説明

表面品質および延性亀裂伝播特性に優れる熱延鋼板およびその製造方法

【課題】表面品質に優れ、かつ延性亀裂伝播特性に優れた熱延鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】C:0.02〜0.08%、Nb:0.03〜0.10%、Ti:0.005〜0.05%を含み、Si、Mn、P、S、Al、Nを適正量に調整した組成を有する鋼素材に、粗圧延工程と、仕上圧延工程と、巻取工程とを順次施すに当たり、粗圧延工程後で仕上圧延工程前に、または、仕上圧延工程中に、表層部を50℃/s以上の冷却速度でAr変態点以下の温度に達するまで急冷する加速冷却を施したのち、該加速冷却を停止し、しかる後に施す仕上圧延は1パス当たりの圧下率を、(1.1×一様伸び)%以下に限定する。これにより、表面品質に優れ、靭性、とくに延性亀裂伝播特性に優れた高張力熱延鋼板とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラインパイプ向け電縫鋼管およびスパイラル鋼管等の用途に供して好適な高張力熱延鋼板の製造方法に係り、とくに表面欠陥の発生防止および延性亀裂伝播特性の向上に関する。なお、鋼板には、鋼板、鋼帯を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、石油危機以来の原油の高騰や、エネルギー供給源の多様化の要求などから、北海、カナダ、アラスカ等のような極寒地での石油、天然ガスの採掘およびパイプラインの敷設が活発に行われるようになっている。さらに、パイプラインにおいては、天然ガスやオイルの輸送効率向上のため、大径で高圧操業を行う傾向となっている。パイプラインの高圧操業に耐えるため、輸送管(ラインパイプ)は厚肉の鋼管とする必要があり、厚鋼板を素材とするUOE鋼管が使用されるようになってきている。しかし、最近では、パイプラインの施工コストの更なる低減という強い要望にしたがい、鋼管の材料コスト低減の要求も強く、輸送管として、厚鋼板を素材とするUOE鋼管に代わり、生産性が高くより安価な、コイル形状の熱延鋼板(熱延鋼帯)を素材とした高強度電縫鋼管あるいはスパイラル鋼管が用いられるようになってきた。
【0003】
これら高強度鋼管には、ラインパイプの破壊を防止する観点から、同時に優れた低温靭性を保持することが要求されている。このような強度と靭性とを兼備した鋼管を製造するために、鋼管素材である鋼板では、熱間圧延後の加速冷却を利用した変態強化や、Nb、V、Ti等の合金元素の析出物を利用した析出強化等による高強度化と、制御圧延等を利用した組織の微細化等による高靭性化が図られてきた。またさらに最近では,極寒地用の鋼管に対しては、パイプラインのバースト破壊を防止する観点から、破壊靭性、とくに優れたCTOD特性、とくに優れたDWTT特性を具備することが要求される場合が多い。
【0004】
このような要求に対し、例えば特許文献1には、C:0.05〜0.12%、Ca:0.0020〜0.0060%を含み、Si、Mn、Al、P、Sを適正量調整して含む連鋳製スラブに、950℃以下で10〜50%の圧下を行い、引続き表面の冷却速度が2℃/s以上で表面温度がAr以下の温度になるまで冷却し、250s未満の復熱後、未再結晶領域にて50%以上の圧延を行い、720〜820℃の範囲で圧延を終了し、引続いて平均冷却速度5〜30℃/sで冷却した後、400〜600℃の範囲で巻取る高靭性耐サワー鋼管用ホットコイルの製造方法が記載されている。特許文献1に記載された技術によれば、耐HIC特性と、低温靭性の両特性に優れたホットコイルが製造でき、寒冷地でのラインパイプの製造が可能となるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、C:0.01〜0.20%を含み、Si、Mn、Al、Nを適正量含有する鋼片を、Ac変態点以上1250℃以下に加熱し、900℃以上の温度での累積圧下率が10〜80%の粗圧延を行ったのち、2〜40℃/sの加速冷却を、該冷却速度における(Ar変態点+50℃)〜(Ar変態点−50℃)まで行って、加速冷却後、累積圧下率30〜90%の仕上げ圧延を650℃以上で終了し、さらに仕上げ圧延終了後、5〜40℃/sの冷却速度で200〜450℃まで再び加速冷却する低温靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製造方法が記載されている。特許文献2に記載された技術によれば、複雑な熱処理工程を必要とすることなく、低降伏比と、優れた低温靭性とを両立させた熱延鋼板を製造することができるとしている。
【0006】
また、特許文献3には、C:0.01〜0.10%、Nb:0.01〜0.1%を含み、Si、Mn、P、S、Nを適正量含み、かつMn/Si:5〜8を満足するように調整した鋼片に、1100℃以上で行う最初の圧下率:15〜30%、1000℃以上での合計圧下率:60%以上、最終圧延の圧下率:15〜30%の条件下で粗圧延を行い、5℃/s以上の冷却速度で鋼板表層部をAr点以下まで冷却し、復熱または強制加熱により、表層部の温度が(Ar−40℃)〜(Ar+40℃)となった時点で仕上圧延を開始し、950℃以下の合計圧下率:60%以上の条件で仕上圧延を終了し、ついで2s以内に冷却を開始し、10℃/s以上の速度で600℃以下まで冷却し、600〜350℃の範囲で巻き取る低温靭性及び溶接性に優れた高強度電縫鋼管用熱延鋼板の製造方法が記載されている。特許文献3に記載された技術によれば、高価な合金元素を添加することなく、また熱処理する必要もなく、低温靭性および溶接性に優れた高強度電縫鋼管を製造することができるとしている。
【特許文献1】特開平7−268467号公報
【特許文献2】特開平10−306316号公報
【特許文献3】特開2001−207220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載された技術で製造された熱延鋼板では、耐HIC特性の向上は顕著であるが、DWTT特性やCTOD特性の向上は顕著ではなく、さらに表面割れが発生する場合があり、問題を残していた。さらに、特許文献1に記載された技術では、未再結晶域圧下量を極めて大きくしなければならず、圧延機に過大な負荷が掛かることや、板厚の厚いものの製造が困難となるなどの問題もあった。また、特許文献2、特許文献3に記載された技術で製造された熱延鋼板では、表面割れが多発する場合があるという問題があった。
【0008】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、低温大圧下圧延を行っても表面割れ等の表面欠陥の発生がなく表面品質に優れ、しかも低温靭性、とくに延性亀裂伝播特性に優れた熱延鋼板を製造することが可能となる、高張力熱延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。なお、ここでいう「鋼板」は、引張強さTSが490MPa以上の鋼板をいうものとする。また、「表面品質に優れた」とは、製品(鋼板)で深さ100μm以上の表面割れが発生しない場合をいうものとする。また、「延性亀裂伝播特性に優れた」とは、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である場合をいう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した課題を達成するために、靭性、表面品質に及ぼす各種要因について鋭意研究を重ねた。その結果、本発明者らは、表面割れ等の表面欠陥は、高靭性を確保するために低温圧延を指向したことによる、表層部の過冷却による延性低下、あるいはさらに表層部への過大な圧下による、粒界フェライトの割れにその主因があることを突き止めた。しかし、本発明者らの検討によれば、高靭性熱延鋼板を得るためには、被圧延材の温度を高靭化に有効な温度域に冷却したのち、所定範囲の圧下を施す仕上圧延を行うことが肝要であり、そのために仕上圧延前あるいは仕上圧延中に加速冷却を施し、その後の仕上圧延で所定値以上の有効圧延率を施すことが必須となることを知見した。そして、高靭性と、優れた表面品質とを両立させるためには、Ar変態点を下回るような低温に冷却する場合には、その後に施す仕上圧延における1パス当たりの圧下量を、高温での一様伸び(均一伸び)値と関連する値以下とする圧延を行うことがよいことを知見した。そして、このような処理は、既存の、仕上圧延前の冷却手段、仕上圧延機内の冷却手段を積極的に活用することにより、達成できることを見いだした。
【0010】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次の通りである。
(1)質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.5%以下、Mn:0.8〜1.8%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.005%以下、Nb:0.03〜0.10%、Ti:0.005〜0.05%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材に、粗圧延を施しシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーに仕上圧延を施し熱延板とする仕上圧延工程と、該熱延板を巻き取る巻取工程とを順次施す熱延鋼板の製造方法において、前記粗圧延工程後で、前記仕上圧延工程前に、前記シートバーに、表層部を50℃/s以上の冷却速度でAr3変態点以下の温度に達するまで急冷する加速冷却を施したのち、該加速冷却を停止し、しかる後に、前記仕上圧延工程における仕上圧延を、1パス当たりの圧下率が(1.1×一様伸び)%以下(ここで、一様伸び:950℃まで加熱したのちAr3変態点以下まで冷却し、ついで950℃まで再加熱して高温引張試験を行ったときに、得られた応力−歪曲線における一様伸び値(%))である圧延とすることを特徴とする、引張強さTSが490MPa以上で、深さ100μm以上の表面割れがない表面品質に優れ、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れる熱延鋼板の製造方法。
(2)質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.5%以下、Mn:0.8〜1.8%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.005%以下、Nb:0.03〜0.10%、Ti:0.005〜0.05%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材に、粗圧延を施しシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーに仕上圧延を施し熱延板とする仕上圧延工程と、該熱延板を巻き取る巻取工程とを順次施す熱延鋼板の製造方法において、前記仕上圧延工程で少なくとも1回、圧延パス間で、仕上圧延途中の熱延板に、表層部が50℃/s以上の冷却速度でAr3変態点以下の温度に達するまで急冷する加速冷却を施したのち、該加速冷却を停止し、さらに、仕上圧延を、1パス当たりの圧下率が(1.1×一様伸び)%以下(ここで、一様伸び:950℃まで加熱したのちAr3変態点以下まで冷却し、ついで950℃まで再加熱して高温引張試験を行ったときに、得られた応力−歪曲線における一様伸び値(%))である圧延として行い、所定寸法形状の熱延板とすることを特徴とする、引張強さTSが490MPa以上で、深さ100μm以上の表面割れがない表面品質に優れ、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れる熱延鋼板の製造方法。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.005〜0.5%、Ni:0.005〜0.5%、Cr:0.005〜0.5%、Mo:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記巻取工程における前記熱延板の巻取り温度を350〜700℃とし、巻き取ったのちの冷却速度をコイル中央部で5〜20℃/hとすることを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
(5)(1)ないし(4)のいずれかに記載の熱延鋼板の製造方法で製造された熱延鋼板であって、質量%で、C:0.02〜0.08%、Si:0.5%以下、Mn:0.8〜1.8%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.10%、N:0.005%以下、Nb:0.03〜0.10%、Ti:0.005〜0.05%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、ベイニティックフェライト単相からなる組織とを有し、引張強さTSが490MPa以上であることを特徴とする深さ100μm以上の表面割れがない表面品質およびCTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れた熱延鋼板。
(6)(5)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.005〜0.5%、Ni:0.005〜0.5%、Cr:0.005〜0.5%、Mo:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする熱延鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、表面割れ等の表面欠陥の発生がなく表面品質に優れ、しかも低温靭性、とくに延性亀裂伝播特性に優れた高張力熱延鋼板を、容易にかつ生産性高く製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、鋼管の材料コストを低減でき、したがってパイプラインの施工コストの更なる低減が可能となるという効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず、本発明で使用する鋼素材の組成限定理由について説明する。なお、とくに断らないかぎり質量%は単に%と記す。
C:0.02〜0.08%、
Cは、鋼の強度を上昇させる作用を有する元素であり、本発明では所望の高強度を確保するために、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.08%を超える過剰な含有は、パーライト等の第二相の組織分率を増大させ、母材靭性および溶接熱影響部靭性を低下させる。このため、Cは0.02〜0.08%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.02〜0.05%である。
【0013】
Si:0.5%以下
Siは、固溶強化、焼入れ性の向上を介して、鋼の強度を増加させるが、同時に靭性を低下させる作用を有し、また、Siは電縫溶接時にSiの酸化物を形成し、電縫溶接部の靭性を低下させる。このため、本発明では、Siはできるだけ低減することが望ましいが、0.5%までは許容できることから、Siは0.5%以下に限定した。なお、好ましくは0.3%以下である。
【0014】
Mn:0.8〜1.8%
Mnは、焼入性を向上させる作用を有し、焼入性向上を介し鋼板の強度を増加させる。また、Mnは、MnSを形成しSを固定することにより、Sの粒界偏析を防止してスラブ(鋼素材)割れを抑制する。このような効果を得るためには、0.8%以上の含有を必要とする。一方、1.8%を超える含有は、偏析を助長し、セパレーションの発生を増加させる。この偏析を消失させるには、1300℃を超える温度に加熱する必要があり、このような熱処理を工業的規模で実施することは現実的でない。このため、Mnは0.8〜1.8%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.9〜1.7%である。
【0015】
P:0.025%以下
Pは、鋼中に不純物として不可避的に含まれるが、鋼の強度を上昇させる作用を有する。しかし、0.025%を超えて過剰に含有すると溶接性が低下する。このため、Pは0.025%以下に限定した。なお、好ましくは0.015%以下である。
S:0.005%以下
Sは、Pと同様に鋼中に不純物として不可避的に含まれるが、0.005%を超えて過剰に含有すると、スラブ割れを生起させるとともに、熱延鋼板においては粗大なMnSを形成し、延性の低下を生じさせる。このため、Sは0.005%以下に限定した。なお、好ましくは0.003%以下である。
【0016】
Al:0.005〜0.10%
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、このような効果を得るためには、0.005%以上含有することが望ましい。一方、0.10%を超える含有は、電縫溶接時の、溶接部の清浄性を著しく損なう。このようなことから、Alは0.005〜0.10%に限定した。なお、好ましくは0.005〜0.08%である。
【0017】
N:0.005%以下
Nは、鋼中に不可避的に含まれる元素であるが、過剰な含有はスラブ鋳造時の割れを多発させる。このため、Nは0.005%以下に限定した。なお、好ましくは0.003%以下である。
Nb:0.03〜0.10%
Nbは、オーステナイト粒の粗大化、再結晶を抑制する作用を有する元素であり、熱間仕上圧延におけるオーステナイト未再結晶温度域圧延を可能にするとともに、炭窒化物として微細析出することにより、溶接性を損なうことなく、少ない含有量で熱延鋼板を高強度化する作用を有する。このような効果を得るためには、0.03%以上の含有を必要とする。一方、0.10%を超える過剰な含有は、熱間仕上圧延中の圧延荷重の増大をもたらし、熱間圧延が困難となる場合がある。このため、Nbは0.03〜0.10%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.03〜0.07%である。
【0018】
Ti:0.005〜0.05%
Tiは、窒化物を形成しNを固定しスラブ(鋼素材)割れを防止する効果を有するとともに、炭化物として微細析出することにより、鋼板を高強度化させる。このような効果は、0.005%以上の含有で顕著となるが、0.05%を超える含有は析出強化により降伏点が著しく上昇する。このため、Tiは0.005〜0.05%に限定した。なお、好ましくは0.005〜0.03%である。
【0019】
上記した成分が基本の組成であるが、この基本の組成に加えてさらに、Cu:0.005〜0.5%、Ni:0.005〜0.5%、Cr:0.005〜0.5%、Mo:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成としてもよい。
【0020】
Cu、Ni、Cr、Mo、Vはいずれも、焼入れ性を向上させ、鋼板の強度を増加させる元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して含有できる。
Cuは、焼入れ性を向上させるとともに、固溶強化あるいは析出強化により鋼板の強度を増加させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.005%以上含有することが望ましいが、0.5%を超える含有は熱間加工性を低下させる。このため、Cuは0.005〜0.5%に限定することが好ましい。
Niは、焼入れ性を向上させ、鋼板の強度を増加させるとともに、靭性を向上させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、0.005%以上含有することが望ましいが、0.5%を超えて含有しても効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。このため、Niは0.005〜0.5%に限定することが好ましい。
【0021】
Crは、焼入性を向上させ、鋼板強度を増加させる作用を有する元素である。このような効果は、0.005%以上の含有で顕著となる。一方、0.5%を超える過剰の含有は、電縫溶接時に溶接欠陥を多発させる傾向となる。このため、Crは0.005以上0.5%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.15〜0.3%である。
Moは、焼入性を向上させるとともに、炭化物を形成して鋼板を高強度化する作用を有する元素であり、このような効果は0.005%以上の含有で顕著となる。一方、0.3%を超える多量の含有は、溶接性を低下させる。このため、Moは0.005〜0.3%に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.1〜0.3%である。
【0022】
Vは、焼入性を向上させるとともに、炭窒化物を形成して鋼板を高強度化する作用を有する元素であり、このような効果は0.005%以上の含有で顕著となる。一方、0.3%を超える過剰の含有は、溶接性を劣化させる。このため、Vは0.005〜0.3%とすることが好ましい。なお、より好ましくは0.005〜0.15%である。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0023】
上記した組成の鋼素材に、粗圧延を施しシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーに仕上圧延を施し熱延板とする仕上圧延工程と、該熱延板を巻き取る巻取工程とを順次施す。なお、鋼素材の製造方法はとくに限定する必要はない。上記した組成の溶鋼を転炉等の通常の溶製法で溶製し、連続鋳造法、造塊−分塊法等の通常の鋳造方法で鋼素材とすることができる。
【0024】
上記した組成の鋼素材は、加熱され、まず粗圧延工程を施される。加熱温度は、とくに限定されないが、1000〜1250℃の範囲の温度とすることが好ましい。加熱温度が1000℃未満では、変形抵抗が高く、圧延機への負荷が過大となりすぎる。一方、1250℃を超えて高温とすると、結晶粒が粗大化しすぎて熱延板の靭性が低下する。また、スケールロスが多くなり、歩留が低下する。なお、粗圧延工程では、所定寸法のシートバーとすることができればよく、とくに粗圧延条件は限定されない。
【0025】
粗圧延工程を経て得られたシートバーには、仕上圧延工程を施すが、仕上圧延工程前に、加速冷却を施すことが好ましい。加速冷却は、シートバー等を冷却し、高靭化に有効な温度域に冷却して、その後の仕上圧延により、靭性を有効に向上させるために施す。加速冷却を施すことにより、高靭化に有効な温度域に冷却された板厚方向の領域が拡大でき、仕上圧延による靭性向上の程度を大きくすることができる。なお、仕上圧延工程前の加速冷却は、既存のFSB、ロール抜熱、ストリップクーラント等の冷却手段によって容易に行える。
【0026】
加速冷却は、シートバーの表層部が50℃/s以上の冷却速度で、Ar変態点以下の温度に達するまで急冷する冷却とする。これにより、シートバー中心部近傍までを、高靭化に有効な温度域である、930℃以下の温度とすることが容易となり、有効圧延率を増大することができる。しかし、加速冷却の冷却停止温度がAr変態点以下となると、その後の仕上圧延条件によっては表層部に割れが発生する危険性が高くなる。この場合には、加速冷却後の仕上圧延の条件を特定範囲の条件とする必要がある。なお、加速冷却の冷却停止温度がAr3変態点以下で350℃未満の場合には、巻取り工程で問題が生じる。なお、ここで、「表層部の温度」は、放射温度計により測定される値とする。加速冷却の冷却速度が50℃/s未満では、高靭化に有効な温度域に冷却するまでの時間がかかり、生産性が低下する。
【0027】
加速冷却を施されたシートバーは、ついで、仕上圧延工程を施す。この仕上圧延工程では、複数の圧延機を直列に並べて、連続的に圧延する。なお、加速冷却は、上記したように、粗圧延工程後で仕上圧延工程前に施すことに代えて、仕上圧延工程中に行ってもよい。
仕上圧延工程中に加速冷却を施す場合には、直列に並んだ圧延機の間で、少なくとも1回、パス間で、仕上圧延途中の熱延板に施すことが好ましい。仕上圧延工程中の加速冷却は、仕上圧延ミル内のクーラントを利用することにより行うことができる。なお、仕上圧延工程中の加速冷却も、仕上圧延工程前の加速冷却と同様に、圧延途中の熱延板の表層部が50℃/s以上の冷却速度で、Ar3変態点以下、好ましくは350℃以上の温度まで急冷、する冷却とする。
【0028】
加速冷却を施された熱延板は、仕上圧延工程における所定の圧下を施されて所定寸法の熱延板とされる。なお、本発明では、仕上圧延における有効圧下率は、20%以上とすることが高靭性化の観点から好ましい。有効圧下率とは、高靭化に有効な温度域である、930℃以下の温度域での全圧下量をいう。
加速冷却の停止温度が、Ar3変態点以下では、表層部の組織がフェライト+オーステナイトの二相となり、表面欠陥の発生を避けるために、本発明では、加速冷却停止後の仕上圧延における1パス当たりの圧下率を、(1.1×一様伸び)%以下に限定する。なお、ここでいう「一様伸び」は、950℃まで加熱したのちAr3変態点以下まで冷却し、ついで950℃まで再加熱して高温引張試験を行ったときに、得られた応力−歪曲線における一様伸び値(%)をいう。1パス当たりの圧下率が、(1.1×一様伸び)%を超えて大きくなると、析出したフェライトに歪が集中し、表層に割れを誘発しやすくなる。
【0029】
仕上圧延工程を経て得られた熱延板は、ついで巻取工程でコイル状に巻き取られる。本発明における巻取工程では、巻取り温度は350〜700℃とすることが好ましい。なお、仕上圧延終了後、熱延板に、好ましくは冷却速度:10℃/s以上で、巻取り温度まで冷却することが好ましい。巻取り温度が350℃未満では、鋼板各位置での温度ばらつきが大きくなり、材質ばらつきや形状のばらつきが生じ、さらには、コイラー能カによっては巻き取ることができない場合も生ずる。一方、巻取り温度が700℃を超えると、結晶粒が粗大化し、靭性が低下する。このようなことから、巻取り温度は350〜700℃とすることが好ましい。また、コイル状に巻き取ったのち、コイル中央部の冷却速度で5〜20℃/hで室温まで冷却することが好ましい。コイル状に巻き取ったのちの冷却速度が、5℃/h未満では結晶粒が粗大化し、靭性が低下する。一方、20℃/hを超えると、通常の巻取り設備では冷却が不可能でなり、新たな設備投資が必要となる。また、コイル中央部と外周、内周部との温度差が大きくなり、材質不均一を招きやすい。
【0030】
なお、表面割れは、表層部と板厚中心部との温度差が大きい厚肉鋼板の製造の際に生じやすいため、本発明の効果は厚肉鋼板ほど顕著となる。ここで、「厚肉」とは、WT17.5mm以上、とくにWT19.1mm以上を指す。
上記した製造条件で得られる熱延鋼板は、上記した組成を有し、かつベイニティックフェライト単相からなる組織とを有し、引張強さTSが490MPa以上であり、深さ100μm以上の表面欠陥(表面割れ)の発生がなく表面品質に優れ、CTOD試験における−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上で延性亀裂伝播特性に優れた鋼板である。なお、ここで、「ベイニティックフェライト」とは、結晶粒内の転位密度が高く、低温で変態した、ラス間にセメンタイトの析出がほとんど見られないベイナイト相をいうものとする。
【実施例】
【0031】
表1に示す組成を有するスラブ(鋼素材)(肉厚:215mm)を、表2に示す温度に加熱し、表2に示す条件で粗圧延工程、仕上圧延工程、および巻取工程を施し、表2に示す板厚の熱延板とした。なお、加速冷却を、粗圧延工程後で仕上圧延工程前に、および/または、仕上圧延工程中のパス間に、表2に示す条件で施した。仕上圧延工程後の巻取工程では、表2に示す冷却速度で冷却し、表2に示す巻取り温度で巻き取り、コイル状としたのち、表2に示す冷却速度で室温まで冷却した。
【0032】
得られた熱延板について、組織観察、表面品質試験、引張試験、衝撃試験、CTOD試験、DWTT試験を実施した。試験方法は次のとおりである。
(1)組織観察
得られた熱延板から、組織観察用試験片を採取し、圧延方向に垂直な断面(C断面)を研磨、腐食して、走査型電子顕微鏡を用いて組織を観察した。
(2)表面品質試験
得られた熱延板について、鋼板の全域にわたり表面を目視または拡大鏡で観察し、割れの有無を調査し、表面品質を評価した。深さ100μm以上の割れ等の表面欠陥が発生した場合を×、発生しなかった場合を○として評価した。
(3)引張試験
得られた熱延板の板厚中央部から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるように、小型丸棒引張試験片を採取して、引張試験を実施し、引張強さTSを求めた。
(4)衝撃試験
得られた熱延板の板厚中央部から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるようにVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、試験温度:−80℃での吸収エネルギー(J)を求めた。なお、試験片は3本とし、得られた吸収エネルギー値の算術平均をもとめ、その鋼板の吸収エネルギー値vE−80(J)とした。
(5)CTOD試験
得られた熱延板から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるようにCTOD試験片を採取し、BS 7448:Part1 1991の規定に準拠して、試験温度:−10℃でCTOD試験を行い、−10℃での限界開口変位量δc(mm)を求め、延性亀裂伝播特性を評価した。
(6)DWTT試験
得られた熱延板から、圧延方向に直交する方向(C方向)が長手方向となるようにDWTT試験片を採取し、ASTM E436の規定に準拠して、DWTT試験を実施し、DWTT温度(℃)(:延性破面率が85%となる温度)を求め、靭性を評価した。
【0033】
得られた結果を表3に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【0037】
本発明例はいずれも、表面割れの発生もなく、表面品質に優れ、かつCTOD試験における−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上であり、延性亀裂伝播特性に優れ、高靭性の高張力熱延鋼板となっている。一方、本発明を外れる比較例は、表面割れが発生しているか、延性亀裂伝播特性が低下して、靭性が低下しているか、あるいは表面割れが発生し、かつ延性亀裂伝播特性が低下し靭性が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02〜0.08%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.8〜1.8%、 P:0.025%以下、
S:0.005%以下、 Al:0.005〜0.10%、
N:0.005%以下、 Nb:0.03〜0.10%、
Ti:0.005〜0.05%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材に、粗圧延を施しシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーに仕上圧延を施し熱延板とする仕上圧延工程と、該熱延板を巻き取る巻取工程とを順次施す熱延鋼板の製造方法において、前記粗圧延工程後で、前記仕上圧延工程前に、前記シートバーに、表層部を50℃/s以上の冷却速度でAr3変態点以下の温度に達するまで急冷する加速冷却を施したのち、該加速冷却を停止し、しかる後に、前記仕上圧延工程における仕上圧延を、1パス当たりの圧下率が(1.1×一様伸び)%以下(ここで、一様伸び:950℃まで加熱したのちAr3変態点以下まで冷却し、ついで950℃まで再加熱して高温引張試験を行ったときに、得られた応力−歪曲線における一様伸び値(%))である圧延とすることを特徴とする、引張強さTSが490MPa以上で、深さ100μm以上の表面割れがない表面品質に優れ、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れる熱延鋼板の製造方法。
【請求項2】
質量%で、
C:0.02〜0.08%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.8〜1.8%、 P:0.025%以下、
S:0.005%以下、 Al:0.005〜0.10%、
N:0.005%以下、 Nb:0.03〜0.10%、
Ti:0.005〜0.05%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼素材に、粗圧延を施しシートバーとする粗圧延工程と、該シートバーに仕上圧延を施し熱延板とする仕上圧延工程と、該熱延板を巻き取る巻取工程とを順次施す熱延鋼板の製造方法において、前記仕上圧延工程で少なくとも1回、圧延パス間で、仕上圧延途中の熱延板に、表層部が50℃/s以上の冷却速度でAr3変態点以下の温度に達するまで急冷する加速冷却を施したのち、該加速冷却を停止し、さらに、仕上圧延を、1パス当たりの圧下率が(1.1×一様伸び)%以下(ここで、一様伸び:950℃まで加熱したのちAr3変態点以下まで冷却し、ついで950℃まで再加熱して高温引張試験を行ったときに、得られた応力−歪曲線における一様伸び値(%))である圧延として行い、所定寸法形状の熱延板とすることを特徴とする、引張強さTSが490MPa以上で、深さ100μm以上の表面割れがない表面品質に優れ、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れる熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.005〜0.5%、Ni:0.005〜0.5%、Cr:0.005〜0.5%、Mo:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1または2に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記巻取工程における前記熱延板の巻取り温度を350〜700℃とし、巻き取ったのちの冷却速度をコイル中央部で5〜20℃/hとすることを特徴とする請求項1ないしのいずれかに記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の熱延鋼板の製造方法で製造された熱延鋼板であって、
質量%で、
C:0.02〜0.08%、 Si:0.5%以下、
Mn:0.8〜1.8%、 P:0.025%以下、
S:0.005%以下、 Al:0.005〜0.10%、
N:0.005%以下、 Nb:0.03〜0.10%、
Ti:0.005〜0.05%
を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、ベイニティックフェライト単相からなる組織とを有し、引張強さTSが490MPa以上であることを特徴とする深さ100μm以上の表面割れがない表面品質に優れ、CTOD試験で−10℃での限界開口変位量δcが0.25mm以上である延性亀裂伝播特性に優れた熱延鋼板。
【請求項6】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.005〜0.5%、Ni:0.005〜0.5%、Cr:0.005〜0.5%、Mo:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項に記載の熱延鋼板。

【公開番号】特開2013−47392(P2013−47392A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−224674(P2012−224674)
【出願日】平成24年10月10日(2012.10.10)
【分割の表示】特願2007−116477(P2007−116477)の分割
【原出願日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】