説明

過大速度制御装置

【課題】システム安定性を損なわず、かつ設定回転速度を下げることなく制御できる過大速度制御装置を提供する。
【解決手段】油圧モータ13の容量可変部13aに過大速度制御装置21を連結する。この制御装置21は、回転速度センサ19により検出した回転速度から過大速度制御指令値Vreを演算する過大速度制御指令演算部22と、過大速度制御指令値Vreと操作指令値Vopとの指令偏差を演算して油圧モータ13の容量可変部13aに出力する指令偏差演算部24とを備えている。上記演算部22は、実際のモータ回転速度Vと通常時のモータ設定回転速度Vsとの速度偏差を演算し、実際の速度Vから過大速度制御機能を作動させるONトリガ点と過大速度制御機能を停止させるOFFトリガ点とを判定し、ONトリガ点と判定したときは上記指令値Vreを出力するとともにOFFトリガ点と判定したときは上記指令値Vreの出力を停止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の負荷などにより変化する過大速度を抑制制御する過大速度制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、建設機械などの油圧モータを用いた走行系は、油圧モータ駆動装置(ホイールローダの走行モータ、油圧ショベルの走行モータ等)でのモータ回転速度に制約があるので、負荷変動時も許容回転速度を超えないように過大速度を制御する必要がある。
【0003】
すなわち、機体差がある場合に、また、油圧ポンプ、油圧モータ、エンジンおよび減速機などの効率が良い場合に、また、負荷変化による抵抗トルクの減少、例えば下り坂で自重により加速側のトルクが生じた場合や、路面抵抗が減少し摩擦力による抵抗トルクが減少した場合に、通常時のモータ回転速度が設定値を超える現象が起こる。
【0004】
この時、エンジン負荷が下がり、エンジン回転数が増加し、ポンプ流量が増加するので、益々モータ回転速度が増加し、最大モータ回転速度が許容値を超えてしまうことがある。
【0005】
このような最大モータ回転速度を許容値以内に確実に抑えるには、大きな過大速度抑制指令値を出せることが必要であり、また、通常時(平地走行等)のモータ設定回転速度の確保に悪影響を与えないためには、制御の作動範囲を、モータ許容回転速度以下の適正な範囲に限定する過大速度制御装置が必要である。
【0006】
この過大速度制御装置としては、例えば油圧ショベルの走行系で採用されているカウンタバランス機構による方式がある。
【0007】
このカウンタバランス機構による方式は、油圧モータが外力でポンプ機能に変更した時に、戻り側を絞ってモータ吐出圧を増加させて過大速度を抑制する方式であり、複雑なカウンタバランス機構が必要となり、また、下り坂等の負荷が外力に変わる時にのみ有効な機構なので、それ以外の負荷変動には対応できない問題があり、機体差による走行速度のバラツキに対応できない問題がある。
【0008】
このため、ホイールローダ等の走行系では偏差制御方式が採用されている。この偏差制御方式は、モータ回転速度が設定回転速度を超えると、設定回転速度からの偏差に応じて操作指令値を減少させて速度を抑制する方式であり、具体的には斜板などを有する容量可変式油圧モータのモータ容量を増加させることで、モータ回転速度を抑制している(例えば特許文献1参照)。
【0009】
この偏差制御方式では、下式のごとく実際のモータ回転速度が設定回転速度を超えた速度偏差に応じて連続的に操作指令値が増加して、モータ容量が増加する。
【0010】
操作指令値=C・Kp・(V−Vs)
ただし、Kpは比例ゲイン、Vは実際のモータ回転速度、Vsはモータ回転速度の設定値、Cは0または1(V>VsでC=1、V=<VsでC=0)である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3631620号掲載公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の偏差制御方式は、通常走行時のモータ設定回転速度(図3におけるVs)と、油圧モータが円滑な機能を維持する上で許容されるモータ許容回転速度(図3におけるVp)との差(余裕)が小さい場合または負荷変動が大きい場合の対応が難しい。すなわち、負荷変動が大きいときなどは、実際のモータ回転速度(図3における1点鎖線の速度安定点)が、モータ許容回転速度(図3におけるVp)を超えるおそれが定常的または過渡的にある。
【0013】
これを防ぐには、図3における1点鎖線の勾配で示されるゲインを大きくするか、または速度設定値(Vs)を下げる必要があるが、ゲインを大きくすると、ハンチングし易くなり、システムの安定性が低下する問題があり、一方、モータ許容回転速度Vpを超えないようにモータ設定回転速度Vsを下げると、通常走行時(通常負荷時)の速度が過小となり、所定速度を満足できない懸念が生じ、機体の固有差や走行条件の違いに対し安定して動作する比例ゲイン等を設定することが難しい。
【0014】
一方、負荷変動による過渡変動時および過渡変動が収まった定常時のいずれにおいても、モータ容量の増加と、モータ注入流量(ポンプ容量)の減少が、モータ回転速度の過大速度を抑制する過大速度制御には有効であることが分かっている。
【0015】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、設定回転速度と許容回転速度との差(余裕)が小さい場合または負荷変動が大きい場合でも、確実に、システム安定性を損なわず、かつ設定回転速度を下げることなく制御できる過大速度制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1に記載された発明は、回転速度を可変制御可能な回転速度制御部を有する回転機の設定回転速度とこの設定回転速度より大きな実際の回転速度との速度偏差から過大速度制御指令値を演算する過大速度制御指令演算部と、上記回転機の回転速度を指令する操作指令値と上記過大速度制御指令演算部から出力された上記過大速度制御指令値との指令偏差を演算して上記回転機の回転速度制御部に出力する指令偏差演算部とを具備し、過大速度制御指令演算部は、上記実際の回転速度と上記設定回転速度との速度偏差を演算する速度偏差演算部と、過大速度制御機能を作動させるオントリガ速度とこのオントリガ速度より低い回転速度で過大速度制御機能を停止させるオフトリガ速度とを予め設定可能であり、実際の回転速度からオントリガ速度とオフトリガ速度とを判定するオンオフトリガ判定部と、このオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定したときは速度偏差演算部より出力された速度偏差から過大速度制御指令値を演算して出力するとともにオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定したときは上記過大速度制御指令値の出力を停止する操作指令修正量演算部とを具備したことを特徴とする過大速度制御装置。
【0017】
請求項2に記載された発明は、請求項1記載の過大速度制御装置における操作指令修正量演算部が、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定するまで過大速度制御指令値を停止してオントリガ速度と判定したときから回転速度に応じた過大速度制御指令値を出力するとともに回転速度減少時はオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定するまで回転速度に応じた過大速度制御指令値を出力してオフトリガ速度と判定したときから過大速度制御指令値を出力停止する機能を備えたものである。
【0018】
請求項3に記載された発明は、請求項2記載の過大速度制御装置におけるオンオフトリガ判定部が、複数のオントリガ速度を設定可能であり、操作指令修正量演算部は、回転速度増加時にオンオフトリガ判定部が第1のオントリガ速度と判定したときは速度偏差演算部から出力された速度偏差に応じた過大速度制御指令値を演算して出力し、オンオフトリガ判定部が第1のオントリガ速度より大きな第2のオントリガ速度と判定したときは回転速度に応じた過大速度制御指令値を演算して出力する機能を備えたものである。
【0019】
請求項4に記載された発明は、請求項1記載の過大速度制御装置における操作指令修正量演算部が、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定するまで過大速度制御指令値を出力停止してオントリガ速度と判定したときに一定の過大速度制御指令値を出力するとともに回転速度減少時はオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定するまで一定の過大速度制御指令値を出力してオフトリガ速度と判定したときから過大速度制御指令値を出力停止する機能を備えたものである。
【0020】
請求項5に記載された発明は、請求項1乃至4のいずれか記載の過大速度制御装置において、指令偏差演算部に接続された遅れ要素を具備したものである。
【発明の効果】
【0021】
請求項1記載の発明によれば、オンオフトリガ方式によれば、制御オンおよびオフのトリガ点を設定することにより、制御が働く速度範囲を設定でき、また、制御範囲を限定できるので、通常走行時の回転機の設定回転速度が過小となる悪影響を防止できるとともに、ハンチングなどのシステムの安定性低下を防止できる。さらに、実際の回転速度で制御しているので、負荷状態によらず、また機体差によらず制御できる。要するに、設定回転速度と許容回転速度との差(余裕)が小さい場合または負荷変動が大きい場合でも、確実に、システム安定性を損なわず、かつ速度設定値を下げることなく制御できる。
【0022】
請求項2記載の発明によれば、オンオフトリガ可変方式は、大きな負荷変動時でも、オントリガ点の近くで回転機の回転速度を安定的に制御できるので、回転速度の速度変動が少なく、確実に回転機の許容回転速度内に制御できる。特に、偏差制御方式と比べて比例ゲインを小さくできるので、安定性が増し、速度変動を確実に抑えることができる。
【0023】
請求項3記載の発明によれば、請求項2記載の発明の効果に加えて、第2オントリガ速度での過大速度制御指令値の変化量を、請求項2記載の発明より小さくできるので、制御の安定性をより向上できる。
【0024】
請求項4記載の発明によれば、オンオフトリガ固定方式は、回転速度はある周期で変動するが、不安定振動は避けられ、そして、オンおよびオフのトリガ点を設定することにより、制御が働く速度範囲を設定でき、また、制御範囲を限定できるので、通常走行時の悪影響を防止でき、さらに、実際の回転速度で制御しているので、負荷状態によらず、また機体差によらず制御できる。
【0025】
請求項5記載の発明によれば、指令偏差演算部に遅れ要素を追加することで、急激な入力操作量変化に対して適度に減速された安定出力が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る過大速度制御装置の一実施の形態を示す回路図である。
【図2】同上制御装置の構成を示すブロック図である。
【図3】同上制御装置の第1制御例を示す特性図である。
【図4】同上制御装置の第2制御例を示す特性図である。
【図5】同上制御装置の第3制御例を示す特性図である。
【図6】同上制御装置の他の実施の形態を示す回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を、図1乃至図3に示された一実施の形態、図4乃至図6に示された種々の変形例に基いて詳細に説明する。
【0028】
図1は、負荷変動による過渡変動時および過渡変動が収まった定常時のいずれにおいても、モータ容量の増加が、モータ回転速度の過大速度を抑制する過大速度制御には有効であるという観点からなされたものである。
【0029】
この図1に示されるように、ホイールローダなどの車両に採用される、エンジン11により駆動される可変容量形の油圧ポンプ12と、この油圧ポンプ12から吐出される作動油により回転される回転機としての可変容量形の油圧モータ13とを、閉回路のメインライン14,15にて連通することにより、走行系のハイドロスタティック・トランスミッション16を構成し、油圧モータ13の出力軸17にベベルギアなどの回転伝達機構18および回転速度センサ19を介して走行ホイールなどの負荷20が接続されている。
【0030】
可変容量形の油圧モータ13にあってモータ回転速度を可変制御可能な回転速度制御部としての斜板レギュレータなどの容量可変部13aには、過大速度制御装置21が連結されている。この過大速度制御装置21は、回転速度センサ19により検出したモータ回転速度から過大速度制御指令値Vreを演算する過大速度制御指令演算部22と、この過大速度制御指令演算部22から出力された過大速度制御指令値Vreとオペレータにより操作されるペダルまたはレバーなどの操作部23から入力されて油圧モータ13のモータ回転速度を指令する操作指令値Vop(モータ容量指令信号)との指令偏差を演算して油圧モータ13の容量可変部13aに出力する指令偏差演算部24とを備えている。
【0031】
なお、過大速度制御指令値Vreを減算するように示しているが、これは最終指令値Aが小さいほどモータ容量が増加するシステムの場合で、逆のシステムでは過大速度制御指令値Vreを加算するようになる。また、ポンプおよびモータを1台で示しているが、それぞれが複数台で構成される場合にも適用でき、それぞれに最終指令値Aを出力する。
【0032】
図2に示されるように、過大速度制御指令演算部22は、実際のモータ回転速度Vと通常時のモータ設定回転速度Vsとの速度偏差を演算する速度偏差演算部22aと、過大速度制御機能を作動させるオントリガ速度(ONトリガ点)とこのオントリガ速度より低い回転速度で過大速度制御機能を停止させるオフトリガ速度(OFFトリガ点)とを予め設定可能であり、実際のモータ回転速度Vからオントリガ速度(ONトリガ点)とオフトリガ速度(OFFトリガ点)とを判定するオンオフトリガ判定部22bと、このオンオフトリガ判定部22bがオントリガ速度と判定したときは上記実際のモータ回転速度が油圧モータ13の機能上許容される許容回転速度に到達する前に上記速度偏差演算部22aより出力された速度偏差から過大速度制御指令値Vreを演算して出力するとともに上記判定部22bがオフトリガ速度と判定したときは上記過大速度制御指令値Vreの出力を停止する操作指令修正量演算部22cとを具備している。
【0033】
前記指令偏差演算部24の出力部には、操作指令の急激過ぎる変化を緩和するために、入力信号Ainと出力信号Aoutとの関係が一次遅れ要素となるような遅れ要素25が追加されている。この遅れ要素25は、必要に応じて設け、場合によっては設置しなくてもよい。
【0034】
これらの図1および図2は、モータ容量制御方式を示し、モータ容量と流量で回転数を制御しているシステムで、モータ回転速度が過大速度に近づいた時のみに、オペレータ操作で定まるモータ容量操作指令値Vopに過大速度制御指令値Vreを加味(減算または加算)してモータ容量を増加させ、モータ回転速度を適正値(通常時のモータ設定回転速度に近い速度)に保つ制御系である。
【0035】
図1および図2では、指令偏差演算部24において過大速度制御指令値Vreを減算するように示しているが、これは最終指令値Aが小さいほどモータ容量が増加するシステムの場合であり、逆のシステムでは加算となる。また、ポンプおよびモータを1台で示しているが、それぞれが複数台で構成される場合にも適用でき、それぞれに最終指令値Aを出力する。
【0036】
次に、後で詳述する図3乃至図5に示されるように、過大速度制御装置21を作動させるオントリガ速度(すなわちONトリガ点)と、停止させるオフトリガ速度(すなわちOFFトリガ点)とを設定し、ONトリガ点が、モータ許容回転速度Vpより小とすることで、確実にモータ許容回転速度Vp以下にするとともに、OFFトリガ点の設定により、通常時の速度がモータ設定回転速度Vsより大とすることができるON/OFFトリガ方式を採用する。
【0037】
具体的には、ONトリガ点で過大速度制御指令演算部22から出力される過大速度制御指令値Vreを非連続的に増加させ、確実に速度を低下させ、速度が低下してもOFFトリガ点までは、過大速度制御指令値Vreを出力し続けて、速度再上昇を抑え、モータ回転速度がOFFトリガ点に達すると、過大速度制御指令値Vreを0とする。
【0038】
トリガON後、トリガOFFまでの過大速度制御指令値Vreの出し方により、図3または図4に示されているように、回転速度が低下すれば過大速度制御指令値Vreが減少するように変化するON/OFFトリガ可変方式と、図5に示された回転速度が低下しても過大速度制御指令値Vreが一定であるON/OFFトリガ固定方式とを採用する。
【0039】
さらに、図3に示されたON/OFFトリガ可変方式は、ONトリガ点が1つの第1方式であるが、このONトリガ点は1つに限る必要はなく、図4に示されるように複数(2つまたはそれ以上)のONトリガ点を設けることで、ONトリガ点での過大速度制御指令値Vreの急変を緩和する第2方式がある。これらのON/OFFトリガ可変方式では、その傾き(ゲイン)を小さくして、システムの安定性を確保する。
【0040】
図3に示されるON/OFFトリガ可変第1方式は、過大速度制御装置21における操作指令修正量演算部22cが、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部22bがONトリガ点と判定するまで過大速度制御指令値Vreの出力を停止してONトリガ点と判定したときから回転速度に応じた過大速度制御指令値Vreを演算して出力するとともに、回転速度減少時はオンオフトリガ判定部22bがOFFトリガ点と判定するまで回転速度に応じた過大速度制御指令値Vreを出力してOFFトリガ点と判定したときから過大速度制御指令値Vreを出力停止する機能を備えたものである。
【0041】
図4に示されるON/OFFトリガ可変第2方式は、過大速度制御装置21におけるオンオフトリガ判定部22bが、複数のONトリガ点(ON1トリガ点、ON2トリガ点)を設定可能であり、操作指令修正量演算部22cは、回転速度増加時にオンオフトリガ判定部22bが第1のオントリガ速度(ON1トリガ点)と判定したときは速度偏差演算部22aから出力された速度偏差に応じた過大速度制御指令値Vreを演算して出力し、オンオフトリガ判定部22bが第1のオントリガ速度(ON1トリガ点)より大きな第2のオントリガ速度(ON2トリガ点)と判定したときは回転速度に応じた過大速度制御指令値Vreを演算して出力し、回転速度減少時は第1方式と同様にオンオフトリガ判定部22bがOFFトリガ点と判定するまで回転速度に応じた過大速度制御指令値Vreを出力してOFFトリガ点と判定したときから過大速度制御指令値Vreを出力停止する機能を備えたものである。
【0042】
図5に示されるON/OFFトリガ固定方式は、過大速度制御装置21における操作指令修正量演算部22cが、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部22bがONトリガ点と判定するまで過大速度制御指令値Vreを出力停止し、ONトリガ点と判定したときに一定の過大速度制御指令値Vreを出力するとともに、回転速度減少時はオンオフトリガ判定部22bがOFFトリガ点と判定するまで一定の過大速度制御指令値Vreを出力し、OFFトリガ点と判定したときから過大速度制御指令値Vreを出力停止する機能を備えたものである。
【0043】
次に、図3乃至図5を参照しながら、過大速度制御指令演算部22における過大速度制御指令値Vreの具体的演算方法を説明する。
【0044】
先ず、図3に示されるON/OFFトリガ可変第1方式の制御について説明する。
【0045】
このON/OFFトリガ可変第1方式は、ONトリガ点が1個の場合であり、その特徴は、ONトリガ点とOFFトリガ点との間のモータ回転速度で制御できることである。
【0046】
図3において、Vsは、通常時のモータ設定回転速度であり、ONトリガ点およびOFFトリガ点は、モータ設定回転速度Vsとモータ許容回転速度Vpとの間で設定する。
【0047】
実線は、ON/OFFトリガ可変方式の制御出力であり、その斜線部の傾き勾配は、比例ゲインであるが、非線形でも良く、任意の関数を選定できる。
【0048】
1点鎖線は、従来の偏差制御方式の制御出力であり、その斜線部の傾き勾配は、偏差制御方式の比例ゲインである。
【0049】
2点鎖線は、ある負荷時に必要な操作指令値減少量であり、この2点鎖線と従来方式の1点鎖線との交点は、従来の偏差制御方式での速度安定点である。1点鎖線と実線は同じゲインであっても、1点鎖線の速度安定点におけるモータ回転速度は、許容回転速度Vpを超えている。
【0050】
これに対して、実線で示されたON/OFFトリガ可変第1方式の特徴は、ONトリガ点とOFFトリガ点との間に速度安定点を有し、ONトリガ点とOFFトリガ点との間でモータ回転速度を制御できることである。
【0051】
このON/OFFトリガ可変第1方式は、設定された一定の回転速度以上になるとトリガONとなり、過大速度制御が利いてトリガONの回転速度より一定の回転速度だけ低下するとトリガOFFとなり、過大速度制御が停止する。
【0052】
トリガON時の過大速度制御指令値Vreは速度偏差の関数として設定する。すなわち、トリガON時の過大速度制御指令値Vreは、速度の関数として可変である。トリガOFF時の過大速度制御指令値Vreは0である。
【0053】
ONトリガ点で、過大速度制御指令値Vreは0からある値まで急変する。
【0054】
上記関数は、線形および非線形、速度偏差と同じく+微分および積分演算も可能である。
【0055】
ONトリガ点およびOFFトリガ点は、モータ設定回転速度Vsとモータ許容回転速度Vpとの間で自由に設定可能である。
【0056】
このON/OFFトリガ可変第1方式によれば、ONトリガ点で大きな過大速度制御指令値Vreとするので、確実にモータ許容回転速度Vp以下にできる。
【0057】
また、操作量変化が急過ぎて悪影響が出る場合は、一次遅れ要素などの遅れ要素25を追加して、急激な入力操作量変化に対して適度に減速された安定出力が得られるようにする。
【0058】
さらに、ON/OFFトリガ可変第1方式は、偏差制御方式と比べて比例ゲインを小さくできるので、安定性が増し、速度変動を確実に抑えることができる。
【0059】
さらに、トリガ作動設定点(ONトリガ点)での過大速度制御指令値Vreを収束時に必要な値の近くに設定すると、速度偏差を小さくすることができる。
【0060】
次に、図4に示されるON/OFFトリガ可変第2方式の制御について説明する。
【0061】
図4において、Vsは、通常時のモータ設定回転速度であり、ON/OFFのトリガ点は、モータ設定回転速度Vsとモータ許容回転速度Vpとの間で設定する。
【0062】
実線は、ON/OFFトリガ可変第2方式の制御出力であり、1点鎖線は、従来の偏差制御方式の制御出力であり、2点鎖線は、ある負荷時に必要な操作指令値減少量である。
【0063】
この方式の特徴は、ONトリガ点とOFFトリガ点との間でモータ回転速度を制御できることであり、さらに、ONトリガ点とOFFトリガ点での出力急変を小さくするため、ONトリガ点を複数設け、初めのトリガ点以降は出力を出せるようにする。
【0064】
また、OFFトリガ点を第1のオントリガ速度(ON1トリガ点)と一致させることも可能である。このとき、OFFトリガ点から制御出力の過大速度制御指令値Vreが上昇する。その上昇勾配は、設定により調整できる。なお、図3に示されたON/OFFトリガ可変第1方式ではOFFトリガ点からONトリガ点に速度が上昇するまでの制御出力は0であるが、図4に示されたON/OFFトリガ可変第2方式ではOFFトリガ点から第2のオントリガ速度(ON2トリガ点)に速度が上昇するまでに制御出力も上昇する。
【0065】
このように、ON/OFFトリガ可変第2方式は、ON/OFFトリガ可変第1方式と基本的には同様であるが、上記第1方式の改良点として、ONトリガ点を複数設け、ONトリガ点での出力急変を緩和するものである。
【0066】
例えば、第1のON1トリガ点および第2のON2トリガ点の2つのオントリガ速度を持つ場合、以下のような設定ができる。
【0067】
第1のON1トリガ速度時から、過大速度制御指令値Vreがモータ回転速度に応じて滑らかに変化し、第2のON2トリガ速度時は、過大速度制御指令値Vreが急激に上昇し、その後この第2のON2トリガ速度状態では、ON/OFFトリガ可変第1方式と同じように速度の関数となる。
【0068】
このON/OFFトリガ可変第2方式によれば、ON/OFFトリガ可変第1方式の特徴に加え、第2のON2トリガ点での、過大速度制御指令値Vreの出力急変時の変化量を、ON/OFFトリガ可変第1方式より小さくできるので、または関数の傾き(ゲイン)を小さくできるので、ON/OFFトリガ可変第1方式より制御の安定性を向上できる。
【0069】
次に、図5に示されるON/OFFトリガ固定方式の制御出力について説明する。
【0070】
図5において、Vsは、通常時のモータ設定回転速度であり、ONトリガ点は、モータ設定回転速度Vsとモータ許容回転速度Vpの間で設定する。OFFトリガ点はモータ設定回転速度Vs以下でも良い。
【0071】
実線は、ON/OFFトリガ固定方式の制御出力であり、1点鎖線は、従来の偏差制御方式の制御出力であり、2点鎖線は、ある負荷時に必要な操作指令値減少量である。
【0072】
このON/OFFトリガ固定方式の特徴は、図3および図4に示されるような安定速度点はなく、OFFトリガ点とONトリガ点の間で速度は周期的に変化する。
【0073】
すなわち、設定された一定の速度以上になるとトリガONとなり、過大速度制御が利いて設定された一定の速度以下になるとトリガOFFとなり、過大速度制御が停止する。ONトリガ点では、過大速度制御指令値Vreが一定の値となり、OFFトリガ点では、過大速度制御指令値Vreが0となる。ONトリガ点およびOFFトリガ点は、自由に設定できる。
【0074】
このON/OFFトリガ固定方式も、従来の偏差制御方式の問題点がクリアできない場合に有効であり、図5に示されるようにトリガONでの過大速度制御指令値VreおよびトリガON−OFF間の距離を比較的大きくとって、モータ回転速度をモータ許容回転速度Vp以下に抑えるようにする。
【0075】
すなわち、速度偏差が増しても、過大速度制御指令値Vreは増えず一定であるので、過大速度制御指令値Vreは大きな値とする。
【0076】
このON/OFFトリガ固定方式は、ON/OFF制御であるので、モータ回転速度はある周期で変動するが、不安定振動は避けられ、そして、ONトリガ点およびOFFトリガ点を設定することにより、過大速度制御が働く速度範囲を設定でき、また、制御範囲を限定できるので、通常走行時の悪影響を防止でき、さらに、実際の回転速度で制御しているので、負荷状態によらず、また機体差によらず制御できる。
【0077】
さらに、速度偏差がほぼ0でも大きな過大速度制御指令値Vreとすることができ、モータ回転速度を確実にモータ許容回転速度Vp以下にできる。
【0078】
操作量変化が急過ぎて悪影響が出る場合は、図2に示されるように時定数により調整可能な一次遅れ要素などの遅れ要素25を指令偏差演算部24に追加することで、急激な入力操作量変化に対して適度に減速された安定出力が得られる。
【0079】
以上のように、ON/OFFトリガ方式(ON/OFFトリガ可変第1方式、ON/OFFトリガ可変第2方式およびON/OFFトリガ固定方式)によれば、制御ONおよびOFFのトリガ点を設定することにより、過大速度制御が働く速度範囲を設定でき、また、制御範囲を限定できるので、通常走行時のモータ設定回転速度が過小となる悪影響を防止できるとともに、ハンチングなどのシステムの安定性低下を防止でき、さらに、実際の回転速度で制御しているので、負荷状態によらず、また機体差によらず制御でき、設定回転速度Vsと許容回転速度Vpとの差(余裕)が小さい場合または負荷変動が大きい場合でも、確実に、システム安定性を損なわず、かつ速度設定値を下げることなく制御できる。
【0080】
特にON/OFFトリガ可変方式は、大きな負荷変動時でも、ONトリガ点の近くでモータ回転速度を安定的に制御できるので、モータ回転速度の速度変動が少なく、確実にモータ許容回転速度内に制御でき、また、従来の偏差制御方式と比べて比例ゲインを小さくできるので、安定性が増し、速度変動を確実に抑えることができる。
【0081】
次に、図6を参照しながら、ポンプ容量制御方式(流量減少方式)を説明する。
【0082】
このポンプ容量制御方式は、回転機としての可変容量形の油圧ポンプ12にあって回転速度制御部としての斜板レギュレータなどの容量可変部12aに、過大速度制御装置21が連結されたものであり、この過大速度制御装置21の構成は、図2に示されたものと同様であるので、その説明を省略する。エンジン11から負荷20までの構成も図1に示されたものと同様であるため、同一符号を付して説明を省略する。
【0083】
負荷変動による過渡変動時および過渡変動が収まった定常時のいずれにおいても、モータ容量の増加と同様に、モータ注入流量の減少もモータ回転速度の過大速度制御には有効である。このモータ注入流量の減少はポンプ容量を減少させるポンプ容量制御方式である。
【0084】
このポンプ容量制御方式は、モータ容量と流量で回転数を制御しているシステムにおいて、モータ回転速度が過大速度に近づいた時のみに、オペレータ操作で定まるポンプ容量操作指令値Vopに過大速度制御指令値Vreを減算または加算してポンプ容量を減少させ、モータ回転速度を、通常時のモータ設定回転速度に近い適正値に保つ制御系である。
【0085】
なお、過大速度制御指令値Vreを減算するように示しているが、これは最終指令値Aが小さいほどポンプ容量が減少するシステムの場合で、逆のシステムでは過大速度制御指令値Vreを加算するようになる。また、ポンプおよびモータを1台で示しているが、それぞれが複数台で構成される場合にも適用でき、それぞれに最終指令値Aを出力する。
【0086】
本発明は、図1に示されるようにモータ容量と流量で回転数を制御している油圧システムで、速度制約がある装置に適用される。特に、ホイールローダ等の油圧駆動車に好適である。
【0087】
さらには、本発明のON/OFFトリガ固定方式またはON/OFFトリガ可変方式は、油圧モータ駆動システムだけでなく、電動モータ駆動システムにも適用可能な制御システムである。
【0088】
そして、本発明の過大速度制御装置によれば、平地での走行等の通常時の機体差による最大速度のばらつきを防止できる。すなわち、許容回転速度を超える容量で油圧モータなどの機器を作っておき、本発明の過大速度制御装置を組込むことで、機体差によらず、ほぼ一定の最大速度に設定することができる。
【0089】
また、本過大速度制御装置によれば、下り坂等で抵抗トルクが減少しても、油圧モータなどの機器の許容値を超える速度になることを防止できるとともに、ON/OFFトリガ可変方式では、安定した速度で運転ができる。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は、本過大速度制御装置およびこの装置を組み込んだ建設機械などの製造業、販売業などにおいて、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0091】
13 回転機としての油圧モータ
13a 回転速度制御部としての容量可変部
21 過大速度制御装置
22 過大速度制御指令演算部
22a 速度偏差演算部
22b オンオフトリガ判定部
22c 操作指令修正量演算部
24 指令偏差演算部
25 遅れ要素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転速度を可変制御可能な回転速度制御部を有する回転機の設定回転速度とこの設定回転速度より大きな実際の回転速度との速度偏差から過大速度制御指令値を演算する過大速度制御指令演算部と、
上記回転機の回転速度を指令する操作指令値と上記過大速度制御指令演算部から出力された上記過大速度制御指令値との指令偏差を演算して上記回転機の回転速度制御部に出力する指令偏差演算部とを具備し、
過大速度制御指令演算部は、
上記実際の回転速度と上記設定回転速度との速度偏差を演算する速度偏差演算部と、
過大速度制御機能を作動させるオントリガ速度とこのオントリガ速度より低い回転速度で過大速度制御機能を停止させるオフトリガ速度とを予め設定可能であり、実際の回転速度からオントリガ速度とオフトリガ速度とを判定するオンオフトリガ判定部と、
このオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定したときは速度偏差演算部より出力された速度偏差から過大速度制御指令値を演算して出力するとともにオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定したときは上記過大速度制御指令値の出力を停止する操作指令修正量演算部と
を具備したことを特徴とする過大速度制御装置。
【請求項2】
操作指令修正量演算部は、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定するまで過大速度制御指令値を停止してオントリガ速度と判定したときから回転速度に応じた過大速度制御指令値を出力するとともに回転速度減少時はオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定するまで回転速度に応じた過大速度制御指令値を出力してオフトリガ速度と判定したときから過大速度制御指令値を出力停止する機能を備えた
ことを特徴とする請求項1記載の過大速度制御装置。
【請求項3】
オンオフトリガ判定部は、複数のオントリガ速度を設定可能であり、
操作指令修正量演算部は、回転速度増加時にオンオフトリガ判定部が第1のオントリガ速度と判定したときは速度偏差演算部から出力された速度偏差に応じた過大速度制御指令値を演算して出力し、オンオフトリガ判定部が第1のオントリガ速度より大きな第2のオントリガ速度と判定したときは回転速度に応じた過大速度制御指令値を演算して出力する機能を備えた
ことを特徴とする請求項2記載の過大速度制御装置。
【請求項4】
操作指令修正量演算部は、回転速度増加時はオンオフトリガ判定部がオントリガ速度と判定するまで過大速度制御指令値を出力停止してオントリガ速度と判定したときに一定の過大速度制御指令値を出力するとともに回転速度減少時はオンオフトリガ判定部がオフトリガ速度と判定するまで一定の過大速度制御指令値を出力してオフトリガ速度と判定したときから過大速度制御指令値を出力停止する機能を備えた
を具備したことを特徴とする請求項1記載の過大速度制御装置。
【請求項5】
指令偏差演算部に接続された遅れ要素
を具備したことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか記載の過大速度制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−36572(P2013−36572A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174541(P2011−174541)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(505236469)キャタピラー エス エー アール エル (144)
【Fターム(参考)】