説明

繊維強化複合材料およびその製造方法

【課題】疲労特性と衝撃特性の双方に優れた繊維強化複合材料を低コストに提供する。
【解決手段】高分子系母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させたものを繊維状強化材に含浸させ、これを固化させることで、高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材料を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維状強化材で高分子系母材を強化した繊維強化複合材料とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の複合材料は、高い比強度や比剛性をはじめ優れた機械的特性を有することから、構造用材料として各種産業分野における利用が検討され、あるいは実際に利用されている。
【0003】
その一方で、例えば長繊維を繊維状強化材とする上記複合材料においては、その構造上、繰り返し荷重下で比較的早期に繊維間の狭小な母材領域にマイクロクラックが発生する傾向にある。この種のクラックは成長することで疲労破壊を引き起こす可能性がある。比較的脆性な高分子系母材に発生したマイクロクラックは、衝撃荷重の作用下でも容易に進展する傾向にあり、母材によるエネルギー吸収能は低い。また、繊維状強化材がシート状の形態で母材に供給される場合、上記複合材料は積層構造を採ることになるため、衝撃に対して層間はく離を生じ易い。
【0004】
例えば下記特許文献1や特許文献2には、耐衝撃性の改善を目的として、炭素繊維を強化材とし、エポキシ樹脂を母材とする樹脂組成物であって、当該母材中にカーボンナノチューブ(CNT)や、ナノサイズ径の微細炭素繊維(CNF)を充填材として配合した樹脂組成物が開示されている。
【特許文献1】特開2003−12939号公報
【特許文献2】特開2004−300221号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献に開示の充填材は何れも母材との界面接着性に乏しい。そのため、ミクロンオーダーあるいはサブミクロンオーダーの微細繊維としての特性を十分に活かすことができず、クラックの発生・進展抑制効果は小さい。また、上記充填材は合成樹脂等の母材と比べその比重が大きいのが通常であるから、上記繊維を母材中に供給しても沈殿等を生じ、当該充填材を均一に分散させ難い。これでは、上記樹脂組成物の含浸時、繊維間の狭小な領域に入り込んだ樹脂中に上記充填材が含まれないこととなり、疲労特性や衝撃特性に直接影響するマイクロクラックの発生・進展を抑制することは難しい。加えて、上記充填材は何れも高価なため、上記複合材料を用いて大量生産品を製造するには不適である。
【0006】
また、上記の問題は、長繊維に限らず、短繊維を強化材とした場合にも同様に起こり得る。すなわち、短繊維を強化材とする複合材料においては、当該繊維の繊維端がクラック発生・進展の起点となり易く、この傾向は疲労破壊や衝撃破壊においてより顕著となる。そのため、短繊維を強化材とする複合材料においても、疲労特性や衝撃特性の改善が求められている。
【0007】
以上の事情に鑑み、本発明では、疲労特性と衝撃特性の双方に優れた繊維強化複合材料を低コストに提供することを技術的な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題の解決は、本発明に係る繊維強化複合材料により達成される。すなわち、この
複合材料は、高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材料であって、さらに、高分子系母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させた点をもって特徴づけられる。
【0009】
ミクロフィブリルセルロースは主に天然植物質を構成するセルロースに機械的せん断力を加えてフィブリル化したもので、サブミクロンスケール(0.01〜0.1μmオーダー)の繊維径を有する微細繊維である。また、ミクロフィブリルセルロースの比重は上記カーボン系充填材のそれと比べて小さく高分子系母材の比重に近い。以上のことから、ミクロフィブリルセルロースを沈殿させることなく高分子系母材中に均一に分散させた状態で当該母材を繊維状強化材に供給することができ、母材中に分散したミクロフィブリルセルロースを繊維状強化材の間や層間の狭小な母材領域に入り込ませることができる。これにより、例えば長繊維を繊維状強化材とする複合材料においては、上記母材領域におけるマイクロクラックの発生を抑制することができる。また、一旦発生したマイクロクラックの成長を上記微細繊維のブリッジング作用により抑制することができる。また、短繊維を強化材とする複合材料においても、繊維端に生じる応力がミクロフィブリルセルロースで分担されることで、繰り返し荷重下あるいは衝撃荷重下においても従来材料に比べてマイクロクラックの発生・進展が抑制される。なお、上記微細繊維はセルロースを主体とすることから、上述の炭素系充填材に比べて高分子系母材との接着性も良好である。また、この繊維は上述の如く非常に微細なために比表面積が大きく母材との接着面積も大きい。以上の点から、本発明に係る複合材料であれば、母材中に分散させたミクロフィブリルセルロースの微細繊維としての特性を十分に活かしてマイクロクラックの発生・進展を抑制することができ、疲労特性および衝撃特性の向上を図ることが可能となる。また、当該充填材はセルロースに機械的加工を施すことで得られるものであるから、非常に低コストに入手可能である。そのため、上記構成に係る複合材料の製造コストを低く抑えて量産性を高めることができる。
【0010】
ここで、繊維状強化材としては、高分子系母材の強化材として機能する限りにおいて任意の繊維状強化材が使用できる。材質(有機、無機、天然、合成などの別)、繊維径(少なくともミクロフィブリルセルロースより上のオーダーであればよい)、あるいはその供給形態(一方向、平織り、不織布などの別)などは特に限定されない。繊維長についても特に限定されないが、上述のき裂発生・抑制メカニズムや後述する実験結果から、長繊維を強化材とした場合に非常に優れた疲労特性・衝撃特性の改善効果を示す。一方、ヤング率に着目した場合には、ミクロフィブリルセルロースと少なくとも同等、あるいはそれ以上のヤング率を示す繊維状強化材が好適であり、その一例として炭素繊維を挙げることができる。
【0011】
また、高分子系母材についても特にその種類は問わず任意の高分子系材料が使用できる。ここで、既述したミクロフィブリルセルロースとの接着性を重視する場合には、水酸基を有する樹脂が好適である。ミクロフィブリルセルロースとの間で水素結合を発現し両者間に高い接着力を付与することができるためである。上記水酸基を有する樹脂の中では機械的特性に優れたエポキシ樹脂が好適である。
【0012】
また、高分子系母材に対するミクロフィブリルセルロースの重量比は0.01wt%以上2.0wt%以下とするのがよく、0.1wt%以上1.0wt%とするのがさらによい。上述の疲労特性・衝撃特性改善効果を得るためには、少なくとも0.01wt%のミクロフィブリルセルロースが必要であり、また、2.0wt%を超えると、高分子系母材中への分散性が極度に低下してしまうためである。
【0013】
上記複合材料は、高分子系母材を半硬化させることでプリプレグ化されているものであってもよい。既述のように、本発明に係る複合材料であれば、比較的低コストに疲労特性
ないし衝撃特性の改善が可能であるため、これをプリプレグ化することで当該複合材料を用いた工業製品を低コストに大量生産することが可能となる。
【0014】
上記複合材料はその優れた機械的特性と軽量性から例えば車両・船舶・航空分野に好適に適用される他、スポーツ用品にも好適に適用される。特に、本発明に係る複合材料は疲労特性ならびに衝撃特性に優れたものであるため、スポーツ用品の中でも例えばテニスラケットやゴルフのクラブシャフト、野球のバットなど打球部位を有する球技用具に好適に適用可能である。
【0015】
また、前記課題の解決は、繊維状強化材に高分子系母材を供給し、これを固化することにより高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材料を得る方法であって、高分子系母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させたものを繊維状強化材に供給することを特徴とする繊維強化複合材料の製造方法によっても達成することができる。
【0016】
また、ミクロフィブリルセルロースが水分を含んだ状態で供給される場合、このミクロフィブリルセルロースに対して例えばアルコールなどの溶媒を用いて置換を行い、置換後のミクロフィブリルセルロースを高分子系母材中に分散させるようにしてもよい。上述の疲労特性・衝撃特性の改善効果を得るには、母材中でのミクロフィブリルセルロースの分散性が重要となるところ、ミクロフィブリルセルロースに含まれる水分を除去するために乾燥させると上記セルロース同士が互いに絡まりあって塊になり易い。これに対して、上述の方法によれば、溶媒を含んだ状態のミクロフィブリルセルロースを、低粘度を保った状態で高分子系母材と混合でき、ミクロフィブリルセルロースを凝集させることなく高分子系母材中に均一に分散した状態を容易に実現し得る。従って、この状態の母材を繊維状強化材に供給して固化させることで、母材中にミクロフィブリルセルロースが均一に分散した複合材料製品を得ることができる。
【0017】
もちろん、ミクロフィブリルセルロースの分散の方法は上記に限られるものではなく、他の方法を採ることもできる。例えば、水分を含むミクロフィブリルセルロースに対してフリーズドライ処理を施し、ミクロフィブリルセルロース中の水分を除去するようにしてもよい。この方法によれば、減圧環境下で昇華させることにより水分が除去されるので、通常乾燥のような収縮が生じにくい。そのため、内部に多数の空間を残した綿状のミクロフィブリルセルロースを得ることができる。このような状態であれば母材中への分散性も良好である。また、この方法であれば、上記溶媒置換の場合のように、母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させた後、溶媒を積極的に除去するための作業を特に必要としないため、作業効率もよい。あるいは、さらなる他の手段として、例えばスプレードライ法でミクロフィブリルセルロース中の水分を除去する方法を採ることもできる。スプレードライ法は、一般的に、流動体中の粉状物体あるいは粒状物体を分離抽出するための手法であるが、ミクロフィブルリルセルロースの如く微細な物体であれば繊維状体であっても上記方法により乾燥状態のミクロフィブリルセルロースを取得することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によれば、疲労特性と衝撃特性の双方に優れた繊維強化複合材料を低コストに提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明に係る複合材料を構成する繊維状強化材は、高分子系母材の強化材として機能する限りにおいて任意であり、例えば炭素繊維(PAN系、ピッチ系など)、ガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、あるいは、ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、PBO繊維(ポリルーブパラフェニレンベンズオキサゾール)などの合成樹脂繊維が有機、無機の別なく使用可能である。もちろん、植物繊維(竹繊維、麻系繊維など)や動物繊維
(ウールなど)等の天然繊維(天然由来の繊維も含む)も使用可能である。また、母材への供給形態についても任意であり、繊維束の状態で、あるいは繊維束を単位としてシート状に織物化した状態で母材に供給する(母材を含浸させる)ことも可能である。具体的には、一方向繊維状(ヤーン、クロスプライなどの形態を含む)、織物状(平織りなど)、不織布状、マット状(チョップドストランドマットなど)が供給形態の例として挙げられる。
【0020】
また、高分子系母材についても、特にその種類は問わず、例えば不飽和ポリエステル、エポキシ樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂などの熱硬化性樹脂が使用可能である。メチルメタアクリレートなどの熱可塑性樹脂を使用することも可能である。また、ミクロフィブリルセルロースとの接着性を重視して、水酸基を有する樹脂を使用する場合、機械的特性に優れたエポキシ樹脂が好適に使用可能である。
【0021】
エポキシ樹脂としては、1液型と2液型の別を問わず種々のタイプを使用することができる。また、使用可能なエポキシ樹脂には、ビニルエステル系など各種変性エポキシも含まれ、例えばATBNやCTBNなどのゴム微粒子や、熱可塑性微粒子(ナイロン系など)により変性されたエポキシ樹脂も含まれる。この場合、高分子系母材としてのエポキシ樹脂中にはミクロフィブリルセルロースに加えてゴム微粒子が分散した形態の繊維強化複合材料が形成される。
【0022】
ミクロフィブリルセルロースとしては、植物質を上述のようにミクロフィブリル化したものや、バクテリア由来のもの(バクテリアにより生成されたもの)が使用可能である。ここで、植物質から生成する場合、種々の植物質が天然・人工の別を問わず使用可能であり、具体例として、木材繊維、靭皮繊維(竹繊維など)、葉茎繊維(ジュート、ケナフなど)、種子毛(コットンなど)など、各部位に係る天然繊維質を原料として挙げることができる。もちろん、これらをパルプ化したものから抽出することも可能である。このうち、例えば竹の維管束鞘やスギ等の樹木の木質部などの厚壁細胞から抽出した、いわゆる厚壁繊維はアスペクト比に優れる。また、これら原料に対するフィブリル化の程度によっては、微細な網目構造(言い換えると、くもの巣状の微細ネットワーク構造)を有するミクロフィブリルセルロースを得ることもでき、これを使用することもできる。
【0023】
上記例示した各構成要素の組み合わせの好適な一例として、例えば平織りシート状の長繊維炭素繊維を強化材、エポキシ樹脂を高分子系母材、そして、ミクロフィブリルセルロースを充填材とし、積層状態のシート状炭素繊維に、ミクロフィブリルセルロースを分散させたエポキシ樹脂を含浸させ、硬化させてなる炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が挙げられる。以下、同CFRPの製造方法の一例を説明する。
【0024】
上記複合材料(CFRP)は、水分を含むミクロフィブリルセルロースに対してアルコール置換を行う工程(A)と、アルコール置換後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させる工程(B)と、上記セルロースが分散した状態のエポキシ樹脂をシート状炭素繊維に含浸させて所定の形状に成形する工程(C)とを経て製造される。以下、各工程の詳細について述べる。
【0025】
(A)アルコール置換工程
まず、ミクロフィブリルセルロースを用意する。ここで用意するミクロフィブリルセルロースは、例えば原料となるパルプ状天然繊維質を高圧ホモジナイザ等によりフィブリル化することにより得られる。そのため、上述のようにして得たミクロフィブリルセルロースは非常に多く(約90wt%)の水分を含む。よって、このセルロースに対してアルコール置換処理を施し、ミクロフィブリルセルロースに含まれる水分を取り除く。具体的な手法の一例を挙げると、まずミクロフィブリルセルロースと、当該セルロースに含まれる
水分と同量のアルコール液を混合攪拌し、然る後、この混合攪拌液を真空ろ過することで水分の除去を行う。そして、この作業により得られたシート状のミクロフィブリルセルロースにさらに適量のアルコール液を供給し、超音波ホモジナイザでシート状のミクロフィブリルセルロースをほぐし、アルコール液中に均等に分散させる。なお、ここでは、アルコールを置換媒体として使用した場合を例示したが、もちろん、アルコール以外の溶媒を用いて上記置換処理を行うことも可能である。
【0026】
(B)分散工程
上記工程(A)で得たミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂に供給し、十分に攪拌した後、真空炉内で所定温度(90℃程度)にまで加熱することによりアルコール液を蒸発させる。これにより、ミクロフィブリルセルロースが均等に分散した状態のエポキシ樹脂(樹脂組成物)が手に入る。この際、エポキシ樹脂に対するミクロフィブリルセルロースの供給割合は例えば0.1wt%から0.5wt%の間に調整される。なお、ミクロフィブリルセルロースの分散を容易にするため、予め所定温度に加熱しておいたエポキシ樹脂を使用しても構わない。
【0027】
(C)成形工程
上述のようにして得られた樹脂組成物とシート状炭素繊維とで炭素繊維強化プラスチックを、例えばハンドレイアップ法により成形する。すなわち、上記シート状炭素繊維に上記樹脂組成物を含浸させながら上記シート状炭素繊維を積層していく。そして、これを加熱しながらプレスすることで、所定厚みの炭素繊維強化プラスチック板を得る。なお、上記分散工程(B)で行ったアルコール除去処理を、積層後に行うことも可能である。
【0028】
なお、上記例示の製造方法では、ミクロフィブリルセルロースに含まれる水分の除去に関し、アルコール置換法を用いた場合を説明したが、もちろん、これ以外の方法を採ることも可能である。例えば、アルコール置換に代えてフリーズドライ処理によりミクロフィブリルセルロース中の水分を除去することも可能である。この場合、上記複合材料(CFRP)は、水分を含むミクロフィブリルセルロースにフリーズドライ処理を施す工程(A’)と、フリーズドライ処理後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させる工程(B’)と、分散状態のエポキシ樹脂をシート状炭素繊維に含浸させて所定の形状に成形する工程(C)とを経て製造される。なお、フリーズドライ法により乾燥処理された後のミクロフィブリルセルロースは非常に吸湿し易い状態にあるため、上記乾燥処理工程(A’)から樹脂分散工程(B)に至る一連の工程を絶乾環境下で行うか、あるいは、乾燥処理工程(A’)後のミクロフィブリルセルロースに適当な溶媒(アルコール等の揮発性溶媒が好ましい)を含浸させ、当該含浸体をエポキシ樹脂中に分散させるようにすることも可能である。
【0029】
また、上記溶媒置換法やフリーズドライ法に代えてスプレードライ処理によりミクロフィブリルセルロース中の水分を除去することも可能である。この場合、上記複合材料(CFRP)は、水分を含むミクロフィブリルセルロースにスプレードライ処理を施す工程(A”)と、スプレードライ処理後のミクロフィブリルセルロースをエポキシ樹脂中に分散させる工程(B”)と、分散状態のエポキシ樹脂をシート状炭素繊維に含浸させて所定の形状に成形する工程(C)とを経て製造される。
【0030】
以下、本発明の有用性を立証するため本発明者らが行った実験の結果について記す。
【0031】
(1)試験片
ここでは、まず、以下の各実験(静的引張試験、引張引張疲労試験、打ち抜き衝撃試験、層間破壊じん性試験)に共通に用いる試験片について述べる。材料に関し、強化材としての長繊維には、平織りPAN系炭素繊維として、三菱レイヨン株式会社製のPYROF
IL(登録商標) TR3110Mを、一方向(UD)炭素繊維として、同じく三菱レイヨン株式会社製のPYROFIL TR50S12Lをそれぞれ使用した。また、高分子系母材には、主材となるエポキシ樹脂にジャパンエポキシレジン株式会社製のjER(登録商標)828を、硬化剤にジャパンエポキシレジン株式会社製のjERキュア(登録商標)113をそれぞれ使用した。また、充填材としてのミクロフィブリルセルロース(以下、MFCと称す)には、ダイセル化学工業株式会社製のセリッシュ(登録商標)KY−100Gを使用した。
【0032】
ここで、主材(エポキシ樹脂)に対してMFCを0.0wt%(従来品)、0.1wt%、0.3wt%(共に本発明品)配合したものを用意し、3種類の試験片を作成した。試験片の作成は、既に述べた製造方法と同様であり、アルコール置換工程の後、エポキシ樹脂への分散工程を経て、ハンドレイアップ法により試験片(CFRP積層板)を成形することにより行った。
【0033】
詳細には、まずMFCの9倍の重量のエタノール液をMFCに供給し、かき混ぜ棒により10分程度攪拌した。攪拌後、真空ろ過により攪拌液中の水分を除去した。続いて、真空ろ過によりシート状にされたMFC(少量のエタノールが残存)にさらに適量のエタノールを供給して超音波ホモジナイザで上記シート状MFCをほぐし(約30分)、アルコール液中に均等に分散させた。このようにしてアルコール置換が行われたMFCを主材(エポキシ樹脂)に供給し、かき混ぜ棒で十分に攪拌した後、真空炉内で約90℃にまで加熱することによりアルコール液を蒸発させた。これにより、MFCが均等に分散した状態のエポキシ樹脂(樹脂組成物)を入手した。このようにして、エポキシ樹脂に対するMFCの配合比を0.1wt%、0.3wt%としたものを作成した。なお、ここでは、MFCの分散を容易にするため、予め80℃の炉中に約30分保持しておいた主材(エポキシ樹脂)を使用した。
【0034】
上述のようにして得た樹脂組成物と炭素繊維とを用いてハンドレイアップ法により試験片となるCFRP積層板を成形した。主材と硬化剤との混合比は3:1に設定した。ここで、静的引張試験、引張引張疲労試験、および、打ち抜き衝撃試験に用いる場合、成形後の厚みが2mmとなる成形型内に上記樹脂組成物と上記平織り炭素繊維との積層体を入れ、上記成形型を50kgf/cm2(約490N/cm2)で加圧可能なホットプレス機を用いて120℃×4hの条件で硬化させた。シート状炭素繊維の積層枚数を8層として成形後の繊維体積含有率が48±2%となるよう調整した。一方、層間破壊じん性試験(DCB試験、ENF試験)に用いる場合、UD(一方向)炭素繊維を積層すると共に、積層時、初期き裂導入のためPTFEフィルムを積層方向中央位置に挿入し、積層体を作製した。上記UD炭素繊維の積層枚数を12層として成形後の厚みが3mmとなるようにした。この他の作製条件は、静的引張試験や引張引張疲労試験、打ち抜き衝撃試験用のCFRP板を作製する際の条件と同じである。以下、各試験ごとの試験片の詳細を説明する。
【0035】
(1.1)静的引張試験
上記工程で作製したCFRP積層板の両側部かつ両面にGFRP製のタブをエポキシ系接着剤で貼付け、ダイヤモンド工具を用いて2mm×25mm×200mmの短冊形状に試験片を切り出した。標点距離を100mmとした。このようにして切り出した試験片に対して60℃×5hの条件でアフターキュアを行った。
【0036】
(1.2)引張引張疲労試験
静的引張試験と同一の条件で作製した試験片とした。
【0037】
(1.3)打ち抜き衝撃試験
上記工程で作製したCFRP積層板から、卓上帯鋸機を用いて2mm×50mm×50
mmの正方形状に試験片を切り出した。このようにして切り出した試験片に対して60℃×5hの条件でアフターキュアを行った。
【0038】
(1.4)層間破壊じん性試験
(1.4.1)双片持ちはり層間破壊じん性(DCB)試験
上記工程で作製した、PTFEフィルムを介在させたCFRP積層板から、3mm×20mm×150mmの短冊形状にかつ繊維の配向方向(90°方向)に沿って試験片を切り出した。この際、試験片端部からのPTFEフィルムの幅寸法を42〜65mmの範囲に調整した。そして、当該フィルム側端部の両面にピン負荷用ブロックを接着固定したものを試験片として使用した。
(1.4.2)端面切欠き曲げ層間破壊じん性(ENF)試験
上記工程で作製した、PTFEフィルムを介在させたCFRP積層板から、3mm×20mm×100mmの短冊形状にかつ繊維の配向方向(90°方向)に沿って試験片を切り出した。この際、試験片端部からのPTFEフィルムの幅寸法を42〜65mmの範囲に調整した。
【0039】
(2)実験条件
(2.1)静的引張試験
JIS K7073(炭素繊維強化プラスチックの引張試験方法)に準拠し、AUTOGRAPH(株式会社島津製作所製)を用いて変位制御で静的引張試験を行った。試験速度1mm/minとした。また、ロードセルにより負荷荷重を検出し、変位計(MTS社製 Axial Extensometers634.11F−21 測定可能変位限界:+5.00mm/−2.50mm)により変位を検出した。全ての試験を実験室環境下(23±2℃、60±5%RH)で行い、同一条件での試験数を7とした。
【0040】
(2.2)引張引張疲労試験
JIS K7083(炭素繊維強化プラスチックの定荷重引張−引張疲れ試験方法)に準拠し、電気油圧式サーボ試験機(島津製作所製 サーボパルサ 定格荷重:±50ton)を用いて荷重制御により疲労試験を行った。応力比(最小負荷応力/最大負荷応力)を0.1とし、繰り返し周波数を5Hzの正弦波波形として繰り返し負荷を与えるようにした。試験中は、常に実験室環境(23±2℃、60±5%RH)を維持した。繰り返し回数が106回を超えても破断に至らない場合には試験を打ち切り、疲労限とした。
【0041】
(2.3)打ち抜き衝撃試験
JIS K7085(炭素繊維強化プラスチックの多軸衝撃試験方法)に準拠し、高速衝撃試験機(島津製作所製 HYDROSHOT、HTM−10kN)を用いて打ち抜き試験を行った。打ち抜き速度を4.4m/sとした。ストライカの先端形状を直径12.7mmの半球状とし、試験片を専用の治具を用いて支持枠に強固に圧着固定した。試験片の50mm×50mm平面の中心位置をストライカの落下位置とした。また、最大荷重計測後、計測荷重が100Nに達した段階で、ストライカに摩擦力等の微小な力が作用しているものとして貫通破壊したものとみなした。これは、計測荷重がマイナスの値を示した後再びプラスの値に戻ったり、試験片厚さが2mmであるのに対して変位が5mmを超えても計測荷重が100N付近の値を示し続ける試験片が存在したことによる。全ての試験を実験室環境下(23±2℃、60±5%RH)で行い、同一条件での試験数を10とした。
【0042】
(2.4)層間破壊じん性試験
(2.4.1)DCB試験
JIS K7086(炭素繊維強化プラスチックの層間破壊じん性試験方法)に準拠し、AUTOGRAPH(株式会社島津製作所製 定格荷重:100kN)を用いて試験を
行った。本実験では,き裂が一気に進展することを踏まえて、10分経過するごとにき裂長さ、荷重、およびCOD(き裂開口変位)を計測した。クロスヘッドスピードはき裂進展前までは、0.5mm/min、き裂進展後は1.0mm/minとした。き裂進展長さが70mmに達するか、試験片が破断した場合に試験を終了した。同一条件での試験数を5とした。き裂進展初期におけるモードI層間破壊じん性値GIC[kJ/mm2]、お
よび、き裂進展過程におけるモードI層間破壊じん性値GIR[kJ/mm2]はそれぞれ
以下の数式1〜数式3に基づき求めた。
【数1】

【数2】

【数3】

ここで、
C:初期限界荷重[N]
R:き裂進展過程の限界荷重[N]
L:曲げ弾性率[GPa]
λ :COD(き裂開口変位)コンプライアンス[mm/N]
λ0:初期弾性部分コンプライアンス[mm/N]
1:無次元係数(D1≒0.25)
B :試験片幅[mm]
H :試験片厚さ[mm]
(2.4.2)ENF試験
JIS K7086(炭素繊維強化プラスチックの層間破壊じん性試験方法)に準拠し、AUTOGRAPH(株式会社島津製作所製 定格荷重:100kN)を用いて試験速度0.5mm/minの変位制御で試験を行った。同一条件での試験数を7とした。き裂進展初期におけるモードII層間破壊じん性値GIIC[kJ/mm2]は以下の数式4および数式5に基づき求めた。
【数4】

【数5】

ここで、
C:初期限界荷重[N]
0:初期き裂長さ[mm]
1:初期限界荷重におけるき裂長さ推定値[mm]
0:初期弾性部分の荷重点コンプライアンス[mm/N]
1:初期限界荷重における荷重点コンプライアンス[mm/N]
B :試験片幅[mm]
L :試験片長手寸法[mm]
【0043】
(3)実験結果
(3.1)静的引張試験
静的引張試験の結果を図1および図2に示す。ここで、何れの図においても横軸はエポキシ樹脂に対するMFCの配合比[wt%]を示し、図1の縦軸はヤング率[GPa]を、図2の縦軸は引張強度[MPa]をそれぞれ示す。また、図1中丸印で示される点はMFC配合比ごとのヤング率の平均値(図2についても同様)を示している。これらの図からわかるように、静的特性(ヤング率、引張強度)に関しては、エポキシ樹脂に分散したMFCの影響はそれほど見られなかった。これは、負荷荷重の大半を縦方向(90°)の炭素繊維が負担するためと考えられる。
【0044】
(3.2)引張引張疲労試験
引張引張疲労試験の結果をS−N線図として図3に示す。同図中、横軸は破断繰り返し数[回]を示し、縦軸は最大負荷応力[MPa]をそれぞれ示す。同図中、最大負荷応力が500MPa(図2に示す引張強度に対してそれぞれ、76.3%:0.0wt%、72.4%:0.1wt%、76.1%)の場合に着目すると、MFCを0.1wt%分散させたCFRPの疲労寿命は未変性(0.0wt%)CFRPのそれと比べて約3倍に延びた。また、MFCを0.3wt%分散させたCFRPの疲労寿命は未変性(0.0wt%)CFRPのそれと比べて約6倍向上することがわかった。以上より、疲労特性に関しては、少なくとも0.3wt%以下の範囲では、MFCを分散させるほど疲労寿命が向上することがわかった。
【0045】
また、最大負荷応力を400MPaとしたときの疲労限に至った2種類の試験片(MFC0.0wt%分散CFRPおよびMFC0.1wt%分散CFRP)の側面を光学顕微鏡で観察したところ、以下に記す違いが見られた。すなわち、MFC0.0wt%試験片の側面には、トランスバースクラックが確認でき、平織りCFRPの疲労進展過程である(i)横(0°)方向炭素繊維にき裂が生じ、(ii)そのき裂が成長して縦(90°)方向炭素繊維に達した後、(iii)縦方向炭素繊維に沿ってき裂が一気に進展する過程が見
られた。これに対して、MFC0.1wt%試験片の側面観察では、上記疲労進展過程に対応するき裂は確認できなかった。また、同じく図示は省略するが、最大負荷応力を500MPaとしたときのMFC0.1wt%分散試験片および0.3wt%分散試験片の層間はく離面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察したところ、MFC0.3wt%分散試験片のはく離面は0.1wt%分散試験片のそれと比べて複雑なはく離面形状を示していた。また、MFC0.3wt%分散試験片のはく離面にはき裂が比較的低速で成長するときに破面に生じるミラーゾーンに似た、ストライエーション模様が観察された。このことから、MFCを母材(エポキシ樹脂)に分散させることにより、層間におけるき裂進展抵
抗が向上することがわかった。
【0046】
(3.3)打ち抜き衝撃試験
下記の表1に打ち抜き衝撃試験の結果を示す。また、図4は、貫通破壊に至るまでの荷重−変位線図の一例を、図5〜図7は、MFCの分散の程度と最大荷重前の吸収エネルギ、最大荷重後の吸収エネルギ、および、全吸収エネルギとの関係をそれぞれ示す。
【表1】

ここで、全吸収エネルギEtは、最大荷重(計測)時までに吸収されたエネルギEiと、最大荷重計測後に吸収されたエネルギEpとの和として求めた。また、最大荷重前吸収エネルギEiは図4の荷重−変位プロットで囲まれた領域中、最大荷重を境として左側の領域(領域A)の面積に等しく、最大荷重後吸収エネルギEpは同右側の領域(領域B)の面積に等しい。また、延性指標DIは衝撃荷重下における延性評価の指標(DI=Ep/Ei)であり、エネルギ指数EIは衝撃荷重に対する材料のじん性を表す指標(EI=Et/Ei)である。
【0047】
まずEiに着目すると、図5に示す結果から、MFCの分散量を多くするほど最大荷重到達までに吸収したエネルギが少なく、MFC未分散の試験片に比べて永久変形を生じ易いことがわかる。その一方で、Epに着目すると、図6に示すように、MFCを多く分散させるほど向上しており、また図7に示すようにEtも同様に向上していることから、最大荷重後貫通破壊までに吸収できるエネルギが増加したことがわかる。また、MFCの配合比を高めるほど延性指標DIが向上しており(表1を参照)、加えて、試験片ごとの荷重−変位曲線から、MFCを多く配合(分散)するほど貫通破壊に至るまでの変位が増加(0.0wt%:1.961mm、0.1wt%:2.627mm、0.3wt%:3.552mm)することがわかった。以上の結果から、MFCを母材中に分散させることで、衝撃荷重に対する延展性が向上すると共に、高じん性化することがわかった。
【0048】
(3.4)層間破壊じん性試験
(3.4.1)DCB試験
図8に、き裂進展初期におけるモードI層間破壊じん性値GICとMFCの分散の程度との関係を示す。また、図9に、き裂進展過程におけるモードI層間破壊じん性値GIRとMFCの分散の程度との関係を示す。これらの図を見ると、MFCの母材中への分散は、き裂進展過程における破壊じん性の向上にはそれほど影響しないものの、き裂進展初期における破壊じん性の向上には大きく寄与することがわかった。具体的には、MFC0.3wt%分散試験片のGICに関し、MFC0.0wt%分散試験片のそれと比較して61.6%の向上が認められた。
【0049】
(3.4.2)ENF試験
図10に、き裂進展初期におけるモードII層間破壊じん性値GIICとMFCの分散の程
度との関係を示す。同図より、モードIIにおいてもMFCの分散によりき裂進展抵抗が増加することがわかった。具体的には、MFC0.3wt%分散試験片のGIICに関し、M
FC0.0wt%分散試験片のそれと比較して62.6%の向上が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】静的引張試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無がヤング率に及ぼす影響を示す図である。
【図2】静的引張試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無が引張強度に及ぼす影響を示す図である。
【図3】引張引張疲労試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無が疲労寿命に及ぼす影響を示すS−N線図である。
【図4】打ち抜き衝撃試験の結果を示す図であって、貫通破壊に至るまでの荷重−変位線図の一例である。
【図5】打ち抜き衝撃試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無が最大荷重前の吸収エネルギに及ぼす影響を示す図である。
【図6】打ち抜き衝撃試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無が最大荷重後の吸収エネルギに及ぼす影響を示す図である。
【図7】打ち抜き衝撃試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無が全吸収エネルギに及ぼす影響を示す図である。
【図8】層間破壊じん性試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無がき裂進展初期のモードI層間破壊じん性値に及ぼす影響を示す図である。
【図9】層間破壊じん性試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無がき裂進展過程におけるモードI層間破壊じん性値に及ぼす影響を示す図である。
【図10】層間破壊じん性試験の結果を示す図であって、MFCの分散の有無がき裂進展初期におけるモードII層間破壊じん性値に及ぼす影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材料であって、さらに、高分子系母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させたことを特徴とする繊維強化複合材料。
【請求項2】
繊維状強化材が炭素繊維である請求項1に記載の繊維強化複合材料。
【請求項3】
高分子系母材がエポキシ樹脂である請求項1又は2に記載の繊維強化複合材料。
【請求項4】
高分子系母材に対するミクロフィブリルセルロースの重量比が0.01wt%以上2.0wt%以下に調整されている請求項1〜3の何れかに記載の繊維強化複合材料。
【請求項5】
高分子系母材を半硬化させることでプリプレグ化されている請求項1〜4の何れかに記載の繊維強化複合材料。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載の繊維強化複合材料から作られるスポーツ用品。
【請求項7】
打球部位を有する球技用具である請求項6に記載のスポーツ用品。
【請求項8】
繊維状強化材に高分子系母材を供給し、これを固化することにより高分子系母材を繊維状強化材で強化した繊維強化複合材料を得る方法であって、
高分子系母材中にミクロフィブリルセルロースを分散させたものを繊維状強化材に供給することを特徴とする繊維強化複合材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−24413(P2010−24413A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191034(P2008−191034)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【出願人】(000005935)美津濃株式会社 (239)
【Fターム(参考)】