説明

表面修飾シリコン基板

【課題】従来困難とされていた、シランカップリング試薬を用いて、水素終端化処理されたシリコン基板の表面修飾を極めて効率的に行う手段を開発し、センシング電極や有機エレクトロニクス素子の材料として有用な、新たな表面修飾半導体シリコン基板を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
ドーパント処理されたN−またはP−型シリコン基板を、酸化処理せず、水素終端化処理されている状態でシランカップリング試薬による表面処理を行い、表面修飾半導体シリコン基板を得る。また、この方法によれば、自己集合膜(SAM)に匹敵するようなシランカップリング試薬の高密度単分子膜による修飾も可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化処理することなくシランカップリング反応によって有機薄膜で修飾したNあるいはP−型シリコン基板及びその作成法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来からシリコン基板をセンシング電極や有機エレクトロニクス素子として用いるために、シリコン表面に種々の機能性有機分子を化学結合で固定化して導入する有機薄膜修飾法が開発されているが、通常のエッチング処理を施した水素終端化シリコン基板の場合は、汎用されているシランカップリング反応による表面修飾法は適用できないことが知られている。そこでシランカップリング剤と反応させるために、シリコン表面を酸化処理する方法が主に採用されている(非特許文献1〜3参照)。
しかしシリコン表面に構築される酸化膜によって電気抵抗が増大するため、有機薄膜修飾したシリコン基板はセンシング電極や有機エレクトロニクス素子の材料として使用するにあたって大きな制約を受ける。この問題を解決できるシリコン基板有機薄膜修飾法として、水素終端化処理したシリコン表面と末端アルケンやアルキン等の不飽和結合を有する化合物とを反応させるヒドロシリル化反応による表面修飾法が見いだされ、幅広く検討されている(非特許文献2参照)。
【0003】
ヒドロシリル化反応による表面修飾には、光による反応、熱による反応、ラジカル触媒による反応の三通りがあるが、いずれの場合も高濃度の修飾化合物溶液が必要であるため、効率が悪いという欠点を有する。さらには、光や熱による分解やラジカル種による副反応が起こるため、ヒドロシリル化反応に用いることができる修飾化合物は限定されるという問題点を有していた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S.Song, J.Zhou, M.Qu, S.Yang, and J.Zhang, Langmuir,2008,24,105-109
【非特許文献2】A.V.Hughes, J.R.Howse, A.Dabkowska, R.A.L.Jones, M.J.Lawrence, and S. J.Roser, Langmuir,2008,24,1989-1999
【非特許文献3】R.Tian, O.Seitz, M.Li, W.Hu, Y.J.Chabal, and J.Gao, Langmuir,2010,26,4563-4566
【非特許文献4】J.M.Buriak, Chem.Rev.,2002,102,1271-1308
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の課題は、従来困難とされていた、シランカップリング試薬を用いて、水素終端化処理されたシリコン基板の表面修飾を極めて効率的に行う手段を開発し、センシング電極や有機エレクトロニクス素子の材料として有用な、新たな表面修飾半導体シリコン基板を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決するため鋭意研究の結果、ドーパント処理されたN−またはP−型シリコン基板にシランカップ試薬による表面処理を試みたところ、シランカップリング反応に際し、水素終端化処理され、不活性化したシリコン基板表面を酸化処理しなくとも、極めて容易にシランカップリング試薬による表面修飾が行えるという、従来の常識に反する全く意外な知見を得るとともに、さらにこの結果をふまえ、研究を続けた結果、シランカップリング反応において、使用するシランカップリング試薬の種類及び溶媒の種類を選択することにより、自己集合膜(SAM)に匹敵するようなシランカップリング試薬の高密度単分子膜による修飾が可能であることを見いだし、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0007】
(1)シランカップリング試薬により表面修飾された水素終端化シリコン基板であって、該シリコン基板が、ドーパント処理されたN-またはP-型シリコン基板であることを特徴とする、表面修飾シリコン基板。
(2)シランカップリング試薬による表面修飾が薄膜を形成していることを特徴とする、上記(1)に記載の表面修飾シリコン基板。
(3)薄膜が、シランカップリング試薬の積層膜あるいは単分子膜であることを特徴とする、上記(2)に記載の表面修飾シリコン基板。
(4)水素終端化処理したN-またはP-型シリコン基板の表面をシランカップリング試薬により修飾し、表面修飾シリコン基板を作製する方法であって、上記シリコン基板がドーパント処理されていることを特徴とする、上記表面修飾シリコン基板の作製方法。
(5)シランカップリング試薬による表面修飾が薄膜を形成していることを特徴とする、上記(4)に記載の表面修飾シリコン基板の作成方法。
(6)薄膜が、シランカップリング試薬の積層膜あるいは単分子膜であることを特徴とする、上記(2)に記載の表面修飾シリコン基板の作製方法。
【発明の効果】
【0008】
上記したように、シランカップリング剤によるシリコン基板の修飾は、酸化処理されたシリコン基板上に行っており、表面上に形成された酸化膜のため、電気抵抗が大きく、この方法で得られた表面修飾シリコン基板は、センシング電極あるいは有機エレクトロニクス素子として使用できないという問題点を有していた。このため、従来、酸化処理せず、表面水素終端化して不活性化したシリコン基板の場合は、ヒドロシリル化剤を使用して表面修飾を行っていたが、このヒドロシリル化剤を使用する方法は、効率の悪さ、あるいは副反応の発生等種々の問題がある他、自己集合膜(SAM)に相当する高密度の単分子膜形成は困難である。本発明によれば、このような従来の問題は解消される。
【0009】
すなわち、本発明によれば、現在汎用されている様々なシランカップリング試薬を使用でき、適用範囲が広い。また、本発明によって提供される表面修飾シリコン基板は、ドーパント処理により半導体であり、また、シランカップリングを介して様々な機能性有機分子を修飾することができるとともに、さらに、シランカップリング試薬からなる、自己集合膜(SAM)に相当する高密度の単分子膜形成が可能であるため、これらによりバイオセンサー等のセンシング電極、あるいは有機エレクトロニクス材料として使用が可能な高機能素子を効率的に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリエトキシシラン、溶媒としてトルエンを用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図2】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリエトキシシラン、溶媒としてジクロロメタンを用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図3】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリエトキシシラン、溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)を用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図4】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリエトキシシラン、溶媒としてアセトニトリルを用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図5】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリメトキシシラン、溶媒としてトルエンを用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図6】シランカップリング試薬としてフェロセンアミドドデカン酸−トリエトキシシラン、溶媒としてトルエンを用いてN−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図7】シランカップリング試薬としてフェロセン−トリエトキシシラン、溶媒としてトルエンを用いてP−型シリコン基板を修飾し、基板表面のシランカップリング試薬の濃度をサイクリックボルタンメトリーにより計測した結果を示す図。
【図8】フェロセンアミドドデカン酸−トリエトキシシランのトルエン溶液を用いてN−型シリコン基板を修飾したときの酸化還元反応サイクリックボルタモグラムを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ドーパント処理されたN-またはP-型シリコン基板表面を、シランカップリング試薬により修飾するものであり、シリコン基板表面は酸化処理することなく、水素終端化処理された状態のままシランカップリング剤による表面修飾を行うものである。
ドープパントとしては、シリコンをN-またはP-型半導体化するものであれば良いが、例えば、B、Ga及びP、Sb、As等の元素がそれぞれ挙げられ、その製法も合金法、イオン注入法、拡散法等の周知の方法が用いられる。ドープする金属の種類あるいはそのドーパントの量の制御により、低抵抗性から高抵抗性のものまで様々な電気的特性を有するシリコン基板が得られる。
【0012】
本明細書においてシランカップリング試薬とは、以下の式(1)で表される末端官能基を有する一般に用いられている、いわゆるシランカップリング剤、及びこれのみではなく該末端官能基を介して機能性有機分子が結合したシランカップリング剤をいう。
【0013】
式(1)
【化1】

(式中、Rはアルコキシ基、Rはハロゲン原子、Rはアルキレン基、オリゴエチレングリコール基、アルキルフェニレン基など、及びXは、チオール基、アミノ基、アルケニル基、アルキニル基、活性エステル基などを表し、nは0〜3の整数である。)
【0014】
一方、機能性有機分子としては、酸化還元酵素、蛍光色素、電荷移動化合物、抗体、分子認識化合物等が用いられ、これらは、上記シランカップリング剤の官能基Xを介して、例えばエステル結合、アミド結合、エーテル結合、スルフィド結合、トリアゾール結合等によりシランカップリング剤に結合することにより導入することができる。
機能性有機分子が導入されたシランカップリング試薬は以下の式(2)で示される。
【0015】
式(2)
【化2】

式中R、R及びRは、式(1)と同じ、X’は式(1)の末端官能基Xを介して形成された結合手、R’は、アルキレン基、オリゴエチレングリコール基、アルキルフェニレン基、または単結合、及びYは、機能性有機分子残基を表す)
【0016】
本発明において、シランカップリング試薬により表面修飾されたシリコン基板は、例えば、以下のようにして作成される。

(1)ドーパント処理されたシリコン基板を、アセトン、アルコールで洗浄後、硝酸中で加熱処理し、表面に酸化膜を形成する。
(2)次いで、酸化膜が形成されたシリコン基板をフッ化水素酸に浸して酸化膜を除去し、表面を水素終端化する。
(3)酸化膜を除去して水素終端化したシリコン基板は、さらにフッ化アンモニウム水溶液に浸漬し、水素終端化表面の平滑化を行う。
(4)水素終端化処理されたシリコン基板をシランカップリング試薬の溶液に浸漬することにより、シランカップリング試薬により表面修飾されたシリコン基板を得る。
【0017】
上記(4)の工程においては、単にシランカップリング剤に基板を浸漬するだけでよく極めて簡便であり、本発明においては、この工程においてシランカップリング試薬として、末端にアミノ基、チオール基、活性エステル基等の官能基を有する式(1)のシランカップリング剤を使用して、表面修飾シリコン基板を得た後、該官能基を利用して機能性有機分子を結合させても良いし、予め式(1)のシランカップリング剤と機能性有機分子とを結合させたシランカップリング試薬をシリコン基板に結合させても良い。
さらに、本発明のシランカップリング試薬による修飾法によっては、シリコン基板上に積層膜のみならず単分子膜を形成することも可能である。特に上記(4)の工程において、使用するシランカップリング試薬と溶媒を選択することにより、自己集合膜(SAM)に相当する高密度の単分子膜修飾が可能である。
【0018】
単分子膜を形成する場合、溶媒として、極性溶媒を使用することが好ましく、極性溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン、アセトニトリルが挙げられる。これに対してトルエン等の非極性溶媒を使用した場合、積層膜が得られやすくなる。
シランカップリング試薬としては、シランカップリング反応における反応性が高いものは、一般に積層膜となりやすく、単分子膜の形成のためには、上記式(1)中、Rが炭素数2以上のトリアルコキシ基からなるもの、好ましくはさらにRが炭素数3以上のアルキレン基からなるものである。Rの炭素数が大きすぎると反応性が低くなり、修飾自体支障を来すので、Rの炭素数の最大値は5程度である。その一方Rがアルキレン基あるいはオリゴエチレングリコール基などの長さは、単分子膜形成には炭素数が大きければ大きいほど好都合であるが、大きすぎると密な単分子膜の形成が困難になるので、実用的なRの炭素数の最大値は30程度である。
【0019】
この単分子膜の形成においては、式(2)の機能性有機分子導入シランカップリング試薬として、式(1)のシランカップリング剤と機能性有機分子を連結する連結基(R’)としてアルキレン基あるいはオリゴエチレングリコール基などを導入し、これらの炭素数を制御することによっても上記と同様に形成することができる。
また、本発明のシランカップリング試薬としてRあるいはR’の炭素数が8以上の場合は非極性溶媒中でも単分子膜形成が可能である。
【0020】
一方、本発明における、末端に有機機能分を有するシランカップリング試薬により表面修飾されたシリコン基板は、例えばセンシング電極、あるいは有機エレクトロニクス材料として使用でき、センシング電極の場合、化合物との相互作用による半導体の電気特性変化を検出するFET(電界効果トランジスタ)センサーや、化合物を酸化還元反応によって検出する電気化学センサーのように用いられる。
また有機エレクトロニクス材料の場合、分子レベルでの整流機能を応用した分子ダイオードや、分子レベルでの構造変化に起因する導電性の変化を応用した分子スイッチのように用いられる。
【実施例】
【0021】
以下の実施例においては、シリコン基板の修飾表面の状態を電気化学的に解析するために、酸化還元機能を持つ各種フェロセンをプローブとして導入したシランカップリング試薬を合成し、シリコン基板の有機薄膜修飾材料として用いた。
【0022】
(実施例1)フェロセン−トリエトキシシランの合成
(1)フェロセンカルボン酸クロライドの合成
【化3】

【0023】
ナスフラスコ(200mL)にフェロセンカルボン酸460mg(2mmol)、オキザリルクロライド1.27g(10mmol)、ベンゼン60mLを入れ、室温で撹拌した。DMFを3滴加え、さらに室温で1時間撹拌した。ベンゼン、オキザリルクロライドを留去し、減圧乾燥してそのまま次の反応に用いた。
褐色固体
粗収率100%
【0024】
(2)フェロセン−トリエトキシシランの合成
【化4】

【0025】
ナスフラスコ(300mL)に窒素雰囲気下アミノプロピルトリエトキシシラン644mg(3mmol)、トリエチルアミン606mg(6mmol)、脱水THF60mLを入れ、0℃で撹拌した。粗フェロセンカルボン酸クロライド497mg(3mmol)の脱水THF溶液30mLを滴下し、窒素雰囲気下室温で12時間撹拌した。THFを留去し、シリカゲルカラム(クロロホルム:メタノール=100:0→1)にて精製した。
【0026】
黄土色固体
収率67%
H−NMR;(CDCl、500MHz)δ:0.70(2H、t、J=8.25Hz)、1.23(9H、t、J=7.10Hz)、1.67〜1.75(2H、m)、3.38(2H、q、J=6.72Hz)、3.84(6H、q、J=7.02Hz)、4.19(5H、s)、4.32(2H、t、J=1.83Hz)、4.65(2H、t、J=1.85Hz)、5.93(1H、t、J=5.95Hz)
【0027】
(実施例2)フェロセン−トリメトキシシランの合成
【0028】
(1)フェロセン−トリメトキシシランの合成
【化5】

【0029】
ナスフラスコ(300mL)に窒素雰囲気下アミノプロピルトリメトキシシラン538mg(3mmol)、トリエチルアミン606mg(6mmol)、脱水THF60mLを入れ、0℃で撹拌した。粗フェロセンカルボン酸クロライド497mg(2mmol)の脱水THF溶液30mLを滴下し、窒素雰囲気下室温で12時間撹拌した。THFを留去し、GPCにて精製した。
【0030】
黄土色固体
収率49%
H−NMR;(CDCl、500MHz)δ:0.68(2H、t、J=8.25Hz)、1.63〜1.73(2H、m)、3.34(2H、q、J=6.55Hz)、3.55(9H、s)、4.16(5H、s)、4.29(2H、t、J=1.83Hz)、4.65(2H、t、J=2.08Hz)、6.12(1H、t、J=6.20Hz)
【0031】
(実施例3)フェロセンアミドドデカン酸−トリエトキシシランの合成
【0032】
(1)フェロセンアミドドデカン酸の合成
【化6】

【0033】
三口フラスコ(100mL)に12−アミノドデカン酸1.29g(6mmol)、水酸化ナトリウム480mg(10mmol)、ジオキサン30mL、水30mLを入れ、室温で撹拌した。
粗フェロセンカルボン酸クロライド1.24g(5mmol)のジオキサン溶液20mLを滴下し、室温で12時間撹拌した。反応液を5wt%塩酸150mLに注ぎ、クロロホルム500mLで抽出した。クロロホルム、ジオキサンを留去し、シリカゲルカラム(クロロホルム:メタノール=100:0→2)にて荒分けし、速やかに再結晶(クロロホルム)を行って目的物を精製した。
黄土色固体
収率82%
【0034】
(2)フェロセンアミドドデカン酸スクシンイミドエステルの合成
【化7】

【0035】
三口フラスコ(100ml)に窒素雰囲気下フェロセンアミドドデカン酸427mg(1mmol)、N−ヒドロキシスクシンイミド138mg(1.2mmol)、ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)162mg(1.2mmol)、ジイソプロピルエチルアミン(D IEA)155mg(1.2mmol)、脱水THF25mL、脱水DMF25mLを入れ、氷冷した。ベンゾトリアゾールイルテトラメチルウロニウムヘキサフルオロフォスフェート(HBTU)467mg(1.1mmol)の脱水DMF溶液20mLを滴下し、窒素雰囲気下室温で12時間撹拌した。THF、DMFを留去し、シリカゲルカラム(クロロホルム:メタノール=100:0→0.5)にて目的物を精製した。
黄土色固体
収率44%
【0036】
(3)フェロセンアミドドデカン酸−シランの合成
【化8】

ナスフラスコ(300ml)に窒素雰囲気下フェロセンアミドドデカン酸スクシンイミドエステル524mg(1mmol)、アミノプロピルトリエトキシシラン322mg(1.5mmol)、脱水THF50mLを入れ、窒素雰囲気下室温で12時間撹拌した。THFを留去し、シリカゲルカラム(クロロホルム:メタノール=100:0→1)にて目的物を精製した。
【0037】
黄土色液体
収率91%
H−NMR;(CDCl、500MHz)δ:0.60(2H、t、J=8.00Hz)、1.19(9H、t、J=7.10Hz)、1.20〜1.38(14H、m)、1.51〜1.63(6H、m)、2.11(2H、t、J=7.55Hz)、3.21(2H、q、J=6.57Hz)、3.33(2H、q、J=6.57Hz)、3.78(6H、q、J=7.02Hz)、4.16(5H、s)、4.29(2H、t、J=1.83Hz)、4.66(2H、t、J=1.85Hz)、5.88(1H、t、J=5.28Hz)、5.93(1H、t、J=5.95Hz)
【0038】
(実施例4)シリコン基板の表面修飾
実施例1〜3のようにして合成したフェロセンを導入した各シランカップリング試薬を用いて、シリコン基板の表面修飾の程度を検討した。
本実施例で用いた表面修飾シリコン基板は以下の手順で作製した。
(1)シリコンウェハとして、(株)ニラコ社製のN−型低抵抗(111)結晶シリコンウェハ(カタログ番号SI−500443)およびP−型低抵抗(111)結晶シリコンウェハ(カタログ番号SI−500444)を用いた。
(2)電子工業用アセトンおよび電子工業用エタノール中で上記シリコンウェハを8分間超音波洗浄し、その後超純水で洗浄した。
(3)石英ビーカーを用い、13M電子工業用硝酸中で80℃、10分間加熱し、表面に酸化膜を形成した。その後超純水で洗浄した。
(4)テフロン製ビーカーを用い、0.6M電子工業用フッ化水素酸に数分浸し、酸化膜を除去した。その後超純水で洗浄した。
(5)手順(3)と(4)を計三回繰り返した。
(6)テフロン製ビーカーを用い、11Mフッ化アンモニウム水溶液に5分間浸し、水素終端化処理し、その後超純水で洗浄した。
(7)表面処理したシリコンウェハを暗所で1時間、室温で減圧乾燥した。
(8)PFA容器を用い、本実施例1〜3で用いた各種フェロセン導入シランカップリング試薬溶液にシリコンウェハを暗所、室温で所定時間浸した。
(9)シリコンウェハを取り出してメタノールで洗浄し、さらにメタノール中で1分間超音波洗浄した後、超純水で洗浄して、実施例1〜3のフェロセン導入シランカップリング試薬により表面修飾されたシリコン基板を得た。
【0039】
フェロセンを導入したシランカップリング剤は、表面修飾が起こればシリコン基板表面にフェロセンが固定化されることから、サイクリックボルタンメトリーを用いてフェロセンの酸化還元反応の有無を観測することによって表面修飾の可否を判定することができる。
フェロセン‐トリエトキシシランの1mMトルエン溶液を調整してシリコン基板を24時間浸し、得られたサンプルのサイクリックボルタモグラムを測定した。その結果、フェロセンの酸化還元反応が認められたことより、ドーパント処理した低抵抗シリコン基板はシランカップリング反応によって表面修飾されることが明らかになった。
【0040】
種々の溶媒とシランカップリング剤を用いてシリコン基板の表面修飾を行い、固定化されたフェロセンの表面濃度経時変化を検討した。結果を図1〜7に示す。シリコン基板表面に固定化されたフェロセンの表面濃度は、サイクリックボルタモグラムの電気量から算出した。
フェロセン−トリエトキシシランのトルエン溶液を用いた図1では、浸漬時間に比例してフェロセン表面濃度が上昇することが明らかになった。単分子膜で表面修飾された場合の最大表面濃度と推定されている10×10−10mol/cmを超えてもフェロセン表面濃度は上昇していることから、多層膜が形成されていることが示された。溶媒にジクロロメタンを用いた図2では、短時間で表面修飾が進行するが、その後の表面濃度上昇は緩やかであり、トルエンと比較して多層膜の形成が抑制される傾向であることが明らかになった。溶媒にTHF、アセトニトリルを用いた図3、4では、表面修飾が進みにくいことが明らかになった。
【0041】
フェロセン−トリメトキシシランのトルエン溶液を用いた図5では、図1と同様な表面濃度の増加傾向が見られた。表面濃度の増加度はフェロセン‐トリエトキシシランより大きいことから、フェロセン‐トリメトキシシランはフェロセン‐トリエトキシシランよりも反応性が高いことが示された。フェロセンアミドドデカン酸−トリエトキシシランのトルエン溶液を用いた図6では、最大単分子膜表面濃度10×10−10mol/cm以下の値でフェロセンの表面濃度増加率が低減していることから、シリコン基板表面が単分子膜修飾されていると考えられる。この結果は、シランカップリング剤の構造を設計することによって、自己集合膜(SAM)のような高密度な単分子膜表面修飾が可能であることを示している。P−型シリコン基板をフェロセン−トリエトキシシランのトルエン溶媒を用いて修飾した図7では、N−型シリコン基板を用いた図1と同様な傾向が見られたことから、P−型シリコン基板もN−型シリコン基板同様に表面修飾されることが示された。
【0042】
(実施例5)シリコン基板修飾表面の電気化学的解析
実施例4の結果より、フェロセンアミドドデカン酸−トリエトキシシランのトルエン溶液を用いた場合には、シリコン基板が単分子膜で表面修飾されていることが示唆された。そこで自己集合膜表面修飾同様な高密度単分子膜表面修飾が可能であるかどうかを、表面修飾したN−型シリコン基板を電極として用い、酸化還元電極反応に対する表面修飾の影響をサイクリックボルタンメトリーで解析することによって検討した。酸化還元剤として機能するルテニウムヘキサミン錯体を加えた硫酸ナトリウム水溶液を電解液に用いた。シリコン基板表面に固定化されたフェロセン表面濃度は6.6×10−10mol/cm、ルテニウムヘキサミン濃度は1mM、硫酸ナトリウム濃度は0.1Mである。
【0043】
その結果を図8に示す。点線で示した表面修飾されていないシリコン基板のサイクリックボルタモグラムと比較して、表面修飾したシリコン基板では、表面修飾による被覆によって酸化還元反応が抑制されていることを示すブロッキング効果が観測された。このようなブロッキング効果は、フェロセン−トリエトキシシランを用いた表面修飾では観測されなかった。よってシランカップリング剤の構造を設計することによって、自己集合膜同様に高密度な単分子膜でシリコン基板表面を修飾することが可能であることが明らかになった。
【0044】
(比較例1)シランカップリング反応とヒドロシリル化反応によるシリコン基板表面修飾の比較
水素終端化処理したシリコン基板は、ヒドロシリル化反応によって表面修飾されることが知られている。そこで下式に示すフェロセン‐オレフィンを用いて紫外光照射ヒドロシリル化反応によってシリコン基板を表面修飾し、実施例5同様に修飾表面の電気化学的解析を行った。
【0045】
その結果、ヒドロシリル化反応によって表面に固定化されたフェロセン濃度は7.3×10−10mol/cmでシランカップリング反応によって固定化されたフェロセン濃度6.6×10−10mol/cmよりも大きいにもかかわらず、ブロッキング効果は認められなかった。この結果は、本発明によるシランカップリング反応による表面修飾法がヒドロシリル化反応による表面修飾法よりも、自己集合膜同様な高密度単分子膜で表面修飾する必要がある場合に適した手法であることを示している。
よって本発明におけるシランカップリング反応によるシリコン基板表面修飾法は、ヒドロシリル化反応による表面修飾法よりも、センシング電極、特に有機エレクトロニクス素子の開発に資する多彩な表面修飾シリコン基板を提供できることが示された。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
シランカップリング試薬により表面修飾された水素終端化シリコン基板であって、該シリコン基板が、ドーパント処理されたN-またはP-型シリコン基板であることを特徴とする、表面修飾シリコン基板。
【請求項2】
シランカップリング試薬による表面修飾が薄膜を形成していることを特徴とする、請求項1に記載の表面修飾シリコン基板。
【請求項3】
薄膜が、シランカップリング試薬の積層膜あるいは単分子膜であることを特徴とする、請求項2に記載の表面修飾シリコン基板。
【請求項4】
水素終端化処理したN-またはP-型シリコン基板の表面をシランカップリング試薬により修飾し、表面修飾シリコン基板を作製する方法であって、上記シリコン基板がドーパント処理されていることを特徴とする、上記表面修飾シリコン基板の作製方法。
【請求項5】
シランカップリング試薬による表面修飾が薄膜を形成していることを特徴とする、請求項4に記載の表面修飾シリコン基板の作成方法。
【請求項6】
薄膜が、シランカップリング試薬の積層膜あるいは単分子膜であることを特徴とする、請求項2に記載の表面修飾シリコン基板の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−49287(P2012−49287A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189219(P2010−189219)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】