説明

鉄系金属磁性粒子、軟磁性材料、圧粉磁心及びそれらの製造方法

【課題】鉄損が低減せしめられ、しかも鉄粉中の歪みや結晶粒界、不純物の影響が排除された、磁気特性及び保磁力に優れた圧粉磁心の製造に有用な鉄系金属磁性粒子を提供すること。
【解決手段】99.5重量%以上の鉄含有量を有する水アトマイズ鉄粉と、該鉄粉の表面に適用された、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の不動態膜とからなり、かつ前記鉄粉が0.01重量%以下の酸素含有量及び0.0010重量%以下の炭素含有量を有しているように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性材料の製造に用いられる鉄系金属磁性粒子とその使用に関し、さらに詳しく述べると、本発明は、鉄粉中の不純物の含有量が少なくかつ鉄粉の焼結が防止された軟磁性材料の製造に有用な鉄系金属磁性粒子と、それから製造された軟磁性材料及びその製造方法、そしてかかる軟磁性材料から製造された圧粉磁心及びその製造方法に関する。本発明の圧粉磁心は、電磁気を利用した各種の製品において有利に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
周知の通り、変圧器(トランス)、電動機(モータ)、発電機、アクチュエータ等の電磁気を利用した製品では、局所的に大きな交番磁界を効率的に得るため、磁心(軟磁石)を交番磁界中に設けているのが一般的である。磁心は、通常、金属磁性粒子とその表面を被覆した絶縁皮膜とからなる複数個の複合金属磁性粒子を有機バインダで相互に結合させて軟磁性材料を作製し、さらにその軟磁性材料の粉末を圧縮成形することによって製造されている。よって、このような磁心は、一般的に「圧粉磁心」と呼ばれている。
【0003】
圧粉磁心において、鉄損(交流で磁化したときに損なわれる電気エネルギー;ヒステリシス損と渦電流損の和で表される)を低減すべく、従来から様々な検討が行われている。鉄損のうちヒステリシス損は、磁壁移動の妨げとなる鉄粉中の歪みや結晶粒界、不純物が影響しており、問題点としての歪み、結晶粒界、そして不純物の低減が進められているが、いまだ問題点を十分に解決するに至っていない。なお、鉄粉中の不純物についての問題点は、純度の高い鉄粉を使用することで解決可能であるけれども、純度は、コストへの影響が大きく、したがって、工業的には、水アトマイズ鉄粉を多用しているのが現状である。水アトマイズ鉄粉としては、例えば、純鉄粉、商品名「ABC100.30」(ヘガネス社製)及びリン酸塩皮膜を被覆した鉄粉、商品名「Somaloy500」(ヘガネス社製)がある。
【0004】
近年では、例えば特許文献1に記載されているように、水素及びアルゴンからなる混合気体の雰囲気中においてアトマイズ鉄粉を800℃の温度で3時間にわたって還元焼鈍し、鉄と酸素とを含む金属磁性粒子を備え、その金属磁性粒子に占める酸素の割合が0.05質量%未満である軟磁性材料と、それから作製された圧粉磁心が提案されている。この特許文献によれば、焼鈍により酸素量が0.05質量%未満に低減し、保磁力、すなわちヒステリシス損も低減するとされている。
【0005】
また、特許文献2において別の提案がなされている。すなわち、この特許文献では、結晶粒界を改善するため、鉄を主成分とする金属磁性粒子を、900℃以上であって金属磁性粒子の融点未満の温度で、水素雰囲気もしくは不活性ガス雰囲気で熱処理することが提案され、また、高温中での磁性粒子の焼結を防止するため、熱処理工程に先がけて、Al、Si、Y、Zr、Ti、Mg及びBよりなる群より選ばれた少なくとも1種以上の元素の酸化物、窒化物又は炭化物からなるスペーサ粒子を金属磁性粒子に混合することが提案されている。また、特許文献2には、スペーサ粒子の粒径は、金属磁性粒子の粒径の0.1倍以上2倍以下が好ましいとされている。この特許文献によれば、金属磁性粒子を焼結を伴うことなく熱処理でき、圧粉磁心作製後のヒステリシス損が低減するとされている。
【0006】
しかしながら、これらの特許文献に提案されている方法でも、解決されるべき課題が依然として存在している。例えば、特許文献1の場合、保磁力を低減しうると記載されているが、示された保磁力の値は必ずしも十分でなく、また、工業的に考えると、処理後の保管や後工程である絶縁皮膜形成工程で酸素が金属磁性粒子中へ拡散していき、時には鉄の酸化被膜が形成され、特性が低下するという問題がある。
【0007】
また、特許文献2の場合、ヒステリシス損が低減するとされていると記載されているにもかかわらず、示されたヒステリシス損の値は必ずしも十分ではなく、記載されているスペーサ粒子又は実施例で用いられているスペーサ粒子のうち、炭化物及び窒化物は、高温中で炭素、窒素が金属磁性粒子中へ拡散する恐れがあり、磁気特性劣化の要因となり得る。また、適用する水素雰囲気が特に高濃度である場合、酸化物は還元されやすく、Al、Si以外の金属元素が金属磁性粒子中へ拡散すると、磁気特性劣化の要因となり得る。
【0008】
【特許文献1】特開2005−213621号公報(特許請求の範囲、段落0039)
【特許文献2】特開2005−336513号公報(特許請求の範囲、段落0038〜0042)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、鉄損が低減せしめられ、しかも鉄粉中の歪みや結晶粒界、不純物の影響が排除された、磁気特性及び保磁力に優れた圧粉磁心と、そのような圧粉磁心の製造に好適な鉄系金属磁性粒子及び軟磁性材料、そしてそれらの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記した課題を解決すべく鋭意研究した結果、軟磁性材料の製造時に出発原料として使用する金属磁性粒子として特に、純鉄粉である水アトマイズ鉄粉を使用し、かつアルミニウム及び(又は)ケイ素の酸化物からなる不動態膜でその鉄粉の表面を被覆することが有効であるという知見を得、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、その1つの面において、99.5重量%以上の鉄含有量を有する水アトマイズ鉄粉と、該鉄粉の表面に適用された、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の不動態膜とからなり、
前記鉄粉は、0.02重量%以下の酸素含有量及び0.0015重量%以下の炭素含有量を有している、軟磁性材料製造用鉄系金属磁性粒子にある。
【0012】
また、本発明は、そのもう1つの面において、本発明の鉄系金属磁性粒子と、該金属磁性粒子の表面を被覆した絶縁皮膜とを含んでいる軟磁性材料にある。
【0013】
さらに、本発明は、そのもう1つの面において、本発明の軟磁性材料から製造された圧粉磁心にある。
【0014】
さらに加えて、本発明は、本発明の鉄系金属磁性粒子を製造する方法であって、
99.5重量%以上の鉄含有量を有する水アトマイズ鉄粉及びアルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の粒子を出発原料として準備することと、
前記鉄粉と前記金属酸化物の粒子を混合して鉄系金属混合物を調製することと、
前記金属混合物を、爆発上限以上の濃度をもった水素雰囲気中で、900℃以上でありかつ前記鉄粉の融点を下回る温度で熱処理することと、
前記熱処理により形成されたものであって、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物らなる群から選ばれた金属又はその酸化物の不動態膜が表面に付着せしめられている鉄粉を前記金属酸化物の粒子から分離することと、
を含む、鉄系金属磁性粒子の製造方法にある。
【0015】
また、本発明は、本発明の軟磁性材料を製造する方法であって、本発明の製造方法によって鉄系金属磁性粒子を製造することと、
前記鉄系金属磁性粒子の鉄系金属粉の表面に絶縁皮膜を形成することと、
を含む、軟磁性材料の製造方法にある。
【0016】
さらに、本発明は、本発明の圧粉磁心を製造する方法であって、
本発明の製造方法によって鉄系金属磁性粒子を製造することと、
前記鉄系金属磁性粒子の鉄系金属粉の表面に絶縁皮膜を形成して軟磁性材料を製造することと、
前記軟磁性材料を圧縮成形して所望の形状を有する圧縮成形体を形成することと、
前記圧縮成形体を高められた温度で焼鈍することと、
を含む、圧粉磁心の製造方法にある。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、以下の詳細な説明から理解されるように、鉄損が低減せしめられ、しかも鉄粉中の歪みや結晶粒界、不純物の影響が排除された、磁気特性及び保磁力に優れた圧粉磁心を提供することができる。また、本発明によれば、かかる圧粉磁心の製造に有用な鉄系金属磁性粒子及び軟磁性材料も提供することができる。
【0018】
また、本発明によれば、鉄系金属磁性粒子、軟磁性材料及び圧粉磁心を簡単に、高い信頼性をもって低コストで製造する方法も提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明による鉄系金属磁性粒子、軟磁性材料、圧粉磁心及びそれらの製造方法は、それぞれ、いろいろな形態で有利に実施することができる。以下、これらの形態を添付の図面を参照して説明するが、本発明は、以下に記載する形態に限定されるものではない。
【0020】
本発明の鉄系金属磁性粒子は、特に軟磁性材料及び圧粉磁心を製造することを目的に開発されたもので、図1に模式的に示されている。なお、図1(A)は鉄系金属磁性粒子5の全体を示したものであり、図1(B)は、図1(A)の領域Bの断面を拡大して示したものである。鉄系金属磁性粒子5は、図示されるように、純鉄粉である水アトマイズ鉄粉1と、この鉄粉の表面を被覆した金属酸化物の薄膜2とからなる。金属酸化物の薄膜2は、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物等の金属酸化物の不動態膜である。
【0021】
本発明の鉄系金属磁性粒子は、上記したように、水アトマイズ鉄粉と、それを被覆したアルミニウム及び(又は)ケイ素を含む金属酸化物の不動態膜とからなる。これには、次のような理由がある。
【0022】
前提として、圧粉磁心に要求されている特性は、高い磁束密度及び低い鉄損である。ここで、磁束密度は、軟磁性材料の組成(Fe100%が理想的)と成形密度によって決まり、また、鉄損は、すでに説明したように、ヒステリシス損と渦電流損の合計である。ヒステリシス損(=保磁力)は、磁場の変化に対するエネルギー損失を表し、鉄粉の不純物、結晶粒径、歪み等が要因であると考えられる。また、渦電流損は、磁束が通ることにより発生する渦電流が原因となっているので、圧粉磁心の絶縁性を高めることが重要である。これらを検討していくなかで、本発明では、主に鉄粉の不純物に着目し、その低減を図ることで保磁力(ヒステリシス損)を低下させることを発見したものである。
【0023】
加えて、本発明の基本的スタンスは、コスト、量産性等を考慮したときに工業的に成立可能な手法で、鉄粉を高純度化することにある。よって、本発明では、高純度であるが非常に高価な「電解鉄」を原料とする粉末や「ガスアトマイズ」鉄粉を使用せず、商業的に低コストで入手可能な水アトマイズ鉄粉を代わりに選択し、しかもうまく利用しているのである。また、アルミニウム及び(又は)ケイ素を含む金属酸化物を使用しているが、鉄以外の元素はそのまま磁束密度の低下に直結しているからである。さらに、アルミニウム、ケイ素以外の元素は、保磁力の増加につながることが報告されており、本発明の目的に反している。
【0024】
本発明の鉄系金属磁性粒子において、水アトマイズ鉄粉は、純鉄粉であり、99.5重量%以上の鉄含有量及び100〜300μmの粒径を有している。かかる水アトマイズ鉄粉は、例えば、ヘガネス社から「ABC100.30」(商品名、平均粒径:80μm)、「300NH」(商品名、平均粒径:80μm)などとして商業的に入手可能である。
【0025】
水アトマイズ鉄粉は、99.5重量%以上の鉄含有量を有している。鉄含有量が99.5重量%を下回ると、その分だけ不純物の量が増加することとなり、磁気特性が低下し、所望とする磁気特性を確保することが難しくなる。
【0026】
また、水アトマイズ鉄粉は、100〜300μmの粒径を有している。水アトマイズ鉄粉において、粒径が小さいほど、保磁力の増加、すなわち、ヒステリシス損及び鉄損の増加が引き起こされる。一方、粒径が大きくなると、使用周波数にも依存しているけれども、渦電流が発生しやすくなり、渦電流損の増加、鉄損の増加が引き起こされる。このような欠点を勘案して、本発明では、上記のように、100〜300μmの粒径を有している水アトマイズ鉄粉が好適である。例えば、使用周波数が400MHz程度であると想定した場合、水アトマイズ鉄粉の粒径は、約100〜200μmである。
【0027】
さらに、水アトマイズ鉄粉は、0.02重量%以下の酸素含有量及び0.0015重量%以下の炭素含有量を有している。酸素含有量が0.02重量%を上回っても、炭素含有量が0.0015重量%を上回っても、含まれる酸素及び炭素が磁気特性に悪影響を及ぼし、所望とする磁気特性を得ることができない。
【0028】
本発明の鉄系金属磁性粒子において、純鉄粉である水アトマイズ鉄粉の表面を金属酸化物が被覆しており、また、その際、金属酸化物の金属としては、多くの金属が存在するなかで、特にアルミニウム又はケイ素を使用している。金属酸化物は、アルミニウム又はケイ素を酸素と反応させて得た金属酸化物であり、したがって、金属酸化物の薄膜とは、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の不動態膜を指している。
【0029】
金属酸化物の不動態膜は、好ましくは、大別して2つの形態をとることができる。1つの形態は、鉄粉に物理的に付着した金属酸化物の膜であり、もう1つの形態は、鉄粉の表面に拡散により浸透した金属酸化物の拡散層である。いずれの形態でも、金属酸化物の不動態膜の厚さは1nmから5μm未満の範囲であることが好ましい。
【0030】
金属酸化物の不動態膜は、その膜厚が大きければ大きいほど、鉄粉の酸化を抑制する効果が高いと考察される。一方で、不動態膜の膜厚が増大したり、アルミニウム及びケイ素の含有量が増加すると(アルミニウム及びケイ素の分布形態は、薄膜状でも、元素状態で拡散しても)、鉄粉の硬さが上昇し、成形密度が低下し、磁束密度が低下する。これらの事項を考慮して、金属酸化物の不動態膜の厚さは、通常、1nmから5μm未満の範囲が好ましく、さらに好ましくは、10nmから1μmの範囲である。
【0031】
また、本発明は、上記したような本発明の鉄系金属磁性粒子と、該金属磁性粒子の表面を被覆した絶縁皮膜とを含んでいる軟磁性材料や、この軟磁性材料から製造された圧粉磁心にある。本発明の圧粉磁心は、150A/m以下の保磁力を有している。軟磁性材料及び圧粉磁心の形態は、図2の断面図から容易に理解することができるであろう。
【0032】
図2は、本発明の圧粉磁心を模式的に示した断面図である。圧粉磁心10は、複数個の軟磁性の金属磁性粒子5の圧粉体である。金属磁性粒子5は、図1を参照して先に説明した通り、純鉄粉である水アトマイズ鉄粉1と、この鉄粉の表面を被覆した金属酸化物の薄膜2とからなる。水アトマイズ鉄粉1は、100〜300μmの粒径を有している。また、金属磁性粒子5の表面には、絶縁皮膜3が被覆されている。すなわち、金属磁性粒子5と絶縁皮膜3をもって本発明の軟磁性材料が形成され、さらにはその軟磁性材料の圧粉体から本発明の圧粉磁心10が形成されている。なお、本発明の軟磁性材料は、通常複合軟磁性材料と呼ばれている形態である。
【0033】
本発明の軟磁性材料は、不動態膜を表面に備えた本発明の鉄系金属磁性粒子と、それらの金属磁性粒子の周囲を取り囲んだ絶縁皮膜とからなる。絶縁皮膜は、金属磁性粒子をその絶縁皮膜で覆うことによって、金属磁性粒子と絶縁皮膜の複合磁性粒子からなる軟磁性材料を圧縮成形するとき、得られる圧粉磁心の電気抵抗率ρを大きくすることができ、さらには、電気抵抗率ρの増加により、金属磁性粒子間に渦電流が流れるのを抑制して、圧粉磁心の渦電流損を低減させることができる。
【0034】
絶縁皮膜は、圧粉磁心の製造において一般的に使用されている絶縁材料から、任意の成膜法を使用して形成することができる。例えば、絶縁材料として、シリコーン樹脂、金属アルコキシドやリン酸塩を含む材料を使用することができる。例えば、シリコーン樹脂から絶縁皮膜を形成した場合、シリコーン樹脂に由来する優れた絶縁性を薄膜で達成することができる。また、リン酸塩を含む金属酸化物から絶縁皮膜を形成した場合にも、金属磁性粒子の表面を覆う被覆層をより薄くすることができる。これにより、複合磁性粒子の磁束密度を大きくし、磁気特性を向上させることができる。絶縁皮膜は、単層で使用してもよく、必要に応じて、2層もしくはそれ以上の多層で使用してもよい。
【0035】
絶縁皮膜の形成に使用するリン酸塩としては、例えば、リン酸鉄のほか、リン酸マンガン、リン酸亜鉛、リン酸カルシウム、リン酸アルミニウムなどを挙げることができる。また、酸化物としては、例えば、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムなどを使用することができる。
【0036】
絶縁皮膜の膜厚は、広い範囲で変更することができる。絶縁皮膜の膜厚は、平均して、0.005〜20μmであることが好ましく、さらに好ましくは、0.05〜0.1μmである。絶縁皮膜の膜厚を0.005μm以上とすることによって、トンネル効果による通電を抑制することができる。また、0.05μm以上とすることによって、トンネル効果による通電をより効果的に抑制することができる。一方、絶縁皮膜の膜厚を20μm以下とすることによって、圧縮成形時に絶縁皮膜がせん断破壊することを防止できる。また、軟磁性材料に占める絶縁皮膜の割合が大きくなりすぎないので、軟磁性材料を圧縮成形して得られる圧粉磁心の磁束密度が著しく低下することを防止できる。また、絶縁皮膜の膜厚を0.1μm以下とすることによって、磁束密度の低下をさらに防止することができる。絶縁皮膜の形成には、有機溶剤を使用した湿式被覆法や浸漬法、ミキサーによる直接被覆法、スプレー法などを使用できるが、これらの手法に限定されるわけではない。
【0037】
本発明は、鉄系金属磁性粒子、軟磁性材料、圧粉磁心に加えて、それらの製造方法にある。本発明方法の概要は、図3に示した製造プロセスのフローチャートから容易に理解できるであろう。なお、図3のフローチャートは、一例であって、本発明の範囲内で工程の入れ替えを行ったり、追加の工程を加入したりすることも可能である。
【0038】
最初に、鉄系金属磁性粒子を製造するための出発原料を用意する。出発原料は、図示されるように、水アトマイズ鉄粉とアルミニウム又はケイ素を含む金属酸化物の粒子である。必要に応じて、任意の第3成分をこれらの出発原料に追加してもよい。次いで、これらの出発原料を混合して鉄系金属混合物を調製する。
【0039】
引き続いて、得られた金属混合物を水素雰囲気中で高い温度で熱処理する。この熱処理により、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の不動態膜が表面に付着せしめられている鉄粉が鉄粉の表面に形成される。この不動態膜付きの鉄粉が、本発明の鉄系金属磁性粒子である。この鉄系金属磁性粒子は、それに付着もしくは拡散、浸透しなかった原料の金属酸化物の粒子から分離する。
【0040】
上記のようにして本発明の鉄系金属磁性粒子を製造した後、その本発明の鉄系金属磁性粒子の表面に絶縁皮膜を形成して本発明の軟磁性材料を製造する。絶縁皮膜の形成は、常法に従って行うことができる。
【0041】
さらに続けて、得られた軟磁性材料を圧縮成形及び焼鈍(熱処理)して本発明の圧粉磁心を製造する。圧縮成形及び焼鈍は、常法に従って行うことができ、また、必要ならば、圧縮成形工程及び焼鈍工程を2回もしくはそれ以上にわたって反復してもよい。
【0042】
本発明は、1つの面において、本発明の鉄系金属磁性粒子を製造する方法にある。この方法を実施するため、まず、99.5重量%以上の鉄含有量及び100〜300μmの粒径を有する水アトマイズ鉄粉及びアルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の粒子を出発原料として準備する。これらの出発原料を使用する理由は、前記した通りである。
【0043】
次いで、鉄粉と金属酸化物の粒子を混合して鉄系金属混合物を調製する。鉄粉と金属酸化物の粒子の混合割合は、通常、重量比で4:1〜1:1の範囲である。例えば、水アトマイズ鉄粉(Fe)とアルミニウム酸化物(Al)を3:1の重量比で混合することができる。混合手段としては、例えば、ボールミル(ボールを入れずに回転)などを使用することができる。
【0044】
混合の完了後、得られた鉄系金属混合物を熱処理する。熱処理は、爆発上限以上の濃度をもった水素雰囲気中で、900℃以上でありかつ前記鉄粉の融点を下回る温度で実施する。熱処理を900℃以上の温度で実施することにより、酸素及び炭素の除去をより効果的に達成することができる。また、鉄は、911℃を境にして組織がフェライトからオーステナイトに変態する。よって、熱処理により温度が911℃以上になったとき、ヒステリシス損発生要因である結晶粒径が大きくなり、損失要因を低減できるという効果がある。
【0045】
また、熱処理は、爆発上限以上の高い濃度をもった水素雰囲気中で実施する。これは、鉄からの酸素の排出が主たる目的である。水素は爆発性を有するため、低濃度もしくは高濃度しか使用できないが、酸素の排出は高濃度の方がより効果が大きくなるので、本発明では高濃度を使用している。また、例えばアルミニウム(Al)の場合、高濃度側でしか還元しないと考察されるので、鉄粉表面に対するAlの付着を考慮にいれると、熱処理は、高濃度の水素雰囲気中で実施しなければならない。
【0046】
熱処理の結果、本発明で鉄系金属磁性粒子と呼ぶ、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物らなる群から選ばれた金属又はその酸化物の不動態膜が表面に付着せしめられている鉄粉が得られる。この鉄粉は、常用の分離手段を使用して金属酸化物の粒子から分離することができる。分離手段としては、例えば篩などを使用することができる。鉄粉を篩にかけて細かい金属酸化物の粒子を篩別することができる。また、篩に併用して、磁石を使用してもよい。磁石を使用することで、篩で分離できなかった鉄粉を磁石により引き付けることで、補助的に分離することができる。
【0047】
上記した本発明方法は、その実施においていろいろな改良を施してもよい。例えば、出発原料として使用する金属酸化物は、その純度が99重量%以上であることが好ましい。このような純粋な金属酸化物を使用することで、併用する鉄粉に他の金属元素が拡散するのを防止することができる。
【0048】
また、出発原料として使用する鉄粉は、その鉄粉の最小粒径をD1、金属酸化物の粒子の最低粒径をD2としたとき、D2<D1であることが好ましい。鉄粉及び金属酸化物がこの条件を満たしたとき、得られた鉄系金属磁性粒子の金属酸化物からの分離、好ましくは篩分けをより効果的に行うことができる。また、この条件は、Al等の金属酸化物と鉄粉の確実な接触を達成するのにも有効で、これにより、焼結の防止、アルミニウム等の金属酸化物の鉄粉への付着の促進を達成することができる。
【0049】
好ましいことに、本発明方法では、出発原料として使用する鉄粉に含まれる酸素の量や炭素の量が熱処理工程によって低下せしめられる。先に説明したように、高い温度で水素雰囲気中で熱処理を行うことで、鉄粉から酸素を除去することできる。鉄をアルミニウム及びケイ素と比較したとき、アルミニウム及びケイ素の方が鉄よりも酸化され易いことから、鉄粉内部の酸素を外部へ排出するのを促進することができる。また、ここで使用する雰囲気中には炭素が含まれないため、鉄粉中の炭素も併せて、外部へ排出することができる。
【0050】
本発明は、もう1つの面において、軟磁性材料を製造する方法にある。この方法は、上記した本発明方法に従って鉄系金属磁性粒子を製造した後、その鉄系金属磁性粒子の表面に絶縁皮膜を形成することを特徴としている。絶縁皮膜の形成は、上記のようにして実施することができる。
【0051】
本発明は、もう1つの面において、圧粉磁心を製造する方法にある。この方法は、上記した本発明方法に従って鉄系金属磁性粒子を製造した後、鉄系金属磁性粒子の表面に絶縁皮膜を形成して軟磁性材料を製造することと、
その軟磁性材料を圧縮成形して所望の形状を有する圧縮成形体を形成することと、
得られた圧縮成形体を高められた温度で焼鈍することと、
を含むことを特徴としている。
【0052】
本発明方法では、絶縁皮膜を形成して軟磁性材料を製造した後、得られた軟磁性材料の圧縮成形を行う。ここで、成形時の補助剤として使用するため、絶縁皮膜で覆われた鉄系金属磁性粒子(複合磁性粒子)をバインダで相互に結合させることが好ましい。バインダ(結合剤)としては、この技術分野において一般的に使用されているように、有機バインダを有利に使用することができる。有機バインダは、引き続く圧縮成形工程において、複合磁性粒子の間で緩衝材として機能することができ、複合磁性粒子どうしの接触によって絶縁皮膜が破壊されるのを防ぐことができる。また、有機バインダは、圧縮工程の後に引き続いて行われる焼鈍工程において、燃焼もしくは分解によって圧粉磁心から取り除くことができる。しかしながら、必要に応じて、有機バインダに代えて、無機バインダを使用してもよい。
【0053】
有機バインダとしては、以下に列挙するものに限定されないが、例えば、熱可塑性ポリイミド、熱可塑性ポリアミド、熱可塑性ポリアミドイミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリアミドイミド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトンなどの熱可塑性樹脂、高分子量ポリエチレン、全芳香族ポリエステル、全芳香族ポリイミドなどの非熱可塑性樹脂、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム、パルミチン酸リチウム、パルミチン酸カルシウム、オレイン酸リチウム、オレイン酸カルシウムなどの高級脂肪酸系化合物などを挙げることができる。これらの有機バインダは、単独で使用してもよく、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0054】
複数個の複合磁性粒子をバインダを使用して混合するとき、任意の混合方法を使用することができる。適当な混合方法として、例えば、メカニカルアロイング法、振動ボールミル、遊星ボールミル、メカノフュージョン、共沈法、化学気相蒸着法(CVD法)、物理気相蒸着法(PVD法)、めっき法、スパッタリング法、蒸着法、ゾル−ゲル法などを使用することができる。この混合工程により、複数個の複合磁性粒子が、それぞれ、バインダで互いに接合された軟磁性材料が得られる。
【0055】
ここで、軟磁性材料に対するバインダの割合は、0を超え1.0質量%以下であることが好ましい。バインダの割合を1.0質量%以下とすることによって、軟磁性材料に占める複合磁性粒子の割合を一定以上に確保することができ、さらにはより高い磁束密度の軟磁性材料を得ることができる。なお、バインダの混合は必須の工程ではなく、必要ならば、バインダを混合することなく、複合磁性粒子のみで引き続く圧縮成形工程を実施してもよい。
【0056】
引き続いて、圧縮成形工程を実施する。圧縮成形工程のため、先の工程で得られた、通常混合粉末の形をした軟磁性材料を、最終製品に所望の形態(例えば、リング形状)を有する金型に充填する。金型の内側には、予め潤滑剤を塗布しておいてもよい。次いで、金型に充填した軟磁性材料を、例えば100〜150℃の型温度及び700〜1500MPaの圧力で圧縮成形する。圧縮成形は、圧粉磁心の製造に一般的に使用されている成形装置を使用して、従来一般的に使用されている成形条件下で実施することができる。これにより、混合粉末が圧縮されて圧縮成形体が得られる。
【0057】
引き続いて、複合磁性粒子の軟化及び皮膜強度の上昇のため、そして圧縮成形の際に発生した圧縮成形体のひずみをリセットするため、必要に応じて熱処理と言ってもよい焼鈍工程を実施する。焼鈍工程は、圧縮成形時に発生したひずみをリセットするのに必要な条件下で、例えばそれを達成するのに必要な温度及び時間で真空下で実施する。焼鈍工程は、通常、300℃もしくはそれ以上から、絶縁皮膜の熱分解温度を下回る温度で実施し、例えば300〜910℃の温度で実施する。焼鈍保持時間は、通常、1分間から10時間である。上記したように、圧縮成形工程及び焼鈍工程は、必要に応じて反復してもよいい。このような一連の工程を経て、目標とする圧粉磁心を製造することができる。
【0058】
ここで纏めると、本発明は、軟磁性材料及び圧粉磁心の製造に有用な金属磁性粒子を製造するに当たって、金属磁性粒子を特に純鉄粉に限定している。また、金属磁性粒子の純度改善及び結晶粒界の改善のため、純鉄粉を、アルミニウム及びケイ素のうちの一方の金属もしくは両方の金属を含む金属酸化物粒子と混合している。また、得られた混合物を900℃以上の温度で、かつ爆発上限以上の水素濃度の雰囲気中で加熱し、熱処理し、さらにその後、熱処理により形成された不動態膜を備えた本発明の鉄系金属磁性粒子を原料として使用した金属酸化物粒子から分離している。
【0059】
本発明では、高い温度と高濃度の水素雰囲気中で混合物の熱処理を行っているので、純鉄粉中に含まれていた酸素を雰囲気中に排出することができる。また、水素雰囲気中には炭素が含まれないため、鉄粉中の炭素も同時に、雰囲気中に排出することができる。
【0060】
また、本発明では、アルミニウム及びケイ素のうちの一方の金属もしくは両方の金属を含む金属酸化物粒子を純鉄粉に併用していることが重要である。まず、アルミニウム及びケイ素は、電磁鋼板等でも用いられているように、磁気特性への影響が非常に小さく、磁気特性の改善に寄与することができる。
【0061】
さらに、熱処理中、アルミニウム及びケイ素を含む金属酸化物粒子がそれらの一部が還元せしめられ、純鉄粉の表面にアルミニウム及びケイ素のうちの一方もしくは両方が付着もしくは拡散する。これらのアルミニウム及びケイ素は、鉄に比べて酸素と結びつきやすく、よって、純鉄粉の表面に不動態化した皮膜(本願発明でいう「不動態膜」)を形成しやすい。不動態膜の形成は、保管中や後工程で発生しやすい鉄粉の酸化を抑制できる。
【0062】
さらにまた、アルミニウム及びケイ素を含む金属酸化物粒子は、用いられる粒子の粒径が小さければ小さいほど、鉄粉表面との接触面積が大きくなり、純鉄粉の表面にアルミニウム及びケイ素がより付着もしくは拡散しやすくなる。さらには、金属酸化物粒子の粒径は純鉄粉の実質的な最小粒径よりも小さくなっているので、両者を篩い分け等により分離するとき、分離工程を容易にかつ手早く行うことができ、その後、磁石を使用しての分離工程を追加することで、ほぼ完全かつ確実な分離を達成することができる。
【0063】
ところで、鉄の酸化防止のため、鉄の粉末作製時にアルミニウムやケイ素を添加する例も存在するが、この場合、アルミニウムやケイ素が鉄粉の内部にまで侵入してしまい、その結果、鉄粉の硬度が増加するという欠点を回避することができない。理解しうるように、この技法を本発明に適用した場合には、金属磁性粒子の内部にまでアルミニウムやケイ素が浸入した望ましくない状況がもたらされ、金属磁性粒子が硬くなりすぎる結果、圧粉磁心の製造のために圧縮成形を行うとき、成形密度を高めることが困難になる。
【0064】
本発明の圧粉磁心は、上記したように、出発原料として使用した軟磁性材料に由来して、鉄損(ヒツテリシス損+渦電流損)が低く、磁束密度が高い。また、これらの優れた磁気特性のため、本発明の圧粉磁心は、いろいろな製品に有利に使用することができる。一例として、電磁気を利用した各種の電磁機器、例えば、変圧器、電動機、発電機、アクチュエータなどにおいて有利に利用することができる。本発明の圧粉磁心は、特に自動車用途において好適である。自動車用途としては、例えば、自動車エンジン等の燃料噴射弁、エンジンバルブ駆動用の電磁アクチュエータ、インジェクタなどを挙げることができる。
【実施例】
【0065】
引き続いて、本発明をその実施例を参照して説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されるものでないことは言うまでもない。
【0066】
実施例1
本例では、熱処理雰囲気の見極めを行った。
【0067】
鉄粉熱処理工程:
市販の水アトマイズ鉄粉(商品名「ABC100.30」、ヘガネス社製)を篩分級して、粒径100〜300μmの純鉄粉を用意した。次いで、用意した純鉄粉1kgを純度99%及び粒径10μmの酸化アルミニウム(Al)粒子300gとともにポットミルに入れ、入念に混合した。
【0068】
次いで、得られた鉄系金属混合物をアルミナ容器に入れ、熱処理雰囲気の見極めを行うため、下記のような異なる雰囲気:
(1)真空雰囲気
(2)アルゴン(Ar)及び水素(H)の混合ガス雰囲気(H濃度は1%)
(3)水素雰囲気(約100%の水素)
の下で1100℃で3時間にわたって熱処理を行った。なお、本例で使用した熱処理装置は、真空雰囲気を適用した場合には真空熱処理炉であり、混合ガス雰囲気あるいは水素雰囲気を適用した場合には、各ガス配管を有する熱処理炉に所定の濃度となるようにガスを供給した。熱処理の結果、Alの不動態膜で覆われた純鉄粉からなる鉄系金属粒子(鉄粉)が得られた。
【0069】
鉄粉分離工程:
熱処理の完了後、見開き75μmの篩を使用して不動態膜付きの鉄粉とAl粒子とを分離した。さらに、磁石を使用して、鉄粉どうしの間に残留したAl粒子を除去した。
【0070】
絶縁皮膜の形成工程:
軟磁性材料を作製するため、市販のシリコーン樹脂(商品名「KR220L」、信越化学製)を0.2重量%の量で、かつ不動態膜付きの鉄粉を99.8%の量で、各々用意した。次いで、シリコーン樹脂を300gのイソプルピルアルコール(IPA)に溶解し、鉄粉へスプレーすることで絶縁皮膜を形成し、さらに200℃で1時間にわたって乾燥した。絶縁皮膜の膜厚は、約100nmであった。絶縁皮膜付きの鉄粉(複合軟磁性材料)が得られた。
【0071】
圧縮成形工程:
先の工程で得られた複合軟磁性材料を金型(ダイ+コアロッド)内に充填した。圧縮成形のため、130℃の温度で、圧力1300MPaを油圧プレスにて金型(上下パンチ)に印加した。外径19mm、内径13mm及び厚さ3mmのリング形状の成形体が得られた。
【0072】
焼鈍工程:
先の工程で得られた成形体を真空炉にて600℃の温度で1時間にわたって焼鈍(熱処理)した。リング形状の圧粉磁心が得られた。真空雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料B、混合ガス雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料C、そして水素雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料Dとした。
【0073】
また、Al粒子に代えて同量の酸化ケイ素(SiO)粒子を使用して上記の手法を繰り返したところ、Al粒子を使用した場合に得られた圧粉磁心と同等のリング形状の圧粉磁心が得られた。
【0074】
さらに、比較に供するため、従来の手法に従ってリング形状の圧粉磁心を作製した。本例では、市販の水アトマイズ鉄粉(商品名「ABC100.30」、ヘガネス社製)のみを出発原料として使用し、したがって、上述の製造方法のうち鉄粉熱処理工程及び鉄粉分離工程を省略し、絶縁皮膜の形成工程、圧縮成形工程及び焼鈍工程を上記の手法に従って実施した。このようにして得られたリング形状の圧粉磁心を試料A(対照)とした。
【0075】
〔保磁力の評価〕
試料A、B、C及びDについて、保磁力の計測を実施した。保磁力の計測は、それぞれの試料に相当する成形体(焼鈍済み)に巻線を施し、直流B−Hアナライザを使用して実施し、得られた計測結果から保磁力を評価した。図4は、得られた計測結果をプロットしたものである。図4から理解されるように、目的とする120A/m以下の保磁力を保証しうるものは、試料D(水素雰囲気下で作製した圧粉磁心)のみであった。
【0076】
実施例2
本例では、熱処理温度の見極めを行った。
【0077】
前記実施例1に記載の手法に従って圧粉磁心を作製したが、本例では、熱処理温度の見極めを行うため、鉄系金属混合物をアルミナ容器に入れ、水素雰囲気(約100%の水素)下で異なる温度:800℃、1000℃又は1100℃で3時間にわたって熱処理を実施した。得られたリング形状の圧粉磁心について、800℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心を試料E、1000℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心を試料F、そして1100℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心を試料Gとした。また、比較のため、実施例1で作製した試料A(対照)も再び使用した。
【0078】
〔保磁力の評価〕
試料A、E、F及びGについて、前記実施例1に記載の手法に従って保磁力の計測を実施した。図5は、得られた計測結果をプロットしたものである。図5から理解されるように、試料E(800℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心)では保磁力低減効果が不十分であった。
【0079】
実施例3
本例では、熱処理の有無による鉄粉中の酸素量及び炭素量の変化を評価した。
【0080】
前記実施例2に記載の手法に従って圧粉磁心を作製したが、本例では、鉄系金属混合物をアルミナ容器に入れ、水素雰囲気(約100%の水素)下で異なる温度:1000℃又は1100℃で3時間にわたって熱処理を実施した。得られたリング形状の圧粉磁心について、1000℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心を試料H、そして1100℃の熱処理温度で作製した圧粉磁心を試料Iとした。また、比較のため、実施例1で作製した試料A(対照)も再び使用した。
【0081】
〔鉄粉中の酸素量の測定〕
試料A、H及びIについて、不活性ガス溶解−赤外線吸収法に従って鉄粉中の酸素量を測定したところ、図6にプロットするような測定結果が得られた。図5及び図6から理解されるように、目的とする120A/m以下の保磁力を保証するため、酸素量は0.02%以下であることが必要である。
【0082】
〔鉄粉中の炭素量の測定〕
試料A、H及びIについて、燃焼−赤外線吸収法に従って鉄粉中の炭素量を測定したところ、図7にプロットするような測定結果が得られた。図5及び図7から理解されるように、目的とする120A/m以下の保磁力を保証するため、炭素量は0.015%以下であることが必要である。
【0083】
実施例4
本例では、熱処理の有無による鉄粉表面におけるアルミニウムの付着の変化を評価した。
【0084】
前記実施例1に記載の手法に従って圧粉磁心を作製した。実施例1に記載のように、熱処理は、下記のような異なる雰囲気:
(1)真空雰囲気
(2)アルゴン(Ar)及び水素(H)の混合ガス雰囲気(H濃度は1%)
(3)水素雰囲気(約100%の水素)
の下で1100℃で3時間にわたって実施した。得られたリング形状の圧粉磁心について、実施例1と同様に、真空雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料B、混合ガス雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料C、そして水素雰囲気下で作製した圧粉磁心を試料Dとした。また、比較のため、上記の熱処理を施さないで圧粉磁心を作製し、試料J(対照)とした。
【0085】
〔鉄粉表面の分析〕
試料B、C、D及びJについて、鉄粉の表面をエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)により分析した。その結果、熱処理を施さなかった試料Jでは、図8に示すように、絶縁皮膜の存在に由来するケイ素(Si)のピークはあるものの、アルミニウム(Al)に付着を示すピークは存在していなかった。一方、熱処理を施した試料B、C及びDでは、図9に示すように、水素雰囲気下で作製した試料Dについてのみ、熱処理により鉄粉表面にAlが付着したことを示すピークが存在した。なお、鉄粉表面での分析では、表面からの深さが1μm以内の領域以外からはAlは検出されなかった。
【0086】
実施例5
本例では、金属酸化物粒子の粒径の違いが圧粉磁心の作製にいかに影響するかを評価した。
【0087】
前記実施例1に記載の手法に従って圧粉磁心を作製した。但し、本例では、鉄粉熱処理工程において、熱処理条件を処理温度1100℃、処理時間3時間、及び水素雰囲気(約100%の水素)に設定するとともに、金属酸化物粒子である酸化アルミニウム(Al)粒子の粒径を10μmから200μm及び1mmに変更した。
【0088】
鉄粉熱処理工程に引き続いて、鉄粉分離工程、絶縁皮膜の形成工程、成形工程及び焼鈍工程を前記実施例1にしたがって実施したところ、Al粒子の粒径が200μmのとき、篩分級が困難となり、鉄粉との分離が非常に煩雑となった。また、Al粒子の粒径が1mmでは、鉄粉の焼結が部分的に発生し、原料として使用困難となった。これらの事実から分かるように、金属酸化物粒子の粒径は、鉄粉の粒径よりも小さいことが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】本発明による鉄系金属磁性粒子の好ましい1形態を示す模式図及び部分断面図である。
【図2】本発明による圧粉磁心の好ましい1形態を示す断面図である。
【図3】本発明による鉄系金属磁性粒子、軟磁性材料及び圧粉磁心の製造プロセスを順に示すフローシートである。
【図4】異なる熱処理雰囲気を適用して作製した試料について、保磁力を計測した結果をプロットしたグラフである。
【図5】異なる熱処理温度を適用して作製した試料について、保磁力を計測した結果をプロットしたグラフである。
【図6】熱処理の有無による鉄粉中の酸素量の変化をプロットしたグラフである。
【図7】熱処理の有無による鉄粉中の炭素量の変化をプロットしたグラフである。
【図8】熱処理していない鉄粉の表面をEDXにより分析した結果を示したグラフである。
【図9】熱処理した鉄粉の表面をEDXにより分析した結果を示したグラフである。
【符号の説明】
【0090】
1 鉄粉
2 不動態膜
3 絶縁皮膜
5 鉄系金属磁性粒子
10 圧粉磁心

【特許請求の範囲】
【請求項1】
99.5重量%以上の鉄含有量を有する水アトマイズ鉄粉と、該鉄粉の表面に適用された、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の不動態膜とからなり、
前記鉄粉は、0.02重量%以下の酸素含有量及び0.0015重量%以下の炭素含有量を有している、軟磁性材料製造用鉄系金属磁性粒子。
【請求項2】
前記鉄粉は100〜300μmの粒径を有する、請求項1に記載の金属磁性粒子。
【請求項3】
前記不動態膜は、前記鉄粉に付着した金属酸化物の膜からなるかもしくは前記鉄粉の表面に拡散により浸透した金属酸化物の拡散層からなり、その厚さは1nmから5μm未満の範囲である、請求項1又は2に記載の金属磁性粒子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の鉄系金属磁性粒子と、該金属磁性粒子の表面を被覆した絶縁皮膜とを含んでいる、軟磁性材料。
【請求項5】
請求項4に記載の軟磁性材料から製造された圧粉磁心。
【請求項6】
150A/m以下の保磁力を有している、請求項5に記載の圧粉磁心。
【請求項7】
請求項1に記載の鉄系金属磁性粒子を製造する方法であって、
99.5重量%以上の鉄含有量を有する水アトマイズ鉄粉及びアルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物からなる群から選ばれた金属酸化物の粒子を出発原料として準備することと、
前記鉄粉と前記金属酸化物の粒子を混合して鉄系金属混合物を調製することと、
前記金属混合物を、爆発上限以上の濃度をもった水素雰囲気中で、900℃以上でありかつ前記鉄粉の融点を下回る温度で熱処理することと、
前記熱処理により形成されたものであって、アルミニウム酸化物、ケイ素酸化物及びそれらの混合物もしくは複合酸化物らなる群から選ばれた金属又はその酸化物の不動態膜が表面に付着せしめられている鉄粉を前記金属酸化物の粒子から分離することと、
を含む、鉄系金属磁性粒子の製造方法。
【請求項8】
前記金属酸化物は、その純度が99重量%以上である、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記鉄粉の最小粒径をD1、前記金属酸化物の粒子の最低粒径をD2としたとき、D2<D1である、請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記鉄粉において、それに含まれる酸素の量が前記熱処理工程によって低下せしめられる、請求項7〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記鉄粉において、それに含まれる炭素の量が前記熱処理工程によって低下せしめられる、請求項7〜10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
前記分離工程を篩及び(又は)磁石を使用して行う、請求項7〜11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
請求項4に記載の軟磁性材料を製造する方法であって、
請求項7〜12のいずれか1項に記載の製造方法によって鉄系金属磁性粒子を製造することと、
前記鉄系金属磁性粒子の表面に絶縁皮膜を形成することと、
を含む、軟磁性材料の製造方法。
【請求項14】
請求項5に記載の圧粉磁心を製造する方法であって、
請求項7〜12のいずれか1項に記載の製造方法によって鉄系金属磁性粒子を製造することと、
前記鉄系金属磁性粒子の表面に絶縁皮膜を形成して軟磁性材料を製造することと、
前記軟磁性材料を圧縮成形して所望の形状を有する圧縮成形体を形成することと、
前記圧縮成形体を高められた温度で焼鈍することと、
を含む、圧粉磁心の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−16290(P2010−16290A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−176922(P2008−176922)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】