請求項6記載の磁気検出素子。
【請求項8】
前記第2薄膜層を構成する磁性層の少なくとも一部は、Co,CoFe,Co−Z,CoFe−Z(ただしZは、Ti,Zr,Ta,Hf,Sc,V,Mn,Y,Nbから選択される1種または2種以上の元素)、あるいはNi−Q(ただしQは、Rh,Ir,Be,Al,Si,Ga,Ge,Ti,Mn,Zn,Cd,Snから選択される1種または2種以上の元素)からなる磁性材料で形成される請求項6記載の磁気検出素子。
【請求項9】
前記第2磁歪増強層は、1Å〜5Åの範囲内の膜厚で形成される請求項1ないし8のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項10】
前記第1磁歪増強層は、X―Mn(ただしXは、Pt,Pd,Ir,Rh,Ru,Os,Ni,Feのいずれか1種または2種以上の元素である)合金で形成されている請求項1ないし9のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項11】
前記第1磁歪増強層は、前記第1薄膜層側の界面付近あるいは全領域において、及び前記第2磁歪増強層は、前記磁性層との界面付近あるいは全領域において、面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし10のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項12】
前記第1薄膜層は、前記第1磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層は、前記第2磁歪増強層との界面付近あるいは全領域において面心立方構造(fcc)をとり、前記界面と平行な方向に、{111}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし11のいずれかに記載の磁気検出素子。
【請求項13】
前記第1薄膜層は、前記第1磁歪増強層側の界面付近あるいは全領域において、及び/または磁性層は、前記第2磁歪増強層との界面付近あるいは全領域において体心立方格子(bcc)構造をとり、前記界面と平行な方向に、{110}面として表される等価な結晶面が優先配向している請求項1ないし11のいずれかに記載の磁気検出素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−5278(P2006−5278A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−182289(P2004−182289)
【出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(000010098)アルプス電気株式会社 (4,263)
【Fターム(参考)】