説明

耐食性基体の製造方法

【課題】所望の腐食性の高い薬品に対して耐食性を示す基体を製造する方法を提供する。
【解決手段】少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体の表面に炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を直接当てて該基体の表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御して加熱処理するか、又は該基体の表面をその表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御した状態で炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、表面の耐食性を制御して所望の薬品環境に対して耐食性を有する基体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食性の高い所望の薬品環境に対して耐食性を示す基体を製造できる耐食性基体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンは、強度に優れ、軽量であるという特性を有しており、また、耐食性の高い金属であり、海水中など腐食性の環境でも使用することが可能である。しかしながら、1%沸騰塩酸や30%沸騰ギ酸など、腐食性が極めて高い薬品環境に対しては耐食性を有せず、これらを含む環境下でチタンを使用することは困難であった。
【0003】
一方、本件出願人は、チタンの表面において炭化と酸化を同時に進行させるように、所定の雰囲気下で900〜1500℃で加熱処理することにより、カーボンドープ酸化チタン層を形成させる技術を先に開発した(特許文献1など参照)。かかるカーボンドープ酸化チタン層は緻密かつ強固な皮膜であり、高い表面硬度や耐摩耗性、光触媒活性を有するものであるが、上述したような腐食性の高い薬品に対して耐食性を有する表面処理ができるかどうかは未知であった。
【特許文献1】WO2005/056865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述した事情に鑑み、所望の腐食性の高い薬品環境に対して耐食性を示す基体を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、所定の雰囲気下、比較的低温である550〜1100℃の範囲の温度で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、所望の薬品に対して純チタンより優れた耐食性を示す耐食性基体を製造することを知見することにより、完成されたものである。
【0006】
かかる本発明は、少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体の表面に炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を直接当てて該基体の表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御して加熱処理するか、又は該基体の表面をその表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御した状態で炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、表面の耐食性を制御して所望の薬品環境に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0007】
かかる第1の態様によれば、基体を所定温度に加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品に対する耐食性を有する基体を製造することができる。
【0008】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰トリクロロ酢酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0009】
かかる第2の態様によれば、基体を550〜1100℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰トリクロロ酢酸に対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0011】
かかる第3の態様によれば、基体を550〜1100℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【0012】
本発明の第4の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を700〜800℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰30質量%ギ酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0013】
かかる第4の態様によれば、基体を700〜800℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰30質量%ギ酸に対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【0014】
本発明の第5の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を700〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰1質量%塩酸又は60℃、25質量%しゅう酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0015】
かかる第5の態様によれば、基体を700〜950℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰1質量%塩酸又は60℃、25質量%しゅう酸に対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【0016】
本発明の第6の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を650〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰1質量%硫酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0017】
かかる第6の態様によれば、基体を650〜950℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰1質量%硫酸に対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【0018】
本発明の第7の態様は、第1の態様に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を850〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰85質量%リン酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法にある。
【0019】
かかる第7の態様によれば、基体を850〜950℃となるように加熱した状態で所定の燃料ガスを接触させて表面に炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、基体表面の耐食性を制御して腐食性薬品である沸騰85質量%リン酸に対して耐食性を有する基体を製造することができる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、所定の雰囲気下、比較的低温である550〜1100℃の範囲の温度で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、所望の薬品に対して純チタンより優れた耐食性を示す耐食性基体を製造することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の製造方法においては、少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体の表面を加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を有する基体を製造するのであるが、この少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体は、その基体の全体がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンの何れかで構成されていても、表面部形成層と心材とで構成されていてそれらの材質が異なっていてもよい。また、その基体の形状については、高硬度、耐スクラッチ性、耐磨耗性、耐薬品性、耐熱性等の耐久性が望まれる最終商品形状(平板状や立体状)や、表面に可視光応答型光触媒機能を有することが望まれる最終商品形状であっても、或いは粉末状であってもよい。
【0022】
少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体が表面部形成層と心材とで構成されていてそれらの材質が異なっている場合には、その表面部形成層の厚さは形成される炭素ドープ酸化チタン層の厚さと同一であっても(即ち、表面部形成層全体が炭素ドープ酸化チタン層となる)、厚くてもよい(即ち、表面部形成層の厚さ方向の一部が炭素ドープ酸化チタン層となり、一部がそのまま残る)。また、その心材の材質は本発明の製造方法における加熱処理の際に燃焼したり、溶融したり、変形したりするものでなければ、特に制限されることはない。例えば、心材として鉄、鉄合金、非鉄合金、セラミックス、その他の陶磁器、高温耐熱性ガラス等を用いることができる。このような薄膜状の表面層と心材とで構成されている基体としては、例えば、心材の表面にチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる皮膜をスパッタリング、蒸着、溶射等の方法で形成したもの、あるいは、市販の酸化チタンゾルをスプレーコーティング、スピンコーティングやディッピングにより心材の表面上に付与して皮膜を形成したもの等を挙げることができる。
【0023】
少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体が粉末状である場合には、その粉末の粒径が小さい場合に本発明の製造方法における加熱処理により粒子全体を炭素ドープ酸化チタンとすることが可能であるが、本発明においては表面層のみが炭素ドープ酸化チタンとなれば良いのであり、従って、粉末の粒径については何ら制限されることはない。しかし、加熱処理の容易性、製造の容易性を考慮すると15nm以上であることが好ましい。
【0024】
本発明の製造方法においては、チタン合金として公知の種々のチタン合金を用いることができ、特に制限されることはない。例えば、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−10V−2Fe−3Al、Ti−7Al−4Mo、Ti−5Al−2.5Sn、Ti−6Al−5Zr−0.5Mo−0.2Si、Ti−5.5Al−3.5Sn−3Zr−0.3Mo−1Nb−0.3Si、Ti−8Al−1Mo−1V、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−5Al−2Sn−2Zr−4Mo−4Cr、Ti−11.5Mo−6Zr−4.5Sn、Ti−15V−3Cr−3Al−3Sn、Ti−15Mo−5Zr−3Al、Ti−15Mo−5Zr、Ti−13V−11Cr−3Al等を用いることができる。
【0025】
本発明の製造方法においては炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気又は炭化水素を主成分とするガス雰囲気を用いることが必須の構成要件であり、特に還元炎を利用することが望ましい。炭化水素含有量が少ない燃料を用いる場合には、炭素のドープ量が不十分であったり、皆無であったりし、その結果として硬度が不十分となり、且つ可視光下での光触媒活性も不十分となる。本発明においてはこの炭化水素を主成分とするガスとは炭化水素を少なくとも50容量%含有するガスを意味し、例えば、天然ガス、LPG、メタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロピレン、アセチレン等の炭化水素、あるいはこれらを適宜混合したガスを少なくとも50容量%含有し、適宜、空気、水素、酸素等を混合したガスを意味する。本発明の製造方法においては、炭化水素を主成分とするガスが不飽和炭化水素を30容量%以上含有することが好ましく、アセチレンを50容量%以上含有することがより好ましく、炭化水素がアセチレン100%であることが最も好ましい。不飽和炭化水素、特に三重結合を有するアセチレンを用いた場合には、その燃焼の過程で、特に還元炎部分で、不飽和結合部分が分解して中間的なラジカル物質が形成され、このラジカル物質は活性が強いので炭素ドープが生じ易いと考えられる。
【0026】
本発明の製造方法において、加熱処理する基体の表面層がチタン又はチタン合金である場合には、該チタン又はチタン合金を酸化する酸素が必要であり、その分だけ空気又は酸素を含んでいる必要がある。
【0027】
本発明の製造方法においては、表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体の表面に炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理するか、そのような基体の表面を炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で高温で加熱処理するか、又はそのような基体の表面を炭化水素を主成分とするガス雰囲気中で高温で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成するのであるが、この加熱処理は例えば炉内で実施することができる。燃焼炎を直接当てて高温で加熱処理する場合には、上記のような燃料ガスを炉内で燃焼させ、その燃焼炎を該基体の表面に当てればよい。燃焼ガス雰囲気中で高温で加熱処理する場合には、上記のような燃料ガスを炉内で燃焼させ、その高温の燃焼ガス雰囲気を利用する。又、炭化水素を主成分とするガス雰囲気中で高温で加熱処理する場合には、炉内に上記のような雰囲気ガスを入れ、炉の外部より加熱して炉内の雰囲気ガスを高温にすればよく、この場合には炭化水素を主成分とする高温ガスが基体の表面と接触する部分で反応し、炭素のドーピングが生じる。なお、少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体が粉末状である場合には、そのような粉末を火炎中に導入し、火炎中に所定時間滞留させて加熱処理するか、或いはそのような粉末を流動状態の高温の燃焼ガス中に又は流動状態の高温の炭化水素を主成分とするガス中に流動床状態に所定時間維持することにより粒子全体を炭素ドープ酸化チタンとするか、炭素ドープ酸化チタン層を有する粉末とすることができる。
【0028】
加熱処理については、基体の表面温度が550〜1100℃、好ましくは600±20℃〜1050±20℃となり、基体の表面層として炭素ドープ酸化チタン層が形成されるように所定の時間だけ加熱処理する必要があり、加熱温度や加熱時間に応じて耐食性の程度、耐食性を示す腐食性薬品の種類が異なる。
【0029】
例えば、腐食性薬品としての沸騰トリクロロ酢酸に対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することが必要である。特に、550〜950℃、好ましくは、600±20℃〜900±20℃で加熱することにより、沸騰トリクロロ酢酸に対して特に優れた耐食性を有する基体となる。
【0030】
また、腐食性薬品としての沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することが必要である。特に、850〜950℃、好ましくは、900±20℃で加熱することにより、沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して特に優れた耐食性を有する基体となる。
【0031】
腐食性薬品としての沸騰30質量%ギ酸に対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を700〜800℃、特に好ましくは750±20℃となるように制御して加熱処理することが必要である。
【0032】
また、腐食性薬品としての沸騰1質量%塩酸及び60℃、25質量%しゅう酸に対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を700〜950℃となるように制御して加熱処理することが必要である。特に、700〜800℃、好ましくは、750±20℃で加熱することにより、沸騰1質量%塩酸に対して特に優れた耐食性を有する基体となる。
【0033】
腐食性薬品としての沸騰1質量%硫酸に対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を650〜950℃となるように制御して加熱処理するが必要である。特に、850〜950℃、好ましくは、900±20℃で加熱することにより、沸騰1質量%硫酸に対して特に優れた耐食性を有する基体となる。
【0034】
また、腐食性薬品としての沸騰85質量%リン酸に対して純チタン以上に耐食性を有する基体を製造するためには、前記表面温度を850〜950℃、特に好ましくは900±20℃となるように制御して加熱処理することが必要である。
【0035】
本発明の製造方法は、先に出願している高耐久性で光触媒特性に優れた表面被膜を形成する場合と比較して、比較的低温で且つ炭化水素濃度が空気に対して比較的低い(空燃比(=空気/燃焼ガス)が高い)燃焼炎とし、相対的に長い処理時間とすることにより、腐食性の薬品に対する耐食性を有する基体を製造することができるものである。すなわち、本発明の製造方法では、加熱処理時間は、加熱温度に依存して決定する必要があり、加熱温度が高いほど好適な処理時間が短くなり、加熱温度が低いほど好適な処理時間が長くなるが、処理時間は少なくとも3分、好ましくは10分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは、50分以上とするのがよい。また、炭化水素を含有するが燃焼ガスは上述したとおりであるが、空燃比=空気/燃焼ガスは、1以上、好ましくは2〜10、さらに好ましくは3〜8である。かかる加熱時間と空燃比を調整して、所定温度の加熱処理により加熱処理後の冷却時にその基体表面部から極薄膜の剥離が生じないようにするのが好ましい。
【0036】
本発明の製造方法において形成される炭素ドープ酸化チタン層は、炭素がドープされた酸化チタン層であるが、どの程度の炭素がドープされているかによって耐久性(高硬度、耐スクラッチ性、耐磨耗性、耐薬品性、耐熱性)や可視光応答型光触媒として機能する性質が異なるが、本発明の目的とする耐食性については、上述したような加熱温度及び処理時間に依存して決定され、炭素のドープ量も加熱温度及び処理時間の条件に応じて決定される。
【0037】
本発明の製造方法によって製造される炭素ドープ酸化チタン層を有する基体においては、炭素ドープ酸化チタン層の厚さは10nm以上であることが好ましく、炭素ドープ酸化チタン層の厚さが10nm未満である場合には、得られる炭素ドープ酸化チタン層を有する基体の耐久性は不十分となる傾向がある。しかしながら、使用目的によっては炭素ドープ酸化チタン層の厚さが10nm未満であっても目的とする耐食性を有するものであれば、特に制限されるものではない。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例及び比較例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。
【0039】
(実施例1〜4)
厚さ1.6mmで50mm×50mmの純チタン板(JIS2種)をアセチレンの燃焼炎(空燃比は5:空気25リットル/分、アセチレン5リットル/分)を用い、その表面温度が約600℃、750℃、900℃、1050℃となるように、1時間加熱処理することにより、表面層として炭素ドープ酸化チタン層を有するチタン板を形成した。加熱温度(基体の表面温度)600℃、750℃、900℃、1050℃を、それぞれ実施例1〜4とした。なお、温度の制御は±20℃程度である。
【0040】
(試験例1〜8)
腐食性薬品として、実施例1〜4及び純チタン(比較例)の試験片を、(1)塩酸:1%(沸騰)、(2)硫酸:1%(沸騰)、(3)ギ酸:30%(沸騰)、(4)しゅう酸:25%(60℃)、(5)水酸化ナトリウム:40%(沸騰)、(6)リン酸:85%(沸騰)、(7)トリクロロ酢酸:100%(沸騰)、(8)次亜塩素酸ナトリウム:飽和(沸騰)の薬品中に24h浸漬し、前後の重量変化から腐食速度(mm/y)を算出した。なお、比較例の純チタンは、(8)次亜塩素酸ナトリウム:飽和(沸騰)以外の薬品に対しては、耐食性を有さないことがわかっている。
【0041】
この結果を表1に示す。
【0042】
この結果、(1)1%塩酸(沸騰)、(2)1%硫酸(沸騰)、(3)30%ギ酸(沸騰)、(4)25%しゅう酸(60℃)、(5)40%水酸化ナトリウム(沸騰)、(7)100%トリクロロ酢酸(沸騰)においては、上述した処理により純チタンと比較して腐食速度が低下し、耐食性の改善が認められた。
【0043】
(1)1%塩酸(沸騰)の場合には、実施例2、3で比較例より耐食性が優れた結果になり、特に実施例2においては腐食が全くみられなかった。この結果、表面温度を700〜950℃となるように制御して加熱処理するのが好ましく、特に、700〜800℃、好ましくは、750±20℃で加熱することにより、完全な耐食性を有することがわかった。
【0044】
また、(3)30%ギ酸(沸騰)の場合には、実施例2で耐食性を示した。この結果、表面温度を700〜800℃、特に好ましくは750±20℃となるように制御して加熱処理することにより、完全な耐食性を有することがわかった。
【0045】
(4)25%しゅう酸(60℃)の場合には、実施例2、3で比較例より耐食性が優れた結果になり、特に実施例2においては腐食が全くみられなかった。この結果、表面温度を700〜950℃となるように制御して加熱処理するのが好ましく、特に、700〜800℃、好ましくは、750±20℃で加熱することにより、完全な耐食性を有することがわかった。
【0046】
(5)水酸化ナトリウム:40%(沸騰)の場合には、実施例1〜4において、比較例より優れた耐食性を示すが、特に実施例3において、完全な耐食性を示すことがわかった。この結果、表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、耐食性が純チタンより向上し、特に、850〜950℃、好ましくは、900±20℃で加熱することにより、沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して完全な耐食性を有する基体となることがわかった。
【0047】
(6)リン酸:85%(沸騰)の場合には、実施例3において、特異的に耐食性が発現し、他の実施例では、効果が見られなかった。この結果、表面温度を850〜950℃、特に好ましくは900±20℃となるように制御して加熱処理することにより、完全な耐食性を有する基体となることがわかった。
【0048】
(7)トリクロロ酢酸:100%(沸騰)の場合には、実施例1〜4で比較例と比較して優れた耐食性を示し、特に実施例1〜3において、優れた耐食性を示し、実施例1では完全な耐食性を有することがわかった。この結果、表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、耐食性が向上し、特に、550〜950℃、好ましくは、600±20℃〜900±20℃で加熱することにより、沸騰トリクロロ酢酸に対して特に優れた耐食性を有する基体となり、さらに好ましくは、550℃〜650℃、特に600±20℃とすることにより、特に優れた耐食性を有する基体となることがわかった。
【0049】
一方、(2)1%硫酸(沸騰)の場合には、実施例1〜4においても著しく優れた耐食性は示さなかったが、実施例2、3においては比較例より優れた耐食性を示すことがわかった。この結果、表面温度を650〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、薬品に対して耐食性を示し、特に、850〜950℃、好ましくは、900±20℃で加熱することにより、沸騰1質量%硫酸に対して特に優れた耐食性を有する基体となることがわかった。
【0050】
なお、(8)飽和次亜塩素酸ナトリウム(沸騰)については、純チタン同様、加熱処理した試験片についても高い耐食性を示すことが確認された。
【0051】
【表1】

【0052】
(試験例9)
実施例1の試験片について、試験例3((3)30%ギ酸(沸騰))の耐食性試験前後の試験片を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて表面を観察した。結果を図1に示す。
【0053】
この結果、実施例1の試験片には表面に緻密な膜が形成されており、耐食性試験後も維持されていることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例1の試験例3の試験前後の試験片を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて表面観察した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面層がチタン、チタン合金、チタン合金酸化物又は酸化チタンからなる基体の表面に炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を直接当てて該基体の表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御して加熱処理するか、又は該基体の表面をその表面温度を550〜1100℃の範囲内で所定温度に制御した状態で炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で加熱処理して炭素ドープ酸化チタン層を形成することにより、表面の耐食性を制御して所望の薬品環境に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰トリクロロ酢酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を550〜1100℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰40質量%水酸化ナトリウムに対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を700〜800℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰30質量%ギ酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を700〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰1質量%塩酸又は60℃、25質量%しゅう酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を650〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰1質量%硫酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載の耐食性基体の製造方法において、前記表面温度を850〜950℃となるように制御して加熱処理することにより、沸騰85質量%リン酸に対して耐食性を有する基体を製造することを特徴とする耐食性基体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−111907(P2010−111907A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−284875(P2008−284875)
【出願日】平成20年11月5日(2008.11.5)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】