説明

軸索再生促進剤

コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤を有効成分として含有する軸索再生促進剤が開示される。本発明の軸索再生促進剤は,中枢神経の軸索の再生に有効であり,交通事故や脳血管障害等により脊髄等の中枢神経系に損傷を受けた患者の治療等に寄与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,神経細胞,特に,中枢神経系の神経細胞の軸索の再生を促進することができる軸索再生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄等の中枢神経が交通事故等に起因する傷害あるいは脳血管障害等で損傷を受けると,神経機能は失われたまま再生することはできない。末梢神経が再生するのとは対照的である。中枢神経は,損傷すると再生できないので,中枢神経を損傷するとしばしば部分的または完全な麻痺が起きる。したがって,損傷した中枢神経を再生させることは医療分野における重要な課題である。
【0003】
もっとも,成人の中枢神経の軸索が,末梢神経のグラフトを介して再生し得る(非特許文献1)ことから,成人の中枢神経が再生しない主な原因は,神経細胞を取り巻く局所的な環境にあることが示唆される。これまでに,中枢神経の再生を阻害する3つの主な阻害物質として,Nogo,ミエリン結合糖タンパク質(MAG)および乏突起神経膠細胞−ミエリン糖タンパク質(OMgp)が同定されている。Nogoは,モノクローナル抗体IN-1の対応抗原として同定された(非特許文献2〜4)。ミエリン鞘の形成および維持に重要な役割を果たすことが知られているMAG(非特許文献5〜8)は,ある種のニューロンからの軸索の成長を阻害することが見出された(非特許文献9,10)。成人中枢神経の白質中の主たるピーナツアグルチニン−結合ポリペプチドであるOMgp(非特許文献11)は,軸索成長の第3の阻害物質として同定された(非特許文献12,13)。Nogo,MAGおよびOMgpは,p75をコレセプターとしてNgRに結合することが知られており,このことは,これらが共通の信号伝達経路を共有していることを示唆している(非特許文献14〜17)。
【0004】
これらの阻害物質を排除ないし阻害することにより,軸索を再生することが研究された。しかしながら,これらの阻害物質のそれぞれをノックアウトしたマウスを用いた研究により,これらの阻害物質を排除しただけでは中枢神経の軸索が再生されないことがわかった(非特許文献18〜22)。さらに,機能的なp75NTRを枯渇させたり,可溶性p75N-Fcを投与しても,損傷した脊髄の再生が促進されなかったことが報告されている(非特許文献23)。
【0005】
[非特許文献1] S. David, A. J. Aguayo, Science 214, 931-3 (Nov 20, 1981).
[非特許文献2] M. S. Chen et al., Nature 403, 434-9 (Jan 27, 2000).
[非特許文献3] T. GrandPre, F. Nakamura, T. Vartanian, S. M. Strittmatter, Nature 403, 439-44 (Jan 27, 2000).
[非特許文献4] P. Caroni, M. E. Schwab, Neuron 1, 85-96 (Mar, 1988).
[非特許文献5] S. Carenini, D. Montag, H. Cremer, M. Schachner, R. Martini, Cell Tissue Res 287, 3-9 (Jan, 1997).
[非特許文献6] M. Fruttiger, D. Montag, M. Schachner, R. Martini, Eur J Neurosci 7, 511-5 (Mar 1, 1995).
[非特許文献7] N. Fujita et al., J Neurosci 18, 1970-8 (Mar 15, 1998).
[非特許文献8] J. Marcus, J. L. Dupree, B. Popko, J Cell Biol 156, 567-77
(Feb 4, 2002).
[非特許文献9] G. Mukhopadhyay, P. Doherty, F. S. Walsh, P. R. Crocker, M. T. Filbin, Neuron 13, 757-67 (Sep, 1994).
[非特許文献10] L. McKerracher et al., Neuron 13, 805-11 (Oct, 1994).
[非特許文献11] D. D. Mikol, K. Stefansson, J Cell Biol 106, 1273-9 (Apr, 1988).
[非特許文献12] V. Kottis et al., J Neurochem 82, 1566-9 (Sep, 2002).
[非特許文献13] K. C. Wang et al., Nature 417, 941-4 (Jun 27, 2002).
[非特許文献14] K. C. Wang, J. A. Kim, R. Sivasankaran, R. Segal, Z. He,
Nature 420, 74-8 (Nov 7, 2002).
[非特許文献15] M. Domeniconi et al., Neuron 35, 283-90 (Jul 18, 2002).
[非特許文献16] A. E. Fournier, T. GrandPre, S. M. Strittmatter, Nature 409, 341-6 (Jan 18, 2001).
[非特許文献17] T. Yamashita, H. Higuchi, M. Tohyama, J Cell Biol 157, 565-70 (May 13, 2002).
[非特許文献18] U. Bartsch et al., Neuron 15, 1375-81 (Dec, 1995).
[非特許文献19] C. J. Woolf, Neuron 38, 153-6 (Apr 24, 2003).
[非特許文献20] J. E. Kim, S. Li, T. GrandPre, D. Qiu, S. M. Strittmatter, Neuron 38, 187-99 (Apr 24, 2003).
[非特許文献21] B. Zheng et al., Neuron 38, 213-24 (Apr 24, 2003).
[非特許文献22] M. Simonen et al., Neuron 38, 201-11 (Apr 24, 2003).
[非特許文献23] X. Song et al., J Neurosci 24, 542-6 (Jan 14, 2004).
[非特許文献24] Lin, W.W., Wang, C.W. & Chuang, D.M. J. Neurochem. 68, 2577-2586 (1997).
[非特許文献25] Eichholtz, T., et al. 1993. J. Biol. Chem. 28, 1982; Ward, N.E., and OAfBrian, C.A. 1993. Biochemistry 32, 11903
[非特許文献26] Martiny-Baron, G., et al. (1993) J. Biol. Chem. 268:9194-9197
[非特許文献27] Seewald, S. et al. (1999) Am. J. Hypertens. 12:532-537
[非特許文献28] Sveltov, S., and Nigami, S. 1993. Biochim. Biophys. Acta
1177, 75
[非特許文献29] Ku, W.-C., et al. 1997. Biochem. Biophys. Res. Commun. 241, 730
[非特許文献30] Doherty, P. et al., 1990. Nature 343: 464-466
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は,中枢神経の軸索の再生を促進することができる,新規な軸索再生促進剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは,鋭意研究の結果,これまで軸索の再生を阻害する物質であると考えられていたMAGやNogoが,コンベンショナルプロテインキナーゼCの機能が阻害された状態では逆に軸索の再生を促進する機能を有することを見出し,コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤が軸索の再生促進に有効であることを見出し,本発明を完成した。
【0008】
すなわち,本発明は,コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤を有効成分として含有する軸索再生促進剤を提供する。好ましくは,前記軸索は,中枢神経系の軸索である。好ましくは,前記コンベンショナルプロテインキナーゼCは,プロテインキナーゼC−α,β1,β2,γまたはυである。特に好ましくは,前記コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤は,細胞透過性PKC阻害剤20-28またはGo6976である。
【0009】
また好ましくは,本発明の軸索再生促進剤は,ミエリン結合糖タンパク質,Nogoペプチド若しくはミエリン,またはこれらの変異体であって,コンベンショナルプロテインキナーゼCが上記阻害剤により阻害された状態において,軸索再生促進効果を発揮するもの,またはこれら若しくはこれらの上記変異体を含む融合タンパク質であって軸索再生促進効果を発揮するものをさらに含む。より好ましくは,本発明の軸索再生促進剤は,ミエリン結合糖タンパク質,Nogoペプチド若しくはミエリンまたはこれらを含む融合タンパク質を含む。
【0010】
別の観点においては,本発明は,軸索再生促進剤の候補物質を同定する方法であって,試験物質をコンベンショナルPKCと接触させ,前記試験物質がコンベンショナルPKCの機能を阻害するか否かを判定することを含む方法を提供する。
【0011】
本発明によれば,中枢神経の軸索の再生を促進することができる,新規な軸索再生促進剤が提供された。本発明の軸索再生促進剤は,中枢神経の軸索の再生に有効であり,脊髄等の中枢神経系に損傷を受けた患者の治療等に大いに寄与すると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は,培養小脳顆粒ニューロンをMAGで10分間,30分間または1時間処理した場合のPKCの相対活性を示す。PKC活性は,PKC-αの量に対するリン酸化PKC-αの量で示す。相対値は,時間0におけるPKC活性に対する比で示す。結果は,3回の実験における平均±標準偏差を示す。米印は統計学的に有意(Studentのt検定におけるp<0.01)であることを示す。
【図2】図2は,図示の成分の存在下における,小脳顆粒ニューロンの軸索の長さを示す。PKCIの存在下において,MAG-FcおよびNogoペプチドは,それぞれ軸索の成長を刺激した。データは,平均±標準偏差を示す。米印は統計学的に有意(Studentのt検定におけるp<0.01)であることを示す。
【図3】図3は,成長円錐虚脱アッセイの結果を示す。データは,平均±標準偏差を示す。米印は統計学的に有意(Studentのt検定におけるp<0.01)であることを示す。
【図4】図4は,小脳顆粒ニューロン中の,RhoAの親和性沈殿の結果を示す。MAG-FcおよびNogoペプチドは,PKCIの存在下または非存在下においてRhoAを活性化した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の軸索再生促進剤は,コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤を有効成分として含有するものである(以下,「プロテインキナーゼC」を「PKC」と略記することがある)。コンベンショナルPKCとしては,PKC-α,PKC-β1,PKC-β2,PKC-γ(いずれも,非特許文献24)が知られている。コンベンショナルPKC以外の非典型PKCであるPKC-ζおよびPKC-λの阻害剤には軸索再生促進効果はない。
【0014】
コンベンショナルPKCの阻害剤(以下,「PKCI」と略記することがある)は,種々のものが公知であり,それらのいずれをも用いることができるが,細胞膜透過性の高いものが好ましい。本発明に用いることができる公知のPKCIとしては,細胞透過性PKC阻害剤20-28(the cell permeable PKC inhibitor 20-28,非特許文献25),Go 6976(非特許文献26),細胞透過性PKC阻害剤19-27(the cell permeable PKC inhibitor 19-27,非特許文献27),カルホスチンC(Calphostin C,非特許文献28),GF 109203X(非特許文献29)を挙げることができる。これらのうち,the cell permeable PKC inhibitor 20-28,Go 6976およびthe cell permeable PKC inhibitor 19-27が好ましく,特にthe cell permeable PKC inhibitor 20-28およびGo 6976が好ましい。これらのPKCIは,単独でも用いることができるし,2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0015】
なお,the cell permeable PKC inhibitor 20-28,Go 6976およびthe cell permeable PKC inhibitor 19-27の構造は次の通りである。
the cell permeable PKC inhibitor 20-28
N-Myr-Phe-Ala-Arg-Arg-Lys-Gly-Ala-Leu-Arg-Gln-NH2 (配列番号5)
(ただし,Myrは,アミノ末端のミリストイル化(myristoylation))
Go 6976 C24H18N4O
12-(2-シアノエチル)-6,7,12,13-テトラヒドロ-13-メチル-5-oxo-5H-インドロ[2,3-a]ピローロ[3,4-c]カルバゾール
the cell permeable PKC inhibitor 19-27
Myr-Phe-Ala-Arg-Lys-Gly-Ala-Leu-Arg-Gln-OH (配列番号6)
(ただし,Myrは,アミノ末端のミリストイル化(myristoylation))
【0016】
また,本発明の軸索再生促進剤は,コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤として,コンベンショナルPKCに結合してその機能を阻害しうるモノクローナル抗体を含むものであってもよい。そのようなモノクローナル抗体を得るためには,当該技術分野においてよく知られる方法にしたがって,コンベンショナルPKCを感作抗原として用いて動物を免疫し,得られる免疫細胞を取り出して骨髄腫細胞と融合させ,抗体を産生するハイブリドーマをクローニングする。モノクローナル抗体は,ハイブリドーマを培養して得られる培養液の上清から,またはマウスにハイブリドーマを腹腔内投与した後に,マウスの腹水から調製することができる。
【0017】
さらに,ハイブリドーマにより産生される抗体に加えて,遺伝子組換え抗体,キメラ抗体,CDR移植抗体,およびこれらの抗体の断片等も,本発明においてコンベンショナルPKC阻害剤として用いることができる。
【0018】
遺伝子組み換え抗体は,コンベンショナルPKCに結合するモノクローナル抗体を生産するハイブリドーマから抗体をコードするcDNAをクローニングし,これを発現ベクター中に挿入して,動物細胞,植物細胞などを形質転換し,この形質転換体を培養することにより製造することができる。
【0019】
キメラ抗体とは,ある動物(例えばマウス)に由来する抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域と,他の動物(例えばヒト)に由来する抗体の重鎖定常領域および軽鎖定常領域から構成される抗体である。キメラ抗体は,コンベンショナルPKCに結合するモノクローナル抗体を生産するハイブリドーマから,抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域をコードするcDNAをクローニングし,一方,他の動物に由来する抗体の重鎖定常領域および軽鎖定常領域をコードするcDNAをクローニングし,これらを組み合わせて適当な発現ベクター中に挿入して,宿主細胞中で発現させることにより,組換え的に製造することができる。
【0020】
CDR移植抗体は,ある動物(例えばマウス)の抗体の相補性決定領域(CDR)を別の動物(例えばヒト)の抗体の相補性決定領域に移植した抗体である。CDR移植抗体をコードする遺伝子は,コンベンショナルPKCに結合するモノクローナル抗体を生産するハイブリドーマからクローニングされた抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域の遺伝子配列に基づいて,CDRをコードする遺伝子配列を設計し,他の動物に由来する抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域をコードする遺伝子を含むベクター中の対応するCDRの配列と置き換えることにより得ることができる。
【0021】
コンベンショナルPKCに結合しうる抗体断片としては,Fab,F(ab')2,Fab',scFv,ディアボディー等が挙げられる。これらの抗体断片は,上述の本発明の抗コンベンショナルPKCモノクローナル抗体をパパイン,トリプシン等の酵素で処理するか,またはこれらをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを宿主細胞に導入して形質転換体を得ることにより,製造することができる。
【0022】
さらに,本発明の軸索再生促進剤は,コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤として,アンチセンスオリゴヌクレオチド,リボザイム,RNA干渉(RNAi)を引き起こす分子(例えば,dsRNA,siRNA,shRNA,miRNA)等を含むものであってもよい。これらの核酸は,コンベンショナルPKC遺伝子またはコンベンショナルPKCをコードするmRNAに結合しその発現を阻害することができる。アンチセンス,リボザイム技術およびRNAi技術を用いて遺伝子発現を制御する一般的方法,またはこのようにして外因性遺伝子を発現させる遺伝子治療方法は当該技術分野においてよく知られている。
【0023】
アンチセンスオリゴヌクレオチドとは,コンベンショナルPKCをコードするmRNAと相補的な配列を有する核酸分子またはその誘導体を表す。アンチセンスオリゴヌクレオチドは,mRNAと特異的にハイブリダイズし,転写および/または翻訳を阻害することによりタンパク質の発現を阻害する。結合はワトソン・クリックまたはフーグスティーン型の塩基対相補性によるものでもよく,トリプレックス形成によるものでもよい。
【0024】
リボザイムとは,触媒的特性を有する1またはそれ以上のRNAのRNA構造を表す。リボザイムは,一般に,エンドヌクレアーゼ,リガーゼまたはポリメラーゼ活性を示す。種々の二次構造のリボザイム,例えばハンマーヘッドタイプおよびヘアピンタイプのリボザイムが知られている。RNA干渉(RNAi)とは,二本鎖RNA分子を用いて標的遺伝子をサイレンシングする手法をいう。
【0025】
本発明の軸索再生促進剤の投与経路は,非経口投与が好ましく,特に,神経の損傷部に直接注射することが好ましい。
【0026】
投与量は,PKCIの種類や投与経路,神経損傷の程度等に応じて適宜選択されるが,損傷部位に直接投与する場合,成人1日,1損傷部位当たりのPKCIの投与量はGo 6976の場合,通常,0.01mg〜1mg,好ましくは,0.05mg〜0.5mgである。直接投与以外の非経口投与,例えば静脈注射等では,通常,上記投与量の10倍程度である。
【0027】
PKCIは,そのまま投与することも可能であるが,通常,医薬で用いられる担体を用いて製剤される。製剤に用いる担体としては,製剤分野で常用されるいずれのものをも用いることができ,例えば,注射剤の調製には生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水等が好ましく用いられる。さらに,乳化剤や浸透圧調節剤等の常用される添加剤を含めてもよい。
【0028】
本発明の軸索再生促進剤は,神経細胞,特に脊髄等の中枢神経系の神経細胞の軸索の再生を促進するのに有効である。したがって,事故等に起因する中枢神経の損傷の治療に用いることができる。なお,下記実施例では,マウスのニューロンを取り出して試験しているため,MAG,Nogoまたはミエリンを添加して実験を行なっているが,生体内の神経繊維では,これらは神経鞘中に含まれているので,軸索再生促進剤中にMAG,Nogoまたはミエリンを別途添加する必要はない。
【0029】
もっとも,所望により,軸索再生促進剤中にMAG,Nogoまたはミエリンを別途添加してもよい。MAG,Nogoおよびミエリン自体は周知であり,容易に入手可能である。ヒトMAG遺伝子の塩基配列およびそれによりコードされるアミノ酸配列を配列番号1および2に示す(GenBank Accession No. AC002132)。また,ヒトNogo遺伝子の塩基配列およびそれによりコードされるアミノ酸配列をそれぞれ配列番号3および4に示す(GenBank Accession No. AY102279)。ヒト以外の哺乳動物のMAGおよびNogoの遺伝子配列およびアミノ酸配列も公知であり,例えば,ラットのものは,GenBank Accession No. NM_017190に,マウスのものはGenBank Accession No. AY102284に記載されている。ミエリンはMAG,Nogoその他のタンパク質を含んだ構造物であるので,ミエリンのアミノ酸配列は該当するものが存在しない。なお,ヒトMAGは,天然の変異体も複数知られており(GenBank Accession No. BC053347),これらのような天然の変異体であってもよい。また,MAG,Nogoおよびミエリンは,単独でも2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0030】
また,一般に,生理活性を有するポリペプチドは,そのアミノ酸配列を構成するアミノ酸のうち,少数のものが置換し若しくは欠失し,または少数のアミノ酸が挿入された変異体であっても,その生理活性を維持する場合があることは広く知られている。本発明の軸索再生促進剤中にMAG,Nogoまたはミエリンを添加する場合,これらの変異体であって,PKCが上記阻害剤により阻害された状態において,軸索再生促進効果を発揮するものを添加してもよい。このような変異体は,天然のポリペプチドのアミノ酸配列と,80%以上,好ましくは90%以上,さらに好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するものが好ましく,特に,置換,欠失または挿入されるアミノ酸の数が1個ないし数個のものが好ましい。また,アミノ酸配列の同一性は,この分野で汎用されているソフトウェアであるBLASTを用いて容易に行うことができる。BLASTは,NCBI(National Center for Biotechnology Information)のホームページで誰でも利用可能であり,デフォルトのパラメーターを用いて容易に同一性を調べることができる。なお,天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸は,低極性側鎖を有する中性アミノ酸(Gly,Ile,Val,Leu,Ala,Met,Pro),親水性側鎖を有する中性アミノ酸(Asn,Gln,Thr,Ser,Tyr,Cys),酸性アミノ酸(Asp,Glu),塩基性アミノ酸(Arg,Lys,His),芳香族アミノ酸(Phe,Tyr,Trp)のように類似の性質を有するものにグループ分けできる。小数のアミノ酸が置換された変異体を得る場合,これらの各グループ内での置換であれば,ポリペプチドの生理活性が変化しないことが多い。また,MAG,Nogo若しくはミエリンまたはこれらの上記変異体を含む融合タンパク質は,通常,これらのポリペプチドの生理活性を維持しているので,このような融合タンパク質を用いることもできる。例えば,下記実施例では,MAGと免疫グロブリンのFc領域との融合タンパク質を用いているが,このような融合タンパク質を本発明の軸索再生促進剤に添加してもよい。
【0031】
MAG,Nogoまたはミエリンを添加する場合には,投与する動物種由来の天然のもの(変異を含まないという意味(ただし,遺伝子工学的手法により生産したものでもよい))またはそれを含む融合タンパク質が好ましく,特に天然のものが好ましい。
【0032】
軸索再生促進剤のMAGの濃度は,通常,0〜1000μM,好ましくは0〜50μMであり,Nogoの濃度は,通常,0〜10μM,好ましくは0〜0.5μMであり,ミエリンの濃度は,通常,0〜100ng/μl,好ましくは0〜10ng/μlである。
【0033】
別の観点においては,本発明は,軸索再生促進剤の候補物質を同定する方法を提供する。この方法は,試験物質をコンベンショナルPKCと接触させ,この試験物質がコンベンショナルPKCの機能を阻害するか否かを判定することを含む。コンベンショナルPKCの機能には,コンベンショナルPKCがその基質であるタンパク質をリン酸化する酵素活性,およびコンベンショナルPKCがリガンドと結合する能力の両方が含まれる。
【0034】
コンベンショナルPKCの酵素活性は,当該技術分野において知られる種々のキナーゼ活性アッセイ法のいずれかを用いて,容易に測定することができる。試験物質の存在下および非存在下におけるキナーゼ活性を比較することにより,その試験物質がコンベンショナルPKCの酵素活性を阻害するか否かを判定することができる。また,コンベンショナルPKCがその対応するリガンドと結合する能力は,当業者によく知られる結合アッセイ,例えば,限定されないが,ゲルシフトアッセイ,放射性標識競合アッセイ,クロマトグラフィーによる分画などにより判定することができる。
【0035】
これらのアッセイにより,コンベンショナルPKCの機能を阻害するものとして同定された物質は,軸索再生促進剤の候補物質であると考えられる。次に,当該技術分野において知られるアッセイ方法を用いて,この候補物質の存在下および非存在下において,ニューロンの軸索の成長を測定して比較することにより,この候補物質が軸索再生促進効果を有するか否かを判定することができる。
【0036】
本明細書において明示的に引用される全ての特許および参考文献の内容は全て本明細書の一部としてここに引用する。また,本出願が有する優先権主張の基礎となる出願である日本特許出願2004−51157号の明細書および図面に記載の内容は全て本明細書の一部としてここに引用する。
【0037】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが,これらの実施例は本発明の範囲を制限するものではない。
【実施例】
【0038】
材料と方法
1. PKC活性の測定
放射能を用いない,PKC系の検出キットであるPepTagアッセイキット(商品名,米国ウィスコンシン州MadisonのPromega社製)を用いてPKCアッセイを行なった。血清飢餓培養した小脳顆粒細胞を,MAG-Fc(MAGと免疫グロブリンFc領域との融合タンパク質,入手先:米国ミズリー州St. LouisのSigma社製)(25μg/ml)およびNogoペプチド(米国テキサス州San AntonioのAlpha Diagnostic社製,4μM)を作用させた。各試料は,PKCの基質であるPepTag C1ペプチド(2μg)と共に30℃で30分間インキュベートした。試料は,0.8%アガロースゲル上で,100V,15分間分離した。リン酸化されたペプチド基質は陽極(+)に移動し,リン酸化されなかったペプチド基質は陰極(-)に移動した。ゲルは,トランスイルミネーター上で写真撮影した。
【0039】
リン酸化PKCの測定のために,リン酸特異的抗体を用いた。10 mM Tris-HCl [pH 7.5],150 mM NaCl,10%グリセロール,100μMオルソバナジン酸ナトリウム,50 mMフッ化ナトリウム,5 mMピロリン酸ナトリウム,1 mM EGTAおよびプロテアーゼ阻害剤混合物(Roche Biochemicals社製)を含む0.1% NP-40(商品名,非イオン界面活性剤)で細胞を溶解した。細胞溶解物をSDS-PAGEにかけ,常法によりウェスタンブロット分析を行なった。ポリクローナル抗ホスフォPKC-α(Ser657がリン酸化,米国バージニア州CharlottesvilleのUpstate Biotech社製),ポリクローナル抗ホスフォPKC-ζ/λ(Cell Signaling Tech社製)およびポリクローナル抗PKC-α抗体(Santa Cruz Biotech社製)を用いた。
【0040】
2. 軸索成長アッセイ
小脳ニューロンを調製するために,2匹の生後7日のラットからの小脳を,5 mlの0.025%トリプシン溶液中で1つにし,粉砕し,37℃で10分間インキュベートした。10% FCS含有DMEM培地を添加し,800rpmで遠心して細胞を回収した。ポリ-L-リジンでコートしたチャンバースライド上のSato培地(非特許文献30)中にニューロンをプレートした。成長アッセイのために,プレートした細胞を24時間インキュベートし,4%(w/v)パラホルムアルデヒドで固定し,ニューロンに特異的なβチューブリンIIIタンパク質を認識する目的でモノクローナル抗体(TuJ1,Covance Research Products, Inc., アメリカのDenver)で免疫染色した。最長の突起(軸索)の長さまたはβチューブリンIII陽性ニューロンの総神経突起長(process outgrowth)を測定した。各実験において,少なくとも100本の軸索長を測定し,同じ実験を3回繰り返した。結果の欄に記載したように,MAG-Fc(25μg/ml),Nogoペプチド(4μM),the cell permeable PKC inhibitor 20-28(2μM,Calbiochem社製)またはGo6976(0.1μM,Biosource社製)を,プレート後の培地に添加した。
【0041】
3. 成長円錐虚脱アッセイ
100μg/mlのポリ-L-リジンを予めコートしたプラスチックスライド上で,胎生12日のニワトリの背根神経節の外植片をインキュベートし,結果欄に記載した濃度の可溶性中枢神経系ミエリン抽出物(Sigma社製),MAG-Fc(25μg/ml)またはNogoペプチド(4μM)で30分間処理した。外植片を4%(w/v)パラホルムアルデヒドで固定し,蛍光標識したファロイジン(phalloidin(Sigma社製))で染色した。各実験において,少なくとも100個の成長円錐を調べ,同じ実験を3回繰り返した。
【0042】
4. GTP-RhoAの親和性沈殿
1% Triton X-100(商品名),0.5%デオキシコール酸ナトリウム,0.1% SDS,500mM NaCl および10 mM MgCl2,10μg/mlのロイペプチンおよび10μg/mlのアプロチニンを含む50mM Tris (pH7.5)で細胞を溶解した。細胞溶解物を,13000g,4℃,10分間遠心して清澄化し,上清を,Rhotekin beads(商品名,Upstate Biotech社製)の20μgのGST-Rho結合領域と共に4℃で45分間インキュベートした。洗浄バッファー(1% Triton X-100(商品名),150mM NaCl,10 mM MgCl2,各10μg/mlのロイペプチンおよびアプロチニンを含む50mM Tris (pH7.5))でビーズを4回洗浄した。RhoAに対するモノクローナル抗体(米国カリフォルニア州Santa Cruz のSanta Cruz Biotech社製)を用いたウェスタンブロットにより,結合されたRhoを検出した。
【0043】
結果
1. PKC活性の測定
培養顆粒細胞を,25μg/mlのMAG-Fcまたは4μMのNogoペプチドで5分間処理すると,PKC活性は明らかに増大した(前記アガロース電気泳動においてリン酸化PKCの太いバンドが観察された)。さらに,MAG-Fcで10分間,30分間または1時間処理すると,PKC活性は有意に増大した(図1)。PKC-α,β1,β2およびγが,生後の小脳顆粒ニューロン中でコンベンショナルPKCとして発現されている。ウェスタンブロット分析により,PKC-αのSer657のMAG-Fcによるリン酸化が有意に増大するが,PKC-αのタンパク質濃度は有意に変化しなかった。しかしながら,リン酸特異的抗体を用いた実験により,非典型的PKCであるPKC-ζ/λは,MAGによりリン酸化されなかった(データ示さず)。
【0044】
2. 軸索成長アッセイ
次に,軸索成長に対するMAGまたはNogoの効果とPKCが関連しているか否かを調べた。MAG-Fc(25μg/ml)またはNogoペプチド(4μM)は,生後7日のラットからの小脳顆粒ニューロンの軸索の成長を阻害した(図2)。ところが,驚くべきことに,MAG-FcおよびNogoペプチドは,PKC-αおよび-β阻害剤である細胞透過性PKC阻害剤20-28(the cell permeable PKC inhibitor 20-28(図2中,「PKCI」と表示)の存在下では,劇的に軸索の成長を刺激した(図2)。しかし,PKCI自身は,軸索成長効果を有していなかった(図2)。MAG-FcまたはNogoにより誘起される軸索成長の程度は,対照の約2倍であった。同様な結果は,PKC-α,βおよびυの阻害剤であるGo6976を用いた場合でも得られた(図2)。しかし,Rhoキナーゼ阻害剤であるHA-1077(10 mM)ではこのような効果は得られなかった(図2)。PKC活性は,細胞透過性PKC阻害剤20-28(the cell permeable PKC inhibitor 20-28)またはGo6976により阻害された(データ示さず)。これらの結果は,MAGおよびNogoによる,コンベンショナルPKCの活性に依存した,軸索成長の二方向性の制御を示している。
【0045】
3. 成長円錐虚脱アッセイ
神経成長円錐に対するMAGおよびNogoの効果を調べるために胎生12日のニワトリDRG(後根神経節)外植片を用いた。MAG-Fc(25μg/ml)またはNogoペプチド(4μM)を槽内投与(bath application)すると,有意な成長円錐虚脱活性を示した(図3)。軸索成長アッセイの結果と同様,MAG-FcおよびNogoペプチドは,PKCIの存在下において,対照と比較して,成長円錐の伸展を促進した。ウシ白質から精製したミエリンは,0.1〜10ng/μlの濃度で成長円錐虚脱を惹起したが,PKCIは,ミエリンにより媒介される効果を完全に逆転した(図3)。これらの知見は,MAG,Nogoおよびミエリンが,PKCの活性化により軸索成長を阻害し,成長円錐虚脱を惹起するが,PKCIによる軸索成長促進および成長円錐の伸展は,PKCとは独立した機構により媒介されることを示唆している。
【0046】
4. GTP-RhoAの親和性沈降
MAGまたはNogoにより誘起される軸索再生が,阻害から促進に変換される,考えられる機構は,PKCがRho活性を変調するというものである。なぜなら,Rhoは,軸索伸長阻害における鍵となる信号分子であることが示されているからである(非特許文献17,非特許文献14)。そこで,ニューロン中のRhoA活性を測定した。生後7日のラットの小脳ニューロンにMAG-FcまたはNogoを添加して30分経過すると,RhoAは活性化された(図4)。PKCIは,MAG-FcまたはNogoペプチドにより誘起されるRho活性に対して効果を有していなかった。このように,PKCを阻害する効果による小脳ニューロンの軸索成長の促進は,RhoA活性をブロックすることにより媒介されるのではなく,このことはコンベンショナルPKCがRhoAの上流にないことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の軸索再生促進剤は,損傷した中枢神経の再生に有効であり,中枢神経系を損傷した患者のための治療剤として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤を有効成分として含有する軸索再生促進剤。
【請求項2】
前記コンベンショナルプロテインキナーゼCが,プロテインキナーゼC−α,β1,β2,γまたはυである請求項1記載の軸索再生促進剤。
【請求項3】
前記軸索が,中枢神経系の軸索である請求項1または2記載の軸索再生促進剤。
【請求項4】
前記コンベンショナルプロテインキナーゼC阻害剤が,細胞透過性PKC阻害剤20-28またはGo6976である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の軸索再生促進剤。
【請求項5】
ミエリン結合糖タンパク質,Nogoペプチド若しくはミエリン,またはこれらの変異体であって,コンベンショナルプロテインキナーゼCが上記阻害剤により阻害された状態において,軸索再生促進効果を発揮するもの,またはこれら若しくはこれらの上記変異体を含む融合タンパク質であって軸索再生促進効果を発揮するものをさらに含む,請求項1ないし4のいずれか1項に記載の軸索再生促進剤。
【請求項6】
ミエリン結合糖タンパク質,Nogoペプチド若しくはミエリンまたはこれらを含む融合タンパク質を含む,請求項5記載の軸策再生促進剤。
【請求項7】
軸索再生促進剤の候補物質を同定する方法であって,試験物質をコンベンショナルPKCと接触させ,前記試験物質がコンベンショナルPKCの機能を阻害するか否かを判定することを含む方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【国際公開番号】WO2005/082135
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【発行日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510433(P2006−510433)
【国際出願番号】PCT/JP2005/002924
【国際出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(505056111)バイオクルーズ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】