説明

結晶化固体電解質、及びその製造方法

【課題】ガラス質の固体電解質のイオン伝導度は、通常単結晶のそれに比べて劣ることが多い。イオン伝導性を向上させると共に、伝導体として実用的な大きさのものを低コストで製造可能な固体電解質を提供する。
【解決手段】ガラス試料マトリックスより選択的に結晶化したイオン伝導性を有する微細なラインもしくは面状の結晶相と、これの周囲のガラス相から構成される。好ましい実施様態において、結晶化をレーザー光の照射により行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶化固体電解質、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安定化ジルコニア(ZrO2:Y2O3)などのイオン導電体(固体電解質)は、原料となる成分化合物(例えば酸化物など)間の固相反応により合成され、一般に多結晶、すなわち焼結体の形で使用されている。しかしながら、その様な焼結体では組成に不均一な部位が生じ易く、異相や粒界に基づく抵抗成分によりイオン伝導度の低下を招く。この問題を取り除くためには、異相や粒界を有しないガラスや単結晶が望ましい。
【0003】
一方、赤外領域に波長をもつYAGレーザーなど、近年、材料の微細加工用として多用化されている。例えば、光部品に適用可能なビスマス系ガラスであって、Nd:YAGレーザー照射を行った2次非線形性を有するブビスマス系ガラスの製造方法が知られている(特開2003-98563号)。また、最近普及が目覚しいフェムト秒レーザーシステムは、高エネルギーのレーザー光を短い時間スケールのパルスとして発生するため、物質との相互作用において従来の熱過程とは異なる誘起状態を生じ、この技術はガラス媒体中への光導波路の形成として活用されている(特開2001-228344号)。
【0004】
【特許文献1】特開2003-98563号
【特許文献2】特開2001-228344号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
固体電解質中のイオンは、媒体中のイオンが構成する構造および電場による障壁を通って拡散する必要があるため、構造が不規則なガラス質の固体電解質のイオン伝導度は、通常単結晶のそれに比べて劣る場合が多い、従って、多くの場合、理想のこち電解質は単結晶または結晶方位の揃った多結晶体が望ましいことになる。しかしながら、単結晶を伝導体として実用に供し得る十分な大きさの形状にするには、製造技術や価格面で多大の問題を伴う。
【0006】
そこで、本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、イオン伝導性を向上させると共に、伝導体として実用的な大きさのものを低コストで製造可能な固体電解質を提供することを目的とする。また、最近、細胞等の微小部位の電位をモニターする微小電極やマイクロリアクター等の利用される微小な固体電荷質の開発が切望されている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、本発明の固体電解質及び当該固体電解質の製造方法を完成するに至った。
【0008】
本発明の固体電解質は、ガラス試料マトリックスより選択的に結晶化したイオン伝導性を有する微細なラインもしくは面状の結晶相と、これの周囲もしくは基板に位置しイオン伝導度が該結晶相と比べ格段に低いガラス相から構成されることを特徴とする。
【0009】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、前記イオンが、Li+, Na+, K+, Rb+, Cs+, Cu+, Ag+, F-, Cl-およびBr-のからなる群から選択される少なくとも1種の1価の陽若しくは陰イオンであることを特徴とする。
【0010】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、前記イオンが、Mg2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+およびO2-からなる群から選択される少なくとも1種の2価イオンであることを特徴とする。
【0011】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、イオン伝導性を有する成分が、請求項1又は2項に記載のイオンを含有するガラス材料であることを特徴とする。
【0012】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、ガラス材料が、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、Ge2O3、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなることを特徴とする。
【0013】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、遷移金属酸化物が、長周期律表記載のIIIA族からVIII族元素の酸化物であることを特徴とする。
【0014】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、結晶化を、レーザー光の照射により行うことを特徴とする。
【0015】
本発明の固体電解質の好ましい実施態様において、結晶化において、レーザー光の照射によって、固体電解質へパターニングによりイオン伝導路が形成されていることを特徴とする。
【0016】
本発明の固体電解質の製造方法は、イオン伝導性を有する成分を含有するガラス材料へ、レーザー光を照射することにより結晶化固体電解質を製造することを特徴とする。
【0017】
本発明の固体電解質の製造方法の好ましい実施態様において、レーザー光の波長が、800〜1100nmであることを特徴とする。
【0018】
本発明の固体電解質の製造方法の好ましい実施態様において、ガラス材料が、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、Ge2O3、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなることを特徴とする。
【0019】
本発明の固体電解質の製造方法の好ましい実施態様において、析出する結晶が、単結晶であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、希土類イオン等は特定波長の光を選択的に吸収するため、その吸収波長に対応する波長の安価なNd:YAGレーザーを光源として照射することで、ガラス等の媒体表面に選択的に特定成分からなる結晶相を選択的にまたは高度に配向して発生せしめ、良好なイオン伝導路を形成することが可能となるという有利な効果を奏する。また、フェムト秒レーザーを光源として照射することで、従来の加熱プロセスでは発生し得ない結晶相を生成せしめると共に、2波長光を異なる方向より目的部位に照射することで、ガラス内部にイオン伝導路を形成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の固体電解質は、結晶化したイオン伝導性を有する成分を含有する。固体電解質とは、固体でありながら、その内部を自由にイオンが移動することのできる物質をいう。
本発明の原理について簡単に例示して説明すれば、希土類イオン、とりわけSm3+イオンは6H5/2-6F9/2間の電子遷移に対応する特定波長(1064 nm)の光を選択的に吸収する一方で、吸収した光を再び光として放出するための適当な準位を有しないため、その吸収波長に対応する波長のレーザー光を連続して照射することで、ガラス等の媒体部位が選択的に発熱し、これにより特定成分からなる結晶相を選択的に発生させることが可能となる。
【0022】
そこで、例えば、アルカリ金属イオンを含む化合物等からなるイオン伝導相を構成成分として含むガラス媒体に対し、例えば、該希土類イオンの吸収波長に対応するレーザー光を連続的もしくは各種時間スケールのパルス状で照射することで、媒質の特定の部位に点、線または点状に良好なイオン伝導相を効率的に生成させることも可能である。
【0023】
他方、上述した通り、2波長のフェムト秒レーザー光を異なる方向より目的部位に照射することで、ガラス内部にイオン伝導路を形成することが可能となる。また、フェムト秒レーザー照射による短時間で高エネルギー投入は、構成イオンの価数を通常とは異なる状態へと変化させ得ると期待される。
【0024】
かかる原理に基づき、本発明においては、場合によって局所的にイオン伝導性に優れた結晶相を線又は点状に形成し、しかもその伝導性は従来のものと比較して格段に優れたものを提供することも可能である。
本発明においては、アルカリ金属およびアルカリ土類金属イオン等の伝導性をガラス媒体の表面もしくは内部に発現させ、もしくは向上させることが特徴である。これは、本発明者らによって、ガラス材料にレーザー照射することでその内部または表層部において局所的に結晶化を促し、ガラス部と比べ格段にイオンの伝道が高められたイオン伝導路の形成加工を施すことができることが見出されたことによる。
【0025】
本発明において適用可能なイオンについて説明すれば、イオンの拡散に伴う静電反発が小さいという観点から、イオンとしては1価のLi+, Na+, K+, Rb+, Cs+, F-, Cl-およびBr-から選択される少なくとも1種の1価の陽若しくは陰イオンとすることができる。また、1価のイオンの次に静電反発が低く、陽イオンの場合、周期律表中の対応する周期の元素よりイオン半径が小さく、イオンのサイズ面で拡散が容易という観点から、イオンとしては、Mg2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+およびO2-からなる群から選択される少なくとも1種の2価イオンとすることができる。
【0026】
好ましい実施態様において、イオン伝導性を有する成分としては、特に限定されるものではないが、上記イオンを含有するガラス材料である。これは、本発明者らが、ガラスが組成や構造面で均一性に優れており、これを前駆体として結晶化するグラスセラミックス法に着目し、これを固体電解質に応用した結果、本発明におけるような伝導性が向上した優れた固体電解質を提供できたことからである。
【0027】
具体的に、ガラス材料を例示すれば、均質で機械的および熱衝撃に強いガラスを形成するという観点から、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、Ge2O3、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなるものを用いることができる。
【0028】
また、遷移金属酸化物としては、多様な価数をとり、固体電解質に有利な陽または陰イオンの格子空孔を容易に形成するという観点から、好適には、TiO2、ZrO2、V2O5、Nb2O5などに代表される長周期律表記載のIIIA族からVIII族元素の酸化物を挙げることができる。
【0029】
また、好ましい実施態様において、結晶化を、レーザー光の照射により行うことができる。本発明によれば、レーザー光の照射により、局所的にイオン伝導相を形成できるので、バイオ、医療の分野を中心に、微小領域を反応場としてミクロ電解や微小センサプローブ等の開発への応用も可能である。また、Nd:YAGおよびフェムト秒レーザー光を駆使することにより、ガラス媒体を支持体として、この特定の部位に各種形状のイオン伝導路を数μmのオーダーで形成することが可能である。すなわち、レーザー光の照射によって、固体電解質へパターニングによりイオン伝導路が形成された結晶化を行うことも可能である。
【0030】
次に、本発明の固体電解質の製造方法について説明する。
本発明の固体電解質の製造方法は、イオン伝導性を有する成分を含有するガラス材料へ、レーザー光を照射することにより該ガラス材料に結晶化固体電解質を製造付与する。「イオン」、「イオン伝導性を有する成分」等の説明は、上述した本発明の固体電解質において説明したものをそのまま本発明の方法においても適用することができる。
【0031】
好ましい実施態様において、レーザー光の波長は、最近発展が目覚しいファイバー増幅器と連結した半導体またはSm3+イオンの波長に対応するNd:YAGレーザーを使用するという観点から、800〜1100nmである。
【0032】
また、本発明の方法において適用されるガラス材料としては、均質で機械的および熱衝撃に強いガラスを形成するという観点から、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、Ge2O3、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなる。また、本発明の方法において、析出する結晶が、単結晶であることが、イオン伝導度を格段に向上できるという観点から好ましい。
このように本発明の方法によって、良好なイオン伝導性を有する成分を内包するガラスを出発原料として用い、これを適当な波長のレーザー光により部分的に結晶化させることで該イオン伝導相を生成せしめ、ミクロ電解や微小センサプローブ等として有用な固体電解質を提供することが可能となる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定して解釈される意図ではない。
【0034】
(実施例1)
ガラス形成酸化物である酸化ホウ素(B2O3)は、アルカリ金属、アルカリ土類金属等の酸化物(ガラス修飾酸化物)を添加することで、様々な融点、粘性をもつガラスを形成し、一般に融点はそれらガラス修飾酸化物の添加量と共に上昇する。また、それらを適当量添加したガラスでは、結晶化することで一連の金属ホウ酸塩が化合物相として生成する。
【0035】
SrO-B2O3系ホウ酸塩には、ホウ酸成分の多い順から、SrB6O10、SrB4O7、SrB2O4、Sr2B2O5およびSr3B2O6が存在する。ここでは、Sr原子に対して5原子%となるようにSm2O3の形で添加したSrB4O7:Sm3+の組成をもつ融液を1150〜1200℃で形成させ、これを急冷することで作製した。得られたガラス片にCW発振方式のNd:YAGレーザー(波長:1064 nm、ビーム径:1.5 mmφ)またはフェムト秒レーザー(図1、2参照)を用いて、出力0.5〜1.2 Wの範囲で照射した。
【0036】
SrB4O7:Sm3+の粉末X線回折パターンを図3に示す。図より、(a)は大気中、950℃で作製した通常の結晶性試料、(b)は大気中、1200℃で得た融液を急冷して作製したガラス試料、および(c)は上記のレーザー照射により形成された結晶部より観察された回折パターンである。図3(c)から、完全にガラス化された試料(回折パターン(b)参照)より、空間群P21nmに帰属される結晶相が確認され、これらの回折パターンは通常の方法で作製されたSrB4O7:Sm3+のそれ(回折パターン(a)参照)と一致した。このことより、レーザー照射により、SrB4O7:Sm3+結晶相が対応する組成のガラスより効果的結晶化できることが確認された。これは、背景技術で述べたとおり、Sm3+イオンの6H5/26F9/2 遷移によるもので、吸収された光子エネルギーが効率よく無輻射的に熱エネルギーに変換されるためである。
【0037】
一方、希土類のイオンは通常3価となるが、SmおよびEuのそれは、4f電子配置の特異性から3価の他に2価でも安定に存在できる。ここで、ここらのイオンはSrB4O7の結晶格子中で2価に還元されることが知られている(K. Machida, et al., ,Chem. Lett., (1999) 785)。そこで、図3に示したSrB4O7:Sm3+試料について蛍光スペクトルを測定したところ(図4参照)、ガラス試料では橙色の蛍光が観察されSm3+イオンとなっていたのに対し(蛍光スペクトル(b)参照)、レーザー照射した試料(蛍光スペクトル(c)参照)では、通常の方法で作製した結晶性試料(蛍光スペクトル(a)参照)と同様に、Smのイオンは2価に還元されていることがわかる。ここで、図4(c)の蛍光スペクトルには、Sm3+イオンのそれも重畳されているが、これはガラス部からの蛍光スペクトルが検出器の窓内に混入したためである。
【0038】
同様のレーザー照射による結晶化の効果は、IRスペクトルでも確認することが可能であった。図5は、図3および4で示した試料のIRスペクトルを示したもので、ガラス試料ではBO3ユニットが存在するのに対し、結晶性試料は四面体状のBO4ユニットから構造が成り立っており(スペクトル(a)および(c)参照)、これはこれまでに報告されている詳細なX線構造解析の結果と一致している(K. Machida et al., Acta Cryst., B36 (1980) 2008)。
【0039】
他方、フェムト秒レーザー照射によっても同様に、SrB4O7ガラス試料に結晶部を形成することが可能であった。図6は、高出力フェムト秒レーザー(波長:800 nm、ビーム径:0.5 mmφ)を用いて、出力0.5 Wの前後で照射したSrB4O7:Eu3+ガラス試料の蛍光スペクトル(スペクトル(c)参照)を、通常の方法で作製した試料のそれ(スペクトル(a)参照)およびガラス試料のそれ(スペクトル(b)参照)と併せて示したものである。Nd:YAGレーザーで照射した場合と同様に、SrB4O7結晶格子中のEuのイオンは2価に還元されており、Sm3+イオンを添加しなくてもフェムト秒レーザーを照射することで、Eu2+イオンを生成することが可能なSrB4O7結晶相を形成できることが明らかになった。
【0040】
上記の結果をもとに、MI2B4O7とMIIB4O7とからなる混合成分ガラス(MI:Li+, Na+, K+, Rb+, Cs+, Cu+, Ag+、MII:Mg2+, Ca2+, Sr2+, Ba2+)を作製し、これらのガラス試料、通常の熱加熱で結晶化させた試料およびNd:YACレーザー照射によって結晶化させた試料の室温および300℃での電気伝導度を測定した。なお、MIIに対して、5原子%となるようにSm2O3も併せて添加した。MI2B4O7とMIIB4O7とをモル比=9:1で混合した主な試料について測定した金属イオン伝導特性を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表より、ガラス試料では300℃でもほとんどイオン伝導を示さないのに対し、通常の方法で、大気中、700〜900℃の温度で数日結晶化させた試料では、300℃においてイオン伝導を示した。また、Nd:YACレーザー光を走査してイオン伝導路を作製した試料でも、同様にイオン伝導を示した。これは、上述したとおり、結晶化によりイオンが伝導し易くなったためと推察される。ここで、長時間直流分解した後の試料の組成分析から、伝導イオン種は主としてアルカリ金属(MI)イオンであった。また、(MI2,Ba)B4O7のイオン伝導度は、(MI2,Ca)B4O7や(MI2,Sr)B4O7のそれに比べて幾分高かったが、これは上述したとおり、後者が四面体状のBO4ユニットによって密な構造となっていることによる。なお、フェムト秒レーザー照射によっても同様に結晶化が進行し、同様にイオン伝導度に向上が見られた。
【0043】
また、同様に平面三角形状のBO3ユニットが直線状に連なった(BO2)状直鎖からなるLiBO2とCaB2O4またはSrB2O4に適当量のB2O3および微量のSm2O3を加えたガラス、すなわち、(Li2,Ca)B2O4:Sm3+/B2O3および(Li2,Sr)B2O4:Sm3+/B2O3ガラスを作製し、これらの結晶性化をレーザー照射により行い、そのイオン伝導度を調べた。LiBO2とCaB2O4:Sm3+またはSrB2O4:Sm3+とをモル比=9:1で混合し、これに、含まれるLiBO2量に対しB2O3がモル比=4:1となるように加えたガラスのイオン伝導度を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
(Li2,Ca)B2O4/B2O3:Sm3+および(Li2,Sr)B2O4/B2O3:Sm3+ガラスのイオン伝導度は、(MI2,Ca)B4O7や(MI2,Sr)B4O7ガラスのそれに比べ幾分上昇したものの、やはり低い値であった。これに対し、大気中、900-1000℃で結晶化した試料のイオン伝導度は良好な値を示した。さらに、これらの値はレーザー照射により結晶化することで更に向上した。これは、LiBO2、CaB2O4およびSrB2O4が(BO2)直鎖より構造が成り立ち、レーザー照射により結晶方位が揃った単結晶状の結晶相からなるイオン伝導路が形成されたためと考えられる。これは、これらメタホウ酸塩が(BO2)直鎖方向に結晶化し易く、それぞれの融液を単純に冷却しただけでも針状結晶が生成し易いこととも一致している。
同様の結果は、フェムト秒レーザー照射によっても得られた。特に、フェムト秒レーザー照射では2光子吸収の効果を利用できるため、Nd:YAGレーザーと異なりガラス試料内部にイオン伝導路を作製することが可能となり、微細なファイバー状ガラス内にイオン伝導路を形成した短針としての応用が期待できる。
【0046】
一方、上述したホウ酸ガラスにAl2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、Ge2O3、P2O5、TeO2およびBi2O3のガラス形成酸化物成分を加えた多成分でも、同様にレーザー照射により結晶相を形成することが可能であった。また、更にTiO2、ZrO2、V2O5、Nb2O5などに代表される長周期律表記載のIIIA族からVIII族元素の酸化物を加えることで、よりイオン伝導性に優れた結晶相をガラス媒体表面または内部に形成することが確認された。例えば、Na2GdSi4O12、AgI、(Ca,La)F2 などである。
【0047】
(実施例2)
ペロブスカイト型構造をとるLaGaO3は、そのLa3+サイトをより価数の低いSr2+イオンで、Ga3+サイトをMg2+イオンで部分的に置換することで酸化物イオン(O2-)欠陥を生じ、この欠陥を介してO2-イオンが移動するイオン伝導体となる(T. Ishihara et al., J. Am. Chem. Soc., 116 (1994) 3801)。特に、このLa0.8Sr0.2Ga0.8Mg0.2O3-δは、同様にO2-イオン伝導体である(Zr,Y)O2-δ(YSZ)よりも低温で高いイオン伝導性を示す。これを踏まえ、(La,Sr)(Ga,Mg)O3-δの組成成分にガラス形成酸化物であるB2O3成分をLaBO3の形で加えたホウ酸ガラスを作製し、これを通常加熱ならびにレーザー照射して結晶性試料とし、これらのイオン伝導特性を検討した。
【0048】
まず、原料であるLa2O3、Ga2O3、SrCO3、MgOおよびH3BO3を、モル比=3:1:1:0.5:4の割合で十分混合後、大気中、1500℃で1時間加熱して融液とした。これを675℃に加熱した電気炉内でステンレス板上に流し出し、3時間アニールした後室温まで徐冷しホウ酸ガラスを得た。次に、大気中、900〜1200℃で12時間これを結晶化処理し、室温まで徐冷することで結晶性試料を作製した。イオン伝導度は、円形に成形研磨したガラスおよび結晶化ガラス試料に白金電極を焼きつけ、静止空気中、500〜1000℃の温度範囲で測定した。更に、試料を電解質とした酸素濃淡電池を構成し、その電池放電特性から伝導イオン種を特定すると共に、電池起電力の値からO2-イオン輸率を求めた。
【0049】
得られたホウ酸ガラスは透明な淡黄色であったが、結晶化ガラス試料は不透明でベージュ色を呈した。また、室温から1400℃の範囲で測定したTG-DTAの結果より、ガラス転移温度は約720℃、結晶化温度は約800℃、ガラスの融点は約1230℃とそれぞれ見積られた。
【0050】
図7に、大気中、700~1200℃の温度範囲で結晶化処理した結晶性試料の粉末X線回折パターンを示す。図より、800℃で結晶化した試料ではアラゴナイト型LaBO3に基づく回折ピークが、1000℃以上の処理では、LaBO3およびペロブスカイト型LaGaO3に基づく回折ピークがそれぞれ出現した。
【0051】
次に、500~1000℃の温度範囲で測定したガラスおよび結晶性試料のイオン伝導特性を図8に示す。前出のX線回折パターンとの比較から、900〜1000 ℃における伝導度の急激な増大は、1000℃でLaGaO3結晶相が出現したためと結論される。しかしながら、既報のLa0.8Sr0.2Ga0.8Mg0.2O3-δ焼結体の値(T. Ishihara et al., Chem. Mater., 11 (1999) 2081)と比較して、上記で結晶化した試料のイオン伝導度は未だ2桁ほど小さく、これは伝導度の低いLaBO3相や結晶化せずに残存するガラス相によるものと考えられる。
【0052】
他方、これらを電解質とした酸素濃淡電池の放電特性より、結晶化ガラス試料の主要イオン伝導種はO2-イオンであることがわかった。表3は起電力値より求めたO2-イオン輸率で、ガラス試料およびガラス部を含む試料で得られた値を除いて、結晶化ガラス試料の輸率は実験誤差内でほぼ1であった。
【0053】
【表3】

【0054】
次に、(La,Sr)(Ga,Mg)O3-δガラス中のLa3+イオンに対して、5〜10原子%のSm3+イオンをSm2O3の形で加えたガラスを作製し、これにNd:YAGレーザーを照射して結晶ラインを形成させ、イオン伝導を測定した。その結果、通常の加熱により結晶化した試料と同様に、イオン伝導度に向上が見られた。イオン伝導路が微細であるため、測定精度は十分ではないが、通常の加熱により結晶化ガラス試料と同程度のイオン伝導度が得られた。これより、O2-イオン伝導体においても、この伝導種を与える材料成分をレーザー照射によって結晶相として部分的に結晶化させることで、ガラス表面にイオン伝導路を形成できることが明らかになった。なお、フェムト秒レーザーの照射によっても同様の結晶相がガラス内部に生成した。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】レーザー照射のための装置の模式図である。
【図2】レーザー照射のための試料部の模式図および照射試料の外観である。
【図3】SrB4O7:Sm3+の結晶性試料(aおよびc)およびガラス試料(b)の粉末X線回折図である。
【図4】SrB4O7:Sm3+の結晶性試料(aおよびc)およびガラス試料(b)の蛍光スペクトル図である。
【図5】SrB4O7:Sm3+の結晶性試料(aおよびc)およびガラス試料(b)の赤外吸収スペクトル図である。
【図6】SrB4O7:Eu3+の結晶性試料(aおよびc)およびガラス試料(b)の蛍光スペクトル図である。
【図7】(La,Sr)(Ga,Mg)O3-δガラス試料の通常加熱による結晶化前後の粉末X線回折図である。
【図8】(La,Sr)(Ga,Mg)O3-δガラス試料の通常加熱またはレーザー照射による結晶化前後のイオン伝導の温度依存性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶化したイオン伝導性を有する成分を含有する固体電解質。
【請求項2】
前記イオンが、Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+、Cu+、Ag+、F-、Cl-およびBr-からなる群から選択される少なくとも1種の1価の陽若しくは陰イオンである請求項1記載の固体電解質。
【請求項3】
前記イオンが、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+およびO2-からなる群から選択される少なくとも1種の2価イオンである請求項1記載の固体電解質。
【請求項4】
イオン伝導性を有する成分が、請求項2又は3項に記載のイオンを含有するガラス材料である請求項1〜3項のいずれか1項に記載の固体電解質。
【請求項5】
ガラス材料が、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、GeO2、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなる請求項4記載の固体電解質。
【請求項6】
遷移金属酸化物が、長周期律表記載のIIIA族からVIII族元素の酸化物である請求項5記載の固体電解質。
【請求項7】
結晶化を、レーザー光の照射により行う請求項1〜3項のいずれか1項に記載の固体電解質。
【請求項8】
結晶化において、レーザー光の照射によって、固体電解質へパターニングによりイオン伝導路が形成されている請求項1〜7項のいずれか1項に記載の固体電解質。
【請求項9】
イオン伝導性を有する成分を含有するガラス材料へ、レーザー光を照射することにより結晶化固体電解質を製造する結晶化固体電解質の製造方法。
【請求項10】
レーザー光の波長が、800〜1100nmである請求項6記載の方法。
【請求項11】
ガラス材料が、B2O3、Al2O3、Ga2O3、In2O3、SiO2、GeO2、P2O5、TeO2およびBi2O3から選択される少なくとも1種のガラス形成化合物と、遷移金属酸化物とからなる請求項9又は10項に記載の方法。
【請求項12】
析出する結晶が、単結晶である請求項9〜11項のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−222047(P2006−222047A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−36963(P2005−36963)
【出願日】平成17年2月14日(2005.2.14)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】