説明

転がり軸受

【課題】 グリース溜りからの基油吐出の信頼性向上を図り、且つ吐出した潤滑油が軸受内部から流出することを防止し得る転がり軸受を提供する。
【解決手段】 この転がり軸受は、内輪1、外輪2、およびこれら内外輪1,2の軌道面1a,2a間に介在した複数の転動体3を有する。前記内輪1および外輪2のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜り4を設ける。このグリース溜り4は、グリースを溜める内部の空間11を複数の槽に分割したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械主軸等の支持に用いられ、グリース潤滑される転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械主軸軸受の潤滑方法として、メンテナンスフリーで使用可能なグリース潤滑、搬送エアに潤滑オイルを混合してオイルをノズルより軸受内に噴射するエアオイル潤滑、軸受内に潤滑油を直接に噴射するジェット潤滑等の方法がある。最近の工作機械は、加工能率を上げるために、ますます高速化の傾向にあり、主軸軸受の潤滑も比較的安価で簡単に高速化が可能なエアオイル潤滑が多く用いられている。しかし、このエアオイル潤滑法は、付帯設備としてエアオイル供給装置が必要であることと、多量のエアを必要とすることから、コスト、騒音、省エネ、省資源の観点から問題がある。また、オイルの飛散によって環境を悪化させる問題もある。これらの問題点を回避するため、最近ではグリース潤滑による高速化が注目され始め、要望も多くなってきている。
【0003】
グリース潤滑は、軸受組立時に封入されたグリースのみで潤滑するため、高速運転すると、軸受発熱によるグリースの劣化や、軌道面、特に内輪での油膜切れのため、早期に過度の昇温に至ってしまう場合がある。特にdn値が100万(軸受内径mm×回転数min−1)を超えるような高速回転領域では、正常運転を保証するのは困難である。
グリース寿命を延長させる手段として、固定側軌道輪に接するグリース溜りを設けて高速長寿命を狙った提案がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−103232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記提案の技術は、グリース封入時、グリースの充填が不十分でグリース溜り内部にすきまが生じた場合、グリースのうち増稠剤から分離した基油はその内部すきまの補充に使われ、外部に吐出され難くなる。
また、図13に示す横形スピンドルSU1では、軸受B1,B1内に供給された基油が下側の転走面に溜り、長時間潤滑に寄与し続ける。これに対し、図14に示す縦形スピンドルSU2では、吐出した潤滑油が重力によって下側に移動し、軸受B1外部に流出し易い。そのため、潤滑不良になる可能性がある。
【0006】
この発明の目的は、グリース溜りからの基油吐出の信頼性向上を図り、且つ吐出した潤滑油が軸受内部から流出することを防止し得る転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜りは、グリースを溜める内部の空間を複数の槽に分割したことを特徴とする。
【0008】
この構成によると、運転中の温度上昇により、各槽において基油が増稠剤から分離すると同時に、密閉されたグリース溜り内の各槽の内部圧力が上昇する。この内部圧力により、分離された基油が各槽に設けられた基油吐出口から固定側軌道輪の軌道面に向けて吐出される。温度が上昇して定常状態になると、内部圧力の上昇要因が消滅するので、基油の吐出と並行して内部圧力が徐々に減じ、単位時間当たりの基油吐出量も減少していく。
このとき、グリース溜り内部に、グリースの充填不良に起因するすきまがあると、基油がすきまの補充に使われ、基油が外部に吐出され難くなる。この発明では、特に、グリース溜りの内部の空間を複数の槽に分割し、各槽から並列して基油吐出を行ういわゆる並列系とした。このため、グリースの充填不良の影響を各槽に限定でき、グリース溜り全体として基油吐出の信頼性を向上できる。また、基油吐出口を従来の基油吐出口よりも小さくした場合、グリース溜り内の圧力を大きくでき、基油吐出をより確実にすることができる。
【0009】
前記グリース溜りは、前記基油吐出口と前記内部の空間とを連通する通油溝を有し、前記グリース溜りの各槽に、基油吐出口と通油溝とをそれぞれ設けたものであっても良い。この場合、運転中の温度上昇により、各槽において基油が増稠剤から分離すると同時に、各槽の内部圧力がそれぞれ上昇する。各槽において、分離された基油が通油溝を介して固定側軌道輪の軌道面に向けて吐出される。例えば、一部の槽においてグリースの充填不良に起因する基油の吐出不良があったとしても、他の槽において分離された基油が通油溝を介して固定側軌道輪の軌道面に向けて吐出される。このように基油吐出をより確実に行うことができる。
【0010】
前記グリース溜りを、樹脂材料またはマグネシウム合金により、射出成型または機械加工で形成しても良い。グリース溜りを樹脂材料またはマグネシウム合金を用いて射出成型する場合、機械加工したものに比べて製造費用を低減できる。
【0011】
前記グリース溜りの各槽に、グリースを封入するグリース封入孔と、空気抜き孔とをそれぞれ設けても良い。前記各槽にグリースを充填するとき、各槽における空気抜き孔から空気をスムースに抜くことができる。この場合、各槽にグリース封入孔のみを設ける場合と比べ、グリース充填不良の可能性を小さくできる。
【0012】
前記内輪を回転側軌道輪とし、内輪外径面に、軸受端面側から中心に近づく程大径となる斜面を設けても良い。この場合、内輪が回転すると、内輪外径面に付着した潤滑油は、遠心力と表面張力とによって、斜面に付着しつつ大径側に移動する(以下、これを「付着流れ」と称す)。これにより、潤滑油を有効利用することができる。
前記グリース溜りに、前記内輪外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けても良い。この場合、グリース溜りの斜面と内輪外径面の斜面とにより、シール効果を奏するうえ、外部に流出しようとする潤滑油を、内輪外径面に効果的に導き、付着流れによって軸受内部に戻される潤滑油量が増す。
【0013】
前記外輪に、前記内輪外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に近接し平行な斜面を設けても良い。この場合、シール効果を奏するうえ、外部に流出しようとする潤滑油を、内輪外径面に効果的に導き、付着流れによって軸受内部に戻される潤滑油量が増す。このように軸受内部からの潤滑油の流出防止を図ることができる。
【0014】
前記グリース溜りに、前記内輪外径面に設けた斜面に対向する斜面を有する非接触シールを設けても良い。
前記外輪に、前記内輪外径面に設けた斜面に対向する斜面を有する非接触シールを設けても良い。
これらの場合、非接触シールのシール効果により軸受外部への潤滑油の流出を軽減できる。また、非接触シールであるため、高速運転にも対応できる。
【0015】
前記内輪を回転側軌道輪とし、この内輪に隣接して配置される内輪間座を設け、この内輪間座の外周面に、軸受外部から内部への空気流を起こす螺旋溝を設けても良い。この場合、内輪および内輪間座が回転すると、内輪間座の外周面に設けた螺旋溝に沿って周辺の空気が粘性ポンプ作用によって移動する。運転中、この螺旋溝により軸受外部から内部に向かって空気流を起こし、軸受からの潤滑油流出を防ぐことができる。
【0016】
前記複数の転動体を保持する保持器を有し、この保持器は外輪内径面に案内されるものであり、この保持器の外径面の片側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面を設けても良い。この場合、保持器が回転すると、付着流れによって、前記斜面に付着した潤滑油を軸受内部に戻すことができる。よって、保持器の外径面に付着した潤滑油を有効利用することができる。
【0017】
前記複数の転動体を保持する保持器を有し、この保持器は内輪外径面または転動体に案内されるものであり、この保持器の外径面の両側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面をそれぞれ設けても良い。この場合、保持器が回転すると、付着流れによって、前記保持器の外径面に設けた斜面に付着した潤滑油を軸受内部に戻すことができる。よって、保持器の外径面に付着した潤滑油を有効利用することができる。
【0018】
前記グリース溜りに、保持器の外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けても良い。この場合、グリース溜りの斜面に付着した外部に流出しようとする潤滑油を、保持器の外径面に設けた斜面に効果的に導く。その後、付着流れによって、前記保持器の斜面に付着した潤滑油を軸受内部に戻すことができる。
【0019】
外輪内径面に、保持器の外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けても良い。この場合、外輪内径面の斜面に付着した外部に流出しようとする潤滑油を、保持器の外径面に設けた斜面に効果的に導く。その後、付着流れによって、前記保持器の斜面に付着した潤滑油を軸受内部に戻すことができる。
【0020】
前記内輪間座は、内輪の軸方向位置を位置決めするものであっても良い。
前記外輪を固定側軌道輪とし、前記グリース溜りは、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有するものであっても良い。この構成によると、外輪蓋間座およびグリース溜り形成部品のいずれか一方または両方を例えば射出成型により形成し得る。この場合において、外輪蓋間座またはグリース溜り形成部品のいずれか一方に、グリースを溜める内部の空間を複数の槽に分割する仕切り板等を一体に形成することができる。
【0021】
前記グリース溜り形成部品は、軸受内に向けて突出し外輪の軌道面近傍まで挿入される軸受内挿入部を有し、前記外輪蓋間座のうち軸受内に挿入される先端部の内周面と、前記軸受内挿入部のうち前記軌道面近傍の外周面との間に、前記基油吐出口を設けても良い。
【0022】
前記転がり軸受が工作機械主軸を支持するアンギュラ玉軸受であっても良い。
前記転がり軸受が工作機械主軸を支持する円筒ころ軸受であっても良い。
前記転がり軸受が工作機械主軸を支持する円すいころ軸受であっても良い。
【発明の効果】
【0023】
この発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜りは、グリースを溜める内部の空間を複数の槽に分割したため、グリース溜りからの基油吐出の信頼性が向上し、且つ軸受及びグリース溜りの形状を、付着流れにより潤滑油を軸受内部に戻す形状としたため、吐出した潤滑油が軸受内部から流出することを防止し得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の一実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図2】同転がり軸受の要部の拡大断面図である。
【図3】同転がり軸受のグリース溜りの断面図である。
【図4】同グリース溜りの平面図である。
【図5】この発明の他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図6】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図7】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図8】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図9】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図10】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の要部の断面図である。
【図11】この発明のいずれかの実施形態に係る転がり軸受を横形スピンドル装置に適用した断面図である。
【図12】この発明のいずれかの実施形態に係る転がり軸受を縦形スピンドル装置に適用した断面図である。
【図13】従来例の横形スピンドル装置の断面図である。
【図14】従来例の縦形スピンドル装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
この発明の一実施形態を図1ないし図4と共に説明する。
先ず、転がり軸受の概略構成について説明し、順次、グリース溜りからの基油吐出の信頼性向上を図る構造、軸受内部からの潤滑油の流出防止を図る構造について説明する。
この実施形態に係る転がり軸受は、内輪1、外輪2、およびこれら内外輪1,2の軌道面1a,2a間に介在した複数の転動体3を有する。固定側軌道輪となる外輪2に隣接して環状のグリース溜り4を設けている。複数の転動体3は保持器5に保持される。この保持器5は外輪内径面2bに案内されるものであり、この保持器5の外径面の片側つまり図2左側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面5aを設けている。
【0026】
内外輪1,2間の軸受空間の一端は、非接触シール6によって密封されている。この転がり軸受はアンギュラ玉軸受であり、非接触シール6は軸受背面側の端部に設けられ、グリース溜り4は軸受正面側に設けられる。転がり軸受の内輪1は、例えば、図示外の工作機械主軸に嵌合して回転可能とされ、外輪2はスピンドルユニットにおける図示外のハウジングの内周に嵌合状態で固定支持される。外輪2には、この軌道面2aから外径側に延びて外輪正面側に対面する段差面2cが設けられる。この段差面2cは、転動体3から離れる外輪正面側、つまり前記軌道面2aにおける接触角が生じる方向と反対側の縁部に続くように設けられる。
【0027】
(1)グリース溜りからの基油吐出の信頼性向上を図る構造について説明する。
図2、図3に示すように、グリース溜り4は、転がり軸受とは別体の部品として構成され、外輪2の内周面2dに一部が嵌合して内部にグリースGrを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口7を有する。このグリース溜り4は、外輪蓋間座8と、グリース溜り形成部品9と、仕切り板10とを有する。外輪蓋間座8とグリース溜り形成部品9とで協働してグリースGrを溜める内部の空間11を形成する。このグリースGrを溜める内部の空間11は、前記仕切り板10により図4(図3のAOB断面)に示すように複数の槽11a〜11d(この例では4つの槽)に分割される。
【0028】
図1に示すように、仕切り板10は、矩形板状に形成され、矩形板の一辺が外輪蓋間座8における基端側の内壁面8aに固定され、且つ、同矩形板の他の一片が、外輪蓋間座8における前記内壁面8aに続く内周面8bに固定される。さらに矩形板の他の一辺が、グリース溜り形成部品9の底面9aに固定され、且つ、同矩形板の残余の一辺が、グリース溜り形成部品9の先端側の内壁面9bに固定される。
図4に示すように、内部の空間11は、4つの槽11a〜11dに円周方向に等しく分割される。グリース溜り4は、基油吐出口7と前記内部の空間11とを連通する通油溝12を有し、前記各槽11a〜11dに、基油吐出口7と通油溝12とをそれぞれ設けている。また各槽11a〜11dに、グリースを封入するグリース封入孔13と、空気抜き孔14とをそれぞれ設けている。この例では、各槽11a〜11dにおいて、グリース封入孔13、空気抜き孔14は、外輪蓋間座8の壁面を軸方向に貫通するように形成される。また、グリース封入孔13が各槽11a〜11dにおける円弧の一端側に配設され、空気抜き孔14が各槽11a〜11dにおける円弧の他端側に配設される。グリース溜り4の各槽11a〜11dにグリース封入孔13からグリースを封入後、グリース封入孔13、空気抜き孔14をそれぞれ図示外の埋め栓で埋める。
【0029】
図2に示すように、外輪蓋間座8、グリース溜り形成部品9、および仕切り板10は、例えば、樹脂材料またはマグネシウム合金により射出成型で形成される。前記樹脂材料としては、例えば、ポリフェニレンサルファイド樹脂(略称PPS)等種々の樹脂材料を適用し得る。この場合において、仕切り板10は、外輪蓋間座8またはグリース溜り形成部品9のいずれか一方と一体に形成される。射出成型後、外輪蓋間座8、グリース溜り形成部品9、および仕切り板10は組立てられる。グリース溜り形成部品9の基端部と、外輪蓋間座8の基端部との合わせ面には、密封材15を介在させている。この密封材15は、例えばOリングからなり、グリース溜り形成部品9の基端部における外周面に形成された円周溝9cに嵌め込んでいる。グリース溜り形成部品9に円周溝9cを設けず、接着剤を用いて外輪蓋間座8と接合しても良い。
グリース溜り4のうち外輪蓋間座8の先端部の外周面は、外輪2の内周面2dに嵌合する。これらの嵌合面には、例えばOリングからなる密封材16を介在させている。この密封材16は、外輪蓋間座8の先端部の外周面に形成された円周溝内に嵌め込んでいる。これら密封材15,16により、グリース溜り4からのグリース漏れ防止が図られている。
【0030】
図1、図2に示すように、グリース溜り形成部品9は、軸受内に向けて突出し外輪2の軌道面2a近傍まで挿入される軸受内挿入部17を有する。前記外輪蓋間座8のうち軸受内に挿入される先端部の内周面と、軸受内挿入部17のうち前記軌道面2a近傍の外周面との間に、基油吐出口7を設けている。
軸受内挿入部17の先端面は、外輪2の段差面2cとの間に、グリース基油の滲み出し用の軸方向隙間いわゆる段差面隙間δ1を形成する。また、前記基油吐出口7とグリース溜り内部の空間11とは、通油溝12により連通されるため、グリース溜り内部の空間11は、通油溝12、および基油吐出口7を介して段差面隙間δ1に連通する。
【0031】
(2)軸受内部からの潤滑油の流出防止を図る構造について説明する。
図2に示すように、内輪外径面には、軸受端面側から中心に近づく程大径となる斜面1b,1bを設けている。この場合、内輪1が回転すると、内輪外径面に付着した潤滑油は、遠心力と表面張力とによって、斜面1bに付着しつつ大径側に移動する付着流れを起こす。これにより、潤滑油を有効利用し得る。また、外輪2に嵌合固定した非接触シール6の内径側の先端面6aを、内輪外径面に設けた図2右側の斜面1bに対向しかつ同斜面1bに平行な斜面としている。この非接触シール6の先端面6aと、内輪外径面の斜面1bとの間に所定の径方向隙間δ2が形成される。
【0032】
グリース溜り形成部品9は、内輪外径面の左側の斜面1bに対向しかつ同斜面1bに平行な斜面18aを含むグリース溜り斜面形成部品18を有する。このグリース溜り斜面形成部品18は、非接触シールからなり断面略L字形状に形成される。グリース溜り斜面形成部品18の内径側の先端面が前記左側の斜面1bに対向しかつ平行に設けられる。このグリース溜り斜面形成部品18の斜面18aと、内輪外径面の左側の斜面1bとの間に所定の径方向隙間δ3が形成される。
グリース溜り斜面形成部品18は、グリース溜り形成部品9と一体構造とし、例えば射出成型等により形成し得る。但し、射出成型に限定されるものではない。グリース溜り斜面形成部品18をグリース溜り形成部品9とは別体構造とし、両者をボルトや接着剤等の固定手段により固定させても良い。
【0033】
外輪案内の保持器5のうちこの外径面の片側、図2の例では左側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面5aを設けている。さらに、グリース溜り形成部品9のうち、前記保持器5の斜面5aに対向する内径面9dが、この保持器5の斜面5aに所定の径方向隙間δ4を隔てて平行に形成される。
【0034】
図1、図2に示すように、内輪1に隣接して配置されこの内輪1の軸方向位置を位置決めする内輪間座19を設け、この内輪間座19の外周面に、軸受外部から内部への空気流を起こす螺旋溝19aを設けている。この螺旋溝19aは、主軸の回転方向を考慮して運転中軸受外部から内部に向かって空気流を起こすように形成される。
この場合、内輪1および内輪間座19が回転すると、内輪間座19の外周面に設けた螺旋溝19aに沿って周辺の空気が粘性ポンプ作用によって移動する。運転中、この螺旋溝19aにより軸受外部から内部に向かって空気流を起こし、軸受からの潤滑油流出を防ぐ。
【0035】
前記グリース溜り4を図1、図2のように組み付けた転がり軸受の作用、効果は以下の通りである。図示外の主軸等へ軸受を組み込んだとき、グリース溜り4の各槽11a〜11d、通油溝12、基油吐出口7、および段差面隙間δ1には、各槽11a〜11dのグリース封入孔13からグリースGrが充填されている。また、軸受内には、初期潤滑用としてグリースが封入されている。
外輪蓋間座8の先端部の外周面が、外輪2の段差面2cに続く内周面2dに嵌合して軸受内に挿入されているため、グリース溜り4にグリース封入孔13からグリースGrを封入するとき、外輪蓋間座8によって、外輪2の端面と図示外の外輪固定間座の端面との合わせ面からのグリースの漏れを防止することができる。これと共に、外輪蓋間座8により、軸受外部からごみや異物等の侵入を防止することが可能となる。
【0036】
運転中の温度上昇により、各槽11a〜11dにおいて基油が増稠剤から分離すると同時に、密閉されたグリース溜り4内の各槽11a〜11dの内部圧力が上昇する。この内部圧力により、分離された基油が各槽11a〜11dに設けられた基油吐出口7から外輪2の軌道面2aに向けて吐出される。温度が上昇して定常状態になると、内部圧力の上昇要因が消滅するので、基油の吐出と並行して内部圧力が徐々に減じ、単位時間当たりの基油吐出量も減少していく。
このとき、グリース溜り4内部に、グリースの充填不良に起因するすきまがあると、基油がすきまの補充に使われ、基油が外部に吐出され難くなる。この発明の実施形態では、特に、グリース溜り4の内部の空間11を複数の槽11a〜11dに分割し、各槽11a〜11dから並列して基油吐出を行うようにした。このため、グリースの充填不良の影響を各槽に限定でき、グリース溜り4全体として基油吐出の信頼性を向上できる。例えば、一部の槽においてグリースの充填不良に起因する基油の吐出不良があったとしても、他の槽において分離された基油が通油溝12、基油吐出口7を介して外輪2の軌道面2aに向けて吐出される。この構成において、基油吐出口7を従来の基油吐出口よりも小さくした場合、グリース溜り4内の圧力を大きくでき、基油吐出をより確実にすることができる。
【0037】
グリース溜り4を、樹脂材料またはマグネシウム合金により、射出成型で形成したため、機械加工したものに比べて製造費用を低減できる。グリース溜り4の各槽11a〜11dに、グリースを封入するグリース封入孔13と、空気抜き孔14とをそれぞれ設けたため、各槽11a〜11dにグリースを充填するとき、各槽11a〜11dにおける空気抜き孔14から空気をスムースに抜くことができる。この場合、各槽11a〜11dにグリース封入孔13のみを設ける場合と比べて、グリース充填不良の可能性を小さくできる。
【0038】
グリース溜り4に、内輪外径面に設けた斜面1bに対向しかつ同斜面1bに平行な斜面18aを含むグリース溜り斜面形成部品18を設けたため、前記斜面18aと内輪外径面の斜面1bとにより、シール効果を奏するうえ、外部に流出しようとする潤滑油を、内輪外径面に効果的に導き、付着流れによって軸受内部に戻される潤滑油量が増す。これにより高速運転と長寿命化を達成できる。
外輪2に、内輪外径面に設けた斜面1bに対向する斜面を有する非接触シール6を設けたため、この非接触シール6のシール効果により軸受外部への潤滑油の流出を軽減できる。また、内輪外径面に接触しない非接触シール6であるため、高速運転にも対応できる。
外輪案内の保持器5のうちこの外径面の左側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面5aを設け、グリース溜り形成部品9のうち保持器5の前記斜面5aに対向する内径面9dが、この保持器5の斜面5aに所定の径方向隙間δ4を隔てて平行に形成される。これにより、内径面9dに付着した潤滑油を保持器外径面に効果的に導き、保持器5が回転すると、付着流れによって、斜面5aに付着した潤滑油を軸受内部に戻すことができる。よって、保持器5の外径面に付着した潤滑油を有効利用することができる。
【0039】
次に、この発明の他の実施形態を説明する。
以下の説明においては、各形態で先行する形態で説明している事項に対応している部分には同一の参照符を付し、重複する説明を略する場合がある。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、先行して説明している形態と同様とする。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0040】
図5に示す転がり軸受は、保持器5Aを内輪案内または転動体案内とし、保持器5Aの外径面の両側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面5Aa,5Aaを設けている。外輪内径面には、保持器5Aの右側の斜面5Aaに対向し、かつ同斜面5Aaに所定の径方向隙間δ5を隔てて平行に形成される斜面2eが形成される。この構成によると、外輪内径面2eに付着した潤滑油を効果的に保持器外径面に導く。保持器5Aが回転すると、付着流れによって、この保持器5Aの右側の斜面5Aaに付着した潤滑油をも軸受内部に戻すことができる。
【0041】
図2の構成において、保持器5の外径面に斜面が形成されていない一般的な外輪案内型の保持器を適用しても良い。この場合、グリース溜り形成部品9の先端部の内周面を斜面にする必要はない。図2、図5の構成において、非接触シールからなるグリース溜り斜面形成部品18を省略することも可能である。この場合において、内輪外径面の左側の斜面1bを平坦にしても良い。外輪2に嵌合固定した非接触シール6について、内径側の先端面6aに斜面が形成されていないものを適用することも可能である。
図5の構成において、保持器の外径面に斜面が形成されていない一般的な内輪案内または転動体案内の保持器を適用しても良い。前記内輪間座の外周面に、螺旋溝に代えて複数の溝を形成しても良い。
【0042】
図6に示すように外輪2に段差面を設けず、テーパ面とした外輪2の正面側の内周面2dに沿って外輪蓋間座8を嵌合させ、軸受内挿入部17における先端のテーパ状外周面と、外輪2の正面側の内周面2dとの間に、グリース溜り4の各槽11a〜11d(図4)に連通する傾斜隙間δ6を形成しても良い。この構成においても、グリース溜り4の内部を複数の槽に分割することで、グリース溜り4全体として基油吐出の信頼性を向上できる。
【0043】
図7に示すように、グリース溜り4に外輪蓋間座を設けない構成にしても良い。この構成では、外輪固定間座20および外輪内周面2dと、グリース溜り形成部品9とで挟まれる内部空間11にグリースが溜められる。この構成においても、グリース溜り4の内部を複数の槽11a〜11d(図4)に分割することで、グリース溜り4全体として基油吐出の信頼性を向上できる。
【0044】
図8に示すように、前記外輪固定間座を設ける代わりに、外輪2にグリース溜まり4の形成用の幅方向に延びる軌道輪延長部2fを設けても良い。グリース溜まり4は、外輪2の前記軌道輪延長部2fとこの軌道輪延長部2fの軸受空間側に設けた一体のグリース溜まり形成部品9とで形成される。グリース溜まり形成部品9は、その軸受内と反対側の側壁部9eが、軌道輪延長部2fの内径面に設けられた位置決め用段差面2gに当接し、かつ位置決め用段差面2gの近傍に設けられた止め環溝に嵌合する止め環21により、外輪2に対して正規の軸方向位置に位置決め状態に固定される。グリース溜まり形成部品9の側壁部9eの軸受外向き面における外径縁には、テーパ状の切欠部22が設けられ、この切欠部22と止め環21との間に、密封材23が介在させてある。密封材23はOリングからなる。
内輪1の幅は、図示のように、外輪2の軌道輪延長部2fを含む幅と同じ幅としても良く、また軌道輪延長部を有しない幅としても良い。
前記各実施形態において、グリース溜り4を、機械加工により形成しても良い。
【0045】
前記各実施形態において、図9に示すように、転がり軸受として円筒ころ軸受を採用することも可能であり、図10に示すように、転がり軸受として円すいころ軸受を採用することも可能である。これら軸受の軸方向両側にグリース溜り4を設けることも可能である。
【0046】
図11、図12は前記各実施形態のいずれかの転がり軸受を用いた工作機械用スピンドル装置の例を示す。図11の横形スピンドル装置、図12の縦形スピンドル装置において、前記転がり軸受の2個を、背面組み合せとして用いている。2個の転がり軸受BR1,BR1は、ハウジング24内で主軸25の両端を回転自在に支持する。
図12の縦形スピンドル装置では、吐出した潤滑油が重力によって下側に移動し、軸受外部に流出し易く、そのため、潤滑不良になる可能性があるが、前記(2)の構造を用いることで、軸受外部への潤滑油の流出を軽減できる。また、グリース溜り4の内部を複数の槽に分割することで、グリース溜り4全体として基油吐出の信頼性を向上できる。したがって、縦形スピンドル装置においても、安定した高速運転と長寿命化が達成できる。横形スピンドル装置についても、前記(2)の軸受内部からの潤滑油の流出防止を図る構造と、グリース溜り4の内部を複数の槽に分割する構造とを採用することで同様の効果を奏する。
前記各実施形態にかかる転がり軸受が工作機械主軸を支持する円筒ころ軸受であっても良い。前記転がり軸受が工作機械主軸を支持する円すいころ軸受であっても良い。
【符号の説明】
【0047】
1…内輪
1a…軌道面
2…外輪
2a…軌道面
3…転動体
4…グリース溜り
5…保持器
6…非接触シール
7…基油吐出口
8…外輪蓋間座
9…グリース溜り形成部品
10…仕切り板
11…空間
11a〜11d…槽
12…通油溝
13…グリース封入孔
14…空気抜き孔
17…軸受内挿入部
19…内輪間座
19a…螺旋溝
25…主軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、
前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜りは、グリースを溜める内部の空間を複数の槽に分割したことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
請求項1において、前記グリース溜りは、前記基油吐出口と前記内部の空間とを連通する通油溝を有し、前記グリース溜りの各槽に、基油吐出口と通油溝とをそれぞれ設けた転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記グリース溜りを、樹脂材料またはマグネシウム合金により、射出成型または機械加工で形成した転がり軸受。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記グリース溜りの各槽に、グリースを封入するグリース封入孔と、空気抜き孔とをそれぞれ設けた転がり軸受。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、前記内輪を回転側軌道輪とし、内輪外径面に、軸受端面側から中心に近づく程大径となる斜面を設けた転がり軸受。
【請求項6】
請求項5において、前記グリース溜りに、前記内輪外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けた転がり軸受。
【請求項7】
請求項5または請求項6において、前記外輪に、前記内輪外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な近接した斜面を設けた転がり軸受。
【請求項8】
請求項5において、前記グリース溜りに、前記内輪外径面に設けた斜面に対向する斜面を有する非接触シールを設けた転がり軸受。
【請求項9】
請求項5または請求項8において、前記外輪に、前記内輪外径面に設けた斜面に対向する斜面を有する非接触シールを設けた転がり軸受。
【請求項10】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、前記内輪を回転側軌道輪とし、この内輪に隣接して配置される内輪間座を設け、この内輪間座の外周面に、軸受外部から内部への空気流を起こす螺旋溝を設けた転がり軸受。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項において、前記複数の転動体を保持する保持器を有し、この保持器は外輪内径面に案内されるものであり、この保持器の外径面の片側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面を設けた転がり軸受。
【請求項12】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項において、前記複数の転動体を保持する保持器を有し、この保持器は内輪外径面または転動体に案内されるものであり、この保持器の外径面の両側に、保持器端面側から中心に近づく程大径となる斜面をそれぞれ設けた転がり軸受。
【請求項13】
請求項11または請求項12において、前記グリース溜りに、保持器の外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けた転がり軸受。
【請求項14】
請求項12において、外輪内径面に、保持器の外径面に設けた斜面に対向し且つ同斜面に平行な斜面を設けた転がり軸受。
【請求項15】
請求項10において、前記内輪間座は、内輪の軸方向位置を位置決めする転がり軸受。
【請求項16】
請求項1ないし請求項15のいずれか1項において、前記外輪を固定側軌道輪とし、前記グリース溜りは、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有する転がり軸受。
【請求項17】
請求項16において、前記グリース溜り形成部品は、軸受内に向けて突出し外輪の軌道面近傍まで挿入される軸受内挿入部を有し、前記外輪蓋間座のうち軸受内に挿入される先端部の内周面と、前記軸受内挿入部のうち前記軌道面近傍の外周面との間に、前記基油吐出口を設けた転がり軸受。
【請求項18】
請求項1ないし請求項17のいずれか1項において、前記転がり軸受が工作機械主軸を支持するアンギュラ玉軸受である転がり軸受。
【請求項19】
請求項1ないし請求項17のいずれか1項において、前記転がり軸受が工作機械主軸を支持する円筒ころ軸受である転がり軸受。
【請求項20】
請求項1ないし請求項10、請求項15ないし請求項17のいずれか1項において、前記転がり軸受が工作機械主軸を支持する円すいころ軸受である転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−69456(P2011−69456A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−222413(P2009−222413)
【出願日】平成21年9月28日(2009.9.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】