説明

触針式段差計における変位センサ用差動トランス

【課題】
質量の小さいコアを用い、高い直線性と高い変位分解能が得られるようにした触針式段差計における変位センサ用差動トランスを提供する。
【解決手段】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を設け、探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを設け、探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを支持体に取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する触針式段差計における変位センサ用差動トランスにおいて、変位センサの磁性体コアは飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料で円筒形に構成され、円筒形の磁性体コアを通す開口部を備えたコイルボビンに巻かれるコイルは飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料のシールドでシールドされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の表面形状を測定する触針式段差計における変位センサ用差動トランスに関する
のである。
【0002】
本明細書において、用語“試料の表面形状”は試料の段差、膜厚、表面粗さの概念を包含して意味するものとする。
【背景技術】
【0003】
この種の段差計として本発明者は、先に、特願2005−199337において、表面形状測定用触針式段差計を提案した。この触針式段差計は、添付図面の図1〜図5に示すように、棒状の第1の支持部材1を有し、この第1の支持部材1はその中間部位に左右両横方向にのびる支点用針取付け部材2を備え、支点用針取付け部材2の両端には二つの支点用針3が取付けられている。これら二つの支点用針3は二つの支点受け部材4(図5)で支持され、それにより第1の支持部材1は支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持される。第1の支持部材1の一端には、変位センサ5の測定子すなわちコア6が取付けられている。この変位センサ5は探針の垂直方向変位に応じて電気信号を発生する差動トランスから成り、コイル7を備えている。
【0004】
また、第1の支持部材1の他端には、探針に針圧を加える針圧発生装置8のコア9が設けられ、針圧発生装置8はコイル10を備えている。コア9は、コイル10の中心から軸方向にずれた位置に配置した高透磁率部材から成っている。
【0005】
また、第1の支持部材1における支点用針取付け部材2の両端の二つの支点用針3を結ぶ線上を中心として、第1の支持部材1の下面には、二つの磁石11を埋め込んだホルダー12が取付けられている。ホルダー12は図3に示すように断面台形の長手方向溝13を備え、この長手方向溝13の両側壁は下方へ向ってテーパー状に開いており、水平平面に対して傾斜面を構成している。ホルダー12に埋め込まれた二つの磁石11は、図1に示すように極性が互いに逆向きになるように配置されている。二つの磁石11を内蔵したホルダー12は軽くするためにカーボンで構成されている。
【0006】
また図1、図2及び図4において、14は棒状の第2の支持部材でありその先端には探針15が下向きに取付けられ、他端は高透磁率部材16で構成されている。高透磁率部材16の長手方向の両端には上向きにのびるガイド突起17が形成され、これらガイド突起17の対向側面は上方に向って開いた傾斜面として形成される。この高透磁率部材16の傾斜面はホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と共に、第1の支持部材1に第2の支持部材14を取付ける際の互いの位置決めを確保すると共にガイドの役割を果たしている。第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16は第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に嵌るようにされ、その際に第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16はホルダー12の溝の底面に接触し、二つの磁石11には接触しないように構成されている。
【0007】
また、第1の支持部材1及び第2支持部材14は慣性モーメントを小さくするために軽いカーボンで構成されている。一方、密度が高く質量が大きい第2支持部材14における高透磁率部材16及び第1の支持部材1におけるホルダー12内の磁石11は、支点まわりの慣性モーメントを小さくするために、支点の近くに配置している。
【0008】
さらに図3に示すように、第2支持部材14における高透磁率部材16の下側には板状部材18が設けられ、この板状部材18は磁場遮蔽効果を高めるため、高透磁率の材料で構成され、この板状部材18により交換部品を第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に傾けて近づけても正しい位置に収まるようにしている。
【0009】
上述のように第1の支持部材1におけるホルダー12に埋め込まれた磁石11は極性が逆になるように配置したことにより、磁気双極子が離れた場所に作る磁場が小さくなるので、差動トランス5、針圧発生装置8及び試料での磁場を小さくできる。また、この配置により磁石11の下部では磁力線が第2の支持部材14における高透磁率部材16の中を通るので、その下方及び探針位置の試料での磁場が小さくなる。
【0010】
図5には、支点用針3を受ける支点受け部材4の構造を拡大して示している。支点受け部材4は図示したように支点用針3を受ける凹面4aを備え、この凹面は逆円錐形状に構成され、支点用針3を精度よく位置決めして受けるようにされている。
【0011】
このように構成した図示触針式表面形状測定器においては、両端にそれぞれ変位センサ5及び針圧発生装置8を備え、二つの支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持された第1の支持部材1のホルダー12に、両端にそれぞれ探針15及び高透磁率部材16を備えた第2の支持部材14を磁石の吸着力によって固定する。この場合、ホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と第2の支持部材14の高透磁率部材16におけるガイド突起17の対向傾斜面とにより、第2の支持部材14は第1の支持部材1のホルダー12に対して予定の位置に正確に位置決めして簡単に固定できる。
【0012】
そして、針圧発生装置8のコイル10に所定の電流を流すことにより、その電流の大きさに応じて力が発生され、この力により針圧発生装置8のコア9はコイル10の中心へ引き込まれる。それにより第1及び第2の支持部材1、14は支点用針3を介して揺動し、探針15を試料に押し当てる。試料又は検出系を走査することにより、探針15は試料表面をなぞり、その表面形状に応じて、固定された支点のまわりに第1及び第2の支持部材1、14が微小に回転運動し、差動トランス5のコア6の変位が検出され、このコア6の変位を探針15の針先の変位に換算することにより試料の表面形状や段差が測定される。
【0013】
ところで、このような触針式段差計の変位センサには構造が簡単で安価な差動トランスが用いられる。差動トランスのコアが支点のまわりに回転運動し、コイルに対する変位が電圧として出力される。表面の凹凸への探針の追随性を良くするには支点まわりの慣性モーメントが小さいほどよい。従って、差動トランスのコアの質量は小さいほど良い。しかし、コアが小さいと差動トランスの出力は小さくなり、従って変位分解能も低下する。また、センサ出力の直線性は高い方がよい。これらを両立させるには、コアの形状、材料、コイルの形状、巻き方、巻き数、巻き線の径の他、計測方法等が関係してくる。触針式段差計の変位センサには、変位分解能0.5〜1nm、直線性0.3%程度(範囲±150μm)が要求される。コアは軽いほどよい。
【0014】
支点と探針との間の距離をa、支点とコアとの間の距離をbとすると、探針での変位ノイズはセンサ自体のそれのa/b倍になる。探針での変位ノイズを例えば1nmにしたいとき、センサ自体のノイズはb/anmに抑える必要がある。つまり、逆に言えば、センサ自体のノイズをさらに小さくできれば、コアを支点に近付けることができ、それにより、支点まわりのコアの慣性モーメントを小さくできるので、探針の表面形状への追随性が増すことになる。
【0015】
差動トランスの一般的な用途では、必要とされる変位分解能は0.1μm程度であり、そのような性能のものが市販されているが、本発明が関わる触針式段差計の分野とは2桁以上異なり、それら市販されているものは本発明では使えない。また、コア質量も本分野におけるほどは問題にならないので、比較的大きい。例えば、新光電子(株)社製の最も小型のA08−2のコアでも1.2gある。
【0016】
他に高周波差動トランスも例えばエルゴジャパン(株)社から販売されている。エルゴジャパン(株)社のwebサイトによれば、10nmを安定して測れるとあるが、変位分解能は本発明が係る分野ではまだ1桁以上足りない。
【0017】
表面形状測定では1秒間程度で探針が表面をなぞり、その間にあるステップの上段と下段での変位から段差を求めるようにされている。従って、センサの応答時間は数10ミリ秒程度でよく、ミリ秒やそれ以上の応答性は必要ない。また、1秒程度で測定が終わり、その間での変化量だけが問題になるので、それより長い時間に渡る出力値の安定性は必要ない。
【0018】
特許文献1には直線型可変差動トランス(LVDT)について記載されており、その段落〔0005〕には「市販で入手できる最高のLVDTでも、100Hz帯域幅、±500nmレンジで動作して、2.5nmの空間分解能が限界である(ミネソタ州セントポール所在のLion PrecisionのLion Precision Model AB−1)」と記載されているが、そのコア重量は不明であり、空間分解能も本発明に係る分野ではまだ足りない。
【0019】
特許文献1に記載された発明では、差動トランスの1次コイルと強磁性体コアをコイル(空気コアと呼んでいる)に置換え、強磁性体コアに起因するバルクハウゼン雑音(磁壁の動きに起因する電気的雑音)を除去している。そして、1kHzの帯域幅で0.19nmの変位分解能を得ている。
【0020】
しかし、空気コアには電流を流すためにリード線が必要であり、表面形状測定ではリード線がつながったまま、可動部が支点のまわりに動くこととなり、弱い力での測定ができないと認められる。本発明に係る分野に応用する場合には、0.01mgf程度の力での測定が要求されており、リード線がつながったままでは不可能と考えられる。また、特許文献1に記載された発明では、原子間力顕微鏡(AFM)への適用が述べられているが、AFMでの力はさらに何桁も小さいので不可能と考えられる。さらにコイル(空気コア)の慣性が大きいのでAFMには実際上使えないと考えられる。
【0021】
【特許文献1】特表2004−523737
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
従来の一般的な差動トランスの変位分解能は0.1μm、特別なものでも10nmや2.5nmであり、コアの質量も大きい。そのため触針式段差計用としては質量の小さいコアを用いて、しかも変位分解能をさらに向上させる必要があり、同時に高い直線性も必要となる。また、特許文献1に記載されたような空気コアはリード線がつながっているので、触針式段差計にはそもそも使用できないという問題がある。
【0023】
そこで、本発明は、従来技術の問題点を解決して質量の小さいコアを用い、高い直線性と高い変位分解能が得られるようにした触針式段差計における変位センサ用差動トランスを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を設け、探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを設け、探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを支持体に取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する触針式段差計における変位センサ用差動トランスにおいて、
変位センサの磁性体コアを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料で円筒形に構成し、
円筒形の磁性体コアを通す開口部を備えたコイルボビンに巻かれるコイルを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料のシールドでシールドした
ことを特徴としている。
【0025】
飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料は好ましくはパーマロイPBであり得る。
【0026】
また本発明の一実施形態によれば、シールドは、コイルの外周を覆う円筒体と、コイルボビンの端面を覆う二枚の穴あき円板とを備えている。
【0027】
円筒形の磁性体コアに巻かれるコイルは好ましくは三段型に構成され得る。
【0028】
代わりに、円筒形の磁性体コアに巻かれるコイルは二段型に構成してもよい。
【0029】
円筒形の磁性体コアに巻かれるコイルにおける2次コイルの抵抗値は100Ω程度になるように構成され得る。
【0030】
本発明の変位センサ用差動トランスにおいては、1次電圧は、バルクハウゼン雑音を増大させない程度に高く設定され得る。
【0031】
本発明の一実施形態によれば、1次電圧はほぼ1.0V〜2Vの範囲に設定される。そして磁性体コアに巻かれるコイルが三段型である場合には1次電圧は好ましくはほぼ1.5V〜2Vの範囲に設定され得る。
【0032】
本発明の一実施形態によれば、コイルは三段型であり、中段が1次コイルであり、上段及び下段が2次コイルであり、1次コイル及び2次コイルが直径0.09mmの銅線から成る。
【発明の効果】
【0033】
本発明による触針式段差計における変位センサ用差動トランスにおいては、変位センサの磁性体コアを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料で円筒形に構成し、磁性体コアに巻かれるコイルを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料でシールドしているので、従来のもの(小型の市販品1.2g)より非常に軽い(0.14g程度の)コアでも、帯域幅23Hzで変位分解能0.089nm、帯域幅l00Hzで変位分解能0.16nmが得られ、これは従来の最も高分解能の市販品の16倍の性能であり、また帯域幅1000Hzで変位分解能0.39nmが得られ、これは従来の5倍の性能であり、非常に高い変位分解能が得られる。直線性は±75μmで0.0042%、±150μmで0.015%となり、要求される0.3%に比べ1桁から2桁高い直線性が得られることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、添付図面の図6〜図14を参照して本発明の実施形態について説明する。なお、触針式段差計としては先に提案した図1〜図5に示す構成のものを使用する。
【0035】
図6には本発明に従って構成した差動トランスの一実施形態を示す。図示された差動トランスは、鉄・ニッケル合金の磁性材料、例えばパーマロイPB製の円筒形コア20と、この円筒形コア20を通す開口部を備え、鉄・ニッケル合金の磁性材料、例えばパーマロイPB製のコイルボビン21とを有し、このコイルボビン21は、一体に形成された端部フランジ22、23と中間の二つのフランジ24、25とを備え、中段と中段を挟んで設けた上下段との三段に構成されている。中段には1次コイル26が巻回され、上段及び下段には2次コイル27、28が巻回されている。1次コイル26及び2次コイル27、28の外周は、鉄・ニッケル合金の磁性材料、例えばパーマロイPBから成るシールド29によって、コイルボビンの開口部を除いて、コイル外寸に合わせてコイルを外から覆っている。シールド29は図示実施形態ではコイルの外周を覆う円筒体29aと、コイルボビン21の端面を覆う二枚の穴あき円板29bとを備えている。
【0036】
図示実施形態において、1次コイル及び2次コイルはそれぞれ直径0.09mmの銅線から成り、1次コイル26は450巻回、2次コイル27、28はそれぞれ575巻回である。1次コイル26の抵抗は43Ω、1次コイル自体(シールド29及びコア20のない状態)のインダクタンスは2.4mHであり、また5kHzでのインピーダンスは86Ωである。2次コイル27、28の抵抗はそれぞれ55Ω、各2次コイル自体(シールド29及びコア20のない状態)のインダクタンスは3.7mHであり、また5kHzでのインピーダンスは128Ωである。なお、シールド及びコアがある状態ではインダクタンスは3割程度増す。
【0037】
図7には、このように構成した図6に示す円筒形コア20と、1次コイル26及び2次コイル27、28とを備えた差動トランスにおける変位分解能の測定結果を示す。なお円筒形コア20の質量は0.14gである。横軸は1次電圧の実効値、縦軸は変位分解能である。1次コイル26の励起周波数は5kHzで、1次電圧1.59Vrmsでの感度(変位に対する2次電圧の実効値の割合)は195V/mであった。感度は1次電圧に比例する。2次電圧は入力換算雑音4.5nV/Hz0.5(1kHzでの典型値)のロックインアンプで、「信号の実効値」×cos(参照信号との位相差)」を計測したところ、変位に対して直線的に変化する。位相検波後のローパスフィルターのカットオフ周波数(−3dB)を23Hzと設定し、1秒間変位を測定し、その標準偏差を変位分解能としてプロットした結果を示している。
【0038】
図7を考察すると、1次電圧1.5V以下では、変位分解能はロックインアンプ自体のノイズで制限されており、1次電圧を上げて感度を上げることで変位分解能が向上する。さらに1次電圧を上げると、感度増加分を上回るバルクハウゼン雑音の増加により、変位分解能はバルクハウゼン雑音に制限されることが分かる。この例では1次電圧1.5から2V程度のとき、変位分解能0.15nm(周波数帯域約1〜23Hz)の非常に高い分解能が得られた。
【0039】
円筒形コア20をパーマロイPCで構成した場合における感度はコアをパーマロイPBで構成した場合と同程度だったが、1次電圧1.06Vでの変位分解能は0.29nmとパーマロイPBの場合よりノイズが大きくなった。これは磁場0付近でのパーマロイPCの透磁率が大きく、そこでの単位時間当たりの磁化の変化が大きく、そのために磁壁の動きが大きく、その結果としてバルクハウゼン雑音が大きくなっているためと思われる。励起周波数を上げるとバルクハウゼン雑音が増加することと同様のことである。
【0040】
なお、円筒形コア20の肉厚を0.5mmにした場合には、感度は、肉厚0.2mmのものより、30%大きかった。感度は大きい方が有利であるが、コア質量の増加分ほど感度は増加しなかったので、円筒形コア20を軽くする必要から肉厚0.2mmを採用して評価した。
【0041】
図8には、図7と同じコイル、コアでの2次電圧の「信号の実効値×cos(参照信号との位相差)」の雑音密度の測定例を示す。この場合にはロックインアンプの前段に増幅率100倍のプリアンプを入れている。そのプリアンプの入力換算雑音の典型値は1Hzで1.2nV/Hz0.5、10Hzで0.63nV/Hz0.5、100Hzで0.52nV/Hz0.5、1000Hzで0.5nV/Hz0.5である。ロックインアンプの位相検波後のローパスフィルターのカットオフ周波数(―3dB)は232Hzと設定している。4秒間、信号の時間変化を測定し、それをフーリエ変換して周波数特性を得ている。それを100回行った平均である。
【0042】
2次コイルの抵抗値(55Ω×2=110Ω)から熱雑音は1.3nV/Hz0.5と見積もられ、プリアンプのノイズと合わせると(0.5+1.30.5=1.4nV/Hz0.5(100、1000Hz)と見積もられる。図8ではグラフのフラット部の雑音は2.3nV/Hz0.5であり、この差については現時点では不明である。1次電圧を小さくしてもこのフラット部の雑音はそれ以下には下がらなかったので、バルクハウゼン雑音に起因するものではないと認められる。
【0043】
図9には、1次電圧と「2次電圧の雑音密度」との関係例を示す。グラフ(イ)は1次電圧1.06Vrmsの場合、グラフ(ロ)は1次電圧1.59Vrmsの場合、またグラフ(ハ)は1次電圧2.12Vrmsの場合である。図9から分かるように1次電圧の増加に従い、低周波域で「2次電圧の雑音密度」が増大している。これがバルクハウゼン雑音に起因するものである。
【0044】
図10には、1次電圧と「位置の雑音密度」の関係例を示し、図9の「2次電圧の雑音密度」を各1次電圧での感度(V/m)で割ったものである。図10においてグラフ(イ)は1次電圧1.06Vrmsの場合、グラフ(ロ)は1次電圧1.59Vrmsの場合、またグラフ(ハ)は1次電圧2.12Vrmsの場合である。図10から、1次電圧が1.59Vrmsのときに位置雑音が小さくなることが分かる。
【0045】
図11には見やすくするために、図10における1次電圧が1.59Vrmsの場合の結果のみを示したものである。縦軸の値を2乗して横軸の周波数範囲で積分してルートをとると、その帯域幅での位置雑音つまり変位分解能が得られる。変位分解能(実効値)はそれぞれ、0.5〜23Hzでは0.089nm、0.5〜100Hzでは0.16nm、0.5〜1000Hzでは0.39nm(100〜1000Hzで1.2e−11m/Hz0.5として)となり、非常に高い変位分解能が得られた。
【0046】
100Hzまでの帯域幅での分解能は市販品の16倍、1000Hzまでの帯域幅での分解能は先行技術によるもの(特許文献1が強磁性体コアで評価した結果)の5倍の高性能である。このような高分解能かつ0.14gの軽いコアの差動トランスが本発明により提供できるようになった。
【0047】
図12には、1次電圧1.59Vrms、カットオフ周波数23Hzで、「2次電圧の信号の実効値×cos(参照信号との位相差)」/感度の時間変化を測定した例を示している。つまり、コアの変位を時間を追って測定した例である。1ミリ秒間隔で1秒間測定した結果で、このデータの標準偏差は0.089nmであり、前述の変位分解能(帯域幅23Hz)と一致している。なお、図12の測定例ではロックインアンプのアンプレンジで決まる測定範囲設定が±615nmであり、16ビットで計測しているので表示分解能は0.019nmとなっている。
【0048】
ところで、上記では3段型のコイルの例を示したが、2段型でも例えば1次電圧1.06Vrmsで変位分解能0.21nm(帯域幅23Hz)と良好な結果が得られている。しかし、残留電圧(2次電圧の実効値の最小値)は0.7mVと、3段型の0.3mVより大きかった。ロックインアンプの位相検波前の交流アンプの増幅率の問題からは、残留電圧は小さい方が望ましい。残留電圧が大きいということは、「2次電圧の信号の実効値×cos(参照信号との位相差)」は小さい値でも、2次電圧の信号の実効値が大きいということであり、交流アンプの増幅率を十分に上げられない。交流アンプの増幅率を上げると振り切れてしまうからである。
【0049】
残留電圧は上下段コイルの巻き方の非対称性に起因していると考えられ、3段型の方が対称性よく巻かれていると考えられる。2段型では2次コイルの上に1次コイルを重ねて巻いており、重ねて巻くうちに巻き方が乱れて非対称性が大きくなると考えられる。3段型では、1次コイル、2次コイルの上段、2次コイルの下段がそれぞれ独立に巻かれるので、対称性が高いと思われる。この対称性は以下に説明するセンサ出力の直線性にも関係してくる。
【0050】
図13には、以上に示したのと同じく図6に示すコイル26〜28とパーマロイPB製の円筒形コア20とを用いて、感度のコア位置への依存性を測定した結果を示している。ピエゾアクチュエーターでコアを一定量動かし、そのときのセンサ出力をコア位置に対してプロットしたものである。コアが中心から40μm以上の領域ではピエゾアクチュエーターでコアを20μm、50μm以下の領域では5μm動かした。縦軸は感度の最大値(フィットさせた曲線の最大値)で規格化している。図中の曲線は2次式でフィットさせた結果である、中心から150μmのところで感度が0.2%低下していることが分かる。
【0051】
図13の曲線を積分する(位置0で出力0とする)と、位置対出力の関係が得られる。その関係に±150μmの範囲内で直線でフィットさせ、その直線との差をプロットしたものを図14に示している。図13の横軸、図14の縦軸、横軸においては、中心(信号と参照信号の位相差が90度)から1mmずれた位置(マイクロメーターで計測)での電圧出力から暫定的に算出した感度(V/m)を用いて位置を算出している。その値は正確ではないが、上記の暫定的感度は中心付近での最大感度より3%程度小さいだけなので、直線性の算出にはほとんど影響しない。なお、参照信号の位相は変位1mmで出力信号の位相に一致させた。
【0052】
図14から±150μmの範囲での直線性は0.015%であり、直線性が非常に高いことが分かる。通常、触針式段差計で求められるのは0.3%であり、その20倍の直線性である。センサコアと探針の支点からの距離の比が1:2である場合には、探針の測定範囲が±150μmのとき、センサコアが動く範囲は±75μmである。そこで、±75μmでの直線性を上記と同様にして求めると0.0042%となり、要求されるよりも2桁近い非常に高い直線性を持つことが分かる。
【0053】
上記の実施形態の説明においては変位センサの磁性体コアを構成する飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料としてパーマロイPBを用いているが、当然、同様な磁気特性をもつ他の鉄・ニッケル合金の磁性材料、例えばalleghency 4750、radio metal、或いは45%Ni−Fe合金であるperminvar、isopermなどを用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明が適用される触針式表面形状測定器の構成の一例を示す概略図。
【図2】図1における触針式表面形状測定器の要部を下から見た概略線図。
【図3】図1における触針式表面形状測定器のホルダー部分の構成を示す拡大部分断面図。
【図4】図1における触針式表面形状測定器のホルダー部分の構成を示す拡大部分断面図。
【図5】図1における触針式表面形状測定器の支点部の構造を示す拡大断面図。
【図6】本発明による差動トランスの一実施形態の要部の構造を示す断面図。
【図7】本発明に従って構成した差動トランスにおける変位分解能の測定例を示すグラフ。
【図8】本発明に従って構成した差動トランスにおける2次電圧の雑音密度の測定例を示すグラフ。
【図9】本発明に従って構成した差動トランスにおける種々の1次電圧と2次電圧の雑音密度の関係例を示すグラフ。
【図10】本発明に従って構成した差動トランスにおける種々の1次電圧と位置の雑音密度の関係例を示すグラフ。
【図11】本発明に従って構成した差動トランスにおける特定の1次電圧と位置の雑音密度の関係例を示すグラフ。
【図12】本発明に従って構成した差動トランスにおける変位の時間変化の例を示すグラフ。
【図13】本発明に従って構成した差動トランスにおける感度の位置への依存性の例を示すグラフ。
【図14】図13に示す感度の位置への依存性の例に基づきフィットさせた直線との差を例示するグラフ。
【符号の説明】
【0055】
20:円筒形コア
21:コイルボビン
22:端部フランジ
23:端部フランジ
24:中間のフランジ
25:中間のフランジ
26:1次コイル
27:2次コイル
28:2次コイル
29:シールド
29a:円筒体
29b:穴あき円板


【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を設け、探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを設け、探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを支持体に取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する触針式段差計における変位センサ用差動トランスにおいて、
変位センサの磁性体コアを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料で円筒形に構成し、
円筒形の磁性体コアを通す開口部を備えたコイルボビンに巻かれるコイルを飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料のシールドでシールドした
ことを特徴とする触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項2】
飽和磁束密度の大きくしかも透磁率の小さい鉄・ニッケル合金の磁性材料がパーマロイPBであることを特徴とする請求項1に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項3】
シールドが、コイルの外周を覆う円筒体と、コイルボビンの端面を覆う二枚の穴あき円板とを備えていることを特徴とする請求項1に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項4】
コイルボビンに巻かれるコイルを三段型に構成したことを特徴とする請求項1に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項5】
コイルボビンに巻かれるコイルを二段型に構成したことを特徴とする請求項1に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項6】
コイルボビンに巻かれるコイルにおける2次コイルの抵抗値が100Ω程度であることを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項7】
1次電圧が、バルクハウゼン雑音を増大させない程度に高く設定されることを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項8】
1次電圧がほぼ1.0V〜2Vの範囲に設定されることを特徴とする請求項7に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項9】
コイルボビンに巻かれるコイルが三段型である場合に、1次電圧がほぼ1.5V〜2Vの範囲に設定されることを特徴とする請求項7に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。
【請求項10】
コイルが三段型であり、中段が1次コイルであり、上段及び下段が2次コイルであり、1次コイル及び2次コイルが直径0.09mmの銅線から成ることを特徴とする請求項1〜9の何れか一項に記載の触針式段差計における変位センサ用差動トランス。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2008−122254(P2008−122254A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−307063(P2006−307063)
【出願日】平成18年11月13日(2006.11.13)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】