説明

能動型振動騒音抑制装置

【課題】トルク変動量のような測定ばらつきの影響を受けることのない物理量を用いて、適応制御における制御信号の絶対値の上限値を適切に変更することができる能動型振動騒音抑制装置を提供する。
【解決手段】燃料消費量取得部120にて、エンジン10による発生振動または発生騒音の周期よりも長い単位時間を取得周期として燃料消費量を取得する。上限値切替部130にて、燃料消費量とエンジン10による発生振動または騒音の周波数とに基づいて、制御信号の絶対値を制限するための上限値を切り替える。制御信号生成部140は、上限値切替部130により切り替えられた上限値を上限として制限された制御信号を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、適応制御を用いて、能動的に振動や騒音を抑制することができる能動型振動騒音抑制装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、適応制御を用いて能動的に防振する装置として、特開2001−051703号公報(特許文献1)に記載されたものがある。特許文献1においては、適応フィルタの更新に際して、適応信号出力から評価点までの伝達関数の推定値を用いている。この伝達関数は、振幅と位相により表している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−051703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、推定伝達関数の位相と実際の伝達関数の位相とにずれが生じた場合には、振動や騒音が収束せずに発散するおそれがある。そして、伝達関数の振幅および位相は、外乱や経年変化によって変化するおそれがある。そのため、位相のずれが生じたとしても、振動や騒音が発散しないようにするために、制御信号の絶対値の上限値を設定して、制御信号の絶対値が当該上限値を超えないようにすることが考えられる。
【0005】
また、振動または騒音の発生源としてのエンジンによる発生振動または発生騒音の大きさは、エンジンのトルク変動によって変化する。つまり、エンジンの爆発直後におけるトルクと爆発直前のトルクとの変動量に応じて、車両に振動または騒音が発生することが知られている。ただし、エンジンのトルク変動量は、エンジンの回転数が一定であっても、例えば、エンジンの暖気前の状態と暖気後の状態とでは異なる。
【0006】
そこで、振動騒音抑制効果を確実に発揮させると共に制御の発散を抑制するために、エンジンのトルク変動量を用いて制御信号の絶対値の上限値を変更することが考えられる。しかし、エンジンのトルク変動量の測定は容易でないことに加えて、エンジンのトルクはエンジンの爆発前後に瞬間的に変化するため、エンジンのトルク変動量の測定ばらつきが生じやすいという問題がある。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、トルク変動量のような測定ばらつきの影響を受けることのない物理量を用いて、適応制御における制御信号の絶対値の上限値を適切に変更することができる能動型振動騒音抑制装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の能動型振動騒音抑制装置は、車両において、制御信号に応じた制御振動または制御音を出力して、評価点における振動または騒音を能動的に抑制する能動型振動騒音抑制装置であって、振動または騒音の発生源であるエンジンによる発生振動または発生騒音の周波数、適応フィルタ係数により構成される前記制御信号を生成する制御信号生成部と、前記評価点において、前記制御信号に応じて出力された制御振動または制御音と前記発生源による振動または騒音との干渉による残留信号を検出する残留信号検出部と、前記残留信号に基づき設定された評価関数を最小とするように前記適応フィルタ係数を更新する適応フィルタ係数更新部と、前記エンジンによる発生振動または発生騒音の周期よりも長い単位時間を取得周期として燃料消費量を取得する燃料消費量取得部と、前記燃料消費量取得部により取得した前記燃料消費量と前記エンジンによる発生振動または騒音の周波数とに基づいて、前記制御信号の絶対値を制限するための上限値を切り替える上限値切替部と、を備え、前記制御信号生成部は、前記上限値切替部により切り替えられた前記上限値を上限として制限された前記制御信号を生成する。
【0009】
本発明によれば、エンジンによる発生振動または発生騒音の大きさに相関の高い燃料消費量を用いて、制御信号の絶対値の上限値を変更している。燃料消費量は、エンジンのトルク変動量に比べると、ばらつきが小さい。そのため、燃料消費量を用いて制御信号の絶対値の上限値を変更することで、振動騒音抑制効果を確実に発揮させると共に経年変化や外乱などに起因した制御の発散を抑制することができる。なお、制御信号の絶対値が上限値を超える場合には、制御信号そのものを直接変更して上限値を超えないようにすることもできるし、制御信号を構成する振幅フィルタ係数を変更することにより制御信号を間接的に変更して上限値を超えないようにすることもできる。
【0010】
また、前記上限値切替部は、前記燃料消費量取得部により取得した前記燃料消費量が設定された閾値以下の場合には、前記上限値をゼロとするとよい。燃料消費量が閾値以下となる場合として、エンジンが停止しており燃料消費量がゼロである場合の他、燃料消費量を取得する信号経路に異常が発生した場合が考えられる。
【0011】
前者のエンジンが停止している場合であれば、振動騒音抑制対象となる振動または騒音が発生していない状態である。この場合に、制御信号の絶対値の上限値をゼロにすることで、能動型振動騒音抑制装置が振動または騒音の発生源となることを防止でき、評価点に発生する振動または騒音を抑制できる。一方、燃料消費量を取得する信号経路に異常が発生した場合に、制御信号の絶対値の上限値をゼロにすることで、フェールセーフとして機能させることができる。
【0012】
また、前記車両は、前記エンジンによる駆動力とモータによる駆動力とを備え、前記エンジンによる駆動力を停止している際に前記モータによる駆動力により走行可能な駆動力ハイブリッド車両としてもよい。
【0013】
ここで、駆動力をエンジンのみにより出力させる車両においては、エンジンによる発生振動または発生騒音の大きさは、アクセル開度に依存する。しかし、駆動力ハイブリッド車両においては、エンジンによる発生振動または発生騒音の大きさは、アクセル開度に依存するとは言えない。駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度は、エンジンによる駆動力とモータによる駆動力とを合計した駆動力に応じたものとなるからである。例えば、アクセル開度がゼロでない場合であっても、エンジンが駆動していない状態が存在する。そのため、駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度そのものを使用して、制御信号の絶対値の上限値を変更することはできない。そこで、駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度ではなく、燃料消費量を用いて制御信号の絶対値の上限値を切り替えることにより、確実にエンジンにより発生する振動または騒音を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】能動型振動騒音抑制装置の概要を示す機能ブロック図である。
【図2】能動型振動騒音抑制装置の配置図である。
【図3】エンジンの周波数とサスペンションメンバの振動の関係を示す図である。
【図4】エンジンの周波数と燃料消費量との関係を示す図である。
【図5】能動型振動騒音抑制装置の機能ブロック図である。
【図6】エンジンの周波数と信号上限値との関係を示す図である。
【図7】上限値切替部の処理を示すフローチャートである。
【図8】制御信号生成部の処理を示すフローチャートである。
【図9】変形態様における制御信号生成部の処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(1.能動型振動騒音抑制装置の概要)
自動車において、エンジン(内燃機関)10が振動騒音発生源となり、エンジン10によって発生した振動や騒音が車室内に伝達されないようにすることが望まれる。そこで、エンジン10によって発生した振動や騒音(抑制対象振動等)を能動的に抑制するために、制御振動または制御音の発生装置によって制御振動等を発生させることとしている。
【0016】
能動型振動騒音抑制装置100の制御概念について図1を参照して説明する。能動型振動騒音抑制装置100は、車両のエンジン10が振動または騒音(以下、「抑制対象振動等」と称する)を発生する場合に、所望の位置(評価点)20において当該振動または騒音を能動的に抑制するために、制御振動または制御音(以下、「制御振動等」と称する)を発生させる装置である。つまり、抑制対象振動等に対して制御振動等を合成させることで、評価点20において、制御振動等が抑制対象振動等を打ち消すように作用する。その結果、評価点20において、抑制対象振動等が抑制されることになる。
【0017】
能動型振動騒音抑制装置100は、適応最小平均自乗フィルタ(Filtered-X LMS)を用いた適応制御を適用してフィルタ係数(振幅フィルタ係数a(n),位相フィルタ係数φ(n))を算出し、当該フィルタ係数a(n),φ(n)を用いて生成された制御信号y(n)に応じた制御振動または制御音を出力して、評価点20における振動または騒音を能動的に抑制する装置である。
【0018】
上記の構成をブロック図として表すと、図1のようになる。つまり、評価点20において、エンジン10が発生した振動または騒音は、第二伝達関数Hを介して、X=A・sin(ω・t+Φ)の振動または騒音が伝達される。ここで、Aは、第二伝達関数Hの振幅成分であり、Φは、第二伝達関数Hの位相成分である。また、ωはエンジン10により発生される振動または騒音の角周波数であり、tは時刻である。
【0019】
一方、評価点20において、能動型振動騒音抑制装置100の制御信号生成部140が生成する制御信号yは、第一伝達関数Gを介して、Zの制御振動または制御音が伝達される。ここで、制御信号生成部140により生成される制御信号yは、y=a・sin(ω・t+φ)であり、振幅フィルタ係数aおよび位相フィルタ係数φ、ならびに、エンジン10により発生される振動または騒音の周波数fにより表される。また、第一伝達関数Gの振幅成分をA、第一伝達関数Gの位相成分をΦと表すと、評価点20における制御振動または制御音Zは、Z=A・a・sin(ω・t+φ+Φ)となる。
【0020】
そして、評価点20における振動または音は、エンジン10が発生した振動または騒音が第二伝達関数Hを介して伝達されたXと、制御信号yに応じた制御振動または制御音が第一伝達関数Gを介して伝達されたZとが合成された振動または音(X+Z)となる。
【0021】
ここで、適応制御を用いて制御信号yを生成する際には、第一伝達関数Gの推定値を用いる。そのため、第一伝達関数Gの推定値Gh(Gハット)(以下、「第一推定伝達関数Gh」と称する)の位相Φhが実際の第一伝達関数Gの位相Φに対して大きくずれた場合には、制御が発散してしまうおそれがある。そこで、制御信号y(n)の絶対値の上限値を規定しておき、制御信号生成部130においては、制御信号y(n)の絶対値が信号上限値ymax以下となるように制限をかけている。
【0022】
この信号上限値ymaxは、エンジン10が発生する振動または騒音の大きさに応じたものとすることが望まれる。そこで、信号上限値ymaxは、車両の状態に応じて切り替えを行っている。
【0023】
ここで、本実施形態において、エンジンによる駆動力とモータによる駆動力を備えるハイブリッド車両に適用する。特に、ハイブリッド車両において、エンジン10が発生する振動または騒音は、エンジン10の周波数fおよびエンジン10の暖気状態に応じて異なる。エンジン10の周波数fは、例えば、エンジン10の回転パルスを用いて算出することができる。また、エンジン10の暖気状態としては、エンジン10の暖気前の状態と暖気後の状態とに区分できる。このエンジン10の暖気状態の判定について、本実施形態においては、設定された周期における燃料消費量FCを用いて行う。つまり、信号上限値ymaxは、エンジン10の周波数fと燃料消費量FCとに基づいて切り替えを行う。
【0024】
(2.能動型振動騒音抑制装置100の自動車における配置)
図2を参照して、ハイブリッド車両において、能動型振動騒音抑制装置100の配置について説明する。図2には、車両の後部のサスペンション装置について示している。図2に示すように、ディファレンシャル310からドライブシャフト320を介してリアアクスル330に連結されている。つまり、エンジン10(図2には図示せず)の駆動力またはモータ(図示せず)の駆動力がディファレンシャル310およびドライブシャフト320を介してリアアクスル330に伝達される。
【0025】
ディファレンシャル310は、サスペンションメンバ340にマウントを介して支持されている。また、サスペンションメンバ340は、マウントを介して車両ボディ(図示せず)に支持されている。また、リアアクスル330は、サスペンションメンバ340にロッド350を介して弾性支持されており、かつ、ショックアブソーバ360およびスプリング370を介して車両ボディに支持されている。
【0026】
そして、能動型振動騒音抑制装置100における制御振動または制御音を実際に発生させる発生装置を、サスペンションメンバ340の車両左右方向中央(図2における「A」の部位)に配置する。また、評価点20は、サスペンションメンバ340の図2の「A」の位置とする。
【0027】
なお、本実施形態においては、能動型振動騒音抑制装置100の発生装置の位置および評価点20をリアのサスペンションメンバ340としたがこれに限定されるものではない。評価点20は、目的に応じて適宜変更可能となる。例えば、能動型振動騒音抑制装置100の発生装置の位置および評価点20をフロントのサスペンションメンバ(エンジンフレーム)、車室内などとすることもできる。また、能動型振動騒音抑制装置100の発生装置と評価点20とをそれぞれ別々の位置に設定することもできる。
【0028】
(3.燃料消費量と評価点の振動騒音の大きさとの関係)
上記において、ハイブリッド車両において、エンジン10の暖気前の状態と暖気後の状態とに応じて、評価点20における振動または騒音の大きさが異なると説明した。また、エンジン10の暖気状態の判定について、設定された周期における燃料消費量FCを用いることとする。そこで、エンジン10の暖気前後において、エンジン10の燃料消費量と評価点20の振動の大きさとの関係について図3および図4を参照して説明する。
【0029】
図3および図4において、エンジン10の暖気前の状態を実線にて示し、エンジン10の暖気後の状態を破線にて示す。図3より、評価点20における振動は、エンジン10の周波数fによって異なると共に、暖気前後によって異なることが分かる。そして、暖気前の状態の方が、暖気後の状態に比べて、振動が大きくなっていることが分かる。
【0030】
一方、図4より、評価点20における燃料消費量FCは、エンジン10の周波数fによって異なると共に、暖気前後によって異なることが分かる。そして、暖気前の状態の方が、暖気後の状態に比べて、燃料消費量FCが多くなっていることが分かる。つまり、図4より、エンジン10の周波数fと燃料消費量FCとを用いることにより、エンジン10が暖気前の状態であるか、暖気後の状態であるかを判定することができる。そして、現在の状態が暖気前の状態であるか暖気後の状態であるかを把握することで、エンジン10により評価点20に伝達される振動の大きさを把握することができる。
【0031】
(4.能動型振動騒音抑制装置の詳細構成)
能動型振動騒音抑制装置100の詳細構成について、図5を参照して説明する。能動型振動騒音抑制装置100は、上述したように、適応最小平均自乗フィルタ(Filtered-X LMS)を用いた適応制御を適用する。そして、図5に示すように、能動型振動騒音抑制装置100は、エンジン10によって発生される抑制対象振動等が第二伝達関数Hを介して評価点20に伝達する場合に、評価点20における振動または騒音を低減するための装置である。
【0032】
能動型振動騒音抑制装置100は、周波数算出部110と、燃料消費量取得部120と、上限値切替部130と、制御信号生成部140と、発生装置150と、残留信号検出部160と、第一推定伝達関数記憶部(以下、「Ghデータ記憶部」と称する)170と、第一推定伝達関数選択部(以下、「Ghデータ選択部」と称する)180と、適応フィルタ係数更新部190とを備えている。なお、記載の都合上、明細書の本文において、推定値「ハット(^)」は、「h」と記載する。
【0033】
周波数算出部110は、エンジン10の回転数を検出する回転検出器(図示せず)から周期性のパルス信号を入力し、当該パルス信号に基づいて、エンジン10が発生する振動または騒音(抑制対象振動等)の主成分の周波数fを算出する。
【0034】
燃料消費量取得部120は、エンジン10による発生振動または発生騒音の周期よりも長い単位時間を取得周期として燃料消費量FCを取得する。例えば、エンジン10による発生振動等の周期が0〜100msecなどとすると、燃料消費量FCの取得周期は500〜1000msecなどとする。この燃料消費量FCは、エンジン制御装置から取得することができる。
【0035】
上限値切替部130は、燃料消費量取得部120により取得した燃料消費量FCとエンジン10による発生振動または騒音の周波数fとに基づいて、制御信号y(n)の絶対値を制限するための上限値ymaxを切り替える。この上限値切替部130は、図4に示すエンジン10の周波数fと燃料消費量FCとの関係のテーブルと、図6に示すエンジン10の周波数fと信号上限値ymaxとの関係のテーブルとを記憶している。これらのテーブルは、予め実験などにより取得しておく。
【0036】
この上限値切替部130による処理について、図4、図6および図7を参照して説明する。図7に示すように、上限値切替部130の処理は、燃料消費量FCが予め設定された閾値Thfcより大きいか否かを判定する(ステップS1)。この閾値Thfcは、ノイズを考慮して、実質的にゼロに近い値とする。つまり、燃料消費量FCが閾値Thfc以下となる場合とは、エンジン10が停止しており燃料消費量FCがゼロの場合の他、燃料消費量FCを取得する信号経路に異常が発生した場合を想定している。
【0037】
そこで、燃料消費量FCが予め設定された閾値Thfc以下の場合には(ステップS1:No)、信号上限値ymaxをゼロに設定し(ステップS4)、処理を終了する。エンジン10が停止している場合であれば、そもそも振動騒音抑制対象となる振動または騒音が発生していない状態である。この場合に、制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxをゼロにすることで、能動型振動騒音抑制装置100が振動または騒音の発生源となることを防止でき、評価点20に発生する振動または騒音を抑制できる。一方、燃料消費量FCを取得する信号経路に異常が発生した場合に、制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxをゼロにすることで、フェールセーフとして機能させることができる。
【0038】
一方、ステップS1において、燃料消費量FCが予め設定された閾値Thfcより大きい場合には(ステップS1:Yes)、燃料消費量FCとエンジン10の周波数fとに基づいて、暖気前後のテーブルのうち適用すべきテーブル種別を判定する(ステップS2)。
【0039】
テーブル種別の判定方法について、図4を参照して説明する。取得した燃料消費量FCがFC1であって、エンジン10の周波数fがf1の場合には、図4において、それらの交点は点B1となる。この点B1は、図4の実線にて示すエンジン10の暖気前の状態に対応する。測定精度によっては当該交点が図4の実線および破線からずれる場合があるが、このような場合には実線と破線のうち近い方を選択するとよい。
【0040】
このようにしてテーブル種別を判定した後には、テーブル種別とエンジン10の周波数fとに基づいて信号上限値ymaxを決定する(ステップS3)。信号上限値ymaxの決定方法について、図6を参照して説明する。テーブル種別として暖気前の状態が選択されたとすると、図6において実線にて示す暖気前の状態のテーブルのうちエンジン10の周波数f1における値y1maxを信号上限値ymaxとする。このようにして、信号上限値ymaxを決定する。そして、上限値切替部130の処理を終了する。
【0041】
図5に戻り、能動型振動騒音抑制装置100の詳細構成についての説明を続ける。制御信号生成部140は、制御信号y(n)を生成する。ただし、制御信号y(n)の絶対値は、上限値切替部130により決定された信号上限値ymaxを超えないように制限がかけられている。
【0042】
この制御信号生成部140の処理について、図8を参照して説明する。制御信号生成部140は、周波数算出部110にて算出された周波数fに基づいて、式(1)に従って得られる正弦波としての制御信号y(n)を適応制御によって生成する(ステップS11)。ここで、添字の(n)は、サンプリング数(時間ステップ)を表す添字である。つまり、式(1)より明らかなように、制御信号y(n)は、周波数fと、適応フィルタ係数W(n)としての振幅フィルタ係数a(n)および位相フィルタ係数φ(n)とを構成成分に含む、時刻t(n)における信号である。そして、振幅フィルタ係数a(n)および位相フィルタ係数φ(n)は、後述する適応フィルタ係数更新部190により適応的に更新される。
【0043】
【数1】

【0044】
続いて、生成された制御信号y(n)の絶対値が上限値切替部130により決定された信号上限値ymax以下であるかを判定する(ステップS12)。制御信号y(n)の絶対値が信号上限値ymax以下である場合には、ステップS11にて生成した制御信号y(n)をそのまま制御信号y(n)として出力する(ステップS13)。一方、制御信号y(n)の絶対値が信号上限値ymaxより大きく、制御信号y(n)が正の場合には(ステップS14:Yes)、制御信号y(n)を信号上限値ymaxに変更する(ステップS15)。制御信号y(n)の絶対値が信号上限値ymaxより大きく、制御信号y(n)が負の場合には(ステップS14:No)、制御信号y(n)を信号上限値ymaxの正負反転させた値に変更する(ステップS16)。
【0045】
つまり、図7のステップS1において燃料消費量FCが閾値Thfcより大きい場合には、周波数fと燃料消費量FCとから決定された信号上限値ymaxによって、制御信号y(n)が制限されている。一方、図7のステップS1において燃料消費量FCが閾値Thfc以下の場合には、制御信号y(n)は、常にゼロとなる。
【0046】
再び図5に戻り、能動型振動騒音抑制装置100の詳細構成についての説明を続ける。発生装置150は、実際に振動や音を発生する装置である。この発生装置150は、制御信号生成部140によって生成された制御信号y(n)に基づいて駆動する。例えば、制御振動を発生させる発生装置150としては、例えば、駆動系につながるフレームやサスペンションメンバなどのサブフレームに配置される振動発生装置である。また、制御音を発生させる発生装置150としては、例えば、スピーカー等である。発生装置150が例えば磁力を用いて制御振動や制御音を発生させる装置の場合には、コイル(図示せず)に供給する電流、電圧または電力を、各時刻t(n)における制御信号y(n)に応じるように制御することで、発生装置150が制御信号y(n)に応じた制御振動または制御音を発生する。
【0047】
そうすると、評価点20においては、発生装置150によって発生された制御振動等が伝達系Bを介して伝達された制御振動等Z(n)と、エンジン10によって発生された抑制対象振動等が第二伝達関数Hを介して伝達された振動騒音X(n)とが合成される。
【0048】
そこで、残留信号検出部160は、評価点20に配置されており、評価点20における残留振動または残留騒音(本発明における「残留信号」に相当する)e(n)を検出する。この残留振動e(n)は、式(2)で表される。例えば、残留振動e(n)を検出する残留信号検出部160としては、加速度センサなどを適用できる。また、残留音e(n)を検出する残留信号検出部160としては、吸音マイクなどを適用できる。残留信号検出部160によって検出される残留信号e(n)がゼロになることが理想状態である。なお、第一伝達関数Gは、制御信号生成部140と評価点20との間の伝達系の伝達関数である。つまり、第一伝達関数Gは、発生装置150そのものの伝達関数と、発生装置150と評価点20との間の伝達系Bの伝達関数とを含む。
【0049】
【数2】

【0050】
Ghデータ記憶部170は、公知の伝達関数同定処理により算出および更新された第一推定伝達関数Gh(第一伝達関数Gの推定値Gh)が記憶されている。第一伝達関数Gは、周波数fに応じた振幅成分Aと位相成分Φとにより表される。そこで、式(3)に示すように、第一推定伝達関数Ghとしては、周波数fに応じた振幅成分Ahと位相成分Φhとにより表される。なお、式(3)においては、第一推定伝達関数Gh、振幅成分Ahおよび位相成分Φhは、周波数fに応じたものとなるため、fの関数であることを明記するために、それぞれGh(f)、Ah(f)およびΦh(f)と記載している。
【0051】
【数3】

【0052】
Ghデータ選択部180は、Ghデータ記憶部170に記憶されている第一推定伝達関数Ghの中から、周波数算出部110にて算出された周波数fに応じた第一推定伝達関数Ghを選択する。つまり、Ghデータ選択部180は、周波数算出部110にて算出された周波数fに応じた振幅成分Ahおよび位相成分Φhを選択する。
【0053】
適応フィルタ係数更新部190は、上述した制御信号y(n)を構成するための適応フィルタ係数W(n)を適応的に更新する。適応フィルタ係数W(n)は、式(4)に示すように、振幅フィルタ係数a(n)と位相フィルタ係数φ(n)とにより構成される。
【0054】
【数4】

【0055】
この適応フィルタ係数更新部190は、残留信号e(n)に基づき設定された評価関数Jを最小とするように適応フィルタ係数Wを更新する。以下に、適応フィルタ係数更新部190において、適応フィルタ係数Wを更新する更新式の導き方について説明する。
【0056】
評価関数Jを式(5)のように定義する。つまり、評価関数Jは、残留信号検出部160により検出される残留信号eの二乗とする。この評価関数Jが最小となるような制御信号y(n)を求める。
【0057】
【数5】

【0058】
勾配ベクトル▽(n)を式(6)に従って算出する。勾配ベクトル▽(n)は、評価関数J(n)を適応フィルタ係数W(n)で偏微分して得られる。そうすると、勾配ベクトル▽(n)は、右辺のように表される。
【0059】
【数6】

【0060】
このようにして算出した勾配ベクトル▽(n)にステップサイズパラメータμを乗じた項を、前回更新された適応フィルタ係数W(n)から減算することにより、適応フィルタ係数W(n+1)を導き出す。このようにして、式を展開すると、式(7)のように表される。
【0061】
【数7】

【0062】
ここで、適応フィルタ係数W(n)は、式(4)にて示したように、振幅フィルタ係数a(n)と位相フィルタ係数φ(n)とにより構成される。つまり、振幅フィルタ係数a(n)の更新式は式(8)のように表され、位相フィルタ係数φ(n)の更新式は式(9)のように表される。ここで、式(8)の(1/Ah)は、振幅フィルタ係数a(n)の更新に対して正規化処理を加えたものである。
【0063】
【数8】

【0064】
つまり、適応フィルタ係数更新部190は、前回更新された振幅フィルタ係数a(n)に対して、第一推定伝達関数Gh、残留信号e(n)および振幅用ステップサイズパラメータμに基づき算出される振幅更新式の更新項を加減算することにより、振幅フィルタ係数a(n+1)を更新する。また、適応フィルタ係数更新部190は、前回更新された位相フィルタ係数φ(n)に対して、第一推定伝達関数Gh、残留信号e(n)および位相用ステップサイズパラメータμφに基づき算出される位相更新式の更新項を加減算することにより、位相フィルタ係数φ(n+1)を更新する。
【0065】
以上説明した能動型振動騒音抑制装置100によれば、エンジン10による発生振動または発生騒音の大きさに相関の高い燃料消費量FCを用いて、制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxを変更している。燃料消費量FCは、エンジン10のトルク変動量に比べると、ばらつきが小さい。そのため、燃料消費量FCを用いて制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxを変更することで、振動騒音抑制効果を確実に発揮させると共に経年変化や外乱などに起因した制御の発散を抑制することができる。
【0066】
さらに、上記実施形態においては、駆動力ハイブリッド車両に適用する場合について説明した。つまり、駆動力ハイブリッド車両は、エンジン10による駆動力を停止している際にモータによる駆動力により走行可能である。駆動力ハイブリッド車両においては、エンジン10による発生振動または発生騒音の大きさは、必ずしもアクセル開度に依存するとは言えない。駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度は、エンジン10による駆動力とモータによる駆動力とを合計した駆動力に応じたものとなるからである。例えば、アクセル開度がゼロでない場合であっても、エンジン10が駆動していない状態が存在する。そのため、駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度そのものを使用して、制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxを変更することは適切ではない。
【0067】
そこで、駆動力ハイブリッド車両において、アクセル開度ではなく、燃料消費量FCを用いて制御信号y(n)の絶対値の上限値ymaxを切り替えることにより、確実にエンジン10により発生する振動または騒音を抑制することができる。
【0068】
(5.変形態様)
上記実施形態では、図8に示したように、制御信号生成部140の処理において、信号上限値ymaxを用いて、制御信号y(n)を制限した。この他に、制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)を、振幅上限値amaxを用いて制限することもできる。
【0069】
この場合、上述した上限値切替部130は、振幅フィルタ係数a(n)の上限値amax(以下、「振幅上限値amax」と称する)を、上述した信号上限値ymaxと実質的同様の方法により決定しておく。
【0070】
そして、制御信号生成部140の処理は、図9に示すようになる。制御信号生成部140は、周波数算出部110にて算出された周波数fに基づいて、上述した式(1)に従って得られる正弦波としての制御信号y(n)を適応制御によって生成する(ステップS21)。
【0071】
続いて、生成された制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)が上限値切替部130により決定された振幅上限値amax以下であるかを判定する(ステップS22)。制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)が振幅上限値amax以下である場合には、ステップS21にて生成した制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)をそのまま用いた制御信号y(n)として出力する(ステップS23)。一方、制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)が振幅上限値amaxより大きい場合には、制御信号y(n)の振幅フィルタ係数a(n)を振幅上限値amaxに変更する(ステップS24)。この場合も上記実施形態と同様の効果を奏する。
【符号の説明】
【0072】
10:エンジン、 20:評価点
100:能動型振動騒音抑制装置、 110:周波数算出部
120:燃料消費量取得部、 130:上限値切替部、 140:制御信号生成部
160:残留信号検出部、 190:適応フィルタ係数更新部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両において、制御信号に応じた制御振動または制御音を出力して、評価点における振動または騒音を能動的に抑制する能動型振動騒音抑制装置であって、
振動または騒音の発生源であるエンジンによる発生振動または発生騒音の周波数、適応フィルタ係数により構成される前記制御信号を生成する制御信号生成部と、
前記評価点において、前記制御信号に応じて出力された制御振動または制御音と前記発生源による振動または騒音との干渉による残留信号を検出する残留信号検出部と、
前記残留信号に基づき設定された評価関数を最小とするように前記適応フィルタ係数を更新する適応フィルタ係数更新部と、
前記エンジンによる発生振動または発生騒音の周期よりも長い単位時間を取得周期として燃料消費量を取得する燃料消費量取得部と、
前記燃料消費量取得部により取得した前記燃料消費量と前記エンジンによる発生振動または騒音の周波数とに基づいて、前記制御信号の絶対値を制限するための上限値を切り替える上限値切替部と、
を備え、
前記制御信号生成部は、前記上限値切替部により切り替えられた前記上限値を上限として制限された前記制御信号を生成する能動型振動騒音抑制装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記上限値切替部は、前記燃料消費量取得部により取得した前記燃料消費量が設定された閾値以下の場合には、前記上限値をゼロとする能動型振動騒音抑制装置。
【請求項3】
請求項2において、
前記車両は、前記エンジンによる駆動力とモータによる駆動力とを備え、前記エンジンによる駆動力を停止している際に前記モータによる駆動力により走行可能な駆動力ハイブリッド車両である能動型振動騒音抑制装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−201241(P2012−201241A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−68165(P2011−68165)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000219602)東海ゴム工業株式会社 (1,983)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】