説明

表面被覆切削工具

【課題】Ni基合金、Co基合金などの耐熱合金の高速切削条件下で、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体表面に、1〜50nmの層厚の薄層Aと1〜50nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された複層領域と、100〜500nmの層厚の単一層にて構成された単層領域との交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、薄層Aは、[Ti1−XSi]N(Xは原子比で0.01〜0.30)層、薄層Bは、[Ti1−Y]N(Yは原子比で0.40〜0.70)層であって、単一層は、上記薄層Aまたは薄層Bと同一種の層で構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の切削加工を、高い発熱を伴う高速切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
また、具体的な被覆工具としては、例えば、特許文献1に示されるように、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層として種類Aの一次部分的層と種類Bの二次部分的層の交互積層からなる硬質被覆層を形成し、さらに、上記種類Aの一次部分的層を交互積層構造(例えば、TiN−AlN,HfC−NbO,ZrCN−TaN,VN−BN,Al2O3−TiCN,TiAlN−TiNの組み合わせからなる交互積層構造)で構成し、上記種類Bの二次部分的層を単一層(例えば、TiN,TiC,SiC,TaCN)で構成した被覆工具(以下、従来被覆工具という)が知られており、この被覆工具は、耐溶着性、耐摩耗性に優れることが知られている。
また、特許文献2〜4に示されるように、WC基超硬合金からなる工具基体の表面に、複層構造の硬質被覆層を形成した被覆工具において、複層構造を構成する一つの層として、TiとSi系の複合窒化物層(以下、(Ti,Si)N層という)を設けることも知られており、(Ti,Si)N層によって、高温硬さ、耐酸化性が向上することも知られている。
【0004】
そして、前記特許文献1〜4に示される被覆工具は、例えば、蒸着形成する硬質被覆層の種類に応じた成分組成を有する複数のカソード電極(蒸発源)を配置したアークイオンプレーティング装置において、装置内に工具基体を装入し、装置内を窒素ガス反応雰囲気とし、また、加熱した状態で、複数のカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に、順次、アーク放電を発生させ、上記工具基体には、バイアス電圧を印加した条件で成膜することにより、工具基体の表面に、交互積層構造、あるいは、複層構造の硬質被覆層を蒸着形成することにより製造されることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4185172号明細書
【特許文献2】特開2000−334606号公報
【特許文献3】特開2000−334607号公報
【特許文献4】特開2008−162009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工はますます高速化の傾向にあり、さらに、各種の被削材に対する切削工具の汎用化も求められているが、上記特許文献1〜4に示される被覆工具においては、これを、鋼や鋳鉄等の通常条件の切削に用いた場合には特段の問題は生じないが、例えば、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高熱発生を伴う高速切削加工に用いた場合には、被削材である耐熱合金の熱伝導率が低く、切削熱によって切削工具の刃先の表面温度が高くなるため、交互積層構造あるいは複層構造を構成する硬質被覆層の層間剥離が生じ、その結果、硬質被覆層の耐摩耗性が十分に発揮されず、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高熱発生を伴う高速切削加工に用いたような場合にも、溶着の発生、層間剥離が生じることなく、硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った。
【0008】
上記の従来の被覆工具の交互積層、複層の一つの層を構成する(Ti,Si)N層においては、Ti成分には高温靭性、高温強度を向上させる作用があり、また、Si成分は耐酸化性を向上させ、酸化による層の硬度低下を抑制することから、交互積層、複層の一つの層として(Ti,Si)N層を備えることにより、通常の切削条件では、耐酸化性、耐摩耗性の改善が見られる。
しかし、上記(Ti,Si)N層は、靭性に劣り、しかも、潤滑性も充分でないため、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高速切削においては、切刃表面温度が高温になるため、チッピング、欠損等の異常損傷を発生しやすく、また、(Ti,Si)N層が交互積層構造の一つの層を構成している場合、硬質被覆層内にはその層厚が増大するほど内部応力(歪み)が蓄積されるようになるが、この内部応力(歪み)が切削加工時の高熱によって開放される際に、交互積層を構成する各層間での剥離が生じ易くなるという問題点があった。
【0009】
そこで、本発明者等は、交互積層構造を構成する層材質についてさらに詳細に検討したところ、従来のように、硬質被覆層を規則的な交互積層構造として構成するのではなく、硬質被覆層を、(Ti,Si)N層からなる薄層Aと、(Ti,V)N層からなる薄層Bとが交互に積層されている複層領域と、(Ti,Si)N層または(Ti,V)N層のいずれかの単一層からなる単層領域とで構成するとともに、上記複層領域と単層領域との交互積層構造として硬質被覆層を構成したところ、以下のような知見を得たのである。
【0010】
すなわち、(Ti,Si)N層からなる薄層Aと、(Ti,V)N層からなる薄層Bとが交互に積層されている硬質被覆層の複層領域では、それぞれの層の粒の粗大化が防止され、膜強度が向上するとともに、すぐれた耐酸化性、高硬度、高靭性、高潤滑性を備え、さらに、薄層Aと薄層Bとの交互積層構造が、クラックの伝播・進展を防止することで、耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が向上する。
これに加えて、硬質被覆層中には、(Ti,Al)N層または(Ti,V)N層の単一層からなる単層領域が形成されたことによって、層厚の増大にしたがって複層領域に蓄積された内部応力(歪み)は、単層領域の存在によって緩和されるようになるため、硬質被覆層全体としては、大きな内部応力(歪み)が発生することはなく、その結果として、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高速切削において、層間剥離の発生が抑制されるようになることを見出したのである。
【0011】
この発明は、上記の知見に基づいてなされたものであって、
「 工具基体表面に硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
上記硬質被覆層は、1〜50nmの層厚の薄層Aと1〜50nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された複層領域と、100〜500nmの層厚の単一層からなる単層領域とを備え、しかも、上記硬質被覆層は、上記複層領域と上記単層領域との交互積層構造として構成され、さらに、
(a)上記薄層Aは、
組成式:[Ti1−XSi]N
で表した場合、Xは0.01〜0.30(但し、原子比)を満足するTiとSiの複合窒化物層からなり、
(b)上記薄層Bは、
組成式:[Ti1−Y]N
で表した場合、Yは0.40〜0.70(但し、原子比)を満足するTiとVの複合窒化物層からなり、
(c)上記単一層は、
組成式:[Ti1−XSi]N
で表した場合、Xは0.01〜0.30(但し、原子比)を満足するTiとSiの複合窒化物層、または、
組成式:[Ti1−Y]N
で表した場合、Yは0.40〜0.70(但し、原子比)を満足するTiとVの複合窒化物層の何れかからなる、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
この発明の被覆工具の硬質被覆層について、以下に説明する。
【0013】
複層領域の薄層A((Ti,Si)N層):
薄層B((Ti,Al)N層)と交互に積層されてこの発明の硬質被覆層の複層領域を形成する(Ti,Si)N層からなる薄層Aは、Si成分によって、すぐれた耐酸化性を有するため、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高速切削における高温下においても、すぐれた高硬度を維持する。
(Ti,Si)N層からなる薄層Aを、
組成式:[Ti1−XSi]N
で表した場合、Xは0.01〜0.30(但し、原子比)を満足するTiとSiの複合窒化物層からなるが、Siの含有割合を示すXの値(但し、原子比)が、0.01未満であると、薄層Aの有する高温硬さが不十分となり、一方、Xの値が0.30を超えると、薄層Aの高温靭性、高温強度が低下するようになることから、Xの値は、0.01〜0.30(但し、原子比)と定めた。
【0014】
複層領域の薄層B((Ti,Al)N層):
薄層A((Ti,Si)N層)と交互に積層されてこの発明の硬質被覆層の複層領域を形成する(Ti,Al)N層からなる薄層Bは、靭性および潤滑性にすぐれることから、薄層Aと交互に積層されることにより、云わば、薄層Aに相対的に不足する特性を補完すると同時に、複層領域の強度を高め、さらに、層間密着性を高める。
(Ti,V)N層からなる薄層Bを、
組成式:[Ti1−Y]N
で表した場合、Yは0.40〜0.70(但し、原子比)を満足するTiとVの複合窒化物層であり、Vの含有割合を示すYの値(但し、原子比)が、0.40未満であると、薄層Bの靭性および潤滑性が不十分となり、一方、Yの値が0.70を超えると、薄層Bの高温硬さが低下するので、Yの値は、0.40〜0.70(但し、原子比)と定めた。
【0015】
薄層A、薄層Bの層厚:
薄層Aと薄層Bとを交互に積層して構成した複層領域では、それぞれの層が隣接して組成の異なる層を形成することにより、それぞれの層の粒子の成長の粗大化が防止され、粒子の微細化が図られ、膜強度が向上するとともに、この積層構造によってクラックの伝播・進展が防止されることで耐欠損性、耐チッピング性が向上するが、上記薄層A及び薄層Bのそれぞれの層厚が1nm未満では、各薄層を所定組成のものとして明確に形成することが困難であるばかりか、各薄層の有する上記のすぐれた特性を発揮することができず、一方、それぞれの層厚が50nmを超えると、粒子の粗大化による膜強度の低下により、耐欠損性、耐チッピング性が低下することから、薄層A、薄層Bのそれぞれの層厚を、1〜50nmと定めた。
また、薄層Aと薄層Bとを交互に積層した複層領域は、その領域厚みが0.01μm未満では、薄層Aの備える高硬度を充分発揮して耐摩耗性の向上を図ることができず、一方、その領域厚みが0.5μmを超えると、チッピング、欠損を発生しやすくなるので、薄層Aと薄層Bとを交互に積層した複層領域の領域厚みは、0.01〜0.5μmであることが望ましい。
【0016】
単層領域:
単層領域は、上記薄層Aと同一の成分組成の単一層、あるいは、の成分・組成は、前記薄層Bと同一の成分組成の単一層で構成するが、硬質被覆層中におけるすべての単層領域が、薄層Aと同一材種の単一層、あるいは、薄層Bと同一材種の単一層で形成されていなければならないわけではなく、例えば、工具基体側の単層領域薄層Aと同一材種の単一層で構成され、また、硬質被覆層の表層側では、薄層Aと同一材種の単一層で単層領域が構成されていてもよい。
すなわち、層厚方向に沿って形成されている単層領域は、薄層Aと同一材種で、あるいは、薄層Bと同一材種で、単一層として構成されていれば良い。
この単層領域は、その材種に応じた所定の作用効果を備える(例えば、薄層Aと同一材種であれば、高硬度、耐酸化性を備え、また、薄層Bと同一材種であれば、高靭性、高潤滑性を備える)が、このような作用効果に加えて、単層領域の存在は、複層領域において増大蓄積された内部応力(歪み)を、この単層領域で緩和するという点で大きな技術的な意義があり、また、切削加工時に硬質被覆層に加わった衝撃力を、この単層領域で緩和する作用もある。
したがって、硬質被覆層全体としては、その内部に大きな内部応力(歪み)が形成されることはなく、その結果として、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高熱発生を伴う高速切削においても、層間剥離の発生が抑制される。
ただ、単層領域の領域厚さが100nm未満の場合、内部応力の緩和作用、衝撃力の緩和作用が十分期待できず、一方、その厚さが500nmを超えると、硬質被覆層全体として耐酸化性、高温硬さが低下するようになることから、単層領域の領域厚さは、100〜500nmと定めた。
【0017】
硬質被覆層の層厚:
上記複層領域と上記単層領域との交互積層として構成される硬質被覆層は、その全体層厚が0.3μm未満であると、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を十分に発揮できず、一方、全体層厚が5μmを超えると、チッピング、欠損等を発生しやすくなることから、硬質被覆層の全体層厚は、0.3〜5μmとすることが望ましい。
【発明の効果】
【0018】
この発明の表面被覆切削工具は、硬質被覆層が、薄層Aと薄層Bとが交互に積層された複層領域と、単一層からなる単層領域との交互積層構造として構成されていることにより、複層領域ではそれぞれの薄層の膜強度が向上し、薄層Aによりすぐれた耐酸化性、高硬度を、また、薄層Bにより高靭性、高潤滑性を備え、さらに、クラックの伝播・進展が抑制されることで、耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が改善されるとともに、これに加えて、単層領域の存在によって、特に複層領域で形成・蓄積しやすい内部応力(歪み)が緩和されることによって、これに起因して発生する層間剥離が防止され、さらに、切削加工時に加わる機械的衝撃をも緩和することができるので、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高熱発生を伴う高速切削加工に用いた場合、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するのである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【図2】この発明の被覆工具の硬質被覆層の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0021】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.02のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A−1〜A−5を形成した。
【0022】
(a)ついで、上記の工具基体A−1〜A−5のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、一方側のカソード電極(蒸発源)として、それぞれ表2に示される目標組成に対応した成分組成をもった(Ti,Si)N層形成用Ti−Si合金、対向する他方側のカソード電極(蒸発源)として、それぞれ表2に示される目標組成に対応した成分組成をもった(Ti,V)N層形成用Ti−V合金を前記回転テーブルを挟んで配置する。
なお、Ti−Si合金からなるカソード電極(蒸発源)は薄層A、単層領域の蒸着形成に用い、Ti−V合金からなるカソード電極(蒸発源)は、薄層B、単層領域の蒸着形成に用いる。
(b)まず、装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加して、例えば、Ti−Si合金(あるいはTi−V合金)カソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄する。
(c)ついで、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で、6〜48rpmの速度で自転しながら、同時に、回転テーブルの回転中心軸の周りに1〜8rpmの速度で回転(公転)する工具基体に−80Vの直流バイアス電圧を印加し、例えば、Ti−V合金カソード電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、同時に、回転テーブルを挟んでTi−V合金カソード電極に相対向して配置したTi−Si合金カソード電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、Ti−V合金カソード電極近傍に位置する工具基体には薄層Bを、また、Ti−Si合金カソード電極近傍に位置する工具基体には薄層Aを蒸着し、ついで、回転テーブルが回転することによって、薄層Bが蒸着された工具基体に対しては薄層Aを蒸着し、薄層Aが蒸着された工具基体に対しては薄層Bを蒸着し、同様にして、薄層Aと薄層Bとを交互に繰り返し蒸着することにより、工具基体の表面に、表2、3に示される目標組成および目標層厚の薄層Aと薄層Bとを交互に積層した複層領域を形成する。
(d)ついで、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入し2Paの反応雰囲気を維持したまま、前記回転テーブル上で6〜48rpmの速度で自転しながら、回転テーブルの回転中心軸の周りに1〜8rpmの速度で回転(公転)する複層領域が形成された工具基体に、−150Vの直流バイアス電圧を印加し、Ti−V合金カソード電極(あるいはTi−Si合金カソード電極)とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって該工具基体の表面に、表2、3に示される目標組成および目標層厚の単層領域を蒸着形成する。
(e)ついで、上記(c)、(d)を、目標とする硬質被覆層の全体層厚になるまで交互に繰り返し行うことにより、
図2に示される複層領域と単層領域との交互積層構造からなる硬質被覆層を有する、ISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の本発明被覆工具としての本発明被覆チップ1〜10をそれぞれ製造した。
【0023】
比較の目的で、これら工具基体A−1〜A−5を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、それぞれ図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)として、それぞれ表4に示される目標組成に対応した成分組成をもったTi−V合金及びTi−Si合金を装着し、
まず、装置内を排気して0.5Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつカソード電極のTi−Si合金(あるいはTi−V合金)カソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して2Paの反応雰囲気とすると共に、前記工具基体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、例えば、前記Ti−V合金のカソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記工具基体の表面に、表4に示される目標組成および目標層厚の(Ti,V)N層を蒸着形成し、
ついで、前記Ti−Si合金のカソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、もって前記工具基体の表面に、表4に示される目標組成および目標層厚の(Ti,Si)N層を蒸着形成し、
上記の(Ti,V)N層と(Ti,Si)N層の蒸着形成を交互に繰り返すことにより、
表4に示される目標組成および目標層厚の交互積層からなる硬質被覆層を有する、ISO・CNMG120408に規定するスローアウエイチップ形状の比較被覆工具としての比較被覆チップ1〜10をそれぞれ製造した。
【0024】
つぎに、上記の各種の被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆チップ1〜10および比較被覆チップ1〜10について、
被削材:質量%で、Ni−19%Cr−18.5%Fe−5.2%Cd−5%Ta−3%Mo−0.9%Ti−0.5%Al−0.3%Si−0.2%Mn−0.05%Cu−0.04%Cの組成を有するNi基合金の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 100 m/min.、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.2 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件A)でのNi基合金の乾式高速断続切削加工試験(通常の切削速度は、30m/min.)、
被削材:質量%で、Co−23%Cr−6%Mo−2%Ni−1%Fe−0.6%Si−0.4%Cの組成を有するCo基合金の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 80 m/min.、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.15 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件B)でのCo基合金の乾式高速断続切削加工試験(通常の切削速度は、25m/min.)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表5に示した。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
【表4】

【0029】
【表5】

【実施例2】
【0030】
原料粉末として、平均粒径0.8μmのWC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表6に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の丸棒焼結体から、研削加工にて、切刃部の直径×長さが10mm×22mmの寸法、並びにねじれ角45度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)C−1〜C−4をそれぞれ製造した。
【0031】
ついで、これらの工具基体(エンドミル)C−1〜C−4の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、層厚方向に沿って表7に示される目標組成および目標層厚の、薄層Aと薄層Bとが交互に積層された複層領域、および、単層領域との交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明被覆エンドミル1〜8をそれぞれ製造した。
【0032】
また、比較の目的で、上記の工具基体(エンドミル)C−1〜C−4の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、工具基体(エンドミル)C−1〜C−4の表面に、表8に示される目標組成および目標層厚の(Ti,V)N層と(Ti,Si)N層との交互積層からなる硬質被覆層を蒸着することにより、比較被覆工具としての比較被覆エンドミル1〜8をそれぞれ製造した。
【0033】
つぎに、上記本発明被覆エンドミル1〜8および比較被覆エンドミル1〜8について、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmの、質量%で、Ni−19%Cr−14%Co−4.5%Mo−2.5%Ti−2%Fe−1.2%Al−0.7%Mn−0.4%Siの組成を有するNi基合金の板材、
切削速度: 40 m/min.、
溝深さ(切り込み): 2.5 mm、
テーブル送り: 100 mm/分、
の条件でのNi基合金の乾式高速溝切削加工試験(通常の切削速度および溝深さは、それぞれ、25m/min.および1.2mm)、
を行い、切刃部の外周刃の逃げ面摩耗幅が使用寿命の目安とされる0.1mmに至るまでの切削溝長を測定した。この測定結果を表7、8にそれぞれ示した。
【0034】
【表6】

【0035】
【表7】

【0036】
【表8】

【実施例3】
【0037】
上記の実施例2で製造した丸棒焼結体を用い、この丸棒焼結体から、研削加工にて、溝形成部の直径×長さが8mm×48mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(ドリル)D−1〜D−4をそれぞれ製造した。
【0038】
ついで、これらの工具基体(ドリル)D−1〜D−4の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、層厚方向に沿って表9に示される目標組成および目標層厚の、薄層Aと薄層Bとが交互に積層された複層領域、および、単層領域との交互積層構造からなる上部層を蒸着形成することにより、本発明被覆工具としての本発明被覆ドリル1〜8をそれぞれ製造した。
【0039】
また、比較の目的で、上記の工具基体(ドリル)D−1〜D−4の表面に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、工具基体(ドリル)D−1〜D−4の表面に、表10に示される目標組成および目標層厚の(Ti,V)N層と(Ti,Si)N層との交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着することにより、比較被覆工具としての比較被覆ドリル1〜8をそれぞれ製造した。
【0040】
つぎに、上記本発明被覆ドリル1〜8および比較被覆ドリル1〜8について、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmの、質量%で、Ni−19%Cr−18.5%Fe−5.2%Cd−5%Ta−3%Mo−0.9%Ti−0.5%Al−0.3%Si−0.2%Mn−0.05%Cu−0.04%Cの組成を有するNi基合金の板材、
切削速度: 50 m/min.、
送り: 0.25 mm/rev、
穴深さ: 20 mm、
の条件でのNi基合金の湿式高速穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、25m/min.および0.12mm/rev)、
を行い(水溶性切削油使用)、先端切刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの穴あけ加工数を測定した。この測定結果を表9、10にそれぞれ示した。
【0041】
【表9】

【0042】
【表10】

【0043】
この結果得られた本発明被覆工具としての本発明被覆チップ1〜10、本発明被覆エンドミル1〜8および本発明被覆ドリル1〜8の薄層Aと薄層Bとが交互に積層された複層領域および単層領域、さらに、比較被覆チップ1〜10、比較被覆エンドミル1〜8および比較被覆ドリル1〜8の薄層Aと薄層Bとの交互積層を構成する(Ti,V)N層と(Ti,Si)N層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0044】
また、上記の硬質被覆層の平均層厚を走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0045】
表5、7〜10に示される結果から、本発明被覆工具は、その硬質被覆層が、薄層Aと薄層Bとが交互に積層された複層領域と、単一層からなる単層領域との交互積層構造として構成されていることにより、複層領域によって、耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が改善されるとともに、単層領域の存在によって、層間剥離が防止され、機械的衝撃の緩和が図られるので、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高熱発生を伴う高速切削加工に用いた場合、長期に亘ってすぐれた切削性能(特に、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性、耐摩耗性)を発揮する。
これに対して、硬質被覆層が(Ti,V)N層と(Ti,Si)N層との交互積層のみで構成された、単層領域が存在しない比較被覆工具においては、Ni基合金、Co基合金等の耐熱合金の高速切削加工では、特に潤滑性、耐層間剥離性が十分でないために、チッピング、欠損、剥離の発生等により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0046】
上述のように、この発明の被覆工具は、一般鋼や普通鋳鉄などの切削加工は勿論のこと、高い発熱を伴うNi基合金、Co基合金等の耐熱合金の高速切削加工に用いた場合でも、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体表面に硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
上記硬質被覆層は、1〜50nmの層厚の薄層Aと1〜50nmの層厚の薄層Bとが交互に積層された複層領域と、100〜500nmの層厚の単一層からなる単層領域とを備え、しかも、上記硬質被覆層は、上記複層領域と上記単層領域との交互積層構造として構成され、さらに、
(a)上記薄層Aは、
組成式:[Ti1−XSi]N
で表した場合、Xは0.01〜0.30(但し、原子比)を満足するTiとSiの複合窒化物層からなり、
(b)上記薄層Bは、
組成式:[Ti1−Y]N
で表した場合、Yは0.40〜0.70(但し、原子比)を満足するTiとVの複合窒化物層からなり、
(c)上記単一層は、
組成式:[Ti1−XSi]N
で表した場合、Xは0.01〜0.30(但し、原子比)を満足するTiとSiの複合窒化物層、または、
組成式:[Ti1−Y]N
で表した場合、Yは0.40〜0.70(但し、原子比)を満足するTiとVの複合窒化物層の何れかからなる、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−167792(P2011−167792A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33212(P2010−33212)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】