説明

金属ガラス積層体からなる金型成形体、及びその製造方法

【課題】 基材表面に金属ガラス層が積層され、金属ガラス層表面に精密な凹凸や鏡面を有する金型成形体、ならびにその簡便な製造方法を提供する。
【解決手段】 基材12表面に金属ガラス層14を形成した積層体18を作製し、前記金属ガラス層14の表面に過冷却液体領域で金型20によりプレス加工して金型形状を転写し、金属ガラス層14表面に凹凸形状16を有する金型成形体10を得る。高度な平滑面を有する金型を用いれば、鏡面を有する金型成形体を得ることもできる。積層体18は、基材12表面に金属ガラス粒子を高速フレーム溶射することにより好適に得ることができる。金属ガラス粉末を基材上に高速フレーム溶射すれば緻密な金属ガラスのアモルファス層を容易且つ強固に厚膜として積層でき、大面積化も可能である。本発明によれば、所望のサイズや形状で、金属ガラスの機能性を発揮できる金型成形体が容易に得られる。また、基材に軽量素材や汎用材料を用いれば、軽量化や材料コストの低減化を図ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に精密な凹凸形状や鏡面を有する金型成形体、特に強度、耐食性、耐摩耗性、電気化学的性質等の機能に優れた金属ガラス層を基材表面に積層した部材を用いた金型成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
1960年代に開発されたFe−P−C系の非晶質合金以降、多くのアモルファス合金が製造され、例えば(Fe,Co,Ni)−P−B系、(Fe,Co,Ni)−Si−B系非晶質合金、(Fe,Co,Ni)−M(Zr,Hf,Nb)系非晶質合金、(Fe,Co,Ni)−M(Zr,Hf,Nb)−B系非晶質合金などが知られている。これらは磁性を有しているので、非晶質磁性材料としての応用が期待されてきた。
【0003】
しかしながら、従来のアモルファス合金は何れも過冷却液体領域の温度幅が非常に狭いため、単ロール法と呼ばれる方法などにより10K/sレベルの冷却速度で急冷しなければ非結晶質が形成できず、上記の単ロール法などで急冷して製造されたものは厚さが50μm以下程度の薄帯状のもので、バルク形状の非晶質固体を得ることはできなかった。また、この薄帯を粉砕し、焼結することにより得られた焼結体は多孔質であり、熱サイクル、衝撃に対して不安定で結晶化が進むという問題があるため、過酷な条件下で使用される耐食、耐磨耗などの表面ライニング材、バルク部品としては使用できない。
【0004】
これに対して、近年、過冷却液体状態の温度幅が比較的広く、金属融体を0.1〜100K/s程度のゆっくりとした冷却速度で冷却しても、過冷却液体状態を経過してガラス相に凝固する合金が見い出され、これらは金属ガラスあるいはガラス合金(glassy alloy)と呼ばれて、従来のアモルファス合金とは区別されている。金属ガラスは、(1)3元系以上の金属ガラスからなる合金で、且つ(2)広い過冷却温度域を有する合金と定義されており、耐食性、耐摩耗性等に極めて高い性能を有し、より緩慢な冷却によって非晶質固体が得られるなどの特徴を有する。金属ガラス合金はアモルファス金属の一つとして考えられているが、最近ではナノクリスタルの集合体との見方もされている。
【0005】
金属ガラスは、加熱時に、結晶化前に明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体領域を示す。
すなわち、金属ガラスをDSC(示差走査熱量計)を用いてその熱的挙動を調べると、温度上昇にともない、ガラス転移温度(Tg)を開始点としてブロードな広い吸熱温度領域が現れ、結晶化開始温度(Tx)でシャープな発熱ピークに転ずる。そしてさらに加熱すると、融点(Tm)で吸熱ピークが現れる。金属ガラスの種類によって、各温度は異なる。TgとTxの間の温度領域△Tx=Tx−Tgが過冷却液体領域であり、△Txが10〜130Kと非常に大きいことが金属ガラスの一つの特徴である。△Txが大きい程、結晶化に対する過冷却液体状態の安定性が高いことを意味する。
【0006】
過冷却液体が安定化するための組成に関しては、(1)3成分以上の多元系であること、(2)主要3成分の原子径が互いに12%以上異なっていること、及び(3)主要3成分の混合熱が互いに負の値を有していること、が経験則として知られている(ガラス合金の発展経緯と合金系:機能材料、vol.22,No.6,p.5−9(2002))。
【0007】
金属ガラスとしては、1988年〜1991年にかけて、Ln−Al−TM、Mg−Ln−TM、Zr−Al−TM(ここで、Lnは希土類元素、TMは遷移金属を示す)系等が見出されたのをはじめとして、最近までに数多くの組成が報告されている。
例えば、特許文献1には、過冷却液体領域の温度幅が広く、加工性に優れる非晶質合金として、XAl(X:Zr,Hf、M:Ni,Cu,Fe,Co,Mn、25≦a≦85、5≦b≦70、0≦c≦35)が記載されている。
【0008】
また、特許文献2には、PdとPtとを必須元素とする金属ガラスが塩化ナトリウムなどの水溶液の電解電極材料として好適であることが報告されている。
また、特許文献3には水の電解用電極に適した金属ガラス材料として、Ni72−Co(8−x)−Mo−Z20(x=0、2、4又は6原子%、Z=メタロイド元素)が記載されている。
【0009】
金属ガラスは従来のアモルファス合金に比べても硬度、強度、耐熱性、エロージョンやコロージョンなどに対する耐食性などに優れ、また、過冷却液体領域では変形抵抗が著しく低下して粘性流動体となるので、加工性にも優れる。
よって、金属ガラスのバルク材を作製してこれを過冷却液体状態で成形加工することが考えられるが、バルク材のサイズが大きくなると冷却に時間を要し、冷却速度が遅くなるため、結晶化させずに大きなバルク材料を得ることは難しい。
これに対し、金属ガラスを任意のサイズの基材上に積層でき、金属ガラス層表面に所望の形状を容易に加工成形することができれば、基材のサイズが制限されることなく金属ガラスの機能性を付与できる。また、積層体の基材に軽量素材や汎用材料を用いれば、軽量化や材料コストの低減化を図ることができる。
【0010】
金属ガラスを基材表面に被覆する方法としては、スパッタリングなどの物理的蒸着法が一般的に行われている。
しかしながら、この方法では金属ガラス薄膜しか形成できず、その後の加工に十分な膜厚が得られない。また、大面積化も困難である。
また、鍍金などの湿式系では析出条件が難しく、組成が安定しないという問題がある。
特許文献4には、板状金属ガラス(厚み1mm)を他の金属板と重ね合わせた後、過冷却液体状態で押圧することにより両者を接合する方法が記載されているが、このような方法で強固に接合するには新生面の生成が必要であり、両方の板状部材の変形は避けられない。また、前記のように非常に大きな金属ガラスのバルク材を結晶化させずに得ることは難しく、大面積化には向いていない。
【0011】
【特許文献1】特開平3−158446号公報
【特許文献2】特開平9−279318号公報
【特許文献3】米国特許第5429725号明細書
【特許文献4】特開平11−33746号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は前記背景技術に鑑みなされたものであり、その目的は、基材表面に金属ガラスを積層した積層体であって、金属ガラス表面に精密な凹凸や鏡面を有する金型成形体、ならびにその簡便な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために本発明者らが鋭意検討を行った結果、金属ガラス粉末の基材表面への溶射により得られた積層体が、アモルファス相からなる金属ガラス層を強固かつ厚膜に積層した積層体を形成していること、この積層体の金属ガラス層表面を過冷却液体領域で金型プレス加工することにより、金型の形状を金属ガラス表面に良好に転写できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明にかかる金型成形体は、基材表面に金属ガラス層が積層され、前記金属ガラス層表面には凹凸形状及び/又は鏡面を呈する平滑面を有することを特徴とする。
本発明の金型成形体において、金属ガラス層の肉薄部における厚みが0.1mm以上であることが好適である。
【0014】
また、本発明の金型成形体において、金属ガラスが鉄基を30〜80原子%含むことが好適である。
また、本発明の金型成形体において、基材の比重を3.0以下とすることができる。
本発明にかかる金型成形体の製造方法は、
基材表面に金属ガラス層を積層する工程と、
前記金属ガラス層の表面に、過冷却液体領域で金型によりプレス加工して、金型の形状を該金属ガラス表面に転写する工程と、
を備えることを特徴とする。
【0015】
本発明の方法において、基材表面に金属ガラス粒子を高速フレーム溶射することにより金属ガラス層を積層することが好適である。
また、本発明の方法において、基材表面に金属ガラスを積層する工程で金属ガラス層の厚みを0.1mm以上とすることが好適である。
また、本発明の方法において、転写後の金属ガラス層の厚みを肉薄部で0.1mm以上とすることが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、金属ガラス層を基材上に積層して積層体とし、金属ガラス層表面に過冷却液体領域でプレス加工して転写することにより、所望の形状が金属ガラス表面に形成され、基材に金属ガラスの機能性が付与された成形体を得ることができる。また、積層体の基材に軽量素材や汎用材料を用いれば、軽量化や材料コストの低減化を図ることができる。また、金属ガラス粉末を基材上に溶射することにより金属ガラス層を容易且つ強固に厚膜に積層でき、大面積化も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1には、本発明にかかる金型成形体(以下単に成形体ということがある)の一例として、表面に凹凸形状を有する成形体10が示されている。
図1の成形体10においては、基材12の表面に金属ガラス層14が積層されており、該金属ガラス層14の表面には凹凸形状16が形成されている。
また、本発明の金型成形体は、図2に示すように、基材12の両面に所定の凹凸形状16a、16bをそれぞれ有する金属ガラス層14a、14bが形成されていてもよい。
本発明の成形体においては、金属ガラス層は基材表面の一部または全部に積層することができる。また、その表面形状は表面によって任意に形成することができる。
【0018】
金属ガラスは、広い過冷却液体領域を有し、かつ過冷却液体状態では非常に粘性が低いという特徴を有している。従って、金属ガラスをこのような温度領域で金型によりプレス加工することにより、精密な凹凸形状をその表面に良好に転写することができる。
本発明においては、基材表面に金属ガラス層を形成して積層体とした後、前記金属ガラス層の表面に、過冷却液体領域で金型によりプレス加工し、金型の形状を転写して成形体を得る。
【0019】
例えば、図1の成形体10は、図3に示すように、
(i)基材12の表面に金属ガラス層14を形成して積層体18を作製する工程と、
(ii)積層体18の金属ガラス層14の表面に、過冷却液体状態で、所定形状の金型20を用いてプレス加工して金型20の形状を転写し、金属ガラス層14の表面に目的とする凹凸形状16を形成する工程
により、得ることができる。
また、図2のような成形体10も、図4に示すように、
(i)基材12の両面に金属ガラス層14a、14bをそれぞれ形成して積層体18を作製する工程と、
(ii)積層体18の金属ガラス層14a、14bの表面に、過冷却液体状態で、両側からそれぞれ所定形状の金型20a、20bをプレス加工して金型20a、20bの形状を転写し、金属ガラス層14a、14bの表面に目的とする凹凸形状16a、16bを形成する工程
により、得ることができる。
【0020】
このような方法は、金属ガラス層が基材の全面に積層されている場合でも同様であり、適当な金型を用いて転写することにより、金属ガラス層表面に目的の形状を形成することができる。
なお、金型として高度な平滑面を有するものを用いてこれを転写すれば、鏡面加工することができる。また、凹凸形状と平滑面とを兼ね備えた金型も使用できる。
本発明の金型成形体の金属ガラス層は、耐食性などの観点からは、肉薄部での膜厚が0.1mm以上であることが好適である。
【0021】
プレス加工には、公知の方法を用いることができるが、本発明においては、プレス加工される金属ガラス層を過冷却液体状態とすることが必要である。これは、金属ガラス層(あるいは積層体)に熱を供給することにより、金属ガラス層を過冷却液体状態とすることができる。あるいは、金型から金属ガラス層に熱を供給してもよい。また、その両者を組み合わせることもできる。
なお、本発明においては、特に問題のない限り、加熱処理やプレス処理などその他の公知の工程を必要に応じて組み入れることができる。
【0022】
本発明においては、△Tx=Tx−Tg(ただしTxは結晶化開始温度、Tgはガラス遷移温度を示す)の式で表される過冷却液体領域の温度間隔△Tgが20K以上である金属ガラスが好適に用いられる。このような金属ガラスとしては、メタル−メタロイド系金属ガラス合金、メタル−メタル系金属ガラス合金、ハード磁性系金属ガラス合金などが挙げられる。
メタル−メタロイド系金属ガラス合金は、ΔTxが35K以上、組成によっては40〜50K以上という大きな温度間隔を有していることが知られている。金属元素としてFeを含有するものでは、例えばFe以外の他の金属元素と半金属元素(メタロイド元素)とを含有してなり、金属元素としてAl、Ga、In、Snのうちの1種または2種以上を含有し、半金属元素として、P、C、B、Ge、Siのうちの1種または2種以上を含有するなどが挙げられる。
メタル−メタル系金属ガラス合金の例としては、Fe、Co、Niのうちの1種又は2種以上の元素を主成分とし、Zr、Nb、Ta、Hf、Mo、Ti、Vのうちの1種又は2種以上の元素とBを含むものが挙げられる。
△Txが大きい程、過冷却液体状態が安定であり、積層や転写における制御が容易になるので、本発明においては△Txが20K以上、さらには40K以上の金属ガラスであることが好ましい。
【0023】
本発明においては、金属ガラスが複数の元素(3金属元素以上)から構成され、その主成分が少なくともFe基、Co基、Ni基、Ti基、Zr基、Mg基、Cu基、Pd基のいずれかひとつを30〜80質量%の範囲で含有することが好適である。さらに、VIa族元素(Cr,Mo,W)を10〜40質量%、IVb族元素(C,Si,Ge,Sn)を1〜10質量%の範囲で各グループから少なくとも1種類以上の金属を組み合わせてもよい。また、鉄族元素、およびこれらに目的に応じて、Ca,B,Al,Nb,N,Hf,Ta,Pなどの元素が10%以内の範囲で添加される。これらの条件により、高いガラス形成能を有することになる。
【0024】
また、特に、金属ガラスの成分が、少なくともFe基を含有することで耐食性は飛躍的に向上する。Fe基が30質量%以下では耐食性が十分に得られず、また、80質量%以上では金属ガラスの形成は困難である。
好ましい組成として、例えば、Fe43Cr16Mo161510(以下、下付き数字は全てat%を示す)、Fe75Mo12Si、Fe52Co2020SiNb等の鉄基金属ガラスが挙げられる。
【0025】
次に、金属ガラス層の積層について、説明する。
金属ガラス層を基材表面に積層するにあたっては、後のプレス加工による転写の際に、所望の凹凸形状や鏡面仕上げを得るに十分な厚みを形成することが必要である。積層体における金属ガラス層の厚み(転写前の金属ガラス層の厚み)は、転写する形状の幅、深さ、密度などのパターンや目的に応じて適宜決定すればよいが、例えば、肉薄部における金属ガラス層の厚みを0.1mm以上としたい場合には、少なくとも0.1mmは必要であり、好ましくは1mm以上とすることが望ましい。積層体における金属ガラス層の厚みの上限は特に制限されるものではないが、厚くなりすぎると不経済であり、通常は5mm以下である。
【0026】
本発明の成形体において、金属ガラス層中に気孔が多い場合や結晶相が含まれる場合には、金属ガラスが有する優れた性能が損なわれる。よって、金属ガラス層を基材上に積層する際には、緻密で均一なアモルファス相として積層することが望ましい。また、金属ガラス層と基材12とが強固に接合されて積層することも重要である。
金属ガラス層を基材上に積層する方法として、溶射が好適に使用できる。金属ガラス粒子を溶射によって過冷却状態で基材表面に衝突させることにより、金属ガラスの均一なアモルファス相の溶射皮膜を基材上に強固に形成することができる。
【0027】
アモルファス固体状態にある金属ガラスを加熱した場合、Tg以下の温度ではアモルファス固体状態のままであるが、Tg〜Txでは過冷却液体状態、Tx〜Tmでは結晶固体状態、Tm以上では液体となる。
過冷却液体領域では、金属ガラスは粘性流動を示し、粘性が低い。このため、過冷却液体状態にある金属ガラスが基材表面に衝突すると、瞬時に薄く潰れて基材表面に広がり、厚みが非常に薄い良好なスプラットを形成することができる。そして、このようなスプラットの堆積により、気孔が非常に少ない緻密な膜を形成することができる。
【0028】
また、スプラットは過冷却液体状態から冷却されるので、結晶相を生成せず、アモルファス相のみが得られる。すなわち、アモルファス固体状態と過冷却液体状態とは可逆的であるため、過冷却液体状態にある金属ガラスを冷却すれば、冷却速度によらずアモルファス固体状態の金属ガラスを得ることができる。これに対し、過冷却液体状態と結晶固体状態とは不可逆であるため、結晶固体状態の金属ガラスをそのまま室温まで冷却しても、結晶固体状態のままであり、Tm以上で融解して液体状態にある金属ガラスを冷却した場合には、冷却速度によっては結晶相が生成してしまう。
【0029】
さらに、大気中での溶射の場合、材料を溶融状態で衝突させる従来の溶射方法では、溶射材料の酸化物が皮膜中に含まれてしまい、皮膜の特性に悪影響を及ぼすが、本発明では過冷却液体状態で衝突させるので、大気中で溶射したとしても酸化の影響がほとんどない。
従って、本発明の方法によれば、均一な金属ガラスのアモルファス固体相からなり、且つ気孔がほとんどない緻密な金属皮膜を溶射により得ることができる。
金属ガラス皮膜中の気孔は非常に少なく(気孔率は10容積%以下、好ましくは2容積%以下)、また、気孔径も皮膜の膜厚よりもごく小さく、皮膜を貫通するような連続気孔は存在しない。
【0030】
金属と基材との接合は圧接、溶接などの方法がとられ、界面における両者の組織の親和性が密着強度、はがれなどの耐久性に大きな影響を与える。また両者の間には材料特有の熱膨張係数が存在するため膨張係数のマッチングが重要である。金属ガラスは、その組織構造から金属に比べ熱膨張係数は低く、柔軟性に富み、界面形成能にも優れている。
【0031】
溶射は、めっきや蒸着などに比べて厚い皮膜(100μm以上)を得ることが可能であるが、一般に金属の溶射皮膜では気孔が多く、そのため基材の耐食性を高める目的で耐食性の金属を溶射したとしても、十分な耐食性が得られない。しかし、金属ガラスを原料とする溶射では、過酷な腐食環境での使用にも長期にわたって耐える緻密な高耐食性皮膜の形成が可能である。
【0032】
溶射方法としては、大気圧プラズマ溶射、減圧プラズマ溶射、フレーム溶射、高速フレーム溶射(HVOF)、アーク溶射などがあるが、高速フレーム溶射が高密度膜を得る上で特に優れている。また、高速フレーム溶射は大気中で行うことができ、大面積の溶射が可能である。
図5は、高速フレーム溶射(HVOF)装置の一例の概略図である。同図に示すように、HVOF装置は溶射ガン30を備え、該溶射ガン30の基部(図中左方)から燃料パイプ32及び酸素パイプ34を介してそれぞれ燃料及び酸素が供給され、溶射ガン30のフレーム端(図中右方)には高速の燃焼炎(ガスフレーム)36が形成される。そして、この溶射ガン30のフレーム端に近接して溶射材料供給パイプ38が設けられ、該パイプ38から溶射材料粉末が搬送ガス(Nガスなど)により圧送供給される。
【0033】
そして、パイプ38により供給された溶射材料粉末粒子は、ガスフレーム36中で加熱及び加速される。この加速粒子(溶射粒子)40は高速で基材42の表面に衝突し、基材表面で急速に冷却されて凝固し、偏平なスプラットを形成する。このようなスプラットの堆積により、溶射皮膜44が形成される。
燃料としては、灯油、アセチレン、水素、プロパン、プロピレン等を用いることができる。
溶射粉末の粒径は、特に問題のない限り制限されないが、10〜80μm、さらには20〜50μmが好適に使用できる。
【0034】
本発明においては、あらかじめ原料を金属ガラスの状態(アモルファス)にする。原料は基本的に粒状あるいは粉体状が好ましいが、これに限定されるものではない。作成方法としてはアトマイズ法、ケミカルアロイング法、メカニカルアロイング法などがあるが、生産性を考慮すればアトマイズ法が好ましい。
【0035】
このような方法により金属、合金、セラミック、樹脂などの材料表面に金属ガラスを溶射し、緻密な金属ガラスのアモルファス皮膜を形成することができる。特に銅、ステンレスなどの耐熱性、熱容量、熱伝導の高い金属材料には好適に溶射できる。
また、比重が小さな素材として、例えば比重が3.0以下であるアルミニウムやマグネシウム、それらの合金なども使用できる。
本発明において、基材のサイズや形状は任意であり特に制限されない。溶射による積層では、圧延によって接合する場合のような基材の変形がないので、用いた基材の形状はそのまま金型成形体においても維持することができる。
また、アルミニウムなどの基材との積層体では、従来困難であった軽量化や低価格化が可能である。
【0036】
金属ガラス溶射皮膜は均一の膜厚に形成してもよいし、必要に応じて傾斜膜とすることもできる。
溶射皮膜の表面は、スプラットの堆積により微視的には平滑面ではないが、上述のように、過冷却液体状態で転写することにより容易に平滑面とすることができる。
【0037】
本発明の金型成形体は、所望のサイズや形状のものとすることができ、金属ガラス層により優れた機能性が発揮できるので、各種分野における機能性部品として有用である。例えば、燃料電池のバイポーラプレート(セパレータ)や、水電解用や有機合成用などの電極、ポリゴンミラーやグレーティング(回折格子)などの光学部品等、各種バルク部品が挙げられる。
【0038】
燃料電池用バイポーラプレートの両面には、通常、燃料である水素と酸素(空気)がイオン交換膜の全面にわたって一様に接触して流れるように、ガス流路となる溝が彫られている。通常、溝の深さは0.5mm程度、その幅は1〜数mm程度である。バイポーラプレートには、一般にカーボン材料が用いられており、このような加工は通常NC工作機械によるもので、時間とコストが非常にかかるものとなっている。また、燃料電池の軽量化も重要な課題の一つである。
本発明によれば、このような溝が転写により容易に形成でき、また、軽量化の問題も解決できる。また、バイポーラプレートには、電気伝導性がよいこと、厳しい腐食環境に耐えること、サイズ変化が小さく精密加工に適していることなども要求されるが、本発明の成形体はこのような点も十分満足することができる。
【0039】
また、塩化ナトリウム水溶液をはじめとする各種水溶液の電解用電極や、有機合成用電極などにおいは、電解効率や耐食性が要求される。特許文献2には、PdとPtとを必須元素とする金属ガラスが、電極材料として好適であることが報告されているが、Ptなどの貴金属は非常に高価であり、その使用量を低減することが望まれる。
よって、このような電極において本発明の金型成形体を用いれば、金属ガラスの使用量が低減できる。また、金属ガラス層に凹凸を形成すれば表面積が増大し、電極の小型化にも寄与できる。
【0040】
また、ポリゴンミラーをはじめとする各種光学部品においても軽量化が求められており、本発明のように基材表面に金属ガラスを積層し、それをプレス加工して表面に鏡面や精密な凹凸を転写すれば、軽量化可能である。また、金属ガラス層は、強度や耐摩耗性などにも優れるので、このような点でも有利である。
【実施例1】
【0041】
組成がFe43Cr16161510である金属ガラスの水アトマイズ粉(粒径32〜53μm、アモルファス)を高速フレーム溶射装置(TAFA社製 JP−5000)を用いて溶射した。
なお、原料であるFe43Cr16161510金属ガラス粉末をDSC(示差走査熱量計)で測定したところ、ガラス転移温度(Tg)は646.6℃、結晶化開始温度(Tx)は694.8℃、融点(Tm)は約1094.8℃であった。
また、溶射基材としてはSUS304を用いた。
粉末搬送ガスはN、燃料は灯油、溶射距離(溶射ガンの先端から基材表面までの距離)は200mmであった。
【0042】
基材表面への溶射開始直後に遮断板により基材表面へのガスフレーム及び溶射粒子を遮断して、スプラット堆積前の個々のスプラットの形状を調べたところ、スプラットは飛び散ることなく極めて薄く扁平に潰れて広がっていた。
そして、遮断板を用いずに連続的に溶射を行った場合には、溶射密度に応じて基材表面に種々の膜厚の溶射皮膜を形成することができ、0.01mm以上から形成でき、0.1mm以上も、例えば2〜3mmの厚膜も形成可能であった。これら溶射皮膜は基材表面に強固に結合しており、また、溶射皮膜のX線回折により、完全なアモルファス相であることが確認された。また、その断面を電子顕微鏡にて観察したところ、溶射皮膜は非常に緻密で気孔はほとんどなく、連続気孔も認められなかった。また、酸化物層の形成も認められなかった。
これらの結果は、金属ガラスの溶射粒子が過冷却液体状態で基材表面に衝突したことによるものと考えられる。
このようにして得られた積層体は、過冷却液体領域でのプレス加工により、金型形状を金属ガラス表面に高精度に転写することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施例にかかる成形体の断面図である。
【図2】本発明の一実施例にかかる成形体の断面図である。
【図3】本発明の一実施例にかかる成形体の製造方法の概略を示す図である。
【図4】本発明の一実施例にかかる成形体の製造方法の概略を示す図である。
【図5】高速フレーム(HVOF)装置の一例の概略図である。
【符号の説明】
【0044】
10 成形体
12 基材
14、14a、14b 金属ガラス層
16、16a、16b 凹凸形状
18 積層体
20、20a、20b 金型
30 溶射ガン
32 燃料パイプ
34 酸素パイプ
36 ガスフレーム
38 溶射材料供給パイプ
40 溶射粒子
42 基材
44 溶射皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に金属ガラス層が積層され、前記金属ガラス層表面には凹凸形状及び/又は鏡面を呈する平滑面を有する金型成形体。
【請求項2】
請求項1記載の金型成形体において、金属ガラス層の肉薄部における厚みが0.1mm以上であることを特徴とする金型成形体。
【請求項3】
請求項1又は2記載の金型成形体において、金属ガラスが鉄基を30〜80原子%含むことを特徴とする金型成形体。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の金型成形体において、基材の比重が3.0以下であることを特徴とする金型成形体。
【請求項5】
基材表面に金属ガラス層を積層する工程と、
前記金属ガラス層の表面に、過冷却液体領域で金型によりプレス加工して、金型の形状を該金属ガラス表面に転写する工程と、
を備えることを特徴とする金型成形体の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の方法において、基材表面に金属ガラス粒子を高速フレーム溶射することにより金属ガラス層を積層することを特徴とする金型成形体の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載の方法において、基材表面に金属ガラスを積層する工程で金属ガラス層の厚みを0.1mm以上とすることを特徴とする金型成形体の製造方法。
【請求項8】
請求項5〜7の何れかに記載の方法において、転写後の金属ガラス層の厚みを肉薄部で0.1mm以上とすることを特徴とする金型成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−122918(P2006−122918A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−310862(P2004−310862)
【出願日】平成16年10月26日(2004.10.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000110251)トピー工業株式会社 (255)
【Fターム(参考)】