説明

被膜形成方法

【課題】ターゲットであるCu2Oから、単一結晶相からなる有用なCu2O被膜(堆積膜)又はCuO被膜を選択的に形成できると共に、そのCu2O被膜の形成に際して、そのCu2O被膜の膜質制御を簡単に行うことができる被膜形成方法を提供する。
【解決手段】ターゲットとして、Cu2Oを用い、Arをプラズマ化するための投入電力とArを含む全ガス圧力とを、前記Cu2Oからのスパッタ粒子をO2流量比が高まるに伴ってCu2O,Cu4O3,CuOに順次、変化し得るように設定し、その上で、前記投入電力及び前記全圧力の下で、O2流量比を調整する。これにより、的確に、単一結晶相からなる有用なCu2O被膜又はCuO被膜のいずれかを選択的に形成できるようにする。また、Cu2O被膜の形成に際しては、O2流量比調整により広い範囲で抵抗率(キャリア密度)を調整して、Cu2O被膜の膜質特性の変更を簡単に行えるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p-型半導体をなす酸化銅被膜を形成するための被膜形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽電池にはその構成材料・構造および利用目的から様々な種類のものが存在し、それぞれの特長や課題を有する。酸化物半導体を用いる太陽電池は、資源量の豊富さ、コストの低さ、毒性の低さ等の特長を有し、次世代の環境調和型の低コスト太陽電池素子の候補として検討がなされている。その酸化物半導体を用いた太陽電池においては、酸化物半導体の中で比較的高い光吸収係数、狭いバンドギャップエネルギ、高いキャリア移動度をもって、p-型の半導体特性を得ることができることに着目し、酸化第1銅(Cu2O)が光吸収体層として用いられる場合が多く、その酸化第1銅(Cu2O)を用いることにより他のn-型の酸化物半導体とのヘテロ接合型あるいは金属とのショットキー接合型の太陽電池が実現可能である。
【0003】
従来この太陽電池向けのCu2O膜の形成方法としては、複数の方法が提案されている。非特許文献1には、金属銅板を高温で熱酸化する方法が開示され、非特許文献2には、酸素を含む雰囲気中での反応性スパッタ法により金属銅ターゲット表面を酸化しながら酸化銅を蒸発させ基板上に被着させる方法が開示され、非特許文献3には、硫酸銅等の銅を含む水溶液中での陽極酸化反応により基板上に被着させる方法等が開示されている。
太陽電池の理論的なエネルギ変換効率の限界は、実際の素子中で生じる様々な量子的な損失効果を無視すれば、吸収体層のバンドギャップエネルギから概算することが可能で、Cu2Oの2.2eVという値から、18〜20%程度の値になる。太陽電池の性能は吸収体であるCu2Oの結晶品質に多く依存するが、現状で最も高い結晶品質が得られている熱酸化法(非特許文献1)でも4%に満たない。これは、単に変換効率が結晶品質にのみ依存しているのではなく、各種量子損失の低減と、高精度なCu2Oの不純物プロファイル制御によるセルの高効率化構造設計が必要であることを示しているが、現状ではまだその手法が確立していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tadatsugu Minami et al. : “High-efficiencyOxide Solar Cells with ZnO/Cu2O Heterojunction Fabricated onThermally Oxidized Cu2O Sheets”, Applied Physics Express, Vol. 4, p.062301 (2011).
【非特許文献2】K. Akimoto et al. : ”Thin film depositionof Cu2O and application for solar cells”, Solar Energy, Vol. 80, pp.715-722 (2006).
【非特許文献3】Masanobu Izaki et al. : “Electrochemicallyconstructed p-Cu2O/n-ZnOheterojunction diode for photovoltaic device”, Journal of Physics D: Applied PhysicsVol. 40, pp. 3326-2239 (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
太陽電池は高効率であることが最も重要であり、この点で熱酸化法が最も有望で、太陽電池パネルなど比較的大面積・大電力用途に適する可能性もあるが、他方、用途に注目すれば、変換効率とは別の側面があり、プロセス温度が1000℃を超える高温で、また銅板以外の基板上には形成不可能なため適応範囲が大きく制限される。反応性スパッタ法は、低温非平衡プラズマを利用するため、熱酸化法よりもはるかに低い温度で銅の酸化を行うことができ、また、任意の基板上に酸化銅を堆積可能であるが、発電効果を示す結晶品質を得るには、400〜500℃のプロセスが必要とされている。プロセス温度という観点では、液相で行う陽極酸化法は最大でも80℃程度の低温度で形成可能であるが、プロセスが液相で行われるため、やはり基板材料や用途が限られるという課題がある。また、いずれの方法においても、半導体デバイスの設計で重要な不純物プロファイル制御が自由に行えないという課題があった。
【0006】
本件発明者は、このような事情の下で鋭意研究した結果、O2の超微量流量制御が可能となるようにしたArスパッタ装置の下で、Cu2Oの安定な多結晶構造の堆積膜が得やすいように、初めからCu2Oの化学量論的結晶構造を持つ高純度のCu2O粉末の焼結体ターゲットを用いつつ、スパッタプロセス中において微量O2の流量制御を行ったところ、そのO2の添加率(O2流量比)に従って堆積膜がCu2OからCu4O3、更にCuOへとそれぞれ単一の多結晶相構造を経ながら遷移していくことが可能な放電状態が存在する事実を新たに見出すと共に、その放電条件の下で得られるCu2O単一多結晶相の狭い範囲内で、更に精密なO2流量制御を行うことにより、そのCu2O単一多結晶相の抵抗率が大きく変化することを新たに見出した。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、その目的は、ターゲットであるCu2Oから、単一結晶相からなる有用なCu2O被膜(堆積膜)又はCuO被膜を選択的に形成できると共に、そのCu2O被膜の形成に際して、そのCu2O被膜の膜質制御を簡単に行うことができる被膜形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明(請求項1に係る発明)にあっては、
希ガスをプラズマ化させてそのイオンをターゲットに衝突させることにより、該ターゲットからのスパッタ粒子を基材表面に堆積させて、該基材表面に薄膜を被着させる被膜形成方法において、
前記ターゲットとして、Cu2Oを用い、
前記希ガスをプラズマ化するための投入電力と前記希ガスを含む全ガスの圧力とを、前記Cu2Oからのスパッタ粒子を酸素含有雰囲気が高まるに伴ってCu2O,Cu4O3,CuOに順次、変化し得るように設定し、
その上で、前記投入電力及び前記全ガス圧力の下で、前記酸素含有雰囲気を調整する構成としてある。この請求項1の好ましい態様としては、請求項2以下の記載のとおりである。
【発明の効果】
【0009】
本発明(請求項1に係る発明)によれば、本件発明者の知見に基づき、所定の投入電力と希ガスを含む全ガス圧力の下で、酸素含有雰囲気調整を行いつつスパッタ法を実施すれば、ターゲットとして用いたCu2Oからのスパッタ粒子がCu2O,Cu4O3,CuOに順次、変化し得ることを利用して、酸素含有雰囲気調整を行うことにより、的確に、単一結晶相からなる有用なCu2O被膜又はCuO被膜のいずれかを選択的に形成できる。
また、本件発明者の知見に基づき、Cu2O被膜の形成に際して、酸素含有雰囲気調整により広い範囲で抵抗率(キャリア密度)を調整でき(抵抗率制御(キャリア密度制御))、Cu2O被膜の膜質特性の変更を簡単に行うことができる(膜質制御)。
【0010】
請求項2に係る発明によれば、本件発明者の知見に基づき、所定の投入電力及び希ガスを含む全ガス圧力の下で、スパッタ粒子がCu2Oに維持されている間においては、抵抗率が酸素含有雰囲気調整に応じて大きく変化することから、そのスパッタ粒子がCu2Oに維持されている間に酸素含有雰囲気を調整することにより、Cu2Oの抵抗率(キャリア密度)を所望のものに具体的且つ的確に調整できる。このため、当該Cu2O被膜を太陽電池素子に用いる場合には、光吸収を行う被膜の厚みと抵抗との観点から、酸素含有雰囲気調整により、最も適切な空乏層厚(最適値)に容易に調整することができる。
また、当該Cu2O被膜を太陽電池素子以外の整流素子として利用する場合には、キャリア密度の制御により、整流比などの特性を任意に制御できる。さらに、ツェナーダイオードのようにトンネル効果を利用したダイオードとして用いる場合には、キャリア密度調整によって降伏点電圧を制御したりできる現象があるため、様々な用途に利用できる。
【0011】
請求項3に係る発明によれば、前記投入電力及び前記希ガスを含む全ガス圧力として、使用スパッタ装置に対する判定処理により得られる結果を用い、前記判定処理としては、異なる各投入電力及び全ガス圧力の下で、前記酸素含有雰囲気の所定範囲における所定間隔毎の状態について、ターゲットをCu2Oとしたサンプル被膜をそれぞれ形成し、前記各サンプル被膜の抵抗をそれぞれ測定し、前記各投入電力及び全ガス圧力について、前記酸素含有雰囲気の増加方向における前記各サンプル被膜の抵抗がなす特性傾向を取得し、前記特性傾向から、該特性傾向が極小点を示すことになる投入電力及び全ガス圧力を導き出す、ことを行うことから、仮に、投入電力及び全ガス圧力が、当該方法を使用するスパッタ装置の構造に応じて大きく変化するとしても、当該方法を使用するスパッタ装置について判定処理を行うことにより、適切な投入電力及び全ガス圧力を得ることができる。これにより、本件発明者の知見を的確に再現して、前記請求項1と同様の作用効果を得ることができる。
【0012】
請求項4に係る発明によれば、前記判定処理が、前記極小点に至る減少勾配の範囲で、前記酸素含有雰囲気の調整が可能か否かを判定することも含むことから、スパッタ装置における酸素含有雰囲気の調整能力に応じた的確な投入電力及び全ガス圧力を得ることができる。
【0013】
請求項5に係る発明によれば、当該スパッタ装置の下で、具体的に、Cu2O被膜を形成できると共に、そのCu2O被膜について抵抗率制御(キャリア密度制御)を行うことができる。
【0014】
請求項6に係る発明によれば、当該スパッタ装置の下で、上述の酸素流量割合(0.8vol%程度)にてCu2O被膜を形成し、そのCu2O被膜を太陽電池素子に用いた場合には、その接合界面付近のCu2O被膜側において十分な厚みの空乏層を形成でき、太陽光入射により最も高い発生電圧を生じさせることができる。
【0015】
請求項7に係る発明によれば、Cu2Oをターゲットに用いながら品質の優れたCuO単一結晶相を得ることができる。これにより、そのCuO被膜をAZO、ZnOを含む他のn型半導体素子上に形成することにより、CuOをp-型とするp/nダイオード、p-i-nダイオードも製作可能となり、光学的に透明で良好な電気特性を示す透明整流素子も室温で作製することが可能となる。
【0016】
請求項8に係る発明によれば、優れた当該被膜(Cu2O被膜、CuO被膜)を太陽電池素子や整流素子において、p型半導体素子として形成できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の原理を説明するための酸化銅膜質変化を示すX線回折パターン図(Y軸:検出強度(任意尺度)X軸:2θ(度))。
【図2】本発明の原理を説明するための酸化銅膜抵抗率変化を示す図(Y軸:抵抗率(Ωcm)X軸:O2流量比(%))。
【図3】本発明の太陽電池の特性を示す分光量子効率を示す図(Y軸:外部量子効率(E.Q.EはExternal quantumefficiencyの略)X軸:波長(nm))。
【図4】本発明の太陽電池の特性を示す太陽光照射下の開放端電圧を示す図(Y軸:開放端電圧(mV)(Vocのocはopencircuitの略)X軸:O2流量比(%))。
【図5】本発明に係る被膜形成方法の使用に用いるスパッタ装置の一例を示す説明図。
【図6】本発明に係る被膜形成方法を使用する使用スパッタ装置の投入電力(放電電力)及び希ガス圧力を判定するための判定処理を説明するフロー図。
【図7】本発明に係る被膜形成方法を用いて形成された太陽電池素子の構造を示す図。
【図8】図7の太陽電池素子の作製を説明する工程図。
【図9】実施例2を説明するためのダイオード整流特性を示す図(Y軸:整流比 X軸:O2 流量比(%))。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
1.先ず、本件発明者が見出した知見について説明する。
(1)本件発明者は、研究の結果、下記知見を得た。
(i)スパッタ法によるCu2O薄膜の形成において、Cu2O結晶構造をもつ高純度のターゲットを用いて、適当なArを含む全ガス圧力と放電電力(投入電力)下において、微量のO2添加率(O2流量比=O2流量/(O2流量+Ar流量))を調整することにより、膜形成中の基板加熱あるいは膜形成後の加熱処理をしなくても、室温でCu2O膜の多結晶構造をCu2O単一相からCu4O3単一相、更にCuO単一相へと任意に制御できること。
(ii)上記Cu2O単一相が形成される非常に狭い領域内でO2添加率を更に精密に制御することにより、約4桁にわたる広範囲なキャリア密度の制御が可能であること。
【0019】
(2)上記知見を具体的に説明する。
(i)図1は、本件発明者が新たに見出した実験事実を説明するもので、Cu2Oターゲットを用い、Arスパッタ法で基板上に形成した酸化銅薄膜の酸素添加量による多結晶構造の変化をX線回折装置(XRD)で調べた結果である。このときの装置制御条件詳細は以下のとおりである。
装置:高周波(RF)マグネトロンスパッタ装置
印加電力周波数:13.56MHz
ターゲット―基板間隔:100mm(基板は偏心回転)
ターゲット寸法:101.6mmφ
基板温度:室温(制御なし、基板ステージ温度実測で25〜35℃)
ターゲット:Cu2O焼結体ターゲット、純度 2N(99%)、金属不純物<0.1%
Ar流量:20〜25sccm
O2流量:0〜5sccm
O2添加率(O2流量比):0〜20%
全ガス圧力(Ar+O2):0.5Pa
放電電力:3.82W/cm
カソード(ターゲット)ピーク-ピーク間電圧Vp-p:450V
基板:熱酸化Si基板(酸化膜厚400nm)
形成した酸化銅膜厚:200nm
【0020】
図1から明らかなように、Cu2O結晶構造をもつターゲットを用いて適当な放電条件を選べば、この例の場合、O2添加率(O2流量比)0%から2.3%の範囲で、室温においてもCu2O単一相の多結晶が得られていることが分かる。また、O2添加率の増大に従って、Cu2O相は、Cu4O3単一相、CuO単一相へと、相間の混合がなく明瞭に変化していくことが分かる。特にCu4O3の様な不安定な相も単一相として明瞭に区別できるのは、基板への被着粒子の表面マイグレーションがある程度制限される室温プロセスの特長である可能性もある。
【0021】
(ii)図2のf1は、図1で示した各試料の抵抗率の特性線を示す。形成された酸化銅膜の抵抗率は、成膜中のO2添加率に応じて変化する多結晶相の変化に応じて広範囲で急峻に変化するが、この変化は相の変化のみに依存しているのでなく、膜中のキャリア密度の変化による抵抗率変化の効果を含んでいる。p-型半導体である酸化銅の場合、結晶中のCu空孔がアクセプタの働きをするため、O2添加量の増加により酸素過多状態となってCu空孔が増加し、抵抗率が下がるのである。このモデルを考慮に入れて図2の結果を考察すると、酸素添加率0〜2.3%の領域では、同じCu2O単一多結晶相の膜でありながら、約4桁以上の抵抗率変化、すなわちキャリア密度の変化があり、この効果を利用すると、簡単にキャリア密度制御つまり空乏層厚制御や内部抵抗制御が出来ることを意味している。但し、その変化はO2添加率に対して非常に敏感に変化するため、高精度の流量制御が必要になる。このときのキャリア密度の制御範囲は推定で1011〜1015 /cm3台程度と考えられる。
尚、図2中、f2は、使用スパッタ装置の装置構造、動作条件が適切でないため、f1と同様の特性を示さなくなる場合の一例を示している。本発明の特徴であるO2添加率による酸化銅多結晶構造の明瞭な相変化は、ターゲットに入射するArイオン(Ar+)、酸素イオンやラジカル(O+、O2+、O)のエネルギ分布や粒子束密度およびそれらの比率によって敏感に変化するターゲット極表面の組成変化を利用しているからであり、ターゲット直上のプラズマ諸量が装置構造、動作条件によって大きく変化する場合には、f1と同様の特性は示さなくなる。
【0022】
(iii)図3および図4は、このキャリア密度制御が出来ているかを確認するための実験結果である。図3は作製した太陽電池素子の外部分光量子効率を示し(E.Q.EはExternal quantum
efficiencyの略)、図4は太陽光入射により発生する電圧を示している。図3において、太陽光照射によって酸化銅層中で新たに発生するキャリア、この場合少数キャリアである電子の数の入射フォトン数に対する発生比率は微量のO2添加率の増加に従って大きく減少する傾向が見られる。これは、Cu2O相よりもCu4O3相やCuO相内での電子発生率が少ないことを示しているが、Cu2O相が形成される範囲のO2添加率2.3%までは、あまり効率が変化していないことが分かる。これに対し、図4の発生電圧はO2添加率0.8%のときピークとなり、それ以上の添加率で急激に減少する。これは、O2添加率2.3%までの範囲は、Cu2O単一の多結晶層を形成しているが、その範囲内でCu2O膜中のキャリア密度が大きく変化し、空乏層厚が制御できることを示している。添加率0.8%のピークは、p-型Cu2O層内で空乏層が十分広がり、発生キャリアが電界ドリフトした結果である。
(iv)以上の結果により、本件発明者は、前述の知見(1)(i)(ii)が技術的意義のあるものであることを確信した。
【0023】
2.次に、前述の知見に基づく被膜形成方法(以下、本件被膜形成方法という)について説明する。
(1)本件被膜形成方法においては、前提として、希ガスをプラズマ化させてそのイオンをターゲットに衝突させることにより、そのターゲットからのスパッタ粒子が基板表面に堆積されて、その基板表面に薄膜が被着される。すなわち、スパッタ法が用いられる。
(i)希ガスとしては、本実施形態においては、一般的なアルゴン(Ar)が用いられ、そのArがプラズマ化されることによりArイオンとなり、そのArイオンがターゲットに衝突される。
(ii)本件被膜形成方法が用いるスパッタ法においては、例えば図5に示すような高周波(RF)マグネトロンスパッタ装置(以下、スパッタ装置という)1が用いられる。具体的に説明すると、スパッタ装置1は、真空処理容器2を備えている。真空処理容器2には、図示を略す真空ポンプがバルブ(図示略)を介して接続されて真空引きが可能となっている一方、その真空処理容器2に、アルゴンシリンダ3がアルゴン用マスフローコントロールバルブ(以下、Ar用バルブという)4を介して接続されていると共に、酸素シリンダ5が酸素用微量マスフローコントロールバルブ(以下、O2用バルブという)6を介して接続されている。アルゴンシリンダ3内には希ガスとしてのArが充填されており、そのアルゴンシリンダ3内のArがAr用バルブ4を経て真空処理容器2内に供給されることになっている。酸素シリンダ5内にはO2が充填されており、その酸素シリンダ5内のO2がO2用バルブ6を経て真空処理容器2内に供給されることになっている。この場合、特にO2の流量を調整するO2用バルブ6については、O2流量の微量調整をかなり高いレベルをもって行うことができることになっており、本実施形態においては、このO2用バルブ6によって、概ね総ガス流量の0.2%までの微量制御が可能となっている。
【0024】
前記真空処理容器2内には、その上部側において、基板ホルダ7が配置されている。基板ホルダ7は、基板8を保持するものであり、その基板ホルダ7は、均一な膜生成が可能となるようにすべく、回転機構9によって回転される構造となっている。また、基板ホルダ7は、搬送機構(図示略)により、装置外の大気側まで出し入れすることが可能な構造になっており、基板8は装置1外で着脱される。
【0025】
前記真空処理容器2内の下部側には、基板ホルダ7に対向してターゲット10が設けられる。本実施形態においては、複数(本実施形態においては4つ)の異なるターゲット10a〜10dが備えられ、それらは、選択して用いられる構造となっている。このうち、ターゲット10aとターゲット10bには高周波(RF)電源11の高周波電力が供給され、ターゲット10cとターゲット10dには直流(DC)電源12の直流電力が供給される構造になっており、それぞれの電源系は、切り替えスイッチ機構13により一つの電源11(又は12)でどちらかのターゲット10a又は10b(10c又は10d)を選択できる構造になっている。また、この各ターゲット10a〜10dの裏面下部には、複数のN/S極の永久磁石14が円周状に組み込まれた方式で配置されている(マグネトロンスパッタ方式)。これら磁石14が発する磁力線によりプラズマ中の電子がターゲット10表面側の狭い空間に閉じ込められることになり、これに基づき、高密度のプラズマが発生しスパッタ成膜速度が向上する。この各ターゲット10の表面と基板1の表面との間の距離は、本実施形態においては約10cmに設定されている。尚、図5中、符号15はインピーダンス整合器、符号16はアースを示す。
(iii)本件被膜形成方法(スパッタ法)においては、前記基板8表面に被着させる薄膜(被膜)は、酸化銅(Cu2O又はCuO)とされる。本件発明者が得たスパッタ装置の下での知見を有効に利用するためである。勿論、前記スパッタ装置1においては、前記一部のターゲットに基づく被膜として形成されることになる。
【0026】
(2)本件被膜形成方法においては、ターゲット10として、Cu2Oの化学量論的結晶構造をもつ焼結体が用いられる。本件発明者の知見に基づき、スパッタ装置1の下で、ターゲット10としてCu2Oを用いることにより、多結晶単一層からなるCu2O被膜(堆積膜)又はCuO被膜(堆積膜)を選択的に形成するためである。
【0027】
(3)本件被膜形成方法においては、希ガスとしてのArをプラズマ化するための投入電力とArを含む全ガスの圧力とが、ターゲット10であるCu2Oからのスパッタ粒子を酸素含有雰囲気が高まるに伴ってCu2O,Cu4O3,CuOに順次、変化し得るように設定される。本件発明者の知見に基づく図2に示す特性(特性線f1)が再現されるためには、投入電力(放電電力)及びArを含む全ガス圧力が所定状態(範囲内)にある必要があるからである。
【0028】
(i)上記酸素含有雰囲気は、本実施形態においては、O2流量比(O2添加率)=O2流量/(O2流量+Ar流量)を調整することにより形成される。このO2流量比の調整は、勿論、図2に示す特性を特定、認識できる程度の微量調整が必要となっており、このため、前記スパッタ装置1におけるO2用バルブ6は、それに対応して、微量調整が可能となっている。
(ii)上記放電電力、Arを含む全ガスの圧力等の設定は、具体的には、スパッタ装置1の前提構成が、下記に示すものであるときには、その前提構成の下段に示すとおりとなる。
前提構成
マグネトロンスパッタ装置:
・印加電力周波数:13.56MHz
・ターゲット―基板間距離100mm
・基板温度:室温(温度調整なし)
放電電力(投下電力):2〜4W/cm2
全ガス圧力:0.3〜0.5Pa
O2流量比:0〜20% (最小刻み幅0.2%)
【0029】
(iii)しかし、現実には、特性を支配する直接的な物理的パラメータ、たとえばArプラズマ中の電子密度分布関数、基板表面に入射するCu2O粒子束密度や速度等は、用いる装置の寸法等による依存性が非常に大きいので、たとえば、Arガス圧力や放電電力などの制御パラメータの最適値は装置によってシフトする傾向にある。このため、Arガス圧力や放電電力が明らかになっていないときには、図6に示すような判定処理を行うことにより、使用すべきスパッタ装置1の放電電力、Arガス圧力が判定される。
【0030】
(iv)上記判定処理においては、最初の処理ステップで、ベース条件として、使用すべきスパッタ装置1の放電電力(高周波電力)及びArを含む全ガス圧力(希ガス圧力)が調整される。本実施形態においては、全ガス圧力が0.5Pa前後の所定値、放電電力が4W/cm2以下の所定値に調整される。全ガス圧力を0.5Pa前後の所定値とするのは、全ガス圧力0.5Paがマグネトロンスパッタ装置としては動作しやすい一般的な条件であるからであり、放電電力を4W/cm2以下の所定値にしているのは、ターゲットである焼結体Cu2Oが比較的脆い材料であり、放電電力が4W/cm2を超えると、ターゲットである焼結体Cu2Oが破損するおそれがあるからである。
【0031】
次の処理ステップにおいては、前記ベース条件の下で、サンプル膜が作製される。このとき、サンプル膜は、O2流量比を例えば0〜5%の範囲で出来るだけ小刻みに値を変えた条件下のものについてそれぞれ作製される。この場合、出来れば実際に作製する太陽電池基板と同一の下地基板にサンプル膜を作製した方が好ましいと考えられるが、熱酸化したSi基板にサンプル膜を作製してもよい。
【0032】
次の処理ステップにおいては、上記処理ステップの各サンプル膜の抵抗率(図6においては、抵抗率が「シート抵抗」を膜の厚みで規格化したものであることから、シート抵抗を測定)が測定される。そして、その結果に基づき、各サンプル膜の抵抗率とO2流量比との関係(特性線)が求められる。
【0033】
次の処理ステップにおいては、O2流量比を0〜5%の範囲で抵抗率の急峻な極小点が存在するか否かが判別される。スパッタプロセス中の微量O2の流量制御により、O2の添加率に従って堆積膜がCu2OからCu4O3、更にCuOへとそれぞれ単一の多結晶相構造を経ながら遷移していくことが可能な放電電力及び全ガス圧力状態であるか否かを判定するためである。この場合、抵抗率の急峻な極小点があるときには、スパッタプロセス中の微量O2の流量制御により、O2流量比に従って堆積膜がCu2OからCu4O3、更にCuOへとそれぞれ単一の多結晶相構造を経ながら遷移していく場合であり、その場合には、その放電電力及び全ガス圧力が、Cu2Oから遷移していくことが可能な放電電力及び全ガス圧力状態であると判定される(図2の特性線f1参照)。その一方、抵抗率の急峻な極小点が存在しない場合には、スパッタプロセス中の微量O2の流量制御により、O2流量比に従って堆積膜がCu2OからCu4O3、更にCuOへと変化しない場合であり、その場合には、最初の処理ステップに戻って、再度、ベース条件(放電電力及びArガス圧力)が調整し直され、その新たな放電電力及び全ガス圧力の下で、再び、判定処理が繰り返される。
【0034】
抵抗率の急峻な極小点が存在するときには、さらに次の処理ステップに進み、そのステップにおいて、急峻な減少勾配の範囲で前記O2用バルブ6によりO2流量制御が可能か否かが判断される。Cu2Oから遷移していくことが可能な状態であっても、当該使用スパッタ装置1におけるO2用バルブ6の微量調整能力で対応できない場合には、当該使用スパッタ装置1に対応する別の放電電力及び全ガス圧力を見つける必要があるからである。当該使用スパッタ装置1におけるO2用バルブ6で対応できないと判断された場合には、最初の処理ステップに戻されて、前記処理ステップの場合同様、ベース条件が調整し直され、その上で、判定処理が再び繰り返される。その一方、当該使用スパッタ装置1におけるO2用バルブ6で対応できると判断された場合には、Cu2Oの膜質制御を行うことを考慮して、次の処理ステップにおいて、急激な減少勾配の範囲内でCu2O膜の最適形成条件、すなわち、空乏層の厚みが最も厚くなるO2流量比が選択される。
【0035】
このような判定処理により、使用スパッタ装置の放電電力及び全ガス圧力、さらには、最適形成条件を求めることができるが、ベース条件が、放電電力と全ガス圧力の調整だけでは難しいときには、ターゲット10と基板2との間の距離を変更するようにしてもよい。
【0036】
(4)本件被膜形成方法においては、前述の放電電力及び全ガス圧力の下で、O2流量比が調整される。本件発明者が得た図2に示す特性を再現し、所定の酸化銅被膜(Cu2O被膜又はCuO被膜)を選択的に形成するためであり、また、Cu2O被膜の膜質制御を行うためである。
(i)具体的には、Cu2O被膜を形成する場合には、O2流量比が、前述の放電電力及び全ガス圧力の下で、ターゲットとしてのCu2Oからのスパッタ粒子がCu2Oの状態に維持される範囲で調整され、CuO被膜を形成する場合には、O2流量比が、前述の放電電力及び全ガス圧力の下で、ターゲットとしてのCu2Oからのスパッタ粒子がCuOの状態に変化するように調整される。
図1〜図4に示す具体的構成をもって説明すれば、当該使用スパッタ装置においては、所定の放電電力及び全ガス圧力とされて、スパッタプロセス中の微量O2の流量制御により、O2流量比に従って堆積膜がCu2OからCu4O3、更にCuOへとそれぞれ単一の多結晶相構造を経ながら遷移していく状態にあり、その状態において、O2流量比を0%〜2.3vol%にすることにより、Cu2O単一層の多結晶被膜が得られ、O2流量比を5vol%以上とすることにより、CuO単一層の多結晶被膜が得られる(図2参照)。
【0037】
(ii)また、Cu2O被膜を形成するに際しては、本件発明者の知見を示す図2の特性傾向を考慮し、Cu2O被膜の膜質制御が行われる。すなわち、スパッタ粒子がCu2Oの状態に維持される範囲で精密なO2流量制御によりO2流量比の微調整がなされ、それにより、膜質の観点から、抵抗率(キャリア密度)として最適なものが選択される。図1〜図4に示す具体的構成をもって説明すれば、O2流量比は、単に、0〜2.3vol%の範囲に調整されてスパッタ粒子がCu2Oの状態に維持されるだけでなく、その0〜2.3vol%の範囲内の0.8vol%とされる。太陽電池素子として用いた場合、発生電圧が最大値となるからである(図2、図4参照)。このような結果は、このときの条件(膜厚100nm等)で、接合界面付近のCu2O層側に十分な厚みの空乏層が形成され、この空乏層内の電位勾配で電子-ホール対の効果的な分離とドリフト加速とが行われるためと考えられる。
【0038】
勿論、このような最適な膜質を得る観点からのO2流量比の最適値は、条件の変更に伴い変更される。例えば、光吸収体となるCu2Oの可視光領域の光吸収係数が5×10-6から5×10-5cm-1程度と十分高いわけでなく、無駄なく光吸収を行わせるためには、厚膜化する方が有利であるが、これを考慮して、厚膜化した場合には、Cu2OがSi半導体など他の材料と比べると電気抵抗が高いため、厚膜化に伴って、直列抵抗が増大して効率が低減してしまうという逆効果が生じる。このため、このように厚膜化した時にはキャリア密度の調整によって最も良い結果が得られる最適値が存在することになり、そのような最適値に変更する意味で、膜質制御(キャリア密度制御)の果たす役割は大きい。
【0039】
他方、太陽電池以外の整流素子としての利用を考えた場合には、キャリア密度の制御により、整流比などの特性を任意に制御したり、また、ツェナーダイオードのようにトンネル効果を利用したダイオードではキャリア密度調整によって降伏点電圧を制御したりできる現象がある。このため、太陽電池以外の素子に用いる場合においても、Cu2O被膜の形成に際して、膜質制御(キャリア密度制御)の役割は大きい。
(実施例1)
【0040】
3.次に、本件被膜形成方法を用いて太陽電池素子を作製する場合について説明する。
(1)図7は、本件被膜形成方法により作製された太陽電池素子(p-i-nダイオード素子)の構造を示す。この太陽電池素子21においては、Cu2O被膜(層)25の形成に本件被膜形成方法が用いられ、そのCu2O結晶中のCu空孔密度が調整されることによりCu2Oのキャリア密度が最適な状態とされている。このようなCu2O被膜が、i層(真性キャリア密度層)、および高密度のn+-型半導体層とともに用いられることにより、太陽光感度のあるp-i-nダイオード素子が構成されている。
【0041】
具体的には、この太陽電池素子21は、基材としての基板2上に形成されている。この太陽電池素子21は、基板2上において、基板2から離れる方向に向かって順に、透明導電体膜としてのITO膜22、n-型層としてのAl(アルミニウム)をドープして低抵抗化したZnO(以下、AZOという)層23、i-層となるZnO層24、p-型層としてのCu2O層25、裏面側電極26aが積層されて形成されていると共に、上記ITO膜22上に各層22〜25の積層構造に隣り合うようにして表面側電極26bが形成されている。
この場合、基板2としては、透明ガラス基板が用いられており、そのガラス基板の外面側(図7中、下面側)が表となり、光はそちら側から入射される。AZO層23、ZnO層24、Cu2O層25は、その各厚みが、それぞれ、100nm、10nm、100nmとされている。
【0042】
(2)このような太陽電池素子1は、前述のスパッタ装置1内にターゲット10aとしてCu2O、ターゲット10bとしてZnO、ターゲット10cとしてAZO、ターゲット10dとしてITOをそれぞれ準備した上で、図8に示す工程図に従って作製される。
【0043】
(i)先ず、基板8が準備される。基板8としては、ITO膜22が200nmの厚みをもって予め形成されているガラス基板が用いられる。本実施例では詳細を省略するが、そのITO膜22は、Cu2O膜を形成するものと同一のスパッタ装置1を用いて成膜され、その抵抗率は4.2×10-4Ωcmとされる。また、ガラス基板1周辺のITO層22表面の一部(N極側)に保護マスク(図示せず)が装着され、そのITO膜22表面の一部は遮蔽されている。
このような基板8は、基板ホルダ7に装着され、その基板ホルダ7は、図示を略す搬送機構により前記スパッタ装置1の真空処理容器2内に搬送され、所定位置に固定される。
【0044】
(ii)次に、スパッタ装置1において、ターゲット10cであるAZOに対して直流電力が供給され、下記特性のAZO層(被膜)23が上記ITO層22の表面に下記条件等の下で形成される。
AZO層23の形成条件と膜特性:
ターゲット10c:ZnO:Al2O3=98:2、純度4N(99.99%)
ターゲット10c寸法:101.6mmφ
放電:直流放電モード
Ar流量:25sccm
O2流量:0sccm
O2添加率(O2流量比):0%
全ガス圧力:0.5Pa
放電電力:2.55W/cm2
カソード(ターゲット10)電圧:440V
抵抗率:2.3×10-3Ωcm
膜厚:100nm
【0045】
(iii)次に、スパッタ装置1において、ターゲット10bであるZnOに対して高周波電力が供給され、下記特性のZnO層(被膜)24が上記AZO層23の表面に下記条件等の下で形成される。
ZnO層24の形成条件と膜特性:
ターゲット10b:ZnO、純度4N(99.99%)
ターゲット10b寸法:80mmφ
放電:RF放電モード
Ar流量:23sccm
O2流量:2sccm
O2添加率(O2流量比):8%
全ガス圧力:0.5Pa
放電電力:7.96W/cm2
カソード(ターゲット10)ピーク-ピーク間電圧Vp-p:990V
抵抗率:3×106Ωcm
膜厚:10nm
【0046】
(iv)次に、スパッタ装置1において、ターゲット10aであるCu2Oに対して高周波電力が供給され、下記特性のCu2O層(被膜)25が上記ZnO層24の表面に下記条件等の下で形成される。
Cu2O層25形成条件と膜特性:
ターゲット10a:Cu2O、純度2N(99%)、金属不純物<0.1%
放電:RF放電モード
Ar流量:25sccm
O2流量:0.2ccm
O2添加率(O2流量比):0.8%
全ガス圧力:0.5Pa
放電電力:3.82W/cm2
カソード(ターゲット10)ピーク-ピーク間電圧Vp-p:450V
抵抗率:2.7×105Ωcm
膜厚:100nm
【0047】
すなわち、Cu2O層25を形成するに際しては、酸素ガスを微量調整用O2バルブ6にて、また、アルゴンガスをAr用バルブ4にて、所定の流量比(0.8%)になり、かつ、容器2内の圧力が0.5Paになるように制御しながら、真空処理容器2内に導入する。また、RF電源からCu2Oターゲット10aに300WのRF電力を導入する。(本例の場合ターゲット10aが4インチφなので面積当たりのパワー密度は3.82W/cm2となる)。さらに、インピーダンス整合器15でプラズマ発生のパワー効率が最大になるように調節し(自動制御)、真空処理室容器2内にArプラズマを発生させる。
そうすると、主にプラズマ中のAr+イオンがCu2Oターゲット10表面に高速で入射することになり、Cu2Oクラスターがスパッタ効果で叩き出されて、ターゲット10と対向側に載置された基板1表面に堆積してゆく。この状態で所定時間の膜堆積を行った(今回はCu2O膜厚100nm)後、RF電力を停止し、アルゴン、酸素量ガスを停止して、基板ホルダ7を装置1外へ搬送し基板8を回収する。
このとき、インピーダンス整合器15の出口側のVp-p(peak to peak voltage:高周波電圧波形の最大-最小電圧差)は約450Vである。0.5Pa程度の低圧である場合、ターゲット10a表面に形成されるイオンシース部分の電位勾配(Vdc)は、1/2Vp-p程度であるので、ターゲット10a表面に入射するAr+イオンの入射速度エネルギは225eV程度であると推測する。
【0048】
本実施例で使用したRFマグネトロンスパッタ装置1は、真空処理容器2内に4つのカソード電極を備えているので、上記3層23〜25を大気開放することなく真空中で連続的に積層形成することが可能である。その3層23〜25の真空中連続処理が不可能な場合、少なくともZnO層24とCu2O層25が連続処理できることが素子の信頼性を保つために好ましい。
【0049】
(v)次に、基板8が真空中処理容器2内から取り出され、その上で、保護マスクが取り外される一方で、P,N両極用の保護マスク(裏面側電極26a、表面側電極26bを形成するための別の保護マスク(図示せず)が装着される。
【0050】
(vi)次に、基板8が真空中処理容器2内に戻され、電極26a、26bが、Cu2O層25とITO層22とにそれぞれ形成される。この場合、各電極26a(26b)は、真空蒸着をもって100nmのAuを堆積させることにより形成される。これにより、太陽電池素子(p-i-nダイオード)21が完成されたことになる。
【0051】
なお、太陽電池素子21を形成するp-i-n構造においては、本発明の特徴部分である膜質制御されたCu2O層25を除いては、その他の種類の酸化物半導体材料、例えばGaをドープしたZnO(GZO)、InをドープしたZnO(IZO)、あるいは今回透明導電体膜として用いているITOを使っても同等の効果が得られる。
(実施例2)
【0052】
4.実施例1では、Cu2O被膜の膜質制御に重点を置き、その結果得られる特別な性能向上現象を生かした太陽電池素子21について述べたが、本実施例(実施例2)は、Cu2Oターゲット10を用いながら品質の優れたCuO単一多結晶相が得られる内容を示している。
【0053】
具体的には実施例1に述べたのと全く同じ手順で、p-型層を形成する際、約5%を超えるO2添加を行う。これにより、CuO膜が形成されることになり、CuOをp-型層とする透明な整流素子が得られる。
【0054】
図9はp-型酸化銅層をスパッタ法で形成する時のO2添加率(O2流量比)と、作製したダイオードの整流特性(±1Vの時の電流値の絶対値の比率)を示す。Cu2O単一相の時、添加率1.6%で整流比が一度最大値を示すが、Cu4O3相が形成される領域では大きく特性が劣化する。しかし、更にO2添加率を増やしてCuO単一相領域に入ると、再び整流特性が向上し、約10%を超える領域では非常に優れた整流特性を示すことになる。また、整流素子が目的の場合、ZnO層を省略したp/n接合ダイオードでも良好な整流効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
5.以上説明したように本発明によれば、完全な室温、乾式プロセスで太陽電池素子を形成できるようにしたため、広範囲な分野での利用が考えられる。特に、用いる装置や作製方法から考えて、各種半導体デバイスとの製造プロセス適合性が高いため、例えば、従来のデバイスチップそのものに電池を埋め込んで、外部電力供給なしにチップ単体で動作したり電力を節約したりするメモリデバイス、ロジックデバイスあるいはセンサデバイスなど、従来になかった概念のデバイスに利用できる可能性がある。
【符号の説明】
【0056】
1 スパッタ装置
2 基板(基材)
10 ターゲット
10a Cu2O(ターゲット)
21 太陽電池素子
22 ITO膜
23 AZO膜
24 ZnO膜
25 Cu2O膜(被膜)
26a 裏面側Au電極
26b 表面側Au電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希ガスをプラズマ化させてそのイオンをターゲットに衝突させることにより、該ターゲットからのスパッタ粒子を基材表面に堆積させて、該基材表面に薄膜を被着させる被膜形成方法において、
前記ターゲットとして、Cu2Oを用い、
前記希ガスをプラズマ化するための投入電力と前記希ガスを含む全ガス圧力とを、前記Cu2Oからのスパッタ粒子を酸素含有雰囲気が高まるに伴ってCu2O,Cu4O3,CuOに順次、変化し得るように設定し、
その上で、前記投入電力及び前記全ガス圧力の下で、前記酸素含有雰囲気を調整する、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記酸素含有雰囲気を、前記投入電力及び前記希ガスを含む全ガス圧力の下で、前記ターゲットとしてのCu2Oからのスパッタ粒子が該Cu2Oの状態に維持される範囲で調整する、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、
前記投入電力及び前記希ガスを含む全ガス圧力として、使用スパッタ装置に対する判定処理により得られる結果を用い、
前記判定処理としては、
異なる各投入電力及び全ガス圧力の下で、前記酸素含有雰囲気の所定範囲における所定間隔毎の状態について、ターゲットをCu2Oとしたサンプル被膜をそれぞれ形成し、
前記各サンプル被膜の抵抗をそれぞれ測定し、
前記各投入電力及び全ガス圧力について、前記酸素含有雰囲気の増加方向における前記各サンプル被膜の抵抗がなす特性傾向を取得し、
前記特性傾向から、該特性傾向が極小点を示すことになる投入電力及び全ガス圧力を導き出す、ことを行う、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記判定処理が、前記極小点に至る減少勾配の範囲で、前記酸素含有雰囲気の調整が可能か否かを判定することも含む、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項5】
請求項2において、
スパッタ装置を、13.56MHzのRFマグネトロンモード、電極―基板間距離100mm、投下パワー2〜4W/cm2の範囲、全ガス圧力0.3〜0.5Paの範囲の状態の下で用い、
前記酸素含有雰囲気を、前記スパッタ装置の下で、酸素流量と希ガス流量との総和に対する酸素流量の酸素流量割合(O流量/O流量+希ガス流量)を0〜2.3vol%に調整することにより形成する、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項6】
請求項5において、
前記酸素流量割合(O流量/O流量+希ガス流量)を0.8vol%程度に調整する、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項7】
請求項1において、
前記酸素含有雰囲気を、前記投入電力及び前記希ガスを含む全ガス圧力の下で、前記Cu2Oからのスパッタ粒子がCuOの状態に変化するように調整する、
ことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項において、
n型半導体被膜上にp型半導体被膜として形成する、
ことを特徴とする被膜形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−104102(P2013−104102A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−248759(P2011−248759)
【出願日】平成23年11月14日(2011.11.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度経済産業省「日米エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(日米クリーン・エネルギー技術協力)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】