説明

耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法

【課題】低サイクル疲労特性の低下を抑制し、疲労き裂等が発生するのを防止することが可能な、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手を提供する。
【解決手段】円周溶接部20をなす溶接金属部21が、鋼管内面側に位置する下部溶接金属21Aと、鋼管外面側に位置する上部溶接金属21Bとからなり、母材のビッカース硬さHv(BM)と、下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)及び上部溶接金属21Bのビッカース硬さHv(WM2)との関係が、次式{Hv(WM1)≦0.8Hv(BM)}又は次式{Hv(WM2)≧Hv(BM)}を満足しており、さらに、下部溶接金属21Aの縦断面積S(WM1)と、溶接金属部21全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係が、次式{0.4≦S(WM1)/S(WM1+WM2)≦0.6}を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手に関するものであり、特に、天然ガスや原油輸送用のラインパイプとして好適な、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管同士を接続して連結する、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、天然ガスや原油等の長距離輸送方法として、パイプラインの重要性が従来にも増して高まっている。また、パイプライン輸送のトータルコスト削減の観点から、操業圧力の増加や、鋼管の薄肉化による施工コスト低減等が可能な高強度鋼管の開発・適用が進められている。
【0003】
また、地震地帯や凍土地帯等、地盤変動の生じる可能性が高い地域に敷設されるパイプラインには、高い内圧に対して十分に耐えられるだけの鋼管周方向の強度に加え、鋼管の軸方向に作用する歪みに対する耐座屈性能及び耐脆性破壊性能が要求されるようになっている。このような、耐座屈性能に優れたパイプライン用高強度鋼管としては、例えば、特許文献1、2等に記載されたもの等が提案されている。また、耐座屈性能に加えて、溶接熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)の低温靭性に優れた高強度鋼管として、例えば、特許文献3、4等に記載されたもの等が提案されている。
【0004】
一方、地震動より、ラインパイプに対して0.3〜2.0%程度の引張及び圧縮の軸方向歪みが繰返し作用した場合には、円周溶接部において低サイクル疲労が生じることが懸念される。この低サイクル疲労とは、例えば、船舶や橋梁等、多くの溶接構造物で問題となっている高サイクル疲労に比べ、極めて少ない繰返し数(数サイクル〜数十サイクル程度)で疲労き裂を生じるものである。このため、僅か数回の大地震でも、き裂が管厚を貫通するまで成長してしまうので、パイプラインの機能を奪いかねないという大きな問題がある。また、低サイクル疲労によって発生した疲労き裂は、脆性破壊の起点にもなり得るため、パイプラインの健全性を大きく損なう要因となる。
【0005】
従来の構成のパイプライン用高強度鋼管、例えば、特許文献1〜4に記載されたような高強度鋼管は、上述のような地震動による低サイクル疲労破壊に対し、十分に対策が施されていないのが現状である。これは、組織制御によって高強度化された鋼管の場合、鋼管同士を接合した円周溶接継手の溶接熱影響部が軟化しやすい傾向があるのにも関わらず、このような問題が考慮されていないためである。従って、従来、地震動によって鋼管母材の弾性範囲を超えた引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した場合には、円周溶接継手の溶接熱影響部における軟化した領域に大きな歪み集中が生じ、低サイクル疲労が引き起こされ易くなるという大きな問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−293089号公報
【特許文献2】特開2005−15823号公報
【特許文献3】特開2009−57629号公報
【特許文献4】特開2009−235460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、円周溶接継手の溶接熱影響部の軟化に起因する低サイクル疲労特性の低下を抑制し、引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した場合であっても、疲労き裂等が発生するのを防止することが可能な、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等が上記問題を解決するために鋭意研究を行った。多くの場合、低サイクル疲労による疲労き裂は、円周溶接継手の内面側の溶接止端部において発生する。本発明者等は、この要因について詳細に検討したところ、溶接熱影響部のビッカース硬さが最大で母材の80%程度まで低下していることを突き止めた。その一方で、溶接金属部は、一般に母材よりも高強度なものとなるため、疲労き裂が発生しやすい内面側の溶接止端部においては、材料の強度差に起因する歪み集中が発生することが明らかになった。さらに、内面側の溶接止端部においては、構造的不連続に起因する歪み集中が重畳することから、極めて大きな局所歪みが生じていることを知見した。
【0009】
さらに、本発明者等は、上述のような歪み集中を緩和するためには、円周溶接継手の内面側の溶接金属部を、その周囲の溶接熱影響部よりも低強度とすることが有効であることを見出した。即ち、内面側の溶接金属部のビッカース硬さを、母材のビッカース硬さの80%以下とすることが有効である。但し、低強度化する溶接金属部の領域が小さい場合には十分な効果が得られず、一方、溶接金属部の大部分を低強度化した場合には、逆に低サイクル疲労特性が低下することから、低強度化する溶接金属部の領域は、溶接金属部全体の40〜60%が適正であることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0010】
[1] 鋼管の端部同士が突き合わされ、該端部に沿って円周溶接部が設けられることで複数の鋼管同士を接合する、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手であって、前記円周溶接部は、溶接金属部と該溶接金属部の周囲に生成される溶接熱影響部とからなるとともに、前記溶接金属部は、鋼管内面側に位置する下部溶接金属と、鋼管外面側に位置する上部溶接金属とからなり、母材のビッカース硬さHv(BM)と、前記下部溶接金属のビッカース硬さHv(WM1)及び前記上部溶接金属のビッカース硬さHv(WM2)との関係が、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足しており、さらに、前記下部溶接金属の縦断面積S(WM1)と、前記溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係が、下記(3)式を満足することを特徴とする、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。
【0011】
[2] 鋼管の端部同士を突き合わせ、該端部に沿って円周溶接部を設けることで複数の鋼管同士を接合する、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の製造方法であって、前記端部同士を複数パスで溶接することで、溶接金属部と該溶接金属部の周囲に生成される溶接熱影響部とからなる前記円周溶接部を形成させる際、前記溶接金属部を、鋼管内面側に位置する下部溶接金属と、鋼管外面側に位置する上部溶接金属とから形成させ、さらに、前記複数パスによる溶接の過程で溶接材料を変更することで、前記下部溶接金属に用いる溶接材料を、前記上部溶接金属に用いる溶接材料よりも強度レベルの低い材料とすることにより、母材のビッカース硬さHv(BM)と、前記下部溶接金属のビッカース硬さHv(WM1)及び前記上部溶接金属のビッカース硬さHv(WM2)との関係を、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足するように制御し、且つ、前記下部溶接金属の縦断面積S(WM1)と、前記溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係を、下記(3)式を満足させるように制御することを特徴とする、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の製造方法。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。
【発明の効果】
【0012】
本発明の耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法によれば、上記構成の如く、母材と、溶接金属部をなす下部溶接金属及び上部溶接金属とのビッカース硬さの関係を適正に制御し、さらに、下部溶接金属と、溶接金属全体との縦断面積の関係を適正に制御する構成を採用している。これにより、円周溶接継手の溶接熱影響部の軟化に起因する低サイクル疲労特性の低下を抑制し、引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した場合であっても、疲労き裂等が発生するのを防止することが可能となる。従って、例えば、天然ガスや原油輸送用のラインパイプに用いられる、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管同士の接続に本発明を適用することにより、地震動が発生した場合であっても、疲労き裂等が生じるのを防止できるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の一例を模式的に説明する図であり、円周溶接継手の概略を示す縦断面図である。
【図2】本発明に係る耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の一例を模式的に説明する図であり、実施例における鋼管端部の開先形状を示す概略図である。
【図3】本発明に係る耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の一例を模式的に説明する図であり、実施例における溶接パスの手順及び構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手(以下、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手、又は、単に円周溶接継手と略称することがある)及びその製造方法の一実施形態について、図1〜3を適宜参照しながら説明する。なお、本実施形態は、本発明の耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0015】
本発明に係るパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手10は、パイプライン用高強度鋼管(以下、単に高強度鋼管あるいは鋼管と略称することがある)1の端部1a同士が突き合わされ、この端部1aに沿って円周溶接部20が設けられることで複数の高強度鋼管1同士を接合するものであり、円周溶接部20は、溶接金属部21と該溶接金属部21の周囲に生成される溶接熱影響部22とからなるとともに、溶接金属部21は、鋼管内面1A側に位置する下部溶接金属21Aと、鋼管外面1B側に位置する上部溶接金属21Bとからなり、母材のビッカース硬さHv(BM)と、下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)及び上部溶接金属21Bのビッカース硬さHv(WM2)との関係が、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足しており、さらに、下部溶接金属21Aの縦断面積S(WM1)と、溶接金属部21全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係が、下記(3)式を満足する構成とされている。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。
【0016】
詳細な図示を省略するが、本発明に係る円周溶接継手10によって接合される高強度鋼管1は、従来より天然ガスや原油輸送用のラインパイプとして用いられている、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管である。このような鋼管は、例えば、所定条件で製造された鋼板を、従来公知のUOEプロセスやベンディングロール法等によって円筒の鋼管状に成形した後、予め突合せ端部に形成した開先を溶接し、さらに、内面側からエキスパンダー装置等を用いて拡張して所定の寸法に仕上げることで得られる。この際、開先を溶接する方法としては、例えば、シーム溶接やレーザ溶接等を用いることができる。
【0017】
また、上述のような高強度鋼管は、一般に、地震地帯や凍土地帯等、地盤変動の生じる可能性が高い地域に敷設される場合が多く、また、天然ガス等の輸送効率を高めるため、高い内圧条件で用いられるとともに、長期間に渡って継続して操業される。このため、高強度鋼管には、高い内圧に対して十分に耐えられるだけの鋼管周方向の強度に加え、地震動等によって鋼管の軸方向に作用する歪みに対する耐座屈性能及び耐脆性破壊性能、さらに、引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した際の円周溶接部での耐低サイクル疲労性能が求められる。従って、通常、パイプライン用高強度鋼管は、上述のような使用条件において耐え得る機械的特性が得られるよう、母材の成分組成や鋼組織の他、肉厚や溶接条件等の各種条件を適正に制御する必要がある。
【0018】
円周溶接継手10は、高強度鋼管1の端部1a同士を突き合せ、この端部1aに沿って、例えばMAG溶接等の方法で溶接することで円周溶接部20が形成されてなる継手であり、複数の高強度鋼管1同士を接合するものである。詳細な図示を省略するが、本発明に係る円周溶接継手10は、複数の高強度鋼管1を、円周溶接継手10によって順次接続することにより、長大なパイプラインを構成することを可能とする。
【0019】
円周溶接部20は、上述のように、高強度鋼管1の端部1a同士を溶接することによって形成される、鋼管外周に沿った円周状の溶接部であり、溶接金属部21と、この溶接金属部21の周囲に形成される 溶接熱影響部22とから構成される。円周溶接部20は、図2に示す例のような、鋼管の端部1aに形成されたV型開先11を、例えば、MAG溶接等を用いて複数パスで溶接することによって得られる。
【0020】
溶接金属部21は、例えば抵抗シーム溶接等により、溶接材料(溶接ワイヤ)を供給しながら行われる溶接で形成され、その組成や金属組織、機械的特性等が、母材や溶接ワイヤの組成や入熱等の各種溶接条件によって制御される。また、本発明の溶接金属部21は、鋼管内面1A側に位置する下部溶接金属21Aと、鋼管外面1B側に位置する上部溶接金属21Bとからなる2層構成とされている。
【0021】
溶接熱影響部22は、溶接によって形成される溶接金属部21の周囲に生成され、溶接入熱によって母材特性が変化した領域である。溶接熱影響部22は、特に、母材が高強度である場合に軟化する傾向があり、また、その靱性や強度等により、継手特性に大きな影響を与えるものである。
【0022】
以下、本発明において規定する、高強度鋼管1の母材と下部溶接金属21A及び上部溶接金属21Bとの間の、各々のビッカース固さHvの関係、並びに、下部溶接金属21Aの純断面積と溶接金属部21全体の縦断面積との間の関係について、詳細に説明する。
【0023】
本発明者等は、上述したように、天然ガスや原油輸送用のラインパイプに用いられる、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管を接続するための円周溶接継手について、低サイクル疲労特性を向上させるために鋭意研究を繰り返した。
一般に、低サイクル疲労による疲労き裂は、円周溶接継手の内面側の溶接止端部において多く発生することが知られているが、本発明者等が検討したところ、溶接熱影響部のビッカース硬さが最大で母材の80%程度まで低下していることが明らかとなった。一方、溶接金属部は、通常、母材よりも高強度であるため、疲労き裂が発生しやすい鋼管内面側の溶接止端部23において、溶接金属部と溶接熱影響部の各材料の強度差に起因する歪み集中が発生することが認められた。さらに、鋼管内面側の溶接止端部23においては、継手の構造的不連続に起因する歪み集中が重畳することから、極めて大きな局所歪みが生じていることが明らかとなった。
【0024】
そして、本発明者等が上記結果に基づいて検討を行ったところ、円周溶接継手の鋼管内面側の溶接金属部21を、その周囲の溶接熱影響部22よりも低強度とすることが最も有効であることを発見した。つまり、鋼管内面側の下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)を、母材のビッカース硬さHv(BM)の80%以下とすることが、溶接金属部と溶接熱影響部の間の材料強度差に起因する、歪み集中の抑制に有効であることを明らかにした。
【0025】
即ち、本発明においては、まず、母材のビッカース硬さHv(BM)と下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)とを下記(1)式を満足する関係とするとともに、母材のビッカース硬さHv(BM)と上部溶接金属21Bのビッカース硬さHv(WM2)とを下記(2)式を満足する関係としている。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
但し、上記(1)、(2)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)を示す。
【0026】
しかしながら、本発明者等の検討によれば、低強度化する溶接金属部21の領域が小さい場合には、歪み集中の抑制効果が十分に得られず、一方、溶接金属部21の大部分の領域を低強度化すると、逆に低サイクル疲労特性が低下することが明らかとなった。このため、溶接金属部21において低強度化する領域は、鋼管内面1A寄りの領域とし、且つ、縦断面積で溶接金属部21全体の40〜60%の範囲が適正であることを見出した。
【0027】
即ち、本発明では、各部のビッカース硬さの関係を上記としたうえで、さらに、下部溶接金属21Aの縦断面積S(WM1)と、溶接金属部21全体の縦断面積、即ち、下部溶接金属21Aと上部溶接金属21Bとを併せた縦断面積S(WM1+WM2)とを下記(3)式を満足する関係とした。
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
但し、上記(3)式において、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。
【0028】
本発明に係る円周溶接継手10は、円周溶接部20を上記構成とすることにより、強度の高い母材からなる高強度鋼管1を円周溶接することで、軟化した溶接熱影響部22が生成された場合でも、鋼管内面側の溶接止端部20aにおいて、低サイクル疲労によるき裂が生じるのを防止できる。即ち、疲労き裂が発生し易い鋼管内面側の溶接止端部23寄りの位置に、溶接熱影響部22と同じか、又は、それ以下のビッカース硬さとされた下部溶接金属21Aを配し、且つ、下部溶接金属21Aの溶接金属部21全体に占める割合を40〜60%の範囲とすることで、両者の間の材料強度差に起因する歪みの集中を抑制できる。これにより、例え、高強度鋼管1並びに円周溶接継手10の軸方向に、地震動等による低サイクルの引張及び圧縮の歪みが繰り返し作用した場合であっても、疲労き裂が発生するのを防止することが可能となる。従って、本発明の円周溶接継手を適用することにより、天然ガスや原油輸送等に用いられる、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管を溶接して複数接続して用いる場合であっても、優れた耐低サイクル疲労特性が得られる。
【0029】
なお、本発明で規定する各部のビッカース硬さHvは、市販のビッカース硬度計を用いて、JIS Z 2244に準拠し、試験片に正四角錐のダイヤモンド圧子を押し込むことでできたくぼみの対角線の長さを顕微鏡で測定し、断面積を求める方法で測定することが可能である。
【0030】
本発明において、高強度鋼管1をなす母材や、円周溶接部20をなす溶接金属部21の組成及び金属組織については、特に限定されない。例えば、高強度鋼管1としては、天然ガスや原油輸送に用いられる、API規格X65〜X120クラスの高強度鋼管であれば、如何なる母材からなる鋼管でも適用することが可能である。また、溶接金属部21についても、如何なる組成及び組織とされていても良く、どのような円周溶接継手であっても、本発明を適用することで、優れた低サイクル疲労特性が得られる。
【0031】
以下に、本発明に係る耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手を製造する方法の一例について説明する。
本実施形態のパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手10の製造方法は、高強度鋼管1の端部1a同士を突き合わせ、この端部1aに沿って円周溶接部20を設けることで複数の高強度鋼管1同士を接合する方法であり、端部1a同士を複数パスで溶接することで、溶接金属部21と該溶接金属部21の周囲に生成される溶接熱影響部22とからなる円周溶接部20を形成させる際、溶接金属部21を、鋼管内面1A側に位置する下部溶接金属21Aと、鋼管外面1B側に位置する上部溶接金属21Bとから形成させ、溶接金属部21を形成させる際、複数パスによる溶接の過程で溶接材料(溶接ワイヤ)を変更することで、下部溶接金属21Aに用いる溶接ワイヤを、上部溶接金属21Bに用いる溶接ワイヤよりも強度レベルの低い材料とすることにより、母材のビッカース硬さHv(BM)と、下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)及び上部溶接金属21Bのビッカース硬さHv(WM2)との関係を、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足するように制御し、且つ、下部溶接金属21Aの縦断面積S(WM1)と、溶接金属部21全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係を、下記(3)式を満足させるように制御する方法である。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。
【0032】
まず、パイプライン用高強度鋼管1を製造するにあたっては、連続鋳造等によって所定の鋼成分とされたスラブを製造した後、熱間圧延及び冷間圧延を行い、さらに、必要に応じて各種熱処理を施して、例えば、17.5mm程度の板厚の鋼板に加工する。
次に、この鋼板の両側端部にX型開先加工を施した後、例えば、従来公知のUOEプロセスやベンディングロール法等により、円筒の鋼管状に成形する。次いで、突き合わされた両側端部の開先を、例えば、抵抗シーム溶接やレーザ溶接等の方法を用いて溶接する。
そして、鋼管内面側から、エキスパンダー装置等を用いて管径を拡張して所定の寸法に仕上げることにより、API規格でX65〜X120級の高強度鋼管1を製造する。
【0033】
そして、高強度鋼管1の前後端部にV型開先加工を施した後(図2に示す開先11を参照)、高強度鋼管1同士を接合して円周溶接継手10を製造し、この円周溶接継手10によって複数の高強度鋼管1同士を接続することでパイプラインを製造する。
この際、まず、接合する高強度鋼管1の端部1a同士を突き合わせた状態として固定する。次いで、突き合わされた端部1aに形成された開先11を、MAG溶接法等により、鋼管外周に沿って円周溶接する。この際、図3に示すように、溶接パスを、例えば計6パスとすることにより、図示例のような、鋼管内面の溶接止端部20a側から順次形成された、6層6パスからなる溶接金属部21が得られる。この際の溶接入熱としては、例えば、平均入熱量で0.8〜3kJ/mmの範囲とすることができる。
【0034】
ここで、本実施形態で説明する例では、上述のような6層6パスで溶接を行う際、図3中に示す溶接金属21a、21b、21cと、溶接金属21d、21e、21fとで、異なる溶接材料を用いる。この際、図3中において、溶接金属21a〜21cは下部溶接金属21Aを構成するものであり、また、溶接金属21d〜21fは、上部溶接金属21Bを構成するものである。本実施形態の製造方法では、溶接金属21a〜21cと溶接金属21d〜21fとを、それぞれ強度レベルが異なる溶接材料(溶接ワイヤ)を用いて溶接することにより、鋼管内面1A側の溶接金属21a〜21cのビッカース硬さが低くなるように制御する。より具体的には、溶接金属21a〜21c(下部溶接金属21A)のビッカース硬さHv(WM1)を、母材のビッカース硬さHv(BM)の80%以下とし、且つ、溶接金属21d〜21f(上部溶接金属21B)のビッカース硬さHv(WM2)を、母材のビッカース硬さHv(BM)と同じか、又は、それより高くなるように制御する(上記(1)、(2)式を参照)。
【0035】
さらに、本実施形態では、上述のビッカース硬さHvの制御と同時に、溶接金属21a〜21cと溶接金属21d〜21fとで、ビード盛り量を変化させながら溶接を行う。具体的には、溶接材料の供給量や溶接入熱、溶接速度を適宜変化させることにより、初期に形成させる溶接金属21a〜21cの量と、追って形成させる溶接金属21d〜21fの量を制御し、溶接金属部21全体に対する溶接金属21a〜21cの占める割合を、その縦断面積で40〜60%の範囲とする(上記(3)式を参照)。
【0036】
従来、円周溶接継手を製造する場合は、鋼管端部を複数パスで円周溶接する際、全パスで同一の溶接材料を用いることで、溶接金属部全体が同一の特性とされたオーバーマッチ継手として製造していた。これに対し、本実施形態では、上述のように、複数パスで溶接を行う際、パス毎に、溶接材料を強度レベルの異なるもの、具体的には、溶接パスを重ねる毎に強度レベルの高いものに溶接材料を変更しながら溶接を行う。これにより、本発明で規定するように、下部溶接金属21Aのビッカース硬さHv(WM1)を母材のビッカース硬さHv(BM)の80%以下とし、且つ、上部溶接金属21Bのビッカース硬さHv(WM2)を、母材のビッカース硬さHv(BM)と同じか、又は、それより高くなるように制御することが可能となる。
【0037】
上記方法で、母材と溶接金属部21との間のビッカース硬さHvの関係と、溶接金属部21全体に対する下部溶接金属21Aの縦断面積の割合を適正に制御することにより、疲労特性に優れた円周溶接継手10を製造することが可能となる。
【0038】
以上説明したような、本発明に係る耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法によれば、上記構成の如く、母材と、溶接金属部をなす下部溶接金属及び上部溶接金属とのビッカース硬さの関係を適正に制御し、さらに、下部溶接金属と、溶接金属全体との縦断面積の関係を適正に制御する構成を採用している。これにより、円周溶接継手の溶接熱影響部の軟化に起因する低サイクル疲労特性の低下を抑制し、引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した場合であっても、疲労き裂等が発生するのを防止することが可能となる。従って、例えば、天然ガスや原油輸送用のラインパイプに用いられる、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管同士の接続に本発明を適用することにより、地震動が発生した場合であっても、疲労き裂等が生じるのを防止できるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【実施例】
【0039】
以下、本発明の耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手及びその製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0040】
本実施例においては、円周溶接継手の製造にあたり、以下の手順で、API規格でX65〜X120級の特性を満たすパイプライン用高強度鋼管を作製した。
まず、連続鋳造等によって所定の鋼成分とされたスラブを製造した後、所定の熱間圧延及び冷間圧延を行い、さらに、必要に応じて各種熱処理を施して、17.5mm程度の板厚の鋼板に加工した。
次に、この鋼板の両側端部にX型開先を加工し、常法のUOEプロセスによって円筒の鋼管状に成形した。次いで、突き合わされた両側端部の開先を、抵抗シーム溶接によって溶接した。
そして、鋼管内面側から、エキスパンダー装置を用いて管径を拡張して目的の寸法に仕上ることにより、直径が500mmとされた、API規格でX65〜X120クラスの高強度鋼管を作製した。
【0041】
そして、上記手順で作製した高強度鋼管の前後端部に、図2に示す寸法形状のV型開先加工を施した後(図2中の符号11を参照)、鋼管端部同士を突き合わせた状態として固定し、端部に形成された開先を、MAG溶接法を用いて鋼管外周に沿って円周溶接した。この際、図3に示すように、溶接パス数を計6パスとし、鋼管内面の溶接止端部側から順次形成され、6層6パスからなる溶接金属部を得た。また、この際の溶接入熱は、平均入熱量で1.2kj/mmとした。
【0042】
また、本実施例においては、上記手順で6層6パスの溶接を行う際、必要に応じてパス毎に溶接ワイヤを変更した。これにより、下記表1に示すように、溶接金属21a、21b、21cと溶接金属21d、21e、21fとを、それぞれ強度レベルが異なる溶接材料で形成させた。このような手順により、高強度鋼板1同士が溶接されてなる本発明例の円周溶接継手10を製造した。
【0043】
そして、上記手順及び条件で得られた本発明例の円周溶接継手について、以下に説明するような評価試験を行った。
まず、母材(高強度鋼管1)のビッカース硬さHv(BM)、下部溶接金属21A(図3中の符号21a〜21c)のビッカース硬さHv(WM1)、上部溶接金属21B(図3中の符号21d〜21f)のビッカース硬さHv(WM2)を各々測定した。これら各箇所のビッカース硬さHvの測定は、市販のビッカース硬度計を用いて、JIS Z 2244に準拠して行い、結果を下記表1に示した。また、ビッカース硬さHvの計測は、各溶接金属の中央部と、熱影響を受けていない母材部について、板厚方向に1mmピッチで実施し、下記表1には各部の平均値を示した。
【0044】
また、円周溶接継手の耐低サイクル疲労特性を評価するため、円周溶接部20において互いに突合せられた端部1aを長手方向の中心とする、長さ550mm×幅100mmの試験片を切り出し、歪み制御低サイクル疲労試験(歪み±0.5%)を実施した。この歪み制御低サイクル疲労試験は、試験装置として島津製作所製:サーボ型疲労試験機(動的荷重容量±2000kN)を使用し、円周溶接部20を挟んだ試験片平行部に標点距離100mmの伸び計を取り付け、その伸び計の変位から円周溶接部20に±0.5%の歪みを繰り返し付与し、破断までの繰返し数を計測し、結果を下記表1に示した。
【0045】
なお、溶接金属部21全体に対する下部溶接金属21Aの縦断面積の割合(縦断面積比)については、まず、円周溶接部20を長さ方向中心として、円周溶接継手10を縦切断した。次いで、円周溶接継手10の縦断面をSEM(Scanning Electron Microscope:走査型電子顕微鏡)で観察した後、この画像を演算処理することによって各部の縦断面積を求めた。そして、得られた縦断面積を基に、上記(3)式、即ち、次式{下部溶接金属の縦断面積S(WM1)/溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)}で算出し、この平均値を下記表1に示した。
【0046】
また、各溶接パスにおいて用いる溶接ワイヤを下記表1に示すような組み合わせとし、6層6パスとされた各溶接金属において、強度レベルが異なる溶接材料が各々占める割合を変化させた点以外は、上記同様の手順及び条件で、比較例の円周溶接継手を製造した。ここで、比較例である実験番号6においては、6層6パスのうち、1、2層目を下部金属部とし、3〜6層目を上部金属部とした。また、実験番号7においては、6層6パスのうち、1〜4層目を下部金属部とし、5、6層目を上部金属部とした。
【0047】
また、下記表1に示すように、全溶接パスにおいて、1種類の同じ溶接ワイヤを用いたオーバーマッチ継手とした点以外は、上記同様の手順及び条件で従来例の円周溶接継手を製造した。
そして、上記比較例及び従来例の円周溶接継手についても、上記本発明例と同様の評価試験を行い、結果を下記表1に示した。
下記表1に、鋼管種類及び溶接パス条件を示すとともに、各部位のビッカース硬さHv、低サイクル疲労特性(破断繰返し回数)、下部溶接金属の溶接金属部全体に対する縦断面積比の各評価結果一覧を示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示すように、本発明例(試験番号1〜7)のパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手は、下部溶接金属のビッカース硬さHv(WM1)が、母材のビッカース硬さHv(BM)の80%以下であるとともに、上部溶接金属のビッカース硬さHv(WM2)が、母材のビッカース硬さHv(BM)以上である。さらに、本発明例の円周溶接継手は、下部溶接金属の縦断面積S(WM1)が、溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)の40〜60%の範囲である。これにより、本発明例のパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手は、歪み制御低サイクル疲労試験における、破断に至るまでの繰り返し数が全て987サイクル以上となり、耐低サイクル疲労特性に優れていることが明らかとなった。
【0050】
これに対して、比較例である試験番号8においては、下部溶接金属の縦断面積S(WM1)が、溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)の約30%と、本発明の規定範囲を下回っている。このため、溶接金属部の低強度化領域が小さ過ぎることから、歪み集中の抑制効果が十分に得られず、破断に至るまでの繰り返し数が619サイクルと、本発明例に比べて耐低サイクル疲労特性が劣っていることがわかる。
また、比較例である試験番号9においては、下部溶接金属の縦断面積S(WM1)が、溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)の約65%と、本発明の規定範囲を超えている。このため、溶接金属部の低強度化領域が大き過ぎて溶接金属部に大きな歪み集中を引き起こす結果となり、破断に至るまでの繰り返し数が586サイクルと、本発明例に比べて耐低サイクル疲労特性が劣っていることがわかる。
【0051】
また、比較例である試験番号10では、下部溶接金属のビッカース硬さが225と、母材のビッカース硬さの85%程度となり、本発明の規定範囲を超えている。このため、溶接熱影響部のビッカース硬さに対し、下部溶接金属のビッカース硬さが高めとなり、歪み集中の抑制効果が十分に得られず、破断に至るまでの繰り返し数が658サイクルと、本発明例に比べて耐低サイクル疲労特性が劣っていることがわかる。
また、比較例である試験番号11では、上部溶接金属のビッカース硬さが252と、母材のビッカース硬さよりも低くなっている。このため、溶接金属部におけるビッカース硬さの低い領域が大き過ぎて溶接金属部に大きな歪み集中を引き起こし破断に至るまでの繰り返し数が545サイクルと、本発明例に比べて耐低サイクル疲労特性が劣っていることがわかる。
【0052】
また、従来例である試験番号12〜14においては、1種類の溶接ワイヤを用いたオーバーマッチ継手として構成され、溶接金属部全体が同じ強度特性とされている。このため、これら従来例においては、歪み制御低サイクル疲労試験における、破断に至るまでの繰り返し数が445〜512サイクルと、本発明例に比べて耐低サイクル疲労特性が著しく劣っていることが明らかとなった。
【0053】
以上説明した実施例の結果より、本発明の耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手が、溶接熱影響部の軟化に起因する低サイクル疲労特性の低下を抑制し、引張及び圧縮の軸方向歪みが繰り返し作用した場合であっても、疲労き裂等が発生するのを防止でき、高い信頼性を備えていることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の低サイクル疲労特性の低下を抑制し、信頼性の高い円周溶接継手が得られる。従って、天然ガス用等のラインパイプに用いられる、強度レベルがAPI規格X65〜X120クラスの高強度鋼管同士の接続に本発明を適用することで、地震動が発生した場合であっても、疲労き裂等が生じるのを防止できるメリットを十分に享受することができ、その社会的貢献は計り知れない。
【符号の説明】
【0055】
1…ラインパイプ用高強度鋼管(高強度鋼管)、1a…端部、1A…鋼管内面、1B…鋼管外面、10…ラインパイプ用高強度鋼管の円周溶接継手(円周溶接継手)、20…円周溶接部、21…溶接金属部(円周溶接部)、21A…下部溶接金属(溶接金属部)、21B…上部溶接金属(溶接金属部)、21a、21b、21c、21d、21e、21f…溶接金属(溶接金属部)、22…溶接熱影響部(円周溶接部)、23…溶接止端部(鋼管内面側)、Hv(BM)…母材(高強度鋼管)のビッカース硬さ、Hv(WM1)…下部溶接金属のビッカース硬さ、Hv(WM2)…上部溶接金属のビッカース硬さ、S(WM1)…下部溶接金属の縦断面積、S(WM1+WM2)…溶接金属部全体の縦断面積

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼管の端部同士が突き合わされ、該端部に沿って円周溶接部が設けられることで複数の鋼管同士を接合する、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手であって、
前記円周溶接部は、溶接金属部と該溶接金属部の周囲に生成される溶接熱影響部とからなるとともに、前記溶接金属部は、鋼管内面側に位置する下部溶接金属と、鋼管外面側に位置する上部溶接金属とからなり、
母材のビッカース硬さHv(BM)と、前記下部溶接金属のビッカース硬さHv(WM1)及び前記上部溶接金属のビッカース硬さHv(WM2)との関係が、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足しており、
さらに、前記下部溶接金属の縦断面積S(WM1)と、前記溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係が、下記(3)式を満足することを特徴とする、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。}
【請求項2】
鋼管の端部同士を突き合わせ、該端部に沿って円周溶接部を設けることで複数の鋼管同士を接合する、パイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の製造方法であって、
前記端部同士を複数パスで溶接することで、溶接金属部と該溶接金属部の周囲に生成される溶接熱影響部とからなる前記円周溶接部を形成させる際、前記溶接金属部を、鋼管内面側に位置する下部溶接金属と、鋼管外面側に位置する上部溶接金属とから形成させ、
さらに、前記複数パスによる溶接の過程で溶接材料を変更することで、前記下部溶接金属に用いる溶接材料を、前記上部溶接金属に用いる溶接材料よりも強度レベルの低い材料とすることにより、母材のビッカース硬さHv(BM)と、前記下部溶接金属のビッカース硬さHv(WM1)及び前記上部溶接金属のビッカース硬さHv(WM2)との関係を、下記(1)、(2)式をそれぞれ満足するように制御し、且つ、前記下部溶接金属の縦断面積S(WM1)と、前記溶接金属部全体の縦断面積S(WM1+WM2)との関係を、下記(3)式を満足させるように制御することを特徴とする、耐低サイクル疲労特性に優れたパイプライン用高強度鋼管の円周溶接継手の製造方法。
Hv(WM1) ≦ 0.8Hv(BM) ・・・・・・・・・・(1)
Hv(WM2) ≧ Hv(BM) ・・・・・・・・・・(2)
0.4 ≦ S(WM1)/S(WM1+WM2) ≦ 0.6 ・・・・・(3)
{但し、上記(1)〜(3)式において、Hv(BM):母材のビッカース硬さ(−)、Hv(WM1):下部溶接金属のビッカース硬さ(−)、Hv(WM2):上部溶接金属のビッカース硬さ(−)、S(WM1):下部溶接金属の縦断面積(mm)、S(WM1+WM2):溶接金属部全体の縦断面積(mm)を示す。}

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−240356(P2011−240356A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−113248(P2010−113248)
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】