説明

立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体、並びにそれらからなる焼入鋼用切削工具

【課題】
焼入鋼の切削加工など切削時に刃先温度が高くなる加工において、優れた性能を発揮する立方晶窒化硼素焼結体の提供を目的とする。
【解決手段】
立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55〜75体積%と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Alの金属、炭化物、窒化物、酸化物、硼化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の結合相:残部とからなり、立方晶窒化硼素は、粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%と、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%とからなり、結合相厚みの平均値は0.5〜1.0μmである立方晶窒化硼素焼結体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体に関し、その中でも特に焼入鋼用切削工具として好適な立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の焼入れを浸炭性雰囲気で行うと鋼の表面に浸炭層が形成される。自動車のシャフトなどの機械部品に焼入鋼を使用する場合、焼入れによって焼入鋼の表面にできた浸炭層を切削加工によって除去することが多い。こうした切削加工には、立方晶窒化硼素焼結体切削工具が多く用いられる。近年、切削加工の能率を上げるため、切り込みを大きくすることが求められ、被削材の形状によっては焼入れされていない部分を切削加工しなければならず、このような切削加工において刃先温度は非常に高くなる。刃先温度が高温になると立方晶窒化硼素が酸化されて脆い酸化硼素となり耐欠損性が低下する。切削時の刃先温度を低下させるためには立方晶窒化硼素焼結体の熱伝導を良くすると好ましく、そのためには、熱伝導度が高い立方晶窒化硼素に比べて熱伝導度が低い結合相の厚みを小さくするとよいと考えられる。
【0003】
立方晶窒化硼素焼結体の従来技術としては、cBNの含有率が体積%で45−70%で、cBN粒子の平均粒度が0.01以上2μm未満であり、結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下であることを特徴とするcBN焼結体がある(例えば、特許文献1参照。)。また、cBNの含有率が体積%で45−70%で、cBN粒子の平均粒度が2以上6μm以下であり、結合相厚みの平均値が1.5μm以下で、その標準偏差が0.9以下であることを特徴とするcBN焼結体がある(例えば、特許文献2参照。)。
【0004】
【特許文献1】特開2000−44347号公報
【特許文献2】特開2000−44350号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
cBNの含有率が体積%で45−70%で、cBN粒子の平均粒度が0.01以上2μm未満であり、結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下であることを特徴とするcBN焼結体は、立方晶窒化硼素が微粒であるため立方晶窒化硼素を保持している結合相の表面積が小さくなり立方晶窒化硼素の保持力が小さくなるという問題がある。特に高速切削領域において立方晶窒化硼素の保持が難しくなる。
【0006】
cBNの含有率が体積%で45−70%で、cBN粒子の平均粒度が2以上6μm以下であり、結合相厚みの平均値が1.5μm以下で、その標準偏差が0.9以下であることを特徴とするcBN焼結体は、立方晶窒化硼素が粗粒であるために結合相厚みの平均値が大きくなる。そこで、本発明は、切削工具として用いた場合に、特に焼入鋼の切削加工など切削時に刃先温度が高くなる加工において、優れた性能を発揮する立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
立方晶窒化硼素焼結体は、熱伝導度が高い立方晶窒化硼素と、熱伝導度が低い結合相とからなる。本発明により、立方晶窒化硼素焼結体に含まれる立方晶窒化硼素を粗粒と微粒とし、それらの混合比を最適化することによって、優れた性能の立方晶窒化硼素焼結体を得ることができた。具体的には、適量の粗粒立方晶窒化硼素を含むことによって立方晶窒化硼素を保持している結合相の表面積を大きくして、立方晶窒化硼素の保持力を高めることができた。また、粗粒立方晶窒化硼素と微粒立方晶窒化硼素の混合比を最適化することで、粗粒立方晶窒化硼素と粗粒立方晶窒化硼素との間にできる厚い結合相の中に微粒立方晶窒化硼素が分散されて結合相の厚みが小さくなり、立方晶窒化硼素焼結体の熱伝導度を高くすることができた。さらには、粗粒立方晶窒化硼素と微粒立方晶窒化硼素の混合比を最適化することで立方晶窒化硼素が最密充填され、単一粒径の立方晶窒化硼素の場合よりも耐摩耗性および耐欠損性を向上させることができた。
【0008】
すなわち、本発明は、立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55〜75体積%と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Alの金属、炭化物、窒化物、酸化物、硼化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の結合相:残部とからなり、立方晶窒化硼素は、粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%と、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%とからなり、結合相厚みの平均値は0.5〜1.0μmである立方晶窒化硼素焼結体である。
【0009】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55〜75体積%と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Alの金属、炭化物、窒化物、酸化物、硼化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の結合相:残部とからなる。これは、立方晶窒化硼素が立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55体積%未満になると相対的に結合相が多くなり、結合相厚みの平均値が大きくなり切削性能が低下し、立方晶窒化硼素が立方晶窒化硼素焼結体全体に対して75体積%を超えて多くなると相対的に結合相が少なくなり耐摩耗性が減少するので、55〜75体積%の範囲とした。
【0010】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体の結合相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Alの金属、炭化物、窒化物、酸化物、硼化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種からなる。具体的には、TiN、TiB2、AlNなどを挙げることができる。
【0011】
立方晶窒化硼素焼結体に含まれる立方晶窒化硼素が微粒と粗粒とからなり最密充填されると、耐摩耗性および耐欠損性が向上する。本発明の立方晶窒化硼素焼結体の立方晶窒化硼素を、粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%と、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%とからなると、立方晶窒化硼素が最密充填され耐摩耗性および耐欠損性が向上する。なお、微粒立方晶窒化硼素と粗粒立方晶窒化硼素との合計は100体積%になる。粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素は立方晶窒化硼素全体に対して30体積%未満になると、相対的に粗粒立方晶窒化硼素が多くなるため、結合相厚さの平均値が1.0μmを超えて増加し、粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素は立方晶窒化硼素全体に対して70体積%を超えて多くなると、立方晶窒化硼素を保持している結合相の表面積が小さくなり立方晶窒化硼素の保持力が小さくなる。したがって、本発明の立方晶窒化硼素焼結体に含まれる立方晶窒化硼素は、微粒立方晶窒化硼素:30〜70体積%と、粗粒立方晶窒化硼素:30〜70体積%とからなると定めた。その中でも、立方晶窒化硼素は、微粒立方晶窒化硼素:40〜60体積%と、粗粒立方晶窒化硼素:40〜60体積%とからなるとさらに好ましく、その中でも立方晶窒化硼素は、微粒立方晶窒化硼素:45〜55体積%と、粗粒立方晶窒化硼素:45〜55体積%とからなるとさらに好ましい。
【0012】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体の結合相厚みの平均値は0.5〜1.0μmとした。立方晶窒化硼素焼結体が、立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55〜75体積%と、結合相:残部とで構成され、立方晶窒化硼素を粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素:30〜70体積%と、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素:30〜70体積%とからなると結合相厚みの平均値を1.0μm以下にすることができる。しかしながら粗粒立方晶窒化硼素の割合が増加するなどにより、立方晶窒化硼素焼結体の結合相厚みの平均値が1.0μmを超えると、熱伝導度が低下し、切削時に刃先温度が高温になり立方晶窒化硼素が酸化されて脆い酸化硼素を形成するため、耐欠損性が低下する。また、立方晶窒化硼素焼結体の結合相厚みの平均値が0.5μm未満では結合相が立方晶窒化硼素を保持する力が低下し耐摩耗性が低下する。
【0013】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体の表面に被膜を被覆した被覆立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性、潤滑性、耐酸化性が向上するため好ましい。被膜は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Siの中の少なくとも1種の金属元素と窒素、炭素、酸素、硼素の中の少なくとも1種の非金属元素との化合物からなる。具体的には、TiN、TiC、TiN、(Ti,Al)N、(Ti,Si)N、(Ti,Al,Cr)N、(Al,Cr)N、(Al,Cr)NOなどを挙げることができる。その中でも(Al,Cr)N、(Al,Cr)NOがさらに好ましい。なお、被膜は従来からあるPVD法、CVD法によって被覆することができる。
【0014】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性、耐欠損性に優れるため、切削工具として用いられるのが好ましく、その中でも、切削時に刃先温度が高くなりやすい焼入鋼用切削工具として用いられるとさらに好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の立方晶窒化硼素焼結体および被覆立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性、耐欠損性に優れるため、切削工具として用いた場合に優れた性能を示し長寿命を達成する。その中でも特に焼入鋼の切削加工など、切削時に刃先温度が高くなる切削加工において優れた性能を発揮する。
【実施例1】
【0016】
粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素粉末、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素粉末、平均粒径2μmのTiN粉末、平均粒径4μmのAl粉末を用意した。体積比でTiN:Al=5:2となるように配合したものを結合相形成粉末とした。微粒立方晶窒化硼素粉末、粗粒立方晶窒化硼素粉末、結合相形成粉末を表1に示すように配合した。配合した原料粉末を湿式混合し、乾燥させた混合粉末を金属カプセルに充填した後、超高圧発生装置の容器内に挿入し、圧力6.5GPa、温度1650℃、保持時間30分の焼結条件で焼結し、発明品1〜4および従来品1〜2を得た。ここで比較品1は特開2000−44347号公報の特許請求の範囲に含まれる。比較品2は特開2000−44350号公報の特許請求の範囲に含まれる。
【0017】
【表1】

【0018】
各試料は研磨して、立方晶窒化硼素の粒度分布、結合相厚さ、ヌープ硬さを測定した。得られた発明品と従来品の立方晶窒化硼素の粒度分布、結合相厚さの平均値、結合相厚さの標準偏差、ヌープ硬さを表2に示す。
【0019】
【表2】

【0020】
得られた焼結体は、組成が重量%で45Ag−30Cu−25Znの銀ロウを介して超硬合金基材に接合し、JIS規格CNGA120408形状の切削チップに研磨加工して以下の切削試験を行った。切削試験結果を表3に示す。
【0021】
[切削試験]
被削材:ギア材用焼入鋼SCM415(表面から深さ0.6mm未満の焼入れされている部分はHRC60〜62を示す。表面から深さ0.6mm以上の内部は焼入れされていない。)
切削速度:Vc=80m/min
切り込み:ap=0.8mm
送り:f=0.12mm/rev
切削油:なし(乾式)
寿命判定基準:切削チップに欠損を生じること
【0022】
【表3】

【0023】
表3に示されるように、発明品1〜4は比較品1、2よりも長寿命となった。
【実施例2】
【0024】
実施例1で得られた発明品1〜4、比較品1、2の表面にPVD法によって平均膜厚2μmの(Al,Cr)NO膜を被覆して発明品5〜8、比較品3、4の被覆立方晶窒化硼素焼結体を得た。得られた試料を用いて実施例1の切削試験と同じ条件で切削試験を行った。切削試験結果を表4に示す。
【0025】
【表4】

【0026】
表4に示されるように、発明品5〜8は比較品3、4よりも長寿命となった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素焼結体全体に対して55〜75体積%と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Co、Ni、Alの金属、炭化物、窒化物、酸化物、硼化物およびこれらの相互固溶体の中から選ばれた少なくとも1種の結合相:残部とからなり、立方晶窒化硼素は、粒径が0.5〜2.0μmの微粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%と、粒径が2.0μm超〜10μmの粗粒立方晶窒化硼素:立方晶窒化硼素全体に対して30〜70体積%とからなり、結合相厚みの平均値は0.5〜1.0μmである立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項2】
請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体の表面に被膜を被覆した被覆立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項3】
請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体からなる焼入鋼用切削工具。
【請求項4】
請求項2に記載の被覆立方晶窒化硼素焼結体からなる焼入鋼用切削工具。


【公開番号】特開2007−84382(P2007−84382A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−275031(P2005−275031)
【出願日】平成17年9月22日(2005.9.22)
【出願人】(000221144)株式会社タンガロイ (185)
【Fターム(参考)】