説明

耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法

【課題】 本発明は、高温強度だけでなく、靭性や耐高温脆化特性にも優れた溶接金属を得ることを目的とする。
【解決手段】 本発明は、耐火構造用鋼をサブマージアーク溶接する方法において、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有し、かつ、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた各成分の含有量の合計量が、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.1〜2%、Mn:0.2〜5%、Mo:0.1〜2%、Nb:0.005〜0.5%、Al:0.002〜7%、Ti:0.01〜5%、Cr:0.01%未満であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築や橋梁等の各種構造物に用いる耐火性に優れた鋼板(以下耐火鋼、または、耐火構造用鋼)のサブマージアーク溶接方法に関するもので、特に、溶接金属の700〜800℃での耐力、伸び(耐高温脆化特性)、低温靭性に優れた耐火鋼のサブマージアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、建築物には火災時の安全性を確保するために、火災時における鋼材表面温度が350℃以下で使用するように耐火基準が定められており、ロックウールなどの耐火被覆が必要となる。しかし、耐火被覆施工費用は高額であり、工程も余分にかかること、さらには景観上からも、耐火被覆を完全に省略したいという要求は非常に高まっている。
昭和62年の防耐火総プロの成果を受けて(38条認定により)、性能型の設計が可能となった結果、鋼材の高温強度と建物に実際に加わっている荷重とによってどの程度の耐火被覆が必要かを決定できるようになり、場合によっては無耐火被覆で鋼材を使用することも可能となった。
こうした状況から、600℃での高温降伏強度が常温時の2/3以上となる鋼材、すなわち600℃耐火鋼が開発された。また、直近においては、700℃あるいはさらに800℃での高温降伏強度を保証する700℃耐火鋼、800℃耐火鋼に関する技術も開示されつつある。
【0003】
上述の如き耐火鋼を用いた構造物においても、溶接構造が主であり、各々の耐火強度に応じて溶接金属においても同等以上の特性を有する溶接継手が必要であり、そのための溶接材料、溶接方法が必要となる。
例えば、600℃耐火においては以下に記載の特許文献1に示すようなサブマージアーク溶接方法が開示され、800℃耐火においても以下に記載の特許文献2に示すようなサブマージアーク溶接方法が開示されている。これらいずれの技術によっても溶接金属中にMo、Nb、VやCrを含有させて、高温特性を高めている。
【特許文献1】特開平9−225682号公報
【特許文献2】特開2003−311477号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の特許文献に記載された技術を用いても、特により厳しい高温特性を要求される700〜800℃耐火用途に対しては、その分、高温特性を確保するための合金元素を多量に含有させる必要があり、そのため、靭性の確保に問題があった。また、Mo、Nb、V等の焼入性を高め、析出強化により強度を高める元素を溶接金属中に多量に含有させると、700℃前後において、粒界が脆化して延性が極端に低下する高温脆化あるいは再熱脆化の問題も生じ、構造物用に十分な安全性を有する溶接継手を作製するための溶接方法としては課題があった。
本発明は、上記の従来技術の問題点に鑑みて、800℃までの耐火性に優れた耐火構造用鋼に使用するサブマージアーク溶接方法に関し、高温強度だけでなく、靭性や耐高温脆化特性にも優れた溶接金属を得ることが可能なサブマージアーク溶接方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上記目的を達成するものであって、その要旨とするところは次の通りである。
(1)本発明は、耐火構造用鋼をサブマージアーク溶接するにおいて、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有し、かつ、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた各成分の含有量の合計量が、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.1〜2%、Mn:0.2〜5%、Mo:0.1〜2%、Nb:0.005〜0.5%、Al:0.002〜7%、Ti:0.01〜5%、Cr:0.01%未満、である溶接ワイヤおよびフラックスを組み合わせて用いることを特徴とする。
(2)本発明は、先に記載のフラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックス中の合計量として、質量%で、Cu:0.01〜3%、Ni:0.01〜6%、W:0.05〜3%、V:0.002〜0.5%、Ta:0.002〜0.5%、B:0.0002〜0.005%の1種または2種以上を含むことを特徴とする。
(3)本発明は、先に記載のフラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックス中の合計量として、質量%で、Ca:0.0002〜0.1%、Mg:0.0002〜0.1%、REM:0.0002〜0.1%、の1種または2種以上を含むことを特徴とする。
【0006】
(4)本発明は、前記耐火構造用鋼として、800℃における高温降伏強度が常温降伏強度に対する下限比0.4以上のものに適用することを特徴とする。
(5)本発明は、前記耐火構造用鋼として、800℃における降伏強さ70MPa以上のものに適用することを特徴とする。
(6)本発明は、前記耐火構造用鋼として、0℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J以上を有するものに適用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、800℃までの耐火性に優れた耐火構造用鋼に使用するサブマージアーク溶接方法に関し、高温強度だけでなく、靭性や耐高温脆化特性にも優れた溶接金属を得ることが可能なサブマージアーク溶接方法を提供することが可能となり、産業上の効果は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に本発明について最良の形態に基づいて詳細に説明する。
建築鋼構造物の耐火設計では、火災継続時間内で高い高温強度を維持すれば良く、従来のボイラなど圧力容器用の耐熱鋼のように500〜600℃程度の高温、高圧環境下で長時間使用する際の高温強度を考慮する必要はなく、比較的短時間の高温での降伏強度が維持できればよい。例えば、800℃で保持時間が30分程度の短時間での高温降伏強度が確保できれば800℃耐火鋼として十分利用できる。
従来の耐火鋼では、高温時の降伏強度が常温時の2/3以上となるように性能を定めていたが、鉄骨構造物の実設計範囲が常温降伏強度下限の0.2〜0.4倍であることを勘案し、常温降伏強度下限比0.4以上であれば使用できるとの考えに基づき、800℃高温強度の目安としては常温降伏強度に対する下限比が0.4以上と考えることができる。即ち、800℃降伏強さの目標値は400MPa鋼で94MPa、490MPaで130MPaである。
【0009】
一方、建築構造物における鉄骨柱製作時の溶接部は作用応力が小さい位置に設けられるため、その溶接部の800℃降伏強さの目標値は、母材の800℃降伏強さの目標の1/2、すなわち490MPa鋼として使用することを仮定しても、800℃の降伏強さの目標で70MPaが得られれば十分であることを発明者らは確認している。また、同様の根拠により700℃の降伏強さ目標は220MPa程度となる。
そこで、本願発明者らは、800℃までの高温耐火構造用鋼用の溶接材料として、700℃及び800℃の降伏強さが各々220MPa、70MPa以上で、かつ、靭性に関しては、安全性をより重視して、0℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J以上を有し、さらに、高温にさらされたときに負荷応力や溶接残留応力による高温脆化割れを生じない程度の耐高温脆化性を有する溶接金属が得られるサブマージアーク溶接材料、溶接方法について検討した。
【0010】
その結果、耐火特性に対しては、溶接金属中にMo、Nbを含有することが必須であり、更にW、V、Taの添加も有効であるが、一般的に高温強度やクリープ強度向上に有効であると考えられているCrは、700℃以上の耐火特性にに対してはほとんど効果がなく、その一方で、靭性に対して悪影響が他の強化元素よりも著しく大きいため、700℃以上の耐火用と考えた場合にはCrは不純物元素とみなされ、高温強度と靭性を両立させるためには実質的にCrを含有させないことが好ましいことを本願発明者は新たに知見した。
また、本願発明者は、高温強度を保ちつつ、0℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J以上となるような高い靭性を達成するためには合金組成の適正組み合わせとともに溶接金属中にTiを含有させることが必須であることも見いだした。
以上の如く新しく見い出した知見に基づいて、本発明者らは、耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法において、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方の合計の含有量の元素含有量を限定することで、前記課題を解決できることを見いだし、本発明に至った。
【0011】
即ち本願発明は、耐火構造用鋼をサブマージアーク溶接するにおいて、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有し、かつ、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた各成分の含有量の合計量が、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.1〜2%、Mn:0.2〜5%、Mo:0.1〜2%、Nb:0.005〜0.5%、Al:0.002〜7%、Ti:0.01〜5%、であり、かつ、Crを0.01%未満とした溶接ワイヤおよびフラックスを組み合わせて用いることを特徴とする耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法に関するものである。
また本願発明は、先の組成に加え、必要に応じて、Cu:0.01〜3%、Ni:0.01〜6%、W:0.05〜3%、V:0.002〜0.5%、Ta:0.002〜0.5%、B:0.0002〜0.005%、の1種または2種以上を含むことも可能であり、更に必要に応じて、Ca:0.0002〜0.1%、Mg:0.0002〜0.1%、REM:0.0002〜0.1%、の1種または2種以上を含む組成とした溶接ワイヤおよびフラックスを組み合わせて用いることを特徴とする耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法に関するものである。
【0012】
以下に、個々の元素の溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方の合計含有量の限定理由をさらに詳細に説明する。なお、以下の成分含有量は、フラックス中に含有する酸化物および弗化物として存在する成分を除いたものに対する質量%である。
Cは、溶接金属の常温での強度を得るためにワイヤとフラックス中に合わせて0.01%が必要であるが、0.15%を超えると靭性が低下するため、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%以上、0.15%以下に限定する。
Siは、溶接金属中の酸素量を低下させて靭性を改善するのでワイヤとフラックス中に合わせて0.1%以上の添加が必要である。しかし、2%を超えると常温強度が高くなりすぎ、溶接金属靭性も低下させるので、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.1%以上、2%以下に限定する。
Mnは、Siと同様に溶接金属の酸素量を低減させ、靭性を改善する効果を有するため、0.3%は必要であるが、過剰に含有させるとAc1変態温度を低くするために800℃高温強度には有害となるため、5.3%以下に限定する。従って、Mn含有量を、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.3〜5%とする。
【0013】
Moは、固溶状態および析出状態で溶接金属の高温強度を高める基本元素であり、本発明溶接のワイヤとフラックスの組み合わせにおいては必須元素である。800℃までの高温強度を確実に高めるためには、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.2%以上必要であるが、2%を超えて含有させると常温強度が高くなりすぎ、また、溶接金属靭性も低下させる場合があるため、Mo含有量はワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.2%以上、2%以下とする。
Nbは主として析出状態で高温強度を高めることができる元素であり、本発明溶接のワイヤとフラックスの組み合わせにおいては必須元素である。800℃高温強度を高めるにはワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.005%以上とする必要がある。しかし、0.5%を超えて含有させると、溶接金属靭性を低下させ、また、高温脆化が顕著となるため好ましくない。そのため、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.005%以上、0.5%以下とする。
【0014】
Alは、Siと同様に溶接金属の酸素量を低減させ、靭性を改善する。そのためには、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.002%以上が必要である。しかし、7%を超えて含有させると、スラグ剥離性等の溶接作業性を著しく低下させるため好ましくない。従って、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量でAlは0.002%以上、7%以下とする。
TiもAl、Siと同様、脱酸元素であり、溶接金属の酸素量を低減させ、靭性を改善する効果を有するが、これに加えてTi酸化物、窒化物として存在することにより、溶接金属の靱性向上に最も有効であり、特に本発明が目的とするように、0℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J以上となるような高い靭性を達成するためには、従来700℃以上の耐火構造用鋼には用いられていないTiを含有させることが必須である。これらの効果を発揮するためには、Ti含有量はワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%以上必要である。一方、Ti含有量が5%超になると、溶接金属中に粗大なTiの介在物を形成して靱性を劣化させる懸念が大きくなるため、本発明においては、ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量でTiは0.01%以上、5%以下とする。
【0015】
Crは、700℃以上の高温強度の向上に効果がほとんど認められない一方で、靭性を大きく劣化させる元素であるため、700℃耐火用としては、Crを実質的に含有させないことが非常に重要である。溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%未満であれば、溶接金属中の含有量も靭性劣化をほとんど生じないため、本発明おいては、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%未満であれば、実質的にCrを含有していないものとみなされる。
以上が、本発明における、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量での必須元素の限定理由であるが、溶接金属の強度・靱性の調整や溶接作業性の向上のために必要に応じて、Cu、Ni、W、V、Ta、Bの1種または2種以上を含有させることができる。
【0016】
Cuは、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の焼入性を高めることにより、強度向上に有効な元素である。溶接金属の焼入性を確実に高めるためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%以上必要である。一方、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量が 3%超であると、高温割れを生じやすくなるため、好ましくない。そのため、本発明においては、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量でCuは0.01〜3%に限定する。Cuを溶接ワイヤ中に含有させる場合は、全体に均一に含有させてもよいし、あるいは/および、表面にメッキとして存在させても構わない。
Niは、固溶靭化効果により靭性を向上させるのに非常に有効な元素である。溶接金属靭性を高めるためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.01%以上を必要とするが、過剰に含有させるとAc1変態温度を低下させて、800℃では逆変態オーステナイトが生じて高温強度を低下させる恐れがあるため、本発明においては、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で6%を上限とする。
【0017】
Wは、主として固溶強化と析出強化により溶接金属の強度を高めるために溶接金属中に含有させる。明確な強度向上効果を発揮させるためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.05%以上を必要とするが、3%を超えると溶接金属の靭性を著しく劣化させるため、Wを用いる場合には、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.05〜3%とする。
Vは、主として析出強化により溶接金属の強度を高めるために溶接金属中に含有させる。明確な強度向上効果を発揮させるためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.002%以上を必要とするが、0.5%を超えると溶接金属の靭性を著しく劣化させるため、Vを用いる場合には、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.002〜0.5%とする。
Taも、主として析出強化により溶接金属の強度を高めるために溶接金属中に含有させる。明確な強度向上効果を発揮させるためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.002%以上を必要とするが、0.5%を超えると溶接金属の靭性を著しく劣化させるため、Vを用いる場合には、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.002〜0.5%とする。
【0018】
Bは微量で焼入性を高めて溶接金属の高強度化に有効な元素である。焼入性向上効果を明確に発揮するためには、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.0002%以上を必要とする。一方、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.005%を超えると、溶接金属の高温割れ感受性が高まり、靭性も劣化する恐れが大となるため、本発明においては、Bを用いる場合には、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で0.0002〜0.005%とする。
【0019】
さらに、溶接金属の延性、靭性を調整する目的で、必要に応じて、Ca、Mg、REMの1種または2種以上を溶接金属に含有させることができる。
Ca、Mg、REMはいずれも硫化物の構造を変化させ、また溶接金属中での硫化物、酸化物のサイズを微細化して延性および靭性向上に有効である。その効果を発揮するための下限の含有量は、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量でいずれも0.0002%である。一方、過剰に含有すると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性、靭性の劣化を招くため、また、溶接ビード形状の劣化、溶接性の劣化の可能性も生じるため、上限を溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量でいずれも0.01%とする。
【0020】
なお、以上の溶接ワイヤおよびフラックスにおける構成元素の効果はサブマージアーク溶接により形成される溶接金属については一般的に成立するものであり、溶接入熱が150kJ/cm以下で範囲であれば、小入熱から大入熱まで溶接条件が変化しても、また、鋼板の種類、組成が変動しても、本発明の効果が損なわれることはない。
本発明では、上述した理由により、サブマージアーク溶接の際にワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有する合計量で成分を規定することにより、目標とする溶接金属の耐火性能および靱性を確保することができる。
なお、フラックスを用いて上記の金属成分を溶接金属に添加する場合は、フラックス中に上記金属成分(X)を金属(X)、鉄またはその他金属との合金(Fe−X)、金属酸化物などの添加形態で添加することが好ましい。
【0021】
また、本発明では、さらに、溶接作業性などを向上させるために、フラックス中に以下の金属酸化物、金属弗化物または金属炭酸塩を含有してもよい。
TiO2は、ビード形状を改善させるがスラグ剥離性を劣化させ、特に8%を超えるとビード表面にスラグのこびり付きが生じ、極端にスラグ剥離性が劣化するので8%以下に限定することが好ましい。
SiO2はスラグの粘性を増加させ、止端部のなじみのよい溶接ビードを形成するのに極めて有効な成分であるとともに、スラグをガラス質の性状にする傾向を有し、これにより砕けやすい剥離性の良好なスラグを生成することができる。このようなSiO2の効果はフラックス全重量に対し、10%以上の添加で得ることができるが、一方16%を超えて添加するとスラグの融点が低下し、溶接ビードの表面が乱れ、さらには溶接金属中の酸素量を増加させ溶接金属の靭性が劣化する。そのため、SiO2はフラックス全重量に対し、10〜16%添加するのが好ましい。
CaOは高塩基性であり、溶接金属中の酸素量を低くするために必要な組成であり、靭性を向上させる。このようなCaOの効果はフラックス全重量に対し、3%以上の添加で得ることができる。しかしながら20%を超えて添加するとビードが不揃いとなり外観が不良となる。そのため、CaOはフラックス全重量に対し、3〜20%添加するのが好ましい。
【0022】
ZrO2はビード幅の広いなじみのよいビードを形成するのに極めて有効な成分であるため、1%以上の添加で得ることができるが、一方9%を超えて添加するとスラグ量が増加し、かつビード止端部に焼付きが生じるようになる。そのためZrO2は1〜9%添加するのが好ましい。
Al2O3は、ビード幅を狭くしてスラグ剥離性を改善するため、8%以上添加できるが、18%を超えると溶接金属の酸素量が高くなり、靭性が劣化する。そのため、Al2O3はフラックス全重量に対し8〜18%添加するのが好ましい。
MgOはビードの保持力を高め、かつビード幅を広げ止端部のなじみのよい溶接ビードを形成するのに有効な成分であるため、フラックスの全重量に対し、10%以上の添加できる。しかしながら、23%を超えて添加するとスラグ量が増加して、スラグが砕けにくくなりスラグ剥離性が劣化する。そのため、MgOはフラックス全重量に対し10〜23%添加するのが好ましい。
【0023】
CaF2などの金属弗化物は、溶接金属の酸素量を低減し、靭性を向上させるため、フラックスの全重量に対し、1%以上の添加で得ることができるが、18%を超えて添加するとアーク現象が不安定になり、溶接ビード表面にアバタが生じ、ビード形状が不良になる。そのためCaF2はフラックス全重量に対し、1〜18%添加するのが好ましい。
CaCO3、BaCO3などの金属炭酸塩は溶接中にアーク空洞中でCO2ガスに解離し、アーク空洞中における水素分圧を下げ、溶接金属に移行する水素量を低くし、拡散性水素量を低減する効果を有する。金属炭酸塩がCO2に換算してフラックス全重量に対し3%未満であると溶接金属中の拡散性水素量が減少せず、水素による低温割れが生じやすくなる。一方、6%を超えるとガス発生量が過多となり、アークが吹き上げビード形状が不良となる。そのため、CaCO3、BaCO3などの金属炭酸塩は、CO2に換算してフラックス全重量に対して3〜6%含有することが好ましい。
Li、LiFなどは吸湿防止効果が非常に高いため、フラックスが大気中の水分を吸収し、溶接時の水素分圧が大きくなり、溶接金属の拡散性水素を高くするのを抑制する。特に、水ガラスを含有するボンドフラックスではこの傾向が強い。この効果を得るためにLi換算で0.04以上添加できる。一方、Li換算0.5%を超えると溶接ビード表面にアバタが発生し、ビード形状が不良となる。そのため、Li2O3、LiFなどをフラックスの全重量に対し、Li換算で0.04〜0.5%添加するのが好ましい。
【0024】
Feは溶着効率を高め、溶接作業能率を向上させる。Feの含有によってフラックスの嵩重量が大きくなることにより溶接金属の溶込みを増大させる効果があるため、より狭い開先においても必要とする十分な溶込みを得ることが可能になる。このような効果を得るためにはフラックス中に1%以上添加する必要がある。しかしながら、35%を超えて添加されるとスラグ生成剤の量が不足するためビード形成能が劣化し、ビード表面の波目が粗くなり、ビード表面に突起物が発生しやすくなり、外観上好ましくない。従って、Feの添加量は1〜35%とするのが好ましい。なお、Feの添加形態は鉄粉、鉄合金を用いるのが好ましい。
【実施例】
【0025】
本発明の効果を実施例によりさらに詳細に説明する。
表1に示す化学組成を有する数種類の板厚16mmの700〜800℃耐火鋼板1を図1に示す寸法の開先2に開先加工し、溶接に供した。裏当金3も鋼板1と同様の厚板を使用した。
溶接は表2に示す条件を用い、1層2パスのサブマージアーク溶接を用いて多層盛溶接を行った。この溶接で使用した溶接ワイヤの化学組成を表3に、フラックスの化学組成を表4にそれぞれ示す。また、表5には各元素について、溶接ワイヤの含有量とフラックスの含有量の合計量を示す。なお、表4の各元素の含有量は、フラックス全体に対する酸化物、弗化物以外の形態で添加された分についての質量%である。フラックスはまず原材料を配合、混合した後、水ガラスを固着材として造粒した後、550℃で2時間焼成し、12〜100メッシュに整粒して作製したボンドフラックスを用いた。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
【表4】

【0030】
【表5】

【0031】
表1の鋼板と、表3、表4のワイヤ、フラックスを表5に示すように種々組み合わせてサブマージアーク溶接を行った。溶接後の試験体から図2に示す位置で高温引張試験片4と2mmVノッチシャルピー衝撃試験片5を採取し、それぞれの試験に供した。引張試験の試験温度は700℃および800℃とし、2mmVノッチシャルピー衝撃試験は0℃で試験を行った。試験結果を表6に示す。引張試験は繰り返し数2、2mmVノッチシャルピー繰り返し数3で、いずれも平均値を表6に示している。
【0032】
【表6】

【0033】
前記表5に示されるように、継手JA1〜JA14は本発明の条件を満足している例であり、継手JB1〜JB16は本発明の条件を満足していない比較例である。
表6に示すように、本発明例の継手JA1〜JA14はいずれも、高温強度は0.2%耐力で、700℃では250MPa超、800℃では100MPa超と、700℃で220MPa以上、800℃で70MPa以上、の要求を十分満足している。
また、高温での脆化は高温引張試験の延性値に反映されるが、本発明例においては、700℃、800℃とも引張試験の絞り値は十分高く高温脆化も生じていない。さらに、靭性も0℃の吸収エネルギーが全て100J超の高いレベルが得られている。すなわち、本発明による溶接継手においては、溶接金属の特性は高温強度、靭性、耐高温脆化、いずれも極めて良好なレベルが達成されることが明らかである。
【0034】
一方、比較例の継手JB1〜JB16は本発明の要件を満足していないため、少なくとも高温強度、靭性、耐高温脆化特性のいずれの特性が本発明に比べて極端に劣っている。
即ち、継手JB1は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でMo含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB2は、フラックス、溶接ワイヤいずれにもTiが含有されておらず、Tiによる靭性向上効果が発揮されないため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB3は、高温強度発現に必須であるMo、Nbとも、フラックス、溶接ワイヤいずれにも含有されておらず、そのため、700℃および800℃における高温強度が本発明に比べて極めて低く、耐火用途に適さない。
継手JB4は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でMo含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB5は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でMo含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
【0035】
継手JB6は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でCr含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB7は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でV含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB8は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でB含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。また、絞り値が低値となっていることから明らかなように、高温脆化も明確に生じており、好ましくない。
継手JB9は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でSi含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB10は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でAl含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。また、Moが含有されていないため、高温強度も劣る。
【0036】
継手JB11は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でTi含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB12は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でMo含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
継手JB13は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でNb含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。また、絞り値が低値となっていることから明らかなように、高温脆化も明確に生じており、好ましくない。
継手JB14は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でMo含有量が過小であるため、溶接金属の高温強度が本発明に比べて劣る。
継手JB15は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でNb含有量が過小であるため、溶接金属の高温強度が本発明に比べて劣る。
【0037】
継手JB16は、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックスの含有量の合計でTi含有量が過小であるため、溶接金属の靭性が本発明に比べて大きく劣る。
以上の実施例から、本発明によれば、700℃〜800℃までの耐火性に優れた耐火構造用鋼に使用するサブマージアーク溶接方法に関し、高温強度が十分高い上に、靭性や耐高温脆化特性にも優れた溶接金属を得ることが可能であることが明らかである。
より具体的には、表6に示す試験結果から、700℃での0.2%耐力において257MPa以上のものを具体的に得ることができ、800℃での0.2%耐力において105MPa以上のものを具体的に得ることができた。また、0℃でのシャルピー吸収エネルギーにおいて101J以上のものを具体的に得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は本発明において適用される開先形状の一例を示す図である。
【図2】図2は本発明において適用される試験片採集位置を示す図である。
【符号の説明】
【0039】
1…板厚
2…開先
3…裏当金
4…高温引張試験片
5…シャルピー衝撃試験片


【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐火構造用鋼をサブマージアーク溶接する方法において、溶接ワイヤおよびフラックスのいずれか一方または両方に含有し、かつ、フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた各成分の含有量の合計量が、質量%で、
C:0.01〜0.15%、
Si:0.1〜2%、
Mn:0.2〜5%、
Mo:0.1〜2%、
Nb:0.005〜0.5%、
Al:0.002〜7%、
Ti:0.01〜5%、
Cr:0.01%未満、
である溶接ワイヤおよびフラックスを組み合わせて用いることを特徴とする耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。
【請求項2】
フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックス中の合計量として、質量%で、
Cu:0.01〜3%、
Ni:0.01〜6%、
W:0.05〜3%、
V:0.002〜0.5%、
Ta:0.002〜0.5%、
B:0.0002〜0.005%、
の1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載の耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
フラックス中の酸化物および弗化物として存在するものを除いた溶接ワイヤとフラックス中の合計量として、質量%で、
Ca:0.0002〜0.1%、
Mg:0.0002〜0.1%、
REM:0.0002〜0.1%、
の1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
前記耐火構造用鋼として、800℃における高温降伏強度が常温降伏強度に対する下限比0.4以上のものに適用することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。
【請求項5】
前記耐火構造用鋼として、800℃における降伏強さ70MPa以上のものに適用することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。
【請求項6】
前記耐火構造用鋼として、0℃でのシャルピー吸収エネルギーが100J以上を有するものに適用することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の耐火構造用鋼のサブマージアーク溶接方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−334637(P2006−334637A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−162392(P2005−162392)
【出願日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】