説明

耐高温割れ特性に優れた高Niフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法

【課題】 強度及び靭性並びに耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法を提供する。
【解決手段】 鋼製外皮内に充填フラックスを充填してなる隅肉溶接用フラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.05〜0.8%、Ni:5.0〜12.0%、Mn:1.0〜3.5%を含有し、かつCaを、Ca含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係が、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5〜3.7%となるように含有すると共に、P:0.02%以下、S:0.01%以下に制限し、さらに、前記充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、SiO、Al、NaO、および、KOのうちの1種又は2種以上を、これらの合計量が0.05〜1.0%となるように含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として、強度、靭性などの機械特性が要求される自動車用部品や、橋梁及び造船などの製造に適用される溶接ワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法に関し、より詳しくは、ワイヤ中にNiを5%以上含有し、隅肉溶接時に溶接金属の高温割れ発生を防止しつつ、強度、靭性などの機械特性に優れた溶接金属が得られる耐高温割れ特性に優れた高Niフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接構造物の欠陥のほとんどは、溶接部に発生するため、溶接構造物の信頼性は、溶接部によって決定されるといっても過言ではない。
【0003】
代表的な溶接部欠陥としては、高温割れと低温割れに大きく分類される溶接割れが知られている。高温領域で発生する高温割れは、溶接後に高温で溶融状態の溶接金属が冷却されて凝固するときに最終凝固部近傍にPやSなどの不純物の偏析することを原因として、発生する割れ形態であり、溶接金属成分の依存性が強いため、低温割れに比べて溶接施工によりその発生を防止することは難しい。
【0004】
一方、強度、靭性などの機械特性が要求される自動車用部品や、橋梁及び造船などの製造の際に適用される隅肉溶接用ワイヤとして、Ni含有量が5%以上の高Niワイヤが知られている。Niは溶接金属の強度や靭性、さらには耐食性および疲労強度を向上させるために有効な元素として溶接ワイヤ中に含有する。特にNiは他の焼入れ性強化元素に比べて溶接金属中に多量に含有した場合でも靭性低下は少ないため、溶接金属の強度と靭性を向上させるために有効な元素として利用されている。
【0005】
しかし、Niはオーステナイトフォーマーであり、また、相変態温度を低下させる元素でもあり、溶接金属の最終凝固部近傍にSなどの不純物元素の偏析を助長し、高温割れ発生の原因となるため、溶接金属の高温割れ発生の点からワイヤ中のNiは好ましい元素ではない。特に、Ni含有量が5%以上の高Niワイヤを用いてガスシールドアーク溶接により隅肉溶接する場合に溶接金属の高温割れ発生の問題が顕著となる。
【0006】
従来からNiを含有する溶接ワイヤを用いて溶接する際に溶接金属の高温割れ発生を防止するための方法が検討されている。
【0007】
例えば、溶接金属のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)を低下させ、低温側で発生するマルテンサイト変態膨張を利用することにより、溶接止端部近傍に圧縮残留応力導入し、継手の疲労強度を向上するために主成分としてNiとCrを鋼心線中に含有するとともに、高温割れに有害な鋼心線中のP及びSの含有量を0.01%以下に低減した、被覆アーク溶接棒が提案されている(例えば特許文献1、参照)。この溶接材料は、溶接金属の高温割れを助長するオーステナイトフォーマーであるNiを5〜14%含有するとともに、フェライトフォーマーであるCrも同じ含有量で含有させることにより、溶接金属のオーステナイト相の割合を調整し、高温割れ発生を防止するものである。この溶接材料は、継手疲労強度向上および溶接金属の高温割れ発生を防止するためにCrを多量に含有する必要があるが、Crの多量添加によって溶接金属中の硬質組織が増加し、継手靭性が劣化するという問題が生じる。
【0008】
したがって、溶接材料中に含有するNiの靭性向上効果が阻害され、溶接継手の強度とともに靭性を十分向上することは困難となる。
【0009】
また、塩分が飛来する環境における耐候性を向上させるために、Niを0.2〜4%含有するとともに、Moを0.1〜4%、さらには、Cuを0.1〜4%添加し、かつ溶接金属の高温割れ発生に有害なP含有量を0.015%以下、P含有量を0.02%以下に低減した、サブマージアーク溶接用ワイヤおよびフラックスが提案されている(例えば特許文献2、3、参照)。この溶接材料は、Ni含有量を溶接金属の不純物元素の偏析による高温割れを発生させない4%以下に制限し、Niと同様に耐食性向上に有効なMo、さらには、Cuを複合添加することにより、溶接金属の耐食性を向上させるものである。
しかし、この溶接材料では、Ni含有量を制限しているため、溶接継手の強度とともに靭性を十分向上することは困難となる。
【0010】
これら溶接に使用する溶接ワイヤ組成を最適化する以外に、溶接方法及び溶接条件から溶接金属の高温割れ発生を防止する方法も提案されている。
【0011】
例えば、極厚鋼板を大入熱高効率の多層盛サブマージアーク溶接を行う際に問題となる初層溶接部の高温割れ発生を防止するために、2パス目の溶接を高電流で行い、1パス目の溶接金属で凝固割れが発生しやすい最終凝固部(中央部)近傍を再溶融する方法が提案されている(例えば特許文献4、参照)。
【0012】
また、鋼板を多電極によりガスシールドアーク溶接し、溶接時に先行する第1電極と後行する第2電極間の距離Lを100mm以下に制限し、第1電極のアークにより形成された溶接初層が高温割れを起こす前に、第2番電極のアークが通電されるように溶接することにより、溶接金属の高温割れを防止する方法が提案されている(例えば特許文献5、参照)。
【0013】
以上の溶接方法及び溶接条件による溶接金属の高温割れ防止方法は、多層盛溶接や多電極溶接のみに適用され、さらに溶接時の各電極の配置や溶接電流などの条件が制限されるため、溶接施工の点から必ずしも好ましい方法とは言い難い。
【0014】
また、これらの従来方法は、Ni添加量が1%未満の溶接材料を用いて多層盛または多電極での突合せ溶接をする場合に溶接金属の高温割れ防止効果は得られるが、Ni含有量が5%以上の高Niワイヤを用いて隅肉溶接する場合には溶接金属の高温割れ発生を防止することは困難である。
【0015】
以上のように、溶接材料中のNiは、溶接金属の強度と靭性を同時に向上させ、さらには、溶接金属の耐食性および疲労強度を向上させるためにも有効な元素である。
【0016】
しかしながら、上記の通り、Ni含有量を5%以上に高めることにより、上記Niによる溶接金属の強度、靭性などの特性向上効果を十分に発揮しつつ、溶接金属中のNi含有量の増加に起因する高温割れ発生を防止できる隅肉溶接用高Niワイヤは、現状実用化されていない。
【0017】
【特許文献1】特開2005−40845号公報
【特許文献2】特開2000−271786号公報
【特許文献3】特開2000−271787号公報
【特許文献4】特開平11−239879号公報
【特許文献5】特開平9−85446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
これら従来技術の問題点に鑑み、本発明は、溶接金属の強度と靭性を同時に向上させるために有効なNiを5%以上含有し、溶接金属の高温割れ発生を防止できる、強度及び靭性並びに耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、以上の観点から、Niを5%以上含有した高Niフラックス入りワイヤを用いて隅肉溶接した場合に問題となる溶接金属の高温割れ発生を防止するために有効なワイヤ成分組成を検討した。その結果、ワイヤ全体にMnとCaを適正範囲で複合添加するとともに、ワイヤの鋼製外皮内の充填フラックスに含有する酸化物(SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oのうちの1種又は2種以上)の合計量を適正に制限することにより、Mn及びCaの酸化を抑制しつつ溶接金属中の拡散性元素であるSをMnS及びCaSの硫化物として固定することにより、溶接後の溶接金属の最終凝固部近傍でのS不純物の偏析による高温割れ発生を防止することができることを見出した。また、これらのワイヤ全体に、さらにスラグ移行率の高い脱酸元素であるMgを含有させることにより、Mn及びCaの酸化を安定して抑制でき、上記Mn及びCaの作用を高め、より安定して高温割れ発生を防止できることを確認した。
【0020】
これらの知見を基になされた本発明はなされたものであり、その発明の要旨は以下の通りである。
【0021】
(1)鋼製外皮内に充填フラックスを充填してなるフラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.01〜0.15%、
Si:0.05〜0.8%、
Ni:5.0〜12.0%、
Mn:1.0〜3.5%
を含有し、かつ
Caを、Ca含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係が、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5〜3.7%となるように含有すると共に、
P:0.02%以下、
S:0.01%以下
に制限し、
さらに、前記充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oのうちの1種又は2種以上を、これらの合計量が0.05〜1.0%となるように含有することを特徴とする耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【0022】
(2)さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Mg:0.01〜0.2%を含有することを特徴とする前記(1)記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【0023】
(3)さらに、前記充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、CaF2とCaOのいずれかまたは両方を、これらのCa換算量が1.0%以下となるように含有することを特徴とする前記(1)または(2)記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【0024】
(4)さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cu:0.05〜0.5%、
Cr:0.05〜2.0%、および、
Mo:0.05〜1.0%のうちの1種または2種以上を、これらの合計量が3.0%以下となるように含有することを特徴とする前記(1)〜(3)の何れか1項に記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【0025】
(5)さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti:0.005〜0.2%、
V:0.01〜0.5%、および、
Nb:0.005〜0.2%
のうちの1種または2種以上を、これらの合計量が0.7%以下となるように含有することを特徴とする前記(1)〜(4)の何れか1項に記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【0026】
(6)前記(1)〜(5)の何れか1項に記載の高Niフラックス入りワイヤを用い、かつシールドガスとして、CO2を5〜25%含有し、残部がArからなるシールドガスを用いて鋼板を隅肉溶接することを特徴とする耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接方法。
【0027】
(7)前記シールドガス中に、さらに、酸素を1〜4%含有することを特徴とする前記(7)記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、ワイヤ中にNiを5%以上含有し、溶接金属の高温割れ発生を防止しつつ、強度及び靭性を同時に向上することを可能とする、強度及び靭性並びに耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法を提供することができる。本発明のフラックス入りワイヤおよびこれを用いた隅肉溶接方法を、強度、靭性などの機械特性が要求される自動車用部品や、橋梁及び造船などの製造に適用することにより、これらの溶接構造物の信頼性を飛躍的に高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0030】
なお、以下の説明において、ワイヤ組成における質量%は単に%と記載する。
【0031】
上述したように、隅肉溶接時の溶接金属の高温割れは、溶接後に溶融状態の溶接金属が凝固するときに特に最終凝固部近傍でSなどの不純物の偏析することを原因として、発生することが知れている。不純物の偏析程度は、溶接金属の成分組成に影響され、一般にオーステナイトフォーマーであるNiを多く含む溶接金属では、凝固部でのS偏析が助長されるため、溶接金属の高温割れが発生しやすくなることが知られている。したがって、従来のNiを含有するオーステナイト系ステンレス鋼用の溶接材料では、溶接時の高温割れを防止するために、ワイヤ中のオーステナイトフォーマーであるNiの含有量と、フェライトフォーマーであるCr含有量を調整したワイヤが適用されてきた。
【0032】
しかし、Niと同様にCrを多量に含有した従来のワイヤでは、溶接時の高温割れは防止できるものの、Cr含有量の増加により溶接金属の靭性は低下する結果、目的とする継手の強度とともに靭性を十分に向上することは困難となる。
【0033】
そこで、本発明者らは、溶接金属の強度と靭性を同時に向上させるために有効なNiを5%以上含有し、靭性低下の原因となるCrを用いずに、溶接後の溶接金属の最終凝固部近傍への拡散性元素であるSの偏析を抑制するために有効なワイヤ成分として、Mn及びCaに着目し、溶接金属の耐高温割れ性を向上するためのワイヤの最適成分組成について検討した。
【0034】
一般に、MnおよびCaは鋼中でSと結合し、それぞれMnSおよびCaSなどの硫化物を形成するとともに、MnおよびCaは酸素とも結合しやすく、MnOやCaOを形成する脱酸成分としても知られている。
【0035】
一方、ガスシールドアーク溶接に用いられるフラックス入りワイヤでは、充填フラックスとして、SiO2、Al23、Na2O、K2Oなどが、フラックス造粒時に用いるバインダー(造粒剤)、スラグ形成材、アーク安定剤などの金属酸化物として多く含まれている。これらの金属酸化物は、溶接時にアーク中および溶接金属中の酸素供給源となるため、ワイヤ中に含有するMnやCaと結合し、溶接金属の高温割れの原因となる拡散性元素であるSをMnSおよびCaSなどの安定硫化物として無害化する作用を阻害する。
【0036】
本発明者は、これらの技術的課題を踏まえ、溶接金属の強度と靭性を同時に向上させるために有効なNiを5%以上含有し、靭性を阻害する原因となるCrを用いずに、目的とする溶接金属の耐高温割れ性を向上するために有効となるフラックス入りワイヤの成分組成について鋭意検討を行った。
【0037】
その結果、ワイヤ全体にMnとCaを適正範囲で複合添加するとともに、ワイヤの鋼製外皮内の充填フラックスに含有する酸化物(SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oのうちの1種又は2種以上)の合計量を適正に制限することにより、Mn及びCaの酸化を抑制しつつ溶接金属中の拡散性元素であるSをMnS及びCaSの硫化物として固定することにより、溶接後の溶接金属の最終凝固部近傍でのS不純物の偏析による高温割れ発生を防止することができることを見出した。また、これらのワイヤ全体に、さらに脱酸元素の中でもスラグ移行率の高いMgを含有させることにより、Mn及びCaの酸化を安定して抑制でき、上記Mn及びCaの作用を高め、より安定して高温割れ発生を防止できることを確認した。また、Caは、充填フラックスに、CaF2とCaOのいずれかまたは両方を含有させ、かつこれらのCa換算量を所定値以下に制限することにより、溶接金属の耐高温割れ性の向上とともに、溶接時のアーク安定性を向上し、スパッタ量を抑制し、良好な溶接作業性を維持することができることを確認した。
【0038】
本発明は、以上の知見に基づいてなされ、即ち、本発明の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤは、鋼製外皮内に充填フラックスが充填されたものであり、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.05〜0.8%、Ni:5.0〜12.0%及びMn:1.0〜3.5%を含有し、かつCaを、Ca含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係が、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5〜3.7%となるように含有すると共に、P:0.02%以下及びS:0.01%以下に制限している。また、鋼製外皮内に充填する充填フラックス中には、ワイヤ全質量に対する質量%で、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oのうちの1種又は2種以上を、これらの合計量が0.05〜1.0%となるように含有している。更に、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、Mg:0.01〜0.2%を含有し、または、この充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、CaF2とCaOのいずれかまたは両方を、これらのCa換算量が1.0%以下となるように含有するのが好ましい。
【0039】
なお、本発明のフラックス入りワイヤの鋼製外皮における残部、及び充填フラックス中に含まれる金属又は合金成分における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0040】
このように、本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮に充填フラックスを充填してなるものであるが、所要の特性を有する溶接金属を得るための基本成分であるC、Si、Ni、Mn、P及びS、並びに、後述する選択成分であるCu、Cr、および、Moのうちの1種または2種以上、さらには、Ti、V、および、Nbうちの1種または2種以上は、鋼製外皮及び充填フラックスのいずれか一方に含有していても、又は両方に含有していてもよい。一方、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oのうちの1種又は2種以上、さらに、CaF2及びCaOの1種又は2種は、充填フラックスに含有する。
【0041】
また、本発明において規定しているワイヤ全質量に対する各成分の含有量Mwは、下記数式(1)により求められる。なお、下記数式(1)におけるMcは鋼製外皮中の含有量(質量%)、Mfは充填フラックス中の含有量(質量%)、Rはワイヤ全質量に対する充填フラックス全質量の割合(質量%)を夫々示す。
【0042】
【数1】

【0043】
以下、本発明のフラックス入りワイヤにおける成分組成の限定理由について説明する。
【0044】
C:0.01〜0.15%
Cは、ワイヤ製造の観点からワイヤ線引き中の断線が生じないだけの鋼製外皮の強度を確保し、また、溶接継手強度を確保するために欠かせない元素であり、主として鋼製外皮、必要に応じて充填フラックスに0.01%以上含有する必要がある。Cを充填フラックス中に含有する場合は、例えば、鉄粉中のC、グラファイトやSiCなどの形態で含有させることができる。充填フラックス中のCも、溶接時の溶融プールに溶融すると、鋼製外皮中のCと同じ働きをする。
【0045】
一方、ワイヤ全体のC含有量が0.15%を上回る場合は、本発明が対象とするNi含有量が5.0〜12.0%のワイヤでは、CはNiとともに溶接金属凝固部でのS偏析を助長し、また、低融点物質を形成し、溶接金属の高温割れ発生の原因となるため好ましくない。これの理由から、ワイヤ全体のC含有量の上限値を0.15%とした。
なお、溶接金属の過剰な硬化を防止し、溶接金属の靭性を向上するためには、ワイヤ全体のC含有量の上限を好ましくは0.10%とすることが望ましい。
【0046】
Si:0.05〜0.8%
Siは、脱酸元素及び溶滴の表面張力を抑える作用を有する元素である。Siのこれらの効果を十分に得るためにはワイヤ全体のSi含有量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si含有量が過剰に高くなる場合は、特に継手の靭性が劣化するためワイヤ全体のSi含有量の上限を0.8%とした。
【0047】
Ni:5.0〜12.0%
Niは、溶接金属の強度と靭性を共に向上させるために有効な元素である。また、Niは溶接金属の相変態温度を低下させ、溶接金属のベイナイト相やマルテンサイト相などの低温側での相変態温度を低下させ、相変態時の体積膨張を利用して溶接止端部に圧縮残留応力を発生させ、溶接継手の疲労強度を向上させるために有効な元素である。さらに、Niは溶接金属の耐食性を向上させる作用効果を有する。本発明ワイヤでは、これらのNiによる効果を十分に得るためにワイヤ全体のNi含有量を5.0%以上とする必要がある。
【0048】
一方、Niはオーステナイトフォーマーであり、溶接金属中の拡散性Sの偏析を助長し、また、相変態温度を低下させる作用も原因して、溶接金属の高温割れ感受性を高める元素である。ワイヤ全体のNi含有量を12.0%を超える場合には、溶接金属の高温割れ感受性が急激に高まり、高温割れを防止することは困難となるため、本発明では、ワイヤ全体のNi含有量の上限を12.0%とした。
【0049】
Mn:1.0〜3.5%
Mnは、Caと同様に拡散性Sと結合しMnSなどの硫化物を形成することにより溶接金属中の拡散性Sを固定化し、無害化する働きがある。このMnの作用を利用し、溶接金属の凝固部への拡散性Sの偏析を防止し、高温割れ発生を防止するためには、ワイヤ全体のMn含有量を1.0%以上とする必要がある。
【0050】
一方、Mn含有量が3.5%を超えると、溶接金属の高温割れ防止効果はほぼ飽和するだけでなく、Mnはオーステナイト形成元素であるため、溶接金属中のオーステナイト組織が多くなることによって凝固部でのSの偏析が助長され、高温割れが発生しやすくなる。さらには、Mnの過度の増加により焼入性が増加して靭性劣化をもたらす原因となる。このため、ワイヤ全体のMn含有量の上限は3.5%とした。
【0051】
Ca、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5〜3.7%
Caは、Mnと同様に拡散性Sと結合しCaSなどの硫化物を形成することにより溶接金属中の拡散性Sを固定化し、無害化する働きがある。CaはMnとともにワイヤ中に含有させることにより、CaとMnの複合硫化物を形成し、溶接金属の凝固部への拡散性Sの偏析を防止し、高温割れ発生を防止する効果は高められる。本発明者らの検討の結果、ワイヤ中にMnとともにCaを、Ca含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係が、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5以上となるように含有する場合に、CaとMnの相互作用による溶接金属の高温割れ防止効果が十分に発揮されることを確認した。この理由から、本発明では、ワイヤ全体のCa含有量[Ca%]は、Mn含有量[Mn%]との関係で、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5以上となるように含有する。
一方、ワイヤ全体のCa含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係で、[Mn%]+1.4×[Ca%]が3.7%を上回るような、ワイヤ中のCa含有量が過剰に高い場合には、溶接金属の高温割れ防止効果はほぼ飽和し、後述する溶接時のアーク不安定性を招き、スパッタ発生量の増加やビードの蛇行など溶接作業性を悪化さるため、好ましくない。この理由から、本発明では、ワイヤ全体のCa含有量[Ca%]は、Mn含有量[Mn%]との関係で、[Mn%]+1.4×[Ca%]:3.7以下となるように含有する。
【0052】
CaF2およびCaO1種または2種のCa換算量:1.0%以下
本発明ワイヤでは、上記Caは、鋼製外皮および充填フラックスの何れかに含有させることができる。鋼製外皮中にCaを含有させる場合には、鋼製外皮用素材の製鋼工程でCaが添加されるが、Caは溶鋼中の酸素やSと結合し、CaOやCaSを形成し、溶鋼表面の浮上するため、鋼製外皮中にCaを含有するにはその含有量に限度がある。一方、鋼製外皮内の充填フラックス中にCaを、Ca化合物として含有させる場合は、上記のようなワイヤ製造上の問題がなく、ワイヤ全体のCa含有量を高めるために好ましい。Ca化合物としては、CaF2やCaOが好ましく、Ca(OH)2は溶接金属の水素脆化割れの原因となるため好ましくない。この理由から、本発明では、充填フラックスにCaF2とCaOのいずれかまたは両方を含有させる。また、充填フラックスにCaF2とCaOのいずれかまたは両方を含有する場合には、これらのCaに換算量が過度に増加すると、溶接時のアークが不安定化し、スパッタ発生量が多くなり、ビードの蛇行など溶接作業性を悪化させる原因となる。特にCaに換算量が1.0%を上回ると、溶接時のスパッタ発生量の増加が顕著となるため、充填フラックスにCaF2とCaOのいずれかまたは両方を含有する場合には、これらのCa換算量を1.0%以下とするのが好ましい。
【0053】
P:0.02%以下
Pは、不可避的不純物であり、Sに比べると溶接金属の高温割れ特性への影響は小さいが、Sと同様に溶接金属の凝固部に偏析し、高温割れの原因となる元素のため、可能な限り低減することが好ましい。本発明が対象とするNi含有量が5.0〜12.0%のワイヤでは、P含有量が0.02%を上回る場合は、溶接金属の高温割れが発生する危険が生じるためワイヤ全体のP含有量は0.02%以下に制限した。
【0054】
S:0.01%以下
Sは、不可避的不純物であり、溶接金属の凝固部に偏析し、高温割れを発生させる原因となる主要元素であるため、可能な限り低減することが好ましい。本発明が対象とするNi含有量が5.0〜12.0%のワイヤでは、溶接金属の高温割れ感受性が高まるため、ワイヤ中のS含有量を低減するだけでは、溶接金属の高温割れ発生を完全に防止することは困難であり、また、S含有量の過度の制限はワイヤ製造コストを増加させ、実用的観点からも好ましくない。
【0055】
本発明ワイヤでは、上述したようにMnおよびCaにより、溶接金属中の拡散性Sの一部はMnSおよびCaSなどの硫化物として固定化し、無害化できるが、S含有量が0.01%を上回る場合は、溶接金属の高温割れが発生する危険が生じるためワイヤ全体のS含有量は0.01%以下に制限した。
【0056】
SiO2、Al23、Na2O、K2Oの1種又は2種以上:0.05〜1.0%
本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮内に充填フラックスとして、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oの1種又は2種以上からなる金属酸化物を含有し、これらは、フラックス造粒時のバインダー(造粒剤)、ワイヤを線引き加工時の潤滑材、溶接時のスラグ形成材やアーク安定剤などとして機能するガスシールドアーク溶接による隅肉溶接に必要不可欠な成分である。SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oの1種又は2種以上の合計量が0.05%を下回る場合は、これらの金属酸化物によるフラックス造粒性、ワイヤ線引き加工性、溶接ビードおよびアーク安定性を良好に維持することが困難となるため、これらの合計量を0.05%以上とした。
【0057】
一方、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oの1種又は2種以上の合計量が1.0%を上回る場合には、上記効果は飽和するのみならず、Mn及びCaを酸化させ、溶接金属中の拡散性SをMnS及びCaSなどの硫化物として固定化し、無害化する作用効果を妨げる原因となる。また、金属酸化物の過剰な添加は、溶接時のスラグ発生量を増加させ、溶接金属表面のスラグを除去処理する必要が生じ、溶接施工性の観点からも好ましくない。これらの理由から、SiO2、Al23、Na2O、および、K2Oの1種又は2種以上の合計量の上限を1.0%とした。
【0058】
Mg:0.01〜0.2%
Mgは、脱酸元素であるが、Mn、Ca、Si、Alなどの他の脱酸元素に比べてMgO酸化物のスラグ移行率は高く、溶接金属にとどまらず、その多くはスラグ中に移行するため、酸化物形成による継手靭性の低下は少ない。このため、継手靭性をさらに向上させるためには、ワイヤ中にMgを添加し、Mgにより溶接金属の平均酸素量をさらに低減させることが好ましい。これらのMgの作用により継手靭性を十分向上させるためには、ワイヤ全体のMg含有量を0.01%以上とする必要がある。
【0059】
一方、ワイヤ全体のMg含有量が0.2%を超える場合には、スラグ中のMgO量の増加により、スラグが硬化し、溶接後のスラグ剥離性が悪化するため、ワイヤ全体のMg含有量の上限は0.2%とした。
【0060】
Cu:0.05〜0.5%、Cr:0.05〜2.0%、及び、Mo:0.05〜1.0%
Cu、Cr、Moは何れも溶接金属の焼入性を高める作用を有する元素であり、継手強度をさらに高めるために、必要に応じてワイヤ中に添加しても良い。
【0061】
Cuは、Cu含有量が0.05%を下回る場合には、継手強度改善効果が見られないため、ワイヤ全体のCu含有量を0.05%以上とするのが好ましい。一方、Cu含有量が0.5%を超える場合には、溶接金属のCu割れが発生する危険が生じるため、ワイヤ全体のCu含有量の上限は0.5%とするのが好ましい。なお、Cuは、ワイヤ表面にめっきすることで、溶接時のワイヤ導電性を改善させる作用を有するため、継手強度向上の他に、ワイヤ導電性を改善するためにワイヤ中に添加することも可能である。
【0062】
Crは、Cr含有量が0.05%を下回る場合には、継手強度改善効果が見られないため、ワイヤ全体のCr含有量を0.05%以上とするのが好ましい。一方、Cr含有量が2.0%を超える場合には、溶接金属の焼入性の上昇による硬化が著しくなり、継手靭性が低下する問題が生じるため、ワイヤ全体のCr含有量の上限を2.0%とするのが好ましい。
【0063】
Moは、ワイヤ全体のMo含有量が0.05%を下回る場合には、継手強度改善効果が見られないため、ワイヤ全体のMo含有量を0.05%以上とするのが好ましい。一方、にMo含有量が1.0%を超える場合には、溶接金属の焼入性の上昇による硬化が著しくなり、継手靭性が低下する問題が生じるため、ワイヤ全体のMo含有量の上限を1.0%とするのが好ましい。
【0064】
継手強度をさらに高めるために、Cu、Cr及びMoのうちの1種又は2種以上をワイヤ中に含有する場合には、これらの合計量が3.0%を上回ると、溶接金属の硬化が著しくなり、継手靭性を低下させる原因となるため、上記各成分の含有量の範囲を満足すると共に、これらの合計量が3.0%以下となるように各含有量を調整することが好ましい。
【0065】
Ti:0.005〜0.2%、V:0.01〜0.5%、及び、Nb:0.005〜0.2%
Cu、Cr、Moは溶接金属の焼入性を高める作用を有する元素であり、継手強度をさらに高めるために、必要に応じてワイヤ中に添加しても良い。
【0066】
Ti、V、Nbは何れも、溶接金属中のCやNなどと結合し、炭窒化物を形成し、継手強度を向上させるために有効な析出元素であり、継手強度をさらに高めるために、必要に応じてワイヤ中に添加しても良い。
【0067】
Tiは、Ti含有量が0.005%を下回る場合には、炭化物の析出による継手強度向上効果が見られないため、ワイヤ全体のTi含有量を0.005%以上とするのが好ましい。一方、Ti含有量が0.2%を超える場合には、溶接金属の強度増加が著しく、継手靭性が低下する問題が生じるため、ワイヤ全体のTi含有量の上限を0.2%とするのが好ましい。なお、Tiは、アークを安定させる働きもあるため、継手強度向上の他に、溶接時のアーク安定性を向上するためにワイヤ中に添加することも可能である。
【0068】
Vは、V含有量が0.01%を下回る場合には、炭化物の析出による強度向上効果が見られないため、ワイヤ全体のV含有量を0.01%以上とするのが好ましい。一方、V含有量が0.5%を上回る場合には、強度増加が著しく、継手靭性が低下する問題が生じるため、ワイヤ全体のV含有量の上限を0.5%とするのが好ましい。
【0069】
Nbは、Nb含有量が0.005%を下回る場合には、炭化物の析出による強度向上効果が見られないため、ワイヤ全体のNb含有量を0.005%以上とするのが好ましい。一方、Nb含有量が0.2%を上回る場合には、強度増加が著しく、継手靭性が低下する問題が生じるため、ワイヤ全体のNb含有量の上限を0.2%とするのが好ましい。
【0070】
継手強度をさらに高めるために、Ti、V及びNbのうちの1種又は2種以上をワイヤ中に含有する場合には、これらの合計量が0.7%を上回ると、溶接金属の硬化が著しくなり、継手靭性を低下させる原因となるため、上記各成分の含有量の範囲を満足すると共に、これらの合計量が0.7%以下となるように各含有量を調整することが好ましい。
【0071】
以上説明した本発明のフラックス入りワイヤは、特にガスシールドアーク溶接による隅肉溶接時に顕著な問題となる溶接金属の高温割れを防止するために効果を発揮する。
【0072】
次に、本発明のフラックス入りワイヤを用いて隅肉溶接する場合の最良な実施形態について述べる。
【0073】
図1(a)に隅肉溶接継手の代表的な実施形態として、底板1に縦板2を取り付けた継手形状の隅肉溶接継手及び溶接金属3の凝固方向4(図中の白矢印)を示す。また、これと比較するために、図1(b)にはビードオンプレート溶接継手及び溶接金属の凝固方向4(図中の白矢印)を示す。
【0074】
図1(b)に示したビードオンプレート溶接の場合には、溶接後の溶融金属は鋼板5表面側から溶接ビード表面の方向に凝固が進行し、ビード表面7で最終凝固が完了するため、凝固の方向が交わらない。これに対して、図1(a)に示した隅肉溶接の場合には、溶接後の溶融金属は底板1及び縦板2のそれぞれの表面側から中央方向に凝固が進行し、これら2方向からの凝固が交わる溶接ビード中央部分6が、最終凝固部となる。このように2方向からの凝固がぶつかる溶接ビード中央部分6には、SやP等の不可避的不純物の偏析が生じやすく、これが隅肉溶接における溶接金属の高温割れ発生の主な原因となっている。
【0075】
また、溶接金属の高温割れ感受性は、オーステナイト組織の場合に高くなるため、オーステナイトフォーマーであるNiの含有量が高い溶接金属の場合には、溶接金属中のSやP等の不可避的不純物が少ない場合でも高温割れが発生しやすくなる。
【0076】
本発明では、通常のガスシールドアーク溶接による隅肉溶接において、上記の本発明の規定範囲を満足する成分組成のフラックス入りワイヤを用いることにより、溶接金属の高温割れを防止することが可能となるが、本発明の効果を安定して発揮させるためには、溶接時のガスシールド条件を適正化することが好ましい。
【0077】
以下に溶接時のシールドガスの好ましい条件について説明する。
【0078】
通常のガスシールド溶接においては、シールドガスとして、100vol%CO2ガス、または、ArとCO2の混合ガスが用いられるが、シールドガス中のCO2は酸素源となるため、本発明ワイヤ中のMn及びCaを酸化させ、硫化物形成による拡散性Sの無害化作用を阻害する原因となる。
【0079】
このシールドガス中のCO2濃度が25vol%を超える場合には、溶接時にCO2の熱分解により生成したOが、ワイヤ中のMn及びCaと結合し、MnO及びCaOなどの酸化物を形成するため、Mn及びCaの硫化物形成による溶接金属中の拡散性Sの無害化作用が阻害される。この結果、本発明ワイヤによる溶接金属の高温割れ発生防止効果が十分に発揮できなくなる。また、シールドガス中のCO2含有量が過度に多くなると溶接時のスパッタ発生量が増加し、溶接作業性を低下する原因となり好ましくない。これらの理由から、隅肉溶接する際に使用するArとCO2の混合ガスからなるシールドガス中のCO2濃度は25vol%以下に制限するのが好ましい。
【0080】
一方、ArとCO2の混合ガスからなるシールドガス中のCO2濃度が3vol%未満の場合には、溶接アークの安定性が低下するため、シールドガス中のCO2濃度の下限は、3%とするのが好ましい。
【0081】
また、ArガスやCO2中に不純物として含有するO2も同様にMn及びCaの硫化物形成による溶接金属中の拡散性Sの無害化作用を阻害するため、溶接金属の高温割れ防止効果を発揮させるためにO2ガスを低減することが好ましい。シールドガス中のO2濃度が4%を上回る場合は、MnとCaの酸化が進み、Mn及びCaの硫化物形成による溶接金属中の拡散性Sの無害化作用が阻害され、高温割れ発生防止効果が十分に得られなくなるため、シールドガス中のO2濃度の上限は4%とするのが好ましい。一方、シールドガス中のO2濃度を1vol%未満に低減する場合には、ArガスやCO2中のO2を除去するためのガス精製コストが増加し、シールドガスが高価となるため、シールドガス中のO2濃度の下限は1vol%とする。
【実施例】
【0082】
以下に、本発明の実施例について説明する。
【0083】
表2及び表5に示されたフラックス入りワイヤを用いて、図2に示す底板1と縦板2からなる隅肉溶接継手8を作製した。
【0084】
表2に示されたワイヤ記号101〜107のフラックス入りワイヤは、本発明で規定する成分組成を満足する発明例に相当するワイヤであり、ワイヤ記号151〜155は本発明で規定する成分組成を満足する比較例に相当するワイヤである。表2に示されたワイヤ記号151、152は、[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より低く外れた比較例であり、ワイヤ記号153、154、155は[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より高く外れた比較例である。
【0085】
また、表2に示したワイヤを作成するときに用いた鋼製外皮の成分組成を表1に示す。
【0086】
なお、表1及び表2にそれぞれ示した鋼製外皮及びフラックス入りワイヤの成分組成はいずれも、ワイヤ全質量に対する各成分の質量%を示す。表2に示したフラックス入りワイヤの成分組成は、フラックス及び鋼製外皮の何れかまたは両方に含有する各成分の含有量の合計値をワイヤ全質量に対する各成分の質量%で示したものである。フラックス入りワイヤの成分がフラックスのみ、鋼製外皮のみ、または、フラックスと鋼製外皮の両方の何れの場合の成分によるものかを注釈1)〜3)で示した。表2中のフラックスと鋼製外皮の両方に含有する金属または合金の成分は、表1に記載の鋼製外皮の成分含有量に対して、その不足分をフラックスから添加したものである。
【0087】
なお、金属または合金として添加する各成分は、ワイヤ全体での各成分含有量がワイヤ全質量に対する質量%で所定範囲内にあれば、フラックスのみ、鋼製外皮のみ、または、フラックスと鋼製外皮の両方の何れから各成分を添加してもその効果は変わらない。
【0088】
また、表5に示されたワイヤ記号201〜207のフラックス入りワイヤは、本発明で規定する成分組成を満足する発明例に相当するワイヤであり、ワイヤ記号251〜254は本発明で規定する成分組成を満足する比較例に相当するワイヤである。表5に示されたワイヤ記号251、252は、ワイヤ中にCaは含有されず、[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より低く外れた比較例であり、ワイヤ記号253は、ワイヤ中に含有するCaF2及びCaOの合計量のCa換算値が高く外れ、[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より高く外れた比較例である。ワイヤ254は、ワイヤ中のCaが含有されず、Mnが過大であり、[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より高く外れた比較例である。
【0089】
なお、表4及び表5にそれぞれ示した鋼製外皮及びフラックス入りワイヤの成分組成はいずれも、ワイヤ全質量に対する各成分の質量%を示す。表5に示したフラックス入りワイヤの成分組成は、フラックス及び鋼製外皮の何れかまたは両方に含有する各成分の含有量の合計値をワイヤ全質量に対する各成分の質量%で示したものである。フラックス入りワイヤの成分がフラックスのみ、鋼製外皮のみ、または、フラックスと鋼製外皮の両方の何れの場合の成分によるものかを注釈1)〜3)で示した。表5中のフラックスと鋼製外皮の両方に含有する金属または合金の成分は、表4に記載の鋼製外皮の成分含有量に対して、その不足分をフラックスから添加したものである。
【0090】
なお、表2に示された発明例に相当するワイヤは、本発明におけるワイヤのMn含有量が2.0%以上の条件で、表5に示された発明例に相当するワイヤは、本発明におけるワイヤのMn含有量が2.0%以下の条件で、それぞれCaの含有により[Mn%]+1.4[Ca%]を本発明の規定範囲内に調整したワイヤである。なお、Mnを2.0%で区別する理由は特になく、便宜的なものである。
【0091】
隅肉溶接継手8の試験体は、幅W:200mmおよび長さL1:300mmの底板と、高さH:150mmおよび長さL2:300mm縦板とからなるT字形のすみ肉溶接継手であり、底板1の板厚T1と縦板2の板厚T2は何れも25mmである。
【0092】
隅肉溶接は、溶接電流:300A、溶接電圧:32V、溶接速度:25cm/minの溶接条件で、縦板2の片側を水平すみ肉溶接した後、縦板2の反対側を同様に水平すみ肉溶接した。隅肉溶接継手8の試験体は、溶接金属が冷却された後に、1つの試験体から10個の断面マクロを採取し、溶接金属の割れを観察し、高温割れ発生率を評価した。
【0093】
溶接金属の高温割れの評価は、10個の断面マクロの中で、溶接金属に割れが観察された断面マクロの個数の比率%を求めることで行った。
【0094】
隅肉溶接時のスパッタ発生量の評価は以下のように実施した。
【0095】
まず、あらかじめ質量を測定した鋼板を用い、溶接ビードを形成する範囲の以外の鋼板表面を別の金属板で覆ってビードオンプレート溶接する。なお、ビードオンプレート溶接の溶接条件は、上記隅肉溶接と同じ条件で行った。溶接後、鋼板表面を覆っていた金属板表面に付着しているスパッタを採取し、そのスパッタの質量を測定する。一方、ビードオンプレート溶接継手の質量を測定し、溶接前の鋼板の質量を差し引くことにより、溶着金属の質量を求める。ビードオンプレート溶接により形成された溶着金属の質量とスパッタの質量の合計質量に対するスパッタの質量の比率%をスパッタ損失割合とし、このスパッタ損失割合により隅肉溶接時のスパッタ発生量を評価した。
【0096】
また、隅肉溶接時のビード形状の評価は、上記ビードオンプレート溶接をした溶接継手におけるビード形状の概観検査により、行った。
【0097】
また、隅肉溶接継手8の試験体の中で、溶接金属に割れが発生しなかった試験体については、この試験体の溶接に用いられたワイヤを用いて溶着金属試験を実施し、溶接金属からシャルピー試験用試験片および丸棒引っ張り試験用試験片を採取した後、これらのシャルピー試験および丸棒引っ張り試験を行い、−5℃における吸収エネルギーおよび室温における引張り強度を測定した。なお、シャルピー試験は、3回繰り返し、これらの−5℃における吸収エネルギーの測定値の平均値を求めて評価した。なお、試験体作製方法および試験方法は、JIS Z3111に従った。
【0098】
表3及び表6に、各フラックス入りワイヤを用いて隅肉溶接した場合の溶接金属の割れ発生率(%)、スパッタ損失割合(%)、ビード形状、溶接金属の−5℃における吸収エネルギーおよび室温における引張り強度の結果を示す。なお、表3及び表6には隅肉溶接時に用いたシールドガス中の成分組成も示す。
【0099】
本発明で規定する成分組成を満足する表2及び表5に示されたワイヤ記号101〜107及びワイヤ記号201〜207のフラックス入りワイヤを用いて隅肉溶接した継手記号A1〜A9及び継手記号B1〜B9の本発明例では、溶接金属の高温割れは観察されず、スパッタ損失割合は1〜9%と低く、ビード形状も良好であり、溶接金属の−5℃における吸収エネルギーは55J以上と高く、溶接金属の室温における引張り強度は738MPa以上と高く、何れの評価結果も良好である。
【0100】
一方、本発明で規定する成分組成からは外れたワイヤ記号151〜155及び251〜254は、隅肉溶接時の溶接金属の割れ発生率(%)、スパッタ損失割合(%)、ビード形状、溶接金属の−5℃における吸収エネルギーおよび室温における引張り強度の何れかが悪化し、本願の目的とする結果を満足するものではなかった。
【0101】
継手記号A10、B10及びB11の比較例は、[Mn%]+1.4[Ca%]が本発明の規定範囲より低く外れた表2及び表5に示されたワイヤ記号151、251及び252のワイヤを用いて隅肉溶接したため、Mn及びCaにより溶接金属中の拡散性Sを硫化物として固定化し、無害化する効果が十分に得られず、溶接金属の高温割れ発生率が40〜50%と高かった。
【0102】
継手記号A11の比較例は、Cr含有量が9.5%と本発明の規定範囲より高く外れた表2に示されたワイヤ記号152のワイヤを用いて隅肉溶接したため、−5℃シャルピー吸収エネルギー(VE−5)は16Jと最も低い結果であった。なお、ワイヤ記号152のワイヤは、従来のオーステナイトフォーマーであるNiと共に、フェライトフォーマーであるCrを同等量溶接ワイヤ中に含有することにより溶接金属の高温割れ感受性を低下させた従来溶接ワイヤ(前述の特許文献1、参照)に相当するため、ワイヤの[Mn%]+1.4[Ca%]は本発明の規定範囲より低く外れているものの、溶接金属割れは発生していない。
【0103】
継手記号A12、A14の比較例は、ワイヤ中のMn含有量が本発明の規定範囲より高く外れ、[Mn%]+1.4[Ca%]も高く外れた表2に示されたワイヤ記号153、155のワイヤを用いて隅肉溶接したため、溶接金属の凝固組織でのSの偏析を過度に促進させたため高温割れが発生した。
【0104】
継手記号B14も継手記号A12と同様に、表5に示されたワイヤ記号254のワイヤを用いて隅肉溶接をしたため、Mn過多による溶接金属の凝固組織でのSの偏析促進から、高温割れが防止できなかったものである。
【0105】
継手記号A13、B12及びB13の比較例は、ワイヤ中に含有したCaF2のCa換算値が本発明の規定範囲より高く外れ、ワイヤの[Mn%]+1.4[Ca%]が高く外れた表2及び表5に示されたワイヤ記号154及び253のワイヤを用いて隅肉溶接したため、アークが不安定となり、スパッタ損出割合が18〜21%と急激に増加し、ビードが蛇行したためビード形状が不良であった。
【0106】
【表1】

【0107】
【表2】

【0108】
【表3】

【0109】
【表4】

【0110】
【表5】

【0111】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】溶接継手形状と凝固方向を示す概念図であり、(a)は隅肉溶接継手、(b)はビードオンプレート溶接継手の場合を示す。また、図中の矢印は、凝固方向を示す。
【図2】実施例に用いたすみ肉溶接継手試験体の形状と寸法を示す概念図である。
【符号の説明】
【0113】
1 底板
2 縦板
3 溶接金属
4 凝固方向
5 鋼板
6 ビード中央部
7 ビード表面
8 隅肉溶接継手
L1 底板の長さ
L2 縦底の長さ
W 底板の幅
H 縦底の高さ
B 溶接ビード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮内に充填フラックスを充填してなるフラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
C:0.01〜0.15%、
Si:0.05〜0.8%、
Ni:5.0〜12.0%、
Mn:1.0〜3.5%
を含有し、かつ
Caを、Ca含有量[Ca%]とMn含有量[Mn%]との関係が、[Mn%]+1.4×[Ca%]:1.5〜3.7%となるように含有すると共に、
P:0.02%以下、
S:0.01%以下
に制限し、
さらに、前記充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、SiO、Al、NaO、および、KOのうちの1種又は2種以上を、これらの合計量が0.05〜1.0%となるように含有することを特徴とする耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【請求項2】
さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Mg:0.01〜0.2%を含有することを特徴とする請求項1記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
さらに、前記充填フラックスに、ワイヤ全質量に対する質量%で、CaFとCaOのいずれかまたは両方を、これらのCa換算量が1.0%以下となるように含有することを特徴とする請求項1または2記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Cu:0.05〜0.5%、
Cr:0.05〜2.0%、および、
Mo:0.05〜1.0%のうちの1種または2種以上を、これらの合計量が3.0%以下となるように含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
さらに、ワイヤ全体で、金属または合金として、ワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti:0.005〜0.2%、
V:0.01〜0.5%、および、
Nb:0.005〜0.2%
のうちの1種または2種以上を、これらの合計量が0.7%以下となるように含有することを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接用高Niフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記請求項1〜5の何れか1項に記載の高Niフラックス入りワイヤを用い、かつシールドガスとして、COを5〜25%含有し、残部がArからなるシールドガスを用いて鋼板を隅肉溶接することを特徴とする耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接方法。
【請求項7】
前記シールドガス中に、さらに、酸素を1〜4%含有することを特徴とする請求項6記載の耐高温割れ特性に優れた隅肉溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−168312(P2008−168312A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−2338(P2007−2338)
【出願日】平成19年1月10日(2007.1.10)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】