説明

蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法

【目的】
本発明は、溶液中に含まれる元素を蛍光X線分析法で高精度に定量分析する手法を提供し、飲料の品質管理や、河川水や湖・沼水、地下水などの陸水に関しての環境評価等の化学分析分野で活用するものであり、実験室内で高精度溶液分析を実施する溶液試料中の元素濃度を簡便にスクリーニングする手法としても利用可能である。
【構成】
疎水剤を塗布した有機高分子膜上に溶液試料を滴下・乾固させて、その残渣を蛍光X線分析法によって分析することで、溶液中の元素の濃度を定量分析する方法であり、標準溶液を前述した方法で調整・分析し、X線強度と濃度との相関関係を明らかにすることで、定量の下限と精度の検証を行う構成。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光X線分析法によって溶液中の元素を高精度に定量分析する方法を提案し、環境分析等の化学分析分野で活用するものである。
【背景技術】
【0002】
蛍光X線分析法によって溶液中の元素を定量分析するための技術としては、専用ホルダーに封入した溶液試料を直接測定する手法が、あるいはろ紙上に溶液を滴下・乾固させることで形成される残渣部に成分を濃縮させ、そのろ紙を測定する手法がそれぞれ知られている。
【0003】
溶液を専用ホルダーに封入して測定する手法の場合、溶液中の元素の検出下限値は数十mg/L程度であり、環境分析等の化学分析分野の多くの場合で求められる1mg/L以下のオーダーの低濃度分析には対応できない。
【0004】
ろ紙上に溶液を滴下・乾固させる手法の場合、分析対象元素の全てがろ紙に捕捉されるわけではなく、たとえ全てを捕捉したとしても、蛍光X線分析法で測定する場合、ろ紙自体から発生する散乱X線によってバックグラウンドが大きくなってしまうと共に、形成される残渣は広範囲に広がるため一次X線を残渣部の全域に均一に照射することができず、精度の高い定量分析値は得がたい。
【0005】
蛍光X線分析法にて溶液試料中の元素を定量分析する際の上記問題点を解決するための手法として、以下のものが挙げられる。
【特許文献1】特開2003−90810の発明
【特許文献2】特開2005−134277の発明
【0006】
特許文献1は、有機高分子膜上に形成された径2mm程度のカーボン蒸着膜に溶液を滴下・乾燥させることで、溶液試料が広範囲に広がるのを防ぎ、蛍光X線分析の精度を高めるものである。
【0007】
特許文献2は、ろ紙の代替品としてイオン交換膜様の液体吸収材を用いることで、目的元素をより効率的かつ強固に吸着・濃縮させ、蛍光X線分析の精度を高める手法である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
カーボン蒸着膜を用いる手法では、有機高分子膜上にカーボン蒸着膜を形成する作業が特殊な装置を要する煩雑なものであり、一般の蛍光X線分析利用者が作成するのは困難で、かつ加工品も通常の有機高分子膜と比べ高価となる。
【0009】
イオン交換膜様の液体吸収材を用いる手法では、溶液中に分析対象とする元素に性質の近い多量のイオンが存在する場合、分析対象の元素の液体吸収材への吸着が妨害されることで、分析対象元素の一部は液体吸収材に吸着されること無く透過してしまい、結果として正確な定量値が得られない可能性がある。
【0010】
また、液体吸収材の吸着特性は吸収させようとする液体のpHに依存するため、分析対象元素を捕捉するためには、検液のpHを調整する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1は、蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法において、マイラー膜やポリプロピレン膜などの有機高分子膜表面に疎水剤を塗布することで有機高分子膜の疎水性を高めるようにしたものである。
【0012】
本発明の第2は、第1の発明に係る蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法において、疎水性を高めた有機高分子膜上に溶液試料を滴下し、溶液が乾固後に形成される残渣を小範囲に集中させるようにしたものである。
【0013】
本発明の第3は、第1の発明又は第2の発明に係る蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法において、作成された試料を蛍光X線分析用試料として用いることで、残渣部が一次X線に不均一に照射されるのを最小限に抑制し、溶液中の元素を高精度に定量分析可能とするようにしたものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明は上記の構成であるから、次のような効果がある。すなわち、残渣を形成させる材料として薄膜加工が容易な有機高分子膜を用いることで、ろ紙を用いる場合に比べて蛍光X線のバックグラウンドを小さくすることが可能となる。
【0015】
また、ろ紙や通常の有機高分子膜上に溶液を滴下させた場合、溶液は広範囲に広がり、形成される残渣も不均一に広がってしまい、蛍光X線分析において、一次X線が乾固物全域に対して均一に照射されないため分析精度は劣化するが、疎水剤を塗布して有機高分子膜を疎水性にした場合、高分子膜上での溶液の広がりは小さくなるために、残渣は不均一が蛍光X線分析で問題にならない狭い範囲に収縮して形成され、高精度の定量分析結果を得られる。
【0016】
さらに、液体吸収材などのように共存元素やpHの影響を受けることなく、有機高分子膜常に溶液中の全元素を捕捉することになるため、高精度に分析結果を得ることができる。
【0017】
なお、疎水剤は、単に溶液を狭い範囲に収縮させる目的でのみ使用するため、精密分析用の高価なものはもとより、分析対象となる元素を含んでいないものであれば、一般に市販されている表面保護剤やワックス剤などでも有効であり、これらは安価で扱いも容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、上記課題を達成するため、セレン、カドミウム、鉛の標準液を適切な混合割合で混同した溶液を作成し、疎水剤(ここでは一般に市販されているフッ素樹脂系カーワックスを用いた)でコートした有機高分子膜上(ここでは膜厚2.5μmのマイラー膜を用いた)に滴下・乾固させてエネルギー分散型蛍光X線分析装置によって分析を行い、その精度を検証した。
【実施例】
【0019】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。図1において、1は有機高分子膜、2はエネルギー分散型蛍光X線分析用試料容器、3はエネルギー分散型蛍光X線分析用試料容器に有機高分子膜を固定するためのリング、4は疎水剤、5はセレン、カドミウム、鉛の混合溶液、6はマイクロピペットである。
【0020】
まず、表1に示した通りの濃度になるように調整したセレン、カドミウム、鉛の混合溶液A〜Jを作成した。なお、各元素の溶液には原子吸光用標準溶液を使用した。
【表1】

【0021】
続いて、エネルギー分散型蛍光X線分析用容器にセットした有機高分子膜に疎水剤を塗布して疎水化させ、疎水化した面上に混合溶液30μLを滴下後、定常状態で乾燥させてエネルギー分散型蛍光X線分析装置によって測定を実施し、セレン、カドミウム、鉛の溶液中濃度と蛍光X線(SeKα線、CdKα線、PbLβ線)強度との関係を調査した。
【0022】
なお、蛍光X線分析装置は、島津製作所製EDX-700HS(ロジウム管球装着、管球電圧50kV、管球電流500μA)、エスアイアイ・ナノテクノロジー社製SEA1100(タングステン管球装着、管球電圧50kV、管球電流1mA)の2種を用い、測定時間は300秒(ライブタイム)とした。
各装置におけるセレン、カドミウム、鉛の溶液中濃度とX線強度との関係を図2〜7に、有機高分子膜を疎水化せずに同様の実験を行った結果と併せて示す。
【0023】
図2〜7により、有機高分子膜を疎水化して残渣を小範囲に形成させることで、疎水化しない場合に比べて約2倍程度のX線強度が得られた。
【0024】
X線強度が上昇したことで定量分析の精度・定量下限は向上し、よって有機高分子膜を疎水化することで、セレン、カドミウム、鉛の各元素について、両装置共にX線強度と溶液中含有量との間の相関性は良好に改善されることが確認された。
【0025】
なお、セレン、鉛については両装置において0.5mg/L程度、カドミウムについてはエスアイアイ・ナノテクノロジー社製SEA1100では0.5mg/L程度の濃度についても定量可能であることが確認された。カドミウムについて、島津製作所社製EDX-700HSでは測定結果にバラつきがみられたが、測定時間を1000秒にすることでエスアイアイ・ナノテクノロジー社製SEA1100と同様の結果を得ることができた。(図8)
【0026】
溶液中の分析対象元素濃度が0.5 mg/Lより低い場合には30μLを超えた量の溶液を滴下しなくてはならないが、この場合には残渣の面積が大きくなるために分析精度が低下する。しかし「特開2003−161709」にあるような試料を回転させる手法を併用することで、30μLを超える溶液を滴下した場合でも精度の高い分析が可能となる。
【0027】
滴下する試料量が多いほど残渣部に収縮する元素量も多くなることから、上記のような取り組みによって溶液中濃度としての定量下限をさらに低下させることも可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明により、蛍光X線分析装置で溶液試料中の元素を高精度に定量分析することが可能となる。これによって、一般に溶液試料中の元素の定量分析に用いられているICP質量分析法や原子吸光分析法などに比べ簡便に溶液試料中の元素の定量分析結果を得ることができ、また、分析対象とする元素の濃度制限が大きいICP質量分析法や原子吸光分析法による精密分析を実施する前段階として本発明を用いることで、ICP質量分析装置や原子吸光分析装置の劣化を防止することにも通ずる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】蛍光X線による溶液中元素の高精度分析用試料作成フローチャートである。
【図2】EDX-700HS(使用装置:島津製作所製)によるセレンの溶液中濃度とX線強度と濃度との相関図である。
【図3】EDX-700HS(使用装置:島津製作所製)によるカドミウムのX線強度と濃度との相関図である。
【図4】EDX-700HS(使用装置:島津製作所製)による鉛のX線強度と濃度との相関図である。
【図5】SEA1100(使用装置:エスアイアイ・ナノテクノロジー社製)によるセレンのX線強度と濃度との相関図である。
【図6】SEA1100(使用装置:エスアイアイ・ナノテクノロジー社製)によるカドミウムのX線強度と濃度との相関図である。
【図7】SEA1100(使用装置:エスアイアイ・ナノテクノロジー社製)による鉛のX線強度と濃度との相関図である。
【図8】EDX-700HS(使用装置:島津製作所製)による測定時間を1000秒とした場合のカードミウムのX線強度と濃度との相関図である。
【符号の説明】
【0030】
1……有機高分子膜
2……エネルギー分散型蛍光X線分析用試料容器
3……エネルギー分散型蛍光X線分析用試料容器に有機高分子膜を固定するための
リング
4……疎水剤(フッ素樹脂系カーワックス)
5……セレン、カドミウム、鉛の混合標準溶液
6……マイクロピペット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイラー膜やポリプロピレン膜などの有機高分子膜表面に疎水剤を塗布することで有機高分子膜の疎水性を高めることを特徴とする蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法。
【請求項2】
請求項1により得られる疎水性を高めた有機高分子膜上に溶液試料を滴下し、溶液が乾固後に形成される残渣を小範囲に集中させることを特徴とする蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2の方法で作成された試料を蛍光X線分析用試料として用いることで、残渣部が一次X線に不均一に照射されるのを最小限に抑制し、溶液中の元素を高精度に定量分析可能とすることを特徴とする蛍光X線による溶液中元素の高精度分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−163360(P2007−163360A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−361829(P2005−361829)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000170646)国土防災技術株式会社 (23)
【Fターム(参考)】