説明

繊維シートの加熱処理炉

【課題】熱処理室内のシート幅方向における温度分布の均一化を図ると同時に、そのために要する費用の低廉化を実現する繊維シートの加熱処理炉を提供する。
【解決手段】水平空間に配された熱風循環流路内に連続繊維シートの熱処理室を備え、当該熱処理室の室外の熱風循環流路内には、熱風の流れ方向に沿って処理ガスの加熱装置18と循環ファンとを順次配している。熱処理室内には、前記繊維シートが上下に一段以上平行で水平に走行する繊維走行路を有している。前記加熱装置18は、処理ガス加熱面18aを構成するガス加熱領域と、そのガス加熱領域と前記ガス加熱面の枠体18bとの間のガス非加熱領域とを有している。加熱装置18の隣接位置に、少なくとも床面側のガス加熱領域端と前記枠体18bとの間のガス非加熱領域を通過する処理ガスの流れを前記ガス加熱領域へと向ける風向制御部材20を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維シートに各種の熱処理を連続的に行うための加熱処理炉に関し、特に炭素繊維製造工程における前駆体繊維の耐炎化炉に好適に適用され得る繊維シートの加熱処理炉に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、比強度、比弾性率、耐火性、耐熱性、耐久性などに優れることから、その適用分野はますます広がってきている。炭素繊維は前駆体繊維を焼成して製造され、その工程は耐炎化工程、前炭素化工程、炭素化工程がある。耐炎化工程では、前駆体繊維を酸化性雰囲気下で熱処理を行い、前駆体繊維に熱的安定性を付与する。この耐炎化工程は炭素繊維製造工程において最も時間を要する工程であり、炭素繊維性能の発現に大きく関与している。現在、稼動中の炭素繊維製造工場では耐炎化炉内で幅方向に温度斑があることから、炭素繊維に焼成斑が生じている。炭素繊維の品質の均一化、歩留の向上といった観点から、耐炎化炉内の温度分布を均一化することが求められている。
【0003】
この耐炎化炉内の温度分布を均一化して、温度斑を解消するための具体的提案が、例えば特開2000−088464号公報(特許文献1)や特開2001−288623号公報(特許文献2)、特開2003−155629号公報(特許文献3)、特開2008−138325号公報(特許文献4)、特開2008−280640号公報(特許文献5)などにより多数なされている。その他にも、耐炎化炉内の風速及び温度分布を均一化する提案が、例えば、特開2007−247130号公報(特許文献6)及び特開2008−267794号公報(特許文献7)によりなされている。
【0004】
具体的には、特許文献1では加熱処理室内の繊維導出入部近傍に、断熱材で覆われた熱風吹き出しノズルを設けて放熱を防ぎ、同時にノズル内に加熱手段や温度制御センサーを設けて奪われた放熱分を補給している。特許文献2では、加熱処理室外の対流加熱型熱風循環路に熱風撹拌装置であるスタティックミキサーを設け、このスタティックミキサーを通過する際の圧力損失が3Pa以上として、熱風循環路の加熱処理室内の、特に温度分布及びガス濃度分布を均一にし、耐炎化工程における処理斑をなくすことにより、得られる連続繊維束の物性の均一化を図ると同時に生産効率を向上させている。
【0005】
また上記特許文献3によれば、耐炎化炉の炉壁を二重構造として炉壁の放熱による処理室内の温度斑を防ぐと共に、二重構造の内壁から糸条走行方向に向けて突出する風向転換用のフィンを設けて、処理室内温度の均一化と生産効率の増加を図っている。特許文献4では、耐炎化炉の前駆体繊維束の出入口近傍の外気温度を制御して、炉内の温度変動を3℃以下に抑えている。
【0006】
上記特許文献5によれば、熱処理室の外側であって、熱処理室の幅方向の両側壁に、各々熱風送風手段を備えた第1及び第2熱風循環流路を設け、第1循環流路の一端を第1熱風供給ノズルに、第2熱風循環流路の一端を第2熱風供給ノズルに接続するとともに、第1熱風循環流路の他端を第1熱風吸込ノズルに、第2熱風循環流路の他端を第2熱風吸込ノズルに接続し、熱処理室の糸条移送方向に対する両側を第1及び第2循環流路により囲んで、熱処理室外への放熱を防ぐとともに、糸条の幅方向の両側において上下に多段に配し、段ごとに熱風を上下交互に吹き出すことによって糸条幅方向の熱風温度及び風速の分布を均一化している。
【0007】
特許文献2、3、4、6、7は、上記特許文献1、5と同様に、耐炎化路における熱処
理室内の温度分布を均一化させることを主な目的として提案されているものの、そのいずれも上下多段に移送する糸条シート面に対して熱風を直交させて通過させるため、その熱風を受けて糸条同士が絡まったり、糸切れや毛羽立ちなどの損傷を与えやすい。その点、特許文献1及び5の熱処理炉は熱処理内を走行する繊維シートの走行方向に平行に熱風を流しているため、繊維シートを安定して処理できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−088464号公報
【特許文献2】特開2001−288623号公報
【特許文献3】特開2003−155629号公報
【特許文献4】特開2008−138325号公報
【特許文献5】特開2008−280640号公報
【特許文献6】特開2007−247130号公報
【特許文献7】特開2008−267794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上述の特許文献1〜7により提案されている耐炎化炉は、そのいずれも炉内を流れる処理ガスの流路を熱処理室を含めた循環流路としており、前記熱処理室を除く循環流路の途中に加熱装置と循環ファンとを配している。そうした中で、特許文献2では加熱装置と循環ファンの間の循環流路に熱風撹拌装置としてのスタティックミキサーを設置している。しかるに、スタティックミキサーは流路を左右上下方向にねじることで混合を促すものであるが、その流路のねじれはミキシング板により区分けした隣の領域を入れ替える程度であり、流路全体の処理ガスを混合する作用を有するものではない。そのため、循環流路の路幅方向の熱処理室に近い内側領域とその外側領域とではガスの攪拌がなされず、それぞれの領域間でのガスの混合も殆どなされないままコースごとに流れることになる。
【0010】
この傾向は、攪拌装置が配されず、循環ファンだけを配している場合にも同様であり、しかも処理ガスの循環流路の路幅方向の熱処理室側の内側領域とその外側領域とでは、外側領域を流れる処理ガスの温度が熱処理室側領域を流れる処理ガス温度よりも相対的に低いことが実証され、同時に熱処理室に導入される処理ガスの温度分布についても、熱処理室の高さ方向において下方よりも上方へと高温領域が拡がっていることも実証されている。図8に、熱風導入部から見たときの、整流ボックス流入断面における温度分布を示している。同図は、濃色部から淡色部に向かって高温から低温へと推移する状態を示している。図8から理解できるように、高温領域と低温領域とが、整流ボックス流入断面の右側上隅部と左下隅部とを結ぶ直線により斜めに2分する分布形態をとっている。すなわち、整流ボツクスの流入断面において、高温領域が左側上隅部から上端右方へと拡がるとともに、左側上隅部から左側端縁に沿って下方途中まで徐々に拡がり、右側の下隅部から左側に向けて低温領域が徐々に拡がる。この温度分布によって、上下に多段に走行する繊維シートの幅方向における処理斑につながっている。
【0011】
本発明の目的は、こうした熱処理室内のシート幅方向における温度分布の均一化を図ると同時に、そのために要する費用の低廉化が実現できる繊維シートの加熱処理炉、特に炭素繊維製造工程における前駆体繊維の耐炎化工程に好適な加熱処理炉を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は循環流路内に配される設備を必要最小限に抑えると同時に、必要最小限の
設備にて上記目的を達成するには、如何なる手段を採用すべきかについて幾多の実験と検討とを繰り返した。その主な検討は、従来の典型的な繊維シート加熱処理炉としての対流加熱型熱風循環炉の基本構造を中心になされた。すなわち、炉内に熱風循環路を設け、その循環路内に熱処理室を配し、熱処理室の熱風導出部の循環流路下流側に加熱装置を配し、この加熱装置と熱処理室の熱風導入部との間の循環流路に循環ファンを配した対流加熱型熱風循環炉を検討の対象とした。
【0013】
その検討項目は、前記対流加熱型熱風循環炉にあって、熱処理室内における処理ガスの実際の温度分布の実証結果を踏まえ、その温度差の発生原因を解明することにあった。そのため、更なる実験を重ねた結果、繊維シート幅方向の前記温度差の発生原因は、既述したとおり、循環ファンには処理ガス循環流路に沿って送風する機能はあるものの、処理ガス循環流路の横断方向におけるガス混合機能はなく、シート幅方向における温度分布はガス循環流路の内回りと外回りでコースごとに異なり、各コースによって一回りするときもその温度分布に殆ど変化がないため、シート幅方向にコースごとに温度差が生じる。また、上下に多段に走行する繊維シートの上下方向における温度差の発生原因は、加熱装置の加熱面となるヒーターにより直接加熱される処理ガスと、ヒーターの取付枠と前記ヒーターとの間に形成される間隙を通り、ヒーターに触れないまま直接加熱されることがない処理ガスとが併存することと、これらの処理ガスが上下方向において混合する手段がないことによる。
【0014】
更に、加熱処理室内におけるシート幅方向及び処理室高さ方向の温度差が発生する他の原因としては、上記二つの原因に加えて、加熱処理室のガス循環流路上の床面への放熱と、高温ガスが上方へと流れやすいこととがある。しかし、この上下の温度差に関しては、シート幅方向における温度差が少なければ、熱処理室内を上下に多段で走行する一連のシートについてみれば、加熱処理時の各段ごとの温度分布を見るかぎり、同じ段を走行するシート部分に関しては処理温度に大きな差がなく、ただ所要の高温が得にくいという課題が残るに過ぎない。
【0015】
このときの実験結果を図8に示している。同図は循環ファンの下流側にある、後述する整流ボックスの処理ガス入口を正面から見たときの加熱装置の処理ガス入口におけるガスの温度分布を示している。この図8において、図面の左上隅部中の濃色部が最も高温であって、右下隅部の向けて徐々に淡色となっており、この淡色が進むにつれて低温となる。同図から理解できるとおり、熱処理室側の内側上部が高温で、その下方に向かうにつれて低温となり、また熱処理室側の内側上部から外側上部に向かうにつれて低温となり、外側上部から下方に向かうにつれて低温となり、外側下端隅部が最も低温となっている。
【0016】
本発明は、こうした実験と検討の結果、ようやく到達したものである。
すなわち、本発明の基本的な構成は、水平空間に配された熱風循環流路内に、熱風導入部と熱風導出部とを有する熱処理室を備え、当該熱処理室の室外にあって熱風導入部上流側の熱風循環流路内に処理ガスの加熱装置と循環ファンとが配されてなる連続繊維シートの加熱処理炉であって、繊維シートが、前記熱風導入部と熱風導出部との間の熱処理室内を、少なくとも上下に一段以上平行で水平に走行する繊維走行路を有し、前記加熱装置が処理ガス加熱面を構成するガス加熱領域と、そのガス加熱領域とガス加熱面の取付枠との間にガス非加熱領域とを有してなり、少なくとも床面側のガス加熱領域端と前記取付枠との間のガス非加熱領域を通過する処理ガスの流れを前記ガス加熱領域へと向ける風向制御部材が配されてなることである。
【0017】
好適な態様によれば、前記風向制御部材が前記ガス非加熱領域に隣接する熱風循環流路内に配されている。前記風向制御部材はSUS板から構成することが好ましく、前記繊維シートの幅方向の全長にわたり配されているとよい。また、前記風向制御部材は、前記ガ
ス非加熱領域を閉塞する部位に設置されてもよく、前記風向制御部材が熱風循環流路の床面を中心に、その全体を前後に傾動固定可能に設置することもできる。前記風向制御部材の床面からの高さは150〜250mmであることが好ましい。
【0018】
望ましくは、前記熱処理室の熱風導入部と熱風導出部とがそれぞれ熱風吹込みノズルと熱風吸出しノズルとを有しており、前記熱風吹込みノズルの上流側と前記熱風吸出しノズルの下流側とに隣接する各熱風循環流路にそれぞれ第1及び第2整流ボックスを有する。さらに、前記熱風導入部側の整流ボックスの熱風入口に第2加熱装置を配することもできる。
【発明の効果】
【0019】
以上の構成を備えた本発明によれば、次のような特有の効果を奏する。
(1) 温度分布の均一性
処理ガスが加熱装置を通過する際、処理ガス加熱面を構成するガス加熱領域と、そのガス加熱領域と前記ガス加熱面の取付枠との間のガス非加熱領域とを通過するが、このときガス非加熱領域を通過する処理ガスは、ガス加熱領域を通過する処理ガスと較べると加熱装置による加熱がなされず、そのまま低温状態を維持して熱処理室へと導入される。これらのガス非加熱領域を通った処理ガスのうち、床面に沿って流れる処理ガスは、床面への放熱効果により更なる低温流となり、混合されないまま処理室内へと導入されるため、床面から上方に向けて1〜2段のシート走行路(下部パス)付近を流れる処理ガス温度は、それより上段のシート走行路(上部パス)と比較して低温となる。このことは、既述したとおり繊維シート幅方向の温度分布が異なることに加えて、熱処理室の上下方向の温度分布にも差異が生じることを意味している。
【0020】
これに対して、本発明によれば、上述のとおり、少なくとも床面側のガス加熱領域端と前記取付枠との間のガス非加熱領域を通過する処理ガスの流れを、前記ガス加熱領域へと向ける風向制御部材を配するため、床面側の前記ガス非加熱領域を通過する処理ガスをガス加熱領域へ向けて流し、強制的に加熱したのち熱処理室へと導入することができる。その結果、制御部材を設置した高さに値するパスにおいて熱処理室内の繊維シート幅方向の温度分布を均一化でき、繊維シートに対する熱処理も均等化され、均質で高品質の製品が得られる。
【0021】
この風向制御部材は、温度低下が懸念される領域にだけ近接して設置することができるため、熱処理室内の特有の温度分布に対応してきめ細かく温度分布の均一化を図ることができる。たとえば、天井面による放熱が大きく、上部パスの熱風温度低下が顕著な場合には、天井側の非加熱領域に風向制御板を配することで対応できる。また、風向制御部材による循環流路における断面積は、せいぜい一割程度であるため圧力損失が少なく、風速の低下はほとんど生じない。
【0022】
(2) コストの優位性
風向制御部材が単なる板材のような簡易的な構造であるため、製作、取り付け、取り外しが容易であり、原材コスト、製造コスト、設置にかかる工事費用などが極めて安価となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の繊維シート加熱処理炉の内部構造例を示す平面図である。
【図2】本発明における風向制御部材の設置部を模式的に拡大して示す側面図である。
【図3】本実施形態における加熱装置を処理ガス下流側から見た一部を省略して示す正面図である。
【図4】風向制御部材を設置した場合と、設置しない場合の上端から1段目のシート走行路における幅方向温度分布のデータを比較して示すグラフである。
【図5】同じく上端から2段目のシート走行路における幅方向温度分布のデータを比較して示すグラフである。
【図6】同じく上端から3段目のシート走行路における幅方向温度分布のデータを比較して示すグラフである。
【図7】同じく上端から4段目のシート走行路における幅方向温度分布のデータを比較して示すグラフである。
【図8】風向制御部材を設置しないときの整流ボックスの処理ガス入口における上下左右の温度分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の代表的な実施形態を図面を参照しつつさらに具体的に説明する。
図1は本発明の連続繊維シート加熱処理炉の内部を上方から見た概略平断面図であり、図2は本発明における風向制御部材の設置部を模式的に拡大して示す側面図である。図3は本実施形態における加熱装置を処理ガス下流側から見た一部を省略して示す正面図である。本実施形態に係る連続繊維シート加熱処理炉は、炭素繊維の製造工程の耐炎化工程に配される耐炎化炉を例としているが、必ずしも耐炎化炉に限るものではない。また、この実施形態では、ガス循環流路の一部に配される熱処理室内を一方向に走行する連続繊維シートの走行方向と平行に加熱処理ガスを流す循環型平行流加熱処理炉を使われている。
【0025】
本発明の連続繊維シート加熱処理炉10は、図1に示すように、平面視で矩形枠状の炉壁11を備え、その内部の水平空間を利用して処理ガスの熱風循環流路12が形成されている。この熱風循環流路12の一部直線領域に連続繊維シートTSを加熱処理する熱処理室13が配されている。当該熱処理室13内には連続繊維シートTSを上下多段に走行させるシート処理空間13aを有している。連続繊維シートTSを上下多段に走行させるため、熱処理室13の繊維シート走行方向両端部の室外上下方向にシート幅方向に延びる複数本の図示せぬ折り返しローラーが配され、熱処理室13の一端に形成された繊維シート供給口から導入される連続繊維シートTSは、熱処理室13の内部を走行して一段目の繊維シート出口に配された図示せぬ折り返しローラーにより折り返され、熱処理室13の内部を逆方向に走行して熱処理室13の他端に形成された繊維シート出口に配された2段目の折り返しローラーにより折り返され、熱処理室13の内部を逆方向に走行する。これを所要の段数繰り返し、所定の熱処理がなされると連続繊維シートTSの最終出口から次行工程へと送り出される。前述の熱処理は、熱風循環流路12を循環する所定温度まで昇温された処理ガスによって連続してなされる。本実施形態によれば、処理ガスとして加熱された空気が使われており、熱処理室13内における雰囲気温度は略200〜300℃に設定される。また、本実施形態に使われる連続繊維シートTSの原料繊維には、炭素繊維の代表的な前駆体繊維となるアクリロニトリル系の長繊維が使われ、ここで繊維シートとは多数本の単繊維を束ねた複数本の長繊維束を平行に並べて一枚のシート状にしたものをいう。
【0026】
前記熱処理室13には、前記連続繊維シートTSの出入口、同シート出入口に配される複数の折り返しローラーの他に、同熱処理室13のシート出入口に隣接して、それぞれの熱風循環流路12に沿って配される第1及び第2整流ボックス14,15が付設されている。この第1及び第2整流ボックス14,15は、本発明における高温の熱風導入部及び熱風導出部に相当する。前記第1及び第2整流ボックス14,15と前記熱処理室13との各接続部には、それぞれ熱処理室13の室内に新鮮な熱風の吹込みノズル16と、熱処理室13から熱風を熱風循環流路12へと処理済みの熱風の吸出しノズル17とが介装されている。
【0027】
前記熱処理室を除く熱風循環流路12にあって、前記熱処理室13の熱風導入部である第1整流ボックス14の上流側と熱処理室13の熱風導出部である第2整流ボックス15の下流側との間の循環流路上に、熱風方向の上流側から下流側に向けて、加熱装置18と循環ファン19とが順次設置されている。すなわち、熱処理室13の室内で連続繊維シートTSの熱処理を終えて温度が低下した処理済みの熱風は、前記吸出しノズル17を介して第2整流ボックス15内に吸い出されて、途中の循環流路にて一部新鮮な空気と入れ換えられて、熱交換がなされたのち、加熱装置18を通過して所要の温度まで加熱される。このとき、循環流路を流れる流路幅方向の熱風の温度は、内回りの熱風の方が外回りの熱風よりも低い。従来であれば、このときの温度分布は、図8に示すように、熱処理室13の内部を流れるときも変わらない。
【0028】
ところで、循環流路上に配設される、従来の加熱装置は、一部を除いて図2に概要を示すように、平面状の加熱面をもつ複数のコイル製の電気ヒーター(平板状ヒーター)18aをガスの流れ方向に多段に配して、これらの平板状ヒーター18aが、その加熱面を熱風の流れ方向に向けて、多段に配された平板状ヒーター18aの周囲を矩形状の枠体18bに取り付け、これを循環流路の床面に垂直に設置する。前記枠体18bに平板状ヒーター18aを取り付けると、必然的に平板状ヒーター18aと枠体18bとの間に枠状の間隙が発生する。そのため、熱風が加熱装置18を通過するとき、その上下左右の端部を通過する熱風は平板状ヒーター18aと枠体18bとの間の間隙を単に通過するだけで、ヒーターの加熱面に直接接触して加熱されずに下流側に配された循環ファン19により熱処理室13に送り込まれてしまう。このとき、既述したとおり、熱処理室13に送り込まれる熱風の温度分布は循環流路幅方向のコースごとに殆ど変動がないが、熱処理室13の内部では、特にその床面の近傍を流れる熱風温度が、天井付近を流れる熱風の温度よりも相対的に低くなる。
【0029】
本発明が、こうした熱処理室13の内部における温度分布の変動を防ぐものである。そのため、図示実施形態では、図1〜図3に示すように、上記加熱装置18の循環ファン19側の前面下端部に、本発明における特徴部を構成する、風向制御部材20を前駆体繊維シートの全幅にわたって配している。この実施形態によれば、前記風向制御部材20として平板状のSUS板材を採用しており、その横幅を加熱装置18の左右枠部端の間の寸法である1135mm、床面からの高さを加熱面の最も下端に配されたニクロム線ヒーターを完全にカバーする高さである250mmに設定している。
【0030】
ここで、これらの値は限定的でなく、またその高さや配置幅、配置位置も図示例に限るものではなく、必要に応じて任意に変更できる。風向制御部材20の形状に関しても、平板状以外に断面が直角三角形や熱風との対向面を上下に突出する湾曲面とすることもできる。本実施形態にあっては、前記加熱装置18の上部枠部と平板状ヒーター18aとの間の間隙部には風向制御部材を配していない。これは熱風の性質として上下に温度差があるとき、高温の熱風が上方へと集まるため、前記間隙部を通る熱風の温度には殆ど温度低下のないことによる。このことは、前記加熱装置18の左右枠部と平板状ヒーター18aとの間の間隙部についても同じことが言えるため、上記平板状の板材を配することで十分であるがためである。
【0031】
更に本実施形態にあっては、図1に仮想線で示すように、熱処理室13に導入される熱風にシート幅方向の温度分布をより均一化するため、上記第1整流ボックス14の熱風入口の手前に第2ヒーター21を配置することもできる。
【0032】
以下、本発明を実施例及び比較例を基にして、更に具体的に説明する。
【0033】
(実施例1)
図1及び図2に示す構成を備えた熱処理炉にあって、風向制御部材を設置した場合と設置しない場合について、1〜4段目(パス)の繊維シート走行路に繊維シートを通さずに、図示せぬ折り返しローラーの上下間に形成された4パスを使用して、各パスごとに熱処理室内の各走行路の長手方向中央部における路幅方向温度を5点で測定し、その路幅方向及び高さ方向における温度分布を調べた。このときの熱処理炉内の平均温度は240℃であった。なお、風向制御部材は、熱処理炉の循環流路上に配された加熱装置の下流側に隣接して、床面から183mmの高さまでの熱風流域を遮るように矩形平板状のSUS板を熱風の流れ方向に対し垂直に設置した。このときの加熱装置における加熱領域と非加熱領域とを合わせた合計高さは1436mmである。
【0034】
熱処理炉内を熱風が循環している最中に、熱処理室の長手方向中央部で各パスの幅方向5点の温度を、それぞれ炉内に設置した温度センサーを用いて測定し、その5点間の温度差を記録した。その結果を、図4〜図7に示し、両端の温度差、すなわち内回り側の温度から外回り側の温度を除した値を表1にまとめた。図4〜図7において、実線は風向制御部材を設置した場合、破線は風向制御部材を設置しない場合を示しており、符号Lは外回り側のコース、Rは内回り側のコースを示す。表1に示すように、第1段目〜第4段目のパスにおける風向制御部材の設置前及び設置後の、熱風の外回りと内回りとの間では、熱風の外回りの方が内回りよりも相対的に低温であり、風向制御部材を設置したときの各パスにおける内回りと外回りの温度差は1.9℃、2.4℃、2.7℃、3.3℃であって、下部パスにおいて風向制御部材の設置後における温度差が顕著に低減していることが理解できる。
【0035】
【表1】

【0036】
(実施例2)
上記4パスで構成された熱処理炉内の循環流路にアクリロニトリル系の前駆体繊維シートを通した以外は、上記実施例1と同じ条件で実験を行った。その結果を表2に示した。表2により示されているとおり、平均240℃の炉内において各パスの幅方向温度差は上段から2.2℃、3.1℃、4.2℃、3.9℃となった。
【0037】
【表2】

【0038】
(比較例1)
4パスで構成された熱処理炉内の循環流路に設置された加熱装置の下流側に風向制御部
材を設置せず、熱処理室の処理空間に繊維シートを通さずに、炉内熱風循環中に熱処理室長手方向中央で各パスの幅方向5点の温度を測定したところ、平均240℃の炉内において各パスの幅方向温度差は、表1に示すとおり、上段から1.7℃、2.7℃、6.3℃、6.3℃であった。この結果から理解できるように、従来の熱処理室内の温度分布は、循環流路の幅方向では内回りの温度が外回りの温度よりも極めて高く、その温度差が大きい。また循環流路の高さ方向における温度も、特に外回りでは床面に向かうにつれて低温となり、その温度差も大きい。
【0039】
(比較例2)
4パスで構成された熱処理炉内の循環流路の加熱装置下流側に、加熱部流路に何も設置しない状態で、炉内熱風循環中にPAN 系プレカーサーを導糸し、処理室長手方向中央で各パスの幅方向5点の温度を測定したところ、平均240℃の炉内において各パスの幅方向温度差は、表2に示すとおり、上段から2.0℃、2.8℃、6.6℃、7.9℃であった。この結果から、従来の熱処理室内の温度分布は、繊維シートを通した場合には、循環流路の幅方向では内回りの温度が外回りの温度よりも相対的に高く、その温度差も繊維シートを通さない場合と比較しても、差があることを理解できる。
【0040】
以上の実施例及び比較例では、温度測定を既述した炉内に固定設置している温度センサーにより表示された値を比較したが、炉内の吹込みノズル直近、吸出しノズル直近の各位置幅方向に熱電対を設置し、温度検出器から得たデータを比較しても同様の結果となった。
【0041】
このように、加熱部下流側に床面に沿って流れる熱風が加熱装置の非加熱領域をすり抜けて、過熱装置の加熱面によって直接加熱されないことを避けるため、風向制御部材を設置し、床面放熱により冷却された風を強制的に加熱し、下段パスの幅方向温度差を小さくすることができた。一方で、上段パスの温度差は変わらなかったため、上部の流線挙動には影響を与えずに、下部の熱風温度分布のみを改善することで、全体的な温度分布をも改善することができた。
【符号の説明】
【0042】
10 (連続)繊維シート加熱処理炉
11 炉壁
12 熱風循環流路
13 熱処理室
13a シート処理空間
14 第1整流ボックス
15 第2整流ボックス
16 吹込みノズル
17 吸出しノズル
18 加熱装置
18a 加熱面(平板状ヒーター)
18b 枠体
19 循環ファン
20 風向制御部材(SUS板)
21 ヒーター(加熱装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水平空間に配された熱風循環流路内に、熱風導入部と熱風導出部とを有する熱処理室を備え、当該熱処理室の室外にあって熱風導入部上流側の熱風循環流路内に処理ガスの加熱装置と循環ファンとが順次配されてなる連続繊維シートの加熱処理炉であって、
前記繊維シートが、前記熱風導入部と熱風導出部との間の熱処理室内を、少なくとも上下に一段以上平行で水平に走行する繊維走行路を有し、
前記加熱装置が、処理ガス加熱面を構成するガス加熱領域と、そのガス加熱領域と前記ガス加熱面の取付枠との間のガス非加熱領域とを有してなり、
少なくとも床面側のガス加熱領域端とガス加熱面の前記取付枠との間のガス非加熱領域を通過する処理ガスの流れを前記ガス加熱領域へと向ける風向制御部材が配されてなる、連続繊維シートの加熱処理炉。
【請求項2】
前記風向制御部材が前記ガス非加熱領域に近接する熱風循環流路内に配されてなる、請求項1記載の加熱処理炉。
【請求項3】
前記風向制御部材がSUS板からなり、前記繊維シートの幅方向の全長にわたり配されてなる、請求項1又は2に記載の加熱処理炉。
【請求項4】
前記風向制御部材が、前記ガス非加熱領域を閉塞する部位に設置されてなる、請求項1〜3のいずれかに記載の加熱処理炉。
【請求項5】
前記風向制御部材が熱風循環流路の床面を中心に、その全体を前後に傾動固定可能に設置されてなる、請求項1〜3のいずれかに記載の加熱処理炉。
【請求項6】
前記風向制御部材の床面からの高さが150〜250mmである、請求項1〜5のいずれかに記載の加熱処理炉。
【請求項7】
前記熱処理室の熱風導入部と熱風導出部とが、それぞれ熱風吹込みノズルと熱風吸出しノズルとを有してなる、請求項1記載の加熱処理炉。
【請求項8】
整流ボックスの熱風入口に加熱装置が配されてなる、請求項1記載の加熱処理炉。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2013−91863(P2013−91863A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232971(P2011−232971)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】