説明

積層電解質膜とその製造方法、膜電極接合体及び燃料電池

【課題】高温領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池の電解質膜として使用される、積層電解質膜とその製造方法、この積層電解質膜を使用した膜電極接合体、及びこの膜電極接合体を備える燃料電池において、プロトン伝導性を大きく低下させることなく、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果を従来よりもさらに高める。
【解決手段】積層電解質膜を、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマーとを含み、水中への酸成分の溶出率が60%以下である第1の電解質膜と、酸性基を有する第2のモノマーを高分子膜に含浸させた第2の電解質膜とを、第1の電解質膜、第2の電解質膜、第1の電解質膜の順で積層した構造とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温、無加湿条件で運転される燃料電池の電解質膜として使用される、積層電解質膜とその製造方法、この積層電解質膜を使用した膜電極接合体、及びこの膜電極接合体を備える燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜を用いることにより、燃料ガスが無加湿という条件下で、100℃以上の温度領域で作動する燃料電池システムを構築することができる(例えば、特許文献1を参照)。上記タイプの電解質膜としては、例えば、ポリベンズイミダゾールのフィルムに硫酸又はリン酸を含浸させた電解質膜が公知の技術として開示されている。このタイプの燃料電池は、発生する熱を効果的に利用することにより、フルオロポリマー(例えば、「ナフィオン」という商品名で知られるポリマーなど)を利用する低温領域(主に、80℃以下)で作動するタイプの燃料電池と比較してエネルギー効率が高い、という特徴を有している。
【0003】
ただし、塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜を用いた燃料電池は、運転中に電解質膜から酸が溶出し、その電池性能を低下させる、あるいは溶出した酸が周辺の部材を腐食させる、という問題を含んでいる。この問題に対して、含浸させる酸を重合可能なものとし、電解質中で重合させて酸ポリマーとし、電解質膜からの酸の溶出を軽減する技術が開示されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0004】
【特許文献1】特公平11‐503262号公報
【特許文献2】特公平05‐527073号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2の技術のみでは、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果は十分とはいえない場合がある。例えば、電解質膜の製造工程において、高分子膜を水中に浸漬して洗浄する場合など、水中に酸成分が溶出して電解質膜の性能を低下させる可能性がある、という問題をあった。そのため、酸成分の溶出のより少ない、安定した燃料電池の運転が可能な電解質膜の開発が求められていた。
【0006】
そこで、本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、高温領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池の電解質膜として使用される、積層電解質膜とその製造方法、この積層電解質膜を使用した膜電極接合体、及びこの膜電極接合体を備える燃料電池において、プロトン伝導性を大きく低下させることなく、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果を従来よりもさらに高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、酸性基を有するモノマーが含浸された高分子膜を含む電解質膜(内層膜)の両面を、電解質膜からの酸成分の溶出性(酸成分の溶出性の評価方法については後述する。)が小さな2枚の電解質膜(表層膜)で挟むように、内層膜と表層膜とを積層させることにより、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果を従来よりもさらに高めることを見出し、この知見に基づき、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明のある観点によれば、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマーと、を含む第1の電解質膜と、酸性基を有する第2のモノマーを高分子膜に含浸させた第2の電解質膜と、を備え、前記第1の電解質膜、前記第2の電解質膜及び前記第1の電解質膜がこの順で積層された構造を有し、前記第1の電解質膜は、水中への酸成分の溶出率が60%以下である積層電解質膜が提供される。
【0009】
ここで、前記積層電解質膜において、前記第2のモノマーが、重合可能な官能基を有し、当該第2のモノマーが重合しているか、または、当該第2のモノマーが重合されたポリマーが架橋剤により架橋構造を有することが好ましい。
【0010】
また、前記積層電解質膜において、前記酸性基が、ホスホン酸基及びスルホン酸基からなる群から選択される1種以上の酸性基を含むことが好ましい。
【0011】
また、前記積層電解質膜において、前記第1のモノマーが、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸及び2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸からなる群から選択される1種以上のモノマーを含むことが好ましい。
【0012】
また、前記積層電解質膜において、前記第2のモノマーが、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸及び2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸からなる群から選択される1種以上のモノマーを含むことが好ましい。
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の他の観点によれば、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーと、架橋剤とを含む第1のキャスト溶液を作成し、前記第1のキャスト溶液を基材上にキャストして膜状に成形して第1の前駆体膜を形成し、酸性基を有するポリマーと、酸性基を少なくとも有する第2のモノマーとを含む第2のキャスト溶液を作成し、前記第2のキャスト溶液を基材上にキャストして膜状に成形して第2の前駆体膜を形成し、前記第1の前駆体膜、前記第2の前駆体膜及び前記第1の前駆体膜をこの順で積層させた後に、前記第1のモノマーを重合及び架橋させるとともに、前記第2のモノマーを重合させる積層電解質膜の製造方法が提供される。
【0014】
ここで、前記積層電解質膜の製造方法において、前記重合は、電離性放射線を利用して行われることが好ましい。
【0015】
上記課題を解決するために、本発明のさらに他の観点によれば、酸素極と、燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜と、を備え、前記燃料電池用電解質膜は、前述したような積層電解質膜である膜電極接合体が提供される。
【0016】
上記課題を解決するために、本発明のさらに他の観点によれば、前述した膜電極接合体を備える燃料電池が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高温領域、かつ無加湿条件で運転される燃料電池の電解質膜として使用される、積層電解質膜とその製造方法、この積層電解質膜を使用した膜電極接合体、及びこの膜電極接合体を備える燃料電池において、プロトン伝導性を大きく低下させることなく、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果を従来よりもさらに高めることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0019】
[本発明に係る積層電解質膜の優位性]
本発明は、酸性基を有するモノマーを高分子膜に含浸させた電解質膜(内層膜)の両面を、所定の酸性基を有するポリマーを含み、膜からの酸成分の溶出性が小さな2枚の電解質膜(表層膜)で挟むように、内層膜と2枚の表層膜とを積層させた積層電解質膜を燃料電池用の電解質膜として用いるものである。
【0020】
本発明の積層電解質膜は、プロトンの伝導を担う媒体である酸成分が重合してポリマー化しているため、従来の技術である塩基性ポリマーに酸を含浸させたタイプの電解質膜と比較して、電解質膜から酸成分の溶出が軽減されたものとなっている。しかし、酸成分を重合させてポリマー化させただけでは、例えば、電解質膜の製造工程において、電解質膜を水中に浸漬して洗浄するなどの場合には、酸成分のかなりの部分が水中に溶出する。これに対し、酸成分の重合度を上げると溶出性は小さくなる一方で、プロトン伝導性が大きく低下してしまう。そこで、本発明の積層電解質膜では、プロトン伝導性は高いが酸成分の溶出性が大きな電解質膜(内層膜)の表面(両面)を、プロトン伝導性は比較的低いが酸成分の溶出性が非常に小さな2枚の電解質膜(表層膜)で覆うように、1枚目の表層膜、内層膜及び2枚目の表層膜をこの順で積層させた構造としている。
【0021】
このように、本発明に係る積層電解質膜は、高いプロトン伝導性を有する電解質膜を、内層膜として有することにより、プロトン伝導性を大きく低下させることがない。また、本発明に係る積層電解質膜は、酸成分の溶出性が非常に小さな電解質膜を、内層膜の両面を覆う表層膜として有することにより、酸成分の水中への溶出の抑制効果を従来よりもさらに向上させることができる。
【0022】
以下、本発明に係る積層電解質膜とその製造方法、及びこの積層電解質膜を使用した膜電極接合体、及びこの膜電極接合体を備える燃料電池について詳細に説明する。
【0023】
[本発明に係る積層電解質膜の構造]
本発明に係る積層電解質膜は、以下のような第1の電解質膜と第2の電解質膜とを有し、第2の電解質膜を2枚の第1の電解質膜で挟むようにして、第1の電解質膜(以下、「表層膜」という。)、第2の電解質膜(以下、「内層膜」という。)、及び第1の電解質膜がこの順で積層された構造を有している。
【0024】
(表層膜の構成)
本発明に係る表層膜は、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマーと、を含む。また、この表層膜は、水中への酸成分の溶出率が60%以下の膜である。
【0025】
〈酸性基を有するエンジニアリングプラスチック〉
本発明に係る積層電解質膜の製造は、後述するように、各電解質膜の構成成分を含有するキャスト溶液を作成し、このキャスト溶液をキャストして成膜することにより行われる工程を含むものであるが、本発明に係る表層膜において、「酸性基を有するエンジニアリングプラスチック」を使用することとしたのは、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーとともに用いた場合に均一なキャスト溶液を作成することができるためである。
【0026】
このように、均一なキャスト溶液を作成するという観点、及び、電解質膜(すなわち、表層膜及び内層膜)の積層によって膜厚が大きくなった場合でも十分なプロトン伝導性を有するようにするという観点から、本発明における「酸性基」としては、例えば、ホスホン酸基、スルホン酸基、リン酸基、スルファミド基等を含むことが好ましく、この中でも、特に、ホスホン酸基及びスルホン酸基のうちの少なくともいずれか一方を含むことが好ましい。
【0027】
また、本発明に適用可能な「エンジニアリングプラスチック」としては特に限定はされないが、このエンジニアリングプラスチックにドープさせる酸成分との極性溶媒への相溶性や、成膜の際の加工性及び耐熱性や、成膜された電解質膜の耐久性等を考慮すると、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリベンズイミダゾール、ポリイミド、芳香族ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリアリレート、ポリフェニレンオキシド、ポリカーボネート等が好ましい。
【0028】
また、「酸性基を有するエンジニアリングプラスチック」において、エンジニアリングプラスチック中の酸性基の含有率は、0.1当量/g以上2.0当量/g以下が好ましく、0.5当量/g以上1.5当量/g以下がより好ましい。酸性基の含有率が前記範囲内であると、キャスト溶液における「酸性基を有するエンジニアリングプラスチック」と「酸性基及び重合可能な官能基を有するモノマー」との混合の均一性を高めることができる。
【0029】
〈第1のモノマーを重合させて得られるポリマー〉
本発明における「酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマー」とは、その構造中に、上述したような酸性基を有し、かつ、炭素間二重結合、炭素間三重結合、窒素炭素間二重結合、エポキシ環、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アルデヒド基等の付加重合反応や縮合反応によって原子間で結合を生成する機能を有する官能基を有するモノマーを指す。このような第1のモノマーとしては、上述した酸性基を有するエンジニアリングプラスチックに含浸(ドープ)された酸成分の水中への溶出を抑制するという観点や、電解質膜の積層により膜厚が大きくなった場合でも十分なプロトン伝導性を担保するという観点から、例えば、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等が好ましく、これらのモノマーを単独で、または、複数種を混合して用いることができる。
【0030】
本発明における「第1のモノマーを重合させて得られるポリマー(以下、「第1のポリマー」という。)」とは、上述したような第1のモノマーが重合可能な官能基を利用して重合し、酸性基を有するポリマーとなった状態を指す。例えば、第1のモノマーがビニルホスホン酸である場合、これを重合させて得られる第1のポリマーは、ポリビニルホスホン酸である。また、例えば、第1のモノマーがビニルスルホン酸である場合、これを重合させて得られる第1のポリマーは、ポリビニルスルホン酸である。さらに、例えば、第1のモノマーが2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸である場合、これを重合させて得られる第1のポリマーは、ポリ−2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸である。また、第1のモノマーとして、上述したようなモノマーのうち複数種のモノマーを混合して用いる場合、これらを重合させて得られる第1のポリマーは、前記複数種のモノマーの共重合ポリマーとなる。
【0031】
〈第1のモノマーを重合して得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマー〉
本発明における「第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマー」とは、第1のモノマーを重合させて得られる第1のポリマーの構造中に、架橋剤に由来する構造を含むポリマーを指す。すなわち、酸性モノマーの二重結合と架橋剤の二重結合とが重合しており、このとき、架橋剤は2つ以上の二重結合を有するため、例えば、酸性モノマーが重合して得られた酸性ポリマー鎖が2本ある場合には、2本のポリマー鎖の間を架橋剤が橋かけしている状態となっている。表層膜中に、このような架橋ポリマーが含まれることにより、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックに含浸(ドープ)された酸成分の水中への溶出の抑制効果を著しく高めることができるとともに、表層膜の耐熱性を向上させることができる。
【0032】
ここで、架橋剤としては、重合可能な二重結合をその構造中に2つ以上含む化合物であることが好ましい。このような架橋剤の具体例としては、ポリエチレングリコールジメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、N’,N−メチレンビスアクリルアミド、エチレンジアクリレート、ポリエチレングリコールジアクリレート、アリルメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、テトラエチレングリコールジメタクリレート、1,3−ブタンジオールジメタクリレート、グリセリンジメタクリレート、ジウレタンジメタクリレート、トリメチルプロパントリメタクリレート、エバクリルのようなエポキシアクリレート、カルビノール、ブタジエン、イソプレン、クロロプレン、ジビニルベンゼン、ビスフェノールAジメチルアクリレート、ジビニルスルホン、ジエチレングリコールジビニルエーテル等が挙げられる。なお、これらの化合物は単独で、または、複数種を混合して用いることができる。また、架橋剤の酸性モノマーに対する質量比は、後述するように、0.1質量%以上50質量%以下が好ましく、1質量%以上30質量%以下がより好ましい。
【0033】
〈エンジニアリングプラスチックと架橋ポリマーとの配合比〉
本発明における表層膜中に含まれる酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマーとの配合比は、質量比で1対100から100対1の範囲が好ましく、1対10から10対1の範囲がより好ましく、1対5から5対1の範囲が最も好ましい。ここで、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックは、成膜された電解質膜の耐久性等を向上させる役割がある一方で、配合量が過剰であると、架橋ポリマーの配合量が相対的に少なくなり、プロトン伝導性が十分でなくなるおそれがある。また、架橋ポリマーは、成膜された電解質膜のプロトン伝導性を向上させる役割がある一方で、配合量が過剰であると、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックの配合量が相対的に少なくなり、電解質膜の耐久性等が十分でなくなるおそれがある。これに対して、上記エンジニアリングプラスチックと架橋ポリマーとの配合比を上述した範囲とすることにより、電解質膜の積層(表層膜と内層膜の積層)により膜厚が大きくなった場合であっても十分なプロトン伝導性を有するとともに、成膜された電解質膜の耐久性等を向上させることができる。
【0034】
〈水中への酸成分の溶出率〉
電解質膜(この場合、表層膜)から水中への酸成分の溶出率は、以下のようにして測定することができる。すなわち、電解質膜(表層膜)を0.05g計量し、この膜中の酸成分と架橋剤との合計質量をAgとする。ここで、酸成分と架橋剤の合計質量とは、成膜時の配合比から計算される量である。この計量した電解質膜を、2gの蒸留水中に80℃で30分間浸漬する。その後、電解質膜を引き上げ、残った浸漬液を150℃のオープン中で30分間加熱し、その蒸発残渣を計量し、これをBgとする。このとき、電解質膜から酸成分の水中への溶出率は以下の式(1)で算出することができる。
溶出率(%)=(B[g]/A[g])×100 ・・・(1)
【0035】
ここで、電解質膜から水中への酸成分の溶出率を60%以下とすることは、例えば、第1のモノマーの重合に電離性放射線を利用する場合には電離性放射線の線量を調整するか、または、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマー及び架橋剤の電解質膜(表層膜)中における含有量を調整することで可能となる。具体的には、電離性放射線の線量を調整する場合は、電離性放射線の線量を50kGy以上300kGy以下とすることが好ましく、100kGy以上250kGy以下とすることがさらに好ましい。また、第1のモノマー及び架橋剤の含有量を調整する場合は、第1のモノマーと架橋剤の合計の含有量を表層膜全体の質量に対して1.0質量%以上80質量%以下とすることが好ましく、10質量%以上70質量%以下とすることがさらに好ましい。また、第1のモノマーの質量に対する架橋剤の量を20質量%以上80質量%以下とすることが好ましく、40質量%以上60質量%以下とするのがさらに好ましい。例えば、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1モノマーの表層膜中の含有量を40質量%、架橋剤の表層膜中の含有量を20質量%とした前駆体膜に、電子線を200kGyの線量で照射すれば、酸成分の溶出率が60%以下の膜を得ることができる。
【0036】
〈表層膜の膜厚〉
上述したような表層膜は、水中への酸成分の溶出性を抑制するために設けられるのであるが、このような観点から、表層膜の膜厚は1μm以上であることが好ましい。一方、表層膜の厚みが厚過ぎると、内層膜と2枚の表層膜を積層した積層電解質膜全体としてのプロトン伝導性が大きく低下するおそれもあるため、表層膜の膜厚は100μm以下であることが好ましい。
【0037】
〈表層膜の構造〉
本発明に係る表層膜は、上述した酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、架橋ポリマーとが、同一の膜中に共存した構造を有している。より具体的には、本発明における表層膜の形態の一例として、表層膜の主骨格を構成するエンジニアリングプラスチックのポリマー鎖の間隙に、架橋ポリマーが存在している状態が挙げられる。また、本発明における表層膜の形態の他の例としては、表層膜の主骨格を構成するエンジニアリングプラスチックが多孔質であり、架橋ポリマーが多孔質の空孔部分に充填されている状態も挙げられる。
【0038】
また、本発明における表層膜の「膜」とは、ポリマーが均質な状態、または、多孔性を有した状態で、膜状あるいはフィルム状になっているものを指す。本発明における表層膜を形成するポリマーの構成成分としては、上述した酸性基を有するエンジニアリングプラスチックを必須成分として含むが、表層膜を形成するポリマーの構成成分として、上述したエンジニアリングプラスチック以外のポリマーが含まれていてもよい。このようなポリマーとして好ましいものは、例えば、ポリベンズイミダゾール類、ポリ(ピリジン類)、ポリ(ピリミジン類)、ポリイミダゾール類、ポリベンゾチアゾール類、ポリベンゾオキサゾール類、ポリオキサジアゾール類、ポリキノリン類、ポリキノキサリン類、ポリチアジアゾール類、ポリ(テトラザピレン類)、ポリオキサゾール類、ポリチアゾール類、ポリビニルピリジン類及びポリビニルイミダゾール類等が挙げられ、これらのポリマーを単独で、または、複数種を混合して用いることができる。
【0039】
〈表層膜中のその他の成分〉
本発明における表層膜中には、プロトン伝導を補助するために、上述した成分以外の他の成分が含まれていてもよい。このような他の成分としては、例えば、可塑剤、無機粒子、ポリエーテルなどがある。これらの具体例としては、プロトン伝導性を有するもので、一般に公知なものなら特に限定はされないが、例えば、可塑剤としてはフタル酸ジオクチル等、無機粒子としてはSiO等、ポリエーテルとしてはポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0040】
(内層膜の構成)
本発明に係る内層膜は、酸性基を有する第2のモノマーを高分子膜に含浸させた膜である。ここで、「酸性基を有する第2のモノマーを高分子膜に含浸させた膜」とは、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリベンズイミダゾール、ポリイミド、芳香族ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリアリレート、ポリベンズイミダゾール等を含む高分子膜、あるいはこれらをスルホン化したものを含む高分子膜に、リン酸、硫酸、ホスホン酸等の酸を含浸させたものを指す。
【0041】
〈酸性基を有する第2のモノマー〉
本発明に係る内層膜の構成成分となる「酸性基を有する第2のモノマー」において、電解質膜(すなわち、表層膜及び内層膜)の積層によって膜厚が大きくなった場合でも十分なプロトン伝導性を有するようにするという観点から、第2のモノマーにおける「酸性基」としては、例えば、ホスホン酸基、スルホン酸基、リン酸基、スルファミド基等を含むことが好ましく、この中でも、特に、ホスホン酸基及びスルホン酸基のうちの少なくともいずれか一方を含むことが好ましく、この具体的な例としては、リン酸、硫酸等があげられる。また、「酸性基を有する第2のモノマー」としては、電解質膜の積層により膜厚が大きくなった場合でも十分なプロトン伝導性を担保するという観点、および重合または架橋構造を形成することができるという観点から、例えば、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等が好ましく、これらのモノマーを単独で、または、複数種を混合して用いることができる。
【0042】
〈高分子膜〉
第2のモノマーが含まれている「高分子膜」とは、ポリマーが均質な状態、または、多孔性を有した状態で、膜状あるいはフィルム状になっているものを指す。本発明における高分子膜を形成するポリマーの構成成分として好ましいものは、例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリスルホン、ポリイミド、芳香族ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリアリレート、等、あるいはこれらをスルホン化したものや、ポリベンズイミダゾール類、ポリ(ピリジン類)、ポリ(ピリミジン類)、ポリイミダゾール類、ポリベンゾチアゾール類、ポリベンゾオキサゾール類、ポリオキサジアゾール類、ポリキノリン類、ポリキノキサリン類、ポリチアジアゾール類、ポリ(テトラザピレン類)、ポリオキサゾール類、ポリチアゾール類、ポリビニルピリジン類及びポリビニルイミダゾール類等が挙げられ、これらのポリマーを単独で、または、複数種を混合して用いることができる。より具体的には、スルホン化ポリマーとしては、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、等が好ましく、塩基性のポリマーでは、ポリベンズイミダゾール、ポリベンズチアゾール、ポリベンゾオキサゾール、ポリトリアゾール、ポリオキサジアゾール、ポリチアジアゾール、ポリピラゾール、ポリキノキサリン、ポリ(ピリジン)、ポリ(ピリミジン)及びポリ(テトラザピレン)等が挙げられ、特に塩基性のポリマーの場合、これらのポリマーの構成成分として、下記の一般式A−1、A−2、A−3のうちのいずれかの構造単位を含んでいることが好ましい。これらの構造単位を含むことによって、耐熱性の大きい高分子膜を得ることができるためである。
【0043】
【化1】

【0044】
〈高分子膜中のその他の成分〉
本発明における内層膜を形成する高分子膜中には、プロトン伝導を補助するために、上述した成分以外の他の成分が含まれていてもよい。このような他の成分としては、例えば、可塑剤、無機粒子、ポリエーテルなどがある。これらの具体例としては、プロトン伝導性を有するもので、一般に公知なものなら特に限定はされないが、例えば、可塑剤としてはフタル酸ジオクチル等、無機粒子としてはSiO等、ポリエーテルとしてはポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0045】
〈内層膜の好適な構造例〉
上述したような内層膜が有する構造の好適な例としては、例えば、以下の3通りの構造挙げられる。
【0046】
1つ目の例は、第2のモノマーが、リン酸、硫酸等の重合可能な官能基を有していない酸性化合物である場合の例である。この場合、リン酸、硫酸等の酸は液体の酸であるため、例えば、高分子膜が多孔質であれば、この多孔質の空孔部分に単に酸が染み込んでいる状態となっている。
【0047】
2つ目の例は、第2のモノマーが重合可能な官能基を有しており、この第2のモノマーが重合した構造を有している例である。「第2のモノマーが、重合可能な官能基を有しており、この第2のモノマーが重合していた構造」とは、例えば、上述した高分子膜に、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸が含浸され、かつ、含浸されたビニルホスホン酸等が重合している構造を指す。
【0048】
3つ目の例は、第2のモノマーが重合可能な官能基を有しており、この第2のモノマーが重合されたポリマーが架橋剤により架橋された構造を有している例である。「第2のモノマーが重合可能な官能基を有しており、この第2のモノマーが重合されたポリマーが架橋剤により架橋された構造」とは、例えば、重合可能な二重結合を2つ以上有するモノマーを架橋剤(具体例は、上述した表層膜において使用される架橋剤と同様)とし、この架橋剤と酸性基を有する第2のモノマーがお互いに重合及び架橋した構造となっていることを指す。すなわち、酸性モノマーの二重結合と架橋剤の二重結合とが重合しており、このとき、架橋剤は2つ以上の二重結合を有するため、例えば、酸性モノマーが重合して得られた酸性ポリマー鎖が2本ある場合には、2本のポリマー鎖の間を架橋剤が橋かけしている状態となっている。ただし、内層膜における第2のモノマーの架橋度は、表層膜における第1のモノマーの架橋度よりも小さい必要がある。
【0049】
上記3つ目の例の場合は、内層膜は、上述した表層膜と類似の構造を有する場合がある。ただし、内層膜は、表層膜とは異なり、水中への酸成分の溶出率が60%以下という要件を満たさないものであり、これは、例えば、第2のモノマーが重合及び架橋されたポリマーの重合度や電解質膜における架橋度(架橋密度)などを、表層膜における架橋ポリマーの場合よりも小さくすることにより実現できる。なお、架橋度(架橋密度)とは、高分子材料中に架橋が存在するとき、全体の構造単位に対する架橋点数の割合を指す。また、第2のモノマーが重合及び架橋されたポリマーの重合度や架橋度は、第2のモノマーを重合させる際の電離線放射線を用いる場合には電離性放射線の線量、または第2のモノマーと架橋剤の高分子膜(内層膜)中における含有量を調整することによって制御できる。
【0050】
(表層膜と内層膜との積層)
本発明における積層電解質膜は、例えば、図1及び図2に示すように、上述した1つ目の例に相当する内層膜1、または、上述した3つ目の例が相当する内層膜2を、2枚の表層膜3が挟むように、表層膜3、内層膜1(または内層膜2)、表層膜3の順でこれらが積層された構造を有している。図1は、上述した1つ目の例に相当する内層膜1が2枚の表層膜3に挟まれた状態となるように3枚の電解質膜が積層された本発明に係る積層電解質膜の構造の一例を示している。また、図2は、上述した3つ目の例に相当する内層膜2が2枚の表層膜3に挟まれた状態となるように3枚の電解質膜が積層された本発明に係る積層電解質膜の構造の一例を示している。
【0051】
ここで、各電解質膜間(図1では、内層膜1と表層膜2との間)の積層界面は物理的に接触しているだけ状態でも燃料電池用の電解質膜として必要な性能を満たすものが得られる。ただし、キャスト溶液をガラス基板等にキャスト及び成膜して前駆体膜を形成し、得られた前駆体膜を積層させた後に第1のモノマー及び第2のモノマーを重合させると、各電解質膜間の積層界面で化学結合が生じ、これにより積層界面の密着性が高まるため、好ましい。
【0052】
以上説明したような本発明に係る積層電解質膜は、高い伝導性を有する内層膜の両面を、低い酸成分の溶出性を有する表層膜で挟むように、1枚の内層膜と2枚の表層膜が積層された構造を有している。従って、このような積層電解質を用いれば、プロトン伝導性を大きく低下させることなく、電解質膜からの酸成分の溶出抑制効果を従来よりもさらに高めることが可能となる。
【0053】
[本発明に係る積層電解質膜の製造方法]
以上、本発明に係る積層電解質膜の構造について詳細に説明したが、続いて、このような積層電解質膜の製造方法について詳細に説明する。本発明に係る積層電解質膜を製造する方法としては、主に、以下の2通りの方法が挙げられる。
【0054】
(本発明に係る積層電解質膜の製造方法の概要)
第1の方法は以下の通りである。まず、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーと、架橋剤とを含む第1のキャスト溶液を作成する。この第1のキャスト溶液を、例えばガラス基板等の基材上にキャストして前駆体膜を形成する。ここで、前駆体膜とは、酸性モノマーの重合前の自立性を有する膜のことを意味する(以下同様)。次に、この前駆体膜中の第1のモノマーを重合及び架橋させ、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと第1のポリマーとをその構造中に含んだ表層膜を作成する。
【0055】
また、第1のキャスト溶液とは別に、酸性基を有するポリマーと、酸性基を少なくとも有する第2のモノマーとを含む第2のキャスト溶液を作成する。この第2のキャスト溶液を、例えばガラス基板等の基材上にキャストして成膜することにより、表層膜を作成する。このとき、第2のモノマーが重合可能な官能基を有するものであれば、第2のキャスト溶液をキャストして前駆体膜を形成した後に、この前駆体膜中の第2のモノマーを重合させることにより、内層膜を作成する。
【0056】
次に、このようにして作成した2枚の表層膜と1枚の内層膜とを、表層膜、内層膜、表層膜の順になるように積層させることにより、本発明に係る積層電解質膜とすることができる。
【0057】
第2の方法は以下の通りである。まず、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーと、架橋剤とを含む第1のキャスト溶液を作成する。この第1のキャスト溶液を、例えばガラス基板等の基材上にキャストして、表層膜の前駆体膜を形成する。
【0058】
また、第1のキャスト溶液とは別に、酸性基を有するポリマーと、酸性基を少なくとも有する第2のモノマーとを含む第2のキャスト溶液を作成しておき、この第2のキャスト溶液を、例えばガラス基板等の基材上にキャストして成膜する。このとき、第2のモノマーが重合可能な官能基を有するものであれば、成膜後の膜は内層膜の前駆体膜となり、第2のモノマーが重合可能な官能基を有しないものであれば、内層膜そのものとなる。
【0059】
次に、このようにして形成された内層膜または内層膜の前駆体膜上に、表層膜の前駆体膜を積層させる。さらに、積層された表層膜の前駆体膜及び内層膜(またはその前駆体膜)において、表層膜の前駆体膜中の第1のモノマー(必要に応じて、内層膜の前駆体中の第2のモノマー)を重合(第1のモノマーの場合は更に架橋)させ、本発明に係る積層電解質膜とすることができる。
【0060】
これら2通りの方法のうち、第2の方法によって得られる積層電解質膜は、各電解質膜(本発明では、内層膜と表層膜との間)の積層界面に化学結合が形成され、これにより、積層界面の密着性を向上させることができる。また、後述するように、電離性放射線を利用して第1のモノマー(必要に応じて、第2のモノマー)を重合反応させる場合には、第2の方法によれば、積層させる各前駆体膜のそれぞれに電離線放射線を照射する必要が無く、積層された前駆体膜全体に対して電離性放射線を照射すれば良いので、電離性放射線の照射回数を低減できる。以上のような観点からは、本発明に係る積層電解質膜の製造方法としては、第2の方法によることが好ましい。
【0061】
(積層されていることの確認)
このようにして得られた積層電解質膜において、各電解質膜が積層しているか否かは、積層電解質膜の断面を観察することにより確認することができる。この観察には、光学顕微鏡または電子顕微鏡を用い、膜断面の観察の結果、積層界面の存在を確認することができれば、各電解質膜が積層していると判定する。また、積層界面が明瞭でなく、積層界面の存在を明瞭に確認できない場合でも、積層電解質膜の膜面に対して平行な方向にせん断力を加えた結果、積層界面が剥離する場合に、各電解質膜が積層していると判定することもできる。
【0062】
〈酸成分の溶出率の確認〉
上記のようにして、得られた積層電解質膜を構成する各電解質膜が積層されていることが確認された場合には、積層電解質膜から2枚の表層膜を剥離させた後、上述した測定方法に従い、上記式(1)を用いて算出することで、表層膜および内層膜の酸成分の水中への溶出率を確認することができる。
【0063】
〈キャスト溶液の作成〉
以上のような積層電解質膜の製造方法において、第1のキャスト溶液の作成は、酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーと、架橋剤とを溶媒に溶解させて均一な溶液とすることにより行う。また、第2のキャスト溶液の作成は、酸性基を有するポリマーと、酸性基を少なくとも有する第2のモノマーとを溶媒に溶解させて均一な溶液とすることにより行う。均一な溶液となっているかどうかは、作成されたキャスト溶液がほぼ透明な外観を有している場合には、均一な溶液になっていると判断することができる。この場合は、キャスト溶液をガラス基板等にキャストした後に、溶媒を蒸発させてから成膜して前駆体膜を作成する。キャスト溶液を作成する際の溶媒としては、上記エンジニアリングプラスチックや酸性モノマーとの溶解性等を考慮すると、例えば、ホルムアミド、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルプロピオアミド、2−ピロリジノン、N−メチルピロリドン等が好ましい。
【0064】
ただし、例えば第1のキャスト溶液を作成する場合、酸性基を有するエンジニアリングプラスチック、第1のモノマー、架橋剤に熱を加えることにより、これらが溶融混合して均一な溶融液となる場合には、上記のような溶剤は不要である。この場合は、均一な溶融液である第1のキャスト溶液をそのままガラス基板等にキャストして成膜することで表層膜の前駆体膜を作成することができる。なお、これは、第2のキャスト溶液を作成する場合も同様である。
【0065】
〈第1のキャスト溶液への架橋剤の添加等〉
第1のキャスト溶液中には、上述したように、架橋剤を添加する。架橋剤を添加することにより、形成された積層電解質膜から水中への酸成分の溶出率を抑制するとともに、積層電解質膜の耐熱性等を向上させることができる。架橋剤の具体例については上述したとおりである。また、第1のキャスト溶液への架橋剤の添加量としては、形成された積層電解質膜からの水中への酸成分の溶出率の抑制や積層電解質膜の耐熱性向上等の観点から、第1のモノマー100質量%に対し、0.1質量%以上50質量%以下の範囲が好ましく、1質量%以上30質量%以下の範囲がより好ましい。また、本発明に係る積層電解質膜の製造に用いる第1及び第2のキャスト溶液中には、その他の添加剤として、溶液の粘度調整用の水または溶剤を添加してもよい。
【0066】
〈モノマーの重合方法〉
本発明に係る積層電解質膜の製造方法において、第1のモノマー(場合によっては、第2のモノマー)の重合方法としては、特に限定されないが、例えば、重合開始剤を用いて熱を加えて重合(熱重合)させる方法、紫外線を照射して重合させる方法、プラズマを照射して重合させる方法、電離性放射線(例えば、α線,β線,陽子線,電子線,中性子線等の粒子線や、γ線,X線等の電磁放射線)を照射して重合させる方法などを用いることができる。熱重合では、キャスト溶液中に重合開始剤を添加して作成された前駆体膜をオーブン等で加熱する。加熱温度、加熱時間等の加熱条件は、得られる電解質膜の特性を見ながら調整することが可能である。このときの重合開始剤としては、特に限定はされないが、例えば、2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオンアミジン)二塩基酸、アゾビスイソブチルニトリル等を使用できる。紫外線による重合では、作成された前駆体膜に紫外線を照射する。プラズマによる重合では、作成された前駆体膜にプラズマを照射する。電離性放射線による重合では、作成された前駆体膜に電離性放射線を照射する。紫外線による重合、プラズマによる重合、電離性放射線による重合において、紫外線、プラズマ、電離性放射線の強度、照射時間等の照射条件は、得られる電解質膜の特性を見ながら調整することが可能である。
【0067】
このうち、本発明における第1のモノマー(場合によっては、第2のモノマー)の重合方法としては、上述した各種の方法のうちで、電離性放射線を利用する重合方法、特に、電子線を利用する重合方法が好ましい。このように、電離性放射線(特に、電子線)を前駆体膜に照射して重合すると、他の方法により重合する場合と比べ、積層電解質膜の製造におけるモノマーの重合に要する時間を従来よりも大幅に短縮することができる。また、電離性放射線による重合方法の場合には、重合開始剤を用いる必要がないので、重合開始剤の偏在による重合班の発生や、脱泡や製品化した後に重合開始剤が残留していることによる悪影響などを抑制することができる。
【0068】
ここで、本発明に係る積層電解質膜の製造方法においては、表層膜を作成する場合には、膜から水中への酸成分の溶出率を60%以下とすることが必要である。このように膜から水中への酸成分の溶出率を60%以下とするには、例えば、第1のモノマーの重合に電離性放射線を利用する場合には電離性放射線の線量を調整するか、または、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマー及び架橋剤の電解質膜(表層膜)中における含有量を調整すればよい。具体的には、電離性放射線の線量を調整する場合は、電離性放射線の線量を50kGy以上300kGy以下とすることが好ましく、100kGy以上250kGy以下とすることがさらに好ましい。また、第1のモノマー及び架橋剤の含有量を調整する場合は、第1のモノマーと架橋剤の合計の含有量を表層膜全体の質量に対して1.0質量%以上80質量%以下とすることが好ましく、10質量%以上70質量%以下とすることがさらに好ましい。また、第1のモノマーの質量に対する架橋剤の量を20質量%以上80質量%以下とすることが好ましく、40質量%以上60質量%以下とするのがさらに好ましい。
【0069】
(本発明に係る膜電極接合体)
本発明に係る膜電極接合体は、酸素極と、燃料極と、酸素極と燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜を備え、この燃料電池用電解質膜として、上述した本発明に係る積層電解質膜を使用するものである。具体的には、本発明に係る膜電極接合体は、図3に一例を示すように、表層膜3、内層膜1及び表層膜3がこの順で積層された積層電解質膜を、カソード電極4、アノード電極5で狭持した構造を有する。図3で示されている膜電極接合体は、図1に示されている積層電解質膜を使用した場合の例である。ここで、カソード電極4は酸素極、アノード電極5は燃料極に対応する。各電極は、燃料電池が作動する際に供給されるガスに接する電極層であり、公知の技術によって得られるものを使用することができる。
【0070】
電極と積層電解質膜を用いて膜電極接合体を作成する方法としては、積層電解質膜をカソード電極とアノード電極に狭持させれば良い。具体的には、例えば、固体高分子型燃料電池(PEFC)の場合には、上述のようにして得た積層電解質膜の両側を電極としての触媒層で挟み、さらにガス拡散層を設け、これらを一体化して膜電極接合体を製造する。また、電極と電解質膜の密着性を高める目的で、膜電極接合体の膜面方向に圧力がかかる状態でプレスすることも推奨される。
【0071】
(本発明に係る燃料電池)
本発明に係る燃料電池は、上述した本発明に係る膜電極接合体を備える。本発明に係る積層電解質膜は、高温領域、かつ無加湿の条件下で、安定して高いプロトン伝導性及び高い酸の溶出軽減効果を有するので、これを用いた本発明に係る燃料電池は、電解質膜に欠陥が存在する場合でも、急激な電池性能の低下を防止できるとともに、起電力特性、電流−電圧特性、電池寿命等の発電特性に優れるものとなる。
【0072】
このような本発明の燃料電池は、上述のようにして得た膜電極接合体を用いて、公知の方法により製造することができる。すなわち、上述のようにして得られた膜電極接合体の両側を金属セパレータ等のセパレータで挟み、単位セルを構成し、この単位セルを複数並べることにより、燃料電池スタックを製造することができる。
【実施例】
【0073】
次に、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例1〜3では、積層電解質膜を製造し、得られた積層電解質膜について(実施例1及び2では、表層膜単独の場合と内層膜単独の場合についても)、150℃・無加湿でのプロトン伝導度(mS/cm)の測定、及び、水中への酸成分の溶出率の測定を行った。
【0074】
〈プロトン伝導度の測定方法〉
得られた積層電解質膜のプロトン伝導度を、150℃・無加湿の条件で、交流インピーダンス法によって測定した。
【0075】
〈酸成分の溶出率の測定方法〉
電解質膜(表層膜)を0.05g計量し、この膜中の酸成分と架橋剤との合計質量をAgとした。ここで、酸成分と架橋剤の合計質量とは、成膜時の配合比から計算される量である。この計量した電解質膜を、2gの蒸留水中に80℃で30分間浸漬した。その後、電解質膜を引き上げ、残った浸漬液を150℃のオープン中で30分間加熱し、その蒸発残渣を計量し、これをBgとした。さらに、下記式(1)を用いて電解質膜から酸成分の水中への溶出率を算出した。
溶出率(%)=(B[g]/A[g])×100 ・・・(1)
【0076】
以下、各実施例及び比較例の詳細について説明する。
【0077】
(実施例1:積層電解質膜の作成と評価)
〈表層膜の作成〉
酸性基を有するエンジニアリングプラスチックとしてイオン交換容量1.5meq/gのスルホン化ポリエーテルエーテルケトン(Aldrich社製のポリエーテルエーテルケトンをクロルスルホン酸でスルホン化したもの:以下同様)3質量部、第1のモノマーとしてビニルホスホン酸(東京化成製:以下同様)3質量部、架橋剤としてポリエチレングリコールジメタクリレート(Aldrich製:以下同様)1.5質量部、溶媒としてジメチルアセトアミド(関東化学社製:以下同様)20質量部を混合して均一なキャスト溶液とした。
【0078】
これをガラス基板上にキャストし、80℃で3時間加熱してジメチルアセトアミドを除去し、厚みが40μmの前駆体膜を得た。この前駆体膜に、窒素雰囲気下、250kVの加速電圧で、200kGyの電子線照射を行い、電解質膜(表層膜)を得た。この電解質膜の150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は0.2mS/cm、酸成分の溶出率は50%であった。
【0079】
〈内層膜の作成〉
厚み40μmのポリベンズイミダゾール膜に、60℃で2時間、リン酸を含浸させ、ポリベンズイミダゾール膜にリン酸がドープされた電解質膜(内層膜)を得た。得られた電解質膜の厚みは100μm、リン酸のドープ率は360%、150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は14.0mS/cm、酸成分の溶出率は91%であった。
【0080】
〈積層電解質膜の作成〉
上述したようにして得られた内層膜の上面及び下面に表層膜を積層させ、内層膜が表層膜に挟まれた状態とした積層電解質膜を作成した。得られた積層電解質膜の厚みは、180μm、150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は5.3mS/cm、酸成分の溶出率は49%であった。
【0081】
(実施例2:積層電解質膜の作成と評価)
〈内層膜の作成〉
イオン交換容量1.5meq/gのスルホン化ポリエーテルエーテルケトン3質量部、ビニルホスホン酸10質量部、ポリエチレングリコールジメタクリレート0.3質量部、ジメチルアセトアミド20質量部を混合して均一なキャスト溶液とした。
【0082】
これをガラス基板上にキャストし、80℃で3時間加熱してジメチルアセトアミドを除去し、厚みが200μmの前駆体膜を得た。この前駆体膜に、窒素雰囲気下、250kVの加速電圧で、線量200kGyの電子線照射を行い、電解質膜(内層膜)を得た。この電解質膜の150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は11.5mS/cm、酸成分の溶出率は75%であった。
【0083】
〈積層電解質膜の作成〉
上述したようにして得られた内層膜の上面及び下面に、実施例1と同様の方法で得られた表層膜を積層させ、内層膜が表層膜に挟まれた状態とした積層電解質膜を作成した。得られた積層電解質膜の厚みは、280μm、150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は5.5mS/cm、酸成分の溶出率は50%であった。
【0084】
(実施例3:積層電解質膜の作成と評価)
実施例1に記載されたようにして作成した表層膜の前駆体膜を2枚、及び、実施例2に記載されたようにして作成した内層膜の前駆体膜を1枚用意し、内層膜の前駆体膜の上面及び下面に、表層膜の前駆体膜を積層させ、内層膜の前駆体膜が表層膜の全体膜に挟まれた状態として、積層電解質膜の前駆体膜(積層前駆体膜)とした。この状態で、窒素雰囲気下、250kVの加速電圧で、線量200kGyの電子線照射を積層前駆体膜の表裏両面に行い、積層電解質膜を作成した。得られた積層電解質膜の厚みは270μm、150℃・無加湿におけるプロトン伝導度は5.2mS/cm、酸成分の溶出率は51%であった。
【0085】
(評価結果の比較)
実施例1の方法で得られた表層膜単独のもの、実施例1の方法で得られた内層膜単独のもの、実施例2の方法で得られた内層膜単独のもの、及び実施例1〜3で得られた積層電解質膜のそれぞれについて、150℃・無加湿におけるプロトン伝導度(mS/cm)と、膜からの酸成分の溶出率(%)との関係を図4に示した。なお、図4は、電解質膜についてのプロトン伝導度(mS/cm)と、膜からの酸成分の溶出率(%)との関係の一例を示すグラフであり、縦軸がプロトン伝導度(mS/cm)を示しており、横軸が酸成分の溶出率(%)を示している。また、図4において、◆は実施例1の表層膜単独、■は実施例1の内層膜単独、▲は実施例2の内層膜単独、◇は実施例1の積層電解質膜、△は実施例2の積層電解質膜、○は実施例3の積層電解質膜を示している。
【0086】
図4に示すように、実施例1の方法で得られた表層膜単独のものについては、溶出率は低いがプロトン伝導度が低かった。また、実施例1の方法で得られた内層膜単独のもの、及び実施例2の方法で得られた内層膜単独のものについては、プロトン伝導度は高いが溶出率が高かった。これに対して、実施例1〜3の方法で得られた積層電解質膜については、内層膜単独のものと比べて、プロトン伝導度が大きく低下することなく、酸成分の溶出率が大きく低減されていることがわかった。
【0087】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明における積層電解質膜の積層パターンの一例を示す説明図である。
【図2】本発明における積層電解質膜の積層パターンの一例を示す説明図である。
【図3】本発明における膜電極接合体の構造の一例を示す説明図である。
【図4】本発明の実施例におけるプロトン伝導度(mS/cm)と、膜からの酸成分の溶出率(%)との関係の一例を示すグラフである。
【符号の説明】
【0089】
1 内層膜
2 内層膜
3 表層膜
4 カソード電極
5 アノード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーを重合させて得られるポリマー鎖を架橋剤により架橋した架橋ポリマーと、を含む第1の電解質膜と、
酸性基を有する第2のモノマーを高分子膜に含浸させた第2の電解質膜と、
を備え、
前記第1の電解質膜、前記第2の電解質膜及び前記第1の電解質膜がこの順で積層された構造を有し、
前記第1の電解質膜は、水中への酸成分の溶出率が60%以下であることを特徴とする、積層電解質膜。
【請求項2】
前記第2のモノマーが、重合可能な官能基を有し、
当該第2のモノマーが重合しているか、または、当該第2のモノマーが重合されたポリマーが架橋剤により架橋構造を有することを特徴とする、請求項1に記載の積層電解質膜。
【請求項3】
前記酸性基が、ホスホン酸基及びスルホン酸基からなる群から選択される1種以上の酸性基を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の積層電解質膜。
【請求項4】
前記第1のモノマーが、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸及び2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸からなる群から選択される1種以上のモノマーを含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の積層電解質膜。
【請求項5】
前記第2のモノマーが、ビニルホスホン酸、ビニルスルホン酸及び2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸からなる群から選択される1種以上のモノマーを含むことを特徴とする、請求項2に記載の積層電解質膜。
【請求項6】
酸性基を有するエンジニアリングプラスチックと、酸性基及び重合可能な官能基を有する第1のモノマーと、架橋剤とを含む第1のキャスト溶液を作成し、前記第1のキャスト溶液を基材上にキャストして膜状に成形して第1の前駆体膜を形成し、
酸性基を有するポリマーと、酸性基を少なくとも有する第2のモノマーとを含む第2のキャスト溶液を作成し、前記第2のキャスト溶液を基材上にキャストして膜状に成形して第2の前駆体膜を形成し、
前記第1の前駆体膜、前記第2の前駆体膜及び前記第1の前駆体膜をこの順で積層させた後に、
前記第1のモノマーを重合及び架橋させるとともに、前記第2のモノマーを重合させることを特徴とする、積層電解質膜の製造方法。
【請求項7】
前記重合は、電離性放射線を利用して行われることを特徴とする、請求項6に記載の積層電解質膜の製造方法。
【請求項8】
酸素極と、燃料極と、前記酸素極と前記燃料極との間に位置する燃料電池用電解質膜と、を備え、
前記燃料電池用電解質膜は、請求項1〜5のいずれかに記載の積層電解質膜であることを特徴とする、膜電極接合体。
【請求項9】
請求項8に記載の膜電極接合体を備える、燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−129239(P2010−129239A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−300180(P2008−300180)
【出願日】平成20年11月25日(2008.11.25)
【出願人】(598045058)株式会社サムスン横浜研究所 (294)
【Fターム(参考)】