金属フッ化物光学素子のための気密接着酸化膜
本発明は単にファンデルワールス力ではなく、4eV≦の結合エネルギーによって化学的に結合された気密接着被覆を表面に有する単結晶アルカリ土類金属フッ化物光学素子に関するものである。光学素子に被覆を施す材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等のうちの(任意の)混合物、例えば、SiO2JHfO2及びF−SiO2/ZrO2から成る群より選択される。光学素子に使用される好ましいアルカリ土類金属フッ化物はCaF2であり、好ましい被覆はSiO2、F−SiO2、SiO2/ZrO2及びF−SiO2/ZrO2である。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、米国出願第12/156429号(2008年5月29日出願)の優先権を主張するものである。
【技術分野】
【0002】
本発明は表面に気密接着酸化膜を有する金属フッ化物から成る光学素子、並びにそのような気密接着酸化膜及び光学素子の製造方法に関するものである。具体的には、表面にシリカ膜及びドープシリカ膜を有するアルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子及びプラズマイオン支援蒸着(PLAD)を用いたそのような膜の成膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
当技術分野において、光学薄膜の蒸着が知られており、そのような薄膜の蒸着に幾つかの方法あるいは技術が用いられている。その中で、すべてを真空中で行う方法には(1)従来の蒸着(CD)、(2)イオン支援蒸着(IAD)、(3)イオンビームスパッタリング(IBS)、(4)プラズマイオン支援蒸着(PLAD)がある。
【0004】
従来の蒸着(CD)法においては、抵抗加熱法又は電子衝撃加熱法により、表面に膜を蒸着する予定の基板と一緒に蒸着材料を加熱して溶融状態にする。溶融状態になると材料が蒸発して基板表面に膜が凝縮する。この方法における材料の溶融温度において、蒸発物に一定の解離が起きる。この解離は元素材料(例えば、元素アルミニウム、銀、ニッケル等)を蒸着する場合には問題にならないが、蒸着材料が化合物(例えば、SiO2、HfO2)の場合には問題が生じる。酸化物材料の場合、所謂反応性蒸着と呼ばれる化学量論復元のため、蒸着中に少量の酸素が真空室内に導入される。一般にCD法による膜は蒸着時に多孔質であり表面エネルギー(接着性)に打ち勝つための運動エネルギー(表面移動度)が不足している。一般に膜の成長は円柱状であり(非特許文献1)、表面に向かって成長し、膜が厚いほど多孔質になる。CD蒸着膜は、多孔率が高いことの他、屈折率が不均一であること、上面の粗度が大きいこと、吸着性が弱いことなどの問題がある。蒸着速度の調整及び蒸着中の基板の高温化により多少ではあるが改善が可能である。しかし、最終的な製品を全体的に考慮した場合、CD技術は通信素子、フィルター、レーザー部品、センサー等の高品質光学部品には適していない。
【0005】
イオン支援蒸着(IAD)は前記CD法に似ているが、更に、蒸着過程において、一定のイオン化酸素を加えた不活性ガス(例えば、アルゴン)のエネルギーイオンが蒸着膜に照射されるという特徴がある(酸化膜の場合には、膜の化学量論を改善する必要がある)。一般にイオンエネルギーは300eV〜1000eVである一方、基板におけるイオン電流は低く、1平方センチメートル当たり数マイクロアンペアである。(従って、IADは高電圧、低電流密度のプロセスである。)エネルギーイオンの照射により蒸着膜に運動量が移行され十分な表面移動度が得られるため、表面エネルギーに打ち勝ち、緻密で滑らかな膜を作製することができる。蒸着膜の屈折率の不均一性及び透明性も改善されると共にIAD法においては、基板の加熱は殆ど又は全く必要としない。
【0006】
イオンビームスパッタリング(IBS)は、一般には酸化物材料である、対象材料にエネルギーイオンビーム(例えば、500eV〜1500eVのアルゴンイオン)を照射する方法である。エネルギーイオンビーム衝突時に、対象材料を基板に跳ね飛ばすのに十分な運動量が移行され、対象材料が基板において滑らかで緻密な膜として蒸着される。跳ね飛ばされた材料が、恐らく数百電子ボルトという、高エネルギーで基板に到達することにより、高充填密度の滑らかな表面が得られるが、IBS法の共通の副作用として蒸着膜の高吸収性が上げられる。その結果、化学量論及び吸収性の両方を改善するため、IBS法にはIAD源が含められることがある。IBS法はCD法及びIAD法に比べて改善されてはいるが、IBS法には幾つかの問題がある。IBS蒸着方法には以下の問題がある。(1)蒸着の進行が遅い。(2)製造方法というより寧ろ研究室向けの技術である。(3)IBS設備は殆ど存在しておらず、一般に存在しているものは通信バブルの遺物であって、1〜2台の機械が少人数で運用されている。(4)基板容量がかなり限定される。(5)基板に対する蒸着の均一性に制約があり製品の品質に影響を与え得るため、廃棄率が高くなる。(6)ターゲットが侵食されるため、蒸着膜の均一性の変化による品質上の問題並びにターゲットの頻繁な交換に伴うダウンタイム及びコストの問題がある。(7)照射エネルギーが非常に高いため蒸着材料に解離が生じ吸収性が高まる。
【0007】
プラズマイオン支援蒸着(PLAD)は前記IAD法に似ているが、低電圧、高電流密度のプラズマによって蒸着膜に運動量が移行される点が異なる。一般に、バイアス電圧は90〜160V、電流密度はミリアンペア/cm2である。PLAD装置は精密光学分野において周知の装置であり、膜の蒸着に用いられているが、PLAD法には蒸着膜の均一性の問題を始めとして、幾つかの問題がある。PLAD蒸着については、Jue Wang等の共同所有である米国同時係属出願第11/510,140号明細書であって、特許文献1として公開されたものに記載されている。
【0008】
ArFエキシマレーザーは、マイクロリソグラフィ分野において好まれて使用されている露光光源であり、半導体製造においてパターン化されたシリコンウェーハの大量生産に用いられている。半導体加工処理が65nmノードから45nmノード及びそれ以上に進歩するにつれ、マイクロリソグラフィ技術は解像度、スループット、及び安定度の改善という継続的な課題に直面している。その結果、エキシマレーザー部品に対する期待及び要求も高まっている。アルカリ土類金属フッ化物光学結晶(CaF2、MgF2等)、特にCaF2は優れた光学特性及び高バンドギャップエネルギーを有していることから、ArFレーザーの光学素子用の光学材料として好まれている。しかし、研磨、無被覆のCaF2の表面は、波長193nmのフルエンスが40mJ/cm2以上の僅か数百万のパルスの照射によって劣化する。エキシマレーザーに基づくシステムに用いられる研磨CaF2部品の寿命を延ばす方法が幾つかある。これ等の方法には、特許文献2及び3に記載されているように、表面処理品質を改善する方法及びFをドープしたSiO2の薄層を真空蒸着する方法がある。しかし、半導体業界においては、エキシマレーザー光源の性能向上の要求が絶えずあり、その結果、エキシマレーザーのパワーが40Wから90W、繰り返し周波数が2KHzから6KHzにそれぞれ引き上げられた。エキシマレーザーの技術ロードマップによれば、レーザーのパワー及び繰り返し周波数は更に120W及び8KHzにそれぞれ引き上げられる予定である。このようなパワー及び繰り返し周波数の増大により、既存のレーザー光学部品の寿命が問題となる。このようにパワー及び繰り返し周波数が増大した結果例えば、前記高パワー、高繰り返し周波数で動作するF−SiO2被覆CaF2光学素子を用いたレーザー損傷加速試験において見られる気泡形成による光学素子の早期故障の懸念が生じている。高パワー、高繰り返し周波数のレーザーシステムに使用する場合には、F−SiO2を被覆した光学素子の環境安定性、特に高湿度条件下における安定性を向上させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許出願公開第2008/0050910A1号明細書
【特許文献2】米国特許第7,242,843号明細書
【特許文献3】米国特許第7,128,984号明細書
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】K.Gunther、Applied Optics、Vol.23(1984)、pp. 3806−3816
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、当技術分野において一般的になりつつある高パワー、高繰り返し周波数を考慮した場合、新規なプロセス又は既存プロセスの改善が求められている。特に、滑らかで緻密な膜で金属フッ化物光学素子を被覆できると共にそのような素子を高パワー、高繰り返し周波数のレーザーシステムに用いても気泡を生じさせない方法の必要性がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は表面に気密接着被覆を有する単結晶アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に関するものであって、前記被覆は単にファンデルワールス力ではなく、4eV≦の結合エネルギーによって、前記アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子の表面に化学的に結合されて成ることを特徴とするものである。前記光学素子の被覆に使用される材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の(任意の)混合物、例えば、SiO2;HfO2及びF−SiO2/ZrO2を含みこれに限定されない混合物から成る群より選択される。1つの実施の形態において、前記光素子に使用されるアルカリ土類金属フッ化物はCaF2である。別の実施の形態において、前記被覆材料はSiO2及びF−SiO2である。
【0013】
1つの実施の形態において、本発明はアルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に気密接着被覆を施す方法に関し、該方法は真空室を用意し、該真空室内の回転板上にアルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップ、少なくとも1つの選択された被覆材料源又は混合被覆材料源を提供し、該材料を電子ビームによって気化させることにより、前記材料源から選択された形状を有するマスクを通り前記光学素子に達する被覆材蒸気流動を発生させるステップ、プラズマ源からプラズマイオンを発生させるステップ、前記素子を選択された回転数fで回転させるステップ、及び前記被覆材料を前記光学素子の表面に被覆膜として蒸着し、該材料を蒸着する過程において、前記プラズマイオンにより前記膜を前記素子に衝突させることにより該素子の表面に気密接着膜を形成するステップを有して成ることを特徴とするものである。前記膜が4eV≦の結合エネルギーによって前記素子の表面に化学的に結合され、前記アルカリ土類金属フッ化物はMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、前記マスクが部分マスク及び逆マスクから成る群より選択されることを特徴とするものである。好ましい実施の形態において、前記マスクは部分マスクである。
【0014】
本発明は表面に気密接着被覆を有する光学素子に関するものでもある。該光学素子は単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料から成る成形光学素子であって、該素子の少なくとも1つの透光面に4eV≦の結合エネルギーによって化学的に結合された被膜を有して成ることを特徴とするものである。前記アルカリ土類金属フッ化物はMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択される。好ましい実施の形態において、前記光学素子は単結晶CaF2から成っている。前記被膜の材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択される。前記光学素子の被覆の厚さは20〜200nmである。好ましい実施の形態において、前記厚さは50〜150nmである。1つの実施の形態において、前記光学素子はCaF2光学素子である。別の実施の形態において、前記光学素子の被覆材料はSiO2及び/又はF−SiO2である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】CaF2表面の概略図。
【図2】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後の気泡形成による従来技術のF−SiO2被覆CaF2光学素子の早期故障を示す光学像。
【図3】193nmレーザー照射後の気泡形成による従来技術のF−SiO2被覆CaF2光学素子の早期故障のSEM断面像。
【図4】CaF2基板とSiO2膜との化学的結合界面を示す概略図。
【図5】CaF2光学素子にSiO2膜を蒸着する間におけるその場プラズマ平滑化処理を示す概略図。
【図6】プラズマの運動量移行を関数とするPLADによるSiO2膜の屈折率を示す図。
【図7】標準のPLAD法によって蒸着された厚さ60nmのSiO2膜のプラズマ平滑化効果を示す図。
【図8A】本発明によるその場及び蒸着後プラズマ平滑化処理を施したPLAD蒸着F−SiO2膜のAFM像を示す図。
【図8B】その場プラズマ平滑化処理を施さないPLAD蒸着F−SiO2膜のAFM像を示す図。
【図9A】その場プラズマ平滑化処理を施したPLAD蒸着F−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図。
【図9B】その場プラズマ平滑化処理を施さないPLAD蒸着F−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図。
【図10】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後において本発明の気密接着F−SiO2で被膜したCaF2光学素子に早期故障がないことを示す光学像。
【図11】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後における本発明のCaF2光学素子に蒸着した気密接着F−SiO2のSEM断面像を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は高パワー、高繰り返し周波数レーザーシステムに使用可能な改良型被覆光学素子及びそのような光学素子を製造する方法に関するものである。そのような光学素子はアルカリ土類金属フッ化物から成るレンズ、部分及び全体反射鏡、及びウィンドウを含みこれに限定されない。CaF2はかかる素子の好ましい金属フッ化物である。
【0017】
本発明の方法により気密接着被覆を有する光学素子を提供することができる。本発明は、被覆を施してアルカリ土類金属フッ化物の単結晶、例えば、MgF2、CaF2、BaF2、SrF2から成る光学素子及びかかる金属フッ化物の混合物、例えば、(Ca、Sr)F2から成る光学素子を提供するのに特に適している。被覆材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の(任意の)混合物、例えば、SiO2;HfO2、F−SiO2/ZrO2、及びSiO2/ZrO2を含みこれに限定されない混合物から成る群より選択される。以下、SiO2及びF−SiO2を被覆材料の例とし、CaF2を光学素子/基板の材料例として説明する。
【0018】
本発明において、フッ化物光学素子、特にCaF2面に気密接着酸化物被覆を施すという目的の達成のために重要な3つの要素について以下説明する。
【0019】
1.ファンデルワールス結合生成ではなく、化学結合生成によるCaF2結晶基板と酸化膜との界面における膜接着性の強化。CaF2結晶基板と、例えば、SiO2を主成分とする膜を含みこれに限定されない、酸化膜との界面における化学結合強度はファンデルワールス結合の百倍大きい。これにより、アルカリ土類金属フッ化物光学素子(例えば、単結晶CaF2から成るレンズ)の表面が強固に接着する膜に覆われ密封される。
【0020】
2.プラズマの運動量移行の増大による膜充填密度の向上。
【0021】
3.マスキング技術を用いたその場プラズマ平滑化処理による被覆の点欠陥の排除及び膜の平滑化の向上。
【0022】
膜接着性の強化
図1はCaF2結晶の表面結合構造を示す概略図であり、点線40は蒸着された膜が位置するCaF2の界面領域を示している。CaF2の表面にSiO2膜を形成する方法は、高真空環境下において電子ビームを照射することにより熱的に気化したSiO2又はF−SiO2が生成され、SiO2又はF−SiO2が気化ガスによってCaF2基板に運ばれ、基板表面に吸着される物理的気相成長法(PVD)である。この場合、主としてファンデルワールス力によりSiO2膜とCaF2基板との間に相互作用が起きる。SiO2とCaF2との界面におけるファンデルワールス結合エネルギーは、0.04eVまでであると推定され、(ファンデルワールス結合エネルギーより2桁大きい)4eVより大きいCa−O−Siの結合エネルギーと比較すると非常に弱い。この弱い界面結合が、F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に193nmのレーザーを照射したときの気泡形成による典型的な早期故障の原因であると思われる。例として、繰り返し周波数3KHzの193nmレーザーにより、フルエンスが70mJ/cm2のパルスを40Mパルス(百万パルス、106パルス)照射後の気泡形成によるF−SiO2を被覆したCaF2光学素子の早期故障を示す光学像を図2に示す。また、図3はF−SiO2を被覆したブラケットで示す素子41及び素子41に前記レーザーを照射したとき、SiO2膜42がCaF2基板から剥離したことにより形成された気泡46(黒い瘤)を示すSEM断面像である。参照符号45で示す領域は被覆を施したCaF2素子/基板41を載置した表面を示す背景であり、F−SiO2被覆上部の白い線はSEM写真撮影時の反射アーチファクトであって、被覆及び/又は基板の欠陥を示すものではない。前記のように、白い線は被覆された物の端部からの反射がその被覆物を載置している背景に当って生じたものである。図2及び3に示す気泡形成とは対照的に、後述する図10及び11は本発明による気密接着SiO2膜で被覆したCaF2光学素子に70mJ/cm2、3KHzのパルスを40Mパルス照射後において膜故障が全くないことを示している。
【0023】
図4は多量のCa−O−Si結合が生じているSiO2膜とCaF2基板との化学的結合界面40を示す図である。 “Extended lifetime of fluoride optics”、Boulder Damage Symposium、Proc.、SPIE、Vol.6720 672001(2007)において、Arプラズマ衝撃によりフッ素原子がCaF2表面から容易に奪われることがJ.Wang他によって報告されている。Arプラズマに酸素ガスを挿入することによりCa原子とSi原子とを化学的に接続する架橋機能を有する酸素がフッ素空孔を占めることにより、膜がCaF2基板に強固に固着する。
【0024】
フッ素の枯渇及び酸素による置換過程は図5に示すマスキング技術により制御できる。図中、ゾーンα及びβはマスクによって遮断される領域と遮断されない領域にそれぞれ対応している。図5は被覆する光学素子が載置される回転素子ホルダー22、ターゲット17に衝突することによりマスク14を通り素子12に蒸着する蒸気流動15を生成する電子ビーム16を内部に備えて成る真空室11を有する蒸着装置20を示している。更に、プラズマ19を発生させるプラズマ源18も備えている。回転素子ホルダー22は光学素子の一方の側のみに被覆が施されるよう、ホルダー素子を貫通する開口部を有することができる。膜蒸着の初期段階では、プラズマはゾーンαのCaF2基板表面にのみ衝突する一方、ゾーンβにおいてはプラズマイオンが蒸着されたSiO2分子(又はF−SiO2分子)と相互作用する。フッ素の枯渇及び酸素による置換はゾーンαで起きる。ゾーンβにおいては、Ar/O2プラズマが蒸着されたSiO2膜に連続して衝突することによりCa−O−Si結合が形成される。界面結合強化を伴うこのような被覆プロセスは、被覆中に蒸着された原子当りのプラズマの運動量移行P(単位(a.u.eV)0.5、ゾーンαにおける運動量移行(Pα)とゾーンβにおける運動量移行(Pβ)との合計)によって表すことができる。
【数1】
【0025】
ここで、Vbはバイアス電圧、Ji及びmiはそれぞれイオン/(cm2秒)中のプラズマイオン束及び質量(a.u.)、Rは蒸着速度(nm/秒)、eは電子電荷、kは単位変換係数、nsはCaF2表面の原子密度(原子/cm2)、並びにα及びβはそれぞれ4〜36rpmの回転数fで回転している回転板の中心に対するマスク遮断領域及びマスク非遮断領域の蒸気流動の相対放射エネルギーである。マスクの形状及び高さ、APS(先進プラズマ源)パラメータ、及び回転板の回転数を調整することにより、フッ素枯渇及びプラズマ支援蒸着のための運動量移行量を個別に調整することができる。相対的に言えば、図5に示すように、マスクの高さはターゲット17より高く、プラズマ19より低い。特定の形状のマスクにおいて、マスクの位置が高ければ高いほど、界面のフッ素がより多く奪われる。当技術分野において一般的に使用される標準マスクの代わりに、図5に示すような“部分マスク”又は共同所有の米国特許出願第11/510,140号明細書に記載の“逆マスク”を用いて、気密接着膜、例えば、SiO2膜をフッ化物光学素子に蒸着することができると共に、APSパラメータ及び回転数を調整することにより、蒸着膜に十分イオンを衝突させることができ、それによって蒸着膜とCaF2光学素子との化学結合を形成することができる。本発明を実施する際のマスクの形状は、主としてα/βの比率(1〜4(1≦α/β≦4))によって決定される。貫通する開口部がない“標準”マスクはターゲット17の直上に配され、米国特許出願第11/510,140号明細書に記載の“逆マスク”は貫通する開口部を有している。図5に示す“部分マスク”を使用する場合には、α/βの比率を1〜4の範囲とする必要がある。
【0026】
膜充填密度の向上
CaF2の表面が数ナノメートル、例えば、1〜5nmのSiO2膜で覆われると直ぐに蒸着プロセスはその場プラズマ平滑化処理を伴うプラズマ支援蒸着形態に入る。このプロセスもPαとPβとがそれぞれその場プラズマ平滑化処理及びプラズマ支援蒸着を表す式(1)によって説明できる。式(1)に基づき、膜蒸着に適用されるプラズマの運動量移行量は下式(2)によって定義される。
【数2】
【0027】
化学量論が正しく維持されている場合には、アモルファスSiO2膜の屈折率と膜充填密度との間には直接的な相関性があることが知られている(J.Wang他、“Elastic and plastic relaxation of densified SiO2 films”Applied Optics、Vol.47、No.13、ppC131−C134を参照)。図6は式2で表されるプラズマの運動量移行Pβを関数とする193nm波長におけるSiO2膜の屈折率(実線)を示している。比較のために、図6にはバルク溶融シリカの屈折率も破線でプロットしてある。プラズマ照射量が少ないうちは、SiO2膜の屈折率はバルク溶融シリカより小さく、膜充填密度がバルク溶融シリカより小さいことを示している。プラズマの運動量移行を増大させると、屈折率がバルク溶融シリカより大きい緻密な膜を作製することができる。SiO2膜の場合、プラズマの運動量移行量が250(a.u.eV)0.5のとき、膜充填密度がバルク溶融シリカに近くなる。本発明によれば、プラズマの運動量移行量は更に280(a.u.eV)0.5に増大される。その結果、膜充填密度はバルク材より大きくなり、SiO2膜が更に緻密化される。
【0028】
その場プラズマ平滑化処理
界面強度及び膜充填密度の他に、膜蒸着プロセスにおいて、被覆欠陥及び基板表面の研磨傷を反映した凹凸を防止することが重要である。これはプラズマ平滑化技術によって達成できる。プラズマ平滑化効果は標準のPLAD(プラズマイオン支援蒸着)SiO2膜に対しプラズマ処理を長く行うことによって得られる。図7はプラズマ処理時間を関数とする、二乗平均平方根(RMS)で示した60nmのSiO2膜の表面粗度の変化を示す図である。RMS値はAFM測定によって得たものである。被覆を施してない基板(“基板”と表示)のRMS値は0.40nmである。標準のPLADプロセス(即ち、Pβ=250(a.u.eV)0.5)により60nmのSiO2膜を蒸着したとき(“成膜直後の状態”と表示)、表面のRMS値は0.71nmに増大した。1分間のプラズマ円滑化処理(“PS_1分”と表示)により、RMS値は0.51nmに減少し、3分間のプラズマ円滑化処理(“PS_3分”と表示)によりRMS値は0.42nmに低下した。図8A及び8Bはプラズマ平滑化処理を行う前(図8B)及びプラズマ平滑化処理を3分間行った後(図8A)の60nmSiO2膜のAFM像を示す図である。この結果は、プラズマが膜の体積特性を変えることなく、蒸着膜の表面と相互作用することにより、高空間周波数構造体が大幅に低減したことを示唆している。
【0029】
プラズマとSiO2蒸着面との相互作用はマスクによって真空室内の蒸気流動が遮断されるゾーンαにおいて持続し蒸着は起こらない。この領域ではプラズマによる平滑化処理が行われる。図5に概略示すように、部分マスクによってプラズマ平滑化処理をPLADプロセスに組み入れることができ、プラズマ源が2つの機能、即ち、ゾーンβにおけるプラズマ支援蒸着機能及びゾーンαにおけるその場プラズマ平滑化処理機能を兼ねることができる。
【0030】
プラズマ平滑化処理におけるプラズマの運動量移行は下式(3)によって決定することができる。
【数3】
【0031】
ここで、nsは式(1)におけるCaF2基板ではなく、SiO2のような蒸着膜の表面原子密度(原子/cm2)である。プラズマが3〜4原子層毎に蒸着膜表面と連続的に相互作用するので、このプロセスをその場プラズマ平滑化処理と呼ぶ。
【0032】
本発明は前記3つの手段を組み合せた、フッ化物光学素子に気密接着酸化膜を蒸着するための新規な方法の開示である。即ち、酸素架橋結合の導入による界面接着強度の強化、プラズマの運動量移行の改善によるSiO2膜の重点密度の向上、及びその場プラズマ平滑化処理につながるマスク技術による被覆欠陥の低減である。図8Aは本発明の技術を用いてF−SiO2を被覆したCaF2光学素子のAFM像である。比較のため、標準のプロセスを用いてF−SiO2を被覆したCaF2光学素子のAFM像を図8Bに示す。基板研磨の後遺症が膜形態に与える影響は、界面結合の強化、膜充填密度の向上、及びその場プラズマ平滑化処理を含む本発明の技術により大幅に低減されている(図8A)。これに反し、標準の被覆プロセスでは、界面結合が弱く、膜充填密度が低く、膜欠陥密度が高い。
【0033】
図9A及び9Bは、ArFエキシマレーザー波長193nmにおける、その場プラズマ平滑化処理を施した場合と施さない場合のF−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図である。これ等の深さプロファイルは、膜の偏光解析データをモデル化して得たものである。この方法は膜の体積及び表面情報の両方が得られることが立証されている(Jue Wang他、“Applied Optics”Vol.47(2008)、pp.C189−C192参照)。これ等の深さプロファイルは、プラズマによって平滑化処理を施した膜は滑らかな表面を有し均一(不均一性<0.1%、rms=0.29nm)であることを示唆しているのに対し、平滑化処理を施さない膜は粗い表面を有し不均一(不均一性=1.8%、rms=2.17nm)であることを示唆している。モデル化した表面粗度は図8A及び8BのAFM測定結果と一致している。例えば、CaF2ウィンドウとF−SiO2膜とが弱いファンデルワールス力で結合している場合には、図9Bに示すように、膜蒸着の初期において膜の屈折率が低下すると共に充填密度も低下し粗い表面となる。これに対し、本発明によれば、化学的に結合した界面に加え、その場プラズマ平滑化処理により、図9Aに示すように、CaF2表面に均一、緻密、且つ滑らかなF−SiO2被覆が得られる。
【実施例】
【0034】
真空室を高温にしてPLAD法によりCaF2(111)ウィンドウに76nmの気密接着F−SiO2膜を蒸着した。PLADは先進プラズマ源(APS)を備えた、電子銃蒸発器を有する商用のクライオポンプ式蒸着システム(SYRUSpro1110、Leybold Optics社)において実施した。表面粗度がrmsで約0.2nmになるまでCaF2ウィンドウを十分研磨した。CaF2表面は±2°の精度で(111)面に平行であった。蒸着システムを基準圧力である5×10−6mbar(0.0005Pa)より低くなるまで排気した。蒸着を開始する前に、バイアス電圧50V、Ar/O2ガス比1.5の低エネルギーのプラズマ洗浄を実施した。バイアス電圧140Vの高エネルギー反応性プラズマを用いて化学的結合界面、均一且つ緻密なF−SiO2膜、及び滑らかな表面を得た。水晶モニターにより蒸着速度を0.25nm/sに制御した。蒸着中、基板温度及び素子ホルダーの中心回転速度をそれぞれ120℃及び20rpmに保持した。酸素ガスを蒸着室に直接導入して界面結合を確立すると共に酸化膜の化学量論を正しく維持する一方、アルゴンをプラズマ源の機能ガスとして使用した。蒸着の間、α/β比及びAr/O2比をそれぞれ3及び2とした。米軍用規格(MIL−M−13508C、セクション4.4.5摩耗、4.4.6接着力、及び4.4.7湿度)に基づく標準の被覆耐久試験の他に、70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーによる40M(百万)パルス試験を行った。F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に193nmレーザー照射による気泡形成に起因する早期故障は見られなかった。図10及び11は、本発明により、70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射しても、F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に、例えば、気泡形成による早期故障が見られないことを示す、図2及び3に対比した光学像及びSEM断面像である。図10は、図2では見られた素子/基板100の表面に気泡が見られないことを示している。図11は背景45、F−SiO2膜42、及びCaF2基板44(光学素子)を示している。図3で見られた被覆のCaF2表面からの剥離による“瘤”が図11では見られない。F−SiO2被覆上部の白い線は、図3同様、SEM写真撮影時の反射アーチファクトであって被覆及び/又は基板の欠陥を示すものではない。
【0035】
限定された数の実施の形態により、本発明について説明したが、本開示により恩恵を受ける当業者にとって、開示した本発明の範囲を逸脱せずに別の実施の形態も可能であることが理解できる。従って、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるものである。
【符号の説明】
【0036】
11 真空室
12 光学素子
14 マスク
15 蒸気流動
16 電子ビーム
17 ターゲット
18 プラズマ源
19 プラズマ
20 蒸着装置
22 回転素子ホルダー
41 素子
42 SiO2膜、F−SiO2膜
44 CaF2基板/光学素子
45 背景
46 気泡
【関連出願の相互参照】
【0001】
本出願は、米国出願第12/156429号(2008年5月29日出願)の優先権を主張するものである。
【技術分野】
【0002】
本発明は表面に気密接着酸化膜を有する金属フッ化物から成る光学素子、並びにそのような気密接着酸化膜及び光学素子の製造方法に関するものである。具体的には、表面にシリカ膜及びドープシリカ膜を有するアルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子及びプラズマイオン支援蒸着(PLAD)を用いたそのような膜の成膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0003】
当技術分野において、光学薄膜の蒸着が知られており、そのような薄膜の蒸着に幾つかの方法あるいは技術が用いられている。その中で、すべてを真空中で行う方法には(1)従来の蒸着(CD)、(2)イオン支援蒸着(IAD)、(3)イオンビームスパッタリング(IBS)、(4)プラズマイオン支援蒸着(PLAD)がある。
【0004】
従来の蒸着(CD)法においては、抵抗加熱法又は電子衝撃加熱法により、表面に膜を蒸着する予定の基板と一緒に蒸着材料を加熱して溶融状態にする。溶融状態になると材料が蒸発して基板表面に膜が凝縮する。この方法における材料の溶融温度において、蒸発物に一定の解離が起きる。この解離は元素材料(例えば、元素アルミニウム、銀、ニッケル等)を蒸着する場合には問題にならないが、蒸着材料が化合物(例えば、SiO2、HfO2)の場合には問題が生じる。酸化物材料の場合、所謂反応性蒸着と呼ばれる化学量論復元のため、蒸着中に少量の酸素が真空室内に導入される。一般にCD法による膜は蒸着時に多孔質であり表面エネルギー(接着性)に打ち勝つための運動エネルギー(表面移動度)が不足している。一般に膜の成長は円柱状であり(非特許文献1)、表面に向かって成長し、膜が厚いほど多孔質になる。CD蒸着膜は、多孔率が高いことの他、屈折率が不均一であること、上面の粗度が大きいこと、吸着性が弱いことなどの問題がある。蒸着速度の調整及び蒸着中の基板の高温化により多少ではあるが改善が可能である。しかし、最終的な製品を全体的に考慮した場合、CD技術は通信素子、フィルター、レーザー部品、センサー等の高品質光学部品には適していない。
【0005】
イオン支援蒸着(IAD)は前記CD法に似ているが、更に、蒸着過程において、一定のイオン化酸素を加えた不活性ガス(例えば、アルゴン)のエネルギーイオンが蒸着膜に照射されるという特徴がある(酸化膜の場合には、膜の化学量論を改善する必要がある)。一般にイオンエネルギーは300eV〜1000eVである一方、基板におけるイオン電流は低く、1平方センチメートル当たり数マイクロアンペアである。(従って、IADは高電圧、低電流密度のプロセスである。)エネルギーイオンの照射により蒸着膜に運動量が移行され十分な表面移動度が得られるため、表面エネルギーに打ち勝ち、緻密で滑らかな膜を作製することができる。蒸着膜の屈折率の不均一性及び透明性も改善されると共にIAD法においては、基板の加熱は殆ど又は全く必要としない。
【0006】
イオンビームスパッタリング(IBS)は、一般には酸化物材料である、対象材料にエネルギーイオンビーム(例えば、500eV〜1500eVのアルゴンイオン)を照射する方法である。エネルギーイオンビーム衝突時に、対象材料を基板に跳ね飛ばすのに十分な運動量が移行され、対象材料が基板において滑らかで緻密な膜として蒸着される。跳ね飛ばされた材料が、恐らく数百電子ボルトという、高エネルギーで基板に到達することにより、高充填密度の滑らかな表面が得られるが、IBS法の共通の副作用として蒸着膜の高吸収性が上げられる。その結果、化学量論及び吸収性の両方を改善するため、IBS法にはIAD源が含められることがある。IBS法はCD法及びIAD法に比べて改善されてはいるが、IBS法には幾つかの問題がある。IBS蒸着方法には以下の問題がある。(1)蒸着の進行が遅い。(2)製造方法というより寧ろ研究室向けの技術である。(3)IBS設備は殆ど存在しておらず、一般に存在しているものは通信バブルの遺物であって、1〜2台の機械が少人数で運用されている。(4)基板容量がかなり限定される。(5)基板に対する蒸着の均一性に制約があり製品の品質に影響を与え得るため、廃棄率が高くなる。(6)ターゲットが侵食されるため、蒸着膜の均一性の変化による品質上の問題並びにターゲットの頻繁な交換に伴うダウンタイム及びコストの問題がある。(7)照射エネルギーが非常に高いため蒸着材料に解離が生じ吸収性が高まる。
【0007】
プラズマイオン支援蒸着(PLAD)は前記IAD法に似ているが、低電圧、高電流密度のプラズマによって蒸着膜に運動量が移行される点が異なる。一般に、バイアス電圧は90〜160V、電流密度はミリアンペア/cm2である。PLAD装置は精密光学分野において周知の装置であり、膜の蒸着に用いられているが、PLAD法には蒸着膜の均一性の問題を始めとして、幾つかの問題がある。PLAD蒸着については、Jue Wang等の共同所有である米国同時係属出願第11/510,140号明細書であって、特許文献1として公開されたものに記載されている。
【0008】
ArFエキシマレーザーは、マイクロリソグラフィ分野において好まれて使用されている露光光源であり、半導体製造においてパターン化されたシリコンウェーハの大量生産に用いられている。半導体加工処理が65nmノードから45nmノード及びそれ以上に進歩するにつれ、マイクロリソグラフィ技術は解像度、スループット、及び安定度の改善という継続的な課題に直面している。その結果、エキシマレーザー部品に対する期待及び要求も高まっている。アルカリ土類金属フッ化物光学結晶(CaF2、MgF2等)、特にCaF2は優れた光学特性及び高バンドギャップエネルギーを有していることから、ArFレーザーの光学素子用の光学材料として好まれている。しかし、研磨、無被覆のCaF2の表面は、波長193nmのフルエンスが40mJ/cm2以上の僅か数百万のパルスの照射によって劣化する。エキシマレーザーに基づくシステムに用いられる研磨CaF2部品の寿命を延ばす方法が幾つかある。これ等の方法には、特許文献2及び3に記載されているように、表面処理品質を改善する方法及びFをドープしたSiO2の薄層を真空蒸着する方法がある。しかし、半導体業界においては、エキシマレーザー光源の性能向上の要求が絶えずあり、その結果、エキシマレーザーのパワーが40Wから90W、繰り返し周波数が2KHzから6KHzにそれぞれ引き上げられた。エキシマレーザーの技術ロードマップによれば、レーザーのパワー及び繰り返し周波数は更に120W及び8KHzにそれぞれ引き上げられる予定である。このようなパワー及び繰り返し周波数の増大により、既存のレーザー光学部品の寿命が問題となる。このようにパワー及び繰り返し周波数が増大した結果例えば、前記高パワー、高繰り返し周波数で動作するF−SiO2被覆CaF2光学素子を用いたレーザー損傷加速試験において見られる気泡形成による光学素子の早期故障の懸念が生じている。高パワー、高繰り返し周波数のレーザーシステムに使用する場合には、F−SiO2を被覆した光学素子の環境安定性、特に高湿度条件下における安定性を向上させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許出願公開第2008/0050910A1号明細書
【特許文献2】米国特許第7,242,843号明細書
【特許文献3】米国特許第7,128,984号明細書
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】K.Gunther、Applied Optics、Vol.23(1984)、pp. 3806−3816
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、当技術分野において一般的になりつつある高パワー、高繰り返し周波数を考慮した場合、新規なプロセス又は既存プロセスの改善が求められている。特に、滑らかで緻密な膜で金属フッ化物光学素子を被覆できると共にそのような素子を高パワー、高繰り返し周波数のレーザーシステムに用いても気泡を生じさせない方法の必要性がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は表面に気密接着被覆を有する単結晶アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に関するものであって、前記被覆は単にファンデルワールス力ではなく、4eV≦の結合エネルギーによって、前記アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子の表面に化学的に結合されて成ることを特徴とするものである。前記光学素子の被覆に使用される材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の(任意の)混合物、例えば、SiO2;HfO2及びF−SiO2/ZrO2を含みこれに限定されない混合物から成る群より選択される。1つの実施の形態において、前記光素子に使用されるアルカリ土類金属フッ化物はCaF2である。別の実施の形態において、前記被覆材料はSiO2及びF−SiO2である。
【0013】
1つの実施の形態において、本発明はアルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に気密接着被覆を施す方法に関し、該方法は真空室を用意し、該真空室内の回転板上にアルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップ、少なくとも1つの選択された被覆材料源又は混合被覆材料源を提供し、該材料を電子ビームによって気化させることにより、前記材料源から選択された形状を有するマスクを通り前記光学素子に達する被覆材蒸気流動を発生させるステップ、プラズマ源からプラズマイオンを発生させるステップ、前記素子を選択された回転数fで回転させるステップ、及び前記被覆材料を前記光学素子の表面に被覆膜として蒸着し、該材料を蒸着する過程において、前記プラズマイオンにより前記膜を前記素子に衝突させることにより該素子の表面に気密接着膜を形成するステップを有して成ることを特徴とするものである。前記膜が4eV≦の結合エネルギーによって前記素子の表面に化学的に結合され、前記アルカリ土類金属フッ化物はMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、前記マスクが部分マスク及び逆マスクから成る群より選択されることを特徴とするものである。好ましい実施の形態において、前記マスクは部分マスクである。
【0014】
本発明は表面に気密接着被覆を有する光学素子に関するものでもある。該光学素子は単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料から成る成形光学素子であって、該素子の少なくとも1つの透光面に4eV≦の結合エネルギーによって化学的に結合された被膜を有して成ることを特徴とするものである。前記アルカリ土類金属フッ化物はMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択される。好ましい実施の形態において、前記光学素子は単結晶CaF2から成っている。前記被膜の材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択される。前記光学素子の被覆の厚さは20〜200nmである。好ましい実施の形態において、前記厚さは50〜150nmである。1つの実施の形態において、前記光学素子はCaF2光学素子である。別の実施の形態において、前記光学素子の被覆材料はSiO2及び/又はF−SiO2である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】CaF2表面の概略図。
【図2】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後の気泡形成による従来技術のF−SiO2被覆CaF2光学素子の早期故障を示す光学像。
【図3】193nmレーザー照射後の気泡形成による従来技術のF−SiO2被覆CaF2光学素子の早期故障のSEM断面像。
【図4】CaF2基板とSiO2膜との化学的結合界面を示す概略図。
【図5】CaF2光学素子にSiO2膜を蒸着する間におけるその場プラズマ平滑化処理を示す概略図。
【図6】プラズマの運動量移行を関数とするPLADによるSiO2膜の屈折率を示す図。
【図7】標準のPLAD法によって蒸着された厚さ60nmのSiO2膜のプラズマ平滑化効果を示す図。
【図8A】本発明によるその場及び蒸着後プラズマ平滑化処理を施したPLAD蒸着F−SiO2膜のAFM像を示す図。
【図8B】その場プラズマ平滑化処理を施さないPLAD蒸着F−SiO2膜のAFM像を示す図。
【図9A】その場プラズマ平滑化処理を施したPLAD蒸着F−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図。
【図9B】その場プラズマ平滑化処理を施さないPLAD蒸着F−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図。
【図10】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後において本発明の気密接着F−SiO2で被膜したCaF2光学素子に早期故障がないことを示す光学像。
【図11】70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射後における本発明のCaF2光学素子に蒸着した気密接着F−SiO2のSEM断面像を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は高パワー、高繰り返し周波数レーザーシステムに使用可能な改良型被覆光学素子及びそのような光学素子を製造する方法に関するものである。そのような光学素子はアルカリ土類金属フッ化物から成るレンズ、部分及び全体反射鏡、及びウィンドウを含みこれに限定されない。CaF2はかかる素子の好ましい金属フッ化物である。
【0017】
本発明の方法により気密接着被覆を有する光学素子を提供することができる。本発明は、被覆を施してアルカリ土類金属フッ化物の単結晶、例えば、MgF2、CaF2、BaF2、SrF2から成る光学素子及びかかる金属フッ化物の混合物、例えば、(Ca、Sr)F2から成る光学素子を提供するのに特に適している。被覆材料はSiO2、F−SiO2、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の(任意の)混合物、例えば、SiO2;HfO2、F−SiO2/ZrO2、及びSiO2/ZrO2を含みこれに限定されない混合物から成る群より選択される。以下、SiO2及びF−SiO2を被覆材料の例とし、CaF2を光学素子/基板の材料例として説明する。
【0018】
本発明において、フッ化物光学素子、特にCaF2面に気密接着酸化物被覆を施すという目的の達成のために重要な3つの要素について以下説明する。
【0019】
1.ファンデルワールス結合生成ではなく、化学結合生成によるCaF2結晶基板と酸化膜との界面における膜接着性の強化。CaF2結晶基板と、例えば、SiO2を主成分とする膜を含みこれに限定されない、酸化膜との界面における化学結合強度はファンデルワールス結合の百倍大きい。これにより、アルカリ土類金属フッ化物光学素子(例えば、単結晶CaF2から成るレンズ)の表面が強固に接着する膜に覆われ密封される。
【0020】
2.プラズマの運動量移行の増大による膜充填密度の向上。
【0021】
3.マスキング技術を用いたその場プラズマ平滑化処理による被覆の点欠陥の排除及び膜の平滑化の向上。
【0022】
膜接着性の強化
図1はCaF2結晶の表面結合構造を示す概略図であり、点線40は蒸着された膜が位置するCaF2の界面領域を示している。CaF2の表面にSiO2膜を形成する方法は、高真空環境下において電子ビームを照射することにより熱的に気化したSiO2又はF−SiO2が生成され、SiO2又はF−SiO2が気化ガスによってCaF2基板に運ばれ、基板表面に吸着される物理的気相成長法(PVD)である。この場合、主としてファンデルワールス力によりSiO2膜とCaF2基板との間に相互作用が起きる。SiO2とCaF2との界面におけるファンデルワールス結合エネルギーは、0.04eVまでであると推定され、(ファンデルワールス結合エネルギーより2桁大きい)4eVより大きいCa−O−Siの結合エネルギーと比較すると非常に弱い。この弱い界面結合が、F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に193nmのレーザーを照射したときの気泡形成による典型的な早期故障の原因であると思われる。例として、繰り返し周波数3KHzの193nmレーザーにより、フルエンスが70mJ/cm2のパルスを40Mパルス(百万パルス、106パルス)照射後の気泡形成によるF−SiO2を被覆したCaF2光学素子の早期故障を示す光学像を図2に示す。また、図3はF−SiO2を被覆したブラケットで示す素子41及び素子41に前記レーザーを照射したとき、SiO2膜42がCaF2基板から剥離したことにより形成された気泡46(黒い瘤)を示すSEM断面像である。参照符号45で示す領域は被覆を施したCaF2素子/基板41を載置した表面を示す背景であり、F−SiO2被覆上部の白い線はSEM写真撮影時の反射アーチファクトであって、被覆及び/又は基板の欠陥を示すものではない。前記のように、白い線は被覆された物の端部からの反射がその被覆物を載置している背景に当って生じたものである。図2及び3に示す気泡形成とは対照的に、後述する図10及び11は本発明による気密接着SiO2膜で被覆したCaF2光学素子に70mJ/cm2、3KHzのパルスを40Mパルス照射後において膜故障が全くないことを示している。
【0023】
図4は多量のCa−O−Si結合が生じているSiO2膜とCaF2基板との化学的結合界面40を示す図である。 “Extended lifetime of fluoride optics”、Boulder Damage Symposium、Proc.、SPIE、Vol.6720 672001(2007)において、Arプラズマ衝撃によりフッ素原子がCaF2表面から容易に奪われることがJ.Wang他によって報告されている。Arプラズマに酸素ガスを挿入することによりCa原子とSi原子とを化学的に接続する架橋機能を有する酸素がフッ素空孔を占めることにより、膜がCaF2基板に強固に固着する。
【0024】
フッ素の枯渇及び酸素による置換過程は図5に示すマスキング技術により制御できる。図中、ゾーンα及びβはマスクによって遮断される領域と遮断されない領域にそれぞれ対応している。図5は被覆する光学素子が載置される回転素子ホルダー22、ターゲット17に衝突することによりマスク14を通り素子12に蒸着する蒸気流動15を生成する電子ビーム16を内部に備えて成る真空室11を有する蒸着装置20を示している。更に、プラズマ19を発生させるプラズマ源18も備えている。回転素子ホルダー22は光学素子の一方の側のみに被覆が施されるよう、ホルダー素子を貫通する開口部を有することができる。膜蒸着の初期段階では、プラズマはゾーンαのCaF2基板表面にのみ衝突する一方、ゾーンβにおいてはプラズマイオンが蒸着されたSiO2分子(又はF−SiO2分子)と相互作用する。フッ素の枯渇及び酸素による置換はゾーンαで起きる。ゾーンβにおいては、Ar/O2プラズマが蒸着されたSiO2膜に連続して衝突することによりCa−O−Si結合が形成される。界面結合強化を伴うこのような被覆プロセスは、被覆中に蒸着された原子当りのプラズマの運動量移行P(単位(a.u.eV)0.5、ゾーンαにおける運動量移行(Pα)とゾーンβにおける運動量移行(Pβ)との合計)によって表すことができる。
【数1】
【0025】
ここで、Vbはバイアス電圧、Ji及びmiはそれぞれイオン/(cm2秒)中のプラズマイオン束及び質量(a.u.)、Rは蒸着速度(nm/秒)、eは電子電荷、kは単位変換係数、nsはCaF2表面の原子密度(原子/cm2)、並びにα及びβはそれぞれ4〜36rpmの回転数fで回転している回転板の中心に対するマスク遮断領域及びマスク非遮断領域の蒸気流動の相対放射エネルギーである。マスクの形状及び高さ、APS(先進プラズマ源)パラメータ、及び回転板の回転数を調整することにより、フッ素枯渇及びプラズマ支援蒸着のための運動量移行量を個別に調整することができる。相対的に言えば、図5に示すように、マスクの高さはターゲット17より高く、プラズマ19より低い。特定の形状のマスクにおいて、マスクの位置が高ければ高いほど、界面のフッ素がより多く奪われる。当技術分野において一般的に使用される標準マスクの代わりに、図5に示すような“部分マスク”又は共同所有の米国特許出願第11/510,140号明細書に記載の“逆マスク”を用いて、気密接着膜、例えば、SiO2膜をフッ化物光学素子に蒸着することができると共に、APSパラメータ及び回転数を調整することにより、蒸着膜に十分イオンを衝突させることができ、それによって蒸着膜とCaF2光学素子との化学結合を形成することができる。本発明を実施する際のマスクの形状は、主としてα/βの比率(1〜4(1≦α/β≦4))によって決定される。貫通する開口部がない“標準”マスクはターゲット17の直上に配され、米国特許出願第11/510,140号明細書に記載の“逆マスク”は貫通する開口部を有している。図5に示す“部分マスク”を使用する場合には、α/βの比率を1〜4の範囲とする必要がある。
【0026】
膜充填密度の向上
CaF2の表面が数ナノメートル、例えば、1〜5nmのSiO2膜で覆われると直ぐに蒸着プロセスはその場プラズマ平滑化処理を伴うプラズマ支援蒸着形態に入る。このプロセスもPαとPβとがそれぞれその場プラズマ平滑化処理及びプラズマ支援蒸着を表す式(1)によって説明できる。式(1)に基づき、膜蒸着に適用されるプラズマの運動量移行量は下式(2)によって定義される。
【数2】
【0027】
化学量論が正しく維持されている場合には、アモルファスSiO2膜の屈折率と膜充填密度との間には直接的な相関性があることが知られている(J.Wang他、“Elastic and plastic relaxation of densified SiO2 films”Applied Optics、Vol.47、No.13、ppC131−C134を参照)。図6は式2で表されるプラズマの運動量移行Pβを関数とする193nm波長におけるSiO2膜の屈折率(実線)を示している。比較のために、図6にはバルク溶融シリカの屈折率も破線でプロットしてある。プラズマ照射量が少ないうちは、SiO2膜の屈折率はバルク溶融シリカより小さく、膜充填密度がバルク溶融シリカより小さいことを示している。プラズマの運動量移行を増大させると、屈折率がバルク溶融シリカより大きい緻密な膜を作製することができる。SiO2膜の場合、プラズマの運動量移行量が250(a.u.eV)0.5のとき、膜充填密度がバルク溶融シリカに近くなる。本発明によれば、プラズマの運動量移行量は更に280(a.u.eV)0.5に増大される。その結果、膜充填密度はバルク材より大きくなり、SiO2膜が更に緻密化される。
【0028】
その場プラズマ平滑化処理
界面強度及び膜充填密度の他に、膜蒸着プロセスにおいて、被覆欠陥及び基板表面の研磨傷を反映した凹凸を防止することが重要である。これはプラズマ平滑化技術によって達成できる。プラズマ平滑化効果は標準のPLAD(プラズマイオン支援蒸着)SiO2膜に対しプラズマ処理を長く行うことによって得られる。図7はプラズマ処理時間を関数とする、二乗平均平方根(RMS)で示した60nmのSiO2膜の表面粗度の変化を示す図である。RMS値はAFM測定によって得たものである。被覆を施してない基板(“基板”と表示)のRMS値は0.40nmである。標準のPLADプロセス(即ち、Pβ=250(a.u.eV)0.5)により60nmのSiO2膜を蒸着したとき(“成膜直後の状態”と表示)、表面のRMS値は0.71nmに増大した。1分間のプラズマ円滑化処理(“PS_1分”と表示)により、RMS値は0.51nmに減少し、3分間のプラズマ円滑化処理(“PS_3分”と表示)によりRMS値は0.42nmに低下した。図8A及び8Bはプラズマ平滑化処理を行う前(図8B)及びプラズマ平滑化処理を3分間行った後(図8A)の60nmSiO2膜のAFM像を示す図である。この結果は、プラズマが膜の体積特性を変えることなく、蒸着膜の表面と相互作用することにより、高空間周波数構造体が大幅に低減したことを示唆している。
【0029】
プラズマとSiO2蒸着面との相互作用はマスクによって真空室内の蒸気流動が遮断されるゾーンαにおいて持続し蒸着は起こらない。この領域ではプラズマによる平滑化処理が行われる。図5に概略示すように、部分マスクによってプラズマ平滑化処理をPLADプロセスに組み入れることができ、プラズマ源が2つの機能、即ち、ゾーンβにおけるプラズマ支援蒸着機能及びゾーンαにおけるその場プラズマ平滑化処理機能を兼ねることができる。
【0030】
プラズマ平滑化処理におけるプラズマの運動量移行は下式(3)によって決定することができる。
【数3】
【0031】
ここで、nsは式(1)におけるCaF2基板ではなく、SiO2のような蒸着膜の表面原子密度(原子/cm2)である。プラズマが3〜4原子層毎に蒸着膜表面と連続的に相互作用するので、このプロセスをその場プラズマ平滑化処理と呼ぶ。
【0032】
本発明は前記3つの手段を組み合せた、フッ化物光学素子に気密接着酸化膜を蒸着するための新規な方法の開示である。即ち、酸素架橋結合の導入による界面接着強度の強化、プラズマの運動量移行の改善によるSiO2膜の重点密度の向上、及びその場プラズマ平滑化処理につながるマスク技術による被覆欠陥の低減である。図8Aは本発明の技術を用いてF−SiO2を被覆したCaF2光学素子のAFM像である。比較のため、標準のプロセスを用いてF−SiO2を被覆したCaF2光学素子のAFM像を図8Bに示す。基板研磨の後遺症が膜形態に与える影響は、界面結合の強化、膜充填密度の向上、及びその場プラズマ平滑化処理を含む本発明の技術により大幅に低減されている(図8A)。これに反し、標準の被覆プロセスでは、界面結合が弱く、膜充填密度が低く、膜欠陥密度が高い。
【0033】
図9A及び9Bは、ArFエキシマレーザー波長193nmにおける、その場プラズマ平滑化処理を施した場合と施さない場合のF−SiO2膜の屈折率深さプロファイルを示す図である。これ等の深さプロファイルは、膜の偏光解析データをモデル化して得たものである。この方法は膜の体積及び表面情報の両方が得られることが立証されている(Jue Wang他、“Applied Optics”Vol.47(2008)、pp.C189−C192参照)。これ等の深さプロファイルは、プラズマによって平滑化処理を施した膜は滑らかな表面を有し均一(不均一性<0.1%、rms=0.29nm)であることを示唆しているのに対し、平滑化処理を施さない膜は粗い表面を有し不均一(不均一性=1.8%、rms=2.17nm)であることを示唆している。モデル化した表面粗度は図8A及び8BのAFM測定結果と一致している。例えば、CaF2ウィンドウとF−SiO2膜とが弱いファンデルワールス力で結合している場合には、図9Bに示すように、膜蒸着の初期において膜の屈折率が低下すると共に充填密度も低下し粗い表面となる。これに対し、本発明によれば、化学的に結合した界面に加え、その場プラズマ平滑化処理により、図9Aに示すように、CaF2表面に均一、緻密、且つ滑らかなF−SiO2被覆が得られる。
【実施例】
【0034】
真空室を高温にしてPLAD法によりCaF2(111)ウィンドウに76nmの気密接着F−SiO2膜を蒸着した。PLADは先進プラズマ源(APS)を備えた、電子銃蒸発器を有する商用のクライオポンプ式蒸着システム(SYRUSpro1110、Leybold Optics社)において実施した。表面粗度がrmsで約0.2nmになるまでCaF2ウィンドウを十分研磨した。CaF2表面は±2°の精度で(111)面に平行であった。蒸着システムを基準圧力である5×10−6mbar(0.0005Pa)より低くなるまで排気した。蒸着を開始する前に、バイアス電圧50V、Ar/O2ガス比1.5の低エネルギーのプラズマ洗浄を実施した。バイアス電圧140Vの高エネルギー反応性プラズマを用いて化学的結合界面、均一且つ緻密なF−SiO2膜、及び滑らかな表面を得た。水晶モニターにより蒸着速度を0.25nm/sに制御した。蒸着中、基板温度及び素子ホルダーの中心回転速度をそれぞれ120℃及び20rpmに保持した。酸素ガスを蒸着室に直接導入して界面結合を確立すると共に酸化膜の化学量論を正しく維持する一方、アルゴンをプラズマ源の機能ガスとして使用した。蒸着の間、α/β比及びAr/O2比をそれぞれ3及び2とした。米軍用規格(MIL−M−13508C、セクション4.4.5摩耗、4.4.6接着力、及び4.4.7湿度)に基づく標準の被覆耐久試験の他に、70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーによる40M(百万)パルス試験を行った。F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に193nmレーザー照射による気泡形成に起因する早期故障は見られなかった。図10及び11は、本発明により、70mJ/cm2、3KHzの193nmレーザーを40Mパルス照射しても、F−SiO2を被覆したCaF2光学素子に、例えば、気泡形成による早期故障が見られないことを示す、図2及び3に対比した光学像及びSEM断面像である。図10は、図2では見られた素子/基板100の表面に気泡が見られないことを示している。図11は背景45、F−SiO2膜42、及びCaF2基板44(光学素子)を示している。図3で見られた被覆のCaF2表面からの剥離による“瘤”が図11では見られない。F−SiO2被覆上部の白い線は、図3同様、SEM写真撮影時の反射アーチファクトであって被覆及び/又は基板の欠陥を示すものではない。
【0035】
限定された数の実施の形態により、本発明について説明したが、本開示により恩恵を受ける当業者にとって、開示した本発明の範囲を逸脱せずに別の実施の形態も可能であることが理解できる。従って、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるものである。
【符号の説明】
【0036】
11 真空室
12 光学素子
14 マスク
15 蒸気流動
16 電子ビーム
17 ターゲット
18 プラズマ源
19 プラズマ
20 蒸着装置
22 回転素子ホルダー
41 素子
42 SiO2膜、F−SiO2膜
44 CaF2基板/光学素子
45 背景
46 気泡
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に気密接着膜を施す方法であって、
真空室を用意し、該真空室内の回転板上にアルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップ、
少なくとも1つの選択された被覆材料源又は混合被覆材料源を提供し、該材料を電子ビームによって気化させることにより、前記材料源から選択された形状を有するマスクを通り前記光学素子に達する被覆材蒸気流動を発生させるステップ、
プラズマ源からプラズマイオンを発生させるステップ、
4〜36rpmの範囲の選択された回転数fで前記素子を回転させるステップ、及び
前記被覆材料を前記光学素子の表面に被覆膜として蒸着し、該材料を蒸着する過程において、前記プラズマイオンにより前記膜を前記素子に衝突させることにより該素子の表面に気密接着膜を形成するステップ、
を有して成る方法において、
前記膜が4eV≦の結合エネルギーによって前記素子のフッ化物表面に化学的に結合され、
前記アルカリ土類金属フッ化物がMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、
前記マスクが部分マスク及び逆マスクから成る群より選択されることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記アルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップが、CaF2の単結晶から成る光学素子を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも1つの選択された被覆材料源を提供するステップが、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択された材料を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの選択された被覆材料源を提供するステップが、SiO2及びF−SiO2から成る群より選択された材料を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
前記回転板がゾーンα及びβを有して成り、前記選択されたマスクの形状が1〜4の範囲であるα/β比によって決定されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
表面に気密接着被覆を有して成る光学素子であって、
単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料から成る成形光学素子、及び
該素子の少なくとも1つの透光面に4eV≦の結合エネルギーによって化学的に結合された被覆、
を有して成る素子において、
前記単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料が、MgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、
前記光学素子表面の前記被覆の厚さが20〜200nmであることを特徴とする素子。
【請求項7】
前記成形光学素子がCaF2から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項8】
前記被覆がAl2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択される材料から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項9】
前記被覆がSiO2及びF−SiO2から成る群より選択される材料から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項10】
前記厚さが50〜150nmであることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項1】
アルカリ土類金属フッ化物から成る光学素子に気密接着膜を施す方法であって、
真空室を用意し、該真空室内の回転板上にアルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップ、
少なくとも1つの選択された被覆材料源又は混合被覆材料源を提供し、該材料を電子ビームによって気化させることにより、前記材料源から選択された形状を有するマスクを通り前記光学素子に達する被覆材蒸気流動を発生させるステップ、
プラズマ源からプラズマイオンを発生させるステップ、
4〜36rpmの範囲の選択された回転数fで前記素子を回転させるステップ、及び
前記被覆材料を前記光学素子の表面に被覆膜として蒸着し、該材料を蒸着する過程において、前記プラズマイオンにより前記膜を前記素子に衝突させることにより該素子の表面に気密接着膜を形成するステップ、
を有して成る方法において、
前記膜が4eV≦の結合エネルギーによって前記素子のフッ化物表面に化学的に結合され、
前記アルカリ土類金属フッ化物がMgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、
前記マスクが部分マスク及び逆マスクから成る群より選択されることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記アルカリ土類金属フッ化物の単結晶から成る光学素子を提供するステップが、CaF2の単結晶から成る光学素子を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも1つの選択された被覆材料源を提供するステップが、Al2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択された材料を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの選択された被覆材料源を提供するステップが、SiO2及びF−SiO2から成る群より選択された材料を提供するステップであることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
前記回転板がゾーンα及びβを有して成り、前記選択されたマスクの形状が1〜4の範囲であるα/β比によって決定されることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
表面に気密接着被覆を有して成る光学素子であって、
単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料から成る成形光学素子、及び
該素子の少なくとも1つの透光面に4eV≦の結合エネルギーによって化学的に結合された被覆、
を有して成る素子において、
前記単結晶アルカリ土類金属フッ化物材料が、MgF2、CaF2、BaF2、SrF2、及び該アルカリ土類フッ化物のうちの少なくとも2つから成る混合物から成る群より選択され、
前記光学素子表面の前記被覆の厚さが20〜200nmであることを特徴とする素子。
【請求項7】
前記成形光学素子がCaF2から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項8】
前記被覆がAl2O3、F−Al2O3、SiON、HfO2、Si3N4、TiO2、ZrO2、及びこれ等の混合物から成る群より選択される材料から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項9】
前記被覆がSiO2及びF−SiO2から成る群より選択される材料から成ることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【請求項10】
前記厚さが50〜150nmであることを特徴とする請求項6記載の光学素子。
【図1】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9A】
【図9B】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8A】
【図8B】
【図9A】
【図9B】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【公表番号】特表2011−522122(P2011−522122A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−511600(P2011−511600)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際出願番号】PCT/US2009/003000
【国際公開番号】WO2009/145871
【国際公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(397068274)コーニング インコーポレイテッド (1,222)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際出願番号】PCT/US2009/003000
【国際公開番号】WO2009/145871
【国際公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(397068274)コーニング インコーポレイテッド (1,222)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]