説明

自動調心ころ軸受

【課題】連続鋳造機のガイドロール用軸受等のように、高荷重、低速回転であって、冷却水が内部に混入し易い環境で使用した場合でも、軌道面や転動面に摩耗や剥離が生じにくい自動調心ころ軸受を提供する。
【解決手段】自動調心ころ軸受のころ3の転動面に、ヤング率が150GPa以上220GPa以下であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を形成する。このDLC膜の表面に存在する、直径が10μm以上で深さが1μm以上の凹状欠陥を、面積率で0.1%以下にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鉄鋼製造設備用軸受として好適な自動調心ころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼製造設備用軸受としては、連続鋳造機を構成するガイドロール用軸受や、圧延機のバックアップロール用軸受が挙げられる。これらの軸受は、冷却水や異物が軸受内部に入り易いことから、潤滑膜が破壊され易い環境下にある。
連続鋳造機のガイドロール用軸受としては、通常、自動調心ころ軸受が使用されているが、使用条件が高荷重、低速回転であることから、ころと軌道輪の間に生じる差動すべりが大きくなる。自動調心ころ軸受の差動すべりでは、軌道輪の軌道面で純転がり部以外の部分が大きく摩耗して、純転がり部を頂点とする二山状の摩耗(以下、「二山摩耗」と称する。)が生じる。
【0003】
これに伴い、二山摩耗の頂点部に応力が集中して軌道面に剥離が生じたり、前記頂点部に曲げ応力がかかって軌道面にクラックが発生し、進展する恐れがある。その結果、軌道輪の軌道面やころの転動面に摩耗が生じ易く、軌道輪の軌道面には剥離が生じ易いという問題点がある。
下記の非特許文献1には、上述の問題点を解決するために、連続鋳造機用軸受として、自動調心ころ軸受に代えて調心輪付き円筒ころ軸受を使用することが記載されている。
【0004】
また、下記の特許文献1には、外輪の外周面が球面状に形成されていて、この外輪の外周面が、凹球面状の内周面を有する調心輪に嵌合されている調心ころ軸受装置が記載されている。この調心ころ軸受装置の外輪の外周面および調心輪の内周面のうち、少なくともいずれか一方に硬質皮膜(ダイヤモンドライクカーボン膜、炭窒化ホウ素膜など)を形成することで、調心面の焼き付きを防止することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−337310号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】保坂亮平、安田典嗣、「鉄鋼設備用軸受の技術動向」、JTEKT Engineering Journal No.1004(2007), p41-47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明の課題は、連続鋳造機のガイドロール用軸受等のように、高荷重、低速回転であって、冷却水が内部に混入し易い環境で使用した場合でも、軌道面や転動面に摩耗や剥離が生じにくい自動調心ころ軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、この発明の自動調心ころ軸受は、内輪、外輪、およびころを備えた自動調心ころ軸受であって、前記内輪および外輪は鉄鋼材料からなり、その軌道面にDLC膜が形成されず、前記ころは鉄鋼材料からなり、その転動面に、前記ころの転動面に、ヤング率が150GPa以上220GPa以下であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が形成され、前記DLC膜の表面に存在する、直径が10μm以上で深さが1μm以上の凹状欠陥が、面積率で0.1%以下であることを特徴とする。
【0009】
ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜とは、炭素(C)からなり、ダイヤモンド構造のSP3結合とグラファイト構造のSP2結合が混在しているアモルファス構造を有する膜である。
この発明の自動調心ころ軸受によれば、ころの転動面に形成されているDLC膜のヤング率が150GPa以上220GPa以下であるため、使用条件が高荷重、低速回転である連続鋳造機用軸受として使用した場合でも、軌道輪の軌道面およびころの転動面に摩耗が生じにくく、軌道輪の軌道面に剥離が生じにくい。
【0010】
具体的には、ヤング率が前記範囲であるDLC膜がころの転動面に形成されていることで、潤滑膜が破壊されて、ころと軌道輪が接触しても凝着が生じにくいため、摩耗の進行を抑えることができる。また、軌道面に二山摩耗が生じた場合でも、ヤング率が前記範囲であるDLC膜の存在により、ころと軌道輪との接触面積が大きくなるため、軌道面の剥離やころのDLC膜の剥離が生じにくい。
【0011】
さらに、DLC膜が形成された転動面は、鉄鋼材料からなりDLC膜が形成されていない軌道面より硬いことから、両者の接触の際に、軌道面の二山摩耗の頂点部が優先的に摩耗するため、二山摩耗の進行が抑えられる。
ころの転動面に形成されているDLC膜のヤング率が150GPa未満であると、DLC膜の硬さが不十分なため、前述の作用が得られない。ころの転動面に形成されているDLC膜のヤング率が220GPaを超えると、軌道輪の軌道面に生じた二山摩耗の頂点部とDLC膜との接触面圧の増大により、DLC膜が転動面から剥離したり、軌道面に剥離が生じたりする恐れがある。
【0012】
この発明の自動調心ころ軸受によれば、ころの転動面に形成されているDLC膜の表面に存在する、直径が10μm以上で深さが1μm以上の凹状欠陥が、面積率で0.1%以下であるため、冷却水が軸受内部に入った場合でもDLC膜の剥離が防止できる。このような凹状欠陥の存在率が面積率で0.1%を超えると、軸受内部に入った水分(水蒸気や潤滑剤に混入した水)がDLC膜の内部に浸透してDLC膜が剥離し易くなる。
【0013】
前記DLC膜と鉄鋼材料からなる下地面(ころの転動面)との間に、下地側から、クロム(Cr)からなる層、シリコン(Si)とクロム(Cr)からなる層、シリコン(Si)からなる層、シリコン(Si)と炭素(C)からなる層が、この順に形成されていると、DLC膜と鉄鋼材料からなる下地面との密着性が高くなるため好ましい。
前記DLC層は、プラズマCVD法やスパッタリング法等のように、水素、アルゴン、または窒素を気体の状態で供給可能な成膜法により形成することができるが、特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(以下「UBMS」と略称する。)法により形成することが好ましい。
【0014】
UBMS法は、非平衡な磁場分布を有するマグネトロンカソードを使用することにより、通常のマグネトロンスパッタリング法(バランスドマグネトロンスパッタリング法)と比較して基板(被成膜面)の近傍でのプラズマ密度を高くすることができるため、成膜時の基板温度を低くすることができる。また、基板に負の電力を印加して行うバイアススパッタリングにより、硬いDLC層が形成できるという利点もある。
【発明の効果】
【0015】
この発明の自動調心ころ軸受によれば、連続鋳造機のガイドロール用軸受等のように、高荷重、低速回転であって、冷却水が内部に混入し易い環境で使用した場合でも、軌道面や転動面に摩耗や剥離が生じにくいという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明の実施形態に相当する自動調心ころ軸受を示す断面図である。
【図2】実施例で使用した試験装置を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、この発明の実施形態について説明する。
この実施形態の自動調心ころ軸受は、図1に示すように、内輪1、外輪2、ころ3、案内輪4、および保持器5で構成され、内部にグリース6が充填されている。内輪1は、2列の内輪軌道面11を有し、外輪2は球面状の外輪軌道面21を有する。
ころ3の球面状の転動面31に、ヤング率が150GPa以上220GPa以下であるDLC膜が形成されている。このDLC膜の表面に存在する、直径が10μm以上で深さが1μm以上の凹状欠陥は、面積率で0.1%以下となっている。
【実施例】
【0018】
図1の構造を有する自動調心ころ軸受として、呼び番号22210の自動調心ころ軸受を以下の方法で作製した。
内輪1、外輪2、および案内輪4は、SUJ2からなる素材を通常の方法で加工した後、通常の熱処理をして得た。保持器5は、鋼板を打抜き加工することにより得た。ころ3は、SUJ2からなる素材を通常の方法で加工し、通常の熱処理をした後に、(株)神戸製鋼所のUBMS装置「504」を使用して、転動面に下記の5層構造の膜を形成することで得た。
【0019】
この5層構造の膜は、下地側から順に、150nmのクロム(Cr)からなる層、150nmのシリコン(Si)とクロム(Cr)からなる層、300nmのシリコン(Si)からなる層、300nmのシリコン(Si)と炭素(C)からなる層、および100〜920nmのDLC層である。
なお、5層構造の膜を形成する際に、DLC層のヤング率および表面の凹状欠陥の存在率が異なる9種類のサンプルを得るために、DLC層の成膜条件のうちバイアス電圧を変えるとともに、処理時間を変えて膜厚を変化させた。これにより、サンプルNo. 1〜9のころを得た。
【0020】
各ころに形成されたDLC層のヤング率と表面の凹状欠陥の存在率を測定したところ、表1に示す値であった。ヤング率はエリオニクス社の微小硬度計を使用し、押し込み荷重50mNで測定した。表面の凹状欠陥の存在率はレーザー干渉計を用いて測定した。
このようにして異なるDLC層が形成されたNo. 1〜9のころ3を用い、ころ3のみが異なるサンプルNo. 1〜9の自動調心ころ軸受を組み立て、連続鋳造機の軸受環境を模した試験装置にかけて耐摩耗性を調べた。
【0021】
使用した試験装置を図2に示す。この試験装置は、モータ71、ギアボックス72、駆動ロール73、従動ロール74を有する。駆動ロール73の上側に従動ロール74が配置されている。ギアボックス72はモータ71により駆動する。ギアボックス72が駆動ロール73の入力側の回転軸73aに接続されている。駆動ロール73および従動ロール74の両端の回転軸73a,74aとハウジング75との間に、同じNo. の試験軸受(自動調心ころ軸受)76を配置する。
【0022】
従動ロール74の両ハウジング75の上部がアーム77で結合され、このアーム77の上からラジアル荷重Pが付与される。モータ71とギヤボックス72を除いた部分がチャンバ−78内に配置されている。チャンバー78の上部に水蒸気の導入口78aが形成され、下部に水蒸気の排出口78bが形成されている。
試験は、各試験軸受76に15.5gのグリースを封入し、1個の試験軸受76に付与されるラジアル荷重が27900N(F/C0r=0.3)となるように、アーム77にラジアル荷重Pをかけ、チャンバー78内が100℃の水蒸気雰囲気となるように水蒸気をチャンバー78内に供給し、駆動ロール73を速度6rpmで750時間回転することで行った。
【0023】
試験後に、試験軸受76を分解して洗浄、乾燥した後に外輪2の質量を測定し、試験前の質量との差から、軌道面に生じた摩耗量を算出した。4つの試験軸受76の摩耗量算出値を平均した値を各サンプル軸受の外輪の摩耗量とし、No. 1の軸受の摩耗量を1とした相対値を算出した。その値を表1に併せて示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から分かるように、No. 2〜4、6、8の軸受では、ころ3のDLC膜のヤング率150〜220GPaと、DLC膜表面の凹部欠陥の存在率0.1%以下の両方を満たすため、これらのいずれもを満たさないNo. 1の軸受と比較して、外輪軌道面21の摩耗量を著しく低減することができた。
これに対し、No. 1、5、7、9の軸受では、ころ3のDLC膜のヤング率150〜220GPaと、DLC膜表面の凹部欠陥の存在率0.1%以下のいずれかまたは両方を満たさないため、外輪軌道面21の摩耗量が、両方を満たすNo. 2〜4、6、8の5〜6倍程度になっていた。
【符号の説明】
【0026】
1 内輪
2 外輪
3 ころ
4 案内輪
5 保持器
6 グリース
71 モータ
72 ギアボックス
73 駆動ロール
73a 回転軸
74 従動ロール
74a 回転軸
75 ハウジング
76 試験軸受(自動調心ころ軸受)
77 アーム
78 チャンバ−
78a 水蒸気の導入口
78b 水蒸気の排出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪、およびころを備えた自動調心ころ軸受であって、
前記内輪および外輪は鉄鋼材料からなり、その軌道面にDLC膜が形成されず、
前記ころは鉄鋼材料からなり、その転動面に、ヤング率が150GPa以上220GPa以下であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が形成され、前記DLC膜の表面に存在する、直径が10μm以上で深さが1μm以上の凹状欠陥が、面積率で0.1%以下であることを特徴とする自動調心ころ軸受。
【請求項2】
前記DLC膜と鉄鋼材料からなる下地面との間に、下地側から、クロム(Cr)からなる層と、シリコン(Si)とクロム(Cr)からなる層、シリコン(Si)からなる層、シリコン(Si)と炭素(C)からなる層が、この順に形成されている請求項1記載の自動調心ころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−169398(P2011−169398A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33681(P2010−33681)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】