説明

車輪用軸受装置

【課題】トルク上昇を抑制しつつ、密封装置のリップの摺接面への異物の接近を低減し、密封性を高めることができる車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】内軸3の軸方向の一端部に、径方向外向きに突出形成されて車輪を取り付けるための車輪取付フランジ部3cが形成され、外輪2の車輪取付フランジ部3c側の内周面端部に嵌合されて軸受内部空間を密封するシール部材7を備え、シール部材7は、フランジ側面3fの円周方向に摺接するリップ72cを有する車輪用軸受装置1において、シール部材7は、フランジ側面3fに対向する堰72gを有し、堰72gは、リップ72cより径方向の外方であって、外輪2の車輪取付フランジ部3c側の端面に密着して外輪2の外周面から外方に突出して形成され、堰72gは、フランジ側面3fに摺接する摺接部72hと、フランジ側面3fに摺接しない非摺接部72iと、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両に使用する車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両には、タイヤホイールやブレーキディスクを取り付けるための車輪用軸受装置が用いられている。この車輪用軸受装置は、車体側に固定された外輪と、この外輪と同心に配置され、車輪取付用のフランジを備えた内輪と、これら外輪と内輪との間に介装される転動体と、軸受内部空間を密封する密封装置とを備えている。
車輪用軸受装置は、雨水や融雪剤を含む泥水等(以下、総称して「異物」と記載する。)の影響を受けるような悪環境で使用されるので、密封装置は、密封性を高めるために、芯金が外輪に嵌合固定され、芯金に弾性体が加硫接着されて複数のリップが形成されて内輪に摺接している。
【0003】
近年、車両の燃費向上のニーズから車輪用軸受装置においても低トルク化の要求があり、上記リップは内輪に対して小さい接触圧力、所謂軽接触して摺動している。そして、軽接触して摺動する密封装置の密封性を高めるために、さらに、密封装置は、芯金が外輪のフランジ側端面から外輪の外周面から上方に突出する堰を形成し、異物がリップの摺接面へ接近するのを低減している。(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−49852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の車輪用軸受装置は、雨天走行後の停車時などに、フランジに付着していたり、霧状に滞留していたりする異物が、フランジを伝ってフランジと堰との間の隙間からリップの摺接面へ接近し、軸受内部へ浸入する場合がある。そこで、車輪用軸受装置は、トルク上昇を抑制しつつ、密封装置のリップの摺接面への異物の接近を低減し、密封性を高めることが課題となっていた。
【0006】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、トルク上昇を抑制しつつ、密封装置のリップの摺接面への異物の接近を低減し、密封性を高めることができる車輪用軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、請求項1に係る車輪用軸受装置の構成上の特徴は、車体側に非回転に取り付けられる外輪部材と、
前記外輪部材に転動体を介して軸心回りに回転可能に支持される内輪部材と、を備え、
前記内輪部材の軸方向の一端部に、径方向外向きに突出形成されて車輪を取り付けるためのフランジが形成され、
前記外輪部材の前記フランジ側の内周面端部に嵌合されて、前記外輪部材と前記内輪部材との間の軸受内部空間を密封するシール部材を備え、
前記シール部材は、前記フランジの側面の円周方向に摺接するリップを有する車輪用軸受装置において、
前記シール部材は、前記フランジの側面に対向する堰を有し、
前記堰は、前記リップより径方向の外方であって、前記外輪部材の前記フランジ側の端面に密着して前記外輪部材の外周面から外方に突出して形成され、
前記堰は、前記フランジの側面に摺接する摺接部と、前記フランジの側面に摺接しない非摺接部と、を備えることである。
【0008】
請求項1の車輪用軸受装置によれば、シール部材が、リップより径方向の外方であって、外輪部材のフランジ側の端面に密着して外輪部材の外周面から外方に突出して形成され、フランジの側面に対向してフランジの側面に摺接する摺接部を備える堰を有する構成により、リップの摺接面への異物の接近を低減し、密封性を高めることができる。さらに、堰が、フランジの側面に摺接しない非摺接部を備えるので、トルク上昇を抑制できる。
【0009】
請求項2に係る車輪用軸受装置の構成上の特徴は、前記非摺接部は、軸心より下方に形成されることである。
【0010】
請求項2の車輪用軸受装置によれば、非摺接部が軸心より下方に形成されるので、リップと堰との間に浸入した異物を外部へ排出でき、且つ、トルク上昇を抑制できる。また、摺接部が非摺接部とは反対の上方に形成されるので、フランジを伝ってくる異物の浸入を防止して、リップの摺接面への異物の接近を確実に低減できる。これらにより、密封装置の密封性をより高めることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、トルク上昇を抑制しつつ、密封装置のリップの摺接面への異物の接近を低減し、密封性を高めることができる車輪用軸受装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態である車輪用軸受装置の軸方向の断面図である。
【図2】(a)は図1のA部拡大図であり、(b)は図1のB部拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の転がり軸受を具体化した実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態である車輪用軸受装置1の軸方向の断面図である。図1を参照しつつ説明する。なお、以下の説明において、車両インナ側とは図1における左側を示し、車両アウタ側とは図1における右側を示すものとする。
【0014】
車輪用軸受装置1は、例えば前輪駆動車の前輪用(駆動軸用)のものであり、複列外向きのアンギュラ玉軸受構造とされている。具体的には、車輪用軸受装置1は、車体側のナックル20に固定される外輪2(外輪部材)と、この外輪2の中心軸線01と同軸に配置されて車軸側のタイヤホイール(図示省略)及びブレーキディスクロータ30に固定される内軸3(内輪部材)と、内軸3の車両インナ側端に一体形成された嵌め合い部3aの外周面に嵌着される内輪4(内輪部材)と、外輪2と内軸3及び内輪4との間にて周方向に配置される複列の玉5とを備えている。
【0015】
外輪2の内周面には、車両インナ側に配列された玉5用の軌道面2aと、車両アウタ側に配列された玉5用の軌道面2bとが形成されている。外輪2の外周面には、径方向に突出形成された車体取付フランジ部2cが形成されている。
【0016】
内軸3の外周面には、外輪2の軌道面2bに対向する軌道面3bが形成され、軌道面3bよりもさらに車両アウタ側には、径方向外向きに突出形成された車輪取付フランジ部3cが形成されている。
【0017】
内輪4は、嵌め合い部3aに外嵌圧入され、嵌め合い部3aと一体化されている。内輪4の外周面には、外輪2の軌道面2aに対向する軌道面4aが形成されている。
【0018】
外輪2と内軸3及び内輪4との間には、転動体としての玉5を配置するための軸受内部空間が形成されており、この軸受内部空間は、車両アウタ側にて弾性体からなる環状のシール部材7により、車両インナ側にて弾性体からなる環状のシール部材8により、外輪2と内軸3及び内輪4とのそれぞれの相対回転を許容した状態で密封されている。
【0019】
図2(a)は図1のA部拡大図であり、図2(b)は図1のB部拡大図である。
【0020】
シール部材7は、環状の芯金71と環状のシール72(シール部材)とからなる。
【0021】
芯金71は、金属板を屈曲してなり、円筒部71aと、この円筒部71aの端部から径方向内側に延在する円板部71bとからなる。円筒部71aは、その外周面が外輪2の軌道面側内周面の車輪取付フランジ部3c側の端部に圧入により内嵌されて固定されている。芯金71の材料としては、例えば、冷延鋼板のSPCCが用いられる。
【0022】
シール72は、ゴムなどからなる弾性体であって、嵌合部72aと基部72bとリップ部72c(リップ)と堰72gとからなり、芯金71に一体的に固着されている。嵌合部72aは、円筒部71aの車輪取付フランジ部3c側の端部に外輪2との間で所定の締め代を持って形成されて、円筒部71aとともに、外輪2の軌道面側内周面に圧入により内嵌されて固定されている。基部72bは、嵌合部72aから円板部71bに沿って内軸3の軌道面側外周に向けて延在している。リップ部72cは、基部72bから内軸3の軌道面側外周に向けて延在し、アキシャルリップ72d(リップ)及びラジアルリップ72e,72fを備える。
【0023】
アキシャルリップ72dは、基部72bから軸方向の車輪取付フランジ部3c側かつ径方向の外輪2側(径方向の外方側)に延在している。アキシャルリップ72bは、その先端が車輪取付フランジ部3cの車両インナ側側面のフランジ側面3fに全周にわたって摺接している。
【0024】
ラジアルリップ72eは、ラジアルリップ72fよりも軸方向の外方に位置している。ラジアルリップ72e,72fは、それぞれ基部72bから径方向の内方側に延在し、内軸3の軌道面側外周に全周にわたって摺接している。
【0025】
堰72gは、基部72bから外輪2の車輪取付フランジ部3c側の端面に密着して外輪2の外周面から径方向外方に突出して、アキシャルリップ72dより径方向外方であって、フランジ側面3fに全周にわたって対向して配置される。堰72gは、軸心01より下方であって、その先端がフランジ側面3fに摺接せずに平行して延在して、フランジ側面3fとの間にラビリンス隙間Sを形成する非摺接部72iと、非摺接部72iとは反対の上方であって、先端がフランジ側面3fに摺接する摺接部72hと、を備える。摺接部72hは、フランジ側面3fに対して小さい接触圧力、所謂軽接触して摺動している。
【0026】
車輪用軸受装置1は、雨天走行後の停車時などは遠心力による水切りが作用しないので、車輪取付フランジ部3cに付着していたり、霧状に滞留していたりする雨水や融雪剤を含む泥水等(以下、総称して「異物」と記載する。)が、フランジ側面3fを伝って軸受内部へ浸入しようとする。
【0027】
しかしながら、車輪用軸受装置1は、堰72gを備えることにより、軸受の上方側に設けられた摺接部72hが堰となり、アキシャルリップ72dの摺接面への異物の接近を防止する。また、非摺接部72iが軸受の下方側に設けられるので、アキシャルリップ72dと堰72gとの間に悪環境等が原因で異物が侵入したとしても、ラビリンス隙間Sから外部へ排出でき、さらに、ラビリンス隙間Sを形成するのでアキシャルリップ72dの摺接面への異物の接近を抑制し、且つ、トルク上昇を抑制できる。
【0028】
以上のように、本実施の形態に係る車輪用軸受装置1によれば、シール72の堰72gが、フランジ側面3fに対向して軸受の上方側にフランジ側面3fに摺接する摺接部72hを備えるので、アキシャルリップ72dの摺接面への異物の接近を大幅に低減し、シール部材7の密封性を高めることができる。さらに、堰72gは、軸受の下方側にフランジ側面3fに摺接しない非摺接部72iを備えるので、アキシャルリップ72dと堰72gとの間に浸入した異物をラビリンス隙間Sから外部へ排出して、シール部材7の密封性を高めることができ、且つ、トルク上昇を抑制できる。
【0029】
なお、上記実施形態では、補強部材の芯金71によりシール部材7の強度を上げて密封性を向上させる構成としたが、それに限るものではなく、例えば、シール部材の形状が小さく強度をあまり必要としない場合、芯金71を備えていない構成に適用してもよい。
【0030】
また、上記実施形態の車輪用軸受装置1では、堰72gは、軸心01より下方に非摺接部72iを備え、非摺接部72iとは反対の上方に摺接部72hを備えるとしたが、しかし、これに限らず、車両の構成から異物の浸入箇所が軸受の上方側の一部であって、トルクを低減したい場合には、例えば、堰72gの円周の1/3程度を摺接部72hとし、摺接部72hとは反対の下方側を非摺接部72iとする構成でも良く、車輪用軸受装置を適用する車両の構成や環境等により決定すればよい。
【符号の説明】
【0031】
1:車輪用軸受装置、 2:外輪(外輪部材)、 3:内軸(内輪部材)、 3c:車輪取付フランジ部(フランジ)、 3f:フランジ側面、 4:内輪(内輪部材)、 5:玉、 6:軸受内部空間、 7,8:シール部材、 71:芯金、 71a:円筒部、 71b:円板部、 72:シール(シール部材)、 72a:嵌合部、 72b:基部、 72c:リップ部、 72d:アキシャルリップ(リップ)、 72e,72f:ラジアルリップ、 72g:堰、 72h:摺接部、 72i:非摺接部、 S:ラビリンス隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体側に非回転に取り付けられる外輪部材と、
前記外輪部材に転動体を介して軸心回りに回転可能に支持される内輪部材と、を備え、
前記内輪部材の軸方向の一端部に、径方向外向きに突出形成されて車輪を取り付けるためのフランジが形成され、
前記外輪部材の前記フランジ側の内周面端部に嵌合されて、前記外輪部材と前記内輪部材との間の軸受内部空間を密封するシール部材を備え、
前記シール部材は、前記フランジの側面の円周方向に摺接するリップを有する車輪用軸受装置において、
前記シール部材は、前記フランジの側面に対向する堰を有し、
前記堰は、前記リップより径方向の外方であって、前記外輪部材の前記フランジ側の端面に密着して前記外輪部材の外周面から外方に突出して形成され、
前記堰は、前記フランジの側面に摺接する摺接部と、前記フランジの側面に摺接しない非摺接部と、を備えることを特徴とする車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記非摺接部は、軸心より下方に形成されることを特徴とする請求項1に記載の車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−64487(P2013−64487A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242027(P2011−242027)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】