説明

自動変速機用ピストン

【課題】ピストン本体およびシール環を別体で製作して嵌合するタイプのピストンにおいて、ピストンの組み立て時、ピストン本体にシール環を嵌合する際にゴム状弾性体に破損が生じないようにする。
【解決手段】ピストン11は、軸方向端面23および円筒状周面24を備えたピストン本体21の肩段部22に嵌合されるシール環31を有する。シール環31は、プレス成形された金属環32と、金属環32に被着されたゴム状弾性体41とを有する。金属環32は、円筒状周面24に嵌合される筒状部33と、筒状部33に一体成形されて軸方向端面23と対向する平面部34とを有する。平面部34の径方向端部に、肩段部22の軸方向端面23に密接する金属爪36を一体成形する。平面部34の外側端面34aに、ゴム状弾性体41が被覆されていない金属露出面37を組み立て時の被押圧部として設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等車両のATやCVT等の自動変速機に組み込まれ、軸方向に変位してクラッチを切り替えるために用いられる自動変速機用ピストンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のATやCVT等の自動変速機は、最近、多段化の傾向があり、FF方式は軸方向にスペースの制約があるため、特に大容量のATでは、ピストン(BPS)は大径化する傾向にある。このため、そのままピストンを製造すると多大な工数が必至であるため、これを回避すべく、ピストン本体とシール環とをそれぞれ別体で製作して嵌合することが行なわれている。シール環は、ピストン本体を作動させる圧力(圧油)をシールするものである。
【0003】
図5は、この種の別体嵌合タイプ(分離嵌合タイプとも称する)のピストンの従来例を示しており(特許文献1参照)、以下のように構成されている。図5(B)は図5(A)の一部拡大図である。
【0004】
すなわち図5(A)に示すように、一部を図示した自動変速機のクラッチハウジング1に組み込まれ、油圧により軸方向(図では左右方向)に変位してクラッチ(図示せず)を切り替える環状のピストン11が設けられ、このピストン11は、環状のピストン本体21と、このピストン本体21に嵌合されたシール環31とを有している。
【0005】
図5(B)に拡大して示すように、ピストン本体21は、軸方向端面23およびこれに連続する円筒状周面24を備えた環状の肩段部22を有し、この肩段部22にシール環31が嵌合されている。
【0006】
シール環31は、プレス成形された金属環32と、金属環32に被着されたゴム状弾性体41とを有している。金属環32は、肩段部22の円筒状周面24に嵌合された筒状部33と、筒状部33の一端に一体成形されて肩段部22の軸方向端面23と対向する環状の平面部34とを一体に有している。金属環32に被着されたゴム状弾性体41としては、ハウジング1の周面に摺動自在に密接するシールリップ42が設けられ、またピストン本体21およびシール環31間をシールすべくピストン本体21の肩段部22の軸方向端面23に密接するシールビード43が設けられている。このシールリップ42およびシールビード43は互いに一体成形され、両者42,43を連続させるべく金属環32の平面部34の外側端面34aにはゴム状弾性体製の皮膜部44が被着されている。
【0007】
しかしながら、上記従来技術においては、ピストン11の組み立て時、ピストン本体21にシール環31を嵌合する際に、矢印Cで示すようにシール環31のゴム状弾性体製皮膜部44を冶具(図示せず)で押圧することになる。したがってこの押圧時にゴム状弾性体製皮膜部44に破れや剥がれ等の破損を生じることがあり、これに伴ってシールとして要(かなめ)の要素であるシールリップ42に破損を生じることもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3869248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は以上の点に鑑みて、ピストン本体およびシール環を別体で製作して嵌合するタイプのピストンにおいて、ピストンの組み立て時、ピストン本体にシール環を嵌合する際にゴム状弾性体に破損が生じないように工夫を凝らした自動変速機用ピストンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明のピストンは、自動変速機に組み込まれ、軸方向に変位してクラッチを切り替える自動変速機用ピストンであって、軸方向端面およびこれに連続する円筒状周面を備えたピストン本体の肩段部に嵌合されるシール環を有し、前記シール環は、プレス成形された金属環と、前記金属環に被着されたゴム状弾性体とを有し、前記金属環は、前記肩段部の円筒状周面に嵌合される筒状部と、前記筒状部に一体成形されて前記肩段部の軸方向端面と対向する環状の平面部とを有するピストンにおいて、前記金属環の平面部の径方向端部に、前記ピストン本体の肩段部の軸方向端面に密接する環状の金属爪を一体成形し、前記平面部の外側端面に、ゴム状弾性体が被覆されていない金属露出面を組み立て時の被押圧部として設けたことを特徴とするものである。
【0011】
上記図5の従来技術において、ピストン11の組み立て時、ピストン本体21にシール環31を嵌合する際に、シール環31のゴム状弾性体製皮膜部44を冶具で押圧していたのは、金属環32の平面部34の外側端面34aがゴム状弾性体41ですべて被覆されて、金属環32を直接押圧する部位がなかったからであり、金属環32の平面部34の外側端面34aがゴム状弾性体41ですべて被覆されていたのは、平面部34の外周部にシールリップ42が設けられるとともに平面部34の内周部にシールビード43が設けられて、両者42,43を皮膜部44を介して一体成形していたからである。
【0012】
これに対して、上記構成を有する本発明のピストンでは、金属環の平面部の径方向端部に環状の金属爪が一体成形されて、この金属爪がピストン本体の肩段部の軸方向端面に密接するように構成されているために、この金属爪が上記シールビードに代わってピストン本体およびシール環間をシールし、よって上記従来技術の構成からシールビードおよび皮膜部を省略することが可能とされている。したがって本発明では、金属環の平面部の外側端面にゴム状弾性体が被覆されていない金属露出面を組み立て時の被押圧部として新たに設定することにし、組み立て嵌合時にこの金属露出面を押圧することした。
【発明の効果】
【0013】
したがって本発明によれば、ピストンの組み立て時、ピストン本体にシール環を嵌合する際に、ゴム状弾性体ではなく金属環を押圧することから、ゴム状弾性体に押圧による破れや剥がれ等の破損が発生するのを防止することができる。また、金属爪がピストン本体に密接してシール作用をなすことから、ピストン本体およびシール環間から密封流体が漏洩することもない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例に係る自動変速用ピストンの要部断面図
【図2】(A)は同ピストンにおける金属爪の拡大断面図、(B)および(C)はそれぞれ金属爪の他の例を示す断面図
【図3】(A)は本発明の他の実施例に係る自動変速用ピストンの要部断面図、(B)は同ピストンにおける金属爪の拡大断面図
【図4】本発明の他の実施例に係る自動変速用ピストンの要部断面図
【図5】(A)は従来例に係る自動変速機用ピストンの組付け状態を示す半裁断面図、(B)は同ピストンの要部拡大断面図
【発明を実施するための形態】
【0015】
尚、本発明には、以下の実施形態が含まれる。
(1)シール部環(シール環)のピストン本体との当接箇所に、薄肉でバネ特性をもった金属爪を設けたもの。
(2)上記(1)の弾性変形する金属爪に、弾性体のビード部を設けることで更に密封性を向上したもの。
(3)シール部環において、ピストン本体との当接箇所に、薄肉でバネ特性をもった金属爪を設け、弾性変形した金属爪がピストン本体との間隙からの油を密封する。
(4)シール部環に金属環露出部を設け、ピストン本体への嵌合時の組付け性向上を図る。
【実施例】
【0016】
つぎに本発明の実施例を図面にしたがって説明する。
【0017】
図1は、本発明の実施例に係る自動変速機用ピストン11の要部断面を示している。当該実施例に係るピストン11は、自動車等車両のATやCVT等の自動変速機に組み込まれ、油圧により軸方向に変位してクラッチを切り替えるために用いられるものであって、以下のように構成されている。尚、図1では、図上上下方向が軸方向、左方向が外周方向、右方向が内周方向である。
【0018】
すなわち、一部を図示した自動変速機のクラッチハウジング1に組み込まれ、油圧により軸方向に変位してクラッチ(図示せず、一般的には多板式のクラッチが用いられている)を切り替える環状のピストン(BPS)11が設けられており、このピストン11は、環状のピストン本体21と、このピストン本体21に嵌合された別部品であるシール環31とを有している。
【0019】
ピストン本体21は、プレス成形された金属環よりなり、軸方向端面23およびこれに連続する円筒状周面24を備えた環状の肩段部22を有し、この肩段部22に別途製作されたシール環31が嵌合されている。
【0020】
シール環31は、プレス成形された金属環32と、この金属環32に被着されたゴム状弾性体41とを有している。金属環32は、肩段部22の円筒状周面24に嵌合された筒状部33と、この筒状部33の一端に一体成形されて肩段部22の軸方向端面23と対向する環状の平面部34とを一体に有している。金属環32に被着されたゴム状弾性体41としては、ハウジング1の周面に摺動自在に密接するシールリップ42が設けられ、ゴム状弾性体41は金属環32の筒状部33の周面(外周面)のみに被着されている。
【0021】
また、金属環32の平面部34の内周端部に、ピストン本体21の肩段部22の軸方向端面23に密接する環状の金属爪36が一体成形されている。この金属爪36は、平面部34と比較して薄肉状であって肩段部22の軸方向端面23に向けて斜めに設けられ、組み立て完了時、その先端部36aが軸方向端面23に弾性的に密接するバネ性を有している。
【0022】
また、金属爪36の外周側において、金属環32の平面部34の外側端面34aには、ゴム状弾性体41が被覆されていない環状の金属露出面37が設けられている。平面部34はその内側端面34bにもゴム状弾性体41が被着されていないので、平面部34は軸方向両面34a,34bがともに金属露出面とされている。
【0023】
上記構成のピストン11においては、ピストン11の組み立て時、ピストン本体21にシール環31を嵌合する際に、矢印Dで示すようにシール環31における金属環32の平面部34の外側端面34aに設けた金属露出面37を冶具(図示せず)で押圧することになり、この嵌合過程において圧縮変形するようなゴム状弾性体はまったく設けられていない。嵌合過程は、金属環32の平面部34の内側端面34bが肩段部22の軸方向端面23に当接することで完了し、よって嵌合深さが常に一定に保たれる。したがって、嵌合不足が発生するのを未然に防止することができる。
【0024】
また、嵌合過程において、冶具は金属環32の筒状部33の周面に被着されたゴム状弾性体41をまったく押圧しないので、ゴム状弾性体41に押圧による破れや剥がれ等の破損が発生するのを未然に防止することができる。
【0025】
また、金属爪36が肩段部22の軸方向端面23に密接してシール作用をなすことから、ピストン本体21およびシール環31間から密封流体である圧油が漏洩するのを未然に防止することもできる。
【0026】
上記実施例に係るピストン11は、その構成を以下のように付加・変更することが考えられる。
【0027】
(1)上記実施例では、金属爪36の断面形状が、図2(A)に拡大して示すようにその基端部36bから先端部36aへかけて一定幅のストレート形状とされているが、これに代えて、図2(B)に示すように先細状のテーパー付き形状とする。あるいは、図2(C)に示すように同じく先細状の段付き形状とする。後者の場合、段差部36cは金属爪36の下面側に設けられている。
【0028】
(2)上記実施例では、ピストン11の組み立て時、ピストン本体21にシール環31を嵌合する際に、金属環32の平面部34の内側端面34bが肩段部22の軸方向端面23に当接することで嵌合過程が完了することとされているが、これに代えて、金属環32の筒状部33の先端部33aが、ピストン本体21に設けた端面部26に当接することにより嵌合過程が完了することにする。すなわち嵌合の位置決め基準面を、金属環32の平面部34の内側端面34bではなく、金属環32の筒状部33の先端部33aに設定する。この場合、金属爪36は上記実施例と同様、ピストン本体21の肩段部22の軸方向端面23に密接するが、金属環32の平面部34の内側端面34bは位置決め基準面ではなくなるので肩段部22の軸方向端面23に当接せず、両者34b,23の間には軸方向間隙が形成されることになる。金属環32の筒状部33の先端部33aはその厚み面が当接面とならないよう、図示するように外向きに屈曲させておく(外向きフランジ部38を設ける)のが好ましい。
【0029】
(3)上記実施例の構成に加えて、図3(A)に示すように金属爪36にゴム状弾性体44を被着し、このゴム状弾性体44を肩段部22の軸方向端面23に密接させることにより、シール性を向上させる。図3(B)に拡大して示すようにゴム状弾性体44は金属爪36全体を被覆するように被着されているが、軸方向端面23に対する当接部のみに被着されるものであっても良い。また、図示するようにゴム状弾性体44にシールビード45を設けることにより、シール性を一層向上させるようにしても良い。ゴム状弾性体44は、上記実施例におけるゴム状弾性体41とは別体のものである。
【0030】
(4)上記(3)の例では、ゴム状弾性体41,44を互いに別体のものとしたが、図4に示すように両者41,44を一体成形することも考えられる。この場合、金属露出面37を確保するため、金属環32の平面部34に突起状の金属露出部39を設けることにする。突起状の金属露出部39は複数を円周上に一定の間隔をあけて設けるものとする。
【符号の説明】
【0031】
1 ハウジング
11 ピストン
21 ピストン本体
22 肩段部
23 軸方向端面
24 円筒状周面
26 端面部
31 シール環
32 金属環
33 筒状部
33a,36a 先端部
34 平面部
34a 外側端面
34b 内側端面
36 金属爪
36b 基端部
36c 段差部
37 金属露出面
38 フランジ部
39 金属露出部
41,44 ゴム状弾性体
42 シールリップ
45 シールビード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動変速機に組み込まれ、軸方向に変位してクラッチを切り替える自動変速機用ピストンであって、軸方向端面およびこれに連続する円筒状周面を備えたピストン本体の肩段部に嵌合されるシール環を有し、前記シール環は、プレス成形された金属環と、前記金属環に被着されたゴム状弾性体とを有し、前記金属環は、前記肩段部の円筒状周面に嵌合される筒状部と、前記筒状部に一体成形されて前記肩段部の軸方向端面と対向する環状の平面部とを有するピストンにおいて、
前記金属環の平面部の径方向端部に、前記ピストン本体の肩段部の軸方向端面に密接する環状の金属爪を一体成形し、前記平面部の外側端面に、ゴム状弾性体が被覆されていない金属露出面を組み立て時の被押圧部として設けたことを特徴とする自動変速機用ピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−196778(P2010−196778A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−42078(P2009−42078)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】