説明

空燃比センサの異常診断装置

【課題】空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断する。
【解決手段】燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を複数の一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに対する入力u(t)及び出力y(t)に基づき複数の一次遅れ要素のパラメータを同定する。そして、この同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する。単なる空燃比センサの異常ではなく、空燃比センサの所定の特性の異常を判定するので、異常診断をより緻密且つ詳細に実行できる。実際の系を、単純な一次遅れよりむしろ複数の一次遅れでモデル化した方がより正確である場合に特に有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常を診断する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
触媒を利用した排気ガス浄化システムを備える内燃機関では、触媒による排気ガスの有害成分の浄化を有効に行うため、内燃機関で燃焼される混合気の空気と燃料との混合割合、すなわち空燃比のコントロールが欠かせない。こうした空燃比の制御を行うため、内燃機関の排気通路に、排気ガスの特定成分の濃度に基づいて空燃比を検出する空燃比センサを設け、その検出された空燃比を所定の目標空燃比に近づけるようフィードバック制御を実施している。
【0003】
ところで、空燃比センサに劣化、故障等の異常を来すと、正確な空燃比フィードバック制御が実行できなくなり排ガスエミッションが悪化する。よって空燃比センサの異常を診断することが従来から行われている。特に、自動車に搭載されたエンジンの場合、排ガスが悪化した状態での走行を未然に防止するため、車載状態(オンボード)で空燃比センサの異常を検出することが各国法規等からも要請されている。
【0004】
特許文献1には、オープンループ制御により空燃比を周期的に増減し、これに伴って増減する空燃比センサ出力の軌跡長又は面積に基づいて空燃比センサの異常を検出する空燃比センサの異常検出装置が開示されている。また、特許文献2には、燃料の噴射から触媒下流の空燃比センサ出力までの系をモデル化し、このモデルの伝達関数を一次遅れ要素とむだ時間要素とで表し、このモデルにおいて逐次同定された同定パラメータ(比例定数、遅れの時定数、むだ時間)に基づいて空燃比フィードバック制御ゲインを逐次変更することが開示されている。同定されたむだ時間は触媒の劣化診断にも利用される。
【0005】
【特許文献1】特開2005−30358号公報
【特許文献2】特開2004−360591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、空燃比センサ自体が正常なのか異常なのかは判別できるものの、空燃比センサの特性のうち、いずれが正常なのか異常なのかは判別することができない。即ち、空燃比センサには複数の特性が含まれているが、特許文献1に記載の技術だと、これら特性のうちのいずれが異常なのかを判別することができない。また、特許文献2に記載の技術は、空燃比フィードバック制御の制御ゲインの最適化を狙ったものであり、これに付随して触媒の劣化診断は行えるものの、空燃比センサの異常診断を行うことはできない。
【0007】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断することができる空燃比センサの異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の形態によれば、
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を複数の一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力と空燃比センサから得られる出力とに基づき、前記複数の一次遅れ要素におけるパラメータを同定する同定手段と、
該同定手段により同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する異常判定手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置が提供される。
【0009】
この第1の形態によれば、単に空燃比センサの異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。よって空燃比センサの複数の特性のうち、いずれが異常なのかを判別することができ、空燃比センサの異常診断をより緻密且つ詳細に実行することができる。燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を、単純な一次遅れよりもむしろ複数の一次遅れで表した方がより正確である場合があり、この場合に第1の形態は非常に有効である。
【0010】
本発明の第2の形態は、前記第1の形態において、
前記異常判定手段が、前記同定手段により同定された二つの一次遅れ要素の少なくとも四つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする。
【0011】
この第2の形態によれば、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常が判定されるので、その少なくとも二つの特性の異常を個別に判定でき、空燃比センサの異常診断として極めて好適なものとすることができる。
【0012】
本発明の第3の形態は、前記第2の形態において、
前記少なくとも四つのパラメータが少なくとも第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも出力と応答性であることを特徴とする。
【0013】
空燃比センサの特性のうち、出力と応答性はセンサの性能を左右するような重要な特性である。この第3の形態によれば、少なくとも、これら重要な二つの特性の異常を診断できるので、空燃比センサの異常診断として極めて好適である。
【0014】
本発明の第4の形態は、前記第3の形態において、
前記同定手段が、前記第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とを同時に同定することを特徴とする。
【0015】
本発明の第5の形態は、前記第4の形態において、
前記異常判定手段が、前記同定された第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とに基づいて、前記空燃比センサの出力と応答性の異常を同時に判定する。
【0016】
これら第4及び第5の形態によれば、四つのパラメータの同定を同時に行うと共に、二つの異常判定を同時に行うので、同定及び異常判定を効率良く行うことができる。
【0017】
本発明の第6の形態は、前記第3の形態において、
前記同定手段が、前記二つの一次遅れ要素における第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とを同定し、
前記異常判定手段が、
前記第1のゲインが所定の第1のゲイン増大異常判定値より大きいか又は前記第2のゲインが所定の第2のゲイン増大異常判定値より大きいとき、空燃比センサを出力増大異常と判定し、
前記第1のゲインが所定の第1のゲイン縮小異常判定値より小さいか又は前記第2のゲインが所定の第2のゲイン縮小異常判定値より小さいとき、空燃比センサを出力減少異常と判定し、
前記第1の時定数が所定の第1の時定数異常判定値より大きいか又は前記第2の時定数が所定の第2の時定数異常判定値より大きいとき、空燃比センサを応答性異常と判定する
ことを特徴とする。
【0018】
二つの一次遅れ要素における第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とは、その各々に対し正常とみなせる数値範囲がある。この第6の形態によれば、四つのパラメータのいずれかが正常範囲から外れた場合に空燃比センサの出力又は応答性の異常と判定するので、より緻密に異常診断を実行することができる。
【0019】
本発明の第7の形態は、前記第1乃至第6のいずれかの形態において、
前記系が複数の一次遅れ要素の和によりモデル化される
ことを特徴とする。
【0020】
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系は、複数の一次遅れ要素の和によりモデル化できる場合があり、この場合に第7の形態は非常に有効である。
【0021】
本発明の第8の形態は、前記第1乃至第7のいずれかの形態において、
前記入力から前記出力までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力と前記出力との少なくとも一方をシフト補正するむだ時間補正手段を備えることを特徴とする。
【0022】
これにより輸送遅れの影響を無くし、パラメータの同定精度を向上することが可能となる。
【0023】
本発明の第9の形態は、前記第8の形態において、
前記むだ時間補正手段が、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0024】
本発明の第10の形態は、前記第8の形態において、
前記むだ時間補正手段が、前記入力と前記出力との分散値を算出し、前記出力の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力の分散値ピークと前記出力の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0025】
本発明の第11の形態は、前記第10の形態において、
前記むだ時間補正手段が、前記出力の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力と前記出力との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする。
【0026】
本発明の第12の形態は、前記第8の形態において、
前記むだ時間補正手段が、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力と前記出力との分散値ピークの時間差又は前記入力と前記出力との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを特徴とする。
【0027】
本発明の第13の形態は、前記第1乃至第12のいずれかの形態において、
前記入力と前記出力との間のバイアスを除去するように前記入力と前記出力との少なくとも一方を補正するバイアス補正手段を備える
ことを特徴とする。
【0028】
これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を向上することができる。
【0029】
本発明の第14の形態は、前記第1乃至第13のいずれかの形態において、
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力を補正する燃料補正手段を備えることを特徴とする。
【0030】
これによりパラメータの同定精度を向上することが可能となる。
【0031】
本発明の第15の形態は、前記第1乃至第14のいずれかの形態において、
前記入力を強制的に振動させるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段を備え、前記同定手段が、前記アクティブ制御中の前記入力と前記出力とに基づき、前記複数の一次遅れ要素におけるパラメータを同定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断することができるという、優れた効果が発揮される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明を実施するための最良の形態を添付図面に基づき説明する。
【0034】
図1は、本実施形態に係る内燃機関の概略図である。図示されるように、内燃機関1は、シリンダブロック2に形成された燃焼室3の内部で燃料および空気の混合気を燃焼させ、燃焼室3内でピストン4を往復移動させることにより動力を発生する。本実施形態の内燃機関1は車両用多気筒エンジン(例えば4気筒エンジン、1気筒のみ図示)であり、火花点火式内燃機関、より具体的にはガソリンエンジンである。
【0035】
内燃機関1のシリンダヘッドには、吸気ポートを開閉する吸気弁Viと、排気ポートを開閉する排気弁Veとが気筒ごとに配設されている。各吸気弁Viおよび各排気弁Veは図示しないカムシャフトによって開閉させられる。また、シリンダヘッドの頂部には、燃焼室3内の混合気に点火するための点火プラグ7が気筒ごとに取り付けられている。
【0036】
各気筒の吸気ポートは気筒毎の枝管を介して吸気集合室であるサージタンク8に接続されている。サージタンク8の上流側には吸気集合通路をなす吸気管13が接続されており、吸気管13の上流端にはエアクリーナ9が設けられている。そして吸気管13には、上流側から順に、吸入空気量を検出するためのエアフローメータ5と、電子制御式スロットルバルブ10とが組み込まれている。吸気ポート、枝管、サージタンク8及び吸気管13により吸気通路が形成される。
【0037】
吸気通路、特に吸気ポート内に燃料を噴射するインジェクタ(燃料噴射弁)12が気筒ごとに配設される。インジェクタ12から噴射された燃料は吸入空気と混合されて混合気をなし、この混合気が吸気弁Viの開弁時に燃焼室3に吸入され、ピストン4で圧縮され、点火プラグ7で点火燃焼させられる。
【0038】
一方、各気筒の排気ポートは気筒毎の枝管を介して排気集合通路をなす排気管6に接続されている。排気ポート、枝管及び排気管6により排気通路が形成される。排気管6には、その上流側と下流側とに三元触媒からなる触媒11,19が取り付けられている。上流側触媒11の前後の位置にそれぞれ排気ガスの空燃比を検出するための空燃比センサ17,18、即ち触媒前センサ及び触媒後センサ17,18が設置されている。これら触媒前センサ及び触媒後センサ17,18は排気ガス中の酸素濃度に基づいて空燃比を検出する。触媒前センサ17は所謂広域空燃比センサからなり、比較的広範囲に亘る空燃比を連続的に検出可能で、その空燃比に比例した電流信号を出力する。他方、触媒後センサ18は所謂O2センサからなり、理論空燃比を境に出力電圧が急変する特性を持つ。
【0039】
上述の点火プラグ7、スロットルバルブ10及びインジェクタ12等は、制御手段としての電子制御ユニット(以下ECUと称す)20に電気的に接続されている。ECU20は、何れも図示されないCPU、ROM、RAM、入出力ポート、および記憶装置等を含むものである。またECU20には、図示されるように、前述のエアフローメータ5、触媒前センサ17、触媒後センサ18のほか、内燃機関1のクランク角を検出するクランク角センサ14、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ15、その他の各種センサが図示されないA/D変換器等を介して電気的に接続されている。ECU20は、各種センサの検出値等に基づいて、所望の出力が得られるように、点火プラグ7、スロットルバルブ10、インジェクタ12等を制御し、点火時期、燃料噴射量、燃料噴射時期、スロットル開度等を制御する。なおスロットル開度は通常アクセル開度に応じた開度に制御される。
【0040】
触媒11,19は、これに流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比(ストイキ、例えばA/F=14.6)のときにNOx ,HCおよびCOを同時に浄化する。そしてこれに対応して、ECU20は、内燃機関の通常運転時、触媒11,19に流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比に等しくなるように、空燃比を制御する(所謂ストイキ制御)。具体的にはECU20は、理論空燃比に等しい目標空燃比A/Ftを設定すると共に、燃焼室3内に流入する混合気の空燃比を目標空燃比A/Ftに一致させるような基本噴射量を算出する。そして、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比と目標空燃比A/Ftとの差に応じて基本噴射量をフィードバック補正し、この補正後の噴射量に応じた通電時間だけインジェクタ12を通電(オン)する。この結果、触媒11,19に供給される排気ガスの空燃比は理論空燃比近傍に保たれ、触媒11,19において最大の浄化性能が発揮されるようになる。このようにECU20は、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比が目標空燃比A/Ftに近づくように空燃比(燃料噴射量)をフィードバック制御する。なお、触媒後センサ18は、このような空燃比フィードバック制御における空燃比ズレを補正するために設けられている。
【0041】
次に、本実施形態における空燃比センサの異常診断について説明する。本実施形態で診断対象となるのは上流側触媒11の上流側に設置された空燃比センサ、即ち触媒前センサ17である。
【0042】
当該異常診断においては、インジェクタ12から触媒前センサ17までの系が複数の一次遅れ要素によりモデル化され、触媒前センサ17に与えられる入力と、触媒前センサ17から得られる出力とに基づき、複数の一次遅れ要素におけるパラメータが同定(推定)される。そして、この同定されたパラメータに基づき、触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
【0043】
入力として、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算された吸入空気量Gaとの比Ga/Q、即ち入力空燃比A/Fuが用いられる。以下、入力をu(t)で表す(u(t)=A/Fu=Ga/Q)。他方、出力として、触媒前センサ17の出力電流値から換算される空燃比、即ち出力空燃比A/Fyが用いられる。以下、出力をy(t)で表す(y(t)=A/Fy)。入力u(t)を触媒前センサ17に与えたときの出力y(t)の出方から、複数の一次遅れ要素におけるパラメータを同定し、この同定されたパラメータに基づき触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
【0044】
図2に示すように、本実施形態では、空燃比センサの異常診断の際に、入力u(t)を強制的に振動させるアクティブ制御が実行される。このアクティブ制御では、目標空燃比A/Ftひいては入力u(t)が、所定の中心空燃比A/Fcを境にリーン側及びリッチ側に同一振幅だけ振れるように、一定周期で振動させられる。そしてこれに伴って、触媒前センサ17で検出される空燃比即ち出力y(t)が、入力u(t)の振動に追従するように振動させられる。目標空燃比A/Ft及び入力u(t)の振動における中心空燃比A/Fcは理論空燃比に等しくされ、その振動の振幅は通常の空燃比制御のときより大きく、例えば空燃比で0.5などとされる。
【0045】
このように異常診断時にアクティブ制御を実行する理由は、空燃比を通常時より敢えて大きく急激に変化させて触媒前センサ17の異常診断を行い易くするためであり、また、アクティブ制御がエンジンの定常運転時に実行されることから、各制御量及び各検出値が安定し、診断精度が向上するからである。しかしながら、通常の空燃比制御時に異常診断を実行するようにしてもよい。
【0046】
ここで、複数の一次遅れについて説明する前に、まず系が単純な一次遅れ系であると仮定して説明を行う。図2に示されるように、ステップ状の入力u(t)を与えたとき、出力y(t)の波形は一次遅れを伴った波形となる。図中Lは、入力u(t)から出力y(t)までの輸送遅れに基づくむだ時間である。このむだ時間Lは、シリンダ内の燃焼室3に存在する混合気が燃焼した時からこの燃焼に基づく排気ガスが触媒前センサ17に到達する時までの時間差に相当する。実用上は、むだ時間Lの開始時点を例えば点火時又は排気弁開弁時とすることができる。もっとも、むだ時間全体に比べると点火時から排気弁開弁時までの時間は極短いので、いずれに設定しても精度上特に差し支えない。
【0047】
ここでは仮に、インジェクタ12から触媒前センサ17までの系が一次遅れ要素G(s)=k/(1+Ts)によりモデル化される。kは触媒前センサ17のゲインであり、Tは触媒前センサ17の時定数を表す。ゲインkは、触媒前センサ17の特性のうち出力に関わるパラメータであり、他方、時定数Tは、触媒前センサ17の特性のうち応答性に関わるパラメータである。図2において、出力y(t)を表す実線は触媒前センサ17が正常な場合を示す。これに対し、触媒前センサ17の出力特性に異常が生じると、ゲインkが正常時より大きくなり、aで示す如くセンサ出力が増大(拡大)するか、またはゲインkが正常時より小さくなり、bで示す如くセンサ出力が減少(縮小)する。よって、同定されたゲインkを所定値と比較することでセンサ出力の増大異常又は減少異常を特定することができる。他方、触媒前センサ17の応答性に異常が生じると、殆どの場合、時定数Tが正常時より大きくなり、cで示す如くセンサ出力が遅れて出てくるようになる。よって、同定された時定数Tを所定値と比較することでセンサの応答性異常を特定することができる。
【0048】
ところで、実際には、出力y(t)の波形が図2に示されたような単純な一次遅れの波形ではなく、複数の一次遅れに基づく波形となることがある。即ち、系のモデル化に際して、たしかに単純な一次遅れ系に近似すると簡便ではあるが、複数の一次遅れで表した方がより正確にパラメータ同定及び異常診断を行える場合がある。こうした場合に対応して、本発明では複数の一次遅れ要素を用いてモデル化を行う。以下、複数の一次遅れ要素を用いる例として、二つの一次遅れ要素を用いる場合を挙げて説明を行う。
【0049】
本実施形態において、二つの一次遅れ要素を用いた伝達関数H(s)は次式で表される。
【0050】
【数1】

【0051】
即ち、伝達関数H(s)は、二つの一次遅れ要素即ち第1の一次遅れ要素H1(s)=k1/(1+T1s)と第2の一次遅れ要素H2(s)=k2/(1+T2s)との和で表される。以下適宜、k1及びk2を第1のゲイン及び第2のゲイン、T1及びT2を第1の時定数及び第2の時定数と称する。なお、一般化すると、伝達関数H(s)は、第1から第n(n≧2)までのn個の一次遅れ要素H1(s)、・・・Hn(s)の和で表される。
【0052】
本実施形態では、以下に述べるように、これらパラメータk1、k2、T1、T2が同時に逐次同定され、触媒前センサ17の出力異常及び応答性異常が同時に判定される。よって、触媒前センサ17の二つの特性の異常を同時に且つ個別に診断することができる。
【0053】
これらパラメータの同定は、以下の基本アルゴリズムに従ってECU20によって実行される。
【0054】
まず、式(1)は連続系で表現されているため、これをサンプリング間隔Δの離散系で表現する。式(1)に式(2)を代入して双一次変換を施し、式(3)を得る。
【0055】
【数2】

【0056】
【数3】

【0057】
ここで、(t)は今回のサンプル時刻、(t−1)は前回のサンプル時刻、(t−2)は前々回のサンプル時刻を意味する。
【0058】
【数4】

【0059】
【数5】

【0060】
【数6】

【0061】
このように、パラメータk1、k2、T1、T2は逐次最小自乗法により逐次同定され、これらの値はサンプリング間隔Δ毎に更新されていく。この逐次同定を行うやり方だと、サンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方よりも演算負荷を軽減できると共に、データを一時的に溜めるバッファの容量も減少できて、ECU(特に自動車用ECU)への実装に好適である。
【0062】
こうして同定されたパラメータk1、k2、T1、T2に基づき、ECU20により次のように異常判定が実行される。まず、同定された第1の時定数T1が所定の第1の時定数異常判定値Ts1より大きいか、又は、同定された第2の時定数T2が所定の第2の時定数異常判定値Ts2より大きい場合、触媒前センサ17は応答性異常であると判定される。他方、同定された第1の時定数T1が第1の時定数異常判定値Ts1以下であり、且つ、同定された第2の時定数T2が第2の時定数異常判定値Ts2以下の場合、触媒前センサ17は応答性に関して正常と判定される。
【0063】
また、同定された第1のゲインk1が所定の第1のゲイン増大異常判定値Ksh1より大きいか、又は、同定された第2のゲインk2が所定の第2のゲイン増大異常判定値ksh2より大きい場合、触媒前センサ17は出力増大異常であると判定される。また、同定された第1のゲインk1が所定の第1のゲイン縮小異常判定値Ksl1(<Ksh1)より小さいか、又は、同定された第2のゲインk2が所定の第2のゲイン縮小異常判定値ksl2(<Ksh2)より小さい場合、触媒前センサ17は出力減少異常であると判定される。他方、同定された第1のゲインk1が第1のゲイン増大異常判定値Ksh1以下でかつ第1のゲイン縮小異常判定値Ksl1以上であり、且つ、同定された第2のゲインk2が第2のゲイン増大異常判定値Ksh2以下でかつ第2のゲイン縮小異常判定値Ksl2以上の場合、触媒前センサ17は出力に関して正常と判定される。
【0064】
このように本実施形態に係る異常診断によれば、単に空燃比センサ自体の異常に止まらず、空燃比センサの個々の特性の異常が診断される。そして、出力及び応答性という二つのセンサ特性の異常が、とりわけ同時且つ個別に、診断される。よって空燃比センサの異常診断として極めて好適なものを実現することが可能となる。さらに、出力異常に関しては二つのゲインk1、k2の正常・異常を個別に判定し、応答性異常については二つの時定数T1、T2の正常・異常を個別に判定するので、個々の特性異常をより細部に亘り診断できるようになり、診断精度を向上することができる。
【0065】
図3には、ゲインk1、k2と時定数T1、T2を逐次最小自乗法により前述の方法で逐次同定した試験結果を示す。なおこの試験は、エンジンの車載状態において車両が60km/hで定常走行している最中に行われた。図3(A)はアクティブ制御によって強制振動される入力(破線)と出力(実線)を示す。なお図示される入力及び出力は後述する各補正を行った後の値である。図3(B)、(C)はそれぞれゲイン及び時定数の同定値の推移を示す。
【0066】
ゲインと時定数はサンプル時刻毎に毎回更新されていき、次第に一定値に収束していく。本試験結果によれば、入出力データのサンプリング開始時(t=0)から5秒程度でゲインと時定数が収束している。よって実際上は、そのような収束が見られる時点、例えばサンプリング開始時から5秒後の時点を、判定時期として予め定めておき、ECU20により、判定時期における同定値k1、k2、T1、T2が取得され、これら取得された同定値k1、k2、T1、T2が前記の各異常判定値と比較され、出力及び応答性の異常判定がなされる。
【0067】
本試験結果によれば、収束後の各同定値はk1が約1.2、k2が約0、T1が約0.16、T2が約0であった。つまり結果的に、単純な一次遅れの場合とほぼ変わらないという結果が得られた。しかしながら、空燃比センサの種類によってはk2、T2が0付近とならない可能性もあり、k1、T1よりもむしろk2、T2の方が、センサ劣化により、正常値から外れ易い場合も想定し得る。この場合に特に本発明は有効である。ここでは二つの一次遅れの例を示したが、実際の空燃比センサの特性等に相応させて三つの一次遅れとすることも可能である。
【0068】
ところで、実際のエンジンには負荷変動などの様々な外乱があり、これらを適切に考慮しないと同定精度やロバスト性を向上することができない。このため、本実施形態に係る異常診断では、以下のような入出力に対する種々の補正を行うこととしている。
【0069】
図4は異常診断システムのブロック図であり、このシステムはECU20内に構築されている。同定部(同定手段)50において前述のようなパラメータk1、k2、T1、T2の同定を行うため、入力算出部(燃料補正手段)52、バイアス補正部(バイアス補正手段)54及びむだ時間補正部(むだ時間補正手段)56が設けられる。なお、異常診断がアクティブ制御中に実施されることから、アクティブ制御フラグ出力部58も設けられている。また、同定部50において同定されたパラメータに基づき各異常判定を行うため、異常判定部(異常判定手段)60も設けられている。
【0070】
入力算出部52では入力u(t)の算出が行われる。入力u(t)は前述の例では、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算される吸入空気量Gaとの比(即ち、入力空燃比)Ga/Qであった。しかしながらここでは、インジェクタ通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qが燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正され、その補正後の燃料噴射量Q’を使用して入力u(t)が計算される。u(t)=Ga/Q’であり、結果的に入力u(t)が燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正される。
【0071】
インジェクタ12から燃料が噴射されると、そのうち大部分は筒内燃焼室3に吸入されるが、残りの部分は吸気ポートの内壁面に付着し燃焼室3に入らない。そこで、インジェクタ12から噴射された燃料量をfiとし、全気筒分の燃料付着率をR(<1)とすると、その噴射燃料量fiのうち、吸気ポート壁面に付着する分はR・fi、燃焼室3に入る分は(1−R)・fiで表される。
【0072】
他方、吸気ポート壁面に付着した燃料のうち、一部は蒸発して次の吸気行程で燃焼室3内に入るが、残りは残留してそのまま付着し続ける。そこで、吸気ポート壁面に付着した燃料量をfwとし、全気筒分の燃料残留率をP(<1)とすると、壁面付着燃料量fwのうち、そのまま壁面に付着し続ける分はP・fw、燃焼室3に入る分は(1−P)・fwで表される。
【0073】
4サイクルエンジンの吸気、圧縮、膨張、排気の各行程を1回ずつ終えて1サイクルとし(即ち、1サイクル=720°クランク角)、今回のサイクルをks、次回のサイクルをks+1とする。また、筒内燃焼室3に入る燃料量をfcとすると、次の関係が成り立つ。
fw(ks+1)=P・fw(ks)+R・fi(ks) ・・・(16)
fc(ks)=(1−P)・fw(ks)+(1−R)・fi(ks) ・・・(17)
【0074】
式(16)の意味するところは、次回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks+1)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)の残留分P・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)の壁面付着分R・fi(ks)との和で表される、ということである。また、式(17)の意味するところは、今回サイクルで燃焼室3内に流入する流入燃料量fc(ks)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)のうちの蒸発分(1−P)・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)のうち壁面付着しないで直接燃焼室3内に流入する分(1−R)・fi(ks)との和で表される、ということである。
【0075】
こうして、入力u(t)の算出に際し、燃料噴射量Q’の値として流入燃料量fcの値が用いられる。この流入燃料量fcは、燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量を補正したものにほかならない。よって、入力u(t)の算出に流入燃料量fcの値を用いることにより、入力の値を実情に近いより正確な値とすることができ、パラメータの同定精度を向上することが可能になる。
【0076】
なお、エンジン温度及び吸気温が高いほど、燃料の気化が促進されることから、燃料付着量は減少し、燃料蒸発量は増大する。従って燃料残留率P及び燃料付着率Rはエンジン温度(若しくは水温)及び吸気温の少なくとも一方の関数とするのが好ましい。ここで説明したような燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づく補正を「燃料ダイナミクス補正」と称することとする。
【0077】
図5には、燃料ダイナミクス補正のない場合(破線)とある場合(実線)とでアクティブ制御中の入力の変化の違いを調べた試験結果を示す。図中円内に示されるように、燃料ダイナミクス補正のある場合はない場合に比べ、入力空燃比が反転された直後に入力空燃比の波形が若干なまされる傾向にある。
【0078】
次に、バイアス補正部54について説明する。このバイアス補正部54では、入力u(t)と出力y(t)との間のバイアスを除去するように入力u(t)と出力y(t)との両方がシフト補正される。
【0079】
入力u(t)と出力y(t)とは、負荷変動、学習ズレ及びセンサ値ズレ等の要因に伴い、一方に対し他方がリーン側又はリッチ側にバイアスしてしまう(ズレてしまう)場合がある。図6はこのバイアスの様子を示す試験結果である。図中、u(t)c及びy(t)cはそれぞれ入力u(t)と出力y(t)とをローパスフィルタを通した値、もしくはそれらの移動平均を示す。触媒前センサ17で検出される空燃比が理論空燃比(A/F=14.6)付近となるよう制御されていることから、触媒前センサ17の検出値である出力y(t)は理論空燃比を中心に変動し、そのローパスフィルタを通した値もしくは移動平均y(t)cも理論空燃比付近に保たれる。これに対し、入力u(t)は、前述の理由から、図示例ではリーン側にバイアスしている。
【0080】
かかるバイアス状態で同定を行うのは好ましくないことから、バイアスを除去するような補正が行われる。具体的には、図7に示すように、入力u(t)と出力y(t)とのデータがローパスフィルタを通過され、もしくは移動平均を算出し、バイアス値u(t)c、y(t)cが逐次的に算出される。そして、逐次的に、入力u(t)とそのバイアス値u(t)cとの差Δu(t)(=u(t)−u(t)c)、及び出力y(t)とそのバイアス値y(t)cとの差Δy(t)(=y(t)−y(t)c)が算出され、これら差Δu(t)、Δy(t)がゼロ基準の値に置き換えられる。なお、これら差Δu(t)、Δy(t)をまとめてΔA/Fで表示する。
【0081】
こうしてバイアスは除去され、バイアス補正後の入出力の値Δu(t)、Δy(t)は図8に示される如くゼロ基準の値に変更される。即ち、両者の変動の中心がゼロに合わせられ、負荷変動や学習ズレ等の影響を無くすことができる。これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を高めることができる。
【0082】
なお、この例では入出力の両方を補正し、入出力の変動中心をゼロに合わせてバイアスを除去する方法を採用したが、これ以外の方法も採用できる。例えば、入力のみを補正し、その変動中心を出力の変動中心に合わせたり、その逆を行ったりすることができる。補正の対象は入出力の少なくともいずれか一方であればよい。
【0083】
次に、むだ時間補正部56について説明する。前述したように、入力u(t)と出力y(t)との間には輸送遅れによるむだ時間Lが存在する。しかしながら、正確なモデルパラメータの同定を行うためには、このむだ時間Lを除去するような補正を行うのが好ましい。そこでこのような補正をむだ時間補正部56で行うこととしている。具体的には、後述の方法でむだ時間Lが算出され、このむだ時間L分だけ入力u(t)が出力y(t)に近づくよう遅らせられる。
【0084】
図9には、むだ時間補正前の入力(破線)、むだ時間補正後の入力(実線)及び出力(一点鎖線)が示される。なお入力及び出力としてバイアス補正後の値が用いられる。むだ時間Lだけ入力が遅らせられると、入力の振動と出力の振動とが時間差無く同期するようになり、これによりモデルパラメータの同定精度を向上させることができる。
【0085】
むだ時間算出の第1の態様としては、エンジン運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づいて所定のマップ又は関数に従ってむだ時間を算出する方法がある。図10にはそのようなむだ時間算出マップの一例を示す。このマップでは、エンジン回転速度Neの検出値に基づきむだ時間Lを算出するようになっている。なおエンジン回転速度Neは、クランク角センサ14の出力に基づきECU20により算出される。
【0086】
むだ時間算出の第2の態様として次のようなものもある。まず、アクティブ制御中の入力及び出力の分散値が次式により逐次的に求められる。
【0087】
【数7】

【0088】
ηは入力又は出力の値であり、ηavgはM回移動平均、即ち今回(t)から(M−1)回前(t−(M−1))までのデータの平均値である。Mは例えば5などとされる。入力又は出力の変化が大きいほどその分散値は大きくなる。
【0089】
図11はむだ時間補正に関する試験結果であり、正常センサの場合を示す。上段のグラフは、a:燃料ダイナミクス補正の無い場合の入力、b:燃料ダイナミクス補正のある場合の入力、c:出力をそれぞれ示す。なおこれら入力及び出力はバイアス補正後の値である。中段のグラフは、d:燃料ダイナミクス補正のある場合の入力の分散値、e:出力の分散値をそれぞれ示す。下段のグラフにおいて、鋸歯状の波形fはむだ時間カウンタの値、高い位置にある横線gは後述のようにして算出されるむだ時間、低い位置にある横線hはむだ時間gを1/4になました値をそれぞれ示す。
【0090】
図12には図11のb,c,d,eのみが簡略化して示してある。この図12から分かるように、入力の分散値d及び出力の分散値eは、入力b及び出力cが反転するタイミングでピークdp,epを生ずる。よって、これらピークの時間差(ep−dp)をむだ時間gとして算出する。図11に戻って、入力の分散値ピークdpが発生すると、その発生時からむだ時間カウンタfが時間のカウントを開始する。そして、出力の分散値ピークepが発生した時点で、カウントが停止され、そのカウント値がむだ時間gとして保持される。このむだ時間gは入力の反転毎に更新され、且つその反転毎に、なまし後のむだ時間hが計算されていく。なまし後のむだ時間hを計算する理由はノイズの影響を除去するためである。なまし後のむだ時間hの値はやがて一定値付近に収束するようになる。そこで、アクティブ制御の開始時から、なまし後のむだ時間hがほぼ一定値に収束するようになる所定時間経過後の時点で、なまし後のむだ時間hが取得され、その取得された値が最終的なむだ時間Lとして決定される。
【0091】
ところで、図11及び図12により説明した以上の算出方法は正常センサの場合であるが、これに対し、異常センサの場合だと、同様の方法を採用するのが必ずしも適切ではない。即ち、図13及び図14に示される如く、例えば応答遅れが生じている異常センサの場合だと、出力の分散値eとして十分大きな値を得ることができず、そのピークepが現れるタイミングに関しても誤差が大きくなる。
【0092】
そこで、出力の分散値ピークepを所定のしきい値epsと比較し、その分散値ピークepがしきい値epsより大きい場合(図11及び図12の場合)は、前述のように、入出力の分散値ピークdp,ep同士の時間差(ep−dp)を以てむだ時間gとする。他方、図13及び図14に示すように、出力の分散値ピークepがしきい値eps以下の場合は、入出力b,c自体の極値bp,cp同士の時間差(cp−bp)を以てむだ時間gとする。これにより異常センサの場合でも正確にむだ時間を算出することができる。
【0093】
さて、これら第1の態様及び第2の態様のいずれか一方のみを用いてむだ時間を算出し、入力のむだ時間補正を行うことができるが、以下の第3の態様では、第1の態様及び第2の態様の両方を使用してむだ時間を算出する。第3の態様では、第1の態様に従ってマップから算出された第1のむだ時間と、第2の態様に従って分散値又は極値から算出された第2のむだ時間とを比較し、両者が接近していればマップから算出された第1のむだ時間を用いる。他方、両者が乖離していれば分散値又は極値から算出された第2のむだ時間を用いると共に、その第2のむだ時間を用いてマップデータを更新する。本来、最適なむだ時間の値はマップ値から大きくずれることはないが、何等かの原因でその最適なむだ時間の値がマップ値から大きくずれる可能性もある。一方、分散値又は極値から算出された第2のむだ時間は現状を反映した実際の値といえる。よって、このようなマップ更新を行うことで不測の事態に対処可能となると共に、マップデータを常に現状に即した最適値に維持することが可能になる。
【0094】
図15には第3の態様の手順を概略的に示す。まずステップS101では、第1の態様に従い、図10に示したようなマップから第1のむだ時間L1を算出する。次にステップS102では、第2の態様に従い、入出力の分散値又は極値から第2のむだ時間L2を算出する。この後、ステップS103では、これら第1及び第2のむだ時間L1,L2の差の絶対値であるむだ時間ズレ量L12を算出し、このむだ時間ズレ量L12を所定値L12sと比較する。むだ時間ズレ量L12が所定値L12s以下の場合、両者のズレが小さいとして、ステップS104において、マップから算出された第1のむだ時間L1を最終的なむだ時間Lとして決定する。
【0095】
他方、むだ時間ズレ量L12が所定値L12sより大きい場合、両者のズレが大きいとして、ステップS105において、入出力空燃比の分散値又は極値から算出された第2のむだ時間L2を最終的なむだ時間Lとして決定する。そして、ステップS106において、その第2のむだ時間L2に対応するマップ中の第1のむだ時間L1を第2のむだ時間L2で置き換え、マップデータを更新する。
【0096】
ところで、前述のむだ時間補正では、入力をむだ時間分だけ遅らせて出力とタイミングを一致させる補正を行ったが、これ以外の方法も採用できる。例えば、逐次同定を行わないやり方、例えばサンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方だと、出力をむだ時間分だけ早めて入力とタイミングを一致させたり、入力を遅らせ且つ出力を早めて両者のタイミングを一致させたりすることができる。補正の対象は入出力の少なくともいずれか一方であればよい。
【0097】
なお、図3(A)に示したのは、むだ時間補正部56においてむだ時間補正がなされた後の入出力データである。
【0098】
次に、上述の全ての補正を含む空燃比センサ異常診断の手順を図16に基づいて説明する。まず、ステップS201では入力を強制的に振動させるアクティブ制御が実行され、ステップS202では、燃料ダイナミクス補正がなされた後の入力u(t)の値が算出され、ステップS203では、図6〜図8に示したように、入出力の間のバイアスが無くなるように入力u(t)及び出力y(t)の値がシフト補正される。
【0099】
続くステップS204ではむだ時間Lが算出され、ステップS205においてむだ時間Lが無くなるように、バイアス補正後の入力u(t)の値がむだ時間L分だけシフト補正される。次のステップS206では、ステップS205で得られたむだ時間補正後の入力u(t)と、ステップS203で得られたバイアス補正後の出力y(t)とに基づき、モデルパラメータである時定数T1、T2とゲインk1、k2とが同定される。そして、ステップS207において、同定されたパラメータT1、T2、k1、k2と、各パラメータに対応する各異常判定値とが比較され、触媒前センサ17の応答性及び出力の正常・異常が判定される。
【0100】
以上、本発明の好適な実施形態を詳細に述べたが、本発明の実施形態は他にも様々なものが考えられる。例えば上述の内燃機関は吸気ポート(吸気通路)噴射式であったが、直噴式エンジンにも本発明は適用可能である。但し、この場合は吸気通路壁面への燃料付着を考慮する必要がないので、燃料ダイナミクス補正は省略されることとなる。前記実施形態では所謂広域空燃比センサへの適用例を示したが、本発明は触媒後センサ18のような所謂O2センサにも適用可能である。このようなO2センサも含めて、広く、排気ガスの空燃比を検出するためのセンサを本発明にいう空燃比センサというものとする。前記実施形態では空燃比センサの特性のうち、出力及び応答性という二つの特性の異常が診断されたが、これに限らず、一若しくは三以上の特性について異常を診断するものであってもよい。同様に、同定される複数の一次遅れ要素のパラメータは、ゲイン及び時定数のいずれか一方のみであってもよいし、ゲイン及び時定数に加えてさらに別のパラメータを追加してもよい。前記実施形態では複数のパラメータを同時に同定し、複数の異常を同時に判定しているが、これに限らず、複数のパラメータの同定を時間差を以て行ってもよいし、複数の異常の判定を時間差を以て行ってもよい。
【0101】
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本実施形態に係る内燃機関の概略図である。
【図2】アクティブ制御時の入力と出力との変化の様子を示すグラフであり、一次遅れ系と仮定した場合である。
【図3】ゲイン及び時定数を同定した結果を示すグラフである。
【図4】異常診断システムのブロック図である。
【図5】燃料ダイナミクス補正のある場合とない場合とで入力を比較した試験結果である。
【図6】入力と出力との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正前の状態である。
【図7】バイアス補正の方法を説明するための概略図である。
【図8】入力と出力との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正後の状態である。
【図9】むだ時間補正前後の入力を示す試験結果である。
【図10】むだ時間算出マップである。
【図11】むだ時間算出の第2の態様を説明するための試験結果であり、正常センサの場合である。
【図12】むだ時間算出方法を説明するための図11に対応した概略図である。
【図13】むだ時間算出の第2の態様を説明するための試験結果であり、異常センサの場合である。
【図14】むだ時間算出方法を説明するための図13に対応した概略図である。
【図15】むだ時間算出の第3の態様に係るフローチャートである。
【図16】空燃比センサの異常診断の手順を概略的に示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0103】
1 内燃機関
3 燃焼室
5 エアフローメータ
6 排気管
7 点火プラグ
12 インジェクタ
14 クランク角センサ
15 アクセル開度センサ
17 触媒前センサ
20 電子制御ユニット(ECU)
50 同定部
52 入力算出部
54 バイアス補正部
56 むだ時間補正部
58 アクティブ制御フラグ出力部
60 異常判定部
A/F 空燃比
u(t) 入力
y(t) 出力
1 第1のゲイン
2 第2のゲイン
1 第1の時定数
2 第2の時定数
L むだ時間
L1 第1のむだ時間
L2 第2のむだ時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の排気ガスの空燃比を検出する空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁から空燃比センサまでの系を複数の一次遅れ要素によりモデル化し、空燃比センサに与えられる入力と空燃比センサから得られる出力とに基づき、前記複数の一次遅れ要素におけるパラメータを同定する同定手段と、
該同定手段により同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する異常判定手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置。
【請求項2】
前記異常判定手段が、前記同定手段により同定された二つの一次遅れ要素の少なくとも四つのパラメータに基づき、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つの異常を判定することを特徴とする請求項1記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項3】
前記少なくとも四つのパラメータが少なくとも第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とであり、前記空燃比センサの特性のうちの少なくとも二つが少なくとも出力と応答性であることを特徴とする請求項2記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項4】
前記同定手段が、前記第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とを同時に同定することを特徴とする請求項3記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項5】
前記異常判定手段が、前記同定された第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とに基づいて、前記空燃比センサの出力と応答性の異常を同時に判定することを特徴とする請求項4記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項6】
前記同定手段が、前記二つの一次遅れ要素における第1のゲイン及び第2のゲインと第1の時定数及び第2の時定数とを同定し、
前記異常判定手段が、
前記第1のゲインが所定の第1のゲイン増大異常判定値より大きいか又は前記第2のゲインが所定の第2のゲイン増大異常判定値より大きいとき、空燃比センサを出力増大異常と判定し、
前記第1のゲインが所定の第1のゲイン縮小異常判定値より小さいか又は前記第2のゲインが所定の第2のゲイン縮小異常判定値より小さいとき、空燃比センサを出力減少異常と判定し、
前記第1の時定数が所定の第1の時定数異常判定値より大きいか又は前記第2の時定数が所定の第2の時定数異常判定値より大きいとき、空燃比センサを応答性異常と判定する
ことを特徴とする請求項3記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項7】
前記系が複数の一次遅れ要素の和によりモデル化される
ことを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項8】
前記入力から前記出力までの間のむだ時間を算出し、該むだ時間分だけ前記入力と前記出力との少なくとも一方をシフト補正するむだ時間補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項9】
前記むだ時間補正手段が、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップ又は関数に従って、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項8記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項10】
前記むだ時間補正手段が、前記入力と前記出力との分散値を算出し、前記出力の分散値ピークが所定値より大きい場合、前記入力の分散値ピークと前記出力の分散値ピークとの時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項8記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項11】
前記むだ時間補正手段が、前記出力の分散値ピークが前記所定値以下の場合、前記入力と前記出力との極値の時間差に基づき、前記むだ時間を算出することを特徴とする請求項10記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項12】
前記むだ時間補正手段が、前記内燃機関の運転状態に関する少なくとも一つのパラメータに基づき、所定のマップに従って、第1のむだ時間を算出すると共に、前記入力と前記出力との分散値ピークの時間差又は前記入力と前記出力との極値の時間差に基づき、第2のむだ時間を算出し、前記第1のむだ時間に対する前記第2のむだ時間のズレ量が所定値より大きいとき、前記第2のむだ時間を最終的なむだ時間として決定すると共に、その第2のむだ時間により前記マップのデータを更新することを特徴とする請求項8記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項13】
前記入力と前記出力との間のバイアスを除去するように前記入力と前記出力との少なくとも一方を補正するバイアス補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至12のいずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項14】
燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき前記入力を補正する燃料補正手段を備えることを特徴とする請求項1乃至13のいずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項15】
前記入力を強制的に振動させるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段を備え、前記同定手段が、前記アクティブ制御中の前記入力と前記出力とに基づき、前記複数の一次遅れ要素におけるパラメータを同定することを特徴とする請求項1乃至14のいずれかに記載の空燃比センサの異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2008−267883(P2008−267883A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−108656(P2007−108656)
【出願日】平成19年4月17日(2007.4.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】