説明

銅鉄基合金鋳片の製造方法及びその製造装置

【課題】 本発明は、比較的大きなサイズの鋳塊に凝固させても、該鋳片の位置によっての鉄濃度の偏析が少ない銅鉄基合金鋳片が得られる銅鉄基合金鋳片の製造方法を提供することを目的としている。
【解決手段】 3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を混合、溶解、凝固させて銅鉄基合金の鋳片とする製造方法を新規に開発した。それは、溶解を2000Hz以上の高周波溶解炉で行ない、平断面積が該溶解炉の2倍以上のタンディッシュに出湯して1〜3分間保持した後、抜出し口を経て、電磁攪拌装置を備えた取鍋に注入し、該溶湯を攪拌しながら水冷鋳型へ注入すると共に、100〜150℃/minの冷却速度で急速凝固させるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅鉄基合金鋳片の製造方法及びその製造装置に係り、特に電磁波シールド用材料、溶接電極用チップ等、種々の用途が期待される銅鉄基合金鋳片を、その品質を安定させて製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
銅(記号:Cu)及び鉄(記号:Fe)を主体(ベース)とする銅鉄基合金は、比較的高価な銅の使用量を安価な鉄で代替する観点から、50数年前には「北澤合金」等の名称で知られていた(非特許文献1参照)。それらの用途は、軸受け歯車、ボルト、ナット、送電線等であると言われていた(特許文献1参照)。しかしながら、理由は定かでないが、今日まで日本工業規格(JIS)に銅合金として規定されていないばかりか、工業用材料としての普及はあまりなされていない。
【0003】
ところが、近年、電子機器の発達に伴い、それら機器から発生する電磁波の障害(通信機の誤動作、人体への好ましからぬ影響等)が社会的に注目されるようになり、電磁波に対する防止対策が真剣に検討されるようになった。一例を挙げるならば、強力な電磁波を発生するMRI装置を囲うシールド・ルームの設置とか(特許文献2参照)、コンピュータ、電子レンジ、テレビ等から漏れる電磁波が人体に到達するのを防止する衣服、エプロン等の出現である(特許文献3参照)。これらの防止対策に利用される製品の素材には、各種金属及び合金の板、ワイヤ、網が用いられる。つまり、電磁波の発生が電界及び磁界の形成に起因しており、導電性及び磁性を共に有する金属が電磁波を吸収したり、反射するのに有効だかである。具体的な金属としては、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウム、亜鉛等の金属やそれらの合金が挙げられ、それなりにシールド効果を発揮している。
【0004】
かかる状況において、最近、銅鉄基合金が電磁波をシールドするのに極めて有効であるとの情報があり、再び銅鉄基合金を活用して見ようという動向がある(特許文献4参照)。電界に対しては銅の導電性が、磁界に対しては鉄の磁性が電磁波シールドに有効に作用し、従来から利用していた金属及び合金より電磁波シールド性が一層向上するという観点から、銅鉄基合金を再検討する必要性が生じたのである。また、種々の用途に用いられていた銅ベリリュウム合金が、ベリリュウムの毒性から使用ができなくなるという社会情勢から、その代替品として銅鉄基合金が使用できるという見解もある。さらに、銅鉄基合金を溶接ワイヤとして製造、加工する技術も公開されている(特許文献5参照)。
【0005】
一方、銅鉄基合金の製造に関する技術情報は、まだ具体的に量産化されている製品が少ないためか、非常に乏しいのが現状である。一例として、炭素含有量0.02%以下の鉄と、電解銅とを高周波炉で溶解し、溶湯表面に0.008%以下のチタンを含有したフラックスを投入してから、超音波振動を与えた鋳型で鋳造する技術が開示されてはいるが(特許文献6参照)、それとて、溶解技術としては極めて常識的なものに過ぎない。つまり、大気下でフラックスを投入して高周波溶解すること、溶解で得た溶湯の鋳造は、大気下で鋳造、空冷する等の情報はあっても、銅鉄基合金を溶製する上での従来から言われている「炉内で溶湯がCu−rich相とFe−rich相に分離し易く、鋳片にFe成分のマクロ偏析が生じ易い」という問題点を何ら解決することにはなっていない。
【0006】
そこで、本発明者は、その問題点を確認するため、銅含有量の多い側である銅50質量%及び鉄50質量%の銅鉄基合金の溶製を、1050Hzの高周波溶解炉で行い、得られた溶湯を大気下で鋳型に鋳造することを試行した。そして、得られた50kgの角鋳片を10数個に分割して、それぞれについて鉄含有量の定量分析を行った。その結果、各小片試料の鉄含有量は、5〜12質量%の範囲で「バラツキ」があった。これでは、鋳片(インゴットともいう)の位置によって鉄成分の大きな偏析(マクロ偏析と称する)が存在することになり、この後に圧延加工で板状体に加工しても、得られる板は、長手方向及び幅方向で鉄成分のマクロ偏析に起因して、物理的性質(磁性、導電性等)及び機械的性質(引張り強度、伸び、硬度等)の「バラツキ」が生じることになる。つまり、製品全体で品質の安定した棒材、板材が得られない。電磁波シールド用材料としては、使用する板材や線材の全体でシールド性を発揮すれば良いので、鉄成分のマクロ偏析はある程度許容できる。しかしながら、溶接用材料のように、前記物理的性質や前記機械的性質を重視する製品を製作した場合には、スクラップになる量が増えると予想され、前記したような製造方法では、銅鉄基合金鋳片の量産化は難しいと思われる。
【0007】
また、銅鉄合金線材の製造方法として、図5に示すように、加熱炉の炉体1内で溶解した一定量の溶融状態にある銅11に、鉄系金属12を少量づつ加えながら溶湯温度を漸増し溶湯の流動下で加熱溶解して鉄合金比を高めた溶融銅鉄合金の溶湯13とし、この溶湯13を炉底の出湯口3に設けたノズル4により線状に絞り出し水6の中で自重落下させて急冷し、線材15とする技術も開示されている(特許文献5参照)。
【0008】
この技術によれば、攪拌を十分に行った溶湯13を直ちに急速冷却で凝固し、横断面が円形の直径が3〜5mm程度の線状鋳片(線材15)にしているので、Fe成分のマクロ偏析の問題は確かに解消されている可能性はある。
【0009】
しかしながら、引用文献5には(図5参照)、如何なるノズルを利用するか明確でない。つまり、図5に記載されたノズル4には、溶融物をせき止める部材(ストッパ)がないので、溶湯13が常に下方へ落下する構造になっている。これでは、目標成分の合金になる前に溶湯13がノズル4を介して下方へ流出し、鋳造前に所望の合金成分を有する溶湯13を得ることが出来ない。また、ノズル4に配設するダイス(図5には未記載)の孔径が3〜6mm程度と極めて小さいので、溶湯13の流出作業中に地金等の付着でダイスの孔が詰まり、重力だけに頼るのでは溶湯13がダイスを通過しなくなったり、断線が頻発し、操業ができなくなる恐れがある。さらに、たとえ線材15が得られたとしても、その直径は長手方向で一定になり難く、上質の製品にはなり得ない。いずれにしても、特許文献5記載の技術では、得られる線材15は直径が3〜5mm程度であるので、棒材、板材のような比較的大きなサイズの鋳片にはなり得ず、その用途は限られてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第97631号公報
【特許文献2】特許第3033826号公報
【特許文献3】実開平1−61723号公報
【特許文献4】特開2007−49104号公報
【特許文献5】特開平11−28549号公報
【特許文献6】特開平6−17163号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】金属便覧(丸善株式会社)、昭和32年2月25日 第5版発行、700〜701頁
【非特許文献2】H.Okamoto:PhaseDiagram of Binary Iron Alloys,ASM INTERNATIONAL,Materials Park,OH,1993,pp131−37
【非特許文献3】C.P.Wang et al:Formation of Core−Type Macroscopic Morphologies in Cu−Fe Base Alloys with Liquid Miscibility Gap,METALLUGICAL AND MATERIALS TRANSACTIONS A,VOLUME 35A,APRIL,2004,1243−1253
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる事情に鑑み、鉄成分に関してのマクロ偏析が少なく、比較的大きなサイズの鋳片を安定して製造可能な銅鉄基合金鋳片の製造方法及びその製造装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意研究を重ね、その成果を本発明に具現化した。その本発明は、3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を混合、溶解、凝固させて銅鉄基合金の鋳片とするに際し、前記溶解を炉底に出湯口を設けた高周波誘導炉にて、最高到達温度を1500℃以上として行ない、得られた溶湯を、前記出湯口に設けたスライディング・ゲートを備えたノズルを介して、その下方の水冷鋳型に直接注入し、該溶湯のCu―rich相とFe−rich相とが共存する温度範囲域を急速に通過させて溶湯を冷却、凝固することを特徴とする銅鉄基合金鋳片の製造方法である。
【0014】
この場合、上記銅鉄基合金鋳片の製造方法において、前記高周波誘導炉の周波数を2500Hz以上としたり、あるいは前記急速冷却の速度を、100〜150℃/minとしたりするのが良い。また、本発明では、前記高周波誘導炉を真空誘導炉方式としたり、前記銅を電解銅、前記鉄を工業用純鉄とすると一層良い。さらに、本発明では、前記素材に、さらに鉄珪素合金、鉄マンガン合金、鉄クロム合金、鉄アルミ合金、及び鉄チタン合金から選ばれた1種又は2種以上を混合したり、あるいは前記溶解を大気雰囲気下で行うに際しては、脱酸剤及び造滓剤を添加するのが好ましい。さらに加えて、前記溶湯を前記水冷鋳型に直接注入するに際しては、出湯口に設けたスライディング・ゲートの開度を調整して、溶湯の注入量を制御するのが良い。
【0015】
また、これらの製造方法を実施するのに有効な鋳片の製造装置としての本発明は、3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を混合、溶解、凝固させて銅鉄基合金の鋳片とする銅鉄基合金鋳片の製造装置であって、前記溶解を行い、炉底に出湯口を設けた高周波誘導炉と、該出湯口に設けられ、得られた溶湯を下方に配置した鋳型に供給するスライディング・ゲートを備えたノズルとを備え、当該鋳型が溶湯を急速凝固する水冷方式であることを特徴とする銅鉄基合金鋳片の製造装置である。
【0016】
この場合、前記鋳型の側壁を複数段の水冷ジャケットで構成したり、あるいは前記ノズルの溶湯通過孔の下部には、溶湯の流れを複数に分割して前記鋳型に供給する2以上の開口部を備えているのが好ましい。また、前記出湯口の開口直径が、該出湯口の開口直径と炉底の内径比との比で0.10〜0.25であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、比較的大型の鋳片であっても、従来の鋳片に生じていたような鉄成分のマクロ偏析が格段に減少し、鋳片全体で化学成分が均一化する。その結果、該鋳片を素材とした板状及び棒状体の品質が向上するばかりでなく、今まで難しかった銅鉄基合金材料の量産化が達成できるようになる。つまり、本発明は、産業の発達に大きく貢献することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る銅鉄基合金鋳片の製造方法の実施に用いる設備列の一例を模式的に示す図である。
【図2】本発明の実施に使用するノズルの横断面を示す模式図であり、(a)は溶湯の通過孔が直線状、(b)及び(c)は通過孔の下部を堰き止め、側壁に開口を設けたものである。
【図3】銅鉄基合金の溶湯が2相に分離することを説明する模式図であり、(a)は従来の高周波誘導炉内の状況を、(b)は鋳型内での状況をそれぞれ示している。
【図4】最新の銅鉄合金の状態図を示す図である。
【図5】特許文献5に図1として記載されている銅鉄合金線材の製造装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、発明をなすに至った経緯をまじえ、本発明の実施の形態を説明する。
【0020】
銅鉄基合金鋳片に化学成分のマクロ偏析が出現する理由は、図4に示すCu−Fe系状態図から予想できる。この状態図は従来のものが改良され、液相領域に二種類の液相が存在することを示す所謂「Miscibility Gap」が点線で記載されている(非特許文献2参照)。つまり、図4の液相線が消失し、代わりに点線で示すような液相における溶解度線が出現する。これは、銅と鉄とを混合した銅鉄合金の溶湯は、液体状態で相互の溶解度に制限があり、少量の鉄を溶解したCu−rich相と少量の銅を溶解したFe−rich相からなる2相共存の溶液になる場合のあることを示唆している。その状態は、図3(a)及び(b)に極端な例で示すが、溶解する炉体1、鋳型7等の容器内で溶湯をある程度の時間をかけて静置すると、両相の比重差に起因して容器底部にCu−rich相8が、その上にFe−rich相9が分離して存在することである。また、そのような2相分離の状態になる可能性は、炭素、マンガン、クロム等の元素の含有量により影響を受けるとの報告もある(非特許文献3参照)。
【0021】
銅鉄基合金鋳片を製造する際、このような溶湯を溶解炉内で十分に攪拌しても、従来のように、取鍋、タンディッシュ等の中間容器や鋳型を用いると、注入作業に時間がかかり、必ず溶湯に2相分離の現象が起き、得られる鋳片に化学成分のマクロ偏析が出現することになる。ただし、前記点線より高い温度(例えば、一点斜線の成分比では、点線より上方の×印の点)の溶湯は、成分的には均一となる。
【0022】
そこで、本発明者は、溶湯が、図4に×印で示すように、前記「Miscibility Gap」の線より十分に高い温度では成分的に均一(一相)であることに注目し、そのような状態を維持して鋳型へ迅速に注入し、急速冷却により凝固してしまえば、化学成分が従来より均一な鋳片が得られると考えた。つまり、溶湯が二相に分離するには、静置時間が必要であるから、速度論的見地に立って、時間をあまりかけずに溶湯を凝固させてしまうのである。そして、本発明者は、この考えを以下に述べる種々の手段を組み合わせて具現化し、本発明を完成させた。
【0023】
まず、本発明では、基本的に3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を用いることにした。鉄が50質量%超えの銅鉄基合金は、その後の鋳片の二次加工が難しいので除外したのである。そして、本発明に係る銅鉄基合金鋳片の製造方法及び製造装置は、上記の素材を溶解することで開始され、以降は図1に示すような工程が続くことになる。
【0024】
本発明の重要ポイントの一つは、前記溶解を炉底に出湯口3を設けた高周波誘導炉11にて、最高到達温度を1500℃以上として行なうことである。その理由は、溶湯13が1500℃以上の温度であれば、溶解用素材の一つである小塊の鉄が未溶解で残ることはなく、各成分が均一に溶解していると考えられるからである。
【0025】
ここで、炉底に出湯口3を設けた高周波誘導炉11としたのは、溶湯13の鋳型7への迅速移動を可能にするためである。従来の一般的な金属の溶解炉は、溶湯抜き出しは炉底から行うのではなく、炉体1を傾動させて炉口の出湯口10(図3(a)参照)から行う構造になっている。それは、操業前に強度のある溶解用素材を炉内へ投入する場合には、前記素材の力で炉底が破損する恐れがあるし、溶湯の重量に耐える必要があるためと思われる。そのため、鋳型7への溶湯13の注入は、通常、傾動させた炉の上端に位置する給湯口から取鍋及び/又はタンディッシュ等の中間容器を介して行われている。
【0026】
ところが、そのような溶湯の移動方法では、鋳型内まで溶湯の迅速移動が達成できないので、本発明では、炉底に開口部を有する出湯口3を設けた高周波誘導炉11としたのである。この場合、溶解中に出湯口3から溶湯が下方へ流出するのを防止する必要があるが、本発明では、銅鉄基合金の溶製がまだ量産体制にないので、炉容積が1トン以下の比較的小さい炉しか使用されていないことを鑑み、図1に示したようなスライディング・ゲート14で行うことにした。その役割は、出湯口3の開口部を閉鎖または開放し、溶湯13を堰き止めたり、ノズル4へ流出させたりする。当該スライディング・ゲート14は、セラミックや耐火物製で、現在は溶融金属を連続鋳造機へ注入する際に用いる取鍋やタンディッシュの溶湯の抜き出し口に利用されている。なお、出湯口3の開口部サイズ(開度とか開口面積とかいう)は、当該スライディング・ゲート14の水平移動量によって調整でき、該開度によって溶湯の注入量を制御するのである。
【0027】
その際、出湯口3の開口部直径は、該出湯口3の開口部直径dと炉体の底部内径dとの比(=d/d)で0.1〜0.25であるのが好ましい。0.1未満では炉からの流出量が少な過ぎて鋳型7への迅速注入ができず、0.25超えでは炉底の強度が弱くなるばかりでなく、溶湯の注入時に流出量が多くなりすぎて鋳型7の壁に急激な負荷がかり、鋳型の寿命に影響を与えるからである。
【0028】
さらに、高周波誘導炉11の採用は、誘導電流の作用で溶湯13の攪拌(攪拌状況は←で示す)を活発にし、均一溶解を担保するためである。本発明では、上記溶解を2500Hz以上の高周波で加熱する高周波誘導炉11で行なうのが好ましい。下限を2500Hzとしたのは、それ未満の炉を使用した溶解では、銅と鉄の攪拌混合状態に自信がもてないからである。
【0029】
なお、上記溶解は、大気雰囲気下でも良いが、脱酸や造滓の作業が省けるので、真空下で行うのが好ましい。その意味で、図1には真空槽16を点線で示してある。また、溶解を大気雰囲気下で行う際には、当然にCu−Mg合金、Cu−Al合金、Cu−P合金等の脱酸剤や、Al,CaO,SiO等を主成分とするフラックス(造滓剤)を使用することになる。
【0030】
重要ポイントの二つ目は、前記溶解で得られた溶湯13を、取鍋、タンディッシュ、樋等の中間容器(図示せず)を利用せず、直ちに前記出湯口3に設けたノズル4を介して、その下方に設けた鋳型7に直接注入することである。これによって、図4に示したCu―rich相とFe−rich相とが共存する温度範囲域を急速に通過させて該溶湯13を急速に凝固することが可能となる。その際、鋳型7内で溶湯の凝固に時間をかけると、溶湯は、図3(b)に極端な例として示したように、2相に分離する恐れがあり、鋳片の化学成分のマクロ偏析に大きな影響を与える。このマクロを防止するには、鋳型7内で化学成分の移動(特に、上下方向の)を抑える必要がある。そこで、本発明の三つ目の重要ポイントに、急速凝固を掲げるのである。ただし、注入に際しては、溶湯の温度を前記1600℃より低下させて行うのが良い。前記液相の溶解度線より高い温度(例えば、1150〜1480℃程度で、成分比によって溶湯の注入開始温度を変更する)であれば、溶湯が成分的に均一になっていると考えられるからである。
【0031】
また、従来より行っている大気下での溶湯13の空冷では、平均して25℃/min程度の冷却速度である。これでは、前記図4のCu―rich相8とFe−rich相9とが共存する温度範囲域の幅が200℃もあれば、溶解能力500kg程度の炉では溶湯の温度がその温度範囲域を通過するのに8分も要し、鋳型7内で溶湯13が二相分離の現象を起こす可能性がある。そこで、本発明では、注入された溶湯を100〜150℃/minの冷却速度で急速凝固させるのが好ましい。凝固してしまえば、鋳型7内で鉄の上下移動が生じないので、マクロ偏析が生じ難くなるからである。冷却速度が100℃/min未満では、鋳片外殻側(鋳型壁側)の金属組織に鉄成分の多い比較的大きい柱状晶が多く出現し、鋳片に鉄のマクロ偏析が生じ易くなる。また、上限を150℃/minの冷却速度としたのは、水冷ではそれ以上の冷却速度が達成し難いからである。なお、冷却媒体としては、液体窒素やドライ・アイス等の利用も考えられるが、冷却速度が大き過ぎて、凝固体が非晶質(アモルファス)になる恐れがあるし、安価な工業材料を製造する見地より、本発明では水を利用することにした。
【0032】
さらに、冷却速度が大きくなり過ぎ、鋳型への溶湯の供給速度が遅れると、凝固体(インゴット)の中に空洞(巣ともいう)が生じ易い。この場合、鋳型の断面が丸形状であると、得られたビレットが内部に大きな空洞を有し、あたかもパイプのような形状になる可能性がある。そこで、本発明では、スライディング・ゲートの開度を調整して、鋳型への溶湯の供給量(注入量)が不足しないようにしたり、鋳型壁の水冷ジャケットを複数段にして、鋳型の下方だけを水冷するような対策を施すことにした。
【0033】
ここで、前記スライディング・ゲート14を通過した溶湯13を鋳型7に導くには、溶湯13の飛散を防止するため、ノズル4を利用する。当該ノズル4の形状としては、溶湯13の通過孔19が直線状の図2(a)に示すような耐火物製の所謂「ストレート・ノズル」で良い。しかし、鋳型7内への溶湯13の分散を図るならば、図2(b)及び(c)に示すような溶湯の通過孔19の下部を堰き止め、側壁に開口20を設けたものを利用するのが好ましい。それにより、溶湯13のさらなる攪拌も期待できるし、鋳型7の底部を保護することにもなる。さらに、鋳型は、内部に冷却水の通路を備えた二重構造の所謂「水冷鋳型」でさえあれば公知のもので良く、その全体形状は、丸又は角のビレット状、長方形のスラブ状、ブルーム状のいずれでも良い。要するに、棒状又は板状の銅鉄基合金鋳片になれば良い。鋳型7の材質は、大気下で冷却を行う鋳型では、SK45鋼が一般的であるが、溶融金属の連続鋳造機の鋳型に実用されている銅、又は銅合金で十分である。
なお、スライディング・ゲート14の開閉は、エア・シリンダー、油圧シリンダーを利用すれば良い。
【0034】
また、本発明では、銅及び鉄の溶解用素材を特に限定するものではないが、銅を電解銅、前記鉄を工業用純鉄又は電解鉄とするのが良い。不可避的不純物が少ない方が前記状態図での「Miscibility Gap」の存在が不安定になり、液相の2相分離が避けられる可能性があるからである。
【0035】
さらに、本発明では、銅及び鉄以外にも鉄珪素合金、鉄マンガン合金、鉄クロム合金、鉄アルミ合金及び鉄チタン合金から選ばれた1種又は2種以上を積極的に添加しても良い。それら添加元素の効果で、物理的性質や機械的性質の向上した銅鉄基合金ができるからである。つまり、製品の用途に応じて添加元素を配慮することになる。
【0036】
なお、前記スライディング・ゲート14で炉底の安全性が確保できるかという問題が提起される可能性もある。しかしながら、スライディング・ゲート14は、溶融鋼の連続鋳造では、連続鋳造機の上方に配置し、溶湯を仲介する取鍋やタンディッシュに実用され、数百トンの溶湯を処理しているので、強度や耐熱上の問題はない。また、万一溶解中に出湯口3からの溶湯13の漏れが起きても、本発明では下方に水冷鋳型7が配置してあり、、そこで回収できるので、安全上の問題は生じない。ただし、操業前の炉内への溶解用素材の装入は、炉底の耐火物や出湯口等に負荷がかかる該素材の投入を避け、ホイスト等の利用で静置するように努めるのが炉底保護の点で好ましい。
【0037】
さらに、銅鉄基合金鋳片の金属組織は、「共晶」という説もあるが、前記Cu−Fe系状態図より時効析出系の金属組織を示し、銅濃度が50質量%以下の合金では、銅を少量含有した鉄固溶体の周囲を鉄を少量含有した銅固溶体で囲む所謂「包晶組織」となる。
【実施例】
【0038】
(実施例1)
本発明に係る銅鉄基合金鋳片の製造方法及び製造装置を適用し、鉄10質量%を含有する銅鉄基合金を溶製し、その鋳片を製造した。銅素材及び鉄素材には、それぞれ小塊の電解銅及び工業用純鉄を使用し、それらを平断面円形の内径が38cm、深さ50cmで、溶解能力が250kgの大型の真空高周波誘導炉(周波数:3000Hz)に静置して溶解を行った。従って、特別に脱酸剤や造滓剤は添加せずに、最高到達温度を1600℃として溶湯を得ることができた。その1600℃に10分間保持した後、溶湯の温度を1400℃(図4より、鉄10質量%では、溶湯が2層分離域に入る上限温度は、1227℃(1500K)と読めるが、123℃だけ高い温度にした)に降下させた後、スライディング・ゲート14を駆動して開口部を開き、該開口部の直径を6cmとした出湯口3からノズル4を介して、下方に配置してある円筒形状の丸ビレット鋳片用の鋳型7へ迅速に注入した。なお、ノズル4には図2(c)に示すタイプのものを利用し、その注入時間は25秒程度であった。なお、当該水冷鋳型には、事前に、冷却速度が100℃/minになるように大量の冷却水を流してある。注入から10分経過後に鋳片の温度が30℃になったので、鋳片を鋳型7から抜き出し、その後常温で空冷した。その結果、鋳型7内の溶湯温度が前記図4のCu―rich相とFe−rich相とが共存する温度範囲域にあった時間は1分未満であった。なお、溶解中の真空度は1Paである。
【0039】
得られた丸ビレットのサイズは、直径15cm×長さ130cmである。その外周上の4カ所を長手方向に沿って全長にわたり7000ガウスの磁石を用い、該磁石との付着状況を調査した。その結果、磁石と付着しない部分は見られず、鉄の分布が良好であることが判明し、鉄のマクロ偏析が少ないことを示していた。そこで、長さ方向の3ケ所で試料を切り出し、鉄を定量したところ、1%以内の差しかないことが分かった。
【0040】
(実施例2)
実施例1と同様に、本発明に係る銅鉄基合金鋳片の製造方法及び製造装置を適用し、鉄20質量%を含有する銅鉄基合金を溶製し、その鋳片を製造した。銅素材及び鉄素材、並びに炉内への装入方法は実施例1と同じである。ただし、溶解は、真空下ではなく、大気雰囲気下で最高到達温度1600℃として行った。そのため、脱酸剤としてCu−Al合金を、造滓剤としてAl,CaO,SiO等系のフラックスを用い、溶解終了後には形成されたスラグを完全に除去してから、溶湯の温度を実施例1と同様に、1400℃に降下させてから、直ちにスライディング・ゲート14を駆動して開口部を開き、該開口部の直径を10cmとした出湯口3からノズル4を介して、下方に配置してある円筒形状の丸ビレット鋳片用の鋳型7へ迅速に注入した。なお、ノズル4には図2(b)に示すタイプのものを利用し、その注入時間は15秒程度であった。当該水冷鋳型には、事前に、冷却速度が120℃/minになるように大量の冷却水を流してある。注入から8分経過後に鋳片の温度が30℃になったので、鋳片を鋳型から抜き出し、その後常温で空冷した。その結果、鋳型内の溶湯温度が前記図4のCu―rich相とFe−rich相とが共存する温度範囲域に相当する時間は実施例1と同様に1分未満であった。
【0041】
得られた丸ビレットのサイズは、直径15cm×長さ130cmである。その外周上の4カ所を実施例1と同様に長手方向に沿って全長にわたり7000ガウスの磁石を用い、該磁石との付着状況を調査した。その結果、磁石と付着しない部分は見られず、鉄の分布が良好であることが判明し、鉄のマクロ偏析が少ないことを示してた。長さ方向の3ケ所で試料を切り出し、鉄を定量したところ、実施例1と同様に1%以内の差しかないことが分かった。
【0042】
これら実施例1及び2の結果は、以前に行った溶解能力が50kg、周波数:1050Hzの高周波溶解炉を用い、タンディッシュを利用して製造した丸ビレットに比べて格段に良好であり、Feのマクロ偏析がない銅鉄基合金の鋳片が漸く製造できることになった。
【符号の説明】
【0043】
1 炉体
2 コイル
3 出湯口
4 ノズル
5 水槽
6 水
7 鋳型
8 Cu−rich相
9 Fe−rich相
10 湯出口
11 高周波誘導炉
12 鉄源
13 溶湯
14 スライディング・ゲート
15 線材
16 真空槽
17 冷却水供給口
18 冷却水排出口
19 溶湯通過孔
20 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を混合、溶解、凝固させて銅鉄基合金の鋳片とするに際し、
前記溶解を炉底に出湯口を設けた高周波誘導炉にて、最高到達温度を1500℃以上として行ない、得られた溶湯を、前記出湯口に設けたスライディング・ゲートを備えたノズルを介して、その下方の水冷鋳型に直接注入し、該溶湯のCu―rich相とFe−rich相とが共存する温度範囲域を急速に通過させて溶湯を冷却、凝固することを特徴とする銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項2】
前記高周波誘導炉の周波数を2500Hz以上とすることを特徴とする請求項1記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項3】
前記急速冷却の速度を、100〜150℃/minとすることを特徴とする請求項1又は2記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項4】
前記高周波誘導炉を真空誘導炉方式とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項5】
前記銅を電解銅、前記鉄を工業用純鉄とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項6】
前記素材に、さらに鉄珪素合金、鉄マンガン合金、鉄クロム合金、鉄アルミ合金、及び鉄チタン合金から選ばれた1種又は2種以上を混合することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項7】
前記溶解を大気雰囲気下で行うに際しては、脱酸剤及び造滓剤を添加することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項8】
前記溶湯を前記水冷鋳型に直接注入するに際しては、出湯口に設けたスライディング・ゲートの開度を調整して、溶湯の注入量を制御することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造方法。
【請求項9】
3〜50質量%の鉄及び97〜50未満質量%の銅と残り不可避的不純物からなる素材を混合、溶解、凝固させて銅鉄基合金の鋳片とする銅鉄基合金鋳片の製造装置であって、
前記溶解を行う、炉底に出湯口を設けた高周波誘導炉と、該出湯口に設けられ、得られた溶湯を下方に配置した鋳型に供給するスライディング・ゲートを備えたノズルとを備え、当該鋳型が溶湯を急速凝固する水冷方式であることを特徴とする銅鉄基合金鋳片の製造装置。
【請求項10】
前記鋳型の側壁を複数段の水冷ジャケットで構成することを特徴とする請求項9記載の銅鉄基合金鋳片の製造装置。
【請求項11】
前記ノズルの溶湯通過孔の下部には、溶湯の流れを複数に分割して前記鋳型に供給する2以上の開口部を備えたことを特徴とする請求項9又は10記載の銅鉄基合金鋳片の製造装置。
【請求項12】
前記出湯口の開口直径が、該出湯口の開口直径と炉底の内径比との比で0.10〜0.25であることを特徴とする請求項10〜11のいずれかに記載の銅鉄基合金鋳片の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−35287(P2012−35287A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176149(P2010−176149)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(510214274)株式会社アイテックコーポレーション (1)
【Fターム(参考)】