説明

車両の制振制御装置

【課題】 駆動出力制御による車両のピッチ・バウンス振動制振制御装置に於いて、車輪トルク値に含まれる予め推定可能な車輪速又はエンジンの回転数依存の周波数特性を有する車両の前後方向の振動の発生又は増幅、制振効果の悪化を回避すること。
【解決手段】 本発明の車両の制振制御装置は、車輪トルクの推定値を推定する車輪トルク推定部と、車輪トルク推定値を受容し該車輪トルク推定値に基づいてピッチ又はバウンス振動振幅を抑制するよう駆動トルクを制御する駆動トルク制御部とを含み、車両の車輪又は駆動装置の構造に起因して発生し車輪速又は駆動装置の回転速の信号に含まれ、その周波数帯域が予め推定可能なノイズ周波数成分が駆動トルク制御部に入力されることを阻止する周波数成分除去手段が設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の制振制御装置に係り、より詳細には、車両の駆動出力(駆動力又は駆動トルク)を制御して車体の振動を抑制する制振制御装置に係る。
【背景技術】
【0002】
車両の走行中のピッチ・バウンス等の振動は、車両の加減速時に車体に作用する制駆動力(若しくは慣性力)又はその他の車体に作用する外力により発生するところ、それらの力は、車輪(駆動時には、駆動輪)が路面に対して作用している「車輪トルク」(車輪と接地路面上との間に作用するトルク)に反映される。そこで、車両の制振制御の分野に於いて、車両のエンジン又はその他の駆動装置の駆動出力制御を通して車輪トルクを調節して、車両の走行中に於ける車体の振動を抑制することが提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。かかる駆動出力制御による振動の制振制御に於いては、所謂車体のばね上・ばね下振動の力学的モデルを仮定して構築された運動モデルを用いて、車両の加減速要求があった場合又は車体に外力(外乱)が作用して車輪トルクに変動があった場合に車体に生ずるピッチ・バウンス振動を予測し、その予測された振動が抑制されるように車両の駆動装置の駆動出力が調節される。このような形式の制振制御の場合、サスペンションによる制振制御の如く発生した振動エネルギーを吸収することにより抑制するというよりは、振動を発生する力の源を調節して振動エネルギーの発生が抑えられることになるので、制振作用が比較的速やかであり、また、エネルギー効率が良いなどの利点を有する。また、駆動出力制御による制振制御に於いては、制御対象が駆動装置の駆動出力(駆動トルク)に集約されるので、制御の調節が比較的に容易である。
【0003】
上記の如き駆動出力制御による制振制御を行う制振制御装置(又は駆動出力制御装置)に於いては、既に述べた如く、車輪に於いて実際に発生している車輪トルクが制御に於ける外乱として制振制御装置に対してフィードバックされ、外乱による振動の制振のために必要な駆動出力の調節量は、車両に実際に発生している車輪トルクに基づいて決定される。しかしながら、車両の走行中の車輪トルクの値が直接に検出可能なセンサ、例えば、ホイールトルクセンサやホイール六分力計など、は、車両の設計上又はコスト上の問題により、試験車両等を除き、通常の車両には搭載されない。そこで、上記の如き制振制御装置に於いては、外乱入力としてフィードバックされる車輪トルク値として、車輪速、車両の駆動装置の出力軸の回転速等のその他の容易に検出可能なパラメータに基づいて推定される車輪トルク推定値が使用されている(例えば、本願出願人による特願2006−284642参照。)。
【特許文献1】特開2004−168148
【特許文献2】特開2006−69472
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の如き制振制御に於いて、車輪トルク値又はその推定値の信号上に、車体のピッチ・バウンス振動の制振に殆ど寄与しない振動成分や実際の(真の)車輪トルク値の変動ではない振動成分が重畳する場合がある(以下、そのような振動を「ノイズ振動」と称する。)。そのような「ノイズ振動」が上記の如き制振制御装置に入力され、更に、そのノイズ振動に対応した駆動トルクの制御量が制振制御装置から駆動装置へ与えられると、車両のピッチ・バウンス振動の制振に寄与しない駆動トルクの変動が発生し、車両の前後方向振動の誘発又は増幅、或いは、ピッチ・バウンス方向の制振効果の悪化を引き起こす場合がある。しかしながら、従前の駆動出力制御による制振制御に於いて、上記の如き車輪トルク値又はその推定値の信号に含まれるノイズ振動によって惹起される問題を回避する対策は提案されていない。
【0005】
本発明の発明者の開発研究によれば、上記の如きノイズ振動により誘発又は増幅される車両の前後方向振動は、車速若しくは車輪速、エンジンの回転速、或いは、駆動系の装置の共振周波数に依存する周波数特性を有し、かかる車両の前後方向振動を誘発し又は増幅するノイズ振動のうちのいくつかは、車両の車輪或いはエンジン等の構造(設計誤差等を含む)及びその作動に起因するものであることが明らかになった。そして、車両の前後方向振動のいくつか及びそれらの原因となるノイズ振動については、振動発生のメカニズムが明らかになり、かかるノイズ振動の周波数特性は予め推定することが可能であることが見出された。
【0006】
かくして、本発明の主要な一つの課題は、上記の如き駆動出力制御による制振制御装置に於いて、車輪トルク値又はその推定値に含まれる、特に、予め推定可能な車輪速又はエンジンの回転数依存の周波数特性を有するノイズ振動により惹起される車両の前後方向の振動の発生又は増幅、或いは、車両のピッチ・バウンス振動に対する制振効果の悪化を回避することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、車両の駆動出力制御による車体のピッチ又はバウンス振動を抑制する制振制御を実行する形式の制振制御装置であって、制振制御の実行中に車両の前後方向振動を惹起する原因となっているノイズ振動のうち、その周波数特性を予め推定することが可能であるノイズ振動が制振制御装置の制御出力に悪影響を及ぼさないよう構成された制振制御装置が提供される。
【0008】
本発明による車両の制振制御装置は、その構成に於いて、車両の車輪と路面との接地個所に於いて発生する車輪に作用する車輪トルクの推定値を車輪速又は車両の駆動装置の出力軸の回転速に基づいて推定する車輪トルク推定部と、車輪トルク推定値を受容し該車輪トルク推定値に基づいてピッチ又はバウンス振動振幅を抑制するよう車両の駆動トルクを制御する駆動トルク制御部とを含み、更に、車両の車輪又は駆動装置の構造に起因して発生し車輪速又は駆動装置の回転速の信号に含まれる振動の成分にしてその周波数帯域が予め推定可能なノイズ周波数成分の駆動トルク制御部への入力を低減する周波数成分除去手段が設けられていることを特徴とする。なお、ここで、「ノイズ周波数成分」とは、車輪速又は駆動装置の回転速の信号に重畳するノイズ振動の周波数成分のことである。周波数成分除去手段は、典型的には、ノイズ振動の周波数成分を除去するバンドカットフィルター又はノイズ振動の周波数成分以外の周波数帯域の成分を通過させるバンドパスフィルターであってよい。
【0009】
既に触れたように、本発明の発明者の開発研究により、車輪トルク値又はその推定値の信号に於いて、制振制御装置に入力されると車両の前後方向振動を誘発し又は増幅する駆動トルクを生じ得るノイズ振動のうちの或る成分については、その発生のメカニズムが明らかになり、更に、車両の車輪或いは駆動装置の構造に起因するノイズ振動については、その発生周波数帯域を予め推定可能であることが明らかになった。そこで、本発明の制振制御装置では、上記の如き周波数帯域が予め推定可能なノイズ振動の周波数成分については、車輪トルク推定値が駆動トルク制御部に入力される前に、車輪トルク推定値から排除されるようにして、これにより、駆動トルク制御に於いて、車両の前後振動を発生又は増幅する駆動トルクが車輪に発生することを防止する。
【0010】
上記の如き車両の前後振動の発生又は増幅の原因の一つであり発生周波数帯域が予め推定可能なノイズ振動の周波数成分の一つは、その周波数帯域が車速の関数である成分、即ち、車速依存の成分である。そのような車速依存のノイズ振動としては、例えば、現在のところ、車輪のタイヤのアンバランス又は車輪速センサの信号出力のアンバランスにより発生する振動の成分が見出されている。
【0011】
当業者に於いて理解される如く、車輪のホイールに取り付けられるタイヤに於いて、質量、寸法又は剛性上のアンバランス又はフラットスポット等の「タイヤのアンバランス」が存在すると、車輪が一回転する間に車輪速又は車輪上に作用するトルクが変動する。かかる変動は、車輪の回転毎に車輪速センサの信号出力に於いて表出し、従って、車輪速の検出値に於いて、車速(車輪速)に依って発生周波数特性(帯域)が変化する(車速依存の)周波数成分が発生することとなる。また、車輪速センサの構造又は設計誤差等に起因して、車輪が一回転する間の車輪速センサの信号出力にむらが在る場合、例えば、連続的に発生するパルス信号の間隔にむらが発生する場合(このような車輪速センサの信号出力のむらを本明細書では「車輪速センサの信号出力のアンバランス」と称する。)にも、車輪速の検出値に於いて真の車輪速の変動に因るものではない車速(車輪速)依存の周波数成分が発生する場合がある。駆動トルクの制御量に於いて、これらの「タイヤのアンバランス」又は「車輪速センサの信号出力のアンバランス」に起因するノイズ振動の周波数成分が制振制御装置に入力されることにより算出される成分が含まれていると、その成分に従った駆動トルクの振動によって車速に依存した周波数特性を有する車両の前後方向の振動が発生又は増幅されることとなる。
【0012】
しかしながら、かかる車輪のタイヤのアンバランス又は車輪速センサの信号出力のアンバランスの如き車輪若しくは駆動装置の構造に起因して発生する車速依存にした周波数特性を有するノイズ振動成分の発生周波数帯域は、車両の製造時又は設定時に於いて理論的に又は実験的に車速に対応して予め決定又は測定しておくことが可能である。そこで、本発明の制振制御装置の一つの態様に於いては、制振制御の実行時に周波数成分除去手段が除去する周波数帯域は、前記の車速依存のノイズ振動の周波数成分が除去されるよう予め理論的に又は実験的に決定された車速の関数に従って、即ち、車速に基づいて決定される。なお、ここで、車輪若しくは駆動装置の構造に起因して車速に依存した周波数を有するノイズ振動とは、車輪のタイヤのアンバランス又は車輪速センサの信号出力のアンバランスに起因するものに限らず、その発生周波数帯域が車両の製造・組立時又は設定時に於いて実験的に車速に対応して決定できるものであれば、如何なるものであってもよいことは理解されるべきである。
【0013】
車両の前後振動の発生又は増幅の原因の一つであり発生周波数帯域が予め推定可能なノイズ振動の周波数成分の別の一つは、その周波数帯域が車両の駆動装置の出力軸の回転速の関数である成分、即ち、駆動装置の回転速依存の成分である。そのような回転速依存のノイズ振動としては、例えば、駆動装置が多気筒エンジンである場合に、エンジンの回転数に於いて気筒間のばらつきにより発生する成分が見出されている。エンジンの出力トルクに気筒毎のばらつきが在る場合には、エンジンの回転数及び回転トルクに於いて気筒間のばらつきによる変動が発生し、エンジン回転速の検出値、車輪速の検出値又は車輪トルク値若しくはその推定値に於いて、エンジン回転速依存の、即ち、エンジン回転速に依って発生周波数帯域が変化する周波数成分が発生することとなる。そして、回転速依存のノイズ振動が車輪トルク値又はその推定値に乗って制振制御装置に入力され、制振制御装置による駆動トルク制御に於ける制御量が算出されると、その制御量に回転速依存ノイズの周波数の振動成分が含まれることとなり、気筒間のばらつきに因るトルク変動を増幅して、車両の前後方向振動を増幅し得ることとなる(気筒間のばらつきがある場合には、元々、前後方向振動が発生するが、制振制御によってその前後方向振動が増幅されることとなる。)。
【0014】
しかしながら、回転速依存の周波数成分の発生周波数帯域は、車速依存の周波数成分の場合と同様に、車両の製造・組立時又は設定時に於いて理論的に又は実験的に駆動装置の出力軸の回転速に対応して予め決定又は測定しておくことが可能である。そこで、本発明の制振制御装置の別の一つの態様に於いては、制振制御の実行時に周波数成分除去手段の除去する周波数成分の周波数帯域は、前記の回転速依存のノイズ周波数成分が除去されるよう予め理論的に又は実験的に決定された駆動装置の出力軸の回転速の関数に従って、即ち、回転速に基づいて決定されるようになっていてよい。なお、駆動装置は、モーターであってもよく、また、回転速依存のノイズ振動としては、エンジン気筒のばらつきに起因するものに限らず、その発生周波数帯域が車両の製造時又は設定時に於いて実験的に駆動装置の出力軸の回転速に対応して決定できるものであれば、如何なるものであってもよいことは理解されるべきである。
【0015】
更に、車両の前後振動の発生又は増幅の原因の一つであり発生周波数帯域が予め推定可能なノイズ振動の周波数成分の更に別の一つは、その周波数帯域が車両の駆動系機構、即ち、駆動装置からその出力軸を経て車輪(駆動輪)まで駆動トルクを伝達する動力伝達装置及びそれらの懸架装置を含む機構の共振を発生する成分が挙げられる。通常、駆動系機構の力学的な振動の共振周波数の振動成分は、車両の製造・組立時又は設定時に走行上問題にならないレベルに抑制されるが、低レベルでも駆動系機構の力学的な振動の共振成分が存在すると、車輪速センサから得られる車輪速値及び駆動装置の出力軸の回転数センサから得られる回転速値に共振周波数成分が重畳し、従って、制振制御装置による駆動トルク制御を介して共振周波数の駆動トルクの振動が増幅され得る。かかる駆動系機構の共振は、センサ自身が発生するノイズ振動の周波数が共振周波数に合致する場合にも発生又は増幅し得る。
【0016】
しかしながら、かかる車両の駆動系機構の共振の周波数帯域は、車両の製造時又は設定時に於いて理論的に又は実験的に予め決定又は測定しておくことが可能である。そこで、本発明の制振制御装置の更に別の一つの態様に於いては、制振制御の実行時に周波数成分除去手段の除去する周波数成分の周波数帯域には、車両の駆動系機構の共振周波数帯域が含まれていて良い。
【0017】
なお、実施形態に於いて、上記の種々のノイズ周波数成分の除去は、車輪速センサから得られる車輪速値又は駆動装置の出力軸の回転数センサから得られる回転速値に於いてなされてよく、車輪トルク推定部には、上記の種々のノイズ周波数成分が除去された車輪速値又は回転速値が入力されるようになっていてよい。後に説明される如く、車輪速値又は回転速値から車輪トルク推定値を算出する過程に於いては、車輪速値又は回転速値の微分処理等の演算処理が実行される。かかる演算処理に於いては、制御に不用な周波数成分を予め除去する方が、演算処理が容易になり、又、精度が良くなる。しかしながら、制振制御で使用される運動モデルは、通常、線形モデルであるので、車輪トルク推定値に於いて又は駆動装置への要求駆動トルクの修正量に於いて制御に不用な周波数成分を除去するようになっていてもよい。
【0018】
ところで、上記の如き種々のノイズ周波数成分の発生周波数帯域が制振制御装置により抑制されるべきピッチ又はバウンス振動の周波数と合致する場合がある。その場合、車輪速値又は回転速値に於いて、ピッチ・バウンス振動の制振に寄与する成分と寄与しない成分とを周波数成分除去手段で弁別することは困難である一方、ノイズ振動に対応する成分が制振制御に反映されると制振効果が悪化するだけでなく、逆に、ピッチ又はバウンス振動を増幅してしまう場合も有り得る。従って、ノイズ周波数成分の発生周波数帯域がピッチ又はバウンス振動の周波数と合致する場合には、駆動トルク制御部による駆動トルク制御の制御ゲインを低減し、制振制御による作用が低減されるようになっていてよい。
【発明の効果】
【0019】
総じて、本発明は、駆動出力制御により車両のピッチ・バウンス振動の制振を行う制振制御装置の作動に於いて、制振制御のための駆動トルク制御の実行に伴って車体が前後方向に振動する現象のメカニズムを研究し、そのような車体の前後方向振動の周波数特性が、車速、駆動装置の出力軸の回転速、駆動系装置の共振周波数に依存して変化するということ、そして、かかる車体の前後方向振動を惹起するノイズ振動が、車両の車輪又は駆動装置の構造(センサを含む)に起因するものであり、ノイズ振動の発生周波数帯域が、車速又は駆動装置の出力軸の回転速の関数として車両の製造時又は設定時に(即ち、車両の使用に先立って)、特に、車速、駆動装置の出力軸の回転速又は駆動系機構の共振周波数の関数として予め推定可能であるということを見出したことにより為されたものである。そして、本発明の発明者による知見に基づいて、本発明に於いては、上記の如きノイズ周波数成分の駆動トルク制御部への入力を低減する(理想的には完全に阻止する)周波数成分除去手段を制振制御装置に組み込み、これにより、車両の前後方向の振動の発生又は増幅が低減されるようにした。
【0020】
本発明の制振制御装置に於いては、上記の如く、車両の前後方向振動の発生又は増幅を惹起し得るノイズ周波数成分を、制振制御装置の外乱入力である車輪トルク値又はその推定値から除去しておくことにより、駆動出力制御又は駆動トルク制御に於いてピッチ又はバウンス振動の制振に寄与しない駆動トルクの周波数成分を除去するよう構成されている。かかる構成によれば、車輪トルク推定値から或る特定の周波数帯域の成分を除去することになっているので、ピッチ又はバウンス振動の制振効果を発揮する車輪トルク値又はその推定値の周波数成分については、制振作用が有効に発揮できるゲインを以って制振制御装置に入力され、(ノイズ周波数成分がそのピッチ又はバウンス振動の周波数に合致しない限り、)良好な制振効果が得られるだけの制御量にて駆動トルク制御が実行可能となることは理解されるべきである。
【0021】
また、特記されるべきことは、本発明の制振制御装置に於いては、車両の車輪又は駆動装置の構造に起因する予め発生周波数帯域の推定可能なノイズ周波数成分が駆動トルク制御部へ入力されないよう除去されるので、制振制御の目的のためだけに車両の車輪のタイヤ、センサ又は駆動装置を構成する各部品の寸法等の公差を厳しくしたり、設定の精度等を高くする必要はなくなり、従って、車両製造及び調整のためのコスト、労力が低減できることとなる。
【0022】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0024】
装置の構成
図1(A)は、本発明の制振制御装置の好ましい実施形態が搭載される自動車等の車両を模式的に示している。同図に於いて、左右前輪12FL、12FRと、左右後輪12RL、12RRを有する車両10には、通常の態様にて、運転者によるアクセルペダル14の踏込みに応じて後輪に駆動力又は駆動トルクを発生する駆動装置20が搭載される。駆動装置20は、図示の例では、エンジン22から、トルクコンバータ24、自動変速機26、差動歯車装置28等を介して、駆動トルク或いは回転駆動力が後輪12RL、12RRへ伝達されるよう構成される。しかしながら、エンジン22に代えて電動機が用いられる電気式、或いは、エンジンと電動機との双方を有するハイブリッド式の駆動装置であってもよい。また、車両は、四輪駆動車又は前輪駆動車であってもよい。なお、簡単のため図示していないが、車両10には、通常の車両と同様に各輪に制動力を発生する制動系装置と前輪又は前後輪の舵角を制御するためのステアリング装置が設けられる。
【0025】
駆動装置20の作動は、電子制御装置50により制御される。電子制御装置50は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータ及び駆動回路を含んでいてよい。電子制御装置50には、各輪に搭載された車輪速センサ30i(i=FL、FR、RL、RR)からの車輪速Vwi(i=FL、FR、RL、RR)を表す信号と、車両の各部に設けられたセンサからのエンジンの回転速ne、変速機の回転速no、アクセルペダル踏込量θa等の信号が入力される。なお、上記以外に、本実施形態の車両に於いて実行されるべき各種制御に必要な種々のパラメータを得るための各種検出信号が入力されてよいことは理解されるべきである。電子制御装置50は、図1(B)に於いてより詳細に模式的に示されているように、駆動装置20の作動を制御する駆動制御装置50aと制動装置(図示せず)の作動を制御する制動制御装置50bとから構成されてよい。制動制御装置に於いては、各輪の車輪速センサ30FR、FL、RR、RLからの、車輪が所定量回転する毎に逐次的に生成されるパルス形式の電気信号が入力され、かかる逐次的に入力されるパルス信号の到来する時間間隔を計測することにより車輪の回転速が算出され、これに車輪半径が乗ぜられることにより、車輪速値が算出される。そして、車輪速値は、下記に述べる如く、車輪トルク推定値を算出するために、駆動制御装置50aへ送信される。なお、車輪回転速から車輪速への演算は、駆動制御装置50aにて行われてもよい。その場合、車輪回転速が制動制御装置50bから駆動制御装置50aへ与えられる。
【0026】
駆動制御装置50aに於いては、運転者からの駆動要求がアクセルペダル踏込量θaに基づいて運転者の要求する駆動装置の目標出力トルク(要求駆動トルク)が決定される。しかしながら、本発明の駆動制御装置に於いては、駆動トルク制御による車体のピッチ/バウンス振動制振制御を実行するべく、要求駆動トルクが修正され、その修正された要求駆動トルクに対応する制御指令が駆動装置20へ与えられる。かかるピッチ/バウンス振動制振制御に於いては、(1)駆動輪に於いて路面との間に作用する力による駆動輪の車輪トルク推定値の算出、(2)車体振動の運動モデルによるピッチ/バウンス振動状態量の演算、(3)ピッチ/バウンス振動状態量を抑制する車輪トルクの修正量の算出とこれに基づく要求駆動トルクの修正が実行される。(1)の車輪トルク推定値は、制動制御装置50bから受信した駆動輪の車輪速値(又は、駆動輪の車輪回転速)、或いは、エンジンの回転速neに基づいて算出されてよい。なお、本発明の制振制御装置は、(1)−(3)の処理作動に於いて実現されることは理解されるべきである。
【0027】
車体のピッチ/バウンス振動制振制御を行う駆動トルク制御の構成
車両に於いて、運転者の駆動要求に基づいて駆動装置が作動して車輪トルクの変動が生ずると、図2(A)に例示されている如き車体10に於いて、車体の重心Cgの鉛直方向(z方向)のバウンス振動と、車体の重心周りのピッチ方向(θ方向)のピッチ振動が発生し得る。また、車両の走行中に路面から車輪上に外力又はトルク(外乱)が作用すると、その外乱が車両に伝達され、やはり車体にバウンス方向及びピッチ方向の振動が発生し得る。そこで、図示の実施形態に於いては、車体のピッチ・バウンス振動の運動モデルを構築し、そのモデルに於いて要求駆動トルク(を車輪トルクに換算した値)と、現在の車輪トルク(の推定値)とを入力した際の車体の変位z、θとその変化率dz/dt、dθ/dt、即ち、車体振動の状態変数を算出し、モデルから得られた状態変数が0に収束するように、即ち、ピッチ/バウンス振動が抑制されるよう駆動装置の駆動トルクが調節される(要求駆動トルクが修正される。)。
【0028】
図2(B)は、本発明の実施形態に於ける駆動トルク制御の構成を制御ブロックの形式で模式的に示したものである(なお、各制御ブロックの作動は、(C0、C3を除き)電子制御装置50の駆動制御装置50a又は制動制御装置50bのいずれかにより実行される。)。図2(B)を参照して、本発明の実施形態の駆動トルク制御に於いては、概して述べれば、運転者の駆動要求を車両へ与える駆動制御器と、車体のピッチ/バウンス振動を抑制するよう運転者の駆動要求を修正するための制振制御器とから構成される。駆動制御器に於いては、運転者の駆動要求、即ち、アクセルペダルの踏み込み量(C0)が、通常の態様にて、要求駆動トルクに換算された後(C1)、要求駆動トルクが、駆動装置の制御指令に変換され(C2)、駆動装置(C3)へ送信される。[制御指令は、ガソリンエンジンであれば、目標スロットル開度、ディーゼルエンジンであれば、目標燃料噴射量、モータであれば、目標電流量などである。]
【0029】
一方、制振制御器は、フィードフォワード制御部分とフィードバック制御部分とから構成される。フィードフォワード制御部分は、所謂、最適レギュレータの構成を有し、ここでは、下記に説明される如く、C1の要求駆動トルクを車輪トルクに換算した値(運転者要求車輪トルクTw0)が車体のピッチ・バウンス振動の運動モデル部分(C4)に入力され、運動モデル部分(C4)では、入力されたトルクに対する車体の状態変数の応答が算出され、その状態変数を最小に収束する運転者要求車輪トルクの修正量が算出される(C5)。また、フィードバック制御部分に於いては、車輪トルク推定器(C6)にて、後に説明される如く車輪トルク推定値Twが算出され、車輪トルク推定値は、フィードバック制御ゲインFB(運転モデルに於ける運転者要求車輪トルクTw0と車輪トルク推定値Twとの寄与のバランスを調整するためのゲイン)が乗ぜられた後、外乱入力として、要求車輪トルクに加算されて運動モデル部分(C4)へ入力され、これにより、外乱に対する要求車輪トルクの修正分も算出される。C5の要求車輪トルクの修正量は、駆動装置の要求トルクの単位に換算されて、加算器(C1a)に送信され、かくして、要求駆動トルクは、ピッチ・バウンス振動が発生しないように修正された後、制御指令に変換されて(C2)、駆動装置(C3)へ与えられることとなる。
【0030】
上記のフィードバック制御部分の車輪トルク推定器の入力信号は、車輪速r・ω若しくは車輪の回転速ω又はエンジン回転速ne(又は変速機の回転速no)を表す信号が入力される。しかしながら、本発明の装置に於いては、これらの入力信号は、後により詳細に説明される如く、車輪又は駆動装置の構造に起因して発生する車体のピッチ/バウンス振動の制振に寄与しないノイズ振動の周波数成分を除去するバンドカットフィルター(C7)を介して車輪トルク推定器へ入力される。バンドカットフィルターに於いて除去される成分の周波数帯域は、予め実験的又は理論的に決定された車速の関数又は回転速の関数により、或いは、駆動装置20及びそれらの懸架装置(図示せず)の共振周波数に基づいて定められる。
【0031】
制振制御の原理
本発明の実施形態に於ける制振制御に於いては、既に触れたように、まず、車体のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルを仮定して、運転者要求車輪トルクTw0と車輪トルク推定値Tw(外乱)とを入力としたバウンス方向及びピッチ方向の状態変数の状態方程式を構成する。そして、かかる状態方程式から、最適レギュレータの理論を用いてバウンス方向及びピッチ方向の状態変数を0に収束させる入力(トルク値)を決定し、得られたトルク値に基づいて要求駆動トルクが修正される。
【0032】
車体のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルとして、例えば、図3(A)に示されている如く、車体を質量M及び慣性モーメントIの剛体Sとみなし、かかる剛体Sが、弾性率kfと減衰率cfの前輪サスペンションと弾性率krと減衰率crの後輪サスペンションにより支持されているとする(車体のばね上振動モデル)。この場合、車体の重心のバウンス方向の運動方程式とピッチ方向の運動方程式は、下記の数1の如く表される。
【数1】

ここに於いて、Lf、Lrは、それぞれ、重心から前輪軸及び後輪軸までの距離であり、rは、車輪半径であり、hは、重心の路面からの高さである。なお、式(1a)に於いて、第1、第2項は、前輪軸から、第3、4項は、後輪軸からの力の成分であり、式(1b)に於いて、第1項は、前輪軸から、第2項は、後輪軸からの力のモーメント成分である。式(1b)に於ける第3項は、駆動輪に於いて発生している車輪トルクT(=Tw0+Tw)が車体の重心周りに与える力のモーメント成分である。
【0033】
上記の式(1a)及び(1b)は、車体の変位z、θとその変化率dz/dt、dθ/dtを状態変数ベクトルX(t)として、下記の式(2a)の如く、(線形システムの)状態方程式の形式に書き換えることができる。
dX(t)/dt=A・X(t)+B・u(t) …(2a)
ここで、X(t)、A、Bは、それぞれ、
【数2】

であり、行列Aの各要素a1-a4及びb1-b4は、それぞれ、式(1a)、(1b)のz、θ、dz/dt、dθ/dtの係数をまとめることにより与えられ、
a1=-(kf+kr)/M、a2=-(cf+cr)/M、
a3=-(kf・Lf-kr・Lr)/M、a4=-(cf・Lf-cr・Lr)/M、
b1=-(Lf・kf-Lr・kr)/I、b2=-(Lf・cf-Lr・cr)/I、
b3=-(Lf2・kf+Lr2・kr)/I、b4=-(Lf2・cf+Lr2・cr)/I
である。また、u(t)は、
u(t)=T
であり、状態方程式(2a)にて表されるシステムの入力である。従って、式(1b)より、行列Bの要素p1は、
p1=h/(I・r)
である。
【0034】
状態方程式(2a)に於いて、
u(t)=−K・X(t) …(2b)
とおくと、状態方程式(2a)は、
dX(t)/dt=(A−BK)・X(t) …(2c)
となる。従って、X(t)の初期値X0(t)をX0(t)=(0,0,0,0)と設定して(トルク入力がされる前には振動はないものとする。)、状態変数ベクトルX(t)の微分方程式(2c)を解いたときに、X(t)、即ち、バウンス方向及びピッチ方向の変位及びその時間変化率、の大きさを0に収束させるゲインKが決定されれば、ピッチ・バウンス振動を抑制するトルク値u(t)が決定されることとなる。
【0035】
ゲインKは、所謂、最適レギュレータの理論を用いて決定することができる。かかる理論によれば、2次形式の評価関数
J=1/2・∫(XQX+uRu)dt …(3a)
(積分範囲は、0から∞)
の値が最小になるとき、状態方程式(2a)に於いてX(t)が安定的に収束し、評価関数Jを最小にする行列Kは、
K=R−1・B・P
により与えられることが知られている。ここで、Pは、リカッティ方程式
-dP/dt=AP+PA+Q−PBR−1
の解である。リカッティ方程式は、線形システムの分野に於いて知られている任意の方法により解くことができ、これにより、ゲインKが決定される。
【0036】
なお、評価関数J及びリカッティ方程式中のQ、Rは、それぞれ、任意に設定される半正定対称行列、正定対称行列であり、システムの設計者により決定される評価関数Jの重み行列である。例えば、ここで考えている運動モデルの場合、Q、Rは、
【数3】

などと置いて、式(3a)に於いて、状態ベクトルの成分のうち、特定のもの、例えば、dz/dt、dθ/dt、のノルム(大きさ)をその他の成分、例えば、z、θ、のノルムより大きく設定すると、ノルムを大きく設定された成分が相対的に、より安定的に収束されることとなる。また、Qの成分の値を大きくすると、過渡特性重視、即ち、状態ベクトルの値が速やかに安定値に収束し、Rの値を大きくすると、消費エネルギーが低減される。
【0037】
実際の制振制御装置の作動に於いては、図2(B)のブロック図に示されている如く、運動モデルC4に於いて、トルク入力値を用いて式(2a)の微分方程式を解くことにより、状態変数ベクトルX(t)が算出される。次いで、C5にて、上記の如く状態変数ベクトルX(t)を0又は最小値に収束させるべく決定されたゲインKを運動モデルC4の出力である状態ベクトルX(t)に乗じた値U(t)が、(駆動装置のトルクに換算されて)加算器(C1a)に於いて、要求駆動トルクから差し引かれる(運動モデルC4の演算のために、運動モデルC4のトルク入力値にもフィードバックされる。(状態フィードバック)。)式(1a)及び(1b)で表されるシステムは、共振システムであり、任意の入力に対して状態変数ベクトルの値は、実質的には、システムの固有振動数を概ね中心とした或るスペクトル特性を有する帯域の周波数成分のみとなる。かくして、U(t)(の換算値)が要求駆動トルクから差し引かれるよう構成することにより、要求駆動トルクのうち、システムの固有振動数の成分、即ち、車体に於いてピッチ・バウンス振動を引き起こす成分が修正され、車体に於けるピッチ・バウンス振動が抑制されることとなる。車輪トルク推定器から送信されてくるTw(外乱)に於いてピッチ・バウンス振動を引き起こす変動が発生した場合には、そのTw(外乱)による振動が収束するよう駆動装置へ入力される要求トルク指令が−U(t)を用いて修正される。
【0038】
通常の自動車等の車両のピッチ・バウンス方向の振動の共振周波数は、概ね1〜2Hz程度であり、かかる周波数帯域の振動の速さは、現在の車両に於ける要求指令に対する車輪トルクの制御応答の速さによれば、車輪に於けるトルク外乱を検出し、その外乱に対する補償量を車輪の駆動トルクに反映させることのできるレベルである。従って、ピッチ・バウンス振動を惹起し得る車輪に発生した外乱トルク及びこれによるピッチ・バウンス振動は、制振制御による要求駆動トルクの修正により駆動装置の出力する駆動トルクの変動によって相殺されることとなる。
【0039】
なお、車体のバウンス方向及びピッチ方向の力学的運動モデルとして、例えば、図3(B)に示されている如く、図3(A)の構成に加えて、前輪及び後輪のタイヤのばね弾性を考慮したモデル(車体のばね上・下振動モデル)が採用されてもよい。前輪及び後輪のタイヤが、それぞれ、弾性率ktf、ktrを有しているとすると、図3(B)から理解される如く、車体の重心のバウンス方向の運動方程式とピッチ方向の運動方程式は、下記の数4の如く表される。
【数4】

ここに於いて、xf、xrは、前輪、後輪のばね下変位量であり、mf、mrは、前輪、後輪のばね下の質量である。式(4a)−(4b)は、z、θ、xf、xrとその時間微分値を状態変数ベクトルとして、図3(A)の場合と同様に、式(2a)の如き状態方程式を構成し(ただし、行列Aは、8行8列、行列Bは、8行1列となる。)、最適レギュレータの理論に従って、状態変数ベクトルの大きさを0に収束させるゲイン行列Kを決定することができる。実際の制振制御は、図3(A)の場合と同様である。
【0040】
車輪トルク推定値の算出
図2(B)の制振制御器のフィードバック制御部分に於いて、フィードフォワード制御部分へ外乱として入力される車輪トルクは、理想的には、各輪にトルクセンサを設け、実際に検出されればよい。しかしながら、既に述べた如く、通常の車両の各輪にトルクセンサを設けることは困難なので、走行中の車両に於けるその他の検出可能な値から車輪トルク推定器(C6)にて推定された車輪トルク推定値が用いられる。
【0041】
車輪トルク推定値Twは、典型的には、駆動輪の車輪速センサから得られる車輪回転速ω又は車輪速値r・ωの時間微分を用いて、
Tw=M・r・dω/dt …(5)
と推定することができる。ここに於いて、Mは、車両の質量であり、rは、車輪半径である。[駆動輪が路面の接地個所に於いて発生している駆動力の総和が、車両の全体の駆動力M・G(Gは、加速度)に等しいとすると、車輪トルクTwは、
Tw=M・G・r …(5a)
にて与えられる。車両の加速度Gは、車輪速度r・ωの微分値より、
G=r・dω/dt …(5b)
で与えられるので、車輪トルクは、式(5)の如く推定される。]
【0042】
また、車輪速センサに異常が発生し、車輪速の検出精度が悪化した場合には、式(5)による車輪トルク推定値の精度も悪化するので、その場合には、駆動輪の車輪回転速又は車輪速は、駆動装置の回転速から算出されてよい。駆動装置のエンジン又はモータの出力軸の回転速neを用いる場合には、駆動輪の車輪回転速は、
ωe=ne×トランスミッション(変速機)ギア比×デフ(差動装置)ギア比 …(8)
により与えられる。また、変速機の出力軸の回転速noを用いる場合には、
ωo=no×デフギア比 …(9)
により与えられる。そして、式(8)又は(9)の駆動輪の車輪回転速ωの推定値は、式(5)に代入され、車輪トルク推定値が算出される。
【0043】
式(8)又は(9)による車輪トルク推定値の算出は、例えば、下記の条件(a)−(d)のいずれかが成立したときに実行されるようになっていてよい。
(a)車輪速センサの信号に異常が発生し、「異常状態」と判定されたとき。
(b)ABS、VSC、TRC等のその他の制御装置又は制動制御装置50b(図1B)に於いて、車輪速センサの異常を判定したとき。
(c)車輪速センサの信号から算出される車輪速と、駆動装置の出力軸の回転速から式(8)により算出される車輪速との差が、所定期間、所定値を越えているとき。
(d)車輪速センサの信号から算出される車輪速と、変速機の出力軸の回転速から式(9)により算出される車輪速との差が、所定期間、所定値を越えているとき。
【0044】
制振制御による車両の前後方向振動の発生又は増幅のメカニズム
【0045】
実際の車両の車輪に於いては、車輪又は駆動装置の構造に起因して、例えば、タイヤのアンバランスやエンジンの“気筒のばらつき”、駆動装置及びその懸架装置等の共振などに起因して、トルクの振動が発生する場合があり、その場合、かかるトルクの振動によって車両の前後方向の振動が発生することとなる。従って、通常の車両に於いては、車両の設計及び組立の段階で、そのような前後方向振動を許容可能なレベルまで低減するべく車輪トルクの振動を抑制するよう車両の各部が調整される。しかしながら、かかる車輪トルクの振動が、低レベルであっても制振制御装置の外乱入力から入力され、これにより駆動トルクの修正が実行されると、上記の如き車両の前後方向振動が増幅されてしまう現象が発見された。
【0046】
既に述べた如く、上記の制振制御装置に於けるピッチ・バウンス振動の運動モデルは、式(1a)及び(1b)から理解されるように、或る共振周波数に於いて変位(状態ベクトル)が増大する共振モデルである。従って、状態ベクトルX(t)にゲインKを乗じて算出される要求駆動トルクの修正量U(t)に於いて、周波数帯域が共振周波数から離れた成分は、要求駆動トルクの修正量中に於いて共振周波数帯域の成分に比して相対的に小さくなるので、ピッチ・バウンス振動の共振周波数から外れた周波数のトルク振動成分は、一見、制振制御装置の作動に於いて殆ど影響を及ぼさないように思われる。
【0047】
しかしながら、制振制御システムは、線形システムであり、車輪トルクの振動成分に於いて、ピッチ・バウンス振動の共振周波数よりも高い周波数成分、即ち、速い変動成分が含まれていると、かかる高い周波数成分が制振制御装置に入力さた際、要求駆動トルクの修正量に於いて、低レベルであっても対応する高い周波数成分が発生し、駆動装置へ制御指令として送られることとなる。そうすると、現在の車両に於ける要求指令に対する車輪トルクの制御応答の速さでは、高い周波数成分の駆動トルクの制御指令に対して駆動装置から伝達される車輪上での駆動トルクの変化が追従できずに遅れが発生し、かかる応答の遅れによって、車輪トルクの振動を相殺するのではなく、反って増大し、これにより、許容レベル以下に抑えられていた車両の前後方向振動が増幅してしまう場合がある。
【0048】
また、実際の車両の車輪トルクの検出値若しくは推定値に於いては、センサの構造又は精度等に起因して、真の車輪トルクの変動ではない振動が乗る場合がある。この場合には、その振動周波数によらず、かかる真の車輪トルクの変動ではない振動が制振制御装置に入力されることにより、要求駆動トルクの制御指令に狂いが発生して、制振制御の効果が悪化したり、(相殺しようとする車輪トルクが実際には発生していないことにより)車両の前後方向に振動が発生してしまうこととなる。
【0049】
なお、本明細書に於いては、上記の如き、ピッチ・バウンス振動の制振に寄与せず、反って、車両の前後方向振動の発生又は増幅する原因となり得る車輪トルク値の振動成分を「ノイズ振動」と称している。
【0050】
上記の如き制振制御を実行することにより発生又は増幅される車両の前後方向振動の特性は、ノイズ振動の発生源及び伝達経路に依存し、以下の如く分類することができる。
【0051】
(a)車速依存の前後方向振動
制振制御の実行により発生又は増幅される車両の前後方向振動に於いて、振動周波数が車速の関数である成分、即ち、車速依存の成分が含まれる場合がある。かかる車速依存の振動成分は、以下の要因により増幅又は発生する。
【0052】
(i)タイヤのアンバランス
実際に車両の車輪に使用されるタイヤに於いては、質量、寸法又は剛性上のアンバランス又はフラットスポット等の所謂「タイヤのアンバランス」が存在する。かかるタイヤのアンバランスが存在すると、車輪が一回転する間に車輪速又は車輪上に作用するトルクが変動する。通常の車両の組立時に於いては、タイヤのアンバランスは、トルクの変動が許容可能なレベルまで低減されるよう調整されるので、通常走行中(制振制御を実行していない場合)には、かかるトルクの変動による車両の前後方向振動は、問題にならないレベルである。しかしながら、制振制御装置が作動し、車輪が回転する毎に、タイヤのアンバランスによるトルク変動が、低レベルであっても、車輪速センサによる車輪速値又はエンジン回転センサによる回転速に乗って制振制御装置に入力されると、そのトルク変動の周波数は、(一回転に数回のトルク変動が発生するものとすると)車輪の回転周波数の整数倍になり、要求駆動トルクの制御指令に車輪速の関数、即ち、車速の関数である周波数成分が重畳する。そして、この場合、トルク変動の周波数が、ピッチ・バウンス振動の共振周波数(約1〜2Hz程度)よりも高く、駆動トルクの制御応答の遅れが発生する場合には、タイヤのアンバランスによるトルク変動が増幅されるよう駆動トルクが制御されてしまうこととなり得る。
【0053】
(ii)車輪速センサの信号出力のアンバランス
典型的な車輪速センサは、当業者に於いて知られているように、車輪とともに回転するロータの周囲に形成された複数のセレーション(歯)が電磁ピックアップ等の信号発生手段の前を通過する毎に、信号発生手段からパルスが発生させられ、そのパルスの単位時間当たりの発生頻度から車輪速値が換算される。このような形式の場合、例えば、ロータ上のセレーションの間隔にむらが在ったり、欠損があると、車輪が一回転する間に車輪速値が変動することとなる。また、車輪速センサにより得られる車輪速値に於いて、センサの精度等その他の理由で、車輪が一回転する間に車輪速値が変動する場合も在り得る。そのような車輪速値に基づいて推定された車輪トルク推定値が制振制御装置の外乱入力へ入力され、制振制御による要求駆動トルクの修正が実行されると、要求駆動トルクの指令値に、車輪の回転周波数の整数倍の周波数の成分が発生し、かかる周波数の駆動トルクの変動が駆動装置から出力されることとなる。この場合、実際の車輪トルクに於いて変動はないにもかかわらず、駆動トルクが変動することになるので、周波数によらず、車輪トルクが変動し、本来の制振効果を損ねたり、車両の前後方向振動を発生することになる。
【0054】
(b)エンジン回転速依存の前後方向振動
制振制御の実行により発生又は増幅される車両の前後方向振動に於いて、更に、振動周波数がエンジンの回転速の関数である成分、即ち、回転速依存の成分が含まれている場合がある。かかる回転速依存の振動成分は、以下の要因により増幅又は発生する。
【0055】
(i)エンジンの気筒間のばらつき
通常の自動車等の車両に搭載される多気筒エンジンに於いては、気筒毎に発生トルクやエネルギー損失に差、即ち、ばらつき、が在ることにより、エンジンの出力軸が数回転する間の出力トルクに変動が生ずる場合があり(4気筒の場合、2回転又は4回転する間に一度)、これにより、車両に於いて前後方向振動が発生することとなる。従って、通常の車両の組立時に於いては、“気筒のばらつき”は、通常走行に於いて問題にならない許容可能なレベルまで低減されるよう調整されている。しかしながら、制振制御装置が作動し、エンジン出力軸が回転する毎に、気筒のばらつきによるトルク変動が車輪速センサによる車輪速値又はエンジン回転センサによる回転速値に乗って制振制御装置に入力されると、エンジン回転速の関数である周波数成分が要求駆動トルクの制御指令に重畳する。この場合のトルク変動は、低レベルであっても、その周波数は、エンジン回転数の回転周波数を整数で除した値であるから、通常、ピッチ・バウンス振動の共振周波数(約1〜2Hz程度)よりも高いので、駆動トルクの制御応答の遅れの影響が重なって、気筒のばらつきによるトルク変動が増幅されるよう駆動トルクが制御されてしまうこととなり得る。
【0056】
(ii)エンジン回転速センサの信号出力のアンバランス
エンジンの回転速センサの信号出力に於いても、車輪速センサの場合に類似して、エンジンの出力軸が一回転する間の検出値に於いて、むら、即ち、アンバランスが発生する場合がある。その場合、そのような回転速値に基づいて推定された車輪トルク推定値が制振制御装置の外乱入力へ入力され、制振制御による要求駆動トルクの修正が実行されると、要求駆動トルクの指令値に、エンジン出力軸の回転周波数の整数倍の周波数の成分が発生し、かかる周波数の駆動トルクの変動が駆動装置から出力され、車両の前後方向振動が発生することになる。
【0057】
(c)駆動系機構の共振周波数の前後方向振動
車両に搭載されるエンジン、エンジンからの出力トルクを駆動輪まで伝達する動力伝達装置及びこれらの装置及び駆動輪を懸架するための懸架装置を含む駆動系機構に於いては、当業者に於いて理解される如く、或る周波数帯域(通常、7〜11Hz程度)の力が与えられると共振し、これにより、車輪に於いて、その共振周波数のトルク変動が発生する。そこで、通常の車両の設計時及び組立時に於いては、そのような共振が車両の走行上問題にならないレベルまで低減されるよう各装置の構造が調整される。しかしながら、制振制御装置が作動し、駆動系機構の共振によるトルク変動が車輪速センサによる車輪速値又はエンジン回転センサによる回転速に乗って制振制御装置に入力されると、その共振周波数の周波数成分が要求駆動トルクの制御指令に重畳する。駆動系共振の周波数は、ピッチ・バウンス振動の共振周波数(約1〜2Hz程度)よりも高いので、駆動トルクの制御応答の遅れの影響が重なって、駆動系共振のトルク変動が増幅されるよう駆動トルクが制御されてしまうこととなり得る。
【0058】
また、(a)及び(b)に説明した車速依存の振動成分或いは回転速依存の振動成分(センサの出力信号のアンバランスを含む)の周波数が駆動系機構の共振周波数に合致する場合、駆動装置の制御指令に、駆動系機構の共振周波数の成分が含まれることとなり、エンジンがわざわざ駆動系機構の共振周波数の振動出力を発生することになるので、駆動系共振のトルク変動が増幅され、従って、車両の前後方向振動が増大することとなり得る。
【0059】
ノイズ振動の除去
上記の如き制振制御による車両の前後方向振動の発生又は増幅を回避するべく、本実施形態の制振制御装置に於いては、車輪トルク推定器C6の入力の前にノイズ振動を除去するバンドカットフィルターC7が組み込まれる(図2B参照)。
【0060】
車速依存の前後方向振動を発生又は増幅するノイズ振動の周波数Nw[rot/sec]は、下記の式
Nw=kw×Vx[km/hour]/3.6[(m/sec)/(km/hour)]/2πRw[m/rot] …(10)
によって推定することができる。ここで、Vx、Rwは、それぞれ、車速、車輪半径である。kwは、車輪が一回転する間に、タイヤ又は車輪速センサの信号出力のアンバランスに起因して発生する信号の変動の回数である。従って、かかる車速依存のノイズ振動を除去するためのバンドカットフィルターの除去周波数帯域[Nw]は、Nwをパラメータとして参照して、Nwを略中心とする所定の半値幅ΔNwの帯域(図4(A)参照)となるよう設定される。ΔNwの値、除去振幅比及び除去周波数帯域のスペクトル特性(プロファイルの形状)は、想定されるノイズ振動の振幅、車両に於ける制御指令に対する駆動トルクの応答速度を考慮して、理論的に又は実験的に決定されてよい。車輪が一回転する間に発生するトルク変動の回数kwは、車両の組立時に、タイヤの形状の計測、車輪速センサの信号出力の計測をすることにより、或いは、制振制御装置を作動せずに、車両をテスト走行させることにより計測することができる。
【0061】
エンジン回転速依存の前後方向振動を発生又は増幅するノイズ振動の周波数Ne[rot/sec]は、下記の式
Ne1=ke1×ne[rot/min]/60[(sec/min)] …(11a)
及び
Ne2=1/ke2×ne[rot/min]/60[(sec/min)] …(11b)
によって推定することができる。ここで、neは、エンジンの回転速である。ke1は、エンジン回転速が一回転する間に、回転速センサの信号出力のアンバランスに起因して発生する信号の変動の回数であり、ke2は、1度のトルク変動が発生するまでのエンジンの回転数である。従って、かかる回転速依存のノイズ振動を除去するためのバンドカットフィルターの除去周波数帯域[Ne1]又は[Ne2]は、Ne1及びNe2をパラメータとして参照して、Ne1及びNe2を略中心とする所定の半値幅ΔNe1又はΔNe2の帯域(図4(B)参照)となるよう設定される。ΔNe1、ΔNe2の値、除去振幅比及び除去周波数帯域のスペクトル特性は、想定されるノイズ振動の振幅、車両に於ける制御指令に対する駆動トルクの応答速度を考慮して、理論的に又は実験的に決定されてよい。ke1及びke2の値は、車両の組立時に、回転速センサの信号出力の計測及び各気筒の発生トルクの計測をすることにより、或いは、制振制御装置を作動せずに、車両をテスト走行させることにより計測することができる。
【0062】
駆動系機構の共振周波数(Nc)は、車両の組立及び調整時に、計測することができるので、車両の使用時に駆動系機構の共振周波数の前後方向振動を発生又は増幅するノイズ振動の発生周波数帯域も略同様であると推定される。従って、除去振幅比、除去周波数帯域[Nc]のスペクトル特性(図4(C))は、計測された共振周波数Ncを略中心として、想定されるノイズ振動の振幅、車両に於ける制御指令に対する駆動トルクの応答速度を考慮して、理論的に又は実験的に決定されてよい。
【0063】
上記のバンドカットフィルターについて、車速又は回転速依存のノイズ振動を除去するものは、除去周波数帯域が可変の「可変バンドカットフィルター」であり、駆動系機構の共振周波数のノイズ振動を除去するものは、除去周波数帯域が固定の「固定バンドカットフィルター」である。これらのバンドカットフィルターは、公知のディジタルフィルタ技術又はアナログフィルタ技術を用いて当業者に於いて任意に構成されてよい。
【0064】
ところで、車速又は回転速依存の発生周波数帯域を有するノイズ振動の周波数は変動するので、その周波数帯域がピッチ・バウンス振動の周波数帯域に重なる場合も在り得る。例えば、車速依存のノイズ振動の周波数は、車速が低速域(毎時7〜35km)になると、そのときのノイズ振動周波数は、1〜5Hz程度となる。そのような場合、真の車輪トルク振動とそうでない振動(センサの信号出力のアンバランスに起因するノイズ振動)とをバンドカットフィルターで弁別することは困難である。そこで、そのような場合には、車輪トルク推定値(Tw)に起因する制御量を低減すべく、制御ゲインの低減が行われてよい。その場合、例えば、図2Bのフィードバック制御ゲインFB又はバンドカットフィルターの出力ゲインが低減される。
【0065】
図5は、ノイズ振動が除去された車輪トルク推定値を車輪速値に基づいて式(5)を用いて算出し運動モデルへ入力するまでの演算処理過程をフローチャートの形式にて表したものである。同図を参照して、まず、駆動輪の車輪速値ωが、図4(C)に例示されている如き固定の除去周波数帯域[Nc]を有するバンドカットフィルターに通され、車輪速値ωから駆動系機構の共振周波数に相当する周波数成分が除去される(ステップ10)。次いで、式(11a)及び(11b)によりエンジン回転速ne依存のノイズ振動の周波数Ne1及びNe2を算出し(ステップ20)、ステップ10の処理後の車輪速値ωが、Ne1及びNe2に基づいて除去周波数帯域[Ne1]及び[Ne2](図4(B))が決定される可変バンドカットフィルターに通され、車輪速値ωから、更に、エンジン回転速依存のノイズ振動の周波数成分が除去される(ステップ30)。
【0066】
しかる後、式(10)により車速Vx(例えば、従動輪の車輪速センサからの車輪速値、GPSからの情報などに基づいて任意に決定されてよい。)に基づいて、車速Vx依存のノイズ振動の周波数Nwを算出し(ステップ40)、算出された周波数Nwに基づいて、車速Vx依存のノイズ振動の除去をするための可変バンドカットフィルターの除去周波数帯域[Nw]が決定される(図4(A))。ここで、かかる除去周波数帯域[Nw]が、制振制御装置に於いて制振したいピッチ・バウンス振動の制振周波数帯域[Nt]、例えば、1〜5Hz、と重複しない場合(ステップ50−52)、即ち、
Nthi<Nwlo …(12a)又は
Nwhi<Ntlo …(12b)
が成立するときには(ここで、Nwlo、Nwhiは、除去周波数帯域[Nw]の最低及び最高周波数であり、Ntlo、Nthiは、ピッチ・バウンス振動の制振周波数帯域[Nt]の最低及び最高周波数である。)、ステップ30の処理後の車輪速値ωは、除去周波数帯域[Nw]のバンドカットフィルターに通され(ステップ60)、式(5)を用いた車輪トルク推定値Twの算出(ステップ70)が実行される。これにより、車輪トルク推定値に於いては、車両の前後方向振動を発生又は増幅するノイズ振動成分が除去された状態となり、車輪トルク推定値Twは、制御ゲインFBが乗算されて(ステップ80)、運動モデルC4(図2B)の演算に使用される。
【0067】
他方、車速Vx依存のノイズ振動の除去をするための可変バンドカットフィルターの除去周波数帯域[Nw]がピッチ・バウンス振動の制振周波数帯域[Nt]と重複するとき、即ち、式(12a)及び(12b)のいずれも成立しないとき(ステップ50−52)、ステップ30の処理後の車輪速値ωは、そのまま式(5)を用いた車輪トルク推定値Twの算出に使用される(ステップ75)。従って、この場合、車輪トルク推定値Twには、車速Vx依存のノイズ振動が含まれている可能性があるので、低減された制御ゲインFBxが車輪トルク推定値Twに乗算され(ステップ85)、運動モデルC4(図2B)の演算に使用される。低減された制御ゲインFBxは、ノイズ振動の振幅が予め概ね推定できる場合には(車両の組立時又は設定時に計測することができる場合には)、
FBx=FB×(f−fo)/f …(13)
により与えられてよい。ここで、FBは、通常時の制御ゲインであり、foは、予め計測された(車輪速値に於ける)ノイズ振動の振幅であり、fは、現在の車輪速値の振幅である。なお、本実施形態の運動モデルは、線形モデルであるので、車輪トルク推定値Twに低減された制御ゲインFBxを乗ずることにより、車輪トルク推定値Twに対応する要求駆動トルクの修正量は低減する。
【0068】
上記の図5では、通常の車両に於いてはあまり想定されないので省略されているが、回転速依存のノイズ振動の発生周波数帯域[Ne1]、[Ne2]についてもそれらがピッチ・バウンス振動の制振周波数域[Nt]に重複するか否かを判定し、重複する場合には、周波数帯域[Ne]の除去を行わずに、低減された制御ゲインを用いて、車輪トルク推定値Twを運動モデルC4へ入力するようになっていてよい。
【0069】
図6は、回転速依存及び車速依存のノイズ振動の全ての発生周波数帯域[Ne1]、[Ne2]、[Nw]について、それらの各々がピッチ・バウンス振動の制振周波数域[Nt]に重複するか否かによって、信号の処理方法を変更する場合の処理過程の例をフローチャートの形式にて示したものである。同図を参照して、まず、図5の例と同様に、駆動輪の車輪速値ωが、図4(C)に例示されている如き固定の除去周波数帯域[Nc]を有するバンドカットフィルターに通され、駆動系機構の共振周波数に相当する周波数成分が除去される(ステップ110)。次いで、エンジン回転速ne依存のノイズ振動の周波数Ne1と及びNe2の算出、これらの各々に対応する除去周波数帯域[Ne1]及び[Ne2]の決定、車速Vx依存のノイズ振動の周波数Nwの算出、及び、これに対応する除去周波数帯域[Nw]の決定が行われる(ステップ120)。
【0070】
しかる後、帯域[Ne1]、[Ne2]、[Nw]が順に選択され、各々の帯域が制振したいピッチ・バウンス振動の制振周波数帯域[Nt]と重複しているか否かが判定され(ステップ140、145)、重複していない場合には、車輪速ωが、図5の場合と同様に、選択された帯域の可変バンドカットフィルターに通されて、ノイズ振動の周波数成分の帯域の信号が除去され(ステップ150)、重複している場合には、制御ゲインFBの低減が実行される(ステップ160)。除去周波数帯域と制振周波数帯域とが重複しているか否かは、図5の例と同様に、それぞれの除去周波数帯域の最高値(Nxhi)及び最低値(Nxlo)について、
Nthi<Nxlo …(12a’)又は
Nxhi<Ntlo …(12b’)
が成立するか否かにより判定されてよい(Nxには、Ne1、Ne2、Nwが順に設定される。)。また、制御ゲインの低減は、ノイズ振動の振幅fox(帯域[Ne1]、[Ne2]、[Nw]のそれぞれのノイズ振動の振幅)が予め概ね推定できる場合には、
FB←FB−FB(fox/f)
により、即ち、FB(fox/f)を制御ゲインFBから差し引くことにより為されてよい。(従って、[Ne1]又は[Ne2]と[Nw]とが共に[Nt]に重複するときには、最終的なFBの値は、FB(1−foNE1又はNE2/f−fow/f)となる。)なお、制御ゲインFBの低減が、任意の所定値を引き算又は乗算することにより為されてもよい。
【0071】
そして、ノイズ周波数成分の除去又は制御ゲインの低減が実行された後、処理された車輪速値ωを用いて式(5)により算出された車輪トルク推定値に制御ゲインFBが乗算された値が、運動モデルC4へ入力される(ステップ180、190)。
【0072】
なお、車速依存のノイズ振動、回転速依存のノイズ振動、駆動系機構の共振周波数のノイズ振動のいずれか一つ又は二つのみ除去するようになっていてもよい。また、車輪トルク推定値をエンジン回転速ne又は変速機回転速noを用いて算出する場合も、図5又は図6と同様の処理によりノイズ振動の除去が行われてよい。
【0073】
かくして、上記の実施形態によれば、車輪トルクの外乱入力に於いて、車輪又は駆動装置等の構造に起因して発生するノイズ振動の周波数成分が除去されるので、制振制御の実行によって、車輪又は駆動装置等の構造に起因して発生するノイズ振動により車両の前後方向振動が発生又は増幅するといった不具合が低減されることとなる。
【0074】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。
【0075】
例えば、上記の実施形態に於ける車輪トルク推定値が車輪速から推定されるものであるが、車輪トルク推定値が車輪速から以外のパラメータから推定されるものであってもよい。また、上記の実施形態に於ける制振制御は、運動モデルとしてばね上又はばね上・ばね下運動モデルを仮定して最適レギュレータの理論を利用した制振制御であるが、本発明の概念は、車輪トルクを利用するものであれば、ここに紹介されているもの以外の運動モデルを採用したもの或いは最適レギュレータ以外の制御手法により制振を行うものにも適用され、そのような場合も本発明の範囲に属する。
【0076】
また、上記の説明に於いて、車輪又は駆動装置等の構造に起因して発生するノイズ振動の例をいくつか列挙しているが、発生周波数帯域が車速又は駆動装置の出力軸の回転速に基づいて推定可能であれば、周波数成分除去手段を用いて除去できる。従って、本発明の概念は、車両の製造・組立時に発生周波数帯域の推定が可能な他のノイズ振動が発生する場合に適用されてよく、そのような場合も本発明の範囲に属すると理解されるべきである。更に、車輪トルク推定値の算出のための車輪速値等の信号を、制振制御により制振することを狙ったピッチ・バウンス振動の周波数帯域を通すバンドパスフィルターに通すことによりノイズ振動を除去するようにしても同様の効果が得られる。この場合も、制御ゲインは、ノイズ振動の帯域がピッチ・バウンス振動の周波数帯域に重複する場合に低減されてよい。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】図1Aは、本発明による制振制御装置の好ましい実施形態が実現される自動車の模式図を示している。図1Bは、図1Aの電子制御装置の内部構成をより詳細な模式図である。
【図2】図2Aは、本発明の好ましい実施形態の一つである制振制御装置に於いて抑制される車体振動の状態変数を説明する図である。図2Bは、本発明の好ましい実施形態に於ける制振制御の構成を制御ブロック図の形式で表した図である。
【図3】図3は、本発明の好ましい実施形態の制振制御装置に於いて仮定される車体振動の力学的運動モデルを説明する図である。図3Aは、ばね上振動モデルを用いた場合であり、図3Bは、ばね上・ばね下振動モデルを用いた場合である。
【図4】図4は、ノイズ振動を除去するバンドカットフィルターの除去周波数帯域のプロファイルを示す模式図である。(A)は、車速依存のノイズ振動を除去するバンドカットフィルターの除去周波数帯域[Nw]であり、(B)は、回転速依存のノイズ振動を除去するバンドカットフィルターの除去周波数帯域[Ne1]又は[Ne2]であり、(C)は、駆動系機構の共振を発生又は増幅するノイズ振動を除去するバンドカットフィルターの除去周波数帯域[Nc]である。
【図5】図5は、ノイズ振動成分が除去された車輪トルク推定値Twを算出する演算処理過程の一つの実施例をフローチャートの形式にて表したものである。
【図6】図6は、ノイズ振動成分が除去された車輪トルク推定値Twを算出する演算処理過程のもう一つの実施例をフローチャートの形式にて表したものである。
【符号の説明】
【0078】
10…車体
12FL、FR、RL、RR…車輪
14…アクセルペダル
20…駆動装置
30FL、FR、RL、RR…車輪速センサ
50…電子制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動出力を制御することにより前記車両のピッチ又はバウンス振動を抑制する車両の制振制御装置であって、前記車両の車輪と路面との接地個所に於いて発生する車輪に作用する車輪トルクの推定値を車輪速又は前記車両の駆動装置の出力軸の回転速に基づいて推定する車輪トルク推定部と、前記車輪トルク推定値を受容し該車輪トルク推定値に基づいて前記ピッチ又はバウンス振動振幅を抑制するよう前記車両の駆動トルクを制御する駆動トルク制御部とを含み、前記車両の車輪又は駆動装置の構造に起因して発生し前記車輪速又は前記駆動装置の回転速の信号に含まれる振動の成分にしてその周波数帯域が予め推定可能なノイズ周波数成分の前記駆動トルク制御部への入力を低減する周波数成分除去手段が設けられていることを特徴とする車両の制振制御装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記ノイズ周波数成分が、前記駆動トルク制御部に入力されると前記車両に於いて前後方向の振動を発生又は増幅する駆動トルクを生ずる成分であることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1の装置であって、前記車輪速又は前記駆動装置の回転速の信号が前記ノイズ周波数成分が除去された後に前記車輪トルク推定部へ入力されることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1の装置であって、前記ノイズ周波数成分が前記制振制御装置により抑制されるべき前記ピッチ又はバウンス振動の周波数と合致するときには、前記駆動トルク制御部による制振制御のための制御ゲインを低減することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1の装置であって、前記ノイズ周波数成分の周波数帯域が前記車両の車速の関数であり、前記周波数成分除去手段が除去する周波数成分の周波数帯域が前記車速に基づいて決定されることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項5の装置であって、前記ノイズ周波数成分が前記車輪のタイヤのアンバランス又は車輪速センサの信号出力のアンバランスにより発生する成分であることを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1の装置であって、前記ノイズ周波数成分の周波数帯域が前記車両の駆動装置の出力軸の回転速の関数であり、前記周波数成分除去手段が除去する周波数成分の周波数帯域が前記回転速に基づいて決定されることを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項7の装置であって、前記駆動装置が複数の気筒を有するエンジンであり、前記ノイズ周波数成分が前記エンジンの出力に於ける気筒間のばらつきにより発生する成分であることを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1の装置であって、前記ノイズ周波数成分が前記車両の駆動系機構の共振により発生する成分であり、前記周波数成分除去手段が除去する周波数成分の周波数帯域が前記駆動系機構の共振周波数を含むことを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−231989(P2008−231989A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71106(P2007−71106)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】