説明

車両用懸架装置および車両の制動偏向抑制方法

【課題】重心位置に偏りがある車両における制動時の安定性をより簡単な手法で向上させる。
【解決手段】ある態様の車両用懸架装置は、非操舵状態において左右の車輪WL,WRのキングピン軸KL,KRを各車輪の接地面上に投影した場合にその左右のキングピン軸KL,KRの投影が左右非対称となるよう設定することにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントが発生するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キングピン軸の周りに車輪を転舵させる車両用懸架装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両の構造が左右非対称であることに起因して車両の直進制動時に重心回りの回転モーメントが発生し、車両が緩やかに旋回する偏向(以下、「制動偏向」ともいう)が発生することが知られている。すなわち、車両の構造は、例えばエンジン、燃料タンク、制動装置等の構造や配置、あるいは乗員・積載物の積載位置など、車両における重量分布が必ずしも左右対称にはなっていない。このような車両の構造における左右非対称性により、車両の直進制動時に種々の態様にて車体に横力やヨーモーメントが発生し、車体が偏向することがある。この制動偏向は、車両に運転者の意図とは異なる挙動を起こすことがある。
【0003】
そこで、例えば車両の左右輪の間で制動力差を付与する制動制御を実行したり、車両の運転者の操舵とは独立に操舵制御を実行する技術が提案されている(例えば特許文献1参照)。具体的には、車両の直進制動時の減速度を取得し、その減速度に応じて車両重心のずれによるヨーモーメントの低減に必要なヨーモーメントを求め、得られたヨーモーメントが発生するように左右輪に制動力差を付与したり、前後輪を操舵するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−037259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した従来の方法では、左右輪の制動力を異ならせる構成、前後輪を運転者の操舵とは独立に転舵可能とする構成、車両の減速度に応じて発生させる左右輪の制動力差あるいは舵角を制御する構成等が必要であった。したがって、従来の方法では、その方法を実現するためにシステムを複雑化させてしまうという問題があった。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、重心位置に偏りがある車両における制動時の安定性をより簡単な手法で向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の車両用懸架装置は、非操舵状態において左右の車輪のキングピン軸を各車輪の接地面上に投影した場合にその左右のキングピン軸の投影が左右非対称となるよう設定することにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントが発生するように構成されている。
【0008】
この態様によると、左右の車輪のキングピンオフセットを異ならせることができ、それにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって直進制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントを発生させることができる。すなわち、左右のキングピン軸を非対称に設定するという簡易な手法で直進制動時の偏向を抑制でき、車両の安定性を向上させることができる。
【0009】
具体的には、左右のキングピン軸は、左右対称となる設定基準状態から左右対称な位置にそれぞれ設定された左右の仮想回転中心の周りにそれぞれ同角度回転させるようにして設定されていてもよい。この態様によれば、左右のキングピン軸を左右対称な状態から同様に変位させることでキングピンオフセットを左右で異ならせることができ、制動力に対するモーメントアーム長に左右差を設けることができる。一方、車輪への主要な入力荷重のうち、その制動力以外の荷重に対するモーメントアーム長については左右対称とすることができる。このため、直進制動時に必要なヨーモーメントを発生させることができるとともに、他の主要な入力荷重によるモーメントについてはバランスさせることができる。すなわち、制動時の偏向を抑制するために必要なモーメントを必要なときに発生させることができるとともに、他の車両動作への影響を最小限とすることができる。
【0010】
上記仮想回転中心については、キングピン軸の設定基準状態において、車輪の接地面の中心からキングピン軸の投影におろした垂線と、キングピン軸の接地面との交点から車両前後方向に延びる直線と、車輪の回転軸を含む平面とキングピン軸との交点を接地面に投影した投影点から車幅方向に延びる直線と、の交点から鉛直方向に延びる仮想回転軸として設定すればよい。
【0011】
より具体的には、車輪の接地面上にある第1特定点と車輪の回転軸を含む水平面上にある第2特定点とを結ぶ直線を接地面に投影した投影線に対して接地面の中心からおろした垂線と、第1特定点から車両前後方向に延ばした直線と、第2特定点を接地面上に投影した投影点から車幅方向に延ばした直線とが一つの交点で交わる関係にあり、その第1特定点と第2特定点とを通る直線を第1の基準線とし、第1の基準線を交点を通って鉛直方向に延びる第1の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の一方に設定し、第1の基準線を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の基準線を、第1の仮想回転軸を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の他方に設定するとよい。
【0012】
本発明の別の態様は、車両の制動偏向抑制方法である。この方法は、操舵に応じて左右の車輪を左右のキングピン軸の周りにそれぞれ回動させることにより各車輪を転舵させる車両において直進制動時の制動偏向を抑制する方法であって、車輪の接地面上にある第1特定点と車輪の回転軸を含む水平面上にある第2特定点とを結ぶ直線を接地面に投影した投影線に対して接地面の中心からおろした垂線と、第1特定点から車両前後方向に延ばした直線と、第2特定点を接地面上に投影した投影点から車幅方向に延ばした直線とを一つの交点で交わる関係とし、その第1特定点と第2特定点とを通る直線を第1の基準線とし、第1の基準線を交点を通って鉛直方向に延びる第1の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の一方に設定し、第1の基準線を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の基準線を、第1の仮想回転軸を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の他方に設定することにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントを発生させる。
【0013】
この態様によると、左右のキングピン軸を左右対称な状態から設定角度同方向に変位させることでキングピンオフセットを左右で異ならせることができ、制動力に対するモーメントアーム長に左右差を設けることができる。一方、車輪への主要な入力荷重のうち、その制動力以外の荷重に対するモーメントアーム長については左右対称とすることができる。このため、制動時の偏向を抑制するために必要なモーメントを必要なときに発生させることができるとともに、他の車両動作への影響を最小限とすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、重心位置に偏りがある車両における制動時の安定性をより簡単な手法で向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態に係る車両用懸架装置の動作原理に関わる車輪への入力荷重とモーメントアームとの関係を説明するための図である。
【図2】実施形態に係る車両用懸架装置の構成を模式的に示す図である。
【図3】実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。
【図4】実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。
【図5】実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。
【図6】実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。
【図7】実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。
【図8】実施例に係る車両用懸架装置の全体構成を模式的に示す図である。
【図9】車両用懸架装置の主要部の構成を模式的に示す図である。
【図10】トップマウントの配置構成例を示す図である。
【図11】ロアアームのキングピン軸との接続部の構成例を示す図である。
【図12】ロアアームの配置構成を示す図である。
【図13】実施例の作用効果を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態(以下「実施形態」という)について説明する。図1は、実施形態に係る車両用懸架装置の動作原理に関わる車輪への入力荷重とモーメントアームとの関係を説明するための図である。(A)は制動力が作用する場合を示し、(B)は復元トルクが作用する場合を示し、(C)は旋回荷重が作用する場合を示し、(D)は駆動力が作用する場合を示し、(E)は接地荷重が作用する場合を示している。なお、「復元トルク」は、車輪を転舵したときに接地面からの反力として車輪に作用するトルクである。
【0017】
車両走行中に車輪に入力される荷重は転舵軸にモーメントを発生させ、車両の動作に様々な影響を与える。車輪への主要な入力荷重としては図示のように、制動力、復元トルク、旋回荷重、駆動力、接地荷重の5種類ある。各荷重が転舵モーメントに転換される際の係数であるモーメントアーム長は、転舵軸としてのキングピン軸Kと車輪の回転中心や接地中心との位置関係により決まる。
【0018】
ここで、図示のように車両前後方向をx軸、車幅方向をy軸、鉛直方向をz軸にとり、車輪Wの接地面をx−y平面上にとり、その接地面の中心を原点とする。そして、キングピン軸Kと接地面との交点を点A、車輪Wの回転軸l1を含む水平面とキングピン軸Kとの交点を点B、キングピン軸Kと接地面とのなす角をθとすると、各入力荷重に対するモーメントアーム長は次のようになる。
【0019】
すなわち、図1(A)に示すような制動力F1が車輪Wに作用した場合、点Aとx軸との距離をKOとすると、その制動力F1に対するモーメントアーム長L1は下記式(1)で表される。
L1=KO×sinθ ・・・(1)
【0020】
図1(B)に示すような復元トルクT2が車輪Wに作用した場合、その復元トルクT2に対するモーメントアーム長L2は下記式(2)で表される。
L2=sinθ ・・・(2)
【0021】
図1(C)に示すような旋回荷重F3が車輪Wに作用した場合、点Aとy軸との距離をCTとすると、その旋回荷重F3に対するモーメントアーム長L3は下記式(3)で表される。
L3=CT×sinθ ・・・(3)
【0022】
図1(D)に示すような駆動力F4が車輪Wに作用した場合、点Bとx軸との水平方向の距離をDAとすると、その駆動力F4に対するモーメントアーム長L4は下記式(4)で表される。
L4=DA×sinθ ・・・(4)
【0023】
図1(E)に示すような接地荷重F5が車輪Wに作用した場合、キングピン軸Kの接地面への投影線l2と原点との距離をLとすると、その接地荷重F5に対するモーメントアーム長L5は下記式(5)で表される。
L5=L×sinθ ・・・(5)
【0024】
ところで、左右の車輪においてこのようなモーメントアーム長に差ができると、走行中にトルクステアやドリフトが発生したり、左旋回と右旋回とで走行特性に差が生じるなど、好ましくない影響が出る場合がある。このため、少なくとも通常走行時においては各モーメントアーム長が左右の車輪で等しくなるのが好ましい。
【0025】
本実施形態では、車両の重心の車幅方向の偏りによって発生する制動偏向を自律的に抑制する作用を車両に発揮させるために、制動力に対するモーメントアーム長に左右差をもたせる。一方、その左右差が車両の通常走行に副作用を及ぼさないように、他のモーメントアーム長については左右対称に維持できるようキングピン軸Kの配置構成を工夫している。以下、その詳細について説明する。
【0026】
図2は、実施形態に係る車両用懸架装置の構成を模式的に示す図である。(A)は左右の車輪におけるキングピン軸の配置構成を示し、(B)は右輪におけるキングピン軸の設定方法を例示している。
【0027】
すなわち、本実施形態の車両用懸架装置においては、非操舵状態において右輪WRの接地面上にある第1特定点A0と、右輪WRの回転軸l1を含む水平面上にある第2特定点B0とを結ぶ直線を接地面に投影した投影線l2を定義する。また、その投影線l2に対して接地面の中心0からおろした垂線lpと、第1特定点A0から車両前後方向に延ばした直線lxと、第2特定点B0を接地面上に投影した投影点から車幅方向に延ばした直線lyとの交点Cを定義する。
【0028】
そして、第1特定点A0と第2特定点B0とを通る直線を第1の基準線lb1とし、第1の基準線lb1を交点Cを通って鉛直方向に延びる第1の仮想回転軸lrの周りに設定角度θset回転移動させたものを右輪WRのキングピン軸KRに設定する。すなわち、キングピン軸KRは、第1特定点A0が設定角度θset回転した特定点Aと、第2特定点B0が設定角度θset回転した特定点Bとを通る直線上に配置される。
【0029】
一方、第1の基準線lb1を車両中心線l0に対して左右対称に転置した第2の基準線lb2を定義するとともに、第1の仮想回転軸lrを車両中心線l0に対して左右対称に転置した第2の仮想回転軸llを定義する。そして、その第2の基準線lb2を第2の仮想回転軸llの周りに設定角度θset回転移動させたものを左輪WLのキングピン軸KLに設定する。
【0030】
図3〜7は、実施形態のキングピン軸の配置構成による作用効果を表す説明図である。図3は制動力に対する作用を示し、図4は復元トルクに対する作用を示し、図5は旋回荷重に対する作用を示し、図6は駆動力に対する作用を示し、図7は接地荷重に対する作用を示している。
【0031】
図3に示すように、本実施形態では右ハンドル車であって重心Gが車幅方向右側に偏った場合を想定している。その結果、図3に示すように、重心Gの偏りによって図示のように左輪WLに作用する制動力F1が重心Gの周りに発生させるモーメント(F1×LL)が、右輪WRに作用する制動力F1が重心Gの周りに発生させるモーメント(F1×RL)よりも大きくなり、車両に進路を左偏向させるヨーモーメントを発生させる。
【0032】
しかし、本実施形態では上述のように、左右のキングピン軸KL,KRを、左右対称な基準位置から同方向(反時計方向)に設定角度θsetだけ回転させる配置構成としたため、制動力F1に対するモーメントアーム長L1に左右差が生じ、上記重心Gの偏りによって発生するヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントを発生させることができる。すなわち、図示のように、右輪WRにおける接地面の中心0と特定点Aとの車幅方向の距離KORが、左輪WLにおける接地面の中心0と特定点Aとの車幅方向の距離KOLよりも大きくなるため、制動力F1に対するモーメントアーム長L1は右輪側のほうが大きくなり(上記式(1)参照)、制動中は左右の転舵モーメントの不釣り合いにより各車輪に切れ角を発生させることができる。この車輪の切れ角は、重心Gの偏りによる進路の偏向を打ち消す方向のコーナリングフォースを発生させる。すなわち、このようなモーメントアーム長L1の左右差の設定により直進制動時にコーナリングフォースを発生させ、重心Gの偏りによる進路の偏向を自律的に修正することが可能となる。
【0033】
一方、図4に示すように、上述のように左右のキングピン軸KL,KR(適宜「キングピン軸K」と総称する)を左右非対称に設定しても、キングピン軸Kと接地面とのなす角θは変化しない。すなわち、キングピン軸Kと接地面とのなす角は、基準線lb(第1の基準線lb1,第2の基準線lb2)と接地面とのなす角に等しい。したがって、復元トルクT2に対するモーメントアーム長L2については左右対称に維持される(上記式(2)参照)。このため、本実施形態のように左右のキングピン軸Kの配置構成を設定しても、復元トルクT2による操舵モーメントへの影響はない。
【0034】
また、図5に示すように、上述のように左右のキングピン軸Kを左右非対称に設定しても、接地面の中心0と特定点Aとの車両前後方向の距離CTは左右で等しくなる。したがって、旋回荷重F3に対するモーメントアーム長L3については左右等しく維持される(上記式(3)参照)。このため、本実施形態のように左右のキングピン軸Kの配置構成を設定しても、旋回荷重F3による操舵モーメントへの影響はない。
【0035】
また、図6に示すように、上述のように左右のキングピン軸Kを左右非対称に設定しても、接地面の中心0と特定点Bとの車幅方向の距離DAは左右で等しくなる。したがって、駆動力F4に対するモーメントアーム長L4については左右等しく維持される(上記式(4)参照)。このため、本実施形態のように左右のキングピン軸Kの配置構成を設定しても、駆動力F4による操舵モーメントへの影響はない。
【0036】
さらに、図7に示すように、上述のように左右のキングピン軸Kを左右非対称に設定しても、特定点Aと特定点Bとを結ぶ直線を接地面に投影した投影線と接地面の中心0との距離Lは左右で等しくなる。したがって、接地荷重F5に対するモーメントアーム長L5については左右等しく維持される(上記式(5)参照)。このため、本実施形態のように左右のキングピン軸Kの配置構成を設定しても、接地荷重F5による操舵モーメントへの影響はない。
【0037】
すなわち、本実施形態によれば、キングピン軸Kの配置構成を左右非対称にすることで車両の直進制動時の制動偏向を自律的に抑制できるとともに、そのキングピン軸Kの非対称な配置構成が車両の通常走行に副作用を及ぼさないようにすることができる。
【0038】
[実施例]
以下、上記実施形態をより具体化した実施例について詳細に説明する。図8は、実施例に係る車両用懸架装置の全体構成を模式的に示す図である。図9は、車両用懸架装置の主要部の構成を模式的に示す図である。
【0039】
図8および図9に示すように、本実施例の車両用懸架装置は、ストラット式サスペンションとして構成され、左輪WLおよび右輪WRのぞれぞれに対し、車輪を回転自在に支持するナックル12、ナックル12を車体に連結するロアアーム14、およびショックアブソーバ16を備える。
【0040】
ナックル12の中央部には車輪W(左輪WL,右輪WR)を支持するアクスルハブが挿通され、また、ナックル12によりそのアクスルハブを回転可能に支持するためのベアリングユニットが取り付けられている。ナックル12の側部には、図示略のキャリパが固定されている。キャリパは、作動用の液圧が導入されるホイールシリンダ、そのホイールシリンダに供給された液圧によって駆動されるブレーキパッドを含み、そのブレーキパッドによりディスクロータを挟圧して制動力を発生させる。また、ナックル12には、車体に搭載された図示しないステアリング装置から延びるタイロッド19が接続されており、キングピン軸Kを中心に車輪Wを回転操作できるように構成されている。
【0041】
ロアアーム14は、その車幅方向外側の端部にてアタッチメント18を介してナックル12の下端部に連結されている。アタッチメント18はボールジョイントを含む。ロアアーム14の車幅方向内側の端部は二股形状となっており、それぞれゴムブッシュを介して図示しない車体に連結される。
【0042】
ショックアブソーバ16は、作動液が封入されたハウジング20内に図示しないピストンを収容しており、ピストンに形成されたオリフィスを作動液が通過する際の粘性抵抗によって減衰力を発生させる。ハウジング20の下端部は、ナックル12の上端部に連結されている。ハウジング20から突出するピストンロッドが、トップマウント22を介して車体に取り付けられる。トップマウント22は、車体に固定されたストラットタワー23に取り付けられて安定に支持される。ハウジング20の軸方向中央部にはロアサポート24が取り付けられている。トップマウント22とロアサポート24との間には、圧縮コイルスプリング26が介装されている。
【0043】
図示しないステアリングホイールから入力される操舵トルクは、ステアリングコラムを介してギヤボックス28に伝達される。ギヤボックス28においては、ステアリングホイールの回転運動が車幅方向の直線運動に変換されて、タイロッド19に伝達される。タイロッド19の運動によってナックル12が揺動し、車輪Wがキングピン軸Kを中心として転舵される。
【0044】
ここで、キングピン軸Kは、ロアアーム14とナックル12との連結点とトップマウント22の中心とを結ぶ直線であるが、上述のように左右の車輪で非対称な配置構成とする必要がある。そのため、本実施例ではトップマウント22の支持構造とアタッチメント18の取付構造を以下のように工夫している。
【0045】
図10は、車両用懸架装置を構成するトップマウントの配置構成例を示す図である。(A)はその一例を示し、(B)は他の例を示している。図11は、ロアアームのキングピン軸との接続部の構成例を示す図である。(A)はその一例を示し、(B)は他の例を示している。図12は、ロアアームの配置構成を示す図である。(A)はその一例を示し、(B)は他の例を示している。
【0046】
本実施例では図10に示すように、トップマウント22とストラットタワー23の上面の取付孔23aをともに長円形状とし、その取付方向に応じてトップマウント22の中心位置(ピストンロッドの軸線位置)を変更できるように構成する。ここで、トップマウント22の中心位置を長円の長軸laに沿って一方に偏心させるように構成するとともに、長円の短軸lbの延長線が交点Cを通る仮想回転軸lv(第1の仮想回転軸lr,第2の仮想回転軸ll)と交差するようにストラットタワー23の取付孔23aを形成する。
【0047】
このように構成することで、トップマウント22をストラットタワー23に沿った一方の向きに配置すると(適宜「配置1」ともいう)、図10(A)に示すように、キングピン軸Kを仮想回転軸lvの周りに時計回りに設定角度θset回転させることができる。トップマウント22をストラットタワー23に沿った他方の向きに配置すると(適宜「配置2」ともいう)、図10(B)に示すように、キングピン軸Kを仮想回転軸lvの周りに反時計回りに設定角度θset回転させることができる。このとき、トップマウント22の中心Pは長円の中心P0から図示のように偏心する。
【0048】
また、図11に示すように、アタッチメント18は、ロアアーム14の先端に脱着可能に取り付けられるベース部18aにボールジョイント18bを設けて構成される。アタッチメント18は、そのベース部18aがロアアーム14の先端に締結され、ボールジョイント18bを介してナックル12に連結される。ここで、本実施例ではアタッチメント18として、ロアアーム14に対するボールジョイント18bの中心位置が異なるものを2種類用意する。すなわち、図11(A)に示すように、ボールジョイント18bの中心Obがロアアーム14の相対的に前方に配置されるタイプと(適宜「配置1」ともいう)、図11(B)に示すように、ボールジョイント18bの中心Obがロアアーム14の相対的に後方に配置されるタイプ(適宜「配置2」ともいう)が設けられる。
【0049】
このように構成することで、図11(A)のアタッチメント18を用いれば、仮想回転軸lvの周りに時計回りに設定角度θset回転したキングピン軸Kに対してボールジョイント18bの中心を配置することができる。また、図11(B)のアタッチメント18を用いれば、仮想回転軸lvの周りに反時計回りに設定角度θset回転したキングピン軸Kに対してボールジョイント18bの中心を配置することができる。すなわち、ロアアーム14の本体については形状を変えることなく1種類としたまま、アタッチメント18を異なるタイプに付け替えることでキングピン軸Kの配置変更に対応することができる。
【0050】
さらに、図12に示すように、ナックル12は、アタッチメント18のボールジョイント18bが取り付けられる取付部12aと、タイロッド19が連結される連結部12bと、ショックアブソーバ16が接合される接合部12cとを有する。ここで、本実施例ではナックル12として、取付部12aと接合部12cの位置が互いに異なるものを2種類用意する。すなわち、図12(A)に示すように、取付部12aの中心Obと接合部12cの中心Jとを結ぶ直線が相対的に前方に配置されるタイプと(適宜「配置1」ともいう)、図12(B)に示すように、取付部12aの中心Obと接合部12cの中心Jとを結ぶ直線が相対的に後方に配置されるタイプ(適宜「配置2」ともいう)が設けられる。
【0051】
このように構成することで、図12(A)のナックル12を用いれば、仮想回転軸lvの周りに時計回りに設定角度θset回転したキングピン軸Kに対して取付部12aおよび接合部12cの各中心を配置することができる。また、図12(B)のナックル12を用いれば、仮想回転軸lvの周りに反時計回りに設定角度θset回転したキングピン軸Kに対して取付部12aおよび接合部12cの各中心を配置することができる。
【0052】
図13は、実施例の作用効果を表す説明図である。上述のように、本実施例では、トップマウント22とストラットタワー23との配置構成、ロアアーム14におけるアタッチメント18の配置構成、およびナックル12における取付部12aと接合部12cの配置構成を2種類ずつ用意しておく。それにより、上述のように、キングピン軸Kの配置構成を左右非対称にすることができ、また右ハンドル車および左ハンドル車のいずれにも対応することが可能となる。
【0053】
例えば、右ハンドル車で重心位置が右側に偏る仕様である場合、上記各配置構成について、右輪WRについては配置2となり、左輪WLについては配置1(正確には配置1と左右対称となる配置)となる部品の組み合わせとすることで、キングピン軸Kの配置構成を左右非対称にすることができ、車両の制動偏向を抑制できるようになる。
【0054】
すなわち、図13に示すように、直進制動時に制動力F1が作用すると、車輪の接地面の中心Oと、キングピン軸Kと接地面とが交わる特定点Aとの車幅方向の距離(KOL,KOR)に応じて各車輪に転舵モーメントが作用する。しかし、その左輪WL側の距離KOLと右輪WR側の距離KORとで対称でないために、左右の車輪で発生したモーメントが相殺せず、タイロッド19が矢印のように移動して左右両輪が時計回りに回転する。
【0055】
それにより、各車輪にスリップ角が発生するため、図示のように右向きのコーナリングフォースが発生する。このコーナリングフォースによって車両の進路を右方向に向けようとする作用が発生する。つまり、重心Gの偏りによって発生する左向きの進路偏向が低減される作用が得られるようになる。すなわち、左輪WL側の距離KOLと右輪WR側の距離KORとが非対称であることに起因して発生する転舵モーメントと、コーナリングフォースにニューマチックトレールとキャスタートレールの和をかけて得られるハンドル復元モーメントが釣り合うようにスリップ角が発生する。ここで、「ニューマチックトレール」とは、接地中心から横力の着力点までの距離を意味し、「キャスタートレール」とは、キングピン軸Kと接地面との交点と、接地中心との車両前後方向の距離を意味する。このため、左輪WL側の距離KOLと右輪WR側の距離KORとの差分を適正化する、つまりキングピン軸Kを左右対称な設定基準状態から仮想回転軸の周りに回転させる設定角度θsetの大きさを適正化することで、発生コーナリングフォースを所望の値にすることができる。
【0056】
なお、左ハンドル車で重心位置が左側に偏る仕様である場合、上記各配置構成について、右輪WRについては配置1となり、左輪WLについては配置2(正確には配置2と左右対称となる配置)となる部品の組み合わせとすることで、キングピン軸Kの配置構成を左右非対称にすることができ、車両の制動偏向を抑制できるようになる。
【0057】
本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を実施例に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施例も本発明の範囲に含まれうる。
【0058】
上記実施例では、実施形態に係る車両用懸架装置をストラット式サスペンションとして具体化した例を示したが、例えばウィッシュボーン式サスペンションなどのようにキングピン軸を調整可能な他の形式のサスペンションとしてもよい。
【符号の説明】
【0059】
12 ナックル、 14 ロアアーム、 16 ショックアブソーバ、 18 アタッチメント、 22 トップマウント、 23 ストラットタワー、 F1 制動力、 F3 旋回荷重、 F4 駆動力、 F5 接地荷重、 T2 復元トルク、 l1 回転軸、 l2 投影線、 lb1 第1の基準線、 lb2 第2の基準線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非操舵状態において左右の車輪のキングピン軸を各車輪の接地面上に投影した場合にその左右のキングピン軸の投影が左右非対称となるよう設定することにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントが発生するように構成されていることを特徴とする車両用懸架装置。
【請求項2】
前記左右のキングピン軸は、左右対称となる設定基準状態から左右対称な位置にそれぞれ設定された左右の仮想回転中心の周りにそれぞれ同角度回転させるようにして設定されていることを特徴とする請求項1に記載の車両用懸架装置。
【請求項3】
前記仮想回転中心は、前記キングピン軸の前記設定基準状態において、前記車輪の接地面の中心から前記キングピン軸の投影におろした垂線と、前記キングピン軸の前記接地面との交点から車両前後方向に延びる直線と、前記車輪の回転軸を含む平面と前記キングピン軸との交点を前記接地面に投影した投影点から車幅方向に延びる直線と、の交点から鉛直方向に延びる仮想回転軸として設定されていることを特徴とする請求項2に記載の車両用懸架装置。
【請求項4】
前記車輪の接地面上にある第1特定点と前記車輪の回転軸を含む水平面上にある第2特定点とを結ぶ直線を前記接地面に投影した投影線に対して前記接地面の中心からおろした垂線と、前記第1特定点から車両前後方向に延ばした直線と、前記第2特定点を前記接地面上に投影した投影点から車幅方向に延ばした直線とが一つの交点で交わる関係にあり、その第1特定点と第2特定点とを通る直線を第1の基準線とし、
前記第1の基準線を前記交点を通って鉛直方向に延びる第1の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の一方に設定し、前記第1の基準線を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の基準線を、前記第1の仮想回転軸を前記車両中心線に対して左右対称に転置した第2の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の他方に設定したことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の車両用懸架装置。
【請求項5】
操舵に応じて左右の車輪を左右のキングピン軸の周りにそれぞれ回動させることにより各車輪を転舵させる車両において直進制動時の制動偏向を抑制する方法であって、
前記車輪の接地面上にある第1特定点と前記車輪の回転軸を含む水平面上にある第2特定点とを結ぶ直線を前記接地面に投影した投影線に対して前記接地面の中心からおろした垂線と、前記第1特定点から車両前後方向に延ばした直線と、前記第2特定点を前記接地面上に投影した投影点から車幅方向に延ばした直線とを一つの交点で交わる関係とし、その第1特定点と第2特定点とを通る直線を第1の基準線とし、
前記第1の基準線を前記交点を通って鉛直方向に延びる第1の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の一方に設定し、前記第1の基準線を車両中心線に対して左右対称に転置した第2の基準線を、前記第1の仮想回転軸を前記車両中心線に対して左右対称に転置した第2の仮想回転軸の周りに設定角度回転移動させたものを左右のキングピン軸の他方に設定することにより、車両の重心の車幅方向の偏りによって制動時に生じるヨーモーメントを打ち消す方向のヨーモーメントを発生させることを特徴とする車両の制動偏向抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−136143(P2012−136143A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−289574(P2010−289574)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】