説明

金属材料プレス加工用の潤滑油とそれを用いた金属材料のプレス加工方法

【課題】環境に優しい非塩素系としながら、潤滑性に優れると共に洗浄や延いては塗装等の後工程への影響も少ない金属材料プレス加工用の潤滑油を提供することにある。
【解決手段】潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)有機亜鉛化合物と、(c)カルシウム系添加剤と、(d)エステル化合物とを配合してなる非塩素系となっている。そのうえで、40℃における動粘度が5〜50mm2 /sに調整されている。被加工材である金属材料は、加工後に塗装処理を施した部品として使用される防錆鋼板とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料のプレス加工に用いられる非塩素系の潤滑油に関し、詳しくは、オイルフィルタケース等のように、プレス加工後に塗装処理を施した部品として使用される金属材料のプレス加工に適した潤滑油と、それを用いた金属材料のプレス加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料をプレス加工する際、潤滑不足による加工品の割れやカジリの発生、摩擦増大による金型寿命の低下などを回避するために、工具と被加工材である金属材料との間に潤滑油を供給することが一般的である。中でもプレス加工の1つであるせん断加工は、金属材料をダイとパンチで打ち抜くことによって加工する。そのためせん断加工では、パンチやダイなどの工具と金属材料との間に、通常のプレス加工や切削加工以上に大きな応力が発生する。中でも、ファインブランキング加工(FB加工)などのような精密せん断加工においてはより高い応力が発生する。このため、せん断加工や精密せん断加工に使用される潤滑油には、非常に高い耐焼付性能や潤滑性能が要求される。
【0003】
そのため、従来では潤滑性等に優れる塩素系の添加剤を添加した潤滑油を用いることが多かった。しかし、塩素系の潤滑油は、加工時あるいは経時的にその中に含まれる塩素系添加剤成分が分解して被加工材や工具を錆びさせる問題が指摘されている。また、塩素系の潤滑油は、焼却処理時における有害物質の発生や焼却炉の腐食・損傷等の要因となる問題も指摘されている。
【0004】
そこで近年では、このような問題に対処すべく非塩素系の潤滑油が提案されている。このような非塩素系の潤滑油として、例えば特許文献1および特許文献2がある。特許文献1に記載の潤滑油は、潤滑油基油に(a)硫黄系極圧剤、(b)有機亜鉛化合物及び/又は有機モリブデン化合物、及び(c)イミド系添加剤を配合してなる切削加工用の潤滑油である。特許文献2に記載の潤滑油は、過塩基性金属のスルホネートと硫黄系極圧剤等を含有した切削加工油剤組成物について開示されている。しかし、これらの潤滑油は切削加工用の潤滑油であって、耐焼付性能や潤滑性能が十分とはいえず、金属材料のプレス加工用の潤滑油として使用するためには性能面で課題が残る。
【0005】
【特許文献1】特開2002−155293号公報
【特許文献2】特開平8−20790号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、潤滑油を使用して加工された金属材料は、その後工程として潤滑油の脱脂・洗浄が必要であるが、例えば自動車の内燃機関用エンジンオイル濾過器として使用されるオイルフィルタのケースのように、部品によってはさらにめっき工程や塗装工程を有するものがある。このとき、洗浄工程にて確実に潤滑油を脱脂・洗浄(以下、単に洗浄と称し、洗浄容易性を単に洗浄性と称す)しておかなければ、残油成分が塗料をはじいてしまい、めっき斑や塗装斑の原因となってしまう。そのため、洗浄性の観点からは潤滑油の動粘度はできるだけ低い方が好ましい。潤滑油の動粘度が低ければ容易に潤滑油を洗浄することができ、例えばアルカリイオン水で洗浄するだけでも良好に洗浄できるからである。しかし、潤滑性の観点からは潤滑油の動粘度はできるだけ高い方が好ましい。潤滑油の動粘度が高ければ、金属材料表面への付着性(付着量)が向上するので、確実に金属材料と工具との間で発生する摩擦熱の発生を抑制したり(耐焼付性能)、潤滑性能を発揮することができる。つまり、プレス加工時の潤滑性を重視するなら潤滑油の動粘度はできるだけ高い方が好ましが、その反面、加工後の洗浄性を重視するなら潤滑油の動粘度はできるだけ低い方が好ましいという、相反する性状が望まれている。
【0007】
ここで、特許文献1および特許文献2では加工後の洗浄や塗装処理は想定しておらず、その40℃における動粘度を1〜100mm2 /sの範囲にて使用しており、さらに特許文献1では3〜50mm2 /sの範囲が、特許文献2では5〜50mm2 /sの範囲がそれぞれより好ましいとしている。しかし、特許文献1や特許文献2の潤滑油は、上述のようにプレス加工用として見た場合、その潤滑性等が十分とまではいえないことから、その動粘度が3mm2 /s程度と低いと、とても潤滑油としての良好な性能を発揮できるものではなく、50mm2 /s程度の適度に高い動粘度であっても、やはり高い潤滑性等を発揮できるまでには至らない。一方、潤滑油の動粘度が100mm2 /sのように高いと洗浄性が悪化するので、後工程での塗装等に悪影響を及ぼさないよう確実に洗浄するには手間とコストがかかってしまう。
【0008】
このような事情の下、本発明は、環境に優しい非塩素系の潤滑油でありながら、潤滑性の向上と洗浄性の向上という相反する2つの課題を同時に解決すべく鋭意検討の結果、完成するに至ったものである。つまり本発明の目的は、環境に優しい非塩素系としながら、潤滑性に優れると共に洗浄や延いては塗装等の後工程への影響も少ない金属材料プレス加工用の潤滑油を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するため、第1の発明に係る金属材料プレス加工用の潤滑油は、潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)有機亜鉛化合物と、(c)カルシウム系添加剤と、(d)エステル化合物とを配合してなる非塩素系となっている。そのうえで、40℃における動粘度が5〜50mm2 /sに調整されている。
【0010】
第2の発明は、第1の発明において、(a)硫黄含有量を潤滑油全量基準で0.5〜10重量%とし、(b)亜鉛含有量を潤滑油全量基準で0.05〜1.0重量%とし、(c)カルシウム含有量を潤滑油全量基準で0.1〜2.0重量%とし、(d)エステル含有量を潤滑油全量基準で0.1〜2.0重量%としている。
【0011】
第3の発明は、第1または第2の発明において、被加工材である金属材料を防錆鋼板としている。第4の発明は、第1ないし第3いずれかの発明において、この潤滑油は、加工後に塗装処理を施した部品として使用される金属材料の加工用として好適である。
【0012】
第5の発明は、金属材料と工具との間に第1ないし第4いずれかの潤滑油を供給する工程を有する、金属材料のプレス加工方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)有機亜鉛化合物と、(c)カルシウム系添加剤と、(d)エステル化合物とを配合していることで高い潤滑性や耐焼付性を有し、とくに潤滑油の動粘度が低い場合でも良好な潤滑性や耐焼付性を発揮できる。この潤滑油は非塩素系なので環境に優しく、金属材料や工具を錆びさせることもない。そのうえ、40℃における動粘度を5〜50mm2 /sに調整していることで加工後の洗浄工程における洗浄性が良好であり、加工後の洗浄工程において容易かつ確実に潤滑油を洗浄できることから、めっき工程や塗装工程などの後工程に対する悪影響も有意に抑えることができる。
【0014】
このとき、潤滑油中の硫黄含有量、亜鉛含有量、カルシウム含有量、及びエステル含有量を好適に調整していることで、無駄なコスト高を避けながら、従来の塩素系潤滑油と同等あるいはそれ以上の潤滑性等を発揮させることができる。被加工材である金属材料が防錆鋼板であれば、潤滑油の防錆性を特別高く設定する必要が無いので、コスト増と共に潤滑油の粘度増加もできるだけ避けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)有機亜鉛化合物と、(c)カルシウム系添加剤と、(d)エステル化合物とを配合してなる非塩素系の潤滑油である。
【0016】
[潤滑油基油について]
本発明に係る潤滑油では、鉱油、合成油、及び油脂の中から選ばれる少なくとも1種が潤滑油基油として用いられる。これらの鉱油、合成油、及び油脂については、一般に金属加工油の基油として用いられているものであればよく、特に制限するものではないが、40℃における動粘度を5〜50mm2 /sとし、好ましくは10〜45mm2 /s、より好ましくは12〜40mm2 /sの範囲である。潤滑油の動粘度が5mm2 /sよりも低いと、プレス加工において良好な潤滑性や耐焼付性を発揮できなくなる。一方、潤滑油の動粘度が50mm2 /sより高いと洗浄性が低下するので、加工後の洗浄工程において潤滑油が金属材料の表面に残留してしまい、その後の塗装処理において塗料はじきによる塗装斑の原因となるなどのおそれがある。とくに潤滑油の動粘度が上記範囲に調整してあれば、アルカリイオン水による洗浄でも良好に洗浄することができる。
【0017】
このような鉱油、合成油、及び油脂には各種のものがあり、用途などに応じて適宜選定すればよい。鉱油としては、例えば、石油精製業の潤滑油製造プロセスで常法を用いて精製される鉱油を使用することができる。より具体的には、例えば、原油を常圧蒸留および減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理などの処理を1つ以上行って精製したものが挙げられる。
【0018】
合成油としては、例えば、ポリα−オレフィン、α−オレフィンコポリマー、ポリブテン、アルキルベンゼン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレングリコールエーテル、シリコーンオイルなどを挙げることができる。油脂の具体例としては、例えば牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油、並びにこれらの水素化物などを挙げることができる。本発明に係る潤滑油においては、上記基油のうちの1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上の基油を混合して用いてもよい。
【0019】
(a)硫黄系極圧剤について
硫黄系極圧剤としては、硫黄原子を有し、極圧効果を発揮しうるものであれば特に限定されることなく、種々のものを同等の効果を発揮し得るものとして使用することができる。硫黄系極圧剤の具体例としては、例えば、硫化油脂、硫化脂肪酸、硫化エステル、硫化オレフィン、ポリサルファイド類、チオカーバメート類、硫化鉱油などを挙げることができる。ここで、硫化油脂は硫黄と油脂(ラード油,鯨油,植物油,魚油等)を反応させて得られるものである。その具体例としては、硫化ラード、硫化なたね油、硫化ひまし油、硫化大豆油などを挙げることができる。硫化脂肪酸の例としては、硫化オレイン酸などを、硫化エステルの例としては、硫化オレイン酸メチルや硫化米ぬか脂肪酸オクチルなどを挙げることができる。硫化オレフィンは、炭素数2〜15のオレフィン又はその2〜4量体を、硫黄、塩化硫黄等の硫化剤と反応させることによって得られる。
【0020】
ポリサルファイド類の具体例としては、ジベンジルポリサルファイド、ジ−tert−ノニルポリサルファイド、ジドデシルポリサルファイド、ジ−tert−ブチルポリサルファイド、ジオクチルポリサルファイド、ジフェニルポリサルファイド、ジシクロヘキシルポリサルファイドなどを挙げることができる。チオカーバメート類の具体例としては、ジンクジチオカーバメート、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネートなどを挙げることができる。硫化鉱油とは、鉱油に単体硫黄を溶解させたものをいう。単体硫黄を溶解させる鉱油は特に制限はないが、例えば、上記基油の説明において例示された鉱油系潤滑油基油を使用することができる。これらの硫黄系極圧剤は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
(b)有機亜鉛化合物について
有機亜鉛化合物の好ましいものとしては、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(以下、ZnDTPという。)、及び、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛(以下、ZnDTCという。)を挙げることができる。ZnDTPは酸化防止能、腐食防止能、耐荷重性能、摩耗防止能等を有し、いわゆる多機能型添加剤としてエンジン油や工業用潤滑油に広く使用されているが、ZnDTPとZnDTCとは互いに類似する化学構造を有しており、近年ではZnDTCがZnDTPと同等の効果を発揮し得る代替化合物として利用され始めている。ZnDTP及びZnDTCのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。すなわち、ZnDTPの構造式では、リン原子に対して酸素原子を介して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。また、ZnDTCの構造式では、窒素原子に対して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。また、ZnDTP及びZnDTC共に、亜鉛原子が2つの硫黄原子を介してリン原子又は窒素原子と結合していることから、硫黄分も含んでいる。ZnDTP及びZnDTCのアルキル基は、炭素数3以上のアルキル基又はアリール基が好ましい。これらの有機亜鉛化合物は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
本発明における潤滑油中の硫黄含有量は、潤滑油全量基準で0.5〜10重量%であり、好ましくは1.0〜7.0重量%、より好ましくは1.2〜5.0重量%である。この範囲よりも少ないと、動粘度との関係から潤滑性を良好に発揮できない場合があり、この範囲よりも多いと、配合量に見合う潤滑効果の向上が得られないばかりか、潤滑油の動粘度が無駄に増加してしまうので好ましくない。
【0023】
また、本発明における(b)成分由来の潤滑油中の亜鉛含有量は、潤滑油全量基準で0.05〜1.0重量%であり、好ましくは0.1〜0.9重量%、より好ましくは0.5〜0.8重量である。この範囲よりも少ないと、動粘度との関係から潤滑性を良好に発揮できない場合があり、この範囲よりも多いと、配合量に見合う効果の向上が得られないばかりか、潤滑油の動粘度が無駄に増加してしまうので好ましくない。
【0024】
(c)カルシウム系添加剤
カルシウム系添加剤の好ましいものとして、カルシウムスルフォネート、カルシウムサリシレート、カルシウムフェネートなどが挙げられる。特に動粘度や価格の点より、カルシウムスルフォネートが好ましい。より好ましくは、塩基性カルシウムスルフォネートである。更に好ましくは、塩基価(TBN)が300mgKOH/g以上の塩基性カルシウムスルフォネートである。これらは有機酸のアルカリ土類金属塩であって、一般的に増稠剤として添加され、潤滑性や防錆性などにも優れており、同等の効果を発揮し得るものとして適宜使用できる。したがって、これらのカルシウム系添加剤は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0025】
本発明における(c)成分由来の潤滑油中のカルシウム含有量は、潤滑油全量基準で0.1〜2.0重量%であり、好ましくは0.2〜1.5重量%、より好ましくは0.3〜1.0重量である。この範囲よりも少ないと、動粘度との関係から潤滑性を良好に発揮できない場合があり、この範囲よりも多いと、配合量に見合う効果の向上が得られないばかりか、潤滑油の動粘度が無駄に増加してしまうので好ましくない。
【0026】
(d)エステル化合物
エステル化合物の好ましいものとして、例えばポリオールエステルと、コンプレックスエステルを挙げることができる。潤滑油基油に対しては、これらのうち1種のみを配合してもよく、2種以上を配合してもよい。ポリオールエステルとは、脂肪族多価アルコールと直鎖状又は分岐状の脂肪酸とのポリオールエステル類のことである。ポリオールエステル類を形成する脂肪族多価アルコールとしては、例えば、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ジトリメチロールプロパン、トリメチロールエタン、ジトリメチロールエタン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、トリペンタエリスリトール等を挙げることができる。また、上記脂肪族多価アルコールと直鎖状又は分岐状の脂肪酸との部分エステル類も使用できる。コンプレックスエステルとは、脂肪族多価アルコールと直鎖状又は分岐状の脂肪酸、及び直鎖状又は分岐状の脂肪族二塩基酸とのコンプレックスエステル類のことである。脂肪族多価アルコール成分としては、例えば、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール等を挙げることができる。また、脂肪酸成分としては、例えば、脂肪族カルボン酸、ヘプタデシル酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸等を挙げることができる。二塩基酸としては、例えば、コハク酸、アジピン酸、ペメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカン二酸、ドデカン二酸、カルボキシオクタデカン酸、カルボキシメチルオクタデカン酸、ドコサン二酸等を挙げることができる。
【0027】
ポリオールエステル及び/又はコンプレックスエステル由来のエステル含有量は、潤滑油全量を基準として、0.1〜2.0重量%であり、好ましくは0.2〜1.5重量%、より好ましくは0.3〜1.0重量である。この範囲よりも少ないと、耐焼付性を良好に発揮できない場合があり、この範囲よりも多いと、配合量に見合う効果の向上が得られないばかりか、潤滑油の動粘度が無駄に増加してしまうので好ましくない。
【0028】
本発明に係る潤滑油は、潤滑油基油に上記(a)〜(d)成分を配合することにより得られるが、金属加工油としての基本的な性能を維持するために、本発明の目的を阻害しない範囲で、各種公知の添加剤を適宜配合することができる。その添加剤としては、例えば防錆剤、酸化防止剤、防食剤、着色剤、消泡剤、香料等が挙げられる。上記防錆剤としては、カルシウム系防錆剤、バリウム系防錆剤、ワックス系防錆剤等を、上記酸化防止剤としては、アミン系化合物、フェノール系化合物等を、上記防食剤としては、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、メルカプトベンゾチアゾール等を、必要に応じて適宜添加することができる。上記着色剤としては、染料や顔料等を用いることができる。
【0029】
金属材料のプレス加工としては、絞り加工、曲げ加工、ブランク加工、ピアス加工、トリミング加工、カシメ加工、コンパウンド加工、バーリング加工、ファインブランキング加工に対して優れた効果を発揮する。特に、加工時に高い応力の発生するブランク加工、トリミング加工、ピアス加工などの打抜き加工(せん断加工)やファインブランキング加工(FB加工)等の精密せん断加工に対しても好適に使用できる。
【0030】
また、本発明に係る潤滑油は、例えばステンレス鋼、合金鋼、炭素鋼等の他、アルミニウム合金材、銅材等の非鉄金属材料等の加工にも使用できる。また、その形態も、冷間圧延鋼板、熱間圧延鋼板、めっき鋼板、防錆鋼板等とくに限定されないが、防錆鋼板の加工に対して使用することが好ましい。防錆鋼板であれば、加工後に防錆油を塗布する必要は無く、かつ本発明の潤滑油の防錆性も特別高める必要もなくなるからである。防錆鋼板としては、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケル合金電気めっき鋼板、及び有機複合めっき鋼板などがあるが、特に電気亜鉛めっき鋼板は表面が平滑美麗、溶接容易、塗装容易、加工性良好、比較的安価などの点から好ましい。上記好適な金属材料として、具体的にはSPH270D−OD SM,SPH270D−OD,SPHE−Pなどを挙げることができる。
【0031】
さらに、本発明の潤滑油はその動粘度を調整していることで洗浄性が高められていることから、上記金属材料が加工後に塗装処理を施すことを前提とした部品として加工する際に使用することが好ましい。加工後に塗装処理が施される部品用であれば、その部品自体は特に限定されることなく種々の部品製造用に供することができるが、例えば自動車の外板パネル材やオイルフィルタケースなどを挙げることができる。オイルフィルタは、自動車の内燃機関を潤滑するオイル、すなわちエンジンオイルに混入する異物、摩耗粉、カーボン等を濾過する部品であって、オイルフィルタケースとは、オイルフィルタの外形を区画する部材であり、通常、所定形状に加工形成された後、塗料が塗装されて使用される。オイルフィルタケースとして使用される金属材料としては、例えばSECD,SPCE,SECC,SPCDなどがある。
【0032】
金属材料をプレス加工する際に、本発明に係る潤滑油を金属材料と工具との間に供給することによって、金属材料の加工精度が向上する。潤滑油の供給方法は特に制限するものではないが、例えば、ローラーによる金属材料表面への塗布、スプレーによる金属材料表面への塗布、など公知の方法を使用することができる。また、本発明に係る潤滑油を金属材料と工具との間に供給することによって、工具の錆びや損傷を防止することができるので、工具の使用寿命を長くすることができる。
【0033】
金属材料加工後の後処理工程としては、一般的には金属材料に付着した潤滑油を脱脂・洗浄する工程、防錆油を塗布して加工物の錆対策をする工程、めっき処理や塗装をする工程、熱処理をして加工物の強度を確保する工程、他の金属部品との溶接工程などがある。このとき、本発明の潤滑油は優れた潤滑性や耐焼付性を有しながら動粘度を比較的低く調製されているので、洗浄工程において容易かつ確実に潤滑油を洗浄除去することができる。したがって、プレス加工に続いて金属材料をめっき処理したり塗料を塗布したりする場合にも、めっき斑や塗装斑をなくして品質のよい部品を製造することができる。とくに、アルカリイオン水で洗浄する場合に優れた洗浄性を発揮する。また、金属材料として防錆鋼板を使用していれば、加工後の防錆油塗布工程は不要である。例えばオイルフィルタケースを製造する場合は、金属材料をプレス加工した後、洗浄工程、めっき工程、塗装工程を経て製造される。
【0034】
(洗浄性試験)
まず、潤滑油の動粘度によって洗浄性がどのように変化するかを確認するため、以下の試験を行なった。本洗浄試験では、本発明における基油となり得る、以下に示す純度100%(無添加)の鉱油を使用した。
基油1:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:480mm/s)
基油2:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:350mm/s)
基油3:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:95mm/s)
基油4:ナフテン系鉱油 (40℃における動粘度:46mm/s)
基油5:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:32mm/s)
基油6:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:20mm/s)
基油7:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:10mm/s)
基油8:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:5mm/s)
【0035】
また、本洗浄試験の方法及び条件は以下の通りである。
洗浄水:アルカリイオン水
加工物:形状 内径65mmのカップ形状
材質 SECD
厚み 0.5mm
潤滑油供給方法:はけ塗り
各基油を塗布した加工物をそれぞれ5つ用意し、これらを60〜80℃に加温されたアルカリイオン水で約70秒間(正確には67秒間)シャワー洗浄した後、表面の状態を目視により観察した。なお、アルカリイオン水とは、水道水をイオン交換膜を通して酸性イオン分を除したアルカリ性を呈する水のことである。その結果を表1に示す。なお、表1中の評価基準は次の通りである。
○:油はじきなし △:若干油はじきあり ×:油はじきあり
【0036】
【表1】

【0037】
表1の結果により、動粘度が高いと洗浄性が悪くなり、動粘度が低ければ洗浄性が高くなる傾向があることがわかる。また、動粘度が50mm/sよりも低い基油4〜8は、アルカリイオン水での洗浄でも油はじきが殆どないことがわかる。
【0038】
(潤滑性・耐焼付性試験)
洗浄性試験により、潤滑油の動粘度は低い方が洗浄性に優れることが確認できたが、これだけではプレス加工時に求められる潤滑性や耐焼付性を担保できない。そこで、洗浄性試験での臨界位置にある基油4を選定して、これに各種の添加剤を添加して潤滑性及び耐焼付性(以下、適宜両性能をまとめて加工性と言うことがある)の評価を行なった。
【0039】
その際の試験条件は以下の通りである。
プレス機:AIDA リングプレス VL−6000(アイダエンジニアリング社製)
生産速度:70spm
パンチ1:SKD11 パンチ2:SKD11+TiNコーティング
ダイス:SKD11
材料送り:23.5mm
金属材料:SPH440(440N/mm高張力鋼板)
幅:70mm 板厚:4.6mm
潤滑油供給方法:樹脂ロールにて金属材料表面に均一に塗布
【0040】
また、各種添加剤の種類は、以下に示す通りである。
(a)成分
a1:ポリサルファイド(硫黄含有量:37重量%)
a2:硫化油脂(硫黄含有量:15重量%)
(b)成分
b:ZnDTP(亜鉛含有量:9重量% 硫黄含有量:16質量%)
(c)成分
c:カルシウムスルフォネート(カルシウム含有量:15重量%)
(d)成分
d:ポリオールエステル及び/又はコンプレックスエステル
(その他の成分)
E:塩素化パラフィン(塩素含有量:50重量%)
【0041】
洗浄性試験での基油4に上記各添加剤を添加して表2及び表3に示す組成に調製した潤滑油を、金属材料の表面に対して樹脂ロールにて均一に供給した後に、2種類のパンチ1及びパンチ2にて、縦10mm×横12mm×深さ4.6mmの穴を2箇所に同時に打ち抜きした。そして、打ち抜き後のパンチ表面の状態と打ち抜き後の金属材料の加工面の状態を目視にて観察して評価を行った。その結果も表2及び表3に示す。なお、表2及び表3における動粘度以外の数値は重量%を示し、動粘度は40℃における動粘土であり、その単位はmm/sである。また、その際の評価基準は次の通りである。
パンチ表面状態
◎:非常に良好 ○:良好 △:少し摩耗 ×:摩耗
せん断加工状態
◎:綺麗なせん断面 ○:くすんだせん断面 △:少し破断あり ×:破断面多い
なお、金属材料をせん断加工するとき、当該金属材料はパンチとダイスとによるせん断応力により穿孔されることになるが、潤滑性が悪いとせん断応力によらず破断形態となるので、打ち抜き後の穴はせん断面となっている方が潤滑性が良いことを意味する。
【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
表2の結果により、硫黄系極圧剤、有機亜鉛化合物、及びカルシウム系添加剤を単独又は混合して添加してもエステル化合物を添加していなければ、優れた潤滑性や耐焼付性までは得られないことがわかる。また、動粘度が高いほど潤滑性が良好になる傾向にあることもわかる。これに対し表3を見ると、硫黄系極圧剤、有機亜鉛化合物、カルシウム系添加剤、及びエステル化合物を全て添加した潤滑油13ないし潤滑油18は、比較例1ないし比較例3との対比からも明らかなように、塩素系潤滑油と同等またはそれ以上の優れた潤滑性及び耐焼付性を有することがわかった。
【0045】
次に、先の潤滑性・耐焼付性試験では、40℃における動粘度46mm/sの基油4に各添加剤を添加して潤滑油を調製したので、それより低い動粘度を有する基油5ないし基油8を使用した場合の加工性を確認した。その際の配合率は、優れた潤滑性等を示した潤滑油13ないし潤滑油15のうち、中間配合量の潤滑油14に合わせた。その結果を表4に示す。なお、表4における動粘度以外の数値は重量%を示し、動粘度は40℃における動粘土であり、その単位はmm/sである。
【0046】
【表4】

【0047】
表4の結果より、動粘度の低い基油を用いても、硫黄系極圧剤、有機亜鉛化合物、カルシウム系添加剤、及びエステル化合物を添加していれば、優れた潤滑性及び耐焼付性を有することがわかった。しかし、このままでは動粘度が高すぎるので、先の洗浄性試験の結果からも、洗浄・塗装工程において悪影響を及ぼすことは必至である。
【0048】
(動粘度調整試験)
そこで、洗浄性を高めるために動粘度を下げていった場合の洗浄性、潤滑性、及び耐焼付性の変化を評価した。その結果を表5に示す。ここでの動粘度の調整は、再度潤滑油14を代表例として選定し、これを動粘度の低い基油7(40℃における動粘度10mm/s)で割って動粘度を低下させた。なお、表5における動粘度以外の数値は重量%を示し、動粘度は40℃における動粘土であり、その単位はmm/sである。また、本試験での条件や方法、及び評価基準は先の洗浄性試験や潤滑性・耐焼付性試験と同様である。
【0049】
【表5】

【0050】
表5の結果より、潤滑油基油に硫黄系極圧剤、有機亜鉛化合物、カルシウム系添加剤、及びエステル化合物を添加していても、40℃における動粘度が20mm/s以下であれば、優れた洗浄性を有することがわかる。また、40℃における動粘度が50mm/s以下であれば良好な洗浄性を示している。したがって、40℃における動粘度が40mm/s以下、好ましくは40℃における動粘度が30mm/s以下であれば少なくとも良好な洗浄性を示し、塗装工程への影響が小さいことがわかる。これらの結果は、表1の結果とも整合している。
【0051】
また、このように動粘度を低く調整しても、硫黄系極圧剤、有機亜鉛化合物、カルシウム系添加剤、及びエステル化合物を添加していることで、良好ないし優れた加工性を有することがわかる。但し、実施例1の加工性は若干劣っていることから、40℃における動粘度が5mm/s程度でも大きな問題なく加工することは可能であるが、40℃における動粘度を10mm/s以上とすることが好ましい。
【0052】
また、表5の結果より、(a)硫黄含有量は潤滑油全量基準で0.5〜10重量%、、(b)亜鉛含有量は潤滑油全量基準で0.05〜1.0重量%、(c)カルシウム含有量は潤滑油全量基準で0.1〜2.0重量%、(d)エステル含有量は潤滑油全量基準で0.1〜2.0重量%が使用可能範囲であることがわかる。なお、上記動粘土調整試験では潤滑油14を動粘度の低い基油7で割って動粘度を調整したが、動粘土の調整の仕方(高い粘度と低い粘度との組み合わせ)自体は本発明の趣旨を逸脱しない範囲で無限にあり、上記試験例に限定されるものではない。
【0053】
(アルカリイオン水との相性試験)
さらに、本発明の潤滑油がアルカリイオン水での洗浄に適していることを確認するため、上記の試験で使用した実施例2、実施例4、実施例6、及び比較例3を洗浄したときの洗浄液を代表例として選定し、以下の試験を行なった。先ず、洗浄後のアルカリイオン水を濾過して不純物を除去した後、当該アルカリイオン水を65℃に加温し、メスシリンダーに50mlずついれた。そして、メスシリンダーを30秒間、100回激しく攪拌し、そのときの発泡量、消泡に要した時間、及び分離に要した時間を測定した。その結果を表6に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
表6の結果より、各実施例は塩素系の比較例より発泡量、消泡性、分離性ともに良好であった。また、実施例2の分離層状態は比較例3より若干劣るものの、実施例4及び実施例6は格段に良好であることがわかる。これにより、本発明の潤滑油は、塩素系の潤滑油よりもアルカリイオン水との相性が良いことから、アルカリイオン水での洗浄に適していることがわかる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)有機亜鉛化合物と、(c)カルシウム系添加剤と、(d)エステル化合物とを配合してなる非塩素系であり、
40℃における動粘度が5〜50mm2 /sである、金属材料プレス加工用の潤滑油。
【請求項2】
(a)硫黄含有量が、潤滑油全量基準で、0.5〜10重量%であり、
(b)亜鉛含有量が、潤滑油全量基準で、0.05〜1.0重量%であり、
(c)カルシウム含有量が、潤滑油全量基準で、0.1〜2.0重量%であり、
(d)エステル含有量が、潤滑油全量基準で、0.1〜2.0重量%である、
請求項1に記載の金属材料プレス加工用の潤滑油。
【請求項3】
前記金属材料が、防錆鋼板である請求項1または請求項2に記載の金属材料プレス加工用の潤滑油。
【請求項4】
前記金属材料が、加工後に塗装処理を施した部品として使用される請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の金属材料プレス加工用の潤滑油。
【請求項5】
金属材料と工具との間に請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の潤滑油を供給する工程を有する、金属材料のプレス加工方法。



【公開番号】特開2008−195765(P2008−195765A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−30160(P2007−30160)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【出願人】(000241500)トヨタ紡織株式会社 (2,945)
【出願人】(000211145)中京化成工業株式会社 (15)
【Fターム(参考)】