説明

車両の制御装置及び車両の制御方法

【課題】運転手によるブレーキ操作量又はマスタシリンダ内の流体圧を検出するためのセンサを用いなくても、車両のエンジンを自動的に停止させるタイミングを設定することができる車両の制御装置及び車両の制御方法を提供する。
【解決手段】ブレーキ用ECUは、車両に設けられた加速度センサからの検出信号に基づき車体加速度Gを演算する。そして、ブレーキ用ECUは、車両の停車前に演算した車体加速度Gの絶対値が、車両で発生するクリープトルクに相当する加速度として設定されたクリープ加速度Acの絶対値よりも大きい場合に、エンジンの停止を許可する停止制御を行う(第2のタイミングt12)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のエンジンを自動的に停止させるための停止制御及びエンジンを自動的に再始動させるための再始動制御を行う車両の制御装置及び車両の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の燃費向上などを目的として、車両の停止中又は停止直前にエンジンを自動的に停止させると共に、運転者による発進操作を契機にエンジンを自動的に再始動させる所謂アイドルストップ機能を有する車両の制御装置の開発が進められている。例えば、特許文献1に記載の車両の制御装置では、運転手によるブレーキペダルの踏力(操作量)に基づき、車両のエンジンを自動的に停止させる際の開始タイミングが設定される。
【0003】
また、特許文献2に記載の車両の制御装置では、運転手によるブレーキ操作をエンジンの負圧を利用してアシストするブースタの内圧が、ブースタ圧センサからの検出信号に基づき検出される。また、エンジンのスロットル開度に応じた吸気圧が、アクセル開度センサからの検出信号に基づき検出される。そして、検出されたブースタの内圧と吸気圧との差分が所定値未満となった場合に、エンジンが自動的に停止されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−324755号公報
【特許文献2】特許3536717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年では、車両の燃費向上だけではなく、車両の低コスト化が強く望まれている。アイドルストップ機能を有する車両において低コスト化を図る一つの方法としては、車両に搭載されるセンサの数を減らすことが考えられる。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の制御装置では、踏力を検出するためのセンサ(例えば、マスタシリンダ内の液圧(流体圧)を検出するための圧力センサ)が車両に搭載されない場合には、ブレーキペダルの踏力を検出できず、エンジンを自動的に停止させるタイミングを設定することができない。また、特許文献2に記載の制御装置では、ブースタ圧センサやマスタシリンダ内の液圧を検出するための圧力センサが車両に搭載されない場合には、ブースタの内圧を検出できず、エンジンを自動的に停止させる制御を開始させることができない。そこで、運転手によるブレーキペダルの踏力又はマスタシリンダ内の液圧を検出するためのセンサを車両に設けない場合、又は当該センサを用いない場合であっても、停止制御を適切なタイミングで開始させることができる技術が希求されていた。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものである。その目的は、運転手によるブレーキ操作量又はマスタシリンダ内の流体圧を検出するためのセンサを用いなくても、車両のエンジンを自動的に停止させるタイミングを設定することができる車両の制御装置及び車両の制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の車両の制御装置は、車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う制御手段(55)を備えた車両の制御装置であって、車両に設けられた加速度センサ(SE7)からの信号に基づき車両の前後方向における加速度(G)を取得する加速度取得手段(55、S13)と、前記制御手段(55、S18,S19)は、車両の停車前において、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の絶対値が、車両で発生するクリープトルクに相当する加速度として設定されたクリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きい場合に、前記停止制御を行うことを要旨とする。
【0009】
車輪に付与される制動力が車両で発生するクリープトルクよりも大きい場合には、車両の停車後にクリープトルクが消滅しても、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性が低いと考えられる。そこで、本発明では、運転手によってブレーキペダルが操作されて車両が減速される場合には、加速度センサからの信号に基づき車両の前後方向における加速度が取得される。この前後方向における加速度には、ブレーキペダルの操作量に相当する加速度成分が含まれる。こうした前後方向における加速度の絶対値が、クリープトルクに相当するクリープ加速度の絶対値以上である場合には、停止制御が行われ、エンジンが自動的に停止される。この場合、登坂路で車両が停車する場合においてエンジンの停止によってクリープトルクが消滅しても、車輪に対する制動力によって車両がずり下がる可能性を低減できる。したがって、運転手によるブレーキ操作量又はマスタシリンダ内の流体圧を検出するためのセンサを用いなくても、車両のエンジンを自動的に停止させるタイミングを設定することができる。
【0010】
なお、クリープ現象とは、自動変速機を有する車両において、シフトレバーが走行位置にあるときにアクセルペダルを踏み込まなくても車両がゆっくりと前進する現象であり、この現象は、エンジンのアイドル時にも、自動変速機が備える流体継手が若干の動力を車輪側に伝達するために発生する。そして、車輪側に伝達される若干の動力のことを、「クリープトルク」という。
【0011】
本発明の車両の制御装置は、車両の車体速度(VS)を取得する車体速度取得手段(55、S11)をさらに備え、前記制御手段(55、S15)は、前記車体速度取得手段(55、S11)によって取得された車体速度(VS)が、極低速領域であるか否かを判断するために設定された速度基準値(KVS)以下である場合に、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)に基づき前記停止制御を行うか否かを判定しないことが好ましい。
【0012】
車体速度が速度基準値未満である場合には、マスタシリンダ内の流体圧とは無関係に、加速度センサからの信号に基づき取得される車両の前後方向における加速度が変化する。すなわち、マスタシリンダ内の流体圧と前後方向における加速度との間に、対応関係がなくなり、前後方向における加速度に基づきマスタシリンダ内の流体圧、即ち車輪に付与される制動力の大きさを推定することが困難となる。そこで、本発明では、車体速度が速度基準値以下である場合には、マスタシリンダ内の流体圧と前後方向における加速度との間に対応関係がなくなったと判断され、前後方向における加速度に基づき停止制御を行うか否かが判定されない。そのため、車体速度が速度基準値以下であって且つ前後方向における加速度の絶対値がクリープ加速度の絶対値よりも大きいときにエンジンを停止させる場合と比較して、停止制御を契機にエンジンを停止させた後に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0013】
本発明の車両の制御装置は、車両の走行する路面が登坂路であるか否かを判定する登坂路判定手段(55、S17)をさらに備え、前記制御手段(55、S17)は、前記登坂路判定手段(55、S17)によって路面が登坂路ではないと判定された場合に、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)に基づき前記停止制御を行うか否かを判定しないことが好ましい。
【0014】
登坂路を走行する車両を減速させる場合、クリープトルクは、車両を減速させるための力として作用する。その一方で、降坂路を走行する車両を減速させる場合、クリープトルクは、車両を減速させるための力としてではなく、車両の減速に反発する力として作用する。さらに、車両が走行する路面が水平面にほぼ平行な路面であっても、車両を減速させる際に、クリープトルクは、車両を減速させるための力として作用しない。そのため、車両の走行する路面が登坂路ではない場合、車輪に対する制動力とクリープトルクとの関係に基づきエンジンを停止させても、運転手の意図しない車両の移動を抑制できるとは限らない。そこで、本発明では、車両の走行する路面が登坂路ではない場合には、停止制御を行うか否かは、車輪に対する制動力とクリープトルクとの関係に基づき判定されることがない。したがって、停止制御を契機にエンジンを停止させた場合に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0015】
本発明の車両の制御装置は、前記登坂路判定手段(55、S17)によって路面が登坂路であると判定された場合に、車両で発生するクリープトルクが、路面勾配が大きいほど大きな値となる力であって且つ車両を後方に移動させる力である重力相当力よりも大きいか否かを判定する力判定手段(55、S17)をさらに備え、前記制御手段(55、S17,S18,S19)は、前記力判定手段(55、S17)によってクリープトルクが前記重力相当力よりも大きいと判定された場合において、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の絶対値が前記クリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きいときに、前記停止制御を行うことが好ましい。
【0016】
路面が登坂路であると共に、クリープトルクが重力相当力よりも大きい場合とは、クリープトルクが発生している間は、車輪に制動力が付与されなくても、ずり下がり(即ち、車両の後方への移動)が発生する可能性が低い場合である。そこで、本発明では、路面が登坂路であると共に、クリープトルクが重力相当力よりも大きい場合において、前後方向における加速度の絶対値がクリープ加速度の絶対値よりも大きいときには、エンジンを自動的に停止させるための停止制御が行われる。この場合、停止制御を契機にエンジンが停止してクリープトルクが消滅しても、車輪に付与される制動力によって車両のずり下がりが抑制される。したがって、停止制御を契機にエンジンを停止させた場合に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0017】
本発明の車両の制御装置は、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の変化量として加速度変化量(Gh)を取得する変化量取得手段(55、S27)をさらに備え、前記制御手段(55、S15,S19,S28)は、前記車体速度取得手段(55、S11)によって取得された車体速度(VS)が前記速度基準値(KVS)以下である場合において、前記変化量取得手段(55、S27)によって取得された加速度変化量(Gh)が、設定された変化量閾値(KGh)以上であるときに、前記停止制御を行うことが好ましい。
【0018】
車輪に制動力が付与されて車両が停車する場合、車両の重心が前後方向に揺れ動く所謂揺り返しという現象が発生し、前後方向における加速度が変動する。そこで、本発明では、車体速度が速度基準値以下である場合においてエンジンが駆動しているときには、前後方向における加速度の変化量として加速度変化量が取得される。そして、取得した加速度変化量が変化量閾値以上である場合には、エンジンを自動的に停止させるための停止制御が行われる。この場合、エンジンの停止によってクリープトルクが消滅しても、車輪には十分な制動力が付与されているため、運転手の意図しない車両の移動の発生が抑制される。したがって、エンジンを停止させた後に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0019】
本発明の車両の制御装置において、前記制御手段(55、S18,S19,S20,S21,S28)は、前記停止制御の開始条件が成立した場合に、車両に設けられた制動力低下抑制手段(35a,35b,37a,37b,37c,37d)を作動させて車輪(FR,FL,RR,RL)に対する制動力の低下を抑制し、その後、前記エンジン(12)を停止させることが好ましい。
【0020】
上記構成によれば、車輪に対する制動力の低下の抑制を図ってから、エンジンが停止される。そのため、エンジンを停止させている間に、運転手によるブレーキペダルの操作量が少なくなったとしても、クリープトルクの減少や消滅に伴って運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0021】
本発明の車両の制御装置において、前記制動力低下抑制手段は、内部に発生した流体圧に応じた制動力を車輪(FR,FL,RR,RL)に付与するホイールシリンダ(32a,32b,32c,32d)内の流体圧を調整すべく作動する調整弁(35a,35b、37a,37b,37c,37d)を有し、前記制御手段(55、S20)は、前記停止制御の開始条件が成立した場合に、前記調整弁(35a,35b、37a,37b,37c,37d)を作動させて前記ホイールシリンダ(32a,32b,32c,32d)内の流体圧の低下を抑制することが好ましい。
【0022】
上記構成によれば、調整弁に対する電力の供給を制御することにより、ホイールシリンダ内の流体圧の低下を容易に抑制できる、即ち車輪に対する制動力の低下を容易に抑制できる。
【0023】
本発明の車両の制御方法は、車両のエンジン(12)を自動的に停止させる停止ステップ(S19)と、前記エンジン(12)を自動的に再始動させる再始動ステップ(S30)と、を有する車両の制御方法であって、車両に設けられた加速度センサからの信号に基づき車両の前後方向における加速度(G)を取得させる加速度取得ステップ(S13)をさらに有し、取得した前記前後方向における加速度(G)の絶対値が、車両で発生するクリープトルクに相当する加速度として設定されたクリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きい場合に、前記停止ステップ(S19)を行うことを要旨とする。
【0024】
上記構成によれば、上記車両の制御装置と同等の作用・効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本実施形態の制御装置を搭載する車両の一例を示すブロック図。
【図2】制動装置の一例を示すブロック図。
【図3】アイドルストップ処理ルーチンを説明するフローチャート(前半部分)。
【図4】アイドルストップ処理ルーチンを説明するフローチャート(後半部分)。
【図5】エンジンを自動的に停止させる際におけるMC圧、車体速度、車体加速度、エンジンの回転数及びリニア電磁弁に対する電流値の変化を説明するタイミングチャート。
【図6】エンジンを自動的に停止させる際におけるMC圧、車体速度、車体加速度、エンジンの回転数及びリニア電磁弁に対する電流値の変化を説明するタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図1〜図6に従って説明する。なお、以下における本明細書中の説明においては、車両の進行方向(前進方向)を前方(車両前方)として説明する。
【0027】
本実施形態の車両は、燃費性能やエミッション性能を向上させるべく、車両走行中に所定の停止条件の成立に応じてエンジンを自動的に停止させ、その後、所定の始動条件の成立に応じてエンジンを自動的に再始動させる所謂アイドルストップ機能を有している。そのため、この車両では、運転手によるブレーキ操作による減速中又は停車中に、エンジンが自動的に停止される。
【0028】
次に、アイドルストップ機能を有する車両の一例について説明する。
図1に示すように、車両は、複数(本実施形態では4つ)ある車輪(右前輪FR、左前輪FL、右後輪RR及び左後輪RL)のうち、前輪FR,FLが駆動輪として機能する所謂前輪駆動車である。こうした車両には、運転手によるアクセルペダル11の操作量に応じた駆動力を発生するエンジン12を有する駆動力発生装置13と、該駆動力発生装置13で発生した駆動力を前輪FR,FLに伝達する駆動力伝達装置14とを備えている。また、車両には、運転手によるブレーキペダル15の操作量に応じた制動力を各車輪FR,FL,RR,RLに付与するための制動装置16が設けられている。
【0029】
駆動力発生装置13は、エンジン12の吸気ポート(図示略)近傍に配置され、且つ該エンジン12に燃料を噴射するインジェクタを有する燃料噴射装置(図示略)を備えている。こうした駆動力発生装置13は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどを有するエンジン用ECU17(「エンジン用電子制御装置」ともいう。)の制御に基づき駆動する。このエンジン用ECU17には、アクセルペダル11の近傍に配置され、且つ運転手によるアクセルペダル11の操作量、即ちアクセル開度を検出するためのアクセル開度センサSE1が電気的に接続されている。そして、エンジン用ECU17は、アクセル開度センサSE1からの検出信号に基づきアクセル開度を演算し、該演算したアクセル開度などに基づき駆動力発生装置13を制御する。
【0030】
駆動力伝達装置14は、自動変速機18と、該自動変速機18の出力軸から伝達された駆動力を適宜配分して前輪FR,FLに伝達するディファレンシャルギヤ19と、自動変速機18を制御する図示しないAT用ECUとを備えている。自動変速機18は、流体継手の一例としてトルクコンバータ20aを有する流体式駆動力伝達機構20と、変速機構21とを備えている。
【0031】
なお、本実施形態の車両においてエンジン12から駆動輪(前輪FR,FL)へのトルク伝達経路には、トルクコンバータ20aが設けられているため、クリープ現象が発生する。このクリープ現象とは、自動変速機18を有する車両において、シフトレバーが走行位置にあるときにアクセルペダル11を踏み込まなくても車両がゆっくりと前進する現象であり、この現象は、エンジン12のアイドル時にも、トルクコンバータ20aが若干の動力を前輪FR,FL側に伝達するために発生する。そして、前輪FR,FL側に伝達される若干の動力のことを、「クリープトルク」という。
【0032】
制動装置16は、図1及び図2に示すように、マスタシリンダ25、ブースタ26及びリザーバ27を有する液圧発生装置28と、2つの液圧回路29,30を有するブレーキアクチュエータ31(図2では二点鎖線で示す。)とを備えている。各液圧回路29,30は、液圧発生装置28のマスタシリンダ25にそれぞれ接続されている。そして、第1液圧回路29には、右前輪FR用のホイールシリンダ32a及び左後輪RL用のホイールシリンダ32dが接続されると共に、第2液圧回路30には、左前輪FL用のホイールシリンダ32b及び右後輪RR用のホイールシリンダ32cが接続されている。
【0033】
液圧発生装置28においてブースタ26は、エンジン12の駆動時に負圧が発生する図示しないインテークマニホールドに接続されている。そして、ブースタ26は、インテークマニホールド内に発生する負圧と大気圧との圧力差を利用し、運転手によるブレーキペダル15の操作力を倍力する。
【0034】
マスタシリンダ25は、運転手によるブレーキペダル15の操作(以下、「ブレーキ操作」ともいう。)に応じた流体圧としてのマスタシリンダ圧(以下、「MC圧」ともいう。)を発生する。その結果、マスタシリンダ25からは、液圧回路29,30を介してホイールシリンダ32a〜32d内に流体としてのブレーキ液が供給される。すると、車輪FR,FL,RR,RLには、ホイールシリンダ32a〜32d内のホイールシリンダ圧(「WC圧」ともいう。)に応じた制動力が付与される。
【0035】
ブレーキアクチュエータ31において各液圧回路29,30は、連結経路33,34を介してマスタシリンダ25にそれぞれ接続されており、該各連結経路33,34には、常開型のリニア電磁弁(調整弁)35a,35bがそれぞれ設けられている。リニア電磁弁35a,35bは、弁座、弁体、電磁コイル及び弁体を弁座から離間する方向に付勢する付勢部材(例えば、コイルスプリング)を備えており、弁体は、後述するブレーキ用ECU55から電磁コイルに供給される電流値に応じて変位する。すなわち、ホイールシリンダ32a〜32d内のWC圧は、リニア電磁弁35a,35bに供給される電流値に応じた液圧で維持される。
【0036】
第1液圧回路29には、ホイールシリンダ32aに接続される右前輪用経路36aと、ホイールシリンダ32dに接続される左後輪用経路36dとが形成されている。また、第2液圧回路30には、ホイールシリンダ32bに接続される左前輪用経路36bと、ホイールシリンダ32cに接続される右後輪用経路36cとが形成されている。したがって、本実施形態では、連結経路33,34及び各経路36a〜36dにより、マスタシリンダ25とホイールシリンダ32a〜32dとを連結する流路が構成される。また、経路36a〜36dには、ホイールシリンダ32a〜32d内のWC圧の増圧を規制する際に作動する常開型の電磁弁である増圧弁37a,37b,37c,37dと、WC圧を減圧させる際に作動する常閉型の電磁弁である減圧弁38a,38b,38c,38dとが設けられている。
【0037】
また、液圧回路29,30には、ホイールシリンダ32a〜32dから減圧弁38a〜38dを介して流出したブレーキ液を一時貯留するためのリザーバ39,40と、モータ41の回転に基づき作動するポンプ42,43とが接続されている。リザーバ39,40は、吸入用流路44,45を介してポンプ42,43に接続されると共に、マスタ側流路46,47を介して連結経路33,34においてリニア電磁弁35a,35bよりもマスタシリンダ25側に接続されている。また、ポンプ42,43は、供給用流路48,49を介して液圧回路29,30における増圧弁37a〜37dとリニア電磁弁35a,35bとの間の接続部位50,51に接続されている。そして、ポンプ42,43は、モータ41が回転した場合に、リザーバ39,40及びマスタシリンダ25側から吸入用流路44,45及びマスタ側流路46,47を介してブレーキ液を吸引し、該ブレーキ液を供給用流路48,49内に吐出する。
【0038】
次に、ブレーキアクチュエータ31の駆動を制御するブレーキ用ECU55(「ブレーキ用電子制御装置」ともいう。)について説明する。
図2に示すように、制御手段としてのブレーキ用ECU55の入力側インターフェースには、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度を検出するための車輪速度センサSE3,SE4,SE5,SE6、及び車両の前後方向における加速度を検出するための加速度センサ(「Gセンサ」ともいう。)SE7が電気的に接続されている。また、ブレーキ用ECU55の入力側インターフェースには、ブレーキペダル15の近傍に配置され、且つブレーキペダル15が操作されているか否かを検出するためのブレーキスイッチSW1が電気的に接続されている。ブレーキ用ECU55の出力側インターフェースには、各弁35a,35b,37a〜37d,38a〜38d及びモータ41などが電気的に接続されている。なお、加速度センサSE7からは、車両の重心が後方に移動する際に正の値となるような信号が出力される一方、車両の重心が前方に移動する際に負の値となるような信号が出力される。
【0039】
また、ブレーキ用ECU55は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどから構成されるデジタルコンピュータ、各弁35a,35b,37a〜37d,38a〜38dを作動させるための図示しない弁用ドライバ回路、及びモータ41を作動させるための図示しないモータ用ドライバ回路を有している。デジタルコンピュータのROMには、各種制御処理(後述するアイドルストップ処理等)、及び各種閾値などが予め記憶されている。また、RAMには、車両の図示しないイグニッションスイッチがオンである間、適宜書き換えられる各種の情報などがそれぞれ記憶される。
【0040】
本実施形態の車両において、エンジン用ECU17及びブレーキ用ECU55を含むECU同士は、図1に示すように、各種情報及び各種制御指令を送受信できるようにバス56を介してそれぞれ接続されている。例えば、エンジン用ECU17からは、アクセルペダル11のアクセル開度に関する情報などがブレーキ用ECU55に適宜送信される一方、ブレーキ用ECU55からは、エンジン12を自動的に停止させる旨の制御指令(「停止指令」ともいう。)やエンジン12を自動的に再始動させる旨の制御指令(「再始動指令」ともいう。)などがエンジン用ECU17に送信される。
【0041】
次に、本実施形態のブレーキ用ECU55が実行するアイドルストップ処理ルーチンについて、図3及び図4に示すフローチャートと、図5及び図6に示すタイミングチャートとに基づき説明する。このアイドルストップ処理ルーチンは、エンジン12の自動的な停止を許可するタイミングやエンジン12の自動的な再始動を許可するタイミングを設定する処理ルーチンである。また、図5及び図6は、車両が登坂路を走行する場合のタイミングチャートである。
【0042】
さて、ブレーキ用ECU55は、予め設定された所定周期(例えば、0.01秒周期)毎にアイドルストップ処理ルーチンを実行する。このアイドルストップ処理ルーチンにおいて、ブレーキ用ECU55は、エンジン用ECU17から受信した情報に基づきエンジン12が駆動中であるか否かを判定する(ステップS10)。この判定結果が肯定判定である場合、ブレーキ用ECU55は、エンジン12が駆動中であるため、車両の車体速度VSを取得する(ステップS11)。具体的には、ブレーキ用ECU55は、各車輪速度センサSE3〜SE6からの検出信号に基づき各車輪FL,FR,RL,RRの車輪速度を演算し、該各車輪FL,FR,RL,RRの車輪速度のうち少なくとも一つの車輪速度を時間微分して車輪加速度を取得する。そして、ブレーキ用ECU55は、前回のタイミングで取得した車体速度に対して車輪加速度を積算し、該積算結果を車体速度VSとする。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU55が、車体速度取得手段としても機能する。
【0043】
そして、ブレーキ用ECU55は、ステップS11で取得した車体速度VSを時間微分して車体速度微分値DVSを取得する(ステップS12)。なお、ブレーキ用ECU55は、ステップS11での処理時に取得した車輪加速度を車体速度微分値DVSとしてもよい。続いて、ブレーキ用ECU55は、加速度センサSE7からの検出信号に基づき、車両の前後方向における加速度(以下、単に「車体加速度」という。)Gを取得する(ステップS13)。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU55が、加速度取得手段としても機能する。また、ステップS13が、加速度取得ステップに相当する。
【0044】
そして、ブレーキ用ECU55は、ステップS13で演算した車体加速度GからステップS12で取得した車体速度微分値DVSを減算し、該減算結果を勾配加速度Agとする(ステップS14)。車両が坂路を走行する場合、車体加速度Gと車体速度微分値DVSとの間には、路面の勾配に相当する差分が生じる。つまり、車両が坂路で停車する場合、車体速度微分値DVSは「0(零)」である一方で、車体加速度Gは、路面が登坂路であるときには正の値となると共に、路面が降坂路であるときには負の値となる。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU55が、勾配取得手段としても機能する。
【0045】
続いて、ブレーキ用ECU55は、ステップS11で取得した車体速度VSが予め設定された極低速基準値KVSを超えているか否かを判定する(ステップS15)。車体速度VSが極低速基準値KVS以下となる場合は、車輪速度センサSE3〜SE6からの検出信号の誤差成分が大きくなり、該検出信号に基づき演算される車輪速度及び車体速度VSの精度が急激に悪化する。また、車体速度VSが極低速領域に入ると、マスタシリンダ25内のMC圧Pmcとは無関係に、車体加速度Gの値が変動する(図5参照)。具体的には、車体加速度Gは、勾配加速度Agに接近する。そこで、極低速基準値KVSは、車体速度VSが極低速領域内に入っていないか否かを判断するための基準値として予め設定される。
【0046】
ステップS15の判定結果が否定判定(VS≦KVS)である場合、ブレーキ用ECU55は、その処理を後述するステップS22に移行する。一方、ステップS15の判定結果が肯定判定(VS>KVS)である場合、ブレーキ用ECU55は、ステップS12で演算した車体速度微分値DVSが「0(零)」未満であるか否かを判定する(ステップS16)。この判定結果が否定判定(DVS≧0(零))である場合、ブレーキ用ECU55は、車両が減速中ではないと判断し、アイドルストップ処理ルーチンを一旦終了する。一方、ステップS16の判定結果が肯定判定(DVS<0(零))である場合、ブレーキ用ECU55は、車両が減速中であると判断し、ステップS14で演算した勾配加速度Agが第1基準値KAg1以上であって且つ該第1基準値KAg1よりも大きな値に設定された第2基準値KAg2以下であるか否かを判定する(ステップS17)。第1基準値KAg1は、車両の走行する路面が登坂路であるか否かを判断するための基準値(>0(零))であって、実験やシミュレーションなどによって予め設定される。また、第2基準値KAg2は、以下に示す考えに基づき設定される。
【0047】
登坂路上に位置する車両には、車両で発生するクリープトルクと、車体に加わる重力のうち路面に沿った方向に作用する成分(以下、「重力相当力」ともいう。)が付与される。クリープトルクは、車両を前進させようとする推進力である。一方、重力相当力は、車両を後方に移動させるための力、即ちずり下がらせるための力であって、勾配抵抗に相当する力である。そして、クリープトルクの大きさが重力相当力の大きさよりも大きい場合、車輪FR,FL,RR,RLに制動力が付与されなくても、車両はずり下がらない。そこで、本実施形態では、第2基準値KAg2は、クリープトルクと釣り合う重力相当力に対応した値に設定される。例えば、第2基準値KAg2は、クリープトルクと釣り合う重力相当力を車両の重量で除算した値、即ち重力相当力に相当する加速度に対して、所定のゲイン値(例えば「0.9」)を乗算した値である。
【0048】
すなわち、ステップS17では、車両の走行する路面が登坂路であるか否かが判定されると共に、路面の勾配がクリープトルクだけで車両のずり下がりを抑制できるような勾配であるか否かが判定される。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU55が、登坂路判定手段及び力判定手段としても機能する。
【0049】
ステップS17の判定結果が否定判定(Ag<KAg1又はKAg2<Ag)である場合、ブレーキ用ECU55は、路面が登坂路ではない、又は路面の勾配がクリープトルクだけでは車両のずり下がりを抑制できないような急勾配であると判定する。そして、ブレーキ用ECU55は、その処理を後述するステップS22に移行する。一方、ステップS17の判定結果が肯定判定(KAg1≦Ag≦KAg2)である場合、ブレーキ用ECU55は、路面が登坂路であると共に、路面の勾配がクリープトルクだけで車両のずり下がりを抑制できる程度の勾配であると判定する。
【0050】
そして、ブレーキ用ECU55は、ステップS13で演算した車体加速度Gの絶対値が、クリープトルクに相当する加速度成分であるクリープ加速度Acの絶対値よりも大きいか否かを判定する(ステップS18)。クリープ加速度Acは、クリープトルクを車両の重量で除算した値である。ステップS18の判定結果が否定判定(Gの絶対値≦Acの絶対値)である場合、ブレーキ用ECU55は、現時点で車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力の大きさではクリープトルクが消滅したときに、運転手の意図しない車両の移動、即ちずり下がりが発生する可能性があると判断する。そして、ブレーキ用ECU55は、エンジン12の自動的な停止を許可することなく、アイドルストップ処理ルーチンを終了する。なお、本実施形態では、車体加速度Gが正の値である場合には、車体加速度Gとクリープ加速度Acとの比較結果に関係なく又は比較を行うことなく、ステップS13の判定結果が否定判定とされる。
【0051】
一方、ステップS18の判定結果が肯定判定(Gの絶対値>Acの絶対値)である場合、ブレーキ用ECU55は、エンジン12の自動的な停止を許可する停止制御を行う(ステップS19)。したがって、本実施形態では、ステップS19が、停止ステップに相当する。続いて、ブレーキ用ECU55は、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を保持させる制動力保持処理を行う(ステップS20)。具体的には、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iをリニア電磁弁35a,35bが閉弁する程度の電流値に設定し、ホイールシリンダ32a〜32d内のWC圧を保圧させる。したがって、本実施形態では、リニア電磁弁35a,35bが、制動力低下抑制手段として機能する。その後、ブレーキ用ECU55は、停止指令をエンジン用ECU17に送信し(ステップS21)、アイドルストップ処理ルーチンを一旦終了する。
【0052】
エンジン用ECU17は、ブレーキ用ECU55から停止指令を受信した場合に、エンジン12の駆動を停止させると共に、該停止処理が完了した旨の信号をブレーキ用ECU55に送信する。そして、エンジン用ECU17から信号を受信したブレーキ用ECU55は、エンジン12の停止が完了したと判断する。
【0053】
ここで、図5のタイミングチャートに示すように、第1のタイミングt11以前では、運転手がブレーキ操作をしていないため、マスタシリンダ25内のMC圧Pmcがほぼ「0(零)MPa」である。そして、第1のタイミングt11で運転手によってブレーキ操作が開始されると、MC圧Pmcが増圧されるに従い、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が増大される。すると、車体速度VSが徐々に減速されると共に、加速度センサSE7からの検出信号に基づき演算される車体加速度Gは、負の値となる。
【0054】
そして、車体速度VSが極低速基準値KVSを超えている状態で、車体加速度Gの絶対値がクリープ加速度Acの絶対値を超えた場合に、停止制御が行われる(第2のタイミングt12)。すなわち、第2のタイミングt12で、エンジン12の自動的な停止が許可される。すると、リニア電磁弁35a,35bに電流が供給され、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が保持される。このように車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が保持されてから、エンジン12が停止される(第3のタイミングt13)。その後、車両が停車した際には、車両のずり下がりが発生しないように十分な大きさの制動力が車輪FR,FL,RR,RLに付与されているため、運転手の意図しない車両の移動、即ちずり下がりが発生しない(第4のタイミングt14)。
【0055】
図4のフローチャートに戻り、ステップS22において、ブレーキ用ECU55は、ステップS13で演算した車体加速度Gが現時点の加速度上限値Gmaxを超えているか否かを判定する。この判定結果が肯定判定(G>Gmax)である場合、ブレーキ用ECU55は、現時点の車体加速度Gを加速度上限値Gmaxとする(ステップS23)。なお、加速度上限値Gmaxは、ブレーキスイッチSW1がオフになると「0(零)」にリセットされる。続いて、ブレーキ用ECU55は、現時点の車体加速度Gを加速度下限値Gminとし(ステップS24)、その処理を後述するステップS27に移行する。
【0056】
一方、ステップS22の判定結果が否定判定(G≦Gmax)である場合、ブレーキ用ECU55は、ステップS13で演算した車体加速度Gが現時点の加速度下限値Gmin未満であるか否かを判定する(ステップS25)。この判定結果が否定判定(G≧Gmin)である場合、ブレーキ用ECU55は、その処理を後述するステップS27に移行する。一方、ステップS25の判定結果が肯定判定(G<Gmin)である場合、ブレーキ用ECU55は、現時点の車体加速度Gを加速度下限値Gminとし(ステップS26)、その処理を次のステップS27に移行する。
【0057】
ステップS27において、ブレーキ用ECU55は、加速度上限値Gmaxと加速度下限値Gminとの差分を加速度変化量Gh(=Gmax−Gmin)とする。したがって、本実施形態では、ブレーキ用ECU55が、変化量取得手段としても機能する。そして、ブレーキ用ECU55は、ステップS27で演算した加速度変化量Ghが予め設定された変化量基準値KGh以上であるか否かを判定する(ステップS28)。車輪FR,FL,RR,RLに制動力が付与された状態で車両が停車する場合には、車両の重心が前後方向に揺れ動く所謂揺り返しという現象が発生する。その結果、加速度センサSE7からの検出信号に基づき演算される車体加速度Gが大きく変動する。そこで、本実施形態では、ステップS22〜S27の各処理を行うことにより、揺り返しによる車体加速度Gの変化量として加速度変化量Ghを取得し、該加速度変化量Ghに基づき車両が停車したか否かが判定される。すなわち、変化量基準値KGhは、加速度変化量Ghに基づき車両が停車したか否かを判断するための基準値として予め設定される。
【0058】
そして、ステップS28の判定結果が否定判定(Gh<KGh)である場合、ブレーキ用ECU55は、車両が未だ停車していない、又は車両の停車を検出不能であると判断し、アイドルストップ処理ルーチンを一旦終了する。一方、ステップS28の判定結果が肯定判定(Gh≧KGh)である場合、ブレーキ用ECU55は、その処理を前述したステップS19に移行する。すなわち、エンジン12の自動的な停止が許可される。
【0059】
ここで、図6のタイミングチャートに示すように、車体速度VSが極低速基準値KVS以下となる第1のタイミングt21よりも以前に、エンジン12の自動的な停止が許可されない場合には、加速度変化量Ghの取得が開始される。そして、車両が実際に停車する(第2のタイミングt22)と、路面が登坂路であるため、車体加速度Gは、路面勾配に応じた値まで急激に上昇し始める。
【0060】
また、車両が停車した場合には、揺り返しが発生し、車体加速度Gは、勾配加速度Ag前後で変動する。このときに取得された加速度変化量Ghが変化量基準値KGh以上である場合、ブレーキ用ECU55によって車両が停車したと判断され、結果として、停止制御が行われる(第3のタイミングt23)。すると、リニア電磁弁35a,35bに電流が供給され、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が保持される。そして、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が保持されてから、エンジン12が停止される(第4のタイミングt24)。
【0061】
図3のフローチャートに戻り、ステップS10の判定結果が否定判定である場合、ブレーキ用ECU55は、停止制御を契機にエンジン12が停止されたと判断し、ブレーキスイッチSW1がオフであるか否かを判定する(ステップS29)。この判定結果が否定判定(SW1=オン)である場合、ブレーキ用ECU55は、運転手に車両を発進させる意志がないと判断し、アイドルストップ処理ルーチンを一旦終了する。
【0062】
一方、ステップS29の判定結果が肯定判定(SW1=オフ)である場合、ブレーキ用ECU55は、運転手によるブレーキペダル15の操作が解消されたため、運転手に車両を発進させる意志があると判断する。そして、ブレーキ用ECU55は、エンジン12の再始動を許可する再始動制御を行い(ステップS30)、再始動指令をエンジン用ECU17に送信する(ステップS31)。続いて、ブレーキ用ECU55は、制動力解消処理を行う(ステップS32)。具体的には、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iが徐々に小さくなるように調整し、エンジン12の再始動が完了した後に電流値Iを「0(零)」とする。その後、ブレーキ用ECU55は、アイドルストップ処理ルーチンを一旦終了する。
【0063】
なお、再始動指令を受信したエンジン用ECU17は、エンジン12を再始動させ、この再始動の処理が完了するとその旨をブレーキ用ECU55に送信する。そして、エンジン用ECU17から信号を受信したブレーキ用ECU55は、エンジン12の再始動が完了したと判断する。
【0064】
したがって、本実施形態では、以下に示す効果を得ることができる。
(1)車両の停車時において、車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力が、車両で発生するクリープトルクよりも大きい場合には、クリープトルクが消滅しても、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性が低いと考えられる。そこで、本実施形態では、運転手によってブレーキペダル15が操作されて車両が減速される場合には、加速度センサSE7からの検出信号に基づき車体加速度Gが取得される。この車体加速度Gには、運転手によるブレーキペダル15の操作量に相当する加速度成分が含まれる。こうした車体加速度Gの絶対値がクリープトルクに相当するクリープ加速度Acの絶対値よりも大きい場合には、停止制御が行われ、エンジン12が自動的に停止される。この場合、登坂路で車両が停車する場合においてエンジン12の停止契機にクリープトルクが消滅しても、車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力によって車両がずり下がる可能性を低減できる。したがって、運転手によるブレーキ操作量又はマスタシリンダ25内のMC圧Pmcを検出するためのセンサを用いなくても、車両のエンジン12を自動的に停止させるタイミングを設定することができる。
【0065】
(2)車体速度VSが極低速基準値KVS以下である場合には、マスタシリンダ25内のMC圧Pmcとは無関係に、車体加速度Gが変化する。そのため、MC圧Pmcと車体加速度Gとの間に対応関係がなくなる。そこで、本実施形態では、車体速度VSが極低速基準値KVS以下である場合には、車体加速度Gに基づき停止制御を行うか否かが判定されない。そのため、車体速度VSが速度基準値KVS未満であって且つ車体加速度Gの絶対値がクリープ加速度Acの絶対値を超える場合にエンジン12を停止させる場合と比較して、停止制御を契機にエンジン12を停止させた後に運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0066】
(3)登坂路を走行する車両を減速させる場合、クリープトルクは、車両を減速させる力として作用する。その一方で、降坂路を走行する車両を減速させる場合、クリープトルクは、車両を加速させる力として作用する。さらに、車両が走行する路面が水平面にほぼ平行な路面であっても、車両を減速させる際に、クリープトルクは、車両を減速させる力として作用しない。そのため、車両の走行する路面が登坂路ではない場合、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力とクリープトルクとの関係に基づきエンジン12を停止させても、運転手の意図しない車両の移動を抑制できるとは限らない。そこで、本実施形態では、車両の走行する路面が登坂路ではない場合には、停止制御を行うか否かは、車体加速度Gに基づき判定されない。したがって、停止制御を契機にエンジン12を停止させた場合に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0067】
(4)路面が登坂路であると共に、クリープトルクが重力相当力よりも大きい場合とは、クリープトルクが発生している間は、車輪FR,FL,RR,RLに制動力が付与されなくても、ずり下がり(即ち、車両の後方への移動)が発生する可能性が低い場合である。そこで、本実施形態では、路面が登坂路であると共に、クリープトルクが重力相当力よりも大きい場合、即ち勾配加速度Agが第1基準値KAg1以上であって且つ第2基準値KAg2以下である場合には、車体加速度Gに基づき停止制御を行うか否かが判定される。そして、車体加速度Gの絶対値がクリープ加速度Acの絶対値よりも大きい場合には、エンジン12の自動的な停止を許可する停止制御が行われる。そして、この停止制御を契機にエンジン12が停止されてクリープトルクが消滅しても、車輪FR,FL,RR,RLに付与される制動力によって車両のずり下がりが抑制される。したがって、停止制御を契機にエンジン12を停止させた場合に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0068】
(5)車輪FR,FL,RR,RLに制動力が付与されて車両が停車する場合、揺り返しという現象が発生し、車体加速度Gが変動する。そこで、本実施形態では、車体速度VSが極低速基準値KVS以下である場合においてエンジン12が駆動しているときには、加速度変化量Ghが取得される。そして、取得した加速度変化量Ghが変化量閾値KGh以上である場合には、車輪FR,FL,RR,RLに十分な制動力が付与されていると判断し、エンジン12を自動的に停止させる。したがって、エンジン12を停止させた後に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0069】
(6)エンジン12の自動的な停止が許可された場合には、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を保持させてから、エンジン12が停止される。そのため、エンジン12を停止させている間に、運転手によるブレーキペダル15の操作量が少なくなったとしても車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力が保持される。したがって、エンジン12の停止中において車両を発進させるような操作(ブレーキ操作の解消など)を運転手が行っている間に、運転手の意図しない車両の移動が発生する可能性を低減することができる。
【0070】
(7)また、本実施形態では、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力の低下を図る調整弁としてのリニア電磁弁35a,35bは、マスタシリンダ25内のMC圧Pmcとホイールシリンダ32a〜32d内のWC圧との差圧を調整する差圧制御弁である。そのため、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iの大きさを調整することにより、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を容易に調整できる。
【0071】
(8)また、リニア電磁弁35a,35bは、車両安定性制御装置やアンチロックブレーキ制御などのブレーキアクチュエータに一般的に設けられるものである。そのため、ブレーキアクチュエータに、新たな部品を設けることなく、エンジン12の再始動中に、運転手の意図しない車両の移動の発生を抑制できる。
【0072】
なお、実施形態は以下のような別の実施形態に変更してもよい。
・実施形態において、車体速度VSが極低速基準値KVSを超える場合において、車両が走行する路面が水平な路面であるときに、ステップS18の判定処理を行ってもよい。
【0073】
・実施形態において、制動力保持制御では、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iを、路面の勾配に応じた大きさに設定してもよい。この場合、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力の低下が抑制される。また、エンジン12の停止後での運転手によるブレーキペダル15の操作量の変更によって、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力の大きさを調整することができる。
【0074】
また、制動力保持制御では、リニア電磁弁35a,35bの代わりに、増圧弁37a〜37dを制動力低下抑制手段として作動させてもよい。
・実施形態において、車両が電動パーキングブレーキ装置を備えている場合、電動パーキングブレーキ装置を用いた制動力保持処理を行ってもよい。電動パーキングブレーキ装置を制動力低下抑制手段として作動させて車輪に対する制動力の低下を抑制させる場合であっても、運転手によるブレーキ操作の解消時における車輪に対する制動力の低下を抑制できる。
【0075】
・実施形態において、制動力保持制御を行わなくてもよい。この場合、停止制御を契機にエンジン12が停止されてクリープトルクが消滅したとしても、運転手によるブレーキ操作によって車輪FR,FL,RR,RLに制動力が付与されている。そのため、運転手の意図しない車両の移動が抑制される。
【0076】
・実施形態において、ステップS17の判定処理を、勾配加速度Agが第1基準値KAg1以上であるか否かを判定するだけの処理に変更してもよい。この場合、勾配加速度Agが第2基準値KAg2以上であっても、エンジン12が自動的に停止させることがあり得る。そして、エンジン12の停止によって車両のずり下がりを検知した場合には、ポンプ42,43及びリニア電磁弁35a,35bを作動させることにより、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を大きくしてもよい。
【0077】
・実施形態において、ステップS17の判定処理を、勾配加速度Agが第2基準値KAg2以下であるか否かを判定するだけの処理に変更してもよい。この場合、勾配加速度Agが第1基準値KAg1以下であっても、エンジン12が自動的に停止させることがあり得る。そして、エンジン12が停止しても車両が停止しない場合には、ポンプ42,43及びリニア電磁弁35a,35bを作動させることにより、車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を大きくしてもよい。
【0078】
・実施形態において、車両に搭載されるカーナビゲーション装置に、路面の勾配に関する勾配情報が記憶される場合には、該勾配情報を取得し、車両が走行する現時点の路面が登坂路であるか否かを判定してもよい。
【0079】
・実施形態において、ステップS22〜S28の各処理を省略してもよい。この場合、ステップS15,S17の各判定処理のうち少なくとも一方の判定結果が否定判定であるときには、車両が停車してもエンジン12の自動的な停止が行われなくなる。
【0080】
・実施形態において、車体速度VSを、車両に搭載されるナビゲーション装置から取得してもよい。
・実施形態において、アイドルストップ処理ルーチンを、エンジン用ECU17に実行させてもよい。この場合、ブレーキ用ECU55で取得された各種情報(車体速度VS及び車体加速度Gなど)を、エンジン用ECU17に送信させてもよい。
【0081】
また、アイドルストップ処理ルーチンを、アイドルストップ機能に関する制御を専用に行うアイドルストップ用ECUに実行させてもよい。
・実施形態において、ステップS19では、AT用ECUに対して、自動変速機18の変速機構21の図示しないクラッチを解放させる旨の制御指令を送信させてもよい。この場合、自動変速機18がニュートラル状態となるため、駆動輪にクリープトルクが伝達されなくなる。また、ステップS30では、AT用ECUに対して、ステップS19の処理によって解放状態とされたクラッチを係合状態にさせる旨の制御指令を送信させてもよい。
【0082】
・実施形態において、マスタシリンダ25からホイールシリンダ32a〜32d内に供給される流体は、液体に限らず、窒素などの気体であってもよい。
次に、上記実施形態及び別の実施形態から把握できる技術的思想を以下に追記する。
【0083】
(イ)路面の勾配に応じた車両の加速度を勾配加速度(Ag)として取得する勾配取得手段(55、S14)をさらに備え、
前記登坂路判定手段(55、S17)は、前記勾配取得手段(55、S14)によって取得された勾配加速度(Ag)が、登坂路であるか否かを判断するための基準値(KAg1)以上である場合に、路面が登坂路であると判定することを特徴とする車両の制御装置。
【0084】
(ロ)路面の勾配に応じた車両の加速度を勾配加速度(Ag)として取得する勾配取得手段(55、S14)をさらに備え、
前記力判定手段(55、S17)は、前記勾配取得手段(55、S14)によって取得された勾配加速度(Ag)が、クリープトルクで車両の後方への移動を規制できるか否かを判断するための基準値(KAg2)以下である場合に、クリープトルクが前記重力相当力よりも大きいと判定することを特徴とする車両の制御装置。
【符号の説明】
【0085】
12…エンジン、25…マスタシリンダ、32a〜32d…ホイールシリンダ、35a,35b…調整弁、制動力低下抑制手段としてのリニア電磁弁、37a〜37d…調整弁、制動力低下抑制手段としての増圧弁、55…制御手段、加速度取得手段、車体速度取得手段、変動量取得手段、登坂路判定手段、力判定手段、勾配取得手段としてのブレーキ用ECU、Ac…クリープ加速度、Ag…勾配加速度、FR,FL,RR,RL…車輪、G…車体加速度、Gh…加速度変化量、KAg1…第1基準値、KAg2…第2基準値、KGh…変化量基準値、KVS…極低速基準値、SE7…加速度センサ、VS…車体速度。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う制御手段(55)を備えた車両の制御装置であって、
車両に設けられた加速度センサ(SE7)からの信号に基づき車両の前後方向における加速度(G)を取得する加速度取得手段(55、S13)と、
前記制御手段(55、S18,S19)は、車両の停車前において、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の絶対値が、車両で発生するクリープトルクに相当する加速度として設定されたクリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きい場合に、前記停止制御を行うことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
車両の車体速度(VS)を取得する車体速度取得手段(55、S11)をさらに備え、
前記制御手段(55、S15)は、
前記車体速度取得手段(55、S11)によって取得された車体速度(VS)が、極低速領域であるか否かを判断するために設定された速度基準値(KVS)以下である場合に、
前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)に基づき前記停止制御を行うか否かを判定しないことを特徴とする請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
車両の走行する路面が登坂路であるか否かを判定する登坂路判定手段(55、S17)をさらに備え、
前記制御手段(55、S17)は、前記登坂路判定手段(55、S17)によって路面が登坂路ではないと判定された場合に、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)に基づき前記停止制御を行うか否かを判定しないことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記登坂路判定手段(55、S17)によって路面が登坂路であると判定された場合に、車両で発生するクリープトルクが、路面勾配が大きいほど大きな値となる力であって且つ車両を後方に移動させる力である重力相当力よりも大きいか否かを判定する力判定手段(55、S17)をさらに備え、
前記制御手段(55、S17,S18,S19)は、前記力判定手段(55、S17)によってクリープトルクが前記重力相当力よりも大きいと判定された場合において、前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の絶対値が前記クリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きいときに、前記停止制御を行うことを特徴とする請求項3に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記加速度取得手段(55、S13)によって取得された前記前後方向における加速度(G)の変化量として加速度変化量(Gh)を取得する変化量取得手段(55、S27)をさらに備え、
前記制御手段(55、S15,S19,S28)は、前記車体速度取得手段(55、S11)によって取得された車体速度(VS)が前記速度基準値(KVS)以下である場合において、前記変化量取得手段(55、S27)によって取得された加速度変化量(Gh)が、設定された変化量閾値(KGh)以上であるときに、前記停止制御を行うことを特徴とする請求項2に記載の車両の制御装置。
【請求項6】
前記制御手段(55、S18,S19,S20,S21,S28)は、前記停止制御の開始条件が成立した場合に、車両に設けられた制動力低下抑制手段(35a,35b,37a,37b,37c,37d)を作動させて車輪(FR,FL,RR,RL)に対する制動力の低下を抑制し、その後、前記エンジン(12)を停止させることを特徴とする請求項1〜請求項5のうち何れか一項に記載の車両の制御装置。
【請求項7】
前記制動力低下抑制手段は、内部に発生した流体圧に応じた制動力を車輪(FR,FL,RR,RL)に付与するホイールシリンダ(32a,32b,32c,32d)内の流体圧を調整すべく作動する調整弁(35a,35b、37a,37b,37c,37d)を有し、
前記制御手段(55、S20)は、前記停止制御の開始条件が成立した場合に、前記調整弁(35a,35b、37a,37b,37c,37d)を作動させて前記ホイールシリンダ(32a,32b,32c,32d)内の流体圧の低下を抑制することを特徴とする請求項6に記載の車両の制御装置。
【請求項8】
車両のエンジン(12)を自動的に停止させる停止ステップ(S19)と、前記エンジン(12)を自動的に再始動させる再始動ステップ(S30)と、を有する車両の制御方法であって、
車両に設けられた加速度センサからの信号に基づき車両の前後方向における加速度(G)を取得させる加速度取得ステップ(S13)をさらに有し、
取得した前記前後方向における加速度(G)の絶対値が、車両で発生するクリープトルクに相当する加速度として設定されたクリープ加速度(Ac)の絶対値よりも大きい場合に、前記停止ステップ(S19)を行うことを特徴とする車両の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−11935(P2012−11935A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151883(P2010−151883)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】