説明

耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼及びその製造方法とスタビライザ

【課題】素材自体の耐食性を向上させ、かつ引張強度が1100MPa以上の高強度で、耐食性と低温靭性に優れた車両用スタビライザ用鋼、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.6%超え1.5%以下、Mn:1〜3%、Cr:0.1〜1.0%、sol.Al:0.005〜0.080%、Ti:0.005〜0.060%、Nb:0.005〜0.060%、Ti+Nb≦0.070%、N:150ppm以下、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cu:0.01〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、スタビライザ成形前の組織がベイナイト又はマルテンサイト又はベイナイト/マルテンサイトの混合組織のいずれかからなり、かつスタビライザの熱処理後の旧オーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であることを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として自動車に用いられる車両用の高強度スタビライザ用鋼およびその製造方法に係り、特に引張強度が1100MPa以上の高強度で、かつ耐食性と低温靭性に優れたスタビライザに関する。
【背景技術】
【0002】
スタビライザバー(以下、単にスタビライザという)は車両の走行安定性、とくに旋回時にサスペンション機構を介して車輪から伝達される横揺れ荷重に逆らう方向に捩れて変位し、左右のサスペンション機構に働く横揺れ荷重を軽減して過度の車体の傾きを防止する機能を有するばね部品である。このような使用環境下におかれるため、スタビライザに負荷される荷重の繰り返し回数はコイルばねに比べて概して少ないが、その反面、スタビライザに負荷される荷重が加速度をともなうために、素材となる鋼には十分な強度と耐久性、更にコイルばね以上の高靭性が要求される。従来のスタビライザにはS48Cなどの炭素鋼やJIS SUP9などのばね鋼が用いられ、その製造工程は例えば、熱間圧延鋼材を所定の寸法に切断後、熱間で曲げ成形を行い、その後焼入れ焼戻しの調質処理で所定の強度に調整し、その後、表面にショットピーニングを施し、最後に防食のために塗装工程を経て使用される。
【0003】
近年の自動車の燃費向上を目的とした足回り部品への高強度化による軽量化要求は更に強くなるいっぽうで、スタビライザにおいても1000MPa以上の高強度なスタビライザが開発されてきている。例えば特許文献1ではTi、Nb、Bを適正量添加することにより、特にTi+Nb量を0.08%以上添加することにより強度が120〜150kgf/mm2級の非調質ばね用鋼が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3409277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、車両用スタビライザは、防食性能を確保するために塗装は行なっているが、構造上車外に露出しているため、走行中の飛び石などによる凹み疵や塗装剥離が起きやすい。特に塗装の剥れた箇所から腐食が進行し、この腐食部分を起点とする疲労亀裂の伝播により部品が破損することが懸念される。更に冬の間、凍結防止用に融雪剤が散布されることが多いので腐食環境はますます過酷化している状況であり、この状況では塗装のみの防食では不十分である。
【0006】
また、一般的に、鋼材が高強度化すると延靭性は劣化するが、ばねの場合、鋼材の延靭性が低いと上記のような理由で凹み疵や腐食孔が発生した場合、これを起点とした亀裂の伝播抵抗が低下し、容易に破損してしまう危険性が高まるので、高強度化とともに高靭性化は必要不可欠な特性で、特に腐食環境が過酷化している冬場の気温の低い状態での靭性(低温靭性)の向上は非常に重要であるが、前記特許文献1では高強度ではあるが、耐食性および低温靭性には着目していない。
【0007】
本発明はこのような事情に着目してなされたものであり、素材自体の耐食性を向上させ、かつ引張強度が1100MPa以上の高強度で、耐食性と低温靭性に優れた車両用スタビライザ用鋼、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
【0009】
(i)先ず素材の耐食性を向上させるには、腐食ピットになりやすい炭窒化物の生成量を制限する。具体的には、低炭素化とTiやNbなどは炭窒化物を生成しやすい合金元素の添加量を適正化し、Cu、Niの耐食性合金元素を適量添加することが耐食性の向上に効果がある。
【0010】
(ii)また、高強度と高い延靭性を両立させるためには、低炭素化と結晶粒の微細化とが効果的である。具体的にはTi、Nbなどの合金元素を適正量添加するとともに、焼入れ時の加熱前組織をベイナイトまたはマルテンサイトの単一組織とするか、あるいはベイナイトとマルテンサイトの混合組織とすることで、加熱時の炭化物溶け込み時間が短縮され、微細で均一なオーステナイト組織からの焼入れが可能となり、その結果、組織が微細化される。さらに、焼入れ時の加熱速度を30℃/秒以上とする急速加熱を行なうことで、よりいっそう結晶粒の微細化が促進され、延靭性の向上にさらに有効である。
【0011】
本発明は以上の知見に基づいてなされたものである。
【0012】
(1)本発明に係る耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼は、質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.6%超え1.5%以下、Mn:1〜3%、Cr:0.1〜1.0%、sol.Al:0.005〜0.080%、Ti:0.005〜0.060%、Nb:0.005〜0.060%、Ti+Nb≦0.070%、N:150ppm以下、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cu:0.01〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、スタビライザ成形前の組織がベイナイト又はマルテンサイト又はベイナイト/マルテンサイトの混合組織のいずれかからなり、かつスタビライザの熱処理後の旧オーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であることを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼である。
【0013】
(2)本発明に係る耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザの製造方法は、質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.6%超え1.5%以下、Mn:1〜3%、Cr:0.1〜1.0%、sol.Al:0.005〜0.080%、Ti:0.005〜0.060%、Nb:0.005〜0.060%、Ti+Nb≦0.070%、N:150ppm以下、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cu:0.01〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、スタビライザ成形前の組織がベイナイト又はマルテンサイト又はベイナイト/マルテンサイトの混合組織のいずれかを有する鋼を用いてスタビライザを製造するにあたり、その加熱方法が高周波誘導加熱または直接通電による抵抗発熱により30℃/秒以上の昇温速度で加熱することを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザの製造方法である。
【0014】
(3)本発明に係る耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザは、(2)の方法を用いて製造されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、引張強度が1100MPa以上の高強度で、極寒の腐食環境下においても耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼およびその製造方法とその部品の提供が可能となり、部品の高強度化による自動車の軽量化、それによる燃費向上に伴う地球環境改善に大きく貢献することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明における各成分元素の作用および製造条件などの限定理由についてそれぞれ説明する。なお、とくに断わらない限りは下記の百分率は質量%を示す。
【0017】
(1)C:0.07〜0.20%
Cは鋼が所定の強度を確保するために必要な元素であり、引張強度で1100MPa以上確保するためには0.07%以上が必要である。しかし、0.20%を超えてCを含有すると、炭化物が過剰になり、耐食性と靭性がともに低下するので、その上限を0.20%とした。本発明では、スタビライザ素材として炭素含有量の低い低炭素鋼材を用いることにより、従来の製造方法において懸念されていた焼割れや置き割れの発生を有効に防止し、スタビライザをさらに安全性の高いものとしている。
【0018】
(2)Si:0.6%超え1.5%以下(0.6%<Si≦1.5%)
Siは溶製時の脱酸剤として重要である。また固溶強化に有効な元素なので、高強度化するには重要な元素である。その効果を発揮させるためには0.6%を超えてSiを添加する必要がある。一方、Si量が1.5%を超えると、靭性が低下するので、その上限を1.5%とした。
【0019】
(3)Mn:1〜3%
Mnは、焼入れ性を向上させ、固溶強化元素として有効な元素であり、低炭素鋼の場合、強度を確保するために重要である。また、Mnは組織を微細化し、延靭性を向上させる元素としても重要である。その効果を発揮するためには1%以上のMnを添加する必要がある。一方、3%を越えてMnを添加すると、焼戻し時に低温から析出する炭化物量が過剰になり、耐食性と靭性がともに低下するので、その上限を3%とした。
【0020】
(4)Cr:0.1〜1.0%
Crは、Mnと同様に焼入れ性向上、固溶強化に有効で、低炭素鋼の場合、強度を確保するために重要である。その効果を発揮させるためには0.1%以上のCrを添加する必要がある。一方、1.0%を超えて添加すると、焼き戻し時のCr炭化物が過剰に析出し、靭性と耐食性がともに低下するので、その上限を1.0%とした。
【0021】
(5)Al:0.005〜0.080%
Alは溶製時の脱酸剤として重要な元素である。その効果を発揮させるためには0.005%以上のAlを添加する必要がある。一方、0.080%を越えてAlを添加すると、酸化物および窒化物が過剰になり、耐食性と靭性がともに低下するので、その上限を0.080%とした。
【0022】
(6)Ti:0.005〜0.060%
Tiは鋼中で炭窒化物を形成し、強度の向上と結晶粒の微細化に有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには0.005%以上のTiを添加する必要がある。一方、0.060%を越えてTiを添加すると、炭窒化物が過剰になり、耐食性と靭性がともに低下するので、その上限を0.060%とした。
【0023】
(7)Nb:0.005〜0.060%
Nbは、鋼中で炭窒化物を形成し、強度の向上と組織の微細化に有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには0.005%以上のNbを添加する必要がある。一方、0.060%を越えてNbを添加すると、炭窒化物が過剰になり、耐食性と延靭性がともに低下するので、その上限を0.060%とした。
【0024】
(8)Ti+Nb:0.070%以下
TiとNbは上述のように鋼中で炭窒化物を形成し、強度と靭性を高める効果があり、同時に添加することで相乗効果を発揮する。一方、(Ti+Nb)合計量で0.070%を超えてTiとNbを過剰に添加すると、炭窒化物が過剰になり、耐食性と靭性がともに低下するので、(Ti+Nb)合計添加量を0.070%以下に抑える。
【0025】
(9)Cu:0.01〜1.00%
Cuは、耐食性を向上させるのに有効な元素である。その効果を発揮させるためには0.01%以上のCuを添加する必要がある。一方、1.00%を越えてCuを添加してもその効果は飽和するので経済的ではなく、さらに熱間圧延時に表面疵が多発して製造性を損なうため、その上限を1.00%とした。
【0026】
(10)Ni:0.01〜1.00%
Niは、Cuと同様に耐食性を向上させる元素であり、その効果を発揮させるためには0.01%以上のNiを添加する必要がある。一方、1.00%を越えてNiを添加してもその効果は飽和するので経済的ではなく(Niは産出国が限られる希少かつ高価な金属元素)、その上限を1.00%とした。
【0027】
(11)P:0.035%以下
Pは製鋼プロセスにおいて不可避的に残留または混入する不純物元素であり、結晶粒界に偏析して靭性を低下させるので、その上限を0.035%とした。
【0028】
(12)S:0.035%以下
Sは、Pと同様に製鋼プロセスにおいて不可避的に残留または混入する不純物元素であり、結晶粒界に偏析して靭性を低下させる。さらに介在物であるMnSが過剰になり、靭性と耐食性がともに低下するので、その上限を0.035%とした。
【0029】
(13)N:150ppm以下
Nは、鋼中で炭窒化物を形成し、強度の向上と組織の微細化に有効な元素であるが、150ppmを超えて添加すると、炭窒化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに低下するので、その上限を150ppmとする。
【0030】
(14)その他の成分添加元素
前記添加元素の他に、微量であればMo、V、B、Ca、Pbなどの成分元素をさらに添加してもよい。これらの添加量をMo:1%以下、V:1%以下、B:0.010%以下、Ca:0.010%以下、Pb:0.5%以下にそれぞれ制限すれば、本発明の効果はとくに阻害されない。
【0031】
Moは焼入性の向上および靭性の向上に効果のある元素である。しかし、Moを過剰に添加してもその効果は飽和するので、Niと同様に経済性を考慮すると最大で1%を限度とすることが望ましい。
【0032】
Vは鋼が高温焼戻し処理を受けたときに硬さの低下を抑制し、鋼の軟化抵抗を有効に高めることができる有効な元素である。しかし、VもNiと同様に希少な元素であるため価格安定性が低く、原料コストの上昇につながりやすいことからできるだけ添加しないほうが望ましく、最大で1%を限度とすることが望ましい。
【0033】
Bは微量の添加により鋼の焼入れ性を増大させる元素である。焼入れ性の増大効果はB添加量が0.010%程度まで認められるが、B添加量が0.010%を超えると効果が飽和してしまう。よって、Bの添加量は最大で0.010%を限度とすることが望ましい。
【0034】
CaとPbは鋼材の被削性を向上させる元素であり、添加すればスタビライザ端部の穴あけ加工性が更に向上する。
【0035】
(15)スタビライザ成形前組織の限定
本発明では、スタビライザの成形は冷間でも熱間でもどちらでもよく、特に限定しない。また、スタビライザ成形後は焼入れ処理を行なう。スタビライザ成形前組織とは、冷間成形でも、熱間成形でも焼入れ処理を行なうための、加熱処理前の組織を指す。すなわち、熱間成形では切断された丸棒の状態、冷間成形では成形後の状態を指す。この組織の状態からオーステナイト領域に一旦加熱し、曲げ成形後(熱間成形の場合)あるいは直ちに(冷間成形の場合)水などの冷媒に焼入れを行うことで所望の強度を得る。そのオーステナイト領域に加熱する際の前組織(以下、単に「前組織」という)がフェライト−パーライト組織では、特にパーライト組織のセメンタイトの溶け込みが遅いので、長時間加熱時間が必要となり粗大で不均一なオーステナイト組織になり、焼入れ後の鋼材の靭性が低下する。このことからオーステナイト領域に加熱したときに炭化物の溶け込みが速く、微細で均一なオーステナイト組織を得るために前組織をベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織、またはこれらの混合組織に限定する。
【0036】
(16)スタビライザ製造時の加熱条件:
本発明での加熱方法は、従来の焼入れ炉でも、前組織をベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織または両者の混合組織とし、更に適量のTiとNbを添加すれば組織は微細化される。しかし、引張強度を1300MPa以上の更なる高強度化とする場合には、高強度化による低温靭性の低下を抑制するために更に組織を微細化することが望ましい。そのためには高周波誘導加熱手段または直接通電加熱手段を採用して、昇温速度が30℃/秒以上の急速加熱することがより好ましい。なお、高周波誘導加熱手段は、高周波誘導加熱炉の他に加熱対象物を簡易に取り囲むコイルを有する高周波誘導加熱コイル装置を含むものである。また、直接通電加熱手段は、加熱対象物に直接通電して抵抗発熱させるための両極端子を有する直接通電加熱装置を含むものである。昇温速度が30℃/秒を下回ると、通電加熱や高周波加熱は大気中で行なうために表面脱炭が起きやすくなり、強度が低下するおそれがあるので昇温速度の下限を30℃/秒とした。なお、加熱温度に関しては、下限をオーステナイト化温度+50℃とし、上限を高くしすぎると結晶粒の粗大化や脱炭などの悪影響が懸念されるため1050℃未満とすることが好ましい。ここで、「スタビライザ製造時の加熱」とは、熱間成形の場合はスタビライザ成形時の加熱を意味し、冷間成形の場合はスタビライザ成形後、熱処理を行なうための加熱を意味する。
【0037】
(17)旧オーステナイト粒度
本発明では、所望の強度として1100MPa以上の強度レベルがスタビライザに要求されているため、この強度レベルにおいて高い低温靭性を得るためには旧オーステナイト結晶粒度番号で9以上に微細化する必要がある。なお、結晶粒度はJIS G 0551の規定に準じて測定した。具体的には、倍率を100倍とする光学顕微鏡視野において顕微鏡観察像を所定の標準図と比較することにより結晶粒度番号を判定し、1サンプルにつき10視野ずつ測定し、それらの平均値を算出して測定値とした。なお、標準図は最小単位が結晶粒度番号で1刻みであるが、顕微鏡視野下の結晶粒が2つの標準図の中間にあたる場合は0.5という表示を用いた。すなわち、顕微鏡視野下の結晶粒(観察像)が粒度番号7の標準図と粒度番号8の標準図との中間にあるときは、その結晶粒度番号を7.5と判定する(表3、表4を参照)。なお、ここで旧オーステナイト粒度とは、焼入れ加熱時のオーステナイト組織の粒度のことをいう。
【0038】
(18)焼戻し処理
焼入れ後の焼戻し処理は、本発明において任意の処理であり、行なってもよいし、行なわなくてもよい。これは鋼中炭素量を低減しているので、本願限定の範囲内であれば特に焼入れ後の焼戻し処理を行わない場合であっても(塗装時の温度上昇を考慮しても)、所望の強度、発明の効果(耐食性と低温靭性)を得ることができる場合があるからである。
【0039】
以下、添付の図面および表を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0040】
(スタビライザの構成)
図1に示すように、スタビライザ10は、図示しない車体の幅方向に延び出すトーション部11と、トーション部11から両端に連続する左右一対のアーム部12とを有している。トーション部11はブッシュ14などを介して車体側に固定されている。アーム部12の端末12aは、左右のサスペンション機構15にスタビライザリンク(図示せず)などを介して連結される。トーション部11およびアーム部12は他の部品との干渉を避ける目的で通常の場合は複数個所もしくは十数箇所の曲げ加工がなされている。
【0041】
スタビライザ10は、車両が旋回するときに、サスペンション機構15に上下逆相の入力が入り、左右のアーム部12が逆方向にたわみ、トーション部11がねじられて、車体の過度の傾き(横揺れ)を抑制するばねとして機能する。
【0042】
(スタビライザの製造例1)
次に図2を用いてスタビライザの製造例1を説明する。丸棒を所定長さに切断し(工程S1)、図1に示す所望の形状に曲げ成形し(工程S2)、従来の加熱炉内での加熱、あるいは抵抗発熱装置または高周波加熱装置を用いてオーステナイト温度域まで加熱し(工程S3)、水中に焼入れし(工程S4)、焼入れ後ただちに焼戻し処理を施し(工程S5)、熱変形したスタビライザバーを所望のスタビライザ形状に矯正し(工程S6)、これをショットピーニングし(工程S7)、所望の塗料を用いて塗装した(工程S8)。なお、本発明では、上記の製造工程のうち焼戻し処理工程S5は省略可能である。また、拘束焼入れを行えば形状矯正工程S6も省略することが可能である。
【0043】
(スタビライザの製造例2)
次に図3を用いてスタビライザの製造例2を説明する。丸棒を所定長さに切断し(工程K1)、従来の加熱炉内での加熱、あるいは抵抗発熱装置または高周波加熱装置を用いてオーステナイト温度域まで加熱し(工程K2)、図1に示す所望の形状に曲げ成形し(工程K3)、水中に焼入れし(工程K4)、焼入れ後ただちに焼戻し処理を施し(工程K5)、熱変形したスタビライザバーを所望のスタビライザ形状に矯正し(工程K6)、これをショットピーニングし(工程K7)、所望の塗料を用いて塗装した(工程K8)。なお、本発明では、上記の製造工程のうち焼戻し処理工程K5は省略可能である。また、拘束焼入れを行えば形状矯正工程K6も省略することが可能である。
【実施例】
【0044】
以下、表1〜4を参照して本発明の実施例を比較例と対比しながら説明する。
【0045】
表1に示す種々の化学成分の鋼を試験溶解にて溶製(150kg)後、鋼塊となし、次いで160mm角ビレットに溶接し、熱間圧延にて直径25mmの素材を作製した。この素材から直径20mmの丸棒状試験片を採取し、焼入れ・焼戻し処理を行い、引張試験、衝撃試験、耐食性試験、旧オーステナイト結晶粒度試験を行なった。
【0046】
(1)焼入れ処理は、加熱炉は従来の焼入炉で行ない、各鋼の化学成分と下式を用いて計算で求めたオーステナイト化温度(AC3)+50℃(一桁目は切り上げ)に30分加熱し、その後焼入れを行った。焼戻し処理は、引張強度が1250MPa程度になるように焼戻し温度を調整するが、焼戻しの最低温度は180℃とした。これは、スタビライザの製造工程において最後に塗装を行なうが、このときの材料温度が180℃程度に上昇するためである。
【0047】
AC3(℃)=908−2.237×%C×100+0.4385×%P×1000+0.3049×%Si×100−0.3443×%Mn×100−0.23×%Ni×100+2×(%C×100−54+0.06×%Ni×100)(出典:熱処理技術便覧、P81)
(2)引張試験は、JIS4号試験片で行なった。
【0048】
(3)衝撃試験はJIS3号片(Uノッチ2mm深さ)で、試験温度はマイナス40℃で行なった。表2において、低温靭性評価は吸収エネルギの測定値が40(J/cm2)未満であったものを不合格(記号×)とし、同値が40(J/cm2)以上であったものを合格(記号○)とした。
【0049】
(4)耐食性試験は、所定の強度に熱処理を行なった丸棒材から20mm幅*50mm長さ*5mm厚みの板状試験片を採取し、更に板状試験片内の15mm幅*40mm長さ範囲を腐食面(それ以外はマスキングした)として乾湿繰返しの腐食試験を行い、腐食減量を測定した。
【0050】
乾湿繰返し条件は、<5%NaCl、35℃>*8時間+<50%RH、35℃>*16時間=1サイクルとして、10サイクル実施した。腐食減量測定は、腐食試験試験前後に重量測定し腐食面積で除して算出した。除錆は80℃の20%クエン酸水素アンモニウム水溶液で行なった。
【0051】
表2において、耐食性の評価は、腐食減量の値が1000(g/m2)以上であったものを不合格(記号×)とし、同値が1000(g/m2)未満であったものを合格(記号○)とした。
【0052】
(5)旧オーステナイト結晶粒度の判定は、JIS-G-0551に従い、結晶粒の現出は焼入れ焼戻し法(Gh)で行い、判定は標準図との比較で行なった。
【0053】
(評価結果)
表1において、実施例1〜10(鋼No16〜25)は化学成分、熱処理前組織、旧オーステナイト結晶粒度が本発明範囲内の鋼材であり、引張強度が1200MPa以上の高強度レベルにあるにもかかわらず、表2に示すように腐食減量が1000(g/m2)未満で耐食性に優れ、衝撃試験温度−40℃における衝撃値が100(J/cm2)以上と低温靭性にも優れているという結果が得られた。
【0054】
表1において、比較例1〜15(鋼No1〜15)は化学成分において本発明の範囲外の鋼材であり、これらのうち特に比較例15(鋼No15)はJIS SUP9からなるものである。
【0055】
比較例1は、C含有量が低すぎるために180℃の焼き戻し処理を行っても引張強さが983MPaとなり、所望の強度が得られず、またS含有量が高すぎるために介在物となるMnSが多量に析出し、靭性と耐食性がともに劣るという結果が得られた。
【0056】
比較例2は、C含有量が0.4%と多すぎるため、炭化物が過剰に析出して耐食性および低温靭性がともに劣るという結果が得られた。
【0057】
比較例3は、Si含有量が0.45%と少なすぎるため、180℃の焼き戻し処理を行っても引張強さが1015MPaとなり、所望の強度が得られず、またNb含有量が高すぎるために炭窒化物が過剰に析出し、靭性と耐食性がともに劣るという結果が得られた。
【0058】
比較例4は、Si含有量が多すぎるために低温靭性が劣り、またCuが少なすぎるために耐食性が劣る。
【0059】
比較例5は、Mn含有量が低すぎるために180℃での焼き戻し処理を行っても引張強さが1010MPaとなり、所望の強度が得られておらず、またTiが高すぎるために炭窒化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに劣る。
【0060】
比較例6は、Mn含有量が高すぎるために靭性が劣り、またNiが低すぎるために耐食性が劣る。
【0061】
比較例7は、Cr含有量が低すぎるために180℃での焼き戻し処理を行っても引張強さが1023MPaとなり、所望の強度が得られておらず、またP含有量が高すぎるために靭性が劣る。
【0062】
比較例8は、Cr含有量が高すぎるために炭化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに劣る。
【0063】
比較例9は、Al含有量が少なすぎるために脱酸が不十分で酸化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに低下している。
【0064】
比較例10は、Al含有量が多すぎる場合であり、Al2O3系の酸化物やAlNなどの窒化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに低下している。
【0065】
比較例11はTi含有量が少なすぎる場合、比較例12はNb含有量が少なすぎる場合の例である。比較例11,12ともに旧オーステナイト結晶粒が粗大化したために、それぞれ靭性が劣化している。
【0066】
比較例13は、TiとNbの各添加量は本発明の範囲内であるが、両者の合計量が多すぎる場合である。この比較例13においても炭窒化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに劣化している。
【0067】
比較例14は、Nが高すぎるために窒化物が過剰になり、靭性と耐食性がともに劣化している。
【0068】
比較例15は、スタビライザ用鋼として使用されているSUP9の例であるが、化学成分は本発明の範囲外であり、靭性が低く、耐食性も劣る。
【0069】
(2)表3は加熱前組織の影響を示した例である。
【0070】
実施例5-1(鋼No20)は、前組織を本発明の範囲であるベイナイト+マルテンサイトの混合組織とした。一方、比較例16は、焼準処理にてフェライト+パーライト組織にした材料を焼入れ・焼戻し処理にて機械的性質を比較した例である。前組織がフェライト+パーライト混合組織の場合は、結晶粒がGh8.0+Gh7.5の混粒となっており、そのため靭性が劣る。
【0071】
(3)表4は焼入れ時の加熱速度の影響を示したものである。
【0072】
実施例5-2(鋼No20)は、前組織も本発明の範囲であるベイナイト+マルテンサイトの混合組織で、加熱方法を炉加熱としたもの、実施例5-3(鋼No20)は加熱方法を通電加熱としたものである。実施例5-3の通電加熱法のほうが加熱速度が大きいので、実施例5-2の炉加熱法よりも組織がより微細化され、さらに靭性が向上した。
【表1】

【0073】
【表2】

【0074】
【表3】

【0075】
【表4】

【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】車両用スタビライザの概要を示す斜視図。
【図2】本発明の車両用スタビライザの製造方法の一例を示す工程図。
【図3】本発明の車両用スタビライザの製造方法の他の一例を示す工程図。
【符号の説明】
【0077】
10…スタビライザ、
11…トーション部、12…アーム部、12a…アーム端末、
14…ブッシュ、15…サスペンション機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.6%超え1.5%以下、Mn:1〜3%、Cr:0.1〜1.0%、sol.Al:0.005〜0.080%、Ti:0.005〜0.060%、Nb:0.005〜0.060%、Ti+Nb≦0.070%、N:150ppm以下、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cu:0.01〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、スタビライザ成形前の組織がベイナイト又はマルテンサイト又はベイナイト/マルテンサイトの混合組織のいずれかからなり、かつスタビライザの熱処理後の旧オーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であることを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.6%超え1.5%以下、Mn:1〜3%、Cr:0.1〜1.0%、sol.Al:0.005〜0.080%、Ti:0.005〜0.060%、Nb:0.005〜0.060%、Ti+Nb≦0.070%、N:150ppm以下、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cu:0.01〜1.00%、Ni:0.01〜1.00%を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、スタビライザ成形前の組織がベイナイト又はマルテンサイト又はベイナイト/マルテンサイトの混合組織のいずれかを有する鋼を用いてスタビライザを製造するにあたり、その加熱方法が高周波誘導加熱または直接通電による抵抗発熱により30℃/秒以上の昇温速度で加熱することを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザの製造方法。
【請求項3】
請求項2の方法を用いて製造されたことを特徴とする耐食性と低温靭性に優れた車両用高強度スタビライザ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−185109(P2010−185109A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−30173(P2009−30173)
【出願日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【出願人】(399009642)JFE条鋼株式会社 (45)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】