説明

金属腐食性物質濃度測定法及び装置

【課題】 試料中の極圧剤濃度を簡便かつ正確に測定し、切削油及び潤滑油等の油中における最適濃度にコントロールすることの可能な方法及びそのための装置を提供する。
【解決手段】
(a)所定量の試料と接触する表面を有し、該表面は予め活性化処理を行うことによって試料との接触面が露出される金属製のプレートと、
(b)試料と接触させた状態の前記プレートを所定の温度で加熱する加熱部と、
(c)前記加熱処理したプレートの表面を撮像する撮像部と、
(d)前記撮像部がとらえたプレート上の腐食表面の色信号と、非腐食表面の参照色信号とを比較して金属腐食性物質濃度を算出する画像処理演算部と、
(e)前記算出された金属腐食性物質濃度を表示する出力部と、
を備えることを特徴とする試料中に含まれる金属腐食性物質濃度の測定装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の金属腐食性物質濃度の測定方法、より詳細には切削油及び潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤のような金属表面を腐食させる可能性のある物質の濃度測定方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
切削中の金属間の摩擦熱を抑え、切削面の表面精度を上げるために、従来より切削油中に極圧剤を添加している。極圧剤には、塩素、硫黄、及びリン酸系脂肪などがあるが、従来主に用いられている塩素系の極圧剤は環境汚染問題の点から好ましくなく、近年、硫黄系の極圧剤に置き換わっている。
【0003】
極圧剤の役割は、切削中の摩擦を減少させることである。極圧剤は、切削により発生する摩擦熱により金属表面と化学反応し、金属表面を腐食させる。これにより腐食面は非腐食面と比べて柔らかくなり極圧下ですべり面となり、切削中の摩擦を減少させる役割がある。金属と極圧剤の反応は摩擦熱により極圧剤の成分である硫黄脂肪のC−S結合(炭素−硫黄結合)の切断が促進され、S(硫黄原子)が金属と反応して硫化物を生成する。そのため、切削油は使用するたびに添加剤が化学分解し減少する。極圧剤濃度が低減すると、金属間の溶着が起こり、刃物が劣化する。加えて、切削面の表面精度が低下する原因ともなる。逆に大過剰に極圧剤が存在しても問題があり、室温下においても金属と反応し金属を腐食してしまう。
【0004】
従来、このような切削油中の極圧剤濃度を測定する一つの方法として銅板腐食試験法なる方法が用いられている(例えば、非特許文献1参照)。この方法は、よく磨いた銅板を約30mlの試料に完全に浸し、規定の試験時間、規定の試験温度に保った後、これを取り出し、洗浄して銅板腐食標準と比較して、試料の銅に対する腐食性を判定する方法である。一方、潤滑油中の大きな炭素粒子(スーツ)をマイクロカメラを用いて測定するシステムも報告されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、油中の極圧剤濃度を正確かつ簡便に測定することのできる測定装置は未だ知られていない。
【0005】
【特許文献1】特開平10−19788
【非特許文献1】日本工業規格JIS K2513(2000年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記銅板腐食試験法では目視により色の変化を観測するため、観測者の違いにより色の判定に偏りを生じ、測定精度が低く、また測定に時間を要する。そこで、本発明は、試料中の極圧剤濃度を簡便かつ正確に測定し、切削油及び潤滑油等の油中における最適濃度にコントロールすることの可能な方法及びそのための装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであって、切削油や潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤などの金属腐食性物質濃度の測定装置を提供するものである。すなわち、本発明は一つの側面において、試料中に含まれる金属腐食性物質濃度の測定装置であって、
(a)所定量の試料と接触する表面を有し、該表面は予め活性化処理を行うことによって試料との接触面が露出される金属製のプレートと、
(b)試料と接触させた状態の前記プレートを所定の温度で加熱する加熱部と、
(c)前記加熱処理したプレートの表面を撮像する撮像部と、
(d)前記撮像部がとらえたプレート上の腐食表面の色信号と、非腐食表面の参照色信号とを比較して金属腐食性物質濃度を算出する画像処理演算部と、
(e)前記算出された金属腐食性物質濃度を表示する出力部と、
を備えることを特徴とする。
【0008】
好ましい実施形態において、前記金属腐食性物質は、切削油及び潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤であり、前記プレートは、前記試料と接触する表面がポリ酢酸ビニル等の弱酸性高分子電解質又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆された銅板からなることを特徴とする。また、前記画像処理演算部は、前記撮像部がとらえたプレート上の色信号をRGB値に変換し、腐食表面のRGB値と非腐食表面の参照RGB値との差を計算して金属腐食性物質濃度を算出する手段とを含むことを特徴とする。
【0009】
他の側面において、本発明は、試料中に含まれる金属腐食性物質の濃度を測定する方法であって、
(a)金属プレート表面を活性化処理して試料と接触する表面を露出させる工程、
(b)所定量の試料と、前記活性化処理したプレートとを接触させる工程、
(c)前記試料と接触させた状態の前記プレートを所定の温度で加熱する工程、
(d)前記加熱処理したプレートの表面を撮像する工程、
(e)前記撮像部がとらえたプレート上の1又は複数の位置における色信号をメモリーに保存する工程、
(f)前記メモリーに保存された腐食表面の色信号と、非腐食表面の参照色信号とを比較して、前記試料に含まれる金属腐食性物質濃度を算出する工程、
(g)前記算出された金属腐食性物質濃度を表示する工程、
を含むことを特徴とする。
【0010】
好ましい実施形態において、前記金属腐食性物質は、切削油及び潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤である。硫黄系極圧剤としては、分子内に硫黄原子を有し、切削油及び潤滑油基油に溶解又は均一に分散して、極圧効果を発揮しうるものであればよく、特に制限はない。このようなものとしては、例えば硫化油脂、硫化脂肪酸、硫化エステル、硫化オレフィン、ジヒドロカルビルポリサルファイド、チオカーバメート類、チオテルペン類、ジアルキルチオジプロピオネート類などを挙げることができる。前記金属プレートは、好ましくは銅板からなり、試料と接触させる前に予めその表面を酸性溶媒で処理してプレート表面に銅を露出させるか、又は前記プレート表面を予め弱酸性又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆しておき、試料と接触させる直前に該高分子電解質を剥ぎ取ってプレート表面を活性化することが好ましい。
【0011】
異なる観点において、本発明は、上記測定方法において使用する金属腐食性物質濃度の測定用プレートであって、試料と接する金属板の表面に試料を保持するための適度な窪みを有し、該表面が弱酸性又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆されたことを特徴とする。前記金属板が銅板であり、その試料と接する表面がポリ酢酸ビニルで被覆されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、測定データの数値化を行うことができ,データの管理も容易となり、観測者の違いにより起こる測定精度の低下を抑えることができる。そして、測定プレートの加熱温度をコントロールすることにより自由に測定時間を調整できる。さらに,使用するプレートは特定の前処理を行うことによりプレートの違いによるデータのばらつきを抑え再現性が改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の最良の実施形態に係る測定装置を、図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の装置概略を模式的に示した図である。図1において、測定試料と接触させるための銅板プレート40は、これを所望の温度で加熱することができるヒーターを備えた加熱部30と接して配設される。加熱ヒーターは公知の部材から任意のものを用いることができるが、通常、室温から130℃程度までの任意の温度に設定可能なヒーターを用いる。この銅板プレート40の表面は、例えばCCDカメラからなる撮像部20によって撮像される。撮像は、試料と銅板を接触させ加熱を開始した後、任意の時間経過後に任意の回数行うことができる。撮像部20がとらえた画像は、例えばパーソナルコンピュータからなる画像処理演算部10へ送信され、以下に詳細に説明するような手順に従って演算処理される。演算結果は、金属腐食性物質濃度として表示され、例えばパソコンモニタやプリンター(図示せず)等から出力される。
【0014】
次に、本発明の方法に用いる銅板プレートの典型例を図2に示す。図2に示した銅板プレート40は、約0.5〜3.0mmの厚さを有し、その表面を例えばエポキシ樹脂等を用いて約0.1〜0.2mmの厚さでシルク印刷することにより、塗装層60を形成し、約0.5〜10mmの大きさのサンプルスポット50を作製する(図2(A)及び(B))。これにより、試料(油)が横に広がり、単位面積あたりのサンプル量が変化することを防止する。また、銅板の表面を活性化する目的で、弱酸性の高分子電解質(例えば、酢酸ビニルポリマー)からなるコーティング層70でコーティングしてもよい(図2(C))。銅板の表面は酸化銅となっており酢酸ビニルポリマーのカルボニル残基と反応し、銅板表面にCuが現れ活性化できる。この反応は酢酸ビニルが硬化すると重合段階で酢酸基がポリマー表面に出てきてこの酢酸基が銅板表面を活性化させると考えられる。またポリマーでコーティングしているために外界の酸素の影響を低下させ,銅板表面の活性面を維持することが出来る。ポリマーは銅板から容易に剥がれるように調製することができる。
【0015】
測定の具体的な方法は以下のとおりである。
(1)試料をプレートにスポットする前に、プレート表面を活性化する。銅は酸素により酸化されやすく,測定毎に銅表面を活性化させる必要がある。これにより,斑無く銅表面でサンプル油と銅の反応が起こる。銅表面と活性化させる1つの方法としては、酸溶媒を用い、酸化皮膜(Cu2+)を取り除く。このとき、酸性度の強さで銅板上の酸化皮膜を取り除く時間が異なるため、用いた酸溶媒の酸性度に応じて適切な放置時間を設定する。他の方法としては、酢酸ビニル樹脂を用い、銅表面で重合させるとポリマーを剥ぎ取ると同時に活性な銅表面が得られる。この反応は酢酸ビニルが重合するとポリマー表面にカルボニル残基が現れ、この残基が銅表面の酸化銅と反応し、表面にCuが現れ銅板の表面は活性化する。
(2)酸性溶媒をふき取るか、又はポリマーを剥ぎ、プレート上にサンプルを滴下する。プレート上の適度な窪みは銅板上でのサンプルの広がりを防いでいる。
(3)サンプルを滴下したプレートをヒーター上に乗せる(ヒーターの温度は約80℃に設定し、必要ならば温度を可変する)。
(4)CCDカメラによりプレートの画像を取り込む。
(5)取り込んだデータを解析し腐食度合をRGB値(または色度,明度,彩度)として数値化しグラフを作成する。
【0016】
画像処理演算の具体的な方法は、例えば、図3のフローチャートに示すように、以下の手順からなる。
(1)マイクロソフト社から提供されているフリーソフトDirectX SDKとMicrosoft Visual C++を組合せてカラーCCDカメラ制御プログラムを作成しリファレンスポイントとサンプルポイントの画像を32ビットで取り込む。
(2)カラーCCDカメラ制御プログラムではウインドウズ上で画像データを扱うためにビットマップを使用し、取り込んだ画像データをビットマップ処理し、メモリーに格納する。
(3)メモリーに格納することで、ウィンドウ上に描画、画像データの数値化など種々の処理が簡易に行うことが出来る。作成したプログラムではタイマーを組み込み、リファレンス(非腐食表面の画像、例えば、極圧剤を含まない油のみをスポットしたプレート表面の画像)とサンプルポイント(腐食表面)の画像を数秒間隔でウィンドウ上に描画する。
(4)メモリーからCCDカメラの各画素のRGB値を取り出し、リファレンスとサンプルのRGB値の差を計算する。このRGB値の差を計算する方法としては、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。例えば、R(赤)、G(緑)、B(青)で表される3原色の色信号を輝度信号Y=0.299R+0.587G+0.114Bに変換し、リファレンスとサンプル輝度信号Yの差を計算しても良い。
(5)画像描画ウィンドウに加え、表計算ウィンドウも開き、計算した値を表計算プログラムに送る。
(6)表計算プログラムでは送られてきたデータに関するグラフを作成する。
(7)最後にデータを保存する。
【実施例1】
【0017】
図1に示した装置により、以下の試料の測定結果を測定時間に対する基準RGB値からの差としてプロットした(図4)。試料は、所定量の極圧剤を含む切削油、及びこれを極圧剤無添加の切削油で段階的に希釈した油を用い、銅板プレートの所定の位置にスポットした。なお、予め銅板は酸性溶媒を表面に塗り、数分間放置して表面を活性化した後、酸性溶媒をふき取ってプレート表面にサンプルを滴下した。また、プレートを加熱するヒーターの温度は80℃に設定した。CCDカメラにより4秒ごとにプレートの画像を取り込み、取り込んだデータをRGB値で表し、基準値からの差を計算してプロットしたグラフを図3に示した。
【0018】
各位置に滴下した試料の希釈倍率と極圧剤の相対濃度
ポジション1:2倍希釈(50%)
ポジション3:希釈なし(100%)
ポジション4:20倍希釈(5%)
ポジション7:100倍希釈(1%)
ポジション8:極圧剤なしの対照試料(0%)
【0019】
図3から分かるように、極圧剤濃度の高い油から順に時間と共に基準値からの差が大きく現れた。本実験結果からは、相対量として1%の極圧剤を検出することが可能である。また、測定データのノイズは蛍光灯の周波数の揺らぎによって起こされたものであり、発光ダイオードなどの直流電源により駆動する光源を用いることでノイズが抑えられることを確認している。これらの改善を行うことで約0.1%の極圧剤の測定が可能であると思われる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の装置概略を示した模式図である。
【図2】本発明の方法に用いる銅板プレートの典型例である。(A)は、銅板プレートの正面図、(B)は、(A)のI−I’線における断面図の一例、(C)は(A)のI−I’線における断面図の他の例である。
【図3】本発明の方法において用いる画像処理演算手順の1つの実施形態を示すフローチャートである。
【図4】本発明の方法により測定した結果を、銅板プレート上の各位置における基準RGB値からの差としてプロットしたグラフを示す。
【符号の説明】
【0021】
10 画像処理演算部
20 撮像部
30 加熱部
40 銅板プレート
50 サンプルスポット
60 塗装層
70 コーティング層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれる金属腐食性物質濃度の測定装置であって、
(a)所定量の試料と接触する表面を有し、該表面は予め活性化処理を行うことによって試料との接触面が露出される金属製のプレートと、
(b)試料と接触させた状態の前記プレートを所定の温度で加熱する加熱部と、
(c)前記加熱処理したプレートの表面を撮像する撮像部と、
(d)前記撮像部がとらえたプレート上の腐食表面の色信号と、非腐食表面の参照色信号とを比較して金属腐食性物質濃度を算出する画像処理演算部と、
(e)前記算出された金属腐食性物質濃度を表示する出力部と、
を備えることを特徴とする金属腐食性物質濃度の測定装置。
【請求項2】
前記金属腐食性物質が、切削油及び潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤である請求項1に記載の測定装置。
【請求項3】
前記プレートは、前記試料と接触する表面が弱酸性又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆された銅板からなる請求項1又は2に記載の測定装置。
【請求項4】
前記弱酸性の高分子電解質がポリ酢酸ビニルである請求項3に記載の測定装置。
【請求項5】
前記画像処理演算部は、前記撮像部がとらえたプレート上の色信号をRGB値に変換し、腐食表面のRGB値と非腐食表面の参照RGB値との差を計算して金属腐食性物質濃度を算出する手段とを含む請求項1〜4の何れか一項に記載の測定装置。
【請求項6】
試料中に含まれる金属腐食性物質の濃度を測定する方法であって、
(a)金属プレート表面を活性化処理して試料と接触する表面を露出させる工程、
(b)所定量の試料と、前記活性化処理したプレートとを接触させる工程、
(c)前記試料と接触させた状態の前記プレートを所定の温度で加熱する工程、
(d)前記加熱処理したプレートの表面を撮像する工程、
(e)前記撮像部がとらえたプレート上の1又は複数の位置における色信号をメモリーに保存する工程、
(f)前記メモリーに保存された腐食表面の色信号と、非腐食表面の参照色信号とを比較して、前記試料に含まれる金属腐食性物質濃度を算出する工程、
(g)前記算出された金属腐食性物質濃度を表示する工程、
を含むことを特徴とする金属腐食性物質濃度の測定方法。
【請求項7】
前記金属腐食性物質が、切削油及び潤滑油等の油中に含まれる硫黄系極圧剤である請求項6に記載の測定方法。
【請求項8】
前記プレートは、前記試料と接触する表面が弱酸性又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆された銅板からなり、当該高分子電解質を剥ぎ取ることにより前記プレート表面を活性化することを特徴とする請求項6又は7に記載の測定方法。
【請求項9】
請求項6〜8の何れか一項に記載の測定方法において使用するプレートであって、試料と接する金属板の表面に試料を保持するための適度な窪みを有し、該表面が弱酸性又は金属配位能力を有する高分子電解質で被覆されたことを特徴とする金属腐食性物質濃度の測定用プレート。
【請求項10】
前記金属板が銅板であり、その試料と接する表面がポリ酢酸ビニルで被覆されていることを特徴とする請求項9に記載のプレート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−46932(P2007−46932A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−229249(P2005−229249)
【出願日】平成17年8月8日(2005.8.8)
【出願人】(592157722)日理工業株式会社 (9)
【Fターム(参考)】