説明

線状構造体位置制御システム、線状構造体の位置制御方法及び移動構造体制御システム

【課題】掘削船から延びるライザー管のリエントリ作業を短時間に効率よく行う。
【解決手段】掘削船から延びるライザー管のリエントリ作業を行う際、ライザー管の掘削船に対する傾斜角度と、ライザー管の下端の位置と、掘削船の現在の位置の情報とを計測し、計測した傾斜角度の情報と、下端の位置の情報と、掘削船の現在の位置の情報とに基づいて、指定された掘削船の指定位置に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、掘削船に搭載された位置制御装置に供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶等の水面に浮かぶ移動体と、この移動体に固定され水中に延びる弾性変形可能な線状構造体、例えばライザー管と、を備える移動構造体に用いられ、線状構造体の下端の位置が目標位置に速やかに到達するように制御する線状構造体位置制御システム及びこの位置制御方法、さらには、移動構造体制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、海洋における資源開発のために海底掘削が盛んに行われている。掘削船は、海底を掘削するドリルパイプや、泥水を上昇させるライザー管が掘削船から海底に延びている。ライザー管は、掘削用ドリルパイプを管内に設け、掘削のために必要な高比重の泥水を、海底と船上間で循環させるために用いられる。
海底掘削の作業は、海象条件によっては一時中止する。このとき、ドリルパイプを管内に設けたライザー管を、海底の掘削部分に設けられた装置であるBOP(ブローアウトプリベンダー:Blow Out Preventer)から離脱させて、掘削船を安全な場所に待機させる。一方、掘削作業の再開に際しては、掘削船から海中に延びるライザー管を上記BOPに再接続させるリエントリ作業を行う。
【0003】
現在、上記ライザー管のリエントリ作業は、オペレータがマニュアル操作で長時間かけて行う。しかし、ライザー管は、海底に延びる極めて長い管であるため、長時間かけて作業を行っても、掘削船の移動に伴って弾性変形による振動を引き起こす。このため、ライザー管の下端がBOPと衝突することなく、ライザー管下端の位置がBOPの位置に到達するように、振動が収まるのを待ちながら掘削船の移動と停止を繰り返しながらリエントリ作業を行う。このときの掘削船の移動は、オペレータが掘削船の移動のための目標位置を指定することによって行われる。
【0004】
このリエントリ作業は、上述したライザー管の振動の減衰を待ちながら作業を行うため、専門的な訓練を受けたオペレータでさえ、長時間を要し、リエントリ作業は極めて効率の悪い作業となっている。これに対して、下記非特許文献1では、ライザー管上端の角度とライザー管の下端位置のみを観測し、掘削船に加えるべきスラスト力を制御対象として操作することが提案されている。
【0005】
しかし、このスラスト力の操作は、実際のオペレータが行う掘削船の移動位置の指定とは異なるため、現実の作業において適用することは難しい。しかも、掘削船に搭載されている移動位置の指定に基づいて掘削船にスラスト力を発生させる位置制御装置であるDPS(ダイナミックポジショニングシステム)を有効に用いることもできない。
【0006】
【非特許文献1】「ライザー管の動特性を考慮したDPS及びリエントリ制御の実証実験」,小寺山亘,中村昌彦,梶原宏之,五百木陵行,門元之郎,五十嵐和之,日本船舶海洋工学会講演論文集ダイ4号,pp297−300,2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記問題点を解決するために、掘削船等の移動体に備えられる位置制御装置を活用して、ライザー管等の線状構造体の下端位置が短時間に目標位置に到達するように、制御することのできる線状構造体位置制御システム及び線状構造体の位置制御方法、ならびに移動構造体制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、水面に浮かぶ移動体と、この移動体に設けられ、指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、前記移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に用いられ、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する線状構造体位置制御システムであって、前記線状構造体の前記上端の前記移動体に対する傾斜角度を計測する角度センサと、前記線状構造体の前記下端の位置を計測する第1の位置センサと、前記移動体の現在の位置を求める第2の位置センサと、前記線状構造体の下端の位置が、前記目標位置に到達するように、前記角度センサから得られた前記傾斜角度の情報と、前記第1の位置センサから得られた前記下端の位置の情報と、前記第2の位置センサから得られた前記移動体の現在の位置の情報と、に基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、前記移動体位置制御装置に供給する線状構造体制御装置と、を有することを特徴とする線状構造体位置制御システムを提供する。
【0009】
ここで、前記線状構造体制御装置は、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインを変更することが好ましい。その際、前記フィードバックゲインは、前記移動構造体の数学モデルと前記移動体位置制御装置の応答特性の情報とを用い作成され、前記数学モデル中の観測変数を状態変数の一部として表した制御対象モデルに対して、前記制御対象モデルの前記状態変数の各成分と前記指定位置の値の二乗和で表した評価関数を最小とする最適制御を適用することにより設定されたゲインであることが好ましい。
さらに、前記移動構造体の数学モデルは、前記移動体の数学モデルと前記線状構造体の数学モデルとを用いて構成されたモデルであり、前記線状構造体の数学モデルとして、前記線状構造体の空間上の弾性変形の変位を所定の関数系でモード展開したときの係数を変数とするモデルを用いることが好ましい。
また、前記線状構造体制御装置は、前記傾斜角度の情報と、前記下端の位置の情報と、前記移動体の現在の位置の情報とから、前記移動構造体の数学モデルの自由度に対応する前記移動構造体の情報を推定する観測器を備え、この観測器で推定された情報と、前記フィードバックゲインとを用いて前記フィードバック制御信号を生成することが好ましい。
【0010】
さらに、本発明は、水面に浮かぶ移動体と、この移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に用いられ、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する移動構造体制御システムであって、指定される指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、前記線状構造体の前記移動体に対する傾斜角度を計測する角度センサと、前記線状構造体の下端の位置を計測する第1の位置センサと、前記移動体の現在の位置を求める第2の位置センサと、前記線状構造体の下端の位置が、前記目標位置に到達するように、前記角度センサから得られた前記傾斜角度の情報と、前記第1の位置センサから得られた前記下端の位置の情報と、前記第2の位置センサから得られた移動体の現在の位置の情報と、に基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を前記移動体位置制御装置に供給する線状構造体制御装置と、を有することを特徴とする移動構造体制御システムを提供する。
【0011】
その際、前記フィードバック制御信号を生成するとき、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインが変更されることが好ましい。
【0012】
さらに、本発明は、水面に浮かぶ移動体と、この移動体に設けられ、指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、前記移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に対して、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する線状構造体の位置制御方法であって、前記移動体の現在の位置と、前記線状構造体の前記移動体に対する傾斜角度と、前記線状構造体の下端の位置を計測するステップと、得られた前記傾斜角度の情報と、前記下端の位置の情報と、前記移動体の現在の位置の情報とに基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、前記移動体位置制御装置に供給するステップと、を有することを特徴とする線状構造体の位置制御方法を提供する。
【0013】
その際、前記フィードバック制御信号を生成するとき、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインが変更されることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、各センサから得られた線状構造体の上端の傾斜角度の情報と、線状構造体の下端の位置の情報と、移動体の現在の位置の情報とに基づいて、指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、位置制御装置に供給する。このため、従来より移動体に備える移動体位置制御装置を用いて、短時間に線状構造体の下端の位置を目標位置に到達させることができる。
特に、移動体の移動速度に応じて、例えば、移動速度の平均値を非0として値を設定することにより、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインを変更するので、より短時間に線状構造体の下端の位置を目標位置に到達させることができる。
また、フィードバックゲインは、移動構造体の数学モデルと移動体位置制御装置の応答特性の情報とを用いて作成される制御対象モデルから求められる。この制御対象モデルは、ライザー管を備える掘削船等の現実の移動構造体の挙動を再現したモデルとなるので、フィードバックゲインを用いて、現実の移動構造体の挙動に適応した形で短時間に正確に制御することができる。
さらに、観測器は、移動構造体の数学モデルの変数に対応する移動構造体全体の状態変数を推定することができるので、計測された情報に基づいて正確な制御が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の線状構造体位置制御システム、線状構造体の位置制御方法及び移動構造体制御システムについて、添付の図面に示される好適実施例を基に詳細に説明する。
【0016】
図1は、本発明の線状構造体位置制御システム、線状構造体の位置制御方法及び移動構造体制御システムが好適に用いられるライザー管のリエントリ作業を説明する図である。
ライザー管(線状構造体)10は、海面に浮かぶ掘削船12に支持されて海底に向かって延びている弾性変形可能な線状構造を成している。掘削船(移動体)12は、後述するように、指定される指定位置に移動可能なように移動を制御する位置制御装置であるDPS(ダイナミックポジショニングシステム)を搭載している。ライザー管10の上端は掘削船12に支持され、下端は海中に延びて自由端を成している。ライザー管10を備える掘削船12が、掘削地点に到達するように指定位置が指定されて移動するとき、ライザー管10の下端の位置が掘削地点のBOP13の位置(目標位置)に速やかに到達するように、指定位置の指令信号に対するフィードバック御信号をDPSに与える。これにより、掘削船12の位置が制御される。
以下、本実施形態では、指定位置に掘削船が移動するために指定位置の指令信号を受けたDPSに対して、ライザー管10の下端の位置が掘削地点のBOP13の位置(目標位置)に速やかに到達するように、指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を供給するライザー管位置制御装置を中心に説明する。
【0017】
図2は、ライザー管10を有する掘削船12の制御システムを示す図である。この制御システムは、本発明における移動構造体制御システムに相当する。
掘削船12は、ライザー管10と、掘削船12を移動させるためにスラスト力(推力)を出す複数のスラスタ14と、各スラスタ14に、スラスタ14の向きとスラスト力の大きさを表す信号を与えるDPS16と、掘削船12の現在の位置x0、y0を取得する船体位置センサ18と、掘削船12の本体と接続するライザー管10の上端の傾斜角度θx,θyを計測するライザー管角度センサ20と、掘削船12の本体に対して自在に海中を移動し、ライザー管10の下端を撮影してこの下端の位置xle、yleを計測するROV(Remotely Operated Vehicle)22と、掘削船12の現在の位置x0、y0、傾斜角度θx,θy、及びライザー管10の下端の位置xle、yleに基づいて、指定位置xc、ycの信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号をDPS16に供給するライザー管制御装置24と、を主に有する。
上記船体位置センサ18と、ライザー管角度センサ20と、ROV22と、ライザー管制御装置24と、で構成されるシステムが、本発明における線状構造体位置制御システムに相当する。
【0018】
スラスタ14は、例えば、アジマススラスタやサイドスラスタが用いられる。スラスタ14は、例えば、掘削船12の後方の、左右両側の船底と、掘削船12の前方の、船体の左右中心線上の船底に、合計3箇所設けられる。アジマススラスタは、推力を発するプロペラの回転軸が所望の方向に回動する推力発進装置であり、サイドスラスタは、船体の横方向(スウェイ方向)にのみ推力を発する推力発進装置である。
【0019】
DPS16は、オペレータが入力した指定位置xc、yc、ψcに対してスラスタ14に供給するスラスト力の方向とスラスト力の大きさを表す信号を生成する。このとき、船体位置センサ18から出力される現在の位置x0、y0、ψ0が供給されて、生成された信号を制御するように構成されている。
【0020】
船体位置センサ18は、GPS(Global Positioning System)及び方位測定器を用いて掘削船12の現在の位置x0、y0,ψ0を取得するセンサである。
ライザー管角度センサ20は、弾性変形したライザー管10の上端における傾斜角度を計測するセンサであり、傾斜角度計が好適に用いられる。傾斜角度は、具体的には、予め船体に設定されたx−y直交座標系のx軸に対する傾斜角度θx、およびy軸に対する傾斜角度θyである。
ROV22は、カメラロボと呼ばれるテレビカメラの装備された海中移動可能な移動体であり、テレビカメラで撮影された画像から画像処理によってライザー管10の下端の位置xle、yleを求める。
船体位置センサ18、ライザー管角度センサ20及びROV22にて得られたデータであるx0、y0,θx,θy,xle、yleは、ライザー管制御装置24に供給される。
【0021】
ライザー管制御装置24は、各センサで観測されたx0、y0,θx,θy,xle、yle
を観測データとして、後述するオブザーバ(観測器)26に供給し、このオブザーバ26から算出された、掘削船12の推定位置を少なくとも含む推定状態変数x*と、ライザー管10の下端の、現在の位置とその目標位置との誤差を制御開始時点から積分した値xIと、予め定められたフィードバック係数行列FとFIとを用いてu=−F・x*−FI・xIを求め、この信号のうち、掘削船12の位置成分を取り出してDPS16にフィードバック制御信号として供給する装置である。すなわち、指定位置xc、ycの指令信号に対するフィードバック信号uを生成し、この信号の位置成分をDPS16に供給する。フィードバック係数行列FとFIは、リエントリ作業において移動する掘削船12の移動速度の平均値に応じて、図示されない記憶手段から呼び出されて変更される。
【0022】
観測データであるx0、y0,θx,θy,xle、yleから推定状態変数x*を算出するオブザーバと、このオブザーバを用いた推定状態変数x*、及びフィードバックゲイン行列F、FIは、ライザー管10の弾性変形、掘削船12の運動、およびDPS16の応答特性を含んだ数学モデルを用いて表した制御対象モデルから得られるものである。この点は後述する。
【0023】
ライザー管10のリエントリ作業では、まず、掘削地点近傍に到着した掘削船12で、ライザー管が組み立てられる。この後、オペレータの指示入力により、DPS16に指定位置xc、yc,ψc(船体のヨー角)の信号が供給される。DPS16では、供給された信号に基づいて、各スラスタ14にスラスタの大きさと向きを表す信号を各スラスタ14に供給し、スラスタ14を動作させる。さらに、BOP13の位置である目標位置が設定される。
掘削船12は、指定位置xc、ycの指定により指定位置xc、ycに近づく移動を開始するが、掘削船12に支持されるライザー管10は、この移動によって、あるいは潮流等によって弾性変形を起こして振動し、ライザー管10の下端は必ずしもBOP13の位置(目標位置)に到達しない。
本発明の制御方法では、ライザー管角度センサ20によって上端の傾斜角度θx,θyと、ROV22によってライザー管10の下端位置xle、yleとが計測される。さらに、船体位置センサ18によって掘削船12の現在の位置x0、y0が計測される。これらの計測されたθx,θy、xle、yle、x0、y0のデータがライザー管制御装置24に供給される。
ライザー管制御装置24では、供給されたx0、y0,θx,θy,xle、yleのデータに基づいて、指定された指定位置xc、ycに対するフィードバック制御信号、すなわち、制御信号u=−F・x*−FI・xIの位置成分の信号が生成され、このフィードバック制御信号がDPS16に供給される。
これにより、DPS16は、ライザー管10の下端位置がBOP13の位置(目標位置)に到達するように、指令信号に対して調整される。
【0024】
次に、このようなライザー管制御装置24の構成と、この構成を実現するために利用するモデルについて説明する。
本発明で用いる制御対象モデルは、ライザー管10の弾性変形を再現する数学モデルと、掘削船12の運動方程式モデルと、DPS16の動特性を表した特性モデルとを用いて1つのモデルに結合したものである。
これらのモデルを用いて作られる制御対象モデルに対して、LQI(Linear Quadratic Optimum Control With Integral Action)制御を適用することで、フィードバックゲイン行列F、FIが算出される。
一方、ライザー管制御装置24には、目標位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を含む制御信号u=−F・x*−FI・xIを生成するために、観測データであるx0、y0,θx,θy,xle、yleから推定状態変数x*を算出するオブザーバ(観測器ともいう)が設けられるが、このオブザーバは、上記制御対象モデルを用いて構築されたものである。
【0025】
(a)ライザー管10の弾性変形を再現する数学モデル
ライザー管10は、図3に示すように、上端が(x0,y0,z0)の位置に固定された梁モデルで表され、この梁モデルは、変位(wx、wy、wz)と回転軸周りの捩じれψの4自由度で表される。この梁モデルには、ライザー管が海中にあることを考慮して、加速度に比例する付加質量効果の力と、流体との相対速度の二乗に比例する流体抗力を流体力として含んでいる。また、梁モデルの上端には、掘削船12から作用する力を再現した外力と軸周りのモーメントを含んでいる。
このような梁モデルは、時間と位置によって変位が定まるため、下記式(2)に示すように、時間と位置を分離し、しかも、位置による変位を表すために、この変位を,関数系を用いたモード展開で表している。具体的には、第1種0次ベッセル関数を用いてモード展開している。本発明においては、モード展開は、第1種0次ベッセル関数に限定されない。直交関数系を含む種々の関数系を用いることができる。
下記式(1)は、ηを自由度として表した梁モデルの変形挙動を表す方程式である。
下記式(2)は、第1種0次ベッセル関数によるモード展開の式である。
【0026】
【数1】


【数2】

【0027】
上記式(1)中のηは、上記x0,y0,z0,ψの他、第1種0次ベッセル関数でモード展開したときの、各係数qx,qy,qzが自由度(変数)として含まれる。
【0028】
ここで、梁モデルは振動の挙動を表すので、梁モデルの変位(wx、wy、wz)の分布は時間によって変化する。このため、上記式(2)に示すように、変位の分布を時間に依存する関数と空間に依存する関数に分離し、このとき、空間に依存する関数(変位)を第1種0次ベッセル関数J0を用いてモード展開している。したがって、第1種0次ベッセル関数J0を用いてモード展開したときの係数が上記係数qx,qy,qzである。これらの係数は時間に依存する関数となる。すなわち、空間上の変位の分布は第1種0次ベッセル関数J0で表し、モード展開したときの第1種0次ベッセル関数J0に係る係数が時間によって変化する関数となる。このときの上記係数はqxi, qyi, qzi(i=1〜N:Nはモード展開する次数)で表されている。係数qx,qy,qzは、各qxi, qyi, qziを成分とするベクトルである。このqxi, qyi, qziが、上記式(1)で用いられる。図4(a)〜(d)は、第1種0次ベッセル関数の1次〜4次の変位ai(z)を表している。図4(a)〜(d)では、横軸を、ライザー管10の長さlで規格化している。本発明においては、モード展開の次数はN=8程度であることが好ましい。N=8より小さいと、高次のモードの振動が再現されず、N=8より大きいと、計算処理時間が長くなるためである。
以上が、ライザー管10の弾性変形を再現する数学モデルである。
【0029】
(b)掘削船12の運動方程式モデル
掘削船12の運動方程式は、図5に示すように、xi−yiの直交座標系において、掘削船12の船首方向の速度成分usとこの方向と直交する方向の速度成分vsと重心回りの回転角速度rsとを用いて下記式(3)に示すように表される。Fx, Fy, Nzは、ライザー管10から受ける外力及びモーメントであり、上記式(1)中の外力Fx,Fy,Nzを成分とするベクトルfと作用反作用の関係にある。
【0030】
【数3】

【0031】
こうして作成されたライザー管10の弾性変形を再現する数学モデルと掘削船12の運動方程式モデルとは、Fx, Fy, Nzを消去することによって、下記式(4)に示すような、ライザー管10を備えた掘削船10の数学モデルが得られる。このとき、ライザー管10の式(1)中のηの成分z0は無視して省いている。さらに、下記式(4)は、解析が可能なように非線形方程式を、移動速度Vに関して線形化したものである。式(4)では、移動速度Vが制御によって変動するときの移動速度の平均値が移動速度Vの代用として用いられる。したがって、この平均値が変化すると、式(4)も変化するため、ライザー管10を備えた掘削船10の数学モデル自体が変更される。これによって、後述するフィードバックゲイン行列F、FIも変化する。なお、移動速度を0とした場合、ライザー管10の下端の位置と、上端の位置とが略同相の振動を起こす。このため位相ずれが生じず、実際のライザー管10の挙動と一致しない。このため、移動速度として用いる平均値は非0に設定することが好ましい。
【0032】
【数4】

【0033】
(c)DPS16の応答特性を表した特性モデル
DPS16は、図2に示されるように船体位置センサ18から現在の位置x0,y0,ψ0を用いて、指定位置xc、yc、ψcの指令信号に対してフィードバック制御を行うが、このときのフィードバック制御の応答特性を同定する必要がある。具体的には、下記式(5)に示すPID制御におけるゲインKP,KI,KDが求められる。実際のDPS16を搭載した掘削船10を平水中で前後方向に正弦波の指令信号を与えて船体を移動させることにより、そのとき計測されたライザー管10の下端の位置の応答が計算結果と一致するように、ゲインKP,KI,KDの算出が行われる。さらに、スラスタ14にスラスト力とスラストの向きの指令が与えられてから、この指令を実現するまでの遅れを考慮して、下記式(6)に示す式を導入している。式(6)中の時定数TTは、実測により同定される。
こうしてDPS16の応答特性を導入した掘削船10の数学モデルは、下記式(7)に示すように、xを状態変数とし、yを観測出力とする制御対象モデルとして表される。状態変数xは、ライザー管10を備えた掘削船10の数学モデルの状態変数ηを少なくとも含んだ変数である。ここでは、ヨー角ψは十分に制御されているものとして制御対象外としている。掘削船10の数学モデルの状態変数ηには、後述する観測データx0、y0,θx,θy,xle、yleに対応する観測変数も含まれている。
【0034】
【数5】


【数6】


【数7】

【0035】
こうして得られた制御対象モデルに対して、LQI(Linear Quadratic Optimum Control With Integral Action)制御を適用することで、フィードバックゲイン行列F、FIが算出される。フィードバックゲイン行列F、FIは、上述したように移動速度Vに応じて変化する数学モデルを用いて算出されるので、フィードバックゲイン行列F、FIは、上述したように移動速度Vに応じて変化する。
LQI制御の設計は、具体的に以下のように行われる。
下記式(8)に示すように、ライザー管10の下端の現在の位置とライザー管10の下端の、設定された目標位置ηdとの誤差の制御開始時点からの累積積分値xIを定め、この累積積分値xIを、下記式(9)に示すように制御対象モデルの状態変数に加えた拡大システムモデルを作る。
【0036】
【数8】


【数9】

【0037】
上記式(9)で表される拡大システムモデルにおいて、下記式(10)で示す評価関数Jを最小にするために、下記式(11)に示すフィードバック制御信号を含む制御信号uを定める、システムを安定させるフィードバックゲイン行列F、FIを算出する。フィードバックゲイン行列F、FIは、システムが安定するような固有値を設定することにより、算出される。ここで、上記評価関数Jは、上記式(9)中の拡大システムモデルの状態変数xの各成分と指定位置xc,ycの値の二乗和、より細かく言うと重み付け二乗和を用いて表した評価関数である。下記式(10)中のx1,x2,・・・,xnxは、式(9)中の状態変数xの各成分であり、nxは、状態変数xの個数を表す。なお、本発明において、評価関数は、制御システムで用いる二次形式評価関数であれば特に制限されない。
【0038】
【数10】


【数11】

【0039】
このようにして算出されるフィードバックゲイン行列F、FIは、予め移動速度Vの代用とされる上述の平均値に応じて算出し、ライザー管制御装置24の図示されない記憶手段に、平均値と関連付けて記憶しておくとよい。なお、本実施形態では、LQI制御を用いたが、本発明ではこれに限定されず、2次形式の評価関数を最小にする状態フィードバックの制御信号を求める最適レギュレータを適用して、フィードバックゲイン行列を求めることもできる。
リエントリ作業時には、平均値に応じて設定されたフィードバックゲイン行列F、FIを呼び出して、フィードバック制御信号を含む制御信号uが以下のように生成される。
【0040】
ここで、制御信号uは、上記式(11)に示すように、状態変数xを用いる。しかし、この状態変数xの成分は、実際の掘削船10及びライザー管12では全て計測できるものではない。このため、計測可能な観測データ、すなわち、式(7)のyの成分x0、y0,θx,θy,xle、yleを用いて、以下に示すようなオブザーバを構築して推定状態量x*を算出し、状態変数xに替えて算出した推定状態量x*を用いる。すなわち、ライザー管制御装置24は、以下に示すオブサーバ26を備える。
【0041】
図6は、船体位置センサ18、ライザー管角度センサ20およびROV22で計測された観測データx0、y0,θx,θy,xle、yleを用いて、式(9)で表される状態変数xを推定する装置の構成を示す図である。
ここで、行列A、B、CMは、上記式(7)で表される制御対象モデルの行列である。すなわち、行列A,B、CMは、式(8)で表される数学モデルにより定められた行列である。行列Hはオブザーバゲインであり、(CM,A)が可観測である場合、オブザーバ26における固有値を設定することにより、取得できる。
オブザーバ26は、下記式(12)で表される。
【0042】
【数12】

【0043】
このようにして、行列A、B、CM、Hを用いて構成されたオブザーバ26を用いて、推定状態量x*を算出し、この推定状態量x*と式(8)で算出されるxIとを用いて、下記式(13)に従って、制御信号uを生成する。この制御信号uのうち指定位置の指令信号に対する信号成分がフィードバック制御信号として、ライザー管制御装置24から出力され、DPS16に供給される。
【0044】
【数13】

【0045】
このようなライザー管制御装置24を用いて、本発明の制御方法の有効性を確かめた。
まず、掘削船及びライザー管は55分の1のモデルとし、このモデルを再現した上述の制御対象モデルを用いて、リエントリ作業を再現する数値実験を行った。
【0046】
リエントリ作業の数値実験に用いた制御方法は、制御1〜制御3である。制御1は、ライザー管の下端位置とBOPの目標位置とのずれをフィードバック制御するもので、これは、従来オペレータがROV22から送信される画像を見ながら、アニュアル操作で位置を調整する作業に相当する。
制御2は、掘削船の移動速度を代用して表す平均値を0としたときの制御方式である。制御3は、この平均値を非0としたときの制御方式である。制御2、3は、本発明の制御方法に相当する。
【0047】
図7(a),(b)は、ライザー管の下端の位置を目標位置に到達するように、平水中に前方に向かって船体が移動することを再現した結果である。図中、制御1は符号1で、制御2は符号2で、制御3は符号3でそれぞれ示されている。制御1は、船体の位置及びライザー管の下端の位置が振動して大きく振れており、この振動が収束しないことがわかる。一方、制御2及び制御3は、振動することなく目標位置に速やかに到達していることがわかる。
【0048】
図8(a),(b)は、ライザー管の上半分に潮流が作用する条件のときの結果である。この条件下、ライザー管の下端の位置が目標位置に到達するように、前方に向かって船体が移動することを再現した。図7(a),(b)と同様に、制御2,3では、ライザー管の下端の位置が速やかに目標位置に到達することがわかる。図9(a),(b)は、図8(a)、(b)を拡大してその差異を判り易く表したものである。図9(a),(b)からわかるように、制御3は、制御2に比べてオーバーシュートすることなく、速やかに目標位置に到達していることがわかる。
以上より、本発明の制御方法である制御2,3の方式は、従来の制御方式に対して有効であることがわかる。特に、制御3のように移動速度を代用して表す平均値を非0とすることにより、短時間にライザー管10の下端の位置をBOP13の目標位置に到達させることができることがわかった。
【0049】
以上、本発明の線状構造体位置制御システム、線状構造体の位置制御方法及び移動構造体制御システムについて詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の線状構造体位置制御システム、線状構造体の位置制御方法及び移動構造体制御システムが好適に用いられるライザー管のリエントリ作業を説明する図である。
【図2】本発明の線状構造体位置制御システムの一例であるライザー管の制御システムを説明する図である。
【図3】図2に示すシステムにおいて用いるライザー管の数学モデルを説明する図である。
【図4】(a)〜(d)は、図3で説明する数学モデルにおいて用いるライザー管の変形モードを説明する図である。
【図5】図2に示すシステムにおいて用いる掘削船の運動方程式を説明する図である。
【図6】図2に示すシステムにおいて用いるオブザーバを説明する図である。
【図7】(a),(b)は、本発明の方法を用いた制御方式と従来の方法を用いた制御方式の制御結果の一例を比較して示す図である。
【図8】(a),(b)は、本発明の方法を用いた制御方式と従来の方法を用いた制御方式の制御結果の他の例を比較して示す図である。
【図9】図8(a),(b)に示す制御結果を拡大して示した図である。
【符号の説明】
【0051】
10 ライザー管
12 掘削船
14 スラスタ
15 BOP
16 DPS
18 船体位置センサ
20 ライザー管角度センサ
22 ROV
24 ライザー管制御装置
26 オブザーバ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水面に浮かぶ移動体と、この移動体に設けられ、指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、前記移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に用いられ、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する線状構造体位置制御システムであって、
前記線状構造体の前記上端の前記移動体に対する傾斜角度を計測する角度センサと、
前記線状構造体の前記下端の位置を計測する第1の位置センサと、
前記移動体の現在の位置を求める第2の位置センサと、
前記線状構造体の下端の位置が、前記目標位置に到達するように、前記角度センサから得られた前記傾斜角度の情報と、前記第1の位置センサから得られた前記下端の位置の情報と、前記第2の位置センサから得られた前記移動体の現在の位置の情報と、に基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、前記移動体位置制御装置に供給する線状構造体制御装置と、を有することを特徴とする線状構造体位置制御システム。
【請求項2】
前記線状構造体制御装置は、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインを変更する請求項1に記載の線状構造体位置制御システム。
【請求項3】
前記フィードバックゲインは、前記移動構造体の数学モデルと前記移動体位置制御装置の応答特性の情報とを用い作成され、前記数学モデル中の観測変数を状態変数の一部として表した制御対象モデルに対して、前記制御対象モデルの前記状態変数の各成分と前記指定位置の値の二乗和で表した評価関数を最小とする最適制御を適用することにより設定されたゲインである請求項2に記載の線状構造体位置制御システム。
【請求項4】
前記移動構造体の数学モデルは、前記移動体の数学モデルと前記線状構造体の数学モデルとを用いて構成されたモデルであり、
前記線状構造体の数学モデルとして、前記線状構造体の空間上の弾性変形の変位を所定の関数系でモード展開したときの係数を変数とするモデルを用いる請求項3に記載の線状構造体位置制御システム。
【請求項5】
前記線状構造体制御装置は、前記傾斜角度の情報と、前記下端の位置の情報と、前記移動体の現在の位置の情報とから、前記移動構造体の数学モデルの自由度に対応する前記移動構造体の情報を推定する観測器を備え、この観測器で推定された情報と、前記フィードバックゲインとを用いて前記フィードバック制御信号を生成する請求項2〜4のいずれか1項に記載の線状構造体位置制御システム。
【請求項6】
水面に浮かぶ移動体と、この移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に用いられ、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する移動構造体制御システムであって、
指定される指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、
前記線状構造体の前記移動体に対する傾斜角度を計測する角度センサと、
前記線状構造体の下端の位置を計測する第1の位置センサと、
前記移動体の現在の位置を求める第2の位置センサと、
前記線状構造体の下端の位置が、前記目標位置に到達するように、前記角度センサから得られた前記傾斜角度の情報と、前記第1の位置センサから得られた前記下端の位置の情報と、前記第2の位置センサから得られた移動体の現在の位置の情報と、に基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を前記移動体位置制御装置に供給する線状構造体制御装置と、を有することを特徴とする移動構造体制御システム。
【請求項7】
前記フィードバック制御信号を生成するとき、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインが変更される請求項6に記載の移動構造体制御システム。
【請求項8】
水面に浮かぶ移動体と、この移動体に設けられ、指定位置に移動可能なように指定位置の指令信号を用いて前記移動体の位置を制御する移動体位置制御装置と、前記移動体に上端が支持され下端が自由端となって水中に延びる弾性変形可能な線状構造体と、を備える移動構造体に対して、前記線状構造体の下端の位置が、設定された目標位置に到達するように制御する線状構造体の位置制御方法であって、
前記移動体の現在の位置と、前記線状構造体の前記移動体に対する傾斜角度と、前記線状構造体の下端の位置を計測するステップと、
得られた前記傾斜角度の情報と、前記下端の位置の情報と、前記移動体の現在の位置の情報とに基づいて、前記指定位置の指令信号に対するフィードバック制御信号を生成し、このフィードバック制御信号を、前記移動体位置制御装置に供給するステップと、を有することを特徴とする線状構造体の位置制御方法。
【請求項9】
前記フィードバック制御信号を生成するとき、前記移動体の移動速度に応じて、前記フィードバック制御信号の生成に用いるフィードバックゲインが変更される請求項8に記載の線状構造体の位置制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−196456(P2009−196456A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−38746(P2008−38746)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】