説明

貫通電流制御装置を備えたインバータ

【課題】ダイオードの逆回復時にサージ電圧や電圧の高周波振動を抑制すると共に、電圧変化dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子を導通させる際の貫通電流を低減し、低損失化も両立したインバータを提供すること。
【解決手段】本発明のインバータは、上下アームに電圧制御型パワー半導体素子とこれに並列なダイオードを各々備え、スイッチ手段を具備した駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子のオン、オフを制御し、前記電圧制御型パワー半導体素子が主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より低い値を設定電圧として、順電圧の総和が前記設定電圧とほぼ等しい複数の第二のダイオードを、前記駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子をオフさせるスイッチ手段に直列に接続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インバータに係わり、特に上下アームの導通を切り替える際にダイオードを流れて上下アームを貫通する逆回復電流に起因した電圧の過大な振動を抑制する貫通電流制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インバータ装置は電圧制御型パワー半導体素子を上下アームに備え、出力電流の導通と遮断を制御する構成が一般的であり、上下の電圧制御型パワー半導体素子には環流時の逆方向電流を通電させるダイオードが並列に接続されている。ここで、電圧制御型パワー半導体素子や環流用ダイオードは電流を導通から遮断状態へ移行させる際に過渡的なサージ電圧が発生する。電圧制御型パワー半導体素子でこうしたサージ電圧を抑制する方法としては、駆動回路に備えた抵抗値を適正に選び、電流遮断時に制御電圧の変化を抑制的にする方法が用いられている。一方、ダイオードが電流を導通する状態から遮断状態へ移行する際には、ダオードを逆方向に流れる電流(逆回復電流と呼ぶ)が生じ、この電流は上下アームを貫通して流れる。逆回復電流の時間変化が過大な場合には電流を流すバスバー、ハーネス等のインダクタンスと電流変化di/dtの掛け算でサージ電圧が発生し、かつ数μsの時間に渡って高周波な電圧振動(リンギング)が発生する。しかしながらダイオードが制御可能なデバイスで無いため、電圧制御型パワー半導体素子のように駆動回路によって逆回復電流自体を低減することは困難であった。
【0003】
こうしたダイオードの逆回復電流に起因する過大なサージ電圧を抑制する方法の例が特許文献1、特許文献2、及び特許文献3等に記載されている。これらの従来技術では、インバータの上下アーム用パワー半導体素子にはパワーMOSやIGBTなどの電圧制御型パワー半導体素子が用いられ、パワーMOSの場合にはデバイスに内蔵された寄生のダイオード、IGBTの場合には並列に接続したダイオードを還流電流の為に用いている。
【0004】
特許文献1に記載された駆動方法は、ダイオードが逆回復する際に生じる電圧の変化(dV/dt)と電圧制御型パワー半導体素子の帰還容量によって発生する変位電流をダイオードに並列な電圧制御型パワー半導体素子の制御端子に流入させて制御電圧を増加させ、この値を電圧制御型パワー半導体素子のしきい値電圧よりわずかに高くさせてパワー半導体素子を導通させる。この結果、パワー半導体素子が通常のオフ状態より低インピーダンスになり、サージ電圧や高周波な電圧振動を抑制する。特許文献2、及び特許文献3等に記載された駆動装置も同じ原理を用いるもので、ダイオードが逆回復する以前に電圧駆動型パワー半導体素子の制御電圧をしきい値か或いはそれより小さい電圧に維持させ、dV/dtとパワー半導体素子の帰還容量によって発生する変位電流によってパワー半導体素子をオンさせ易い状態を作る。
【0005】
【特許文献1】特開2001−217697号公報(図1、図2、(0011)段落、(0018)段落、(0019)段落の記載。)
【特許文献2】特開2005−328688号公報(図1、(0044)段落、(0045)段落の記載。)
【特許文献3】特開2005−33873号公報(図1、図2、(0010)段落から(0024)段落の記載。)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
パワーMOSやIGBTでは近年、微細化による低オン抵抗化の傾向が著しく、制御電圧がしきい値電圧を超えるとわずかな電圧変化に対して大きな電流が流れる。前述の従来技術では、ダイオードの逆回復時に発生する電圧変化dV/dtで該ダイオードに並列な電圧制御型パワー半導体素子を導通させることでサージ電圧を抑制するが、dV/dtでパワー半導体素子が導通した際の貫通電流で損失が増加する問題が新たに生じる。従来例では、サージ電圧の抑制と貫通電流による損失の低減を両立させる為の対策は開示されていない。この貫通電流はインバータのPWM(パルス幅変調)制御の周波数で繰り返され、かつ三相でそれぞれ発生する為、貫通電流が過大であると全体損失の数十%以上になる恐れがある。
【0007】
上記従来技術の構成を実験で評価すると、逆回復時の電圧変化dV/dtは数十nsと非常に短い現象であるのに対して、dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子を導通させると電圧変化が緩和し、その結果として貫通電流が流れる期間が十倍ほど拡大することが分かった。貫通電流の時間増加は損失を大幅に増加させる為、その抑制が課題である。
【0008】
また、特許文献2、及び特許文献3等に記載された駆動装置は、ダイオードが逆回復する以前に電圧駆動型パワー半導体素子の制御電圧をしきい値かそれより小さい電圧に維持させるが、この維持される制御電圧を第一の電圧と呼称すると、第一の電圧と制御電圧のしきい値はそれぞれ温度依存性を持つ。例えば、パワーMOSやIGBTのしきい値は温度に対して負の温度係数を持ち、100℃を越える温度では室温(25℃)に比べて数Vしきい値が減少する。温度上昇に対して第一の電圧としきい値の差が拡大すると仮定すれば、この電圧差に応じて先の貫通電流は更に増加する。
【0009】
本発明の目的は、ダイオードの逆回復時にサージ電圧や電圧の高周波振動を抑制すると共に、電圧変化dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子を導通させる際の貫通電流を低減し、低損失化も両立することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明では、インバータの上下アームに電圧制御型パワー半導体素子とこれに並列なダイオードを各々備え、スイッチ手段を具備した駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子のオン、オフを制御するインバータが、前記電圧制御型パワー半導体素子が数A以上の電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも1V以上低い値を設定電圧として、順電圧の総和が前記設定電圧とほぼ等しい複数の第二のダイオードを、前記駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子をオフさせる前記スイッチ手段に直列に備える。
【0011】
この構成によって、電圧制御型パワー半導体素子の制御電圧を第二のダイオードの順電圧総和に等しい設定電圧の値で残留させて該パワー半導体素子をオンし易い状態にさせ、ダイオードが逆回復する際の電圧変化dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子を導通させると共に、この導通で電圧変化dV/dtが緩和し貫通電流の通電期間が拡大すると、制御電圧と設定電圧の電圧差に応じて前記第二のダイオードがインピーダンスを減少させて制御電圧の増加を抑制する効果が働き、制御電圧を速く減少させて貫通電流を抑制する。また、温度上昇で電圧制御型パワー半導体素子のしきい値が減少する場合には、第二のダイオードの順電圧総和も温度に応じて減少することで、温度に応じた貫通電流の増加を低減できる。
【0012】
また、本発明のインバータの貫通電流制御装置は、前記複数の第二のダイオードに並列な第二のスイッチ手段を具備し、前記電圧制御型パワー半導体素子の入力と出力端子間の電圧を検出する電圧検出手段を備え、該電圧検出手段の出力に応じて前記第二のスイッチ手段を導通させる構成を備える。
【0013】
この構成によれば、主電流がダイオードに並列な電圧制御型パワー半導体素子を流れる期間(上アームなら出力電流が正の場合、下アームなら出力電流が負の場合)に、電圧制御型パワー半導体素子の入出力端子間電圧を検出し、前記複数の第二ダイオードに並列な第二のスイッチ手段を導通させる為、複数の第二ダイオードの電圧総和はほぼゼロになり、電圧制御型パワー半導体素子が電圧変化dV/dtで導通することはない。すなわち、本構成ではdV/dtによる電圧制御型パワー半導体素子の導通を選択的に実施することが可能になる。
【0014】
本発明のインバータの貫通電流制御装置は、インバータの上下アームに電圧制御型パワー半導体素子とこれに並列なダイオードを各々備え、抵抗とスイッチ手段を具備した駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子のオン、オフを制御し、前記電圧制御型パワー半導体素子が数A以上の主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも1V以上低い第一の電圧を検知する第一の電圧検出手段と、前記電圧制御型パワー半導体素子の入力と出力端子間の電圧が予め設定した第二の電圧より高いことを検出する第二の電圧検出手段を備え、前記電圧制御型パワー半導体素子のオフ時に、前記第一の電圧検出手段と前記第二の電圧検出手段の検出結果に応じて、前記駆動回路のスイッチ手段を導通、遮断、導通再開の順に駆動させる。
【0015】
この構成によって、電圧制御型パワー半導体素子の制御電圧が第一の電圧値以下になると前記駆動回路のスイッチ手段を遮断し、制御電圧が第一の電圧値にほぼ等しくなるようにする。次に、ダイオードが逆回復する際の電圧変化dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子が導通すると、電圧制御型パワー半導体素子の入力と出力端子間の電圧から電圧変化dV/dtを検出し、前記駆動回路のスイッチ手段を導通再開させる。スイッチ手段の導通で制御電圧は速く減少し、貫通電流が抑制される。
【0016】
本発明のインバータの貫通電流制御装置は、インバータの上下アームに電圧制御型パワー半導体素子とこれに並列なダイオードを各々備え、抵抗とスイッチ手段を具備した駆動回路で該電圧制御型パワー半導体素子のオン、オフを制御し、前記電圧制御型パワー半導体素子が数A以上の主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも1V以上低い第一の電圧を検知する第一の電圧検出手段と、前記電圧制御型パワー半導体素子の出力電流に比例した第二の電流が予め設定した基準電流値より低いことを検出する電流検出手段を備え、前記電圧制御型パワー半導体素子のオフ時に、前記第一の電圧検出手段と前記電流検出手段の検出結果に応じて、前記駆動回路のスイッチ手段を導通、遮断、導通再開の順に駆動させる。
【0017】
この構成によって、電圧制御型パワー半導体素子の制御電圧が第一の電圧値以下になると前記駆動回路のスイッチ手段を遮断し、制御電圧が第一の電圧値にほぼ等しくなるようにする。次に、ダイオードが逆回復する際の電圧変化dV/dtで電圧制御型パワー半導体素子が導通すると、電流検出手段で貫通電流を検出し、前記駆動回路のスイッチ手段を導通再開させる。スイッチ手段の導通で制御電圧は速く減少し、貫通電流が抑制される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ダイオードが逆回復する際にダイオードに並列なIGBTを電圧変化dV/dtでオンさせてサージ電圧や高周波な電圧振動を回避し、同時にIGBTを流れる貫通電流を低減して損失の増加を抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の詳細を図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0020】
図1を用いて本実施例によるインバータの貫通電流制御装置について説明する。図1は、本実施例によるインバータの全体構成を示す回路図である。図1は本発明の貫通電流制御装置を備えたパワー半導体素子を含む電力変換装置の構成を表している。主回路は電源VBの正極と負極間にIGBT(例えばQ1)と還流用ダイオード(例えばD1)からなるパワー半導体素子6ケを3相ブリッジに接続し、3相インバータの構成となっている。各相の出力端子はU、V、Wであり負荷のモータMに接続している。IGBT Q1〜Q6にはそれぞれ駆動装置1を備えている。駆動装置1の内部構成として、制御電源Vccの正極とQ1のゲート端子間にPチャンネルMOSFET S3及び抵抗R3を直列に接続したゲート充電手段を備える。
【0021】
本実施例の貫通電流制御装置は駆動装置1のゲート放電手段に設けている。即ち、Vccの負極とQ1のゲート端子間にNチャンネルMOSFET S1、抵抗R1と直列に接続したダイオードDGを設けており、ダイオードDGは後述するように所望のバイアス電圧を作る為に必要な個数を接続する。また、Vccの負極とQ1のゲート端子間にはNチャンネルMOSFET S2、抵抗R2を備える。S1とS3は駆動信号Sgに応じて一方がオン、他方がオフする相補型のスイッチである。S2はAND回路3によって駆動し、AND回路3の入力は駆動信号Sgと遅延手段2を介して伝えられる電圧検出手段の出力であり、これらの信号に応じて駆動する。
【0022】
ここで、電圧検出手段は制御電源Vccの正極とQ1のコレクタ端子間に抵抗R4とダイオードDGを直列に接続し、抵抗R4とダイオードDGの接続箇所から出力を取り出す。Q1が導通(オン)状態にあって主電流がQ1を流れると、オン電圧は数Vになり、Vccの負極を基準とする電圧検出手段の出力は、Q1のオン電圧にダイオードDGの順電圧を加えた値になる。この電圧はAND回路3の論理しきい値(Vccの約1/2)に対して低く、論理レベルとしてはLowになる。一方、Q1が遮断(オフ)状態にあるとダイオードDGのカソード電圧はVccの電圧より高くなり、ダイオードDGには逆バイアスが印加される。この結果、電圧検出手段の出力はほぼVccに等しくAND回路3の論理レベルとしてはHighになる。Q1に逆並列に接続したダイオードD1が導通する場合は、ダイオードDGのカソード電圧がVccの負極に対して約−1〜2Vと負値になり、この場合も電圧検出手段の出力はLowになる。このように電圧検出手段の機能はIGBT Q1或いはダイオードD1の導通を判定することであり、図1の実施例の構成に限定したものではなく、コンパレータやその他の構成でも良い。
【0023】
次に図1の実施例の動作を説明する。本実施例では還流ダイオードが逆回復する際のサージ電圧或いは電圧振動を抑制するので、ダイオードD1が導通している状態を例に説明する。また、一般的にモータ駆動用のPWM(パルス幅変調)制御では還流ダイオードが導通している状態では、そのダイオードに並列なスイッチング素子(図1ではQ1)に制御信号を印加していることから、初期状態ではダイオードD1が導通し、Q1の制御電圧もほぼVccの値に等しい条件を考える。ここで、駆動信号SgによってQ1の制御電圧を除去する動作が開始すると、ダイオードD1は導通を維持している為に電圧検出信号の出力はLowでありAND回路3の出力もLowでS2はオフしたままである。一方、S1はSgによってオンし、制御電圧(以後、ゲート電圧と称す。)を除去してゆく。Q1のゲート電圧がダイオードDGの順電圧総和と等しくなると、DGはもはや電流を流すことができなくなり、ゲート電圧の減少が停止する。この時、ゲート電圧にはダイオードDGの順電圧総和にほぼ等しい電圧が残留し、この残留電圧をVbiasと称する。
【0024】
次にPWM制御によって上アームのIGBT Q2に導通の駆動信号が与えられQ2がオンになり主電流が流れると、U相出力電流はダイオードD1からQ2へと経路を変える為、ダイオードD1の電流は減少しほぼゼロになるとD1が遮断状態に変わる。D1が導通状態から遮断状態に切り替わる時が逆回復の状態であり、ダイオードD1のインピーダンスが急激に増加すると共に、Q1のコレクタ端子を正とする極性で高電圧が印加される。この時の電圧変化(dV/dt)によってIGBT Q1のコレクタとゲート端子間寄生容量に変位電流が発生し、Q1のゲート電圧は残留電圧Vbiasに変位電流による充電分が加算され、合計値がしきい値電圧を超えるとQ1が導通する。尚、このタイミングで電圧検出手段の出力はLowからHighに変化するが、遅延手段2の効果でAND回路3の出力はLowに維持されS2は遮断状態を保っている。
【0025】
IGBT Q1のコレクタとゲート端子間寄生容量に変位電流が発生し、Q1が導通する場合の回路動作を式で表現すると(1)式のようになる。
【0026】
【数1】

【0027】
【数2】

【0028】
【数3】

【0029】
(1)式で電流igは変位電流であり、この変位電流は(2)式及び(3)式で表すことができる。これらの数式でCgはQ1のゲートとエミッタ間容量であり、Crはコレクタとゲート間寄生容量、RgはQ1のゲートとエミッタ間に設けられた抵抗の合成値であり、図1の実施例でS2が導通していない状態ではRgは抵抗R1とダイオードDGの内部抵抗の和になる。また、インダクタンスLsはQ1のゲートとエミッタ間に存在する配線等のインダクタンス値を表している。(2)式のdV/dtはダイオードD1が逆回復する際の電圧変化である。Vgで表すゲート電圧がQ1のしきい値を超えるとQ1がオンして電流が流れるが、その電流は(4)式のようになる。(4)式でgmはIGBTのゲート増幅率(dIce/dVg)である。(1)式と(4)式を連立して解くと、その解は(5)式のようになる。ここで、Vgoはゲート電圧の初期値であり、残留電圧Vbiasに等しい。
【0030】
【数4】

【0031】
【数5】

【0032】
(5)式の表現から次のことが分かる。
1)第一項でVgo(=Vbias)は指数関数で減衰し、抵抗Rgが小さいほど減衰は速い。
2)第二項は括弧内の指数関数は時間と共に増加するが、電圧変化(dV/dt)が無くなると第二項はゼロになる。また、抵抗Rgが小さいほど第二項は小さくなる。
3)(5)式のゲート電圧が、Q1のしきい値よりわずかに高くなるよう初期値Vbiasを設定する。Vbiasの適正値は、(5)式の第二項が大きい程小さい値になる。Vbiasが適正値以上になると、ゲート電圧の増加によって(4)式の貫通電流が過大になる。
4)制御電圧Vgがしきい値を超えて貫通電流が流れると、抵抗Rgを小さくしてゲート電圧の増加を抑制し、貫通電流を低減することが望ましい。
【0033】
図1の構成は、上記3)と4)を基本的な考え方とした実施例である。残留電圧Vbiasは(5)式から適正値を予め求め、ダイオードDGの順電圧総和がVbias適正値にほぼ等しくなるようDGの個数を設定する。ここで、ダイオードのビルトイン電圧(電流を通電する為に最低必要な接合電圧)が持つ温度依存性は、Q1のしきい値に関する温度依存性と傾向が似ており、温度が変化した場合でも両者の誤差は抑制することができる。
【0034】
貫通電流が流れた直後に抵抗Rgを減少させる方法は、DGとS1を含む第一の回路と、電圧検出手段に応じて導通するS2を含む第二の回路で実現させる。まず、ゲート電圧がDGの順電圧総和に等しいVbiasを越えると、その差分に応じて第一の回路に電流が流れ、(5)式の第二項で表したdV/dtによるゲート電圧の増加を抑制する。次に、電圧検出手段の出力が時間遅延を経てS2を導通させると、第一の回路より低インピーダンスな状態でQ1の制御電圧を減少させ貫通電流の増加を抑制する。
【0035】
図2に本実施例の動作波形を示す。図2(a)は通常のダイオード逆回復時の波形であり、図2(b)は本実施例による逆回復時のサージ電圧抑制を示す動作波形である。図2(a)ではIGBT Q1の電圧Vceが逆回復時に高周波で振動しているが、図2(b)ではこうした電圧振動は無く、逆回復時に電圧が一旦、急激に増加するが、その後IGBT Q1の導通によって緩和していることが分かる。図2(b)でQ1のゲート電圧Vgeは逆回復以前にVbiasの値で維持されており、逆回復時のdV/dtで増加する。逆回復以後は、前述のように抵抗によってゲート電圧Vgeを減少させる機能が働いているが、それでもdV/dtの影響で制御電圧Vgeが増加している。抵抗によるゲート電圧の抑制が働かなければVgeは図2(b)の値よりもっと高くなり、電流も増大する。
【実施例2】
【0036】
図3は本発明の貫通電流制御装置を備えたパワー半導体素子を含む電力変換装置の実施例である。3相インバータの構成は図1の実施例と同じであり、説明は省略する。また、貫通電流制御を備えた駆動装置4はIGBT Q1〜Q6にそれぞれ備えられる。
【0037】
駆動装置4の内部構成として、PチャンネルMOSFET S3及び抵抗R3を備えたゲート充電手段は図1と同じであり、S3は駆動信号Sgに応じてオン、オフが制御されるスイッチである。ゲート放電手段はVccの負極とQ1のゲート端子間にNチャンネルMOSFET S1、抵抗R1を備える。コンパレータ7はIGBT Q1のゲート電圧と基準電圧8の電圧値を比較し、ゲート電圧が高い場合にHighの信号を出力する。また、ダイオードDCと抵抗R4からなる電圧検出手段は図1と同じ構成である。コンパレータ7の出力と電圧検出手段の出力をOR回路5に入力し、いずれかの入力がHighであればOR回路5はHighの信号を出力する。OR回路5の出力は遅延手段2を経てNAND回路6に伝え、NAND回路6はこの遅延手段2の出力と駆動信号SgからNチャンネルMOSFET S1を導通或いは遮断させる。ここで、IGBT Q1をオフにさせる場合で、駆動信号SgがHigh、コンパレータ7でゲート電圧が基準電圧8以上であればOR回路5とNAND回路6の結果としてS1がオン状態となる。同様に、駆動信号SgがHigh、電圧検出回路の出力がHighであればS1がオン状態となる。次に図3の実施例の動作を、図4の各部動作波形を用いて詳細に説明する。
【0038】
図4の動作波形は上からIGBT Q1のゲート電圧Vge(Q1)とコレクタ電圧Vce(Q1)、NチャンネルMOSFET S1のオン、オフ状態、IGBT Q1の電流I(Q1)とダイオードD1の電流I(D1)、上アームIGBT Q2の電流I(Q2)、上アームIGBT Q2のゲート電圧Vge(Q2)とコレクタ電圧Vce(Q2)である。
【0039】
図4で、時刻T0においてダイオードD1が順方向に負荷電流を還流させている状態を想定する。この時、PWM制御ではダイオードD1が導通時においてもIGBT Q1にゲート電圧を印加する指令が出されており、Vge(Q1)はVccにほぼ等しい。次に、駆動信号SgによってQ1のゲート電圧を除去する指令が出されると、図3のコンパレータ7はVge(Q1)がVccにほぼ等しいことを検出し、Highの信号を出力し、前述のOR回路5とNAND回路6の結果によってS1がオン状態になり、Vge(Q1)が減少する。Vge(Q1)がしきい値(Vth)以下になってもダイオードD1が負荷電流を還流させている状態は変わらない為、コレクタ電圧Vce(Q1)は約−1〜2Vと低い。そして、時刻T1においてVge(Q1)がしきい値以下に設定された基準電圧(Vbias、図3の基準電圧8に等しい)以下になると、コンパレータ7がこれを検知して出力がLowに変わり、OR回路5とNAND回路6の結果によってS1がオフ状態に変化する。
【0040】
この結果、Vge(Q1)には基準電圧(Vbias)に等しい電圧が残留する。次にデッドタイム期間の後に駆動信号によって上アームIGBT Q2にゲート電圧が与えられVge(Q2)が増加し、しきい値(Vth)を越えるとオン状態になる。Q2には電流I(Q2)が流れ、ダイオードD1を還流していた負荷電流がQ2に転流する。時刻T2において転流が起き、ダイオードD1が逆回復しIGBT Q1のコレクタ電圧Vce(Q1)が急激に増加する。Vce(Q1)の電圧変化(dV/dt)によってIGBTQ1のコレクタとゲート間帰還容量が充電され、Q1のゲートに充電電流が流れ込みVge(Q1)がしきい値を超えて増加し、IGBT Q1がオンする。この時、IGBT Q1の電流I(Q1)は図4の破線で示すような波形になり、この電流は上下IGBTを貫通して流れる為、IGBT Q2の電流I(Q2)の波形にも重畳する。
【0041】
時刻T2においてVge(Q1)がしきい値を超える結果、図3のコンパレータ7がこれを検知して出力がHighに変わり、OR回路5とNAND回路6の結果によってS1がオン状態に変化する。この時、IGBT Q1のゲートには電圧変化(dV/dt)による帰還容量の変位電流が流れ込む一方、S1のオンによるゲートの放電電流が流出することになる。通常、変位電流の方が大きいためS1がオンしても直ぐにはVge(Q1)が減少できないが、S1がオフのままである場合に比べてゲート電圧Vge(Q1)の増加を抑制し、過大な貫通電流が流れることを防止する。
【0042】
電圧変化(dV/dt)によってIGBT Q1がオンすると、上下IGBTの間で電圧分担が生じ、Vce(Q1)の電圧増加は緩和される。図3の電圧検出手段は遅延手段によって時刻T2からやや遅れて動作し、電圧検出手段の出力はHighに変わり、OR回路5とNAND回路6の結果によってS1をオンさせる論理条件を作る。Vce(Q1)はやがて電源電圧に達し電圧変化(dV/dt)が無くなるため、その後はS1によってVge(Q1)は指数関数的に減少する。Vge(Q1)が基準電圧(Vbias)以下になっても電圧検出手段の働きでS1のオン状態は維持される。
【0043】
以上はダイオードD1が順方向に負荷電流を還流させている場合の動作であるが、IGBT Q1が負荷電流を流す条件であればVge(Q1)がしきい値に達する以前にコレクタ電圧Vce(Q1)が増加し、これを電圧検出手段が検知する為、図4のS1に実線で示すようにS1のオン状態は維持される。即ち、このように本発明はダイオードが逆回復する条件において、ゲート回路のオフ用スイッチ手段S1をオン、オフ、オンと切り替えることが特徴であり、この動作によってダイオードに並列なIGBTのゲート電圧増加を抑制し、逆回復時のサージ電圧を低減すると同時に貫通電流を抑制させることができる。
【実施例3】
【0044】
図5は本発明の貫通電流制御装置を備えたパワー半導体素子を含む電力変換装置の実施例である。3相インバータの全体構成は図1、図3の実施例と同様のため記載は省略した。本実施例ではIGBT Q1〜Q6にそれぞれ備える貫通電流制御を備えた駆動装置9について説明する。
【0045】
駆動装置9の内部構成として、PチャンネルMOSFET S3及び抵抗R3を備えたゲート充電手段と、Vccの負極とQ1のゲート端子間にNチャンネルMOSFET S1、抵抗R1を備えたゲート放電手段を配置する点は図1や図3と同じであり、S3は駆動信号Sgに応じてオン、オフが制御されるスイッチである。本実施例はゲート電圧の検出手段と、IGBT Q1の主電流に比例した電流を検出する手段を備え、これらの検出結果から図3と同様にS3のオン、オフ状態を切り替える。
【0046】
コンパレータ7−1はIGBT Q1のゲート電圧と複数のダイオードを直列化した基準電圧Vbiasを比較し、ゲート電圧が高い場合にHighの信号を出力する。ここで、Vbiasは図3の実施例と同様にIGBT Q1のゲートに残留させる電圧である。また、複数のダイオードの順電圧を総和として基準電圧を作るが、基準電圧Vbiasの温度依存性がIGBT Q1のしきい値に関する温度依存性と同等になるように抵抗R6でダイオードに流す電流値を調整する。
【0047】
本実施例では、IGBT Q1の主電流に比例した電流を検出する手段は、Q1が図5に示すようにエミッタ端子を2つ備え、それぞれのエミッタ電極面積に比例した電流を通電する電流センス型デバイスを使用する。電流センス端子には抵抗Rsとノイズ吸収用コンデンサCfを備える。この信号をコンパレータ7−2に入力し、基準電圧Vrefと比較する。この電流検出手段はIGBT Q1に流れる電流が所定の電流値以下(ダイオードD1に還流する場合は負値であり、所定値以下になる)を検出し、コンパレータ7−2がHighの信号を出力する。
【0048】
コンパレータ7−1と7−2の出力をOR回路5に入力し、いずれかの入力がHighであればOR回路5はHighの信号を出力する。OR回路5の出力は遅延手段2を経てNAND回路6に伝え、NAND回路6はこの遅延手段の出力と駆動信号SgからNチャンネルMOSFET S1を導通或いは遮断させる。
【0049】
図5の実施例の動作は、図4に示したダイオードD1の電流I(D1)が負値(即ち還流)の状態において、コンパレータ7−2はLowの出力をしており、図4の時刻T2までは前述の図3の実施例と同じである。そして、時刻T2においてD1が逆回復し、その時のdV/dtでQ1がオンすると、Q1を流れる貫通電流をコンパレータ7−2が検出し、出力がLowからHighに変わる。これ以後の動作は図3の実施例と同様であり、ゲート電圧が基準電圧Vbias以上であるか、或いは電流検出用コンパレータ7−2の検出でHighを判定するかのいずれか一方の条件でS1がオン状態となり、dV/dtによるゲート電圧の増加を抑制し、貫通電流を低減させるよう働く。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施例1のインバータの全体構成と駆動装置を示す回路図である。
【図2】実施例1のインバータの動作波形である。
【図3】実施例2のインバータの全体構成と駆動装置を示す回路図である。
【図4】実施例2のインバータの動作波形である。
【図5】実施例3のインバータの駆動装置を示す回路図である。
【符号の説明】
【0051】
1、4、9…駆動装置、2…遅延手段、3…AND回路、5…OR回路、6…NAND回路、7…コンパレータ、8…基準電圧。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下のアーム配置したに電圧制御型パワー半導体素子と該パワー半導体素子に逆並列に接続したダイオードと、該電圧制御型パワー半導体素子の駆動回路とを備えたインバータにおいて、
前記駆動回路が、
前記電圧制御型パワー半導体素子が主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも低い値を設定電圧として、順電圧の総和が前記設定電圧とほぼ等しい複数の第二のダイオードを、前記電圧制御型パワー半導体素子をオフさせるスイッチ手段に直列に備えることを特徴とするインバータ。
【請求項2】
請求項1記載のインバータの貫通電流制御装置において、
前記複数の第二のダイオードに並列な第二のスイッチ手段を配置し、前記電圧制御型パワー半導体素子の入力と出力端子間の電圧を検出する電圧検出手段を備え、該電圧検出手段の出力に応じて前記第二のスイッチ手段を導通することを特徴とするインバータ。
【請求項3】
上下のアーム配置した電圧制御型パワー半導体素子と該パワー半導体素子に逆並列に接続したダイオードと、該電圧制御型パワー半導体素子の駆動回路とを備えたインバータにおいて、
前記駆動回路が、
前記電圧制御型パワー半導体素子が主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも低い第一の電圧を検知する第一の電圧検出手段と、
前記電圧制御型パワー半導体素子の入力と出力端子間の電圧が予め設定した第二の電圧より高いことを検出する第二の電圧検出手段とを備え、
前記電圧制御型パワー半導体素子のオフ時に、前記第一の電圧検出手段と前記第二の電圧検出手段の検出結果に応じて、前記駆動回路のスイッチ手段を導通、遮断、導通再開の順に駆動することを特徴とするインバータ。
【請求項4】
上下のアーム配置した電圧制御型パワー半導体素子と該パワー半導体素子に逆並列に接続したダイオードと、該電圧制御型パワー半導体素子の駆動回路とを備えたインバータにおいて、
前記駆動回路が、
前記電圧制御型パワー半導体素子が主電流を出力する為に必要な制御しきい値電圧より少なくとも低い第一の電圧を検知する第一の電圧検出手段と、
前記電圧制御型パワー半導体素子の出力電流に比例した第二の電流が予め設定した基準電流値より低いことを検出する電流検出手段とを備え、
前記電圧制御型パワー半導体素子のオフ時に、前記第一の電圧検出手段と前記電流検出手段の検出結果に応じて、前記駆動回路のスイッチ手段を導通、遮断、導通再開の順に駆動することを特徴とするインバータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−267560(P2007−267560A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−92744(P2006−92744)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】